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梅毒性直腸炎を契機に HIV 感染症の合併が判明した 1 例

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平成24年 7 月20日

梅毒性直腸炎を契機に HIV 感染症の合併が判明した 1 例

東京都立駒込病院感染症科

小林謙一郎 柳澤 如樹 菅沼 明彦 今村 顕史 味澤 篤

(平成 24 年 3 月 23 日受付)

(平成 24 年 4 月 23 日受理)

Key words : syphilitic proctitis, HIV infection,Treponema pallidum

HIV 感染症と梅毒は高率に合併することが知られ ているが1)2),わが国では HIV 感染症と梅毒直腸炎の 合併例の報告は少ない3)4).一方,梅毒直腸炎は抗菌薬 の投与で治癒が期待できる疾患であるため,確実に診 断する必要がある.近年,わが国の梅毒患者が増加し ていることを鑑みると5),今後臨床現場で梅毒性直腸 炎に遭遇する可能性は高くなることが予想される.今 回,我々は,梅毒性直腸炎を発症し,精査にて HIV 感染症の合併が判明した 1 例を経験したので報告す る.

患者:26 歳,日本人男性.

主訴:肛門痛,血便.

既往歴:特記所見なし.

アレルギー歴:特記所見なし.

現病歴:2011 年 11 月上旬より肛門痛と血便を自覚 し,その後も症状の改善が認められなかった.近医を 受診し,大腸内視鏡検査を実施したところ,直腸に潰 瘍が認められた.男性との性交渉歴があることが判明 し,性感染症の精査目的で当院紹介となった.当院で の精査の結果,梅毒血清反応は高値であり,かつ,HIV 感染症の合併も確認された.その後,消化器症状に加 え,全身に皮疹が出現したため,精査加療目的のため 当院入院となった.

入院時現症:身長 167cm,体重 67kg.血圧 133!79 mmHg,体温 36.2 度,脈拍 90 回!分,SpO2 97%(室 内気下).意識清明,左扁桃の軽度腫脹および発赤あ り.白苔なし.呼吸音清,心雑音なし.体表リンパ節 触知せず.項部硬直なし.全身に最大径 8mm 大の紅 斑性丘疹が散在.手掌,足底にも同様の皮疹を認める.

入院時検査所見(Table 1):血算や生化学検査では,

炎症反応の上昇が認められる.CD4 陽性リンパ球数 227!μL,HIV-RNA 量 89,000copies!mL.HBs 抗 原 陰 性,HBs 抗体陽性,HCV 抗体陰性,RPR 163.2 R.U., TPLA 264.1 T.U..赤痢アメーバ抗体陰性.

入院時大腸内視鏡所見(Fig. 1):歯状線直上より Ra 領域まで大きな打ち抜き様潰瘍が多発していた.潰瘍 は非常に深く,汚い白苔が一部付着していた.潰瘍と 潰瘍の間には浮腫状の発赤した粘膜が介在していた.

大腸病理組織所見(Fig. 2):形質細胞やリンパ球 を中心とした高度の炎症細胞浸潤を伴った非特異的な 腸炎の所見であった.免疫染色では,Treponema palli- dumは認められなかった.サイトメガロウイルス,単 純ヘルペスウイルス(HSV),赤痢アメーバ原虫,ク リプトスポリジウム原虫の存在,およびカポジ肉腫を 示唆する所見は認めなかった.

入院後経過:入院時の採血で梅毒血清反応が陽性で あり,手掌や足底を含む全身に紅斑性丘疹を認めたこ とから,第 2 期梅毒と確定診断した.眼底検査や髄液 検査では,異常は認められなかった.直腸病変の確定 診断をつけるため,潰瘍部位から生検を実施したとこ ろ,高度の炎症細胞浸潤を伴う非特異的な腸炎像の所 見を得たが,原因微生物の特定には至らなかった.同 部位からのスワブ検体で,Neisseria gonorrhoeaeおよ びChlamydia trachomatisの PCR 検査を実施したが,い ずれも陰性であった.また,糞便検体で原虫検査を複 数回実施したが,赤痢アメーバ原虫は認められなかっ た.そのため,梅毒が直腸炎の原因であると臨床的に 判断した.梅毒に対する治療として,ペニシリン G 1,800 万単位!日を開始したところ,治療開始当日に 39 度の発熱が認められた.しかし,翌日には速やかに解 熱したことから,Jarisch-Herxheimer 反応と考えた.

治療開始とともに肛門痛は劇的に改善し,全身に認め

別刷請求先:(〒113―8677)東京都文京区本駒込 3―18―22

東京都立駒込病院感染症科 柳澤 如樹

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感染症学雑誌 第86巻 第 4 号 Fig. 1 Colonoscopic  findings  indicating  deep  ul-

cers  partially  covered  with  necrotic  tissue  on  the  wall  of  the  lower  rectum  surrounded  by  edematous mucosa.

Fig. 2 Histological findings showing a dense infil- trate  of  lymphocytes  and  plasma  cells  in  the  colonoscopic biopsy specimen (Hematoxylin and  Eosin staining).

Table 1 Laboratory data on admission

Hematology Biochemistry Infection

WBC 10,300/μL TP 9.0 g/dL HBs-Ag (−)

Neu 82.5% Cre 0.6 mg/dL HBs-Ab (+)

Lym 15.0% T-Bil 0.6 mg/dL HCV-Ab (−)

Mono 2.5% AST 21 IU/L CMV-Ag (−)

RBC 463×104/μL ALT 26 IU/L RPR 163.2 R.U.

Hb 14.4 g/dL Alp 241 IU/L TPLA 264.1 T.U.

Ht 42.4% LDH 158 IU/L E.histolytica Ab <100

Plt 24.8×104/μL CRP 3.5 mg/dL CD4 cell count 227/μL HIV-RNA level 89,000 copies/mL

られた皮疹も速やかに消退傾向を示した.抗菌薬投与 10 日目には血便も認められなくなった.治療開始 15 日目に実施した大腸内視鏡検査で,潰瘍病変は著明に 改善していた.退院後に外来で実施した梅毒血清反応 は,治療開始 3 カ月目の時点で有意に低下しており

(RPR 7.8 R.U.),治療効果が得られたと考えた.

近年,米国では,性行為感染症の増加と共に,臨床 的に直腸炎と診断される男性同性愛者(men who have sex with men ; MSM)の患者が増加傾向にあ る6).MSM の患者で発症する直腸炎は,いわゆる「gay bowel syndrome」と総称される一つの疾患として知 られている.直腸炎を起こす主な原因微生物として,

N.gonorrhoeae,C.trachomatis,HSV,およびT.pallidum があげられる.臨床的に直腸炎と診断された MSM 患 者 101 例 を 対 象 と し た 米 国 の 報 告 で は,N.gonor- rhoeae,C.trachomatis,HSV,T.pallidumが そ れ ぞ れ 30%,19%,16%,2% の割合で認められた7).この 結果より,梅毒による直腸炎は,他の原因微生物と比

較して頻度が低いと言えよう.一方,わが国では,梅 毒性直腸炎の報告はあるものの,本例のように HIV 感染症との合併例は少ない3)4).しかし,当院を受診し た新規 HIV 感染者約 1,000 例の調査では,およそ半 数が TPLA 陽性であり,HIV 感染症と梅毒の合併率 は高いことが判明した2).わが国では未だ新規 HIV 感 染者が増加していることを鑑みると,今後このような 症例に遭遇する可能性は十分考えられる.

梅毒性直腸炎の内視鏡所見は,下部直腸前壁に単発 もしくは多発する白苔を伴う潰瘍性病変が典型的であ ると報告されており,本症例も同様な所見を呈した.

しかし,藤田らの報告では,潰瘍形成を伴った隆起性 病変に加え,約 10cm にわたる内腔狭窄の所見が認め られている4).また,梅毒性直腸炎が直腸癌と類似し た形態をとることもあり8),過去には外科的切除され た報告も存在する9).このように,梅毒性直腸炎には さまざまな内視鏡所見を呈することがあることを念頭 に置く必要がある.

梅毒性直腸炎の確定診断には,病変部位からT.palli- dumが検出されることが必要とされる.しかし,臨

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梅毒性直腸炎と HIV 感染症を合併した 1 例 417

平成24年 7 月20日

床的に梅毒性直腸炎と診断された症例でも,組織から 病原体が証明されないことも多い.藤田らは,わが国 で 2002 年 3 月まで検索しえた梅毒性直腸炎 16 例の報 告中,10 例は直腸病変の生検組織からT.pallidumが 証明されなかったと報告している4).加えて,組織検 体の染色方法でも,T.pallidumの検出率に差がでるこ とが知られている.今回我々は,従来から使用されて いる鍍銀染色(Warthin-Starry 法など)ではなく,よ り感度や特異度が高いことが報告されている免疫染色 を用いたが10),病原体を検出することができなかった.

近年は,さらに検出率が高い PCR 法の有用性が報告 されており11),今後臨床現場での使用が期待される.

しかし,Pleimes らは,HIV 感染症と梅毒の合併症例 において,免疫化学染色および PCR 法の双方を使用 しても,組織からT.pallidumを検出できなかった症 例を報告している12).T.pallidumは培養が不可能であ ることを鑑みると,梅毒血清反応が梅毒診断の主とな ることが言えよう13).上記の点を踏まえ,本症例では 組織検体でT.pallidumは検出されなかったものの,典 型的な直腸所見に加えて梅毒血清反応が陽性,紅斑性 丘疹の存在,直腸炎の頻度が高い原因微生物(N.gon- orrhoeae,C.trachomatis,HSV)の除外,ペニシ リ ン G 投与による速やかな症状の改善などの所見から,梅 毒性直腸炎と判断してよいと考える.

梅毒の臨床経過は,一般的に 4 つ病期に分類できる が,第 2 期梅毒の病期では多彩な症状を呈することが 知られている14).この病期では,さまざまな臓器を障 害することがあり,他の疾患と鑑別することが困難な 場合がある.また,梅毒が HIV 感染症と合併した場 合,その臨床症状や検査所見は非典型的であることが 多く,診断は更に難しくなる1)15)16).本症例でも,当院 初診時には直腸炎の所見のみで,梅毒の診断の契機と なることが多い皮疹は認められなかった.すなわち,

梅毒の診断に当たって臨床医は,性交渉歴を含む詳細 な病歴聴取,身体所見や検査所見をあわせて,総合的 に判断することが重要である.また,本症例や,わが 国で過去に報告されている症例のいずれも,直腸炎の 診断時に HIV 感染症は判明していなかった3)4).直腸 炎の存在は,HIV 感染症に罹患するリスク因子であ る17)18)ことを念頭に置いて,一つの性行為感染症を診 断したら,他の性行為感染症を合併している可能性を 常に意識して,診療に臨む必要がある.

利益相反自己申告:申告すべきものなし.

謝辞:本稿執筆にあたり,東京都立駒込病院病理科比島 恒和先生,東京都立駒込病院消化器内科藤原崇先生には多 大なご助言を頂きました.この場をお借りして深謝致しま す.

文 献

1)Lynn WA, Lightman S:Syphilis and HIV : a dangerous combination. Lancet Infect Dis 2004;4:456―66.

2)柳澤如樹:HIV 感染症と梅毒の重複感染.病原

体微生物検出情報 2008;29:242―3.

3)平野憲朗,田口忠男,野瀬晴彦,菰田文武,崔

世浩,今野暁男:梅毒性直腸炎が疑われた HIV 感染症の 1 例.胃と腸 1999;34:1565―70.

4)藤田晃司,松原健太郎,村井信二,浅野 朗:HIV 感染者に発症した梅毒性直腸炎の 1 例.Gastroen- terol Endosc 2002;44:1862―5.

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Pathologically confirmed malignant syphilis in an HIV-infected patient. Intern Med 2011;50:

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17)Craib KJ, Meddings DR, Strathdee SA, Hogg RS, Montaner JS, OʼShaughnessy MV,et al.:

Rectal gonorrhoea as an independent risk factor for HIV infection in a cohort of homosexual

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感染症学雑誌 第86巻 第 4 号 men. Genitourin Med 1995;71:150―4.

18)Schwarcz SK, Kellogg TA, McFarland W, Louie B, Klausner J, Withum DG,et al.:Characteriza-

tion of sexually transmitted disease clinic pa- tients with recent human immunodeficiency vi- rus infection. J Infect Dis 2002;186:1019―22.

Syphilis Proctitis Complicated with HIV Infection : A Case Report Ken-ichiro KOBAYASHI, Naoki YANAGISAWA, Akihiko SUGANUMA,

Akifumi IMAMURA & Atsushi AJISAWA

Department of Infectious Diseases, Tokyo Metropolitan Komagome Hospital

We report on a 26-year-old Japanese man who was referred to our hospital because of anal pain and he- matochezia. On admission, in addition to his gastrointestinal symptoms, a generalized maculopapular rash was observed, involving the palms of his hands and soles of his feet. His history and physical examination were compatible with syphilis, confirmed by a high syphilis titer on blood examination. Further tests re- vealed the presence of HIV infection, with a CD4 cell count of 227!μL. Colonoscopy demonstrated a deep ul- cer in the lower rectum, although biopsy specimens did not reveal any syphilis spirochetes, or any other specific microorganisms. Intravenous penicillin G was initiated, resulting in a dramatic improvement of the ulcers along with the skin lesions confirming the diagnosis of syphilis proctitis. A rapid plasma reagin titer test performed 3 months after treatment demonstrated significant decrease, indicating successful treatment.

〔J.J.A. Inf. D. 86:415〜418, 2012〕

Fig. 2 Histological findings showing a dense infil- Fig. 2 Histological findings showing a dense infil-trate  of  lymphocytes  and  plasma  cells  in  the  colonoscopic biopsy specimen (Hematoxylin and  Eosin staining).

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