下エジプトの親族集団内婚と社会的カテゴリーをめ ぐる覚書
著者 大塚 和夫
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 8
号 3
ページ 563‑586
発行年 1983‑12‑19
URL http://doi.org/10.15021/00004447
大塚 下 エジプ トの親 族集団内婚 と社会的カテゴ リーをめ ぐる覚書
下 エ ジ プ トの親 族 集 団 内婚 と社 会 的 カ テ ゴ リー を め ぐ る覚 書
大 塚 和 夫 *
A Note on Kin Group Endogamy and Social Categories in Lower Egypt
Kazuo OHTSUKA
It is well-known that a paternal parallel cousin (FBD) is the most preferable wife, and indeed marriage with her in
particular, or kin group endogamy in general, occurs often among
various Middle Eastern societies. Many social anthropologists
studying in this area have been interested in this curious custom and have analyzed it from several points of view.
In this paper, I first present an example of kin group endoga- my in a village of Lower Egypt where I carried out extensive
field research during 1981-82. Nearly half of the total marriages
in this group could be defined as a marriage with a classificatory
bint amm (FBD).
I then discuss a peculiar mode of social categories used in Lower Egypt. Though the dila kin group seems to be a patri-
lineal descent group according to the method of recruitment,
people are hardly concerned about distinguishing between agnates and maternal kin in their daily conversations. Instead,
they always refer to a qarib (relative), a social category strictly
differentiated from the other categories such as gar (neighbor), s0ab (friend), zamil (colleague) and gharib (stranger). Since
among most societies characterized by patrilineal descent
groups, aganates and maternal kin have two different social
roles that are never confused in social life, this strange mode of
social categorization is perplexing.
Following Barth's argument, I propose as a tentative ex- planation that such a peculiar typification of the social world
would be logically suitable for a society which has a custom of
kin group endogamy. Its practice could result in the compli-
cation of kinship and alliance relations within . the group itself
*国立民族学博物館第 3研究部
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and it could be that one is an agnate, a maternal kin and an affine to the peculiar person at the same time. It is therefore difficult and meaningless in ordinarily life to distinguish between a kin from the father's side and that of mother's, both of whom belong to one kin group. They are qaribs who are expected to render mutual assistance on some crucial occasions.
Persons belonging to the qarib social category are internally divided into sub-categories represented as kinship terms. It is said that these sub-categories are ordered according to the degree of closeness to particular person. Thus, an amm (FB) is closer than a khal (MB), who is in turn closer than a nasib (WF or WB) to ego. But it sometimes occured that a man takes a distant relative for a closer one by using a fictive kinship term.
In conclusion, I believe that the word "qarib", the meaning of which is originally "close" or "near", is important for understanding social relationships and group formation in Lower Egypt. It is noteworthy that Eickelman has paid attention to the Moroccan term "qaraba", which is derived from the same Arabic root (Q-R-B) as qarib, as a key concept for studying Moroccan. social structure.
1. 序 一 問題 の 所 在 2. 親 族集 団 内 婚
1) 下 エ ジ プ トの親 族 集 団 2) 親 族 集 団 内婚 の 事 例
3, カ テ ゴ リー と して の 親 族 1) カ リーブ (親 族 ) 2) 近 い親 族 と遠 い親 族 4. 総 括
1. 序 一 問 題 の 所 在
中東 の諸 社 会 に お い て, 父 方 平行 イ トコす な わ ち父 方 オ ジの娘 (FBD) との 婚 姻 が 理 想 と され , ま た 実際 に も,しば しば生 じて い る こ とは , す で に周 知 の事 実 で あ る。 こ の地 域 の研 究 に従 事 す る社 会 人 類 学者 の多 くは, この 中東 特 有 の現 象 に着 目 し, さま ざ ま な 立場 か ら論 議 を 重 ね て きて い る1)。 か く して , 父 方平 行 イ トコ婚一 時 に は,・
親 族 集 団 内 婚 と い う
, よ り一 般 的 な枠 組 で 論 じられ るこ と もあ る の成 立 , 機
1) フ ァ ー テ ー と マ ラ ー キ ■ 一 ・ ・ 一 に よ れ ば , こ の 型 の 婚 姻 研 究 の 視 点 は , 次 の 四 つ に 整 理 さ れ る と い う [ FERNEA & M ALARKEγ 1 975: 188] 。
{ 1) イ ス ラ ー 一ム 成 立 以 前 の 相 続 規 則 の 残 存 物 と み な す 立 場 ( Robe rt s on Sm i t h) 一 ( 2) FBD 婚 を 理 念 的 体 系 と み な し, 起 源 で は な く べ ドウ ィ ン社 会 i ζお け る そ の 働 き の 構 造 的 意 味 を 探 究 す る 立 場 ( M ur phy & K as dam )
( 3 》 生 態 的 , 経 済 的 , 政 治 的 諸 問 題 に 対 す る 解 決 法 と み な す 立 場 ( Bar t h, As wad, Gui s e ni er ) ( 4 ) 象 徴 的 な 表 象 と み な す 立 場 ( Sc hnei de r , K eys e r )
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能 ,構 造 , 意 味 な どの解 明 は, 中東 地 域 の社 会人 類 学 の最 大 の 課題 の一 つ と いえ るで あ ろ う。
本 稿 は, 筆 者 が 1981年 か ら1982年 にか けて下 エ ジプ ト地 方 2)で行 な った フ ィ ール ド ワー ク で得 た デ ー タ に主 と して基 づ き, 同地 方 に み られ る親 族 集 団 内婚 の実 態 を 紹 介 す る と と もに・ そ れ と下 エ ジプ トの人 々が 日常生 活 の場 で 頻 繁 に用 い る社 会 的 カ テ ゴ
リー の特 徴 との 関 連性 を検 討 す る こ とを 目的 とす る3)。
本 論 は次 の二 つ の章 か ら構 成 され る。 ま ず ,第 2章 で は, 下 エ ジプ トの親 族 集 団 を 概 説 した の ち, あ る親 族 集 団 に お け る内婚 の デ ー タを 提 示 す る。す なわ ち, 親族 集 団 内婚 が理 念 の み な らず, 現 在 で も実 際 に行 な わ れ て い る社 会 的事 実 で あ る こ とを例 証 す る。
こ の よ うな 具体 例 をふ ま え, 第 3章 で は社 会 的 カ テ ゴ リー との 関連 を考 察 した い 。 一 般 に 父 系 出 自集 団 と規 定 で き る親 族 集 団 を も ち な が ら
, 下 エ ジ プ トの 人 々は 父方 親 族 と 母 方 親族 と の区 分 を さほ ど意 味 あ る もの とみ
て い な い。 日常生 活 に お いて 重 要 な の は・ む しろ・ 父 方 と母 方 を共 に含 ん だ 親 族 (qarTb)4) と い う社会 的 カ テ ゴ リー な の で あ る。 筆 者 と して は, この特 徴 は, 親族 集 団 内婚 が選 好 され る とい う事 実 と密 接 に 関連 して い る と想 定 して お り, それ を論 証 す る た め に, 下 エ ジプ トに み られ る内 婚 を許 容 す る親 族 集 団 の モ デ ル と, た とえ ば 黒 ア フ リカ な ど にみ られ る外 婚 単 位 とな る父 系 出 自集 団 モ デ ル との比 較 を行 な いた い 。 さ らに, 親族 と一 括 さ れ る人 々 も, そ の 内部 に お いて は ,特 定 個 人 との 近 遠 の度 合 に よ って 区別 され る こ と を 指 摘 す る。 そ して, 親 族 名称 の擬i制 的 (fictive)用 例 か ら, 遠 い 関係 に あ る人 物 を よ り 近 しい 者 とみ な し, 自 己 との 関係 を 再 規 定 す る下 エ ジ プ トの人 々 の行 動 様 式
2) エ ジ プ トは 二 つ の 地 域 に 大 別 さ れ る 。 カ イ ロ 以 南 の 上 エ ジ プ トと以 北 の 下 エ ジ プ トで あ る 。 後 者 は (ナ イ ル ) デ ル タ 地 域 と も 呼 ば れ る 。 正 則 ア ラ ビ ア 語 で は , al − wa j h al − qi bl i ( 南 側 )
と al − wa jh a 1 − babri ( 北 側 ま た は 海 側 ) と い わ れ る 。
3) 筆 者 の エ ジ プ ト滞 在 は , 文 部 省 の 昭 和 55年 度 ア ジ ァ 諸 国 等 派 遣 留 学 生 制 度 に よ っ て 実 現 した も の で あ る 。 文 部 省 留 学 生 課 の 方 々 , お よ び 私 の 勤 務 先 で あ る 国 立 民 族 学 博 物 館 の 同 僚 の 方 々 に は , エ ジ プ ト滞 在 中 さ ま ざ ま な 御 迷 惑 を お か け し た 。 エ ジ プ トで の 受 入 れ に 関 して は , 中 岡 三 益 教 授 ( 国 際 商 科 大 学 ), Raouf Abbas教 授 (カ イ ロ大 ) に 特 に お 世 話 に な っ た 。 さ らに エ ジ プ トで は , Ahm ad Nas r氏 , H am i d al − Az zam i氏 , H us am al − Az zami氏 , N agdat H us am − Di n 氏 , Shaban Abd− l H ayy 氏 に 調 査 を 進 め る 上 で 御 協 力 い た だ い た 。 ま た , カ イ ロ で は ,
ア ジ ァ 経 済 研 究 所 の 長 沢 栄 治 氏 , 長 田 満 江 氏 を は じめ とす る 皆 様 に 公 私 共 お 世 話 に な った 。 記 して こ れ ら の 方 々 に 謝 意 を 表 さ せ て い た だ く。
4) 本 稿 の ア ラ ビ ア 語 の 表 記 は , 正 則 ア ラ ビ ァ 語 ( f us l l a) の ア ル フ ァベ ッ ト順 に , , b, t , t h, j , l i, ・kh・d, dh・ r , z, s , s h, S , d, t , Z, , gh, f , q, k,1 , m , n, h, w, y で あ り , 短 母 音 は a, i , u,長 母 音 は a・i ・ t i で 表 す 。 語 頭 の ハ ムザ , 語 尾 の タ ー ・マ ル ブ ー タ は 略 す が , 複 合 語 の 場 合 , タ 一一・
マ ル ブ ー タ を t で 表 記 した 場 合 も あ る 。 な お , 下 エ ジ プ ト地 方 (シ ャル キ ー ヤ 県 の 一 部 を 除 く) で は , カ イ ロ方 言 に 近 い 口 語 (am m i ya) が 使 わ れ て い る 。 フ ス ハ と の 主 な 違 い は , t h 音 が tま た は s音 に , j音 が 9 音 に , q 音 が gl ot t al s t op に 変 わ る こ と な ど で あ る 。 な お , ア ン ミー ヤ の 単 語 も し くは 表 現 を そ の ま ま 記 す 場 合 に は ,伽 ・と い う記 号 を つ け た 。
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国立 民族学博物館研究報告 8巻 3号 の 特 性 を 論 じた い 。
な お , 最 終 章 で は ,本 論 の 議 論 を 総 括 した の ち ,下 エ ジ プ トで 重 視 さ れ る 社 会 的 カ テ ゴ リー qarib が , モ ロ ッ コ社 会 構 造 解 明 の キ ー ・ コ ン セ プ トた る qaraba と 同 根 の 語 彙 で あ る と こ ろ か ら, ア ラ ブ 社 会 全 般 に わ た る 比 較 研 究 の 可 能 性 も 示 唆 した い 。
2. 親 族 集 団 内 婚
1) 下 エ ジ プ トの 親 族 集 団
国 土 の 九 割 以 上 が 沙 漠 に お お わ れ て い る エ ジ プ トに お い て , 下 エ ジ プ ト地 域 は 例 外 的 に 緑 の 豊 か な 農 業 地 帯 で あ る 。 主 な 作 物 は , 小 麦 , 大 麦 , トウ モ ロ コ シ, 米 , ク ロ ー バ ー , 綿 な ど で あ り , カ イ ロ近 郊 で は 果 実 , 野 菜 な ど の 商 品 作 物 栽 培 も盛 ん で あ る 。 ド ミエ ッ タ と ラ シ ー ドの 2つ の ナ イ ル の 支 流 か ら デ ル タ 中 に 運 河 の 網 の 目 が は り め ぐ ら さ れ , 人 の 手 の 及 ば な い 未 開 拓 地 は , ほ と ん ど な い と い って い い く ら い で あ る 。 伝 統 的 村 落 (qariya)の 人 口 は , 概 ね 3〜 6,000人 ほ ど で あ り , 中 に は 10,000人 を 越 す と こ ろ も あ る5)。
下 エ ジ プ ト地 域 で 親 族 集 団 を 表 す 名 称 と して 一 般 に 用 い ら れ て い る の は , ア ー イ ラ
(a ila) で あ る 。 ま た , 核 家 族 を 指 す 用 語 と して , ウ ス ラ (usra) も よ く使 わ れ て い る 。 た だ し, ベ ド ウ ィ ン社 会 の 研 究 者 た ち の 指 摘 す る 親 族 集 団 語 彙 の 文 脈 依 存 性
と い う特 徴 は 6), ア ー イ ラ, そ して 稀 に で は あ る が ウ ス ラ に も あ て は ま る 。 す な わ ち , ア ー イ ラ の 語 は , 十 人 程 度 の 大 家 族 か ら数 百 人 ほ ど の リニ イ ジ, さ ら に は 数 千 人 に も の ぼ る 部 族 と い っ た さ ま ざ ま な 規 模 の 親 族 集 団 を 指 す こ と が で き, 文 脈 に 応 じて , 異 な っ た 社 会 的 実 体 の 名 称 と な る の で あ る 。 こ の 点 を 留 意 しな が ら, 以 下 で は , 下 エ ジ プ トの 親 族 集 団 を 代 表 す る 語 と して , ア ー イ ラ を 用 い て い く。
メ ン バ ー シ ップ 取 得 の 様 式 か ら, ア ー イ ラ は 父 系 出 自 集 団 と規 定 し う る 7)。 こ の 点 に 若 干 の 説 明 を 加 え て お こ う 。
5) 下 エ ジ プ ト地 方 の 農 業 活 動 に つ い て は , 拙 稿 [ 大 塚 1 983b] で 簡 単 に ふ れ て お い た 。 6) 「た と え ば , バ イ ト ( bai t ) と い う 接 頭 辞 は ,数 千 人 に も の ぼ る 集 団 の 名 前 に も つ け う る し ,ま
た , 一 つ の テ ン トの 居 住 者 を 指 す 場 合 も 適 切 な 用 法 な の で あ る 」 [ M uRPHy & KAs DAN 1 959:
1 9]。 さ ら に , Eva ns − Pr i t c har d [ 1 949],後 藤 [1 97 9] も 参 照 の こ と 。
7) ベ ド ゥ ィ ンを 含 む ア ラ ブ の 親 族 集 団 の 父 系 性 に 関 して は , ほ ぼ 定 説 化 さ れ て い る と い え る だ ろ う が , 次 の よ う な 事 実 も無 視 して は い け な い 。 そ れ は , 親 族 集 団 の 社 会 的 格 の 問 題 で あ る 。 自 分 た ち よ り格 下 の 親 族 集 団 に 娘 を 嫁 が せ る の は 恥 ず べ き 行 為 と さ れ て お り , 格 下 の 集 団 の 女 性 と の 間 に 生 ま れ た 子 供 は , 父 よ り も 母 方 の 集 団 に 実 質 的 に 帰 属 す る よ うで あ る 。 サ ウデ ィ ・ア ラ ビ ア の べ ド ウ ィ ン に 関 して は , Col e[1 975: 71− 2,89− 90],片 倉 [ 1 979:79−80],上 エ ジ プ トに 関 して は , Cr i t ch丘e l d [1 982:24・ ・ −37 ] を 参 照 の こ と 。
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エ ジ プ ト人 の 本 名 , つ ま り身 分 証 明 書 等 に 記 載 さ れ る 名 前 の あ り方 に 着 目 す る と , 彼 ら の 命 名 シ ス テ ム は ・ 家 名 (ism aL a ila, laqab, am, naab) を もつ 者 と そ う で な い 者 と に 二 分 さ れ る。 公 式 書 類 に 名 前 を 記 す 場 合 , 普 通 は , 自分 の 名 前 , 父 の 名 前 , そ し て 祖 父 (父 の 父 ) の 名 前 ま た は 家 名 の 三 欄 を 埋 め な け れ ば な ら な い 。 た と え ば , ム ハ ン マ ド ・ア ハ マ ド ・ム ス タ フ ァ と い っ た 名 前 が あ っ た と す る。 こ の 男 に と っ て , 自 分 自 身 の 名 前 は ム ハ ン マ ドで あ り , 父 の 名 は ア ハ マ ド, そ して お そ ら く ム ス タ フ ァ は 父 の 父 の 名 で あ る。
一 般 に エ ジ プ ト人 に そ の 所 属 す る ア ー イ ラ の 名 前 を 尋 ね た 時 , 返 って く る答 え は , 普 通 こ の 家 名 か 祖 父 の 名 で あ る 。 後 者 す な わ ち , 父 の 父 を 始 祖 とす る ア ー イ ラ に つ い て は ,三 代 に わ た る 父 系 リニ イ ジ と 規 定 で き よ う。 一 方 ,家 名 は 特 定 の 個 人 主 体 (ego)
か ら み て , 男 系 的 に 遡 った 何 代 か 前 の 父 祖 に ち な ん だ 名 称 で あ り, 形 の 上 で は , 定 冠 詞 (al)を も ち ,形 容 詞 を 作 る 接 尾 辞 ① を 伴 っ た も の が よ く み られ る 。 した が っ て , こ れ も 父 系 リニ イ ジ, ま た は 規 模 が 大 き く な った 場 合 に は 父 系 ク ラ ン と 規 定 す る こ と が で き よ う 。 な お , こ こ で 注 意 して お か な け れ ば な ら な い の は , 日 常 生 活 に お い て , 主 と して 言 及 さ れ る ア ー イ ラ は , 概 ね こ の 二 種 類 で あ る が , 理 論 的 に は , 男 系 的 に 遡 っ た 任 意 の 父 祖 を 始 祖 と して , そ の 男 系 子 孫 か らな る ア ー イ ラ を 抜 き 出 す こ と も可 能 な こ と で あ る 。 換 言 す れ ば , あ ら ゆ る男 性 は , 自 分 の 男 系 子 孫 た ち か ら構 成 さ れ る ア ー イ ラ の始 祖 候 補 者 な の で あ る。 既 に 記 し た ア ーイ ラ と い う語 を 使 用 す る 場 合 の 柔 軟 性 , す な わ ち , こ の 一 つ の 語 彙 が さ ま ざ ま な 規 模 の 親 族 集 団 を 指 し う る と い う事 実 が ,
こ の よ う な メ カ ニ ズ ム を 言 語 表 現 ρ 側 面 か ら保 証 して い る 。 つ ま り, 部 族 , ク ラ ン , リニ ィ ジ , リニ ィ ジ分 枝 等 々 , 規 模 の 異 な っ た こ れ ら の 集 団 す べ て が , そ れ ぞ れ ア ー イ ラ と よ ば れ う る の で あ る
。 ま た , ア ー イ ラ は 大 規 模 の も の か ら小 規 模 の も の ま で , い わ ば 入 れ 子 構 造 に な っ て い る の で , 家 名 を もつ 者 が 父 の 父 を 始 祖 とす る ア ー イ ラ の 一 員 で あ る と い う こ と も可 能 な の で あ る8)
。
次 に , こ の よ う な 人 々 か ら構 成 さ れ る ア ー イ ラ の 物 質 的 基 盤 , さ ら に , ア ー イ ラ成 員 と し て の 彼 ら の 活 動 の あ り 方 に つ い て も ふ れ て お こ う。
8) 多数 の候 補 者 の 中 か ら特 定人 物 が 選 ばれ アー イ ラの祖 とな り, 固 定化 され る プ ロセス ,及び そ れ を保証 す る諸 条件 につ い て は, 今後 の 課 題 と したい 。 なお , キ レナ イカ の ベ ドウ ィ ンを調 査 した E・ピー タ ー スは , 彼 らの 系 譜分 析 の 結果 ,そ の 中 に 曖 昧 な領 域 があ る こと を発 見 した 。そ れ は五 世代 ほ ど遡 った先 祖 た ち に関 す る部 分 で ,彼 らの 名前 と親 族 関係 につ い て , 現 存 の べ ドウ ィ ンた ちの間 に か な りの意見 の 相 異 が み られ た ので あ る。 ピータ ー ス は, この 領域 で 系譜 操 作 が行 な わ れて い ると みた [PETERS 1970]。 系 譜操 作 の メ カニ ズ ム とそ れ を 固定 さ せ る諸 条 件 を検 討 す る場 合 , ピータ ー ス の議 論 は 参考 に な る。 いず れ にせ よ ,忘れてはな らな い こと は, 系譜 を 分析 す る とい う こ とは, す ぐれ て 知 識人 類 学 的 な研 究 (馬 淵 東 一) であ
る とい う こと であ る [馬 淵 1974=221−235]。
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ま ず 耕 地 所 有 に 関 して だ が , 複 数 の 核 家 族 が 集 ま って 構 成 す る ア ー イ ラ の 共 同 所 有 地 と い う も の は な く, 耕 地 は 原 則 的 に 個 人 所 有 で あ る 。 しか しな が ら, 共 通 の始 祖 伝 来 の 土 地 を 一 種 の 共 有 財 と み な す 意 識 は み ら れ , 身 内 以 外 へ の 譲 渡 を 避 け る 傾 向 に あ る。 遺 産 相 続 は , 原 則 的 に は イ ス ラ ー ム 法 (シ ャ リー ア ) に 従 っ て い る 。 た と え ば , 夫 の 死 亡 後 , 妻 は 彼 の 財 産 の 1/8 を 受 取 る 。 残 り は 子 供 た ち に等 分 に 分 け られ る の だ が , そ の 際 , 息 子 は 娘 の 取 り分 の 2倍 を 取 得 で き る 。 しか し, 実 際 問 題 と して , こ の 理 念 型 通 り に 遺 産 配 分 が 行 な わ れ る こ と は む し ろ 少 な く, 当 事 者 間 の 力 関 係 , と り わ け 相 続 人 が 未 成 年 の 場 合 に は 後 見 人 (wa鋤 制 度 な ど が 絡 ま り, 配 分 量 の 不 均 等 が 生
じ た り, 娘 の 取 分 が 実 質 的 に 蔑 ろ に さ れ る こ と が 多 い と い う9》。
あ る程 度 の 規 模 以 上 の ア ー イ ラ は ,普 通 ,接 客 兼 集 会 所 (地 域 に よ り am . daww ar,
m udifa, m andara 等 と よ ば れ て い る) を も つ 。 こ れ は ア ー イ ラ 内 の 有 力 者 の 属 す る 核 家 族 (usra) が 住 む 家 屋 に 附 置 さ れ て い る こ と も あ り, ま た 独 立 し た 建 物 と し て 設 け られ て い る場 合 も あ る 。 集 会 所 は 結 婚 祝 宴 , 葬 儀 , 祭 の 時 な ど に 当 該 ア ー イ ラ の 人 々 が 利 用 す る が , 村 に よ っ て は , 近 隣 に 住 む 当 該 ア ー イ ラ成 員 以 外 の 人 々 に 利 用 可 能 な 場 合 も あ る。
ち な み に, 近 隣…の 人 々 に 開 か れ た 場 と して は , モ ス ク (jam a , m asjid) が あ る 。 個 人 も し く は特 定 の ア ー イ ラ に よ っ て 建 造 さ れ , 時 と し て そ の 建 造 者 の 名 を 冠 せ ら れ る こ と も あ る モ ス ク に は , ム ス リム で さ え あ れ ば , 誰 で も入 る こ と が で き , 礼 拝 す る こ と が 許 さ れ る 10)。
ア ー イ ラ の 成 員 が 一 堂 に 会 す る の は , 葬 儀 (aza )や 結 婚 祝 宴 (farab) の 時 で あ り,
特 に 前 者 へ の 出 席 は 一 種 の 義 務 と み ら れ て い る 。 こ れ ら の 外 に も, さ ま ざ ま な 祝 事
(m unasabat) の 場 に ア ー イ ラの 人 々 は 出 席 す る 。 しか し・ こ れ ら の 集 ま り は 排 他 的 な も の で な く, 親 族 , 隣 人 , 友 人 , 知 人 , 同 僚 な ど も状 況 に 応 じて 駆 け つ け 参 加 す る の で あ る 。
9)相 続 は土地 の みで は な く, 家 畜 や家 屋 も同 じ比 率 で分 配 され る。 原 則 は さて お き, 実 際 的 な 財 産 見積 りや分 配 過 程 で ,親 子 ・兄 弟 間 に争 いが 生 じる こ と も稀 で はな い。 そ の場 合 に,親 族 (母 方 オ ジ も含 む ) 以外 の者 に 調 停 を 委ね る こ とはそ の ア ー イ ラに とって 恥 (aib) とさ れ , 男 はい な いの か と周 囲 か ら嘲 笑 され る とい う。 これ も,後 に ふ れ る名 誉共 同体 と して の アー イ ラの 一側 面 で あ る。
10) エ ジ プ トの モ ス クは建 造 主 体 の 相 違 に よ って 二種 類 に分 け られ る。 公 立 の そ れ は, 宗務 省 (wizarat al−awqaf) の管 轄下 にあ り, 礼 拝 の導 師 (imam)な どそ こで 働 く人 々 は公 務 員 で あ る。 これ を masjid awqafと よび ,個 人 も し くは アー イ ラが 建 立 した masjid ahaliと は区別 さ れ る。後 者 の 運 営 は個人 的寄 進 に よ って い る も ので ,導 師な ど も無 給 の こ と もあ り, 建 物 の維 持 ・改修 も思 うに まか せ な い こ とが 多 い。 そ の ため ,私 営 モ ス クの 公 営へ の 移管 の例 も多 い。
そ うな る と, 予 算 がつ き,設 備 も整 う一 方 で ,金 曜 の 集団 礼 拝前 の説 教を 行 な う老 も公 的 に指 名 され , 国か らの統 制 , 管理 が強 化 され る。
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ア ー イ ラ の 結 束 が も っ と も 強 ま る の は , 血 讐 (tha r, am. tar) 単 位 と な る時 で あ ろ う。 こ れ は , 地 中 海 地 域 一 帯 に 広 くみ ら れ る 現 象 だ が , 殺 害 さ れ た 者 の 一 族 は , 加 害 者 も し く は そ の 一 族 の 者 を 復 讐 の た め に 殺 す 義 務 を もつ と さ れ , 一 族 の 名 誉 を 守 る 仇 討 ち が 賞 賛 さ れ る べ き 行 動 と な っ て い る 。 こ れ は け っ し て 過 去 の 遺 風 で は な く, 現 に 1981年 に お き た 例 も あ る 。
血 讐 単 位 は , 理 念 的 に は , 当 事 者 (加 害 者 と 被 害 者 ) か ら五 代 遡 っ た ア ー イ ラ構 成 員 す べ て と さ れ て い る 。 しか し , 現 実 に は 変 差 が あ り, 私 が 入 手 した デ ー タ の 中 に は , 類 別 的 な 父 方 オ ジ (FFBS) が オ イ (FBSS) に よ って 殺 さ れ た 事 件 が 発 端 とな っ た も の も あ っ た 。 集 め る こ と の で き た 事 例 は 4つ ほ ど で , こ こ で 分 析 す る に は 質 量 と も に 不 充 分 だ が , 血 讐 慣 習 の 特 徴 と し て , 次 の 2点 だ け を 挙 げ て お こ う。
(1) 血 讐 関 係 に 入 っ た 場 合 , 被 害 者 側 の者 が 最 初 に 狙 う べ き相 手 は , い うま で も な く殺 害 者 当 人 で あ る が , 同 時 に , 相 手 の 一 族 の 中 で も っ と も手 強 い 者 も殺 傷 の 標 的 に す る 。 こ れ は , こ ち ら 側 の 仇 討 ち が 成 功 した 後 , 相 手 側 か ら の 再 度 の 復 讐 を企 て よ う と す る可 能 性 の 強 い 者 を , 事 前 に 排 除 して お こ う と い う 配 慮 か ら生 ま れ た もの で あ る 。 報 復 に は や る 者 が い な く な っ た 相 手 側 は , 再 度 の 復 讐 を 試 み る よ り, 泣 き ね い り す る
か , そ れ と も賠 償 金 の 受 取 り で 納 得 す る だ ろ う。 こ の よ う に , 血 讐 は 一 般 に想 定 さ れ て い る よ う な 流 血 の 抗 争 の み に と ど ま る も の で は な い 。 そ れ は , 賠 償 金 の 授 受 を め ぐ る 一 連 の 交 渉 , 世 論 操 作 等 を 含 ん だ 複 合 的 政 治 現 象 な の で あ る。
(2) 二 つ の 当 事 者 集 団 以 外 の 人 々 , つ ま り第 三 者 の 村 人 た ち は , 血 讐 を 両 集 団 間 の 私 的 な 争 い と み な し,事 件 に 関 わ る こ と を 極 力 避 け る 。 した が って ,警 察 権 力 の 介 入 は 好 ま し くな い 事 態 とみ な さ れ , 介 入 し て き た 場 合 に も, 目撃 者 と して 名 乗 り 出 て 捜 査 に 積 極 的 に 協 力 す る姿 勢 を と ら な い 。 血 讐 の み な らず 紛 争 一 般 に お い て , 公 権 力 の 介 入 は 忌 避 さ れ る傾 向 に あ り ,村 落 部 で は ,も め 事 を 村 内 で 解 決 す る た め に 有 力 者 を 中 心
と した 私 的 な 集 会 (m ajlis urfiま た は m ajlis haqq al−arab) が も た れ る こ と も多 い 。 血 讐 が ア ー イ ラ 内 部 で 対 処 す べ き事 件 で あ る の に 対 し, ア ー イ ラ の 名 誉 を 繊 した 女 性 , つ ま り , 未 婚 の ま ま に妊 娠 ・出 産 した 女 牲 に 対 す る ア ー イ ラ成 員 の 対 応 は 若 干 異 な る 。 不 始 末 を した 女 性 を 秘 か に 殺 害 し, ア ー イ ラ の 名 誉 (sharaf)を 守 る と い う 行 動 は , 現 在 で も 多 くの エ ジ プ ト人 に と っ て , 当 然 視 さ れ こ そ す れ , 非 難 さ れ る べ き 筋 合 い の も の で は な い 11)。今 日 で も, こ の 種 の 事 件 の 噂 は よ く耳 に す る 。 この 場 合 も ,
11) 他 の慣 習 もそ うであ るが, この ア ー イ ラの 名誉 のた め の殺 人 を実 行 す るの は,階 層 的 に は限 定
されて い る と思 われ る。平 均 像 と して は, 村落 部 に住 み, 農 業 労働 者 を恒 常 的 に雇 え る ぐら い の地 主 とい った と ころ であ ろ うか 。この 階 層 に属 し, 中産 階級 と 自称 す る イ ンフ ォーマ ン トに よ れ ば,下 層 部 や 上層 部 で は性 道 徳 は も っと ルー ズで あ り,売 春 婦 (daara)は下層 出身者 が 多 く
, 都 会 の金 持 ちの 間で は費 用 のか か る処 女 膜 再生 手 術 (tarqi)も行 な わ れて い る とい う。
569
国立民族学博物館研究報告 8巻 3号 被 疑 者 を 含 む ア ー イ ラ集 団成 員 は堅 く口を 閉 ざ し, 第 三 者 も関 わ り合 いを 避 け るので , 警 察 の犯 人逮 捕 は難 し く,逮 捕 で きた場 合 で も,根 強 い慣 習 に した が った まで だ とい
う理 由 で , 情状 酌 量 の余 地 が あ る とい う。
制 裁 の手 を 下 す べ き者 は, 問 題 の娘 の父 ・兄 弟 が第 一 で あ り, 次 に父方 オ ジ, さ ら に母 方 オ ジ にな る とい わ れて い る。 同一 の ア ー イ ラ に属 す る父 , 兄 弟 ,父 方 オ ジ に対 し, 母 方 オ ジ は娘 とは別 の ア ー イ ラの人 間 で あ る こ と もあ る。 しか し,娘 の不 行 跡 は 両 親 共 に責 任 が あ る とい う ことで , 母 の代 理 と して の 母方 オ ジが登 場 して く るの で あ る。 この 点 が, 一 つ の アー イ ラに限 定 して課 せ られ る血讐 の 義務 との微 妙 な 相違 点 で あ る。
これ らの こ とか ら, ア ーイ ラの 名 誉共 同体 と して の側 面 が 浮 か び上 が って くる。
血 讐 に して も,不 行 跡 な 娘 の処 理 に して も, そ の他 社 会 生 活 の 多 くの局 面 で , 人 々は 自分 の属 す るア ー イ ラの名 誉 を高 め , それ が で きな い ま で も現 在 持 って い る 名声 を維 持 し, そ れ を臓 す要 因 を極 力排 除 しよ うとす る。 未 だ に伝 統 的 価 値 観 に執 着 す る大 部 分 の下 エ ジ プ トの人 々 に とって , ア ーイ ラの名 誉 が臓 され る こと ほ どの恥 辱 は な い の で あ る。
2) 親 族 集 団 内 婚 の事 例
こ こで は, 本 稿 の 主 要 な課 題 で あ る親族 集 団 内婚 の具 体 的 事 例 を紹 介 す る。
図 1と して示 した の は ,下 エ ジ プ ト, カ リュー ビー ヤ県 9.郡 N 村 を 基盤 とす る A ア ーイ ラの系 譜 関 係 で あ る。 ア ー イ ラ内婚 を 探 る とい う目的 のた め ,女 性 は 内婚 に直 接 関 わ る者 だ けを 記 し, 未婚 の青 少 年 , 子孫 を 残 して い な い死 者 も削 除 した。 な お,
図 に記 載 され て い る者 の う ち一 部 は,N 村 を離 れ , カ イ ロ市 な ど に居 住 して い るが,
祭 の 時 な どに は必 ず 帰 村 し, 親族 の 家 々を 訪 問 して い る。
この 系 譜 は 図 中 の αか ら1981年 10月 に取 材 した情 報 を も と に作 製 した もので あ る。
αは50歳 代 の男性 で ,N 村 で 農 業 に従事 して い る。「誰 が 誰 の 子供 で ,誰 は 誰 の娘 ま た は姉 妹 と結 婚 した」 と い った 知 識 は ,αが 一番 詳 しい と い うこ とで紹 介 され た もの で,
この ア ー イ ラ には書 か れ た系 図 記 録 の類 は な い。 α に取材 を した集 会 所 (m udifa) に は A ア ー イ ラの者 た ちが 絶 え 間 な く出入 り し, 常 に 5〜 10人 ほ どが わ れ わ れ の 周 囲 に い た。 そ の 中で も,推 薦 され た 通 り,α の記 憶 力 は抜 群 で あ った。
系 譜 の分 析 に入 る前 に ,A ア ーイ ラの大 半 の 人 々が 住 ん で い る N 村 お よ び A ア ー イ ラ 自体 の特 性 につ いて ふ れ て お か な けれ ば な らな い。
N 村 は郡 庁 所 在 地 か ら比 較 的離 れ た農村 で あ る。 下 エ ジ プ トの他 の農 村 と同 じ く,
570
図 1 A ア イ ー ラ の 系 譜 関 係 お よ び 内 婚 例
大 塚 下 エ ジプ トの親 族 集 団 内 婚 と社 会 的 カ テ ゴ リー を め ぐる覚 書
小 麦 , ト ウモ ロ コ シ , 綿 , ク ロ ー バ ー 栽 培 が 中 心 だ が , カ イ ロ市 に近 い の で , オ レ ン ジ , 落 花 生 な ど の 商 品 作 物 栽 培 も 盛 ん で あ る 。 しか しな が ら , 交 通 の 便 は 余 り よ く な く, 公 共 輸 送 機 関 で あ る乗 合 タ ク シ ー や バ ス に 乗 る た め に は , 耕 地 を は さ ん で 2 キ ロ ほ ど 離 れ た 隣 村 ま で 歩 か な け れ ば な ら な い 。
こ の 村 の 特 徴 と して 挙 げ て お か な け れ ば な らな い の は , こ こ が フ ァ ッ ラ ー ヒ ー ン
(fallahin) の 村 で は な く, ア ラ ビ ー (arabi) の 村 で あ る と い う こ と で あ る 。 普 通 , フ ァ ッ ラ ー ヒ ー ン は , エ ジ プ ト 農 民 一 般 を 指 す 語 と し て 使 わ れ て い る 。
日本 語 の 百 姓 と似 て , 若 千 の 尊 敬 を 含 み な が ら , 根 底 に は 軽 蔑 的 な ニ ュ ァ ン ス が あ る 。 しか し, こ こ で は 意 味 が 少 々限 定 さ れ る 。 そ れ は ア ラ ビ ー 以 外 の 農 民 と い っ た 意 味 に な る 。 で は ア ラ ビ ー と は 何 か 。 こ の 語 も辞 書 を 繕 け ば , ア ラ ブ 人 ,
ア ラ ビ ア語 さ ら に は 定 住 民 に 対 す る 遊 牧 民 な ど と い
っ た 意 味 が 記 載 さ れ て い る が , こ こ で は ア ラ ビ ア 半 島 か ら来 た 人 々 お よ び そ の 子 孫 と い っ た 意 味 に な る 。 つ ま り, 同 じ く農 業 を 営 ん で い る の だ が , フ ァ ラ オ 時 代 か ら こ の 地 に住 ん で い る 土 着 の 農 民 一 フ ァ ッ ラ ー ヒ ー ン と区 別 して , 7世 紀 中 葉 の イ ス ラ ー ム 軍 の エ ジ プ ト侵 攻 以 後 , ア ラ ビ ア 半 島 か ら渡 っ て き た 人 々 の 末 商 が , 自 分 た ち を ア ラ ビ ー と 呼 び , 周 囲 の
ファ ッ ラ ー ヒ ー ン か ら も そ う呼 ば れ て い る の で あ る 。 勇 猛 な べ ド ウ ィ ン の 血 を 分 け も ち, 預 言 者 ム ハ ンマ ド生 誕 の 地 か ら渡 来 し た 彼 ら は ,周 囲 の フ ァ ッ ラ ー ヒ ー ン を 見 下 す 傾 向 に あ る 。 そ して , そ の 分 だ け , 自 分 た ち の 血 統 を 誇 り , ア ー イ ラ の 名 誉 を 一 層 重 ん じが ち で あ る 。
N 村 は , こ の よ う な ア ラ ビ ー 系 の 三 つ の ア ー イ ラ か ら構 成 さ れ て い る 。 系 譜 を 示 した A ア ー イ ラ の 他 に , S と M の 二 つ の ア ー イ ラ が あ る 。 N 村 に お け る A ア ー イ ラ の 始 祖 は , 100年 ほ ど 前 に こ め 地 に 落 着 い た 三 人 で あ り, そ れ ぞ れ A ア ー イ ラ 内 の 三 分 枝 の 祖 と な っ て い る12)。現 在 で も ア ラ ビ ァ 半 島 の ヒ ジ ャ ー ズ 地 方 と シ リア ・ ヨル ダ ン方 面 に A ア ー イ ラ系 の 大 集 団 が あ り, エ ジ プ トの 人 々 と の 往 来 も あ る 。 ち な み に , 図 1中 の β は ヨ ル ダ ン に 住 む A ア ー イ ラ の 者 に 嫁 い で お り, そ の 息 子 は N 村 の 娘 と結 婚 して い る 。
図 1を 検 討 しよ う 。 こ こ で は 不 明 の 者 を 除 い て , 69人 の 男 性 か ら72件 の 婚 姻 事 例 が 得 られ た 。 つ ま り, イ ス ラ ー ム 法 で 認 め られ て い る 複 婚 の う ち, 第 二 婚 を した 者 が 3 名 い た と い う こ と で あ る。 そ の 他 , 未 亡 人 の 再 婚 例 が 2件 あ り , 死 亡 した 前 夫 は 42〈印 で 示 して お い た 。
男 性 を 主 体 (egO) と して , 結 婚 相 手 を い く つ か の カ テ ゴ リ ー に分 け , そ の 結 果 を 12) 始祖 三 人 の 系譜 関 係 は不 明で あ る 。
571
国立民族学博物館研究報告 8巻 3号 表 1 A ア ー イ ラの男 性 成 員 の婚 姻 相 手 の分 類
同分枝 内
A ア ー イ ラ 内
N村 内 隣 村 L 分 枝
母方親族 N村 内
M ア ー イ ラ S ア ー イ
、 ラ
外 部
娘 が N 村 A ア ー イ ラ に 嫁 ぐ,
I H 皿
計
6 2 6
14
8 1 8
170 1 1
2
1 2 2
5 *
4 4 3
11**
1 4 1
6
3 7 717
* 内 訳 :M BD − 3件
, M ZD− 一・ 1件 , 他 一一1件
** 内 訳 :M ア ー イ ラー 6件
, Sア ー イ ラー 5件
ま と あ た の が 表 1で あ る 。 こ れ に よ る と , A ア ー イ ラ の 内 婚 率 は46% (33/72)と な る 。 後 に ふ れ る よ う に , 同 一 ア ー イ ラ の 同 年 代 の 成 員 は , 相 互 に 類 別 的 イ ト コ と認 識 し あ
う こ と, お よ び 母 方 親 族 と の 婚 姻 中 4 例 が イ ト コ婚 で あ る こ と を 加 味 す る と, 類 別 的 イ トコ婚 率 は , 51% (37/ 72) と な り , 過 半 数 を 占 め て しま う。 そ して , 村 外 の 非 親 族 と結 婚 し, こ れ ま で の と こ ろ 自 分 の 娘 の 結 婚 に ア ー イ ラ を 関 与 さ せ て い な い 者 は 17 名 に す ぎ な い 。 今 回 調 査 す る こ と は で き な か っ た が , こ の 17名 の 中 に は息 子 の 嫁 に A
ア ー イ ラ の 娘 を 選 ん だ 者 も い る 可 能 性 が あ り ,した が って ,自分 と子 供 の 二 世 代 に わ た っ て ア ー イ ラ も し くは 村 落 内 婚 を 行 な わ な か っ た 者 の 比 率 は , 確 実 に 24% 以 下 と な る 。 こ こ で 提 示 した デ ー タ に は ,い くつ か の 不 充 分 な 点 が あ る 。 取 材 の 場 で ,周 囲 か ら の
チ ェ ッノ が 可 能 だ っ た と は い え , 結 局 一 人 の イ ン フ ォ ー マ ン トに 頼 ら ざ る を え な か っ た こ と ,息 子 の 嫁 選 び に 際 して , 夫 に 圧 力 を か け る妻 の 力 ,プ ロ ポ ー ズ さ れ た 娘 自身 の 見 解 な ど, 女 性 の 側 か ら の 視 点 が 欠 け て い る こ と13),系 譜 操 作 の 可 能 性 を チ ェ ッ ク で き な か っ た こ と 等 で あ る 。 し た が っ て , 表 1の 数 字 を 精 密 な も の とみ な す こ と は で き な い が ,A ア ー イ ラ の 婚 姻 の 一 般 的 傾 向 を 示 す も の と して 扱 う こ と は 許 さ れ る だ ろ う 。 改 め て 表 1を み る と , 同 一 分 枝 内 の 父 方 平 行 イ 5 コ (FBD )婚 , ア ラ ビ ア語 で い う bint am m 婚 は 20% に も の ぼ る 。 こ れ は , これ ま で 中 東 諸 社 会 か ら報 告 さ れ た 数 字
と 比 較 して も, か な り の 高 率 で あ る 14)。 こ の 比 率 の も つ 意 味 , そ れ を 導 い た 諸 要 因 に 関 して は, 今 後 の 比 較 研 究 を 通 し て 明 らか に して い き た い 。 た だ ,A ア ー イ ラ の 基 盤 13) アル ジ ェ リア の カ ビ リー社 会 を 調 査 した P・ブ ル ド ゥー は, 子供 の結婚 に対する父 と母 との 戦 略 の 相 違 に着 目 して い る。 親 族集 団 の 団結 か ら生 じる 政治 的 =象徴 的 利益 を 重視 し,
FBD 婚 に傾 きが ちな 男親 に対 し, 女 親 は 個人 的 利益 の観 点 を前 面 に出 し, 子 供 の配 偶 者 を 自 分 の 身近 な者 の 中 か ら選 ぽ うとす る傾 向 にあ る とい う [BouRDIEu 1977:30−71]。
14) これ まで の民 族 誌 を 整理 した アイ ケ ルマ ンに よ る と,FBD 婚 は,クルデ ィス タ ン部 族 民 の43
% か ら, レバ ノ ンの 2% まで 変 差 が あ る [ElcKELMAN 1981:130]。一 方 ,上 エジ プ ト,ソハ ー グ県 の農 村 を 調 査 した 木村 の報 告 で は,FBD 婚 は30〜40% にの ぼ って い る [木 村 1975:85]。
572
大塚 下 エジプ トの親族集団 内婚 と社会的カテゴ リーをめ ぐる覚 書
が 伝 統 保 守 的 な 農 村 に あ る こ と, さ ら に , 周 辺 の フ ァ ッ ラ ー ヒ ー ン と は 異 な る ア ラ ビ ー で あ る こ と に 誇 りを も ち , ア ー イ ラの純 粋 性 の維 持 に腐 心 して い る こ と, この二 点 を 指 摘 して お き た い 。 精 確 な デ ー タ は な い が , 他 の 村 落 を 回 っ た 印 象 と し て , N 村 に お け る 内 婚 率 の 高 さ は , 下 エ ジ プ ト地 域 に お い て は , む し ろ 例 外 的 で は な い か と 思 っ て い る 。
3. カ テ ゴ リ ー と し て の 親 族
1) カ リー ブ (親 族 )
前 章 で は 下 エ ジ プ ト地 方 の 親 族 集 団 , ア ー イ ラ の 物 質 的 ・精 神 的 基 盤 と , そ の 内 部 で 結 ば れ る婚 姻 の 事 例 と を 紹 介 した 。 本 章 で は , 下 エ ジ プ トの 人 々 の 親 族 を 中 心 と す る 社 会 的 カ テ ゴ リ ・一一・s 別 言 す れ ば 個 人 主 体 (ego)が 他 者 (た ち )を 類 別 化 (typify)す る 場 合 に 用 い る 主 要 な カ テ ゴ リー の い くつ か に ふ れ , 若 干 の考 察 を 加 え た い 。 こ の カ テ ゴ リー の 特 徴 と ア ー イ ラ 内 婚 傾 向 とは , 歴 史 的 な 因 果 関 係 を 云 々す る こ と は で き な い が , 論 理 的 な 適 合 関 係 に あ る こ と を 指 摘 で き る と思 う。
前 章 で ア ー イ ラ集 団 を 論 じ た 際 , わ れ わ れ は 意 識 的 に ア ー イ ラ集 団 員 を 指 す 現 地 語 を 用 い な か っ た 。 しか しな が ら, 母 方 親 族 と は 区 別 さ れ た 男 系 親 族 一 ア ー イ ラ 集 団 員 を 表 す カ テ ゴ リー が , エ ジ プ トに な い わ け で は な い 。
エ ジ プ ト人 の 人 類 学 者 , H ・ア ン マ ー ル は , 故 郷 の 上 エ ジ プ ト, ア ス ワ ン県 シル ワ 村 の 調 査 報 告 書 の 巻 末 に , 次 の よ う に 記 し て い る 。 「ま た , 父 系 出 自 と母 系 出 自 と の 区 別 も 注 目 す べ き重 要 な も の で あ る 。 前 者 の 親 族 (relatives) は ア サ ブ (a§ab)15)
直 訳 す れ ば 背 骨 の 者 と い わ れ , 後 者 の そ れ は 肉 と い う意 味 の ラ フ マ
(la毎m a) の 者 と い わ れ る 」 [AMMAR 1973:258]。
こ の ア ン ラ ー ル の 発 言 を 念 頭 に お き, 下 エ ジ プ トの 人 々 に 質 問 す る と , 多 く の 者 が 背 骨 の 親 族 と 肉 の 親 族 と の 区 別 を 知 っ て い た 。 しか し, 異 口 同 音 に , 日常 会 話 で は ほ と ん ど こ の よ う な 用 語 を 使 わ な い と い う 。 実 際 , 改 め て 尋 ね た 時 以 外 に は , こ の よ う な 使 い わ け を 耳 に した こ と は な か っ た 。 さ ら に 彼 らが い う に は , 上 エ ジ プ トの 方 が こ の 区 別 を 意 識 して い る と い う 16)。特 に ,前 章 で 紹 介 した 内 婚 率 の 高 い A ア ー イ ラ 15) イ ブ ン=ハ ル ドゥー ンが遊 牧 民 の 親 族集 団 統合 の原 理 と して 説 いて いる asabiya と同一 語 根 で あ る [c£ 森 本 1980]。
16)上 エ ジプ トの 近代 化 が 下 エ ジ プ トに比 して遅 れて い るの は事 実 であ るが , それ に加 え る に,
カ イ ロ市 や下 エ ジプ トに住 む人 々 は, 上 エ ジプ ト人 (saidi)を 遅 れ た 田舎 者 と い う イメ ー ジで 描 いて お り,た め らう こ とな く,見 下 す傾 向 に あ る。 彼 らが好 む 冗談 (nukta)の 中 に も, サ イ ーデ ィー を か らか い, 笑 い の材 料 とす る作 品 が数 多 くあ る。
573
・ 国立民族学博物館研究報告 8巻 3号 の 者 は , 異 な っ た ア ー イ ラ間 の 婚 姻 の 場 合 な ら別 だ が , 自分 た ち の よ う に ア ー イ ラ 内 部 で の 結 婚 が 多 い と , 父 方 オ ジ (am m ) と母 方 オ ジ (khal) の 区 別 は す る が , 父 方 親 族 と母 方 親 族 と を 一 般 的 に 区 別 す る こ と は 重 要 で は な い と述 べ た 。
実 際 , 下 エ ジ プ トの 人 々 に と っ て , 社 会 生 活 を 送 る 上 で 重 要 な カ テ ゴ リー は , 父 方 母 方 双 方 を 含 め た 親 族 (qarib) な の で あ る 。 こ の カ テ ゴ リー は , 原 則 的 に , 隣…人
(jar),友 人 (Sahab, Sadτq), 同 僚 (zam il), よ そ 者 (gharib) な ど の 社 会 的 諸 カ テ ゴ リ ー と対 比 的 に 用 い られ て お り, 日常 会 話 の 中 で頻 繁 に用 い られ て い る語 彙 の うち の一 つ で あ る。 そ れ に ひ き か え , 彼 らが 意 識 的 に 背 骨 の 親 族 と 肉 の 親 族 と を 区 別
して い る場 面 は , ほ と ん ど な い と い っ て い い だ ろ う 。
祝 事 や 葬 儀 に 出 席 す る の も, 親 族 や 隣…人 や 友 人 で あ り, イ ス ラ ー ム の 大 祭 や 預 言 者 生 誕 祭 (m aulid al−nabi) の 機 会 を と らえ て 訪 問 し あ う の も , 親 族 同 士 な の で あ る 17)。仕 事 ・商 売 上 の 便 宜 を 計 っ て も ら う の も , 就 職 の 斡 旋 を 依 頼 す る の も
親 族 の 縁 故 関 係 を 通 して で あ り
, 決 し て 背 骨 の 親 族 に 限 定 さ れ る わ け で は な い 。 こ の よ うな 下 エ ジ プ トに み られ る 社 会 的 カ テ ゴ リ ー の 特 徴 は , 父 系 (男 系 ) 社 会 一 般 に み られ る そ れ と は か な り 異 な っ た も の で あ る 。 後 者 に お い て は , 普 通 , 父 系 親 族 と母 方 親 族 は 概 念 上 峻 別 さ れ る の み な ら ず , 異 な っ た 権 利 一 義 務 を 割 り 当 て ら れ て お り , 両 者 は あ い 異 な っ た 社 会 的 役 割 と し て 確 立 さ れ て い る の で あ る 。 し た が っ て , 特 定 人 物 が 父 系 親 族 で あ る か 母 方 親 族 で あ る か と い う こ と は 重 要 な 問 題 で あ り, 日常 会 話 に お い て も , こ れ ら二 つ の カ テ ゴ リー は 厳 格 に 区 別 さ れ な が ら, 頻 繁 に 言 及 さ れ る の で あ る。 しか る に , 父 系 出 自 集 団 を もつ 下 エ ジ プ ト地 方 で は , 両 者 の 区 別 は 余 り 問 題 と な らず , む し ろ 双 方 的 親 族 一 般 を 意 味 す る 用 語 (qarib)が 人 々 の 会 話 の 中 に 不 断 に 登 場 す る の で あ る 。
こ の よ う な 現 象 は ど の よ う に 説 明 さ れ る の だ ろ う か 。 これ ま で 父 系 社 会 と し て 論 じ ら れ て き た も の の ほ とん ど は , リニ イ ジ も し く は ク ラ ン規 模 の 外 婚 単 位 を 有 す る社 会 で あ った 。 しか し な が ら, 下 エ ジ プ ト, さ ら に は 中 東 ム ス リ ム 社 会 全 般 に わ た っ て , 外 婚 単 位 は 核 家 族 と な っ て お り , そ の 他 は 第 一 次 的 オ ジー メ ィ , オ バ ー オ ィ 関 係 等 の 婚 姻 が 禁 じ られ て い る の み で あ る 18)。 こ の 外 婚 単 位 の 規 模 の 小 さ さ お よ び 親 族 集 団 内 17) イ ス ラー ムの 大 祭 に は,断 食 月 明け の祭 と犠 牲祭 が あ る 。前 者 は id al−fitrま た は id §aghir とよ ばれ , イ ス ラー ム暦 第 9月 の 断 食 が終 わ った後 , 後 者 は id al−a典 a ま た は id kabir と よ ば れ, イ ス ラー ム暦 第 12月 の10日を 中心 に 数 日間 祝 わ れ る。 預 言者 生 誕 祭 は イ ス ラー ム暦 第 3月 12日で あ る [c£大 塚 1982]。
18) シ ャ リー ア (イス ラr ム法) で は,結 婚 を禁 ず る範 囲 を 明確iに定 めて い る。 こ こで述 べ た他 に ,妻 の母 ,妻 の先 夫 との 間 に生 ま れ たつ れ 子 (step−daughter)が含 ま れ, 彼女 た ちは , 結 婚 不 可 能 な女 性 (mabrima) とよ ば れ る。 さ らに, マ フ リー マ カ テ ゴ リー に は含 ま れ な いが 同様 に結婚 が禁 じ られて い る の は,乳 兄 弟姉 妹 ,妻 の姉 妹 な どで あ る [SCHACHT l 964:162]。
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大塚 下 エジプ トの親族集団 内婚 と社会的 カテゴ リーをめ ぐる覚書
婚 の 選 好 と い う 二 つ の 条 件 が , 一 般 の 父 系 社 会 と は 異 な っ た 社 会 カ テ ゴ リー の 用 法 を 生 み だ した も の と 思 え る 。
こ の こ と を 論 証 す る た め に , 内 婚 傾 向 を もつ 父 系 出 自 集 団 で あ る ア ー イ ラ の モ デ ル と, 外 婚 単 位 と な る 父 系 出 自 集 団 の モ デ ル 主 と し て , イ ギ リス 社 会 人 類 学 の 黒 ア フ リカ 研 究 か ら抽 出 さ れ た も の と を 比 較 し て み た い 。 便 宜 的 に前 者 を 中 東 型 , 後 者 を ア フ リカ 型 と 呼 ん で お く。
両 モ デ ル を 比 較 す る た め に , 図 2を 作 製 した 。 図 2−1 (ア フ リカ 型 )に お い て , A l 集 団 の 成 員 b1, d1 は , c1 に と っ て は 姻 族 で あ り, e1 に と っ て は 母 方 親 族 で あ る 。 父 と 息 子 が 同 一 集 団 か ら 配 偶 者 を と る と い う こ と は ,条 件 で は な い の で , c1に と って の 母 方 親 族 , e1 に と っ て の 姻 族 は ,こ の 図 に 記 載 さ れ て い な い 部 分 に い る可 能 性 が 大 き い 。 つ ま り , 特 定 の 個 人 主 体 (ego) に と っ て , 自 己 の 属 す 出 自 集 団 の 人 々 , す な わ ち 男 系 親 族 と母 方 親 族 と 姻 族 , こ の 三 つ は そ れ ぞ れ 別 個 の 親 族 集 団 に 割 り あ て ら れ る カ テ ゴ リー と な っ て い る の で あ る 。 父 と息 子 と が 同 一 の 集 団 か ら嫁 を と っ た 場 合 で も,
少 な く と も , 男 系 親 族 と 母 方 親 族 一姻 族 と は 絶 対 的 に 異 な っ た 親 族 集 団 の成 員 で あ り,
同 一 人 物 が 両 方 の カ テ ゴ リー に 含 ま れ る こ と は あ り え な い 。
一 方 , 内 婚 が 生 じた 結 果 と し て の 図 2−2 (中 東 型 ) で は , 姻 戚 関 係 は 集 団 A2 と B2 と の 間 に は 結 ば れ ず , そ の 点 で 二 つ の 集 団 は 他 人 同 士 と な っ て い る 。 こ の よ う な 父 方 平 行 イ トコ婚 に よ っ て 生 じ た 個 々 の 出 自 集 団 の 孤 絶 化 を , マ ー フ ィ と カ ス ダ ン は 「包 子 嚢 に 被 わ れ た よ う な も の だ 」 [M uRPHY & K AsDAN 1959] と 表 現 し た 。 そ し て , a2 は , 同 じ B2集 団 に 属 して い る , つ ま り男 系 親 族 で あ る と 同 時 に , c2 に
と っ て は 姻 族 , e2 に と っ て は 母 方 親 族 で あ る 。 こ の 事 態 が さ ら に 進 む と , 図 3 の よ う な ケ ー ス も 考 え ら れ る 。 父 の 兄 弟 の 娘 (FBD) と の 結 婚 の 結 果 と して 生 ま れ , み ず
( 1 ) ア フ リカ 型 モ デ ル
② 中東型モデル図 2
575
国立民族 学博物館研究報告 8巻 3号
図 3 中東 型 モ デ ル の展 開
か ら も二 次 的 な父 方 イ トコ (FFBSD)と結 婚 した p に と って , q は 男系 親 族 か つ 母 方 親 族 (M B)かつ 姻 族 (W F)な ので あ る。
この よ うな状 態 は, これ ら三 つ の カテ ゴ リ ー を明 確 に区 分 し, そ れ ぞれ が 特 定 の権 利
・義 務 を 有 した異 な った社 会 的 役割 と して 確 立 され て い るア フ リカ型 体 系 と,著 し く 異 な った もの で あ る。
こ こま で の 議論 は,F.バ ース に多 くを負 って い る。 ア フ リカ型 , 東 南 ア ジア型 の 出 自体 系 との比 較 を通 し, 中東 の 出 自体 系 の 特 徴 を バ ース は次 の よ う に述 べ て い る。
「過 去 に お け る [FBD 婚 を は じめ とす る 出 自集 団 内 部 で の] 婚 姻 の結 果 , 父 方 と 母 方 の 先祖 は重 な りあ い, 多 くの 姻戚 関係 が 出 自集 団成 員 同士 の間 で 結 ば れ る。 … … だ か ら とい って, 男 系 親 族 を母 方 親 族 や 姻 族 か ら概念 的 に 区別 す る こ とが不 可 能 な わ けで は な い 。 しか しな が ら,実 質 的 に困 難 な の は,この概 念 的 区別 にな ん らか の組 織 だ った行 動 面 で の 内実 を 与 え る こ と,す なわ ち,な ん らか の作 業 体 (task organization)
の基 盤 とす るこ とで あ る。 … … これ らを互 い に異 な った 役割 と して 行動 面 で の 区別 を つ け て い く可 能 性 は明 らか に小 さ く, それ らの 区別 を体 裁 よ く無 視 して い く可 能 性 は か な り大 きな も の とな る。」 [BARTH 1973:12]
バ ー ス の こ の見 解 は, わ れ わ れ が こ こで 論 じて い る下 エ ジ プ トの 親族 関係 の特 徴 を 説 明 す る もの と して も妥 当 と思 わ れ る。 す で に み て きた よ う に, ア ーイ ラ内婚 を選 好 す る この地 域 に お いて , 同一 人 物 が 父 系 親族 かつ 母 方 親 族 の二 つ の カ テ ゴ リ ー に 同 時 に属 す る こ とは お お い に あ り うる こ とで あ る。 そ の 当然 の帰 結 と して, 父 方 親 族 と 母 方 親族 とが, 明 確 に区 別 さ れ た権 利 ・義 務 を有 す る社 会 的 役 割 と し て確 立 され る可 能性 , さ らに は, あ い異 な った二 つ の集 団 を 編成 す る可 能 性 は, 非 常 に小 さ くな る。 さ もな け れ ば, 同 一 人 物 が ,両 立 し難 い二 つ の役割 を 同 時 に演 じ, 時 に は, 敵 対 す るか も しれ な い二 つ の 集 団 の構 成 員 で あ りつ づ けな け れ ば な らな くな る だ ろ う19)。
もち ろん , 概念 的 に 父 方 と 母方 の 区 別 が な い わ け で は な い。既 述 の よ うに,
背骨 と 肉 の親 族 といった イデ ィオ ム が,この 地 域 で も知 られ て い る。 しか し,そ の 区別 の意 識 は,日常 生 活 の場 で は概 ね背 景 に退 き,そ の か わ りに, 友 人 隣入 な