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これまでの職業人生の中で 私はずっと どうすればわかりやすくなるか ということを考えてきました しかし もしテレビに出るようにならなければ おそらく わかりやすさ の重要性に気づくことはなかったでしょう 元号が平成に変わった直後のことでした 上司から突然 NHKの首都圏向けニュースのキャスターを担当

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Academic year: 2021

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﹁わかりやすさ﹂に全力で取り組むまで   これまでの職業人生の中で、私はずっと「どうすればわかりやすくなるか」ということ を考えてきました。しかし、もしテレビに出るようにならなければ、おそらく「わかりや すさ」の重要性に気づくことはなかったでしょう。   元号が平成に変わった直後のことでした。上司から突然、NHKの首都圏向けニュース のキャスターを担当するように命じられたのです。それまでずっと報道局社会部の記者と して現場を駆け回っていた私は、思わぬ異動に驚きました。   今でこそ、記者がテレビに出てしゃべることはあたりまえになっていますが、当時はま だ、画面に出るのはアナウンサーの仕事で、記者は裏方という意識が強く残っていました。 しかし、結果的にこのときの経験が「わかりやすさ」に開眼するきっかけとなったのです から、人生わからないものです。   突然テレビカメラの前で原稿を読めと言われても、それまで経験がありません。準備の ため、試しに首都圏向けのニュース原稿を読んでみました。驚きました。

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  まず、文章が長くて息継ぎができません。プロのアナウンサーならスムーズに読めるで しょうが、アナウンス研修を受けたこともない私には、長い原稿を読むための上手な息継 ぎができません。しかも難しい言い回しが使われています。自分が記者として原稿を書い て い た と き は、 「 視 聴 者 は、 こ れ で わ か る だ ろ う 」 と 勝 手 に 思 っ て い ま し た が、 い ざ 読 む 側 に 回 っ て は じ め て、 「 あ あ、 こ れ ま で ず い ぶ ん わ か り に く い 原 稿 を 書 い て い た ん だ な あ」と気づきました。   ニュース番組は生放送です。番組が始まるぎりぎりに、わかりにくい原稿が飛び込んで くることもしばしば。そのたびに冷や汗をかき、改めて「これを平気な顔で読んで、視聴 者にわかったと思わせるアナウンサーの技術はすごい」と感心してしまいました。   ずっと記者として仕事をしてきた私は、アナウンサーの初歩である発声練習の訓練さえ 独学で身につけなければなりませんでした。ましてや、わかりにくい原稿をわかった気に さ せ る よ う に 読 む な ん て、 と て も 無 理 で す。 何 よ り、 読 ん で い る 方 が「 わ か り に く い な あ」と思うような原稿をそのまま読んで、視聴者に内容が伝わるわけがありません。   そこで、記者が書いてきたニュース原稿に手を入れ、わかりやすいものになるまで、徹

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底的に直すことにしました。幸い、社内的にもその権限を持った立場でしたので、まず息 継ぎができないほど長い文章はどんどん短く切っていったのです。すると、読みやすくな っただけではなく、文章自体も格段にわかりやすくなりました。   また、下読みの段階でわかりにくい原稿は、その場で書き直しです。直そうにも意味が 不明な原稿もあるので、 「これではわからない」と文句を言ったら、 「わからないのは、お ま え が 馬 鹿 だ か ら だ 」 と 反 論 さ れ た こ と も あ り ま す。 こ の と き は、 「 私 が 意 味 が わ か ら な いまま原稿を読んでも視聴者がわかるはずがないでしょう」と言い返しました。   それ以後も、 「これではわからない」 「難しすぎる」としつこく言い続けていたら、やが て 「 池 上 が う る さ い か ら 、 わ か り や す く 直 そ う 」 と 、 原 稿 を チ ェ ッ ク す る デ ス ク ( 管 理 職 ) の意識が変わってきました。   しかし、日々のニュース番組では、原稿に事前に手を入れられる機会はそう多くはあり ま せ ん。 「 図 や 模 型 を 使 え ば、 も っ と わ か り や す く 伝 え る こ と が で き る の に 」 と 思 い な が らも、そんな準備をする時間など夢のまた夢でした。   キャスターを務めて五年が 経 た った頃、今度は「新しく始まる『週刊こどもニュース』の

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キ ャ ス タ ー ( お 父 さ ん 役 ) を す る よ う に 」 と い う 上 司 命 令 が 下 り ま し た。 実 は、 取 材 の 現 場に戻りたくてしかたがなかった私は「キャスターを辞めさせてくれ」と何度も懇願し、 「そろそろ記者に戻ってよい」という内示を受けていたところだったのです。 「話が違う」 と驚いたものの、 「『こどもニュース』なら、一週間かけて今までやりたくてもできなかっ た図や模型を準備し、存分にわかりやすい解説ができる」と考え直しました。   そのときから、全力で「わかりやすさ」に取り組む日々が始まったのです。 視聴者は﹁小学五年生﹂ 「週刊こどもニュース」の視聴者として対象にしたのは、小学五年生以上の子どもたちで す。なぜ「小学五年生」かといえば、ちょうどこれぐらいの年齢から抽象的な概念が理解 できるようになるからです。彼らを一人前に扱い、けっして子どもだましの解説はしない と、まず心に決めました。   一回目の放送で取り上げたのは「高速増殖炉『もんじゅ』 」、二回目は「脳死と植物状態 の違い」です。大人でも難しいこれらのニュースを小学五年生に「わかった!」と言って

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もらうには、そのニュースの本質、つまり、ここがわかったら目からウロコが落ちるとい うポイントを、わかりやすく伝えなければなりません。 「このニュースの本質は何か」 「ど んな図や模型にすれば伝わるだろうか」と、一週間、昼も夜も知恵を絞り続けました。   延々と考えても思いつかないときは、あきらめて風呂に入り、湯船に 浸 つ かった瞬間にひ ら め い て、 「 メ モ し な け れ ば!」 と 飛 び 出 す よ う な こ と も よ く あ り ま し た。 ま さ に、 風 呂 に入っている間に「アルキメデスの原理」を思いついた古代ギリシャの数学者アルキメデ ス状態です。   一方で、子どもたちの素朴な疑問に教えられることもたくさんありました。たとえば、 バブル崩壊後の金融危機の頃、番組に出演していた子どもたちは「どうして、銀行にお金 がないの?」と首をかしげていました。彼らは、銀行は私たちが預けたお金を大事に金庫 にしまっていると思っており、そのお金がさまざまな融資に使われていることを知らなか ったのです。それでは、取り付け騒ぎが起こるのを理解できないのも当然で、金融危機を 説明するにはまず銀行の仕組みから始めなければならない、ということに気づかされまし た。

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  実 は、 子 ど も だ け で は な く、 「 銀 行 は 預 け た お 金 を 金 庫 に 保 管 し て い る 」 と 思 っ て い る 大 学 生 に 出 会 っ た こ と が あ り ま す。 「 そ ん な こ と、 常 識 だ ろ う 」 と い う の は、 こ ち ら の 勝 手な思い込みです。世の中の多くの人にとっては「知らない」のがあたりまえかもしれな いのです。   ニュースを伝える側は、そのニュースに関してはよく知っているので、しばしば、視聴 者が「そんなことも知らない」とは気づかないまま伝えてしまいます。けれども、初歩的 な部分が抜け落ちたままのニュースをいくら流されたとしても、視聴者は「難しくて、よ くわからない」となってしまうでしょう。 「よくわかった」と言ってもらうためには、 「そ ん な こ と も 知 ら な い の か 」 と 馬 鹿 に す る の で は な く、 「 そ こ か ら 説 明 し な け れ ば な ら な い のか」という部分から丁寧に解説することが大事なのです。   結 局、 「 週 刊 こ ど も ニ ュ ー ス 」 の「 お 父 さ ん 」 を 一 一 年 間 担 当 し ま し た。 お か げ で、 私 の頭の中には「小学五年生の池上くん」が今でも住み着いています。NHKを辞めてフリ ー ラ ン ス に な っ て か ら も、 こ の「 池 上 く ん 」 が、 「 そ れ じ ゃ わ か ら な い よ 」 と い つ も 教 え てくれるので、とても助かっているのです。

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  生放送で気づかされた一言   それでもときどき、無意識のうちに「これぐらい、常識だろう」と思っていた自分に気 づかされて、はっとすることがあります。   二〇一八年四月、イギリス、アメリカ、フランスがシリアの化学兵器関連施設を空爆し たというニュースが飛び込んできたときのことです。シリアのアサド政権が反対派の住民 に対して化学兵器で攻撃したことから、その行為への警告として、三ヶ国がシリア政府の 施設を攻撃したのです。   ちょうどテレビ朝日系列で二週間に一回のレギュラー番組が放送されるタイミングだっ た の で 、 急 きゆう 遽 きよ 、 放 送 時 間 の 半 分 を 生 放 送 に 切 り 替 え 、 出 演 し て い た ゲ ス ト た ち に こ の ニ ュ ースの解説をすることにしました。   すると、ひとりの若い出演者が「どうしてシリアの内戦が始まったんですか?」と聞い て き ま し た。 「 あ あ、 そ も そ も そ こ か ら 説 明 し な い と い け ま せ ん で し た ね 」 と う な ず い た 私は、 「二〇一〇年の『アラブの春』で……」と話し始めました。その途端、 「すみません、

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『アラブの春』って、なんですか?」と言われてしまったのです。   生 放 送 で す か ら、 こ の や り と り に は 台 本 は あ り ま せ ん。 つ ま り、 こ の「 『 ア ラ ブ の 春 』 っ て、 な ん で す か?」 は、 ご く 自 然 な 反 応 だ っ た わ け で す。 「 あ ん な に 大 き な ニ ュ ー ス だ っ た の に、 大 人 が そ ん な こ と を 聞 く の か 」 と 一 瞬、 驚 き ま し た が、 考 え て み れ ば、 「 ア ラ ブの春」が起こったのは八年も前のこと。つまり、今、二〇歳の人はまだ小学生だったと 思えば、二〇歳そこそこの出演者が知らないというのも当然です。   シリアの内戦について説明するときは、なんとなく「アサド政権と反政府勢力の戦い」 などと簡単にまとめてしまいがちです。けれども、視聴者、特に若い人は、 「反政府勢力」 が ど の よ う な 事 情 で ア サ ド 政 権 に 反 対 す る よ う に な っ た の か を 知 ら な い。 そ の こ と に 「『アラブの春』って、なんですか?」という一言で気づかされました。   こんな素朴な疑問は、いつでも大歓迎です。私自身、非常に勉強になりました。   ニュース解説は視聴率がとれる   私が民放でこうしたニュース解説の番組を担当するようになったそもそもの始まりは、

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NHKを辞めてフリーになってから出演していたある番組が、視聴率がとれなくて打ち切 り 寸 前 に な っ て い た こ と が き っ か け で し た。 当 初、 出 演 依 頼 を 受 け た と き は、 「 過 去 の 大 きな事件や事故を取り上げるので、ビデオの後、スタジオで解説してください」とのこと でした。   ところが、視聴率が下がり始めますと、お取り寄せグルメやペット大集合のようなもの を特集するようになります。当初の約束と違います。うんざりした私はその番組を降りる こ と に し た の で す。 す る と、 「 ち ゃ ん と ニ ュ ー ス を 取 り 上 げ る こ と に し ま す か ら、 戻 っ て きてください」と、テレビ局が頼みに来ました。   ではどんなニュースがいいだろうかと考えたとき、ぴったりだと思ったのは、二〇〇九 年のイラン大統領選の話題でした。その頃、イランでアフマディネジャド大統領の再選を めぐって、学生たちが猛反発し、大混乱が起こっていたからです。しかし、日々のニュー ス で 伝 え ら れ る の は、 「 イ ラ ン の 大 統 領 選 挙 後、 国 内 が 混 乱 し て い る 」 と い う 事 実 だ け。 なぜそういうことになっているのかという背景はまったくわかりません。イランの大統領 選 挙 の 仕 組 み も 解 説 し ま せ ん。 そ こ で、 「 イ ラ ン に つ い て、 一 か ら 解 説 し ま し ょ う 」 と 提

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案 を 出 し た の で す が、 ス タ ッ フ は 乗 り 気 で は あ り ま せ ん。 「 ゴ ー ル デ ン タ イ ム の 時 間 帯 に 難しい国際ニュースなんてやっても、誰も見ませんよ」というわけです。   結局、 「どうせ打ち切りは決まっているんだから、何をやっても同じだ」ということで、 私の提案どおり、イランの大統領選を解説することに決まりました。ところが、これがス タッフの予想に反して、前の週の倍の視聴率を獲得したのです。   番組の打ち切り自体はすでに決定していたものの、放送が終了するまで数週間が残って いました。そこで、この勢いで複雑な国際情勢や政治ニュースをどんどん取り上げていき ま し た。 そ れ ら が い ず れ も 高 い 視 聴 率 を と る に つ れ、 「 ど う せ 難 し い 国 際 ニ ュ ー ス な ん て 見ませんよ」と疑わしげだった制作スタッフの目の色も次第に変わっていったのです。   今、 さ ま ざ ま な 番 組 で ニ ュ ー ス を「 わ か り や す く 」 解 説 し て い ま す が、 「 難 し い 国 際 ニ ュースなんて見ませんよ」というテレビ界の固定観念に、ささやかながら一石を投じるこ とができたのではないかと思います。   視聴者は、ニュースだからそっぽを向いていたのではありません。大勢の人たちが私の 番組を見てくれているということは、ニュースをわかりやすく解説してほしいという視聴

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者の思いに、それまでのテレビが応えていなかったということでしょう。 池上解説は﹁続 基礎英語﹂   どんなに複雑で難しそうに見えるニュースでも、ひとつひとつを丁寧にひもといていけ ば、 全 体 像 が 少 し ず つ 見 え て き ま す。 で す か ら、 「 よ く わ か ら な い や 」 と 思 考 停 止 し て し ま う の で は な く、 私 の 番 組 を き っ か け に、 「 あ あ、 そ う い う こ と だ っ た の か 」 と ニ ュ ー ス に 興 味 を 持 っ て ほ し い。 そ れ は、 「 週 刊 こ ど も ニ ュ ー ス 」 の と き か ら 変 わ ら ず 持 ち 続 け て いる願いです。   さらに、そこから先へ進んで、もっと深く勉強してくれるのであれば、言うことはあり ま せ ん。 若 い 人 た ち か ら「 『 週 刊 こ ど も ニ ュ ー ス 』 を 見 て、 世 の 中 の こ と に 興 味 を 持 つ よ うになりました」 「ジャーナリズムの仕事につきました」と言われたりすると、 「この仕事 をしてきてよかった」と、 嬉 うれ しい気持ちでいっぱいになります。   言ってみれば、 「池上解説」はニュースの「続   基礎英語」のようなものです。NHKラ ジオの英語学習番組は、かつては初めて英語を学ぶ中学一年生レベルの「基礎英語」から

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「 続   基 礎 英 語 」 に、 そ の 後 さ ら に「 英 会 話 」「 ビ ジ ネ ス 英 語 」 へ と ス テ ッ プ ア ッ プ し て い きました。 「週刊こどもニュース」が「基礎英語」だとすると、上級の「英会話」 「ビジネ ス英語」は夜七時や九時のニュースということになるでしょう。そして、その間をつなぐ 「続   基礎英語」が、ニュースをわかりやすく解説する私の番組というわけです。   テレビだけではありません。街でよく「池上さん、テレビ見てますよ」と声をかけられ るのですが、私は、自分の本業はテレビに出てしゃべることではなく、あくまで書くこと だと思っています。そんな私が書く本も、やはり「基礎英語」 「続   基礎英語」のようなも ので、あくまで導入と考えてほしいのです。 「基礎英語」だけ聴いていても、本当に初歩の部分を覚えただけで、それで英語ができる ようになったとは言えないでしょう。英語を勉強するからには、 「基礎英語」や「続   基礎 英語」で満足するのではなく、 「英会話」 「ビジネス英語」の難しい英語を学習し、英語の 達 人 を 目 指 し た い と 思 う は ず で す。 そ れ と 同 じ で、 ニ ュ ー ス も「 基 礎 英 語 」「 続   基 礎 英 語」が理解できたら、その先にどんどん進んでいってほしいと思っています。

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