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民具研究の展開 : 1960年以後

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民具研究の展開 : 1960年以後

著者 中村 俊亀智

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 10

号 4

ページ 1103‑1121

発行年 1986‑03‑29

URL http://doi.org/10.15021/00004388

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中村  民具研究の展開

民 具 研 究 の 展 開

1960 年 以 後

中 村 俊 亀 智 *

Progress of Studies on Folk Tools

—Since 1960—

Shunkichi NAKAMURA

During the last twenty-five years, farming village life in Japan has changed rapidly as a consequence of high economic growth rates. During that period most traditional tools and devices have been replaced by modern appliances and farming imple- ments.

Some folklorists have endeavored to conduct research on and to preserve traditional tools and implements. As a result in many villages, towns and cities folk museums and societies for the study of folk tools have come into being. The catalogues of these museums should now be made using advanced imformation processing techniques to provide an important research tool.

1. 報告 の主 旨 I。研 究 機 会 の拡 大

皿.研 究 者 の対 応 V. 若干 の 帰 結

1. 報 告 の 主 旨

  1962年 11月 ,財 団 法 人 日本 民族 学 協 会 は附 属 民族 学 博 物 館 の標 本 資 料 を こ と ご と く 国 に寄 贈 し,新 しい組 織 づ くり に移 った。 そ れ 以後 最 近 まで , 民具 研 究 は どの よ うに す す め られ て きた の だ ろ うか。

  こ の報 告 は ,報 告 者 の体 験 に も とつ いて , 資 料 に よ りなが ら, そ の お お きな 流 れ を

*国立民族学博物館第 5研究部

1103

(3)

国立民族学博物館研究報告  10巻 4号 ま とめ てみ た もの で あ る。

  な お この報 告 は 民具 研 究 とは こ うあ るべ きだ とか , あ らね ばな らな い とか , ま して 特定 の 研究 の成 果 につ い て論 評 しよ う と した も ので はな く, あ くまで も民 具研 究 がた

ど らね ば な らなか った大 筋 を あ き らか に しよ うと した もの で あ る。

  この 報告 で はつ ぎの 約束 に した が う。

  1  研究 組 織 の略 称  1921年 ,東 京 三 田綱 町 に創 設 され た ア チ ック ・ミュ ーゼ ア ム     は, 1938年 ,東 京 保谷 に つ く られ た 日本 民 族 学 会 (後 の財 団法 人 日本 民族 学協 会 ,     現 民 族 学 振興 財 団 ) 附 属 民族 学 博 物 館 に標 本 資 料 と そ の研究 ス タ ッフ とを 移 し,

    そ のあ とに は 財団 法 人 日本常 民 文 化 研 究所 が の こ った。 こ こで は ア チ ック ・ミュ     ー ゼ ァム を慣 例 に した が って AM ,日本 民族 学 会 附 属 民族 学博 物 館 を EM ,財 団     法 人 日本 常 民 文化 研 究 所 を 常 民研 とい うこ とに しよ う。

  2  民 具 の規 定   民 具 は古 典 的 定 義 で は 「我 々の 同 胞 が 日常 生 活 の必要 か ら技 術 的     に作 りだ した 身 辺 卑近 の道 具 」 で あ った [ア チ ック・ミュ ー ゼ ァ ム  1936:(まえ     が き)1]。民 具 の概 念 につ い て は議 論 が な い わ け で は な い けれ ど も, こ こで は庶     民 の 日常 の生 活 用 具 (た だ し生 産 用 具 な どを 含 む )。 AM ・EM が集 め,現 在 国立     民族 学 博 物 館 の収 蔵庫 に お さめ られ て い る よ うな もの 。 す な わ ち 「民 具 蒐 集 要     目」 で分 類 され て い るよ うな もの [アチ ック ・ミュ ー ゼ ァム  1936:1−12] を さ     す 。

  3  民俗 文 化 財   文 化 財保 護 法 で は有 形民 俗 文 化 財 , 無 形 民俗 文 化 財 と い う用語 が     つ か わ れ て い る (第 2条 ,第 56条 の10以 下 )。 しか しも とは民 俗 資 料 , 有 形 ・無     形 民俗 資料 の 名 がつ か わ れ て い た。 こ こで は民 俗 文 化 財 と し, 条令 な ど に よ って     別 の呼 び方 が な され て い る場 合 で も, これ に含 め る こと に した 。 な お ,研 究 に は     資 料 を 集 め る過 程 ,そ れ らを整 理 し秩 序 だ て る過程 , それ を 分析 す る過 程 , その     結 果 を 解 釈 し総 合 的 に判 断 を 下 す過 程 が み られ るが , ここで はた とえ資 料 集 め に     終 始 す る場合 で も (それ は 人 文 系 の 学 問 で は しば しば 調 査 と いわ れ る), 研究 と     い うこ とに した 。

  4  博 物 館   博 物 館法 で は歴 史 ・芸 術 ・民 俗 ・産 業 ・自然 科 学 な ど につ い て の資 料     を 「収 集 し, 保 管 し,展 示 して教 育 的配 慮 の下 に一般 公 衆 の利 用 に供 し」, 「あ わ     せ て これ らの資料 に関す る調 査 研究 を」 目的 とす る機 関 を博 物 館 と して い る (第     2条 1項 )。 それ に 類 す る機 関 は 郷 土館 ・資 料 館 ・史料 館 ・歴 史 民 俗 博物 館 ・民     俗 文 化財 収 蔵 庫 な ど さま ざ ま な名 で 呼 ば れ て い る の で,公 私立 を とわ ず , こ こで     はそ れ らを , お しな べ て博 物 館 とい う こ とに した。

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中村  民具研究の展開

5  そ の他   1962年 か ら74年 ま で ,報 告 者 は当 時 の 文部 省 大 学 学 術 局 学術 課 史 料 館   (現在 の 国文 学 研 究 資 料 館史 料 館 ) で , AM ・EM の標 本 資 料 の整 理 と保 存 ,調 査 な どに たず さわ って い た。 そ の間仕 事 に おわ れ , 民 具 を研 究 す る人 た ち とは研 究 の 上 で ほ とん ど接 触 す る機 会 がな か った 。 そ こで この 報告 を ま とめ るた め に,

で き るだ け 白紙 の立 場 で , 改 め て こ の時期 の民 具 研 究 の移 りゆ きを勉 強 して み た 。 それ 故 , この 時期 の民 具 研究 を推 進 した 主 流 派 の人 た ちか らみ れ ば ,調 べ た りな い部 分 や ,思 い ちが いや ,不 行 き と ど きの部 分 がす くな くな い の で は なか ろ うか 。 機 会 を あ らた めて 考 え な お して み た い と思 う。

π. 研 究機 会 の拡 大

L  民 俗 文 化 財 と して

  1950年 5月 , 文化 財 保 護 法 が 成 立 した。 こ の法律 で民 俗 文 化 財 は建 造物 ・絵 画 ・彫 刻 ・工 芸 品 ・書 跡 ・典 籍 ・古 文 書 な ど と とも に有 形 重要 文 化 財 のひ とつ と して保 護 の 対象 とな るみ ち がひ らかれ た (旧法 第 2条 第 2項)。

  と ころ が そ こで の民 俗 文 化 財 は他 の 重要 文 化 財 (以下 ,重 文 とい う) と同 じよ うに

「わ が 国 に とって 歴史 上又 は芸 術 上 価値 の高 い もの」 が念 頭 に おか れ , 芸 術 的価 値 の 高 さ に力 点 を お いて み られ が ちだ った か ら, また , そ の背 後 に あ る はず の 民 間信 仰 や 年 中行 事 や風 俗 習慣 な どの無 形 の 民俗 文 化 財 が無 視 され た た め ,文 化 財保 護法 の第 1 次 改正 (1954年 ) で は ,建 造 物 ・絵 画 ・彫 刻 ・工 芸 品 な どの有 形 文 化 財 , 演劇 ・音楽

・工 芸 技 術 な ど の無 形 文化 財 とは切 りは な して ,独 立 に民俗 文 化 財 につ いて の 一 項 を 設 け るに い た った と い う [椎 名   1977:40−41]。 新 しい法 律 の条 文 で は民 俗 文 化 財 を

                              

「衣 食 住 ,生 業 ,信仰 ,年 中行 事 等 に関 す る風 俗 慣 習 及 び これ に用 い られ る衣 服 ,器

      

具 , 家屋 そ の他 の物件 で わ が 国民 生 活 の 推 移 の理 解 のた め に欠 く こ と の で き な い も の」 (第 2条 , 肌 用者 傍 点 ) で , 器 具 や その他 の物 件 とい う とこ ろ に は お お くの民 具 が 含 ま れ るは ず だ っ た [文化 庁   1965:8−46]。 地 方 自治体 の場 合 に は, た とえ 民俗 文 化 財 と い う言 い方 は しな くと も,条 例 のな か で , そ れ ぞれ 独 自 に この種 の文 化 財 を

とりあ げ よ う と して い た1)。

  民 具 の文 化 財 へ の仲 間 い りは, AM が は や くか ら唱 えつ づ けて きた 民 具 の体 系 的 調 査 ・収 集 ・保 存 [ア チ ック ・ミュー ゼ ァ ム  1936: 2] が み の った もの だ し, AM に は じま り, EM に受 けつ が れ , も っぱ ら民 族 学 の 領域 で 育 て られ て き た 民 具 研 究 が , い っ そ う おお くの人 た ち のあ い だ に広 ま る こ とを約 束 して い るか に思 われ た。

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国立民族学 博物 館研究報告  10巻 4号 AM の流 れ を汲 む 研 究 者 た ち の あ いだ で は, この 頃す で に民 具 の と らえ 方 ・分 類 の 仕 方 ・調 査 分 析 法 な ど につ い て,ほぼ あ る諒 解 点 に達 し [日本 常 民 文 化 研究 所   1958:

1−279],また 標 本資 料 と して の博 物 館 内部 に お け る民 具 の整 理 法 や 収 蔵 方 式 に つ い て も完 成 され た 方 法 に近 づ きつ つ あ った が [宮 本   1973:173−198], そ う した経 験 は い ず れ もこ の新 しい文化 財 につ い て生 か され るはず の もの だ った。

  民 俗 文 化 財 (と くに有 形 民 俗 文 化 財) へ の行 政 を 軌道 に のせ る ため には , ま ず適 切 な 実情 把 握 が必 要 とな るが ,文 化 財 保 護 委 員会 で は調 査 ・収 集 の た め のハ ンデ ィー で 実 用 的 な手 引 きをつ くり [文 化 庁   1965:1−133], また文 化 財 保 護 部 監 修 の も とに民 俗 文 化 財事 典 をつ くり [祝 ・関 ・宮 本   1969], 無 形 ・有 形 の 民俗 文 化 財 の 内容 の普 及 につ とめ た。 ほ どな く考古 資 料 , 歴 史 資 料 とい っ しょ に民俗 文 化 財 の全 国 的 な 緊 急 調 査 が行 わ れ た 。

  そ う した文 化 財 と して の民 具 の調 査 や収 集 の仕 事 のな か か ら, AM や EM とは お の ず と異 な った調 べ 方 , 考 え方 , と りあ げ方 が芽 生 え, 民 具研 究 は厚 みを ま して い っ た。

2.  県 市 町 村 史 誌 と

  民 具 は庶 民 の生 活 の移 りゆ きを知 るか けが え の な い資 料 と もな る。第 2次 大 戦 後 の 県 市 町 村 史誌 の編 纂 は地 方 史 研究 の高 ま りと結 び つ い て い たが , そ こで は , それ ま で 片 隅 に追 いや られ が ち だ った 庶 民生 活 を政 治 や 経 済 との かね あ い に お いて と らえ よ う

とす る見 方 が お お きな流 れ を形 作 った。 民 具 の地 方 史 へ の位 置づ け ,民 具 と都 道 府 県 市 町村 史 誌 との係 りあ い に は ,今 日で も決 定 版 が あ るわ け で は な い が, 地方 財 政 の好 転 とと も に さか ん にな る県 市 町 村史 誌 編 纂 の なか で ,他 の民 俗 文 化 財 と と もに民 具 も ま た注 目 され , 次 第 に そ の つ なが りは 深 ま って い った 。

  70年 代 の 中 頃 つ く られ た民 具研 究 の実 用 書 の付 録 の参 考 文 献 リス トを例 に して , そ の 間 の様 子 を み る と, この リス トには民 具 研 究 の 正 統 派 と して の編 者 が民 具 を 学 ぶ人

1) 東京 都 で は 1955年 3月 の東 京 都文 化 財保 護条 例 の な かで ,文 化 財 を 建 造物 ・絵 画 ・彫 刻 ・工 芸 品 ・典 籍 ・古文 書 ・考 古資 料 な ど の有 形 文化 財 (歴史 上 芸 術上 の価 値 の高 さが と わ れ る)。

工 芸 技 術 ・郷 土芸 能 とそ の他 の 無 形文 化 財 。生 活 ・生 業 ・風 習 な どの 移 りゆ きを示 す有 形 の 民 俗 文 化 財や 民 政 関係 の文 献 ・金 石文 な どで 資料 的価 値 が たか い もの。 歴 史上 重 要 な事 件 ま た は 人 物 の 遺跡 。 生 物 ・無 生 物 お よび 特異 な地 質 学 的形 態 で学 術 的 価値 が た か い もの , ま た は 由緒 が あ る も のの 5種 類 にわ け (第 2条 ), 第 一 の ものを 都重 宝 , 第 二 の ものを 都 技芸 , 第 三 の も の を都 郷土 資 料 ,第 四 の ものを 都 史跡 ・都 旧跡 , 第 五 の もの を都 天 然 記 念物 に指定 で き る と し て い る (第 4条)。 そ こで は民 具 は都 郷 土 資料 と して と りあ げ られ て い る 。 この 条例 は1977年

3月 , 国 の文 化 財保 護 法 にあわ せ て 改 め られ る が, か え って , 東京 都 とい う地 方 自治体 の実 情 が反 映 さ れて い て 味 わい ふ か い 。

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中村  民具研究 の展開

た ち な ら当然 知 って お いて よ い単 行 本 ,編 纂 物 , そ れ に雑 誌 論 文 を 選 び だ して い る の だ が , そ の うち民 具 専 門誌 の 『民 具 マ ンス リー』 や 『民 具論 集 』, あ る いは 考 古 学 民 俗 学研 究 誌 『物 質 文化 』 に のせ られ て い る もの を除 くと, そ の数 は約 262。 そ の う ち 文 化 財保 護 委 員 会 の 『重要 民 俗 資 料 調 査 報 告書 』(1961)や薪 潟 県 教 育 委 員 会 の 『奥 三 面 郷 赤 谷郷 狩 猟 習 俗 調 査報 告 』 (1961), 石 川県 教 育 委 員 会 『石 川県 民 俗 資 料 緊 急 調 査 報 告』 (1965) の よ うな都 道 府 県 市 町村 の調 査 報 告 は約 15% 。 『秋 田県 史 民俗 工 芸 篇 』

(1961), 『岩 手県 史 民 俗 篇』 (1965), 愛 知 県 春 日井 市 教 育 委 員 会 『春 日井 の民 具 』

(1968), 岐 阜 県 串原 村 『串原 の民 具』 (1968) のよ うに都 道 府 県 市 町 村史 誌 の編 纂 に と もな って 刊 行 され た もの , お よび そ れ に準 ず る もの27% 。 そ の他 58% とな り, そ の 他 の な か に は潮 田 鉄 雄 『田下 駄 図 集 千葉 県 篇 』 (1967) や 小 野 重 朗 『南 九州 民 具 図 帖』

(1966) の よ うに現 在 で は 入 手 しが た い 自費 出版 に よ る ものや 渋 沢敬 三 『日本 釣 漁 技

      図 1 民 具 研 究 文 献 の 累 積 傾 向

  曲線 aは文 献全 体 の 累積 , bは 『民 具 マ ンス リー 』 『物 質 文 化』 『民 族 学研 究』 な ど専 門誌 を の ぞ く文 献 (県市 町村 史誌 ,調 査 報告 な どを含 む) の 累積 , cは県 市 町 村 史誌 の累 積 ,  dは民 具 関係 民 俗 文 化 財報 告 書 な どの 累 積状 況 を 示 す 。 いず れ もタテ 軸 は件 数 。 ヨ コ軸 は発表 され た 年 。60年 以 後 の 急速 な 累 積 状況 が わ か る。 [宮 本   1975:301−334]によ る 。

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国立民族学博物 館研究報告  0巻 4号 術 史小 考』(1962) や 『絵 巻 物 によ る 日本 常 民生 活絵 引』(1965),祝 宮静 『日本 の生 活 文 化 財』(1965),宮 本 馨 太 郎 『民 具 入 門 』(1969) な ど の 出版 社 によ る もの が数 多 く含

まれ て い る [宮本   1975:301−334]。

  これ らを発 表 さ れた 年 別 に整 理 してみ る と,1960年 を境 に して そ の数 が急 上 昇 して ゆ くこ とが わ か る (図 1)。 も ちろ ん この よ うな こ とは 民 具 研 究 史 上 かつ てな か った ことだ し, そ の な かで と くに都 道 府 県 市 町村 教 育 委員 会 等 の公 の 刊行 物 な どが お お き な割 合 を しめ て い た。

3.  博 物 館 の な か で

  文 化 財 調 査 や県 市 町 村 史誌 編 纂 の仕 事 と と もに新 しい博 物 館 づ く りも民 具 研 究 の場 を ひ ろげ た 。

  人 文 系 の 博 物 館 で の収 蔵 品 や展 示 品 は重 文 はい うに お よ ばず , 古 い美 術 品 や 珍 しい 出土 品 な ど , お のず と数 が 限 られ るか ら,薪 しい博 物 館 で は考 古 資料 や民 俗 文 化 財 や 近 世 文 書 ・近 代 資 料 が ど う して も中心 に な りが ち だ った。 そ れ よ り も経 済 の高 度 成 長 に と もな う生 活 上 の お お きな 変 化 。大 規 模 開 発 や公 共 事業 に よ るお び た だ しい発 掘 出 土 品 や 民俗 文化 財 の収 集 がそ うさせ た の だ った 。 これ らの資 料 は 従来 の古 美 術 品 な ど

表 1 博 物 館 の 内 訳 変 化 * 年 種類 地 域 博

1945ま で

1945−1955

1955−1985

  11

(13.0)

  23

(32.4)

148

(20.3)

182

(20.6)

4.9

資 料 館

  17

(20.0)

  15

(21.1)

219

(30.1)

251

(28.4)

7.3

収 宝 館

41

(48.2)

  13

(18.3)

100

(13.7)

154

(17.4)

3 .3

美 術 館

  16

(18.8)

20

(28.2)

261

(35.9)

297

(33.6)

8.7

85

(100.0)

71

(100.0)

728

(100.0)

884

(100.0)

24.2

* [全 国美 術 館会 議 (編 ) 1984]の記 事 に よ る。た だ し開 館 の年 が記 され て い   な い もの は はぶ い た 。

数 字 は該 当す る博 物館 の 数 。 カ ッコ内 の数 字 は% を 示 す 。

    A は1955年 か ら85年 まで の 1年 あた りの平 均増 加 率 。 この数 値 を1945年   か ら55年 まで のそ れ と くらべて み ると , Aの ほ う が,地 域 博 で は 約2.1倍 。  資 料 館 で は 4.9倍 。収 宝館 で は 2.5倍 。 美 術 館で は 4.4倍 お おい ことが わ か   る 。1945年 まで は収 宝 館 期 。 1945年 か ら55年 まで は地 域博 が さか ん にっ く   られ た 時期 。そ れ以 後現 在 ま で は地 域博 , 資 料館 , 美 術館 の共 存期 とい え   る だ ろ うか 。

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中村  民具研究の展開

        図 2 博 物 館 数 の 累 積 傾 向

  aは1955年 以 後 につ く られ た 博物 館 (美 術館 ・郷 土 館 ・資 料館 そ の他 を含 む ) の全 国 的 累 積 傾 向を 示 す。 平 均45度 の急 勾 配 で この 線 は のぼ りつ めて ゆ くことが わ か る。 b は県 博, 市 博 , 町村 博 な ど地 域 博 物館 の数 に資 料 館 , 収宝 館 の 数 を加 えた もの の累 積 。 cは地 域 博物 館 の 数 に 資料 館 を 加 えた もの の累 積 。 dは 美術 館 の数 の累 積 。 eは地 域博 物 館 の累 積 を 示 す。 タ テ軸 は 館数 , ヨコ軸 はつ く られ た 年 を あ らわす 。 と くに a,b,cで は 60年 以 後 の急 成 長 が み られ る。

資料 館 の数 が お お くな った のが 目立つ 。 [全 国 美 術館 会 議 (編 )  1984:10−346]に よ る。 美 術 館 がつ くられ る傾 向 線 は ほか とやや ちが って い て , お も しろい 。

とち が い, いず れ も大 量 で , その 整 理 や補 修 な ど の処 理 には お お くの人 手 を 必要 と し た か ら,民 具 硫究 に もそれ だ けお お くの入 た ち が た ず さわ る機 会 が増 す はず だ った 。   第 2次 大 戦 後 の博 物 館 づ く りが どの よ うな もの だ ったか 。 い ま 日頃利 用 して い る全 国 の美 術 館 のガ イ ドブ ッ ク (ただ し, い わ ゆ る美術 館 に と どま らず , は ばひ ろ く博 物 館 が紹 介 され て い る) を も とに して [全 国 美術 館 会 議 (編)  1984:IO−346],そ こに 載 せ られ て い る1050館余 を , と りあ え ず ,県 博 ・市 博 ・町村 立 の 博 物 館 ・郷土 館 ・郷 土 博 物 館 ・歴 史 館 ・県民 文化 館 な どの 名 称 を もつ い わ ば地 域 博 物 館 (以 下 , 地域 博 とよぶ ),

歴 史 民俗 資 料 館 ・民 俗 資 料 館 ・郷 土 資料 館 , お よ び それ に 似 た 名 を もっ 資 料 館 (民 俗 文 化 財 セ ンタ ー, 民 俗 博 物 館 , 民 家 園な ど もひ とま ず こ こに い れ る), 社寺 そ の ほ か

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国立民族学博物館研究報告  1巻 4号

      図 3  博物 館 の地 方 別 累 積傾 向, お よ び資 料 館 と収 宝 館 数 の累 積

 博 物 館数 の 累 積 を地 方 別 に み る 。上 の 図 は西 日本 。下 は 東 日本 。 北 陸 ・東 海 地 方 は 中部 地 方 に含 めた 。実 際 にそ うだ った の か , と りあ げ方 に好 み があ った た めか ,開 発 が い ち じる しい東 日本 の 値 が 目立 つ 。下 の 図 は新 しい タ イプ の博 物 館 と して の資 料 館 a と収 宝 館 b (収蔵 庫 ・収 蔵館 ・宝物 館 な どの 名 を もつ もの) との対照 的傾 向 を示 した 。資 料 はいず れ も図 2に同 じ。

の収 蔵 館 ・収 蔵庫 ・宝 物 館 ・出土 品 収 蔵 庫 ・考古 博 物 館 な どの 名 を もつ もの。 そ して 美 術 館 の 名 を もつ もの の 4種 にわ け, つ く られ た年 が記 され て い る も の に つ い て , 1955年 以 前 の もの と, それ 以 後 の もの (この ガ イ ドブ ック は1984年 頃 まで ) と にわ け て お の おの の割 合 を し らべ て み る と,全 体 と して美 術 館 の割 合 が35% を しめ て いて 多 い の は こ の本 の性 質 上 当然 だ が , この ガ イ ドブ ック で は資 料 館 や地 域 博 の紹 介 に もか な りお お くの 部 分 を つ いや して い る こ とが 改 め て わ か る。 そ して こ こに紹 介 され て い る館 で は, 1955年 以 前 の も ので は収 宝 館 の 形 を と るも のが きわ め て お お い (も ちろ ん 現 在 で もそ の役 割 は失 わ れ て い な い が, しか し, む しろ それ は古 い 時期 の博 物 館 で よ

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(10)

申村  民具研究の展開

りお お きな比 重 を も って い た) の に対 し, こ こに紹 介 され て い る地 域 博 や資 料 館 ・美 術 館 の お お くは1955年 以 降 に つ く られ た もの で あ る(表 1)。 この新 しい博 物 館 づ くり が どれ ほ ど激 しい もの だ った か を念 の ため グ ラフ に して み る。 1955年 以 後 ,表 1に の せ られ て い る だ け で も 1年 1( 24. 2の博 物 館 が つ く られ た こと に な る。 な お地 域 博 と資 料 館 ・収 宝 館 を あ わせ る と全 体 の半 分以 上 とな る(図 2)。 こ う してみ る と50年 代 以 降 の博 物 館 を 特 徴 づ け る ひ とつ の傾 向 は資 料 館 とい う形 態 の 博 物館 の増 加 で はな か った か と思 え る。

  こ こで は さ らに直 接 民具 を扱 う博物 館 が どれ だ け急 速 にふ え た か を埼 玉 県 の 場 合 に つ い て示 す 。 この 県 の 文化 課 が作 成 した きわ め て便 利 な ガ イ ドブ ックに よれ ば [埼 玉 県 県 民 部   1982:1−118], 博 物 館 が つ く られ た 年別 に そ の数 と建 物 の延 面 積 の お お よそ を ま とめ てみ る と, 館 数 で は1975年 を 境 に して , そ れ以 前 はや や な だ らか に , そ れ以 後 は加 速 度 的 に累 積 され て ゆ く様 子 が よ くわ か る (図 4)。 同 じよ うな 傾 向 は 他 の い くつ か の県 に つ い て も確 か め る こ とが で き る。

      図 4 埼 玉 県 の 博 物 館 1960年 以 後

  1960年 以 後 の埼 玉 県 でつ くられ た 博 物館 の数 の 累積 状 況 aと建 物 延 べ面 積 の 累積 b。 タ テ軸 は同 じ年 につ く られ た もの が1982年 を 100と した と きの% を あ らわ す 。60年 以 後 急速 にの び , 75年 頃 か ら可 速 度 的 に 増加 した ことが わ か る。 b の70年前 後 の 落差 は埼 玉県 立 博 物 館 の よ うな お お きな博 物館 がで きた か らで あ る。 [埼 玉 県県 民 部   1982;1−11]に よ る。 同 じよ うな 傾 向 は他 の い くつ か の県 の 資 料 で も確 か め られ る 。

1111

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国立民族学博物館研究報告  1巻 4号   博 物 館 づ く りは, いま で は, もはや お金 に余 裕 が で きた か らと い った筋 あ い の もの で は な く行 財 政 計 画 , 文 化 政策 に組 み こま れ た もの で あ る。 埼 玉 県 は 多様 な学 習 機 会 の提 供 ,豊 か な 地 域 文 化 の創 造 を め ざす県 政 の主 要 プ ロジ ェ ク トのひ とつ に ,新 しい 総 合 博 物館 の建 設 を か か げ て い る し [埼 玉 県 企 財 部   1985:245],個 性 を の ばす 教 育 ,

地域 に根 ざ した文 化 創 出 を 目的 と した 中期 計 画 と して博 物 館 の整 備 と新 総 合 博 物 館 の 基礎iづ くりの た め の文 化 財 調 査 を具 体 化 しつ つ あ る [埼 玉 県 企 財部   1982:313]。

4. 視 点 の 多 様 化

民 具 と い う言 葉 が考 え つ か れ て以 来 ,民 具 研 究 は AM や EM の内側 です す め られ て きた 。 しか し民 族 学 のな か で も, と くに第 2次 大戦 後 の新 しい局 面 で は , それ は決 して 日の あ た る場 所 に はな か った し,文 化 の骨 組 や核 心 部 に直 接 結 びつ く社 会 組 織 や 世 界 観 な どの研 究 が若 い世 代 を と らえ つつ あ っ た。 県 市 町村 史 誌 の編 纂 や 博物 館 づ く りを す す め る人 た ち の多 くは , か な らず しも民 族 学 を 必要 と しな か っ た し,民 具 研 究 に たず さわ る人 た ち の大 部 分 は , 国 ぐに の民 族 学 の歩 み か ら他 山 の石 を拾 わ ね ば な ら な い段 階 にま で , ま だ きて い な か った の で は なか ろ うか 。

  それ に反 して 日本 民 俗 学 の 正 統 的 な流 れ を 発 展 させ よ う とす る人 た ちの な か で は , 民 俗 文 化 財調 査 , な い し民 俗調 査 の な かで 民 具 を か な り重 点 的 に とり あげ る傾 向 が み られ る よ うに な る。 そ こ に は 日本 民俗 学 の それ ま で を 充分 に生 か しな が ら, そ の視 点 か ら民 具 や そ れ に まつ わ る習俗 や信 仰 を研 究 す る行 き方 が み られ る。 最近 刊行 され つ つ あ る研究 大 系 に もそれ を よみ と る こ とが で き る [国 学院 大 学   1984]。

皿. 研 究 者 の 対 応

1, 学 会 誌 の 誕 生

 1968年 4月 ,常 民 研 は民 具 研 究者 の連 絡 誌 と して 『民 具 マ ンス リー (以下 , マ ンス リー と い う)』 を創 刊 した。 この定 期刊 行 物 は A5判 の 小 冊 子 な が ら今 日 まで 休 み な くつ づ き, そ こ に は新 しい 時代 の波 の な か で AM の 民 具研 究 を受 けつ ぎな が ら, そ れ を い っそ う発展 させ よ う とす る意 欲 が み られ た2)。 も ち ろん この種 の刊行 物 で は紙 面 の都 合 上 長 い論 文 や報 告 は載 せ られ な い し,小 論 や 短 信 , 資 料紹 介 の類 (以 下 これ らを記 事 と い う) が 主 に な るが, 編 集部 は で き る だ け おお くの人 た ち の研 究 の紹 介 に つ とめ て い た よ うだ った し, テ ーマ や書 き手 の選 択 に は編 集 部 の誌 面 づ くりへ の方 針 が つ よ く働 い て い る よ うに み うけ られ る。

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中村  民具研究の展開

2.  『マ ン ス リ ー一』 の 動 き

  60年 末 か ら70年 代 の 民 具 研 究 の お お よ そ を つ か む た め に , 『マ ン ス リー』 15巻 10号 ま で の 記 事 約 470編 を と り だ し, 標 題 分 析 的 に お の お の の 内 容 を 調 べ て み る と , つ ぎ の 10群 に わ け る こ と が で き る (表 2)。

a  総 論 的記 事

  民 具 の本 質 論 ,民 具 の研 究 法 , 民 具 断 想 , 民具 調 査 あれ これ , 民 具 の研 究 と保 存 の 緊 急性 ,民 具 学 方 法論 , 民 具学 提 唱 の意 味 な ど。 「私 の民 具 入 門」 と題 す る 6回 つ づ きの記 事 も あ る。 常 民 研 主催 の民 具 研 究講 座 や学 界 の動 き, 研 究 会 の報 告 も のせ られ て い る。

常 民研 と 『マ ンス リー』 の執 行 部 は AM の 民 具 研 究 の良 さ を 受 けつ ぐと と も に 民 具 学 とい う新 学 門 領 域 の 確 立 をめ ざ した 。 この項 に含 まれ る記 事 の割 合 は13.9% に お よ ん で い る。

b  出土 品 ・古 文 献 と

 第 2次 大 戦 後 の考 古 学 的発 掘 調 査 は思 い もか け な い過 去 の おお くの 用具 を掘 りだす こ とに な った。 そ う した仕 事 に たず さわ る研究 者 の一 部 で は出 土 品 の使 い み ちや 作 り 方 を 推 しは か るひ とつ の材 料 と して 民 俗 文 化 財 を 学 ぶ方 法 が と られ た 。 お お くの研 究 2)AM の民 具 研 究 を受 け つ こ う とす る動 きは, は や く渋 沢 敬三 先 生追 悼 記 念 出版 とな って あ ら わ れ た 。 『日本 の 民 具』 全 4巻 (1946−1947 慶 友 社 ) が そ れで , 旧 日本 実 業史 博 物 館 か らは遠 藤 武 ,常 民 研 か ら宮 本 常一 ,AM か ら礒 貝 勇 ・桜 田勝徳 , EM か らは八 幡 一 郎 ・宮 本 馨太 郎 諸 先 生 が 著老 と して 参加 され ,薗 部 澄 氏 が写 真 を 担 当 され た 。慶 友 社 の宮 嶋 秀 さ ん はそ の 後 ,民 具 ・民俗 文 化 財 関係 の 出版 を数 お お く手 が け られ, 常 民 研 の 『民 具 論集 』 や 『マ ンス リー』 の 発 行 を 引 き受 け, 向 山雅 重 『信 濃 民 俗記 』(968),小 野重 朗 『南 九 州 の民 具 』(1969), 上江 洲 均

沖 縄 の民 具』 (1973), 宮 本馨 太 郎 『民 具 入 門 』 (1973) な どの単 行本 を つ ぎつ ぎ に刊行 し,民 具 ・民俗 文 化 財 の研 究 者 にお お きな刺 激 を あ た え た。AM の祝 宮 静 『民 俗 資 料入 門』 や 礒貝 勇

『日本 の 民 具』 は岩 崎美 術 社 民俗 民 芸双 書 の一 冊 と な って い るが, この よ うに 民 具 の 単行 本 が 商 業 出 版 に の る こ とは, そ れ まで は考 え られ な い ことだ った 。文 化 庁 は1954年 11月 の 岩 手県 他 12県 の 正 月行 事 , 東京 都 他 10県 の年 令階 梯 制 , 長 野県 の 中馬 ,徳 島の かず ら橋 新 潟 県 の ドブ

ネ をか わ き りに無 形 民俗 文 化 財 の記 録 作成 を お こな い ,そ の結果 は, た と えば 田 植習 俗 (1969,

970), 木地 師 の習 俗 (1969, 1974), 有 明海 の漁撈 習俗 (1972), 八 郎 潟 の漁撈 習俗 (1971),

狩 猟 習 俗 (1973,1978), 紡 織 習 俗 (1975), 伊豆 の若 者組 の習 俗 (1972), 正 月 習俗 (1970,

971) な ど とな って 出版 され て い る (1972年 まで は 株 式会 社 平凡 社 , そ れ以 後 は 財団 法 人 国 土 地 理 協 会 )。 そ こで は 社 会 組 織や 技 術 につ いて の 言 い伝 え や 仕来 り面 に つ いて の 詳 しい 記 録 は もち ろん , 写真 や作 図 もいれ て , それ ぞ れ の 習俗 に と もな う民 具 をか な り詳 し く記録 す るよ う 指 導 され て い て, 民 具 研究 によ い材 料 を 提 供 して くれ て い る。 そ う した 仕事 は, もち ろん た い へん 有 意 義 な もので あ る けれ ど も,調 査 は あ くま で 研究 の一 部 で あ って ,研究 はそれにつ きる とい う もの で は ない 。 なお 明玄 書房 か ら 80年 頃 『日本 の民 具 』 とい う 全 6巻 A5, 250頁 か ら 300頁 ほ どの厚 さ の本 が つ くられ て い る。 そ れ まで 発 表 さ れた 報 告 な どを再 録 した もので 各 地 方 別 にま とめ られて い る 。 あ らた めて , どれ ほ どお お くの入 た ち の 目が 民 具 にむ け られ て い た か が わか る。

lll3

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国立民族学博物館研究報告  10巻 4号 表 2  民 具 マ ンス リーの 記事 の 内訳

種 類 年 度

b 簸 品 古文献と

C 地 域 の 民 具 衣 食 住 と 民 具 生 業 と 民

信 仰 行 事 と 民 具 と 民 具 i 博 物 館 と 民 具

1968 工971 1973 1975 1977 1979 1981   ユ           し     む                   

1971 1973 1975 1977 1979 1981 1983

2   1   12  10  11   8

5    1    3    2    1    4 9    2    1    1    3    1

10 16

19  25   5   19  33   26 2    1    6    2    3    2 2    2    2    7    2    5 1    1    1  −    一   一 14   0    5   7   9   17

8    2    1    3    1    6

 9  3  2 11 24

 4

 7  2

52 161 16 24   3 89 23

13.9 4.1 4.0 11.2 34.3 3 .4 5 .1 0 .6 19.0 4 .9

82

71 50 56 75

73 62 469

100.0

%以外の数字 は件数

を世 にお く った立 教 大 学 物 質 文化 研 究 会 の機 関誌 『物 質 文 化』 には考 古 学 民 俗 学 研 究 の副 題 が つ け られ てい た ほ どだ った し, 『マ ンス リー』 の読者 に も考 古 資 料 を 扱 う人 た ちが か な り含 まれ て いた 。 民 具 とつ なが りや す そ うな木 製 品 や タ ケ製 品 の 出土 品 の 研 究 には , しば しば民 具 との 対応 づ けが お こな わ れ た。 出土 品 との対 応 は民 具 の移 り かわ りを 知 る上 で か けが え の な い材 料 だ った 。 そ れ は戦 前 の 民 具 研究 にはむ しろ欠 け て い た もの だ った 。

  出土 品 と同 じよ うに古 い文 献 資料 も民 具 の移 りか わ りを知 る大 切 な 材料 とな る。 常 民研 で は, す で に絵 巻 物 に つ い ての 絵 引 きを 刊 行 して いた し [渋 沢   1964], 水 産 史 料 関係 の彪 大 な 文 献 が集 め られ , そ れ は 国 の もの とな って い た が, 『マ ンス リー』 で も古 い文 献 類 の 紹 介 ,菅 江 真 澄 や 明 治 初年 の農 具 絵 図 な ど に つ い て の考 察 が あ る。 民 具研 究 と文 献 史 学 との橋 わ た しは, この と ころ ます ま す さか ん にす す め られ て い る が,

建 築史 や彫 刻 史 の場 合 が そ うで あ る よ う に,民 具 ひ とつ ひ とつ の形 や 作 りや使 い方 へ

          コ   

の 立 ちい っ た分 析 を か く し味 に す るか らこそ ,本 当の 味 が で て くる の で はな か ろ うか。

  c  地 域 の民 具

  文化 財 と して の民 具 の調 べ が すす む う ち, そ の地 域 で どの よ うな民 具 が どれ ほど使 わ れ た か。 そ の地 域 の 民 具 は他 の場 所 の民 具 とど う似 て い て , ど う異 な るか が誰 しも 知 りた い と思 う。 そ の 意 味 で あ ま り行 けな い場 所 な ど の民 具 の 紹介 は読 み手 に は得 が た い記事 とな る。 あ る地 域 ,地 方 の民 具 を 全体 と して報 告 した 記事 は 『マ ンス リー』

で も決 して お お くはな い が ,奄 美 ,種 子 島 , 下北 半 島 , 猪 苗代 湖 ,下 総 水 郷 な どの民 具 につ い て の記 事 が あ る。 「山陰 地 方 の民 具 の現 状 」 とい う報 告 も よせ られ て い る。

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中村   民 具研究 の展開

  国 外 で は台 湾 , ネパ ー ル ,韓 国 の 名 が み え る。 台 湾 は台 湾 大 学 所 蔵 の資 料 を と りあ げ た もの で あ る。

  d  衣 食 住 と民 具

  全 体 の記 事 の 11.2% が ここ に含 ま れ る。 ワ ラ ビ製 粉用 の木 鉢 等 の割 り物 につ いて 。 住 関係 で は 「住 ま い と道 具 」, 土蔵 の錠 な ど の ほか , 雪 か き ・雪 目お お いな ど 雪 の 日 の 用 具 の紹 介 が 5編 あ る。

  衣 料 衣 服 関係 は33編 。食 住 の 19編 を お お き くこえ る。 わ ら じ ・わ ら ぐつ ・下 駄 な ど の履 物 を と りあ げ た もの 5。 か ぶ り物 ・蓑 ・木 綿 以 前 の 自給 繊 維 (シナ ・ワ ラ ビ ・ア サ ・イ な ど) を扱 う もの12。 野良 着 ・仕 事 着 は 5。別 に 「雪 の服 装」,「衣 の文 化 を 考 え る」 とい うの もあ る。

  衣 と いえ ば , お お くの大 学 に学 部 を もつ 家 政 学 や生 活 科 学 との かね あ い は ど うな の だ ろ うか 。 と くに 『マ ンス リー』 で こ の領域 を と りあ げ る理 由 は どこ にあ った の だ ろ

う。

  e  生 業 と民 具

  農 地 改 革以 後 の農 業 の技術 的進 歩 に よ って機 械 化 がす す み ,化 学製 品 が ひ ろ く使 わ れ ,労 働 の省 力 化 と兼 業 化 が可 能 に な り, 農 村 の構 造 を お お き くか え , これ ま で の民 具 の お お くが新 工 業 製 品 に置 きか え られ て い った 。 失 わ れ ゆ く民 具 へ の 関心 が つ の る の は人 情 だ し, と き と して そ れ ま で使 われ て い た 民 具 の研 究 が ,生 産 へ の資 料 と して 役 立 つ こ と もあ り うる。 それ は漁 業 や林 業 につ い て も同 じこ とで あ る。

  そ のせ いか , この項 の記 事 は全 体 の34. 3% を しめ て い る。 その 内訳 は農 具 15.1% , 漁 具 10.9% 。 工 具 な ど は やや す くな く7.7% 。狩 猟 具 は0.6% で あ る。

  農 具 で は鋤 ・鍬 ・黎 な どを と りあ げ た もの 18。 掘 り棒 や 豆 さ し,南 島 の ヘ ラな ど 4。

田下 駄 3。 除草 具 は鎌 を いれ て 6。 脱 穀 用 は豆打 ちや水 車 ま で い れ て12編 で さす が に 多 い。 焼畑 や つみ 田 ,深 田で の農 業 のや り方 や農 具 を調 べ た もの 7。 この ほか 農具 や 食 器 を 手 が か りに ,地 域 ら しさが民 具 に ど うあ らわ れ るか を 考 え た 「民 具 の 地 域性 」 とい う11回 のつ づ き も のや ,高 校 の社 会 科 学 習 に民 具 と して の農 具 を ど う いか した か の 報 告 , 農 具 の数 量 (保 有 量) 調 査 な どの記 事 が あ る。

      あみりよう   農 具 に お と らず 『マ ンス リー 』 で は 漁 具 に も お お き な 関 心 が あ つ ま り, 網 漁 6。 鈷 や ウ ナ ギ か ぎ 6。 タ コ つ ぼ ・カ ゴ ・い け す ・貝 と り各 1が あ る 。 あ る 地 域 の 漁 法 漁 具 を 報 告 した も の に は 印 旛 沼 , 島 根 県 中 海 , 児 島 湾 , 沖 縄 本 島 の も の な ど 。 他 に サ ケ 漁 や ア ユ 漁 を と り あ げ た も の が ひ と つ ず つ み ら れ , 鵜 飼 に つ い て は 7回 に わ た っ て 常 民 研 の 手 も ち の 資 料 が 紹 介 さ れ た 。

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国立民族学博物 館研究報告  10巻 4号

  この項 で と くに注 目 して よい の は川 舟 ・劃 り舟 ・磯 舟 な どの 舟 につ い ての 10編 と笙 の記 事 8編 で , 舟 の場 合 に は FRP の 出現 に よ って 消 え ゆ く在 来 小 型舟 へ の詳 しい研 究 が もと にな り,笙 の場 合 はか つ て の AM の笙 の全 国 調 査 の成 果 を再 評 価 しな が ら,

河川 や 魚 の生 態 ・漁 具 の用 法 ・製 法 につ いて の 詳 しい研 究 の積 み か さね に も とつ くも の で , いず れ も研究 者 相 互 の ヨコの結 び つ きが 生 ま れ ,執 行 部 の肝 い り もあ り, シ ン ポ ジ ウムな どが ひ らか れ た。

  手 工 業 分 野 で は農 鍛 冶 を と りあ げ た もの 8。 鋸 4。 ヤ ス リ ・鎌 1。 窯業 用 具 2。 檜 曲物 と漆 器 各 1。 ロ ク ロ製 品 5。 石 臼 ・唐 臼 6。 その 他 タ ケ縄 ,蛇 カ ゴ,屋 根 葺 道 具 , 塩硝 づ く りの道 具 な ど。 石 臼 は粉 体 工学 , ロク ロ製 品 の うち に は百 万塔 の研 究 も含 ま れ て い る。 百 万塔 に つ い て の研 究 は工 学畑 の専 門 家 の 報告 。 農 鍛 冶 の場 合 は工 学 系 統 の専 門家 の研 究 の よ うで あ る。 民 具 の 形 や作 り方 , 使 い方 を深 追 いす る とど う して も 専 門領 域 に深 くはい りが ち に な る が, そ れ な ら民 具 学 者 とは何 だ ろ う。 反 対 に川 崎 市 日本民 家 園 を会 場 に して , む か しの民 具 を実 際 につ くり,受 け つ こ うとす る人 た ち の 集 り 「民技 会 」 の報 告 もみ られ る。

  狩 猟 具 で は 「ア イ ヌの 狩猟 用 具 」,漁 民 の水 鳥 猟 , トラバ サ ミ猟 な どの記 事 が あ る。

  f 運 搬具

  か つ て の AM ・EM の民 具 研 究 のな か で この分 野 は も っ と も成 功 した もの の ひ と つ だ った 。 そ の分 類 学 にお い て ,地 域 分 布 との かね あ い にお い て , きわだ った結 果 を お さめ た。 60年 以 後 もそ れ は新 しい世 代 の研 究 者 に よ って 熱心 に研 究 され つ づ け て い た。

  『マ ンス リー』 の記 事 で はそ れ は全 体 の 3. 4% に しかす ぎな いが ,背 負 梯 子 につ い て ,背 負 袋 につ い て ,負 い縄 につ い て , また ス ド リと呼ぶ 箕 の 形 を した用 具 につ いて , 各 地 域 の詳 しい調 査 に もとづ き, しか もそ の運 搬 を必 要 と した 背 後 の い とな み にま で

目 くば りを 忘 れ な い研 究 に接 す る こ とが で き る。 な か には文 化 財 調 査 や県 市 町 村 史 誌 編纂 とは別 個 に,研 究 仲 間 が 寄 りあ って研 究 体 が うま れ た例 もあ る。

  g  信 仰 行 事 の 民 具

  小 正 月 の 粟 穂稗 穂 ・道 祖 神 ・ワ ラ人形 ・舟 だ ま さま ・奄 美 の カマ ド神 ・盆 棚 な ど。

葬式 につ か う民 具 に つ い て も記 事 が あ る。 いず れ も他 の地 域 の人 に は珍 しい記 事 で , 埼 玉 県 の オ キ ヌ さま と呼 ばれ る蚕神 さ ま や ,南 西諸 島 の ノ ロ ・ネ イ シ と呼 ばれ るみ こ さま の祭 具 な ど珍 しい民 具 の 紹 介 もあ る。 ただ信 仰 行 事 の民 具 を 全 体 的 に ど う組 織 だ て て と らえ るか 。 ほ か の領 域 の 民 具 とど の よ う に関係 づ け た らよ いか な ど の面 白 い問 題 は未 解 決 で の こさ れ て い る よ うで あ る 。

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中村   民具研究の展開  h  遊 戯 と民 具

AM の 民具 研 究 は郷 土 玩 具 や縁 起 物 の研 究 か らは じま った。 駄 菓 子 屋 で 売 って い た よ うな町 の 遊 び の お もち ゃ。 いわ ゆ る野 の玩 具 (自分 で つ くる手 づ くりの遊 び道 具 ) に つ い て も無 関 心 で は な か っ た。 しか し本 格 的 に民 具 研究 が軌 道 に の る と, そ れ らは か え って完 全 に と りの こさ れ て しま った 。 こ こで も中 国 地 方 の大 田植 に用 い られ る楽 器 につ い て の記 事 と 「子供 の遊 び と造 形」 とい う記 事 を み るの み で あ る。

 i 博 物 館 と民 具

  『マ ンス リー』 の紙 面 づ く りは ,つ ぎつ ぎ に つ く られ る博物 館 の動 き と無 関 係 で は な か った。 博 物 館 の こ とを話 題 に した記 事 は89。全 体 の19% にお よん だ。 ただ しその う ちの50編 は AM の歩 み を た ど る 「あ しな か研 究 の こ こ ろ」 な ど と AM の創 成 期 の

「ア チ ック の お も ち ゃ時代 」 (39回連 載) だ った 。

  そ れ 以外 で は 4回つ づ きで 「民 俗 博 物 館 建 設 へ の歩 み」 や ヨー ロ ッパ の博 物 館 見 聞 記 。 そ の ほか 民具 の整 理 や 展 示 の や り方 につ いて の経 験 者 に よ る実務 的 な記 事 が20ほ ど。 別 に文化 庁 の そ の方 面 の 担 当者 に よ る 「地 方 博 物 館 ・資 料 館 の 建 築 計 画」 とい っ た指 導 的 記 事 もあ る。一 部 に は講座 を 開設 して ,博 物 館 で民 具 を専 門 に扱 う学芸 員 を 養 成 す べ きだ とす る意見 もだ され た が , それ は いま だ にむ ずか しいよ うで あ る。

  AM ・EM 流 の 民 具 の扱 い方 は,と き に応 じて紹 介 さ れて きた け れ ど も [宮 本 1973:

173−196], 細 か い と こ ろま で は報 告 され て いな か った し,AM ・EM の関 係 者 の ご く 一 部 しか そ の実 情 は知 らな い はず だ か ら,た とえ講座が開かれて も,それ は試行錯誤

の段 階 に あ る研 究 者 相互 の研 究 の場 , 情報 交 換 の場 と して 役 立 つ にす ぎな か った の で は な か ろ うか。 出土 品 や 民俗 文 化 財 の よ うな 大 量 の資 料 を 整 理 し保 存 す る技 術 は, よ うや く最近 に な って開 発 され つ つ あ る。

j そ の他

  民 具 の 材 質 的共 通 性 に着 目 して , た とえ ば 「竹 の民 具」 「わ らの民 具 」 と して と ら え る見 方 が あ る。 また 作 り方 を 重 くみ て 「編 組 か らみ た竹 製 民 具 」 「民具 と して の陶 磁 器 」 な どの記 事 もあ る。 そ の ほ か岩 崎 卓 爾 氏 や桜 田勝 徳 先 生 の追悼 記 事 な ど も この 項 に含 め た 。

3. 学 会 の 構 成

1978年 3月 25日現 在 の 『民 具 マ ン ス リー』 会 員 数 は , 『マ ン ス リー』 所 載 の 名 簿 に よ れ ば 559名 で あ る 。 そ の 地 方 ご と の 会 員 数 を 数 え , ち な み に 日本 民 俗 学 会 の 同 じ頃 の 分 布 の 様 子 と対 比 して み る と , 『マ ンス リー 』 で は 東 京 の 会 員 100 に 対 し , 北 陸 地

1117

(17)

国立民族学博物館研究報 告  10巻 4号 方 の会 員 数 は51.4, 中国 地 方44.9とな り, これ は 日本 民 俗 学会 の 19.0,な い し28.3に く らべ , きわ めて高 い こ とを示 して い る。 い うま で もな く常 民 研 と深 いつ な が りを も つ 研究 者 が 中心 にな って研 究 をひ ろめ ,仲 間 づ くりを して い た か らだ と思 わ れ る 。   『マ ンス リー』 会 員 を 所属 の上 でわ けて み る と,教 育 委 員会 や県 市 町 村 史誌 編 纂 に

たず さわ る人 た ち を含 む官 庁 関係 が15.9% で か な りお お く, わ ず か の差 で博 物 館 に勤 め る人 た ち (15.4% ) がつ づ く。大 学 関係 者 は 11.3% で ,小 中 高 校 に勤 め る人 た ちの 12. 8% よ りや や低 い割 合 を 示 して い る。 その 他 には 自営 業 の人 た ちな ど が含 ま れ る。

学 会 は大 学 を母 体 に して役 員 を選 び 出 す ,成 熟 し専 門分 化 が い ち じ る しい学 会 とは ち が い , 自営 業 の人 た ち か ら会 社 勤 め の人 た ち, 小 中 学校 や 高 校 の先生 か ら大 学 の 関係 者 ま で , さ ま ざ ま な職業 の人 た ち を支 持母 体 とす る こ とを以 上 の数 字 は示 す よ うであ る。 そ の 意味 で民 族 学 な い し文 化 人 類 学研 究 者 の結 合 体 と して の 日本 民 族 学会 な ど と は おの ず か ら別 の性 格 を もつ 。

4.  ひ と つ の 区 切

70年 代 か ら80年 代 は じめ にか け て ,民 具 は よ うや く一 般 の人 た ちの もの に な りつ つ あ っ た。各 地 で民 具 展 が 開 か れ ,古 道 具 にか わ って民 具 が店 頭 に姿 を見 せ は じめ た。

 1975年 春 , 日本 民 具 学 会 が うま れ ,全 国 大会 が ひ らかれ , 各 地方 に も民 具 学 会 がつ く られ た。会 員 の この学 会 へ の期 待 の お お き さは 『マ ンス リー』 の誌 面 か らも よみ と

表 3  民 具 マ ンス リー会 員 の 内訳 (民 具 マ ンス リー 11(1)によ る)

地 方 所 属

北 海 道

東 北

関 東*

東 京

北 陸

中 部

近 畿

中 国

四 国

九州 ・沖縄

国 外

学 校

大学

3 11 23 1 3 11 5 1 3 2

63

高校

8 7 5 8 11 4 5 3 4

55

小学校

1 2 2 1 3 1 5

2

17

博物 難

6 6 21 5 9 10 14 4 3 8

86

図書館 研究所

2 2 11 5

4 1 1

1

27

官庁

6 16 11 16 9 11 13 2 5

89

会 社その他

14 25 39 15 17 12 12 5 16

155

団体

6 9 17 5 5 13 3 3 6

67

8 46 102 107 55 62 67 48 17 45 2

559

東 京 を 100と して

マ ン ス リ ー

7.5 43.0 95.3 100.0 51.4 57.9 62.6 44.9 15.9 42.1 1.9

日本民 俗学会

8.1 35.3 93.4 100.0 19.0 49.5 65.2 28.3 10.4 37.3 4.5

11. 3 9. 8 3. 0 15. 4 4.8 15. 9 27.8 12. 0 100.0

* 東 京都 を除 く6県

1118

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中村  民具研究の展開 る こ とがで き る3)。

  1981年 11月 号 に は 「常 民 文 化研 究 の原 点 」 と題 す る記 事 がの せ られ た 。 そ して1982 年 4月 号 に は 「神 奈 川 大 学 日本 常 民 文化 研 究 所 の門 出 に あ た って 」 があ り,12月 号 に

は 「歴 史 学 と民 具研 究 」 と い った 記事 が みえ る。 常民 研 の神 奈 川 大 学 へ の移 動 は , は た め に は , AM 以 来 東 京 三 田綱 町 に 本 拠 を か ま えて 独 自の 学 風 を そ だ て て き た ひ と つ の民 間 の 学 術 研究 体 の終 りに , い や ひ とつ の区 切 の よ うに思 わ れ た。

  『マ ンス リー』 の会 員 以 外 , 日本民 具 学 会 の外 側 で も,民 具 を 学 ぶ 人 た ち が研 究 を 発 表 しつ つ あ った し, た とえ 民 具 学 の旗 印 を かか げ な くて も,民 具 に関 す る研 究 は以 前 か らの 中央 ・地方 の学 会 誌 , 大 学研 究 機 関 の紀 要 ・報 告 類 , さ らに理 工 系 の雑 誌 に の せ られ た もの ま で加 え る と, か な りの数 に のぼ ろ う と して い た。

I V. 若 干 の 帰 結

  1  それ ま で , ご く一 部 の 人 た ちを 除 け ば , ほ とん ど注 目 され て いな か った民 具 は , 1954年 の文 化 財保 護 法 の いわ ゆ る第 1次 改 正 を緒 と して有 形 民俗 文 化 財 へ の途 が ひ ら

け ,文 化 財 調 査 や県 市 町 村 史誌 編 纂 な ど の な かで次 第 に と りあげ られ るよ うに な って い った。

  2  60年 代 以 降 急速 にす す む 博 物館 づ く りのな か で , 出土 品 と有 形 民俗 文化 財 , な かん ず く民 具 は お お きな比 重 を しめ , そ の ため の収 蔵 手 段 がつ く られ , 展示 法 が 開発 さ れ ,研 究 がす す め られ た。

  60年 以 降 の民 具 研究 は実 は こ う した状 況 の なか で は ぐ くまれ て きた 。 も ちろ ん民 具 を こよ な く愛 し, 身過 ぎ世 過 ぎを は な れ て の研 究 が な か った わ けで はな い け れ ど も,

民 具 研 究 の主 流 はあ くま で も公 の 仕 事 との係 りに お いて ,形 作 られ て きた 。 3) 高度 成 長 の後 半 ,世 の 中が ひ と まず 安 定化 す る とと もに , さま ざ ま な学 会 が つ くられ た 。従

来 の学 問 の 行 き がか りに と らわ れず 誰 で も自 由に 発言 で きる 雰 囲気 が一 般 化 した た めか , 経済 的 文化 的 余 裕 が生 じた た めか , そ れま で の学 問 へ の信 頼 が うす らい だ の か, ま た は科 学 の 進歩 が よ り専 門 的 な研 究 組織 を 必 要 とす るよ うにな った た めだ ろ うか 。 実 は 日本 民 具 学会 の 成 立 も

こ う した 学 問思 想 史 の 時 の流 れ の なか で 考 えて ゆ かね ばな らな いの か も しれ な い 。 なお , 常 民 研 で は1969年以 後 , 慶 友社 常 民文 化 叢 書 の一 部 と して年 1冊 『民 具 論 集』 を , さ らに1978年 3 月 に は同 研 究所 調 査 報告 第 1集 『小 正月 行事 とモ ノ ッ ク リ』 を刊 行 して い る。 論 集 に は宮 本 常 一 教授 の つ づ きも ので 「民 具 試 論」 の ほ か, 出土品 ・古文献と民具では草戸千軒出土資料,古 代 ・中世 鋸 の復 原 , 「絵 巻 物 よ りみ た運 搬 具」。 衣 食住 の民 具 で は 中国地 方 の輪 か ん じき,東 北 地 方 の雪 上 の は き物 。 ま た 「履 物研 究 の 将来 」 とい う論 文 もあ る。 生 産 の民 具 で は ヒエ作 りの 農 具 ,豆 植 え棒 , 吉 野 の ウル シか き, 田下駄 , 伊 勢 湾地 帯 の 漁具 , 南 関東 の アマ の民 具 。 信 仰 行 事 の民 具 で は 越 前 若 狭 の船 絵 馬, 新 潟 中魚 沼地 方 の 釜 神 さま 。 そ の他 能 登 の タ ケ製 民 具 。

「二 つ の脱 穀 用 具 の変 遷 と分 布 」 と題 す る 小 野重 朗 先 生 の報 告 もあ る 。 こ の 論 集 に み る研 究 の 流 れ も 『マ ンス リー』 の分 析 か らえ た結 果 と,そ れ ほ ど の ちが い は ない よ うに思 え る 。

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国立民族学博物館研究報告  10巻 4号   3  民 具 研究 者 の 自主 的 全 国 的組 織 と して の 日本 民具 学 会 につ い て もそ の点 は例 外 で は な い よ う に思 わ れ る。 「マ ンス リー」 の誌 面 の一 部 には そ れ が , よ くうか が え る。

も し新 しい研 究 へ の行 き方 を考 え るな ら, この あ た りで も う一 度 ,60年 以 後 の 民具 研 究 が お か れ て きた条 件 を み な お して ,具 体 的 に そ れ が ひ とつ ひ とつ の研 究 の す す め方 や 方 向 づ け に ど の よ う に作 用 して い たか を 確 か め てみ て もよ い ので はな か ろ うか4)。

      あしなか

  4  1930年 代 の 所 謂 足 半 の 研 究 は AM が な し と げ た も っ と も お お き な 研 究 の ひ と つ だ っ た [ア チ ッ ク ・ ミュ ー ゼ ァ ム   1935, 1936]。 そ の 研 究 の す す め 方 , 行 き 方 に は 賛 否 両 論 が あ る け れ ど も , そ こ に み られ る , と ど ま る と こ ろ を 知 ら な い 資 料 集 め へ の 執 念 と 標 本 資 料 一 点 一 点 へ の 詳 細 な 観 察 , さ だ か に は 見 定 め が た い ゴ ー ル へ の , そ れ 故 に こ そ 興 味 つ き な い 研 究 。 そ れ ら は 60年 代 以 後 の 民 具 研 究 が 追 い も と め て い る も の と , ど こか ち が う の で は な か ろ う か 。

謝 辞

  実例 や 文 献 につ いて 御 教示 をい た だ いた 関係 機 関 ,大 学 な どの方 々に心 か らお礼 を 申上 げ た い と思 う。文 献 を お お くり下 さ った 日本 常 民 文 化研 究 所 ,和 田正洲 先 生 , そ の ほか の方 々に改 め て お 礼 を 申上 げ た い 。

4) 民俗 文 化 財 と して の民 具 の調 査 や保 存 の 仕 事 は (とい って も以 下 か な らず しも, 民具 だ けに 限 定 す る必 要 はな い), 国 や都 府 県 のお 金 を もと に して お こな わ れた 。 それ はた しか に新 しい 有 効 需 要 を う みだ し,そ の 効果 はそ れ に付 随 す る教 育 ・建 設 ・デ ィス プ レー ・出版 ・観 光 ・飲 食 業 等 々に波 及 して い った 。 開発 に と もな う埋 蔵文 化 財 の大 規 模 な調 査 の 場合 な ど, こ とさ ら そ うだ った 。需 要 の 急激 な 拡 大 は 当然 それ に 対応 した 雇 用 の増 加 や技 術 的 進歩 と さま ざ ま な キ シ ミ (軋 み) とを うみ だ した 。 しか し物 事 には ,他 の条 件一 定 と して も, そ の う ち には 収 穫て い 減 の法 則 と や らが 作用 す る とき が くる 。調 査 や保 存 の仕 事 が いま の まま 限 りな くつ づ くとは か ぎ らな い か ら, も しそ うだ と した ら外側 の条 件一 定 と して, その成 長 に テ コ入 れす る もの が 新 しい技 術 的進 歩 や 新投 資 へ の誘 因 だ とすれ ば , た と えば 標本 ・文献 ・映 像 等 を含 む 博 物 館資 料 のデ ータ化 と標 本 画像 の立体 図形 処理 との 結 合 に よ るデ ィス プ レー の 自動 設 計 や ロボ ッ ト化 さ れ た標 本 資 料 の効 率 実験 や 非破 壊 分 析 な ど とい う試 み は前 の例 に あ た る だろ う し,最 近 お お くの 自治 体 が 民間 活 力 の 導入 を前 提 と してす す め つ つ あ る新 しい プ ロジ ェク ト, た とえ ば従 来 の行 政 の行 きが か り に と らわ れ な い滋 賀 県 の 「小 さ な世 界 都市 づ くりモ デ ル事 業」 な ど は後 の 可能 性 を もつ もの とい え る。 な か で も石 部 町の ス ポー ツ ・レク リエー シ ョ ン施設 と博 物 館 , 民 俗 文 化 財 , そ れ に モデ ル事 業 の 「石 部 宿 場 町 の再 現」 とを た くみ に結合 して い る プ ロジ ェ ク ト な どは 印象 的 で あ る。 「石 部 宿 場 町の 再 現 」で は これ ま で の よ うに 古 い民 家 を 文化 財指 定 し修 理 復 原 して 利 用 す る とい うので は な く, 古 い宿 場 の 数 軒 (農 家30坪 , 商 家 2階 建 て 65坪 , はた ご同70坪 , 茶 店 13坪 ,石 だ たみ な ど) を む か しどお りの寸 法 で 同 じ材 質 の新 しい 木 や石 や 土 を つ か って (現在 で は そ れ は至 難 のわ ざで あ る),地 元 につ た え られ た技 術 に よ って (もち ろん そ の 道 の専 門家 も参 加 した が) 完 全再 現 しよ うと した もので ,新 建 材 とは ま た別 の 日本 の木 造 の 家 屋 のす が す が しさ, た くま しさ を鑑 賞 す る こ とが で きる。 この部 分 は伝 統 的 技 術 の保 存 を 意 図 した もので , た とえ ば集会 や 宿 泊 に はつ か わせ な い そ うだ し,反 対 に周 囲 の テ ニス コー トや 研 修 施設 は, 草 津 か ら車 で 15分 とい う場 所 的条 件 も手 伝 って , 経済 的 に 充 分効 率 的 に利 用 され て い る 由で あ る (石 部 町 総務 課 企 画係 編 『石 部 町発 展 計画 』 1982:54,62, 滋 賀 県 『小 さな 世 界 都市 づ くりモ デ ル事 業 実施 要 綱 』1983ほか)。念 の た め。

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