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「食の安全」に関する指導案と安全意識の乖離

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Academic year: 2021

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要旨  国際的な流通網の発達により,われわれは外国産の食料を含む豊かな食生活を享受している。しかしなが ら一方では,長期間にわたって低下傾向である日本の食料自給率のさらなる落ち込みが危惧されている。小 学社会科(5 年)でも「これからの食料生産」の単元で輸入に頼る食生活の危険性に対して警鐘が鳴らされ ている。本稿では小学校教員免許取得を目指す学生を対象とするアンケートによって,学生が指導案として 考える国内産と外国産の食料の特徴と「食の安全」に関する意識について調査を行っている。調査の結果, 指導案としては国内産と外国産の食料の安心・安全性の違いを強調する一方で,多くの学生は実生活ではそ れらの安全性の違いを意識していないという結論が得られた。 キーワード:食の安全,安全意識,指導案

Ⅰ.はじめに

 国際的な生産体制とそのサプライ・チェーンを支え る情報通信網および流通網の発達により,私たちは外 国産の食料を含む豊かな食生活を享受できるように なっている。しかし,その一方でそれら外国産食料の 輸入増加によって日本の食料自給率は長期間にわたっ て低下傾向にあり,今後さらなる落ち込みが危惧され ている。図 1 は昭和 40 年度から平成 29 年度までの各 種食料自給率の推移を示したものである。生産額ベー スやカロリーベース等どの指標を用いるかで食料自給 率の高さにはかなりの差があるが,どの指標でみても 長期的に低下傾向であることは共通している。  このような食料自給率の低下に対して,小学校社会 科 5 年の教科書では「これからの食料生産」の単元で 輸入に頼る食生活の危険性に対して警鐘が鳴らされて いる。日本文教出版,東京書籍,教育出版,光村図書 の 4 社について小学校社会科の教科書を調べたところ, 表 1 のようにすべての教科書で食料自給率および食の 安全性についての記述が見られた。しかしながら,外 国産食料の危険性についての記述は各出版社によって 一様ではない。例えば,日本文教出版の教科書では, 「外国産の食料については,日本で使用が認められて いない農薬を使って生産されていたり,外国で牛やぶ たなどの家畜が病気にかかっていたりすると,輸入で きなくなることがあります。」と,外国産食料は安全 性の面で問題があると指摘している。一方,東京図書 の教科書では「スーパーマーケットでは,食の安全に 関する取り組みを積極的に行っています。」と,一般 的な「食の安全」についての説明のみであり,外国産 と国内産の安全性の違いには触れられていない。その 他,教育出版の教科書では,「国産の食料よりも,輸 入される「食料は,どこで,だれが,どのように生産 しているのかがわかりにくく,安全性を心配する声も あります。」というように,外国産食料の安全性に関 する客観的な事実というよりは人々の受け止め方の記 述に留まっており,光村図書の教科書では,「これま でに,健康に害のある食料品が輸入されたことがあっ た。」と過去の事件を述べるだけではっきりと国内産 と外国産の安全性の違いを比較しているわけではない。  小学校教科書以外に,一般的な「食の安全」に関す る文献では,日本産が外国産に比べて安全なのかは専 門 家 の 間 で も 意 見 が 分 か れ て い る。 例 え ば 有 路

「食の安全」に関する指導案と

安全意識の乖離

The Journal of Economic Education No.38, September, 2019

Discrepancy between lesson plans and safety awareness on food security

UCHIDA, Hideaki

(2)

経済教育38号  83 (2014),岩田(2012),畝山(2009)では,日本の食 の安全性に関する根拠および疑問点として,以下のよ うな意見が述べられている。 〇日本の食の安全性に関する根拠 (1)感染症等の食中毒のリスクに関して日本は諸外 国に比べてきわめて低い。2) 〇日本の食の安全性に関する疑問 (1)ヒ素やカドミウムの規制に関してはアメリカの ほうが厳しい。3) (2)アメリカでは FDA(食品医薬品局)による HACCP4)の取得を食品加工業者に義務付けてい るので普及率は 100% だが,日本での普及率は十 数 % に過ぎない。5) (3)作物の新しい品種は何らかの遺伝子変異を起こ している。それらは遺伝子組み換え(GM)と 違って,どう変わったのかわからないことも多く, 理論的には GM 作物よりリスクは大きい。6)  どの文献でも安全性の基準は多様であり,まったく リスクのない食べ物などないことが強調されており, どのような観点から考えるかによって専門家の間でも 意見が割れる結果となっている。また,いずれも根拠 のない不安に惑わされることのないように注意喚起を 行っている点は共通している。  次節以降では,このように教科書の記述や専門家の 意見が一様ではない「食の安全」に対して,教員を目 指す大学生が授業で扱う際にどのようにこの問題を扱 おうと考えているか,また日常生活での国内産と外国 産の食品に対する安全意識について調査している。

Ⅱ.研究方法

 著者が勤務する大学において,教員免許取得を目指 す学生を対象とするアンケートを実施し,受講生が指 導案として考える国内産と外国産の食料の特徴とそれ らの安全性への受講生自身の意識について調査を行っ 表 1 各教科書における「食料自給率」と「食の安全」の取り扱い1) 教科書出版社 食料自給率 食の安全性 外国産食料の危険性 日本文教出版『小学社会 5 年上』 〇 〇 〇 東京書籍『新編新しい社会 5 上』 〇 〇 × 教育出版『小学社会 5 上』 〇 〇 △ 光村図書『社会 5』 〇 〇 △ (出所)各社教科書をもとに筆者作成 図 1 食料自給率の推移 平成 29年 平成 27年 平成 25年 平成 23年 平成 21年 平成 19年 平成 17年 平成 15年 平成 13年 平成 11年 平成 9年 平成 7年 平成 5年 平成 3年 平成 1年 昭和 62年 昭和 60年 昭和 58年 昭和 56年 昭和 54年 昭和 52年 昭和 50年 昭和 48年 昭和 46年 昭和 44年 昭和 42年 昭和 40年

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た。  まずは 2017 年 10 月 10 日に実施したアンケートでは, 小学校免許取得に必要な授業の受講生 74 名に次の問 に答えてもらった。 問 1.小学校教員として,小学社会 5 年の「わた したちの食生活と食料生産:輸入にたよる食生 活」の授業をする際に,国内産の食料と外国産の 食料の特徴,お互いの違いをどのように扱います か?  答えは思いつく限りいくつでも書くように指示した ので,多く答えた受講生は 5~6 個,少なくても 2 個程 度は 1 人の受講生から答えを得ることができた。  その 3 週間後の 10 月 31 日に,同じ受講生に以下の 質問に二者択一で答えてもらった。ただし,この日の 回答者は 75 名であった。 問 2.次の質問に答えてください。 (1)「ごはん」と「パン,麺類」のうち,普段の 生活でどちらが安全かを気にしていますか? 気にしている     気にしていない (2)「ごはん」と「パン,麺類」の原料が主に国 内産かまたは外国産かを知っていますか? 知っている     知らない (3)お寿司を食べるときに,どの寿司ネタが安全 かを気にしていますか? 気にしている     気にしていない (4)お寿司を食べるときに,どの寿司ネタが国内 産かまたは外国産かを知っていますか? 知っている     知らない  2 つの問の順番を入れ替えることで回答がどの程度 変化するかを検証するため,翌 2018 年度には順番を 入れ替え,先に国内産か外国産かを尋ねた後で,小学 校教員として授業で国内産と外国産の食料の違いをど のように扱うか同じ日に答えてもらった。このように 質問の順番を入れ替えた意図は日常の自分の意識が先 行刺激としてどの程度授業内容に影響を与えるかを調 べるためである。2018 年度の回答者は主に社会科教 育コースに所属し,専門的に社会科を学ぶ学生 21 名 (2018 年 5 月 28 日実施)と,前年同様小学校教員向け 授業を受講する 73 名(2018 年 10 月 29 日実施)であっ た。したがって,回答者数の合計は 94 名である。

Ⅲ.分析結果

 以下では,実施した順にアンケートの結果について 述べる。まず,2017 年度に行った問 1 に対する回答は 以下の図 2 のような結果となった。  最も多かった回答は「価格」であり,ほとんどの回 答者が国内産の食料は外国産よりも価格が高いところ に特徴があると答えている。次いで多かったのは「安 心・安全性」であり,国内産の食料は外国産に比べて 安全であると半数を超える回答者が答えている。それ 以下は順に「生産量」,「新鮮さ」,「産地情報」等で あった。これら中には「新鮮さ」や「産地情報」など 「安心・安全性」に関わるものも含まれるが,ここで は回答の中に含まれる用語を機械的にカウントした。 この結果から,学生が授業を考える際に,日本産の食 料は外国産食料と比べて価格が高い点と,「安心・安 全性」の面で優れているという点を強調する傾向にあ ることがわかった。  次に 3 週間後の授業時に行った問 2 に対する回答の 割合は次の図 3 のような結果となった。  ごはんの原料となる主食用コメがほぼ国内で自給さ れているのに対して,パン,麺類の原料となる小麦の 自給率は 1 割程度と両者の自給率には大きな差が存在 している。そのため,国内産が外国産食料よりも安全 であると意識する者にとってごはんはパン,麺類より も安全であると考える傾向があるように思われるが, 実際には 80% の受講者が気にしていないという回答 であった。それどころか質問 2 ではそもそもそれら原 料が主に国内産か外国産かを知っている者が半数にも 満たないことが明らかとなった。魚介類の自給率はお よそ 50% なのでおよそ半分が外国産ということにな るが,エビのように自給率が 10%にも満たないもの からほぼすべて自給できているサンマまで,種類に よって自給率は大きく異なる。寿司ネタについても, 外国産食料の安全性を心配する者にとってはどれが国 内産なのか気になる点であると思われるが,実際には 86.7% の受講者は気にしていないという回答であった。 産地は店にも依存するが,それらを知っているかとい

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経済教育38号  85 う質問に対しては 91.3% が知らないという回答であっ た。以上のアンケートの結果から,多くの受講生は実 生活において日本産または外国産食料の安全性の違い をほとんど意識していないという結論が得られた。 次に翌2018年度に実施した2つの問の順番を入れ替え た場合のアンケート結果について述べる。前年と質問 は全く同じで,先に国内産か外国産かを尋ねた後で小 学校教員として授業で国内産と外国産の食料の違いを どのように扱うか同じ日に答えてもらった。結果は以 下の図 4 の通りである。  概ね図 3 と同じような結果であるが,いずれの質問 でも「いいえ」の割合が若干高くなっている。この結 果は 2018 年度の回答者のほうがごはんとパン,麺類 のどちらが安全か,またどの寿司ネタが安全かをより 気にしておらず,実際にどれが国内産でどれが外国産 かもより知らないということを意味している。この質 問の後に続けて行った,授業をする際の国内産食料と 外国産食料の特徴と違いについては,以下の図 4 のよ うな結果となった。  ここでも最も多かった回答は「価格」であり,次い で「安心・安全性」という回答であった。いずれも回 答者の割合は若干低くなっているものの,上位 2 つの 図 2 国内産と外国産の食料の特徴と違い(2017 年度) 図 3 国内産と外国産の食料に対する安全意識(2017 年度)

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回答が特に多いという点は共通している。この結果は, まず始めに自分がどれほど国内産食料と外国産食料の 安全性の違いを気にしていないかを先行刺激として思 い浮かべたとしても,指導案を考える際にはやはり外 国産と国内産の安全性の違いに注目した授業を考えて しまうということを示している。

Ⅳ.おわりに

 本稿の分析の結果,受講生は指導案として国内産と 外国産の食料の特徴を考える際には安心・安全性の違 いを強調する一方で,実生活においては食料品が国内 産か外国産かを知らない,あるいは知っていたとして も安全性の違いをほとんど意識していないという結論 が得られた。さらにこの結果は質問の順番を入れ替え たとしても変わらないという頑健性を持つことも示さ れた。  本稿の結論は,小学校社会科の教科書に記載されて いるとはいえ,専門家の間でも意見が分かれる「食の 安全」というテーマについて「日本産の食料はより安 心・安全で,外国産の食料はより危険である」という 安易な結論を授業で教えてしまう危険性を示唆してい 図 4 国内産と外国産の食料に対する安全意識(2018 年度) 図 5 国内産と外国産の食料の特徴と違い(2018 年度)

(6)

経済教育38号  87 るといえる。 註 1) 表の中の「○」は記述あり,「×」は記述なし,「△」は 記述が明示的でないことを表す。 2) 岩田(2012)p.97 を参照されたい。 3) 有路(2014)p.94 を参照されたい。 4) 食中毒が発生しないようにする衛生管理の仕組みとその 認証の制度。 5) 有路(2014)p.94 を参照されたい。 6) 畝山(2009)p.40 を参照されたい。 参考文献 [1] 有路昌彦(2014), 『誤解だらけの「食の安全」』, 日本経済 新聞出版社 . [2] 岩田健太郎(2012), 『「リスク」の食べ方─食の安全・安 心を考える─』, 筑摩書房 . [3] 畝山智香子(2009), 『ほんとうの「食の安全」を考える─ ゼロリスクという幻想─』, 化学同人 .

参照

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