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1.調査の経緯
(1)調査の概要 平成28年9月1日、分子細胞生物学研究所(以下「分生研」という。)の教授1名の計7報の論文につき匿名 の申立てを受理した。 同年9月20日、科学研究行動規範委員会(以下「規範委員会」という。)が調査委員会を設置し、同年10月 13日、調査委員会は、分生研所長に対し部局調査を依頼した。部局内調査班による部局調査報告書は、平 成29年1月25日付で、調査委員会に提出された。 調査委員会は、部局内調査報告を受けさらなる調査を行い、その後、規範委員会が、調査委員会の調査結 果を踏まえ、平成29年5月31日に裁定を確定し、通知を行った。 (2)調査期間等 調査期間:平成28年10月13日~平成29年5月31日 委員会の開催:規範委員会 計5回 平成28年9月14日~平成29年5月31日 調査委員会 計15回 平成28年10月13日~平成29年5月15日 主な調査資料等: ・部局調査で収集した資料 ・論文の共著者から提出を受けた文書 ・調査委員会が指示した事項に関する部局からの回答 ・雑誌社に対する質問とこれに対する回答 ・ヒアリング(対象研究者、その他) 2.調査事項 申立者の指摘する図等について、「捏造」「改ざん」があったかの調査を行った。 申立者の指摘事項以外にも、調査の過程で「捏造」「改ざん」が疑われるものがあった場合には、その調査 も行った。 3.調査結果 (1)申立者の指摘事項 申立者の指摘内容は、次のようなものである。 (ア) 画像の不自然さ 申立書の指摘事項(例); ・異なる条件にも関わらず、非常によく似た画像(同一画像の使い回し) ・ウェスタンブロットの背景が均一化(閾値の過剰操作あるいは塗りつぶしで背景が均一に) ・切り貼りされ、縁の奇妙な画像(酵母培養ディッシュ) ・部分的に階調を変更した画像(酵母培養ディッシュ) ・一部のみシグナル強度の最大値が制限 ・ゲル画像(申立書ではウェスタンブロット像とされている)に、不自然な線2 (イ)グラフの不自然さ 申立書の指摘事項(例); ・棒グラフの縦軸が違うにも関わらず同一の大きさ(高さ)となっている。 ・同一画像が使い回しされているが、グラフでは SD 値が異なっている。 ・奇妙で粗雑なグラフの作り 同じ値・誤差の使い回し。棒グラフで塗りつぶされた箱と思われたものが、一本の太い直線であったり白 い箱の積み重ねである。エラーバーが斜め、横、串刺しなど、様々な形態を取る。 ・SD 値が数学的にあり得る値を超えている。 (2)不正行為を認定した図(申立者の指摘にないものも含む。) (1)で指摘された内容について、「捏造」「改ざん」があったかの調査を行った結果、以下のとおり、画像の加 工等において不正行為が認められたほか、申立者の指摘事項以外にも「捏造」「改ざん」にあたる図のあること が判明した。 なお、対象図の指摘の中で、「論文 W-b」等の表記の示すものは、後記(4)捏造・改ざんを認定した論文一 覧を参照されたい。 ① 実験が行われていないにもかかわらずあたかも実験が行われたかのようにグラフが作成されているも の(申立者の指摘にはないもの) 論文1報(対象図:1図)について「捏造」と認定した 対象図:論文 W-c:Fig.3A 当該図には12のグラフがあるが、うち2つのグラフについて、実験が行われていないにもかかわらずあた かも実験が行われたかのようにグラフが作成されている事実が判明した。 実験が行われていないにもかかわらず実験を行ったかのような結果を示すグラフを論文に投稿したことは、 「存在しないデータその他の研究結果等を作成すること」すなわち「捏造」にあたる。 グラフの1つについては、グラフ上にデータがないように見え(グラフⅰ)、もう1つは、グラフ上には微小な 数値が存在するように見える(グラフⅱ)。グラフの元データが入力された Microsoft Excel ファイルを確認す ると、ⅰについてはデータがなく、ⅱについては、実験を行っていないにもかかわらず、平均値の欄にデー タが存在した(誤差の欄には存在しなかった)。しかしながら、このデータを誰が入力したかの特定はできな かった。 渡邊嘉典氏(以下、「渡邊氏」)は、データがないように見えるグラフについては、単なる「N.D.(Not Determined)」(「実験を実施していない」との意味)の記入漏れであると述べ、データがあるように見えるグラ フについては実験を行ったものと思っていた旨の弁明を行った。 グラフ作成経緯を調査したところ、当該グラフは、2回の実験結果をもとに作成された2つのグラフを1つ にまとめたもので、その結果、実験を行っていないグラフ欄が2か所生じたものであった。実験担当者は、合 体したのは渡邊氏の指示によると述べ、渡邊氏はこれを否定しているが、実験担当者は当時大学院学生 (博士課程)であり、独自の判断でグラフを合体したとは考えられず、渡邊氏の指示によるものと認めた。渡
3 邊氏が、その際に実験を行っていないグラフ欄が生じることを認識しなかったはずはなく、また、渡邊氏のい うように、グラフⅰについて単なる「N.D.」の記入漏れであるとも考え難い。 渡邊氏は、実験を行っていない虚偽のグラフであることを承知の上で本件論文に掲載し投稿したもので あり、仮に実験を行っていないことを認識しておらず、あるいは認識していたが「N.D.」の記入を失念したと すれば、そのこと自体に著しい注意義務の懈怠があったものと考えられる。 ② 例示写真(画像)に用いた酵母株が、定量に用いた株と異なっているもの(論文にはその旨の記 載はなく、同一株による結果であるかのように読める。申立者の指摘にはないもの) 論文1報(対象図:2図)について「捏造」と認定した 対象図:論文 W-b:Fig.2e,3d 定量に用いた酵母株と論文の例示写真に用いた株の遺伝的バックグラウンドが異なる事実が判明した。 遺伝的バックグラウンドが異なる株を用いた場合には、例示写真は、実際に行った実験とは全く別の実験 の結果を示すものとなる。にもかかわらず、実際の実験が例示写真が示す株を用いて行われたかのように 論文に示す行為は、「存在しない研究結果」を作成したものとして「捏造」にあたる。
実験担当者は、当時修士課程にあった大学院生である。同人は、当初、mCherry-atb1(tubulin)を発現 させておらず、spindle が可視化されていない株(「定量株」)で定量を行った。定量結果をまとめた後、 mCherry-atb1(tubulin)を発現させた別の酵母株ができた(「画像株」)。この株の方が例示する上ではわか りやすいという理由から、渡邊氏は同人に対し、画像株を用いた写真の撮影を指示し、これを論文の例示 写真として用いた。 渡邊氏は、画像株ができた後、再定量をしたものと思っていた旨弁明している。 しかしながら、調査の結果、渡邊氏が実験担当者に再定量の指示をした事実は認められなかった。 渡邊氏が、修士課程に在籍していた大学院生に明確に再定量を指示せず、また、再定量の結果を確認 しようともしなかったことからは、定量株と画像株とが異なることを十分に認識しながら、責任著者として本件 論文の投稿を行ったものと考えられる。仮にその認識がなかったとしても、渡邊氏が再定量を指示せず、再 定量の結果を確認しようともしなかった以上、渡邊氏には少なくとも著しい注意義務の懈怠があったと考えら れる。 ③ 異なる標本処理及び画像取得条件で取得された画像が比較されているもの(申立者の指摘事項に はないもの) 論文1報(対象図:3図)について「捏造」と認定した 対象図:論文 W-g:Fig.2C,S13C,S15A 論文において比較された2ないし3の画像が、異なる撮影条件で取得されている事実が判明した。 異なる標本処理を行った、あるいは異なる条件下で取得した画像について、その旨明示することなく比較 し論じることは、不正行為と評価せざるを得ない。異なる条件下で取得したものを比較した場合には、同じ 条件下で取得したものを比較する場合と異なり、取得条件を変えることにより実験者が望む恣意的な結論を 導くことが可能となる。そのような方法で導かれた結論については、科学的な正しさが確保されていないと言
4 わざるを得ないが、それにもかかわらず、正しい方法で導かれた研究成果であるかのように公表することは、 研究者コミュニティの正常な科学的コミュニケーションを妨げる行為となる。 この行為は、同じ条件下で取得した画像を比較した場合には得られない研究成果、すなわち「存在しな い研究成果」を作成したものとして、「捏造」にあたる。 定量と代表画像の撮影を行ったのは丹野悠司氏(以下「丹野氏」)である。丹野氏は、本件論文の筆頭著 者である上に、実験当時、助教という立場にあり、論文執筆や画像取得に関し、専門家として十分な知識を 有していると考えられる立場にあったのであり、捏造という不正行為を行ったものと評価するのが相当であ る。 他方渡邊氏については、画像の取得条件が異なることについてどの程度認識していたかは調査でも明ら かにできなかったが、渡邊氏が丹野氏に対し、実験方法や画像取得に関し積極的な指示、指導を行ってい たこと等に鑑みれば、捏造に関与していると考えられ、少なくとも責任著者として著しい注意義務の懈怠が あったと考え、捏造を行ったものと認定した。 渡邊氏については、本調査の結果、他の論文においても論文の図の最終仕上げをし、その時点で、論 文のメッセージに沿うような不適切な画像処理を行っていた事実が認められている。また、研究室において は、画像に関する考え方も含め渡邊氏の強い指導がなされ、所属研究者がその指導に否とは言いにくい 実態、あるいは渡邊氏の誤った作図姿勢に所属研究者らが疑問を抱けないような実態が存した事実も認め られた。 そのような背景を考慮すると、本件論文にかかる捏造についての渡邊氏の責任は決して小さくないものと 考える。 ④ 画像の加工 論文4報(対象図:7 図)について、「改ざん」と認定した 対象図:論文 W-b:Fig.4a 論文 W-e:Fig.3e,3g(CAP-H),5a,S16(Actin) 論文 W-f:Fig.2A 論文 W-g:Fig.S8A 論文に投稿する画像の「加工」については、論文執筆上必要となる場面が当然に存在し、一般にも許容 されている。元の画像が薄すぎる場合に、論文に掲載して確認できるレベルまで均一に強調したり、あるい は、読者にわかりやすいよう、見やすく加工するなどの行為である。他方で、過剰な加工は、出版社の投稿 規程のみならず、研究者間の共通の認識としても、一般に行うべきではない不適切な行為と認識されてい る。 不適切な加工が行われている場合に、どの程度の加工をもって、不正行為としての改ざんと評価するか は非常に難しい問題であり、一般にも評価が分かれるところと思われる。現在研究者間に存在するのは投 稿する際の規範(行為規範)であり、どのような加工が不正行為にあたるかを示す評価規範ではないとの問 題意識も存する。 どのような場合が「改ざん」にあたるのかについての判断枠組みとしては、①バンドの消去のような極端な 加工については、データを根本的に「有」から「無」に変更するもので、不正行為としての改ざんにあたるも のと考えるが、②そこまでの極端な加工は行われていない場合についても、オリジナルデータと本件論文へ
5 の投稿画像を解析することにより、実際に行われた加工の方法や内容・程度を確認し、その結果失われた 情報の多寡と重要性、加工を行った作業者の意図(作業から推測される意図)などを総合的に考慮して、不 正行為か否かの評価を行った。 以上の判断枠組みに従い、本件で調査対象とした論文の図のうち、顕微鏡以外の画像加工について、 評価検討した結論を述べると、まず、①比較対象となるバンドやスポット等が消去されており、「改ざん」にあ たるというべきものが存した。 次に、②消去が行われるまでの加工は行われていないが不適切な加工が行われている図もいくつか認 められたが、これについては、不適切な加工ではあるが、改ざんにはあたらないと判断した。 その結果、以下のとおり、論文4報(対象図としては 7 図)について、「改ざん」があったと認定した。これら の図においては、例えば大幅にコントラストを上げた上で背景全体に一定値を加えて白くなくするという二 重の加工がなされていたものもあった。 改ざんを認定した図 (ア)対象図:論文 W-b:Fig.4a 当該図の HP1αの画像について、過度なコントラスト調整に加えて、背景全体に一定値を加えて白くな いようにするという処理が加えられている。そのような加工の結果、IgG レーンに存在する薄いバンドが目視 では視認できないほど、ほぼ完全に消されている。このように、バンドを消去するという過度の画像処理は、 消されたバンドの有無が論文の結論に影響を及ぼすか否かにかかわらず、「改ざん」にあたる。 この改ざんにあたる画像処理を実験担当者が行ったのか、渡邊氏が行ったのかは、調査の結果特定す るには至らなかった。 しかしながら、渡邊氏が自ら改ざんにあたる画像処理を行ったのではないとしても、渡邊氏は、当時修士 課程の学生であった実験担当者を指導する立場にあり論文投稿の責任者であったこと、そもそも渡邊氏の 画像処理に対する認識の甘さ、倫理意識の欠如が、改ざんされた画像投稿という行為の根本にあるとも考 えられること等から、本件論文に改ざんされた画像を投稿したことに関し、渡邊氏に研究者として著しい注 意義務懈怠があったことは明白であると考えた。 したがって、渡邊氏については「改ざん」を行ったものと認定した。 (イ)対象図:論文 W-e:Fig.3e,3g(CAP-H),5a,S16(Actin) 過度なコントラスト調整に加えて、背景全体に一定値を加えて白くないようにするという処理が加えられて おり、そのような加工の結果、元データ画像に存在していた弱いバンドが、原稿画像において消去されてい る事実が判明した。 これらは、バンドを消去するという過度の画像処理であり、上述の判断枠組みによって評価すると、消さ れたバンドの有無が論文の結論に影響を及ぼすか否かにかかわらず、「改ざん」にあたる。 Fig.3g、S16 については、実験担当者は当初、バンドの消去されていない画像を作成して PowerPoint を用 いて研究室内で報告をしており(「研究室発表用ファイル」)、論文投稿画像とバンド消去された画像を作成 したのは渡邊氏と認められる。 これに対し、Fig.3e、5a については、研究室発表用ファイルの段階ですでに実験担当者によってバンドが 消去されていた。実験担当者は、それぞれ、当時修士課程に在籍する学生、博士課程に在籍する学生で
6 あった。いずれも論文執筆の方法等について専門家として十分な知識を有していたとはいいがたく、両人と も、研究室における指導・教育の結果、非特異的なバンドは消去しても構わないという誤った認識を有し、こ の誤った認識に基づきバンドを消去するような画像処理を行ったと認められる。 これに対し、渡邊氏は、他の画像では自ら消去処理を行っており、非特異のバンドは消去しても構わない という研究室内の雰囲気を作出していたこと、Fig.3e、5a についても、最終的に投稿画像を作成したのは渡 邊氏であること、実験担当者はそれぞれ当時修士課程、博士課程に在籍する学生であったことなどをふま えると、実験担当者がバンド消去した事実を認識していたか、認識していなかったとしても、著しい注意義務 の懈怠があったと認められる。 したがって、いずれの画像についても、渡邊氏が「改ざん」を行ったものと認定した。 (ウ)対象図:論文 W-f:Fig.2A eso1+/AcPsm3 のパネルについては、ぼかし処理及び背景全体を白くなくする処理が行われており、そ の結果、原稿画像では、2hr と 6hr のレーンに存在する薄いバンドが消去されている上に、7hr のレーンのバ ンドが大きく減弱されている(なお、さらに上下反転・左右反転したものが論文図に使用されていた。)。 ぼかし処理及び背景処理を行うことにより、オリジナルデータ(画像)においては視認できたバンドを投稿 画像では視認できない状態にするという過度の画像処理は、上述の判断枠組みによって評価すると、消さ れたバンドの有無が論文の結論に影響を及ぼすか否かにかかわらず、「改ざん」にあたる。 渡邊氏は、この図に関する画像処理を行っており、渡邊氏がこの図に関する「改ざん」を行ったものと認 定した。 (エ)対象図:論文 W-g:Fig.S8A 元データとして提出を受けた画像では、抗‐H3K9me3S10ph 抗体への反応を示す弱いスポットが視認で きるが、コントラスト、最大濃度の極端な調整や、背景処理の結果、原稿画像では、これが消去されている。 このような画像処理は、上述の判断枠組みによって評価すると、消されたスポットの有無が論文の結論に 影響を及ぼすか否かにかかわらず、「改ざん」にあたる。 画像作成に丹野氏が関与していることは明らかであるが、丹野氏はぼかし処理には関与していない。ま た、丹野氏がスポットの消去という画像処理自体を行ったことを認めるに足る資料や陳述もない。 しかしながら、丹野氏は実験担当者、同論文の筆頭著者であり、かつ、実験当時すでに助教という立場 にあった。自ら行った処理でなくとも、研究室発表用ファイルや論文投稿図においてスポットが消去されて いることは当然認識していたと推認するのが相当であり、仮に認識していなかったとすれば研究者として著 しい注意義務の懈怠があったものと言わざるを得ない。 他方、渡邊氏がスポット消去という画像処理を行ったということを認めるに足る資料や陳述もない。しかし ながら、渡邊氏は、丹野氏から本件論文の実験や画像内容について相談を受けて方針について指導をお こなっており、また少なくとも投稿画像におけるぼかし処理については自ら行ったことを認めている。したが って、投稿画像においてスポットが消去されている事実について認識していた可能性は高い。また、仮に認 識していなくとも、これを認識せずに改ざんされた画像を用いた論文の投稿を行ったことについては研究者 として著しい注意義務の懈怠があったものと考えられる。
7 したがって、丹野氏及び渡邊氏が「改ざん」を行ったものと認定した。 ⑤顕微鏡画像の加工 論文1報(対象図:3図)について「改ざん」と認定した 対象図:論文 W-g:Fig.S11F、S12B、S8B 論文図では、比較した2つの画像のシグナル強度に大きな差異が見られるが、提出された元画像を同一 条件で表示したところ、両群においてシグナルに大きな差はみられず、論文の図作成時に意図的に片方の 群のみシグナル強度を操作した事実が認められた。 シグナル強度など異なる条件下で取得した結果を論文中で使用すること自体は、これをすぐに不正と評 価することはできないが、異なる条件下で取得した結果について、それを明示することなく厳密な意味で比 較を行うことは、不正と評価せざるを得ない。異なる条件下で取得したものを比較した場合には、同じ条件 下で取得したものの比較と異なり、実験者が望む恣意的な結論を導くことが可能となり、このような行為が論 文の結論に影響を与える可能性が大いに考えられるためである。 少なくとも下記3つの図については、同一画像処理を行った場合は導きだせない結論を、異なる画像処 理を行うことにより敢えて導き出しているものであって、このような画像処理は「改ざん」にあたる。 Fig.S11F は、相対的な強度を比較しているものであり、強度の処理が適切でなければ本文の結論を導き 得ない。 S12B についても、integrity(染色体完全性)に関係する実験とされており、これも比較が重要な実験であ る。明るさや強度の処理が適切でなければ論文の結論は出せないものと考えられる。 S8B は、信号強度を比較している実験であり、これも強度の処理が適切でないと結論が出せないものであ る。 定量と代表画像の撮影を行ったのは丹野氏であるが、シグナル補正等の画像処理に関しては渡邊氏も 行った可能性があり、図になされたすべての画像処理を丹野氏が行ったとは認められない。 しかしながら、丹野氏は、本件論文の筆頭著者であり、当時助教という立場にあり、論文執筆や画像取 得に関し、専門家として十分な知識を有していると考えられる立場にあったのであり、すべての画像処理を 自ら行ったものではないとしても、投稿された論文の画像に関しこれをチェックすべきであり、丹野氏は自ら 改ざんを行ったか、そうでないとしても改ざんされた画像の投稿を用いた論文の投稿に関しては、著しい注 意義務の懈怠があったと考える。 渡邊氏については、撮影条件が異なることについてどの程度認識していたかは調査でも明らかにできな かったが、渡邊氏は、実験及び撮影条件を丹野氏とディスカッションしたり、丹野氏に対し実験後に画像を 追加するよう指示したりするなど、実験方法や画像取得に関し積極的な指示・指導を行っていた事実が認 められる。これらの事実に鑑みれば、渡邊氏は、改ざんに関与したと考えるのが相当であり、少なくとも、改 ざんされた画像を用いた論文の投稿に関しては、責任著者として著しい注意義務の懈怠があったと考える。 渡邊氏については、本調査の結果、他の論文においても論文の図の最終仕上げをし、その時点で、論文 のメッセージに沿うような不適切な画像処理を行っていた事実が認められている。また、研究室においては、 画像に関する考え方も含め渡邊氏の強い指導がなされ、所属研究者がその指導に否とは言いにくい実態、 あるいは渡邊氏の誤った作図姿勢に所属研究者らが疑問を抱けないような実態が存した事実も認められる。 そのような背景を考慮すると、本対象図の作成についての渡邊氏の責任は決して小さくないものと考えられ る。
8 したがって、渡邊氏及び丹野氏が「改ざん」を行ったものと認定した。 (3)申立書におけるその他の指摘事項について ①画像処理について (2)で指摘したもの以外に、改ざんにあたるとまで評価できる画像処理は存しなかった。 ②指摘されたグラフについて グラフの不自然さについては、申立者が指摘するとおり、オリジナルデータを正確に反映しないグラフが 複数確認された。 いずれもオリジナルデータは存在しており、グラフがどの程度不正確かという点と、不正確となった原因を 調査した。 その結果、原因は、医学系研究科関係の調査結果と同様に、パソコンのソフトの限界によるもの、あるい はトレースミスという単なる不注意によるものであり、不正確な作図が故意に行われた事実はなかった。 不注意による場合であっても、グラフの不正確さが重大なものであれば、グラフ作成過程でこれに気がつ かなかったことに著しい注意義務の懈怠があったとして、改ざんと言わざるを得ない場合もあると考えられ る。 しかし、本件においては、論文のグラフに認められたずれ(不正確さ)は、いずれも重大なものとはいえず、 グラフ作成過程において著しい注意義務の懈怠があったとは認められなかった。 したがって、本件において、申立者の指摘するグラフに関しては、改ざんはない。
9 No. 論文タイトル 不正認定 された図 不正行為を 行った者 当時 所属 当 時 職 名 渡邊研究室 在籍歴 不 正 行 為 の 内 容 投稿 日 Accep ted 被 引 用 回 数 論文 W-b Nature 2008;455(7210):251-5 Heterochromatin links to centromeric protection by recruiting shugoshin. Fig.2e Fig.3d 渡邊 嘉典 (責任著者) 東京大 学分生 研 教 授 2004.5.16- 教授 捏 造 2008/ 4/8 2008/ 6/27 98 Fig.4a 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 上記のとお り 改 ざ ん 論文 W-c Science 2010;330(6001):239-43. Two histone marks establish the inner centromere and chromosome bi-orientation. Fig.3A 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 上記のとお り 捏 造 2010/ 6/30 2010/ 8/17 184 論文 W-e Nature 2011;474(7352):477-83. Condensin association with histone H2A shapes mitotic chromosomes. Fig.3e Fig.3g (CAP-H) Fig.5a Fig.S16 (Actin) 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 上記のとお り 改 ざ ん 2010/ 12/28 2011/ 5/11 97 論文 W-f EMBO Rep. 2011;12(11):1189-95. Acetylation regulates monopolar attachment at multiple levels during meiosis I in fission yeast.
Fig.2A 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 上記のとお り 改 ざ ん 2011/ 2/13 2011/ 8/26 10 論文 W-g Science 2015;349(6253):1237-40. The inner centromere-shugoshin network prevents chromosomal instability. Fig.2C Fig.S13C Fig.S15A 丹野 悠司 (筆頭著者) 〃 助 教 2008.4~ (2008.4-20 10.3 学振 特別研究員 2010.4.1- 助教) 捏 造 2014/ 11/10 2015/ 8/5 12 Fig.S8A Fig.S11F Fig.S12B Fig.S8B 丹野 悠司 (筆頭著者) 〃 助 教 上記のとお り 改 ざ ん Fig.2C Fig.S13C Fig.S15A 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 2004.5.16- 教授 捏 造 Fig.S8A Fig.S11F Fig.S12B Fig.S8B 渡邊 嘉典 (責任著者) 〃 教 授 上記のとお り 改 ざ ん (4)捏造・改ざんを認定した論文一覧
10 (5)本件の特徴 規範委員会は、分生研の次の者について、不正行為を行ったものと認定した。 渡邊E わ た な べ AAE嘉E よ し AAE 典E の り A 氏、AE丹野E た ん の AAE悠司E ゆ う じ A 氏 丹野氏は、渡邊氏の主宰する研究室に所属していた研究者(論文公表時は助教)である。 渡邊研究室には、次のような特徴がみられた。これが不正行為の背景となったと考えられる。 ①実験ノートの不備 渡邊研究室においては、実験ノートの作成や保存がほとんど教育されていなかったという実態が存した。 渡邊研究室に所属する研究者ら(以下、「所属研究者」)らは、週に1回開催される「仕事セミナー」に提出する 「研究室発表用ファイル」(PowerPoint ファイル。渡邊研究室内では「仕事セミナーファイル」等とも呼ばれてい る)を「実験ノート」と認識しており、渡邊研究室ではこれをプリントアウトしたものを保管していた。しかしながら、 研究室発表用ファイルに貼りつけられた画像等は既に加工後のものである場合も少なくなく、一般的な実験ノ ートとは異なり、実験の記録としては不十分なものであった。 ②研究室においては改ざんとまではいえない不適切な加工が常態化していたと評価せざるを得ない実態 が存在した。 渡邊氏自らが画像の不適切な加工を行い、所属研究者に対しても、論文のメッセージ性を高めるために加 工は積極的に行わなければならないというような誤った指導・教育を行っていた実態も存した。 所属研究者は、研究室に所属した当初はそのような方針に違和感を覚えても、研究室に所属する以上はそ の方針に従うべきと思わされ、倫理意識が希薄になっていたというような実態や、あるいは論文を発表してもら うためにはその方針に従った画像を提出せざるを得なかったという状況が存した。さらに、そのような研究室の 環境の中で、渡邊氏の意識に従い、渡邊氏に提出画像を否定される前に自ら画像加工等を行って、渡邊氏 に提出する所属研究者も存した。 ③倫理セミナーの軽視 分生研の開催する倫理セミナーでは、過度の加工についての一般的な問題点が何度も指導・教育されて いたが、渡邊氏は、倫理セミナーでの指摘を真摯に受け止めていなかった。 ④渡邊氏による強い指導体制 本件において渡邊氏以外で不正行為を行ったとされた研究者に関しては、渡邊氏の誤った教育・指導によ るいわば犠牲者としての側面も有する。実験時において助教であった以上は、一研究者として既に自立して いるものと考えられ、捏造、改ざんの不正行為を行った者としての責任は免れないと考えられるものの、学生で あったころから渡邊氏の指導・教育を受け続けたために正常な倫理意識を持ち得なかった結果であることを考 えると、その悪質度は低く、むしろ渡邊氏の責任が重大である。 4.再発防止策 (1)これまでの不正防止策
11 東京大学としては、旧加藤研の研究不正事案を踏まえ、これまで平成26年3月に制定した「研究倫理アク ションプラン」に基づき、研究倫理意識を醸成するための体制整備、啓発活動、学生への教育、研究者への研 修等を実施してきた。また、平成28年1月には、「国立大学法人東京大学における研究活動上の不正行為の 防止に関する規則」を制定し、最高責任者(総長)、統括管理責任者(研究担当理事)、部局責任者(部局長) を規定し、管理責任体制の明確化を図るとともに、「国立大学法人東京大学における研究資料等の保存に関 する指針」を定め、研究資料の保存期間について、原則として、文書、数値データ、画像などの研究資料は、 10年間、試料や標本などの有体物であれば、5年間とすることを規定したところである。 また、分生研は、平成25年度から年に3回程度、研究倫理セミナーを開催し、研究所内の全研究者に出席 を義務づけていた。また、平成26年1月以降、論文発表時の論文の生データの登録とチェックリストの提出と いう不正防止策を講じていた。その後もチェックリストを必要に応じて改訂するなどしていた。 旧加藤研での研究不正事案を踏まえた大学及び分生研の再発防止の取組は、このような倫理意識、問題 意識が欠如した者を必ずしも想定していなかったところであり、このことに鑑み、学術研究の信頼性を回復す べく、今回の事案について検証を行い、大学、分生研として今回のようなケースにも対応した新たな再発防止 策を検討することが必須であると思料するところである。 (2)不正防止策 分生研からは、今回の結果を踏まえ、以下の再発防止策が提出された。 Ⅰ 不正対策の強化(「研究推進室」の設置) 現「研究不正対策室」(※)を「研究推進室」と改め、体制を強化(専属の複数名の URA や、専門的知識 を有する助教、技術職員などを配置)の上、新たに第三者的立場から実験データの実質的なチェックを行う とともに、研究室単位の閉鎖的環境を取り払うため、以下の取組を行う。 <新たな取組> 1.論文投稿生データと論文データとを照合しチェックする。 2.論文投稿前に画像データを専用ソフトによりスキャンし、スキャン結果に基づいて画像処理につい て評価、コメントする。 3.データ解析を始め論文データ、内容についての相談に応じる(特に情報処理、適切な統計手法な どについてのアドバイス) 4.統計処理、定量的実験技法の教育コースを企画する。 ※ 「研究不正対策室」は、加藤茂明元教授による研究不正事案を受けて平成25年4月に設置し、6 名の体制の下、①研究不正の通報・相談窓口の設置、②全所員の研究不正防止にかかる教育活 動、③論文生データの保管管理(データベース登録、投稿チェックリスト等)、④所内における不正 発生要因の把握並びに防止計画の策定、進捗管理、⑤全所での交流会、発表会など所員の交流 促進といった対策を推進 Ⅱ 研究所運営の改善(外部委員会の設置) 新たに著名な外国人研究者4名、日本人研究者3名からなる「分生研 Advisory Council」を設置。研究所 運営(リスクマネージメント、研究不正策のモニタリングなど)に外部からの意見を適切に反映する。