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(1)

ビスラマ語とツツバ語における 意味の場と語彙借用

―時に関する体系の比較と考察―

内 藤 真 帆

はじめに

本論文は①ヴァヌアツ共和国で使用されるツツバ語とビスラマ語の時に関 する体系を比較し、②意味の場が大きく異なるとき、両言語の運用能力を持 つ話者がどちらの意味体系を優先的に用いるのか、そして③その優先性が生 じる要因は何であるのか、この三点を明らかにすることを目指す1

1.

 地理・言語概観

ヴァヌアツ共和国は、南太平洋上に

Y

字型に並ぶ

83

の島々から構成され る島嶼国である。ここでは

100

を超える現地語が話されており、国民の多 くは、これら

100

余りの現地語のいずれかを母語とする2。またほぼ全ての国 民はヴァヌアツ共和国の国語であるビスラマ語を話し、現地語とビスラマ語 の二言語を同程度自由に運用することが出来る。彼らは同一の現地語を母語 とする者とは現地語を用いて会話を行い、異なる現地語を母語とする者とは

1 本論文で使用するツツバ語のデータは、

2001

年から現在まで筆者がツツバ島に おいて行った現地調査により得られたものである。またビスラマ語のデータは、

2000

年から現在まで、筆者がヴァヌアツ共和国の首都ポートヴィラ、副都心 ルーガンヴィル、ツツバ島において行った現地調査により得られたものである。

数多くの話者の協力によりこれらのデータを得ることが出来、深く感謝申し上げ る。ツツバ語の先行研究としては

New Hebrides Languages

Tryon 1976

)に記 された基礎語彙およそ

300

語の音声表記以外にはない。またビスラマ語の先行 研究は、言語学のみならず人類学や社会学、経済学など様々な分野に存在する。

2 現在は現地語ではなくビスラマ語を母語とする者も都心部において増加の傾向に ある。

(2)

ビスラマ語を用いて会話を行う。

1.1

 ツツバ語

ツツバ語はヴァヌアツ共和国のツツバ島で話される現地語であり、オセア ニア諸語に属する(

Clark 1985, Lynch 1998

)。ツツバ語の話者数は現在およ そ

500

人と推定される(

Lynch and Crowley 2001

)。この言語は文字を持た ないため、本論文では、ツツバ語に認められる

5

つの母音と

15

の子音音素 を用いて例文を示す(内藤 

2011

3

ツツバ語の基本語順は

SVO

で、人称代名詞を除き、名詞は局用しない。

また動詞の活用はない。この言語では動詞の前に主語の人称・数・法が一つ の形態素に融合した主語代名詞が義務的に先行する。このうち法には既然と 未然、命令の区別がある。既然法はある動作や行為が既に行われている、あ るいは行われたことを示し、現在時制と過去時制を吸収している(

1

)。一 方、未然法はある動作や行為がまだ行われておらず、これから行われるか行 われるであろうことを示し、未来時制を吸収している(

2

)。法の使い分けに より、話者の主観的な意思や願望、事物の可能性があらわされる。

既然法肯定文

1

Nao nno=an toa.

1sg 1sg.r=eat fowl

「私は鶏を食べる

/

食べた」

3 本論文で扱う略号は以下の通りである。

1

2

3

一人称・二人称・三人称、

art

冠詞、

cdn

基数、

dx

指示代名詞、

fut

未来、

ir

未然法、

pm

述語標識、

pp

前置 詞、

r

既然法、

sg

単数、=接語境界。

(3)

未然法肯定文

2

Nao ka=an te toa.

1sg 1sg.ir=eat art fowl

「私は鶏を食べるだろう」

現在時制と過去時制は既然法に吸収されているため、聞き手は文の時制が 現在であるか過去であるかを判断することは出来ない。以下の例文のように 時をあらわす語句が文頭または文末に置かれ、動作や行為が現在なされるも のであるか過去になされたものであるか、また過去のどの一時点であるかが 明示される場合のみ、その判断が可能となる。時をあらわす語彙は主語や補 語として生起することは無いことから、ツツバ語ではこれを名詞ではなく副 詞に分類する。

3

Nao nno=an toa nanov.

1sg 1sg.r=eat fowl yesterday

「私は鶏を昨日食べた」

4

Nao nno=an toa noisa.

1sg 1sg.r=eat fowl last week

「私は鶏を先週食べた」

5

Nao ka=an te toa avvo.

1sg 1sg.ir=eat art fowl tomorrow

「私は鶏を明日食べるだろう」

これらの時をあらわす語彙は焦点化により文頭に移動することもある。

(4)

6

Nanov nao nno=an

toa.

yesterday 1sg 1sg.r=eat

fowl

「昨日私は鶏を食べた」

上記例(

1

)と(

3

)を比較すると、時をあらわす語彙が置かれることにより 他の語彙の形態や文の構造に変化が生じることはないと分かる。また(

3

)と

6

)を比較すると焦点化による文法的な影響も生じないことが分かる。

時をあらわす表現が語ではなく名詞句の場合もある。ツツバ語では冠詞を 除き、名詞句の主要部にそれを修飾する要素が後続する。例えば「一日」は 主要部

bo

ŋ「日」に数量詞

e-tea

「一」が続き、「一ヶ月」は主要部

vitu

「月」

に数量詞

e-tea

「一」が続く。

7

bo

ŋ

e-tea

8

vitu e-tea day cdn-1 moon cdn-1

「一日」

「一ヶ月」

1.2

ビスラマ語

ビスラマ語はヴァヌアツ共和国の国語であり公用語である。この言語はピ ジン・クレオールであり、英語と現地語の両方の特徴を有する。語彙レベル においてフランス語の影響もわずかに観察される。ヴァヌアツ共和国の憲法 は教育言語として旧宗主国の言語である英語とフランス語の二言語を制定し ている。そのためビスラマ語が学校教育で用いられることはない。また国語 として教えられることもなく、書記法も定められていない。本論文で挙げて いるビスラマ語の例は、いずれも筆者の現地調査により得られたものであ り、その書記に関しては

Crowley

A New Bislama Dictionary

1995

2003

) を参考にしている4

4 ビスラマ語の書記法は制定されておらず、書き手によって異なる書記・表記がな されることが往々にしてある。本論文では引用ではなく参考にとどめている。

(5)

ビスラマ語の基本構文は

SVO

であり、代名詞を含め名詞の局用や動詞の活 用はない。ツツバ語では主語の人称・数・法が一つの形態素に融合した主語代 名詞が動詞に義務的に先行するが、ビスラマ語の動詞に義務的に先行するの は、ツツバ語のような文法範疇が融合した形態素ではない。後続する語が述語 であることを示し、述語標識として機能する

i

である。この述語標識は述語の 前に義務的に生起する。述語として生起するのが動詞ではなく名詞、形容詞な どの名詞述語文や形容詞述語文においても述語標識は現れる。ただし高母音が 語末に生起する

mi

「私」、

yu

「あなた」、

yumi

「私たち(包括形)」が主語の場 合は述語の品詞に関わらず述語標識

i

が脱落し、高母音の連続が回避される。

9

Em i krae.

10

Em i go taon.

3sg pm cry 3sg pm go down

「彼は泣く」

「彼は道を下る」

名詞述語文

11

Em i tija.

12

Em i dokta.

3sg pm teacher 3sg pm doctor

「彼は先生です」

「彼は医師です」

形容詞述語文

13

Em i kaen.

14

Em i smol.

3sg pm kind 3sg pm small

「彼は親切です」

「それは小さい」

ビスラマ語ではツツバ語と同様に、現在時制と過去時制の区別が義務的で はなく、未来時制だけが現在・過去から明確に区別される5。未来時制である

5 行為や出来事が過去であることを示す助動詞

bin

を用いて時を明示する話者もいる。

(6)

ことを示すのは

bambae

「〜だろう」またはその略の

bae

であり、この語は 文頭に置かれる。それ以外には

yestedei

「昨日」や

las manis

「先月」のよう に過去であることを示す語句が文頭または文末に置かれることで時が示され る。これらの時をあらわす語句は文全体を修飾するだけでなく主語にもなり うることから、文修飾の副詞としての機能のみならず名詞としての機能も持 つとみなすことが出来る。

15

Mi kakae faol.

1sg eat fowl

「私は鶏を食べる

/

食べた」

16

Mi kakae faol yestedei.

1sg eat fowl yesterday

「私は鶏を昨日食べた」

17

Yestedei mi kakae faol.

yesterday 1sg eat fowl

「昨日私は鶏を食べた」

上記例(

15

)と(

16

)を比較すると、時をあらわす語彙が置かれることによ り他の語彙の形態や文の構造に変化が生じることはないと分かる。また

16

)と(

17

)を比較すると、時をあらわす語

yestedei

が文末から文頭に置 かれて焦点化されることによる他の構成要素への変化はないことが分かる。

さらに一章のツツバ語の(

3

)とビスラマ語の(

16

)を比較すると、基本の 文法構造や時をあらわす語彙の生起する位置が同じであることが分かる。

ビスラマ語においてもツツバ語と同様に、時をあらわす表現が語ではなく 名詞句の場合がある。ビスラマ語の名詞句では英語のように、主要部の前に 名詞を修飾する構成要素が現れる。例えば「一日」は名詞句主要部の修飾要

(7)

素である数量詞

wan

「一」が名詞

dei

「日」に先行し、「一週」は数量詞

wan

「一」が名詞

wiki

「週」に先行する。なおこれらの時をあらわす語句の前に は前置詞

long

が置かれることがあるが、置かれる場合と置かれない場合と で大きな意味の違いはない。

18

wan dei

19

wan wik

1 day 1 week

「一日」

「一週」

2.

 ツツバ語の時をあらわす表現

1

章ではツツバ語とビスラマ語の背景、基本文と名詞句の構造について説 明を行った。

2

章では、両言語の時をあらわす具体的な表現を示し、その意 味の場を比較するとともに二言語を運用する話者の言語使用について考察を 行う。

2.1

 ツツバ語の一年のあらわし方

ツツバ語では、一年が

10

に分割される。その指標は①ツツバ島の気温や 気象、②ヤムイモの成長、③植物の紅葉と落葉、④畑作の時期など多岐にわ たる。主たるこの四つの指標は、今なおツツバ島民の伝統的な生活と密接に 結びついている。

ツツバ島は珊瑚の隆起により誕生した小島で、島民は現在も自給自足の生 活を送っている。農耕が生活の中心である人々にとって自然現象は何よりの 注意関心事である。上記の指標に自然現象が多く含まれているのはそれが反 映されていると見ることが出来る。人々の主食はタロイモであり、貴重とさ れる作物はヤムイモである。ヤムイモは「首長のイモ」とも称され、結婚式 や首長任命式における重要な贈り物となり得ることからもその価値を伺い知 ることが出来る。タロイモではなくヤムイモが指標であるのは、島民にとっ てそれがより重要であることを示唆している。以下に示すのは

1

年の一時

(8)

点・時期をあらわす

10

の語彙である。

eltutun

暑く、最も気温が高い時期

elmariri

湿度が下がり、汗ばむというよりもむしろ肌寒く感じるく らいの湿度が続く時期

adivorvor

天候が崩れがちで、よく雷が落ちる時期

adilavoa

あちこちで雷が落ち、小型のサイクロンがやって来る時期

subeliu

ヤムイモの蔓の伸びが止まり、乾燥させるのに適した時期

sarako

ヤムイモが乾燥し、蔓が無い状態になる時期

asara

ŋ

ara

ŋ

a

木の葉が色づき始める時期

raralavoa

木の葉がすべて落ち、すぐに花が咲く時期

turlesiuta

土地を耕すなど畑づくりを開始する時期

vatureovo

すべての作物に関する畑作業が終わる時期

これらの語のうち、

eltutun

elmariri

adivorvor

adilavoa

raralavoa

の五 つは拘束形態素と自由形態素の二形態素から成る。また

subeliu

は単独で語 として生起し得る自由形態素

sube

「首長(名詞)」と

liu

「〜に勝る(他動 詞、対格補語を支配)」の二語から成ると考えられる。しかし

subeliu

と発 音されるときには

sube

のアクセントは消失し

liu

の一か所にのみ付与され ることから、これは既に語彙化していると考えることが出来る。

上記の十の表現とは別に、一年を幾度かさらに細かく分割する三つの表現 がある。いずれも月の満ち欠けを基準とする。

elser

新月の頃

elvorvor

新月を過ぎ、月が見える頃

ellavoa

満月の頃

(9)

2.2

 ツツバ語の「今日」を軸とした表現

ツツバ語では今日を軸とした前後一日が区別され、今日、昨日、明日とい う三つの表現が存在する。また先週、来週という表現もある。過去をあらわ すそれ以外の表現としては、大過去もごく最近の過去も同じ語

tuai

「昔」が 使用される。また未来に関しては

te bo

ŋ「いつか」という表現も用いられる が、

te

が不定冠詞、

bo

ŋが「日」をあらわす名詞であることから、英語の

some day

に由来するビスラマ語の

samdei

をツツバ語にあてはめた造語と考 えられる。

nabar

今日

nanov

昨日

avvo

明日

noisa

先週

aisa

来週

2.3

 ツツバ語の一日をあらわす表現

ツツバ語の一日は五つに分けられる。朝、昼間、夕方、夜、夜明けであ る。このうち使用される頻度が高いのは

masibon

「朝」、

raviravi

「夕方」、

dodo

「夜」の三語である。

maran

「昼間」、

uluran

「夜明け」の二語は聞き 取り調査により得られた語であり、少なくともツツバ島で調査を開始した

2001

年から現在に至るまでの滞在期間の中で日常的に使用されることは無 かった。

masibon

maran

昼間

raviravi

夕方

dodo

uluran

夜明け

(10)

2.4

 ツツバ語の年月日

「何日」のように一年の特定の日を言及する表現はツツバ語には存在しな い。さらに何月といった表現や、過去の一時点を起点として現在までを数え た、何年にあたる表現もまた無い。

2.5

 ビスラマ語表現のツツバ語への適用・借用

ツツバ語には、

7

日を一つのまとまりとする表現がある。これは

bo

ŋ

「日」が数詞

e-tea

「一」から

e-b ̼ itu

「七」に修飾される形であらわされる。

この「一の日」または「一日」がビスラマ語の月曜日を意味し、「二の日」

または「二日」が火曜日を、そして「七の日」または「七日」が日曜日を意 味する。このようにして月曜から日曜までの曜日があらわされる。

20

bo

ŋ

e-tea

21

bo

ŋ

e-rua day cdn-1 day cdn-2

「月曜日」

「火曜日」

22

bo

ŋ

e-b ̼ itu day cdn-7

「日曜日」

週または週間を意味する表現は、明らかにビスラマ語の影響を受けて作り 出された句である。この句にはビスラマ語から借用したであろう「週」をあ らわす語

wiki

が用いられる。

23

wiki e-tea

24

wiki e-rua week cdn-1 week cdn-2

「一週(一週間)」

「二週(二週間)」

(11)

月または月間を意味する名詞句は、上記の週と異なり、構成要素がともに ツツバ語の語彙である。

25

vitu e-tea

26

vitu e-rua moon cdn-1 moon cdn-2

「一月(一ヶ月)」

「二月(二ヶ月)」

年または年間を意味する名詞句も、構成要素はともにツツバ語の語彙であ る。

siao

「年」は数詞と一緒に用いられると「○年(間)」の意味になり、

指示代名詞と一緒に用いられると「去年」や「今年」、「来年」など、今年を 中心とした前後の年をあらわす。

1970

年や

2015

年などの具体的な数字を含 めた年や遠く離れた年を言うことは出来ない。

27

siao e-tea

28

siao e-rua year cdn-1 year cdn-2

「一年(一年間)」

「二年(二年間)」

3.

 ビスラマ語の時をあらわす表現

ビスラマ語の意味の場はツツバ語とは大きく異なる。ツツバ語では一年が

10

に分割されるが、ビスラマ語では

12

に分割される。またツツバ語では一 日が

5

に分割され、これはビスラマ語も同様であるが、しかしその分割のあ り方・内容が異なる。

3.1

 ビスラマ語の一年のあらわし方

ビスラマ語の一年は次のように

12

分割される。いずれも英語に由来する 語であることが分かる。

(12)

Januware

一月

Julae

七月

Februari

二月

Ogis

八月

Maj

三月

Septemba

九月

Epril

四月

Octoba

十月

Mei

五月

Novemba

十一月

Jun

六月

Disemba

十二月

3.2

 ビスラマ語の「今日」を軸とした表現

ビスラマ語ではツツバ語と同様に今日を中心とした前後の日をあらわす

「昨日・今日・明日」というそれぞれの表現がある。またツツバ語同様、先 週・来週という表現がある。しかしビスラマ語ではさらに一昨日、明後日、

今日、先々週、再来週といった表現、さらに

3.6

で示すように今日という一 時点から遥かに離れた過去や未来の具体的な一時点すなわち年月日を言うこ とも可能である。この点においてツツバ語とは異なる。

3.3

 ビスラマ語の一日をあらわす表現

一日の時の流れをあらわす語は次の五つである。ツツバ語と比較するとビ スラマ語にはツツバ語にない午前・午後という大きな区分があることが分か る。またビスラマ語には、ツツバ語にある夜明けという時間区分が無いこと が分かる。

moning

午前・朝

medeldei

aftanun

午後

sapa

夕方

naet

(13)

3.4

 ビスラマ語の時間・分・秒

ビスラマ語では一日が上記のように大きく五分割されるだけでなく、英語 の

o

ʼ

clock

に由来する

klok

「時」を用いて二十四分割される。

29

wan klok

30

tu klok 1 o

ʼ

clock 2 o

ʼ

clock

「一時」

「二時」

これはさらに六十に分割され、その単位には英語の

minute

に由来する

minit

「分」が使用される。

minit

はさらにまた六十に分割され、英語の

sec- ond

に由来する

sekon

または

seken

「秒」を用いてあらわされる。これらを 用いて何月何日、何時何分のように特定の時を言いあらわすことがビスラマ 語では可能である。

31

toti minit

32

foti minit 30 minute 40 minute

30

分」

40

分」

33

Bambae yu livim tu toti?

fut 2sg leave 2 30

「あなたは

2

時半に発つつもりですか?」

34

Mi kam long ples ia long tri klok.

1sg come pp place dx pp 3 o

ʼ

clock

「私はここに

3

時に来ました。」

3.5

 ビスラマ語の曜日・週・月・年

ビスラマ語の月曜から日曜までの表現は、英語の曜日表現に由来すること

(14)

がその形態からも分かる。

Mande Tusde Wenesde

月曜日 火曜日 水曜日

Tosde Fraede Sarede

木曜日 金曜日 土曜日

Sande

日曜日

週または週間を意味する表現も同様である。ビスラマ語の

wan

は英語の

one

に、

wik

week

に由来すると考えられる。

35

wan wik

36

tu wik

1 week 2 week

「一週」

「二週」

月または月間を意味する名詞句も英語に由来し、英語の

month

がビスラ マ語の

manis

になったと考えられる。

37

wan manis

38

tu manis

1 month 2 month

「一ヶ月」

「二ヶ月」

年を意味する語

yia

は英語の

year

に由来すると考えられる。

39

wan yia

40

tu yia

1 year 2 year

「一年」

「二年」

(15)

3.6

 ビスラマ語の暦 

ビスラマ語では何年何月何日と特定の年月日をあらわすことが出来る。日 にちは数詞の前に

namba

「数」を置くことであらわされ、

namba wan

「一 日」から

namba totiwan

「三十一日」まで、一ヶ月の全ての日を表現するこ とが出来る。月は

3.1

で示したとおりである。年は例えば

2010

年であれば

tu tausand ten

または

yia tu tausand ten

などとあらわされる。

4.

 言語使用と意味体系 

ツツバ語とビスラマ語の意味の場が上記のように大きく異なるとき、両言 語の運用能力をもつ話者はどちらの体系を優先的に用いるのだろうか。最も 自然と考えられるのは、他の現地語話者とビスラマ語で会話をする際にはビ スラマ語の体系を用い、ツツバ語話者とツツバ語で会話をする際にはツツバ 語の体系を用いることである。しかし得られた発話データはこの予想に反す るものであった。以下はその結果である。

ビスラマ語使用の場合

ツツバ語話者が他の現地語の話者と話をする際にはビスラマ語を用い、そ のときの時をあらわす表現はビスラマ語の体系であった。

ツツバ語使用の場合

ビスラマ語とツツバ語の両言語の運用能力を持つ者同士の会話においては 両者にとって母語であるツツバ語を用いた。そのときの時の表現はツツバ語 の体系であることが予想された。しかし一年をあらわすときにはビスラマ語 の

12

分割が用いられ、それを更に細かく言う際にはツツバ語の月の満ち欠 けによる

3

分割が用いられた。ツツバ語に存在しない具体的一時点をあら わす年・日・時刻のうち、年と日にはビスラマ語が用いられた。時刻は用い られなかった。それ以外、例えば週や曜日には全てビスラマ語の部分的借用 やビスラマ語の表現にツツバ語の語彙や文法をあてはめるなどして作り出さ

(16)

れた可能性のあるツツバ語の表現が用いられた。

ツツバ語には一年を

10

分割した表現が存在するにも関わらず、なぜこれ ではなくビスラマ語の一年を

12

分割した表現が用いられるのだろうか。ま たそれ以外の表現の中に、ビスラマ語を借用したものもあれば、ツツバ語の 語彙や文法を適用して作り出したものがあるのはなぜだろうか。そしてこの ような借用や造語はどのようにして生じ、定着したのだろうか。

ツツバ語の時をあらわす表現は、①ツツバ語の概念を反映し古くから存在 していたであろうツツバ語の語句と、②ビスラマ語の概念を取り入れ、借用 したビスラマ語の語彙をツツバ語の文法構造に適用して出来たであろう語 句、③ビスラマ語の概念を取り入れ、それにツツバ語の語彙をあてはめて作 られたであろう語句の三種類に分類することが出来る。例えば①にあたるの は

10

分割した一年をあらわす表現や月の満ち欠けによる

3

分割の表現、今 日を中心とした表現、そして

5

分割した一日をあらわす表現である。これら は語の形態も分割のありかたもビスラマ語と大きく異なることから、元来ツ ツバ語に存在した表現であると考えられる。②にあたるのはツツバ語に元来 存在しなかったと推測される「週」をあらわす表現である。たとえば

wiki

e-tea

「一週(間)」はビスラマ語の名詞句

wan wik

「一週(間)」の影響によ り作られた句であると考えられる。これはツツバ語が開音節言語であること から、借用したビスラマ語の語彙

wik

「週」にツツバ語の音韻規則を適用し て

wiki

としたと説明できる。またビスラマ語の

wan

「一」はツツバ語では

e-tea

「一」であり、ツツバ語の名詞句「一週(間)」を形成するにあたりツ ツバ語の名詞句規則、つまり冠詞を除き名詞句の主要部修飾要素は全て主要 部に後続するという規則を適用させたために、ビスラマ語とは語順が逆の

wiki e-tea

となったと考えられる。ただし時期を特定し得る資料が存在しな いためこの借用や適用がいつ生じたかは不明である。③には上記以外の時を あらわす表現すなわち月や日、年が該当すると考えられる。このうち月は先 の②の

wiki

「週」にあたる語彙が

vitu

「月」に置き換えられたものである。

(17)

本来ツツバ語にひと月、ふた月のように時のまとまりである月(

month

)を 数えるという行為とその表現が存在していたかは不明である。ただし

2.1

示したように、ツツバ語には月の満ち欠けにより時または時期をあらわす三 つの表現が存在していることを考えると、この一巡を「ひと月」とする概念 が存在していた可能性が無いとは断定できない。しかし仮にこの概念が存在 していなかったとすると、新月から次の新月までをあらわすひとまとまりを 一月とするという時間の単位(

month

)の概念をツツバ語に導入するにあた り、ツツバ語に存在していた月(

moon

)を用いたのだろうと推測出来る。

このように表現したい概念から大きく外れることなく代替し得る語彙があっ たため、ビスラマ語からの借用がなされなかったと考えられる。この点にお いて「月」は②の

wik

「週」とは異なる。

bo

ŋ「日」に関しては、一日を

5

分割した一日の移ろいを示す表現が存在 していることからも分かるように、日という時の単位がツツバ語に存在し、

これをあらわす語彙もまた存在していたと考えられる。これはツツバ語の

bo

ŋが、

Ross, Pawley and Osmond

1998, 2003

)の再建したオセアニア祖 語(

POc

)の

bo

ŋ

i

に由来すると考えられることからも、ビスラマ語の借用 ではないことが明白である6。ただしビスラマ語のようにこれを数える習慣が 元来ツツバ語に存在していたかは資料がないために判然としない。

siao

「年」に関しては、日の移ろいをあらわす

5

分割が存在し、

bo

ŋ「日」

という語が存在していたように、一年の時の移ろいをあらわす

10

分割がツ ツバ語に存在していることから、季節のひとめぐり、という意味でこの語が 元来存在していた可能性がある。

1976

年時点において既にツツバ語で

siao

が「年」を意味する語として使用されていたとする記録もある(

Tryon 1976

)。しかしオセアニア祖語や北・中央ヴァヌアツ祖語の再建はいまだな されていないため、借用などによるものではないと断定することは出来な い。

6

CVC

の尾子音として流音

r

l

、摩擦音

v

、鼻音

m

n

、ŋが生起しうる。

(18)

上記の②と③から、ビスラマ語の概念を取り入れるにあたり、ツツバ語の 概念に存在しないが故にツツバ語の語彙で置き換えることが出来ないもの

(例えば

wik

)にはビスラマ語の語彙を借用したこと、また置き換えること が出来たもの(例えば

vitu

「月」)にはツツバ語を用いたであろうことが分 かる。このように考えると、ビスラマ語の

1

月から

12

月が借用されたとい う事実は、これらの語彙をツツバ語の語彙で置き換えることが困難であった ことを示唆している。その理由として

Januware

から

Disemba

12

の概念 と語彙との関係性が、時をあらわす他の表現と比較するとより恣意的である ことが挙げられる。ゆえに③で挙げた多くの語彙とは異なり、ビスラマ語か ら借用されるに至ったと考えられる。

なぜこれらの時をあらわす表現はツツバ語に定着したのだろうか。ビスラ マ語に有りツツバ語に無い語彙はいくつも存在する。しかしそれらが全てツ ツバ語に借用されることはない。またそれらがツツバ語の語彙に全て置き換 えられて使用されることもない。ツツバ語話者同志の会話では、一年を

10

に分割したツツバ語の表現を使用する方がむしろ自然である。

ツツバ島の自給自足の生活ではそもそも年月日の表現は必要でなかったと 推測される。これを大きく変化させたと考えられるのは、

20

世紀の半ばに 到来した宣教師と

1987

年にツツバ島に設立された小学校の影響である。高 齢者の語りから、宣教師の到来によりクリスチャンとなったツツバ島民がそ の教えの通りに教会をつくり日曜日に礼拝を行うようになったこと、また

12

25

日には主イエス・キリストの降誕を祝うようになったことが分かっ ている。この出来事を境として、曜日や月日という時の概念が人々の生活に 浸透し始めたと推測される7

また

2.5

で述べたように、ツツバ語では日に続けて数詞

1

から

7

を後続さ せると、「一の日」または「一日」から「七の日」または「七日」となる。

7 ツツバ語に文字がないこともあり記録は残っていない。近隣諸語との比較により 本論文の考察を深めることが今後の課題である。

(19)

このようにして出来た「一の日」または「一日」は月曜日を意味し、「七の 日」または「七日」は日曜日を意味する。自給自足の生活を営む中で七日を 一つのまとまりと認識する必然性は薄いことから、これも

20

世紀半ばに宣 教師がもたらした安息日を中心とした一週間という時のまとまりが反映され ていると解釈できる。そして日と数字による名詞句を優先的に曜日の表現と して用いたことから、ビスラマ語に存在する一ヶ月の構成日すなわち

5

日や

15

日、

30

日などの表現をツツバ語で生み出すことが困難になり、その結 果、日にちをあらわす表現をビスラマ語からの借用でまかなうことになった と考えられる。

後者の影響、すなわち

1987

年に設立された小学校の影響もまた大きかっ たのではないだろうか。授業料を納める期限や入学式・卒業式、行事など学 校生活の全てに暦は大きな意味を持つ。これらの暦が仮に英語で伝えられた としても、

3.1

で示したようにビスラマ語の

12

か月をあらわす語彙は英語 に由来することから、島民が伝えられた英語をビスラマ語に置き換えて理解 し、用いたのは自然のことと言えよう。学校教育が始まると次第に時刻・時 間すなわち時・分の概念も人々とくに通学していた児童に広まったと考えら れる。しかし現金収入の無い多くの島民にとって時計の購入は難しく、所有 する人は今なお首長などごくわずかな権力者や裕福な島民に限られているこ とから、学校教育外で時・分などの時刻が広く用いられ得ることはなかった と考えられる。

ツツバ島にもたらされ、受け入れられたこうした事物つまり宗教や学校教 育と西洋暦が深く関与していたことが理由で、人々がこの新たな時の概念を 受け入れたと考えると、ツツバ語話者同士のツツバ語の会話においてもこう した西洋暦や時をあらわす語句が用いられるのは不自然なことではない。そ してその際、人々はツツバ語の語彙で置き換えられるものは置き換え、置き 換えられないものはビスラマ語から借用してそれにツツバ語の文法規則を適 用したのであろう。そしてまたビスラマ語から借用するにあたっては、

1

章 で述べたように時をあらわす語句の生起する位置がツツバ語とビスラマ語で

(20)

同じであったことが人々の抵抗感を減らし、借用が進み定着に至った一因と なったと考えられる。

参考文献

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内藤真帆(

2011

)『ツツバ語 記述言語学的研究』京都大学学術出版会

キーワード

時の体系、意味の場、文化受容、語彙借用、ピジン・クレオール、

ビスラマ語、ツツバ語

参照

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