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野外におけるスナガニ(スナガニ科)の幼生放出および幼生放出前移動の初記録

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Academic year: 2021

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Toshifumi Wada

はじめに スナガニ属(Ocypode)のカニ(以下,スナガニ 類)は砂浜海岸の代表的な生物の一つで,北海道南 部以南に広く分布する.本州日本海側の沿岸域では 主に温帯性のスナガニOcypode stimpsoniが優占して 生息するが(和田・和田,2015; 和田ら,2015),本 州太平洋側の沿岸域や瀬戸内海の内湾域では,近年 の温暖化に伴って,熱帯・亜熱帯性のツノメガニ O. ceratophthalma・ミナミスナガニO. cordimanus・ ナンヨウスナガニO. sinensisが北上および分布域を 拡大させている(淀ら,2006; 真野ら,2008; 渡部 ら,2012).また,沿岸開発等による内湾環境の悪 化や海岸侵食の影響を受けて,広島県(2003)や兵 庫県(2014)等の計8県がそれぞれの県版レッド データブックにスナガニを掲載している(ランクは 絶滅危惧II類または準絶滅危惧). 温帯域の砂浜海岸で優占するスナガニの生活史に ついては,酒田市立酒田中央高等学校第一理科部の 報告(1968)が詳しい.本州沿岸域では夏季を中心 とした6月~9月を主な活動期とし,冬季は砂中に 形成した巣穴内で冬眠する(酒田市立酒田中央高等 学校第一理科部,1968; 真野ほか,2008).夜間に 活発に活動し,日中は巣穴内に留まることが多い. 食性は小型の甲殻類や二枚貝類等の動物性のものを 好み,砂中に含まれる珪藻類も摂食する.本種の繁 殖については,7月上旬から9月にかけて抱卵雌の 出現が知られているが(酒田市立酒田中央高等学校 第一理科部,1968),野外におけるスナガニの幼生 放出はこれまで観察・記録されていない.酒田市立 酒田中央高等学校第一理科部(1968)は,水槽内で スナガニの幼生放出を観察し,抱卵雌が体全体を大 きく動かしながら水中を泳ぎ回って,10秒前後の 短時間で腹部に抱えているゾエア幼生を放出するこ とを報告している. 本研究では,九州北部の福岡県北九州市沿岸に位 置する砂浜海岸周辺においてスナガニの幼生放出を 確認したので,それらの個体情報や幼生放出の際の 現地状況等を報告する. 材料と方法 本研究は,7月下旬の大潮に合わせて2016年7月 18日から21日までの4日間に,瀬戸内海西部に位 置する,福岡県北九州市沿岸の曽根干潟内の小規模 な砂浜海岸(33.836°N, 130.971°E)とその周辺で行 われた(Fig. 1).調査場所の周辺は竹間川や貫川が 流れ込む泥干潟であるが,護岸工事等によって形成 された窪地に小規模な砂浜海岸が散在し,国内有数 のカブトガニTachypleus tridentatusの繁殖地として 知られている(林,2010).本調査はカブトガニの 1 兵庫県立大学自然・環境科学研究所 〒669–1546 兵庫県三田市弥生が丘6丁目

Institute of Natural and Environmental Sciences, Univer-sity of Hyogo, Yayoigaoka 6, Sanda, Hyogo 669–1546, Japan

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保全を目的とした野外調査と合わせて実施され,12回(朝・晩)の最満潮時刻の2時間前から1時 間後まで海岸線を歩いて,幼生を放出しているスナ ガニを探索した.調査員の数は毎回5名で,夜間の 調査時にはそれぞれの調査員がLEDライト(Gentos BR-1000R)を使用した.幼生放出中のスナガニの 発見後,デジタルビデオカメラ(Ricoh WG-4 GPS) を使って写真撮影を行った.その後,徒手でカニを 採集し,冷凍保存してから兵庫県立人と自然の博物 館まで持ち帰った.同時に,砂浜海岸の砂上で活動 している抱卵雌についても徒手で採集し,博物館に て卵の発生段階の顕微鏡観察を行った.本報告に 用いたスナガニの標本は,兵庫県立人と自然の博 物 館 に 保 管 さ れ て い る(MNHA-A2013569および MNHA-A2013570). 結果と考察 本 研 究 で は,2016年7月18日21時52分 に1個 体(甲幅23.16 mm),7 月 19 日 21 時 32 分に 3 個体 (20.18 mm, 22.36 mm, 22.91 mm)のスナガニの幼生 放出を確認した.それらの時刻は,大潮(満月)の 最満潮時刻からそれぞれ74分後と19分後であった (気 象 庁HP(http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/tide/ suisan/index.php)から最満潮時刻(地点:苅田)を 引用).スナガニが幼生を放出していた場所は,北 九州市沿岸の曽根干潟内にある小規模な砂浜海岸か ら約10 m離れたコンクリートの壁面に沿った海面

付近であった(Fig. 2; Fig. 3AC).半陸性のベンケ

イガニ科のカニ類や干潟に生息するシオマネキ属の カニ類が,一定期間の抱卵後,潮汐周期に合わせて 河口や海岸でゾエア幼生を放出することはよく知ら れている(Saigusa, 1982; Forward, 1987).砂浜海岸 を主な生息場所とするスナガニ類の数種でも幼生放 出と潮汐周期の関係が示唆されているが(Saigusa

et al., 2003; Lucrezi and Schlacher, 2014),本報告はス ナガニが夜間の高潮時に幼生を放出することの,野 外における初めての観察記録である.

多くのカニ類が潮汐周期に合わせて夜間に幼生を

Fig. 1. Location of study areas.

Fig. 2. Photograph of study site. Solid and dashed

arrows indicate natural habitat (sandy beach) and location of larval release (concrete wall surface) for Ocypode stimpsoni, respectively.

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放出する主な利点は,抱卵雌および放出される幼 生の捕食回避である(Christy, 1982; Morgan, 1990; Morgan and Christy, 1995).本研究対象種であるスナ ガニにおいても,夜間に幼生を放出することで捕食 の危険を回避し,大潮の高潮時に幼生を海中に放出 することで,潮汐による海流の動きを効果的に利用 して素早く広範囲に幼生を拡散させることができる と考えられる.本研究では,早朝の最満潮時刻前後 にも同様の調査が行われたが,幼生を放出している スナガニが見つかったのは夜間の調査時のみであっ た.一方,本種の幼生放出と潮汐周期の関係につい ては,今回大潮以外の日に調査が行われておらず, 今後継続的な野外調査を実施して明らかにする必要 がある. 今回幼生を放出している雌が見つかった時刻は大 潮の最満潮時刻から1時間半以内で,その場所はス ナガニが常に活動の拠点としている砂浜海岸から 10 m程離れたコンクリートの壁面であった.コン クリート壁(高さ約5 m)は下半分の表面に小石が 埋め込まれていて凹凸があり,海側にわずかに傾斜 した構造で,幼生放出雌が発見された場所では最満 潮時刻前後に数十cmの水深があった.これらのこ とから,幼生放出雌は砂浜海岸の汀線付近よりも効 果的に引き潮に乗せて幼生を分散させるために,大 潮の高潮時に合わせて水深のあるコンクリート壁面 に移動したと考えられる.しかし,本調査地は両側 が人工物で囲まれた小規模な砂浜海岸という特殊な 環境であり,広大な砂浜海岸にも数多く生息するス ナガニにおいて幼生放出前の移動行動が一般的であ るとは考えにくい.今後は,砂浜海岸の規模や環 境,潮汐条件が異なる地域において,スナガニの幼 生放出のタイミングや行動パターンを詳しく調べる 必要がある. 今回見つかった4個体の幼生放出雌は調査用ライ

Fig. 3. Two larval releasing Ocypode stimpsoni. A and B, Individual (Carapace width=23.16 mm) found on 18 July

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トで照らされることによって幼生放出を中止し,壁 面を這うようにして上方へ逃げたが,採集して腹部 を確認してみると,すべての個体で幼生放出されず に残ったゾエア幼生と,幼生が孵化した直後と思わ れる卵殻が数多く見つかった(Fig. 2BD; Fig. 4). また,7月18日の夜間の調査中に同じコンクリート 壁面でもう1個体のスナガニの雌(20.65 mm)を発 見したが,この雌の腹部にはゾエア幼生や卵殻が見 られなかったことから,この雌はすべての幼生をす でに放出し終わった後の個体と推察された.一方, 幼生放出雌の移動前の生息場所と考えられる小規模 な砂浜海岸(大潮の満潮時における汀線の長さは約 20 m)において,3個体の抱卵雌を見つけて採集し (24.29 mm, 24.83 mm, 25.43 mm),持ち帰って卵の 発生段階を調べたところ,うち2個体の黄色い卵は 発眼していなかったが(Fig. 5),残り1個体の黒い 卵には孵化直前と思われるゾエア幼生が確認され た.これらのことから,本調査地においては,スナ ガニの雌は一定の抱卵期間を砂浜海岸で過ごした 後,大潮の高潮時に合わせて幼生放出の直前に砂浜 からコンクリート壁面へ移動するのかもしれない. 謝 辞 本研究にご協力いただいた,カブトガニを守る会 西日本支部の高橋俊吾氏,兵庫県立大学環境人間学 部の東垣大祐氏・泉山真寛氏・水守裕一氏および九 州大学大学院地球社会統合科学府の野上凌氏に厚く お礼申し上げる.また,本稿に対して有益なご助言 を与えてくださった匿名の査読者および編集委員の

Fig. 4. A, Ventral view of larval releasing Ocypode stimpsoni; B, Pre-release larvae and empty egg capsules.

Fig. 5. A, Ovigerous female Ocypode stimpsoni (Carapace width=24.29 mm) found at sandy beach; B, Egg mass (yellow

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林 修(2010)曽根干潟のカブトガニの現状.かぶと がに,30: 29–31. 広島県(2003)改訂・広島県の絶滅のおそれのある野 生生物―レッドデータブックひろしま2003―. 広 島県,広島市,515 pp. 兵庫県(2014)兵庫県の貴重な自然兵庫県版レッド データブック2014(貝類・その他無脊椎動物). 公 益 財 団 法 人 ひ ょ う ご 環 境 創 造 協 会, 神 戸 市, 128 pp.

Lucrezi, S. and Schlacher, T. A. (2014) The ecology of ghost crabs. Oceanography and Marine Biology: An Annual Review, 52: 201–256.

真野 泉・堂浦 旭・大森浩二・柳沢康信(2008)四

国太平洋岸に共存するスナガニ属3種の季節的な

分布パターンおよび食性.日本ベントス学会誌, 63: 2–10.

Morgan, S. G. (1990) Impact of planktivorous fishes on

dis-rence, and synchrony with tidal and lunar cycles, in the invertebrate assemblage of a subtropical estuary. Acta Oecologica 24, S191–S204. 和田年史・和田恵次(2015)ナンヨウスナガニ(スナ ガニ科)の日本海沿岸からの初記録.Cancer, 24: 15–19. 和田年史・宇野拓実・宇野政美(2015)兵庫県日本海 側の砂浜海岸におけるスナガニ類(スナガニ属) の分布と生息密度.人と自然,26: 21–26. 渡部哲也・淀真理・木邑聡美・野元彰人・和田恵次 (2012)近畿地方中南部沿岸域におけるスナガニ 属4種の分布―2002年と2010年の比較.地域自然 史と保全,34: 27–36. 淀真理・渡部哲也・中西夕香・酒野光世・木邑聡美・ 野元彰人・和田恵次(2006)南方系種を含むスナ ガニ属3種の和歌山市における生息状況:2000– 2003年.日本ベントス学会誌,61: 2–7.

Fig. 2.  Photograph of study site. Solid and dashed  arrows indicate natural habitat (sandy beach)  and location of larval release (concrete wall  surface) for Ocypode stimpsoni, respectively.
Fig. 5.  A, Ovigerous female Ocypode stimpsoni (Carapace width = 24.29 mm) found at sandy beach; B, Egg mass (yellow  color) at early developmental stage.

参照

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