我経濟襲達に於ける産業革命と合理化
越崎宗一
はしがき
米國の鋼鐵王故アンドリウ・カーネギーは其自叙傳中に﹃吾等は常に膨脹の必要なからんことを
望んだのであつカ︒然し吾等は膨脹を猫豫すれば後に残されることを登見した﹄と云つて居る︒
アダム・スミスが経濟上自由競孚の利盆を力説もて以來各國々民繹濟は此旗印の下に進んだ︒カ
ーネギーをして右の如く叫ばしめπ竜のは實に此自由競雫である︒自己が援張しなければ人に先ん
ぜられる︒そして夫は自らの事業の退歩︑從つて没落を意味する︒事業をなす限血は前進せねばな
ら臓︒放πれπ矢は瞬時と錐も留る事を許されない︒
我経濟襲蓮に於ける産業革命と合理化一〇三
商學討究第五巻(上)一〇四
乍然自由競箏の下に進み來つπ各國民纒濟が欧洲大戦を一期として其方角を愛えざるを得ざるに
至つカ︒これからの國民縄濟は自由競箏一本槍では行けなくなつπ︒自他共に傷いて倒れなければ
なら漁自由競箏では行けなくなつπ︒世界各國は今や産業合理化なる新標語によつて協定へ︑統制
へ︑と向ひつ\ある︒﹁無限の膨脹へ﹂は轄じて﹁適度の統制へ﹂と墾つて來π︒而してこれは今
後日本が不可避の縄濟的過程でもある︒
自分は今乙\に我経濟磯展過程に於いて自由主義縄濟への轄機としての産業革命と︑統制経濟へ
の轄機としての産業合理化とに就いて若干の考察を與へπいと思ふ︒
ビユビアー説と日本國民経濟成立
カール︒ピユヒァーは其名著﹃國民経濟の成立﹄内9ユ窪9︒♪Uδ国暮鴇︒ゴ琶αqα臼く︒貯の鼠駐︒冨津
(権田保之助氏繹縄濟的文明史論)に於いて貨財が生産者よう清費者に到達する迄の道程によって
中央及び西部欧羅巴民族の経濟的進化を三段階に分つた(経濟的丈明史論一工ハ頁以下)︒
雌︑閉鎖的家内経濟の段階(純粋の自己生産︑交換無昏縄濟)
生産より清費への経濟の全過程が家(家族︑氏族)てふ狭き範園内に於て完結さる\のが特徴
であつて︑生産團禮は即ち消費團禮と同一にして其の組織は家族によつて行はれカ︒此時代に
あつては貨幣はその初期には之を見る能はず︑漸く直接使用財を以て貨幣となし蓄財の手段
とした︒資本は殆んど其の姿を表はさずと云ひ得べくあうしは唯だ使用財のみである︒大膿に
於て古代大氏族制度︑奴隷制度時代が之に當るものであると云ふ︒
二︑都市経濟の段階(顧客生産︑直接交換の段階)
乙れは貨財が生産経濟よう直ちに消費輕濟に移きれるのであつて顧客生産を特色とする中世日
耳曼及び羅旬諸國の都市に於て模範的に示されπ︒此時代には道具は生産資本てふ一般形式に
該當するが原料は之に算ふを得ない︒純正の螢利資本は僅に商業資本のみである︒
三︑國民経濟め段階(商口m生産︑貨物流通の段階)
之は政治的中央集椛の結果にして中世の絡り領土的國家の成立に初まわ現在の國民的軍一國家
の創成に絡りを告げ︑主として企業的に商品生産の行はる\時代を指すのである︒之は重商主
義時代自由主義時代を経て國民経濟の第三期に足を踏入れ一切の國家活動が愈々維濟範園に侵
入して來力といふのである︒此段階に在ムては有うとあらゆるもの資本πらぎるはなしといふ
有様であつて︑資本主義的繹濟と云ふ事は出來るといふ︒
我纒濟登逮に於ける産業革命と合理化一〇五
商學討究第五巻(上)一〇六
以上がピユピアーの國民経濟成立に至る迄の段階の素描である︒而して欧洲各國の國民縄濟の勢
力箏ひは途に欧洲大職孚(一九一四年七月)となつて現はれπ︒五ケ年に亙ム全世界各強國を網羅せる
大職箏も一九二〇年竿和克復に蹄したが︑根強く竜培はれたる國民主義は決して倒れなかつπ︒誰
し竜職終ると共に國民経濟時代去つて世界経濟時代來るべしを思はしめπが事實は之を裏切つπ︒
國際聯盟の登鮮︑華盛頓の軍備制限會議︑籾は本年に入つての倫敦の海軍縮小會議は要するに各國
帝國主義の依然として衰へてゐない事を裏書するものではなかつπか︒
ビュヒヤーの右掲書の初版は一入九三年︑其第九版を以てして竜職前なる︼九=ご年である︒而
もピユピアーの﹃⁝⁝・相互に相僑り相待ちつ\ある工業國と原料生産國との併立︑換言すれば斯
かる﹁國際的分業﹂を以てこれ人類が世界経濟の名の下に家内縄濟︑都市経濟及び國民経濟てふ三
段階に劃立せしめざるべからざるが如き進化の新段階に梁ちんとしつ\あるものなウと思惟するの
迷誤に陥つてはなら澱︒⁝⁝かの所謂世界経濟と稽せらる\ものも少くも今日迄は國民経濟の現
象とその根本的特徴を異にしゐるが如き現象の一つをも示すものあるなく︑なほ考へ得べき將來に
於て竜此の如きもの\生じ得べしとも思はれ得ざるが故である﹄(前掲書一八〇1一八責)云々の言は
ピユヒァーが豫期せざうし彼の大職の後に於ても正確に當つてゐるではないか︒國家的エゴイズム
の排除の駕に全世界を學げて努力しつ㌧あるに竜拘はらず︑各國の帝國主義は依然として相封峙し
つ\あるを見よ︒實に國民経濟時代なる哉︒而して世界経濟の遠きを思はしむるのみである︒
ピユヒァーの所論は中央及西部欧羅巴と限つてあるが之は我日本の縄濟的進化に封して竜當ては
懐ると思ふ︒
我上古に於ては氏と稽する氏族が部(牢自由民)奴(不自由民)を隷厩せしめて土地を基礎とし
て自足経濟を螢んだ時代から︑大化の改新を経て卒安朝時代に至る迄はピユビアーの閉鎖的家内経
濟段階に属すといふべく︑王朝時代は未だ土地経濟の時代であウ産業としては農業があつπのみで
工業商業の如きは未だ一の産業として成立しては居なかつπ︒然るに時代の進むにつれて濁立商工
業の莇芽を登し鎌倉末期よう南北朝へかけて職業的新階級が肚會経濟上の地歩を占めて來尤︒之が
足利時代職國時代を経て信長秀吉によつて組織統一きれつ\江戸時代に入つて徳川中央集権的封建
制度を完成する迄を大膿ビユヒ.アーの第二段階と認めて差支ない︒然るに土地を主要なる生産手段
とし農民を唯一の生産階級とし其上に武士階級なる不生産階級が支へられてゐπ徳川封建制度は久
しきに亙る奢修と生活程度の上進によう幕府竜諸藩竜財政の困難に階う從來の土地経濟に罰する貨
幣経濟の螢達︑商業資本の進出によう最早や其存績性を失ふに至う次の國民経濟時代へと進化し尤
我経濟登蓬に於けろ産業革命と合理化一〇七
商學討究第・五巻(上) のである(本庄榮治郎博士︑日本肚會縄濟史蓼照)︒ ︼〇八
産業革命への進展
以上の如く封建制度は経濟上よりして到底崩壊せざるを得なくなっπのと︑他方動王運動と合し
てこ\に王政の復古となつて明治維新に入つπ︒
然らば明治維新と同時に國民経濟生れ出でπのであるか︑といふに縄濟上の進化といふものは決
して左様に急激的な竜のではない︒明治維新は﹃王政復古の年﹄であう︑封建制度の改善として立
憲制度を取入れ尤云は璽政治改革期に過ぎない︒國民繹濟‑即ち資本主義縄濟は既に徳川封建経
濟の中に育まれてゐたのであつて︑縄濟的に武士階級は没落の一路を辿う︑反劃に町人階級(資本
家階級)は勃興しつ㌧あつπ︒輕濟革命は政治革命ようは比較的長時間を要するを常とし︑且つ経
濟的進化は一段階が明瞭に終う他段階が之に代るといふが如きものではない︒一段階が衰微し行く
其徐々なる灘花の中に他段階が芽を育んで成長し行く性質のものである︒ゼユピアーも﹃・⁝家内
経濟ー都市縄濟‑國民繹濟なる竜のはその各々が相孤立して蚕然他の入るを許さ璽るが如き進
化の段階を示す竜のに非ずてふ之とである︒各時代には必らず輕濟中の一っの方法が他に抽で\夫
番
が其の時代の人々の眼に常態として映じゐπるに過ぎ澱のである︒故に術今日にあうて多歎の都市
経濟的要素の混入を見るべく︑更に彼の家内縄濟的要素きへ残存してゐるものの少なからざるを知
るのである﹄(前掲書一八八頁)と云つてゐる︒明治維新は軍に政治上の漫革に過ぎず経濟的段階の愛
化は明治新政府による欧米先進資本主義國との接鰯が齎らしπ或産業革命を経て初めて行はれカも
のである︒故に自分は或國民経濟‑資本主義縄濟への轄機として産業革命に一瞥を與へπいと思
ふ︒
現代國民縄濟を貫くものは資本主義である︒抑々近世資本主義は何時如何にして出來上りπるか
といふに︑之は實に英國産業革命に見出さる\のである︒資本主義的精紳即ち螢利心といふが如き
は英國産業革命以前に徐々磯生しつ\あつカことは否定しないが︑外形上の資本主義制度は英國産
業革命を通して初めて生れ出でπものである︒これは全世界中最竜早く商工業をして中世式よう近
代式に移らしめπものである︒換言すれば手工業小商業をして一躍工場制工業大商業と向はしめ資
本主義制を確立しπ︒英國に於ける産業界の此大愛革は約︼七六〇年i一入三四十年頃迄に行は
れカのであつて︑此傾向を早くも看取し﹁産業革命﹂一・己岳鼠巴園︒<○プ三︒一・なる文字を廣めπのは
アーノルド・トインゼーの名著﹃英國に於ける第+入世紀の産業革命﹄目冨一・三⊆ω民巴器く︒ξ叶ご旨︒h
・我縄濟爽達に於けろ産業革命と合理化一〇九
商學討究第・五巻(上)一︼0
9︒①一σq算︒・三ゴ8葺二﹁団一=国ロσq冨&}一︒︒︒︒轟・による︒但此産業革命なる文字はトインゼーの前にマル
クス︑エンゲルス竜屡々之を用ひ(上田博士英國産業革命史論一責)スタンレー・ジエボンスも﹃石炭問題﹄
曽p三︒団甘く︒昌・・"∩︒巴ρ⊆︒ωま昌中に於てトインピーの藪年前此文字を用ひ叉他にも用ひπ事のあるべ
きは當然であるとアッシユレー竜説いてゐる(重].凄募ざ臣・国§︒薯︒・σ・慧u・・二︒:h野σ・一・巳̀℃・・轟︒)︒乍
然一般世人に其時代の愛化が一の﹁革命﹂と稽して誤うなき程度の攣化を含むとの観念を人口に胞
媛せしめπのはトインビーである︒トインピーは右書中に於いて︑産業革命とは畢覧競璽が富の生
産分配を支配し力中世規則に代つπ事である(℃●︒轟)と述べ其顯著なる現象として
一︑一般英國人口の減少︑農業人口の減少
一︑小農業の衰微と大農業の進出
一︑製造工業に於ける機械の機明の績出が工業方法を一憂せしめπる事
一︑交通の開登は商品の供給の十分なる事を要求し富裕商人は工場に機械を設けて職工を之に墾
集せしむるに至つπ︒
一︑遠隔市場を目的とする大規模生産は既に生産過剰と不景氣の定期的循環を生ぜしめ禿︒
一︑此結果農業及工業に於て雇主(資本家)と勢働者の階級の劉立を生ぜしめπ︒