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『日本案内記』に見る国定公園の旅行記事に関する一考察

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『日本案内記』に見る国定公園の旅行記事に関する一考察

―昭和初期における観光文化研究―

A Study of the Travel Articles in Quasi-National Parks Through an Analysis of the Travel guide,Nihon-Annaiki

―A Study of the touristic culture,1929-1936―

谷沢 明 TANIZAWA Akira

Abstract

This report was written as part of a touristic culture study to investigate through scenery. The documents to use as an analysis document are "Nihon-Annaiki" (all eight volumes, 1929-1936) which the Ministry of Railways edited. These books get on evaluation that is high as the guidebook which is a high level. The situation of the sightseeing spot is described minutely and serves as a reference in knowing the figure of the sightseeing spot in the early stage of the Showa era. The description of the natural scenery is full of details at the same time, too. The object of this report is the quasi-national parks of Japan.

Attention is paid to a description mainly of the scenery such as the mountains, wetlands, gorges,

waterfalls, hot springs in quasi-national parks. Through the decoding of the travel articles, I clarify how to take in scenery. And, in a sightseeing tour around nature, I clarify what kind of form quasi-national parks intended to attract attention should be. This study is based on a similar study that I analyzed for national parks until now and is on the extension line.

はじめに

本稿は、鉄道省『日本案内記』(全

8

巻、昭和

4

11

年刊行)に記載された、戦後に国定公園 に指定される景勝地を対象とする旅行記事を資料として、昭和初期における観光地の状況、観 光の在り方を探ることを目的とする観光文化研究である。これまで、国立公園を対象に同様な 目的の研究を行い、その成果として四つの拙稿をまとめた。先ず、『クーポンで國立公園めぐ り』に見る遊覧旅行の一考察」1においては、本来、自然環境を保護すべく制定されるべき国立 公園は、我が国において国民の健康増進はもとより、より濃厚に観光のための場として捉えら れ、いち早くクーポン利用の遊覧コースとして企画がなされていた事実を明らかにした。次い で、『日本案内記』に見る国立公園の旅行記事に関する一考察」(1)~(3)2においては、国 立公園に指定されたエリア内にある山岳・湖沼・峡谷・瀑布・温泉等の景勝地を中心とする『日

(2)

本案内記』の記述に着目し、旅行記事の解読をとおして、当時の景観の捉え方を明らかにする とともに、景勝地が観光利用において如何に着目されていたのかを指摘した。本稿は、以上の 研究を踏まえ、戦後、新たに国立公園に準じるものとして生まれた国定公園の景勝地を抽出し て、それらの場所が自然を巡る観光旅行においてどのような形で注目がなされていたかを明ら かにするものである。なお、山岳の登山案内については対象から除外する。先ず、国定公園を 指定年代順に示すと〈表

1

〉のとおりである。

〈表

1〉国定公園一覧

指定年 国立公園名(月日)

昭和25年(1950 昭和30年(1955 昭和31年(1956 昭和33年(1958)

昭和34年(1959)

昭和38年(1963)

昭和39年(1964)

昭和40年(1965)

昭和42年(1967)

昭和43年(1968)

昭和44年(1969)

昭和45年(1970

昭和47年(1972 昭和48年(1973 昭和49年(1974 昭和50年(1975 昭和56年(1981 昭和57年(1982 平成 2 年(1990 平成19年(2007 平成28年(2016)

琵琶湖(7.24、佐渡弥彦米山(7.27、耶馬日田英彦山(7.29

若狭湾(6.1、日南海岸(6.1)北長門海岸(11.1、秋吉台(11.1、石鎚(11.1 玄海(6.1

三河湾(4.10)、金剛生駒紀泉(4.10)、大沼(7.1)、網走(7.1)、南房総(8.1)

水郷筑波(3.3)

ニセコ積丹小樽海岸(7.24)、鳥海(7.24)、比婆道後帝釈(7.24)、蔵王(8.8)

飛騨木曽川(3.3)、剣山(3.3)、八ヶ岳中信高原(6.1)、室戸阿南海岸(6.1)

丹沢大山(3.25)、祖母傾(3.25)

高野龍神(3.23)、明治の森高尾(12.11)、明治の森箕面(12.11)

能登半島(5.1)、加賀越前海岸(5.1)

下北半島(7.22)、栗駒(7.22)、鈴鹿(7.22)、壱岐対馬(7.22)

天竜奥三河(1.10)、西中国山地(1.10)

妙義荒船佐久高原(4.10、氷ノ山後山那岐山(4.10

揖斐関ケ原養老(12.28、愛知高原(12.28、室生赤目青山(12.28 大和青垣(12.28

沖縄海岸(5.15、沖縄戦跡(5.15、北九州(10.16 男鹿(5.15、越後三山只見(5.15

日豊海岸(2.15、奄美群島(2.15 津軽(3.31

日高山脈襟裳(10.1

九州中央山地(5.15、早池峰(6.10 暑寒別天売焼尻(8.1

丹後天橋立大江山(8.3 京都丹波高原(3.25)

*ただし、公園名は現在の名称。のちに国立公園に昇格したものは割愛。

(3)

1.北海道の国定公園

『日本案内記北海道篇』によると、その後国定公園に指定される景勝地として古くから注目 されていたものに、駒ヶ岳の麓に点在する大沼・小沼・蒪菜沼の三湖を中心とする大沼の地が 挙げられている。そこには大正

11

年開園の道立大沼公園があり、すでに、遊覧客で賑わいをみ せていた。大沼公園は「大沼、小沼、蒪菜沼の三湖及付近の地で、面積約一三方粁、その約八 割は水面が占め、三十二湾、百二十六島を数へ、近く駒ケ岳の峻峯聳え風景麗美、小沼山一名 日暮山から展望すれば絵よりも美しい風光が眼下に見渡される」3と記し、駒ケ岳を背景とした 湖沼に浮かぶ小島の織りなす風景美が知られていた。この大沼公園の施設・設備について「歩 路、橋梁、四阿、鹿園、雉園、植物園等があり、旅館、飲食店、遊覧船、貸ボート等も完備し、

避暑によい。冬は湖沼が凍結してスケートが行はれる」4とあり、年間

20

万人もの遊覧者があ ることを述べる。

ニセコ積丹小樽海岸については、ニセコアンヌプリ、積丹半島、神威巖、雷電海岸、オタモ イ等の記載がある。ニセコアンヌプリ一帯の山々は、雪量・雪質からスキー地として注目され、

「近年本州方面から訪れるスキー客も多く、年々外人スキー家を迎へる様になった」5と記し、

その雪質の良さから注目を集めていた。なお、ニセコが広く世に知られるようになったのは、

昭和

3

年、秩父宮殿下がスキー登山を楽しまれたことによる。積丹半島や小樽海岸は、奇岩怪 石の海岸線の景観を特色とする景勝地が挙げられている。

網走については、猿澗湖(サロマ湖)網走湖・能取湖の三湖及び二展望地の記載のみで、濤 沸湖6は項目に上がっていない。猿澗湖の解説に記された「風光雄大荒涼」といった感じが、こ の地の風景をよく言い表しているのではないか。暑寒別天売焼尻は、天売島・焼尻島のごく簡 単な説明があるにすぎない。日高山脈襟裳岬については、取り上げられていない。なお、北海 道の国定公園における『日本案内記』記載項目の一覧は〈表

2

〉のとおりである。

〈表

2

〉北海道の国定公園における『日本案内記』記載項目

大沼国定公園:【大沼公園】【大沼】【小沼】【蒪菜沼】【明治天皇蒪菜沼御小休場】【養狐場】【駒ヶ岳】【留 の湯温泉】

網走国定公園:【網走湖】【天都山】【三眺山】【能取湖】【猿澗湖】

ニセコ積丹小樽海岸国定公園:【昆布温泉】【ニセコアンヌプリ付近スキー場】【山田温泉】【雷電海岸】【積 丹半島】【神威巌】【神威岬灯台】【蘭島海水浴場】【兜岩】【塩谷海水浴場】【赤岩】【オタモイ】

暑寒別天売焼尻国定公園:【天売島、焼尻島】【天売島海がらす蕃殖地】【暑寒別岳】

*日高山脈襟裳岬国定公園関係については記載なし。

大沼・小沼・蒪菜沼の三湖と駒ヶ岳を中心とした景勝地の記述をみていこう。先ず、大沼は

「湖上に八十一島点在し、悉く樹木を以て蔽はれ、西南の方小沼と断続する狭戸付近に著しく 密集して居る」7と、湖上に点在する多くの島が風景に彩を添えている様を述べる。小沼は「湖

(4)

上の島嶼は三十一を数ふ。(中略)車窓から望む大沼公園の水色は主としてこの小沼である」8と、

車窓からの風景に触れる。湖畔を通る鉄道開通により車窓からの水辺風景が多くの人の目に留 まり、それが大沼の名を高めていった。大沼駅開業は、明治

36

年のことであった。蒪菜沼は「島 嶼の数は僅に十四、(中略)湖中に蒪菜を産すること多く、湖名はこれから来て居る」9とし、

風光は小沼よりも劣っていると評す。駒ケ岳は「景勝地大沼の北に火山特有の雄大なスロープ を流し、西端の駒ケ岳最高点は尖峯を聳え」10とあり、その端整な山容は大沼駅から森駅付近 まで車窓から展望できる、と紹介する。大沼三湖の風景を引き締めているものが、まさに駒ヶ 岳である。

大沼の地は、函館から小樽へ抜ける街道の要衝で、街道が整備された明治

5

年に宮崎重兵衛 が蒪菜沼の東岸沼畔で旅館を開いた。明治

14

年の明治天皇御巡行の折、その宮崎家が御小休所 となったことが本書に掲載されている。明治前期は、蒪菜沼付近が注目されていたが、明治後 期の鉄道開通により大沼公園駅(明治

40

年開業)方面に賑わいの中心地が移った。やがて大正 期に大沼公園が開園すると、大沼付近は観光地として確固たる地位を占めるに至ったのである。

ニセコ積丹小樽海岸の景勝地として、積丹半島、神威巖、雷電海岸、オタモナイについて触 れたい。積丹半島は「海岸は紆余曲折、奇岩怪石点綴し、大小数十の隧道があり、勝景から勝 景に続いて居る。また鰊漁旺盛時代の豪壮な設備を瞥見することが出来る。以北神威岬灯台ま では風景更によく、雷電海岸にも勝るものがあるが、二、三箇所は渡舟を要する」11と記す。

当時、自動車が通じていたのは岩内から盃(泊村)までであり、そこから

12

㎞北の大森(神恵 内村)まで道路が延びていた。ところが、それより北は道がなかったので探勝者は岩内から発 動機船を雇うしか神威岬に到達手段はなかった。12神威岬先端の海中にある神威巌は「古来西 蝦夷地の関門でこの岩より以北を神地となし婦女の通行を許さず、妻子を伴った移民はこれよ り北に進入する事が出来なかった」13と、その神秘性を述べる。神威岬には、その結界となる 門が今も残っている。

雷電海岸は「海岸は雷電、ビンノ、刀掛等岬角突出し、断崖絶壁削立して神工鬼斧を逞うす るところ、大小数条の瀑布は天空から白糸を垂れたるが如く、岩上に立てば碧潭静寂心膽を寒 からしめる。また奇巌怪石の間に洞窟が穿たれ、景趣雄大」14と記し、夏の探勝に絶好の地で ある、と述べる。岩内から雷電番屋まで自動車の便があったが、それより刀掛までの

8

㎞は徒 歩又は磯舟を雇って訪ねる場所であった。現在、雷電海岸にはトンネル続きの国道が整備され、

その海岸風景を味わうことは困難になり、観光地としての存在は忘れ去られようとしている。

小樽海岸のオタモイは「海岸一帯は数十丈の断崖絶壁をなし、天然の勝景に富み、舟遊にも 釣魚にも適して居る」15と記す。なお、本書では触れていないが、この場所に本書刊行同時期 の昭和

11

年、「オタモイ遊園地」が開園している。そして断崖絶壁の上に龍宮閣という巨大な 食堂・宴会場が建てられ、最盛期には一日数千人の人が訪れる一大娯楽施設が出現した。今は、

移築された龍宮門を除いて跡形もないが、当時の絵葉書を見ると楼閣をはじめとする諸施設が 建立されており、よくぞこのような場所に遊園地がつくられたものかと驚嘆する。

(5)

2.東北の国定公園

『日本案内記東北篇』において、特に著名な景勝地として、その後国定公園に指定されるも のに、男鹿半島の西南端、山寺が取り上げられている。男鹿の記述は、寒風山と男鹿半島巡り のわずか二項目にすぎないが、男鹿半島巡りは、船川港から加茂までの船から見える景観を事 細かに淡々と記している。また、蔵王国定公園に含まれる山寺立石寺は、山中に伽藍を構える 天台宗の山岳寺院であり、境内巡覧の見所を余すことなく伝える。蔵王国定公園では、その中 心である山形・宮城県境にある蔵王山をはじめいくつかの温泉等が取り上げられているが、と りわけ蔵王山の五色岳と御釜の景観描写は目を引く。

東北地方で最初に指定された鳥海国定公園では、秋田・山形県境の鳥海山、象潟、干満珠寺 等が取り上げられている。象潟は、鳥海山の北西麓に位置する旧潟湖で、九十九島・八十八潟 の景勝地として、松島と並び称される名所であった。

下北半島では、死者の霊魂が集まると信じられた地蔵信仰の霊場である恐山や、奇岩が立ち 並ぶ仏ヶ浦が景勝地として取り上げられている。恐山では、火口内にある恐山湖及び湖の北岸 にある火山活動の名残を留める間歇噴泉、温泉、噴気孔等に触れる。

栗駒では温泉、津軽では地域の記述が中心で、いずれも景勝地の景観についての記述はほと んどみられない。早池峰の記載項目は早池峰山一つのみである。なお、東北の国定公園におけ る『日本案内記』記載項目の一覧は〈表

3

〉のとおりである。

〈表

3

〉東北の国定公園における『日本案内記』記載項目

鳥海国定公園:【湯ノ田鉱泉】【大物忌神社吹浦口ノ宮】【鳥海山】【荘内の砂丘】【古の象潟】【干満珠寺】

【象潟海水浴場】

蔵王国定公園:【遠刈田温泉】【青根温泉】【峩々温泉】【蔵王山】【蔵王山麓スキー場】【山寺立石寺】【面 白山】

下北半島国定公園:【恐山】【恐山地蔵堂】【薬研温泉】【仏ケ浦】

栗駒国定公園:【鳴子温泉】【潟沼】【河原温泉】【新車温泉】【元車温泉】【赤湯温泉】【鳴子スキー場】【鬼 首間歇泉】【鬼首の諸温泉】【栗駒五湯】【酢川温泉】【栗駒山】

男鹿国定公園:【寒風山】【男鹿半島島巡り】

津軽国定公園:【岩木山】【小泊】【権現崎】【鰺ヶ沢町】【大瀬戸】【深浦港】

早池峰国定公園:【早池峯山】

*越後三山只見国定公園関係については記載なし。

ここでは、男鹿半島巡り、山寺立石寺、象潟、蔵王山、恐山、仏ヶ浦の景勝地の記述につい てみていきたい。

男鹿半島巡りは、先ず、船川港から鵜ノ崎までの海岸風景16を記す。次いで、能登山の椿北

(6)

限地に触れ、館山崎から塩瀬崎までの風景17を述べ、やがて現れる帆掛島と塩瀬崎の雄大な風 景をたたえる。男鹿半島「三大偉観」の一つ竜ケ島は「高さ二〇米ばかり、さながら竜が頭を 上げて昇天せんとする姿を示して半島の絶勝の一に数へられる。島の頂にはみさごが巣を構へ、

グアノが白く光る」18と記す。次いで竜ケ島から舞台島にかけての海岸風景19を記す。舞台島北 には「三大偉観」の一つ蒿雀ヶ窟があり「窟は海波の浸蝕によって穿たれたもので、入口は高 さ、幅共に六米ばかり、藍色の海水は暗黒の洞内に湛ひ凄愴の感がある」20と述べる。次に記 す大桟橋と称す石門も「三大偉観」として有名であった。やがて船は船隠の窟を過ぎ、白糸滝 を眺め、さらに進んで加茂に到着。当時、船川から加茂、戸賀を経て入道崎に至る道路はなく、

船での男鹿半島巡りであった。この男鹿半島巡りは、往復

5

時間に及ぶ船旅であった。

蔵王山は、熊野岳を主峰とする火山群で、熊野岳から刈田岳に至る外輪山の山列が連なり、

とりわけ、火口丘の五色岳、火口の御釜が奇観として有名である。五色岳と御釜について「東 半は爆裂のために飛散し、そこに火口丘が生じた。それが五色岳で、火山灰、砂及礫の互層か ら成る鈍頂錐状をなし、その西腹に御釜と称する火口がある。直径約三〇〇米の円形の湖をな し、濁緑色の温水を湛へ、時々その水を奔騰させまた泥土を噴出することがある」21と記し、

ことに、御釜の付近は深く泥状の火山灰で被われて凄愴な光景を呈している、と述べる。また、

杉ヶ峯付近の樹氷の美観を挙げ、スキー家でなければ見られない、と記す。

山寺立石寺は「高橋を渡って川向から宝珠山を仰ぎ見ると、或は岩上に或は樹木の間に大小 種々の建物が隠見して全山の景を見渡すことが出来る。秋季紅葉の頃は風景が極めてよい」22と、

山岳寺院の姿を概観するとともに、浸蝕を受けた凝灰岩が奇岩の勝景を形づくる景観上の特徴 を述べる。とりわけ断崖絶壁に建つ釈迦堂付近について「断崖をなす巖頭に位し、遠山近水眉 間にあり、寸馬豆人一眸に入るの壮観を恣にする処である」23と記す。さらに、絶壁をなして 屹立する天狗岩から山形盆地を隔てて月山などの山峰の展望が絶佳であることも述べる。

象潟は「稲田のある平野はもと一面の浅湾で、象潟と称し数多の小島が散在して、鳥海山が その影を映し風景の美しい処であった」24と、在りし日の状況を述べる。象潟は、鳥海山の噴 火で崩れた山が日本海に流れ込み、浅海と小島ができ、やがて砂丘によって潟湖が生じて形づ くられた景観を特色とした。ところが、文久元年の地震で海底が隆起して、その景観は失われ てしまった。しかしながら、名所としての名だけは、保ち続けていた。

恐山については、恐山湖、湖畔の景観、地蔵信仰に触れる。恐山の火口内の恐山湖は「碧色 の水面を始めて見る時は、神秘的な山霊に接する思いがある」25と、霊山にある神秘的な湖の 姿を記す。また恐山湖北岸は火山活動の名残を留め、地獄と称される幾多の間歇噴泉噴気孔が 点在する様を述べる。26さらに、石英粗面岩の風化により生じた白みを帯びた極楽浜の景観に ついて記述が及ぶ。27

下北半島西岸の佐井村にある仏ヶ浦は「凝灰岩が浸蝕を受けて種々の異形を呈したもので、

親子岩、十三仏、地蔵岩、如来ノ頭岩、天竜岩、片岩、五百羅漢、蓬莱岩、香炉岩、燭台岩、

蝋燭岩などの名称が付せられて居る」28と、奇岩怪石の林立する様を記す。当時、恐山までは

(7)

自動車の便があったが、仏ヶ浦へは、北海道函館から船で佐井村まで行ってそこから徒歩

20

㎞ときわめて不便な場所であった。仏ヶ浦は大正

11

年、その地を訪れた大町桂月により命名さ れ、この奇勝が世に紹介された。そのようなこともあって、僻陬の地にもかかわらず本書に取 り上げたられたものであろうか。

3.関東の国定公園

『日本案内記関東篇』には、関東地方には名勝地、遊覧地が多い、と記述されている。そし て、日光、箱根を自然美と景勝地の代表格として挙げるとともに、富士山の秀容を前景、背景、

添景とするところに関東地方における名勝地が価値づけられていることを説く。また、保養遊 覧の人を惹く力を持つ温泉地が多く、風光明媚な海岸地方が多いことも関東地方の特徴である ことを指摘する。29

戦後、国定公園に指定された場所を対象として、本書の記載項目をみると南房総が

49

項目の 多くを占めるが、うち

21

項目が海水浴場である。南房総は「東京湾及浦賀水道に臨める方面は 波静かな遠浅の海で、箱根や天城の連峰、富士の秀容などが眺められ、太平洋に直面せる方面 は波荒く、怒濤に洗はれた雄壮な風景を作って居るが、所々湾入せる所や九十九里浜一帯など 海水浴に適する所がある」30と記し、海岸一帯は風景美に富み、海水浴に適するので、別荘を 建てる都会人が少なくないことを述べる。

次いで記載項目が多いのは水郷筑波であり、霞ケ浦、筑波山、水郷、銚子磯巡り等の記載が みられる。とりわけ霞ケ浦は「筑波山の化粧鏡で、利根の大江と相連りて他に類例なき水郷の 景致を描き、香取、鹿島の両宮と相俟って、名勝地としての栄ある将来を有って居る」31と、

筑波山あっての霞ケ浦であること、類例を見ない水郷景観を呈している様を強調する。

その他の国定公園についての記載項目は少ないが、妙義山についてはその特異な山容が注目 されている。なお、関東の国定公園における『日本案内記』記載項目の一覧は〈表

4

〉のとお りである。

房総半島や水郷筑波は、東京から手ごろな周遊コースとして「房総一周」「香取鹿島銚子めぐ り」の旅行日程案が提示されている。「房総一周」32については、両国橋発の勝浦廻り(

1

2

日)、木更津廻り(

2

3

日)の二案が示されている。そこには、主な見所として誕生寺、鯛ノ 浦、清澄山、日蓮上人小松原法難の址、鋸山、鹿野山、神野寺、九十九谷、船形観音、那古観 音、館山付近、安房神社、布良、白浜、千倉が挙げられている。

「香取鹿島銚子めぐり」33は、二日間と三日間の二案が示されている。たとえば三日間のコ ースは、成田不動、宗吾霊堂、香取神宮に参拝して、佐原から船で与田浦、十二橋、潮来など 水郷を巡って大船津に上陸、鹿島神宮、息栖神社に参拝して、銚子の磯巡りをして帰路につく、

というものであった。

(8)

〈表

4

〉関東の国定公園における『日本案内記』記載項目

南房総国定公園:【房総沿岸】【布引ヶ浜海水浴場】【新舞子海水浴場】【鹿野山】【神野寺】【湊海水浴場】

【金谷海水浴場】【保田海水浴場】【鋸山】【日本寺】【勝山海水浴場】【富山】【高崎鉱泉】【富浦海水浴場】

【那古船形海水浴場】【那古寺】【崖観音】【北条海水浴場】【館山の隆起珊瑚礁】【洲ノ崎】【安房神社】【南 房州海岸】【野島崎灯台】【千倉鉱泉】【千倉海水浴場】【江見海水浴場】【太海海水浴場】【仁右衛門島】【鴨 川海水浴場】【鏡忍寺】【天津海水浴場】【清澄寺】【清澄寺の大杉】【千葉県演習林】【小湊海水浴場】【誕 生寺】【妙ノ浦】【興津海水浴場】【守谷洞窟】【鵜原海水浴場】【勝浦海水浴場】【高照寺の乳銀杏】【御宿 海水浴場】【日西墨交通発祥記念碑】【大原海水浴場】【照願寺】【大聖寺】【長者町海水浴場】【太東岬海浜 植物群落】

水郷筑波国定公園:【霞ヶ浦】【筑波神社】【筑波山】【加波山】【雨引観音(楽法寺)【香取神宮】【水郷】

【潮来】【鹿島神宮】【息栖神社】【銚子海水浴場】【銚子磯巡り】

丹沢大山国定公園:【大山(雨降山)【大山不動明王像】【日向薬師(宝城坊)【七沢鉱泉】

明治の森高尾国定公園:【高尾山薬王院(有喜寺) 妙義荒船佐久高原国定公園:【妙義神社】【妙義山】

上記が、房総や水郷筑波の観光地として当時注目されていた場所である、と考えられる。こ の中で景勝地を挙げれば、南房総の鴨川、水郷、銚子磯巡りであろう。外房第一の繁華な地で ある鴨川は「付近の海面には弁天島、海鹿島、鵜島などの小嶼点在して好風景をなし、また付 近の東条村には日蓮聖人小松原法難の跡を伝ふる鏡忍寺、掛松寺などあり」34と、外房遊覧の 一中心地をなしていることを述べる。

水郷は利根川の河中に生じた砂洲であり、香取から鹿島に至る発動機船に乗り、特異な風景 を鑑賞することができる、と案内する。先ず、利根川を横ぎり、奥田浦沼を経て堀割に入り、

磯山集落を通過すると加藤洲十二橋となる。ここで船は発動機の運転を中止し、狭い堀割を楫 によって進む。船から見た風景は「水際にはまこも、あやめなどが生育する。人家のある処に は必ず橋あり、その数今は十一を算へる」35と記す。やがて、船は北利根川に入り、潮来に到 着する。潮来は、古くから鹿島、息栖、香取の三社詣での船客が留まる地として栄えた場所で、

水郷一帯を見下すことができる稲荷山が風景がよい場所として紹介されている。

銚子海岸は「風景美に富み、磯めぐりに、海水浴に、船遊びに、行楽地として世に知られて 居る」36と紹介され、とりわけ、利根川河口、黒生、海鹿、君ヶ浜、犬吠岬、西明浜、外川、

犬若を巡遊する「銚子の磯巡り」が遊覧コースとして知られていた。銚子駅から外川まで電車、

海岸沿いを往く自動車の便もあって交通は便利であった。

4.中部の国定公園

『日本案内記中部篇』に記述された、その後国定公園に指定される中部の景勝地は多数存在 する。日本海側では、新潟県の弥彦神社や弥彦山の北側に位置する浦浜がこれに相当する。佐

(9)

渡島には外海府海岸や尖閣湾といった景勝地があるものの、それらは本書では取り上げられて いない。福井県若狭湾の景勝地は、気比松原、三方三湖、蘇洞門に代表される。また加賀越前 海岸では、福井県の東尋坊が名だたる景勝地である。石川県能登半島には能登金剛・曽々木海 岸・禄剛崎といった景勝地があるものの記載がなく、九十九湾、和倉温泉の風光の記述にとど まる。

太平洋側に目を転じると、愛知県の三河湾では伊良湖岬、蒲郡、篠島等多くの風光明媚な場 所が紹介されている。また愛知高原では勘八峡、天竜奥三河では鳳来寺、鳳来峡、長野県の天 竜峡及び天竜下りが挙がっている。飛騨木曽川では愛知県の木曽川下りに光を当てる。他にも 景勝地の記述は少なくないが、ここでは割愛する。なお、中部の国定公園における『日本案内 記』記載項目の一覧は〈表

5〉のとおりである。

〈表

5〉中部の国定公園における『日本案内記』記載項目

佐渡弥彦米山国定公園:【国上寺】【弥彦神社】【浦浜】【岩室鉱泉】【佐渡島】【小木港】【小木の御所桜】

若狭湾国定公園:【敦賀港】【気比神宮】【金崎宮】【気比松原】【金ヶ崎、松原海水浴場】【常宮神社】【久々 子海水浴場】【三方三湖】【小浜町】【小浜海水浴場】【蘇洞門】【和田海水浴場】【若狭高浜海水浴場】

三河湾国定公園:【渥美半島】【百々陶器窯址】【渡辺崋山墓】【吉胡貝塚】【鸚鵡石】【渥美湾の海水浴場】

【伊良湖岬】【大恩寺】【御油海水浴場】【三谷海水浴場】【蒲郡町】【蒲郡海水浴場】【八百富神社社叢】【西 浦海水浴場】【知多半島】【亀崎町】【半田町】【武豊町】【河和海水浴場】【師崎海水浴場】【篠島海水浴場】

【内海海水浴場】【野間海水浴場】【大御堂寺】

飛騨木曽川国定公園:【犬山町】【犬山城址】【木曽川下り】【中山七里】

八ヶ岳中信高原国定公園:【八ヶ岳】【八ヶ岳山麓の諸温泉】

能登半島国定公園:【高松海水浴場】【気多神社】【七尾港】【能登国分寺址】【七尾城址】【能登島】【九十 九湾】【和倉温泉】【総持寺別院】【輪島町】

加賀越前海岸国定公園:【杉津海水浴場】【足羽山公園】【小舟渡遊園地】【旧玄成院庭園】【芦原温泉】【三 国】【東尋坊】【吉崎御坊】【塩屋海水浴場】【山中温泉】【栢野の大杉】【山代温泉】【片山津温泉】【粟津温 泉】【三湖台】

鈴鹿国定公園:【湯の山温泉】

天竜奥三河国定公園:【鳳来寺】【鳳来山】【湯谷鉱泉】【鳳来峡】【天竜川】【天竜峡及び天竜川下り】

揖斐関ヶ原養老国定公園:【谷汲山華厳寺】【房島の簗】【横蔵寺】【養老公園】【養老滝】【養老寺】

愛知高原国定公園:【勘八峡】【定光寺】

琵琶湖国定公園〔中部篇記載〕:【長浜町】【長浜城址】【宝巖寺】【都久夫須麻神社】【小谷城址】【賤ヶ岳古 戦場】【余呉湖】

(10)

先ず、日本海の景勝地に触れたい。越後国一宮である弥彦神社は「社殿は日本海に屹立する 弥彦山を負ひ、前に坦々として続く田野を望み、境内には老杉立ち並んで弥彦公園に続き、参 詣を兼ね遊覧する者が多い」37と記し、弥彦は信仰と遊覧を兼ねた地である、と述べる。弥彦 山裏一帯約

8

㎞にわたる浦浜は「弥彦の山裾が直に海水に洗はれて、奇岩怪石の多い景勝地を なして居る」38と、奇岩怪石がその風景を特色づけていることを記す。

若狭湾の景勝地では、気比松原、三方三湖(久々子湖、水月湖、三方湖)、蘇洞門が有名であ る。気比松原は「三万六千株の松樹生ひ、一勝区をなして居る。(中略)白砂青波に松の緑が配 して景色が佳い」39と、白砂青波に映える松原の景色を記す。三方三湖は「夏季は四湖めぐり 舟遊の楽が得られる」40と、日向湖を加えた四湖での遊覧が楽しめることを記すとともに、と りわけ付近の久々子海水浴場は奇巖や洞窟があって風景がよい、と紹介する。蘇洞門は「峻岩 峭立、島嶼起伏し、激浪のこれに砕くる様は頗る偉観で、大門小門の奇景、唐船岩、吹雪瀑、

沖の石などの奇勝がある」41と記し、陸路が通じていないので海路による外はない、と述べる。

越前海岸を代表する景勝地である東尋坊は「一帯の海岸、奇巖怪石峭壁の如く相連って、日 本海の蒼波に映じ、北方に斗出する安島岬からその岬頭に浮ぶ雄島に至るまで、自然の妙巧を 現はして居る」42と記し、この奇勝は安山岩が海蝕作用を受けて生じた景観であることを説く。

とりわけ東尋坊の七ツ池には柱状節理が発達し、「神斧鬼鑿」の絶壁をなす、と形容する。能登 半島の景勝地として早い時期から知られていたのは九十九湾と和倉温泉である。九十九湾43 小規模ながら風光が優れる、和倉温泉44は能登島を望む風光明媚な海岸温泉場である、と記す。

次に太平洋側に目を転じて、三河湾について触れたい。三河湾には、伊良湖岬、蒲郡、篠島 等の景勝地がある。伊良湖岬は「日出の石門、沖の石門などの名勝があり、(中略)石門の付近 からは眼前に神島を眺め、遥か彼方に伊勢路の連山が望まれて風光がよい」45と、三河湾に浮 かぶ神島や伊勢の山並みが風景を引き立てていることを記す。蒲郡は「東西北の三面は山に囲 まれ南は広濶渥美湾に臨む勝地を占めて居る」46と、風光地として知られていることを記し、

夏は海水浴によいので来遊するものが多い、と述べる。蒲郡付近には西浦をはじめ蒲郡・三谷・

御油の海水浴場があって、いずれも風光明媚な地として本書に紹介されている。知多半島先端 にある篠島周辺は「師崎の東南海上には佐久島、日間賀島、中手島、小磯島、篠島、野島、木 島、鼠島など星散し、その風光松島に似て居ると云ふので東海の松島と呼ばれ、篠島はことに 海水浴場として知られて来た」47と、小島の浮かぶ風景の良さを記す。篠島をはじめ知多半島 には河和・師崎・内海・野間の海水浴場があり、これまた風光明媚な地として本書に紹介され ている。

愛知高原には勘八峡の景勝地があり、「勘八山の西麓を流れる矢作川の渓谷を云ひ、里余の絶 勝を舟で賞することが出来る。付近は鵜飼の名所である」48と紹介されている。しかし、昭和

4

年の越戸ダム完成により、その風致は消滅した。

天竜奥三河には、鳳来寺、鳳来峡、天竜峡の景勝地があり、天竜下りが有名であった。鳳来 寺山の中腹にある鳳来寺は「参道の石段を約三〇〇米登ると朱塗の仁王門に達する。(中略)こ

(11)

のあたりから老杉巨岩道に迫りて頗る景趣に富み、(中略)仁王門から約一千余階の石段を登り、

仮本堂の前に達すると風景最も佳」49と、幽邃景勝の地であることを記す。湯谷駅付近にある 鳳来峡は「古生層流紋岩の岩磐上を奔流し、所々に瀑布をつくり、妙号池、浮石橋、チャチャ 淵、琵琶が淵などの勝地がある」50と記す。今日、鳳来峡は国道

151

号沿いの通過地点と化し、

観光地としての存在が忘れ去られている。

天竜下りは、時又駅付近から川船に乗り、

72

㎞の峡谷を下って中部に上陸する、所要時間約

6

時間半の船旅であった。当時の天竜下りは、今よりもずいぶん長い距離を下っていた。時又 を出た船から見る景色は「船が時又を出ると右岸に古刹開善寺の山門を指しつつ下り、約四粁 で水は岸壁の間に逼ってくる。垂竿岩、烏帽子岩の奇岩を迎へ姑射橋に近けば龍角峰は左方に 聳え、河床には仙状磐、帰鷹崖、芙蓉洞、炯々潭、姑射橋、樵蕪洞、浴鶴岩等の十勝の奇勝が ある」51と記し、右岸に天竜峡ホテルを初め、仙峡閣、亀鶴楼、龍角亭の茶亭が点々として見 える、と述べる。天竜峡は、弘化

4

年にこの地を訪れた阪谷朗廬により命名され、明治

15

年に 日下部鳴鶴が、前述した天竜峡十勝を選定・命名している。昭和

2

年、伊那電気鉄道の天竜峡 駅が設置されると、観光地としてその名が広く知られるようになった。

木曽川下りは、岐阜県美濃太田から愛知県犬山に至る約

12

㎞の川下りである。この木曽川下 りについて「近年日本八景の一に数へられ、川下り遊覧地となって居るのである。その風景は 夙に齋藤拙堂の下岐蘇川記によりて名高く、大正年間志賀矧川が欧州のライン河に髣髴たるも のがあると云つたので『日本ライン』の名にも呼ばれて居る」52と記す。矧川即ち志賀重昂が 日本ラインと命名したのは大正

2

年のことであり、その後、川沿いの風景を楽しむ川下りが開 始された。また、昭和

2

年、木曽川は「日本八景」に選ばれ、その名を不動のものとした。上 流の土田から、香木峡、坂祝、遊仙ヶ岡、浣華渓を経て犬山に至る木曽川下りは、数々の奇岩 怪石を目にしながら早瀬や深淵を下る楽しみがあり、その風景描写53は圧巻である。

5.近畿の国定公園

『日本案内記近畿篇』によると、その後国定公園に指定される景勝地として注目されている ものに、日本第一の大湖である琵琶湖、日本三景の天橋立、渓谷美の赤目の峡谷、香落渓が挙 げられている。琵琶湖は「その周囲には磯、松原、伊庭の内湖及余呉湖など衛星の如く付属し て、太湖と共に具に風景美を現はして居る」54と記し、古来富士山と並称して日本の二大名勝 に推されている、と説き、近江八景にも触れる。琵琶湖においては、竹生島55と海津大崎56が名 勝として特筆されている。

丹後の天橋立は「内海と外海との水の働きによって成った砂洲で、青松がながくこれを蔽う て絶景をなし、文殊、成相山を包括して、日本三景の一たる景観を現はして居る」57と、松林 が続く特異な砂洲景観を記し、付近の智恩寺(切戸の文殊)、籠神社、傘松公園、成相寺等が記 載項目にのぼっている。

渓谷美では、赤目の峡谷、香落渓の記載が目を引く。赤目の峡谷は「伊賀名張の奥にあり。

(12)

高見山に発源する滝川が滝長坂の懸崖峭秀に会して懸水激流となり、いはゆる赤目四十八瀑の 奇景を現出するものである」58と、赤目四十八滝の奇景を記す。また、香落渓は「曽爾から発 する青蓮寺川の穿つ峡谷で、谷相迫って絶壁をなすところ柱状節理の良好なる発達を現はし、

特異な景致をなして居る」と、柱状節理の特異な景観を指摘する。なお、近畿の国定公園にお ける『日本案内記』記載項目の一覧は〈表

6

〉のとおりである。

〈表

6

〉近畿の国定公園における『日本案内記』記載項目

琵琶湖国定公園:【彦根町】【井伊大老銅像】【招魂社】【彦根城址】【玄宮園、楽々園】【松原内湖】【佐和 山城址】【大洞弁財天】【宇曽川堤の桜】【伊庭内湖】【伊庭村遊園地】【寄須ヶ浜】【安土城址】【総見寺】【八 幡町】【八幡神社(日觸八幡宮)【長命寺】【沖島】【鏡山】【三上山】【草津町】【矢橋浦】【膳所町】【粟津 原】【瀬田橋】【石山寺】【宇治川舟遊(宇治川ライン)【大津市】【逢坂山と逢坂関址】【園城寺(三井寺)

【フェノロサ墓】【琵琶湖】【八景巡り】【島めぐり】【竹生島】【宝巖寺】【都久夫須麻神社】【多景島】【白 石】【日吉神社】【比叡山延暦寺】【求法寺慈恵大師像】【滋賀院】【乗実院】【恵日院慈眼大師像】【玉蓮院 不動像】【実蔵坊】【安楽律院】【西教寺】【唐崎の松】【雄琴温泉】【堅田町】【満月寺(浮御堂)【比良山】

【雄松崎】【白鬚神社】【朽木渓谷】【朽木スキー場】【海津大崎】【牧野スキー場】【比叡山】【比叡山鳥類 蕃殖地】【宇治川】【宇治橋】【橋寺】【宇治神社】【宇治上神社】【興聖寺】【朝日山】【宇治川発電所】【志 津川発電所】【大峯発電所】【宇治町】【平等院鳳凰堂】【十三重石塔婆】【浄土院客殿】

金剛生駒紀泉国定公園:【葛城山】【和泉葛城山ぶな林】【金剛寺】【千早城址】【金剛山】【生駒山】【宝山 寺】【生駒山遊園地】【信貴山】

高野龍神国定公園:【高野山】〔山内の諸堂【金剛峯寺】他62項目〕【町石】【里石】【高野材】【竜神温泉】

明治の森箕面国定公園:【箕面公園】【滝安寺】【勝尾寺】

室生赤目青山国定公園:【大野寺】【室生寺】【室生山暖地性羊歯群落】【室生龍穴神社】【三本松】【向淵す ずらん群落】【赤目の峡谷】【香落渓】

大和青垣国定公園:【丹波市町】【石上神宮】【崇神天皇山辺道勾岡上御陵】【景行天皇山辺道御陵】【長岳 寺】【大神神社】【玄賓庵】【長谷寺】

丹後天橋立大江山国定公園:【由良海水浴場】【宮津町】【智恩寺(切戸の文殊)【天橋立】【籠神社】【傘 松公園】【成相寺】【丹後国分寺址】【大内峠】【木津温泉】【久美浜湖】【小天橋海水浴場】【元伊勢皇大神 社】【大江山】

京都丹波高原国定公園:【峯定寺】【光明寺楼門】

若狭湾国定公園〔近畿篇記載〕:【舞鶴町】【舞鶴公園】【円隆寺】【新舞鶴町】【呼島公園】【中舞鶴町】【お ほみづなぎどり繁殖地】

琵琶湖の湖畔風景について、南部は近江八景で知られるが絶景は北部に多い、とその違いを 説く。中国の瀟湘に倣って近衛政家が選んだ近江八景59について、その名を紹介するとともに、

(13)

すでに当時、粟津、矢橋、唐橋は有名無実になっていたことをも記す。

当時、琵琶湖では、「八景巡り」「島めぐり」の船が就航し、湖は大いに観光利用されていた。

「八景巡り」60の船は、浜大津を発して、粟津の松原を望み、瀬田唐橋を経て、石山寺付近ま で至り、それより瀬田川を遡って湖上に出て、矢橋、三上山、比良山、堅田の浮御堂、坂本、

唐崎の松、三井寺等を見て、浜大津に帰着するもので、所要時間は

5

時間半であった。途中、

石山と堅田で

30

分ずつ上陸した。石山の景勝地には観音信仰の霊場・石山寺が伽藍を構えてい る。また、堅田には湖岸から湖中に突出した宝形造りの浮御堂(満月寺)があり、人々に親し まれていた。なお、浮御堂は「近年湖の水位低く堂の付近渚洲が多くなったので保勝会で改修 を企てて居る」61との記述があり、浮御堂が湖中に浮きにくくなっている様子が見て取れる。

琵琶湖の水位低下は、すでに昭和初年よりはじまっていたことをうかがう一文である。

「島めぐり」62の船は、琵琶湖北部の諸島を巡航していた。「島めぐり」は、浜大津を船出し、

唐崎の松、比叡山、坂本、三上山、堅田の浮御堂、近江舞子、白鬚神社、竹生島、多景島、沖 の白石、奥島、沖島を経て、長命寺を見物するもので、所要時間は

7

時間半であった。途中、

竹生島に

50

分、長命寺に

1

時間上陸して参詣するが、夏季には近江舞子でも

30

分停船してそ の風光を楽しんだ。船内には、食事、売店、娯楽等の設備のみならず、浴室まで備わっていた。

「島めぐり」の船が立ち寄る近江八幡の観音信仰の霊場である長命寺63や、比良川下流に位置 する近江舞子(雄松崎)64もまた琵琶湖における景勝地として知られていた。

琵琶湖の水が流れ落ちる宇治川沿岸も、古くから景勝地として知られていた。宇治は、宇治 川の山水明媚の地に建つ平等院鳳凰堂をはじめ、四季折々の遊覧地として知られ、納涼、蛍狩 り、紅葉狩り、茸狩りの地として有名であった。また、当時、遊覧モーターボートによりダム 湖の景勝を探る「宇治川舟遊」65があったことも記されている。

日本三景の天橋立は、特異な股のぞきの鑑賞方法を含めて紹介されている。よく知られてい るのが成相山傘松からの眺望、すなわち天橋立股のぞきであり、「傘松にある台石に上り股間か らこの天橋立を窺へば、一條の松翠波光に映じ、天上水あるが如く、海中天あるが如く、上な るが海か下なるか天か、自らの眼を疑ふと云ふ程の奇観を現ずるのである」66と、目に映る風 景を面白おかしく記す。相成山中腹の傘松公園67には股覗台があって、天橋立とともに名勝に 指定されていた。また、成相寺の弁天山は、傘松付近よりもさらに展望が開けるため、ここも また天橋立股のぞきの一勝地となっていた。籠神社脇から新傘松遊園まで天橋立鋼索鉄道が通 じていた。

渓谷美で知られる赤目の峡谷、香落渓においては、詳細な景観描写がみられる。名張川支流 の丈六川にある赤目の峡谷は「断崖飛瀑、潭淵を現はして景趣をなして居るところで、行者瀑 から始まって岩窟瀑に終わるまで、前澗後澗に分つてその間に飛泉懸水大小幾十を数へ、俗に これを赤目の四十八瀑と称して居る。(中略)瀑水と懸崖と盤石と樹林と相照映して幽邃極まり なき景致をなして居る」68と、滝の水、断崖、巨岩、周囲の樹林が光を受けて美しく輝き、物 静かで奥深い風致を記す。参宮急行の開通以来、夏秋の頃に特に観光の人が多くなった、とも

(14)

記されているので、観光客が増えたのは昭和 5 年以降のことである。

名張川の支流青蓮寺川の峡谷である香落渓は、渓谷の入口の晦淵から小太郎落しまで約 8 ㎞ 間が口香落、葛から長野に至る約 8 ㎞間が奥香落と呼ばれている。口香落69では、香落橋を渡 ったあたりから屏風を立てたような岩山が迫りくる峡谷の様子を記す。また、奥香落70では、

その代表的見どころである鎧ヶ岳、兜岩、屏風岩の柱状節理の岩山の景観を記す。あわせて、

この香落渓の探勝は、新緑、紅葉の頃が最適である、と述べる。

6.中国・四国の国定公園

『日本案内記中国・四国篇』によると、その後国定公園に指定される景勝地として注目され ているものに、中国地方では広島県の三段峡、帝釈峡、山口県の青海島、俵島、秋吉台があり、

四国では石鎚山麓の面河渓、剣山麓の祖谷渓、吉野川上流の大歩危・小歩危、太平洋に斗出す る室戸岬が挙げられている。

火成岩から成る三段峡は「流水堅岩上を浸して荘厳雄偉なる三段滝(雄滝)、三つ滝(雌滝)

等を作成し、(中略)瀑布と峡壁と淵瀬の自然景に特色を有し、その岩と水と緑樹と紅葉との諧 調に風景美を現し、特に峡中楓樹多く、秋季錦繍の美観中国地方第一に推すべきである」71と、

滝、峡壁、淵や瀬のおりなす自然がその風景美を形づくっていることを記す。

水成岩から成る帝釈峡は「雄大なる雄橋、雌橋の天然橋を作成して居る。(中略)天然橋、石 門、洞窟、ドリーネ、峡壁の自然景と、水力電気工事の為に築かれた堰堤の為に出来た神竜湖 に遊船を浮べらるるのが特色である」72と、天然橋、石門、洞窟、ドリーネ、峡壁、神竜湖の 形成する自然景観の魅力を述べる。

北長門海岸では山口県の青海島、俵島をはじめ、萩市の菊ヶ浜、明神池、笠山、東北部に位 置する須佐湾の景観が取り上げられている。同じく山口県の秋吉台では、特異な石灰岩地形で あるカルスト台地や、秋芳洞、大正洞、景清穴、中尾洞に記述が及ぶ。有名な秋芳洞について は「本洞は古来滝穴と呼ばれて居たが、大正十五年聖上陛下未だ東宮殿下であらせられた時、

洞内深く探勝遊ばされ、秋芳洞の佳名を下し賜った」73と記し、本邦既知の有名な石灰洞中最 大のものである、と称賛する。秋芳洞が観光利用されるようになったのは明治

42

年の開窟式以 降のことで、大正

11

年に国の天然記念物になり、大正

14

年に洞内照明が開始された。そして

15

年、当時の東宮殿下の命名により、秋芳洞は一躍有名になったのである。

四国の愛媛県面河渓は「鬱蒼たる森林は針葉樹と濶葉樹の混淆林で春花秋葉の色彩あり、こ とに秋季紅葉の碧水に照映する美観は四国地方第一に推すべきものである」74と記し、その紅 葉は四国第一である、と述べる。海岸風景では、高知県室戸岬を挙げ「豪壮な風景美に加へて 熱帯性の植物景観あり、日本八景の一に数へられて居る」75と記す。なお、中国・四国の国定 公園における『日本案内記』記載項目の一覧は〈表

7〉のとおりである。

(15)

〈表

7

〉中国・四国の国定公園における『日本案内記』記載項目

北長門海岸国定公園:【須佐湾】【萩市】【菊ヶ浜海水浴場】【志都岐公園】【志都岐山神社】【明神池】【笠 山】【笠山橘自生北限地】【六ツ島】【青海島】【大日比夏蜜柑原樹】【見島牛】【見島村の亀棲息地】【俵島】

秋吉台国定公園:【秋吉台】【秋芳洞】【中尾洞】【樫の森】【地獄台】【大正洞】【景清穴】【満珠樹林、干珠 樹林】

石鎚国定公園:【石鎚山】【石鎚山神社】【面河渓】

比婆道後帝釈国定公園:【帝釈峡】【帝釈台】【比婆山】【吾妻山スキー場】

剣山国定公園:【剣山】【祖谷渓】【大歩危、小歩危】

室戸阿南国定公園:【弁天島熱帯性植物群落】【八坂八浜】【室戸町】【一木神社】【金剛頂寺】【室戸岬町】

【最御崎寺】【室戸岬】【室戸岬亜熱帯性樹林及海岸植物群落】【室戸岬灯台】【淀が磯(飛石)【甲浦港】

西中国山地国定公園:【三段峡】【八幡高原】

氷ノ山後山那岐山国定公園:【氷の山、鉢伏スキー場】

三段峡、帝釈峡について触れたい。三段峡は、太田川上流の八幡川・柴木川、その支流の長 さ約

20

㎞にわたる渓谷であり、「豪壮なる飛瀑あり、清寂なる深淵あり、慘愴なる絶壁、洞窟 あり、昼尚暗き処女林あり、特に瀑布の多きことは他に稀である」76と記すとともに、その見 所は極めて多く景勝五十有余の多きに達する、と述べる。また、名勝地として指定(大正

14

年)されてから探勝者が増えたことにも触れる。三段峡へは横川駅から自動車の便があり、当 時「三段峡遊覧券」が発売されていた。

帝釈峡は、東城川の支流帝釈川の渓谷であり、帝釈集落から雌橋までの帝釈地方、神竜湖、

堰堤から和宗までの峡谷と三つのエリアがある。帝釈地方は「一大石灰洞たる白雲洞と、一大 天然橋たる雄橋が最も勝れ、清流に沿うて歩道がある」77と、白雲洞と雄橋の勝景を評す。神 竜湖は「その形竜に似、竜頭に当るところは真峡をなして屏風岩、幕岩あり、竜頸には矢不立 城山、烏帽子岩、下剣嶽、上剣嶽、紅葉橋があり、竜腹は

V

字谷開けて、聚落点在し、竜尾は また真峡をなして狗賓嶽の秀峯、堰堤がある」78と、多様な見どころを記す。堰堤から和宗ま では歩道が不備であるものの「勝景多く隠れ岩、面抜、霧降滝、花面狗賓嶽、蜂の子嶽、天川 洞屈、弘法嶽等の勝がある」79と、ここにも景勝地が多いことを述べる。帝釈峡へは東城駅、

庄原駅から自動車の便があって、探勝の北口に当たる永明寺から徒歩や遊船で峡谷を下りつつ、

帰路は犬瀬の紅葉橋畔から自動車で東城に戻るのが一般的なルートであった。

北長門海岸には、青海島、俵島、菊ヶ浜、明神池、笠山、須佐湾と多くの景勝地が点在して いる。青海島は「島の東、西、北の三面は怒濤に浸蝕されて、断崖、絶壁、洞門、石柱、岩礁 の奇勝連続すること一六粁に達する」80と、断崖、絶壁、洞門、石柱、岩礁の奇勝が風景を特 色づけていることを述べる。

俵島は「油谷半島の南面及西面に於ける柱状節理をなす玄武岩の奇勝地」81と記し、鎧ヶ瀬、

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