グローバル・ガバナンスにおける「信頼」の考察
倉 本 由 紀 子
The Role of Trust in Global Governance
Yukiko Kuramoto
What do we mean by global governance? How have the concept and structure of global governance changed in the last decades? While answering these questions, this study aims to analyze the Governance theory and its role in global public-private partnerships. This article also focuses on the role of trust in global governance. Trust is an essential element of social capital. In turn, research has demonstrated the importance of social capital in promoting democracy and economic prosperity. This article argues that trust can also play a crucial role in global public-private partnerships that have increasingly become more significant as a global governance tool in addressing numerous global issues. Trust has the potential to reduce uncertainty and risk and promote optimal outcomes in public-private partnership projects.
キーワード:グローバル・ガバナンス,トランスナショナル・新ガバナンス理論,グローバル 市民意識,信頼,官民連携パートナーシップ
1.は じ め に
「グローバル・ガバナンス」の概念は,冷戦後の1990年代に国際関係論で広く論じられるよ うになったが,その定義は,さまざまな分野によって多様化し不明確な性格をもつものである.
歴史的変遷においても,「ガバナンス」の枠組みや「アクター」の役割・機能も変容した.覇 権国家(ヘゲモニー)が存在しない今日の国際社会は,地球的規模の諸問題が山積し,その解 決には多種多様な「アクター」の協働が必須である.しかし,グローバル化の深化は,「グロー バル・ガバナンス」を複雑化・重層化し,国際社会におけるアクター間の衝突をも助長し,ま た協働を妨げている.本稿は,まず「グローバル・ガバナンス」の定義を歴史的変遷から概観 する.そして「旧ガバナンス」と「トランスナショナル・新ガバナンス」理論から,「グロー バル・ガバナンス」の変容と官民連携パートナーシップの事例を検証する.次に,「社会関係
資本」の中核として重要な「信頼」が,国際社会において,どのような役割を担うのか検証し,
増加しつつあるグローバルな官民連携パートナーシップにおける「信頼」の意義を考察する.
2.グローバル・ガバナンスとは
「グローバル・ガバナンス」は,一般的に,政府が存在しない世界における「ガバナンス」
を意味し,国家だけでなく,国際機関,地域共同体,非政府組織,多国籍企業,個人を含む多 様なアクターから構成される国際社会を想定する.「ガバナンス」は,グローバル・ガバナン ス委員会によると,「個人と機関,私と公とが,共通の問題に取り組む多くの方法の集まりで ある.相反する,あるいは多様な利害関係の調整をしたり,協力的な行動をとる継続的なプロ セスのことである.承諾を強いる権限を与えられた公的な機関や制度に加えて,人々や機関が 同意する,あるいは自らの利益に適うと認識するような,非公式の申し合わせもそこには含ま れる」1).
グローバル・ガバナンス論の先駆者である国際政治学者,James Rosenau は,「グローバル・
ガバナンスとは人間の活動のすべてのレベル(家族から国際組織まで)にかかわるものであり,
そしてそこでは,目標の追及のためのコントロールの行使はトランスナショナルな影響を持つ ルールのシステムを含むものと考えられる」2)とし,非国家主体の存在の重要性を示唆した.
Oran Youngによれば,原則,規範,規則などを基礎に置く国際制度(レジーム)を中心として,
国際社会のアクターが集合的選択できるとするシステムが「グローバル・ガバナンス」である3)
とし,国際制度を基盤とした「ガバナンス」と定義した.
冷戦後のグローバル化による国民国家の枠組みや能力の衰退と,地球規模問題の取り組む必 要性から,Weiss and Gordenker は,「グローバル・ガバナンスは,一国一国の能力を超えた社 会,政治的な問題により秩序ある,またより信頼性のある対応をするための努力である」4)と 定義する.また,地域主義的なトランスナショナル・デモクラシーからグローバル・ガバナン スを考えるZaki Laidihaは,「国家の将来にかかる歴史的な不確実性を,グローバルなシステム における多様な行為主体間での取決めの構築によって削減する過程」とし,人々のアイデンティ ティと政治的表出の確保を国家に代行して担う政治システムと捉える5).
Who Governs the Globe? の編著者であるAvant, Finnemore, and Sell は,グローバル・ガバ ナンスの「ガバナンス」をプロセスや枠組みと,受け身な(passive)捉え方が多いことに問 題意識をもち,グローバル・ガバナンスにおける統治主体の分析研究を行っている6).一方,
グローバル・ガバナンスが,南北問題解決に向けての取り組みの中から生まれてきた実践的,
政策的志向的概念と捉え,「グローバル・ガバナンスとは,地球的規模の問題に適切に対処す る能力のことである.」7)と能動的に扱う考え方もある.このように,グローバル・ガバナンス はさまざまな定義や研究対象が存在するが,本稿では,国家だけでなく,国際機関,地域共同
体,非政府組織,多国籍企業,個人を含む多様なアクターから構成される国際社会の公式・非 公式な問題解決の取り組みと定義する.
国際政治学者で,アナン国際連合事務総長の特別顧問であったJohn Ruggieは,グローバル・
ガバナンスのシステムの脆弱性を指摘し,その傾向はさらに悪化していると警告を鳴らす8). 多種多様なアクターによって複雑化する国際社会において,今日山積する地球規模の諸問題へ の取り組みや解決方法を模索するために必須な機能的グローバル・ガバナンスは可能であるの か.まずは,グローバル・ガバナンスの現状を包括的に把握するため,グローバル・ガバナン スの歴史的変容と傾向を概観する.
2.1 旧ガバナンス(Old Governance)
「グローバル・ガバナンス」は,かつて「大国における基本的な規則,原則,そして制度を 含む政治的秩序を律する取り決め」9)であり,ヒエラルキー的な国家主体の「ガバナンス」体 系を指していた10).Abbott and Snidalによれば,旧ガバナンスの主な特徴は,国家主体―中心,
中央集権型,官僚的専門知識,遵守義務のあるルールにある11).
旧ガバナンスは,一般的に国家主体の「中央集中型」で,企業や市民社会などは,利己主義 で責任を負えないため,自主規制や国家主体が運営する枠組みで指揮を執ることは不可能であ るとみられていた.公益を守り増強するために,国家は,自律し公平無私な立場の公的機関に のみ,「ガバナンス」の運営を委ねる必要があった.したがって,規則や規範の作成や決定過 程は,民間企業や私的団体の影響が及ばないよう配慮された.その結果,官民双方が参画する ような民主主義的な運営に限界が生じ,規則が決定した後,民間企業や団体はそれに従う以外 選択がなかった12).しかし,国際機関を含む国際的な加盟国による枠組みの「ガバナンス」に おいては,意思決定もコンセンサスを重視する場合が多く,大国による中央集権型運営には限 界があった.とくに,特別な課題に関する国際機関や国際的な枠組みにおいては,加盟するメ ンバーに対し,大国は「トップダウン式」に国際規範や規則の遵守を強制することはできなかっ た13).加盟国の国内政治経済状況が反映する国益重視の「ガバナンス」スタイルであった.
旧ガバナンスでは,公的機関の官僚が,規則や規制の作成に必要な専門知識を所持し,政策 決定や施行にも十分な技術や豊富な経験を生かしていると想定されていた.とくに,規制や規 則の対象や内容については,公益を熟知する国家主体のみが理解し,目的を達成するための法 的措置を講じる権限を持ち得た.また,Hard lawが,旧ガバナンスの根幹を担い,規制や規則 は法的遵守義務や拘束力を持ち,違反すると罰則を科することを前提とした.「指揮命令や支配」
の規制は正確さと詳細さを重んじ,国家主体は,各アクターの遵守状況を監視する.John Ruggieによると,京都議定書を採択時の地球環境レジーム体制が旧ガバナンスの典型的な事例 であり,ガバナンスの問題点が多く指摘された14).
2.2 旧ガバナンスと官民連携国際開発援助
官民連携国際開発援助における旧ガバナンスの事例として,日本の国際開発援助体制が挙げ られる.1991年から2000年までの10年間,政府開発援助(ODA)実績で世界第 1 位であった日本 は,米国とパートナーシップを組み「コモン・アジェンダ(地球的展望に立った協力のための共通 課題)」15)を1993年 7 月に打ち出した.ODA実績第 2 位の米国と 1 位の日本の援助協調は1993 年から2001年まで継続されたが,この援助協調における問題点のひとつに日米の援助体制の違 いがあった.米国援助実施機関である米国国際開発庁(USAID)は,現地分権型である.途上 国の事情に合わせた援助計画を実施できるよう,現地事務所は援助プログラムの立案や作成に おける権限を保持している.現地事務所は,ワシントンDCの本部から米国外交政策指導やプ ログラムに関するトレーニングを受け,途上国政府や現地に所在するNGOsと協力しながら,
援助プログラム計画や予算見積書を作成し,援助プログラムを実施する.予算執行には,
USAID本部と米国議会の承認が必要となるが,現地事務所には援助プログラムの立案・作成に おける最大限の権限が認められている.この現地分権システムは,現在も継続され,世界で 122以上の現地事務所がある16).
それに比べ日本の援助体制は,中央集権型であった.外務省経済協力局が,援助政策に関す る権限を持ち,ODA実施機関である国際協力機構(JICA)は外務省の決定に従う.日米援助 連携プロジェクトで,USAID関係者が困惑した最大の問題点は,この政策決定過程の相違であっ
た.USAIDは,当初JICAをカウンター・パートナーとして扱い援助プロジェクトを模索した.
しかし,JICAは随時外務省にお伺いを立てなければならず,プロジェクトの進行を妨げた.
またJICAが会議に参加しても常に陪席状態で,意見を述べることが少なかったという.また
NGOsの立場が弱く,外務省やJICAはNGOsと対等な立場を取ろうとはしなかった.NGOsを現
地における実行部隊として重要なパートナーと捉えていたUSAIDにとって,日本の中央集権型 援助体制は,理解し難いものであった17).現在では,JICAにODAの多様な権限が委譲され,
NGOsも援助政策に深く関与するようになったが,米国の援助体制ほど現地分権やNGOsとの協 力体制の強化が進んでいない.
2.3 トランスナショナル・新ガバナンス(Transnational New Governance)
冷戦後,グローバリゼーションが加速し,ヒト,モノ,カネ,情報などの国境を越える移動 が急速に増加すると,旧ガバナンスでは対応できない問題や課題も増えてくる.その中で,開 発され施行されつつあるのが,トランスナショナル・新ガバナンスである.その特徴を,
Abbott and Snidalは,国家主体によるオーケストレーション,分権型運営,拡散した専門知識,
自主的な規制だと主張する18).
国家主体によるオーケストレーションとは,国家主体が,政府関係団体,民間団体や企業や
その他のアクターに権限や許可を与え組織化(体系化)し,国際社会での規律やルールの遵守 を促すシステムである.新ガバナンスでは,国家主体が依然重要なアクターであるが,旧ガバ ナンスのようなトップダウンの司令塔ではなく,結集や結束を促す役割を果たす.国家主体は,
公共機関,民間企業,市民社会や財団などの多様なアクターのネットワークを促進させ,権限 を与えることによって公的目標を追及する.Abbott and Snidalは,国家主体のオーケストレー ションの 2 つの形態を「指導型(Directive)」と「促進型(Facilitative)」に分類した.「指導型」
では,国家や国際機関は,公的利益のために民間団体や企業に規則の遵守義務を課し,また業 務の「透明性」を高めるため,情報開示を要求する.国際法や合意をもとに,民間企業が経営 基準を遵守することを促すことも「指示型」では可能である.「促進型」には,1 )ボランティ ア型協力プログラムの開始,2 )民間の協働の必要性を説得,3 )企業による自発的規制を促 進,4 )民間アクターの能力向上促進の努力,5 )民間企業との規制目標の交渉,6 )定めら れた目標を超える為の動機供与がある19).
新ガバナンスの規制システムは,「中央集権型」ではなく「分権型」で,国家行政機構のみ ならず民間アクターも規制責任を負う.企業は自主規制することを奨励され,市民社会アクター は,さまざまな官民連携のプログラムを通じて他のアクターに対する規制に協力を勧められる.
また,分権型規制は,民間アクターの能力や原資を利用することも可能である.さらに「分権 型」権限体制により,新ガバナンスはネットワーク型であることにより,協調的な関係が生ま れ,ビジネス,市民社会のグループと国家との連携が,規制管理プロセスで可能になる.した がって,国家主体は,企業や非政府組織をガバナンスにおけるパートナーとみなし,規制対象 や利益団体として扱わなくなる.これにより,規制に対する敵対意識を緩和し,社会的コスト 削減につながる20).
旧ガバナンスでは,専門知識を長けた官僚を中心とした一部の人間によって,政策が作成さ れ施行されると想定されていたが,新ガバナンスは,専門知識は分散していると想定される.
中央政府では把握しきれない「地元(現地)特有の知識」を重視し,幅広い層の利害関係者か ら専門知識を得ようとする姿勢がみられる.その利害関係者には,各産業に特有の情報や規則 や規制を施行するにあたって内部事情に詳しい企業も含まれる.非政府組織(NGOs)が,社 会状況やニーズ,企業の実態に精通している可能性にも期待される.社会的アクターの専門知 識を結集することは,より実情に基づき,地元の環境に順応性が高く,また新しい知識を進ん で取り入れながら革新的な規制や規則の運用が可能になる21).
Hard Lawが旧ガバナンスの基盤をなしていたが,新ガバナンスでは,規制全体にわたって 柔軟な規範や手段により重きを置く.国の規制も厳密な要求というより,柔軟な基準,目標,
ガイドライン,ベンチマークを設置している.国は,民間企業に特定の投入額・成果ではなく,
経営実務計画の履行を要求する.公的目標を達成するために,国の行政局は,企業が自主規制
しやすいよう検査など負担が重い義務を免除したりする.しかし,企業が規範を遵守しない場 合に,国が拘束力のある法的続きをする.このようにSoft law とHard lawの併用は,新ガバナ ンスのアプローチのひとつである22).
2.4 トランスナショナル・新ガバナンスと官民連携国際開発援助
新ガバナンスの事例として,米国国際援助の官民連携パートナーシップ(Public-Private Partnerships) が 挙 げ ら れ る.米 国 は,2001年 9 月 の 同 時 多 発 テ ロ 事 件 後,3D Security Engagement Policy Approach(Defense防衛, Diplomacy外交, Development開発) 国家安全 保障戦略の一環として対外援助政策を強化した.米国の援助政策は,元来国益重視で,援助の 理念として自由主義経済や民主主義国家の拡大を目的としてきた23).そして,再び世界第 1 位 の援助供与国になった米国は,米国国際開発庁(USAID)のもと,国内外の民間企業や財団,
国際機関等と,共同で資金を拠出し,発展途上国の開発プロジェクトを行うプログラムとして,
Global Development Alliances (GDAs)を2001年に設立した.これまで1,500件以上のプロジェ クト(3,500以上の民間企業や財団が参加)を実施し,民間からの多くの資金調達によって官 民連携援助政策が施行されている24).日本の政府開発援助も,2003年に「成長加速化のための パートナーシップ」を立ち上げ,官民連携を強化し,民間からのプロジェクト提案を受け付け る形式で開始したが,公的資金の海外融資等が主で,米国のように,積極的な民間資本投入や 海外NGOsやグローバル企業の参加を促進していない.日本の官民連携の開発プロジェクトは,
第二次世界大戦前,中の植民地政策から実施され,国益を目的とした経済開発を行ったが,現 在のグローバル社会においては,国益も「地域益」や,「グローバル益(地球益)」と重複する 部分が存在する為,国際機関やグローバル企業との共同出資や協働によって,開発プロジェク トを実施する必要が増大する傾向にある.またGDAsは,日本の官主導型の官民連携でなく,
資金,プロジェクトデザイン,運営,リスクや責任を平等に分割するパートナーシップを目指 していることが特徴である25).
GDAsは,官民連携開発プログラムを以下の基準で評価しモニタリングを実施している26).
1.Trust:各パートナーの利益,動機,文化の違いを越え信頼関係を築くことができたか.
2.Equity:可視化できる利益を,公平にかつ公共的に提供できる権利を共有できたか.
3.Competencies:共通な目標に向けてパートナー同士が協力し効果的に協働できたか.
4.Inclusivity:官民パートナーだけの意向でなく,地元住民など意見も含めることのできる
プロジェクトであるか.
5.Partnership Alignment:パートナー間の目標や利益の違いを調整する方法を開発できたか.
6.Mutual Benefit:共通の利益を享受するだけではなく,認識することによって持続可能な
プロジェクトであるか.
7.Transparency:プロジェクトの透明性を高め,パートナー間の信頼関係を維持したか.具
体的には,情報の開示や,会議やメールなどのコミュニケーションの活性化によって,プ ロジェクトの意思決定を行うことができたか.
このように,新ガバナンス・スタイルは,国家主体がリーダーシップを発揮するが,プロジェ クトのファシリエイターとなり,アクター同士の協働を促進させる.基本的にプログラムの運 営は分権型で,多種多様なレベルの参画が可能なのである.
2.5 グローバル・ガバナンスと「グローバル市民」
グローバル・ガバナンスにおける個人の役割も重要である.「自分は国際社会の一員である」
というアイデンティティをもつことは,地球規模の諸問題に対して積極的に関与し,活動する ことを促す可能性が高い.世界価値感調査(World Values Survey)では,2010年から2014年ま での第 6 波の調査を終了し,61か国で実施した調査結果を公開している.
世界価値観調査の質問票「あなた自身について書かれている次の文に,あなたは,どのくら い同意,または同意しませんか?――私は自分がグローバル市民だと思います.――(Would you tell me how strongly you agree or disagree with each of the following statements about how you see yourself? :I see myself as a world citizen.)」に対しての各国の回答の割合を図-1 と 2 に示した.61か国における,自分がグローバル市民だと認識する人の割合の平均は,「強く同 意する」が29.7%,「同意する」が41.5%,「同意しない」が16.6%,「全く同意しない」は 7% である.「強く同意する」と「同意する」と回答した人の割合の平均は71.2%にのぼり,多く の人が「グローバル市民」であると認識しているといえる.しかし,「同意しない」と「全く 同意しない」と回答した人の割合が40%を超える国も,8 か国ある27).また,「わからない」
と回答した人が24.8%もいた日本は,グローバル市民としての認識が,比較的弱いといえる.
「グローバル市民」の意識が高まれば,草の根レベルでの地球規模の諸問題を解決する施策 の遂行が可能になる.温室効果ガス排出量を抑えるための政策や規制を,グローバル市民が自 主的に受け入れ支援すれば,環境に関するグローバル・ガバナンスも有効に機能する.また,
新ガバナンスでは,各アクターの幅広い視野に立った知識や経験を有効活用することを目標と するので,「グローバル市民」の役割が十分期待されている.
0 20 40 60 80 100 台湾
大韓民国 パレスチナ クウェート カザフスタン ヨルダン 日本 イラク インド 香港 ガーナ ドイツ ジョージア エストニア エクアドル キプロス コロンビア 中国 チリ ブラジル ベラルーシ バーレーン アゼルバイジャン オーストラリア アルメニア アルゼンチン アルジェリア
強く同意する 同意する 同意しない 全く同意しない 回答なし わからない
(%)
図-1 グローバル市民意識の国際比較(1)
出所:「世界価値観調査」(2010 2014)をもとに筆者作成
図-2 グローバル市民意識の国際比較(2)
出所:「世界価値観調査」(2010 2014)をもとに筆者作成 0 20 40 60 80 100 ジンバブエ
イエメン ウズベキスタン ウルグアイ アメリカ合衆国 ウクライナ トルコ チェニジア トリニダード・トバゴ スウェーデン タイ スペイン 南アフリカ共和国 スロベニア シンガポール ルワンダ ロシア ルーマニア カタール ポーランド フィリピン ペルー パキスタン ナイジェリア オランダ モロッコ メキシコ マレーシア リビア レバノン キルギス エジプト
強く同意する 同意する 同意しない 全く同意しない 回答なし わからない
(%)
3.グローバル・ガバナンスにおける「信頼」
前章では,「グローバル・ガバナンス」の歴史的変容と今日のグローバル市民意識を概観した.
人口の増加やグローバリゼーションの深化に伴い,多様な国際制度(レジーム)が多重層に連 なり複雑化する国際社会では,山積する地球規模問題の解決方法への政策決定が困難になって いる.2015年11月末にパリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP)でも,温 暖化防止の国際的なルールを策定する交渉は難航した.このような国際レジームでの「ガバナ ンス」の問題を,Abbott and Snidalは,「Orchestration deficit」として分析し28),国家主体や 国際組織が,「指導型」,特に「促進型」の役割を十分に発揮すれば,「グローバル・ガバナンス」
が効率よく運営されると論じる.権限やリーダーシップの不在は,世界政府の存在しないアナー キーな国際社会を規制できないカオス状態に導く可能性がある.それに加え,国家主体や国際 組織がリーダーシップとともに,現在増加する国を超えた多様でグローバルなパートナーシッ プの有効性を高めることも必要なのではないかと考えられる.そこで,本稿は,グローバルな パートナーシップと「信頼」について考察する.
3.1 信頼の定義
「信頼」の研究は,多元的な概念として,社会科学の分野で議論されてきた.とりわけ,「『信 頼』を社会関係特性,とくに対人関係において捉えた場合,『信頼』は社会関係による集団の 形成とその維持そして集団成員の社会化の中核ともなる.」29)多種多様なパートナーシップが 形成している今日の国際社会においても「信頼」が,グローバル・ガバナンスの目標を達成す るために利益をもたらす.
「信頼」は「社会関係資本」(Social capital)の重要な要素の 1 つとして扱われることが多い.
「社会関係資本」も幅広い概念であるが,「人が他者との間に信頼の架け橋を築こうとしたり,
他者との信頼の絆を深めようとしたりするときや,他者との共同事業を敢行するときに,さら には,他者との間に恒常的な相互依存関係を構築しようとするときに,誤解がもたらすコスト や取引コストを最小化するうえで最も役に立つ可能性のあるもの」と定義つけられる30).「社 会関係資本」の主要素は,人々の間の協調的な行動を促す「信頼」「互酬性の規範」「ネットワー ク(絆)」である31).「社会関係資本」は,民主化32)や経済発展33)に大きな影響を及ぼすこと が指摘され,「信頼」は社会インフラの重要な一部として扱われている.また,「信頼」は,社 会関係資本の文化的な面を構成し,文化の違いによる「信頼度」の差異も研究対象になってい る34).
国際政治における「信頼」は,他のアクターの行動を合理的に計算する外交政策決定過程で 用いられ,「信用」と「信頼」を融合して扱っていた35).しかし,Keating and Ruzickaは,「信頼」
を,残存するリスクや不確実性を意識的に縮減または,取り除く観念的枠組みで,特にアクター の意思決定過程で機能し,「信用」とは異なると定義する.「信用」は,「信頼」のような間主 観的な社会的なものではなく,合理的に計算できるもので,リスクに対する認識を縮減しな
い36).また,Robert Keohaneは,最初に国家間に「不信感」が生まれ,次に「組織」が創設さ
れ,その結果「信頼」が生まれると論じた.国際社会では,「不信感」から起こる問題の解決 のために,国家主体は国際組織を設立し,国際組織運営を通じて「信頼」関係を醸成するので ある37).また,「信頼」の相互関係が,「信頼」を深化させ国家の安全保障に重要な役割を果た す協力体制を構築する.
Avant, Finnemore, and Sellは,理念や相反する考えに対し,「信頼」はグローバル・ガバナ ンスの運営の手段となると論じる.「信頼」は,「特定な課題に対して,相手(方)が適当な行 動をするという一連の期待」とし,ガバナンスのリーダーシップや権限を受け入れる土壌作り に機能するという.組織間の「信頼」は,規範や規則の遵守や,お互いの行動があらかじめ推 測できる状態を醸成する.欧州連合が,組織としての権限を確固としたものにする過程でやは り重要な役割を果たしたのが「信頼」であったのはいうまでもない38).
3.2 グローバル官民連携パートナーシップ
グローバル化が深化する国際社会における環境・人口・保健・安全保障・政治経済問題は,
世界各国が参加する国際機関や二国間の外交だけでは解決不可能になる傾向にある.多種多様 化するグローバル問題には,国や国際機関だけでなく,企業やNGOs等を含む国際的協働体制 が必要となってきているといえる.その中で,新しい市場といわれるBase of Pyramid (BOP)
を求める企業や,ソーシャルビジネスや企業の社会的貢献(CSR)を目指す企業は,発展途上 国の援助政策への参画を希望している.また財政困難な先進国は政府開発援助(ODA)の拡 充が不可能であるため,民間からの資金を必要としている.このように国際社会におけるアク
グローバル化した横断的なアクター共同体 国際システム
国際レヴェル横断的アクター共同体の例:ヨーロッパ共同体,ASEAN 等 社会レヴェル横断的アクター共同体の例:グリーンピース 等
国家 社会 個人 国家 NGOs
国家 社会 個人 国家 NGOs 国家
社会 個人
国際システム
国家 社会 個人
国家 社会 個人
国家 国際機関 多国籍企業
国家 NGOs
グローバル化した縦断的なアクター共同体(例)
図-3 グローバル化したアクター共同体の変化
出所:筆者作成
ターは,新しい国際協力レジーム構築に向けて動きだした(図-3 ).
これまでの国家またはNGOsなどの横断的協調体制から,現在は縦断的なアクター共同体(国 際・国家・社会の 3 レヴェル)の官民連携パートナーシップが形成されている.官民連携パー トナーシップ(PPP)は,「リスク,コストと利益を共有することによって開発され,比較的 持続可能なパートナーシップの卓越した手段」として,近年増加傾向にある39).特に公共政策 においてのPPPでは,民間企業や団体が政策決定過程から参画し,専門知識やリスク,そして 責任を共有することで,政策がより優れ,効果的な成果を生み出す.
3.3 グローバル官民連携パートナーシップと「信頼」:GAVIアライアンス(GAVI)
Global Alliance for Vaccines and Immunization(GAVI)は,最も成功しているグローバルな 官民連携プログラムの 1 つで,発展途上国の子どもの予防接種の普及を目的とする資金援助を 行っている.先進国と発展途上国の政府,世界保健機構(WHO),国際連合児童基金(UNICEF), 世界銀行グループ,Gates財団,ワクチン製造業団体,研究機関などが主なメンバーで,現在 73か国が予防接種の資金援助を受けている40).GAVIは,2000年に設立されてから2014年まで に100億8440万USドルの資金を集め,2 億700万人以上の子どもたちが予防接種を受けた.こ のグローバルなPPPは,Gates財団の大きな拠出金によって財政的に安定しているが,官民ア クターの協力体制には「信頼」が重要な役割を果たしている41).
GAVIが設立に向けて動き出したときには,それぞれの団体が異なった目的や意識をもって いた.例えば,GAVI作業グループのメンバーは,発展途上国に新しい予防接種を導入するこ と優先しようとしたが,WHOとUNICEFは,ドナー国や発展途上国の声を重視することを唱え,
接種が必要な全ての人に最低限必要な予防接種を提案した.また,GAVIの枠組みは統一した 組織であるべきか,アライアンス(同盟)にすべきかについて意見が分かれたが,WHOは,
GAVIが複雑な官僚機構になることに懸念を表し,WHOのシニアメンバーが,アライアンスに
すべきであると主張した.WHOとUNICEFのリーダーシップが世界銀行やワクチン製造業者な どを妥協させたのである42).
このように,GAVIは,多様な官民アクターが協働して作り上げたPPPであるが,GAVIの設 立からの記録文書と聞き取り調査から,ワクチン製造業者団体と世界保健機構が,お互い不信 感をもち,共同活動に非協力であったことが明らかになっている43).また,アクターの協働作 業によって「信頼」が醸成されたことも指摘されている.例えば,WHOと世界銀行の「信頼」は,
段階的に 1 )両機構のトップ(Gro Harlem Brundtland とJames Wolfensohn)の信頼関係が築 かれ,2 )役員レベルのスタッフがお互いの組織に移籍し風通しが良くなり,3 )関係者同士 の信頼関係が深くなったことによって醸成された44).
この研究を行ったMcNeill and Sandbergは,多様なアクター間の協調を達成するには「信頼」
は不可欠であると指摘し,子どもたちの命を救うという明確なビジョンが,アクター間の「信 頼」の醸成にも貢献したと結論づける.GAVIを構成する多様な機関や団体間の「信頼」は,
組織間の交渉などを担ったキーパーソンの間で築かれた「信頼」が基盤となったことも明らか にしている.また,前章で論じたトランスナショナル・新ガバナンスの特徴,国際機関による オーケストレーション,分権化した運営や知識の共有体制もGAVIの事例で明らかになった.
4.お わ り に
本稿は,「グローバル・ガバナンス」の定義や特徴の変容を歴史的変遷から検証し,今日の 国際社会の「ガバナンス」の分析を試みた.発展途上国への資金の流れは,以前は先進国の政 府開発援助(ODA)が高い割合を占めていたが,今では民間からの直接投資を含む資金流入 が全体の70%以上となった.したがって,国際社会の貧富の格差,水や食料,公衆衛生,地球 温暖化,人口問題などを含むグローバル課題解決には,官民連携のパートナーシップが必須で ある.国境を越えたグローバルな官民連携パートナーシップには,不確実性やリスクが大きく なる可能性が高く,そのハードルを越えるために,パートナー間の「信頼」が重要な役割を果 たす.また「信頼」がパートナー間に醸成されれば,官民連携のプロジェクトの成果も向上し,
結果として「グローバル・ガバナンス」の有用性も高まる.「信頼」は,リスクや不確実性が ある関係に生まれ,その相互作用において醸成され,維持される.しかしながら,国際社会に 潜在する宗教・民族間の対立や「文明の衝突」によって生じる「相互の不信感」は増加傾向に ある.衝突したアクター間の「信頼」の構築が可能なのか,また失われた「信頼」は回復可能 なのか,今後研究を進めることが必要である.
注
1) Commission on Global Governance 『地球リーダーシップ―新しい世界秩序をめざして』グローバ ル・ガバナンス委員会報告書(日本放送出版協会,1995),28-29ページ.
2) 山本吉宜『国際レジームとガバナンス』(有斐閣,2008),170ページ.
3) 土山實夫「アナーキー下のグローバル・ガバナンス」渡辺昭夫・土山實夫編『グローバル・ガバ ナンス』(東京大学出版会,2001),102ページ.
4) 山本,前掲書,170ページ.
5) 中井愛子「グローバル・ガバナンスの構想と批判」中央大学社会科学研究所研究叢書14『グロー バル・ガバナンスの理論と政策』(2004,中央大学出版部)53ページ.
6) Deborah D. Avant, Martha Finnemore, and Susan K. Sell eds., Who Governs the Globe? Cambridge University Press, 2010, p.1.
7) 横田洋三「グローバル・ガバナンスと今日の国際社会の課題」『グローバル・ガバナンス』(日本 経済評論社,2006) 4 ページ.
8) John Gerard Ruggie, “Global Governance and ʻNew Governance Theoryʼ: Lessons from Business and Human Rights,” Global Governance 20 (2014) pp.5-17.
9) John Ikenberry「制度,覇権,グローバル・ガバナンス」渡辺昭夫・土山實夫編『グローバル・ガ バナンス』(東京大学出版,2001),73ページ.
10) John Gerard Ruggie, op. cit., p.8.
11) Ibid., pp.534-541. 12) Ibid., p.524.
13) Kenneth W. Abbott and Duncan Snidal, “Strengthening International Regulation through Trans- national New Governance: New Governance: Overcoming the Orchestration Deficit,” Vanderbilt Journal of Transnational Law, 42. p.534.
14) John Gerard Ruggie, op. cit., p.8.
15) 詳細は,拙稿「日米コモン・アジェンダ(1993〜2001)―国際開発援助協力における考察―」『紀要』
(社会学・社会情報学)24号,127-134ページ.
16) 小川裕子『国際開発協力の政治過程』(東信堂,2011) 130ページ.
17) 1991年から1998年までの間,米国国際開発庁参事官として在日米国大使館に駐在したポール・ホ ワイト氏へのインタビュー(2013年 8 月12日).
18) Ibid., pp.543-578.
19) Ibid., p.521.
20) Ibid., p.526.
21) Ibid., p.529. 22) Ibid., p.531.
23) Steven Hook, National Interests and Foreign Aid. (Lynne Rienner Publications, 1995).
24) US Agency of International Development, Global Development Alliances (https://www.usaid.gov/
gda). 25) Ibid.
26) USAID ワシントンDC事務所でのインタビュー(2013年 8 月).
27) Azerbaijan, Belarus, Georgia, Palestine, Lebanon, Russia, Ukraine, and Egypt.
28) Abbott and Snidal, op. cit.
29) 佐々木正道『信頼感の国際比較研究』(中央大学出版,2014),i.
30) 猪口孝「アジアの10か国における社会関係資本:社会関係資本はアジアの民主化,経済発展,地 域統合のトレンドを予測するための有用な概念か」猪口孝編著『アジア・バロメーター東アジアと 東南アジアの価値観 : アジア世論調査(2006・2007)の分析と資料』(慈学社出版 2011),75.
31) 稲葉陽二著『ソーシャル・キャピタル入門』(中央新書,2011).
32) Robert Putnam, Making Democracy Work: The Civic Tradition in Modern Italy (Princeton University Press, 1933).
33) Francis Fukuyama, Trust: The Social Virtues and the Creations of Prosperity (Free Press, 1995). 34) 安野智子「パーソナルな信頼および一般的信頼と社会関係資本」佐々木正道編著『信頼感の国際
比較研究』83-102ページ.
35) 例えば,Andrew Kydd, Trust and Mistrust in International Relations (Princeton University Press, 2005).
36) Vincent Charles Keating and Jan Ruzicka, “Trusting Relationships in International Politics: no need to hedge,” Review of International Studies 40 (4), p.755.
37) Robert Keohane, After Hegemony: Cooperation and Discord in the World Political Economy
(Princeton University Press, 1984).
38) Avant, Finnemore, and Sell, op. cit., p.361.
39) Sanne Grotenbreg, Erik Hans Klijin, Frank Boons and Arwin van Buuren, “The Influence of Trust on Innovative Outcomes in Public-Private Partnerships,” Prepared for International Research Society for Public Management 18th Annual Conference
40) Global Alliance for Vaccines and Immunizations, Vaccines Alliance Progress Report 2014 (http://
www.gavi.org/results/gavi-progress-reports/).
41) Desmond McNeill and Kristin Ingstad Sanberg, “Trust in Global Health Governance: The GAVI Experience,” Global Governance 20 (2014) pp.325 343.
42) Ibid., p.333. 43) Ibid., p.333.
44) Ibid., p.330.