著者 丹羽 佑太, 藪中 美那子
雑誌名 御前崎市・浜岡佐倉. ‑ (フィールドワーク実習調 査報告書 ; 平成24年度)
ページ 93‑109
発行年 2012‑12
出版者 静岡大学人文社会科学部社会学科文化人類学コース
URL http://hdl.handle.net/10297/7049
子どもをまもりたい!
佐 倉 に 見 る 地 域 防 災
はじめに
1
佐倉地区の防災対策
1 . 1 佐倉地区による防災対策
1 . 2 子どもたちを守るための防災 こども園
1 .
3様 々 な 防 災 対 策 浜 岡 東 小 学 校
2 地域の方の声
2 . 1 小学生からみた防災
2 . 2 保護者からみた防災
3地域防災
4 信頼作り 4 . 1 親同士
4.2地域
4 . 3 教えてもらったことを信じられるように まとめ
参考文献・参考資料・参考 H P
はじめに
子どもをまもりたし、!~佐倉に見る地域防災~
丹 羽 佑 太 、 薮 中 美 耶 子
日本およびその周辺では、世界で発生する地震の内ほぼ
10分の
1が起こっている。これは世 界的に見ても多し、といえるだろう。そして、地震は時として日本列島に大きな被害を与えてきた。そ の中でも平成
23(2011)年
3月
11日に三陸沖を震源として発生した東日本大震災は、観測史上最 大のマグ ニチュード、 9 . 0 を記録し、広い範囲で強い揺れを観測した。それは、太平洋沿岸を中心に
1 0 メートルを超える津波を観測し、特に東北地方から関東地方の太平洋沿岸では大きな被害とな った(気象庁
http://www.jma.go.jp/jma/menu/jishin.portal .
html:2012年
10月
1日閲覧)。その津波は福 島第一原子力発電所を襲い、原子炉電源が喪失したことにより
1,
3及 び
4号炉で水素爆発を起こ し、放射線被害を巻き起こした。このように、巨大地震や巨大津波、さらに原発事故と様々な災害 が重なったことで被害は拡大し、日本だけでなく世界にも衝撃を与えた。当時、静岡県静岡市に暮 らしていた私たちも、震災時に連日報道された被災地の様子を鮮明に記憶している。
そして、この震災後、災害から身を守るための「防災」に対する人々の関心は高まりをみせている。
平成
23(2011)年
9月
14日の『読売新聞』の朝刊には、東日本大震災後の防災意識についてのア
ンケート結果が掲載されており、それによると、「震災後に防災意識が高まった
jと回答した人は
9割以上にのぼった。今後いつ東日本大震災と同規模の、あるいはそれ以上の自然災害が起こると
も限らない。自らの身を守るために、防災への意識を高めることは最重要の課題となっている。前 述のアンケート結果を見ると、多くの人は防災に対する意識が高まっているとみることが出来る。し かし、この「意識
J,!:It、う言葉は非常に暖昧である。防災計、うのはただ漠然と意識してし、るだけで は意味がない。意識を高めた上で、しかるべき対策を講ずる必要がある。
防災対策について考える際には
3つの視点が重要となる。それは
I自助・共助・公助」とし、うもの である。「自助」は自分の命は自分で守るとし、うもの、「共助」は地域の安全を近隣社会で、守ってい くものである。そして自助や共助では解決できない大掛かりな事業や、個人と地域の取り組みへの 支援を行うことが、国や自治体などが進める「公助j である(山崎
2009:1)。この
3つの力は防災にと ってすべて必要で、あるが、今回の FW 調査で特に重視したのは共助、すなわち地域の防災力であ る。地域の防災について考える上で、私たちはさらに、「子どもを守る
jとし、う視点から地域防災に 着目した。地域防災は共助とし、う力を持つことからわかるように、助け合いが求められる。また、地 域のコミュニティには助けを必要とする弱し、立場の人々が存在する。将来ある子どもたちを地域で ど、のように守っていくかを考えることが、地域全体を守り、さらには発展させてし、くために必要なの ではないだろうか。
私たちが今回調査を行った静岡県御前崎市佐倉地区は近い将来発生すると考えられてしも東 海地震の想定震源域に位置している。さらに海に近いことから、津波による被害も危険視されてい る(気象庁
http://www.seisvol .
kishou.go・
jp/eq/tokailhellojma̲index.html:2012年
10月
22日閲覧)。このこ とから、私たちは佐倉地区が日ごろから防災について住民が意識しやすい地域なのではないかと 仮説を立てた。このような地域で、子どもを守るためにどのような対策を行っているのかについて調査 を進めていく中で、重要なキーワードがしてつか浮かび上がってきた。これを基にして私たちが今 回の調査で得られた見解が今後、佐倉地区はもちろん、他の地域における防災活動に少しでもい い影響を与えられることを願ってやまない。
1 佐倉地区の防災対策
まず、私たちがフィールドワークを行なった佐倉地区で、の、防災に対する取り組みに着目してみ よう。東海地震の想定震源域に位置し、海が近く、原子力発電所の周辺に位置するこの土地に暮 らす人々の防災意識は、高いのではなし、かと予想して私たちはフィールドワークを行なった。実際 にインタビューを通して、佐倉に住む子どもたちを、そして佐倉を守りたいとしづ思いを伺うことが出 来た。ここでは佐倉地区全体の、そして佐倉こども園、浜岡東小学校それぞ、れの防災対策につい て紹介していきたい。
1 . 1 佐倉地区による防災対策
佐倉地区の防災対策に関しては、佐倉公民館の館長である山本和宏さん ( 6 0 代、男性)にお話を 伺った。山本さんによると、平成
21 (
2009)年
8月11日に発生した駿河湾地震の際に、災害に対する地域としての準備不足を痛感したという。この駿河湾地震は御前崎市で最大震度
6弱を観測し、
木造家屋の屋根瓦が落ちるなど、の被害があった(東京管区気象台災害時自然現象報告書:
2009)。以前
子どもをまもりたし、,~佐倉に見る地域防災~
から避難訓練や、避難場所の確認などは行っていたが、いざ地震が起こると避難所の担当者はど のくらいの震度で集まればいいのか。また、避難場所の鍵は誰が開けるのかなど、実際に地震が 起こった際の想定が細部まで考えられていなかった。
また、平成
13(2001)年に発表された東海地震における第3 次被害想定では、佐倉地区の建物は 全壊がおよそ
6.0パーセント、半壊が
13パーセントとなっており、約
20パーセントもの世帯が自ら の家を失う可能性があるとし、うことになる。佐倉地区の人口はおよそ
5000人なので、単純計算で 1000人が避難生活をする可能性があるということになる。
1000人となると、どのような人が避難して きても不思議ではない。犬や猫を連れてくる人や日本語をうまく話せない外国人、妊婦や病人など が避難してきたらどのように対処すれば良いのか。避難場所を運営する人々は、どのような事態が 起こっても対応できるよう、様々な想定をしておく必要がある。そこで、発案されたのが、地域の防 災チーム作りである。御前崎市が指定した佐倉地区の避難場所は各町内会の防災センター ( 4 ヶ 所 ) 、 佐倉公民館、浜岡東小学校、佐倉こども園の
7ヶ所で、ある。町内会では以前から自主防災組織が 組織されていたが、公民館、小学校、こども園の3 つの広域避難所には避難所を運営して行くため の組織づくりが全くされていなかった。そこで新たに広域避難所毎に運営組織を作り、組織のメン バーは「佐倉地区広域避難所運営委員」となって、連携を取るようになった。そして、山本氏を中心 とした運営委員は、避難所ごとに[広域避難所運営マニュアルJ を作成した。山本氏から頂いた平 成
23(2011)年度の浜岡東小学校のマニュアルを参照すると、防災委員を情報班や保健・衛生班な ど 5 つの班に分けて災害時の役割を明確化している。また、御前崎市の中でどこに消火栓がある のかなどが記された地図や支援物資の申請用紙や避難所記録用紙などが
1冊のファイルにまとめ られていた。これらはどれも、避難所を運営する際には必要不可欠となるものであるが、災害が起 こったあとに準備することは難しいだ、ろう。
住民の防災意識を変えていくには
マニュアルを初めて作るにあたっては、運営委員の間でも「ここまで想定する必要があるのか
jと いう疑問を抱く人も少なくなかったという。そうした声に対して、山本さんはまず運営委員の防災意 識を高める必要性を感じた。そこで、運営委員で、ハグ(様々な条件を記したカード)を使って図上訓練 を実施したことで、委員も様々な事態を想定し、対応策を事前に決めておくことの必要性を体験す ることができた。もちろん、ただ、マニュアルを作り、運営委員の意識を高めても、実際に避難を行う のは佐倉地区の住民である。そのため地域住民ひとりひとりの意識を高めるための対策も必要とな る。その対策の一つは避難訓練で、ある。もちろん以前から避難訓練は行っていたが、毎年 9 月 1
日に行っていたため、小中学校の始業式と被ってしまい、地域の子どもたちが参加することができ なかった。しかし、実際に避難する際にはもちろん、子どもも一緒になって避難することになる。また、
山本さんは中学生について、指示さえ出せば動いてくれる、防災の重要な戦力であると考えており、
そうし、った点からも小中学生も地域の避難訓練に参加させる必要があった。そのため、平成 24
(2012)年は
8月
26日の日曜日に実施することが予定されている。この日ならば小中学生は夏休み
中であり、日曜日であることから地域の大人たちも参加することができるため、例年よりも大人数で
の避難訓練になることが予想される。
また、東日本大震災における東北地方の津波被害を受けて、日頃から地域住民への意識付け のーっとして、自分の住んで、いる地域付近の海抜高度がわかるように地区全体の海抜高度マップ を地域住民に回覧や配布し、市防災課も海抜高度表示板を、公共施設などを中心に設置した。平 成
24(2012)年現在、東海地震が起きた場合に想定される津波の高さは最大で、
21メートルにまで、達 すると言われている。そのため、普段から
21メートルという数字と自分が暮らす場所の海抜を知っ ておくことで、津波が発生した場合でもどこにいれば安全なのかが分かるのである。実際、私たち が佐倉地区を歩いていると海抜の表示を至る所で見つけることが出来た。そして、山本さんは新た な試みとして、公民館で放射能の勉強会を開くなどして、住民に放射能について知ってもらう場を 設けている。山本氏は地域住民の防災意識を高めるためには、地震や津波、原発に対して知ろう とする啓蒙の姿勢が大切であり、自分たちは学びの場を提供していく必要があると力強く語った。
1 . 2 子どもたちを守るための防災 こども園
さくらことも園は平成
17(2005)年に佐倉幼稚園と比木幼稚園が統合して誕生したもので、あり、幼稚 園と保育園が併設されている。児童の数は幼稚園と保育園を合わせて
187人である。建物は統合 された年に建てられたためまだ新しく、園児が遊ぶ運動場も広く、遊具などもとても充実してしもよ うに見えた。ここではさくらこども園の保育園部の園長である増田明美さん
(50代)と、同じく幼稚園部 園長の増田裏子さん
(50代)のお
2人に伺ったお話をもとに、さくらこども園で行われてし泊防災対策 について紹介していきたい。
写真 1 さくら子ども園保育園部園長の増田明美さん(右)と幼稚園部園長の増田恵子さん
さくらこども園では東日本大震災以前から毎月
1回避難訓練を実施しており、昼寝中、外で遊ん
でいる時、昼食時など毎月シチュエーションを変えて、様々な場面や時聞を想定した訓練を行って
いる。実施後は各職員が記録簿(写真
3)を付けて、反省を次回に生かしている。また、避難経路図
も既に作成されており、実際に災害が起こった場合のマニュアルもある。そして職員にも知らせな
い抜き打ちの訓練などの職員動員訓練も行うなど、いつ地震が起こっても慌ててしまうことのないよ
子どもをまもりたし、!~佐倉に見る地域防災~
う対策している。園児たちはこうした訓練を通して、頭を抱えてしゃがむなど自分自身を守るための 行動を学んでいくのである。 さくらこども園は佐倉地区の避難場所に指定されていることもあり、耐 震性は高く、建物内にあるピアノの固定や、出入り口にものを置かないで避難しやすくするなどの 対策も行っている。さらに災害が起こった際に保護者に園児を引き渡すことがで、きず、こども園で 待機しなければならなくなる場合を想定し、非常食として乾ノ
fンと水を園児全員の
3日分用意して いる。
写真 2 さくらこども園で避難訓練時につけている記録簿。
細かなチェックポイントが記されている。
園児を引き渡す際には保護者との連携も重要であるため、毎年 4月に園児引き渡しのマニュア
ルを保護者に配布し、毎年
9月
1日に引き渡し訓練を行ってし、る他、平成
21(2009)年の駿河湾地
震の際に、園からの連絡が保護者にうまく行き渡らなかったこと をきっかけにして、現在は中部電力
が管轄する「きずなネット」を利用して、保護者への情報提供を行っている。 これは固からの連絡が
きずなネットに登録した保護者のアドレス全てにメールで、送信される、 ンステムで、あり、災害以外の連
絡事項にも利用できる優れものである。そして園児たちに対しても地震について少しでも関心を持
ってもらうように、
3歳以上の園児には起震車で実際の揺れを体感させることや、紙芝居、絵本など
を使って地震について教えており、まだ歩けないくらいの小さな園児には、地震が起こったときの
動揺を少しでも減らすために、避難時に用いる園児を 5~6 人程度乗せることができるカゴのような
乗り物である避難兼用散歩者( 写真
4)に乗せて日頃から散歩を行うこ とで、避難車に慣らしている
。写真 3 避難時に子どもたちを乗せる避難兼用散歩車(さくらこども園)
より安全な防災を目指して
ここまで述べてきたように、こども園では様々な防災対策を行っているが、それだけではなく、職 員の方々も積極的に地震防災についての勉強を行っている。例えば糟田明美さんは宮城の地震 に詳しい先生の講演に足を運び、増田恵子さんは実際に東北の被災地まで実際に足を運んだと いう。この他にも市内の保育園、幼稚園の先生全員で勉強会も行っている。この職員全体の防災 意識は駿河湾地震をきっかけにより高まったもので 、 あったという。やはり「百聞は一見に如かず
jと は言ったもので、東日本大震災のような大規模な災害についてただ知るよりも、実際に地震の被害 を経験することがよ阿部、影響を与えていたのである。様々な事態を想定した避難訓練、保護者と の連携、園児への教育、そして職員個々の防災意識のど、れをとっても地震に対する対策は万全の ようにみえる。
しかし、園での対策は万全だと言えるか、とし、う質問にはおふたりは首を振って答えた。「園児の
命を預かっている以上、対策が万全なんてとても言えなし、。
Jもちろん、万全だと言えるような対策
をすることが目標ではある。ただ、災害時に何が起きるかわからない以上、さらによりよい防災対策
を求めていく必要がある。そして様々な対策を行った上で、必要となるのは保護者の方々や地域の
人々、何より園児との信頼関係である。佐倉こども園は地域の避難場所に指定されでいるため、地
域の人々を助ける役割を担うのはもちろんだが、園児を守るために地域の方々に助けてもらうことも
必要なことである。そのためにも、固として地域の防災訓練に参加して地域の方々との連携をとっ
ている。ただ、最も重要なのは守るべき園児との信頼関係である。駿河湾地震では自宅のがれきが
落ちるなど、地震の恐怖を目の当たりにし、地震後には
1人でトイレに行けなくなるなど、不安を感
じる園児もみられ、 震災後の心のケアの重要性を職員の方々は痛感し た。災害が起こった際には
どうしても園児は恐怖を覚える。もし、保護者と会うことが出来ず、園で待機することになればさらに
不安は増してしてだろう。 そこで、先生と園児の聞に信頼感があれば不安や恐怖を軽減することは
できる。信頼感とは、先生が子どもをただ守ろうとするだけではなく、子ども自身が「先生が自分のこ
とを守ってくれるJ と感じることである。防災対策品、うのは訓練だけをしていればいいわけでは無く 、
子どもをまもりたし、!~佐倉に見る地域防災~
日頃から園児
1人
1人への心配りが重要な防災対策となるのである。
1 . 3 様々な防災対策 浜聞東小学校
最後に、小学生を災害から守るための対策を、上で述べた佐倉こども園での園児たちへの対策 と比較してみよう。フィールドワークを行った御前崎市立浜岡東小学校で、の防災対策について、 平 成
21(2009)年度から同校の教頭である松林義樹さん
(50代、男性)から伺ったお話をもとに紹介して いく。
写真 4 浜岡東小学校教頭の松林義樹さん
浜岡東小の防災訓練は年に
3回行われる。第
1回目は
4月に行い、自分の教室からの避難経 路を確認することが主な目的である。平成
24(2012)年度の訓練で、は東日本大震災での津波被害 を教訓に津波が来ることも想定し、校庭に避難したあと
3階へ避難する訓練を行った。第
2回目は
9月
1日に行い、そこで保護者への引き渡しの訓練を行う。第3回目は
3学期に行い、通常では 火災に対する訓練を行う。しかし、平成
23(2011)年度は東日本大震災の後とし 、うこともあり 、地震に 対する訓練を行った。この時の訓練は突発的に行い、ほとんどの先生も訓練を行うということ以外 の情報は伝えずに行なった。また、 浜岡東小も佐倉こども園と同じく 、佐倉地区の避難場所に指定 されているため、平成
6(1994)年から平成
7(1995)年にかけて、耐震工事を既に行っているため、耐 震性に関しての不安はない。ただ、駿河湾地震 の際に校内の展示物が落下したり、キャスターの ついた本棚が動いたりしたので、隅に固定したり、廊下に物を置かないで避難経路を確保するよう にしている。
ここまで見ると、避難訓練や建物内の防災対策に関しての差異は特には見られない。 しかし、こ ども園と小学校の防災対策で、最も異なるのは児童に対する指導で、あった。先生に守られる立場で ある園児とは異なり、小学生になると指導によって、自分の身は自分で守ることができるようになる。
浜岡東小学校で、も児童への防災指導はしっかりと行っており、地震が起きたら机の下に潜る、落下
物を避ける、避難の際には「おさない、はしらえ立い、しゃべらなし、
Jの「おはし
Jを徹底させるなどして
いる。また、教頭先生が赴任した時から、 児童の下校ルートの間での中間地点、を決め、地震が起こ
った場合、学校に近い場合は学校へ、家に近い場合は家へ避難するように指導していたが、東日 本大震災後からは、そのルールで、は海抜の低い家
lニ住む子ども達の場合、家に帰ると津波に襲 われる危険があるため、現在は通学グ、ループごとに、
PTA役員を交えて避難場所の確認を行って いる。そのほかにも、
3年生を対象に起震車を使用して実際の揺れを体験させる活動も行ってい る 。
こども固と同様、保護者や周辺地域の方々との連携も防災においては不可欠である。駿河湾地 震や東日本大震災を経て、保護者の防災に対する意識も高まっており、前述した起震車による体 験活動は
PTA親子活動という児童と保護者がともに参加で、きる活動として行われたもので、あった
o他にも保護者にはこども闘と同じく「きずなネット
jを使い、災害時の緊急連絡に使用している。駿 河湾地震の際には困っていることがなし、か保護者全員にメールを配信したが、返信は
1件も無かったとし、う。地域との連携とし、う点では、学校として地域の防災訓練に参加することはないが、松林 教頭は佐倉地区の避難場所である浜岡東小の運営委員であるため、委員の会合に参加して、避 難訓練時にどの地区に住む人が小学校に避難するか想定し、避難場所の間仕切り設置を行った り、運営委員だけで行う避難訓練に参加したりもしている。他にも地震が起こった際に、誰が避難 場所(体育館)の鍵を開けるかについても議論されていて、現在は御前崎市の職員が鍵を開けること になっているが、いざとし、う時のために地域に住む委員が鍵を持てるように交渉している。
児童との信頼関係
浜岡東小学校でも佐倉こども園と同様に様々な防災対策を行っていた。小学生はこども園の園 児よりも年齢が高く、自分の身を自分で守ることができる。しかし、日頃からの訓練なしに自分の身 を守るとし、うのは大人でもなかなか難しいことであろう。松林教頭は子どもたちを守るためにまず必 要なことは、地震が起こった際に何をすればよいのかを児童
1人ひとりに徹底させることであると考 える。また、巨大な地震が起こった際には教職員も冷静を保てるかどうかは限らない。ただでさえ不 安な状況下で、教員が動揺していては児童をますます不安な気持ちにさせてしまう。そのため、災 害時に自らがするべきこととして、まず災害の情報を仕入れ、それを基に的確な判断とそれに伴う 行動をとるとし、うことを挙げた。もちろん、いつ災害が来てもし、いよう対策はしているが、実際に災害 が発生した際にどのような事態が起こるのかは誰にもわからない。松林教頭も佐倉こども簡の増田 明美さん、増田恵子さんと同様に、対策については万全品、うことはできなし立言い切った。それで も起こると考えられる様々な事態を想定して何度も何度も訓練をし、もし想定外の災害が起こった 場合には先生による児童への迅速な指示が必要となる。その際に重要となるのは、やはり指示を 出す先生を児童がどれだけ信頼しているかとし、うことである。この先生は自分のことを守ってくれる、
先生の言うことを聞けば大丈夫だと児童が思うかどうかで指示の通り具合は全く変わり、児童の命
を守ることにもつながってくる。守る対象が園児から小学生に変わっても、防災における信頼関係
の重要性は変わらないのである。
子どもをまもりたし、,~佐倉に見る地域防災~
写真 5 浜岡東小学校の校舎と下校する児童
ここまで、防災対策を中心的に進めている方々の考えについて紹介してきた。立場はそれぞれ 異なるが、共通していたことがある。それは、守るべき対象となる人々に対策を浸透させなければ、
どんな対策をしても効果が薄れてしまう、とし、う考えである。そのため、子どもやその保護者に対し て、ただこうしなさし、と指示するのではなく、防災に対する理解を深めてし、くことが重要になる。そし て、防災の根底には、先生と子ども、学校と保護者の間で、しっかりとした信頼関係を作っておく必 要がある。ただこれらのことは短期間でできるものではない。地域の子どもたちを災害から守るため には、長期的なスパンで考える必要があるのではないだろうか。(丹羽佑太)
2
地域の方の声
上では、現在浜岡で行われている防災対策について述べたが、本節では、子ども達と、保護者 らへ、防災対策がどれくらい浸透しているのか、防災意識はどの程度あるのか、とし、うことについて 述べていこう。
2 . 1 小学生からみた防災
平成
24(2012)年
6月
7日、浜岡東小学校小学
6年生
3人に話を聞くことができた。まず、学校の 避難訓練の内容を覚えてしもか尋ねてみたところ、避難経路や避難場所、そして、そこの海抜まで もしっかりと把握していたことがわかった。
次に、家庭での防災対策について児童へ聞いてみた。松下さんは、駿河湾地震の際にテレビ が落下したため、今は固定しているとし、っていた。山本君は、寝ている聞に地震が起きると危険で あるので、ベッド回りの本棚を固定しており、それ以外の家具もいずれ固定すると話している。鈴木 君の家では、東日本大震災を受けて、津波が来たら自宅のアパートの
4階(海抜
28m)に避難すると いうルールを作ったらしい。家具はすべて固定しているが、念のため家具の近くで寝ないようにす る、持ち出し袋を用意するなどを心がけている。
各家庭によって防災対策の力の入れかたに違いはあったものの、
3つの家庭すべてでな
lこかし
らの対策をとっていることがわかった。
写真 6 防災に関するインタビューに答えてくれた小学 6 年生の 3 人
2 . 2 保護者からみた防災
小学
3年生と幼稚園年長の娘を持つ樽林里美さん
(30代女性)は生まれも育ちも佐倉地区であ る。樽林さんは浜岡東小学校から徒歩
5分ほど離れたところに住んでおり、広々とした
2階建ての お宅で、あった。
6月
6日に訪問し、防災対策について聞いてみると、東海地震がくるとずっとし、わ れていたため、突っ張り棒やジェルマットによる家具の固定は駿河湾地震の以前にすで、に行って いたそうだ。そのため駿河湾地震の際は特に被害もなかったが、ご飯やラーメン、水など食料を詰 めた段ボールを用意するようになったとし、う。また、東日本大震災のような津波が来た場合に自宅 の
2階に避難するだけでは心細し吃感じたため、高さのある自宅近くの中部プラントの社宅へ逃げ ることを家族のルールとしたそうだ。
そういった防災対策とは裏腹に、地域の防災訓練にはあまり参加してないという。地域の防災訓
練は中学生、高校生になると参加は必須であるのだが、お子さんはまだ小学生と幼稚園児で、ある
ため、参加させていない。訓練の際、家族が無事な家は黄色の旗を家の前に出しておくとし、う決ま
りがあり、その旗は市から支給されているのだが、それも出す時と出さない時があり、まちまちである
という。樽林さんのお宅は植物園を営んでおり、その仕事が忙しく、なかなか訓練に参加する機会
がないとし、うのもあるが、「訓練に行かなきゃと思うけど、他人事のように思えてしまう」と語ったことか
ら、地震に対してあまり実感が湧いていないことも理由の
1っと思われる。
子どもをまもりたい I~佐倉に見る地域防災~
写真 7 2 児の母親である樽林里美さん
次に、 平成
24(2012)年
6月
8日に浜岡中央児童館へ訪問した際に、たまたま子どもをつれて来 ていた石川基江さん
(30代女性)と増田成美さん
(30代女性)に話を聞く機会を得たので、それに ついて述べる。
2人とも静岡県菊川市出身で、御前崎市に嫁いできたそうだ。 児童館には子ともが おもちゃを使って自由に遊べるスペースがあり、そこで お話をうかがった。
石川さんには小学
2年生と
1歳の子供がいる。東日本大震災から、なにか防災対策をしなけれ ば、と思い
1歳の赤ちゃんのための紙おむつだけは多めに用意し、いつでも持ち出せるようにして いるそうだ。
増田さんには小学
2年生と
2歳の子供がいる。義理の姉が福島で被災し避難生活の体験談を 聞いていること、小学
2年 生の長男に知的障害があることから、防災対策は徹底している。 家では なるべく家具を置かないようにしていて、万が一落ちてきても危なくないように、 腰より上の位置にも のを置かないよう気をつけているそうだ。リュックに非常食をいれておき、コンロは持ち出せるよう用 意している。市で指定された避難所は把握してあり、それ以外でも家族で避難所を決めている。ま た、 非常時にお金が引き出せないと困るので、生活費以外は全国どこでも引き下ろせるゅうちょ銀 行に預けることにしている。長男は現在袋井の特別支援学校に通っており、そこで、は毎年ストックし である非常食が食べられるか、寝袋で寝られるかを確認する行事があり、施設の防災意識はかなり 高く、安心していると増田さんはいった。平成
23(2011)年の夏に地震があった際、長男が軽いパニ ックを起こしたため、もし大きな地震が来たら安全に避難させられるかどうかとしち不安を感じてもい るそうだ。無事に避難できたとしても、知的障害者の長男は地域の避難所での生活が困難と思わ れ、知的障害者を対象とした福祉避難所が身近にない為、避難生活のことも心配している。
御二人ともまだ子 どもが小さく、災害時に保護者の手助けが必要である。しかし、その時に保護
者が無事であるとし 、う確証はなく、もし子どもを連れて逃げられないとしたら、 一体どうなるのだろう
と 不安を洩らしていた。また、いざとなれば子どもだけでも生き延びてほしし、とも語っていた。
写真
8子どもと一緒に浜間中央児童館にいらっしゃった増悶成美さん(左)と石川基江さん
3
防災教育
学校や地域で頻繁に防災訓練が行われていて、施設や道路のあちこちに「海抜 O メートノレJ の 標識がある。御前崎市では、災害に強し、町づくりの一環として、倒壊の危険性が高い木造住宅の 耐震補強を進めるために御前崎市木造住宅耐震補強補助金制度を実施し、自分で作業するのが 難しい高齢者世帯には、
5箇所まで家具を無料で固定するサービスを提供している。このように、御前崎市全体で防災対策に力を入れている。
その反面、避難訓練に参加する人としない人、持ち出し袋を準備する人としない人など、
地域住民の方々の防災対策はまちまちであるように見えた。私は奈良県出身であるが、幼 稚園、小学校で保護者への引渡し訓練もしなかったし、中学、高校時代に地域の防災訓練 への参加を強制されたことはない。そのため、インタビューの度、御前崎市の方の防災意 識は非常に高いと,思ったが、「地震はいつくるかわからないから実感がわかなし、」、「周りに なにもないし、とりあえず庭に出ておけば大丈夫J という発言もあった。東海地震はいつ か絶対来ると言われ続けてきたため、地域の方のいくらかは逆に「地震慣れJ してしまっ ているのではないかと感じた。現代では、地震、津波が発生すればすぐに気象庁から発表 があり、堤防や防潮堤の設備が整っている。そういった環境に安心して防災意識がうすれ ていくこともあるかもしれない。気象庁の予測では東海地震が発生すれば、静岡県のほぼ 全域が震度
6弱か
6強、ところにより震度
7ともなり、駿河湾に5メートルから 10メート ル、場合によつてはそれ以上のブ樟波が来ると υ し、う引(気象庁
h陥
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01辺
2年
10月
3狗
0日閲覧劃)。ひとたび東海地震が起きれば、海に近い御前崎市 の受ける被害はかなり大きいものとなるだろう。災害時、判断力や体力がまだ十分にない 子どもを守るのは非常に困難である。災害発生時に子どものそばにいるとも限らないし、
怪我をして動くことができなし、かもしれない。
子どもをまもりたし、!~佐倉に見る地域防災~
子どもへの教育
そうなったとき、子どもが一 災害から自分で身を守る術を教えておくことが重要となる。たとえば、子 どもに対して「地震のときは頭をすぐ守る」、「外へ急に飛び出してはいけなしリ品、ったことを普段 から言っておいたり、持ち出し袋の中身を確認させたり実際に背負わせてみたりさせるのも、保護 者が不在のときにと
oうやって対処するかわからせることがでらきるだろう。また、子ども1 人がはぐれて しまったときの場合を考え、子どもが住所と名前を言えるか書けるようにしておくと、避難先で早く会 えるかもしれない。さらに、瓦礁の中に埋まってしまったとき、 声が枯れても笛の音で居場所を伝え 救助された人もしもので、防犯の意味も兼ねて普段から子どもに笛を持たせるのも効果があると思 われる。
もちろん、学校でも防災教育はされているが、このようにより細かく教えるのは、一番過ごす時聞 が長く、身近な存在である家族が行うほうが効果的であ る。児童館の職員である木戸りえ子さん( 女 性)は、保護者、特に子どもと接することが多い母親の防災意識が重要だとし、う。だが、子どもは学 校で防災教育を受けるが、保護者が新たに学ぶ機会は多くはない。児童館でも保護者向けの防 災に関する行事を催しても、防災意識の高い人は参加するが、本来学ぶべき防災意識の低い人 は参加することが非常に少ないとしづ。「小学校、中学校で受ける防災教育はその人の防災意識の 根幹となるが、地域や学校によっては十分で、ないことがあり、そうし、った環境で育ち、親となった場 合 、防災に興味を持ちにく い
jと木戸さんは語る。たしかに、避難訓練に参加するのは面倒かもし れないし、いつくるかわからない地震のために食料や水を買い込んで置いておくのはお金とスペ ースの無駄と思えるかもしれない。しかし、子どもは周りの環境で育つ。保護者の防災意識が高く、
災害への心得と備えを持っていれば、その子どもも自然とそうなるだろう。 子どもを守るというのは、
一緒に避難することや、倒れてくる物から身を守ってあげることだけで、はない。 自分の命を自分で 守る方法を教えることも、子どもを守ることへと繋がる。そのため保護者への防災教育は不可欠で ある。
写真
9浜問中央児童館の職員である木戸りえ子さん(中央)、右は丹羽佑太、左は薮中美耶子
4信頼作り
これまでに述べた防災対策や防災教育はどれも災害への備えとして有効である。だが、このフィ ールド、ワークを通して、それだけでは十分でなし、と私たちは感じた。話を聞いていると、その中に信 頼とし、う言葉が使われることが多かった。
地震、津波への備えと、信頼関係の強さが実際に命を救った例もある。多くの子どもたちが無事 に避難したとして取り上げられる有名な f 釜石の奇跡」である。岩手県釜石市の釜石東中学校の児 童は、地震発生時、教師の指示も待たず自主的に高台へと避難を始め、その際近隣の鵜住居小 学校の児童も合流した。子どもたちが避難する様子をみて、周囲の人も避難した。避難場所とされ ていた高台も危険と判断し、さらに海抜の高い老人施設へと避難し、生き延びることができた。この ため、市内の小中学生 2 9 2 1 人が津波から逃れた。生存率は 9 9 . 8 パ一セントで ある。釜石市では、
東日本大震災の津波によって死者・行方不明者が
1000人を超す被害に見舞われており、この子どもたちの行動は「釜石の奇跡
jとされた。これは岩手県の三陸海岸地域に伝わる「津浪てんでん こ
jという教えによる。「てんでんこJ とは「各自」としづ意味の三陸海岸地域の言葉だ。慶長 1 6 ( 1
611)年の慶長三陸地震、明治 2 9 ( 1
896)年の明治三陸地震、昭和 8 ( 1
933)年の昭和三陸地震と、三陸地 方は度々津波の被害を受けているため、「津波が来たらまわりに構わず各自で逃げろ」品、う教司
11が残されている。一見、肉親すら構わず
1人で逃げろとしづ非情な教えのようにも思えるが、「家族 は絶対に避難しているから、自分も逃げる」という信頼の上に成り立っている。もし震災のときに、児 童が一旦家へ帰っていれば、生き延びることはで、きなかっただろう。「子どもが学校に行っていて心 配だ、ったけど、逃げていると信じて私も逃げたJ 品、う保護者もいた。
お互い信頼しあうこと、教えられたことを信じることで、被害を減らすことができた「釜石の奇跡J か ら学べることはたくさんあるように思う。佐倉ではどのように、誰と誰との信頼関係を作っていけばい いのだろうか。
4.1
親同士の信頼づくり
1 節で述べたように、浜岡中央児童館では年に 2 回防災に関する行事を催している。しかし、防
災への興味が薄い保護者が参加することはあまりないそうだ。そのため、行事になんらかの特典(缶
パッチや風船がもらえる、消防車と記念写真が撮れる)をつけているとし、うことだが、浜岡中央児童館では
参加を促すためにやっていることがもう
1つある。それは個人への呼びかけである。木戸さんによる
と、告知の紙を貼っておくだけで なく、「参加しない ?J と一人一人に話しかけることで、参加率は上
がるらしい。浜岡中央児童館の主な利用者は、幼稚園へ上がる前の子どもと、その母親である。子
どもが幼稚園に上がればそこで母親同士の繋がりができるが、そうでなければ、子どもにかかりっき
りになって
1日中家にしもとしづ母親もいる。また、他地域から浜岡地区へ嫁いできた人、転勤で
新しく浜岡地区へやってきた人などは、自分の家族以外に見知った人はいない。このように、どうし
ても人との繋がりが薄れてしまいがちな若い母親には、個別に話しかけること、そしてただ単に防災
対策の重要性やメリットだけで、なく、「私はあなたのことを心配している」ということを伝えることが重
子どもをまもりたい
I'"佐倉に見る地域防災
要だと木戸さんは言う。
災害が起これば、大人もダメージを受ける。抱えている不安や苛立ちを誰にもぶつけられず、親 としての役割を果たすのはとてもきびししものになると思われる。そんな時に同じ立場で話をし合え る気心の知れた人がいれば、精神的な負担は少なくなるだろう。行事への参加や、木戸さんの声 掛けは、母親同士の繋がりを持っきっかけを作っているとし、える。
4.2地域の繋がり
平成
20(2008)年
1月
17白の『朝日新聞』に、「災害弱者とは高齢者や障害者だけを指すのではない。地域との繋がりが薄い人が災害時には弱者となる
j、とし、う記事があった。体が元気な若者で さえも「災害弱者J になり得るなんて信じられなし、かもしれないし、地域との付き合いが希薄だろうが なんの問題も無いと思うカもしれない。しかし阪神淡路大震災の時、「近所づきあいJ が救助につな がったという。
阪神淡路大震災とは、平成
7(1995)年
1月
17日に起きたマグニチュード、7.3の大規模な地震 である。兵庫県を中心に近畿地方の広域が被害を受けた。震災による死亡者は
6434人、死因のほとんどは家屋の倒壊や家具などの転倒による圧迫死であった。全半壊約
25万棟とし、う状態だ、っ たので、数万人の人が生き埋めになっていた。
自衛隊、警察・消防応援部隊により救出活動が行われたが、家族や近所の人が生き埋めになっ ている場所を伝えることで、捜索の見当がつき、すばやく救出活動に取り掛かれたという報告もある (内閣府
http;//www.bousai.go.jp/linfolkyoukunlhanshin̲awajilindex.html 10月
30日閲覧)。災害時に は、一刻も早い救出活動が生死をわける。こうし、ったとき、「お隣さんは大丈夫だろうかJ 、「あそこの お宅は小さな子がいたけど無事かなんと思い浮かぶような近所づきあいをしている地域は、災害 に 5 齢、といえるだろう。御前崎市長石原茂男さんも、「阪神・淡路大震災では、倒壊した家屋の中か ら救助された人の約
6割が家族や隣人などに救助されています。自主防災会を中心に、協力して 災害を乗り越えるための「共助力」を育んで、いただきたいと思いますJ(
2012年
3月広報おまえざき
NO.095特集)と述べ、地域の協力関係を築くことを促している。
フィールドワーク中、「それだ、ったらあの人が詳しし、から、話を聞くといい」と、情報提供者を紹介 してもらえる機会が何度もあった。話を伺いに訪問した際、インターホンを押しても反応がなくお宅 の前で、困っていたところを、お向かいの人が「今の時間は離れに居ると思うJ と教えてくれたこともあ った。それはどこにどうしづ人がいて、家族構成はどのようなものかをある程度把握していなければ できなし、ことであり、浜岡地区は地域の交流が活発であると感じた。ただ、新たに引っ越してきた人 は近所づきあいをあまりせず、班加入率が低くなる傾向にあるとし、う。
4.3教えてもらったことを信じられるように
先にも述べた「釜石の奇跡」では、釜石東中学校の児童が自主的に避難する姿に触発されて、
近隣の小学生、住人が避難し、被害を免れた。釜石東中学校の児童は日頃の防災訓練の成果を
発揮し、「率先避難者」となった。一番初めに避難を開始することは、周囲への警告となる。誰かを
連れて逃げることが不可能でも、必死に逃げる姿は他の人へ避難を促すことができる。日本はもと もと地震の多い国であり、大半の人は小さな揺れで、は避難しない。自分が大災害に巻き込まれるな んでありえない、自分は大丈夫、と思ってしもからである。しかし、災害は突如ものすごい力で人聞 に襲い掛かつてくる。逃げることが習慣化されていないと、本当は危ないとわかりながらも、その場 から動けずにいるカもしれない。前述したが、東日本大震災でも「逃げなくても大丈夫だ、と,思った」
人が多く犠牲になっている。避難でなくて他のことでも、知識として知ってし、るだけのことは、いざと し、うときに実行できないことが多し、かと思う。それと同じように、避難するという経験がなければ、日 ごろどんなに防災意識の高い人でも、逃げることをためらってしまう可能性がある。
鵜住居小学校、釜石東中学校の学区には、「こども津波ひなんの家J があり、津波が襲ってくる 可能性が高い場合に、どこに避難じたらよし、かわからないときには駆け込むよう子どもに指導して いた。それと同時に、協力してくれる世帯の方には、たとえ津波が来る可能性が低い状況だとして も、必ず駆け込んできた子どもと一緒に避難してほしいとお房長し、したそうだ。こうすることで、「揺れ たらすぐに避難する」品、う行動が正しいことだと子ともは信じられるという。「率先避難者J となること は恥ずかしいことでも臆病であることでもなく、むしろ勇気のある行動であることを認識するのに有 効な取り組みだと思われる。
防災では、「自分を助けること J~r他人を助けることJ は切り離して考えることはできない。自分の 身を守るために災害に備える姿は、周囲の意識を変えることへと繋がる。佐倉こども圏、浜岡東小 学校では、訓練を何度も繰り返すことで、子どもに自分を守る方法を教えている。「表向き言ってい るだけで、本当は避難しなくてもし、い」と子どもが思ってしまっては、せっかくの防災教育がもったい ない。「こども津波ひなんの家
jのケースのように、先生や親など、周りの大入が連携して、日々の生 活の中で肯定してあげる必要がある。そうやって子どものためを思つでした行動がきっかけとなって、
防災意識が高まり、自分を守ることにつながるはずだ。
木造住宅耐震補強補助金制度、家具の無料固定サービス、海抜表示など、市は防災対策に力 を入れている。充実した「公助J を十分に生かすには、「自助」と、近所同土、学校、親子の繋がりに よる「共助」が欠かすことができないだろう。
まとめ
災害への備えは、個人の範囲では、持ち出し袋の準備、危険と思ったら避難する、とし、った行動、
もっと広い範囲で、は、防災教育、地域の防災活動への参加、防災マニュアルの共有などがある。こ れらのことが自然と日々の生活に溶け込んでいれば、いざとし、うときに力になるだろう。防災が佐倉 の文化として定着すれば、災害時の被害を最小にで、きるので、はないだろうか。
佐倉地区は海も近く、たくさんの緑に固まれた美しし、ところだった。フィールド、ワークに参加した全
員で、蛍を見に行ったのだ、が、その際近く
lこいた家族連れが蛍の種類や、雌雄の見分け方など説
明してくれた。道端でにこやかに挨拶を返してくれたり、情報提供者をいろいろと紹介したりしてく
れ、私たちはたった
7日間しかいなかったが、人の温かさを感じられるところだったと思う。今まで、以上に家庭、学校、地域での信頼関係を密接にすれば、もっと災害に強い街になるだ、ろう。(薮中美
耶子)
参考文献・資料・ H P 片岡敏孝
子どもをまもりたし、!~佐倉に見る地域防災~
2012
~みんなを守るいのちの授業 大つなみと釜石の子どもたちj]
NHK出版 山崎登
2009
~地域防災力を高める ~rゃった」と言えるシンポジウムを! ~j]近代防災社
『朝日新聞j]
2008.1 . 1
7『読売新聞j]
2011.9.14『広報おまえざきj]
2012.3 No.095気象庁東海地震について
http://www.~eisvol.kishou.go.jp/eq/tokai/hellojma_index.html (2012.10.30
閲覧) 気象庁東日本大震災 東北地方太平洋沖地震 関連ポータルサイト
http://www.jma.go.jp/jma/menu/jishin‑portal.html (2012.10.30
閲覧) 内閣府阪神淡路大震災教訓資料集
http://www.bousai.go.jp/linfo/kyoukun/hanshin̲a wajilindex.html (2012.10.30