課税処分の遮断効 : 不当利得、国家賠償、違法性
の承継
著者
高木 英行
著者別名
Hideyuki TAKAGI
雑誌名
東洋法学
巻
58
号
1
ページ
1-53
発行年
2014-07
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006715/
第一章 はじめに 行政行為 (行政処分) の “特殊な効力” としての公定力ないし不可争力、 あるいは、 取消訴訟の “制度的な効果” と し て の 排 他 的 管 轄 (行 政 事 件 訴 訟 法[以 下「行 訴 法」 ] 三 ( 1) 条) な い し 出 訴 期 間 (行 訴 法 一 四 ( 2) 条) に 関 わ っ て、 「先 決 問 題」がある。行政行為の違法性について、その行政行為に関し本来提起すべき取消訴訟とは〈別の訴訟〉の中で争 うことが認められるか否かという解釈問題であ ( 3) る 。具体例として「違法性の承継」問題――先行行政行為の違法性 を 後 行 行 政 行 為 の 取 消 訴 訟 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 等 の 中 で 争 う こ と が 認 め ら れ る か 否 か (以 下「一 般 違 法 承 継」 ) と い う 問 題 ―― が 挙 げ ら れる。 前 稿「行 政 行 為 の 遮 断 効」 論 文 (以 下「前 ( 4) 稿」 ) で は、 一 般 違 法 承 継 が 学 説 判 例 上 原 則 と し て 否 定 さ れ て い る 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 論 拠 に つ い て、 行 政 行 為 の「公 定 力 (排 他 的 管 轄) 」・ 「不 可 争 力 (出 訴 期 間) 」 に 共 通 す る「成 分」 、 す な わ ち《遮 断 効》 《 論 説 》
課税処分の遮断効
――
不当利得、国家賠償、違法性の承継
髙
木
英
行
――「効力覆滅遮断効」と「違法主張遮断効」――の観点より分析した。この分析結果は、一般違法承継の典型例 と し て 論 じ ら れ て き た、 先 行 行 政 行 為 が《課 税 処 分》 ―― で 後 行 行 政 行 為 は《滞 納 処 分》 ―― の 場 合 (以 下「課 税 違法承継」 ) であっても当てはまる。 とはいえ「課税処分」に係る先決問題は、課税違法承継のみではない。むしろ課税処分に基づいて納付した税額 に つ き 不 当 利 得 返 還 請 求 訴 訟 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 を 通 じ て 争 う こ と が 認 め ら れ る か 否 か と い う 先 決 問 題 (以 下「課 税 不 当 利 得」 ) や、 課 税処分に基づいて納付した税額を損害と見たてた上で 国家賠償請求訴訟 4 4 4 4 4 4 4 4 を通じて争うことが認められるか否かとい う 先 決 問 題 (以 下「課 税 国 家 賠 償」 ) も 挙 げ ら れ う る。 前 者 に 関 し て は、 従 来 か ら 学 説 判 例 上「否 定」 説 が 定 着 し て き た。 後 者 に 関 し て は、 学 説 判 例 上 争 い が あ っ た と こ ろ、 最 判 平 成 二 二 年 六 月 三 日 (民 集 六 四 巻 四 号 一 〇 一 〇 頁、 以 下「二二年最 ( 5) 判」 ) では、 「肯定」説を採用する結果となった。 したがって現在、判例法上、同じく《 課税処分 4 4 4 4 に係る先決問題》という問題構成のもとで、その 救済に係る原則 0 0 0 0 0 0 0 的帰結 0 0 0 につき《顕著な差異》――課税違法承継「否定」 、課税不当利得「否定」 、課税国家賠償「肯定」――が生じ ていることになる。本稿ではこの「差異」の原因の所在について分析し、そうすることによって、 「課税処分」 、さ ら に は「行 政 行 為」 そ の も の が 持 つ ―― あ る い は 行 訴 法 の 制 度 的 効 果 と し て 行 政 行 為 (行 政 処 分) に 認 め ら れ て い る ――《遮 断 効》 の 性 質 に 関 し て、 前 稿 に 引 き 続 き 考 察 を 深 め て い く こ と と す ( 6) る 。 以 下 第 二 章 で は 課 税 不 当 利 得 「否 定」 、 第 三 章 で は 課 税 国 家 賠 償「肯 定」 、 第 四 章 で は 課 税 違 法 承 継「否 定」 を 中 心 に、 関 連 学 説 等 を 検 討 し て い く。 そ の 上 で 第 五 章 で は、 三 先 決 問 題 に 係 る 原 則 的 帰 結 の 差 異 に つ い て、 「遮 断 効」 の 観 点 か ら の 統 一 的 説 明 を 試 み、今後の研究課題を指摘する。
第二章 課税処分に係る不当利得返還請求訴訟 本章ではまず、課税不当利得、課税国家賠償、課税違法承継に通ずる伝統的な問題構成、すなわち《先決問題の 審 理 制 限》 の 論 拠 に 関 し て、 戦 前 戦 後 の 主 な 学 説 展 開 を 検 討 す る (第 一 ( 7) 節) 。 そ の 上 で、 課 税 不 当 利 得「否 定」 の 論 拠 に 関 す る 主 な 学 説 展 開 を 検 討 し (第 二 節) 、 こ の 問 題 に 関 す る 学 説 全 体 と し て の《到 達 水 準》 を 確 認 す る (第 三 節) 。 第一節 先決問題の審理制限 例 え ば 美 濃 部 達 吉 ( 8) 氏 は、 「司 法 裁 判 所 は、 民 事 訴 訟 の 先 決 問 題 と し て も、 正 当 の 権 限 あ る 行 政 庁 に よ っ て 行 わ れ た 有 効 な る 行 政 行 為 に つ い て は、 そ の 当 否 を 審 査 す る 権 限 を 有 す る も の で は な い。 」 と し、 そ の 理 由 を「す べ て 有 効に決せられた国家行為は、公の権威ある行為として、すべての者に対して公定力を有し、何人もこれを正当なも の と し て 承 認 せ ね ば な ら ぬ 拘 束 を 受 け る。 」 こ と に 帰 す る。 ま た「裁 判 所 の 判 決 が そ れ 自 身 に 公 定 力 を 有 し、 原 則 と し て 適 法 な る こ と の 推 測 を 受 け る と 同 様 に、 行 政 庁 の 行 為 も ま た 適 法 と し て 推 測 せ ら れ る べ き も の で あ ( 9) る 。」 、 「有 効 な 行 政 行 為 に よ っ て 決 せ ら れ た 事 項 に つ い て は、 そ の 事 項 に 関 す る 国 家 意 思 は 既 に 定 ま っ た も の と し て、 こ れに従わねばならぬもので、その違法であるや否やを審理する権能」を裁判所は持たないとす ( 10) る 。このように美濃 部説は、 「国家意思の優越 ( 11) 性 」を背景理念に、 「適法性の推 ( 12) 定 」に基づく「国家意思の公定 ( 13) 力 」を根拠に、先決問題 の審理制限を正当化する。 つ ぎ に 柳 瀬 良 幹 ( 14) 氏 は、 「先 決 問 ( 15) 題 」 を、 行 政 庁 の 判 断 が 司 法 裁 判 所 を 拘 束 す る こ と (= 司 法 裁 判 所 が 行 政 庁 の 判 断
を 審 査 し え な い こ と) と し た 上 ( 16) で 、 こ の 問 題 が「行 政 行 為 の 確 定 効 果」 の 問 題 で あ る と 論 ず ( 17) る 。 そ し て こ の 確 定 効 果 の 根 拠 が「機 関 の 間 の 権 限 の 分 立 の 事 実 か ら 生 ず る 機 関 の 相 互 拘 束 の 原 則」 に 求 め ら れ る と ( 18) し 、「同 一 の 事 項 に ついては本来権限ある機関の行為が効力において他の機関の行為に優越し、他の機関はこれを適法正当のものとし て尊重し、その趣旨に従うことを要する意味であって、機関の間に権限の分立がある以上、国家人格の統一を保持 するために必ず認められるべきところであって、行政行為の確定効果はこれに基き、むしろそれの発現の一場合と 解すべき」と指摘す ( 19) る 。 以上柳瀬説は、 《国家》という枠組みを念頭に、 「適法性の推定」を認めながら、先決問題の審理制限を論ずる点 で、美濃部説とも共通する。しかし柳瀬説は美濃部説と異なり、その論拠に関し、国家意思の《権威》に由来する 抽 象 的 概 念 (公 定 力) で は な く、 む し ろ 国 家 人 格 を 構 成 す る 機 関 間 の《権 限》 分 配 に 由 来 す る 機 能 的 概 念 (確 定 効 果) で も っ て 説 明 し よ う と す ( 20) る 。 た だ し「国 家 意 思」 か「国 家 人 格」 か と い っ た 観 念 論 レ ベ ル で 両 説 の 差 異 を 強 調 することには限界もあ ( 21) る 。 例えば雄川一郎 ( 22) 氏 は、美濃部説と柳瀬説に関して、先決問題の審理制限の論拠として「行政・司法分立の原 ( 23) 則 」 に 依 拠 す る 点 に、 そ の 共 通 性 を 見 出 ( 24) す 。 そ の 上 で、 「抽 象 的 な 権 力 の 分 立 の 原 理 の み か ら は、 必 ず し も 論 理 必 然 に 相互の行為を拘束する結果は生じないと考えられる。権力の分立はある意味では、むしろ自己の権限行使について は、相互に独立なることをも意味し、その論理は、かえって、互いに他の行為に拘束されないことをも帰結し得る からである。 」と批判 ( 25) し 、問題に対する答えを得るためには、 「実定法がいかなる建前をとっているかを考察しなく て は な ら な ( 26) い 」 と す る。 そ し て 同 氏 は、 「行 政 行 為 の 公 定 力 な り、 そ の 適 法 性 の 推 定 な り は、 行 政 行 為 が 権 限 あ る 行政庁の取消をまたなくてはこの効力を失わしめられないとするにあるが、その取消手続が特殊な行政争訟手続に
留保されていることが、裁判所の審理権に対する制限となって現われてく ( 27) る 」として、先決問題の審理制限の論拠 を、取消訴訟の排他的管轄という「国法の採用した合目的的考慮の結 ( 28) 果 」に帰する。 かくして雄川説は、先決問題の審理制限について、柳瀬説や美濃部説のように《統治構造》問題――「行政・司 法分立の原則」問題――として考察するのではなく、むしろ《実定法解釈》問題――“取消訴訟の排他的管轄”問 題 ―― と し て 捉 え 直 ( 29) す 。 こ の 点、 戦 前 段 階 で の 二 元 的 裁 判 所 (行 政 裁 判 所 と 司 法 裁 判 所) 制 度 (大 日 本 帝 国 憲 法 六 一 条) 下 で の 美 濃 部・ 柳 瀬 説 と、 戦 後 の 一 元 的 裁 判 所 制 度 (日 本 国 憲 法 七 六 条) 下 で の 雄 川 説 と の 間 で の 問 題 意 識 の 差異をも踏まえる必要があろ ( 30) う 。 第二節 公定力か遮断効果か 以 上「先 決 問 題 の 審 理 制 限」 問 題 を み て き た が、 従 来 か ら 同 問 題 の 典 型 例 と し て、 「公 法 上 の 不 当 利 得」 な い し 「行 政 (法) 上 の 不 当 利 得」 (以 下「一 般 不 当 利 得」 ) が 挙 げ ら ( 31) れ 、 か つ こ の 一 般 不 当 利 得 の 典 型 例 と し て、 「課 税 不 当 利 得」 が 論 じ ら れ て き ( 32) た 。 例 え ば 田 中 二 郎 氏 は、 雄 川 説 同 様、 行 政 行 為 に 係 る「適 法 性 の 推 定」 を 認 め る と と も ( 33) に 、公定力を含む「行政行為の特質」の根拠を、取消訴訟の排他的管轄や出訴期間等からなる「実体行政法秩序全 体の構造」のうちに求めてい ( 34) る 。 また田中氏は、戦前段階から、一般不当利得に関し公定力が働くこ ( 35) と を前提に、課税不当利得に関しても次のよ う に 述 べ て い ( 36) た 。「租 税 の 賦 課 徴 収 処 分 が 単 に 違 法 な る に と ど ま る な ら ば、 ま ず 行 政 上 の 争 訟 手 続 に よ り そ の 違 法 を理由として処分の取消を求めねばならぬ。その違法なることが公の権威をもって確認せられ、その取消がなされ るまでは、その処分は、違法なるにかかわらず、その処分の相手方はもちろん、司法裁判所を拘束す ( 37) る 。」 「しかし
てその違法なる処分の存する場合には、訴願、又は行政訴訟等、一定の行政上の手続を経てまずその取消を求め、 しかる後、民事訴訟をもって不当利得の返還を訴求せねばならぬ。従ってもしなんらかの理由により、既に行政上 その取消を求め得ざるに至ったときは、その絶対に無効と認められる場合のほかは、その行政処分は違法なるにか かわらず、有効なる行為として相手方を拘束し、相手方にとってはもはや不当利得の返還を求める途はな ( 38) い 。」 以 上 田 中 説 に も 見 ら れ る よ う に、 一 般 不 当 利 得「否 定」 、 と り わ け 課 税 不 当 利 得「否 定」 の 論 拠 と し て の 公 定 力 説は、伝統的な通説であるととも ( 39) に 、今日においてもなお通説であり続けてい ( 40) る 。とはいえ 今日の 4 4 4 公定力説は、ひ とくちに「公定力」といっても、戦前以来の「適法性の推定」により裏付けられる公定 ( 41) 力 を前提とするものではな ( 42) い 。というのも、戦後行政法学における一連の公定力批 ( 43) 判 を経ることにより、現在、公定力は〈適法性の推定〉か ら裏付けられるものではなく、むしろ〈暫定的な有効性〉を意味するにすぎないものと解されているからであ ( 44) る 。 例えば今村成和 ( 45) 氏 は、公定力につき「行政行為に随伴する効力の一つとして、その行為の適法性に関する最終的 判 定 に 先 立 ち 有 効 な 行 為 と し て の 通 用 力 が、 取 消 を 解 除 条 件 と し て 認 め ら れ る こ と を 意 味 す ( 46) る 。」 と し て、 伝 統 的 な 公 定 力 概 念 を 批 判 的 に 克 服 し つ つ も、 「行 政 行 為 が 違 法 で あ っ て も、 取 り 消 さ れ な い か ぎ り、 有 効 に 存 在 す る こ とを認める以上、よって生じた財産権の変動を不当視することは、明らかに、矛盾というべ ( 47) き 」として、伝統的な 一般不当利得「否定」の「建前」に関しては、これを踏襲す ( 48) る 。 ま た 人 見 剛 ( 49) 氏 も、 「課 税 処 分 に よ っ て 過 大 に 徴 収 さ れ た 税 金 の 返 還 を 求 め る 不 当 利 得 返 還 請 求 が 民 事 訴 訟 と し て 提起された場合、裁判所は、当該課税処分が当然に無効とまではいえないと判断する限りは、その請求を退けざる を得ない、というのが公定力の帰結であると考えられている。不当利得返還請求を認めたところで課税処分の法効 果 が (形 式 的 に は) 覆 滅 さ れ る わ け で は な い か ら、 こ の 場 合 に 不 当 利 得 返 還 請 求 を 認 容 す る こ と も 公 定 力 に は 抵 触
しない、という議論はおそらくないであろう。 」と指摘する。 もっとも小早川光郎 ( 50) 氏 は、課税不当利得「否定」を「行政行為の法律効果の通用力の意味における公定力概念」 に よ っ て 根 拠 づ け る の は 不 適 当 と す ( 51) る 。 と い う の も 課 税 処 分 の 効 果 は、 「任 意 の 納 付 ま た は 強 制 徴 収 に よ っ て 終 了 する」ので、その終了後の不当利得返還請求段階で、課税処分の効果が覆されるか否かを論ずる意味がないからで あ る。 む し ろ 同 氏 は、 課 税 違 法 承 継 の 場 ( 52) 合 同 様、 課 税 不 当 利 得 の 場 合 も、 「遮 断 効 果」 概 ( 53) 念 を も っ て 否 定 を 導 く べ きとする。というのも両場合とも、不可争化した課税処分を覆すという点で「その目的および機能において重なり 合う」のであり、またいずれも「租税手続法の仕組」に照らして妥当でないからであ ( 54) る 。かくして小早川説の前提 に は、 「適 法 性 の 推 定」 に 基 づ か な い 戦 後 の 公 定 力 説 で も っ て は、 違 法 主 張 の 遮 断 の 論 理 を 導 き 出 し 得 な ( 55) い 、 そ う であるがゆえに、別途その論理的な受け皿として遮断効果を用意する必要があるとの問題意識があるように思われ ( 56) る 。 さらに藤田宙靖 ( 57) 氏 は、公定力が「行政行為の本来の実体法的効果の及ぶ範囲に限られるか」の問題例として、課 税 不 当 利 得 を 挙 げ る。 そ し て「従 来 の 学 説・ 判 例 に よ れ ば、 こ の 場 合 に も『取 消 制 度 の 排 他 性』 が 及 ぶ の で あ る が、ただ、課税処分の実体法的効果自体は、税を納めることを命ずるのみであって、必ずしも返還を拒否するとこ ろにあるわけではないと考えるならば、右の『排他性』は行政行為の本来の実体法的効果の範囲を越えて及んでい る」 と 指 摘 す る。 そ の 上 で こ の 問 題 を、 課 税 違 法 承 継「否 定」 の 場 合 同 ( 58) 様 、「広 義 の 公 定 力」 問 題 と 論 ず ( 59) る 。 そ し てこの「広義の公定力」が認められる論拠は、 「取消制度の排他 ( 60) 性 」のほか、 「行政庁の事実認定・法的判断等を他 の国家機関等は一応尊重するのが合理的である、という実践的な判断」に求め ( 61) る 。このように藤田説は、小早川説 の遮断効果論を公定力の概念規定に取り込もうとする一方 ( 62) で 、広義の公定力を正当化する根拠をめぐる議論の中に
は、 「適法性の推定」とも親和的な議論 (=「実践的な判断」云々) も見受けられる (例えば先の柳瀬説参照) 。 加 え て 近 年 小 早 川 光 郎 氏 は、 藤 田 説 を 受 け て で あ ろ う か、 課 税 不 当 利 得「否 定」 の 論 拠 に つ き い わ ( 63) く 。「課 税 処 分 取 消 争 訟 の 手 続 に よ ら な い で 納 税 者 が 国 又 は 地 方 公 共 団 体 に 対 し 過 納 金 相 当 額 の 不 当 利 得 返 還 請 求 (民 法 七 〇 三 条) を す る 余 地 は、 原 則 と し て は 存 在 し な い。 現 行 法 上、 行 政 処 分 に 対 す る 不 服 に つ い て は 取 消 争 訟 手 続 の 利 用 を 強制するという、いわゆる取消争訟の排他性の仕組みが設けられており、それは課税処分に対する不服についても 働く。したがって、納税者は、課税処分の取消しを経ないかぎり、当該処分にもとづく税額の納付に“法律上の原 因” が な か っ た と 主 張 す る こ と は 原 則 と し て 許 さ れ な い (課 税 処 分 に 特 別 の 無 効 事 由 が あ る 場 合 を 除 く) 。 課 税 処 分 の 公 定 力 が 不 当 利 得 返 還 請 求 に 対 し て 及 ぶ と 言 っ て も よ い。 」 問 題 は こ こ で 言 う「公 定 力」 で あ る が、 「筆 者[髙 木 注:小早川氏]は、かつて、これを狭義の“公定力”とは別の“遮断効果”の問題であるとし、それについて一定 の考察を加えたことがある。 」ところ、 「本稿においても、課税処分の“遮断効果”に関するそこでの考察が前提と されている。ただし、用語としては、それを広い意味での“公定力”の問題として語ることは可能であり、本稿も この用語法によってい ( 64) る 。」 第三節 小括 以上学説では、課税不当利得「否定」の論拠につき、 「先決問題の審理制限」の論拠の延長線上に立って、 「公定 力」に求める向きが強い。しかし戦前以来の「適法性の推定」論を克服した今日の公定力概念でもってしては、課 税不当利得を論理的に否定しきれないとの問題意識の下、小早川説は「遮断効果」概念を明確化し、また藤田説も 小 早 川 説 を 踏 ま え つ つ、 公 定 力 を「広 義」 ・「最 狭 義」 と 概 念 規 定 す る (が、 藤 田 説 に は 適 法 性 の 推 定 の 残 滓 も 見 受 け
ら れ る よ う に 思 わ れ る) 。 さ ら に 藤 田 説 の 概 念 規 定 を 小 早 川 説 も 踏 ま え つ つ、 再 び 公 定 力 の 文 脈 で 課 税 不 当 利 得「否 定」 を 論 ず る。 こ の よ う に 学 説 上 議 論 の 進 展 に 伴 い、 遮 断 効 果 と 公 定 力 と の 間 で 用 語 面 の 曖 昧 さ が 生 じ て き た ほ か、後に紹介するようにその内容面でも曖昧さが指摘されてきている (後の山本説参 ( 65) 照) 。 ともあれ以上の、課税不当利得「否定」をめぐる遮断効果と公定力との間での議論展開は、前稿でも検討したよ う に、 課 税 違 法 承 継 (を 含 む 一 般 違 法 承 継) 「否 定」 に お い て も 見 ら れ た と こ ろ で あ る。 し か し 課 税 違 法 承 継 と 課 税 不 当 利 得 と で、 同 じ 原 則「否 定」 の 結 論 と な る と し て も、 そ の 論 拠 も 同 じ (遮 断 効 果 で あ れ 広 義 の 公 定 力 で あ れ) と 解することが妥当なのか、あらためて検証する必要があろう。もっともこの問題については、本稿後に取り組むこ と と し て、 次 章 で は、 課 税 違 法 承 継 や 課 税 不 当 利 得 と は《正 反 対》 の 結 論 (す な わ ち 原 則「肯 定」 ) を、 少 な く と も 判例上は取るに至った先決問題、すなわち課税国家賠償を検討しよう。 第三章 課税処分に係る国家賠償請求訴訟 本 章 で は、 課 税 国 家 賠 償 の《問 題 性》 を 浮 き 彫 り に し た の ち、 そ の「肯 定」 な り「否 定」 な り の 論 拠 を め ぐ っ て、 行 政 行 為 の「特 殊 な 効 力」 論 と の 関 係 で こ れ ま で ど の よ う な 議 論 が 展 開 し て き た の か を 整 理 検 討 す る (第 一 節) 。 つ い で 三 先 決 問 題 を め ぐ る 現 在 の 判 例 法 の 到 達 水 準、 す な わ ち 原 則 的 帰 結 と し て の、 課 税 国 家 賠 償「肯 定」 、 課 税 違 法 承 継「否 定」 、 課 税 不 当 利 得「否 定」 に つ き、 「論 拠」 と い う 観 点 か ら 比 較 分 析 す る (第 二 節) 。 そ の 上 で 三先決問題間で《結論の相違》ないし《説明の仕方の相違》が生じる理由を“端緒的に”考察していく (第三節) 。
第一節 公定力か不可争力か 課税国家賠償は、違法な行政行為によって生じた損害について、その行政行為の取消しを受けることなく国家賠 償 請 求 訴 訟 を 通 じ て 賠 償 を 受 け ら れ る か 否 か と い う 一 般 的 な 問 題 (以 下「一 般 国 家 賠 償」 ) の、 “特 別 な” 場 合 と し て扱われてきた。そして一般国家賠償に関しては公定力が及ばない、つまりは違法な行政行為について取消されて いない場合であっても、その行政行為によって生じた損害につき国家賠償を認めうるとされてきた。その理由とし て、 「行 政 処 分 の 公 定 力 は、 処 分 を 有 効 な も の と し て 通 用 さ せ る も の に す ぎ ず、 こ れ を 適 法 な も の と し て 通 用 さ せ るものではないから、国家賠償請求訴訟において、処分が違法であることを主張することは、処分の公定力によっ て何ら妨げられるものではな ( 66) い 」こと、すなわち「公定力」が「行政行為の効果の有無についての有権的認定権の 所 在 に の み 関 わ る 概 念 で あ る と す れ ば」 、「国 家 賠 償 請 求 の 場 合 に は、 争 わ れ る の は 行 政 行 為 の“違 法 性” で あ っ て、 必 ず し も“効 果 の 有 無” で は な い」 か ら、 「も と も と『公 定 力』 の 概 念 と は 理 論 的 に も 無 関 係」 で あ ( 67) る 点 が 挙 げられてき ( 68) た 。 か く し て 一 般 国 家 賠 償 に 公 定 力 が 及 ば な い こ と は、 早 く か ら 判 例 上 (最 判 昭 和 三 六 年 四 月 二 一 日: 民 集 一 五 巻 四 号 八 五 〇 ( 69) 頁) 認 め ら れ て い た ほ か、 今 日 学 説 で も 特 段 の 異 論 も み な ( 70) い 。 し か し な が ら「課 税 国 家 賠 償」 に 関 し て は、 今日においてもなお学説上賛否両論が激しく展開してきてい ( 71) る 。肯定説は、たまたま金銭債権が関わる行政処分だ からといって、一般国家賠償と異なった取扱いをすべきではない等の議論をす ( 72) る 。否定説は、課税国家賠償を認め てしまうと、課税処分の公定力が潜脱されるおそれがある等の議論をす ( 73) る 。もっとも、以上のように「公定力」と の関係での議論がある一方、次のように「不可争力」との関係での議論もあ ( 74) る 。 例 え ば 碓 井 光 明 ( 75) 氏 は、 「金 銭 給 付 義 務 を 課 す 違 法 な 行 政 処 分 を 受 け て 納 付 し た 者 が、 そ の 違 法 と す る 金 員 相 当 額
の 回 復 を 図 る 救 済 方 式 に つ い て は、 不 服 申 立 て・ 取 消 訴 訟 に よ る 方 法 の 原 則 的 排 他 性 を 認 め な け れ ば な ら な い。 」 と 指 摘 し、 課 税 国 家 賠 償「否 定」 の 論 拠 を 公 定 力 (排 他 的 管 轄) に 求 め る 一 方 ( 76) で 、 こ の よ う に 解 さ れ る「実 質 的 な 理 由」 と し て、 「も し も、 救 済 方 式 の 排 他 性 を 認 め な い と す る な ら ば、 不 服 申 立 期 間 (固 定 資 産 課 税 台 帳 に 登 録 さ れ た 価 格 に つ い て は 審 査 申 出 期 間) 、 出 訴 期 間 の 経 過 に よ り 本 来 な ら ば 安 定 し た は ず の 賦 課 決 定 に つ い て、 納 税 者 が 国 家賠償請求の方法により救済を求めた場合には、行政主体あるいはその機関は、国家賠償請求に係る応訴という形 で常に対応しなければならないことになり、法律が早期安定化を図ろうとしている趣旨が完全に没却され ( 77) る 」とし て、不可争力 (出訴期間) 侵害をも指摘す ( 78) る 。 これに対し阿部泰隆 ( 79) 氏 は、 《不可争力侵害》を論拠に持ち出す否定説に関して、 「出訴期間制度の誤解」があると し た 上 で、 「そ も そ も 不 可 争 力 は、 処 分 の 適 法 性 を 確 定 し な い か ら、 た ま た ま 金 銭 に 関 す る 処 分 で あ る か ら と い っ て、その原則を歪めて、処分の適法性まで確定すると解する、実定法上の論拠は ( 80) な 」く、また「公定力とか、取消 訴訟の排他的管轄なるものも、処分の効力を覆滅するには、取消判決が必要だというだけであって、処分の効力を 存続させたまま、単に金銭的な支払を求めるのは、排他的管轄に反しない」と反論す ( 81) る 。 以上の議論とは別途、人見剛 ( 82) 氏 は、 《不可争力侵害》を論拠に持ち出す否定説が、 「取消訴訟の出訴期間経過前の 国 家 賠 償 訴 訟 提 起 で あ れ ば 構 わ な い」 と の 趣 旨 で は な い は ず と し て、 次 の よ う に 述 べ る。 「行 政 処 分 の 効 力 を 覆 滅 させる争訟手続には短期の申立・出訴期間が法定され、その経過後は処分の効力は関係人から争われなくなるとい う 安 定 性 が 確 保 さ れ る は ず な の に、 国 家 賠 償 請 求 が 認 め ら れ る と そ れ が 回 避 さ れ て し ま う と い う こ と で あ ろ う か ら、 そ の 回 避 手 段 が、 (実 質 的 に) 行 政 行 為 の 効 力 を 覆 滅 さ せ る 手 段 で な け れ ば、 右 の 理 由 は 妥 当 し な い こ と に な る。 」このことから人見氏は、不可争力説が公定力説に「帰着する」とい ( 83) う 。
か く し て、 公 定 力 を め ぐ っ て で あ れ 不 可 争 力 を め ぐ っ て で あ れ、 課 税 国 家 賠 償 に 関 し て は、 「肯 定」 ・「否 定」 両 論が展開してきたが、二二年最判により「肯定」説で、判例法上ひとまず決着がつい ( 84) た 。もっとも同最判では、一 般国家賠償「肯定」を示す先例 (前掲昭和三六年最判) を引き合いに出し、その延長線上で課税国家賠償を「肯定」 す ( 85) る という“形式的な”法解釈論を展開するに止まり、課税国家賠償「肯定」の論拠に関して、とりわけ行政行為 の特殊な効力論との関連で踏み込んだ説明を行っていない ( 86) し 、またその関連での十分な検討を行った形跡も見られ な ( 87) い 。したがってこの点に関しては、同最判を受けて、学説として検討を要することであろう。 そ し て そ の 際 に は、 上 で 見 て き た よ う に、 従 来 か ら の 課 税 国 家 賠 償 論 争 に お い て、 〈公 定 力 説 と 不 可 争 力 説 と の 交錯〉がみられることに、あらためて注目する必要がある。このような交錯に類する現象は、前稿で検討した一般 違 法 承 継 (課 税 違 法 承 継 を 含 む) に お い て も 少 な か ら ず み ら れ た。 ま た す で に 第 二 章 第 三 節 で 指 摘 し た よ う に、 課 税不当利得をめぐる議論の中にも、一般違法承継と類似の議論展開がみられた。これらを踏まえると、課税違法承 継を媒介として、課税不当利得と課税国家賠償とを比較検討する余地を導き出すことができるように思われる。 第二節 三つの組み合わせ 本稿ここまでの議論を整理すると、従来から、課税不当利得と課税国家賠償という二先決問題をめぐっては、公 定力説・遮断効果説・不可争力説という三説が重なり合って議論されてきており、またその限りでそれぞれ課税違 法承継ともパラレルな議論状況にある。しかし三先決問題間には、その肯定否定の結論において、あるいは、同じ く否定の結論であってもその説明の仕方において、顕著な差異が見られる。本節ではこの差異の原因の所在を探る ため、さしあたり〈課税不当利得と課税違法承継〉 、〈課税違法承継と課税国家賠償〉 、〈課税国家賠償と課税不当利
得〉という、二先決問題間の比較に係る三つの「組み合わせ」に着目して、関連学説を検討する。 一.課税不当利得と課税違法承継 山本隆司氏は、日本の伝統的な公定力理論が「一体的構成」であると批判し、むしろドイツのような行政行為の 効 力 に 係 る「分 解 的 構 成」 を 採 る べ き と し て、 「規 律・ 拘 束 力」 、「存 続 力」 、「構 成 要 件 的 効 力」 、「確 認 効 果」 の 分 類 論 を 提 示 す ( 88) る 。 ま ず「拘 束 力」 と は、 「法 律 や 法 規 命 令 と 同 様 に 法 規 範 と し て、 関 係 行 政 庁 と 利 害 関 係 の あ る 私 人 と を 拘 束 す る 効 力」 で あ り、 「法 を 明 確 化 す る 機 能 を 持 ( 89) つ 」。 ま た「拘 束 力 は、 法 を 安 定 化 さ せ る 存 続 力」 「に よ り 強 化 さ れ る。 」 と し た 上、 こ の 存 続 力 に は「不 可 争 力 な い し 形 式 的 存 続 力」 と「不 可 変 更 力 な い し 実 質 的 存 続 力」の二種があるという。そして後者に関してはそれが認められる行政行為があるか争いがあるが、前者に関して は「出訴期間のある処分取消訴訟の法定等により、実定法上承認されている。 」という。 つ ぎ に「構 成 要 件 的 効 力」 と は、 「行 政 行 為 の 規 律・ 拘 束 す る 法 関 係 と は 別 の 行 政 上 の 法 関 係、 私 人 間 の 民 事 法 関係、そして刑事訴訟の局面において、利害関係のある私人、管轄する行政庁や裁判所が、行政行為の規律・拘束 力 を 尊 重 し な け れ ば な ら な い こ と」 を 指 す。 さ い ご に「確 認 効 果」 と は、 「拘 束 力・ 構 成 要 件 的 効 力 の 範 囲 を 超 え て、行政行為における要件の認定、つまり行政行為の根拠となった事実・法に関する判断が、私人、行政庁、裁判 所を拘束すること」を指す。 以上の分類論をも踏まえつつ山本 ( 90) 氏 は、小早川説につき「行政行為の効果の通用力を公定力とし、こうした公定 力を超える、行政行為における要件の認定判断に反する主張・判断の排斥を遮断効果として対比するのは、必ずし も 明 快 で な い」 と 批 判 す ( 91) る 。 と く に 小 早 川 説 が「行 政 行 為 の 効 果」 を、 「一 度 後 続 処 分 や 執 行・ 実 現 が 行 わ れ る と 終了するものと、過度に短期間ないし狭い範囲に限定して理解」する点を疑問視す ( 92) る 。例えば小早川説は、課税処
分 の 効 果 が 任 意 納 付 や 強 制 徴 収 に よ り 消 滅 す る こ と を 前 提 に、 課 税 不 当 利 得 や 課 税 違 法 承 継 を (公 定 力 で は な く) 遮断効果の問題として論ずるが、これでは課税処分取消訴訟の訴えの利益が任意納付や強制徴収によっても消滅し ないとされていることが説明できない、それゆえ反対の、課税処分の効力が存続しているとの前提に立つべきとす ( 93) る 。 そ し て こ の よ う に「行 政 行 為 の 効 果」 を 広 く 解 す る と、 「行 政 行 為 に お け る 認 定 判 断 に 遮 断 効 果 が 認 め ら れ る のは通常、行政行為の効果との抵触がある場合に限られる」とす ( 94) る 。 か く し て 山 本 説 は 小 早 川 説 の 難 点 を 鋭 く 指 摘 す る (同 じ 難 点 は 藤 田 説 に も 当 て は ま ろ う) 一 方、 遮 断 効 果 と 呼 ぶ の で あ れ 確 認 効 果 と 呼 ぶ の で あ れ、 「行 政 行 為 の 効 果 と の 抵 触」 の 有 無 と い う 観 点 か ら、 課 税 不 当 利 得 と 課 税 違 法 承 継とについて、どのような形で整合的に説明されることになるのかが明らかでない。すなわち課税不当利得・課税 違 法 性 承 継 い ず れ の 肯 定 も「行 政 行 為 の 効 果 と の 抵 触」 を も た ら し う る こ と に な る の か (結 論 小 早 川 説 と 同 じ) 、 あ る い は、 そ う で な い の か (両 方 と も ま た は ど ち ら か が 抵 触 し な い) に つ い て は、 つ ぎ に 紹 介 す る 課 税 国 家 賠 償 の 場 合 とは異なって、具体的には論じられていない。 二.課税違法承継と課税国家賠償 引き続きここでも山本隆司氏による小早川説批判が参考にな ( 95) る 。山本氏は、上に紹介した「行政行為の効果との 抵 触」 の 観 点 か ら、 「一 般 の 国 家 賠 償 請 求 に お い て 行 政 行 為 の 違 法 の 主 張 を 排 斥 す る こ と は、 通 常 の 遮 断 効 果 の 理 論 で は お よ そ 正 当 化 で き な い」 と 指 摘 す る と と も に、 小 早 川 説 に 関 し て「違 法 性 の 承 継 も、 国 家 賠 償 請 求 の 問 題 も」 、「すべて遮断効果の有無として検討されているが、理論枠組みをなお整える余地があった」と批判する。さら に、 「確 認 効 果」 は「個 別 の 法 律 が 特 別 に 定 め た 範 囲 に 限 っ て 認 め ら れ る に 過 ぎ」 ず、 「国 家 賠 償 請 求 (訴 訟) に お い て 行 政 庁 の 認 定 の 違 法 性 を 主 張 (・ 判 断) す る こ と を 排 斥 す る よ う な、 行 政 行 為 の 確 認 効 果 は 認 め ら れ な ( 96) い 。」 、
ただし「金銭の賦課徴収や給付に係る行政行為について、出訴期間内に取消訴訟を提起せずに国家賠償を請求すれ ば、 (形式的) 存続力を潜脱できるという、行政行為の存続力に関わる問題がある。 」とい ( 97) う 。 他方で「先行処分の違法性を後続処分の段階で主張できるかという、いわゆる違法性の承継が論じられるのは、 後 続 処 分 が 先 行 処 分 を 執 行・ 実 現 す る 制 度 と 解 釈 さ れ る 場 合」 で あ っ て、 「後 続 処 分 の 取 消 訴 訟 に は、 先 行 処 分 の 構 成 要 件 的 効 力 で は な く、 拘 束 力 と そ の 形 式 的 存 続 力 が 及 ぶ。 」 と す る。 そ の 上 で「違 法 性 の 承 継 は、 法 律 が 先 行 処分の性質に相応しい行政手続や争訟手続を十分整備しておらず、私人が先行処分の段階で処分の違法性を実効的 に 争 い 得 な い 場 合 に、 先 行 処 分 の (形 式 的) 存 続 力 を 制 限 す る 法 理」 、 す な わ ち「法 律 が 私 人 に よ る 争 訟 を 段 階 づ けて整理する制度を用意しており、先行処分の違法性は先行処分の取消訴訟で争う責任を私人に負わせることが適 切か否かという、専ら争訟法上の考慮に基づく法理」であるとする。 か く し て 山 本 説 は、 行 政 行 為 の 特 殊 な 効 力 を め ぐ る 諸 問 題 に つ い て、 (伝 統 的 な 行 政 法 総 論 の よ う に) 「公 定 力」 と い う 形 で あ れ、 (小 早 川 説 の よ う に) 「遮 断 効 果」 と い う 形 で あ れ、 統 一 的 に 論 ず る の で は な く、 む し ろ そ の 種 の 問 題 を「分 解 的」 に 構 成 し 直 し 論 ず る。 た だ し 結 論 と し て 山 本 説 で も、 課 税 国 家 賠 償 と 課 税 違 法 承 継 (を 含 む 一 般 違 法 承 継) に つ い て は、 「存 続 力」 (不 可 争 力) と い う 一 つ の 特 殊 な 効 力 を 通 じ て 統 一 的 に 説 明 し よ う と す る 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 点 で は、 伝統的な行政法総論や小早川説のスタンスとも変わりないようである。 とはいえ小早川説の到達水準を踏まえると、山本説の「存続力」が法効果の取消しの遮断のみを含意するのか、 違法主張の遮断までをも含意するのか気になるところであ ( 98) る 。というのも、もし前者とするなら、先の阿部説をは じめ多くの学 ( 99) 説 が指摘するように、効力覆滅の遮断を内容とする存続力でもってしては、違法主張の遮断という帰 結が導かれないのではないかとの疑問が思い浮かぶからである。また後者とするなら、山本説の分類論において存
続力と確認効果との関係をいかに理解すれば良いのか、検討する必要があるように思われ ( 100) る 。 もっとも近時山本 ( 101) 氏 は、一般違法承継を最高裁が初めて正面から肯定した二一年最判 (最判平成二一年一二月一七 日: 民 集 六 三 巻 一 〇 号 二 六 三 一 ( 102) 頁) と 二 二 年 最 判 に つ き、 「行 政 行 為 の 公 定 力 な い し 取 消 訴 訟 の 排 他 的 管 轄 の 範 囲 な いし限界」として「一括」して論じるのではなく、その「範囲ないし限界を判断するための具体的な考慮要素」を 踏 ま え た 検 討 を し な け れ ば「問 題 の 具 体 的 な 解 決 に 資 さ な い」 と 指 摘 し、 以 下 の よ う に 論 ず る (以 下 の 山 本 説 を こ れまで紹介してきた山本説(山本X説) との対比で山本「Y説」と呼ぶ) 。 すなわち「公定力ないし排他的管轄として論じられてきた」違法性の承継を分析してみると、それは「行政行為 の規律する法関係の存否を、当該行政行為ないし法関係を執行ないし実現することを趣旨目的とする後続の行政庁 の行為に対する行政訴訟の段階で、争うことが制限されるか否かの問題といえ」 、「主として、行政過程において行 政 行 為 の 不 可 争 力 な い し 取 消 訴 訟 の 出 訴 期 間 制 限 を ど れ だ け 強 く 及 ぼ す か と い う 問 題 の 一 種 で あ る (行 政 行 為 の 無 効 も 同 じ 問 題 に 属 す る) 。」 と の 認 識 の も と、 承 継 の 有 無 は「① マ ク ロ の 行 政 手 続 な い し 行 政 過 程 の 分 節 度 と、 ② ミ クロの権利保護手続の保障度を基準に判断される。 」とい ( 103) う 。 これに対し「公定力ないし排他的管轄」については、二二年最判「の事案のように、行政行為の規律する法関係 (納 税 義 務) と 関 係 す る が、 そ れ と は 異 な る 法 関 係 (国 家 賠 償 請 求 権) の 存 否 を、 当 該 行 政 行 為 に 対 す る 抗 告 訴 訟 以 外の手続で争うことが制限されるかも問題とされる。 」とした上で、 「マクロの手続ないし法制度間の調節」と「ミ クロの権利保護手続の観点」を踏まえた議論を展開す ( 104) る 。 かくして山本X説が課税違法承継と課税国家賠償について存続力での統一的説明を試みていたのに対し、山本Y 説では両先決問題につきそれぞれ不可争力、公定力との関連でというように別々に議論しており、その限りで行政
行為の効力の分解的構成を精緻化してきているといえようか。もっとも他方で山本Y説は、課税違法承継であれ課 税 国 家 賠 償 で あ れ、 「具 体 的 な 考 慮 要 素」 の 大 ま か な 基 準 と し て、 マ ク ロ の 視 点 (制 度 的 な 問 題) と ミ ク ロ の 視 点 (権 利 保 護 の 問 題) を 踏 ま え た 説 明 の 必 要 性 を 提 示 し て お り、 そ の 限 り で 解 釈 論 レ ベ ル で の 統 一 的 説 明 を 試 み て い る といえよう。 ただし山本Y説では、マクロ・ミクロの解釈論的見地からその結論が左右されることになるとは言え、結論とし て公定力 (排他的管轄) や不可争力 (出訴期間) によって違法主張の遮断が起りうることを前提とするように見受け ら れ る。 し か し な ぜ そ の よ う な 遮 断 が 生 じ る の か に つ い て、 そ れ ら の 効 力 を も っ て し て は 先 決 問 題 (課 税 違 法 承 継 であれ課税国家賠償であれ) を論理的には否定し得ないとの小早川説や阿部説等があるのであって、これら所説をど のように受け止めるのか説明しておく必要があるのではないだろうか。 こ の 点 確 か に 山 本 Y 説 で は、 「行 政 行 為 の 効 果 と 要 件 の 区 別 を 基 準 に し た (狭 義 の) 公 定 力 と 遮 断 効 果 と の 区 別 に は、 明 快 で な い と こ ろ が あ」 る と、 山 本 X 説 と 同 旨 の 批 判 を す ( 105) る 。 し か し 仮 に 明 快 で な い と こ ろ が あ る と し て も、 「適 法 性 の 推 定」 論 を 克 服 し た 現 在、 公 定 力 な い し 不 可 争 力 が〈暫 定 的 な 有 効 性〉 を 担 保 す る に 過 ぎ な い に も かかわらず、それでも〈先決問題〉としての違法主張が遮断される論拠に関して、それ相応の解答を用意する必要 があるのではないだろうか。結論として山本説では、XY説を通じて、行政行為の特殊な効力としての《 違法主張 4 4 4 4 遮断効》の位置づけがなお曖昧であるように思われる。 三.課税国家賠償と課税不当利得 例 え ば 占 部 裕 典 ( 106) 氏 は、 課 税 国 家 賠 償 と 課 税 不 当 利 得 に 関 し て、 「過 大 な 納 付 税 額 の 返 還 を 求 め る 点 で 同 一」 に も かかわらず、 「取扱いを異にすることに理論的な整合性はあるのであろうか。 」との疑問を提起す ( 107) る 。もっとも同氏
は、 「国 家 賠 償 法 一 条 に 規 定 す る 請 求 権 の 性 質 と 不 当 利 得 返 還 請 求 権 の 性 質 と の 違 い に よ る も の で あ り、 こ の 相 違 は 肯 定 さ れ る べ き」 、 具 体 的 に は「国 家 賠 償 請 求 は 公 務 員 の 責 任 (故 意・ 過 失) が 要 件 に な っ て お り、 そ の 目 的 は 不 当利得返還請求訴訟のそれと大きく異にする」という形で、この疑問に対し解答を与えている。 いわば占部説は、両先決問題の相違について“行政行為の特殊な効力の問題”として議論するのではなく、むし ろ“請 求 権 の 問 題” と し て 議 論 を す ( 108) る 。 し か し 後 者 の 問 題 ―― い か な る 性 質 の 請 求 権 が 成 立 す る の か と い う 問 題 ――を規定しているのは、前者の問題――前提となる行政行為が有効と扱われるか無効と扱われるかの問題――と の見方も成り立ち得るのではないか。そうだとすると、占部説では十分な解答となっていないように思われる。 また課税国家賠償と課税不当利得では、損害の回復と効力の否認という形式的・法律的な「目的」が違うとして ( 109) も 、「過 大 な 納 付 税 額 の 返 還 を 求 め る」 と い う 実 質 的・ 経 済 的 な「目 的」 は 同 じ と も 言 え よ う ( 110) し 、 故 意・ 過 失 等 の 「要 件」 の 有 無 の 違 い に よ っ て 両 先 決 問 題 の 取 扱 い に 差 異 が 生 じ る こ と は 理 解 で き る に し て も、 そ の 差 異 が な ぜ “正 反 対 の” (原 則 的) 帰 結 に な っ て し ま う の か、 行 政 行 為 の 特 殊 な 効 力 論 に 踏 み 込 ま ず に、 請 求 権 に 係 る 要 件 の 相 違だけで説明しきれるのか疑問があ ( 111) る 。 も っ と も 占 部 氏 は、 課 税 不 当 利 得 と 課 税 違 法 承 継 と を 遮 断 効 果 を 通 じ て 否 定 す る 先 の 小 早 川 説 を 引 用 し、 「こ の よ う な 視 点 か ら い え ば、 損 害 賠 償 請 求 は そ の 性 質 か ら し て、 課 税 処 分 の 遮 断 効 果 (国 が 税 金 を 敏 速 か つ 確 実 に 収 受 し、 保 有 す る こ と) は 及 ば な い と 解 さ ざ る を え な い で あ ろ ( 112) う 。」 と も 指 摘 す ( 113) る 。 し か し「国 が 税 金 を 敏 速 か つ 確 実 に 収受し、保有すること」を損なう点では、小早川説が遮断効果を肯定する課税不当利得・課税違法承継であれ、占 部氏が遮断効果を否定する課税国家賠償であれ、やはり「性質」上異ならないのではないだろうか。結論として占 部説が問題提起する「理論的な整合性」の有無に関しては、行政行為の「特殊な効力」の観点からなおも検討する
余地があるように思われる。 つぎに小早川光郎氏も、先に紹介したように課税不当利得「否定」を議論する一方、課税国家賠償に関しては、 憲 法 一 七 条 の 重 要 性 を 挙 げ た 上 で、 次 の よ う に 肯 定 す ( 114) る 。「行 政 処 分 の 公 定 力 の 観 点 か ら、 こ の よ う な 賠 償 請 求 が 課税処分に予定された法的規律それ自体を否定するものであってその公定力に抵触することになるかといえば、こ れも、必ずしもそうとは言えない。要するに、公務員の不法行為について国または公共団体が損害賠償責任を負う との一般原則に対し、この場合にそれを排除する別の規範が現行法上存在すると考えるべき十分な根拠はなく、し た が っ て ま た、 そ の よ う に 考 え る べ き で は な い。 納 税 者 と し て は、 所 定 の 手 続 ル ー ル (争 訟 期 間 制 限 や 不 服 審 査 前 置 な ど) に 従 っ て 課 税 処 分 取 消 争 訟 に よ り 税 額 認 定 の 誤 り を 主 張 し て 救 済 を 求 め る こ と が で き る 一 方、 公 務 員 が 故 意 または過失によって違法に損害を加えたと主張して国家賠償法による損害賠償を訴求することもできると解される のである。 」 ま ず 小 早 川 説 は、 課 税 国 家 賠 償 に つ い て、 「課 税 処 分 に 予 定 さ れ た 法 的 規 律 そ れ 自 体 を 否 定 す る」 も の で は な い から公定力には抵触しないとして、肯定説を導いている。ここで言う「法的規律」は、行政行為の「 (法的) 効果」 な い し「 (法 的) 効 ( 115) 力 」 ――「直 接 国 民 の 権 利 義 務 を 形 成 し ま た は そ の 範 囲 を 確 定 す る こ ( 116) と 」 ―― を 意 味 す る の で あろう ( 117) か 。さしあたりこの理解に立つとして、むろんこういった議論は、一般国家賠償「肯定」の延長線上の議論 であって、またその限りで説得力もある。ただし課税不当利得との関係が気になるところである。というのも先に 山 本 説 が 注 目 し て い た よ う に、 小 早 川 説 の 場 合、 課 税 不 当 利 得 に 関 し て も、 必 ず し も「行 政 行 為 の 効 果 (= 法 的 規 律) 」を覆滅するものではない (だから公定力とは別の遮断効果が必要である) との前提に立っているからである。 したがって、同じく「行政行為の効果 (=法的規律) 」の覆滅が問題とならない先決問題であるにもかかわらず、
課税不当利得と課税国家賠償との間で「否定」 ・「肯定」と正反対の原則的帰結が生じることが、小早川説の論理で もってどこまで正当化できているのか疑問の余地がある。確かに憲法一七条の国家賠償を受ける基本的人権の保障 の有無の観点から、課税不当利得と課税国家賠償とでは事柄の性質上相違があるのかもしれな ( 118) い 。しかしながら憲 法三〇条や同八四条の租税法律主義の観点からすれば、納税者は法律の定めるところによらずして納税義務を負わ ない基本的人権が保障されているのであっ ( 119) て 、その人権保障の必要性・合理性に関しては両先決問題間で差異はな いように思われ ( 120) る 。 それゆえ憲法に遡った正当化論だけでは決め手とならないのではないか。むしろ小早川説が両先決問題を考える にあたって前提とする、 “「行政行為の効果 (=法的規律) 」を否定するものではない”との共通命題について、再検 討 の 余 地 が あ ろ う。 そ し て そ の 際 に は、 課 税 不 当 利 得 と 課 税 国 家 賠 償 と の 間 の 原 則 的 帰 結 の 差 異 に 応 じ て、 「行 政 行為の効果 (=法的規律) 」に係る取り扱いがどのように異なって説明されることになるのかを示す必要がある。結 論 と し て 小 早 川 説 で は、 課 税 国 家 賠 償 と 課 税 不 当 利 得 を 通 じ て、 行 政 行 為 の 特 殊 な 効 力 と し て の《 効 力 覆 滅 4 4 4 4 遮 断 効》をめぐる説明がなお曖昧であるように思われ ( 121) る 。 第三節 若干の検討 以上学説の到達水準を確認すると、課税国家賠償・課税違法承継・課税不当利得の三先決問題の論拠をめぐって は、 そ れ ぞ れ、 公 定 力・ 遮 断 効 果・ 不 可 争 力 の 三 説 が“三 つ 巴” 的 に 論 じ ら れ、 ま た 三 先 決 問 題 そ れ ぞ れ の な か で、三説いずれが妥当なのかについても決め手がない。他方で行政法解釈学の見地からすれば、三先決問題をめぐ る 判 例 法 の 到 達 水 準 に 関 し て、 そ の 結 論 な い し 理 由 付 け の 相 違 を、 既 存 の 行 政 法 総 論 の 概 念 枠 組 み (行 政 行 為 の 特
殊 な 効 力 論) を も 踏 ま え な が ら、 で き る か ぎ り 論 理 整 合 的 に 説 明 す る こ と が 求 め ら れ る と こ ろ、 学 説 で は 関 係 各 判 例そのものの個別的理解の試みを超えて、その点について現段階で十分な議論が尽くされていない。とはいえ論理 整 合 的 な 議 論 が 必 要 だ か ら と い っ て、 伝 統 的 な「先 決 問 題 の 審 理 制 限」 論 に さ か の ぼ っ て、 「適 法 性 の 推 定」 に 基 づく公定力理解に依拠することが、理論的にも実践的にも妥当でないことは言うまでもな ( 122) い 。したがって三先決問 題 の 論 理 整 合 的 な 説 明 は、 今 日 の 公 定 力 理 解 の 到 達 水 準 (暫 定 的 な 有 効 性) を 踏 ま え つ つ、 以 下 の よ う に 機 能 的 観 点から説明されねばならない。 ま ず 公 定 力 か 不 可 争 力 か 遮 断 効 果 か と い っ た 問 題 設 定 (問 い の た て 方) そ の も の を 見 直 す 必 要 が あ ( 123) る 。 そ も そ も 前 稿 で も 明 ら か に し た よ う に、 公 定 力 で あ れ 不 可 争 力 で あ れ、 突 き 詰 め る な ら 同 じ「遮 断 効」 (効 力 覆 滅 遮 断 効 と 違 法 主 張 遮 断 効) な の で あ っ て、 こ の 観 点 か ら す れ ば 公 定 力 か 不 可 争 力 か は 相 対 的 な 区 別 (向 き の 違 い) に 過 ぎ な い。 そ し て 本 稿 先 に み た、 存 続 力 (不 可 争 力) と 確 認 効 果 (遮 断 効 果) を め ぐ る 山 本 説 の 問 題 点、 ま た 公 定 力 (藤 田 説 で 言 う 狭 義 の 公 定 力) と 遮 断 効 果 を め ぐ る 小 早 川 説 の 問 題 点 に 関 し て は、 こ の 遮 断 効 の 視 点 を 採 用 す る こ と に よ っ て 解消する道筋が見出されるように思われる。 以上のことから、課税不当利得・課税違法承継・課税国家賠償に関しては、行政行為の《遮断効》という見地に 基づいて、統一的な説明を試みていくべきではないか。すなわち課税不当利得は、課税処分の効力が「無効」であ る こ と (= 効 力 覆 滅) を 前 提 と し た 議 論 で あ っ ( 124) て 、 そ れ を 論 理 的 に 前 提 と せ ず に 課 税 処 分 の 違 法 性 を 争 わ せ る こ と を 認 め る 課 税 国 家 賠 償 と で は、 そ の 前 提 か ら し て や は り 異 な る。 い わ ば 課 税 不 当 利 得「否 定」 は、 《効 力 覆 滅 遮 断 効 に 抵 触 す る》 こ と に よ っ て、 そ の「否 定」 を 説 明 で き、 課 税 国 家 賠 償「肯 定」 は、 《効 力 覆 滅 遮 断 効 に 抵 触 し な い》ことによって、その「肯定」を説明できる。
そ れ ゆ え 課 税 不 当 利 得 と 課 税 国 家 賠 償 と の 結 論 の 相 違 は、 【効 力 覆 滅 遮 断 効】 と の 抵 触 の 有 無 に 帰 し う る (そ の 限 り で こ の 局 面 に お い て 公 定 力 か 不 可 争 力 か 遮 断 効 果 か と い っ た 区 別 を 問 題 に す る こ と に は あ ま り 実 益 が な ( 125) い )。 し た が っ て課税不当利得と課税国家賠償とを、それぞれ「行政行為の効果 (=法的規律) 」を否定するものではないとして、 同 じ よ う に 論 じ る (よ う に 少 な く と も 見 受 け ら れ る) 小 早 川 説 に 関 し て は 再 検 討 の 余 地 が あ る ( 126) し 、 ま た 占 部 説 の 請 求 権 の 性 質 の 相 違 論 に 関 し て も、 訴 訟 類 型 上 無 効 (効 力 覆 滅) を 前 提 と す る か 否 か の《裏 返 し》 論 で は な い か と も 思 われる。 以上に対し課税違法承継の場合、その否定に関して効力覆滅遮断効でもっては説明しきれない。なぜなら小早川 説 や 阿 部 説 等 に み ら れ る よ う に、 課 税 違 法 承 継 は 課 税 処 分 の 効 力 を 覆 滅 し な く と も 論 理 的 に 認 め ら れ う る の で あ り、逆から言えば効力覆滅遮断効でもってしては、課税違法承継を論理的に否定できないからである。そこで課税 違 法 承 継 の 場 合 に は、 【違 法 主 張 遮 断 効】 と の 抵 触 を 問 題 と せ ざ る を え な い。 そ れ ゆ え 課 税 違 法 承 継 と 課 税 不 当 利 得とでは、同じく原則「否定」の結論を導くといっても、原因となる「遮断効」の成分が異なるものと解すべきで ある。その限りでそれら両先決問題について、同一の「遮断効果」ないし「広義の公定力」概念でもって統一的に 説明する小早川説や藤田説に関しては一定の留保が必要であ ( 127) る 。 もっともそうだとしても、このように違法主張遮断効の生じることが正当化される論拠はどこにあるのだろうか (適 法 性 の 推 定 が 働 か な い の に も か か わ ら ず) 、 ま た 遮 断 効 の 成 分 と し て 効 力 覆 滅 遮 断 効 と 違 法 主 張 遮 断 効 と の 間 に は い か な る 内 在 的 関 連 性 が あ る の だ ろ う か。 こ れ ら の 点 を 理 解 す る に 当 た っ て は、 《な ぜ 課 税 違 法 承 継 の 場 合 に は 違 法 主 張 遮 断 効 が 作 動 す る の か》 、 そ の 原 因 の 所 在 を 探 る 必 要 が あ ( 128) る 。 そ し て こ の 点 を 解 明 す る こ と こ そ が、 課 税 不 当 利 得 と 課 税 違 法 承 継 と に 関 わ っ て 先 に 山 本 説 が 指 摘 し て い た、 「行 政 行 為 の 効 果 と の 抵 触」 の 意 義 を 内 在 的 に 理
解することにもつながるものと思われる。 第四章 課税処分の違法性の滞納処分取消訴訟への承継 本 章 で は 課 税 違 法 承 継「否 定」 の 論 拠 に つ い て、 前 稿 と は 別 角 度 か ら 検 討 す る (第 一 節・ 第 二 節) 。 そ の 上 で、 あ らためて課税不当利得・課税国家賠償・課税違法承継の三先決問題間にみられる「顕著な差異」の原因の所在につ いて、前章の考察結果を踏まえつつ、さらに突っ込んで検討する (第三節) 。 第一節 課税違法承継「否定」の論拠 ひるがえって前稿では、課税違法承継を含む一般違法承継「否定」の論拠について、公定力説・遮断効果説・不 可争力説といった「行政行為の特殊な効力」論の側面から分析した。本稿でもその分析結果を踏まえるとして、し か し 同 じ 素 材 に つ い て、 別 の 角 度、 す な わ ち そ の 否 定 に 係 る「法 律 上 の 根 拠」 論 の 側 面 か ら あ ら た め て 分 析 す る と、また違った学説対立の様相が見出されうる。 例 え ば 小 早 川 光 郎 氏 は、 「い わ ゆ る 取 消 訴 訟 手 続 の 排 他 性 が、 行 政 行 為 の 遮 断 効 果 の 一 般 的 承 認 を も 帰 結 す る も のであるかどうかは、したがって、論理の問題としてではなく、現行取消訴訟手続の制度的な仕組に対して考慮を 払いつつ、行政上の必要と権利救済の要請との機能的な調和の見地から判断されるべきである。 」とした上で、 「行 政行為の遮断効果は、一般的に認められるものではないのであって、いかなる種類の行政行為につき、いかなる種 類の請求・抗弁との関係で遮断効果が認められるかは、それぞれの場合の関係法規の解釈によって決せられる」と す ( 129) る 。 ま た 課 税 処 分 に つ き 違 法 性 の 承 継 が 認 め ら れ な い 理 由 に つ い て も、 「課 税 要 件 の 存 否 に 関 す る 争 の 早 期 確 定
と滞納処分手続の安定を考慮して、滞納処分取消訴訟においては」 、「課税要件不存在の主張をもはや許さないとす る政策的選択」が採られている結果にあるとす ( 130) る 。 これに対し岡田春男氏は、小早川説に関して「行政行為の遮断効果はそれぞれの行政行為につきその有無が判断 さ れ る か の ご と き 印 象 を 受 け る」 と し た 上 で、 「違 法 性 の 承 継 を 否 定 す る 意 味 で の 行 政 行 為 の 遮 断 効 果 は、 取 消 訴 訟の排他的管轄と出訴期間を定めた行政事件訴訟法のシステムから、概括的に説明承認されるべきものである。す なわち、後行行為の取消訴訟においては不可争力を生じた先行行為の違法の主張をもはや許さない、換言すれば違 法性の承継を遮断するという手続法上の政策的選択は、行政法関係の早期確定に奉仕せしめるために出訴期間を制 限 し た 取 消 訴 訟 制 度 を 採 択 し た 行 政 事 件 訴 訟 法 に お い て、 包 括 的 に 決 定 さ れ て い る」 と い う (た だ し 例 外 的 事 情 が ある場合の承継は認め ( 131) る) 。 他方で岡田氏は、課税処分に係る救済制度があるとの「手続法的考慮の下に、政策的選択の結果として違法性の 承継が例外なく一律に遮断されるのではなく」 、「財産権の侵害 (課税処分の通知書の送達) を受けて、漫然として救 済の手続をとらず、これを看過した」との事情を抱える個人に対し、国が「税金を迅速かつ確実に収受し保有」す る 目 的 か ら、 違 法 性 の 承 継 が 遮 断 さ れ る と も 論 じ て い ( 132) る 。 ま た 先 行 行 為 が「侵 益 的 行 政 処 分」 (課 税 処 分 を 含 む) に あ た る 場 合 に は、 「名 宛 人 の 権 利 防 衛 本 能 を 刺 激 す る」 こ と か ら、 原 則 と し て 違 法 性 の 承 継 が 遮 断 さ れ て も よ い が、 「授 益 的 行 政 処 分」 の 場 合 や「侵 益 的 行 政 処 分」 で あ っ て も 権 利 防 衛 本 能 を 刺 激 し な い よ う な 場 合 に は、 違 法 性の承継が遮断されるべきではないとも論じてい ( 133) る 。 同 じ く 遮 断 効 果 を 論 ず る と い っ て も、 そ の 裏 付 け と し て、 小 早 川 説 は「関 連 法 規」 の 解 釈 を、 岡 田 説 は「行 訴 法」 の 解 釈 を 重 視 す る 点 で、 全 般 的 に 対 照 的 で あ ( 134) る 。 も っ と も 両 説 と も、 「遮 断 効 果」 の 作 動 を〈原 則〉 と 解 す る
か〈例外〉と解するかの点で曖昧な面もあ ( 135) る 。小早川説は後者の理解と推察される一方、あくまでも関係法規に係 る個別の解釈問題として、そもそも“原則・例外”という論理構成を採用していないようにも見受けられ ( 136) る 。岡田 説は、前者の理解と推察される一方 ( 137) で 、個別事案における納税者の自己責任や、侵益的行政処分・授益的行政処分 といった類型的区別をも重視して、 “原則・例外”という論理構成を相対化しているようにも見受けられ ( 138) る 。 思 う に、 違 法 性 の 承 継 の 有 無 の 判 断 で あ れ、 遮 断 効 果 の 有 無 の 判 断 で あ れ、 「す べ て 個 別 的 場 合 ご と の 解 釈 問 題 に 帰 す る こ と に な っ て し ま ( 139) う 」 こ と は や は り 問 題 で は な い か。 む し ろ カ テ ゴ リ カ ル に 違 法 性 の 承 継 が 否 定 さ れ る (= 遮 断 効 が 作 動 す る) と い う そ の「行 訴 法」 上 の【原 ( 140) 則 】 を 明 確 に 認 識 し た 上 で、 関 連 法 規 な り 個 別 事 情 な り を 踏 まえその【例外】を認めるための判断基準を、解釈論として構築していくことが求められるのではないか。もっと も そ う だ と し て も、 な ぜ (原 則 と し て) 違 法 主 張 遮 断 効 が 作 動 す る こ と に な る の か、 「行 訴 法」 に 基 づ い て 具 体 的 に 説明する必要がある。 第二節 先行行為の効力覆滅に係る論理構成 課 税 違 法 承 継 を 含 む 一 般 違 法 承 継 の 場 合 に、 「違 法 主 張 遮 断 効」 が 作 動 す る 原 因 で あ る が、 結 論 と し て、 間 接 的 4 4 4 に で は あ れ 4 4 4 4 4 、 先 行 行 政 行 為 の (法 的) 効 果 な い し (法 的) 効 力 が 損 な わ れ る こ と、 す な わ ち「効 力 覆 滅 遮 断 効」 に 抵触することに求められると解すべきではない ( 141) か 。また先の山本氏の、遮断効果が認められるのは「行政行為の効 果との抵触がある場合に限られる」との指摘は、この文脈で理解されるべきではない ( 142) か 。とはいえ、行訴法上なぜ 「効 力 覆 滅 遮 断 効」 に 抵 触 す る こ と に な る ( 143) か の 具 体 的 な 論 理 構 成 の 場 面 で、 二 つ の 相 異 な る 議 論 が 成 立 す る 余 地 が ある。
一方で、後行行為取消訴訟によって出される「取消判決の拘束 ( 144) 力 」を通じて、行政庁が先行行為の取消しを義務 付けられる以上、効力覆滅遮断効に抵触するものと解すべきとする議論がある (以下X説) 。例えば神橋一彦 ( 145) 氏 が、 「違 法 性 の 承 継 を 認 め る こ と は、 実 質 的 に は 処 分 A[髙 木 注: 先 行 処 分] に つ い て 生 じ て い る 不 可 争 力 を 覆 す 結 果 に な る し、 最 終 的 に 処 分 B[同 注: 後 行 処 分] が 取 り 消 さ れ た 場 合、 処 分 A は 無 意 味 に な る の で (判 決 の 拘 束 力 に よ り、 処 分 A を 行 っ た 行 政 庁 に は、 同 処 分 を 職 権 で 取 り 消 す 義 務 = 不 整 合 処 分 の 取 消 義 務 が 生 じ る と も 解 さ れ る) 、 結 果 的 に、処分Aが取り消されたのと同じ状態をもたらすことになり、その点に着目すれば、公定力と概念的に区別され るとしても、 全く無関係ともいえない。 」 として公定力の文脈で (効力覆滅遮断効侵害を) 述べ、 大沼洋一 ( 146) 氏 が、 「取 消 訴 訟 に は、 拘 束 力 (行 訴 法 三 三 条 一 項) が 生 じ る の で、 後 行 行 為 の 取 消 訴 訟 で 先 行 行 為 の 違 法 が 認 定 さ れ る と、 行政庁は先行行為を取消、変更せざるを得ないことになる。そうすると、実質的には、違法性の承継を認めること は、 先 行 行 為 の 不 可 争 力 を 没 却 さ せ る お そ れ が な い と は い え な い。 」 と し て 不 可 争 力 の 文 脈 で (効 力 覆 滅 遮 断 効 侵 害 を) 述べる議論である。 他 方 で「取 消 判 決 の 拘 束 力」 を 介 在 さ せ ず に、 効 力 覆 滅 遮 断 効 に 抵 触 す る と の 結 論 を 導 く 議 論 も あ る (以 下 Y 説) 。 塩 野 宏 ( 147) 氏 が、 「違 法 性 の 承 継 を 認 め、 そ の 違 法 が 認 定 さ れ る と、 後 行 処 分 が 取 り 消 さ れ る こ と に な る の で、 国 家賠償の場合と異なり、結局のところは、先行処分の効果は無に帰することにな ( 148) る 。」 、太田匡彦 ( 149) 氏 が違法性の承継 を認めると先行処分の効果が「事実上その相当部分が失われることになる」と述べる議論であ ( 150) る 。 以上XY両説の相違の背景には、違法性の承継の文脈のもとでの、取消判決の拘束力の内容をめぐる学説対立が あ る よ う に 思 わ れ る。 例 え ば 東 亜 由 美 氏 は、 「違 法 性 の 承 継 が 認 め ら れ る 場 合 に お い て、 先 行 処 分 が 取 り 消 さ れ た 場合の後行処分の是正は形成力による説明で可能であるが、後行処分が先行処分の違法を理由に取り消された場合
の 先 行 処 分 の 是 正 に つ い て は、 訴 訟 物 概 念 を 拡 張 し な い 限 り、 形 成 力 か ら 説 明 す る こ と は で き な ( 151) い 。」 と 指 摘 し、 取消判決の拘束力による説明の必要性を指摘す ( 152) る 。これに対し塩野宏氏は、そもそも「この場合は、事後の行政過 程は展開しないので、訴訟の目的は達している。その意味で、拘束力を問題とする余地はな ( 153) い 。」と批判する。 思うに、事後の行政過程が事実上展開しないとしても、法的には先行行為が無効とされていない以上、そのこと による法的不利益から市民が完全に免れることになるのか疑問の余地がある。また違法な行政活動の是正を明瞭な らしめるという意味でも、取消判決の拘束力を通じた説 ( 154) 明 は「法律による行政」の原理に親和的なのではないだろ う ( 155) か 。これらの点を踏まえると、後行行為の取消判決があった場合にその拘束力が作動し、その結果として先行行 為の効力覆滅が生じるという法的メカニズムを前提に、違法性の承継が原則として遮断される、すなわち違法主張 遮断効が作動することを正当化するX説が妥当なように思われる。 第三節 小括 結論として今日、課税違法承継の場合に違法主張遮断効が作動する《法律上の》原因は、滞納処分取消訴訟を通 じて出される滞納処分「取消判決」について「拘束力」が認められることにあると理解すべきではないか。すなわ ち課税違法承継の場合、滞納処分取消訴訟の結果、取消判決の拘束力を介して 間接的な形であれ 0 0 0 0 0 0 0 0 課税処分の《法的 効 力 (な い し 法 的 効 果) 》 の 覆 滅 が 問 題 と な る、 す な わ ち 違 法 主 張 遮 断 効 を も 認 め な け れ ば 効 力 覆 滅 遮 断 効 が 損 な わ 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 れる事態 4 4 4 4 が生じてくることである。その限りで違法主張遮断効と効力覆滅遮断効とは、論理的には区別されながら も そ の 作 動 メ カ ニ ズ ム に お い て リ ン ク し て い る、 あ る い は 言 葉 を 換 え れ ば、 “違 法 主 張 遮 断 効 は 効 力 覆 滅 遮 断 効 の 派生的な効果に過ぎない”とも言えようか。