社会的比較傾向と自己意識特性の関係
著者
大久保 暢俊, 下田 俊介, 鈴木 公啓
雑誌名
東洋大学人間科学総合研究所紀要
号
17
ページ
137-143
発行年
2015-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007171/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja本研究の目的は、社会的比較傾向と自己意識特性の関連を検討することである。社会的比較とは、 自己と他者を比較することであり、自己の認知、感情、行動に影響する心的プロセスである(Suls & Wheeler, 2000)。社会的比較研究の数は膨大であるが、多くの研究は比較他者選択や比較の帰結に関係 している(Wood, 1989)。一方、自己意識特性は、自己に注意を向け、自己を意識する程度の個人差で ある(Fenigstein, Scheier, & Buss, 1975; 押見 ,1992)。
社会的比較は、実際であれ抽象であれ、比較相手となる他者が存在する。自己の側からすれば、比較 他者は環境に属する要因である。それゆえ、社会的比較の実験研究では、比較他者の有無や遂行水準を 独立変数とし、自己評価や感情を従属変数とする他者提示法といった手法が用いられる(Wood, 1996)。 この他者提示法では、比較の結果生じる反応、たとえば自己評価や感情を調整する要因は、比較プロセ スと別個の要因として存在すると想定されている。つまり、比較の結果としての自己評価や感情に対し、 比較それ自体は一律に影響するとの前提で検討されているのである。
そのような前提に対し、比較の結果に対する反応を予測する観点から、Gibbons & Buunk(1999)は、 他者と比較する程度に個人差があることを指摘し、その個人差を測定するための社会的比較尺度を作成 した。この社会的比較尺度は、Festinger(1954)の理論に基づく意見と能力の二つの領域からなる、全 11 項目で構成されている。
この社会的比較尺度は、比較の結果に対するさまざまな反応の予測に有用であることが、彼らの精力 的な実証研究により示されている(e. g., Buunk, Van der Zee, & VanYperen, 2001)。日本においても、外 山(2002)が翻訳し、信頼性や妥当性が確認されている。この個人差の視点の特徴は、個々の社会的比 較を超えた全般的な比較傾向と、さまざまな心理特性との関連を検討することが可能となる点にある。 社会的比較傾向に関連する心理特性はさまざま指摘されている。その中でも、自己と他者の比較の一
社会的比較傾向と自己意識特性の関係
ⅰ大久保 暢俊
*・下田 俊介
**・鈴木 公啓
*** * 人間科学総合研究所客員研究員 ** 人間科学総合研究所奨励研究員 *** 東京未来大学こども心理学部138
東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 17 号(2015) 方の要素である自己にかかわる心理特性は重要である。本研究では、自己にかかわる心理特性の一つで ある自己意識特性に着目する。自己意識特性は、私的自己意識特性と公的自己意識特性に分類される。 私的自己意識特性は、自己の内的な側面を意識しやすい傾向のことであり、公的自己意識特性は、他者 から見られる自己の側面を意識しやすい傾向のことである。 社会的比較傾向と自己意識特性の関連は、これまでに高田(1994)や外山(2002)で検討されている。 それらの結果は、社会的比較傾向と私的、公的自己意識特性は基本的に正の相関関係にあるという点で 一致している。そのような研究の中でも、高田(1994)は、社会的比較傾向は特に公的自己意識特性と 関連していることを実証した。外山(2002)もこの関連を実証し、日本人の相互協調的自己観ゆえであ ると解釈している。つまり、社会的比較傾向は、他者を意識する公的自己意識と強く関連していること が示されているのである。 本研究は、高田(1994)や外山(2002)の追試を第一の目的とする。特に、社会的比較傾向と自己意 識特性の関連が、尺度項目の言葉遣いなどの表面的な違いや、用いられる測度の違いがあっても、同様 の結果となるのかを検討した。社会的比較傾向については、Gibbons & Buunk(1999)の作成した尺度を、 外山(2002)とは別に翻訳して用いた。本研究で独自に邦訳した尺度は、外山(2002)と意味内容は同 じであるが、「あまり」や「いつも」といった用いる副詞などが異なっていた。社会的比較は、比較の 結果や意味が状況によって敏感に変化してしまう性質を持つ。しかし、特性として個人差があることを 主張する Gibbons & Buunk(1999)の観点からは、このような表面的な違いを超えてある程度一貫した関係が確認されることが重要であるⅱ。さらに、自己意識特性については、菅原(1984)の自意識尺度 を用いた。このようにして、高田(1994)や外山(2002)とは異なる項目表現や尺度でも同様の関係が 確認されるかどうかを検討したⅲ。 方 法 調査参加者 四年制大学の学生、および都内専門学校の学生 150 名(男性 83 名、女性 62 名、不明5名)。参加者 の平均年齢は 24.43 歳(SD = 6.24)であった(範囲は 18 歳から 53 歳まで)。 手続き 調査は講義時間内に実施した。調査への参加は自由意志のもとで行われた。質問紙を配付し、各自の ペースで回答してもらった。回答終了後、質問紙を回収した後にディブリーフィングを行った。調査に 要した時間はおよそ 15 分であった。 質問項目 菅原(1984)の自意識尺度は 21 項目で、私的自意識を測定する 10 項目(例:自分がどんな人間か自 覚しようと努めている)、公的自意識を測定する 11 項目(例:自分が他人にどう思われているのか気に
なる)で構成されていた。これらの項目について、“全くあてはまらない”から“非常にあてはまる” の7件法で回答してもらった。社会的比較傾向の測定に用いた Gibbons & Buunk(1999)の尺度項目は、 外山(2002)とは別に、著者らが独自に翻訳したものを用いた。尺度は 11 項目で、意見比較傾向を測 定する5項目、能力比較傾向を測定する6項目で構成されていた(付録参照)。これらの項目について、 “全くあてはまらない”から“非常にあてはまる”の5件法で回答してもらった。 結 果 社会的比較傾向は、尺度の逆転項目の数値を反転させたうえで 11 項目の合計値を指標とした(α= .85, 可能範囲は 11 から 55 まで)ⅳ。 自己意識特性は逆転項目の数値を反転させたうえで、私的自己意識 10 項目の合計値(α= .88, 可能 範囲は 10 から 70 まで)、公的自己意識 11 項目の合計値(α= .90, 可能範囲は 11 から 77 まで)を算出 し、それぞれ私的自己意識特性と公的自己意識特性の指標とした。 記述統計量 各指標の平均値、および標準偏差を表に示す。 社会的比較傾向と自己意識特性の相関ⅴ 各自己意識特性の得点と社会的比較傾向の得点で相関係数を算出したところ、公的自己意識得点と社 会的比較傾向得点に正の相関が確認された(N = 136, r = .73, p < .01)。それに対し、私的自己意識得 点との相関は確認されなかった(N = 140, r = .11, p > .10)。また、私的自己意識得点と公的自己意識 得点に正の相関が確認された(N = 141, r = .23, p < .01)。 考 察 私的自己意識特性、および公的自己意識特性と社会的比較傾向の関連を分析した結果、私的自己意識 特性と社会的比較傾向の相関関係は確認されなかったのに対し、公的自己意識特性と社会的比較傾向に 正の相関関係が確認された。本研究の結果は、基本的に高田(1994)や外山(2002)と同様に、社会的 比較傾向と公的自己意識特性の顕著な関連を示した。したがって、この変数間の関連は頑健であるとい える。 表 各指標の記述統計量 M SD 社会的比較傾向 36.99 8.61 私的自己意識 49.70 11.06 公的自己意識 51.50 12.75
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東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 17 号(2015) この社会的比較傾向と公的自己意識特性の関連をどのように考察するのかが、次の重要な課題となる。 高田(1994)や外山(2002)では、社会的比較が概念的に他者を含むため、他者を意識する傾向である 公的自己意識特性との関連はあるはずとの前提から、これらの関連を予測的に導き出した。そして、こ の関連を示す結果に対し、高田(1994)は周囲の他者への依存、外山(2002)は相互協調的自己観の要 因から説明を試みている。つまり、これらの説明は、文化差の視点でこの相関関係を解釈したといえる。 社会的比較は他者を必要とするため、他者に観察されやすい公的自己意識特性と関連しているのは直 感的にも理解できる。しかし、この関連は、比較他者を自己評価の基準として考える Festinger(1954) の理論から直接導くことはできない。たしかに、Festinger(1954)の理論だけで予測が不可能である という理由を鑑みれば、文化差による説明も有力である。しかし、社会的比較傾向と公的自己意識特 性の関連は、オランダやアメリカのサンプルでも確認されている(Gibbons & Buunk, 1999)。少なくと もこの関連をもって、日本などの相互協調的自己観が優勢な文化圏でのみ特異的であるという説明が、 Festinger(1954)の社会的比較過程理論を修正するだけの根拠とはなりえない。 そこで、社会的比較傾向と公的自己意識特性の関係を説明するため、文化心理的要因とは異なる説明 が必要であると考える。この説明は、直感的な理解とは異なり、社会的比較傾向と公的自己意識特性の 関連が起きないとする主張を導き出し、それを否定する実証知見が得られた場合に新たな説明の可能性 を提示する推論で行われる。この説明の仕方は背理法ではあるが、社会的比較傾向と公的自己意識特性 の関係を Festinger(1954)の社会的比較過程理論の理論内部から解釈するには必要であると考える。 Festinger(1954)の社会的比較過程理論によれば、比較の目的は、環境に対する自己の不明確さを減 少させることである。たとえば、自分が川の向こう岸まで泳いで渡れるかどうかを知るために、泳ぐ能 力を他者と比較することなどである。この際、自分が向こう岸まで渡れる能力があるか否かは、実際に 泳ぐ自分にだけ分かればよい。つまり、比較によって明らかになる能力は“自分に対してのみ”明らか になればいいのである。つまり、Festinger(1954)の社会的比較過程理論における他者との比較は、意 見や能力の個人的な査定の側面が強調されるのである。 ここから、もし、社会的比較が自己の意見や能力を“自分に対してのみ”明らかにするだけであれば、 私的自己意識特性と社会的比較傾向に関連があったとしても、公的自己意識特性との関連は観察されな いはずである。または、少なくとも私的自己意識との関連よりは弱いことが予測される。なぜなら、自 己の意見や能力を“自ら”が知るにあたって、他者は自己評価の手がかりとしての価値しかなく、他者 がどのように自己に対して評価していたとしても、それは社会的比較傾向とは無関係だからである。こ の他者からの自己に対する評価は、公的自己意識特性における他者の目を気にすることに相当する。 それに対して、もし、社会的比較が公的自己意識特性と関連しているのであれば、それは社会的比較 による評価が“自分に対してのみ”明らかにするものではない、という可能性を示唆する。つまり、社 会的比較による自己評価が市場的価値を持つという大久保(2009)の指摘にあるように、社会的比較に おける自己評価は、周囲の他者に対する自己呈示として機能しているのである。 本研究の解釈は、他者の目を気にすることにより、社会的比較における自己評価が個人的評価から社会的評価となることを主張する。この解釈は、他者を内包する相互協調的自己観を前提とするよりも、 シンプルな自己概念で社会的比較傾向と公的自己意識特性の関連を説明できる。さらには、個人的評価 と社会的評価の水準を区別できる視点は、社会的比較過程理論の発展には有用であると考える。 本研究による解釈はあくまで解釈のひとつに過ぎない。しかし、Festinger(1954)の社会的比較過程 理論を中心とした理論展開を考える上では、このような観点から社会的比較による自己評価を検討する ことも必要であると考える。 注 ⅰ 本研究は、平成 25 年度東洋大学井上円了記念研究助成を受けて行われた。 ⅱ 高田(1994)は、比較をどのくらいの頻度でするのか(4段階のリッカート法の1項目)で社会的比較傾向を尋ねた。 ⅲ 高田(1994)は、岩淵・田淵・中里・田中(1981)によって作成された自己意識尺度を用いた。それに対し、外
山(2002)は Fenigstein, Scheier, & Buss(1975)を独自に邦訳した尺度を用いた。
ⅳ 尺度の因子分析の結果は外山(2002)の結果と類似しており、“私は自分と同じ状況にいる他の人がどのように 対処するのかを、知りたいと常々思っている”などの項目で複数の因子に負荷の高い項目が存在した。しかし、 本研究では、あくまで Gibbons & Buunk(1999)の主張に基づき、11 項目の合計値のみを分析に用いた。 ⅴ 未回答部分が参加者によって異なるため、N は同一の値になるとは限らない。
引用文献
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東洋大学人間科学総合研究所紀要 第 17 号(2015)Wood, J. V. (1996). What is social comparison and how should we study it? Personality and Social Psychology Bulletin, 22, 520-537.
付録.邦訳した社会的比較尺度(Gibbons & Buunk, 1999)
1 .私は、自分の大切な人(家族、恋人など)のやっている事と、他人のやっている事を比べることが よくある。 2.自分のやり方が他人と比べてどうなっているのか、かなり注意を払っている。 3 .自分がどの程度うまく出来たかを知りたい場合、それを他の人がどのくらい上手く出来たかと比べ ることが多い。 4 .自分が社会的にどれほどうまくやっているのか(たとえば人付き合いや他者からの人気)を、他人 と比べることが多い。 5.私は自分と他人を比べない。 6.自分が成し遂げてきたことに関して、他人とよく比べる。 7.私は、お互いの意見や経験について、他の人と話をしたいと思うことが多い。 8.自分と同じような問題を抱えている人が何を考えているのかを知ろうとすることがよくある。 9.私は自分と同じ状況にいる他の人がどのように対処するのかを、知りたいと常々思っている。 10.何かについてもっと知りたい時、私は他の人がそれについてどう考えているのか知ろうとする。 11.自分の置かれている状況について考えるとき、他人と比べることはしない。 注).項目1から6が能力比較項目、項目7から 11 が意見比較項目である。
【Abstract】
The relationship between social comparison orientations and self-consciousness
OKUBO Nobutoshi*・SHIMODA Shunsuke**・SUZUKI Tomohiro***
This study investigated the relationship between social comparison orientations and self-consciousness. One hundred fifty students filled out the questionnaire contained the Iowa-Netherlands Comparison Orientation Measure (Gibbons & Buunk, 1999) and self-consciousness scale (Sugawara, 1984). Results showed that positive correlation between the social comparison orientations and public self-consciousness, which is consistent with previous findings. These results were discussed in terms of classic theory of social comparison, not so cultural differences.
Keywords: Social comparison, public self-consciousness, private self-consciousness, cultural differences, self-evaluation
本研究は、社会的比較傾向と自己意識特性の関連を実証的に検討した。Gibbons & Buunk (1999) によって作成さ れた社会的比較傾向尺度と、菅原 (1984) によって作成された自意識尺度を用いて、大学生・専門学校生を対象に調 査を行った。その結果、先行研究と同様に、社会的比較傾向と公的自己意識特性の関連が確認された。この結果に対し、 これまでの文化心理的要因による説明とは異なり、Festinger (1945) の社会的比較過程理論を展開させる方向の解 釈を行った。
キーワード:社会的比較、公的自己意識、私的自己意識、文化差、自己評価
* A visiting member of the Institute of Human Sciences at Toyo University
** A young grant-aided researchers of the Institute of Human Sciences at Toyo University *** A lecturer in the School of Child Psychology at Tokyo Future University