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パーリ学仏教文化学 (8) - 009書評・安藤 充「OBEYESEKERE, Gananath : The Cult of the Goddess Pattini, xviii, 629 pp.」

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全文

(1)

書   評

OBEYESEKERE

 

Gananath

The

 

Cult

 

Of

 

the

 

Goddess

 

Pattini

      

xviii,

62g

 

PP

.,

ills

.,

col

. 

plates

, 

bibliogr

.,

 

Chicago

 and  

London

Thc

 

University

 

of

 

Chicago

 

Press

1984

安   藤

1

  は じめに

 

プ リ ン ス トン大 学 人類 学 科の オベ ーセーカ ラ教 授 はこ こ で あ らた めて

紹 介

す る まで も な く, ス リ ラ ン カの 人 類 学 的

究の

。 教 授の

研究

の 全

体像

お よび

業績

につ い て は本 誌 創刊号の 池論文 (赤 池

1988

)が報 告 し て い る。

 

』 と題 する 本 書は,

著 者

1955

に着 手 して以

20

間にわ たるパ ッ テ ィニ 女神

あ り, その ス あ ま りに広大で 「数 冊の をひ とつ まとめ た く らい 」 本 書バ ー ラ バ が 言 を い る ほ どで ある。

 

刊行

か らすで に

10

経っ て お りその 間 に

数多

くの論 評が加え ら れ て い るu

そ して さ らに

Contribution

 to 

lndian

 

Sociology

vol

2111

1987

が ス リ ラ ン カ人 人類学 者 の

2

人の 巨人, オベ ー ン バ ア の特 集 を組 ん だ折, オベ ーカ ラ

に よ り

本書

に対 する 「再

」 が

せ ら れて い る。

 

した が っ て 専 門研 究 者で ない 者が更 に書 評 を行 うの は い さ さ か時 期はず れ ,見 当はずれ か の 感 もあ ろ うが, こ れ まで に寄せ ら れ た批

や, 上 述の 著 者 本人 の コ ン トも含めて 報 告 する こ とで,

に本 誌の 主 た る読 者層で あろ う ヒ座仏 教

研 究者

々 がス リ ラン カ人類 学研

を知 り,仏教 学 ・人

(2)

 

150

      バ ー こ教 文化 学

類学

相互 に刺 激 を もた らす.助 にな れ ば

い で る。

 

2

 

本 書

構成

 

本 書は

600

頁 あ ま りが

6

部 ・

15章

け られて い る。

各章

出 し は次の よ うになっ て い る。     第一部    

1

  バ ッ テ ィニ 祭 祀概 論      

2

  神 々 の 世 界     第二部    

3

  ガ ンマ ウ ワ奉 納        

4

  主要な儀 式    

5

  パ ッ テ ィニ 神 話群      

6

  神 話の 層 位 学     第三部    

7

 王権の宇宙        

8

 ガ ジャ バ ー フ とセ ン ク ッ トゥ ワ ン     第四部    

9

 ア ン ケ リヤ儀 礼     第

1

   

10

 

社会構

   11 

処 女 ・妻 ・母

   12 

ア ン ケ リ ヤ の 機 能     第六部

   

3

 

シ ラ ッ パ デ ィハ ー E と 『 』 の 女神

    14 

嘆 きの 母と死 神

   15 

ヒ ン ドゥ ー女

パ ッ テ ィニ

 

先に も述べ た よ

, 総 合 研 究 的 色彩の 濃い 本書は 一 結 論 む か っ て 集 約 して い く類の 研 究 書で はな く,

部 各 章が 単独 論 文 と して成 り立 ち得 る もの で, 全体を

有機

的な連 関を もっ て

紹 介

するの は

易で は ない 。

題を 一一 瞥 した だ けで は全

像 をつ 難い と思われ るの で まず 本 書骨 格を紹 介 したい 。

 

オベ ーセ ーカ ラ が 「パ ッ テ ィニ 祭 祀

儀 礼には二

ある。 一 「 ガ ン マ ドゥ ワ 」 (

gammaduva

, も

「 ア ン ケ リヤ」

ahke

iya

る。 ガ ン マ ドゥ ワ 儀 礼は収 穫の

と して 村で 例 年 行われ る儀 礼で ある。 この 儀 礼 を他の 神々 の 祭 祀 と結びつ ける地 域 もある が , 西部 州 ・南部 州 ・サバ ラ ガ ム

(3)

<ie’一一’一評>OBEYESEKERE , Gananath:Thc 

Cult

 of thc Goddess Pa ttini 151 ワ州で はパ ッ テ ィニ

女神

と関 連づ られて い 。 ガ ンマ ドゥ ワ儀 礼に つ い

3

4

250

り民 族 誌 的記 , 関 連 す る テキ ス ト ・ 訳 ・注 解を お こ なっ て い る。 ア ン ケ リ ヤ は 「鹿の 角 引 き」 と知 られる儀礼で , こ れ につ い て は

9

詳細

観察報告

が な されて い る,,

 

し た

儀礼

詳細

観察

・関連テ キ ス トの 収 録をベ ース に して, オベ ー セ ーカ ラ は第…

でパ ッ テ ィニ 祭 祀概 要紹 介 と と , ス リラ ンカ文

化伝

統 史の

構 築 (

章)

ス リラ ン カ諸 神 格 と ブ ッ ダの 関わ り

2

章)

を 論 じる。 ガ ン マ ドゥ ワ

儀礼

詳細

収録

したの ち 第

5

章で はパ ッ テ ィ ニ

神 に まつ わ る の テキス トを か かげ解 釈 を加 える。 第

6

章は民

的な女 神キ リア ン マ の 地

を パ ニ 女 神が と か わ る と を

神 話

層 位 学

mythic  stratigraphy ) の

方法 論

を用い て論証 する。

 

第三

の は

述 のパ 祭 祀関連 する テ ト中神 話 ちの チ ョ ーラ

= カ リ カ ー ラ

1

三神 話

7 章)

とガジ バ ー

8

章)

で, こ れを歴

史的史実

とする

来の 解 釈 を批 判 す る。 こ れ に続い て神 話 解 釈 をめ ぐる

・脱

話 化の プ ロ セ ス を論 じる。

 

第五 部で オベ ーセ ーカラ は心理分

・精 神 病 理 学の 手 法 を用い , 女

一 母 神 祭 祀 を

投 射体系

とみ て, パ ッテ ィ ニ 神 話

10

章, 第

11

章)

とア ン ケ リ ヤ 儀 礼

12章)

に対 して ス リ ラ ン カ社 会の コ ン テ クス トで 解

を ほ どこ

 

第六

はパ ッ テ ィニ

起 源を探 求 して , 最 占史 料で ある タ ミル 叙

詩 に もとつ

13章)

, 南イ ン ド ・ケ ー ラ ラ にお け

祀 の 変 容の検 証 (第

14

章) をお こない ス リラ ン カ における

容 と変容の プロ セ ス を論 じ る

15

章)

 

この よ うに,本研 究は豊 富な民 族 誌デ ー タを武 器 に,文献 学 ・歴 史学 ・神

学 ・精 神 病理学 等々 の方法 論 を用い 際 研 究 した も とい える。

(4)

52

3

 

本 書

△ 冊 一 門 = q 概

1

第 パ ー学 仏 教 文化 学   ・シ ンハ ラ文 化中心変 遷 再 考

 

オベ ーセーカ ラ がパ ッ テ ィニ

祀研 究の 調査 対

と した の は シ ンハ ラ低 地 地 方 と サ バ ガ ム ワ の

6

つ の

伝 承

, 具

的 に は, 西

州 の

Rabaliya

Hcyiafituduva

, 南 部 州の

Matara

, 

Sinigama

お よ び

Urubokka

, そ して サバ

ラ ガム ワ

Ratnapura

6

地 域であ る。

 

こ こ で オベ ーカ ラ は西 部 ・南部 ン ハ 文 化

い て重 要な役 割をは た し て きたこ と を

証す る。 ・… に はキ ャ ン デ ィ 下国に こそ真の シ ン ハ

化の 伝 統が ある と さ れ る が, キャ ンデ ィ の 中高 地 地 域は

12

世紀 まで は 広野, 森 林で , キャ ン デ ィ ー 王 国の 中

はシ ン ハ

仏教文

明の

枠外

にあ り, 宮 廷 文明は外の コ ッ テ か ら も た ら さ れ た。 ま た キャ ンデ ィ再 興の 王 とい わ れ る ラ… ジ ャ シン パ 」

II

1635

87

)の

の 死

1739

)で 王 統が 絶 える とそ の 王 妃の が 南イ ン ド ・マ ドゥ ライの ナーヤ ッ カル

か ら呼ば れて 宮 廷は ヒ ン ドゥー化 し. キ ャ ンデ ィの 文化 e 政治は ナーヤ ッ カル朝の エ ト ら に席 巻 され た 。

 

他 方西 部 e 南

あた る地域

占典 的 地 域 分 類で い う ーヤー ラタ)は ,

11

世紀以

後外

貿

易の 発

で 脚光 を浴び る よ うに な り, その 経 済 的 吸 引力に よっ て よ り

くか ら

明 の 発 展 をみて い た東 部

同ル フ ナ)や北 部 (同ラ ジ ャ ラ タ

権力

の 中心が 西 部 ・南

に移さ れ,

13

世 紀 以 降, 諸王の都 が お か れる こ ととな る。 シ ンハ ラ 仏 教 文 明が 継続 し て繁 栄 す るの は こ の 地 に お い て で あっ た、,

 

・パ

祀の 司祭

 

パ ッ テ ィニ 祭 祀 を司る の はカプラー ラ

kapurala

と呼 ばれ るゴ イガ マ ・ カー ス ト出身の

deva

で あ る。 オベ ーカ ラ 調査

6

地 域 , カ プ ラ ーラ は世 襲の 規 制を有 し て い るわけでは ない が 同家

の 近親者が代々

(5)

        〈書 評>OBEYESEKERE  Gananath:The Cult of the Goddess  Pattini    153

け継い で い

自体女

性 を排 除

教 的心 理 的 な 要 因が あ り, カプ ラーラ も ほ と ん ど男性の み で ある。 ガ ン マ ドゥ ワ儀 礼で は カ プ ラ ーラは女 装 して 神の シ ン ボル を携え る が, パ ッ テ ィ ニ の

akarsarpa (

誘 引

力)

に よ る エ クス シー ・憑

体験

する。 そ こで 近

親者

の 中で も憑 依 経 験が あ るような 者が カ プ ラー ラ に

い てい る と され る傾 向が あ る。

 

・テ キ ス ト

伝承

と儀 礼

 

調 査

対象

すべ て に

pantis

 

kOlmura

れ る

35

っ て い る。 オベ ー ー カ ラ は その

4

つ の ヴァ ー ジ ョ ン の概 要 を

い る が q その 主要

分は, (

1

)パ ッ テ ィ ニ

神話

,  

イン ド・チ ョ ー ラ王 カ リカー ラの

神話

, (

3

)ガ ジャ バ ー 王 伝

3

か ら な っ てい る。

ql

はパ ッ テ ィニ 女 神の 醐 仕を仏教の 鋳 型に は め た もの

2

)はシ ンハ ラ儀 礼

く演 じ られる こ とは ない が, (

1

)と ともに南イ ン ドか ら

わ っ た もの とみ られ るc, (

3

)は ス リラ ン カ

上 の文

英 雄の

で , おそらくパ ッ テ ィ

リ ラ ン カ に

定着

して か ら

35

詩歌 集の

り入 れ られ た もの と

され る。

 

こ れ らの テキス トはガ ンマ ゥ ワ儀 礼のな かにい わば制 度

化 (

institution

− alized ) され てお り,

来パ ッ テ ィニ

祀 と は独立 して い た ガン マ ドゥ ワ儀 礼がパ ッ ィニ

祀 を 中心 統 合 さ れ と を物 語 っ て い る。

 

・治療 体

として の ガン マ ゥワ

儀礼

 

ガ ンマ

儀礼

な 同 ひ と は ,村 人

d6sa

) を 儀礼 的に治

する こ とである。 つ ま り儀 礼 にか か わる村 人ら は

信徒

で ある と 同 時に患 者

5tura)

なの で ある。 どの ガ ンマ ドゥ ワ儀 礼で も

Sirasapada

が 歌 わ れ る が, こ れ は 「

真 実

」 (satyakriya

に よ っ て 頭か ら 足 まで の

d6sa

を な くすた め の 歌 で, ブ ッ ダの 生 涯 ・前世 の 物 語や シュ ヌ神 ・パ ッテ ィニ 物語内容 。 第

2 章  

神々 の世 界   ・三界 とブ ッ ダ

 

シ ンハ 問の

に よ れ ば, 人 間 ・悪魔 ・神の 三

えに三界の 主 と して の ブ ッ ダが ある とい

になっ てい る。

々 とブ ッ ダの 関係は

(6)

 

154

       バ ーリ学 仏 教 文化 学: 一 上の

1

と覇王 (チ ャ ク ラヴ ァ ル テ ィ ン

の 関係に な ぞ らえられる。 い か なる 神々 の儀 礼 も 司祭が ブ ッ ダ ・ダン マ ・サ ン ガか ら avasara つ ま り

権威

・権 力の 行

可を

て初めて執 行 さ れ

る もの で ある。 ガ ン マ ドゥ ワ

礼 の 神 話で も,

々 のは ブ ッ ダの

権威

の 庇

の も とで行 使 される と

たわれ る。 こ し た 観念は南ア ジ ア の 王権に

来 する varan

権 威 ・

権力

結晶

する。 地上の モの場 合,

王か ら副

E

・地方

, 下級 役 人, 村 長へ と varan の

譲が お こなわ れてい

こ とに よっ て , それぞれ の レベ ル で権 力の

行使

が保 証 され る。 神々 の世 界で は, ブ ッ ダか ら varan を

々 が既にブ ッ ダな きこの 世におい て仏教の 社 会 倫 理 ・秩 序を守る とい う し くみ で説 明さ れ る。

 

薩で あ り パ ッ テ ィニ も男

変 成 をとげて ブ ッ ダに な るとされ る。 ガ ン マ ドゥ ワで は人 間の 仏 教 的な

善業

を神々 に 回向 する こ とで よ りはや く 神々 が ブ ッ ダに な れる とい うこ とが

に言 及 され る。 つ ま り神々 は ブッ ダの 力とい う保証 を得て人間の 苦をのぞ き恵み を与 え,一

人間は

功徳

回向

し て

が ブ ッ ダ に なる助 力を与 える, とい う神 と人間の 互恵 関係が成 り立っ て い る。

 

仏 教の 体 系に統 合 さ れ た神々 の 世 界 に働 く,属 性 変 容 あるい は相

対的

な地 位 .ヒ昇の メ カニ ズム を, オベ ーカ ラ は

8

明 す

  

A

:仏 教 的な

慈悲

の徳が増 える ほ ど,懲 悪の属 性は

る。

  

B

: 慈 悲の 徳が増えるほ ど,

者との 距 離は

ざ かる。

  

C

:悲の 徳が増え るほ ど

tH

:俗 との 関 わ りが 薄 くな り, 世俗 に とっ て の 有

    

用性が

減少す

る。

  

D

;主要

が さ らに遠 ざか る と,

々 が その 座 を

る。 カ タラ ガ マ ・

    

サ マ ン ・ヴ ィ ビ ー シャ ナが そ うであ っ た よ う に 悪 魔か ら神の 地 位       へ の

L

昇が.般 的で ある。

  

E

:悪 魔か ら

へ の ヒ

の 際, その ア イデ ンテ ィ テ ィが

的 ・

悪魔 的

    

二分 し,

前者

の 性 格が強 まる ほ ど後 者の 性 格が薄れる。

  

F

: もと もと

・悪 魔の 両 面 を備 え た

神 格

が地 位 を上昇 させ る とき, 神

(7)

<1彗:評>OBEYESEKERE  GananathThe Cut of the Goddcss Pa亡亡ini 155

 

的側 面 が 強 調さ れ る。

G

:神 格が 階 層 を 上昇 す と き時 点で 悪 魔 と神を具 有 した 異常な

 

状 態に な る。

H

:劣 等の 神 格が

上 昇 す とき ,

来の 蔑称 的名 称 に 別 名が

 

与えた り, 捲 頭 辞を帯び た り,新 名称 を得た りす る。 第二

 

ガン マ ドゥ ワ

儀礼

35

詩歌 集

 

既 に述べ た よ , オベ ー カ ラ 調 査 し た

6

地 域 て に

pantis

kOlmura

と して知ら れ る

35

詩歌

がある。 今日で は こ れ らがすべ て 歌 わ れ た り演 じられ た

りす

る わけで は な く, また この

に依 らない 儀 礼 も

 

オベ ーカ ラ は

3

4

で ラ

伝承

て ガ ンマ 儀 礼次 第 を詳細

記録

, また関連 する詩歌 集の 詩節を英 訳し解 説 を

えて い る。 ほ か の

5

伝 承が ラバ リーヤ の もの と大 きく異なっ て い る場 合 には 逐 次 注解 して い る。

第 5

 

ニ 神 話

 

こ こ で は

35

詩 歌 集の な かでパ 女 神 直 接 神 話紹 介 , 解 説を お こ な う。 主 要な物 語には , 「 マ ン ゴを射 抜 く

」 (athba  vidamana

と 「 死 と復 活」

mara  

iptiddima

2

前 者

は ,パ ッ テ ィ ニ が マ ン ゴ に姿 を変 えて パ ー ンデ ィ王 の額の眼 をつ す とう話 , 後 者はパ ッ テ ィ ニ の 放 埒な夫が足 飾 り泥 棒の

疑で王 に処 刑 さ れ るがバ ッ テ ィニ 徳と力

る とい

う話

である。 こ れ らシ ンハ ラ のパ ッテ ィニ 神 話は タ ミ ル古 典 文 学 の 『シ ラ ッ パ ハ ー

神話

やス リ ラ ン カ東 海 岸の ヒ ン ドゥ ー ・タ ミ ルの 問で歌 わ れる もの とか なり類 似 して お り, み な同じ

話や

儀礼

統 に 出来 する もの で あろ

え られ る。

第 6 章 神

話の層

 

神 話の

伝承

は , 占来信 仰 た に生み出さ れ た信 仰, そ して

来の

信仰

体 系か ら摂

さ れ た もの が 混 成 して で きあ が っ て い る。 その 成 立の過程 を解

(8)

 

156

       パ ーリ学 仏 教 文 化 学 明する には , 歴

史 史料

に よ る検 証 と と もに,現

話伝 承 を形 成 してい る 一

」 の 様 子 をみ き わめ る

方法

を工 夫 する必 要が あ る。 そ こ で オベ ー ラは, 神 話の 層

位 学

(stratigraphy

研 究の た め の

方 法論

と して, (

1

徴 的

言説 (symbolic  statements

, (

2

>残 存 物 (survivals

, (

3

)比 較

comparison )

3

つ を取 り上げて

説 明す

る。 〔

1

)は神 話を非人格的, 象徴 的な もの と し て,

層の

か ら なる

象徴

を全 休 論 的に解

する こ と,   は現行の シス テ ム で 機 能を果た さ ない もの が 自然 ・文化の 特 定 条件下 で 生 き残る こ とが あ る こ と, (

3

)は よ り大 きな文

化 共有

地域で実 質 的 ・機 能的似 す る儀礼 を比 較 す る こ とで ある。

 

これ をパ ッ テ ィニ 神 話の 分 析に適 用 し, パ ッ テ ィニ

信仰

の 変 容の 過程を分 析 す る。 「 十 :

dolaha

 

deviyo

)は ガ ン マ ドゥ ワ

礼で い わ ば集 合 的 な 一神 格 し て

信仰

さ れ しば ばその

喚起

され,

供物

奉納

され る。 しか し, ひ とつ ひ とつ の 神々 の名は めっ たに言 及 され ない し, そ れ ぞれ の に関する

神話

は ほ とんど伝わ っ てい ない 。 十二 神の

12

とい う数お よび十 二

とい う形 態は存 続 しなが ら, 信 奉 さ れて い る

々 は

時代

や地域 に よ っ て様々 の ヴ ァ リエ … シ ョ ンが ある。 しか も トニ

神祭

祀 はの ちに十一.

1JI

祭祀 に とっ てか わ られて い く。 しか しな が ら十二

全部の 神が忘 却の 彼 方に追い や ら れ た わ けで は ない よ り低い 地

ちて 生 きなが らえる もの もあれ ば, 室要

の 地

に ヒ昇 した もの もある。 その

後者

がパ ッ テ ィニ 女 神で ある。 ス リ ラ ン カ

央州

の ハ ン グ ラ ンケ タ で はパ ッ テ ィ ニ よ り占い 母神 ・女 神キ リア ン マ が重 要な神 と して信 奉 されて い る。 こ れ をス リラ ン カ西 部 ・南 部の パ ッ テ ィ ニ 信 仰 と比 較 する と, 両 女神 には 子 どもの 病

との 関わ り

治癒)

・ 豊

・ガ ンマ ドゥ ワ儀 礼で司

が そ の

姿

に変装 ・乳を わ かす, とい っ た

し い 類 似性がみ られる。 した がっ て パ ッ テ ィニ 祭祀は キ リ ア ンマ

祀 に とっ て かわ っ た もの で, 後 者の 要

が前 者の なか に統 合吸 収され た とみ る こ とがで きる。 そ して さら にパ ッ テ ィ ニ は ,

18

降の キャ ンデ ィで は, 四方の 守 .

護神

の ひ とつ にまで地位 を上 昇 させ てい る。

(9)

<書評 >OBEYESEKERE  Gananath:Thc Cult of thc Goddcss Pattini

157

第三

7

 

王権の宇 宙   ・カ リカ ーラ神言舌

 

本 章

扱 う

は ,

35

詩 歌 集

pantis

 

kOlmura

ニ コ ーパ ス である,

Soll (

チ ョ ー ラ

王 カ リカー ラ とパ ー ンデ ィの 悪{ (無 名)の 神 話で あ る。 テキス トの 英訳と解 説に続い て こ の

神話

お よ び関連 す る儀 礼 劇の

解釈

う際, オベ ーカ ラ は両 下 く対 照 的に描か れてい る点に注 目する。

1

の対比 は次の ように ま とめ られ よう、,       カ リ カ ー ラ

神性

な し,

民 出 身の

i

親 人

のた め に

路や堤 防 を.建設 人民に対 して尊 厳 と丁 重

習に した が い

に相 談 カー ヴェ リー

堤 をお祭 りで祝 う      ノe一 ン デ ィ.ヨ三

神性

を もつ , 第

r

の 眼 あり 自分の 宮 殿 建 設の た め に 人 民 を

用 収 容所 で ひ どい

蔑 独 裁 ドで 人々 が 苦 しむ

  

一方, 南イ ン の カ リカー ラ

神話

では, 少 年 期に チ ョ ー

だ 王

族 による転 覆の 策謀で 監 禁 さ れ るが,

ち前の 才 能 と友の 助けで再び 王位 につ う展 開に なっ て い る。 南イン ドの歴史 家 らは この 神 話 を 歴

実 を

に し た もの とみ て い るが, オベ ーカ ラ こ れ に は

判的

に よれ ば,お そら くある タ イプの英

が 王 とし て伝 説 的に描か れ た もの で ,

6

, お そ くと も

8

餅 己まで に は カ ー ェ リー川築 堤の 偉 大な英雄 に まつ りあげられた もの であ る。

 

南イ ン ド版と シン ハ 善 王

う対立 が 共 通 してお り, 南 イン ド にお ける神聖 王 の

観念

の確立 とあい まっ て こ の

話が シ ンハ ラ に

え ら れ たの で れ る 。 第

8

章 カ リカ ーラ とセ ン ク ッ トゥ ワ ン   ・ガジ ヤ バ ー フ伝 説

 

』 に よ れ ば ガ ジャ バ ー フ王 は

2

世 紀 後

の歴史上 の

で ある。 一一一 方, タ ミル 文 学 史 ヒ初の

である 『 ム 』

(10)

 158        /H“一・リ斗坐ム教1イヒ学: の 中 に, ガ ジ ャ バ ー セ ン

E

とで お こ な わ れ たパ ッ ィニ

列 し た との 述 が あ る。 歴 史家たちは こ れ に も とつ い て 『シ ラ ッ パ デ ィハ ー一 の ガ ジャ バ ーフ を 『マ ハ ー ァ ンサ 中の歴 史上の 人

と同一で ある とみ な し,

品の

代 比 定根 拠に もし て き た。

 

オベ ーセ… カ ラ は.こ の ガ ジャ バ ー フ伝 説 史実 化をパ ッ テ ィニ 祭 祀へ の 言 及 とい

面か ら批 判 する。 すな わ ち、

4

5

旧:紀の 島史には ガ ジ ャ バ ー 南イン ド訪 問の 記 述は なく, また その 時代 にはパ ッ テ ィニ

祀が ス リラ ン カ で

えてい な か っ た とみ られ る。 しか し後代の シ ン ハ 史書… ジ ー ヴ ァ リーヤ」

17

世紀

に は, ガ ジャ バ ー

2

分 け 」 南イ ン ド ・チ ョ 一一ラ 国に渡 り, 悪 王 を 退

し 「捕

を解 放 した

, 仏

や パ ッ ィニ 女

の 足 飾 りを持ち帰っ た と記さ れて い る。 オベ ーカ ラ 釈で は, こ の ガ ジャ バ ー

分 け」 の

礼の 起源を説明 す る た め に, ス リラ ン カ でパ ッ テ

t

祀 が優 勢 に なっ て か ら用い られ る よ

に な っ た もの で,

10

13

遡 ら れ る の の , 当 時はパ ッ テ ィ ニ 女 神

びつ くもの ではなか っ た。   ・†直民 ネ申言舌

 

先に紹 介した シンハ ラ歴 史書中の ガ ジ ャ バ ーフ伝 説は ,史 実 と して解 釈す る とすれ ば,

10

13

ドか ら 侵 略 非 常 , 人民を

属か ら解 放 した英 雄の

蹟 とい うこ と に なろ う。 確か に,

12000

人 もの シン ハ 人捕

を と てい た チ ョ ー ラ王 を征 伐 して 捕 虜 を解 放 する と と もに同数 の 南イ ン ド人

捕虜

を連れ

っ て い る。 ま た その 際, パ ッ テ ィニ の 足

り, 四 大神の しる し, かつ て奪わ れた仏 鉢 を持 ち帰っ てい る。

他 方

イ ン ドが わ, 即 ち 『シ ラ ッ パ デ ィハ ー で の ガ ジ ャ バ ー フ は ,英 雄セ ン ク ッ トゥ ワ ン モに

属 し,王の パ トロ ン で ス リ ラ ン カ にパ ッ テ ィニ

祀 を もた ら した と するの み で あ る。 詳細は後 述され る が, こ こ で オ ベ ーカ ラ , パ ッ テ ィ ニ 祭 祀が ケラ ラ ・マ ラバ ール 地

か らの 植民者に よっ て もた ら され た の で はない か とい う推 測を提 示す る。

 

・ネ申言舌・

f

匕と月兇彳申言舌

(11)

     

〈1’tl:i’

LII 「〉ΩBEYESEKERE , G・n・腿 h・TltCltf・th Gddess Ptti

。i

 

l59

 

ガジ ャ バ ーフ

実とする従 来の 歴

家の

否定

したオベ ーセ ー カ ラ は,

史実

話 化 ・神 話の脱神 話化 とい う概 念 を用 い て , 南イ ン ドの 学 者らの 間 に み ら れ が ち な神 話解

あ り方を批

してい る。

 

話化 (

mythicization ) とリ ア 用 語 , 歴 史 的 入物や

事 件

が神 話 中の

やエ ピド に

神 話化

成する と史料 は

全に神話 と な り, 別 個の 証拠が ない か ぎ りそこか ら

史実

を 抽 出

る こ とが不 可 能になる。

 

神 話化 (

demythicization

はオ ベ ーカ ラ

提 示 した概 念 , バ ル

1

・マ ンの い

demythologizing

, つ ま り神 話の

文字

ど お りの

真実

定 する こ と とは

なる。 脱神 話 化には

3

つ の

相が ある。

  

1

 

仰の

系で重 要な

事件

や 人物の

在性

が経 験 的に

明で きる

   

と み なされ る 〔神の 存 在証 明 な ど

  

2

 

神 話

の 出来

を歴 史 的

実在

とみ なす

』 で ラ ーヴ ァ

   

ナ が孔

で飛

する こ とを, 当時 すで に飛 行 機が あ っ た とみ な す こ と

   

な ど

  

3

 

疑 問の

地 が な

宗教 的

世 俗 的 ギ ー をん で う理

   

由で

伝統

的な神 話を その ま まうけい れ る

 

パ ッ テ ィニ

関連 言 えば , も

儀礼

わ れず 宗 教 的

味 も失 っ てい るけれ ども , イン ドの

学者

ら は, タ ミル 叙

詩 中の パ ッ テ ィ ニ 祭 祀の 記 述 を

史実

とみ なし, そ れ を も とに当時の 社 会文化 的状 況を

真剣

じてい る, とい う脱

話 化の 傾 向が一般的 に み ら れ る。

四 部

 

オベ ーセ ー カ ラ に よ れ ば儀 礼 には

ideal

 representations と catharsis の

2

種 類がある。 前

は,司 祭に よ り歌 わ れ 上演 さ れる

話や 儀礼で , 文化 ・宗 教 ・

哲学 的

価値 を体 現 した, ま じめで 荘 厳な内容を もつ もの で あ る

加 す る聴 衆 も静粛で ある。 一

者は しば しば野

猥な振 る

い を含 む と い う点

特徴

, 入々 の心理的 問 題や不

をよ り直接 的に

現 する もの で

(12)

60

パ ーリ学仏教 文 化 学 ある。

衆は儀礼に直

, あるい は か け

い に よ り

償 的に参 加 する。 第

9

Ahkeliya

儀 礼

 

こ の

儀礼

は 「鹿 角 引

horn

 

game

) と知 ら れ る儀 礼で ある。 鹿の 角 あ るい はそれ を模 した

製の鈎 を

2

つ 引っ か け あわ せ

につ な が れ た 綱 を

2

チ ーム

パ ッ テ ィニ 側 とその 夫側

に分か れ た

人が ひ きあ う。 絡め た 角が 折 れ た方が敗 者で,

ちチーム は負 けた側に悪 態 をつ く。 上述の 分 類に 従え ば, ア ン ケ リヤ

儀礼

観 衆

が カ タル シ ス に直

接参加

する カ タ ル シス で あ る。 ガンマ ドゥ ワ儀 礼の パ ッ ィ ニ

神話本体

とは実

的 な関 連は ない けれ ども, パ ッ テ ィニ

祀を

述の よ うに 「投 射 体

」 と解 釈す る うえで重 要で ある と して, オ ベ ーカ ラ ニ 祭 祀研

の な かに この儀 礼の 調 査 と分析 を位 置づ てい る。 北 中部 州, 北部 州 をの ぞい たス リラ ン カ全 土に

わ っ て い た儀 礼だ が, オベ ー 東海 岸 , 南 部 州 ・ ゥー ワ, 西部 州 ・ビ ヤ , 中央 州 ・ ドゥ ヌ ケウラ の

4

地域の 儀 礼 を観 察 して

40

ペ ー ジ にわ た り詳 細に報 告 して い る。 第五

10

章   母 神 と社 会 構造

 

投射体系

と は, 個人の 内 的な 不安 を既 存 の

体系

に投 射 する こ とに よっ て その 不

と折 り合い をつ ける とい う, 心理 的な

証を

人に

え る もの である。 オベ ーカ ラ は テ ィ祭 祀

投 射体 系

の ひ とつ と 社 会価 値

→ 女 性の 役 割→ 母子の 関係→ 子

仰 心 とい う因果 関係 を想 定 し,

女性

役割

や母

関係に関わ る, 「

型」 と しての バ ラ モ ン 的 価

観の 意味 あい を こ こ で 論 じる。

 

ヒ ン ドゥ ー教 の 社 会 に おい て は,結婚時の 処女性 ・妻と して の 貞淑亡 人 と し て の

貞節

が女性 の 理 想 と さ れ る

 

pativrata

)。 女性は父 親 に夫 と して の理 想像 を見 出 すが現 実は そ れ とは ほ ど遠い 。 そこで ク リシュ ナ

イン ド

やム ル ガン (南イ ン ド)な どの

敬 愛

を求め る 、, 嫁と して は祖霊

拝の 継 承 者 と し て男 子の 跡

ぎを 生 むこ とが絶対で あ る。 長男 と母親は と く

(13)

<書評 >OBEYESEKERE . Gananath:The (:ul1 Qf thc Goddcss Pattilli 161 に強い

びつ きを も

 

宗教 儀礼や 信仰に投 射 される母 親の イメ ージを オベ …セ ー カ ラ は次の

3

タ イ プに類 型 して い る、、

  

聖なる牛

   

 

育 (乳,食 事 を与 える もの

  

パ ール ヴァ テ ィ

   

慈 しみ, 美

力添

え, 父

の 妻

  

カー リー一

     

一残 忍, ヒ ス テ リカ ル ,男を

勢 させ る, 突発 的な怒り

 

北 イン ドに比べ 南 イ ン ドは,女性の 役 割 にたい す る重 圧が 弱い が, その 社 会 的 ・構 造 的要 因は

叉い とこ にある。 小さい 頃か ら よ く知っ て い る嫁 ぎ先で適 応が

容易

であるか ら で ある。 づ∫, ス リ ラ ン カ

市 部 とくにコ ロ ン ボ

辺 で はカ ー リー女神へ 信 仰隆盛 あ る が , こ れ も社 会の 価 値 観の 投 射で あ る と

で きる、、 すな わ ち,

民地 下で も た らされ た プロ テ ス タ ン ト 的

がバ モ ン的価 値 観 を補 隙 した た め

鷹揚

で あ っ た結 婚 ・性牛活の 倫理

格 ・閉鎖 的にな り, そ れ に

する

求 不 満が 都市 部の 女 性

母親) と子 供の 関

出 さ れ,

E

述の

3

タイ プの うちカ ー

ー ジが

成 さ れて い っ たの である、, 第

li

 

処 女 ・妻 ・ 母親

 

パ ッ テ ィニ

神 話

, 古 典 タ ミル

叙事詩

の 『シ ラ ッ パ デ ィハ ー , シ ンハ

, ス リ ラ ン カ東 海

の タ ミ ル ・ヒ ン ドゥ ー版 と異な る伝 承が あ る が , い ず れに も共通 する テ ーマ は , パ ッ テ ィ ニ = 処 女, ーデー ヴ = 売

遊 女 ), パ ー

コ ー ヴァ ラン

とい う設 定る。

 

こ こで オベ ・…セ ーカ ラは フ ロ イ ト

fixation

概 念

用 し て, 遊女お よ び 遊女に対 する愛を解 釈 する。 母

は女性の モ デ ル で あ り, 理 想 的な妻 を母親の イメー ジ に形

る。 近

の タブ ーの 意 識は

い の で, 母親に対 する

病 的

が強い と ,父 親に よ

と し 去 勢 , 性的 不 能の 不安か ら, 妻 との 性 的 関係は妨げ られ る。 そこ で愛 情 と性 欲は分 離 さ れ ,母親の 対極 に位 置す る 遊

を性 欲の

るの で ある 。 こ うした

感情

は, パ ッ テ ィニ

神話

にお い て は, パ ー ガ が ッテ ィニ

渉 を も ず, 遊

とは関係をもつ として 「

」 さ れて い る。

(14)

 i62      パ …リ学 仏 教 文化 学

 

した が っ てパ ッ テ ィニ は

で あ りかつ 処 女である とい う矛

を抱え るの で あるが ,実は神 話 におい て は物 語の コ ン テ クス トの 中で こ れ が 回避され て い る/−t タ ミル

で は,

女は

婚 した ときにわずか

5

で あ り, 夫パ ー は結 婚 ま えに彼 女を

て て 遊女の もとへ 行 た と される ま た ス リラ ン カ版 で は , 幼 児

の 習

が ない た め か , バ … ガが的 不 あ る テ ィニ の 処 女 性

保持

を示 して い る また遊 女マ ーデ ー ヴ ィ の

存在

がパ ッ テ ィ ニ

交 渉の 必 然 性 を解 消 して い るの で あ る。

 

・パ ッ テ で二 と西ア ジア の 母

神祭

 

こ こ まで オベ ーセ ー カ ラは ス リ ラン カ の パ ッ テ ィニ 祭 祀を

イ ン ド

由来

の 儀 礼 とし て考 察 して きた が, さ ら に その 源 泉 を追 求 し て ,古代 西ア ジアの 母 神 祭 祀との 比 較を行 う。

 

紀 元 前

5

 

o

こ ろか ら

古代

西ア ジア で は さ ま

まな母

神 祭

祀が

盛で 中海 地 域 全土 に広が り, キ リス ト教の 時 代が始 まっ て も

300

400

年 続 た と されて い る,, そ れは, ヘ ー ラ, ア フ ロ デ ィ ー テ ミ 女神 , ア ッ テ ィ ス , オシ リス , ア ドニ ス などの 夫, 恋人,

子 と して の

男神

を奉 祀 する儀 礼で あ る。 オベ ーカ ラ は

パ ー ンガ との 関係と比 較 し,母 神が しば しば母 で あ り処 女で ある とみ ら れ たこ と, そ して 男

, と くにア ッ テ ィ ス とア ドニ ス が 去勢 して お り, 死 後 復 活 する と さ れて い るこ と に注目 し て い る。 西 ア ジア に お ける こ の 祭 祀 も母 子 関係の 心 理の 投

と解釈 され る,, 第

12

 

ア ンケ リヤ

礼の機 能  パ ッ テ ィニ 神 話の 分 析 と同様 に,第

9

章で詳細 に報 告 したア ン ケ リ ヤ儀 礼 を 「

投 射体 系

1 と捉えて, こ の儀 礼の 機

を解明 す るの が本

で ある。

 

ア ン ケ リヤ 儀礼の 角引 きの い で っ た チ ーム が 相手に浴びせ る歌は 排 泄物や性 器 セ ッ クス に関連 する, …

内容 , それ は, 社 会 的タ ブ ーや心 埋 的 不

の カ タル シ ス的 発 現なの である。 た と え ば ,パ ッ テ ィニ

神 話

関連

え ば, 性 的不 能の 不 安は, 「 =.・丁 大 砲 」 とい う よ う な表現 の 巨 根 願 望 とし て あらわ れ, ま た, 去

の 不

は, 女性 器

破損

(15)

       .<をt}:、・層

F

OBEYESEK

旦旦野, Ga阻an

k

−!−

pe

 Cutt of thc Goddcss  Pattini   163

願 望の に みて とれ る。

 

オベ ー一セ ・一カ ラ は さ らに, ス リ ラ ン カ社 会に お け る 「 」 (

1

jja

の 意識 の

投射

と して, ア ン ケ リヤ儀 礼 を解 釈 する。 恥 およ び 「 の 恐れ 一

1alja

baya )

感 覚は, 子 供 の 頃か ら 父親に よっ て教 え込まれ て お り, その た め 侮 辱や 自尊 心 をそ こな わ れ る こ とに対 して突発的な怒 りを

える 一

名声

や地

な ど

白尊

心を

める

誘惑

には弱い た席 次 など相 対 的地 位 に

敏感

で あ る、,

引 きゲ ー 勝 者 側侮 辱 的せ る の は, こ うした珊 の 意 識を背 景に してお り, 公衆の面前で相 手に恥をか か せ る こ とによっ て

勝者

側 は公に 自らの 地 位 を

相対

めるの で ある., 第六部

 

オベ ーセー カ ラ は,

でパ ッ テ ィニ 祭 祀の 心 理 分析 的解 釈 をお こ ない , 西ア ジ ア の 母

神祭

祀 との 類似 性 を指 摘 した。 こ こ で は さ ら に, そ れ を足 が か りに, パ ッ テ ィ ニ

祀の 西 アジア起 源の 卩∫能性 を探っ て , 交

ル ー を通 た西 ア ジ ア〜

イン 〜ス リ ラ ン カ とい う展 開 を仮 説 と

, そ れ を 検証 して い

 

パ ッ テ ィ ニ 祭 関す

最 古 資 料

2

つ の タ ミル

叙事

ッ パ デ ィ ハ … と 「 ライ』 によっ て こ の

祀の杜

会文化的背

景 を

考察

すれ ば ,パ ッテ ィニ 女 神の 神 話 的伝 記の ル ーツ は , ヒ ン ドゥーで はない イ ン ドの 宗

すな わ ち仏 教や ジ ャ イナ

にあ る とい える。 この 祭 祀 を信 奉 した人々 は

ヒ ン ドゥ ー教 徒の , 南イ ン ド対

外貿易

配 し た

入階 級で あっ た,、 しか し

8

世紀か ら

13

世紀にかけて イン ドに お い て は仏 教 と ジ ャ イ ナ教は衰退 し た。 その後パ ッ テ ィニ

祀は, イン ドで の

信奉者

の 移住 と ともに伝

して い っ たが

移住

に関する史 料お よび伝 えられ 祭 祀様 相 と に プ m セ ス 推 定 す ば , に まと め ら れ る

  

1

 

南 イン ドを追われ た仏 教徒 は ス リラ ン カ西海

に移住 し, パ ッ テ ィ

   

紀 を もた ら 。 こ こ で テ キス トの

翻訳

が な され, 儀 礼が新 天 地

   

むけに ア レン ジ され た。

      

13章)

(16)

164

        −∠

tf

:’:1乏学仏一教 文 化 学

 

2

 

南 イ ン ドでは, パ ッ テ ィニ 祭 祀が カ ー , ドゥ ル バ ガ ヴァ

  

テ ィー とい っ た人

ある ヒ ン ドゥ ーの 女 神

祀に吸

されて い っ た 。

                                    

14

章)

 

3

 

南イン ド ・ケーラ ラか らの 移住 者がス リ ラ ン カ東 海

定住

しヒ ン

  

ドゥ ・一教を信

し た。

らが信奉 し たの は ヒ ン ドゥ ー

女神祭

紀で

  

るが ,南イン ドの ように カ ー リー と同

する こ と な く, 民

俗神

の 性

  

をほ ぼ保っ た

       

第15章)

4

  若

の コ メ ン ト

 

本 書が 「

な民 族 誌 ・テ キス ト ・史 料 を ま とめ てさ ま ざ ま な角度 か ら分 析 ・解 釈 し,

簡潔

明 晰

記す う傑 出 した

業績

Fuller

, 

p

774

)で ある こ と は, お そ ら く疑い の 余 地は なか ろ う。 しか しそ の ス ケ ー の 大き さ は 諸 刃の剣で あ ると もい る。 文献 研 究 者に とっ て は, 人類 学的展 望 が 理解の

を広 げる可 能性 を示 すで あろ うし

Lambek

, 

p

294 )

, 民 族 誌 デ … タ に

して歴

学 ・社 会 学 的解

理分

手法

ま く

びつ け い る点 (

Kapferer

, 

p

178

な ど, 真の 意 味で 学 際 領 域の研 究 に対 す るオ リ エ ン テ ー シ ョ ン を提 示 してい る (

Houtart

, 

p

136)

とい える。 しか し

方, 膨 大な情 報量 と広範す ぎ るテーマ は, 本 書の 方 向性 を見 失わせ, 特 に儀

の 長 大な記述 はや や もす れ ば ご くわずかな専 門家に しか熟 読 され ない か も しれ ない

Fuller

 

p

774

 

オベ ーセ ー カ ラ

自身

の コ メ ン トに よ れ ば, 本 書の 中心はパ ッ テ ィ ニ

テキス ト

儀 礼の 記 述 詩歌 集 神 話 )にあ る。 すで に ほ とん ど行わ れ な く なっ て きたパ ッ テ ィニ 祭 祀が完 全な くな らぬ ように

文章

し , テキス ト の 訳 を収 録 した。 そ し て, テ キ ス トによっ て

か れ る意

IUJ

の あら ゆ る限 りの 側 面を探 求 したい ネ イテ ィ ブの人 類 学 者 と して の 動 機 を もと に 歴 史 学, 心 理 分 析 な どの

手 法

を 用 い て 分 析 を ほ ど こ し た の で ある

Obeyesekere

 

1987

 

p

99)

 

こ う し た彼の 戦略 も, テ ー の 欠 落の ゆ えに うま く機 能 し な か っ

(17)

        <書評>OBEYESEKERE , 

Gananath

:Thc Cult of the Goddcss PaLtin1   165 た ようで, そ れ が

E

記の ご と き批 判 を生ん だ とい うこ とが で きる。

 

論に つ い て は, 次の ような批 評お よび著 者 自身の コ メ ン トが よせ ら れて い る。

 

, 歴

史学 的

な分 野に関し本 書が寄

し た

貢献

は, こ れ までの 南ア ジア その 他の 歴 史学 者 による定 式 的見 解 を批 判して キ ャ ンデ ィ= シ ン ハ ラ伝 統 の 担い 手 とい い わ ば キ ャ ン デ ィ の 中心 的

位 置

降格

さ せ た点

Bharati

pp

365

366

, お よ び

実の 神 話 化の 過程 を的

野にお さ め て 史 実 と して の ガ ジャ バ ー フ王 の 存 在 を否 定 した点

Shulman

, 

p

272

) にあろ う。 … , パ ッ テ ィニ 祭 祀の 起源を西 ア ジア に

めて

を展 開 して い る こ とに は い つ かの

弱点

指摘

さ れ る。 オベ ーカ ラ嘆 き

男神 の 死 ・復 活とい

テ ーマ に注 目した わけだが, 西ア ジ ア との 類 似 を求め るあ まり, パ ッ ィ ニ

神 話

コ ー ァ ラ ン の

生 が 強 調 さ す ぎ

Blackburn

, 

p

137

。 ま た, か りに西ア ジア との

共通性

を見い だす にせ よ, 南イ ン ドとの 関連に

れ ない の も閂 題を残 す。 南 イ ン ドで も同様なテ ーマ の 儀 礼 劇が 演 じ ら れ

Blackburn

, 

p

137

, 哀 歌

民 謡

村 落

で 歌わ れ る

Shulman

, 

p

274

)か らで ある。

 

次に, 本書の ひ とつ の 目玉 ともい える, 「

射体系

」 と しての 儀 礼 ・神 話の 分 析 に関 して 述べ い 。 オベ ーカ ラ は , 理念型 とい う方法は未 だ不 完 全 である と自覚 しつ つ も , グロ ーバ ル なレベ ル で じるた め に, バ ラモ ン の価 値 観 とい う理念型 を 用い て (

Obeyesckere

 

1987

 

pp

. 

I

 

O1

102

, イン ドに お け る母 親の

3

イ メ ー ジ

聖牛二 包容 ・養 育, パ ー ィ ー= 慈 しみ 母 ・ 理 想 の , カ ー ー一・一=

, ヒ ス テ リカ ル , 怒 り

がバ ラモ ン の 規 範の 相 対

強 度に相 応 する こ とを論 じ た。 つ ま りバ ラモ ン の 規 範が 強 け れ ば カー リー と しての 母親 像が母子関係 に

影響

を お よぼす とい の で あ る。 こ の 議 論 に対 して はフ ラーか ら体 系 的な批 判が だ されて い る。 フ ラーが言 うよ うに オベ … セ ーカラ の 分 析は現

神 信 仰の あ りようとは 矛盾 し てい る。 た とえ ば , バ モ ンの規 範か らは遠 く母 子 の結びつ きが弱い カ ー ス トで最 もカー リー

(18)

 

166

     

      

      

    

/t’一リ’挙 イム 」教:史二でヒ ’ 一 女神

拝が盛んである。 逆 に幼 児 期の 母 子 関

が 固

約で , 聖

あるい は逆 に カー リー的・母親像が 強い は ず の 高 位 カー ス の 間で パ ール ヴァ テ ィー

祀 が卞 に行わ れてい るの で ある。 またそ もそ も .パ … と は 神の

偶者

で母の イメ ー ジ と して論じる にふ さわ しくない

Fullcr

 

p

774

 

した 批判を う けて , オ ベ ーカ ラ

本書

提示

し た

X

= バ ラ モ ン 的価 値

な らば

Y

ー イ ー ジ 」 とい

う論

理 を改 め て, 「 ラモ ン

価 値観 (

X

前件 変

が 特 別 な母 子 関 係

Y

:一・

介在

数)

を 生 み 津、し, その 結果 として 特別 な母 親の イ メ ー ジ を

社 会 (

従属

変 数

投影

す る 1 と した

Obeyesckcre

 

1987

 

pp

106107

)。 要 す るに, 後 者の 公 式で は

X

なる

前件 変

数か らも

Y

が生 じる と してい るの で シ ュ ー ドラ 的価

観か ら同じ母子関係 となる こ と も論理 に

み 入 れ られ たの で ある。

 

シンハ 社 会に お ける 「恥 の観 念の 投 射 と して アン ケ リ ヤ儀礼 を解 釈 し た点に関して はさ らに現 代 社 会の

高 自殺 率

題 な どにも拡 げ うる有 効 性が評 価 されてい る

Sirrat

, 

pp

72

73

Obeyesekere

 

1987

, 

p

./

02

. た だ し, 母

・ 関

に せ よ恥に せ よ, オベ ーカ ラ わ ば ネガ テ な 側 面 分析 が偏 りが ちで あるの で, 笑い , だ じゃ れ とい っ た ポ ジ テ ィ ブな側 面が十 分 扱 われて い ない とい 指 摘 渋 谷

p

46

)も

当 とい よう。

 

その 他, 全般にか か わる

指摘

と して い く つ 紹 介 て お くに と どめ る,,

  

・ス リラン カ高 地 地 方バ ッ テ ィニ

, 最 初か ら

異伝 統

として研 究 対

   

外 とさ れ て い る (渋 谷,

p

46)

。     ・オベ ・一セ ー カ ラ 自身パ ッ テ ィニ 祭祀の 衰 退 に直面 しな が ら,記 録保 存

   

に力 を 入 れ た もの の そ の 衰 退 とい う 問題 を取 り

っ て い な い

   

Appadurai

, 

p

649

Lambek

, 

p

295

  

・フ ロ イ ト的 解釈に関 し, 彼が 見落と して い る点 (

Lambek

, 

p

297

)が

   

あ り, また強 引す ぎる解 釈 もみ られる (

Bharati

pp

368

369 )

  

・パ ッ テ ィ ニ

祀の 政

社 会

的 な

目し て い な い

Kap

   

ferer

, 

P

178

)。     ・歴 史や神 話 化の プロ セス も射 程 に入れ て い る構 造主義者の業 績 をほ と

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