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テナガエビの繁殖行動の進化をめぐって

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C A N C E R ,2 (1992) 17- 20

テナガエ ビの繁殖行動の進化をめ ぐって

益 子 計 夫

1979

年の夏, 相模川の中流部, 小倉 (神奈川県 城 山町) の水辺 で見 たのが テナ ガェ ビ(M acro-brlaChium n軸 onense)との関わ りの始 ま りで あ る。 現在の関心 は行動か らは幾分離れたが, それ まで魚の行動を見ていたこともあり, まず眼につ いたのがテナガ (手長) の由来を諭 して くれるよ うな交尾行動であった. テナガェビ類の繁殖 につ いて, 行動の進化 という視点で紹介 し, この場の 話題 としたい。 テナガェ どの手 (第

2

胸脚, 鉄肺) はなぜ長い のか ? これが問題の発端である. ただ し, 手が長 いのはある程度 に成長 した雄だけであって, 雌に はみ られない, いわゆる性的二型 による. 交尾 に あたって, 雄 は長い鉄肺の間に雌を囲い込む (図

1

), この囲い込みは, 状況によって も随分異なる が, 交尾前の

4

,

5

時間, および交尾後十分か ら

1

時間ほど続 く, このようなペアに対 して他の雄 が執粉に接近 し, ペアを形成 した雄 との間で鉄肺 を突 き出 し, 振 り払 っての闘争が観察 される. 囲 い込み行動が他の雄か ら配偶者を防衛す る上で有 効 に機能 していることは疑 いない. 更 に交尾近 くになると, 雄ばか りでな く, 雌や 小型個体 もペアに接近 し干渉す るようになる. ペ ア雄 は, やはり鉄肺を使 ってこれ らを追い払 う. では, 交尾 には直接関係 しないとみ られる. この ような個体のペアに対す る干渉 は何を意味 してい るのだ ろ うか ? ペア雌 は交尾 の直前 に脱皮す る (図

2

). ペアの周囲を取 り巻 く雌あるいは小型個 体 は, この脱皮殻を奪 いあうように して食べるの が観察 される. したが って, ペアに接近 して くる 雌や小型個体 は, 脱皮後の雌を捕食の対象 として いるのではないか, と考え られるのである. 南米 産の一種M . heterochirusでは, 成熟雌が雄の保

K azuo M A S H IK O :E volution of reproductive behavior inM acrobrachium . 17 護な しに脱皮 した場合, 他個体 に攻撃 され実際に 食べ られて しまうことが観察 されている. 甲殻類 の飼育経験者には先刻周知のことであるが, 共食 いの餌食 になるのはこのような脱皮直後の体の軟 らかい個体である. その際, 他の雌が交尾雌を意 図的に攻撃するのか, あるいは単 に食物資源の

1

つ として捕食 しているにす ぎないのか, テナガェ どの配偶行動上の問題 としては気 になるところで ある. いずれにせよ, テナガェ ビ雄の雌に対する 囲い込み (ガー ド) が, 交尾前のライバルの排除, そ して交尾後の配偶者の防衛 という

2

つの機能を 果た していることは間違 いない. 配偶雌に対するガー ド行動 は, 他の種類のテナ ガェ ビで もみ られる. 図3に示 したのは, 心理学 料 (現, 東大教養学部) の長谷川寿- さんや小池, 半沢の両君などの学生たちと観察 した ヒラテテナ ガェビ (M .jaPonicum )のペアである. 本種で も, 数時間か ら半 日の交尾前 ガー ド, そ して数十分か ら

1

時間ほどの交尾後 ガー ドがみ られる. また, ミナ ミテナガェビM .form osenseについて も, ほ ぼ同様な行動が琉球大学の諸喜田さんの指導のも とに美 しい映像 (テナガェ ビ ・ 太古の証人, 岩波 制作所) として記録 されている. これ ら

2

種 とも 行動の基本パ ター ンはテナガェビと大差ない. ま た, オース トラ リア産 テナガェ ビM .austraiiense で も同 じようなガー ド行動が報告 されている. し か し, マ レー シア産 オニテナ ガェ ビM . rosen -bergiiでは, 雌の脱皮 と交尾 との問に時間的余裕 があり, 多少違 った行動パ ター ンを示すようだ. テナガェビ類の配偶行動の進化を明 らかにする上 で, 種間比較 は魅力的なテーマとなっている. テナガェビでは, 多 くの雌雄を一緒に飼育 して お くと, 通常体の最 も大 きな優位な雄

1

個体のみ がペアを作 り, 次々と交尾 してゆ く. これはヒラ テテナガエ ビなどで も同様であ り, このグループ

(2)

図1 テナガエ ビ(M . nipponense)の雄 (右) と雌 (左) のペア. 図3 ヒラテテナガエビ (M .japonicum ) のぺ7 . 雄の額角先端には個体識別のためのマークが塗 られている. の配偶形成が特定 な雄 に独 占されていることを示 唆 している. 繁殖期, 相模川河口に生息す るテナ ガェ ビ (小卵 タイプ) についてみると, 雌 は単一 ピーク (体長のモー ド

52.5

m m ) の体サイズ集団 か ら成 るのに対 して, 雄 は大型 (同

72.5

m m ), 小型 (同

40.0

m m ) の

2

群か ら成 り, 大型雄群 は 生後

2

年経 っているものと考え らる. 野外で繁殖 に実質的に関与 しているのはこれ らの大型雄であ ろう. このような体長分布の雌雄差 は霞ケ浦など 他の水域で もみ られる. さらに, 相模川河口集団 で鉄脚 の二次的伸張が始 まるのは体長約

50

m m を過 ぎてか らであるのに, 小型雄群 (雌群 ととも に生後

1

年 と考え られる) の大部分 はそこまで成 図2 テナガエビの交尾の瞬間. 雄の腹側に雌の体 の一部が, その左下方に雌の脱皮殻か見える. 図4 テナガエビ雌に対する小型雄 (左) の追尾行 動. 長 していない. このような生後 1 年の個体をみる 限 り, 平均的には雄が雌より小 さい. このことは, 同 じテナガェ ビ科のスジェ ビ (P alaem on) 属のス ジェ ビ, スジェビモ ドキ, アシナガスジェ ビなど 近縁の多 くのエビ類で, 寿命 は雌雄間で特 に変わ らず, 平均的にはやはり雄が雌より小 さいことを 考えるときわめて興味深いものがある. つまり, このようなグループに見 られる小型雄 と大型雌の 配偶がテナガェ ビ科の 「原型的」 配偶様式であ り, テナガェ ビ属 (M acrobrachium ) にみ られる大型 雄 と小型雌 との配偶 は, それか ら進化 して きた (あるいは, その途上にある) と考えると, うなず ける点が多いのである. なお, テナガェ ビ属を特

(3)

益 子 計 夫 徴づける肝上棟が, スジェ ビ珠に見 られる鯉前棟 か ら個体発生上変化 して くるという諸喜田さんた ちの観察 は本属の起源に関する上記の考えと符号 しているようにも思われる. テナガェビにおいて 紘, 配偶雌の獲得上大型であることの有利性が, 雄の寿命の進化的延長をひきおこし, 大型雄の出 現 を促 したので はないか と推測 され る. ちなみ に, スジェ ビ属 のエ ビで は, 雄間の配偶者 をめ ぐっての激 しい闘いや, 雌ガー ド行動 は観察 され ていない. このような考えの一端を披露 したのは

1987

年のことであった. ところが, これはあ くま で典型主義的論議 として留めてお くべ きことに気 づかされることになった.

1989

年, テナガェビを幾っかの水槽で飼育 して いた時 の ことであ る. 水槽 には, 相模川中流部 (大卵 タイプ) よ り採集 された雌が前年生んだ子 供を引き続 き飼育 していた. このような同一齢集 団では, 前述のように, 通常大型の雌 と小型の雄 で構成 され る (生存個体 の内訳 は, 体長

29.2-41.2m m

の雌 が

6

個体 ,

23.8 -26.3m m

の雄 が

4

個体). その時生存 していた雄 は, 野外で鉄肺の 二次的伸長が始 まる体長

40m m

にはるかに及 ば ない小型個体ばか りである. ところが, 雌一匹が

4

月中旬 (野外ではまだ繁殖期には入 らないが), 抱卵 したのである. 卵 は受精 していたので雄が交 尾 したことは間違いない. このような小型雄ばか りの水槽 で雌が産卵 した例 は, 別 の水槽 (体長

38.0-42.8 m m

の雌

6

個体,

30.8-32.5m m

の 雄

3

個体が生存) で もみ られ, 幼生の筋化 も確認 された. また相模川河口集団では, 錬脚の二次的 伸長が開始す る体長約

50m m

に較べてはるかに 小 さい雄 (体長

29.4m m )

で も性的機能を果た し 得 ることも確かめ られた. 小型雄の雌- の追尾行動が実際に観察 されたの はその後のことである. ある水槽でのこと, 大型 の雄 (体長

65m m )

が雌 (体長

47m m )

を囲い込 み, ペアを形成 していた. このペア雄 と他の大型 の雄全部を水槽か ら取 り除いたところ, 残 された 小型雄の うちの

1

個体 (体長

32.5m m )

が雌を追 尾 し始めたのである (図

4

). この雄 は, 囲い込み の しぐさを見せることもあったが, とうてい囲い 込めるものではない. 当の雌 はこの雄に対 して, 19 接近する捕食者に対 して示すような攻撃行動をと らなか ったが, (疑人的表現 になるが) この雄を嫌 が っているように水槽内を移動 し続 け, 結局交尾 を目撃す るまでにはいたらなか った. この雌 は, 翌 日死亡 していた (多分, 当初のペア形成を人為 的に妨害 した り, 撮影のためにライ トを照射 した りの撹乱が災い したものと思われる) ので, 産卵 も確認できず じまいであった. いずれにして も, 小型雄で も雌 に対する追尾行動を示す こと, また 既に述べたように実際に雄 としての機能を果た し 得 ることは疑 いない. ただ, 大型雄の絶対的優位 性を考えると, 大型雄 と混在 している野外条件下 で小型雄が繁殖 に関与す ることはほとんどないも のと思われる. 野外での数例の目撃で も, そのよ うケースはなか った. ともか くも, 本種の小型雄 の潜在的生殖能 は, 小型雄 と大型雌の配偶 という 想定 された 「原型的」 配偶様式を考えるときわめ て興味深 いものがある.

5

年程前ニューオ リンズで開かれた甲殻類学会 (T he C rustacean Society) でお会い したことが あるク リス (K u R IS,A .M .) さんのグループの報 告によると, オニテナガェ どの雄では, 青色のよ く発達 した第

2

胸脚を持っ大型の雄, オ レンジ色 の比較的長い胸脚の中型の雄, 胸脚の未発達な小 型の雄の

3

型が区別 されるという. これ らは何れ も生殖能力がある. またラアナ ン(R A 'A N A N,Z.) さん達の観察では, 小型の雄 は主導的にペアを作 ることはないが, スエーキ ング (形成 されたペア の問に紛れ込んで交尾をおこなう) によって生殖 に関与するという. 通常 の交尾では, 大型雄が自 分の下位 に雌を抱え込み仰向けに して受精する. しか し, スニーキ ング雄 は雌の下 に潜 り込み, 自 分が仰向けになって交尾す るという. この交尾行 動がスジェどのそれ とそっくりなのには驚かされ る. このようなスニーキ ングはテナガェビでは見 られなか ったが, 小型雄の潜在的生殖能 という点 で通ずるものがある. アメ リカ南部にはテナガェ どの

1

種M .ohioneが生息 している. この種 で 紘, 一般に雄が雌より小 さいという. どのような 配偶 システムとなっているのだろうか ? 大変興味 が もたれるところである. 近年, 自然界で見 られる多彩な動物行動の意味

(4)

20 テナガェ どの繁殖行動 の進化 をめ ぐって を適応的進化の結果 として理解 しようとする見方 (進化生態学, あるいは社会生物学) が流布 してい る. 個体の適応度 (次世代に残す子の数) をより 高めるような形質は進化する, という自然選択説 に基づ く立場である. このような研究 は, 行動研 究の対象 としては少数派的存在であった甲殻類に も及んできている. テナガェどの配偶行動 もその よ うな見方で説明で きる一面が確かにある. で 紘, この見方 はある程度 (す くな くとも, その論 理形式において) 正 しいとして も, どこまで有効 なのか ? 行動 の どこまでが 自然選択 の結果 なの か ? これが, 課せ られた最大の問題であろう. 動 物の行動には, 自然選択の結果 として理解できる 側面 と共に, 系統発生的制約に縛 られなが らの融 通性, 便宜性, そ して進化的偶然性に満ちた生物 生存の

1

つの発露 としての側面 も見逃す ことはで きず, それ らの全てを人間の尺度 (特に市場経済 的効率主義) で もって理由づけする必要 もないと 思われる. それにして も, 自然選択説 は本来, あ る適応的形質の由来を説明するために考え られた ものである. 「いかに して, より多 くの自己の遺伝 子を残すか」 という昨今の言説 は, この学説か ら 逸脱 した硬直 した観念に囚われたものであるよう に思われる. 参 考 文 献

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図 1 テナガエ ビ ( M . nipponense) の雄 (右) と雌 (左) のペア. 図 3 ヒラテテナガエビ ( M .japonicum ) のぺ7 . 雄の額角先端には個体識別のためのマークが塗 られている

参照

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