• 検索結果がありません。

ジャワ神秘主義の民族誌

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "ジャワ神秘主義の民族誌"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ジャワ神秘主義の民族誌

著者 関本 照夫

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 11

号 2

ページ 383‑401

発行年 1986‑12‑20

URL http://doi.org/10.15021/00004369

(2)

ジ ャ ワ 神 秘 主 義 の 民 族 誌

関 本 照 夫 *

An Ethnographic Account of Mysticism in a Central Javanese Village

Teruo SEKIMOTO

This paper, based on my field research in a village in the Surakarta region of Central Java, presents an ethnographic account of mystical beliefs and practices of individual villagers.

For most Javanese, mysticism represents one of the most powerful undercurrents in their culture. The Javanese call their mysticism kebatinan(the inner).

There are thousands of mystical sects throughout Java, some of which have large, well-established organizations. But these organized mystical sects are just one aspect of the kebatinan.

Although only a small minority of the population actually join in the mystical sects, a vast majority of people, who do not commit themselves to any of them, also accept the kebatinan in some form or another. Some people even think that to accept the kebatinan is almost synonymous with being a Javanese.

It is difficult to provide a general outline of the kebatinan.

It , is not a unitary system of beliefs and practices shared by a homogeneous group of people, but a loosely defined class of magico-mystical ideas and activities, from which each Javanese selects some aspects and organizes his/her own view of the kebatinan. What one man thinks and practices as the kebatinan may be different from that of his neighbor. Thus, before presenting any general account of the kebatinan a number of individual cases must be collected and variations among them be examined. So far we have several theological, historical, and anthropological studies on the Javanese kebatinan, but they are almost exclusively concerned with the well defined ideas and teachings of some large sects. Everyday aspects of the kebatinan, which are more diffusive and less unitary, remain untouched.

*一橋大学,国立民族学博物館共同研究員

383

(3)

国立民族学 博物館研究報 告  11 巻 2号

This paper is intended to fill this gap in the study of the kebatinan by depicting how it is conceived of and paracticed by different individuals, with village everyday life as their common back- ground.

CONTENTS

1. Contemporary Javanese mysticism

2. Returning to the God through the control of human passion

3. Islam and the kebatinan

4. Ascetic efforts of concentration to attain spiritual intuitions 5. The control of human passion as an everyday ethic 6. Gaining magico-mystical power

7. Staying overnight at graveyards 8. Reading signs of the World

は じめ に

1. 今 日の ジ ャワ神 秘主 義 2. 欲 望 の統 御 と神 へ の道 3. イ ス ラー ム と クバ テ ィナ ン 4. 精 神 の集 中 と霊 感 の追 求

5. 人 生 の 倫理 6. 力 の獲 得 7. 墓 地 に 夜 をす ごす 8. 意 味 を告 げ る し る し

お わ りに

は じ め に

  筆 者 は1 9 80年 8〜 9月 に , 国 立 民 族 学 博 物 館 特別 研 究 「日本 民 族 文 化 の源 流 の比 較 研 究 」 ( 研究 代 表者 佐 々木 高 明 教授 ) の 一 部 を なす 「日本 基 層 文化 とオ ー ス トロ ネ シ ア系 諸 民 族 の 文 化 との 関連 に 関す る研 究 」 の 海 外 調査 を担 当 し, イ ン ドネ シア の 中部 ジ ャワ州 ス ラ カル タ 地 方 農 村 に滞 在 して ,住 民 の民 俗 的信 仰 につ いて の調 査 を行 な っ た1 ) 。 そ こで は, 日本 民俗 宗 教 の 中 に も広 く見 いだ され るよ うな , 肉体 的修 業 を通 じ て力 を獲 得 し, 異 次 元 の現 実 に接 近 せ ん とす るさ ま ざ ま な観 念 ・行 為 が見 い だ され た。

以 下 は そ の報 告 で あ り, 日本 の民 衆 的 宗 教 の 中 に濃 厚 な神 秘 主 義 的 流 れ を広 く周 辺 諸 地 域 との比 較 に よ って 考 察 す るた め , 重 要 な 資 料 を含 ん で い る と思 わ れ る。

1) 調 査地 は 中部 ジ ャワ州 ス コハ ル ジ ョ県 の D村 で あ る。 な お筆 者 は 同 じ村 で の 人 類 学 的 フ ィー ル ドワー クを , 1 975年 5〜 12月 ,1978年 8月 〜 1979年 4月 の期 間 に も行 な った。

384

(4)

1. 今 日 の ジ ャ ワ 神 秘 主 義

  中 部 ジ ャ ワ に 滞 在 して い た 1970年 代 後 半 ,わ た し は 至 る と こ ろ で ク バ テ ィ ナ ン keba一 痂 侃 と い う 言 葉 を 聞 い た 。 ク バ テ ィ ナ ン と は ジ ャ ワ 的 な 神 秘 主 義 に ジ ャ ワ 人 が 与 え

る 名 称 で あ り , 「内 」 を 意 味 す る ア ラ ビ ア 語 か ら の 借 用 語 バ テ ィ ン bat i n を 語 根 と して い る。 し た が っ て 意 訳 す る な ら 「内 面 の 道 」 と い っ た 意 味 で あ る 。凸こ の 言 葉 で よ ば れ る 観 念 と行 為 の 体 系 は 一 様 な も の で は な く , さ ま ざ ま な 要 素 を 含 ん で い る 。 外 部 の 観 察 者 は そ こ に , イ ス ラ ー ム神 秘 主 義 , ヒ ン ド ゥ ー 神 秘 主 義 , ヨ ー ロ ッパ 近 代 の 神 智 学 ,

い わ ゆ る ア ニ ミズ ム 的 な 超 自然 的 力 や 呪 術 へ の 信 仰 な ど , さ ま ざ ま な も の を 見 い だ す か も しれ な い 。 だ が ク バ テ ィ ナ ン を 信 ず る ジ ャ ワ人 に と って , そ れ は 一 個 の 一 貫 し た 体 系 で あ り , 外 来 の 借 り も の で は な い , す ぐ れ て ジ ャ ワ 的 な も の と 考 え られ て い る 。   1970年 代 初 頭 に ジ ョ グ ジ ャ カ ル タ の 街 に 滞 在 した ム ル ダ ー は 「ほ と ん ど す べ て の ジ ャ ワ 人 に と っ て , 自 分 た ち の 文 化 の も っ と も 奥 深 い 基 礎 を 成 して い る の は 神 秘 主 義 と 呪 的 ・神 秘 的 実 践 で あ る 」 と の べ て い る [M ULDER  l   980:1]。 ジ ャ ワ人 の 生 活 が , 学 者 が 一 般 に神 秘 主 義 と よ ぶ 現 象 に 色 濃 く染 ま っ て い る の は , 最 近 に 始 ま っ た こ と で は な い 。 だ が , こ の 神 秘 主 義 を 多 く の ジ ャ ワ 人 が 意 識 的 に 捉 え か え し , ジ ャ ワ人 の ア イ デ ンテ ィ テ ィ ー の 要 と し て 自 己 主 張 し は じめ る の は , む し ろ最 近 の 事 態 で あ る 。 意 識 化 さ れ た 神 秘 主 義 に は そ れ を 指 す 言 葉 が 必 要 で あ る 。 ク バ テ ィ ナ ン と い う言 葉 自 体 は , ジ ャ ワ に イ ス ラ ー ム が 広 ま っ た 16世 紀 に ま で 遡 る古 い も の で あ る 。 だ が , こ の 言 葉 が , ま る で ジ ャ ワ人 の 文 化 を 代 表 す る も の で あ る か の よ う に , 至 る と こ ろ で , さ ま ざ ま な 社 会 層 を つ う じ て 語 ら れ る と い う事 態 は , お よ そ 過 去 30年 ほ ど の 間 に と り わ け 顕 著 に な っ た こ と で あ る 。

  ク バ テ ィ ナ ン と い う ジ ャ ワ 語 の 語 根 を な す バ テ ィ ン と い う語 が ア ラ ビ ア 語 起 源 で あ る こ と に し め さ れ る よ う に , ク バ テ ィ ナ ン と い う 概 念 自 体 は , ジ ャ ワ が イ ス ラ ー ム 化 した 16世 紀 以 後 成 立 し た も の で あ り,イ ス ラ ー ム 神 秘 主 義 伽 αωωげ の 強 い 影 響 を う け て い る 。 イ ン ド ネ シ ア の 正 統 主 義 的 イ ス ラ ー ム 教 徒 の 中 に は , ク バ テ ィ ナ ン を イ ス ラ ー ム信 徒 共 同 体 内 部 の 道 を そ れ た 誤 っ た 傾 向 と して 批 判 し敵 視 す る見 方 も存 在 す る 2) 。 だ が ジ ャ ワ の 神 秘 主 義 は , イ ス ラ ー ム の 伝 来 と と も に 始 ま っ た も の で は な く , そ れ 以 前 か ら の 長 い 歴 史 を も っ て い る 。 イ ス ラ ー ム 伝 来 以 前 一 千 年 近 くに わ た り , イ ン ド文 明 の 影 響 下 に 王 朝 文 化 を 発 展 さ せ て き た ジ ャ ワ で は , す で に 文 明 の 主 要 な 形 が で き あ 2) ムハ マ デ ィア系 の イ ス ラ ■ ・ 一 ・ 一ム指 導者 の 中で , ラ シデ ィ,ハ ム カな どは, オ ラ ンダ東 イ ン ド会   社 や 蘭 印植 民 地 政 庁 が イ ス ラー ムの 力 を弱 め るた め に反 イ ス ラー ム 的 な クバ テ ィナ ンを 助 長 し   た とい う見 方 を と って い る [ RAs J I DI   n. d. ;W ARs l To㈲ 1 .1 973;HAMKA  197 4} 。

385

(5)

国立民族学博物館研究報告  1 1 巻 2号 が っ て い た 。 イ ス ラ ー ム は , こ れ を ま っ た く新 た な も の に 置 き 換 え た の で は な く , む し ろ以 前 か ら の 土 台 の 上 に , 新 た な 宗 教 形 式 を 編 成 し直 した の で あ る 。 現 代 ジ ャ ワ の クバ テ ィ ナ ン信 奉 者 が , そ の 思 想 を 表 現 す る た め に た え ず 立 ち帰 る も っ と も根 本 的 な 神 話 体 系 の 一 つ に , イ ン ドの 「マ ハ ー バ ー ラ タ 」 な ど の 叙 事 詩 を ジ ャ ワ 的 に 潤 色 し た 影 絵 芝 居 ωa ]ang  kπ ti tの 物 語 群 が あ る こ と に 示 さ れ る よ う に , ジ ャ ワ神 秘 主 義 は ま ず ヒ ン ド ゥ ー 的 ・仏 教 的 枠 組 み の も と に 発 展 した 。 さ ら に遡 る な ら , 神 霊 化 し た 死 者 へ の 崇 拝 , 特 定 の 際 だ っ た 人 物 , そ の 死 後 の 霊 , あ る い は 特 別 の 物 や 場 所 が 有 す る 並 は ず れ た 力 に つ い て の マ ナ 的 観 念 な ど , イ ン ド文 明 渡 来 以 前 の , イ ン ドネ シ ア 的 , マ ラ

ヨ ・ポ リ ネ シ ァ 的 観 念 に も , 神 秘 主 義 の 土 着 的 基 盤 が 求 め ら れ る で あ ろ う。

  こ の よ う な 背 景 を 持 つ ジ ャ ワ神 秘 主 義 は , 16世 紀 以 降 , イ ス ラ ー ム 神 秘 主 義 と の 相 互 作 用 に よ っ て さ ら に 発 展 し , ま た 今 世 紀 に 入 っ て , 神 智 学 な ど の ヨ ー ロ ッパ 近 代 の 神 秘 思 想 や , 深 層 心 理 学 の 独 自 な 受 容 も お こ な わ れ て い る。 し た が っ て そ れ は , 各 界 の エ リー トや 知 識 層 の あ い だ に 見 い だ さ れ る形 而 上 的 思 索 の 諸 サ ー ク ル か ら , 一 般 大 衆 の あ い だ の よ り現 世 利 益 に 重 点 の か か っ た 信 仰 ・実 践 に い た る ま で , き わ め て 多 様 な 現 れ か た を し め し , 社 会 の 全 階 層 に わ た る広 が り を もつ 。

  ク バ テ ィ ナ ン の 興 隆 は , ま た き わ め て 現 代 的 な 現 象 で も あ る 。 遙 か な 古 代 か ら ジ ャ ワ文 化 の 基 調 を な して き た 神 秘 主 義 は , 1945年 の 独 立 以 降 の 社 会 の 混 乱 と 変 動 の な か で , 国 家 と民 族 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ ー の 基 盤 と し て よ り強 く 自 覚 化 さ れ , 多 くの 組 織 化 さ れ た ク バ テ ィ ナ ン ・サ ー ク ル が 生 ま れ 発 展 し た 。 そ の 中 に は 巨 大 な 全 国 組 織 を 持 っ パ ンゲ ス トゥ ー Panges tu, ス マ ラ ー Sum arah, 世 界 的 な 組 織 を 有 す る ス ブ ド Su−

bud の よ う に ,教 団 と 呼 ぶ に ふ さ わ しい 規 模 と 内 実 を 持 った も の も 存 在 す る 。 こ れ ら の 「教 団 ク バ テ ィ ナ ン」 と い う べ き も の に つ い て は , ラ フ マ ッ ト [ RAHMAT  l   976],

ム ル ダ ー [ M uLDER  l   980] な ど に よ る歴 史 的 概 観 , ド ・ ヨ ン [DE  JoNG  l   976],ハ ル ン [H ARUN l967] な ど に よ る 教 理 思 想 の 研 究 な ど , す で に い くつ か の 業 績 が 存 在 す る 。

  本 稿 は , 組 織 化 さ れ た ク バ テ ィ ナ ン の 歴 史 や 教 理 思 想 を 全 体 的 に 概 観 す る 上 述 の よ う な 諸 研 究 と は 異 な り , 筆 者 が 調 査 地 の 村 で 観 察 し経 験 した 神 秘 主 義 の 農 村 的 実 践 形 態 を 紹 介 す る 民 族 誌 的 研 究 で あ る。 ク バ テ ィ ナ ン と は 何 か を 概 説 的 に 語 る の は 非 常 に 危 う い 企 て で あ る 。 そ れ が 社 会 の 中 の 多 数 者 と 区 別 さ れ 強 く団 結 し た 特 定 少 数 者 の 組 織 や 運 動 で は な く, ジ ャ ワ人 の 多 数 が き わ め て 自 明 の こ と と して 語 り実 践 す る文 化 的 現 象 で あ る が ゆ え に , ジ ャ ワ人 の 間 で 共 通 の 了 解 の 得 られ た 明 確 な ク バ テ ィ ナ ン像 は 存 在 し な い 。 こ れ が ク バ テ ィ ナ ン だ と短 い 紙 数 の 中 で 定 義 づ け る に は , 現 象 は あ ま り

386

(6)

に多 様 で 広 範 な もの で あ る。 た とえ ば ムル ダ ーは , 「ジ ャ ワの信 念 体 系 の核 心 に は広 い 意 味で の クバ テ ィナ ンの 実 践 が 存在 す る」[ M uLDER  l   980:25]と い う。 だ が クバ テ ィナ ンの 内実 も, また ジ ャ ワ文 化 な る もの も, 固定 した均 質 的 な体 系 と して存 在 す るの で は な い。 個 々の 社 会 的 行 為 者 は , あ る広 い 枠 の 中 か ら, これ が クバ テ ィナ ンで あ る, これ が ジ ャ ワ文 化 で あ る と, 自 らに と って 意 味 づ け可能 な もの を 取 り出 し, そ れ に よ って 自 己の 意 味 の世 界 を築 き上 げ る。 以 下 に紹 介 す るい くつ か の事 例 は いず れ もそ う した 個 人 的 営 み の姿 を伝 え る もので あ り, そ の こ と に よ って , 従来 の クバ テ ィ ナ ン研 究 に欠 落 した 民族 誌 的側 面 を埋 めん とす る も ので あ る。

2. 欲 望 の統 御 と神 へ の道

  最 初 に 取 り 上 げ る ム リ ョ ノ は 村 で は 第 一 の 知 識 人 で , 温 厚 な 丸 顔 に 笑 み を 絶 や さ ず , い つ も礼 儀 正 し く , わ た し に と っ て も っ と も 良 き 師 の 一 人 で あ っ た げ か れ の 亡 父 は も と も と ソ ロ の 町 の 裕 福 な 商 人 の 一 族 に生 ま れ た が , 新 天 地 を 求 め て , 1930年 代 に 息 子 の ム リ ョノ を 連 れ て 村 に 移 り 住 み , 市 場 の 前 で 雑 貨 屋 を は じ め た 。 独 立 闘 争 期 に は , ゲ リ ラ闘 争 の 後 方 指 導 者 を つ と め , そ の 後 長 く村 長 の 任 に あ っ た 。 ム リ ョ ノ は 若 い 頃 共 和 国 の ゲ リ ラ 「学 生 軍 Tent era Pel a jar」 の 一 員 と して , ス ラ ゲ ン, プ ル ウ ォ ダ デ ィ方 面 の 前 線 で 戦 い , 一 時 バ ン ド ン工 科 大 学 に 学 ん だ こ と も あ る 。 ま た イ ス ラ ー ム の 教 義 や 戒 律 に は 関 心 の 薄 い 村 人 の 中 で , 数 少 な い 熱 心 な イ ス ラ ー ム の 信 徒 で も あ る 。

  ム リ ョ ノ に よ れ ば , ク バ テ ィ ナ ン は ジ ャ ワ 的 な 神 秘 知 ・神 秘 術 ゴ 如 π の 集 成 で あ り , 中 心 に は 三 つ の 知 の 体 系 が あ る。 ee− 一は サ ン カ ン ・パ ラ ン sangkan  Paran (い ず こ よ り来 た り い ず こ へ 行 くか ) と い い , 生 命 の 源 と 目 的 に つ い て の 知 で あ る 。 第 二 は カ ヌ ラ ガ ン kanur angan ( 身 を 低 く無 に す る), す な わ ち 身 体 の 統 御 の 術 で あ る 。 第 三 は , カ シ ダ ン ・ジ ャ テ ィ ん鋭 廊 πブ漉 (完 全 な る死 ), つ ま り死 を 迎 え , 死 と対 面 す る こ と に つ い て の 知 識 で あ る 。

  さ ら に ム リ ョ ノ は 語 る 。 クバ テ ィ ナ ン の 目 的 は , 感 覚 的 欲 望 ナ プ ス ηψ 躍 を 統 御 し て 生 命 の 源 , す な わ ち 神 乃 伽 η と合 一 す る こ と に あ り , この ナ プ ス と い う 概 念 こ そ が ク バ テ ィ ナ ンの 人 間 観 の 核 を な し て い る。 そ れ に よ る と , 一 人 一 人 の 人 間 は 四 人 の 霊 的 な 兄 弟 に 前 後 左 右 を と り 囲 ま れ て い る。 そ れ は , 兄 ( 姉 ) た る 羊 水 kakang kaωah,

弟 (妹 ) た る後 産 adi  ar i − ar i , 母 の 思 い か ら 出 て く る 恐 れ と希 望 と で あ る 。 こ の 四 人

の 兄 弟 は 四 つ の ナ プ ス で あ る 。 第 一 は ソ フ ィ ア 頭 α, つ ま り物 質 欲 , 第 二 は ア マ ラ

387

(7)

国立民族学博 物館研究報告  1 1巻 2号 α祝αγ 励 , す な わ ち 自 尊 心 , 第 三 は ル ア マ 伽 規盈 , す な わ ち 食 欲 , 第 四 が ム トマ イ ナ ー ηπ加 痂 畝 ,つ ま り徳 へ の欲 望 で あ る。 人 が寝 食 を断 つ 行 を 実 践 し思 考 を集 中 して い く と, 四 つ の ナ プ ス の う ち最 初 の 三 つ の 低 級 な ナ プ ス が 働 か な く な り , も っ と も高 級 な ム トマ イ ナ ー の み が 働 き つ づ け る 。 こ の ム トマ イ ナ ー が 人 を そ の 生 命 の 源 た る神 へ 仲 介 す る 。 ム リ ョノ は ジ ャ ワ神 秘 主 義 の 源 泉 は こ の こ と に あ る と言 う。 ナ プ ス を 静 め 神 の も と へ 帰 る と い う か れ の 神 秘 観 は , か れ が 語 っ た 以 下 の 三 行 詩 に 表 現 さ れ て い る 。

Hai napsu dalam keadaan tenang Kembalilah kamu kepada Tuhanmu

Dalam keadaan suka dan mendapat rida oleh Tuhan

欲 望 よ静 け き姿 に あれ お ま え の神 の も とに戻 れ よ ろ こ ん で神 の 引 き受 け に従 え   ム リ ョ ノ は ま た , 神 を 求 め る精 神 的 旅 の 階 梯 に つ い て 語 る 。 第 一 は サ レ ン ガ ッ ト sar engat , す な わ ち 神 へ の 義 務 を は た す 外 面 の 行 為 で あ る 。 第 二 は 神 に 近 づ く道 程 タ

レ カ ッ ト t ar ekatで あ る 。 第 三 は タ レ カ ッ トを つ う じて 生 起 す る 現 実 , 究 極 的 な 真 理 で あ っ て , ハ ケ カ ッ ト 加 ん盈 α∫と よ ば れ る。 第 四 は マ リ フ ァ ッ ト ηαγ 加 診 , す な わ ち 神 の 実 在 に つ い て の 確 信 に 真 に た ど り つ く こ とで あ る。 人 は サ レ ン ガ ッ トか ら 出 発 す る が , 口 で 語 り表 面 で 行 為 す る だ け で は な く, 神 の 命 令 に 真 に 心 か ら駆 り 立 て ら れ て タ レ カ ッ トを お こ な う 。 タ レ カ ッ トは ハ ケ カ ッ トを 求 め る た め の も の で あ り , ハ ケ カ ッ

トに 達 し た 状 態 が マ リ フ ァ ッ トで あ る 。

3.  イ ス ラ ー ム と ク バ テ ィ ナ ン

  西 ア ジ ァ 世 界 の イ ス ラ ー ム神 秘 主 義 に つ い て の 往 時 の 権 威 で あ る ニ コ ル ソ ン に よ れ ば , ス ー フ ィ ー の 導 師 た ち の 禁 欲 主 義 と道 徳 的 修 練 の 体 系 は , 人 間 の う ち に 低 次 で 貧 欲 な 魂 ナ フ ス na fs が あ る と い う事 実 に 立 脚 し て い る [ニ コル ソ ン  1980:39]。 こ の ナ フ ス の ジ ャ ワ 語 化 した 形 が ナ プ ス で あ る。 ま た ハ ケ カ ッ ト, マ リ フ ァ ッ トへ と至 る 神 と の 合 一 の 道 と い う 観 念 も ス ー フ ィ ー の も の で あ る [ ニ コ ル ソ ン   1980:28]。 ム リ ョ ノ は ス ー フ ィ ー と か タ サ ウ フ 〃躍 ωωげ (イ ス ラ ー ム 神 秘 主 義 ) と い っ た イ ス ラ ー ム の 普 遍 的 な 言 葉 を 用 い ず , こ れ ら を ジ ャ ワ 神 秘 主 義 癖 5励 諏 ωα と い う が , そ こ に は イ ス ラ ー ム の 観 念 が 非 常 に は っ き り と現 わ れ て い る 。

  ム リ ョ ノ は ム ハ マ デ ィ ア の 会 員 で あ る 。 ム ハ マ デ ィ ア は , イ ス ラ ー ム 正 統 派 の 信 徒

組 織 と して , ナ フ ダ トル ・ ウ ラマ N ahdat ul  U l am a と な らぶ 大 き な も の で , と く に

近 代 的 傾 向 の 改 革 派 と して 知 られ て い る。 し た が って , 一 般 に は 呪 的 ・神 秘 的 な ク バ

388

(8)

テ ィ ナ ン と は 対 立 的 な も の と 考 え ら れ て い る 。 だ が ム リ ョ ノ は神 秘 主 義 の ジ ャ ワ 的 伝 統 と 彼 が 考 え る も の に つ い て , 深 い 知 識 と 関 心 を し め す 。 ム ハ マ デ ィ ァ の メ ン バ ー で あ り な が ら神 秘 主 義 に 傾 倒 し , ジ ャ ワ 的 な 神 秘 主 義 の 秘 儀 と み な さ れ る ク バ テ ィ ナ ン と イ ス ラ ー ム 神 秘 主 義 と の あ い だ に 区 別 や 対 立 を 設 け な い ム リ ョ ノ は , 興 味 深 い 人 物 で あ る 。

  ジ ャ ワ の イ ス ラ ー ム に つ い て は , イ ス ラ ー ム 正 統 派 と ジ ャ ワ主 義 的 混 清 派 と の 対 立 と い う 図 式 が よ く 用 い ら れ る。 ギ ア ツ に よ っ て あ ま り に 有 名 に な っ た サ ン ト リ sant r i 対 ア バ ガ ン aban gan の 二 項 対 立 図 式 も そ の 一 つ で あ る 。 こ う し た 図 式 は 現 状 を 把 握 す る に は 便 利 な も の で あ る が , あ ま り に そ れ に 頼 りす ぎ る と , 現 実 は 整 然 と二 極 に 分 か れ て は い ず , 両 者 の 中 間 に さ ま ざ ま な 変 異 と 広 が り を も っ て 展 開 し て い る と い う事 実 が 忘 れ ら れ が ち に な る 。 ム リ ョ ノ の 姿 は こ の こ と を 思 い 出 させ て く れ る。

  第 1節 に あ げ た ム ハ マ デ ィ ア 系 の 著 名 な 指 導 者 ラ シ デ ィ や ハ ム カ は , イ ス ラ ー ム 正 統 の 立 場 か ら ク バ テ ィ ナ ン を は っ き り批 判 す る 。 だ が こ の イ ス ラ ー ム 正 統 派 と ク バ テ ィ ナ ン と い う 対 立 は , わ れ わ れ が か れ ら の 文 章 か ら想 像 す る ほ ど 明 確 な も の で は な い 。

ト リス ノ は ソ ロ の 町 の 教 員 養 成 大 学 で 社 会 学 を 学 ぶ 学 生 で , わ た し の 調 査 の 助 手 を 勤 め て くれ た 。 か れ は 熱 心 な イ ス ラ ー ム で あ り , わ た し と村 で 起 居 を 共 に し て い た 時 も , 一 日 5 回 の 礼 拝 を け っ し で 欠 か さ な か っ た 。 か れ は ま た ク バ テ ィ ナ ン に も熱 心 で 自 分 の 住 居 の 近 く に い る ク バ テ ィ ナ ン の 師 キ ・シ ロ ッ トの も と に 通 っ て い る 。 ト リ ス ノ に 言 わ せ る と こ の 師 は ほ ん と う の イ ス ラ ー ム で あ り, 人 が か れ の 所 を 訪 れ 握 手 す る と生 計 に 恵 ま れ る の だ と い う 。 「イ ス ラ ー ム の 教 え で は 神 の 前 に す べ て の 人 間 は 同 等 の は ず で あ り , あ る人 間 が 他 の 人 の 運 勢 を 変 え る よ う な 特 別 の 力 を 持 ち は し な い の で は 」 と い う わ た し の 疑 問 に た い し , か れ は し ば ら く考 え て か ら こ う答 え た 。 「神 の 預 言 者 は ム ハ ン マ ッ ドで 最 後 だ が ,そ の 後 も現 世 の 人 間 に 神 の 天 啓 ωα加 が 下 る こ と も あ る。

ジ ャ ワ に イ ス ラ ー ム を 伝 え た 使 徒 た ち ω読 が そ の 例 で あ る。 イ ス ラ ー ム は 未 来 の 予 言 は し て は な ら な い 。 だ か ら師 の キ ・シ ロ ッ トは 人 の 運 勢 に つ い て の 予 言 は し な い 。 た だ 握 手 を す る だ け で 人 の 運 勢 が 良 く な る 。 こ れ が ジ ャ ワ 的 な 呪 者 dukun と ち が う点 で あ る。」

  ト リス ノ に と っ て の ク バ テ ィ ナ ン と は , 特 別 の 霊 的 力 を 持 っ た 人 間 が 人 を 助 け た り

不 思 議 な 方 法 で 恵 み を 与 え る と い う こ とで あ る ら し い 。 か れ に と っ て は , イ ス ラ ー ム

は イ ス ラ ー ム , ク バ テ ィ ナ ン は ク バ テ ィ ナ ンで あ っ て , イ ス ラ ー ム の クバ テ ィ ナ ン も

あ れ ば , そ う で な い ク バ テ ィ ナ ン も あ る 。 わ た しが 村 に滞 在 し て い る あ い だ に も, ヒ

ン ド ゥ ー 教 徒 の ク バ テ ィ ナ ン の 師 , 中 国 人 の ク バ テ ィ ナ ン の 師 な ど が , 村 に 自 分 の 弟

        389

(9)

国立民族学博物館研究報 告   11 巻 2号 子 を 訪 ね て 来 る の に 出 会 っ た こ と が あ る 。 い っ た い に 人 は そ れ ぞ れ の ク バ テ ィ ナ ンの 師 の 個 人 的 資 質 ・能 力 を 問 題 に す る が , か れ の 公 式 宗 教 帰 属 が 何 で あ る か に は , さ ほ ど 関 心 を しめ さ な い 。 人 が 一 様 に 強 調 す る の は , 金 の た め に い ろ い ろ な 技 を 行 な う 呪 者 dukun と ク バ テ ィ ナ ン の 師 gur u,砂 αピ と は 違 う と い う こ と , ま た ブ ラ ッ ク ・マ ジ ッ ク 伽 膨 碗 α窩 は け っ し て 許 さ れ な い と い う こ と で あ る。

4。 精 神 の集 申 と霊 感 の追 求

  ム リ ョノ は何 とい って も知識 人 で あ り,神 秘 主 義 を 知識 と して把 握 して い る と こ ろ が あ る。 か れ は瞑 想 や 思索 を好 む が , そ れ に よ って と くに何 か 強 く求 めて い る もの が あ る よ う に は見 え な い 。一 方 ,他 の多 くの村 人 は クバ テ ィナ ンを よ り具 象 的 ・感 覚 的 な イ メ ー ジで 理 解 して い る。 そ れ は 目に見 え る行 為 と して の禁 欲 行 で あ り, また そ れ を通 じた 神 秘 的 力 へ の 接近 で あ る。 こ う した クバ テ ィナ ン観 を わ た しに語 って くれ た の は スダ ル トだ った 。

  隣 村 に住 む ス ダ ル トは クバ テ ィナ ンにつ いて語 るの が 好 きで ,深 夜 遅 くまで 話 しつ づ け る。 か れ は, ま だ 3 0代 前半 の見 るか らに若 々 しい男 だ が ,高 校 を終 え た後 , さ ら に農 業 専 門 学 校 に学 び ,現 在 は農 業 を営 む か たわ ら, 数 年 前 か ら村 役 場 の助 役 にあ た

る書 記 α磁 の地 位 に もつ いて い る。 現 在 の地 位 ,学 歴 , 富 の い ず れ か ら見 て も,村 で は トップの エ リー トとい って 良 い だ ろ う。 かれ は ム リ ョノ と同様 ,農 村 部 で は数 少 な い高 い 学 歴 を 持 つ 男 だ が , そ の 関心 は も っぱ ら農 学 な どの現 代 的 ・技 術 的 な領 域 に 向 け られ , ジ ャ ワの 古 い 文 献 を経 い た りす る趣 味 はな い。 ま た ,村 で も一 二 を争 う金 持 ちで あ るム リ ョノ が 現 在 の生 活 に 満足 して 悠 々 自適 の生 活 を送 って い るよ うに見 え るの に た い し, ま だ 若 い ス ダ ル トに は将 来 に 向 け ての 夢 や 野 心 が あ らわ で あ る。 と り わ け政 治 の面 で は , ム リ ョノ に公 的 役 職 へ の野 心 や 関 心 が 乏 しい の に た い し,村 の助 役 で , 政 府 与 党 ゴル カル Gol karの メ ンバ ー で もあ るス ダル トは, 現在 の地 位 の ま ま 一 生 を 終 え るつ も りは な く , 実績 を積 み影 響 力 を広 げ るべ く, つ ね に努 力 を重 ね て い る。

  ジ ャワ で は , この ス ダ ル トの よ う に政 治 的 ・社 会 的 な地 位 を求 め る人 々の あ い だ に,

しば しば クバ テ ィナ ンへ の 強 い 関心 が見 られ る。 神 秘 主 義 とい う と,現 世 的 関心 を捨 て た 隠 遁 者 の 純 粋 に形 而 上 的 な 思索 や ,超 人 的 禁 欲 行 とい う面 が 強 調 され やす い。 だ が い か な る神 秘 主 義 も, 真 の 実 在 や 真 理 と観 念 さ れ た も のへ の 道 で あ る以 上 , そ こで 獲 得 され た , よ り真 実 で あ る状 態 は ,経 験 的 日常世 界 に作 用 を及 ぼ さぬ は ず が な い 。

390

(10)

神 秘 家 が獲 得 す る真 の実 在 の 力 が ,現 世 に お け る人 の運 命 を 左 右 しう る もの とさ れ , 神 秘 主 義 と呪 力 信 仰 との あ い だ の 区別 が薄 れ て い くの は,神 秘主 義 が大 衆 の 中 に影 響 力 を広 め る時 に必 ず お き る現 象 で あ る。 スダ ル トの クバ テ ィナ ンへ の 関心 も, そ こで 得 られ る力 や 知 識 が現 世 に及 ぼ す作 用 に 向 い て い る。 か れ は クバ テ ィナ ンに つ い て , た とえ ば こ う語 る。

  「クバ テ ィナ ンの要 点 は, あ る こ と につ い て考 え を集 中 し ( ko n s e nt r as i ) , 直 感 ( i n一 漉 功 を得 て , 生 活 の導 き とす る こ とだ ろ う。 た とえ ば 自分 の 子 が 健 康 に 育 ち学 業 が 進 む よ う に と,願 い と思考 とを じ っ と集 中 す る。 思 考 の 集 中 は , い つ ど こで行 な って も良 い のだ が , ふ つ うは 真夜 中 の12 時 ごろ, 妨 げの な い 静 か な 場 所 を求 め て行 な う。

わ た しの母 も よ く真 夜 中 に庭 先 に じ っ と座 り込 ん で い る こ とが あ る。弟 が 高校 の卒 業 試 験 をひ か え て い た こ ろ,母 は と くに熱 心 に そ う して い た もの だ った 。人 は だ れ もが クバ テ ィナ ンの達 人 ωo π 9勧 α痂 侃 に なれ るわ けで はな い 。 つ ま り未 来 を予 知 す る能 力 は, 特別 の人 だ け が得 られ る もの だ 。 だ が だ れ で も, じ っ と考 え を集 中 して い る と,

あ る直 感 が え られ る。 人 は , よ く若 い ころ に ,経 験 を も とめ て クバ テ ィナ ンの実 践 に した が う。 わ た しも昔 , 宮廷 の貴 族 に連 な る一 人 の クバ テ ィナ ンの 師 ∂ψ 砒 につ いて , 南 の海 岸 のバ ロ ン Bar ongで水 浴 を し,師 か ら頭 に水 を 注 が れ た り,パ チ タ ン Pac i t an

の鐘 乳 洞 で 黙 坐 瞑 想 s e ma d iの 行 に 従 った り した。 その 時 は と くに何 ご と も得 られ る わ け で は な いの に, 5 0歳 を 過 ぎ た ころ に な って , その 時 の 経 験 が生 きて くるの だ。 」   ス ダル トが考 え る クバ テ ィナ ン実 践 の基 本 は ,思 考 を 内 面 に集 中 し, な ん らか の 内 面 的 な経 験 を え る こ と にあ る。得 られ る内面 的 な 経 験 と は, イ ル ハ ム 励 伽 す な わ ち 直 感 的 に突 然 得 られ るな に か の観 念 や イ メ ー ジ, ワ ン シ ッ ト ωan gs i tす な わ ち神 の さ さ や きと して 送 られ る助言 ,あ るい は ま た ワ ヒ ュ ー ωα妙πす な わ ち 日常 と隔絶 した異 常 な 強 い力 な どで あ る。人 は ,現 世 上 の祈 願 実 現 の 助 け とな るよ うに と直 感 や霊 的助 言 を求 めた り, よ り一般 的 で不 特定 な 内 的経 験 , 内面 の力 の 強 化 を 目指 して , クバ テ ィナ ンを 実 践 す る。 ワ ヒュ ー と結 び つ い た カ リスマ 的 な 内面 の 力 を え た もの は ,未 来 の で きご とを予 知 した り,人 の 依頼 に お う じて精 神 的 助 言 を あ た え る専 門 的 な クバ テ ィナ ンの師 と な る。

  こ う した ス ダ ル トの クバ テ ィナ ン観 は ム リョノ の そ れ よ り, は るか に簡 単 で 具 体 的 で あ り,生 活 の 導 き とな る知 を獲 得 す る こ とに重 点 が あ る。 そ の 知 とは 日常 的 ・経 験 的 な世 界 で 得 られ る もの とは異 な った , よ り深 い 内面 の知 で あ り,瞑 想 や なん らか の 禁 欲 的行 為 に よ って , 経 験 的 世 界 を超 え た時 に得 られ る もの で あ る。 わ た しが暮 ら し た D村 とそ の周 辺 の人 々の あ い だ に は , スダ ル トの よ うな クバ テ ィナ ン観 を共 有 して

391

(11)

国立民族学博物館研究報 告   11 巻 2号 い る も の が 多 い 。

  内 面 的 な 知 や 力 を え る手 段 は 思 考 の 集 中 で あ る が , そ れ を お こ な う時 や 場 所 に は さ だ ま っ た 型 が あ る 。 ま ず そ れ は 夜 で あ る 。 と りわ け 毎 木 曜 日 の 夜 (ジ ャ ワ 人 の 暦 観 念 で は 一 日 は 日 没 と と も に は じ ま る の で , ジ ャ ワ 語 で は 「金 曜 の 夜 」 と よ ば れ る ), ジ ャ ワ ・イ ス ラ ム 暦 第 1月 の 全 期 間 , お よ び 第 9月 断 食 月 の 21日 目 以 降 の 夜 は , と くに こ の 行 為 に ふ さ わ しい 時 と考 え ら れ て い る 。 場 所 は一 般 に 静 か な 妨 げ の な い と こ ろ で あ れ ば 良 い の で , 一 人 で 自分 の 居 室 に 籠 っ て 行 な う こ と も あ る が , 戸 外 の ほ う が よ り 一 般 的 で あ り , 墓 地 , 村 外 れ の 川 の 中 な ど が , しば し ば 選 ば れ る 。

  深 夜 , 川 中 に つ か っ て お こ な う行 は ク ン ク ム kun gke c m と よ ば れ る 。 ス ダ ル トは ,若 い こ ろ40日 間 続 け て , こ の ク ン ク ム を お こ な っ た と い う 。 場 所 は 川 が 二 本 合 流 し て 三 つ 又 に な っ た と こ ろ が 良 い 。 夜 中 の 12時 す ぎ に 川 に 入 り , 一 時 間 , 二 時 間 と つ か っ て い る と , サ ー チ ラ イ トの よ う な 光 の 交 錯 や 轟 音 な ど , 幻 視 ・幻 聴 を 経 験 す る 。 ま た ド

ミ ッ ト de mi t , セ タ ン se t an な ど の 口 に 牙 の 生 え た 悪 霊 , ム ク ソ muke s a と い う イ ン ド 人 の 姿 の 魔 物 , 骸 骨 な ど , さ ま ざ ま な お そ ろ しい 姿 の 悪 霊 が 現 わ れ , 精 神 の 集 中 を 妨 げ よ う と す る 。 こ れ に 打 ち 勝 って 穏 や か で 静 か な 心 を 保 つ こ と に よ り , 強 い 内 面 の 力

が 得 ら れ る と い う 。

  村 に 何 人 か い る大 工 の 一 人 ク ロ モ は ク バ テ ィ ナ ン の 専 門 家 で あ り, 多 くの 人 が 地 域 一 円 か ら , か れ の 助 言 を 求 め て や って く る 。 か れ は ま だ 十 代 の 若 い 頃 か ら さ ま ざ ま な 禁 欲 行 トポ が 好 き だ っ た そ う だ 。 15年 前 の こ と , 近 くの 川 の 中 で 7 カ 月 ク ン ク ム を つ づ け 霊 感 イ ル ハ ム を 得 て , 今 の よ う に 有 名 に な り 人 が 集 ま る よ う に な っ た 。 今 で も か れ は 「金 曜 の 夜 」 ご と に 夜 10時 頃 か ら耐 え ら れ る 限 り 2− 3時 間 ほ ど 川 に つ か る 。   夜 間 に 精 神 集 中 の 行 を お こ な うの は , た ん に 静 け さ を 求 あ て の こ と で は な い 。 眠 り を 減 ず る こ と , 眠 り を 断 つ こ と に 特 別 の 意 味 が あ る 。 不 眠 の 行 は ス シ レ ッ se si ri k, テ ィ ラ カ タ ン 痂 盈 α伽 な ど と よ ば れ る 。 ま た 食 を 減 じ , 食 を 断 つ こ と も , 精 神 集 中 の た め の 重 要 な 手 段 で あ る。 た とえ ば , ジ ャ ワ暦 で 35日 ご と に 巡 っ て く る 自 分 の 誕 生 の 日 の た び に , 日没 か ら24時 間 食 を 断 つ 行 を お こ な う 人 が い る 。 ま た ム テ ィ ー mut i h と い っ て , 塩 を 断 ち米 飯 と 白 湯 以 外 口 に しな い 行 , 果 物 し か 口 に し な い 行 , トウ モ ロ コ シ だ け で す ご す 行 な ど , 食 を 制 限 す る 実 践 に は 無 数 の バ リエ ー シ ョ ン が あ る 。 こ う し た 行 為 は 総 称 し て ラ コ ニ l akoniす な わ ち た ん に 「行 な い 」 と よ ば れ る 。

  ラ コ ニ と い う語 は , 食 を 減 じ断 つ 行 為 の み な ら ず , よ り広 く, 各 種 の 感 覚 的 欲 望

(ナ プ ス ) を 断 つ こ とす べ て を も意 味 す る 。 感 覚 的 欲 望 と そ れ に も と つ く行 為 と は , 外 の 領 域 , す な わ ち ラ ィ ル 伽 プの こ と が らで あ り , 内 , す な わ ち バ テ ィ ン に お け る 知

392

(12)

や 力 を 得 るた め に , 自分 を外 の行 な いか ら引 き離 す手 段 が必 要 とされ る。 外 の 行 な い を 減 じ断 つ こ とが , 内 に お け る 「 行 な い」 な の で あ る。

5. 人 生 の 倫 理

  「内 な る行 な い 」 に は , 民 俗 的 次 元 で ニ ュ ア ン ス の 異 な る二 つ の 方 向 づ け が お こ な わ れ る 。 第 一 は , 民 衆 的 ・実 践 的 な 倫 理 哲 学 と い う べ き も の で , 人 生 を 穏 や か で 静 か な 心 (ア テ ィ ・シ ン ・ア エ ム ・ ト ン ト ラ ム 漉 勲 9 妙 襯 伽 地 切 を も って 暮 らす こ と で あ る 。

  サ ミニ は 村 に 住 む ト ラ ッ ク 運 転 手 の 妻 で , 住 居 の 一 隅 で 小 さ な 雑 貨 屋 を 営 む 30代 の 女 で あ る。 彼 女 は ム リ ョ ノ や ス ダ ル トと は 違 っ て 学 校 は 小 学 校 しか 出 て い な い 。 豊 か で も な く社 会 的 地 位 も な い 。 だ が 彼 女 も ま た ,彼 女 が 「親 垣アαη9 s apuh」 と よ ぶ 3) , 近 くの 村 の 老 人 を ク バ テ ィ ナ ン の 師 と して , 人 の 生 き る道 に つ い て の 知 を 学 ん で い る 。   サ ミニ が こ の 師 に 初 め て 出 会 っ た の は 8年 前 の こ と で あ る 。 師 に と って サ ミ ニ は 姪 に あ た り , 最 初 は 親 類 と して 知 り合 い に な っ た の だ が , や が て クバ テ ィ ナ ンの 知 を 学 ぶ よ う に な り , ま た 困 っ た こ と や 新 し く直 面 した こ と に つ い て な に か と相 談 す る 人 生 の 師 と な っ た 。 弟 子 た ち は 小 学 校 の よ う に 1級 か ら13級 に ま で 分 け ら れ , 程 度 を 追 っ て 上 の 級 に 進 ん で い く。 級 ご と に 課 せ られ る条 件 が こ と な り , 1級 で は 白 湯 と米 飯 だ け の ム テ ィ ー の 行 が 課 せ ら れ る に す ぎ な い が , 6級 と も な る と 3 日 3晩 の 完 全 な 断 食 が 要 求 さ れ る 。 サ ミ ニ は 5級 ま で 進 ん だ が 妊 娠 の た め 今 休 ん で い る と こ ろ で , 夫 の カ ル デ ィ は 運 転 の 仕 事 が き つ い の で 断 食 が で き か ね , な か な か 級 が 進 ま な い と い う 。 同 じ村 で は , ほ か に 一 組 の 夫 婦 が こ の 師 に つ い て い る だ け で , 他 の 村 人 は 残 念 な こ と に サ ミニ の 師 が い か に 優 れ た 知 と力 を 持 って い る か 知 らな い 。 彼 女 は 師 と の 経 験 を こ う 語 る 。

  「人 が 人 生 で と お る道 は , 村 か ら ソ ロ の 町 へ い く時 の よ う に さ ま ざ ま だ が , 目 的 は 一 つ ,静 穏 な心 ,経 済 的 安 定 , 健 康 で争 いの な い こ とだ 。人 は千 人 の うち九 百 九 十 九 人 ま で ゴ ン ソ ngangsa で あ る 。 つ ま り そ れ は , 満 足 の 感 情 が な い こ と , 支 配 す る も の

(シ ン ・ク ウ ォ ソ si ng kuωasa  = 神 ) か らあ た え ら れ た も の を 受 け 取 ら な い こ と だ 。 そ の 反 対 は ヌ リモ ner i ma つ ま り , 神 か ら与 え ら れ た もの , 人 生 で 身 に 振 り か か って く る す べ て を , 穏 や か な 心 で 受 け と る こ と だ 。 人 は 経 済 状 態 が 良 く な け れ ば 穏 や か な 3) クバ テ ィ ナ ンの専 門家 ・師 は一一 ・ l i e的 に は 「クバ テ ィ ナ ンの人 ωo ηg励 2伽 4副 と言 及 され る 。   だ が人 が 自分 の 師 や助 言 者 を 呼 ん だ り言 及 す る時 に は,「親 ωo ηg鋤 碗 加 ηg5ψ痂」 ま た は 「キ   ヤイ 加 勾 とい う言 葉 が 使 わ れ る こ とが 多 い 。

393

(13)

国立民族学博物館研 究報 告  11 巻 2号 人生 は送 れ な い 。 だ が豊 かで あ って も暮 らしが穏 や か とは限 らな い。 学 校 は生 計 の手 段 , 経 済 ,地 位 向上 の た め の知 を 教 え て くれ るが ,師 の教 え は穏 や か な 心 を教 え る。

  自分 の 夫 は前 に ジ ャカル タで バ ス の運 転 手 を した りスマ ラ ンで 乗 合 バ ンを運 転 して い て ,収 入 は多 か った が ,生 活 が 派手 で浪 費 に走 り,家 を 省 み な いで 遊 ん で ば か りい た 。家 に金 も入 れ な い ので , 自分 は 4番 目の子 が生 まれ た 2カ月 後 に は ,川 で砂 利 を 掘 る きつ い仕 事 も した し,街 角 で 男 に さ そ わ れて 金 を も らった こ と もあ る。住 居 は ぼ ろぼ ろで椅 子 もな く,客 が くる と ござ を 出 す しか な か った。 だ が 師 の も とに通 うよ う に な って か ら夫 は家 に落 ち着 き,今 で は経 済 状 態 も良 くな った 。 家 の 入 り口 の戸 も,

竹 を 編 ん だ だ け の も の か ら木 製 の 戸板 に替 え ,黄 色 の ペ ンキ も塗 った 。 ビニ ー ル張 り の 応 接 セ ッ トや寝 台 も買 った し,前 は病 気 ば か り して い た 子 ど もた ち もす っか り丈 夫 に な った。 家 族 が仲 良 く健 康 で良 く働 きさ えす れ ば,生 活 は ど うに もな る も の だ。 こ れ もみ な師 の導 き の おか げ で あ る。」

  彼女 に と って人 間 は ,食 物 ,衣 類 ,住 居 ,家 具 什 器 そ して 金 な どの 物質 を も とめ,

肉体 的 感覚 的欲 望 ,嫉 妬 や 愛 憎 に追 わ れ る存 在 で あ る。 そ う した 欲 望 ( ナ プ ス) を制 御 し,神 か ら与 え られ た もの を 進 ん で受 け入 れ て満 足 す る こ とを 学 び , そ れ に よ って 心 の 静穏 に い た る と い う現 世 的人 生 訓 が4 ) , 彼 女 に と って の 「内 な る知 」 で あ る。 し

た が って そ こで は ,食 や寝 を 減 ず る 「 行 な い」 が , 知 に達 す る技 で あ る とと も に , ヌ リモ とい う一 般 的 観念 ・態 度 を しめす 具 象 的 シ ンボル と して も作 用 す る。 よ り は っ き り とイ ス ラ ー ム的 な ム リ ョノが神 秘 観 の 中心 にす えて い た欲 望 ナ プ ス の統 御 の理 論 は,

サ ミニ の場 合 に は, よ り通俗 的 な庶 民 的人 生 訓 に形 を 変 え て い る。 だ が ナ プ ス の概 念 が広 義 の ジ ャ ワ神 秘 主 義 の 中核 に あ る とい う事 実 は, こ こで も変 わ りが な い。

6. 力 の 獲 得

  内 な る 行 な い ラ コ ニ の , も う一 つ の 方 向 づ け と は , 宇 宙 的 な 大 い な る 力 に 直 接 接 触 し よ う とす る 試 み で あ る 。 そ の 力 と は , 抽 象 的 ・観 念 的 な も の で は な く , 具 体 的 な 表 現 形 式 を と も な う 。 川 中 に つ か る行 ク ン ク ム に か か わ っ て 現 わ れ た と い う , 白 い 光 , 轟 音 な ど の 幻 視 ・幻 聴 , 悪 霊 の 脅 威 な ど は , こ う した 力 の 表 象 に ほ か な らな い 。 ラ コ ニ は 自 己 の 内 な る力 を 強 め る手 段 で あ る 。 だ が , 強 い 内 の 力 を も た な い も の が , 自 己 の 程 度 に 合 わ な い ほ ど 強 い ラ コ ニ を す る こ と は 危 険 だ と も い わ れ る 。 ソ ロ の 町 外 れ に

4) 彼女 は師 の 教 え は この 世 ur i p  k e neにつ い て の もので , イス ラー ムの よ うな あの 世 につ い て の 教 え で はな い と理 解 して い る。

394

(14)

住 み ,市 内 の大 学 で 英 語 学 を 学 ぶ ラル ソは , か れ の クバ テ ィ ナ ンの 師 の指 示 に した が って , 夜 9時 よ り朝 5時 まで 一 晩 に七 回 の 水 浴 び を繰 り返 しつつ , じっ と黙 座 して 心 を 空虚 に す る行 を お こな った 。 しか しか れ は , そ う して い る うち に体 が熱 くな って き て 耐 え られず 恐 ろ し くな り, 行 は完 成 しな か った 。光 や熱 の表 象 は, 宇 宙 的 力 を 表 わ す た め非 常 に しば しば もち い られ る。人 が ラ コニ に よ って得 る 内 な る力 は, こ う した 宇 宙 的 な力 と同 一 の もので あ り, 人 は内 に お い て そ う した力 との一 体 化 を はた す 。   こ う した力 を と りわ け強 く内 に 帯 び た人 や 物体 は ア ンプ ー αη ψ励 と形容 され る。今

は も う故 人 とな った一 人 の村 人 は ア ンプ ー な 人 物 と して 名 を知 られ ,か れ を め ぐ って さ ま ざ ま な伝 説 が伝 え られ て い る。 か れ は若 い 頃 ,村 の共 同墓 地 で 4 0日間食 を 断 って 精 神 集 中 の行 を お こな い, 未 来 を 知 る予言 者 に して超 能 力 者 とな っ た。 か れ はま た二 頭 の牛 に牽 かせ て も動 か な い大 きな石 を軽 々 と動 か し,未 来 を予 知 す る力 を も ち,県 知 事 乃ψ 漉 や 検 事 力 ん∫ 〃 な ど もその 助 言 を 乞 い に や って きた と い う。 村 の 中 の 一角 に 悪 霊 (ジ ン, セ タ ン) の 宮 殿 とい わ れ る土地 が あ り, そ こ に家 を 立 て て住 ん で い た家 族 は一 年 半 の う ち に四 人 ま で が死 ん だ 。夜 に な る とその 家 で は四 方 か らガ タ ガ タ と音 が 鳴 り,戸 棚 の前 で 女 の姿 が 上 下 に飛 び 交 い , 家全 体 が揺 れ動 い た。 しか し超 能 力者 の老 人 は , そ こで 平 気 で 夜 を 明 か して何 事 もな か った とい う。

  ア ンプ ーな 力 は, ま た 短 剣 (ク リス) や ,指 輪 に は め こ まれ た 宝石 に しば しば籠 っ て い る。 こ う した 短 剣 や 宝 石 は, あ らか じめ 強 い 内面 の力 を も って い る者 に所 有 され れ ば , よ り大 きな 力 を 与 え るが , そ うで な い者 に は, 逆 に災 いを もた らす と信 じ られ て い る。 19 4 8年 のオ ラ ンダ 軍 の 第二 次軍 事 行 動 で ソ ロの町 も 占領 され ,共 和 国 派 が周 囲 の村 々でゲ リラ戦 に入 った 頃 , 川 の南 で 捕 ま った オ ラ ンダ の スパ イが 銃 殺 され る こ

と とな った。 とこ ろが か れ に弾 丸 が あ た って もそ の ま ま身 体 か ら滑 り落 ち,無 傷 の ま ま で あ る。知 恵 の あ る もの が その 身 体 を 調 べ る と指輪 に ア ンプ ー な力 が籠 って いた こ とが わ か り, これ を 外 して か らあ らた め て銃 殺 した と い う。 短 剣 , 槍 も強 い 力 を持 つ もの と考 え られ て い る。 人 々の信 仰 に よ れ ば ,昔 の王 侯 領 時 代 の 宮 廷 には神 秘 的 な力 を持 つ 刀 鍛 治 が お り, 超 自然 の力 を持 つ 鉄 ブ シ ・ア ジ ゐ 6 ∫ ゴ@ を腿 の上 で 拳 で 叩 き指 で つ ま む だ け で 剣 を鍛 え上 げ た 。 こ う して で きた武 器 は ,所 有 者 の 内 面 の 力 との釣 り 合 い を要 求 し, ふ さわ し くな い所 有 者 の も とで は ,戸 棚 の 中で ひ と りで に音 を立 て た り動 き出 して 警 告 す る。 村 の 雑貨 屋 ス ナ ル の父 は , も と も と ソ ロの 宮 廷 で ガ ム ラ ンの 楽 器 を預 か る小 役 人 で あ った 。 この父 が死 ん だ時 , ス ナル の 母 はマ ル トと再 婚 し,亡 夫 の短 剣 を携 え て 村 にや って きた の だ が , そ れ以 来 マル トはず っ と病 が癒 え ず ,短 剣 を川 に捨 て た とこ ろ や っ と元 気 に な った と い う。

395

(15)

国立民族学博物館研究報告   11 巻 2号   ア ンプ ーな 力 は お もに王 と宮 廷 に 由来 す る とい う観 念 は , かつ て マ タ ラ ム王 国 の 宮 廷 を か か え て い た ソ ロ地 方 の 住 民 の あ いだ に , い ま だ に根 強 い もの が あ る。 宮廷 で王 の 御 料 馬 車 の塗 装 を して い た男 が , 作 業 に用 い た余 りの針 金 を持 って帰 った と こ ろ病 気 にな り, 宮廷 の倉 庫 に返 した ら快 癒 した 。村 の近 くの トガル ・ゴ ン ドにあ った 王 家 所 有 の タ バ コ工 場 に は ,王 専 用 の椅 子 が 備 え て あ った が , 日本 軍 の 侵 入 後 , あ る村 人 が 家 に持 ち去 った 。 とこ ろ が それ か らとい う もの家 族 に怪 我 人 , 病 人 が つ ぎつ ぎ に 出 るの で , 男 は椅 子 を ソ ロ河 に流 し危 険 を避 けた 。 ま た ,19 6 6年 に ソ ロの 町 が 数 十 年 ぶ りの 大 洪 水 に襲 わ れ た 時 ,水 を逃 れ た住 民 が , 川 沿 いの 離 宮 に繋 留 さ れ た王 乗 用 の 舟 に 乗 り込 ん だ と ころ ,舟 は にわ か に転 覆 して全 員 が溺 れ死 ん だ。 こ う した 伝 説 の 類 は , 今 で も盛 ん に人 の あ い だ で語 られ て い る。

7. 墓 地 に夜 をす ごす

  人 が 内な る力 を も とめ て す る禁 欲 的 な行 な い は,前 節 に見 た よ うに ,時 ・場 所 ・形 式 と も さ ま ざま で あ り, ま た そ の 目 的 も, よ り抽 象 的 で体 系 化 さ れ た知 と力 の 獲 得 を め ざ す もの か ら,個 別 的 ・具 体 的 な 生 活 上 の助 言 を求 め る もの まで , さま ざ ま で あ る。

そ う した 中 で 日常 と くに広 くお こ な われ る もの に ,木 曜 の夜 ( 前 述 の「 金 曜 の夜 」 ) 墓 地 で 夜 を す ごす行 為 が あ る。 墓 地 が選 ばれ る背 景 に は , 人 の死 後 , 肉体 を 離 れ た 霊 a r ωa h が 墓 に留 って い る とい う信 仰 が あ る5 ) 。 人 が 訪 れ るの は,死 ん だ 肉親 の墓 , あ るい は生 前 特 別 の 力 を持 って い た と伝 え られ る神 話 化 され た死 者 の墓 で あ る。 村 で は 多 くの 人 が , 木 曜 の 夕方 ご とに ,祖 父 母 , 両 親 , 先 立 った配 偶 者 な どの 墓 を 訪 れ , 携 え た香 と花 び らを 供 え て墓 前 で礼 拝 す る。 特 定 の 重 大 で 困 難 な 出来 事 にぶ つ か った 時 に は ,墓 の か た わ らに坐 した り,横 に な って 夜 を明 か す こ と もあ る。

  カル トは5 0代 の 農 民 で , かつ て は地 域 一 帯 に強 い勢 力 を誇 って い た イ ン ドネ シア共 産 党 の 支 持 者 で あ った。 1 96 5年 に ,共 産 党 と軍 や イ ス ラム勢 力 との 対 立 が 頂 点 に達 し,

多 くの 党 員 や 同 調者 が 捕 え られ た り殺 され た り した 。 この 時 カ ル トは , 自分 もいつ 殺 され るか わ か らぬ 危 機 の 中 で , 食 を 断 った ま ま親 の墓 所 で 毎 夜 を す ご した とい う。 そ う して 何 日か して い る内 に ,夢 ・幻 の 中 に父 の 姿 が 現 わ れ , 「お ま え の これ まで の考 え は間 違 って い るか ら, 考 え を 改 め るよ うに」 と告 げ た 。 この父 の霊 の助 言 の お か げ で ,今 日 まで 無 事 に 暮 ら しを続 け る こ とがで きた と, カ ル トは考 えて い る。

5) 断食 月 中 は人 は墓 地 を訪 れ な いが , これ は この 期 間 ,死 者 霊 が 墓 地 を離 れ て 天 に行 って しま うか らだ と説 明 さ れ る 。

396

(16)

  40代 の 大 工 パ イ デ ィ が , 娘 の 病 の 治 癒 を 願 っ て 訪 れ た 墓 所 は , 肉 親 の も の で は な く , 過 去 の 伝 説 中 の 人 物 の 墓 で あ る 。 か れ の 7歳 の 末 娘 は , 3年 前 に 裏 庭 で 遊 ん で い て 井 戸 に 落 ち , そ の 時 は け が も な か っ た 。 と こ ろ が そ の 後 , 全 身 を 痙 攣 さ せ 叫 び だ す 発 作 に , し ば し ば 襲 わ れ る よ う に な っ た 。 パ イ デ ィ は 娘 を 町 の 医 者 に 連 れ て い き , レ ン ト ゲ ン検 査 も 受 け た が , 病 は い っ こ う に 治 らな い 。 そ れ で 今 度 は 知 り合 い の 呪 医 de c kun を 訪 ね , 二 つ の 指 示 を う け た 。 一 つ は , 発 作 の 時 に 与 え る 生 薬 の 処 方 で あ り , も う 一 つ は ,村 の墓 地 に あ る ドノ クル テ ィ爺 の墓 で 夜 を 過 ご して , そ の霊 の 助 言 を 求 め る こ と で あ っ た 。 ドノ ク ル テ ィ は , 史 実 の 上 の 大 事 件 で あ る 1825年 の デ ィ ポ ヌ ゴ ロ反 乱

(ジ ャ ワ戦 争 ) と か か わ る 村 の 伝 説 中 の 人 物 で , 人 々 の 信 仰 を あ つ め て い る6) 。 パ イ デ ィ 自 身 は ドノ ク ル テ ィ の 墓 で 何 が あ っ た か に つ い て 黙 し て 語 ら な い が , 人 の 噂 に よ れ ば , 墓 の か た わ ら に うず く ま っ て い る パ イ デ ィ の 前 に , ジ ャ ワ の 正 装 に 身 を つ つ ん だ ドノ ク ル テ ィ が 現 わ れ た そ う だ 。 そ して 語 る に は , 数 年 前 の 夕 暮 れ 時 , パ イ デ ィ が 自転 車 に 乗 っ て 町 か ら帰 っ て き た 時 , 車 輪 が は ね た 小 石 が 橋 の 下 に い た 雑 霊 ブ勿 、の頭 に あ た っ た 。 雑 霊 は これ を 怒 っ て 娘 に 災 い を 与 え て い る の だ か ら , こ れ こ れ の 品 物 を さ し上 げ て , 機 嫌 を 直 す よ う に 願 え と の こ と だ っ た 。

  パ イ デ ィ も人 々 も語 らな い の で , そ の 結 果 が ど う な っ た か わ た し は 知 らな い 。 木 曜 の 晩 , 墓 地 を の ぞ く と , と き お り ドノ ク ル テ ィ の 墓 前 に 坐 して い る 人 の 姿 が 見 え る。

ま た そ の 翌 朝 に 墓 地 へ 行 く と, 墓 の か た わ らに は , 花 び ら , 香 , 食 物 な ど の 供 物 の 残 骸 が 散 乱 して い る 。 人 々 は さ ま ざ ま な 願 い ご と を も ち , 秘 や か に ドノ ク ル テ ィ の 墓 に

  亀

詣 で て夜 を過 ごす の で あ る。

8. 意 味 を 告 げ る し る し

  クバ テ ィ ナ ンの 目 的 を 人 は さ ま ざ ま に 表 現 す る 。 感 覚 的 欲 望 を 去 っ て 神 の も と に 帰 る, 穏 や か な 心 で 暮 らす , 宇 宙 的 な 大 き な 力 に 触 れ 合 う , 直 感 に よ り神 の 言 葉 を 聞 く な ど と表 現 は さ ま ざ ま で あ る が , こ れ を 観 察 者 の 言 葉 で 一 般 化 す る な ら , 経 験 的 な 外

(ラ イ ル ) の 世 界 を 超 え て 内 (バ テ ィ ン) の 世 界 に 入 り こむ こ と, つ ま り , よ り 価 値 の 高 い 異 次 元 の 現 実 に 達 す る こ と に ク バ テ ィ ナ ンの 目 的 が あ る と い え よ う。 ク バ テ ィ ナ ンを 信 ず る 者 の あ い だ で 特 に 強 調 さ れ る の は , 知 る こ と , 理 解 す る こ と で あ る 。 外 面 で は 隠 さ れ て い る 世 界 の 真 の 意 味 を 知 り理 解 す る こ と で あ る 。 世 界 は 偶 然 の ま ま に 6) 伝 説 に よ れ ば, か れ は デ ィポ ヌ ゴ ロ と同 じ くジ ョグジ ャカル タ ・ス ル タ ン宮廷 の貴 族 の一 人   で , 反 乱 に加 わ った が オ ラ ンダ に 敗 れ, 今 日の村 の地 まで 逃 げ の びて 死 ん だ 。人 々は そ の墓 を   つ く り, ドノ クル テ ィは神 格 化 され, 人 々 の信 仰 を集 め る こ とに な った 。

397

(17)

国立民族 学博物館研究報 告   11 巻 2号 で た らめ に動 くも の で は な い。 さま ざ ま な もの ご とは一 貫 した秩 序 に よ って相 互 に結 び つ き定 め られ た よ う に動 いて い るの で あ り, あ る出来 ご と に は必 ず そ れ の 原 因 が あ り, 予兆 た る しる しが あ る。 こ う した し る しを読 み と る こ とが , 現 象 の真 の 意 味 を 知 る こ とで あ り, 未 来 を 知 る こ とで あ る。 こ う した信 念 の も と に, クバ テ ィ ナ ンの信 奉 者 は 真 に知 る こ と, 理解 す る こ とを 強 調 す る。

  あ らか じめ決 定 され て い る現 実 の真 の意 味 は ,入 の 目の 前 にあ らわ に な った もの で は な い 。 それ を 知 るた め には ,人 の感 覚 が捉 え る さま ざ ま な し る しを手 が か り と して , そ の 意味 を解 読 しな けれ ばな らな い 。 断食 ,瞑 想 その 他 の 身体 上 の テ クニ ック は そ の た め の手 段 の一 つ で あ る。 人 が 墓 の前 で夜 を 明 かす 目的 は,墓 に宿 る肉親 や過 去 の英 雄 ・聖 者 の霊 へ の祈 願 に は止 らな い 。 そ う した諸 霊 が 暗示 す る しる しに依 って ,経 験 的世 界 の真 の意 味 を 知 る こ とに究 極 的 な 目標 が あ る。 ジ ャ ワの 古典 学 に親 しむ者 が古 文 献 を経 く時 も ,文 字 と い う し る しの背 後 に 隠 さ れ た意 味 を探 る技 法 が 不可 欠 で あ る。

ま た こ う した, そ れぞ れ に特 定 の 方 法 の 実 践 や 習熟 を必 要 とす る意 味 の 探求 の背 後 に は ,以 下 に述 べ る よ う な , 出来 事 の 前 兆 へ の 非常 に 強 い関 心 と鋭 い感 受性 が存 在 す る。

そ れ は , 日本 語 に い う 「 虫 の 知 らせ 」 の ご と き意 味 伝 達 と知 覚 の 形 式 へ の , 強 い信 念 で あ る。

  ジ ョグ ジ ャ カル タ の 国 営 ラ ジオ放 送 局 で は,毎 晩 「 家 族 ニ ュ ース Ber i t a   Ke l uar ga」

とい う死 亡 通 知 の 番 組 を放 送 して い る。 ジ ャワ人 に と って 家族 ,親 類 ,知 人 の葬 儀 へ の参 加 は非 常 に重 要 な 義 務 で あ る。遠 く離 れ て住 ん で い る家族 に は ,一 刻 も早 く死 亡 を知 らせ ,す ぐ葬 儀 の 場 に駆 けつ け て来 られ る よ うに さま ざ ま な努 力 が は らわ れ る。

電 話 が ま だ普 及 せ ず , 電 報 ,鄧 便 も必 ず し もあ て にな らな い ジ ャ ワの現 状 で は ,安 い 料 金 で利 用 で き る こ の ラジオ 番 組 は 入 気 が 高 い 。人 々 は可 能 な ら電 報 を打 ち, あ ま り 遠 くな い所 な ら使 い を 立 て , さ らに ラ ジオ放 送 を依 頼 す る な ど して ,何 か そ の う ち一 つ く らい は , 目指 す 肉 親 の も とに 届 く こ とを期 待 す る。 こ の死 亡 通 知 番 組 に人 は熱心 に耳 を傾 け , さま ざま な 言 い 伝 え が人 の あ い だ に広 ま って い る。 た とえ ば, ふ だ ん は

ジ ョグ ジ ャカル タ の国 営 ラ ジオ放 送 な ど 聞 か な い人 が , なん とな く気 にか か って ダ イ ァ ル を合 わせ る と, ち ょ う ど肉 親 の死 の 知 らせ に ぶつ か り, あわ て て 故 郷 に旅 だ って 葬 儀 に間 に合 った , とい った もの で あ る。

  ソ ロの市 街 の南 西 隅 に豊 か な ジ ャ ワ更 紗 ( バ テ ィ ック) 商 人 の 邸 宅 が な らぶ ラ ウ ィ ヤ ン地 区 が あ る。 この地 の商 人 の 一 人 で , 老 齢 の た め も う半 ば 引退 して い る プ ロ トは,

以 前 仕 事 で ジ ャカル タ に い た時 , 何 か 妙 な 予 感 が して急 いで ソ ロ に帰 った そ うだ 。 家 に着 くと妻 は も う危 篤 状 態 で , その わ ず か 一 時 間 後 に息 を 引 き と った 。 か れが 妻 に最

398

(18)

後 の別 れ をす る こ とが で きた の は , この不 思 議 な予 感 のせ いで あ る とい う。

  肉親 の死 の 予 感 と い った 例 は , もち ろ ん ジ ャワ とか ぎ らず 世 界 の 各 地 に見 られ る も の で , そ れ 自体 は クバ テ ィナ ンで あ る とは言 え な い 。 だ が ,人 の 死 とか ぎ らず , 世 の あ らゆ る出来 事 や 運 勢 ・吉 凶 には 必 ず何 か の前 兆 が あ る もので ,逆 に言 う と さ ま ざ ま な 何気 な い 出来 ご とに は別 の何 事 か を 語 る隠 され た 意 味 が あ る もの だ とい う多 くの ジ ャ ワ人 の信 念 は , クバ テ ィナ ンの重 要 な 基 盤 とな って い る。 プ ロ トもま た ,世 界 の 出 来 事 はす べ て あ らか じめ定 ま って お り, しか るべ き知 と術 を 身 に つ け るな ら, そ れ を 知 る こ とが で き る と信 じて い る。 か れ は 自分 の経 験 を 以 下 の よ うに語 る。

  「 人 の 一生 とい う もの は, も うすべ て定 ま って い る もの で , あ る種 の 人 聞 に は そ れ が ち ょ うど絵 の よ う に鮮 や か に見 え る もの だ 。 自分 が心 臓 を患 うよ り一 年 も前 の こ と だ った が , あ る クバ テ ィ ナ ンの 師 にそ の こ とを 予告 され ,大 病 にな るが や が て 回 復 す る と言 わ れ た 。 クバ テ ィナ ンの 達 人 に は先 の こ とが見 え るの だ。 この種 の人 の 予 言 は 直 接 は っ き り とは語 られ な い ので , その 真 の 意 味 を 知 る必 要 が あ る。 明 日は外 出を 止 め て 一 日家 に い な さ い と言 わ れ た とす る。 これ を 無視 して外 出す る と思 わ ぬ事 故 に あ う。 だ が 師 は事 故 にあ う と直 接 に語 りは しな い。 妻 が死 ん だ 時 , 自分 は死 者 の罪 の許 しを 願 って , ラ ウ ィヤ ンに あ る昔 の聖 者 キ ・ア グ ン ・ニス の墓 に,毎 夜 1時 に家 を 出 て 四十 夜 の あ いだ 通 いつ づ けた 。 す る と最 後 の4 0日 目 の夜 にな って , 目の前 に映 画 の よ うな画 像 が 現 わ れ , 食 物 を 盛 った 皿 が三 枚 ,木 に 囲 ま れ た墓 , 一 人 の 女 , さ らに も う一 人 裸 の女 が見 え た。 これ が 何 の 意 味 か 自分 に は つ い に わ か らなか った 。 クバ テ ィ ナ ンに通 じた者 に は , その 意 味 が わ か るの だ ろ うが 。 自分 は 山 中 ,海 岸 ,洞 窟 に籠 る よ うな修 行 は した こ とが な い。 だ か ら特 に先 を 見 る力 は持 って い な い普 通 の人 間 にす ぎな い 。 だ が わ た し も自分 の家 で は , しば しば瞑 想 の 行 を 繰 り返 して きた 。 そ う して い る内 に少 しは 力 が つ い た の だ ろ う。 人 と話 して いて , 自分 で は何 と も知 りは しな い の に, 相手 が 見事 に言 い 当 て られ た と驚 い た り,後 にな って , あ の 時 の お ま え の言 葉 ど お りに な った と言 って来 る こ とが , この ごろ良 くあ る。 これ はわ た しが しゃべ って い るの で は な い。 神 が 自分 の 口を 借 りて語 って い るの だ。 」

  もの ご とは神 の手 や 宇 宙 的 な 力 に よ って も うす で に定 ま って い るの だ とい う観念 は , 受動 的 ・消極 的 な態 度 と受 け取 られ るか も しれ な い 。先 に サ ミニ の例 で ふ れ た 「 神 に 与 え られ た もの を満 足 して 受 け取 る」 とい う ヌ リモ の人 生 観 も,個 人 的 な 努 力 を 放 棄 した静 寂 主 義 の よ う に解 され るか も しれ な い 。 だ が , わ た しが 出会 った クバ テ ィナ ン を 信 ず る ジ ャ ワ人 は ,皆 さ ま ざ ま な願 いや 欲 望 を いだ き,必 死 に行 動 して い る普 通 の 人 た ちで あ る。 た だ か れ らは無 制 限 の欲 望 とい う も のの危 険 を 知 って い る。 ま た ,願

399

(19)

国立民族学博物館研究報告  1 1 巻 2号 い や欲 望 が激 しい か らこ そ, そ れ を 実現 す るた め に , 自分 個 人 の 努 力 や実 践 を超 え た 何 か の手 が か りを つ か も う と必死 に な って い るの で あ る。 クバ テ ィナ ンの知 識 はか れ らに行 動 の た め の道 筋 を与 え , ま た個 人 の 実 践 や 経験 的 知 に と って は不 可 知 で 偶 然 で しか な い領 域 に,一 貫 した世 界 像 を用 意 して くれ るの で あ る。

お わ り に

  ジ ャ ワの クバ テ ィナ ンは ,以 上 に見 た よ うに 非常 に 幅 が広 く変 化 に富 む 観 念 と行 為 の 体 系 で あ る。 そ の基 盤 に は, 感 覚 的 欲 望 ナ プ ス の統 御 に よ って神 の も と に帰 り,究 極 的 な真 理 た る神 の実 在 へ た ど りつ くとい うイ ス ラー ム神 秘 主 義 の 一 つ の 基 本 的 態度 が 横 た わ って い る。 だ が そ こに は ,神 秘 主 義 の文 化史 を論 ず る ものが いつ も 出会 う よ

う に,一 個 の文 明伝 統 だ け に帰 す こ との む ず か しい さ ま ざ ま な要 素 が 融 合 し熟 成 して , ジ ャ ワの神 秘主 義 と しか 名付 けえ な い一 体 系 が生 み 出 さ れ て い る。 クバ テ ィ ナ ン は,

特定 の教 派 や宗 教 運 動 と見 る に はあ ま りに広 い もの で あ って ,世 界 を 解 く形 而 上 学 , 日常 世 界 を 深部 で動 かす 秩 序 を知 るた め の 知 と技 ,素 朴 な人 生 の倫 理 訓 ,現 世 上 の祈 願 実 現 の た め の呪 的 力 の 操 作 術 な ど, 個人 ご との立 場 に よ って さま ざ ま に異 な る姿 を 現 わ す 。 ジ ャ ワ人 の世 界 観 とい った 言 い方 は ,六 千 万 人 の ジ ャワ人 に一 様 に共 有 され る均 質 な世 界 観 の体 系 を 想 定 しえ な い 以 上 , つね に危 うい表 現 で あ る。 だ が す くな く と も クバ テ ィナ ンは ジ ャワ人 が 共 通 に理解 し うる一 つ の世 界 観 的 枠 組 み を 用 意 して お り, これ を信 ず る にせ よ, あ る い は懐 疑 的 だ った り批判 的 で あ る にせ よ, 共 通 の 準 拠 点 を与 え る もので あ る。 そ う した 意 味 で , クバ テ ィナ ンは ジ ャワ文 化 の 総 体 と重 な る

ほ どの広 が りを持 つ 現 象 だ と言 う こ とが で き るだ ろ う。

  本 稿 で は詳 し く触 れ な か った が , 村 の若 い助 役 スダ ル トの例 に も見 られ た よ う に,

政 治 に 関 わ り野 心 を 持 つ 者 の あ い だ で しば しば クバ テ ィナ ンが 盛 ん で あ る とい う事 実 は , ジ ャワ , イ ン ドネ シ アの 政 治 文 化 を考 え る上 で 重 要 で あ る。 クバ テ ィ ナ ンは世 界 に秩 序 を与 え る力 の ハ イ ア ラ ー キ ーに つ い て の理 論 で も あ り, 個 々の人 間 の力 と位 階 の差 を説 明す る こ と に よ り, 政 治権 力 の正 統 性 を裏 付 け る機 能 を も持 つ と考 え られ る。

この点 は今 後 さ らに広 い民 族 誌 的 ・歴 史 的脈 絡 で検 討 す べ き課 題 で あ る。 また クバ テ ィナ ンが , ジ ャワ人 の 世 界 理 解 に共 通 の 枠組 み を与 え う るの は, 世 界 の 出来 事 の 真 の 意 味 を さま ざ ま な しる しか ら読 み 解 いて い くとい う知 覚 と意 味 解 釈 の神 秘 主 義 的 形 式 に , ジ ャ ワ人 の多 くが 関 心 と感 受 性 を共 有 して い る か らに ほ か な らな い。 この 点 は,

日本 を も含 め た広 い地 域 の民 俗 的 宗 教 にお け る, し る し, きざ し,予 兆 と い った 現 象

400

参照

関連したドキュメント

Nonlinear systems of the form 1.1 arise in many applications such as the discrete models of steady-state equations of reaction–diffusion equations see 1–6, the discrete analogue of

In [9] a free energy encoding marked length spectra of closed geodesics was introduced, thus our objective is to analyze facts of the free energy of herein comparing with the

These manifolds have strictly negative scalar curvature and the under- lying topological 4-manifolds do not admit any Einstein metrics1. Such 4-manifolds are of particular interest

We give a Dehn–Nielsen type theorem for the homology cobordism group of homol- ogy cylinders by considering its action on the acyclic closure, which was defined by Levine in [12]

West, “Generating trees and forbidden subsequences,”

In this work, our main purpose is to establish, via minimax methods, new versions of Rolle's Theorem, providing further sufficient conditions to ensure global

Then the strongly mixed variational-hemivariational inequality SMVHVI is strongly (resp., weakly) well posed in the generalized sense if and only if the corresponding inclusion

Thus no maximal subgroup of G/P has index co-prime to q and since G/P is supersolvable, this gives, by using a well known result of Huppert, that every maximal subgroup of G/P is