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フランス料理講習会  フランス製カトラリーご紹介

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Academic year: 2021

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フランス製カトラリーのご紹介

平成20年8月6日(水)

8月6日午前7時から名古屋ウェスティンホテルにて、名古屋フランス料理

研究会さんが毎月開催されている”朝食会“ にお誘い頂き、ルティエール

に関して40分ほどお話させて頂きました。

そのときにお配りした資料です。

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LeThiersナイフとLaguioleナイフ

①デザイン(刃・柄)

②ナイフの刃の面

に”

LeThiers”刻印

③”

T”のマークを刃の根元に刻

④メーカー名を刻印

①デザイン(刃・柄)

②柄の背の中心に模様

③柄の先端に蜂の飾り

④本来は、柄の両端に金属、

水牛の角で柄の芯の金属を

挟み込む

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年表から見る、フランスとティエール刃物産業の背景

実は非常に古い歴史を持ったティエールでのカトラリー産業。

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4 ティエールのカトラリー博物館の入り口にあった模型です。川から水をひき水車をまわします。

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5 その工場の内部の様子。腕立て伏せをしているのではなく、ナイフなどの研磨をしています。

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その当時(19世紀末)の作業風景写真です。なかなかしんどい作業で、肺が常に圧迫され、チリを吸い込み肺の病気 になったり、腱鞘炎になったり、削り粉が目に入って失明したりする人が多かった様です。

そこで同業組合をつくって子供達の世話などを一緒に行ったり、積立金から労災の場合、補助がありました。 このグ ラインド作業は約600年前から行っており(それ以前は鍛造のみ)、水力を駆使した手作業は1970年頃終わります。

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昔のカトラリー

19世紀末の物

19世紀末の物

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歴史的背景①

5世紀~9世紀:フランク王国(カール大帝《768~814》、手づかみで食べる習慣~17世紀)13世紀頃:フランスにて商い文化が始まり(ブルジョアの始まり)、都市(街)が形成される。 ティエールで刃物産業興る。 • 1610~1643:ルイ13世1643~1715:ルイ14世17世紀末~:食卓に各人のナイフが並び、各々の小皿を使用始める)18世紀前半:4股のフォーク誕生(イタリア ナポリ王国のスパダッチーニ考案)1661~:ルイ14世の親政(さらなる勢力拡大を図る為に→財政充実する為に→国内産業の育成 (王政特権マニュファクチュアによる)→ギルド(同業組合)の擁護 ※ギルド=徒弟制度の頂点に立つ“親方”のみがギルドに参加でき、製品の品質、規格、価格などは 厳しくギルド内で統制され、品質の維持が図られた一方、販売・営業・雇用の独占的な権利を有し、 自由な経済活動を阻害した一面もあった。 • 1760年代~1830年代:イギリス産業革命(その後、ベルギー→フランス→アメリカ→ドイツ→日本)1715~1774:ルイ15世1774~1792:ルイ16世+マリーアントワネット1789:バスティーユ牢獄襲撃→フランス革命1792~1804:共和制(フランス革命とともに、王政は消滅し、すべての人々が手工芸や芸術、職業 など何でも営業することが自由になった=アラルド宣言《Allarde Decree》) ※アラルド宣言:1791年3月2日~17日 原則は、次の3つの論理に支えられている。①全ての経済的 主体は、破産の危険性を持つべきである。(原理的に破産することのない自治体が介入すれば、 競争の原理は歪められる。) ②公的な直接財政援助が特定の経済部門を優遇することによって、 競争のルールが歪められる。 ③自治体は、工業及び商業活動の管理において生じうる財政的 危険から保護されるべきである。

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9 • 1804~1814:ナポレオン1世1829:ラギオールナイフ誕生1830:クリストフル社創立1850:SCIP社創立1912:文祥堂創立1993:シャトーラギオール誕生 • ・1993年:ティエールにて“ギルド”再結成。(当時14社→現在30社(メーカーは80社ほど)) ※もともと、刃物文化があり、中世のギルド制度で頂点を迎えたが、①他国のガチンコな産業革命②王政 の衰退=ギルドの衰退 により、ティエールの刃物文化も衰退していたが、当時と同じような良い面を 残し、復活した。 ※良い面とは・・ティエール ギルドの条件=製品の品質、規格、価格などは厳しく統制され、品質の維 持が保たれた。 ※現在のLeThiersに関する3つの信条 地域:生産を含めた全ての活動はティエールの中で運営 品質:品質と形状の基準となる統一された管理運営は技術仕様書によって明確にする。 道徳性:買い手と、同業の刃物師を尊重した販売業務

歴史的背景②

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ティエールは昔からの刃物産地であり、

現在も手作りですばらしいナイフを作っている。

SCIP社の現社屋

昔の工場跡

昔は川沿い

今は国道沿い

←取り壊すこともなく残ってます。 ←社長

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SCIP社では、製造工程の80%以上を手作業

(ハンドメイド)で行っている。

手作業

(ハンドメイド)でナイフを製造する、ジャン・ポール氏

SCIP社の職人

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手作業にてナイフを磨く エマニュエル氏

組み立てられた製品は、

1本1本手作業にて

削られる。

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FORGE:鍛造

Forges Forezeiennes社の風景

ご覧の通り未だに熱して叩く鍛造です。

一本のナイフが出来るまで8回ほど熱処理します。しなやかで強くなります。

工場内は非常に熱く、鉄を叩く大きな音でビックリします。

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研磨

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洗い

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この棒が鍛えられ、ナイフに成長していきます。

→ →

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牛の角の加工工程

①先っぽを切り離し、その後短冊切します。 ②数時間ゆでて柔らかくします。

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商品の陳列

ル・ティエール ラグジュアリーレンジ

/クラシカルレンジ/フローレンジ/モノブロックレンジ

•カービングセット •カットナイフ18cm •カットナイフ15cm •チーズナイフ •ペアリングナイフ •ハムナイフ •フォーク •ステーキナイフ •スプーン •マイカルタグリーン •マイカルタレッド •パリサンダー •アムーレット •ブラウン •エボニーウッド •フローセット •オールステンレス ミラー •オールステンレス マット •テーブルスプーン •デザートスプーン •カフェスプーン •モカスプーン •テーブルフォーク •デザートフォーク SCIP社製品全般(0.4%:カーボン 13%:クロム) FORGES社ナイフ(0.485%:カーボン 0.52%:モリブデン 0.128%:バナジウム 14.23%:クロム) FORGES社フォーク&スプーン(18%:クロム 10%ニッケル)

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ラギオールとは①

• ラギオール村: フランスのほぼ中央Aveyron地域に位置する。ナイフとチーズ゙でよく知られた小さな村で、チーズ゙も また同じLAGUIOLEと呼ばれている。田舎村である。 標高1000mから1500mくらいの山々に囲ま れた平野である。昔も今も主たる活動は酪農である。首都のパリから南へ550kmほど下ったところ である。現在の人口は約1240人。 • ラギオールナイフの物語: さかのぼること1829年。ラギオール村に生まれ育った鍛冶職人の男性がおりました。そして、その年 のある日特別の形の刃と、ハンドル部分にその地域の牛の角をあしらったポケットナイフを初めて誕 生させた。彼は通常、農作業に使用する道具を作る鍛冶職人で、刃物を作る職人ではなかったので、 その特別な形のナイフはほんの少しだけそのときは作られた。 ラギオール村の酪農 ミッシェルブラスから見たラギオール村 ラギオール名物のステーキ

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21 さて、同じ頃(1829年)現在SCIP社があるティエール というまちは刃物文化の中心の町としてよく知られ ていた。(14世紀から) そして19世紀末ごろには LAGUIOLEナイフはティエールで作られるようになって いた。なぜならその頃ラギオール村には刃物製造の 産業が無かったからです。 もともと鍛冶のまちではないので、現在も全てのパーツ (刃やハンドルなど)を結局ティエールから買って、ラギオー ル村に建てた工場では その組み立てのみ行っている。そして今も。 現在のラギ オール村は一躍有名になったナイフを観光客目当てで沢 山のお店が存在するが、ラギオール村の工場で組み立て られているのは2から3の工場だけのようです。 現在ティエールでは様々な種類のナイフを製造する 会社が約80社ほどある。また人口は約13400人である。

ラギオールとは②

ラギオール村のカルメンショップ 水牛の角

参照

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