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杜甫「可歎」考
著者 冨山 敦史
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 30
ページ 21‑32
発行年 2007‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10105/10812
杜甫﹁可歎﹂考
冨山敦史
杜詩﹁可歎﹂における王季友
はじめに
杜甫(七一二〜七七〇)が王季友を詠った詩に︑﹁可歎﹂一首があ
る︒その制作年代は︑詩中に登場する﹁豫章の太守高帝の孫﹂であ
る李勉が︑洪州刺史であった廣徳二年(七六四)九月から京兆サと(←して入朝する大暦二年(七六七)四月までの間とされる︒王季友は︑
唐人による詩のアンソロジー︑いわゆる﹁唐人選唐詩﹂のうち﹃筐
中集﹄(二首)のみならず﹃河嶽英璽集﹄(六首)にも︑その作品が
採録されているほか︑琴参や郎士元︑銭起らにも彼を讃える詩があ
るなど︑同時代の人々に高く評価されていた詩人であった︒杜甫の
生涯でいえば最晩年にあたるこの時期に︑当時詩名の高かった王季
友を讃える詩を作ることは︑杜甫にとって如何なる意味を持つのか︒
本稿では︑杜詩﹁可歎﹂を手掛かりとし︑同時代人による王季友の
評価を検討し︑晩年における杜甫の文学的行動の一端について卑見
を述べてみたい︒ ﹁可歎﹂は︑七言三十四句の古詩である︒
分に分けて内容を吟味していく︒
﹁可歎﹂
天上浮雲如白衣
斯須改愛如蒼狗
古往今來共一時
人生萬事無不有 歎ず可し 以下長きになるが︑部
天上の浮雲は白衣の如きも
斯須改愛して蒼狗の如し
古往今來共に一時
人生萬事有らざる無し
天上の雲が様々にその形を変化させるように︑
いろんなことがある︒
近者挟眼去其夫
河東女見身姓柳
丈夫正色動引経
郵城客子王季友 人生にも万事
近者眼を挟(くじ)りて其の夫を去る
河東の女見身姓は柳
丈夫正色動もすれば経を引く
鄭城(ほうじょう)の客子王季友
王季友の妻(河東の柳氏)は︑まるで眼を挟るかのように夫
を棄てて家出した︒
世の中の丈夫たちは︑正色(まがお)で︑経書を引きつづ王
季友を非難する︒
群書萬巻常暗説
孝経一通看在手
貧窮老痩家質展
好事就之爲擶酒 群書萬巻常に暗調す
孝経一通看るに手に在り
貧窮老痩家展を責る
好事之に就きて爲に酒を摺ふ
この部分では︑王季友の人物像が次のように紹介されている︒
①貧乏で老い痩せて︑家では藁靴を売っていた︒
②群書万巻を暗調し︑いつも経書を手にしていた︒
③好事家は酒を携え︑彼に教えを請いに来る︒
豫章太守高帝孫
引爲賓客敬頗久
聞道三年未曾語
小心恐愕閉其口
太守得之更不疑
人生反覆看亦醜
明月無蝦宣容易 豫章の太守高帝の孫
引きて賓客と爲し敬すること頗る久し
聞道く三年未だ曾て語らず
小心恐憬其の口を閉つと
太守之を得て更に疑わず
人生反覆看るに亦た醜なり
明月暇(きず)無き豊に容易ならんや 紫氣諺響猶衝斗紫氣響欝猶ほ斗を衝く
豫章の太守で高帝の孫である李勉が彼を尊敬し賓客として招
いた︒この三年間︑王季友は自分を棄てた妻のことを口にせず︑
李勉はそんな王季友に絶大なる信頼をよせている︒
時危可佼真豪俊
二人得置君側否
太守頃者領山南
邦人思之比父母
王生早曾拝顔色
高山之外皆培壌
用爲義和天爲成
用平水土地爲厚
王也論道阻江湖
李也丞疑暖前後
死爲星辰終不滅
致君尭舜焉肯朽 時危くして侯る可きは真に豪俊
二人君側に置くことを得むや否やと
太守頃者山南を領す
邦人之を思ひて父母に比す
王生には早く曾て顔色拝すも
高山の外は皆な培填
用ひて義和と爲さば︑天爲に成らむ
用ひて水土平げば地爲に厚からむ
王や論道江湖を阻つ
李や丞疑前後を噴(むな)しくす
死して星辰と爲り終に滅せず
君を尭舜に致す焉んぞ肯て朽ちなむ
この部分では︑危うい時勢の中で真に頼るべきは二人のよう
な豪俊︑天子のお側にこんな二人を置くことができたら︑世の
中はきっと平和になるだろうと李勉︑王季友を典故を駆使して
最大限に称賛している︒また﹁王生早曾拝顔色高山之外皆培
壊﹂と︑自身と王季友との具体的な関係も披涯している︒
吾輩砥礁飽飯行吾輩様礁飯に飽きて行くも
風后力牧長回首風后力牧に長(つね)に首を回らす
﹁それにくらべて︑自分はぶらぶらと飯を食うだけで何の役に
も立っていないが︑この二人の活躍にいつも期待をよせている︒﹂
と︑杜甫自身の非力を嘆きながらも︑彼等を支持する姿勢を明確に
示している︒
この詩には︑王季友の文学そのものについては述べられていない
が︑自らの政治的理想の実現を投射するものとして︑王季友︑李勉
を描いている︒
二王季友の詩とその評価
では次に︑王季友が当時どのように評価されていたのかを残され
た詩文や伝記資料を見ながら検討し︑杜甫が王季友を称える根拠を
探ってみたい︒
(一)元結編﹃筐中集﹄(二首)﹃筐中集﹄には︑王季友の作品が二首採録されている︒ ①
箋
行子逞邑
薙
閉厘二千年
今日照別離 ﹁別李季友﹂
②
出山秋雲曙
食我山中藥
山中誰余密
蕪 難 華
階階在同聲依依主人情
雛 藷
前途自髪生
﹁寄章子春﹂
山木已再春
不憶山中人
雛 馨
不厭吾南隣
土石爲同身 棲鳥枝を懸はず噛嘱豊在り
行子蓮く戸を出で依依たり主人の情
昔蒔隻蚤の鏡醜婦庸形を差じる
厘を閉じること二千年肢潔常に明を猫りす
今日別離を照らす前途白髪生ず
山を出つるとき秋雲曙なるに山木已に再び春
我れ山中の藥を食し山中の人を憶へず
山中誰か余りを密とせむ白髪惟だ相ひ親しむ
雀鼠垂径描く我が厨杁の貧を知る
依依たり北會の松吾が南隣を厭はず
情有りて棄絹を霊くし土石同身爲り
いずれも五言古詩で︑自然との調和を意図するかのような落ち着
いた静かな雰囲気を持った詩である︒
(二)股瑠編﹃河嶽英蟹集﹄(六首)
﹃河嶽英嬢集﹄に王季友の詩は六首採録されている︒また︑その﹁篇額﹂には︑次のように記されている︒
季友詩︑愛奇務瞼︑遠出常情之外︒然而白首短褐︑良可悲夫︒至
如﹁観干舎人壁査山水﹂詩﹁野人宿在人家少︑朝見此山謂山曉︒
半壁傍棲嶺上雲︑開簾欲放湖中鳥︒﹂︑甚有新意︒
季友の詩︑寄を愛し︑瞼に務め︑常に情の外に遠出す︒然れど
も白首にして短褐なり︒良(まこと)に悲しむべきかな︒﹁干舎
人の壁査山水を観て﹂詩の如きに至りては︑﹁野に人の宿る人家
在るも少く︑朝に此の山を見て山曉と謂ふ︒半壁は棲嶺上の雲
に侃り︑簾を開きて湖中の鳥を放たんと欲す︒﹂︑甚だ新意有り︒
﹃河嶽英璽集﹄
評している︒ の編者股瑠は︑王季友の詩を﹁甚だ新意あり﹂と
﹃河嶽英璽集﹄六首の内訳は︑五言古詩が三首︑
である︒次のように︑五言古詩の一首が﹃簾中集﹄
いる︒
①﹁山中贈十四秘書山兄﹂
出山秘雲曙山木已再春
食我山中藥不憶山中人
山中誰宗密白髪日相親
雀鼠書穫無知我厨厘貧.蘂撮⁝七難..籍舎松⁝不厭慧雛 七言古詩が三首
と一部重なって
妻山を出つるとき秋雲曙なるに山木已に再び春
我れ山中の藥を食し山中の人を憶へず
山中誰か余りを密とせむ白髪惟だ相ひ親しむ
雀鼠葦夜無く我が厨原の貧を知る
情有りて奮旧を盤くし土石周身爲り
依依たり北舎の松吾が南隣を厭はず
夫子千尋を質し天澤猿巣新たなり
今不材の壽を以て斧斤を免ずるを智るに非ず ﹃筐中集﹄﹁寄章子春﹂が︑﹃河嶽英璽集﹄では︑1線部のように
詩題が﹁山中贈十四秘書山兄﹂となり︑〜線部の四句が増え︑⁝線
部の句の順序が変わっている︒
②﹁雑詩﹂
采山働米隠
箋 霧 婁 嚢
鳳鳥久不栖 萎在木
不在深
固悲匠者心
樵暴旦所侵
四聴無知音
當復堂上琴
轟
③﹁代賀枝令巻贈沈千運﹂
相逢問姓名赤存
別時無子今有孫
山上隻松長不改
百家唯有三家村
村南村西車馬道
一宿通舟水浩浩
澗中難十里石
河上漂泥種桑褒ー
滞田主人是奮客 采山は采隠に伍り木在るも深くは在らず
斧を持ちて遠遊を事とし固より悲しむ匠者の心
騒騎たり青銅の枝樵嚢日に侵す所
樵聲巌軽を出で四聴知音無し
豊に鼎下の薪を爲し當に掌上の琴を復すべけんや
鳳鳥久しく栖まず且く枳棘の林と興にす
菱
相逢ふて姓を問ふに名亦た存し
別れし時子無ぎも今孫有り
山上の隻松長きも改めず
百家唯だ三家の村有り
村南村西軍馬の道
一宿舟を通す水浩浩
澗中嚢たり十里の石河上の嚢を種す
平坂の塚墓皆我が親たり
滞田の主人は是れ董各
ー
十人七人蹄下泉
分手如何更此地ー 聲を畢げて酸鼻し同年を問へば
十人に七人は下泉に臨る
手を分ちて如何ぞ更に此の地
頭を回らして去らず涙濟然
③の詩題に見える沈千運は︑元結が﹃筐中集﹄の序文で
呉興沈千運︒獅挺於流俗之中︒
十絵年︒凡所爲文︒皆與時異︒
者︒有五六人︒ 強擁於巳溺之後︒窮老不惑︒五
故朋友後生︒稽見師敷︒能侶類
と称え︑その詩が集の冒頭に置かれた当時の尚古派を代表する詩文
の作り手である︒その古風な作風に師事した人々が五︑六人いたと
される︒また︑沈千運は︑高適からも詩を贈られる関係にあった(高
適﹁賦得還山吟送沈四山人﹂)︒
次の三首についても詩題に人名が含まれるなど︑贈答に関わる詩
であるが︑④の干舎人︑⑤の崔理︑⑥の李岐の伝記は︑いずれも不
詳である︒
④﹁観手舎人壁葦山水﹂王季友
野人宿在入家少
朝見此山謂山曉
半壁繹領上雲 野に人の宿る入家在るも少く
朝に此の山を見て山曉と謂ふ
半壁は棲嶺上の雲に例り ーー再
コ麺豪遅
干公大笑両予説
小弟丹青能爾爲 簾を開きて湖中の鳥を放出す
狽り長松に坐する是れ何難(だれ)ぞ
蚕二手を招くも起き來ること遅し
干公大笑して予に向ひて説く
小弟の丹責は能く爾の爲にすと
⑤﹁滑中贈崔高+鑑﹂
夫子保藥命
日月不能老
十年前見君
干何今相逢
嚢 糞
玄石采盈楯
羅 韓
未能太虚同
實腹以芝ボ
暴
外身得無替化腸爲筋不
甲子過我壽
嚢
少見今白首
不死世世有
馨
愛黒常言酒
履道當不朽
願亦天地久
賎髄乃劒狗
良藥在苦口 妻
夫子桑愈保ち外身替無きを得る
日月老いる能はず腸化して筋と爲るも不
十年前君を見るに甲子は我が壽に過ぎる
干何ぞ今相逢ふて華髪は我が後に在り
近くして其の遠きを知り少く見る今白首
遙がに蓬棊宮を信じ不死世の世有り
玄石は盈禰を采り神方は其の肘を秘す
家を問へば惟だ雲を指し氣を愛し常に酒に言ふ
掻生は固より此の如し道を履むは當に朽管ぎる
べし
未だ能く太虚同じうせず亦た天地の久しきを願ふ
腹を費するに芝市を以てし賎艘は乃ち劒狗
自ら勉めて將に余を勉めんとす良藥は苦口に在り
⑥﹁酬本工⊥ハ岐﹂王季友
錬丹文武火未成錬丹の文武火未だ成らざるに