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J ・ ロ ビ ン ソ ン に よ う
﹃恐慌理論﹄の批判攣革し進歩し動揺しつ蕊あろ経濟はそれ自らとして學ばるべきで
静態の規範に照し鷲ところで役に乖たぬ︒
J・R・竜ックス
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,いつれの階級にとりても實際に心たのしく健全な団邑o嘔霧︒・才o萄・蜜ゆ①の實現のために映く〆ことのできぬ前提を債
値の蓄積であるとみてとり︑たえす余剰が生産に組み入れられ資本の肩己増殖の蓮動のしばらくもやむことなく流輔
する,ところに維濟肚会の進歩的な厭態をとちえそこに個人の活動とか浮沈を超えた全く客観的絶劉的な経濟世界の像
を描炉て︑それをうらづけているもの︑その奥にはたらいているものを探らんとした着想には深い示唆を畳えしめる
ものがあ駕きろが肚会の進歩をそのまま資本の蓑に蓉か麦た古典的な畠嚢的な脛濟馨が資奎義の
高度化にともなりて異質的な性格を顯著にし資本の蓄積が室前の域に達するに及んでこのような思考はその非現實性︑
の故にその信頼と権威を徐々に失ケに至つたのであるが同じ思考をもといとしながらも現實的なものとして世の注
目をあつめたものに目鷲区ぼ碧︒慶がある︒そ車は資本主義の客観的な嚢展の姿の裡に宿命的な世界を読み取り殆ん
ど入意をもつて左右しがたい大いなる力の働きを男暮自σqo$訂と解繹してこれを.ぼ一畢にO塁α犀o昼o営宏oぽ①
3・ロピンヅンにょる﹃恐慌理論﹄の批剣
J︒ロビyソンにょろ﹃恐慌理論﹄の批剣
田①薯①びq鐸βσq︒・σq①の①訂侮霞崔o伽停昌①βΦ霧巴一〇魯蟄臣として辮誰法的な襲展の過程として内容づけたものとい乏よう︒噸・26しかしその後寓欝塁げ蟄嵩の有機的生長論によつて開拓され進められてきた最近の亘覗的動態論の思考の根祇をさぐる
エヒ ﹂,とき︑そこには維濟の運動を窪①β黛としておざ之んとする志向がつよくはたらき︑たといマルクスのそれと異るとは
・..︑いえ客観的絶劉的な経濟就会をおもわせる嫌がないとはいいきれない噂ここに取り上げようとする軸oぽβ田o甑崖oβ
夫人の論策箏ルクスぐ資本論﹄を分析畜という覗角からマルク垂論と穿含︒置§匙§乙§冨(ケイ
ンズの所謂6一霧︒︒ざ畠蓉ぽoo戸)と自o幽霞β欝§島①目ざ酔①蓉ぼ昌σq6ケインズ派維濟学)の思考髄系とを比較すること
ぽから仕裏を始めて近代維濟理論の方向をさぐることにあるが︑その極めて簡潔な叙述の背後に資本主義の8蟄謁o馬
ノ碁び菖9ρについての反省と自箆がつまく働いている意昧において資本の蓮動法則についての客観的絶封的な面をさぐ
るうとするものに一つの具醒的な手がかりを與之ているとおもう︒.h
キ菅b錘曽諺訟8騨ゲ讐}腎Hロρ三嘱団冒δ昏Φ咳箪毎o撃μ傷09葛①︒・驚昏①妻Φ普爵o肉頃葺6霧"㊦aお9げ矯国・Oきβ聾戸ぢbδ鱒●やcOq︒・
勢梼この所論の福闘軸一となるr噸oげコゆoぴ冒︒︒O冨のb廷自の︒慶帥匂obりh鷺賊宣め国oo昌o]β甘孕同O幽h二"切¢︿留①匙o負.一〇恥刈.の]硬概ぼ吹の如く
であろ︒第一章緒論︑第二章定義︑第三章勢働債値設附漣會主義纏濟の債値︑第四章雇傭の長期理論︑第五章利潤率
の低下︑第六章有効需要︑第七章利潤率の正統汲理論︑第八章雇傭の一般理論︑第九章不完全競璽︑第十章實質・貨
徹m賃銀︑第皿十一出早動態分析からなり︑ロビyソソの出忌圖ぼ﹁最初の五っの出早で近代理論輕濟風早の親野からみれマルクス理論の
概略な蓮べ︑第七章でマルクス理論と正統汲理論とを・比較し第八・九章の雇傭と不完全競璽の理論において近代理論が正統派か
ロヘへらマルクスの方向に移りつつあろ動向な示し︑第十章で近代理論の動向が逆の方向にあり︑したがつてマルクスが正統派と同一
の陣螢に薦することな一がし︑第十一章では三つの學汲が残していろ未解決の⁝問題な列塞・する﹂にあつ衰(Hぴ冠・,凱)因に挿旨・
の婁①雷矯はロピyソyのこの書を賞讃して﹁イギリスの非マルクシス}経濟學者によつていままで書かれ牝マル〃シズムに闘する
){冨囑冨;︒塞ヨ︒葺であろ﹂と述ている(︒D・国・旨魯三ε塁①頃①薯﹄(.︒ロ︒巳︒・・二〇もら逼$)・表だ・ビンソyな最も内側を ヲ
(の丙①曳届$宣冨或はロo㌣冒町甑︒︒↑と軍純に性格づけうるかどうかはこの論策を﹁近代理論によるマルクス理論の批判﹂といい§
)れるかどうかにかかつていろと思う︒
ヨ(その﹁前がき﹂において近時の維濟理論の嚢展をふりかえり猫占と失業の分析にポつてO訴ぽo侮o図900貯置①の仕
組が覆がえ述れ資本主義の自己調節作用についでの喜悦が奪い去られたことから維濟学者のマルクスに蜀する概判
的態度のしだいに弱・められたことに想い到つ℃彼らにたいしてマルクスから学ぶべき黙の砂くないことを読き示す
り とともに嗣o自①彗き器①艮︒①8ぎ昆︒ωがそのヨリ精緻な洗練された近代的分析方法によるマルクス理論の解明と
ノへ有効需要の分析による資本主義の目勲類o恥送o試o揮の研究の基礎づけについてマルクシストた寄與すべきことを主張
している態度は(目び算団o犀o埼o巳くー註)男●自.ωぞσ①曙のそれとも相遇する一面をもつものであつてマルクスの蓮
動法則を続るE覗的動態理論への深き關心巴近代理論の光によるその再吟味への意欲のあちわれともいうべきもの
鰯歪ある(の・ 国●国弩吋駐恥一び一負●娼●μOO◎)このことは三つの思考罷系の相違を読く﹁緒論﹂のうちにすでに如實の姿をあら
わしている︒
かの女のあげる正統派経濟学の特徴の概要ーすなわち㈲資本主義の理論的擁護者としての役割︑利害の封立をβふくまぬ調和観にたつ意識なき目的と公畢無私というが如ぎ信仰からくる先入観とから導き出された問題乃至假定の
選び方㈲現實の特殊な歴史的様相の無硯と稀小な均等維濟をもつてする高度資本主義分析への適用(競孚の概念︑
賃銀論)⑭些細な問題への努力の傾注と近代世界の異質的現實から遊離した後糧者の關心と経瞼的槍謹の可能性に先
行した抽象理論の襲展バ目三3暦,μーb︒)謡を察すれば︑正統派維濟単者が流韓し‑てやまぬ資本主義の動的獲展の姿
一を措いて問うところなくただそれを所與の事實として措定して事を庭理しつづけ●てきた態度にたいする憎悪と蔑硯
咽 φ 淺 か ら 塗 が 碧 れ る . こ 獲 し て 多 嚢 学 象 し で は そ の 犠 と し て ④ 過 覇 の 肩 面 と し て の 資
本主義制度の動的把握と利害闘孚観に立つ目葡意識の把符㈲資本主義制度の歴皮的使命の完了観⑭現實へのするマ
へJ.ロぜンソンによう﹃恐慌理論﹄の批判
J・ロピyソyによう﹃恐慌理論﹄の批剣
どい感鍋と正統派の理論構遙に比してその議論のもつ卓越性をあげでそれを認めている(一三負・唱﹄ー㊤︒)ところから
㌃レてマルクスの潔的理論難についヱの・ビンソンの同情的な共磨片鱗をそこにうか芝とが馨るこか
脚も﹁資本主義制度はそれ自らの5ちに當然分裂に導く矛盾をもち︑景氣循環という周期的恐慌は資本主義の生命に根
深く進行する病弊の徴候とみる﹂(同び臨ら・︒︒)マルクスの立場に左祖するかのごとき態度がうかがわれる︒このよう
にみてくると問題はマルクスが資本の蓮動を軍なる蓮績的にして調和的な景氣循環としての波動現象としてではなく
たえざる矛盾と不均衡にもとつく不連績的な恐慌を含むものとしてとらえたその景氣循環11恐慌理論をロビγソンが
如何に把えまたそれを如何に内容づけるかにかかつてくるといえよう︒ロビンソンはマルクス恐慌理論についで自ら
の解繹を下している︒すなわち﹁マルクス以後の輕濟分析の嚢展に徴する乏きマルクスの恐慌理論の.うちに三つの明・白な構成分子を識別することができる︒第一の産業豫備軍の理論は失業が資本の存在量と榮働の供給量との關係とと
蚤に如何に攣動する傾向があるかを示し第二の利潤率低下の理論は資本家の資本蓄積欲が資本の李均牧釜率を引下げ,
る之とによゆて如何にそれを無意味たするかを明かにし第三の資本財産業部門と消費財産業部門との關係の理論は塘
大する祉会の生産力が勢働者の貧困にもとつく浩費力の制限に如何にしてぶつかるかを示している︒マルクスの考え
ではこれら三つの理論は必らすしも明確に分たれることなく崩壊へ・の内在的な矛盾に拶む資本主義制度ともう﹂つの
構圖のなかに溶けこんでいるが︑これらの三つの理論を萌確に分ける℃とは無用の混胤をさけるのみならすとれらの'
や相互瀾係をとらえるtためにも不可訣である﹂と主張する(H寓⊆●︑娼喝●eoーら)︒マルクス理論を解明しそれに新しい光を放
たんとするロビンソンのねらいは實にこのような資本主義の動態的把握の三つの糸を乏きほどいてマルクスの恐慌理
)論を吟味するにあつたのであつて近代理論についてかの女の見出す訣階も一りにかかつてここに存するヒ込は﹁マル
るハ
︿ク冬はq闇聲蟄目ざゆ霞琵徽にて議論を虜理しているのに劉してPo銭o琶ざ①oo昌o巳uΩ富の多くが盈蜜氏oooβ象試oβ拠のr\