―EPDS に現れる軽い不調感情に焦点化して―
加來 秀俊
)・宮﨑 紀子
)・宮﨑 正浩
)【要約】
本研究は,産後うつ病のリスク要因を有する母親に注目するのではなく,
予防的観点から出産後早期の母親の誰もが抱く心理的不調感情に注目し,日 本版エジンバラ産後うつ病質問票(以下,EPDS)をもとに,そこに現れる 軽い不調感情が主としてどの質問項目に反映されているかの分析を行った。
そして,それらの不調感情がその後に増大・悪化しないためにも,この期間 に有効と考えられる心理支援について臨床心理学的観点から考察した。
調査手続きは,A医院(私設)の正期産正常分娩の母親を対象に,産後入 院中 〜 日目と産後 ヵ月目に EPDS を行い, 期両方の時期に回答が 得られた 名を調査対象とし,岡野( )の「EPDS の区分点とスクリー ニングの指標の関係」を参考に,低群( 点〜 点)・中群( 点〜 点)・
高群( 点以上)に分け,中群を軽い不調感情を有する群として位置づけ分 析した。結果は,出産後早期は,抑うつ気分のような精神的不調感情よりも,
不安・心配・自責などの心理的不調感情と,日常生活の中での機能不全感の ような心理社会的不調感情が優位に現れることが示唆された。
キーワード:EPDS,出産後 ヵ月間,軽い不調感情,心理支援
【問題と目的】
周産期 )は母親にとって,産前産後のマタニティブルーズに限定されない 多様な精神症状が現れ,放置すると慢性化する場合もあるという報告も多数
)活水女子大学文学部 )医療法人松角会 マムレディースクリニック
産科(助産院)通院
6ヵ月健診 9ヵ月健診 離乳食指導
育児相談
(希望者のみ)
出産 区市役所,保健センター
(母子手帳交付,両親学級)
新生児訪問 乳児健診
(3〜4ヵ月健診)
1ヵ月健診 産婦健診
妊娠中のうつ
マタニティーブルー
太字:産科 細字:保健センター等 グレーの字:小児科
散見され,戸惑いや困難が増大し育児不安が高まる時期は出産後 週間目か ら ヵ月の時期であると言われている) )。特に,日本人に特徴的なことと して,出産後早期には精神症状よりも身体的症状が優位に出現するとの報告 もあり ),それ故まず優先すべきは,心身の疲労を軽減できるような認知行 動療法の技法を扱うなど,この時期に特化した心理支援は必要であると思わ れ,その後に予測される心理的不調感情の増大・悪化,ひいては抑うつ症状 発症の予防になり得ると思われる。
しかし,現在の日本の産後支援システムでは,母親が産科医療機関を退院 し行政の支援が開始されるまでの 〜 ヵ月間,医療支援,母子保健支援の 介入は手薄になり,心理専門職による支援が行われているという報告はあま り無い(図 ),それ故,この期間に心理的不調感情を生じさせている母親 の多くは,適切なケアやサポートを受けることができずにいるのが現状であ る )。また,出産後 〜 ヵ月後に支援が開始されても,行政の母子保健 サービスによる産後支援がほとんどを占め(図 ),「不適切な養育(虐待)
の発見,児の保護」という意識下の介入が中心で,母親の育児機能の評価に 重点が置かれ,母親の不安や自責感を助長しているケースもあるという報告
図 :妊娠出産の経過と関わる機関や専門家(西園, )
保健師 11%
(N=129)
保健師 11%
(N=129)
助産師 23%
(N=281)
助産師 23%
(N=281)
母子保健推進委員 66%
(N=797)
母子保健推進委員 66%
(N=797)
もある)。そのような支援側の評 価の視線を強く出しすぎると,母 親は途端に心を閉ざし傷つきを強 めてしまうなど ),育児生活が始 まってからでは母親と支援者との 関係性がうまく築けず,スムーズ な援助に繋がらないことも有り得,
今後の育児生活の中で孤立し他者 に援助を求めなくなることも懸念 される)。
また,近年,産後うつ病や児童 虐待への早期発見・早期介入の重 要性が叫ばれているが,母親の精
神症状やその水準,さらには緊急性を考慮せず一方的に援助を押し付けても 良い結果は得られない )。岡野( )は,「周産期の精神疾患は全般的に 複雑な病像を呈して,国際精神科診断基準に合致しない事例が少なくないと いう印象を抱いた」と述べ,西園( )も「産後うつ病の区分点 点以下 図 :長崎県某市の乳幼児家庭全戸
訪問(生後 か月まで)にお ける訪問者の職種と訪問割合
( )
図 :産後の母親にみられるさまざまな精神科診断の例(西園, )
の EPDS 得点に位置する母親の中にも,産後うつ病以外の様々な症状や障 害が確認される。」(図 )と述べていることを鑑みれば,子育て環境も多様 化する現代社会において,母親の心理的問題も複雑化し,それぞれが抱える 心理的不調感情の種類や程度も多種多様になっていることが推察される。
さらに,既存の支援システムの方法論に関しても,児童虐待の未然防止に 努めることに重点が置かれすぎて,母親よりも児の健康状態に関心が向けら れがちな児側優先の支援になってはいないか,あるいは,母親の顕在的な不 安だけに向けられがちな侵襲的な支援になっていないか懸念される。当然,
児童虐待の未然防止への努力はなされるべきではあるが,それと同時に,児 の心身の健康を担保していくためには,育てる母親の安定した心身を守って いくことのほうが最優先されるべきことなのかもしれない。たとえ母子間で 虐待に至らなくても,同等の心理的葛藤が解消されず残っていたとしたら,
母親側のボンディングの形成過程上,児側のアタッチメント行動の発信過程 上の中で,うつ病に限定されない様々な症状として表出され ),母子相互作 用へ影響を及ぼしていく可能性も考えられる。吉田ら( )が「近年の母 子保健サービスでは,子育てに不安や戸惑いのある母親への育児相談にも応 じるようになってきているが,その母親は,あくまで乳幼児を連れてきてい る養育者としてのみ対応されがちで,その母親自身の精神面まではまだ直接 ケアの対象として十分に配慮されているとは言えない」と述べているように,
出産後早期の介入の場となる産科医療機関においては,医療・母子保健の介 入と同時に,母親一人一人の心理社会的背景を理解したうえで),この期間 特有の心理的変化への対応や,母子の愛着形成のスタートを臨床心理学的立 場からの支援も必要であると思われる。
そこで本研究では,この期間の心理的不調感情を増大・悪化させないため にも予防的観点から,A医院で得られた正期産正常分娩の母親の EPDS の 回答結果に基づき,そこに現れる軽い不調感情に焦点をあて,主としてどの 質問項目にそれらが反映されているかの分析を行い,母親の誰にでも起こり 得る心理的不調感情を把握することで,支援が届きにくいこの期間の母親に 向けた心理支援について臨床心理学的観点から考察し,出産後早期の母親に
向けた産後支援の方法論発展のための一助としたい。
【長崎県の産後支援の現状】
長崎県では (平成 )年より,産科医療機関と行政(各市町村の保健 部局)が妊産褥婦の情報を共有し連携することで,子育てに困難が予想され るケースを早期発見し,子育て支援を行い児童虐待の未然防止に努めるとい う主旨のもと,県内の全産科医療機関において,褥婦を対象に,日本版エジ ンバラ産後うつ病質問票など自己記入式質問票によるスクリーニングが開始 された。方法は,各産科医療機関が質問票の得点結果等をもとに,行政の支 援が必要と判断された場合,本人に同意を得たうえで情報提供のため行政へ 連絡し,その後,行政の保健師が中心となり母子保健推進員(市町村委託の 非常勤特別職)が各家庭を訪問し,子育て支援や育児相談を行うなど母子保 健の立場からの早期支援が産後退院後の 〜 ヵ月目以降から行われている。
【研究方法】
対象者と調査期間: 年 月から 年 月まで,A医院で出産した母親 に,産後 〜 日目(以下, 期)と ヵ月目(以下, 期)に行政が配布・
指示する 種類の質問票(育児支援チェックリスト,日本版エジンバラ産後 うつ病質問票,赤ちゃんへの気持ち質問票)を実施。本研究では,日本版エ ジンバラ産後うつ病質問票(以下,EPDS)のみの分析を行う。尚,「マタ ニティブルーズや産後うつ病は,通常
分娩直後からは発生しない。」)という 報告もあるため 期を産後 〜 日目 とする。
調査手続き:本研究では,抑うつ症状 に限定されない軽度の心理的不調感情 を有する母親を抽出するため,岡野
( )の「EPDS の区分点とスクリー ニングの指標の関係」(表 )を参考
表 :区分点とスクリーニングの 指標の関係(岡野, ) Cut-off
point
Sensitivity
(鋭敏度)
Specificity
(特異度)
/ .
/ . .
/ . .
/ . .
/ .
/ .
に,低 群( 〜 点)・中 群( 〜 点)・高群( 点以上)に分 け,
中群を本研究の軽い不調感情を有す る群として位置づけ分析する。検討 する EPDS の質問項目タイトルに ついては岩本ら( )を参考にす る。
倫理的配慮:調査用紙に目的と倫理 的配慮について文章化し調査用紙の 上に貼付した。臨床心理士が各部屋 に出向き,対象者に口頭で説明し,
研究参加に同意が得られたうえで 種類の自己記入式質問票を配布した。
併せて,一度同意しても途中で辞退
することも可能であることを伝えた。回収は, 期は,回答内容が見えない ように前述の説明書を添付したままA医院の助産師もしくは看護師が行った。
期は封筒に入れた状態で各々 ヵ月健診時に受付への提出を願った。その 際,臨床心理士以外は開封厳禁とした。採点は両時期とも臨床心理士が行い,
分析は臨床心理士が無記名で行った。
日本版エジンバラ産後うつ病質問票:信頼性と産後うつ病スクリーニングの ための区分点を / とすることの妥当性が検証されている。日本人の場 合, 点を区分点として,それ以上が産後うつ病の疑いがあると判定される。
各質問項目は,抑うつ感,自責感,不安感,日常生活の機能不全の程度,不 眠や希死念慮などについて問う 項目で構成されており,各項目について,
過去 週間で最もあてはまる程度を 段階( , , , )で自己評価す る。得点は最低 点,最高 点となる(岩元ら, )(表 )。
各項目の解説については以下に示す。
表 :PDS 項目の解説
(吉田ら, )(岩元ら, )
解説 質問項目
抑うつ気分
(うつ病の基本症状の一つ) 質問 ,
自責感 質問
不安感
(理由もない不安感) 質問 恐怖感
(理由もない恐怖感) 質問 日常生活の機能不全の程度
(集中力がなくなり,判断が できなくなるうつ病の症状)
質問
睡眠の障害 質問
抑うつ気分
(うつ病の基本症状の一つ) 質問 , 自殺念慮・自殺企図 質問
《EPDS 項目についての解説》(吉田ら, )
質問 ,質問 :うつ病の基本症状の一つであり,EPDS 点以上の高得点 者の中で,産後うつ病と精神科診断がつく人は,ほとんどの場合,質問 と
で 点以上と回答している。
質問 ,質問 ,質問 ,質問 :産後うつ病でなくても,子育てに慣れて おらず,多忙な時などに陽性点数をつけることがある。うつ病の母親では,
根拠なく自分を責めて,うまくいかない些細な事に悩み,一つのことを繰り 返し思い悩み,くよくよ考え込むようになる。
質問 :うつ病の場合の不安は,理由のない漠然とした心配で,理由もなく 不安を抱いたりする。
質問 :うつ病の母親には,とらえどころのない恐怖や死の恐怖など,いろ いろな恐怖感が理由もなく出現する。
質問 :集中力がなくなり,判断できなくなるうつ病の症状についての質問。
ただし,質問 や質問 ,質問 に該当すると答える場合には,初めての子 育てで過度の心配をしたり,そばに育児をサポートしてくれる人がいないと,
自分では的確な判断ができない母親も含まれる。
質問 :うつ病による睡眠の障害についての質問。育児や家事が忙しすぎて 眠る時間が足りなかったり,子どもの夜泣きのために眠いのに眠れていない のか,うつ病による不眠なのかについて不眠の状況を総合的に把握する。
質問 ,質問 :うつ病の基本症状の一つである抑うつ気分についての質問。
質問 :産後うつ病による自殺念慮,自殺企図の有無を確認するための質 問」としている。
【結果】
年齢と回収率: 代前半から 代後半までの正常分娩の母親 名を対象に 調査を行い 名( %)から有効回答が得られた(初産 名,経産 名)。
期, 期の低群・中群・高群の割合: 期は,低群 名( %),中群 名( %),高群 名( %), 期は低群 名( %),中群 名( %),
高群 名( %)であった(図 )。
EPDS 全体の平均点: 期は . 点, 期は . 点であった(図 )。
全体(n=223)
全体(n=223) 初産初産(n=102)(n=102) 経産経産(n=121)(n=121)
3.15 3.15
4.12 4.12
2.33 2.33 3.18
3.18
3.76 3.76
2.69 2.69 1期 1期 2期2期 低群
71%
低群 71%
中群 24%
中群 24%
高群 5%
高群 5%
1 期
低群 74%
低群 74%
中群 18%
中群 18%
高群 8%
高群 8%
2 期
初産・経産別の平均点:初産( 名)の 期は . 点, 期は . 点,経 産( 名)の 期は . 点, 期は . 点であった。統計的有意差は認め られなかった(図 )。
中群全体の平均点: 期( 名)は . 点, 期( 名)は . 点であった
(図 )。
中群の初産・経産別の平均点:初産の 期( 名)は . 点, 期( 名)
は . 点,経産の 期( 名)は . 点, 期( 名)は . 点であった(図
)。
中群の最も平均点が高かった質問項目: 期「自責感」), 期「日常生活 の機能不全の程度」)の平均点が最も高かった(図 )。
中群の初産・経産別:初産 期は「自責感」), 期は「不安感」),経産 期は「不安感」), 期は「日常生活の機能不全の程度」)の平均点が最も高 かった(図 , )。
図 : 期・ 期の低群・中群・高群の割合
図 :EPDS 全体・初産経産別の平均点
中群全体
(1期:n=53, 2期:n=39)
中群全体
(1期:n=53, 2期:n=39)
初産
(1期:n=31, 2期:n=23)
初産
(1期:n=31, 2期:n=23)
経産
(1期:n=22, 2期:n=16)
経産
(1期:n=22, 2期:n=16)
6.23 6.23
6.13 6.13
6.36 6.38 6.36
6.38
6.57 6.57
6.13 6.13 1期 1期 2期2期
1.80
1.60
1.40
1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00 EPDS 平均点
抑うつ感 抑うつ感 自責感 不安感 恐怖感 日常生活の機
能不全の程度 不眠 抑うつ感 抑うつ感 希死念慮
0.04 0.06 1.47 1.38 0.70 1.26 0.45 0.62 0.23 0.04
0.03 1 期(n=53)
2期(n=39) 0.00 1.33 1.46 0.72 1.54 0.33 0.64 0.23 0.11
1.80
1.60
1.40
1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00 EPDS 平均点
抑うつ感 抑うつ感 自責感 不安感 恐怖感 日常生活の機
能不全の程度 不眠 抑うつ感 抑うつ感 希死念慮
0.06 0.03 1.48 1.26 0.68 1.26 0.45 0.63 0.23 0.06
0.00 1 期(n=31)
2期(n=23) 0.00 1.22 1.61 0.87 1.43 0.30 0.65 0.30 0.17
図 :EPDS 中群全体・初産経産の平均点
図 :中群の質問項目別の平均点
図 :中群初産の質問項目別の平均点
1.80
1.60
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1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00 EPDS 平均点
抑うつ感 抑うつ感 自責感 不安感 恐怖感 日常生活の機
能不全の程度 不眠 抑うつ感 抑うつ感 希死念慮
0.00 0.09 1.45 1.55 0.73 1.27 0.45 0.59 0.23 0.00
0.06 1 期(n=22)
2期(n=16) 0.00 1.50 1.25 0.05 1.69 0.38 0.63 0.13 0.00
2.50
2.00
1.50
1.00
0.50
0.00 中群→低群
(n=27)
中群→中群
(n=16)
中群→高群
(n=10)
中群→低群
(n=27)
中群→中群
(n=16)
★中群→高群
(n=10)
中群→低群
(n=27)
中群→中群
(n=16)
「不安感」
「自責感」
中群→高群
(n=10)
1.59 1.31 1.40 1.37 1.44 1.30 1.22 1.25 1.40
0.85 1期(4〜5日目)
2期(1ヵ月目) 1.25 2.00 0.44 1.38 2.10 0.70 1.63 1.60
「日常生活の機能不全の程度」
期中群( 名)の EPDS 平均点が 期にどう変化したか:(図 )
①中群のままの母親が 名(初産 名,経産 名),「日常生活の機能不全の 程度」)の平均点の上昇が確認されたので検定を行ったところ有意差は認め られなかった。
②中群から高群に上昇した母親は 名(初産 名,経産 名),「自責感」)
「不安感」)「日常生活の機能不全の程度」)の つの項目の平均点の上昇が 確認されたので検定を行ったところ,「不安感」)については有意差が認めら れた( =− . , = , <. )(図 )。その他の つの質問項目に関
図 :中群経産の質問項目別の平均点
図 : 期中群の「自責感」・「不安感」・「日常生活の機能不全の程度」に おける 期での変化(被験者内)
しては顕著な変化はなかった。
【考察】
考察 :出産から ヵ月間は母親にとって,「抑うつ気分」)のような精神的 不調感情よりも,「不安感」)や「自責感」)などの心理的不調感情と,「日常 生活の機能不全の程度」)のような心理社会的不調感情が優位に現れること が示唆された。
考察 :初/経産間には,いずれの時期も統計的有意差は認められなかった ことから,この期間,経産の母親も初産の母親と同じように軽い不調感情を 有し,中には解消されずにいる状況が示唆された。現代社会では,昔と違い 人も 人も出産することは稀になり,経産の母親だからといって必ずしも 育児に慣熟感を持っているとは言いきれず,さらに,すでにそれらの心理的 不調感情を初産の時に経験していることから今後「予測的な不安」 )が生じ る可能性も考えられた。
考察 : 期で中群であった母親の約半数の 名は, 期では「自責感」)
「不安感」)「日常生活の機能不全の程度」)を解消していた。しかし,残り 約半数の 名は, 期では解消されずにいるか,あるいは悪化した母親の存 在も確認された。一見すると見過ごされやすいこの期間の母親の軽い不調感 情は,児の愛着障害をも促進する原因となり) ),産後すぐに開始される母
図 :A医での産後支援
子の相互作用に影響を及ぼすリスク要因になり得る可能性も考えられる。ま た,それらの不調感情は時折,母乳の出や児の発育状態に重ねられるとこと も少なくない。出産から ヵ月間の悩みの多くは授乳に関する事が多く), 母親本人や家族が「母乳で完全に育てるべき」という価値観へのとらわれが 強い場合や,思うように母乳が出ない場合は,母親の不安を募らせ自責感へ と繋がり,ひいては児への育てづらさや煩わしさへと発展し心理的葛藤が悪 化する可能性も考えられる)。児への愛おしさは健全に有しているものの,
そのような心理的葛藤が増大し辛さを抱えている母親へは,より早期から継 続したかかわりと育児に関する専門家や社会資源について紹介する必要があ る)。
考察 :「日常生活の機能不全の程度」)について,この期間の経産の母親 が初産の母親よりも心身の疲労や困惑を有していることが数値上示唆された。
周囲の関心が子どもに集中する中で,母親には育児・家事の負担が増大し,
心理的負担が極めて高くなることも出産後に不調感情が増大・悪化する原因 となり,そのため抑うつ症状が発生するリスク要因になり得ることが考えら れる)。また,経産婦にとって,初産の母親に比べると周りの援助が手薄に なったり,上の子と同時に世話を行っていかなければならず,そのような状 況に加え,夜間の授乳により途中覚醒を強いられ疲労困憊している状況も推 察されたことを踏まえ,母親の疲労を少しでも軽減できるよう栄養学的方向 から授乳回数の見直しを行ったり,あるいは十分な睡眠を取れずにいる等に より心身の疲労を抱えている母親に対して,心理学的方向から認知行動療法 の技法を簡便に伝授したり,筋弛緩法をその時その場で行うなど,専門的か つ具体的なアドバイスをこの期間に提供していくことも有効であると考えら れた。
【総合考察】
本研究の対象は,正期産正常分娩の母親 名を対象に行った(初産 名,
経産 名)。対象とした施設は,ベッド数 床の私設クリニックで,帝王切 開手術の割合は %に満たない,ハイリスクの妊産婦の受診のない施設であ
る。また,早産や帝王切開手術を受けた母親を対象とはしていないため,
EPDS 得点が極端に高い(満点 点)母親はほとんど抽出されなかった(経 産婦・ 期のみ・ 点・ 名)。それ故,一般的に健康と思われる母親から も一見すると見過ごされやすい軽い不調感情を有している場合も少なくない という結果が得られた。
この一見すると見過ごされやすいこの期間の母親の不調感情について,自 身の臨床現場における産後フォローアップ教室(表 )でしばしば観察され る。母親の母乳育児への強いこだわりや,あるいは,思うように母乳量が足 りていないなど「母乳に関する不安」)が,母親の表情から赤ちゃんへと直 に伝わり,最終的には赤ちゃん自身が母親の感情を敏感に感じ取り ) ),乳 房を拒否してしまう場面に立ち会うことも少なくない。 母乳の出 に集中 しすぎて不安や心配を募らせていく母親は,次第に赤ちゃんへのまなざしに もそれらの感情表出が露わになり,笑顔も減少し,言葉がけも少なくなって いく様子が窺われる。この状況を見過ごしたり放置すると,中には母子相互 作用に影響し,早期の愛着障害を引き起こすリスク要因にもなりかねないと 感じることがある。ただでさえ出産後の母親は,出現のしかたは一定せずば らつきがあるものの,分娩 〜 日後に涙もろさ,不安,心配,困惑などの 心理的な不調感情が生じてくることは一般的であるため,その上に,これら の心理的不調感情が入り混じり解消されずにいれば,抑うつ症状の発症だけ でなく,取り返しのつかない愛着障害をも促進する原因となりうる)。今後 長期にわたり続いていく育児に困難をきたしスムーズにいかなくなってしま わないように,この期間の支援方法として心理相談や家族を含めた心理教育 など心理専門職が介入した心理支援が第一選択肢)になるものと思われる。
しかし,臨床心理学的支援は,症状が軽快するまで,ある程度の時間をか け継続的に支援していく方法論をとるため,他の関連職種の方法論と異なる 場合もあるであろう。母児の福利を第一優先した産後支援を提供していくた めにも,定期的に研修の機会を設け,心理専門職が他職種へ向け産後早期の 母親の心理状態についてスーパーバイズを行ったり),EPDS 読み取り強化 のため定期的なケースカンファレンスを行っていくことも有効であると思わ
れる)。また,現場においても,助産師や看護師ばかりでなく,心理専門職 も,産後早期から母親と直接関わり,行政の掲げる「切れ目のない支援」(厚 労省, )にスムーズにバトンタッチできるよう,各産科医療機関におい て「やわらかい網の目のような支援」 )が提供されていくようなシステム作 りが必要であると思われる。
さらに,産後支援を自発的に求めてくる母親と同様に,そうしたくてもで きない母親や,あるいは見過ごされ自分でも気づかない母親に向けた支援シ ステムをも立案・構築していくことも重要である。出産後の母親は,心身の 不調感情について一過性のものであるとの周囲の認識により,『そのうちよ くなる』と捉えていることや,周囲の無理解,精神科への偏見等の要因によ り自身の辛さや不調を言葉として表出できず,支援の遅れやサポートが受け られない状況もあり ),そのような心理的不調感情を抱えている母親は,周 囲に SOS を出すことをためらう傾向にあると言われる ) )。従って,支援す る側は,入院中から母児との交流の中で,母親の表情や様子からも何らかの 異変を感じられる直観力や共感能力を持ち合わせておくことも重要な視点で あると思われる )。
以上のことを踏まえ,この期間特有の誰にでも起こり得る心理的不調感情 は,EPDS などの質問票から早期に把握できることから事前に予防的な支援 方法を立案していくことが可能である。そのためにも EPDS の活用方法に 関し正確に行われているかどうかを検討する必要がある。出産後入院中(
〜 日)の間は,母親にとって産後の疲れの癒えないまま沐浴指導,母乳指 導,栄養指導等の受講に加え,日々のお見舞客の対応と「〜しなければなら ないことでいっぱい」である。そのような状況でさらに様々な産後うつ病関 連のスクリーニング検査を実施することは,母親の心身の負担を増強させて しまいかねない。しかし,スクリーニングという方法は,本人が治療や援助 の必要性を認めたり援助を求めるアクションが起こしにくい周産期領域では 重要であるため ),出産後入院中の多忙な状況を配慮し最低限の負荷で実施 できるのは簡易な質問紙によるスクリーニングに限られる。従って,質問紙 という限られた情報ではあるが採点・検討を慎重に行い個々の事例への多面
的な理解を深め),それぞれの母親の心理状態に合った支援の質を高めてい かなければならないと思われる。
【結語】
最後に,大橋ら( )は,「産後のメンタルヘルスの問題の好発時期は,
産科医療現場から家庭への移行期であり,医療的支援の目が手薄になる時期 でもある。産科医療従事者が,メンタルヘルスのアセスメントの技術を持ち,
早期から心を傾けることで,周産期医療現場はすべての周産期女性に対して 手を差し伸べられる貴重な場となると期待できよう」と述べ,産後早期の母 親に向けた心理支援が,さらなる発展を遂げていくよう示唆を与えている。
本研究は, 年 月 日に行われた Four Winds 乳幼児精神保健学会長 崎大会においてポスター発表した内容に追加・修正を行った論文である。
「付記」
本研究にご協力を賜りましたA医院で出産された母親の皆様,そして,院 長はじめスタッフの皆様に深謝いたします。
引用・参考文献
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Psychological Support for Mothers for One Month after Giving Birth
Focusing on mild negative feelings expressed on the Edinburgh Postnatal Depression Scale
Hidetoshi Kaku Noriko Miyazaki Masahiro Miyazaki
[Abstract]
Rather than focusing only on mothers who are at risk of developing post- partum depression, the present study focused on the feelings of psychological discomfort that every mother experiences in the early postnatal period, from a preventive perspective. Based on the Japanese version of the Edinburgh Postnatal Depression Scale (hereinafter, EPDS), we analyzed the questions that primarily reflected the mild negative feelings expressed in the EPDS.
We also examined the psychological support considered to be effective to avoid the intensification of negative feelings thereafter.
EPDS questionnaires were provided to mothers who had a regular term normal delivery at Hospital A (private), on the fourth or fifth day after birth and at the end of the first month after birth. Responses were obtained from 223 respondents at both stages, and with reference to “The Relationship be- tween EPDS Segment Points and Screening Indices” (Okano, 2005), the re- spondents were categorized into a low depression group (0 to 4 points), mod- erate depression group (5 to 8 points) and high depression group (9 points or more). The moderate depression group was designated as having mild nega- tive feelings, and further analysis was conducted on this group. The results showed that, in the early stages after childbirth, negative psychological feel- ings such as anxiety, worry, remorse, etc., and negative psychosocial feelings
of dysfunction in daily life are expressed more dominantly than are negative emotional feelings such as depressed mood.
Keyword:EPDS, one month after birth, mild negative feelings, psychological support