浅 海 域 の 微 生 物 学 的 研 究―Ⅱ
多糖類の分解能から見た有機栄養細菌群構成の季節的変化
谷口忠敬・藤 田雄二・銭谷武平
Microbiological Studies of Shallow Marine Areas-II.
Seasonal Change in Constituent Groups of Heterotrophic Bacterial Population in Respect of Polysaccharide Decomposition
Tadataka TANIGUCHI, Yuji FUJITA and Buhei ZENITANI
The qualitative distribution of polysaccharide-decomposing groups among the heterotrophic bacterial population was compared seasonally through use of the samples of sea water and bottom mud collected from the Ariake Sea near Kashima City. The present studies dealt with seven kinds of polysaccharide in respect of decomposing ability. The results obtained are as follows.
1) The quantitative distribution by the pour plate counts was 1-7.8×102/ml in the sea water and 9-20×104/g in the sea mud, and relatively high counts were obtained from the samples of November.
2) The amino acid-requiring bacterial group seems to be most predominant.
3) Starch splitter was highly distributed, and pectinolytic or chit- inoclastic bacteria were found in the mud throughout the year. The bacteria decomposing marine algae polysaccharide were distributed rather in the sea water than in the mud.
4) The constituent group among the heterotrophic bacteria, on the basis of the ability of polysaccharide decomposition, varied by the test season. The heterotrophic bacteria isolated from November's samples consisted of several groups having the ability to decompose various kinds of polysaccharide. The others were relatively simple constituent groups in polysaccharide decomposition.
は し が き
沿 岸 養 殖 海 域 で微 生 物 分 布 や,そ の活 性 を制 限 す る重 要 な 要 因 は有 機 物 量 で あ って,特 に 多量 有 機 物 の存 在 は硫 化 物 の 生成 を もた ら し,ま た水 質 の 悪 変 に よ る漁 場 の 老 化 な どの 悪 影 響 を与 え る.
一 般 に海 洋 水 中 の有 機 物 量 は5mg/L以 上 で あ る こ と は稀 で あ るが,廃 水 流 入 域 や そ の 他 の養 殖 域 で は遠 洋 水 に 較 べ て有 機 物 が 増 す 機 会 が 多 い.こ れ らの 分 解 に関 与 す るの が 主 に有 機 栄 養 細菌 群 で,そ の菌 数 は 有 機 物 量 を反 映 す る と もい われ て い る.普 通 海水 中 の 有
機栄養細菌数の測定を行ない,その相関的な比較が行なわれるが,その質的構成には余り ふれていない.しかし同一菌数でも環境中の栄養その他の条件によって当然質的構成が変 化することが予想される.
この研究では多糖類分解能を指標として,季節的,海水・底質別の試料について細菌群 構成を比較・検討した.その結果,若干の知見を得たので,培地組成別の菌数測定の結果
と併せ報告する.
1963年から1964年にかけて有明海ノリ漁場で実施したもので,試料採取に当り御尽力を 頂いた佐賀養殖試験場松原孝之場長を始め職員の各位に対し深謝の意を表する.なお文部 省各個研究費「沿岸養殖域の微生物生態学的研究」によった.
実 験 方 法
1. 試験地および試料の採取
試験地は有明海に面した佐賀県鹿島市の浜川河口から約3km離れた沖合を定点とした.
ここは浜川尻新馬付近で,浜沿岸ノリ養殖場のほぼ中央部にあたり,大潮時の干潮に際し ては,この地点から約600m先が干潮線になる,いわゆる干潟部である.
試料の採取は常にほぼ満潮時に行ない,海水は滅菌ハイロート採水器により,また底質 は障泥器で表層から約2.5cmの範囲で採取した.採取試料は実験開始まで氷蔵(0−20C)し た.採取時の深度・温度・塩分およびpHなどはTable 1に表示した.
Table 1. Samples of s:ea water and mud used for enumeration of
heterotrophic bacteriaSample
■⊥9留りD45ρ0
Date of
Collection Water Depth m
Aug.
Nov.
Jan.
May
Sept.
Nov.
21, 1963 8, 1963 17, 1964 7, 1964 24., 1964 20, 1964
4. 5 3. 2
4.4
4, 1
6. 0 3. 8
Sea water−sample Depth Temp. pH CI
m OC %o
2. 0 1. 0
2. 0
1.0 1.0 1.0
67QゾQゾ4﹁⊥ 9臼﹁⊥ ︷⊥ウ臼﹁⊥
7. 9 7. 7
8. 0
7. 3 7. 9
7. 8 13. 7
16. 4
15. 8
15. 1
16. 2
15. 7
Mud−sample
Temp. pH
℃
ρ07Q4Gゾ49﹈ 9臼−⊥ ーワ臼−←
7. 6 7. 4 7. 6 7. 4 7. 8 7. 6
2.有機栄養細菌の生菌数の測定
海水中の細菌数の測定には種々の培地組成や方法があるがD2 ,ここでは試験地の特殊性
を考慮しTable 2に示した5種類の培地を用いた.菌数の測定には,総菌数よりも相対
的な菌数の比較と,菌株の分離を主眼として,便宜的に混釈平板法によって25。C,5日間 培養の結果をとった.分離菌株は培地4あるいは培地5の組成の半流動培地(0.3%寒天)に穿刺培養してから室温に保存した.
3. 各種多糖類の分解試験
試験用の基本培地の組成は0.4%ポリペプトン,0.4%肉エキスおよび0.4%酵母エキス として,これを貯蔵海水あるいは蒸溜水に溶解し,それぞれ海水培地ならびに淡水培地と 呼んで,pHは7.5にした.これに各供試多糖類を加えて平板として,その上に点滴培養
した.次の要領に従ってそれぞれ糖類の分解能否を判定した.試験培地は分解能の判定用 であっても,分解細菌の分離用ではない.培養試験温度はすべて25。Cとした.
Table 2. Culture media used for enumeration of viable bacterial counts by agar plate method.
Ingredients Polypeptone, g.
Beef extract, g.
Yeast extract, g.
Mud extract, ml.*
Glucose, g.
NH4NO3, g.
FePO4, g・
Aged sea water, ml.
Distilled water, ml.
100/o Casein hydrolysate, ml.
︑⊥
2 Medium
3 4 5
AUO﹁⊥0 . ・ ・︵︶ 550︵U 1
O. 1
950 50
00﹁0 44ワ自
1000
4. 0
4. 0
2. 5
100
900
4. 0
4. 0
2. 5
100
900
AII media were solidified with 1.50/o agar and pH was adjusted to 7.5,
* Mud extract was prepared by ALLEN s method. 3)
1)澱粉分解試験:可溶性澱粉1.0%と寒天1.5%を添加した培地で2〜4日培養後に常 法によって判定した.
2)ペクチン分解試験:ペクチン1.5%と寒天1.5%を加えた培地に4〜6日培養した後 に,2N苛性ソーダを添加してコロニー周辺に透明域が生成した場合を陽性とした・なお 添加ペクチンは予めアルコール滅菌しておき,これに加熱溶解しておいた基本培地を注加
・混和し平板にした.
3)キチン分解試験:硫酸処理キチン適量と寒天2%を加えた基本培地に培養後,キチ ン分解による透明域の生成によって判定した.
4)セルローズ分解試験:水不溶性セルu一ズデキストリン4)を適量と寒天2%を添加・
2週間培養した後で透明域の生成によって判定した.なお基本培地組成が高濃度のためか・
二三判定が困難な場合もあった.
5)アルギン酸分解試験:判定は木村爵)の方法によった.
6)寒天分解試験:基本培地に寒天2.0%を加え,2週間培養した後で基質の液化によ
って判定した.
7)フノリ粘質物分解試験:市販品を精製6)してから2.5%を添加し,2週問培養した後 で基質の液化によって判定した.
4.工数の表示および分解試験菌株について
生菌数は培地3のコロニー数を標準として,他の培地の菌数はこれに対する%で表わし た.多糖類の分解試験用の菌株は培地4および5の平板発育コロニーから無作為にそれぞ れ50株を釣平し,平板培養を反復して純離したものを供試した.各回の供試菌数は海水と 底質別,また分離培地別にした計200菌株で,これらを用いて分解試験を実施した・分解 細菌の分布は供試菌株に対する陽性株の%で示した.
実 験 結 果
1. 有機栄養細菌数の測定について
平板培養法は直接法やメンブランフィルター法に比べて低値を示すけれども,相関的に 一年を比較することはできる.Table 3に示すように海水申では1−7.8×102/ml,また底 質中では9−20×104/9で既往の報告に比べて特別に多いとは思われない.試験の回数は 少ないけれども,月別に見た場合に海水中で11月に生菌数が最高で,1月がこれに続き,
一方底質もほぼ同じ傾向を示したが8月試料でも多い結果を得た.
Table 3. Number of heterotrophic bacteria developing on different media,
as expressed in percentage of those on medium 3.
Sample
Sea water 1 2 3 4 5 6
Sea mud1 Medium
2 4 5
4?
77 82 125 47 60
75 95 100 98 129 137
73 118 110 109 157 98
8圃⊥0◎751← 9﹂4244Q9
−←23456 551nδ46 141←27・− 120
130 273 60 149 130
206 231 122 168 104 82
150 109 55 63 68 135
Total viable counts (Medium 3)
180/ml (3.4)*
2300 (24. 5)
1700 ( 7. 2)
100 380 7800
110×103/g (11.5)
92 11 190 /i 9 1/
11 /1 200 ii
( 2. 4)
( 9. 2)
* Percent error in parentheses. An average of 5 replicates.
2. 培地組成別に見た有機栄養細菌数の比較
この試験では,試料の逐次希釈による平板混釈法を採用したため,直接試料に由来する 微量栄養素の影響はさけられない.Table 3のように「無機態窒素+グルコース」培地の 生育菌数は1例を除いて常に低値を示し,またカゼイン水解物培地の生育二二は標準培地 のそれに匹敵するか,あるいはむしろ多い結果を得た.ZoBe11培地とカゼイン水解物培 地とを比較した例2),また,カゼイン水解物培地を海水中の好気菌の測定に採用している7)
ことから見ても,沿岸海水中の有機栄養細菌群はアミノ酸要求型が優先しているものと思
われる.
次に同一成分組成で海水培地と淡水培地を用いての論語の比較測定を行なった.沿岸海 水中には陸棲型細菌やまた広塩型細菌も広く分布すると考えられ,淡水培地生育株をもっ て直ちに陸棲型とは断定できないが,培地5では培地4の%一培地4と同率の菌数を示し
た.
3. 有機栄養細菌の多糖類分解能について
澱粉・キチンあるいは海藻多糖類などを分解する細菌がどの程度分布しているかを見た 結果を,海水培地と淡水培地生育菌株別,海水・底質別に表示するとTable 4のようで
ある,
Table 4. Distribution of each polysaccharide−decomposing bacteria among heterotrophic bacteria isolated from sea water and sea mud.
Isolates by medium 4
SubstrateStarch
Pectin Chitin Cellulose Alginic acid
Agar
tt
eunori
Sea water
sample37−2, 700/ml
(930/ml; 790/o)*
1>一870
(230; 10)
3−980
(280; 18)
1>一430
(110; 4.5)
1−760
(250; 11.4)
1>一650
(190; 7. 5)
1>一110
(45; 2)
Mud sample
lo, ooo−160, ooo/g
(100, OOO/g; 61. 5e/o)
900−41, OOO
(19,000; 10)
300−71, OOO
(27, OOO; 1.?.. 5)
1>一18, OOO
(5, 600; 2. 5)
1> 一8, 800
(4, 500; 2)
1>一9, 100
(3, 400; 1. 5)
1>
(1>; O)
Isolates by medium 5
Sea wat.er
sample
17−850
(300; 73)
3−78
(36; 10.5)
2−39
(22; 17)
1>一3
(1>; O. 5)
1>一78
(20; 2. 5)
1>
(1>; O)
1>
(1>; O)
Mud sample
4, 400−99, OOO
(57, OOO; 66. 5)
560−20, OOO
(10, OOO; 10. 5)
29, OOO−43, OQO
(28,000; 37)
1>一4, OOO
(1, 800; 1. 5)
1>一6, 100
(2, 400; 2. 5)
1>
(1>; O)
1>
(1>; O)
* Parentheses: an average of samples 1−4; percentage of posit,ive strains among 50×4 strains tested. Funori : see the legend of Figure 1.
海水培地に生育する有機栄養細菌群においては,海水試料で常に半数以上が澱粉分解能 をもち,他の試料でも同じような傾向を示した.浅海泥質中の澱粉分解菌を測定した例8)
でも同様で,沿岸域では澱粉分解能をもつ有機栄養菌が最も高率に分布しているものと思 われる・ペクチン分解能をもつものは平均して約10%で,淡水培地生育株中には常に見出 されたが,海水培地生育株では検出されない季節もあった.キチン分解能をもつ菌株は半 数におよぶ例も見られ,分布がかなり広いものと思われる.キチン分解能はB魏θ6舵α属 の特徴であるが,この属以外の有機栄養細菌にもキチン分解能をもつ菌株のいることは腸 炎ビブリオの例でも見られるように,海水中にはかなり分布しているものと思われる.ア ルギン酸・寒天およびフノリ粘質物のような海藻特有の多糖類分解細菌は,概して云えば 海水培地生育株の,しかも海水試料に多い傾向が認められた.
4. 多糖類分解能から見た菌群構成と,その季節別・海水一底質試料別の相違
試験期別ならびに試料別に分離・供試菌株を用いて,多糖類の分解試験を行ない,分解 陽性株の検出率を%で示すとFig.1および2のようである.
海水培地生育株についてはFig.1のようで,8月試料では多糖類の分解能をもつ菌株
が全菌株のうち比較的少数に限られている.一方11月試料では,各種の供試多糖類を分解 する能力のある菌株からなる構成群であることを示し,この傾向は海水と底質試料でも 同様に認められた.ただ寒天・アルギン酸分解細菌が底質よりも,より多く海水中に分布 しているようであった・この傾向は1月試料にも残存しているようである.また5月試料 では,主に澱粉分解能をもつ菌株から構成される比較的簡単な群であった.一方,淡水培 地生育株について見るとFig・2のようで澱粉分解能に関してはほとんどFig,1と同じ傾向である・淡水培地生育菌群は,多糖類のうち,主に澱粉・ペクチン・キチンを分解する 菌株群から概ね成り立っており,8月と11月では,その構成が僅かに変化しているようで ある.特に目立ったことは,底質中にはキチン分解細菌が周年に亘って認められることで,
∞% 1
50
o
50
100
響 砂
A
a b c d ef g
Fig. 1. Percentage$ of each polysaccharide−decomposing bacteria to the test bacteria isolated by medium 4.
A,B, C and D: samples 1,2,3 and 4 respectively.
a: starch, b: pectin, c: chitin, d: water insoluble cellulose dextrin, e: alginic acid, f: agar, and g: polysaccharide of red alga Gloiopeltis (t(Funori ). Upper: seawater samples. Bottom: mud samples.
oo 1
50
o
50
100
Fig. 2・
骸
A
ab cd efg
B C D
岐 「ド
@ ノ
シず;畿〆摯篶Percentages of each polysaccharide−decomposing bacteria to the test bacteria isolated by medium 5.
Symbols used are the same as Fig. 1.
5月では50%以上に及んでいた.キチン分解細菌は陸上土壌にも多いが,これが海水環境 に適応・定住し耐塩型になったものとも思われる.
この研究では有機栄養細菌,特に普通培地に生育できる菌群について多糖類分解能から,
分解能否によって菌群構成の相違を見たが,季節的にはかなり著しい相違が見られた.こ れらの相違は環境中の資化栄養源の種類による差異とすれば,発生プランクトン組成との 関係が最も深いのではなかろうか.
考
察
この試験では専ら多糖類を対象とした.これは先に底質からの有機酸の生成を報告9)し,
その先駆体は主に炭水化物であると考えられること,および蛋白質などに比較して,多糖 類の方が陸産と海産(寒天・アルギン酸など)の特異性があり,海水細菌の識別にかなり 役立つものと考えられたからである.
全般的に見て,有明海ノリ漁場では,11月のノリ時期には多種の多糖類を分解する能力 をもち,しかも海水特有の有機栄養細菌群が優先していることを示し,またこの季節は有 明海でもプランクトン発生ないしその後の崩壊過程に入る頃と思われる・また底質中には
キ チ ン分 解 菌 が周 年 に 亘 って 存 在 し,お そ ら く動 物プ ラ ン ク トンや そ の遺 骸 中 の キ チ ン分 解 に関 与 して い る もの と思 わ れ る しか しそ の型 か ら見 て 海 水 細 菌 と云 うよ りは む し ろ耐 塩 型 の もの て は な い た ろ うか
な お 表 層 泥 土 を採 取 した た め に,表 面 海水 との 混 交 は さけ られ な いか,海 水 ・底 質 の菌 群 構 成 型 が比 較 的 よ く類似 して い る こ とは,表 層 底 質 に お け る酸 素 の供 給,水 の交 流 が 比 較 的 よ い こ と,す な わ ち 漁場 底 質 が有 機 物 蓄 積 に よ る硫 化 物 生 成 の段 階 に は また遠 い の て
は な いか と思 わ れ る
要 約
有 明海 ノ リ漁 場 を対 象 と し,有 機 栄 養 細 菌 群 の多 糖 類 分 解 能 を基 に そ の構 成 を比 較 検 討 し,次 の結 果 を得 た
1)平 板 測 定 に よ る一 般 生菌 数 は,海 水 中1‑78×102/m1,底 質 中9‑20×104/9て, 試 験 月 の うち11月 に 多 い 傾 向 を見 た
2)こ れ らの細 菌 類 は ア ミ ノ酸 類 を利 用 す る ものか 優 占 して い るよ うて あ っ た
3)澱 粉 分 解 菌 が 最 も高 率 に存 在 し,ペ クチ ン ・キ チ ン分 解 菌 は 底 質 申 に周 年 認 め られ, 海 藻 多 糖 類 分 解 能 を もつ もの は底 質 よ りも海 水 に 多 く見 られ た
4)多 糖 類 分解 能 か ら見 た菌 群 構成 は季 節 に よ って異 な り,11月 試 料 では 各 種 多 糖 類 分 解 能 を もつ 菌 群 て 構成 され,他 は比 較 的単 純 な 構成 て あ っ た
文 献