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戦略的創造研究推進事業 CREST
研究領域
「エネルギー高効率利用のための相界面科学」
研究課題「エネルギー変換計算科学による
相界面光誘起素過程の設計」
研究終了報告書
研究期間 平成24年10月~平成30年 3月
研究代表者:山下 晃一
(
東京大学大学院工学系研究科 教授
)
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§1 研究実施の概要
(1)実施概要 太陽光エネルギーの利用拡大のカギを握る技術を“相界面光誘起素過程”の観点からとらえ、 各技術で求められる相界面光誘起素過程の制御と最適化について理論化学・計算化学先導 により研究を行った。相界面における光誘起素過程として『エキシトンの生成と解離』、また『生 成したキャリアの緩和過程』に注目し、電子構造論・反応論に基づいた分子レベルの基礎学理 を確立し、さらに超高速計算に基づく計算科学と実験実証により高効率光エネルギー変換に 向けた高機能相界面を探索・創出することを目的とし,具体的に有機薄膜太陽電池、ペロブス カイト太陽電池と水分解光触媒を取り上げ、研究を推進した。 有機薄膜太陽電池に関して「エキシトンの生成と解離」の観点から、まず山下、村岡グルー プの理論計算によりドナー/アクセプター有機材料界面において、エキシトンが非局在した分 子軌道間に光生成され、光誘起双極子モーメントが大きくなることで、短絡電流密度お よび変換効率が大きくなることを見出した。このことによりまたエキシトン解離が hot process で進行しうるのではと考え、山下グループによる大規模理論計算に基づいて hot process の電荷分離経路を理論的に解明し、hot process がエキシトン解離の主経路である ことを大北、辨天グループによる過渡吸収実験から実証した。本結果は光電流生成に関 する学理でありながら、光起電力を増大するノンフラーレン系アクセプター分子の設計 指針を新たに見出すことに発展した。さらに、nm から数十 nm における相分離構造が光 電流生成に与える影響について、山下グループによる粗視化 Monte Carlo 法と大北、辨 天グループによる電流計測原子間力顕微鏡観察により p/n 接合界面では正孔輸送性が低 く電子受容分子が正孔輸送を阻害していることを明らかにした。また第一原理計算によ って、分子を炭素-炭素三重結合で高次元化し、π 共役系を広げることにより、分子の分極率 が大きくしうることを見出し、高効率化に向けた材料設計への指針を与えることができた。 2009 年に発表されたペロブスカイト型太陽電池は高効率太陽電池の有力な候補として考え られているが、創電メカニズムは不明である。そこで、山下グループはペロブスカイト型太陽電 池の基礎学理を構築した。まず多体摂動論によって電子‐フォノン相互作用を取り扱い、ぺロ ブスカイト型太陽電池材料の「光生成キャリア緩和のメカニズム」を明らかにした。また第一原理 分子動力学計算により電子構造の時間変化を追跡し、VBM, CBM の波動関数が時々刻々、 空間的に隔たって局在する様子を見出した。このことが有機無機ペロブスカイトの電子的特性 である、「光生成キャリアの再結合」が抑制される要因ではないかと考えられる。一方、久保グル ープは有機金属ペロブスカイトを用いたハイブリッド構造体の構築と構造評価を行い、 様々なペロブスカイト層の諸物性と粒界構造との比較検討が可能であることを見出した。 水分解光触媒に関しては、まず可視光応答可能な触媒材料として有望な(GaN)1-x–(ZnO)x 混晶系のエキシトン生成過程について研究を進めた。山下グループは第一原理計算に基づき、 Zn-N 結合による可視光吸収機構を提唱し、廣瀬グループは反応性パルスレーザー堆積法や スパッタリング法により高品質な単結晶薄膜を合成し、分光測定を用いて理論計算の検証を行 った。さらに水分解光触媒の有力な材料と期待されている d0 型・d10型の化合物半導体につい て、電子構造および結晶構造と化合物固有のキャリア緩和の関連を理論的に予測することによ り高効率水分解光触媒材料の探索に重要な指針を得、廣瀬グループによる光触媒 SrTaO2N のキャリア輸送特性と光励起キャリアダイナミクスの解明へと展開した。 以上、相界面における光エネルギー変換素過程を解明するためのモデリング、シミュレーシ ョン技術を開発し、高効率エネルギー変換デバイスに向けた材料設計へ貢献できたと考える。- 3 - (2)顕著な成果 <優れた基礎研究としての成果> 1. 概要: 有機薄膜界面におけるエキシトン解離は、緩和 CT 状態からの電荷分離として Marcus の古典 的電子移動理論の応用として理解されることが多かった。しかし、本チームは、エキシトン解離 過程では緩和 CT 状態からの自由電荷生成(cool process)よりも非緩和 CT 状態からキャリアが 緩和せずに超高速に自由電荷生成する過程(hot process)が主経路であると理論実験の両面 から明らかにした(投稿準備中)。さらに,超高速な hot process が主経路であるため,太陽電池 効率に光電変換初期の光吸収時の物性値が強く相関することを示した。この光吸収物性は、材 料設計指針をより具体的に応用するための指針になると考えられる顕著な業績である。 発表論文
Mikiya Fujii, Woong Shin, Takuma Yasuda, and Koichi Yamashita, “Photo-absorbing Charge-bridging States in Organic Bulk Heterojunctions Consisting of Diketopyrrolopyrrole Derivatives and PCBM”, Physical Chemistry Chemical Physics, vol. 18, pp.9514 - 9523, 2016.
2. 概要: 電流計測原子間力顕微鏡(C-AFM)により P3HT/PF12TBT ブレンド膜の p/n 接合界面 を数十 nm の空間分解能で可視化することに成功した。その結果、P3HT 単一膜に近い正 孔輸送性を示す P3HT ドメインの中心部に比べ、p/n 接合界面では正孔輸送性は著しく低 く、PF12TBT が正孔輸送を阻害していることが示唆された。また、熱処理の初期には P3HT ドメイン全体で正孔輸送性が向上し、その後 P3HT ドメイン中心部では正孔輸送 性がさらに向上するものの界面付近では低下することを初めて明らかにした。 発表論文
Miki Osaka, Hiroaki Benten, Hideo Ohkita, Shinzaburo Ito, "Intermixed Donor/Acceptor Region in Conjugated Polymer Blends Visualized by Conductive Atomic Microscopy", Macromolecules, 50[4], 1618–1625 (2017). 3 概要: ポリマーの粗視化シミュレーション法を開発し、界面相分離構造を明らかにした。 レピテーションモデルによって高分子とフラーレンの相分離をシミュレートし、アニ ーリングがドメインサイズとモルフォロジーに与える影響を明らかにした。また、 Dynamic Monte Carlo 法によって、励起子拡散、電荷分離、電荷輸送をシミュレートし、 相分離構造が光電変換効率へ与える影響を明らかにした。
発表論文
Eisuke Kawashima, Mikiya Fujii, Koichi Yamashita, "Thermal effect on the morphology and performance of organic photovoltaics", Phys. Chem. Chem. Phys., 18[38], 26456–26465 (2016).
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§2 研究実施体制
(1)研究チームの体制について ①「山下」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 山下 晃一 東京大学大学院 工学研究科 教授 H24.10~ 牛山 浩 同上 准教授 H24.10~ 三嶋 謙二 同上 主幹研究員 H24.10~H28.3 藤井 幹也 同上 助教 H24.10~H29.8 村岡 梓 同上 特任研究員 H24.10~H28.3 Giorgi Giacomo 同上 特任研究員 H24.10~H27.12 城野 亮太 同上 特任研究員 H24.10~H28.3 田村 宏之 同上 特任准教授 H28.6~ Pradeep R. Varadwaj 同上 特任研究員 H28.4~ Arpita Varadwaj 同上 学術支援職員 H28.4~ 西村 亮彦 同上 大学院生(博士) H24.10~ 川嶋 英祐 同上 大学院生(博士) H26.4~ 金子 正徳 同上 大学院生(博士) H26.4~ 三瓶 則子 同上 技術補佐員 H25.4~ 畑 智行 同上 大学院生(博士) H25.4~H29.3 久保 綾子 同上 大学院生(博士) H25.4~ 今村 友信 同上 大学院生(修士) H27.4~ 入口 広紀 同上 大学院生(修士) H27.4~H29.3 倉橋 駿介 同上 大学院生(修士) H27.4~H29.3 児玉 涼介 同上 大学院生(修士) H27.4~H29.3 幸田 奨平 同上 大学院生(修士) H28.4~ 伊藤 嘉宏 同上 大学院生(修士) H28.4~ 石田 宗一郎 同上 大学院生(修士) H28.4~ 水野 花春 同上 大学院生(修士) H28.4~ 浦谷 浩輝 同上 大学院生(修士) H28.4~ 三澤 奈々 同上 大学院生(修士) H28.4~ 河合 宏樹 同上 大学院生(博士) H25.4~H27.3 国定 友隆 同上 大学院生(博士) H24.10~H27.3 黒木 彩香 同上 大学院生(博士) H24.10~H27.9 渡部 絵里子 同上 大学院生(博士) H24.10~H28.3 永野 智也 同上 大学院生(修士) H24.10~H25.3 下田 裕平 同上 大学院生(修士) H24.10~H29.3 椿山 健太 同上 大学院生(修士) H25.4~H29.3 祖毋井 諒 同上 大学院生(修士) H25.4~H29.3 星野 聖良 同上 大学院生(修士) H25.4~H29.3 水上 範貴 同上 大学院生(修士) H25.4~H29.3 金田一 麟平 同上 大学院生(修士) H26.4~H29.3 宗像 亮 同上 大学院生(修士) H27.4~H29.3 品川 幾 同上 大学院生(修士) H26.4~H29.3- 5 - 研究項目 ・ 有機系太陽電池のエキシトン・ダイナミックス ・有機系太陽電池のナノスケール・モルフォロジー ・光触媒相界面におけるエキシトン・ダイナミクスとバンドエンジニアリングの設計制御 ②「久保」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 久保貴哉 東京大学先端科学技術 研究センター 特任教授 H25.10~ 王 海濱 同上 特任研究員 H25.10~ 実平義隆 同上 特任研究員 H25.10~H26.3 研究項目 ・有機系太陽電池における遷移金属酸化物表面構造の設計と材料探索 ③「伊藤・大北」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 伊藤 紳三郎 京都大学大学院 工学研究科 教授 H24.10~H28.3 大北 英生 同上 教授 H24.10~ 辨天 宏明 同上 助教 H24.10~H28.7 玉井 康成 同上 助教 H28.11~ 玉井 康成 同上 特定研究員 H26.6~H27.7 研究項目 ・有機半導体界面における電荷対再結合機構の解明 ・有機半導体界ヘテロ接合界面における電荷生成機構の解明 ・共役高分子薄膜における電荷輸送ナノ構造の解明 ④「辨天」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 辨天 宏明 奈良先端科学技術大学院 大学物質創成科学研究科 准教授 H28.8~ 天住 聖子 奈良先端科学技術大学院 大学物質創成科学研究科 派遣職員 H29.9~ 研究項目 ・ 新規 Acceptor 材料の半導体特性評価 ・ 有機薄膜太陽電池の性能評価 ・ Conductive-AFM による界面光電子機能の解明 ⑤「廣瀬」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 廣瀬 靖 東京大学大学院 准教授 H24.10~
- 6 - 理学系研究科 長谷川 哲也 同上 教授 H24.10~ 近松 彰 同上 助教 H24.10~ 佐野 真人 同上 CREST研究員 H25.4~ Motaneeyachart Vitchaphol 同上 大学院生(博士) H28.10~ 藤原 聡士 同上 大学院生(修士) H28.4~ 柏 尚輝 同上 大学院生(修士) H27.4~H29.3 山崎 崇範 同上 大学院生(修士) H26.4~H28.3 鈴木 温 同上 大学院生(博士) H24.10~H28.3 福村 知昭 同上 准教授 H24.10~H27.3 岡 大地 同上 大学院生(修士) H24.10~H27.3 Thantip S. Krasienapibal 同上 大学院生(博士) H24.10~H27.3 高橋 純平 同上 大学院生(修士) H25.4~H27.3 朴 瑛玉 同上 大学院生(博士) H24.10~H26.3 渡部 愛理 同上 大学院生(博士) H24.10~H26.3 相澤 和樹 同上 大学院生(修士) H24.10~H25.3 島本 憲太 同上 大学院生(修士) H24.10~H25.3 沈 希 同上 大学院生(修士) H24.10~H25.3 研究項目 ・遷移金属酸化物光触媒材料のエピタキシャル薄膜の合成方法の確立 ⑥「村岡」グループ 研究参加者 氏名 所属 役職 参加時期 村岡 梓 日本女子大学 理学部 講師 H27.4~ 研究項目 ・ 有機薄膜太陽電池のエキシトン・ダイナミクスのため量子化学計算 ・ ポリマー/フラーレン有機薄膜太陽電池 D/A 界面における電荷移動 ・ フラーレン型有機薄膜太陽電池と、ノンフラーレン型有機薄膜太陽電池の自由電子キャリア生成メ カニズムの比較 ・ 種々の F 置換ドナー分子の電子カップリングの比較 (2)国内外の研究者や産業界等との連携によるネットワーク形成の状況について ・ ハイブリッド材料の界面物性を、複素インピーダンス法などの変調分光を活用して調べる ために、Juan Bisquert教授(Universitat Jaume I, Spain)とも連携して研究を実施 ・ 民間企業から、酸化物-窒化物混晶薄膜の光触媒特性評価について問合せを受けた ・ 筑波大学 関場大一郎講師と酸窒化物半導体エピタキシャル薄膜のアニオン組成分析
に関する共同研究を実施
・ 電気通信大学 沈青准教授(CREST相界面領域 早瀬チーム)と酸窒化物半導体エピタ キシャル薄膜の光励起キャリアダイナミクス測定に関する共同研究を実施
- 7 - ・ 東京工業大学 前田和彦准教授と酸窒化物半導体エピタキシャル薄膜の光電極特性に 関する共同研究を実施
§3 研究実施内容及び成果
3.1 有機系太陽電池のエキシトン・ダイナミックスとナノスケール・モルフォロジー (東京大学 山下グループ) (1)研究実施内容及び成果 太陽光エネルギーの利用拡大のカギを握る技術を“相界面光誘起素過程”の観点からとらえ、 各技術で求められる相界面光誘起素過程の制御と最適化について理論化学・計算化学先導によ り研究を行っていた。相界面における光誘起素過程として『エキシトンの生成と解離』、また『生成し たキャリアの緩和過程』に注目し、電子構造論・反応論に基づいた分子レベルの基礎学理を確立 した。 【有機薄膜太陽電池】 1.有機系太陽電池のエキシトン・ダイナミックス 有機薄膜太陽電池のキャリア再結合を防ぐには、エ キシトン解離した後に電子や正孔といったキャリア が緩和せずに,再結合に至る反応経路上を系が進行し ないことが重要である.有機薄膜太陽電池の効率を左 右する分子パラメータとその制御による高効率化を 理論的に提案し、実験的に実証することを目指し、理 論・実験の両面から研究を進めた。 本チームは、電子が非局在分子軌道に光励起され光 誘起双極子モーメントが大きくなることで、短絡電流 密度および変換効率が大きくなることを見出した。こ れはエキシトン解離が hot process で起きているため と考えられる(図 1 参照)。そこで、本チームでは大規 模理論計算により hot process の電荷分離経路を理論 的に解明し、hot process がエキシトン解離の主経路であることを過渡吸収実験から実証した。 本結果は光電流生成に関する学理でありながら、光起電力を増大する分子設計指針を新た に見出すことに繋がった。さらに、nm から数十 nm における相分離構造が光電流生成に与 える影響について、粗視化 Monte Carlo 法と電流計測原子間力顕微鏡により p/n 接合界面で は正孔輸送性が低く電子受容分子が正孔輸送を阻害していることを明らかにした。 山下グループの理論研究と大北・辨天グループの実験研究と共同で、電子ドナーである P3AT の側鎖長と側鎖位置規則性(Regioregularity)が効率に与える影響を解析した。山下グル ープでは、P3AT の側鎖長および側鎖位置規則性の変化が薄膜中の P3AT の主鎖構造や、P3AT と電子アクセプター(PCBM)間距離、P3AT マトリックス中の PCBM の凝集度を変化させ、 その結果、電荷移動状態のエネルギーおよび電荷再結合の反応速度定数が変化することを 通して光電変換効率が変化すると理論的に提案している。対応する大北・辨天グループの 実験では P3AT の側鎖長や側鎖位置規則性によりヘテロ界面における分子形状や分子集合 体のモルフォロジーが変化するため、再結合速度が変化することを実証しており、再結合 におけるエネルギーギャップ則を実証した。 2. 高誘電率ポリマーの理論的設計 これまでの分子の分極率の第一原理計算で、チオフェン系分子を炭素-炭素三重結合で高次 元化し、π 共役系を広げることにより、分子の分極率が大きくなり、比誘電率も従来のドナー分子で ある P3HT に比べて向上することを見出した(新規分子 mol9)。側鎖がない場合に比べて、側鎖が 図 1 Hot process の概念図- 8 - 図2.粗視化シミュレーシ ョンによる界面相分離構 造の予測 存在することにより、分子間空間が満たされることにより、誘電率が増加することがわかった。また、 アルキル側鎖に比べて、トリエチレングリコールモノエチル側鎖を持つ新規分子は、より大きな誘電 率を持つことを見出した。これは、トリエチレングリコールモノエチル側鎖が、より分極しやすい側鎖 であるために、分子全体の分極率が増加し、誘電率も増加するためである。これらのことにより、分 極率の大きな高次元ポリマーと側鎖とを組み合わせることによって、電子と正孔の再結合が効率的 に抑制され、直接電荷移動の効率が増大し、太陽電池効率が向上することが期待できる。現在、こ れら理論的に設計した高次元ポリマーの合成について実験 G と検討中である。 3. 粗視化シミュレーションによる光電変換過程の解明 本チームはこれまでにポリマーの粗視化シミュレーションに よって界面相分離構造を明らかにしている。レピテーションモ デルによって高分子とフラーレンの相分離をシミュレートし、 アニールによるドメインの成長、およびモルフォロジーの温度 依存性を理論的に明らかにし,モルフォロジーが温度で制御可 能であることを示した。また、Dynamic Monte Carlo 法によっ て、励起子拡散、電荷分離、電荷輸送をシミュレートすること で相分離構造が光電変換効率へ与える影響を検討し、明電流が モルフォロジーに依存することを明らかにした。また,過渡吸 収分光のシミュレーションにより、アニーリング温度が高いと 解離する励起子の数は少ないが、電荷の再結合が抑制されるこ とが明らかとなった。レプテーションと DMC の結果から、最適 なアニーリング温度が存在することを理論的に示した。さらに グラフアルゴリズムによるモルフォロジーの定量評価を行い、 エントロピーによって自由エネルギーが減少し、正孔‒電子距 離 6 nm 程度にバリアがあることを明らかにした.また,バ リアが低いと電荷分離効率が向上することを初めて明らかに した。 4.ドナー/アクセプター相界面の構造と電子励起状態 有機 n 型半導体である PCBM と有機 p 型半導体である RR-P3HT からなる界面を原子レベ ルからモデル化した.現実の P3HT/PCBM 混合系は有機分子固体であり化学結合による結晶 ではないため,アモルファス化していることが考えられ,分子動力学計算を用いて, Bilayer(BL)界面と intermix(IM)界面の双方を構築した(それぞれ,図3の(a)と(b),周期境界 条件,約 1 万原子系).次にこの界面のうち重要である部分(それぞれ,図3の(a)と(b)の濃い 原子)を P3HT が 5 本と PCBM が 12 個分である 1486 原子セットに分割し,それぞれの 1486 原子セットに対して半経験的分子軌道法 PM3 を基本とする配置換相互作用計算 CIS 法を用 いて電子励起状態を求めた・特に,ホットプロセスにおいて機能すると考えられる超高励 起電子状態まで計算して,電荷分離機構を解析した。
- 9 - 図3 分子動力学計算(周期境界条件,1 万原子系)によって作成した Bilayer(BL)界面(a)と intermix(IM)界面(b).それぞれの構造のうち濃い部分が励起状態計算を行った部分構造 図4には,電子励起状態計算で求めた各状態において,電子正孔間距離に対する電子励 起エネルギーに溶質および溶媒の再配向エネルギーを加味したエネルギーを示した。この 図から,P3HT の吸収帯である約 2〜3 eV のエネルギー帯において電子と正孔が解離可能な 電子状態間の遷移パスがあることがわかる。 図4 電子励起状態における電子正孔間距離と構造再配向後のエネルギー.インセットには, クールプロセスにおける電荷分離の様子を,電子密度および正孔密度によって示した。 図4では 2 eV 程度のエネルギーで 40 Å まで電子と正孔が解離できることがわかる。しか し,溶質および溶媒の再配向エネルギーを加味しないと電子正孔間距離は十分に伸びるこ とができない。つまり,電子励起状態間の遷移として電荷分離過程を考察すると,電子と 正孔が離れるのにともなって,その電子状態の変化に起因する構造再配向が決定的に重要 であることがわかった。 5.ノンフラーレン・アクセプターの検討 フラーレン・アクセプターが光吸収に寄与しないのに対し、ペリレンビスイミド誘導体 などのノンフラーレン・アクセプターは可視光の吸収効率が高く、ドナー層とアクセプタ ー層の双方での光吸収が可能である。このため、短絡電流の飛躍的増大に有効と期待でき る。これまでに、ペリレンビスイミド誘導体の化学修飾によって開放電圧を増加させるた めの設計指針を提案している。現在、高いエネルギー変換効率を実現するためのノンフラ ーレン・アクセプターの理論設計を推進しており、大北・辨天 G で実験的な検証を行う。
- 10 - 【ペロブスカイト型太陽電池】 2009 年に宮坂らにより初めて導入された有機無機ペロブスカイト材料を用いた太陽電池は、こ の6年間で約5倍の変換効率向上を示し、太陽光発電分野にブレークスルーをもたらした。しかし その創電メカニズムは不明である。そこで、山下グループはペロブスカイト型太陽電池の基礎学理 を構築した。 1.光誘起キャリアの緩和過程 まず密度汎関数多体摂動論によって電子‐フォノン相互作用を取り扱い、ペロブスカイト材料の バンド内緩和過程について理論的研究を行った。長寿命なホットホールの存在が実験的に報告さ れている APbI3(A=MA, Cs)におけるキャリア緩和のメカニズムについて考察し、CsPbI3及び PbI3-骨格のバンド構造及びキャリア寿命の計算結果を比較した結果、価電子帯上端付近の状態密度 が小さいことがホットホールの長寿命化をもたらすことを解明した。さらに A サイトカチオンを変化さ せた場合も状態密度に大きな変化はないことから、寿命の長いホットホールが APbI3に一般的にみ られる可能性を示唆した。 2.ペロブスカイト型太陽電池におけるヒステリシス MAPbX3有機無機ペロブスカイトの高効率化/実用化の阻害要因のひとつとして電流―電圧曲線 における大きなヒステリシスが指摘されている。そのようなヒステリシス効果の原因についての結論 は未だ与えられていないが、理由の一つとして、電場印加に応答する永久双極子モーメントをもつ 有機カチオンの運動が、重要な役割を果たすのではないかと考えられる。したがって、ヒステリシス のないデバイスを組み立てるためには、非常に小さな双極子モーメント(理想的にはゼロデバイの 双極子モーメント)と、PbI3-空孔とマッチするサイズをもつ有機カチオンを用いることが理想的であ る。そこで第一原理計算手法によって、ゼロに近い双極子モーメントをもつかさ高い有機カチオン を含む鉛ヨウ素系ペロブスカイトの熱力学的安定性と電子特性について調べた。ホルムアミジン (FA=+HN(CH3)2)とグアニジニウム(GA=+N(CH3)3)によって形成される半導体化合物、FA1-xGAxPbI3、 の物性に着目し、それらが Goldschmidt のトレランスファクターを満たし、太陽光発電に向けた、ヒ ステリシスのないデバイスの有望な候補としての電子特性をもつことを見出した。 3.脱鉛ペロブスカイト型太陽電池の探索 高効率な太陽電池として大きく注目を集めているペロブスカイト型太陽電池であるが、実用化に は環境面から Pb を使用しないことが望ましい。Pb を Ge、Sn で完全に置き換える、あるいは一部置き 換えて Pb の量を減少させる等が考えられるが、我々は MAPbI3の Pb を、周期表の両隣に位置する 原子で異原子価交換(Aliovalent イオン対)する方法を提案した。それらの理論的に設計された 材料、特に Tl と Bi によって置き換えた MTBI (MATl0.5Bi0.5I3) は、バンドギャップ、キャリアの換算 有効質量の観点からも MAPbX3とほぼ同等の電子特性が期待できる。 4.有機無機ペロブスカイト・ナノクラスター構造のモデル化 最近、有機無機ペロブスカイトのナノワイヤ、ナノロッド、ナノ結晶といたナノ構造に興味がもたれ ている。これらのナノ構造では、より長いキャリア寿命、よりシャープなエキシトン吸収等が観測され ている。そこで有機無機ペロブスカイトのナノクラスターのモデル化を検討した。MA54Pb27I108 (567 原子)、MA84Pb45I174 (891 原子)、MA93Pb60I213 (1017 原子)を取り上げ、それぞれについて第一原 理分子動力学計算を行い、電子構造の変化を時間追跡した。メチルアンモニウム各々の方向変化 に伴い、時々刻々局所的静電ポテンシャルが変化し、図6に示すように VBM, CBM が空間的に隔た って局在する様子が見られた。このことが有機無機ペロブスカイトの電子的特性である、光誘起キ ャリアの Recombination が抑制される要因ではないかと考えている。
- 11 - 図6 MA54Pb27I108クラスターの VBM と CBM の 2.05ps におけるスナップショット 【水分解光触媒】 1.(GaN)1-x–(ZnO)x混晶系のバンドギャップの構造的要因 (GaN)1-x–(ZnO)x混晶系は可視光照射下で水の全分解反応を起こす材料として世界的に注目さ れているが、GaN 及び ZnO はワイドギャップ半導体であり、固溶による可視光応答の発現機構は明 らかでなかった。そこで密度汎関数法及び多体摂動論を用いて、バンドギャップ及びバンドベンデ ィングと固溶体構造との関係を調べ、ZnO を GaN にドープすることで、伝導帯下端の低下と価電子 帯上端の上昇とによってバンドギャップが縮小し、価電子帯上端は空間的に局在した N 2p – Zn 3d からなる反結合性軌道であり、そのエネルギーは結晶中の Zn-N 結合量と結合長によって支配され ることを世界に先駆けて明らかにした。さらに低バンドギャップ化の主要因と考えられる ZnN 結合に 由来するラマンスペクトルを理論予測し、エピタキシャル成長させた(GaN)1-x–(ZnO)x混晶薄膜のラ マン分光測定による実証実験により、光触媒材料の高効率化のための酸窒化物半導体のバンド エンジニアリングを提案した。またバンド端位置とバンドベンディングの理論計算の結果から酸素生 成反応の電子論的機構を明らかにし、光触媒反応機構について重要な示唆を与えることに成功し た。 2.Ta 系ペロブスカイト型酸窒化物光触媒のキャリア拡散 BaTaO2N は価電子帯上端・伝導体下端が水の酸化還元電位を挟む上に可視光応答に適した バンドギャップを持つため注目されている。これまでの実験で犠牲試薬下での水素生成お よび酸素生成反応が確認されており、水全分解反応の達成には主にキャリア拡散に関する 物性の改善が必要であると考えられる。そこで、ペロブスカイト型酸窒化物のアニオン原 子の配列に注目し、第一原理計算に基づくキャリア緩和時間の計算によって、BaTaO2N の構 造とキャリア拡散特性の関係を調べた。BaTaO2N のキャリア緩和はおよそ 10~100 fs 程度 のスケールで起こり、trans 型と cis 型の結果を比較すると、特に価電子帯上端近傍でキャ リアの緩和時間が大きく異なることが明らかになった(図7)。BaTaO2N の伝導帯下端、価 電子帯上端を構成する軌道はそれぞれ Ta の 5d 軌道、O および N の 2p 軌道であることから、 アニオンの原子配列がキャリア拡散に影響を与えることが明らかになった。以上の計算結 果は、廣瀬グループによる d0型酸窒化物光触媒 SrTaO2N のキャリア輸送特性と光励起キャ リアダイナミクスの実験的検証へ展開した。
- 12 - 3.d1型水分解光触媒 SrNbO3のバンド構造 ペロブスカイト構造をとる SrNbO3は導電性を持ちつつ水分解触媒活性を持つことが実 験的に確認され,移動度を維持したキャリア生成が期待されている。そこで,第一原理的 にバンド端位置および光の吸収スペクトルを計算することで,光触媒活性に寄与するエネ ルギーギャップを検討し,さらに Sr 欠陥・カチオン置換によるエネルギーギャップへの影 響を調べた。欠陥のない理想的なバルク構造では,3 つのバンド B-1,CB,B1が存在し,そ れぞれ主に O(p),Nb(d),Sr(d)/Nb(d)によって構成されることが分かった.誘電関数の虚 部をバンド間毎に計算すると,SrNbO3 の 1.9 eV 付近の光学ギャップは CB→B1によることが 分かった。 以上の計算結果を廣瀬グループへ展開連携し、d1型光触媒 SrNbO3の可視光吸 収メカニズムの解明へ繋げた。
- 13 - 3.2 有機半導体界面における電荷分離・再結合過程の分光学的解明 (京都大学 大北グループ) (1)研究実施内容及び成果 ・有機半導体界面における電荷対再結合の解明 バルクヘテロ接合型有機薄膜太陽電池の中でも最も 良く研究されており、比較的優れた光電変換効率を示 す poly(3-hexylthiophene) (P3HT)と C60フラーレン誘導 体 (PCBM)系をベンチマークとし、これを主たる研究対 象に位置づけ、高効率光電変換を実現しうる構造的、 エネルギー的要因の究明を行った。 まず、共役高分子とフラーレンとの界面で形成される 電荷移動(CT)状態からの電荷再結合過程の解明に取 り 組 ん だ 。 Regiorandom poly(3-alkylthiophene) (RRa-P3AT)を電子ドナーに用い、PCBM の分散濃度 を系統的に変化させた RRa-P3AT/PCBM ブレンド薄膜 に対して CT 発光、CT 寿命測定を行った。図 1 は CT 状態からの電荷再結合速度(krec)を CT のエネルギー準 位(ECT)に対してプロットした結果であり、krecは ECTの 増加に対して指数関数的に減少することを明らかにし た。これは krecが式(1)で記述されるエネルギーギャップ 則にしたがうことを示すものである。 krec = exp(ECT) (1) また、krecが温度依存性を示さないことを明らかにした。 以上の結果から、電荷対再結合過程は、Marcus の古 典的な熱活性型の電子移動理論にはしたがわず、分 子内振動モードを介して量子力学的トンネル効果に基 づき、基底状態ポテンシャルへ遷移する機構であると 結論づけた。 次に、実際のデバイスに用いられている様々な電子 ドナー性共役高分子を対象に krecと ECTを評価したとこ ろ、いずれも式(1)で記述できた。このことは、われわれ が提案した機構が、共役高分子/PCBM 界面での電荷 対再結合に広く当てはまることを意味している(図 2)。 さらに、低分子ドナーと低分子アクセプターの CT 錯 体において報告されている krecの値と比較したところ、 共役高分子/PCBM ブレンド系における krecの値は 1000 倍程度小さいことがわかった(図 3)。これは共役高分 子/PCBM 界面で正孔と電子がともに非局在化している ことに起因すると考えられる。 そこで、電荷の非局在化と krecとの関係を検証し、電 荷対再結合を抑制するための構造的要因の抽出に取 り組んだ。ドナー材料に共役高分子を、アクセプター材 料に共役系のサイズが異なる 3 種の低分子(TCNQ, NDI, PCBM)を用いて krecと ECTを評価した。図 4 の破 線で示すように、ドナー材料の種類にかかわらず、同 一のアクセプター分子内では、いずれもエネルギーギャップ則が成り立つ。一方で、異なるアクセ プター分子間で krecの値を比較すると、共役系のサイズが大きくなるにしたがい、TCNQ 系に比べ 図 1. krecの ECT依存性 図 2. RRa-P3AT/PCBM 界面におけ る krecの ECT依存性。 図 3. Polymer/PCBM 界面における krecの ECT依存性。△は低分子 D, A の CT 錯体系における結果。
- 14 - 図 4. (a) アクセプター材料の分子構 造と(b) krecの ECT依存性。(c) 量子化学 計算により可視化した界面 CT 状態の 正孔・電子密度分布。 図 5. 予想される二つの自由電荷生 成経路。Hot process 経由での自由電 荷生成が支配的であることを分光学 的手法により示した。 て NDI 系では 1 桁、PCBM 系では 2 桁以上減少し ており、電子の非局在化の促進によって電荷対再 結合が抑制できることを明らかにした。さらに、山下 G との連携により、CT 状態と基底状態との電子カッ プリング 強度 を計 算した結 果 、 TCNQ 系に比べ PCBM 系では、2 桁以上減少していることがわかっ た。このように、電荷の非局在化と電子カップリング 強度とのつながりを明確にし、界面 CT 状態からの 電荷対再結合の抑制に必要な構造的要因を特定 するに至った。 ・有機半導体ヘテロ接合界面における電荷生成機 構の解明 山下 G の量子化学計算により、自由電荷生成経 路として、緩和した CT 状態からの電荷解離(cool process)と、非緩和の高エネルギーCT 状態からの 超高速電荷分離(hot process)が提案されている (図 5)。伊藤 G では、これら二つの経路を経て 生成する自由電荷を実験的に区別し、各経路から の自由電荷生成量を評価した。その結果、hot process が自由電荷の主たる生成経路であること を見出した。特に、極めて高いエネルギー変換効 率を示すいくつかの共役高分子と PCBM の組み合 わせに対しては、自由電荷の 90%以上が hot process 経由で超高速に生成しており、界面 CT 状態からの 再結合により基底状態へと失活する電荷対成分はわ ずか数%であることを明らかにした。 非緩和 CT 状態のダイナミクスをさらに詳細に 調べるため、CT 吸収帯を直接励起して過渡吸収 測定を行った。通常のドナー材料励起とは異なり CT 状態を直接光励起することで CT 余剰エネル ギーを系統的に変化させることができ、CT 状態 の解離効率と余剰エネルギーの関係を定量評価 することができる。RRa-P3HT/PCBM ブレンド系 について CT 吸収帯を直接励起して過渡吸収測定 を行ったところ、ポリマーの一重項励起子に由来する吸収は観測されず、代わりに励起直 後から電荷に帰属される吸収が確認された。次にポリマー吸収帯から CT 吸収帯まで励起波 長を変えながら CT の解離効率を評価し たところ、解離効率は余剰エネルギーの 大小にはあまり依存せず、わずかな余剰 エネルギーがあれば自由電荷へと解離 することがわかった。フラーレン組成の 増加とともに解離効率も増加すること から、フラーレンクラスターなどの凝集 構造が電荷解離に寄与していると考え られる。 次に、非フラーレン型高分子太陽電池 における光電変換素過程を明らかにす 図 6. P3HT/PF12TBT ブレンド膜における相分 離界面構造の模式図。PF12TBT ドメイン純度の 向上と P3HT 結晶性の増加により電荷対再結合 が抑制され、自由電荷生成効率が増加する。
- 15 - 図 7. 構造因子を明らかにするため通常のバルクヘテロジャンクション構造で はなく、平面ヘテロ接合多層積層膜を用いて測定した。 るため、高効率全高分子型薄膜太陽電池に着目した。Regioregular P3HT をドナー材料に、フル オレン共重合体(PF12TBT)をアクセプター材料に用いたブレンド膜に対して過渡吸収分光測定を 行い、デバイス特性を決定づける要因が自由電荷生成効率であることを特定した。また、熱アニー ルをすることで、PF12TBT ドメイン内の純度が向上し、P3HT 鎖の秩序構造(結晶性)形成が進行 する結果、電荷対再結合が抑制され、自由電荷生成効率が増加することを明らかにした。さ らに、熱アニールにより最適化した素子においては、相分離界面における自由電荷生成効率が 70%に達することを明らかにし、共役高分子の相分離膜が光電変換材料として高い能力を有 することを実証した。エネルギー変換効率を向上するためには、相分離構造が次の 3 要件を同 時に満たす必要があることを示し、これを実現するための方法として PF12TBT の高分子量化を提 案した。 1. 相分離ドメインサイズが励起子拡散長と同程度(10 nm)である 2. 相分離ドメイン内の純度が高い 3. 高分子鎖の秩序構造(結晶性)が高い 全高分子型薄膜太陽電池における電荷分離・再結合機構を支配する構造因子についてさらに 詳しく検討するため、PTQ1(非晶性ドナー)と N2200(結晶性アクセプター)から成る平面ヘテロ 接合多層積層膜を用いて過渡吸収測定を行った。これによりドメインサイズの影響を排除 して議論することが可能となる。ここではアクセプター材料の結晶性の影響に注目するた め、製膜条件を適宜調整することにより高結晶性 N2200 膜と低結晶性 N2200 膜を作り分け、 種々の界面構造の多層膜を作製した。これらの多層積層膜について過渡吸収測定を行った 結果、高結晶性 N2200 積層膜では 75%の CT 励起子が hot process により解離するのに対し、 低結晶性積層膜では hot process の効率は 50%まで低下した。以上の結果から、hot process には膜の結晶性およびそれにともなう電荷の非局在化が重要であると考えられる。
非フラーレン型高分子太陽電池としてペリレンジイミド(PDI)誘導体を用いたブレンド 膜についても電荷生成機構の検討を行った。特に、自由電荷生成過程における電荷の非局在 化の効果について着目した。非晶性ドナー高分子として PTQ1 を用いた。アクセプター材料 には、図 8 に示すような、PDI-C9, PDI-Ph, PDI-mBz-PDI を用いた。これらのアクセプター は、①PDI-C9 と PDI-Ph でかさ高い置換基による凝集形態の変化の効果を、②PDI-Ph と PDI-mBz-PDI で多量体化の効果を検討するために用いた。
PDI-C9 薄膜において、分子間での π–π 相互作用に起因する吸収のブロードニングが観測 された。一方、他の二つのアクセプターではこのようなブロードニングは見られなかった。 また、自由電荷生成効率は図 8 に示す順に大きくなった。これらの結果から、①かさ高い 置換基により凝集を抑制し、アクセプター分子間での強い相互作用を抑えること、②多量
- 16 - PDI-C9 27% PDI-Ph 36% PDI-mBz-PDI 63% 図 8. 使用した PDI 系アクセプターの構造式と、PTQ1 とのブ レンド膜における自由電荷生成効率。 体化によりドナー/アクセプター界面でのπ 共役系を広げ、電子を非局在化させることの 2 点が、自由電荷生成効率を向上させる要因であることが示唆された。 ・共役高分子薄膜における電荷輸送ナノ構造の解明 電流計測原子間力顕微鏡(C-AFM)の測定技術を用いることで、 regioregular-P3HT (RR-P3HT) 薄膜のミクロな正孔輸送特性とそ の空間分布を 20 nm の分解能で可視化することに成功した。溶 媒にクロロホルムを用いて作製した RR-P3HT 薄膜(図 9a)に対し て、オルトジクロロベンゼンを用いて作製した薄膜(図 9b)に は、平均サイズが 80–100 nm の高導電性ナノドメインが形成され ていることがわかった。このように、製膜溶媒や熱アニール条件 の違いに依存して、P3HT 薄膜のマクロな正孔輸送特性が異なる 原因を、P3HT 微結晶の成長による高導電性ナノドメインの形成 に結び付けて議論できるようになった。 次に、アクセプター性共役高分子薄膜の電子輸送特性を電流 計測原子間力顕微鏡(C-AFM)測定により評価するため、種々の 電子注入電極を検討した。その結果、高分子電解質である polyethyleneimine ethoxylated (PEIE)を Indium–tin-oxide (ITO) 電極上にコートすることで、大気中においても安定な電子注入電 極を実現し、ナノメートルの空間分解能で電子輸送特性を評価 することに成功した。さらにこの測定手法を共役高分子ブレンド 系に展開し、相分離薄膜が有する電子輸送ネットワーク構造の 評価を可能にした(図 10)。よって、共役高分子ブレンド薄膜に 対して正孔、電子輸送特性の両方をナノスケールで評価するこ とが可能となった。 以上の測定技術を駆使することにより、高い正孔移動度を有する P3HT や高い電子移動度を有 する N2200 を対象とし、高効率電荷輸送を担う薄膜の微細構造を電流計測原子間力顕微鏡 (C-AFM)により明らかにした(図 11a)。さらに、P3HT/N2200 ブレンド薄膜系へと研究を展開するこ とで、D/A 相分離膜に固有の正孔・電子両輸送構造を数十 nm の空間分解能で可視化することに 世界で初めて成功した。この成果により、これまでは推定するしかなかったバルクへテロ接合構造 の特徴をナノスケールでの実像観察に基づき議論できるようになった。 図 9. (a)クロロホルム溶 液、(b)オルトジクロロベン ゼ ン 溶 液 よ り 製 膜 し た RR-P3HT 薄膜の C-AFM 電 流像。黒丸は高導電性ナノ ドメイン。
- 17 - 図 11. (a) N2200 の分子構造と薄膜 の電子輸送構造。(b) P3HT/N2200 ブ レンド薄膜が有する電子輸送ネット ワーク構造。 図 10. C-AFM により評価した D/A ブレン ド薄膜の表面凹凸像(a)と電子電流像(b)、 各像における断面プロファイル(c)。相分離 の山部分が電子輸送経路として機能してい ることがわかる。
- 18 - 図4. ドナー/アクセプタ相分離界面の導 電特性を可視化し、太陽電池性能(FF)との 相関を示した。 3.3.非フラーレン型電子アクセプター材料の設計と界面光電子機能(奈良先端科学技術大学院 大学 辨天グループ) 奈良先端大(辨天)G では、東大(山下)G が理論設計を進める非フラーレン型電子アク セプタ分子を対象として、計算から予測される分子半導体物性と光電変換特性を実験によ り検証した。さらに、高いエネルギー変換効率(PCE)が期待できる電子アクセプタと電子ド ナーとの組み合わせを選定し、相分離構造の最適化によって高効率有機薄膜太陽電池の実 現を目指した。 1. 界面光電子機能の解明 3 要素のうち FF はドナー/アクセプタブレンド膜の相分離構造に支配される。そこで、低 FF の原因となるボトルネック構造を特定するために、電流計測原子間力顕微鏡(C-AFM)を導 入し、ブレンド膜の電子機能をナノメートルスケールで解析した。 図 4 に示すように、電子ドナーに P3HT、電 子アクセプタに PF12TBT を用いたブレンド膜 に対して、相分離形態と導電特性(正孔輸送 能)を同時に可視化することができた。取得 した画像(図 4(b))から、ブレンド膜の導電 特性は数十ナノメートルのスケールで不均一 であること、特に界面領域の導電特性が低い こと(図 4(c))がわかった。対応する太陽電 池性能との比較から、ドナー/アクセプタ界面 での低い電荷輸送性が低 FF の要因の一つで あることを示した。 C-AFM に光照射系を組み込んだ光照射型 C-AFM を用いれば、導電特性のみならず JSC, VOC, FF などの光電変換機能を相分離のナノ空間で直接評価できる。PDI 誘導体を電子アク セプタとするブレンド膜に対して局所機能解析をおこない、低 FF の要因を特定する。製膜 条件の最適化によりボトルネック構造を排除し、JSC, VOC, FF の 3 要素を同時に向上させ、 高効率非フラーレン型薄膜太陽電池の実現を目指す。
- 19 - 3.4 有機薄膜太陽電池のエキシトン・ダイナミクスのため量子化学計算(日本女子大学 理学部 村岡グループ) 村岡グループは、平成 27 年に日本女子大学を拠点と発足した。本グループは、「相界面光誘起素過 程」の観点より、山下グループと共に、有機薄膜太陽電池・有機無機ハイブリッド太陽電池用の界面材 料に注力することとし、各技術で求められる相界面光誘起素過程の制御と最適化について理論化学・ 計算化学先導により研究を行った。 【有機薄膜太陽電池】 効率的な電流生成を必要とする太陽電池は、ドナーとアクセプター層の界面で生成する電荷キ ャリア電子とホールは励起子の分解と自由電子キャリアが必要である。現在、励起子が自由電子 キャリアを生成するために、励起子がドナーアクセプター間で電荷移動して束縛状態が解かれる ことで自由電子キャリアを生成する Cool process と呼ばれる過程と、直接自由電子キャリアを生 成する Hot process と呼ばれる過程の、2 つの仮説が立てられており、この自由電子キャリア生成 過程について大きく注目されている。 L. Yu グループ(シカゴ大)は、PTB7/PC70BM、PBB3/PC70BM 分子の比較により短絡電流と閉 回路電圧が大きいほど遷移双極子モーメントが大きいことを報告した。つまり,これは高い変換 効率を生み出すためには内部双極子モーメントが起因子であるということを意味している。本グ ループは、バルクヘテロ接合型の有機系太陽電池の変換効率向上を目的として、光エネルギー変 換に有効に働く起因子を解明、そして自由電子キャリアのメカニズムを考察した。そのために、 ドナーアクセプター界面における吸収スペクトル、HOMO-LUMO バンドギャップ、電荷移動状 態の電子カップリング、電荷移動から電荷解離へのエネルギーバリアに着目した。 ドナー分子には短絡電流,閉回路電圧が異なる 5 つの π 共役高分子 PTB7,PTB2,PTBF2, PCPDTBT、F-PCPDTBT アクセプター分子にはフラーレン型の PC70BM によるヘテロ接合モデ ル系を考えた。これらの分子の短絡電流,閉回路電圧は,PTB7 > F-PCPDTBT > PCPDTBT > PTB2 > PTBF2 の順に大きい。計算手法には、Gaussian09 を用いて密度汎関数法をもちいて基底状態の 構造最適化及び励起状態計算を行った。 まず、ドナー分子とアクセプター分子の構造を決定し、全励起状態の振動強度成分を解析と分 子軌道よりいずれも電荷移動型であることが判明した。そして、短絡電流が低くなるにつれて, ドナーアクセプター電荷移動が少なくなっていることがわかった。
本研究の目的である,Hot Process,Cool Process の可能性について考える.最も強い振動子強 度を持つ振動吸収に着目し,電荷移動量,電荷移動距離の解析をした。いずれも電荷移動量はほ ぼ同じだったが、電荷移動距離 は顕著な異なりを見せ, PTB7/PC70BM の 電荷移動距離は PTBF2/PC70BM の 5 倍の大きさを持っていた。つまりこの値より、PTB7 はドナーとアクセプタ ーの電荷を遠くに引き離し、距離が短い PTBF2 と比べて直接的に自由電子キャリアを生成する が予測できる。従って、短絡電流が大きいほど電荷遷移距離が長いという相関関係が考えられる。
Cool Process について、Marcus 理論を用いて再結合エネルギー過程の可能性 の観点から、
Constrained HF 法を用いて、電子カップリングのエネルギー緩和をみた。再結合エネルギー、 電荷移動から自由電荷キャリア生成するエネルギーギャップ、電子カップリング共に 4 種類のド ー分子に差がみられなかった。以上のことより,励起子が電子とホールに解離し,自由電子キャ リアになるためには,Cool Process より Hot Process の過程をとる可能性が高いことが示唆できる。
表1 π 共役ドナー分子と PC70BM アクセプター分子間における電荷移動量と電荷移動距離 ドナー:PC70BM PTB7 F-PCPDTBT PCPDTBT PTB2 PTBF2 VOC (V) 0.74 0.74 0.60 0.58 0.68 JSC (mA/cm2) 14.5 13.8 11.5 14.1 11.1 EQE (%) 70 50 50 60 40 PCE (%) 7.4 6.16 4.5
5.5 5.1 3.2 電荷移動量 0.552 0.690 0.579 0.497 0.467- 20 - 電荷移動距離 (Å) 1.020 0.575 0.596 0.418 0.202 今後は、ポリマー/PC70BM といったフラーレン型有機薄膜太陽電池における変換効率の向上に おけるメカニズムに着目した。今後は、ポリマー/ITIC というノンフラーレン型有機薄膜太陽電池 に注力し、フラーレン型の電荷移動及び電子カップリングを比較することで、電荷分離プロセス過程を 考える。
- 21 - 3.5 有機系太陽電池における遷移金属酸化物表面構造の設計と材料探索 (東京大学 久保グループ) (1)研究実施内容及び成果 理論的に有望視される相界面材料を用いて、有機分子による金属酸化物表面を修飾するなどし て、ハイブリット構造を有する光誘起電子移動系を構築し、その物性や機能性を評価し、太陽電池 など機能性材料への応用を行う。そこで、研究開発サブ項目、①半導体によるナノ構造構築と物 性評価、②ハイブリッド構造の構築及び物性評価、および③太陽電池の作製および特性評価に ついて、検討を行った。サブ項目③については、量子ドットと ZnO ナノワイヤ混合膜で作るセルに ついて、H26 年度と H27 年度に検討をした。H27 年度より、①と②を統合する形で、サブ項目「有機 金属ペロブスカイト化合物を用いたハイブリッド構造の物性評価」に注力した。 以下に、研究期間中に実施した主な内容を示す。 ZnO ナノ材料を用いたハイブリッド構造構築および機能性評価 H25 年度は、ハイブリッド構造を作製するための基盤材料として、透明導電性基板上に、TiO2や ZnO のナノ構造構築を行った。特に、C 軸配向した ZnO ナノワイヤを基板上に形成する条件検討 を実施した。H26 年度は、ZnO ナノワイヤと導電性高分子とのハイブリッド構造については、フェムト 秒レーザによる時間分解吸収分光法を用いて、ポリチオフェン誘導体と ZnO ナノワイヤ界面での 電荷移動挙動に関する研究を行った。また、伊藤 G と共同実施し、どのような形状やサイズのハイ ブリッド構造体を構築すればよいか、課題検討を行った。一方、PbS コロイド量子ドットと ZnO ナノワ イヤ構造のサイズと密度を整えると、2 つの界面で良好な電荷移動が進行することを明らかにした。 特に、光電変換セルを作製では、従来報告例のない高い EQE 値(60%(@約 1.0 μm))を実現でき ることを明らかにした(J. Phys. Chem. Lett., 4, 2455 (2013))。また、複素インピーダンス分光法を用 いて、ZnO ナノワイヤの長さは異なるが、光吸収量が一定となるように、PbS 量子ドット量を調整した ハイブリッド構造で、太陽電池を作製し、複素インピーダンス法で電荷輸送特性を評価し、ZnO ナ ノワイヤ導入により電荷輸送挙動が高まることを明らかにした(J. Phys. Chem. C, 119, 27265 (2015))。量子ドットと ZnO 緻密膜とを組み合わせたセルに関しては先行研究があるが、長さが1 μm を超える ZnO ナノワイヤとの組み合わせた先行研究は確認できていない。さらに、量子ドット /ZnO ナノワイヤハイブリッド構造を、大気中に放置すると、その初期に電荷移動特性の低下が生 じるが、200 時間以降は向上する傾向が確認でき、2000 時間を超えると、初期の 90%程度まで回復 し、安定状態となることを見出した。この要因として、PbS 量子ドット表面に形成される適当な膜厚の 酸化薄膜が、保護層として作用し、電荷分離特性およびキャリア寿命の向上に寄与すると推察した (Phys. Status Solidi RRL 8, 961 (2014))。XPS により PbSOx 膜が形成されていることを明らかにし た。 H27 年度は、PbS 量子ドットと ZnO ナノワイヤ界面の電荷分離後の再結合挙動を調べるために、 PbS 量子ドット単独固体膜と ZnO ナノワイヤとの混合膜の可視から近赤外領域で過渡吸収分光計 測を実施した。第一励起子吸収ピークにおける過渡吸収ブリーチの回復の時定数は、単独固体 膜(14 ps)よりも混合膜(19 ps)の方が長いことが分かった。このことより、混合膜とすることで、PbS 量 子ドットと ZnO ナノワイヤ界面で電荷分離後の再結合が抑制されていることが分かった。本研究で は、ZnO ナノワイヤと PbS コロイド量子ドットを組合わせたが、ZnO ナノワイヤは様々な組成の量子ド ットでハイブリッド構造を作製することが可能であり、高効率エネルギー変換デバイスの構築に資す る基本構造である。 有機金属ペロブスカイト化合物を用いたハイブリッド構造の物性評価 H26 年度の下期に、ペロブスカイト型有機金属化合物(PbCH3NH3I3-xClxを中心に検討、以下、 ペロブスカイトと呼ぶ)とワイドギャップ半導体とのハイブリッド構造内でのキャリア輸送挙動の検討 に着手した。ペロブスカイト太陽電池の光電変換特性と、セル内部のペロブスカイト層構造に関す る情報を取集するために、可視光励起による顕微ラマン散乱測定(励起波長:532 nm)を試みた。 顕微分光を用いることで、ペロブスカイト層と TiO2層界面や、正孔輸送層との界面などをある程度 選択的に調べることが可能となる。さらに、ペロブスカイト層の選択した位置における膜形態(光学
- 22 - 顕微鏡観察)と分子構造(ラ マン散乱)を確認しながら、 光電変換特性(電流電圧曲 線)を同時測定することがで きる。本検討では、TiO2とペ ロブスカイト層界面付近に焦 点を合わせて、ラマン散乱ス ペクトルと光電流を測定した。 励起光強度を変化させなが ら、ラマン散乱スペクトルを測 定したところ、励起光強度によりスペクトル形状が変化した。このことから、ペロブスカイトの分子レ ベルでの構造が変わっていることが示唆され、光吸収スペクトル変化が生じていることが推察され た。一方、光電流は、光強度に比例して増大することから、ペロブスカイトのラマン散乱から想定さ れる構造変化が、電荷移動に顕著な影響を与えないことが分かった。本手法を用いると、分子レベ ルでの膜構造と光電変換特性との関連性を、太陽電池を構成する層や層界面に着目して検討が 進められると考えられる。 H27 年度は、ペロブスカイト中で電荷輸送特性に影響を与える、マクロサイズでの膜構造物性を 評価するための分光手法を検討した。ガラス基板上に成膜したペロブスカイト層上に Pt や Au 薄膜 を成膜し、レーザ光(785 nm)の反射像を観測したところ、規則的な回折パターンが生じることを見出 した(図1,2)。ペロブスカイト層は結晶性の粒界から構成されており、成膜条件により粒界サイズが 異なり、電気物性や熱物性に影響を与えることが分かっている。予備検討ではあるが、立方体形状 の粒界が十字形状に連なった結晶粒を想定すると、観測された回折パターと類似回折像が得られ ることを、シミュレーションにより確認した。今回検討を行った試料構造では、最上層の Au 薄膜が 励起光を透過させることが無いので、観測回折像は、ペロブスカイト層表面構造を反映した金属薄 膜表面形状に起因するものである。本検討結果を活用すると回折パターンより、ペロブスカイト膜 構造を推定することも可能になると考えられる。本評価に用いた試料形状は、キャリア物性や熱物 性を測定するための電極を有する構造であり、様々な組成のペロブスカイト層の諸物性と粒界構 造との比較検討が可能となる。 さらに、同様な実験配置で、ナノ秒パルスレーザをガラス基板側からサンプルに照射し、プローブ 光の反射光強度変化(PR)のダイナミクスを解析することで、熱拡散挙動を調べた。パルスレーザ照 射直後に反射率が上昇し、一定値に到達した後に、減少する傾向を示した。ペロブスカイト材料の 場合、単調減少する反射率に振動パターンが重畳した。ピコ秒レーザパルスを用いた類似の実験 において、通常の PR 信号に加え、音響フォノンがペロブスカイト層中を伝搬し裏面での反射してき た音響フォノンによる PR 信号が重畳することが報告されている。この場合、音響フォノン速度は、 1500 m/s 程度となる。一方、本研究で用いたペロブスカイト層の厚さは 300 nm 程度であり、PR 信 号の振動周期が 7ns 程度であるので、90 m/s となり、既報のペロブスカイト薄膜の音響フォノン速 度と比べると一桁程度低い値になるので、観測された熱刺激由来の振動パターンの発生起源につ いて詳細に調べる必要がある。ペロブスカイトは、イオン性結晶であり、有機カチオンやハロゲンイ オンが高い運動性を有している。また、熱膨張係数も大きいことから、ペロブスカイト層を構成する 結晶粒の膜厚方向の体積変化が関与している可能性も考えられる。 ペロブスカイト(PbCH3NH3I3-xClx)は、Pb-I 結合が作るフレームの格子振動や、単位格子のBサイ トに位置する CH3NH3カチオンの束縛回転や振動なども加わり、比較的ソフトなイオン性結晶であ る。これらの赤外振動モードは、太陽電池特性や熱電変換特性などへの影響も考えられている。 有機カチオンのランダムな運動を抑制し、配列方向を揃えることで、キャリア輸送効率の向上効果 が期待できるとの理論予測も行われている。そこで、H28 年度より、ペロブスカイト化合物と電極材 料との積層接合界面やペロブスカイト薄膜層内部での分子構造の違いや、雰囲気温度が膜構造 に与える影響を、ラマン散乱分光法を用いて、詳細に調べた。 ペロブスカイト層を緻密な TiO2層と TiO2メソ多孔体層に形成し、ハイブリッド構造体の積層方向 に顕微ラマン散乱観測をしたところ、メソ多孔体層界面では、ペロブスカイト分子の構造不均一性 図 2.ペロブスカイト層表 面によるレーザ光の回折 パターン. 図 1.ペロブスカイト層表 面によるレーザ光の回折 パターン.
- 23 - が高いこと分かった。ペロブスカイト化合物のラマン散乱ス ペクトルには、I-Pb 結合に由来するラマン活性モードに加 え、MA の束縛回転などの運動に由来するモードを、50~ 400 cm-1付近に掛けて、観測することができる[C. Quarti et al., J. Phys. Chem. Lett., 5, 279(2014), R. G. Niemann et al., J. Phys. Chem. C, 120, 2509−2519(2016)]。本研究では、70 cm-1と 95 cm-1付近 に、それぞれ観測される Pb-I 由来の変角振動と伸縮振動 および、110 cm-1付近に観測される MA の束縛回転起因 のラマン散乱ピークの線幅および相対強度に着目を行い、 ペロブスカイト膜の分子構造を調べた。532 nm 励起で、ハ イブリッド構造の断面ラマン散乱スペクトルを 100 nm ステッ プで、TiO2界面から膜表面方向に測定したところ、TiO2緻 密層上に形成したペロブスカイト層のラマン散乱ピークお よび相対強度には、顕著な測定位置依存性は確認できな かった。一方、TiO2メソ多孔体層上にペロブスカイト層を形成すると、ラマン散乱ピークの線幅の拡 張に加え、相対強度にも変化が確認できた。この傾向は、TiO2層とペロブスカイト層の界面付近で 明確であった。2 種類の TiO2層上に成膜したペロブスカイト膜の構造を詳細に調べるために、ラマ ン散乱スペクトルの波形分離を行い、スペクトル線幅を求めた。その結果、TiO2メソ多孔体層上の ペロブスカイト膜に含まれる MA の束縛回転起因のラマン散乱ピークの線幅は、緻密 TiO2層上の ペロブスカイト膜の値よりも大きい値を示した。とりわけ、TiO2とペロブスカイト層界面近傍では線幅 が、3 倍程度であり、ペロブスカイト膜構造の不均一性が高いことが推察された。さらに、MA の束縛 回転運動の相関時間(τc)を、110 cm-1のラマン散乱線幅(FWHM)から、τc=1/(2πcFWHM)(c: 光速)を用いて見積もった。TiO2とペロブスカイト層界面の影響が少ないと考えられる Au 膜側では、 2 種類の異なる TiO2膜において、相関時間は 0.3 ps 程度であり、NMR のスピン格子緩和時間(T1) や中性子散乱計測から算出した相関時間と同等 [R. E. Wasylishen et al., Solid State Commun., 56, 581 (1985), T. Chen, et al., Phys.Chem.Chem.Phys., 17, 31278 (2015)]の値であった。一方、層界面付近 では、TiO2メソ多孔体層上のペロブスカイ ト膜中の MA の束縛回転運動の相関時間 は、0.1 ps まで低下することが明らかになっ た(図 3)。このことは、ペロブスカイト膜構造 が、メソ多孔体層付近で、乱れていることを 示唆するものである。本評価手法を用いる と、デバイスに含まれるペロブスカイト層と 金属酸化物層や金属薄膜との相界面構 造に関して、分子構造レベルでの検討が 可能である。 詳細に赤外振動や分子運動と電荷輸送 に関わる検討を行うために、顕微ラマン散 乱分光法の温度依存性評価に向けた実 験系構築を進めた。本検討では、最も基 本的な組成である CH3NH3PbI3ペロブスカ イト薄膜をガラス基板上に成膜し、532 nm のレーザ光で励起して得られたラマン散乱 ス ペ ク ト ルの 温 度 依 存 性 を 、 -20 ℃ か ら 80℃の範囲で調べた(図 4)。ペロブスカイト 薄膜の湿度による影響を抑制するために、 図 4. ペロブスカイト薄膜のラマン散乱 スペクトルの温度依存性 64 63 62 61 60 200 160 120 80 40 0 Raman shift cm-1 66 64 62 60 68 66 64 62 60 58 R am an sc att erin g in te n sity arb . u n its 62 60 58 60.0 59.0 58.0 57.0 64 62 60 58 57.0 56.0 55.0 54.0 80 78 76 74 72 -20 ℃ 0 ℃ 10 ℃ 20 ℃ 30 ℃ 40 ℃ 50 ℃ 80 ℃ 0.5 0.4 0.3 0.2 0.1 0 c p s 10 8 6 4 2 0 Position
meso porous TiO2
dense TiO2 ~ 110 cm-1 図 3. 異なる 2 種類の酸化チタン上に 成膜したペロブスカイト膜の MA 束縛 回転運動の相関時間の TiO2界面から の位置依存性.
- 24 - 減圧チャンバーに配置した状態で、ラマン散乱スペクトル測定を実施した。ペロブスカイト薄膜のラ マン散乱スペクトルには、70 cm-1と 95 cm-1付近に、それぞれ Pb-I 由来の変角振動と伸縮振動お よび、110 cm-1付近に MA の束縛回転起因のラマン散乱ピークが観測された。雰囲気温度が低下 するにつれて、ペロブスカイト薄膜の特徴的な 3 つのラマン散乱ピーク強度が減少し、-20℃では、 それらのラマン散乱ピークは消失した。このことより、ペロブスカイト薄膜においては、雰囲気温度 の低下に伴い、分子構造の不均一性が大きくなることが推察される。さらに、本検討で用いたペロ ブスカイト化合物は、55℃付近で正方晶から立方晶へ相転移することが知られているが、40℃と 80℃で測定したラマン散乱スペクトルにおいて、ピークシフトなどの顕著な変化を確認することはで きなかった(測定分解能:15 cm-1)。今回用いたペロブスカイト組成で作製した太陽電池特性の温 度依存性を調べた先行研究におてい、雰囲気温度の低下に伴い、単調に光電変換特性が減少 することが報告されている。その要因として、ペロブスカイト層と酸化チタン層の熱膨張係数の違い により、接合界面に発生する空隙などがキャリア輸送障害となっていることが指摘されている。ペロ ブスカイト薄膜単体において、雰囲気温度を低くすると分子構造の不均一化が進むため、キャリア 輸送特性が低下し、太陽電池特性の減少にも寄与していると考えられる。 山下グループでは、ペロブスカイト膜中のキャリア輸送や熱伝導特性に関して、MA の分子運動 や配向性の観点から理論計算を行ってきたが、ペロブスカイト薄膜の分子構造とデバイス特性との 関係を実験的に明らかにする手法として、デバイス評価手法との組み合わせが容易な顕微ラマン 散乱分光法が有用であることが明らかになった。