動き出す農家たち [ PDF
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(2) 使用価値ではなく,商品に付随する社会的意味=象徴的価値 によって,消費行為が行われるようになっていった.ここで戦 後からの生産優位の農政は転換を迫られることになったわけ である. 第2章 現代における農村社会 それでは農政はどのように転換してきたのだろうか.これま で農村社会学で主な論点となってきた「 家」 制度と,農業経済 ( 経営) 学の論点となっている現在の農業経営とが交錯してくる 農業「 後継者」 問題をどのような問題として捉えたらよいのだろ うか.これが本章の問題意識である. 戦後の社会変動にともなう農政の転換は,1961 年の農業基 本法( 旧基本法) から1997 年の新基本法への修正に端的に示 されている.戦後,生産優位で近代化を推進してきた時代を経 て,消費優位の近代移行期に入ってゆく間に修正されなかっ た旧基本法は,新基本法の価値観を2段階にせざるを得ない ..... 構造になった.その第1段階とは市場原理による無限の欲望 ... から消費者を意識する時代認識の導入であり,利便性・ 技術革. ........ は疑えない.ただしその「 自立」 はせいぜい集落共同体的な生 ........ 産関係からの自立であって,「 生産者=経済人( あるいは小営 業者) 」 としての自立を必ずしも意味せず,そこには共同体から 切り離され,経済的には自立し得ない「 個」 が存在していた.こ うしたなかで登場したのが「 地域管理論」 であり,この理論は遅 れた農業の近代化を強烈に意識したものであった.そこでは 「 個の確立」 を生産力に見出そうとしたのに対して,「 農民的複 合経営理論」 では,集約農業とそれを支える家族経営および 協同組合の上に「 個の確立」 を見出そうとした.換言すれば, 「 協同」 という言葉のなかに人間を解放しうる可能性をみて,農 協の民主化や家族経営の維持,集落の意義が語られた. .. さらに 1970 年代には農地市場が形成され「 私的所有」 が前 景化していったものの,「 土地」 と「 農地」 を区別しない農民にと っては,「 自作しようが委託しようが自分の勝手」 「 耕作しようが 放棄しようが自分の勝手」 であり,「 農民的複合経営理論」 が認 めた農民の「 私性」 がここで「 私の論理」 として蔓延していった わけである.そのうえ市場の浸透も重なって,「 他人に迷惑を かけなければ何をしてもいい」 という農民意識が形成されてい. 新・ 物質的価値の追求という1980 年代の社会状況を反映して .......... いる.そして第2段階とは市場原理から有限性を重視する共生 .... 的価値観の導入であり,有限性・ 文化的価値・ ゆとり追求という. った.. 1990年代の社会状況を反映している.. 放の可能性から唱えられた集落の意義は,1980 年代になると. !!"'$ %&"( 1970 年代に登場した「 農民的複合経営論」 において人間解. 戦後,自作農主義をとってきた日本の農政では「地域」や. 「 地域管理」 における共同体的調整としての集落農業となって. 「 集落」 には焦点化していなかった.しかし高度経済成長を背. 現れた.この背景には先述した農村における「 私」 の論理の蔓. 景にした減反政策を機に,「 集落」 を中心とする農政の組織的 ...... 対応や土地利用の調整をはじめとする地域農業集団が行政課. 延を食い止めるという目的があった.「 近代」 がその目標とした. 題となってから,「 地域農政」 が社会的認知を受けるようになっ てきた.これはとりわけ「 地域管理」 「 地域マネージメント」 という 1980年代の農政のスローガンに象徴されている. この「 地域マネージメント」 を支えていた理論は,1970 年代 にはすでに出揃っており,大まかに「 地域管理論」 と「 農民的複 合経営理論」 の2つに分けられる.前者はその理論が取り組む 行政課題の違いによって,「 装置化・ システム化論」 ,「 地域組 織論」 ,「 地域計画論」 ,「 地域複合論」 がある.とはいえ,これら. 「 個の確立」 とはより具体的には個々人の「 自己決定権」 を確保 することであり,その根底には「 私的所有権」 ( 「 所有物の処分 権」 ) の確保があった.この「 私的所有権」 の保障がなければ, 「 個の確立」 も「 自己決定権」 も達成しえない.他人のことよりも 自分のこと,地域への求心力が働くというよりはむしろ拡散が 進むことによって,「 公」 が後退していた 1980 年代の状況にお いて,公的な問題は「 近代」 によって退けられたはずの「 集落 共同体」 の再現によって支えられることになった.. ... また「 私」 の論理が浸透したとはいえ,農村における自己決 . 定には「 他人に迷惑をかけなければ」 という留保条件がついて. すべてが想定している主体は農業協同組合や地方自治体で ....... あり,基本的に近代化論であるという点で共通している.これに. いた.しかし「 他人に迷惑をかけない」 ことの客観性は実はどこ. 対して後者が想定している主体は基本的には農家自身であり,. にもないというのが普通の社会であり,多くは伝統やしきたり,. 農家たちの「 私経済性」 「 私性」 を認める立場をとっている.す. しつけといった個々の社会が作ってきた慣習がその役割を果. なわち彼らが集約農法を成立させる農業の補完として「 地域」. たしている.たとえば作付けの「 自己決定」 という本来は私的で .. あってもよい場面で,それは「 他人に迷惑をかける」 という慣習 ... =習わしが機能して,生産調整政策( 「 公」 の論理) によって簡. が必要とされている. !!"#$ %&" 1970 年代は農家が伝統的共同体=農業経営における共同. 単に統制されることになったわけである.そしてこの共同体に. 作業から脱し,自己完結型経営を成立した時代であった.伝統. よる管理・ 調整という特徴によって,1980 年代の地域管理は新. 的関係が希薄になったことが「 個」 の自立の前提になったこと.
(3) .... たな段階に入る.すなわち農家たちの自己決定を抑える論理 ..... が公的なものではなく,集落共同体的規範として機能し,集落. ..... 考慮しながらも,いったん政策的観点から離れれば,現代社. への求心力を醸成しながら集落民の貢献( 忠誠) を得るという. の企業家化の奨励をより露骨に表現すれば,農家に「 生産者. 運営がなされるようになっていった.. でもあり商人でもあれ」 と言っていることと同義だからであり,2. !!""$ %&"(. つには現在農業に従事している人たちが携われなくなったと. 会の「 所有」 問題につながっている.なぜなら,1つには農家. 1990 年代はこれまでの市場のあり方,農家のあり方が変わ. き,第三者への経営移譲が細々と農を営んでいる自給的農家. った時代である.農政理論のテーマが一般的で抽象的なもの. にとっても現実的な問題になっているからである.このように考. ( 地域全体での農業振興など) から個別的で具体的なもの( 農. えると,農業「 後継者」 問題を現代社会における所有関係から. 地の流動化や集団化,転作による高収入の実現,耕作放棄地. みるという視点が出てくる.. の管理など) へと変化した.大量生産・ 大量輸送対応の市場に 限らず,小規模・ 少量輸送や産地規模の縮小など統制的では. 第3章 現代社会と「所有」. ないやり方が可能になったことによって,農家たちの選択の幅. .... ここまでにみてきたネオリベラリズムという経済思想は,世界. が広がり,自らの意思でどんな方法も採用できるようになった.. 史的な長いスパンで見ると,数世紀におよぶ資本主義社会の. そして主体もまた制度化された官僚的色彩の濃い大きな組. なかに現出してきたものである.この「 資本主義社会」 という社 ...... 会類型は歴史上存在した経済のあり方の特徴を基盤にした類. 織( 自治体,農協など) から農家に身近で機能的な小さな集団 ( 集落,第3セクターなど) へと転換していった.また農村の一 ....... 部に自立した経済人( 農業経営者) が登場してきた.これはそ. 型であり,その核にあるのが「 私的所有」 である.新基本法で奨. れぞれの人が農業へのかかわりをもちつつも,農業を職業と. 像が企業家になることにあるとすれば,かつ耕作放棄地の受. する強い意志をもつ者とそうでない者とに分かれ,それがほぼ. 委託が今後も進むとすれば,「 農地」 の「 所有」 ないし「 占有」 は. 定着している状態を表している.ここで,農業法人化など民間. 非常に重要な問題になってくる.そうすると,そもそも日本では. ( 「 私」 ) の活力を中心にした動きに対応したものとして「 第3セク. この外来の「 所有」 がどのように受け容れられ,理解されてきた. ター論」 や「 法人経営論」 が登場した.加えて,農家の共同性. のかを知ることが重要になってくるだろう.. に関しても「 共同体に埋没した個」 ( 1980 年代の「 集落共同体. さらには現代社会における農業「 後継者」 問題と「 所有」 との .... 関連を理論的に明らかにするためにも,今一度,その基本的. 規範」 ) から「 共同体と協調する個」 ( 1990 年代の「 自分たちの .... 行動こそが善きことであるとする内的規範」)へという「私」と. 励されている最新の「 農業経営者」 たちによる農業経営の将来. な理念を把握しておく必要がある.それは日本の場合,近代. 「 共」 の新たな動きが見受けられるようになってきた.こうした現. 所有権に明示されている.そこで本章では,その近代所有権. 状を踏まえて登場したのが「 リーディングファーマー論」 や「 機 ..... 関車農家論」 である.これらは私的な主体に「 地域管理」 のリー ..... ダーシップ機能を求める論理であり,私的な存在がなぜ地域. の核となる翻訳語としての「 所有」 の原義を確認した上で,近代. ( =公) を考えうるのかという命題に応えるというねらいがある. 以上のことをまとめると,戦後著しく変化してきた農業をめぐ る状況は往々にして,その衰退として否定的に語られることが 多く,この背景には「 自立しない個」 としての農家たちの姿があ. 所有権の特質を整理した.ここからどのような点が現代の農業 「 後継者」 問題( とりわけ相続の問題) の分析視角として受け取 ることができるだろうか.これが本章の焦点である. 近代的所有権の根幹にある「 所有」 という言葉は,基本的に は財や富という「物」の全面的排他的支配を意味している. 「 物」 は基本的に分けることができ,その「 物」 を所持するまでの. たちは,現代的な農業経営ないしネオリベラリズム政策という. 過程には,appropriate という行動,つまり何らかの目的のため ..... に「 奪う」 という社会的行為がある.現行民法が定める均分相続. 観点からすれば,そのままでは存続が困難な状況にあるとい. は,親から生計基盤を受け継ぐ必要がないサラリーマンには. える.つまり現代社会に生きる農家たちには,これまで以上に. 適しているが,その必要がある自営業や農家には必ずしも適. 社会状況をしっかりと掴み,今日のような大衆消費社会におい. しているとはいえないとされてきた「 相続」 のあり方である.とい. てなお,かつての「 近代的人間像」 に表されていたような理性. うのは,後者の場合の「 相続」 とは家業の基盤となる「 物」 ( 農地,. 的な判断をしながら,生きるための農業を営んでゆくことが求. 機械,店舗などの財産) に加えて,その土地に定住して隣近所. められている.これを少し力んだ言い方で表現すれば,〈 農家. あるいは農地が近接したところで作業する他の農家や集落の. は動き出した〉 のである.. 運営に対して担う責任=社会関係をも受け継がなければなら. った.しかしこれまでのように「 自立しない個」 であり続ける農家. 同時代の農業「 後継者」 問題は,農業事情や農政の変遷を. ないからである.現在の農業事情が変化してきたとはいえ,こ の点は未だに基本的には変わらない.とすれば,「 奪う」 という.
(4) 社会的行為は農家たちにどのように受容されているのだろうか.. Cloke, Paul and Jo Little eds., 1997, Contested Countryside. より具体的には,耕作放棄された農地の利用および委託の場 ........... 面や,農業法人化によって一見奪われたかに見える「 農地」 を. Cultures: Otherness, Marginalisation, and Rurality, London:. めぐって動き出した農家たちの激しいやりとりの場面に現れて. Halfacree, Keith., I. Kovach., R. Woodward eds., 2002,. きている.これは実際の調査でも比較的取り組みやすい.今後. Leadership and Local Power in European Rural. の課題としてはその現場の話と所有に関する社会学理論を突. Development, Aldershot: Ashgate.. Routledge.. きあわせて考察することによって,現代の農村社会における所. 平田清明,1969,『 市民社会と社会主義』 岩波書店.. 有関係を分析することにある.. ――――,1971,『 経済学と歴史認識』 岩波書店. 細谷昂・ 小林一穂・ 秋葉節夫ほか編,1993,『 農民生活におけ る個と集団』 御茶の水書房.. 結 非常に乱暴かつ粗雑なかたちで,農業「 後継者」 に関する 要点の整理に主眼を置いた本論文で言いたかったことはたっ た1つである.それは〈 農業における「 後継者」 問題は「 所有」 関係の問題である〉 ということである.「 後継者」 問題が「 所有」 関係の問題になる,その間に「 相続」 ,「 近代所有権」 ,( 近代化. Illich,Ivan,1991,『 生きる思想』 藤原書店. 石原豊美,1996,『 農家の家族変動に関する実証的研究―― ライフコースの発想を用いて』 農業総合研究所. 戒能通孝,(=利谷信義編),1977,『著作集 第Ⅳ巻 所有 権』 日本評論社.. 論で目指すべき人間像とされてきた) 「 個人」 が挟み込まれて. 川島武宜,1981,『 著作集 第7巻 所有権』 岩波書店.. いた.. 川本彰,1990,『 農村社会論』 明文書房.. ところが現代社会はネオリベラリズム思想( 「 金」 という基準の 一元化と,あらゆるものから切り離された「 自己責任の主体とし ての個人」 という前提) が普及し,人びとの選択基準に強く影響 を与えている社会である.こうした全体社会における農村社会 .... に登場したのが,リーダーといわれる「 農業経営者」 ( 「 経営力」 をもつと同時に「 地域」 への積極的な関与をしている人) たちで ある.このような農家が作り上げてゆく「 新たな共同性」 は,たし かに現代社会を生き抜く活力となっているのは事実である. 農業が第3次産業化してゆく過程のなかで,従来の所有関 .... 係はどのように変化しつつあるのか.ごく少数のリーダーに当 てはまらない農家たちはどのような生き残り戦略を展開してい るのか,あるいはしていないのか.一枚岩では捉えられない農 家たち相互の間で何をめぐって,どのような交渉や衝突が起こ っているのか.今もなお社会学の使命が,社会を「 人間改造が なされる場」 とみなし,人びとの生活の仕方や生き方の次元か ら捉え返すことにあるとすれば,現代社会における農家たちは ネオリベラリズム論理のなかでどのように改造されたのか,ある いはどのようなところが改造されなかったのか.今後はこうした 問題意識をもって,農業における所有関係と同時代的な人間 像のかかわりについて分析することを課題としたい. )*+,-./0( 安藤光義,2003,「 農業の構造問題と継承問題」 柳村俊介編, 『 現代日本農業の継承問題――経営継承と地域農業』 日 本経済評論社,pp.61−74. 安藤義道,1999,『 現代農民のライフヒストリーと就農行動―― 「 納得論理」 型農民教育の創造』 御茶の水書房.. 川口諦,1995,『 家と村――共生と共存の構造』 農山漁村文化 協会. 間宮陽介,1999,『 同時代論――市場主義とナショナリズムを 超えて』 岩波書店. 松岡昌則,1991,『 現代農村の生活互助』 御茶の水書房. 守田志郎,[1973] 2003,『 日本の村――小さい部落』 農山漁村 文化協会. Newby, Haward and Frederick H Buttel eds., 1980, The Rural. Sociology of the Advanced Societies: Critical Perspectives, London: CroomHelm. 日本村落研究学会編,2005,『 消費される農村――ポスト生産 主義下の「 新たな農村問題」 』 農山漁村文化協会. 農文協文化部,1985,『 管理される野菜――商品流通と品質主 義』 農山漁村文化協会. 農政調査委員会,1993,『 日本の農業――あすへの歩み』 185 ( 農業経営者が語る今後の農業と経営ビジョン) : 3−87. 大泉一貫,2002,『 大衆消費社会の食料・ 農業・ 農村政策』 東北 大学出版会. 櫻井進,1994,「 コメ・ 異人・ 開発――市場経済と『 自由』 」 『 現代 思想』 22( 5) : 172−92. 末原達郎,2004,『 人間にとって農業とは何か』 世界思想社. 鳥越皓之,[1985] 1993,『 家と村の社会学』 世界思想社. 内田義彦,[1966] 1969,『 資本論の世界』 岩波新書. ――――,1971,『 社会認識の歩み』 岩波新書. Weber,Max, [1991] 1993,『 プロテスタンティズムの倫理と資 本主義の精神』 岩波文庫. 吉田民人,1991,『主体性と所有構造の理論』東京大学出版 会..
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