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(1)

ソリトンの数学

講座: 数学の発見

武部 尚志

(

お茶の水女子大学

)

2008

5

31

1

はじめに

線形、非線形、可積分

この講演のタイトル「ソリトン」とはどんな意味なのか、今時の常套手段で、インター ネットでちょっと検索すると山ほど結果が返ってきます。語感が良いのか、会社名やテレビの 番組名にも使われ、「ソリトンの悪魔」なんていうアニメもありますが、ここでお話するのは 元々の意味、「粒子的な振舞いをする孤立波」の事です。その波の性質を解明する過程で「非 線形可積分系」と呼ばれる数学の分野が現れてきたのですが、その辺りの歴史と話題を紹介し ます。 「ソリトン」特有の話を始める前にこの「非線形」「可積分」という言葉について簡単に 説明します。これらは微分方程式の性質を表す言葉ですが、「微分方程式」というのは関数と その微分についての関係式です。例えば f (t) という t の関数に対して (1) d 2 dt2f (t) + f (t) = 0 という微分方程式を考えると、これは f (t) = sin t とか f (t) = cos t とすれば満たされます。こ のように微分方程式を満たす関数をその方程式の解と呼びます。この例 (1) のように、関数と その導関数の一次式になっているものを線形微分方程式と言い1、線形でないものを全部ひっ くるめて非線形微分方程式と言います。例えば、 (2) d dtf (t) + f (t) 2 = 0 のようなものは非線形方程式です。またここに上げた (1) や (2) という微分方程式では独立変 数は t 一つだけですが、このような微分方程式を常微分方程式と呼び、複数の独立変数を持つ 関数についての方程式は偏微分方程式と呼びます。例えば、(c を定数として) (3) 2 ∂t2u(t, x)− c 2 2 ∂x2u(t, x) = 0 1「一次式」と言う以上、(1) の右辺に何か関数が来るようなこともあります。その場合は非同次、(1) のよう に未知関数とその微分の線形結合だけでできている場合は同次と言います。ここでは同次方程式だけ考えます。

(2)

は二つの独立変数 t, x に関する線形偏微分方程式、 (4) ∂tu(t, x) + 6u(t, x) ∂xu(t, x) + 3 ∂x3u(t, x) = 0 は非線形偏微分方程式です。(以下、スペースを節約するため、微分を下つき添字で ∂u ∂x = ux のように書き、例えば (4) ならば ut+ 6uux+ uxxx = 0 のようにします。) しかしこういう言葉の説明だけでは後で出てくる話の「不思議さ」が伝わりません。これ らをどうとらえて頂きたいかと言うと (極端に単純化した「スローガン」ですから鵜呑みにし てはいけませんが): • 線形方程式は解ける。 • 非線形方程式に (一般には) 解き方は無い。 という感覚です。線形微分方程式の解がいつでも既知の関数で書ける訳ではないですが、例え ば「巾級数」とか「フーリエ級数」といった手法を用いて解く一般論がありますし、とにかく 「方程式の係数がこれこれの性質を満たせば、解はこれこれの性質を満たす」といった性質が 良く分かっています。これに対して非線形方程式は「線形でない」方程式全部ですから一般論 など望むべくもなく、個々の方程式の特徴に応じた解き方が必要になります。例えば (2) に上 げた方程式は Riccati (リッカチ) 方程式と呼ばれるもので、数学セミナー 2008 年 4 月号から の井ノ口順一氏の連載「リッカチのひ・み・つ」で詳しく論じられています。 もう一つ大事なイメージは、 • 線形方程式の解は “すっきりした構造” を持っている。 • 非線形方程式の解は (一般には) 複雑で良く分からない。 というものです。“すっきりした構造” というのは、(大学数学の言葉を使えば) 「解全体の集 合は線形空間になる」というものです2。以下では例として (1) を考えましょう。基本は「重 ね合わせの原理」と呼ばれる次の簡単な事実です: f1(t) と f2(t) が解ならば、その一次結合 f (t) = a1f1(t) + a2f2(t) も解である (a1, a2 は任意の数)。実際、微分が「線形演算」である、 つまり一次結合の微分 f0(t) は微分の一次結合 a1f10(t) + a2f20(t) に等しい、という事を使えば f (t) が (1) の解になる事は容易に確かめられます。この事実から、線形微分方程式の解は基 本となる解 (解のなす線形空間の基底; 常微分方程式なら有限個、偏微分方程式の時はたいて い無限個) の一次結合として表される事が分かります。例えば (1) なら sin t と cos t を基底に 取ることができて、解は f (t) = a sin t + b cos t (a, b は勝手な数) の形に表される関数すべて です。 非線形方程式の場合には重ね合わせの原理が成り立たないので、解全体の集合を持ってき ても線形空間にはならず、線形の場合のように「基本となる解」から全体を構成するような事 は期待できません。 2本当は「アフィン空間」と言うべきですが、ここでは同次線形方程式だけ考えているので線形空間になりま す。

(3)

が、実は非線形でも解がきっちり式で書けて、あまつさえ解全体の集合の構造が明確に分 かる、という事があり、そのような方程式 (で表される物理系) を可積分系3と呼びます。今回 お話したいことは、 ¨ § ¥ ¦

ソリトン方程式は可積分系である

!

という事です。それではソリトンの話に入りましょう。

2

ソリトンの発見

2.1

運河にて

私は狭い運河を二頭の馬に引かれて船が速く動いているのを眺めていた。突然船が止まっ たが、船が動かしていた水の塊は止まらなかった。水は船首辺りに溜って激しい動きをし たかと思うと、急にそこを離れ相当大きな速度で前へとうねっていった。水の山は大きな 孤立した隆起になって、丸く滑らかではっきりした形を保ちつつ運河をそのまま進んで行 き、形も変えずスピードも落ちないようだった。私は馬に乗ってそれを追いかけたが、追 い付いてみるとそれはまだ時速8 マイルか9 マイルのスピードで長さ約30 フィート、高 さ1から 1.5フィートの最初の形を保っていた。高さは段々と低くなっていき、一、二マ イル追いかけた所で運河が曲がっていて、そこで見失った。1834年八月に起きたこの事件 が、その奇妙な美しい現象との最初の出会いだった。 これは、イギリスの造船技術者 John Scott-Russel (ジョン・スコット-ラッセル) がイギリス科 学振興協会に送った報告の一部です4。彼が注目したこの波が「孤立波」さらに「ソリトン」と 呼ばれることになるのですが、それは後のお話。この運河はエジンバラ付近の Union Canal と いう運河で、1995 年にソリトンの研究集会の余興でこの波を再現する実験をしています。詳 しくは http://www.ma.hw.ac.uk/solitons/press.html を御覧下さい。

Scott-Russel はこの孤立波 (solitary wave; 彼は wave of translation と呼んでいる) が重

要であると考えて、水槽実験を繰り返し孤立波の進行速度と波の高さの関係 (波が高い程速い が、その関係) を求めたりしています。 この実験結果に数学的な裏付けが与えられたのは、1882 年の Boussinesq (ブシネ) の論 文と、1895 年の Korteweg (コルテヴェーク) と de Vries (ド・フリース) の論文でした。物理 現象の背後にある法則を微分方程式の形で書いたのは Newton (ニュートン) が最初で 17 世紀 の事ですが、18 世紀になると Euler (オイラー) や Lagrange (ラグランジュ) といった人達が、 空気や水のような流体の流れも微分方程式で研究するようになりました。19 世紀にはこうし た流体力学が盛んに研究されていたので Boussinesq や Korteweg-de Vries の仕事もその中か ら生まれてきたのでしょう。Boussinesq の仕事の方が先で、しかも Korteweg-de Vries の結果 を先取りしている部分もあるらしいのですが、後者の方が簡明なので主にそちらを使って説明 します。

3『可積分』という言葉は、関数について「積分の値が発散しないで確定する」という性質を表す時にも使い

ますが、ここでは「微分方程式が可積分」という風に使われる場合の意味です。

(4)

波の高さを u(x, t) と表すことにします。x は位置座標 (一次元の場合だけ考えます)、t は時間です。もし u(x, t) が非常に小さければ、これは波動方程式と呼ばれる 線形 偏微分方 程式を満たします。実はこれが§1 に上げた例 (3) です。ここで上げた c は波の速さを表しま す。つまり方程式の中で「速さ」が指定されてしまっているので、どんな形の波も同じ速さで 進行する事になります。実際、勝手に関数 f (x) を持ってきて、u(x, t) = f (x− ct) あるいは u(x, t) = f (x + ct) としてやると、これらは (3) の解で、それぞれ x 軸の正の方向あるいは負 の方向に速さ c で進む波になっています。 Scott-Russel の実験結果を見ると分かるように、u(x, t) がある程度大きい波の場合には これでは困ります。波の速さが波の高さによって変化してくれないといけない。Boussinesq や

Korteweg-de Vries が提案した方程式は、このような現象をうまく再現します。Korteweg-de

Vries 方程式 (略して KdV 方程式) も、実は§1 に例として上げてありました。方程式 (4) が それです (尚、独立変数の長さ x, 時間 t や未知関数 u(x, t) の尺度を変えてやればこの方程式 の各項の係数はどのようにも変えることができるので、時と場合によっていろいろな係数が使 われます)。KdV 方程式には例えば、(k, δ は勝手な定数として) (5) u(x, t) = 2k2sech2¡k(x− ct) + δ¢, c = 4k2 という解があります。但し sech x は双曲線関数と呼ばれるものの一種で、指数関数 ex を使っ て sech x = 2 ex+ e−x と定義されます。sech x は x = 0 で高さ 1 の山を持ち x→ ±∞ で 0 に なる関数なので u(x, t) は高さ 2k2 を持つ図 1 のような形をしています。また x と t が x− ct という組合せで入っているので、これは速さ c = 4k2 で x 軸の正の方向に進む波で、高さが 高いほど速い、という事が分かります5。これを KdV 方程式の孤立波解と呼びます。 速さ4k2 高さ 2k2 x x=ct 図 1: KdV 方程式の孤立波解 この KdV 方程式は非線形偏微分方程式ですから、「一般解を求める」などという事は思 いもよらず、Korteweg と de Vries は、この孤立波解の他に楕円関数という関数を使って周期 的な波を表す解を求めただけでした。これはこれできれいな結果で、今から見るとどちらも重 要な解なのですが、当時はそれこそ他の数学から孤立した単なる例、たまたま見付かった幸運 な例に過ぎなかったため、この話は忘れられていきます。再び表舞台に現れるのはそれから半 世紀以上経ってからでした。 5Boussinesq方程式の場合は速さは高さの平方根に比例し、こちらの方が Scott-Russel の結果と一致します。

(5)

2.2

計算機実験とソリトン

二十世紀後半に KdV 方程式が脚光を浴びるようになった一つの理由はプラズマの研究で この方程式が再発見された事、そしてもう一つの理由は (こちらがこの後の話にとって重要で す)、電子計算機が発明されて KdV 方程式を数値的に解く事ができるようになった事です。 二十世紀半ばに電子計算機が作られると物理学者は、それを使って偏微分方程式を解こう (どうしても計算誤差が入ってきますから近似的になりますが)、と考えました。最初に述べた 通り非線形偏微分方程式を解く一般論はありませんが、物理の理論の中には自然にこのような 方程式が現れます。物理としては、解法の一般論は出来なくても、また近似解であっても、と にかく方程式の解がどのようなものかが分かる事は大事ですから、電子計算機をこのように使 おうと考えるのは自然な発想です。 有名な物理学者 E. Fermi (フェルミ; 量子力学への理論的な貢献もあれば、世界最初に原 子炉を作った、という実験的な成果もある) は、次のような問題を考えました。§1 で述べたよ うに線形微分方程式で表される問題の解は線形空間で表され、線形空間の基底になる解 (物理 ではモードとか規準振動とか呼ばれます) が互いに独立に変化します。これにちょっと非線形 な項を加えてやれば、独立だったモードが非線形項による相互作用でエネルギーのやりとりを して、最終的にはすべてのモードが同じエネルギーを持つ一様な状態に落ち着くだろう、と予 想されます。Fermi は Pasta (パスタ), Ulam (ウラム) という二人とともに結晶格子に関する このような問題に計算機を使って取り組みました。ところが結果は予想を外れ、確かに多少は 混じり合うものの、時間が経つと最初の状態へ戻ってしまう、という再帰現象と呼ばれるもの が見付かりました。 この結果を聞いたアメリカの N. Zabusky (ザブスキー) と M. D. Kruskal (クルスカル) は、結晶格子ではなく連続的で非線形な問題にも同じ事を試してみようと考え、非線形な偏微 分方程式の中でも簡単な KdV 方程式に対して計算機実験を行いました。初期状態 (t = 0 での

u(x, t))として正弦波を入力して (つまり例えば u(x, 0) = sin x)、計算機にその先の u(x, t) を 計算させたのです。その結果は驚くべきものでした。正弦波が崩れていくつもの波に分かれ、 それらが互いに追いかけっこをし、しかも各々の波は別の波とぶつかっても「すり抜ける」よ うにして衝突後に元の形に戻ってしまったのです。この辺りは、今ならインターネット上で実 験結果のアニメーションを見ることができます。例えば、京都大学の高崎金久氏の作っている ページ「ソリトンのさまざまな顔」 http://www.math.h.kyoto-u.ac.jp/~takasaki/soliton-lab/gallery/solitons/ や、そこのリンク先に面白いアニメがいろいろ置いてあります。(図 2, 3, 4 は、高崎氏に頼ん でこのページから頂きました。高崎氏に感謝します。) これらの波を調べてみると、それぞれの山は Korteweg-de Vries の見つけた孤立波解に なっていて、それらが衝突しても形を崩さない、謂わば粒子のような「硬さ」を持っているこ とが分かりました。そこで彼らは、「孤立波 (solitary wave)」でありながら「粒子」でもある、

という意味を込めて粒子を表す語尾 “-on” (電子 electron, 光子 photon, 陽子 proton 等の語尾 と同じ) を使って

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(6)

図 2: KdV 方程式; 正弦波が複数のソリトンに壊れる。 図 3: KdV 方程式; 二つのソリトンの追いかけっこ。 という新しい言葉を作りました。これが「ソリトン」です6

2.3

ソリトン方程式のいろいろ

こういう面白い現象が見つかれば、他には無いか、と探したくなるのが人情です。実際、 その後いくつもソリトン解を持つ方程式が見つかっています。それぞれが歴史とドラマを持っ ているはずですが、いちいち追っていくわけにもいかないので、以下の話に関係のありそうな ものをとりあえず列挙してみます。 Boussinesq 方程式: 関数 u(x, t) に関する方程式 (6) 3 4utt+ uxx+ 1 4uxxxx+ 3 2(uux)x = 0. 変形 KdV 方程式: 関数 v(x, t) に関する方程式 (7) vt+ 6v2vx+ vxxx = 0. KdV 方程式 (4) の非線形項を三次式にしただけ。実際、後で述べるように KdV 方程式と深 いつながりがあります。 6最初は “solitron” という名前を考えたが、これは既に会社の名前か何かに使われていた、という逸話が残っ ています。

(7)

KP 方程式7 :関数 u(x, y, t) に関する方程式 (8) (ut+ 6uux+ uxxx)x+ 3uyy = 0. 左辺の括弧の中は KdV 方程式 (4) の左辺になっているので、KdV 方程式の解 u(x, t) は、y によらない値を取る (x, y, t) の関数とみなせば KP 方程式の解になります。KP 方程式には y 方向も入っているので、2 次元 KdV 方程式とも呼ばれます。 Sine-Gordon 方程式: (サイン・ゴルドン方程式) 関数 u(x, t) に関する方程式 (9) utt− uxx+ sin u = 0. sin uの所を m2uとした線形な方程式は、質量 m の素粒子の運動を記述する Klein-Gordon 方 程式というもので、それをもじって「sine-Gordon」という名前がついています。上記、高崎氏の ページには「待針」で作ったこのソリトンの模型のアニメが置いてあります (図 4)。この模型は x が離散的になっていますが、この待針の間隔を小さくして連続的にした極限が Sine-Gordon 方程式で記述されます。u(x, t) は待針の「振れ角」を表します。 図 4: Sine-Gordon 方程式の 2-ソリトン解 戸田格子方程式: 時間 t と離散変数 n (一次元結晶格子を構成する粒子の番号にあたる) の関数 un(t) に関する方程式 (10) utt = eun−1−un− eun−un+1. これについては、発見者自身によって発見の経緯の詳しい説明が [To1] に書かれています。

3

ソリトン方程式の解法

§2.1 や §2.2 に述べたように面白そうな解を持つソリトン方程式ですが、これらは非線形 方程式らしくなく「解けて」しまいます。その解き方を二種類紹介しましょう。一つは線形微 分方程式を補助に使う逆散乱法、他方は made in Japan の広田の直接法です。 もう一つ、テータ関数という関数を使う解の構成法もあり、§2.1 の最後で述べた楕円関 数で表す解の一般化になっているのですが、代数幾何学の説明が必要になるので残念ながらこ こでは触れられません。この話の先にはソリトン方程式の理論 (§4.1 で話す佐藤理論) が応用 されて、代数幾何のある問題が解かれた (塩田隆比呂氏による Novikov 予想の解決) という面 白い話題がつながっています (§5.2 で少しふれます)。 7Kadomtsev (カドムツェフ)-Petviashvili (ペトヴィアシュヴィリ) 方程式の略。

(8)

3.1

逆散乱法と

Lax

形式

§1 で非線形常微分方程式の例として上げた Riccati 方程式 (2) は、次のようにして解けま す。まず、未知関数を (11) f (t) = g 0(t) g(t) という形に変形します。つまり、f (t) = d dt log g(t) で、f (t) から g(t) を求めるには g(t) = eRf (t) dt とします。これを Riccati 方程式 (2) に代入して整理すれば、 (12) d 2 dt2g(t) = 0 という簡単な線形常微分方程式になります。これの解は g(t) = a1t + a0 (a0, a1 は定数) とい う一次式ですから、元の Riccati 方程式の解は、 (13) f (t) = a1 a1t + a0 と書けます。KdV 方程式の uxxx の項を uxx で置き換えた Burgers 方程式という微分方程式 もこれと同様に u を wx/w で書き換えるという変換で w についての線形偏微分方程式に帰着 できるのですが、KdV 方程式そのものは、この変換ではうまくいきません。 ところが、1967 年にプリンストン大学にいた Miura (ミウラ; 日系三世) が wx/w ではな く、wxx/w を使うと面白いことが起きる事に気がつきました。u =−wxx/w となる w を使っ て v =−iwx/w (i = −1), つまり (14) wxx+ uw = 0, iwx+ vw = 0 となるように v を決めると、その v は変形 KdV 方程式 (7) を満たすのです。この事をさらに 敷衍することで、Gardener (ガードナー), Greene (グリーン), Kruskal, Miura の四人 (GGKM と略します) のプリンストンでの共同研究により、次のような補助関数 w(x, t; λ) を使うと良 いことが分かりました: (15) 2 ∂x2w(x, t; λ) + u(x, t)w(x, t; λ) = −λ 2w(x, t; λ) ここで λ は x にも t にもよらない補助的な定数でスペクトル・パラメーターと呼ばれます。 微分方程式 (15) は (多少符号や係数を調節すれば)、量子力学で基本的な Schr¨odinger (シュ レーディンガー) 方程式の形をしています (しばらく t については忘れてください; t を省いて 書きます)。この物理的解釈に沿って言えば、一次元空間で u(x) というポテンシャルの中で動 く粒子の波動関数が w(x; λ) という事になります。平たく言えば、粒子 (波と言っても良い) が u(x) という形の山 (あるいは谷) に飛び込んできたときの様子を記述するのが w(x; λ) です。 (少し紛らわしいですが、後でソリトンになるのは u(x) の方で、波 w(x; λ) はあくまでも補助 的に考えているものです。) このような状況は非常に良く調べられていて、特に (16) x→ −∞ の時に w(x; λ) = 1 a(λ)e −iλx,

(9)

のような振舞をする解があることが分かっています (a(λ), r(λ) は λ に応じて変わる複素数)。 ここで e−iλx 及び eiλx という関数はそれぞれ左向き及び右向きに運動量 λ を持って進む波を 表しているので、この w(x; λ) は「右から運動量 λ を持つ波が u(x) という形のポテンシャル に飛び込んできたときに、1/|a(λ)| の分だけ透過し |r(λ)| の分だけ逆向きに反射される」とい う状況を表しています (図 5)。そこで 1/a(λ) を透過係数、r(λ) を反射係数と呼び、まとめて 散乱データと呼ぶことにしましょう8 。このデータにより波がポテンシャル u(x) で散乱され る様子がわかるわけです。 u(x) x e-i x ei x e-i x 図 5: ポテンシャル u(x) による散乱。 散乱データはポテンシャル u(x) が与えられれば決まるものですが、逆に u(x) が分から ない時に外から (運動量 λ を変えながら) 波を送り込みどのように反射、透過するかを調べて 散乱データを採集したとします。散乱データは u(x) の形の情報を与えてくれるはずですが、 どれくらい u(x) を再現できるでしょうか? このような問題を逆散乱問題と言いますが、実は Gelfand-Levitan(-Marchenko) (ゲルファント・レヴィタン・マルチェンコ) 方程式という方程 式を立ててそれを解けば、u(x) を決定することが出来ます。つまり、散乱データだけからもと のポテンシャルが完全に分かる! というわけです。(M. Kac (カッツ) の有名な論文の題名から 「一次元の場合は太鼓の形が聞こえる」とも言われます。) さて、ここまで Schr¨odinger 方程式 (15) について少し詳しく説明しましたが、KdV 方 程式に話を戻しましょう。GGKM の四人が気がついたのは、KdV 方程式を満たす u(x, t) を Schr¨odinger方程式 (15) のポテンシャルとして使った時に、 • スペクトル λ は変数 t によらない。 • 散乱データ (透過係数と反射係数) は t の関数となるが、透過係数 1/a(λ) は t によらな い。また反射係数 r(λ, t) は t について簡単な線形常微分方程式を満たし、 r(λ, t) = r(λ, 0)e8iλ3t となる。 という事実です。したがって u(x, t) の t = 0 での初期値 u(x, 0) をポテンシャルとした時の散 乱データが分かれば、任意の t での散乱データが分かります。今度はそれを使って逆散乱問題 8本当は、さらに解析すると a(λ) は λ によらない有限個の実数 c j, ηj (j = 1, . . . , n;個数 n は u(x) に応じて 変わる) と r(λ) が分かれば計算できる事が分かるので、散乱データと呼ばれるのは{r(λ), η1, . . . , ηn, c1, . . . , cn} という組なのですが、後の話でここまで細かいことはいらないので上のようなデータを考えておきます。

(10)

を解けば今度は u(x, t) というポテンシャルが分かります。つまり、u(x, 0) を与えれば u(x, t) は計算できる、言い換えれば KdV 方程式は初期値が分かれば解ける! という事です。この KdV方程式の解法を逆散乱法と言います。 (17) u(x, 0) −−−−→散乱問題 散乱データ a(λ), r(λ, 0) 時間発展   y y時間発展 u(x, t) ←−−−−−−− GLM方程式 a(λ), r(λ, t) = r(λ, 0)e 8iλ3t 例えば、ソリトン解に相当するのは r(λ, t) = 0 となる無反射ポテンシャル (反射してく る波が無い) と呼ばれる場合に相当します。 偏微分方程式論の大家 P. D. Lax (ラックス; 偏微分方程式の理論・応用への貢献で 2007 年アーベル賞受賞) は、逆散乱法でスペクトル λ が時間によらず一定であることに注目しまし た。大学教養程度の線形代数を使って説明すると大体こんなアイディアです。 まず、Schr¨odinger方程式 (15) は、“ベクトル” w(x, t; λ) に “線形作用素” L = 2 ∂x2+u(x, t) が作用して、その結果が w の λ 倍になった、と読めます。これは線形代数で言う固有値問題で す。関数をベクトルとして考えるのは数学の常道なのですが、アイディアとしては普通の二次 元のベクトルでの話でも分かって頂けると思うので、w という関数の代わりに v(t) = Ã x(t) y(t) ! というベクトル、L という微分作用素の代わりに P (t) = Ã a(t) b(t) c(t) d(t) ! という行列を考え、v(t) は P (t) の固有ベクトルで P (t) の固有値 λ は t によらないと仮定します: (18) P (t)v(t) = λv(t) 大雑把に言って固有値が同じ行列は、ある可逆行列 (正則行列とも言う) とその逆行列で挟ん だものになっているので、P (t) と P (0) もそのような関係になっているはずです。そこでその 可逆行列を U (t) とすると、 (19) P (t) = U (t)P (0)U (t)−1 となっています。つまり、P (t) の時間変化は U (t) の時間変化から来ている、と考えるわけで す。U (t) の時間変化はその微分を調べれば分かります。今 A(t) という行列を、 (20) d dtU (t) = A(t)U (t), つまり、 A(t) = µ d dtU (t)U (t)−1, で定義しましょう。すると、(19) を微分することで d dtP (t) = dU (t) dt P (0)U (t) −1+ U (t)P (0)d ¡ U (t)−1¢ dt = dU (t) dt U (t) −1U (t)P (0)U (t)−1+ U (t)P (0) µ −U(t)−1dU (t) dt U (t) −1= A(t)P (t)− P (t)A(t) (21)

(11)

となります。最右辺は普通 [A(t), P (t)] と書かれるので、P (t) は (22) d dtP (t) = [A(t), P (t)] という微分方程式を満たす事になります。 微分作用素 L = ∂2+ u(x, t) (微分作用素 ∂x を ∂ と略記します) の場合も事情は同じで、 u(x, t) が KdV 方程式を満たすことと、L が (23) ∂tL = [A, L], A =−4∂ 3+ 6u∂ + 3u x, という微分方程式を満たすことが同値であることは簡単な計算で確かめられます。(L が微分 作用素なので A も微分作用素になります。上の式で ∂3 とかが宙に浮いていて気持ち悪いと 感じられる方は、各辺の右端に関数 f (x) が省略されていると考えて下さい。) KdV 方程式を

(23)の形に書いたものを Lax 形式、L を Lax 作用素、(L, A) の対の事を Lax 対 (Lax pair)

と呼びます。この形に書くことで KdV 方程式の種々の性質の解析が透明になり、また KdV 方程式のような可積分な方程式を新たに作り出すことも容易になりました。 この節に関して詳しいことを知りたい方は [TD] をご参照下さい。

3.2

広田の直接法

逆散乱法の流れとはまったく独立に KdV 方程式や 戸田格子、Sine-Gordon 方程式の多 ソリトン解を求める方法を見つけたのが広田良吾先生でした。当時広田先生は企業の研究所 (RCA 基礎研究所) にいて、「ソリトンは安定な波だからこれを通信に応用できないか」と考 えたのが研究の動機だったそうですが ([討論] 参照)、結果的にこれがソリトン方程式の数学的 本質を見抜くための鍵になりました。 先ほどのソリトン解の形 (5) を KdV 方程式に代入したり、Miura 変換 (14) で KdV 方 程式を変形 KdV 方程式に書き換えたりする計算をしていると、関数 f (x) の微分の次のよう な組合せによく出会います: f00f − (f0)2 f2 = µ f0 f0 = d 2 dx2 log f.

実際、f (x) = cosh x ならば f0(x) = sinh x, f00(x) = cosh x なので9、ソリトン解 (5) 自身、

(24) u(x, t) = 2 d 2 dx2 log cosh ¡ k(x− ct) + δ¢ という形になっています。戸田盛和先生は戸田格子のソリトン解についてこの形を見つけ、こ の表示を利用して戸田格子の 2 ソリトン解 (図 3 のようにソリトンが二つある解) を発見しま した (1968 年頃; [To1] 参照)。 広田先生は n ソリトン解 (ソリトンが n 個ある解) を探す過程で、このような変数変換 によって KdV 方程式も戸田格子も Sine-Gordon 方程式も方程式が似たような格好になる事に 気づきました ([討論] 参照): KdV 方程式の場合だと、関数 f (x, t) についての方程式 (25) Dx(Dt+ D3x)f· f = 0 9cosh x = e x+ e−x 2 , sinh x = ex− e−x 2 : どちらも双曲線関数という関数です。

(12)

が成立すれば、f (x, t) から (26) u(x, t) = 2 2 ∂x2 log f (x, t) で定義された u(x, t) は KdV 方程式の解となります。ここで、D と· はひとまとまりで考え る記号で次のように定義される広田微分と呼ばれるものです: (27) DmxDntf (x, t)· g(x, t) := ∂mx0∂tn0f (x + x0, t + t0)g(x− x0, t− t0)¯¯x0=t0=0. ややこしそうに見えますが、 ∂xf g = f0g + f g0 Dxf · g = f0g− fg0, x2f g = f00g + 2f0g0+ f g00 Dx2f · g = f00g− 2f0g0+ f g00 といった例を見れば、積の微分にちょっと符号がついただけだ、という事が分かります。変 数 f の方程式 (25) から元の KdV 方程式を導くのはやや長いですが微分の計算だけです。 v = ∂x(log f ) について 1 f2Dx(Dt+ D 3 x)f· f = 2(vt+ 6vx2+ vxxx) である事が分かるので、左辺が 0 ならば右辺も 0. 後はこれを x について微分して u = 2vx と おけば終わりです。 広田型の表示の重要な点は、KdV 方程式も変形 KdV 方程式も戸田格子も Sine-Gordon 方程式も皆なぜか双線形形式 (二次の同次式) で書けてしまう、という事実です。そこで一般に ソリトン方程式についてこのように書き換えた方程式を広田の双線形方程式と呼びます。逆に 広田型の双線形微分方程式を使って新しい可積分方程式を作る、という事も行われています。 広田表示を使えば n ソリトン解は (28) f (x, t) = 1 + εf(1)(x, t) + ε2f(2)(x, t) +· · · のような逐次近似展開の形で求めることが出来ます。もとの u(x, t) の形で求めようとすると 2 ソリトン解の段階で既に非常に大変で、§1 で述べたように非線形方程式の解は重ね合わせ では作れない、という事が身にしみて分かります。一方 (28) の形で考えると f(1) の所は 1 ソ リトン解の重ね合わせになり、f(2) 以降は方程式から漸化式として決まっていきます (もっと も 3 ソリトン解以上はこれでもやはり大変で、別の工夫が必要になりますが)。このようにし て解を作る方法を広田の直接法と言います。 上の f という変数は広田の従属変数と呼ばれていました。「呼ばれていました」と過去形 になってしまった理由は、次の節§4.1 で明らかになります。 逆散乱法と広田の直接法の他にテータ関数と呼ばれる関数を使って (代数幾何的データか ら) 解を作る方法がある、という事を先にちょっと触れましたが、実はその場合の解は (26) の f の所にテータ関数 (に簡単な修正因子をかけたもの) が入ったものになり、この観点からも 広田表示は「良い表示」になっている事が推察されます。 広田の直接法については、広田先生自身の著書 [Hi] があります。

(13)

4

なぜ解けるのか

?

以上で見たように、ソリトン方程式は「解けてしまう非線形偏微分方程式」という面白い ものなのですが、ではなぜ解けるのでしょうか? 数学的に面白い現象があるからには、その背 後に何か理由があるはずです。その一つの解答が 1981 年に佐藤幹夫先生が発見した ® ­ © ª

KP

階層と

Grassmann

多様体の対応

と、それに続く伊達・柏原・神保・三輪による ® ­ © ª

ソリトン方程式の変換群の理論

でした。 他にも多くの重要な理論や結果があり、そういう背景の中でこれらの理論が醸成されて いったのですが、私の浅学と時間の制約のためこの佐藤スクール周辺の話題しかお話しできま せん。御理解頂けますようお願い致します。

4.1

佐藤理論

1970 年代後半、京都大学数理解析研究所では佐藤幹夫先生が三輪哲二、神保道夫両先生 と共に統計物理学の Ising 模型に関する研究をしていましたが、広田先生やそのグループのソ リトンの研究を聞いて、いろいろと自分達の結果に似た構造がある事に気がつきました。例え ば非線形偏微分方程式が Lax 形式 (23) のような形で出てくるとか、ソリトン方程式の『スペ クトルが保存する (t によらない)』というのに対応する話が現れるとか…、 (三輪): …、1つ1つ対応がついていくわけです。… (中略) … それで、どうも我々が「τ 関数」と言っているものが、広田先生のいわゆる「広田の変 数」と同じものだと気づいた。これは、最初のうちは何のことか分からなかったのが、し ばらく経ってみたら当たり前で、そんなもの誰でも知っているというような、そんな感じ だった。この2つを結びつけたことはやっぱり大きなことだったと思うんですが。([座談会] より引用) この後、佐藤先生は広田方程式の高次のもの ((25) は Dx, Dt について 4 次式ですが、 もっと高い次数のもの) がどれくらいあるかを計算します。当時出回り始めたポケット・コン ピューターで何百時間か計算させた、という伝説が残っています。広田先生に言わせると「物 理的には、面白くない方程式ばかりなので、異常な努力を注いで、高次方程式の数を何故調べ るのか全く理解にくるしみました」([数理] 所収、広田良吾「ソリトン・個人的体験から」より 引用)。しかし、この「高次方程式の数」として、数学者にとっては馴染の「整数の分割数10 が現れ、 (三輪): 何だろう、これは? おそらく大本の、根っこをギュッとつかまえたのが(1980 年の) 秋から冬にかけてだと思うんです。 それで、数理研で研究集会があったときに話をされたんです。佐藤先生が話をされるか らというので聴きに行って、420号室の後ろのほうで聴いていたら、すごいことを言いだ した。要するに、解があったときにシューア多項式で展開して、係数がプリュッカー関係 式を満たすというような事を言われて、「アーッ!」と驚かされた。([座談会]より引用) 10整数 n を正の整数の和に書くやり方の数; n = 3 なら、3 = 2 + 1 = 1 + 1 + 1 だから 3, n = 4 なら 4 = 3 + 1 = 2 + 2 = 2 + 1 + 1 = 1 + 1 + 1 + 1だから 5.

(14)

この感動をお伝えするのは私には無理ですが、ここに出てきた話が何のことか分かる事を 目標に、佐藤理論を現在までに整理された形で説明します (したがって歴史的順序とは多少ズ レます)。 例えば KdV 方程式の Lax 形式 (23) を一般化しようとしたりすると、Lax 作用素 L と して ∂2+ u(x, t)のような二階微分の作用素ではなく、その “ルート” となるような “一階の作 用素” があると便利であることが分かってきます。 微分作用素としてこのようなルートを取るのは無理ですが、微分作用素を一般化した擬微 分作用素を使うとそのようなものが作れます。これは、 (29) L = ∂ + u2∂−1+ u3∂−2+· · · = X n=0 un∂1−n, (u0 = 1, u1 = 0) と書かれるものですが、初めて見ると「∂−1 とは何なんだ!?」と思われると思います。「微分の 逆数だから積分?」と考えても良いのですが、もっと安直に考えましょう。とりあえずこれを 何かに作用させる必要はなく、「積」だけが決まっているひとまとまりの記号と割り切ります。 腑に落ちない方はこう考えて下さい。「Lax 方程式 (23) が KdV 方程式と同値になる」と 言う時はその両辺の作用素を計算すれば分かることであって、両辺を関数に作用させる必要は ありません。(行列の等式 (22) は、行列として成り立っているのだから、それをベクトルに作 用させる必要はない、というのと同じ事。) その意味で ∂−n を何かに作用させる必要はありま せん。(後で、特別な形の関数には作用させます。) しかし、Lax 方程式の [A, L] = AL− LA の部分を考えるには「積」がどういうものなの かは決めておく必要があります。これは、微分作用素の積 ¡ f (x)∂m¢¡g(x)∂n¢=X r≥0 m(m− 1) · · · (m − r + 1) r! f (x)g (r)(x)∂m+n−r を何も考えずに m, n が (負の場合も含む) 整数へ拡張することで定義しますが、以下でこれを 使って計算をするわけではないので「何かまともな積が定義できる」ことだけ納得していただ ければ十分です。また、後で良く使う記号ですが、擬微分作用素 P =X n an(x)∂n がある時、 その中の微分作用素の部分を P+, それ以外の部分を P− と書きます。つまり、 (30) P+= X n≥0 an(x)∂n, P− = X n<0 an(x)∂n. このような擬微分作用素をソリトン方程式に利用することは、1970 年代の終わり頃から モスクワの Gelfand (ゲルファント), Dikii (ディキー), Manin (マニン) やイギリスの Wilson (ウィルソン), アメリカの Adler (アドラー) 等が始めたようです。 さて、(29) の形の Lax 作用素が変数 t1, t2, . . . , tn, . . . (まとめて t と書くことにします) に依存しているとしましょう。つまり、係数 ui は x と t の関数 ui(x, t) です。この時、次の 無限個の Lax 型方程式を考えます。 (31) ∂L ∂tn = [Bn, L], (n = 1, 2, . . . ).

(15)

但し、Bn は Ln の微分作用素パート Bn = (Ln)+ です。この一連の微分方程式の系を KP hierarchy, 日本語で KP 階層と呼びます。この方程式系は、Bn 達についての微分方程式系 (32) ∂Bm ∂tn ∂Bn ∂tm + [Bm, Bn] = 0, (m, n = 1, 2, . . . ) とも等価である事が分かります。この内の m = 2, n = 3 を計算してみるとこれが KP 方程式 (8) になります (u2 = u, t1 = x, t2 = y, t3 = t, 他の tn は固定; 係数は (8) と変わりますが、変 数を適当に定数倍すれば同じにできます)。このため「KP 方程式を含む偏微分方程式の階層」 という意味で名前が付きました。 Lax 作用素 L の形 (29) から、L2 = ∂2+ 2u 2+ (∂ の負巾× 係数) の和 という形ですが、 この「∂ の負巾の和」の部分が 0 になるべし、という条件を KP 階層に課して問題を考える ことも出来ます。これを良く見ると u = 2u2 についての KdV 方程式 (t1 = x, t3 = t, 他の tn は固定) が含まれていることが分かり、KdV hierarchy, KdV 階層と呼ばれます (これが 「∂2+ u のルートを取った L を考える」と言った意味です)。また、L2 の代わりに L3 の負巾 部分が無い、という条件を課すと、今度は Boussinesq 方程式が含まれていることが分かりま す。このように KP 階層はいろいろなソリトン方程式を含む非常に普遍的なものである事が分 かります。 逆散乱法で重要だった Schr¨odinger方程式 (15) に対応する線形偏微分方程式は、今の場 合は次のようになります。 Lw(x, t; λ) = λw(x, t; λ), (33) ∂tn w(x, t; λ) = Bnw(x, t; λ). (34) この内、下の方程式 (34) は両辺とも微分作用素を関数に作用させているのですから問題ない ですが、(33) の方は L の中の ∂−n(n = 1, 2, . . . ) が w(x, t; λ) にどう作用するのかはっきりさ せないといけません。ここでは、 (35) w(x, t; λ) = (1 + w1(x, t)λ−1+ w2(x, t)λ−2+· · · )exλ+ξ(t,λ), ξ(t, λ) = X n=1 tnλn, の形の関数だけ考え、∂nexλ+ξ(t,λ)= λnexλ+ξ(t,λ) と定義します (n が 0 以上なら ∂n は微分です から元々そういうものです)。そうすると、 (36) w(x, t; λ) = (1 + w1(x, t)∂−1+ w2(x, t)∂−2+· · · )exλ+ξ(t,λ) と書き直せて、∂−nw(x, t; λ)なども擬微分作用素の積を利用してちゃんと定義できます。この 辺りは技術的な細部なので、あまり気にしないで「定義できる」ことを認めて下さい。逆散乱 法で使った Schr¨odinger方程式の解 (16) も (35) の形に書けます11。 この w(x, t; λ) は、ある一つの関数 τ (t) = τ (t1, t2, . . . ) によって (37) w(x, t; λ) = τ ³ t1+ x− λ−1, t2 λ −2 2 , t3 λ−3 3 , . . . ´ τ (t1+ x, t2, t3, . . . ) exλ+ξ(t,λ), 11(16)±iλ が (35) の λ に対応します。

(16)

と表される、この τ 関数 τ (t) が広田の変数 f に他ならない、というのが佐藤・三輪・神保の 発見でした。現在では「広田の従属変数」より「τ 関数」という用語の方が一般的に使われて います。 そして決定的だったのが、佐藤先生の • τ 関数を Schur (シューア) 多項式で展開したときの係数は Pl¨ucker (プリュッカー) 関 係式を満たす。これが広田の双線形方程式である。 • したがって KP 階層の解は無限次元 Grassmann (グラスマン) 多様体の点と対応する。 という定理でした。 ここで出てきた「無限次元 Grassmann 多様体」とはある (無限次元の) 図形、「Pl¨ucker 関係式」とはそれを定義する方程式ですが、無限次元の話は難しいので、有限次元で説明しま す。例えば三次元の空間の中の原点を通る平面 Π を考えます (図 6)。平面は二次元ですから、 その上の二つのベクトル v =    a1 a2 a3    と w =    b1 b2 b3    が分かれば決まりますが、この平面の方程 式を書くと、 (38) αx + βy + γz = 0, α : β : γ = ¯¯ ¯¯ ¯ a2 b2 a3 b3 ¯¯ ¯¯ ¯: à ¯¯¯¯¯a1 b1 a3 b3 ¯¯ ¯¯ ¯ ! : ¯¯ ¯¯ ¯ a1 b1 a2 b2 ¯¯ ¯¯ ¯ となります (今の高校では教わらないのですが、今回来てくださった方々は「平面の方程式」 は高校で聞いたことがあると思います)。 v w x y z 図 6: 三次元空間の中の二次元部分空間 「三次元線形空間の中の平面 = 二次元部分線形空間を全部集めたもの」を GM (3; 2) と 書くことにすると、平面が (38) のように比 α : β : γ で決まることから、 GM (3; 2) = {[α : β : γ] | (α, β, γ) 6= (0, 0, 0)} となります。(α, β, γ が全部 0 だと (38) の意味がないので、その条件をつけてあります。)

(17)

次に「四次元空間 (座標を (x, y, z, w) とする) の中で二つのベクトル v =      a1 a2 a3 a4      と w =      b1 b2 b3 b4      を含む二次元部分空間」を考えると、これは (39) ∆23x− ∆13y + ∆12z = 0, ∆24x− ∆14y + ∆12w = 0, ∆34x− ∆14z + ∆13w = 0, ∆34y− ∆24z + ∆23w = 0 という方程式で表されることが分かります12。ここで、∆ij というのは、 (40) ∆ij = ¯¯ ¯¯ ¯ ai bi aj bj ¯¯ ¯¯ ¯= aibj− ajbi という行列式です。したがって、このような二次元部分空間は ∆12 : ∆13 : ∆14 : ∆23: ∆24: ∆34 という比が与えられれば決まる、という事になります。では先ほどと同じように「四次元空間 の中の二次元部分空間全体」を GM (4; 2) と書いたとすると、これはこのような六つの数の比 を集めてきて GM (4; 2)=? {[∆12: ∆13: ∆14: ∆23: ∆24: ∆34]| (∆12, . . . , ∆34)6= (0, 0, 0, 0, 0, 0)} と表されるか、と言うと、さにあらず。勝手に六つの数の比を与えても、(39) を満たす (x, y, z, w) が二次元の部分空間を作るとは限らないのです。実は、v, w から (40) のように定義した六つ の行列式の間には、 (41) ∆12∆34− ∆13∆24+ ∆14∆23= 0, という関係式が成立ちます (例えば [Ha2] §12.4 の問)。逆に六つの数 ∆ij が (全部は 0 でない として) この関係式を満たせば、(39) から二次元の部分空間が決まります。つまり、 (42) GM (4; 2) = ( [∆12:· · · : ∆34] ¯¯ ¯¯ ¯ (∆12, . . . , ∆34)6= (0, . . . , 0), ∆12∆34− ∆13∆24+ ∆14∆23= 0 ) です。 一般に N 次元線形空間の中の m 次元部分線形空間全体をとってきたものを Grassmann 多様体と呼び GM (N ; m) といった記号で表します。この元 (つまり m 次元部分線形空間) は、 上の (38) や (39) のように NCm (N 個のものから m 個取り出す場合の数) 個の数の比で表さ れ、この数の組を Pl¨ucker 座標と呼びます。但し、Pl¨ucker 座標は (41) のような関係式を満 たさなくてはいけません。この関係式の事を Pl¨ucker 関係式と呼びます (一般の N , m だと たくさんあります)。 佐藤の定理に出てくるのは、GM (∞;∞2) とでも表される Grassmann 多様体13 普遍

Grassmann 多様体、あるいは佐藤 Grassmann 多様体 と呼ばれます。この Pl¨ucker 座標は

12本当はこの内のどれか二つで足りますが、どの二つを取るかは v, w によって違う可能性があります。 13座標 (. . . , x

−2, x−1, x0, x1, x2, . . . ) を持つような線形空間の部分線形空間で、x0 = x1= x2 =· · · = 0 とな

(18)

(ξλ)λ:自然数の分割 という形をしています。これは、GM (4, 2) の場合は (42) のように Pl¨ucker 座 標 ∆ij が添字 (i, j) = (1, 2), . . . , (3, 4) を持っていましたが、それに代わるものが整数の分割に なる、という意味で、 (43) (ξλ)λ:自然数の分割 = (ξφ, ξ1, ξ| {z }2, ξ1,1 2の分割が添字 , ξ|3, ξ2,1{z, ξ1,1,1}, 3の分割が添字 . . . ) (空集合 φ は 0 の分割と考えます) という事です。 一方、各分割 λ に対しては Schur 多項式、あるいは指標多項式という t = (t1, t2, t3, . . . ) を変数とする多項式 sλ(t) を対応させることができます。この定義は結構面倒なので省略しま すが (例えば [MJD] §9.3 参照)、いくつか例を上げると次のようなものがあります。 sφ(t) = 1, s1(t) = t1, s2(t) = t2 1 2 + t2, s1,1(t) = t2 1 2 − t2, s3(t) = t31 6 + t1t2 + t3, s2,1(t) = t31 3 − t3, s1,1,1(t) = t31 6 − t1t2+ t3. Schur 多項式は、 • λ が n の分割ならば、sλ(t)は n 次の項だけから出来ている。但し、tn の次数は n と数 える。 • t = (t1, t2, t3, . . . ) を変数とするどのような多項式 (あるいは巾級数) も sλ(t)の一次結合 として書ける。 といった性質を持っています (他にもいろいろな性質がありますが、長くなるので略します)。 佐藤の定理のポイントは、KP 階層の τ 関数 τ (t) を、上の Schur 多項式の性質を使って (44) τ (t) = X λ:自然数の分割 ξλsλ(t) と表したとき、この展開係数 (ξλ)λ:自然数の分割 が Pl¨ucker 関係式を満たし佐藤 Grassmann 多様 体の点を定める、逆に (ξλ)λ が佐藤 Grassmann 多様体の点の Pl¨ucker 座標なら (44) の右辺で 定義される関数は KP 階層の τ 関数になる、という事です。つまり、KP 階層という非線形偏 微分方程式系の解全体が佐藤 Grassmann 多様体という図形で表されるわけです。 また、Schur 関数の性質を使うと ξλ を τ (t) の微分で書き表すことができ、Pl¨ucker 関係 式は τ (t) の微分係数の二次同次方程式 (双線形方程式) になります。これが広田の双線系方程 式の正体だった! という訳です。 §1 で「線形微分方程式の解の全体は線形空間だが、非線形微分方程式の解の全体は一般 には複雑で良く分からない」と述べたことを思い出して下さい。ソリトン方程式が “一般の” 非線形微分方程式と決定的に違うのは、解全体の集合が佐藤 Grassmann 多様体のようなきれ いな構造を持っている、という事です。 この節については、佐藤先生の講義録 [SN] や [SU] が詳しく、日本語以外でこれらに匹敵 する文献はありません。

(19)

4.2

対称性

解全体の集合が Grassmann 多様体である事が分かったのですから、逆に Grassmann 多 様体の持つ性質を KP hierarchy の性質として読みかえられないか考えてみるのは自然な成行 きでしょう。Grassmann 多様体は昔から幾何学などで性質が良く調べられていますが、ここ ではその対称性に注目します。 KP 階層に対応する無限次元の Grassmann 多様体を考える前に、有限次元の Grassmann 多様体 GM (N ; m) の対称性について考えてみましょう。定義を繰り返すと、GM (N ; m) とは N 次元の線形空間の中の m 次元部分線形空間をすべて集めてきたものでした。例えば GM (3; 2) の場合は図 6 のように三次元空間内の平面をすべて考えたものです。三次元の空間のベクトル には 3× 3 の行列が    a11 a12 a13 a21 a22 a23 a31 a32 a33       x y z    =    a11x + a12y + a13z a21x + a22y + a23z a31x + a32y + a33z    のように作用して再び三次元のベクトルになりますが、もしこの行列が逆行列を持つならば (つまり正則行列、あるいは可逆行列ならば)、三次元空間内のどんな平面もこの作用によって 平面に移ります。したがって GM (3; 2) の元 (= 平面) が正則行列によって別の GM (3; 2) の 元に移るわけです。3× 3 正則行列全体の集合 (GL(3) とか GL3 とか書きます) は行列の積を 演算として持ち、代数の言葉でいうと群となります。そこで GM (3; 2) は群 GL(3) を対称性と して持つ、と言います。(円や球が回転対称 = 回転全体のなす群を対称性として持つ、と言う のと同じです。) Grassmann 多様体 GM (N ; m) が N × N 正則行列のなす群 GL(N) を対称 性とすることも容易に分かると思います。 では佐藤 Grassmann 多様体の場合はどうでしょうか。これも同様に GL(∞) を対称性と します。と言っても良いのですが、無限次元になると少々厄介な所が有り (無限に大きい行列 のかけ算を素朴に定義すると無限和が出てきて発散してしまう可能性がある)、若干の修正が 必要です。一つは群そのものではなく、その「無限小作用」を定義して Lie (リー) 代数という ものの作用を考える方が楽、という点。もう一つは、群 (や Lie 代数) を一次元分膨らませた 「中心拡大」というものを考えなくてはいけない点です。この中心拡大した Lie 代数はアフィ ン Lie 代数と呼ばれ、1960 年代末から研究されていました。 こうしたアフィン Lie 代数の作用 (表現) に関する研究の成果を踏まえ、伊達悦朗先生、 神保道夫先生、柏原正樹先生、三輪哲二先生の四人は「ソリトン方程式 (特に KP 階層とその 別バージョン) の変換群」の理論を打ち立てました。それによれば、 • GL(∞) (の中心拡大) の佐藤 Grassmann 多様体への無限小作用を具体的に構成できる。 KP 階層の言葉に読みかえれば、これは「KP 階層の解に GL(∞) が作用して別の解が できる」という事です。 • 特に、この作用を使って頂点作用素14というものを定義すると、n ソリトン解を n + 1 ソ リトン解に移す。例えば、τ (t) = 1 という自明な τ 関数 (= “0 ソリトン解”) から出発し て頂点作用素を次々と作用させて一般のソリトン解を構成できる。 14元々は、素粒子の弦理論等で使われていたものの類似。

(20)

• (佐藤・三輪・神保で研究していた) Ising 模型の理論で使われていた素粒子論のテクニッ ク (自由フェルミオンなど) を使って τ 関数を構成できる。 この結果はソリトンの理論だけではなく、アフィン Lie 代数の表現論にも大きな影響を与えま した。 物理系に対称性がある時には、Noether (ネーター) の定理という力学の定理によってそ の対称性に対応する保存量があることが分かっています。例えば、系の座標をずらす並進移動 に対する対称性から運動量の保存則が、時間方向の並進対称性からエネルギーの保存則が、系 に回転対称性があれば角運動量の保存則が成り立つ、といった具合です。 KP階層には上に述べたように無限次元の対称性がありますから、保存量も無限個ありま す。一般に系の自由度の半分の数の保存量があれば可積分系になる (保存則によって系の運動 がガチガチに縛られてしまって、「きれいな運動」しか出来なくなる)、という Liouville (リュー ヴィル)-Arnold (アーノルド) の定理というのがあります。偏微分方程式系の自由度は無限個 有りますから、KP 階層に無限個の保存則があるのは辻褄があっているわけです。(ソリトン方 程式の保存則については 1970 年代から多くの研究があります。例えば [W] を御覧下さい。) この節の内容は [MJD] に詳述されています。

5

その後のソリトン

以上は大体 1981 年までのソリトン理論の進展の一部を紹介したものになっています。最 後に (講演の際は話す時間が無いかもしれませんが) その後のソリトン理論の進展 (発展や応 用) の一部を紹介します。と言っても、話題一つ一つが大きな背景を背負っているので、詳し くやりはじめたらキリがありません。簡単に、ほとんど文献の紹介程度で済ませます。

5.1

数学以外への応用

ソリトンはいろいろな物理現象に現れ、安定して伝播することを利用した応用もありま す。私は数学以外についてはあまり詳しくないので、少し古いですが [数理] を上げさせていた だきます。電気回路、液膜流、プラズマ、物性論、生体高分子、血流、筋収縮、生物の集団形 成や素粒子論・重力理論におけるソリトンの話題が解説されています。また、そこには入って いませんが次のような話題もあります。 • 通信に応用しようというのは上に述べたように広田先生の研究の動機となりました。1970 年代に理論的に研究されていた光ファイバーを伝わる光ソリトン (上では出てこなかっ た非線形 Schr¨odinger 方程式という別のソリトン方程式にしたがいます) による通信は 1980 年代に実験的に検証され現在活発に研究されているそうです。これについては、光 ソリトンの発見者の回想 [Ha1] に詳しく書かれています。 • ポリアセチレンという物質 (プラスチックの一種) に不純物を入れると電気を通すように なる事が 1970 年代末に発見されました。ポリアセチレンの分子は炭素が一次元的に長 くつながってそこに水素がくっついた高分子ですが、ここにある種の不純物を入れると 電気を通すようになります。これは炭素の鎖の上での電荷の分布のゆらぎがソリトンと

(21)

して移動するためと考えられているそうです ([Sh])。この「導電性高分子の発見と発展」 が 2000 年にノーベル化学賞を受賞した白川英樹氏の受賞理由です。

5.2

数学・理論物理への応用

KP階層の佐藤理論や変換群の理論が出来ると、それを拡張 (例えば戸田格子に) したり、 GL(∞) の代わりに別の群 (別のアフィン Lie 代数) を使って一般化したりする、という研究 が 1980 年代に一気に進みました。また、こうした理論を他の数学や物理の問題へ応用する、 という研究もあります。特に著しい結果として、次のようなものが有名です。 • 代数幾何解と Novikov 予想: これは §3 の最初に述べた塩田隆比呂氏の結果で、あえて 用語を一切説明せずに述べると「複素数体上の主偏極アーベル多様体が代数曲線のヤコ ビ多様体になる必要十分条件は、そのテータ関数が (本質的に) KP 方程式 (8) の τ 関 数になる事である」、というものです。村瀬元彦氏によって「KP 階層の τ 関数になる」 という所が示され、KP 方程式一つに帰着できる、という所まで塩田氏によって示され ました。 • 二次元共形場理論への応用: これは素粒子の弦模型や統計力学と関連した話ですが、現 実の四次元の代わりに二次元の「時空」を考えて、そこで「共形不変性」という対称性 を持つ素粒子論を展開する話です。共形場理論の内、U (1) ゲージ対称性という対称性を 持つ理論を考えると、上で述べた「KP 階層の代数幾何解」の τ 関数がこの理論で基本 的な「分配関数」というものになっている事が分かります。 • 二次元量子重力、行列模型と Witten 予想: これも二次元の時空での話ですが、物理の 内容を説明しはじめると私には手に負えなくなるので、数学の部分だけ。これらは、KP 階層 (あるいは KdV 階層) の τ 関数を (45) ZN(t) = Z X: N 次エルミート行列 e−β tr(t1X+t2X2+t3X3+···)dX とか、 (46) ZN(Λ) = Z X: N次エルミート行列 etr(X3+ΛX)dX, Λ : 対角行列 という形で作ってしまうものです。ここでR · · · dX という積分では行列 X が N 次エル ミート行列 (転置行列が複素共役になる行列) 全体を動いていると考え、X の各成分ごと に積分すると考えて下さい。どちらも N → ∞ という極限で τ 関数になります (但し、 (46) の方は、tn = 1 n tr Λ n という変数についての KP 階層を考えます)。 どちらも「行列についての積分」を「行列サイズが無限大になる極限」で考える、とい うちょっと見ると恐ろしいものですが、二次元重力の理論から自然に予想されたもので す。特に (46) の方は、位相幾何学のある量 (これも説明無しで述べると「リーマン面の モジュライ空間上のある直線束の交叉数」) の母関数が KdV 階層の τ 関数になる、と いう Witten (ウィッテン) 予想の解決に現れたもので、これが 1998 年のフィールズ賞受 賞者の M. Kontsevich (コンツェヴィッチ) の出世作です。

(22)

5.3

変種

?

最後にちょっと息抜き。「手で作れる」「お茶の間で遊べる」ソリトンを紹介して終わりに します。これは最初は高橋大輔氏と薩摩順吉先生がコンピューターでいろいろ実験していて見 つけた箱玉系と呼ばれるものです。 ルールは簡単。一列に並んだ「箱」に見立てたマスメを用意します。そこに適当に「玉」 = 黒丸を配置します。この玉を動かしていくのですが、その際の規則は、 1. 並んでいる玉を一番左端のものから順に、自分より右にある一番近い空き箱に動かす。 2. 左端から右端まで全部の玉を一回ずつ動かし終えたら、一ステップ終了。 というものです。動かし方の例を図 7 に上げました。一番上の行の並び方が、次々に下の段の 並び方に変わっていきます。 この図を見ると、「玉三つの塊」が「玉一つ」を追いかけ追い越す様子が見て取れます。 これはまさしくソリトンです! 図 7: 箱玉系のソリトン 1990年頃に箱玉系が発見されてから類似の可積分系が数多く見つかり、またそれらが KdV 方程式や戸田格子のような連続的な可積分系の超離散極限と呼ばれる極限として得られること が分かりました。また、量子群15の結晶基底の理論16を使うと、箱玉系の “逆散乱法” をやる事 もできます (國場敦夫氏を中心とするグループによる; この辺りの研究は日本の独壇場です)。 以上で、ソリトンという一見特殊に見える話題がどのような広がりを持っていて、どのよ うに様々な数学、様々な科学と結びついているか、その一端をお話しました。可積分系の世界 に興味を持って頂ければ幸いです。 15 統計力学の可解格子模型に現れる対称性を表す代数系。神保道夫先生と V. Drinfeld 氏によって 1985 年に発 見された。 16可解格子模型の絶対零度での振舞を記述するのに便利な、柏原正樹先生によって創始された量子群の性質を 調べるための基礎理論。

(23)

参考文献については、筧三郎氏 (立教大学) の作っておられる「ソリトン理論の入門書」 のページ: http://www.rkmath.rikkyo.ac.jp/~kakei/books.html が詳しいです。以下に上げる文献はほぼそこに含まれます。 • [To2], [To3] は、戸田格子の発見者である戸田盛和先生がソリトン理論を解説した本です (含蓄のあるコラムも面白いです)。今回の §2 と §3 の歴史に関する部分の多くは、これ を参考にしました。 • 佐藤理論をある程度しっかり勉強してみたい方は、[SN], [MJD], [Ta] などがあります。 [SU]は講義の録音を起こしたものをほぼそのまま講義録にしているという物凄い本です。 • [U] は、可積分系の研究者が思いを熱く語った本です。今回の話の構成は自分で考えたの ですが、後でこの本を見ると非常に似たものになってしまいました。

参考文献

[座談会] 三輪哲二, 野海正俊, 高崎金久, 上野健爾: 数理物理と佐藤幹夫先生, 数学のたのしみ 13, 14, 日本評論社 (1999); 木村達雄編, 佐藤幹夫の数学, 日本評論社 (2007) 所収. [数理] 別冊『数理科学』ソリトン, サイエンス社 (1985). [討論] 青本・柏原・佐藤・神保・伊達・広田・三輪: 討論 自然の秩序は非線型にある — ソリ トン, 数学セミナー増刊, シンポジウム数学 4, 『数学研究の最前線』(齋藤 正彦, 廣 瀬 健, 森 毅 編) 19-56 日本評論社, (1982). [Ha1] 長谷川晃: 非線形波動の物理と応用 — 光ソリトンによる超高速通信 —17, 日本物理学 会誌 51, 806-809 (1996). [Ha2] 長谷川浩司: 線型代数, 日本評論社 (2004). [Hi] 広田良吾: 直接法によるソリトンの数理, 岩波書店 (1992). [MJD] 三輪哲二, 神保道夫, 伊達悦朗: ソリトンの数理, 岩波講座 応用数学 [対象 4] (1993); 新版 (単行本) (2007). [Sh] 白川英樹: ポリアセチレンのソリトン, 科学 1983 年 8 月号, 岩波. [SN] 佐藤幹夫, 野海正俊: ソリトン方程式と普遍グラスマン多様体, 上智大学数学講究録 18 (1984). [SU] 佐藤幹夫講義録, 梅田亨記, 数理解析レクチャー・ノート 5, 京都大学数理解析研究所 (1989). [Ta] 高崎金久: 可積分系の世界 —戸田格子とその仲間 —, 共立出版 (2001) [TD] 田中俊一, 伊達悦朗: KdV 方程式, 紀伊國屋数学叢書 16 (1979) 17 http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/jps/butsuri/50th/noframe/50(3)/50th-p806.html

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[To1] 戸田盛和: 格子ソリトンの発見18 日本物理学会誌 51, 185–188, (1996) [To2] 戸田盛和: 波動と非線形問題 30 講, 物理学 30 講シリーズ 3, 朝倉書店 (1999). [To3] 戸田盛和: 非線形波動とソリトン (新版), 日本評論社 (2000). [U] 上野喜三雄: ソリトンがひらく新しい数学, 岩波科学ライブラリー 4 (1993). [W] 和達三樹: 非線形波動, 岩波講座・現代の物理学 14 (1992) 18 http://wwwsoc.nii.ac.jp/jps/jps/butsuri/50th/noframe/50(3)/50th-p185.html

図 2: KdV 方程式; 正弦波が複数のソリトンに壊れる。 図 3: KdV 方程式; 二つのソリトンの追いかけっこ。 という新しい言葉を作りました。これが「ソリトン」です 6 。 2.3 ソリトン方程式のいろいろ こういう面白い現象が見つかれば、他には無いか、と探したくなるのが人情です。実際、 その後いくつもソリトン解を持つ方程式が見つかっています。それぞれが歴史とドラマを持っ ているはずですが、いちいち追っていくわけにもいかないので、以下の話に関係のありそうな ものをとりあえず列挙してみます。 Bou

参照

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