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仏教福祉 No.07

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ISSN 1343-02

仏 教 絡 仏

2004

年3月

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7

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仏 教 橘 仏

2004

年3月

N

o

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7

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第六回仏教福祉シンポジウム

ー寺院は地域の福祉にいかに貢献しうるか│

パネラ

l

1

デイネイタ l 研究論文

近世における臨終行儀について

臨終節要

千代見草

の比較を通して

1

淑徳大学大学院社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程 研究ノ

l

﹁少子化社会の保育制度と仏教系保育所の現状について﹂

浄土宗総合研究所研究スタッフ 編集後記 長 青 磯 小 谷

)

1

1

関 鷲 倉 岡 田 見 賢 哲 常 明

1

也 之 匡 俊 徳 、 57 子 rム. 疋三 76 一 言 口 , d q t

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第六回仏教福祉シンポジウム

寺院は地域の福祉にいかに貢献しうるか

日時 場所 パネラ

l

平成十五年十一月八日 増上寺

l

デ イ ネ イ タ

l

磯 小

主 円

長谷川

ノ色、 屈

戸u,.

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司会(堀上) 皆さま、こんにちは 。 週末のお忙しい中 お集まりいただきましでありがとうございます 。 ただいまより浄土宗総合研究所主催、仏教福祉研究班 によりますシンポジウム、 テーマは﹁寺院は地域の福祉 にいかに 貢 献しうるか﹂ということで開催させていただ きます 。 初めに浄土宗総合研究所主任、福西先生よりご挨拶申 し上げます 。 福西浄土宗研究所主任 皆さん、こんにちは 。 浄土宗総 合研究所の福西と申します 。 所長は石上善躍でございますが、きょうはちょうど韓 国の方で学術会議がございまして、韓国に行 っ ておりま すので、まだ戻ってまいりません 。 代わりましてご挨拶 申し上げます 。 総合研究所ではいろいろな形でシンポジウムを行 っ て おりますが、仏教福祉のシンポジウムは、特に皆さまが お集まりやすいということを考えまして、土曜日の午後 ということを提案したわけでございます 。 土曜日でよか っ たと思いますのは、明白ですと、ちょうどここのとこ ろがマラソンのランナーのコ

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スになっておりまして、 シンポジウムどころではなくなっていたのではないかと 思います 。 きょうはマラソンはございません 。 そんなわけで、このシンポジウムを皆さまもどうぞ、 一肩一 の力を抜いて、各先生からいろいろなお話がございま す の で 、 お聞きいただけたらと思っております 。 それからまたご質問のときには活発なご意見を拝聴し

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-たいと思っておりますのでよろしくお願い申し上げます 。 それではコーディネータ 1 の長谷川先生、 よろしくお 願いいたします 。 司会 それでは、こちらは浄土宗の大本山でございます 。 シンポジユウム開催に当たりまして、同称十念で始めさ せていただきます 。 ( 同称十念) それでは本日のコーディネーターであります仏教福祉

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研究班の代表、長谷川匡俊先生の方にバトンタ ッ チいた します 。 それでは長谷川先生、よろしくお願いいたします 。

長谷川(コーディネータ

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)

皆さん、こんにちは 。 きょうはきわやかな秋空のもと、週末の貴重なお時間 を割いてこのようにご参加いただきましたことを仏教福 祉共同研究班の代表として心から感謝を申し上げ、御礼 を申し上げるものでございます 。 先ほど、福西先生から総合研究所の一つの共同研究班 として仏教福祉を中心とした研究プロジェクトが進めら れているというお話をいただきました 。 実 はこれまでに五回、こうしたシンポジウムをその都 度テ

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マを変えて行ってきました 。 今回は特に寺院、そ して地域社会、そして社会福祉という 三 つをつなぐ試み をシンポジユウムを通して皆さま方からいろいろなご質 問やご意見を伺い、そして内容を深めていくことができ れば、何よりと思います 。 私どもの研究プロジェクトに とりましでも、また、同時にそのことが寺院の活性化、 そして地域の再生、さらにはそこでの福祉の充実が図ら れていけばという思いが重なるものであります 。 また、こうしたシンポジウムを行いますには、何と申 しましでも、ご発題いただきます講師の先生方、どうい った分野のどの先生にお願いするかということがとても 大事なことになってまいります 。 そのような意味で今回、 私は胸をは っ て 、すばらしい講師の先生をお迎えするこ とができたと思 っ ております 。 後ほど、ご紹介申しけ上 げます 。 さ て 、 いま申し上げましたように、きょうのシンポジ ウムのテ

l

マは﹁寺院は地域の福祉にいかに 貢 献し得る か﹂ということで、まず、福祉を実践していく主体とい う意味で﹁寺院﹂をあげさせていただいています 。 もち ろん寺院の運営は住職、寺族を中心に果たされていくわ けですから、ここで﹁寺院﹂という場合には、ご住職や 寺族の方々等が含まれるとお考えいただければ幸いであ ります 。

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それから﹁地域ないしは地域社会﹂と申しますのは、 これはいわば主体に対していいますと、﹁対象﹂という ことになります 。 そして 三 つ目の﹁福祉もしくは社会福祉﹂、これはテ ーマにもありますように、寺院は地域の福祉にいかに貢 献し得るかということですから、 いわば﹁目的﹂、ある いは目的を達成するための﹁事業﹂、このようにお考え いただければ 幸 いです 。 そこで最初の主体であります﹁寺院﹂、 いま、全国で 約七万五千の寺院があると見られております 。 文化庁が 出しております﹁宗教年鑑﹂によってそれは明らかです が、数え方によって多少数字の誤差は出てきますが、そ の七万五千余に及ぶ寺院が総決起すれば、これは 一 大勢 力と申しましょうか、何も福祉に限定したことではなく、 それぞれの地域における活力の源になり得ます 。 そのよ うな広い意味で、全国各地の多数の寺院がかつてそうで あったように、それぞれの地域の文化センターとして、 コミニテイセンターとしての役割がいままさに期待され ていることはご存知のとおりであります 。 そこで、きょうは﹁寺院﹂ の社会的な有用性、社会的 な機能、その中でもとりわけ﹁福祉﹂、広い意味での ﹁社会福祉﹂について取りあげてみたい、こうお考えい ただければ幸いであります 。 それから 二 番目の﹁対象﹂としての地域社会ですが、 あとで詳しく磯岡先生からもお話があるかと思いますが、 ご承知のように現在はかつて存在した村や町の共同体、 いわば地域の共向性、もっと具体的にいえば地域の住民

-4

相互の相互扶助的な機能というものが衰弱し、 か つ 、 ほ とんど機能をなし得ないような不 全 状態になっていると いってもいいでしょう 。 したがいまして、こうした状況の中で、地域社会の再 生、地域共同性の再構築といいますか、こういうことが 叫ばれております 。 そのような地域社会の状況をこの機 会にお互いにしっかり押さえて考えていきたいと思 っ て おります 。 それから 三 番目の﹁目的﹂、そしてそれを達成するた

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めの事業としての﹁社会福祉﹂については、これまた、 後ほど、小倉先生の方から詳しくお触れいただく予定で あります 。 社会福祉の世界では﹁社会福祉基礎構造改 革﹂と称 し て 、 一連の改革が推 し進め られてき ました 。 二

O

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(

平 成 三 乙 年 六 月 、に従来の社会福祉 事業 法というものが社会福祉法という法律に改正されました 。 この﹁社会福祉法﹂は、﹁地域福祉の推進﹂ への方向を 定めたものでもあるわけです 。 そして、そのためには、 住民の積極的な参加がベ l スになって、さらに社会福祉 協議会や社会福祉施設、あるいは福祉に従事しているソ ー シヤルワ

l

ヵーやボランテ ィアを含め、地域のさまざ まな人的、物的な福祉資源が相互に協力支援体制を結ん で、まさに地域の福祉の向上を図ろうとする、そうした 理念のもとにスタートしたものであります 。 そのように考えていきますと、﹁寺院﹂がいま申し上 げたような地域社会、そして社会福祉の方向性の中でど のような役割を具体的に担い得るか、この実践のありよ うというものもきょうは青田先生からご報告をいただけ る予定であります 。 それではただいまからお 三 方のパネラ

l

の方をご紹介 申し上げたいと思います 。 皆さまのお手元のレジメにはそれぞれの先生方のプロ フ ィ

l

ルが掲載されておりますので、後ほど、 ゆっくり お目通しいただくとして、私からは現職とご専門の分野 をごく簡明にご紹介させていただきます 。 まず、私のお隣、皆さま方から向か って左 側から小 倉 常明先生 。 先生は和泉短期大学の専任講師を現在なさっ ておられ、ご覧のように他の大学機関等々にもかかわっ ておられます 。 本日は﹁社会福祉学﹂という専門のお立 場からご発題をいただきます 。 どうぞよろしくお願い申 し上げます 。 小倉 長谷川 よろしくお願いいたします 。 次に磯岡哲也先生 。 磯岡先生は現在、淑徳大学 社会学部の教授であります 。 先生のご略歴あるいは著書 等はプ ロフィールにあるとおりでご ざいます 。 きょうは 先生のご専門の﹁宗教社会学﹂のお立場からご発題をい

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ただきます 。 どうぞよろしくお願い申し上げます 。 磁 岡 よろしくお願いいたします 。

次に最後のトリをご担当いただく青田賢之先生 。 青田先生は、お寺の副住職をなされ、かつまた、まさに 寺院を拠点として地域に根ざしたさまざまな福祉実践を なさっておられます 。 後ほど、詳しくご報告をちょうだ いしますが、﹁寺院福祉実践者﹂、そういうお立場からご 報告をいただきます 。 よろしくお願いいたします 。 青

よろしくお願いいたします 。

以上の先生方によってこれからそれぞれご発題 いただきますが、このシンポジユウムの進め方として、 あらかじめ 二

1

三 、ご協力をお願い申し上げたいと思つ ております 。 最初にお 三 方にそれぞれ 二

O

分ずつご報告をいただき ます 。 一 巡したところで補足がありましたならば、それ ぞれ五分程度の補足をしていただきまして、そこまで終 わりましたらいったん休憩に入ります 。 約一五分ほどの 休憩に入らせていただいて、その後に再開ということに なります 。 なお、皆さま方のお手元にご質問、ご意見をお書きい ただく用紙が配付されていると思います 。 できれば、そ ﹂にご記入いただいて、 休憩時間に入りますときにいっ たん私どもで回収させていただいて、そしてご質問、ご 意見の趣旨を各パネラ

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の先生方ともご相談して、整理 をさせていただき、その上で再開後、 フロアからのご質 問、ご意見に沿ってディスカッションを進められればと 思っております 。 よろしくお願い申し上げます 。

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-なお、終了の時刻ですが、この会場を拝借している関 係もありまして、遅くとも四時には終了させていただき たいと思います 。 それまで活発なご質疑等、 、 軍

a v

-ム 1JqL L V 争 J 手 J ド 町 一 - e ' 勾 ば幸いです 。 それでは、最初に社会福祉学のお立場から小倉常明先 生にご発題をいただきます 。 それでは小倉先生、よろし くお願いいたします 。 倉 皆さん、こんにちは 。

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それでは﹁社会福祉学の立場﹂というところから、私、 小倉の方でお時聞をちょうだいしましてお話をさせてい ただきたいと思っております 。 ﹁社会福祉学の立場﹂といい ましでも、私自身、 い ま 地域福祉という分野を勉強しているなかで感じていると ﹂ろから、今回のテ

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マであります﹁寺院は地域の福祉 にいかに貢献し得るか﹂ということについてお話をさせ ていただければと思います 。 ま ず 、 ﹁社会( 地域 )福祉の課題﹂に関 して少し触れ させていただきます 。 いま、地域の中で生活していらっしゃる住民の方たち の意識というものを考えてみたところ、現在住んでいら っ し ゃるところが永住の地ということでお考えになって 住んでいらっしゃる方と、そこは 一 過 性 の 、 一 時的に住 んでいる場所であるという考え方をもっていらっしゃる 方が混在しているというのが現状ではないかと思います 。 特に旧住民と新住民が混ざり合って生活しているエリア などは、その違いというのがあって、地域にどれだけ愛 着を持っているかという点についてはいささか判断が難 しいところではないでしょうか 。 私自身、千葉に住んでおりますが、千葉というエリア は東京へのベッドタウンというところもありまして、 しミ わゆる﹁千葉都民﹂といわれる方たちがたくさんいらっ しゃるということもあって、地域に関する関心がそんな に高くないというエリアもみられます 。 そういった関係から、地域への愛着の薄さも影響して か、近隣との関係も非常に薄くなってきているというこ とがいえようかと思います 。 あるアンケート調査の中で は、特に大都市部では、その七割の人たちが、近所の人 たちとは親しくない、またはつき合っていないという人 たちになっているのだそうです 。 これは町村部の中でも 四割という割合ですから、この数字が多いか少ないかと いうのは、何とも 言 いがたいところだと思うのですが、 ただ、大都市部の七割の方たちが、周りの方とのおつき 合いとか関係をあまりもっていないという数字を見 ます と、地域の力、﹁地域力﹂とでもいいましょうか、そう

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したものがだいぶ弱くなっているのは、こういうところ と関係しているのではないかと思っております 。 そうした中で﹁社会福祉の課題﹂としては、社会のい ろいろなところでも騒がれておりますように、﹁少子 高齢化﹂の問題がであります 。 資料の方にも書かせてい ただきましたが、﹁合計特殊出生率﹂、生涯にわたって女 性が子どもを生むという数が了 三 こ まで落ちていると いうこと、それから﹁高齢化率﹂というのは、先ほど発 表されました国の方の割合としては約一九%、 五人に 人の方が六五歳以上の時代になってきているということ、 さらにはもうすぐそこまで迫りました、 いわゆる﹁団塊 の世代﹂の方たちが、その高齢者となるときには、 日 本 の中のこの数字がさらに突出して上がっていくだろうと いうことが 言 われております 。 さらには、﹁家族の小規模化﹂が起こってきておりま して、以前のような大家族というところから核家族を中 心とした少人数の家族になってきている 。 少人数の家族 になるということは、家族が本来もっていた家族内の機 能というものも同時に低下してきているということがい えるかと思います 。 そのあらわれとして、たとえば子育てに関することと か、それから年老いた親を世話するということとか、さ らには障害を持たれた身内、親類などのお世話をすると い っ た よ う な 、 お互いの身内、親族間の扶養能力が低下 をしてきでいるということがいえるかと思います 。 そう いった部分を社会的なサービス、福祉関連サービスに頼 らざるを得ない状況になってきているということを非常

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-に強く感じております 。 しかしながら、そういった社会サービスに頼らなけれ ばいけないという状況になりながらも、 先 ほ ど 、 長 谷 川 先生がおっしゃいましたように、 日本の中では社会福祉 の基礎構造改革が進んでおりまして、従来のように行政 側が保護をするという、 いわゆる﹁措置﹂というシステ ムから、福祉のサービスを利用する人たちがそれぞれサ ーピスを選択して、そして契約をするという時代に移り 変わってきております 。 一 見すると自分で選べるという

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サービスはとても聞こえのいいように感じるわけですが、 自分で選ぶ以上は、その責任は自分自身にあるというと ﹂ろから、行政側の公的な部分の責任という部分が少し ずつ後退しているのではないかと感じております 。 そういった福祉サービスの仕組みの中でいま起こってき ている問題の中には、資料の方に書かせていただきまし たが、﹁後を絶たない ﹃ 虐待 ﹂﹂の問題なども顕著になっ てきております 。 虐待には子ども虐待、それから障害者 虐待、高齢者虐待という ようなさまざまなものがありま す 。 これらはいろいろな原因から起こってきているもの ですが、それを引き起こす環境に共通している点として、 強い者から弱い立場の者に対して行われることと同時に、 閉ざされた空間で行われるということがいわれておりま す 。 これはたとえば子ども虐待の場合などは、集合住宅、 マンションとかアパートなどで隣近所とのおつき合いが あまりない、周りとのおつき合いをしないという家庭の 中で起こりがち、起こりゃすいということも言われてお ります 。 この辺のところも先ほどちょっと触れました地 域、近隣との関係の薄さというところの一つのあらわれ かと感じております 。 また、社会福祉関係の別の傾向になりますが、昨今の 障害者施設では、施設を出て地域で暮らそうというよう な傾向が徐々に強くなってきております 。 何十人という 大規模な施設の中から四人とか五人というような少人数 でアパートとか 一 軒家を借りて、地域の中で生活すると いうスタイルになってきております 。 そういった障害者 の方たちが地域で暮らすと動きに対して、それを支える 地域の粋、地域の力というものが弱まっているという現 状をどのようにとらえていったらいいのかということを 非常に気にかけているところであります 。 先ほどお話ししましたように、社会福祉の基礎構造改 革等に伴いまして、公的な福祉サービスの責任というの は一体どこにいってしまうのかということと、弱まって いく地域の緋、 つながりというものを、先ほど長谷川先 生がおっしゃいましたように、再度築き上げていくとい うような、本当の地域福祉の時代、﹁真(まこと ) の 地

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域福祉 ﹂の 時代にいままさに差しかかっているのではな いかと思 っ ております 。 そうした住民の力による地域福祉サービスの展開が期 侍される中で、国の方では市町村ごとの地域福祉計画を 策定するということが平成一五年、ことしの四月から取 り組むようにということで指導がなされたところであり ます 。 ﹂の﹁地域福祉計画﹂と呼ばれるものは、従来の福祉 の 三 プランと呼ばれていました高齢者分野の﹁ゴ ールド プラン﹂、それから障害者分野の﹁障害者プラン﹂、さら に児 童子育 て分野の﹁エンゼルプラン﹂、それぞれサ 1 ビス対象ごとにつくられたプランというものとは異なり まして、行政が主導的に何かを行うというよりも、住民 たちの力によって、住民が主体となってその計画をつく り上げていくようにという形がとられております 。 そ の ため計画策定にあたりましては、各市町村では、住民懇 談会とか懇話会というものを何回も聞きながら、地域の 中にある福祉課題を抽出していって、それをどう地域の 中で解決していくのかということを計画に盛り込むとい うことが行われております 。 そのように地域福祉の問題というのは、地域全体を見 回して、全体的にある問題を探すというよりも、それぞ れの地域の中にある個別の問題をきっかけに、その一つ の問題を地域の問題に広げていくというのが地域福祉の 取り組みという点になろうかと思います 。 そして、施設 とか、公的な福祉サービスを利用するその 一 歩 、 二 歩 前 の予防的か積極的なサービスの展開ということが地域福

-

10-祉には求められています 。 そ う い っ た地域福祉の展開をは進めていく中で、福祉 の町づくりということを地域の住民の皆さんたちで図つ ていく必要性があろうかと思っております 。 ﹁福祉のまちづくり﹂という中では、 その地域に住んで いらっしゃる人たちが地域の ことを考え、地域住民のこ と、自分たちのために自分たちが尽力していくというこ とが求められているかと思います 。 福井県の 三 国町というところがあります、数年前にロ

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シアの重油を運ぶナホトカ号が沈没して、重油が流れつ いた町、もしくは東尋坊があるところといいますとご存 知の方も多いかと思いますが、そこは二万 三

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人の 町民の皆さんたちが全員ボランティアという形で町のボ ランティアセンターに登録して、ボランティア活動を行 っているのだそうです 。 そういった土壊をつくり上げ、住民が地域のために活 動しやすいような仕組みを築き上げていっている町とい うことがこの 三 国 町 の 場 合 、 言 えるのではないか思いま す そしてもう 一 つ、山口県にある東和町という町ですが、 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、こちらの 町は日本の中で有数の高齢化の進んだ町といわれており まして、全町民の約五

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の方が六五歳以上の町になっ ているのだそうです 。 数年前に、当時厚生省だった時代 の厚生白 書 の中に、この東和町の食事サービスの様子が 写真入りで絞 っ ておりました 。 どういった写真であるか というと、手押し車を押している腰の曲がったおばあさ んの写真が出ておりました 。 その手押し車の上には何が 乗っているかというと、配達するお弁当箱が乗っていた のです 。 自分は年をとって、腰が曲がっていても、まだ 動ける、だから、自分はお弁当を配達することができる ということで、食事サービスの配食ボランティアをやっ ているということでした 。 自分自身の中でいまできるこ とを実践していくというところが、この地域福祉活動の 一 つの原点になっていくのではないかと思っております 。 そういった住民の力による福祉の﹁まちづくり﹂が進 められていくことによりまして、福祉サービスが本当に 必要である、施設に入らなければいけないという手前の 段階で手を差し伸べていくという予防接種的なワクチン を打つような、そういう関わり方を地域の中でつくり上 げていくことが必要とされるのではないでしょうか 。 そして福祉の﹁まちづくり﹂を進めていくときには、 一 つの大きな市町村、何十万人とか何万人という中でそ れを進めようとしても、これはなかなか進まないところ でありますので、それをできるだけ小さい単位の中で、

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小地域の中で、理想的なところは顔が見えるエリアとい う点から、小学校区単位、もしくは中学校区程度といわ れていますが、そういった学校区の中で地域住民の人た ちが、誰がどこに住んで、その人はどういう人なのか、 わかるようなエリアの中でネットワークをつくり上げら れていくことが理想的ではないかと思っています 。 そのネットワークというものも、対象者別の子どもに 関するもの、障害者に関するもの、高齢者に関するもの と同時に、町内会、自治会、その他

PTA

等といった横 のつながりというようなもの、縦と横のネットワークを うまく噛み合せた小地域内におけるネットワークをうま くつないでいくということが求められてくるかと思いま す そして、もう一つの福祉の﹁まちづくり﹂を進めてい くという流れは、昨年、小中学校で、そして今年度から 高等学校で実践される ようにな った﹁総合的な学習の時 間﹂のなかで、取り上げられたりする ﹁ 福 祉教育﹂とい うものとも関係してくると考えています 。 本来、学校教 育ですから学校で行うというのが当然の ように感じるか と思うのですが、福祉教育の場合には、学校だけでは行 えないというところがあるかと思います 。 地域と連携を はかつて、学校と地域の中で子どもたちに福祉に関する 関心を高めてもらい、将来、地域や町を支えてもらえる ような、そうい った人 材に育てあげていくというところ が福祉教育のねらいではないかと思っています 。 ですか ら いま、地域の中で地域福祉活動を展開し、その姿を 子どもたちに見せていくことが生きた福祉教育になるの ではないかと思っております 。 一日、二日、施設にいっ て、施設の中を掃除して、福祉教育したというのではな く て 、 日々、地域の中でお互いに助け合うという町の様 子を子どもたちに常日頃見せていくことが真の福祉教育 ではないかと思っております 。 そうした環境というものが人の心を変えるところにな っておりま して、心 のバリアを取り除く重要なポイント になっていくのではないでしょうか 。 環境をつくるのは 人でありますが、その環境によって人は変えられていく

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というところがあると思います 。 そして今回のテ 1 マでもあります寺院は地域の福祉に いかに貢献し得るかというところですが、地域資源とし ての寺院、それから僧侶の方たちにどのようなことをお 願いしたいのか、期待したいのかというところなのです が、これは顔の見えるキ l パ

i

ソンとして地域の中で活 動していただくことが求められるのではないかと思って います 。 私のような 一 般住民が地域の中で生活していたとして も、﹁私﹂と﹁小倉﹂という名前が一致する人が地域の 中にどれだけいるかというのは、 いささか不安ではあり ま す が 、 でも、﹁何々寺院のご僧侶の方﹂という場合に は、地域の中の住民の人たちが、皆さん、﹁ああ、あの 方ね﹂というように顔とその存在が 一 致するというとこ ろがあろうかと思います 。 そういった点から地域の福祉 を支えるキ

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ソンになっていただけるのではないか と思っております 。 そして﹁思いやり・やさしさ﹂を伝えるというところ では、これは福祉の原点と宗教家のご僧侶の皆さんたち の活動というところには、共通点が何か見出せるのでは ないかと思っております 。 もう、寺院への期待というところでは、場所の提供と いう点があります 。 学校が最近で は福祉サービスの場と して空き教 室を提供するというところがだいぶ増えてき 宇 A m y レ h

でも、それを使うまでにはやはり時聞がかかり ました 。 なぜかといいますと、学校というのは教育をす るという目的のもとに補助金を出してつくっている建物 だから、そのためにつくられたものを教育の目的以外に 使うというのは、とても難しいというところで、教育行 政の壁を取り除くのに時間がかかったところがありまし た 。 しかしながら、﹁寺院﹂という建物の場合には、その 目的は多種多様なところがあろうかと思います 。 地域の ためにそこを活用できる場として活用させていただける と、地域貢献としてもよいのではないでしょうか 。 先 ほ どの地域福祉計画をつくる際の住民懇談会としての場の

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提供とか、あとは寺院の中には高齢者の方たち中でも元 気な方たちの集いの場というと こ ろ で 、 ﹁ふれあいいき いきサロン﹂というものを展開できるように場を提供し たり、﹁子育てサロン﹂として場を提供したりというと ﹂ろもあると伺っております 。 そういう場としての提供 ということも、 一 方では望まれているのではないでしょ うか 。 そして最後にご僧侶の皆さんたちには、地域のコ l デ イネ

l

l

役として、地域の住民の皆さんに地域社会の 中に関わっていただけるといいのかなと思っております 。 ﹂れは顔の見える関係づくりのために地域のいろいろな 方を﹁つなぐ﹂というような役割を担っていただけると いいなと思っております 。 そしてもう 一 つ は 、 サボ

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役です 。 コ ミ 、 ユ 一 一 -ア ィ ・ ソ

l

シヤルワ

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クという考え方は、地域の中で福祉 の課題を抱えている人たちを地域の中で支えていくとい う援助のあり方になるわけですが、そのコミュニティ・ ソ

l

シ ヤ ル ワ

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クという、専門的な援助とはいわなくて も、その陰で対象となる人たちそうした人を人たち援助 するを支えるサポ

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タ!としての関わりを持っていただ けるとよろしいかなと思っております 。 そして最後にモニター役として地域の福祉、サービス の展開の際に関わっていただきたいと思っています 。 ﹂れはある地域の懇談会に出席したときにあったこと なのですが、地域の役員の人たちがとても一生懸命地域 福祉活動をしている 。 そ の 一 方で活動に加わってくれな い住民の人たちがは話をあまり聞いてくれないというの です 。 といわれました 。 役員の人たちが、問題の当事者 になっているので、冷静に状況を見つめるということが なかなかできないようなことに陥っているということが ありました 。 そうしたときに 一 歩、立場を違えた第 三 者 的な立場からその住民の人たちに関わっていっていただ い て 、 いろいろな角度からアドバイス等をしていってい ただけるとよろしいのかなと思っております 。 ﹁社会福祉の課題﹂というと ころからあちこちに 話が 飛んでしまって申しわけありませんでしたが、寺院の人

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たちに地域の福祉に貢献していただくというところでは、 いまお話しさせていただきましたコーディネーターとし て、サボ

l

タ!として、そしてモニターとして関わって いただけると、よりよい地域福祉の実践活動というのは 展開できるかなと思っております。

小倉先生、どうもありがとうございました 。 小 倉先生からは四つの柱を立てて、特に社会福祉の制 度体系が大きく変質していく 。 従来、どちらかというと、 福祉サービスを住民の方々は受ける側という、そういう 要素が多分にあって、行政主導でありましたが、受ける ばかりではなくて、福祉サービスを提供する、福祉サ

l

ピスを担う側に立つという意識の転換、そのような中で ﹁福祉のまちづくり﹂というものもより将来的に展望が 開けていくのではないかということで、 いろいろなケ

l

スをご紹介いただきました 。 そして最後に﹁地域資源としての寺院、僧侶﹂という ところで、寺院の担うべき役割、また、住職、寺族等の 担う役割をより具体的、多面的にご提 言 いただいて大変 参考になったかと思います 。 ありがとうございました 。 それでは次に宗教社会学のお立場から磯岡先生からご発 題いただきます 。 お願いいたします 。 磯 岡 よろしくお願いいたします 。 座ったままで失 礼さ せていただきます 。 ﹁宗教社会学の立場から﹂ということで、 レジメに沿 って話をさ せていただきたいと思います 。 まずその前提として﹁宗教社会学の立場﹂を紹介いた したいと思います 。 第一に﹁できるだけ客観的な視点﹂をもってやってい きたい 。 私自身、教師ではなく在家でございます。宗教 社会学は信仰的な立場、教団の側に立つての研究ではな く、できるだけ客観的な立場で、実証的な分析をしてい く、そういうことであります 。 二 つ目ですが、浄土宗とか仏教とか特定の一つの宗教 だけを研究するのでなく、﹁通宗教的﹂という言葉があ

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るかどうかわかりませんが、たとえばキリスト教である とか、新宗教であるとか、他宗教も見ていく、そしてそ れと比較をしながら考えていく、あるいは宗教全体を取 り巻く社会のあり方と宗教との関係を見ていく、このよ うな立場であります 。 さて、私に課せられた課題は、地域の福祉への寺院の 参加、貢献の道はあるのだろうか、あるいは寺院は地域 社会の中で福祉文化を創造する力となり得るのだろうか ということです 。 時間の関係もありますから、結論先取り的に最初に申 し上げますと、私は寺院は、両方とも十分、そういう力 となり得ると思います 。 なぜならば、わが国において、 寺院は長く地域の文化の中心として機能してきたからで す 。 ですから、地域社会の中で福祉文化を創造し、ある いは福祉を担うことは、寺院にとって初めての仕事では ないのです 。 寺院は本来、地域福祉の中心点でしたし、 福祉の多様な機能を担ういろいろなグループの結節点で し た 。 しかし、近代以降の全体社会の変動の中で寺院の機能 がだんだん狭められておりまして、 主 として葬祭の分野 に集中していった、そういうプロセスがあったように思 います 。 私どもは、これを﹁世俗化﹂といっております 。 現代においてこの本来の機能を十分寺院が担えていな いとするならば、私は、世俗化の影響であるとともに、 社会の変化についていききれていないのではないか、あ るいは地域のニ

i

ズの変化を把握しきれていないのでは ないかと、そのように考えるものであります 。 次に、現代社会の変化、地域社会の変化にはどんなも のがあるか、私なりに六項目にまとめてみました 。 ほ か のまとめ方もあるかもしれませんが、とりあえず次のよ うにしました 。 第 一 に﹁脱工業社会と成長の限界﹂、 二 番目が﹁都市 化 と 過 疎 化 ﹂ 、 三 番 目 が ﹁ 流 動 化 ﹂ 、 四番目が﹁高度情報 化 ﹂ 、 五番目が﹁高齢化﹂、﹁少子・高齢化﹂といっても いいと思います 。 六番目が﹁価値のグローバル化﹂とい うことです 。

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一番の﹁脱工業社会﹂、これは社会学者のダニエル ベルが言ったことですが、 いわゆる従来の重厚長大型の 工業社会から、技術・サービス・知識などが中心の産業 へと変わってきている 。 現代社会はそういえると思いま す 。 これは地域社会というより全体社会の変化でありま す 次の﹁成長の限界﹂、これは一九七 二 年 、 ローマクラ ブというグループが出した本の名前です 。 世界的規模で 社会の成長がそろそろ行き詰まりを示していて、限界に 近づいてきている、これが 二

O

世紀の終わりごろでした 。 そしてレジメに書いてあるように、環境が悪化し、経済 の成長が止まって、 わが国は長期の構造不況になってお ります 。 そこから出てくる考え方としては、﹁エコロジカルな 価値観﹂、あるいは外側からの開発ではなく地域の内側 から発展していく、地域の内側から発展していく﹁内発 的発展論﹂、これは鶴見和子という社会学者がいってい ることですが、そういうものが出てくるだろうと思いま す ﹁エコロジカルな価値観﹂というのは、人間もまた生 態系の一つの種にすぎず、人間中心にこの社会を開発し ていくのではないのだということです 。 さらに消費や浪 費の欲望の肥大化に対して、欲望を抑制しようとする価 値観に変わってきているのではないか、このように思う わけです 。 二 番目の﹁都市化と過疎 化﹂、これは説明するまでも ありません 。 これは紙の表・裏のようなものです 。 現 在 、 わが国の国土面積、 三 %の面積に七八

OO

万人の人が集 中しております 。 いわゆる﹁都市化﹂です 。 そこからい ろいろな問題が起きております 。 それから人口が減って いく﹁過疎化﹂、ここでもたくさんの問題が起きており ま す 。 特に取り上げたいのが先ほども小倉先生からあり ましたが地域社会の紐帯が衰退していることです 。 そ の ように人間関係が希薄化している中で青少年問題が都市 でも地方でも起こってきているのです。 三 番目の﹁流動化﹂は、人口が非常に流動的になって

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きているということ、ことに地域の流動化ということを ここではみていきたいと思います 。 地域に定住している 人たちが少なくなって、流動する方々が非常に多くなっ て い る 。 三%に七八

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O

万が集中し、その 三 %の中でど んどん流動しているという状況です 。 さらに外国からもたくさんの方々が日本にやってこら れます 。 レジメには ﹁ 外 国 人 ニ ュ

l

カマ

l

﹂と書いてお きました 。 具体的には、韓国や中国を中 心とするア ジ ア やアラブ諸国からたくさんの方々がやってきております 。 一見異質と思われる こ う い った人々が流入 してきている ということです 。 これは都市部、あるいは周辺部を中心 に見られると思います 。 それから四番目の﹁高度情報化﹂ですが、これも申す までもないことです 。 特にインターネットの普及は陸目 的で、携帯のメ

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ルも含めてこれが及ぼす人間関係、子 どもでいえば友だち関係とかに、非常に大きな影響を与 えています 。 情報の流れというものが量・質ともにぐん ぐん変わってきており、その情報手段が大衆化している ということです 。 また、インターネ ットを用いて 地域か らいろいろなことを発信できるし、これを利用できる面 もあるのです 。 五番目の﹁少子 ・ 高齢 化﹂ですが、これは先ほど小 倉 先生からもありましたが、高齢者の人口に占める割合が どんどん増えてきて、わが国は現在高齢社会、今後超高 齢社会に移っていくのだということです 。 世帯において は、レジメに﹁エンプテイネスト﹂と書いておきました が、これは﹁空の巣﹂ということです 。 子どもたちが家 庭から巣立ってしまって、もう老夫婦二人だけになって しまった、その空っぽの巣ということです 。 そ の う ち 、 どちらか片方になると、高齢の単身者が増加していきま す 。 こういう高齢者の方々も地域福祉など社会参加をし ていく、これが課題だろうと思います 。 六番目は﹁ 価値のグローバル化﹂ です 。 ﹁ グ ローバル 化 ﹂はもともと経済のグロ ーバル化という使い方をした 言葉ですが、私の分野では﹁ 価値の グ ロ ー バ ル 化 ﹂ に 、 着目いた します 。 先ほど申しました﹁流動化﹂や﹁情報

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化﹂国境がだんだんとあいまいになり、 いろいろな価値 が入って多様化しているといえると思います 。 異文化に 接触する機会が増え、場合によっては異文化と融合する 局面も出てくるかもしれません 。 私はこの問、東京都内にたくさん建設されているイス ラ

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ムのモスクの 一 つを調査してきました。いわゆるア ラブ諸国の方々が日本でイスラ

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ムを信仰する、その拠 点となるモスクを建てています 。 そのモスクでは毎日の ように入信者があるそうです 。 その入信者の大部分はイ ス ラ

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ムの男性と結婚する若い日本女性です 。 そこで注目すべきは、そのモスクが東京の下町にある のですが、そこで定着するために、その下町で行われて いる地域のお祭りに参加をするのです 。 そして屋台を出 したり、出し物を出したりして、都市祭りに積極的に参 加 し て 、 日本の文化になじんでいこうと一生懸命に努力 している、また受け入れ側も排除しないで仲良くやって 、 .、 し く そういうことが出てきているのです 。 グローバル化によって、多分、今後異文化との接触、 融合の具体相から私たちが学ぶことになる、異文化との 共生という考え方・生き方が少しずつ一般化していくの ではないかと思っています 。 以上の地域社会の変化を理解したうえで、﹁変動する 地域の福祉と寺院﹂、寺院はどうなっていくのだろうか ということを少し考えてみたいと思います 。 まず﹁福祉﹂という用語を使わなくても、地域にあっ て人々が﹁共によりよく生きる﹂ためには、 おのずと ﹁生き方﹂が問題になってきます 。 突き詰めれば宗教の 問題がかかわってくるのだろうと思います 。 このように 地域福祉には宗教が非常に重要なファクターになってく ると思います 。 ﹂のように仏教者と地域福祉、あるいは寺院とのかか わりは本来的なのではないか、地域福祉と宗教はもとも とにかかわっているのではないかということです 。 言い換えれば、宗教にとって、この地域福祉というの は本務以外のプラスアルファの仕事などではなく、むし ろ、本来的な仕事の 一 部なのだということもいえるので

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はないかと思います 。 それから 二 番目のところ、それは先ほど申し上げた新 たに地域福祉に取り組み始めるのではなくて、歴史的に 見ても、寺院は寺子屋など地域の文化の中心として機能 してきたのだということを再確認しようというこです 。 番目ですが、地域福祉の一方の主役は、地域住民、 民間であるかと思います 。 寺院はその主役の一員と し て 独自性、自主性を発揮できるのではないか、特に﹁ここ ろ﹂の領域でということです 。 他の福祉のグループは、 ﹂の﹁こころ﹂の部分のケアが必ずしも十 全 で は な い 、 そこを寺院が補っていく、 いろいろな形の担い方がある でしょうが、大切なことだと思います 。 寺院は 地域福祉の社 会的支援として、境内や建物のス ベ ー ス ( 物 的 てそれから住職や 寺族や檀信徒のボラン タリ!な働き(人的)、資金援助(経済的)の基盤、こ の 三 つの面でかかわれるのではないかと思います 。 私 は ﹂とに人の部分、人的な基盤、人的な資源、これが期待 されているのではないかと思っております 。 地域の福祉文化の創造は、寺院だけではなし得ません 。 先ほどの小倉先生のお話の中にもありましたが、従来の ﹁官﹂中心の福祉、あるいは﹁民﹂中心、その両者の中 継ぎをする役割を寺院が担っていく 。 新たな﹁公﹂、官 でも民でもなくて、寺院がかかわるネットワーキングな どの新たな﹁公﹂、そうした公共社会の構築に寺院は参 画できるのではないか、このように思うのあります 。 具体的に考えられる寺院の対応と して、六つあげてみ ました 。 これは私なりに上の﹁現代社会の変動と地域社 会﹂の六項目にそれぞれ対応させたつもりなのです 。 も ちろん、この六つ以外にも考えられますし、また、現在 すでに取り組まれているものもかなりあると思います 。 まず 一 番目ですが、﹁最下層﹂、たとえばホ l ムレスへ の関心、地域社会にそういった現象があるのではあれば、 それに関心をもっ 。 それから﹁こころの開発(かいほ っ こ で す 。 これは開発と書いて﹁かいほつ﹂と 言 い ま すが、これは従来の地域社会外からくる大資本の大型の 開発ではなくて、限られた資源で自然と共生しながら、

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地域社会の独自性の中から内発的に地域を豊かにしてい く、耕していく、ことに耕すことによってこころの豊か さを追い求めるという考え方であります 。 これはタイやカンボジアの上座部仏教、特に社会的参 加仏教といわれる最近の動きからヒントを得たものであ ります 。 あわせて自然環境との共生を図るのです 。 二 番目には﹁今日的な ﹁ つ な が り ﹂ の再構築﹂です 。 これは都市化にあっても、過疎化にあっても檀信徒の枠 を超えて今日的なつながりを再構築できるのではないか、 ということであります 。 先ほどもありましたがコミユニ ティ・センターとしての 寺 院 というふうに 言 い換えても よいかと思います 。 三 番目は﹁流動化﹂に対応してということですが、 ﹁地域外会員(信徒)、遠隔地会員(信徒) の育成﹂とい うことであります 。 檀信徒や寺院にかかわる方々がどん どん流動していきますから、それらの移 っ て い っ た方々 に対応する 。 キリスト教会には遠隔地会 員の信 徒名簿が 教会にすでにあります 。 また、流入してきた外国人向け の講習会、学習会、あるいは異文化理解の啓発教育も必 要になるかもしれません 。 四番目は、﹁高度情報化﹂に対応して、﹁寺院ホ

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ム ベ ージの作成﹂です、ずいぶん 寺 院のホ

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ム ペ 1 ジが増え ました 。 本研究所の研究によれば、この数年でかなりの 数になっている ようです 。 これは各宗とも同様の傾向に あります 。 寺院のそういう情報を福祉を 必要とする利用 者向けに発信していく、伝達していくことが大切です 。 それから五番目は、 私のことばですが﹁ ﹃ 葬祭 ﹄ も ﹃ 救済 ﹄ も﹂です 。 近代以降、特に戦後、寺院が 主 とし て 担 っ てきた﹁葬祭 ﹂ 、これは非常に大 事 な機能だと思 い ま す 。 地域で実際に生活をしていく上で 具 体的に困 っ て い る 、 あるいは問題を抱えている方々に対応する、これを﹁救 済﹂と私は呼んでおります 。 一 例をあげれば、先ほどの 単身高齢者が孤独で悩んでいる、それにどう対処するか、 ﹂れが救済であります 。 従来、中心であ っ た葬祭に、プ ラス救済もと考えていくことが必要だろうと思います 。

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﹂の﹁救済﹂というのは、戦後、ご承知のとおり、わ が国では主として新宗教が担ってきた機能なのです 。 そ こに寺院も参入していくということになろうかと思いま す 。 たとえば高齢者ボランティアを育成していくという ふ 、 つ に 。 六番目は、﹁グローバル化と共生﹂ということですが、 これは寺院が地域福祉をやっていく上で他宗派、他宗教、 あるいは宗教でない団体と協働していく、たとえば宗教

NGO

のネットワークをつくっていくとか、そのような ことがおのずと期待されていくだろうと思うわけであり ます 。 時間ですので、また後ほど、質疑応答の中で補足させ ていただければと思います 。 ありがとうございました 。 長谷川 磯岡先生からは宗教社会学のお立場から、特にこのレ 磯岡先生、どうもありがとうございました 。 ジメでいい ま す と 、 二 番目の﹁現代社会の変動﹂、これ に伴、つ地域社会の目下の在り様、これをどのように寺院 関係者がしっかりと把握 ・ 認識し得るかという問題、そ して把握・認識し得たときに、最後にやはり対応した形 で六つ考えられる寺院の態様として掲げていただいてお りますが、こういう方向に寺院並びに僧侶の一つのかか わり方とか、あるいは発信のし方、役割機能というもの が見出せるのではないか、このようなご提言だったと思 います 。 ありがとうございました 。 では、最後になりますが、仏教福祉、寺院福祉の実践 者というお立場から、青田先生からご発題いただきます 。 お願いいたします 。 青

青田でございます 。 座った ままで 失 礼いたします 。 小倉先 生 、それから磯岡先生のように理路整然とお話 することは、とても私にはできません 。 私は実践をして いる、その私どものやっていることを皆様にお伝えする ことしかできないのかなと思ってまいりました 。 皆さまにお配りしたものは、 レジメといいますか、今 年の六月に掲載された文章をそのままコピーをとらせて

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いただきました。こちらに書いてある順にご説明をさせ ていただきたいと思います 。 私、今朝、栃木の方から出てまいりましたのですが、 ﹂の先の虎ノ門の寺の方に、大学を卒業してから 二 年間 ほどおりましたので、懐かしい思いをして増上寺の門を くぐってまいりました 。 私は寺の子弟として生まれまして、宗門大学を卒業し て 、 二 年間ほど、真 言 宗の本山に勤めておりました 。 た だ、やはり 学生 時代に私が考えていた仏教の在り様とは 印象が違 っ て おりまして、もう少し地元に 戻 っ て考える ことが必要かなと思 っており ました 。 そうはいいましでも、私のお寺は本当に山の中の小さ な寺ですので、住職がまだピンピンしております 。 い ま 現在もピンビンしているのですが、住職と僧侶が 二 人食 べていけるほどの寺院規模ではありませんので、私は自 分で生計を立てるために仕事をしなければいけないとい うことで、サラリーマンを 一 一 年ぐらいや っ ておりまし た 。 やはり、実際に民間で働くということの大変さ、こ れは身をもって感じております 。 暮れからゴールデンウィークのころまではほとんど、 休みがいただけないような、とてもハードな会社でして、 月の残業時間が 二

00

時間を超えるなどということもた びたびありました 。 このままだと命を削って仕事をして いるようなもので、とても地域で檀家さんの戒名もつけ られないだろう、そんなことを常々考えておりました 。 あと、もう 一 つ考えておりましたのは、寺でご高齢の 方とお話をする機会が多いのですが、なかなかお年寄り の話されることが理解できない、 やはり技術的な問題も あろうかと思いまして、 カウンセリングの勉強などをし ておりました 。 そういう中で、 ﹁ 青 田さん、サラリーマン、 やっているよりはもう 少し、地域で何かできる仕事を考えた方がいいんじ ゃ な い の ﹂ という友人がおりました 。 そういえば、盆、正月に地域 回りしていると、先ほどご指摘があ っ たように、地域で お年寄りの 一 人 暮ら しが 多 か っ たり、それから福祉の手

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が届かない、そのような状況がどんどん増えてきている なということを痛切に感じておりましたので、﹁じゃあ、 宅老所をやろうか﹂というので、二年ぐらい、 一 応準備 期間といいますか、あちこちの特養、老健などの施設を 回っておりました 。 それで、お年寄りに何かお手伝いができないかと思つ て考えた﹁老労所﹂、そのあり方の手本として何かヒン トはないか・なと思 って歩いた特養、老健、あるいはデイ サービスセンター、そのような施設回りで、私が考えて いた福祉のあり方とは全く違ったのですね 。 ですから、福祉の素人の私が福祉の世界を垣間見て、全 く理解ができない、逆に理解してはいけないような状況 が当時の福祉の現場にはありました 。 多分、新間報道と かで皆さんもよくご覧になっているかと思うのですが、 たとえば施設内における高齢者の虐待であるとか、待遇 のまずきであるとか、それから地域の高齢者に対するよ くない環境といいますか、そういうものが本当にたくさ んありまして、﹁これはちょっとおかしい﹂、 つ ま り 一 般 社会で通用するような常識をやはり福祉の世界にも持ち 込むということが私が考えているものなのだろうなと思 っ て 、最初の 二 年間、あちこちに行きましたけれども、 それからはあまりほかに見学には行かないようにしまし た 。 自分が考えているものというのは、普通の暮ら しが 実 現できる、障害をもったり、痴呆をもったりすると、普 通の暮らしができないから、お手伝いが必要になるわけ ですから、そこの部分をサポートして、私どもがかかわ れる時間だけでも普通の暮らし、楽しい老後が過ごせる ようにしていただければいいな、そんな心持ちで七年間 やってきました 。 私が﹁福祉﹂というものでイメージしていたのは、あ とからわかったのですが、福祉というのは辛い現場だと いわれているのですね 。三

K

といって﹁きたない﹂﹁苦 しい﹂﹁危険﹂というのがありますね、その代名調みた い に 言 われていますが、私は決してそんなことはないと 思っているのです 。 実際にそういう環境にい まの福祉の

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職場があるとすれば、それは何かどこかがおかしいのだ とず っと思ってい ました 。 いま、私どもは介護保険の事業所とボランティアの宅 老所、あるいはいろいろな相談、

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ディネ

l

ト 業 務 、 いろいろなことをやっておりますが、介護保険の収入だ けでも十二分にやっていけるのです 。 きのうの私どもの人員配置は、お年寄り一四名様がお いでになっておりました 。 それで職員数は二一名おりま した 。 これは別に私、計算してやっているわけではなく て、必要に応じて人員配置をしていったらそのようにな ってしまった 。 よく、行政か ら 、 ﹁ 青 田 さ ん 、 いつまでもそんなに超低空飛行してい ないで、少し経営、考えなよ﹂ と言われるのですが、私はつぶれるとは全然思っていな いのですね 。 確かに収益は上がらないですけれども、た だ、何のために始めたのかという初志を思い起こしてみ れ ば 、 やはり取り組みの仕方としては、あるいは福祉の あり方としては、そういう姿が一番健全なのでないかと 思っております。 ですから、お年寄りあるいはご利用になる方々だけが 笑顔でもしょうがない 。 大体、福祉の現場で働きたいと 考えてくるたとえば介護職にある方とか看護師さんであ る と か 、 ヘルパーさんであるとか、そういう方々という のは基本的にお人よしでお節介だと私は思っているので すね 。 ですから、そういう方々がいい環境で働ければす ばらしい ﹁福祉﹂が行われると思っており ます 。 般 の 会社が、学校を卒業 した子を無作為に就職で採用するの とはわけが違うと思うのですね 。 で す か ら 、 いまうちにいる職員が自分たちで 言 っ て い る こ と は 、 ﹁私らがやっているのは日本一だ、こんなところは どこにもない﹂ 。 先だって﹁インターネットでホ

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ム ペ

l

ジをつくりまし た﹂と半年ぐらい前に 言 われたのです 。 そうしたら、何 かあちこちから問い合わせ、見学の希望があって、南は 沖縄から北は仙台まで、毎月 一 一 一

i

四組ぐらいは栃木県外

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からご見 学 においでになる、県内はもちろんそれ以上に おいでになるので、特に私どもでは痴呆のお年寄りが多 くて、非常に不安になられてしまうので、人数制限をさ せていただいたり、これからは見 学 料 金 をと っ て少し人 数制限をした方がいいのではないか、そんな状況であり ます 。 職員に対しても身分の保障とか、そういうことも含め てきちんと対応していかなければいけないだろう、ご利 用者、それからご家族、それからそこで働くスタ ッ フ 、 もう 一 つ 言 わせていただければ、経 営 者 の 私 、 みんなが 笑顔でいられるのが 一 番いいのだろうなと思 っ ておりま す 。 い ま 、 一 番笑顔でないのが私なのですが、多分、私 よりも給料をとっている職 員 が何人もおりまして、施設 長は残業手当はっきませんが、職 員 は残業手 当 がつきま す の で 、 つ い 、 二 ヶ月前に給与表をみましたら、私より 給料をもら っ ている職 員 が 三 人おりまして、多分、県内 で は 一 番不遇な施設 長 ではないかと自分では思 っ ており ます 。 それで、お年寄りに対してどういうことを考えてや っ ているかといいますと、 やはり私どもにと っ て み れ ば 、 人生の大先輩でありますので、 いま、皆さんにお話しし ている話し方といいますか、もちろん、職 員 も、ボラン ティアの方にもすべて敬語で接していただくようにして います 。 それから 言 葉だけではなくて、これはあとでま たお話しいたしますが、心も 立 ち居振舞いもすべてお年 寄りに対する敬意を旨として働いていただきたい、それ が採用の条件であります 。 それからお年寄りに対してわれわれが 主 導的に動くと いうことはほとんどありません 。 ほとんどということは どういうことかといいますと、たとえば、この時間にお 手洗いに行っていただかないと、お年寄りが不愉快な思 いをされる、こちらがたとえば食事の前で﹁もう少した っ と お 手 洗い、混みますので早めにいかがですか﹂とお 声 をかけてお手洗いに行 っ ていただく、それによ っ て 、 お 年寄 りが失禁をされて不愉快な思いをするのを防ぐ、 その程度のことはこちらから 主 体的にかかわる 。 あるい

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は時間で、幾ら何でもお昼が 二 時 、 三 時になってしまっ たのではまずいわけですから、お昼の時間は大体二 一 時 ごろから始まるとか、 お風日に入っていただく場合には、 もちろんパイタルチェックは当然ありますし、そういう 基本的なことはやらなければいけないということですが、 あとはテレビを見ている方もいれば、新聞を読んでいる 方もいれば、お風日に入っている方もいれば、散歩され ている方もいれば、 てんでんばらばら、何をして 一 日過 ごしてもかまわない 。 それでお手伝いする部分をさりげ なく、ご負担にならないようにお手伝いするというのが 私どもの取り組みですので、先ほどの 一 四人に対して 一 一 一人の職員配置というのも、これは仕方がないのかな と思っております 。 ただ、職員に 言 わせると使いものに ならない職員が何人かいるからという話がありまして、 その使いものにならない職員というのは、暗に私をさし ているわけであります 。 その﹁ばらばらなケア﹂というのは、私が大きな施設 の介護状況を見ておりまして、お年寄りが幼稚園児のよ うな介護をされている、集団のケアをされているのをと ても見るに絶えないものというように感じていた部分が 一 番大きいのですね 。 やはり自分の親、自分のよく知つ た、あるいはお世話になった高齢の皆さんをそういう環 境におくことを私 はとてもできないと思っておりますし、 多 分 、 ご高齢の皆さんもそれは 望んでおられないと思い ます 。 皆さん、お元気なうちはいいのですが、たとえば 多少、体が弱くなったときに、本当にそういうところに 身をおかれて、自分が何のために七

O

年 、 八

O

年、生き てきたのか、そんな思いにかられてこの世を去られるの は切ないものがあるなと思っております 。 最 後 ま で 、 わ がままいっぱい、好きなことを 言 って、好きなことをや っ て 、 ﹁ あ あ 、 おれは生きてきてよかった﹂、そういう最 後を迎えていただきたいというのが私どもの考え方です 。 それは当たり前のことだと思うのですね 。 私自身もそ うですし、高齢になって体が弱ってきたときに、力の強 い若い者の言うなりになって、全然知らない施設に 一 人 で預けられる、そんな自分の老後は想像したくはありま

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せんので、逆にいえば、自分の将来のためにやっている ようなものでもあるかなと思 っております 。 それであともう一つ重要なことは、 いままでお話しし ま し た の は 、 高齢者とのかかわりだけですが 、寺という 視点から考えますと、ちょうど先ほど、少子・高齢化の 中、あるいは虐待というお話が出てきましたが、その虐 待ということがやはり私どもの地域の中にも、住宅地が 五ヶ所も六ヶ所もありま し て 、 小さいお 子さんと母親だ けが日中取り残されている、そういう状況があります 。 私たちの地域には幸い、そういう虐待の話はなかった の で す が 、 よく 一

O

年ぐらい前に新聞で、幼児虐待の話 が頻繁に取り上げられておりました 。 そういう中で妻と も話をしまして、どうせだったらお寺の庭を開放して子 どもたち、お母さんたちに来てもらって、子どもたちを 庭で遊ばせて、お母さん同士の情報交換、そんなことが できればいいのではないかとい、つことで、 雨が降れば、 本堂の中でもできるよということで地域に寺を開放した ということがあります 。 そういう中でお年寄りと子どもたちのかかわり、その 子どもたちが小学校に入って、 やはり学校から遊びに来 る 。 それから地域の中学校がたまたま、そのころ、ボラ ンティアの指定校になって遊びにくるようになった 。 そ の後ボランティアの指定校からはずれたあとも、子ども たちが自主的に行きたい、ぜひ続けさせてほしいと学校 の方に申し入れをしたのです 。 それで学校もそれを前向 きに評価して、 いまだに七年間続けてそれが行われてい る 。 毎週水曜日、私ども、小中一貫教育でして、小学校 一年生に入ると、中学校卒業 まで 全部閉じメンバ ーなの ですね 。 山の中の学校ですので、同じクラスが中学卒業 まで続いてしまう 。 最 近 、 小 学校と中学校の先生 と児 童 の入れ替えもやっているようです 。 そんなことで、子どもたちの意識調査をしますと、福 祉に対する興味・関心が全国の平均よりはるかに高い値 を示している 。 ここ四

1

五年、子どもたちの学習意欲も 高 ま っている 。 家庭内においては、まだ山間地域ですの で、大家族が残っております 。 お年寄りを両親がぞんざ

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いな扱いをすると、孫の子どもたちが親を、 ﹁お年寄りに対してそんな 言 い方はないだろう﹂ としかるというわけです 。

PTA

も 私 、 や っ ております の で 、 ﹁いや、子どもに怒られちゃ っ た よ ﹂ という話をあちこちから聞いております 。 ﹁でも、それは、あなたが年をと っ たときに大変有 難いことではないですか﹂ と私はお話ししています 。 そういう学校の卒業生が福祉の仕事につきたいという 声もずいぶん出てきました 。 それから痴呆のお年寄りが 年とともにどんどん衰えていかれます 。 これは仕方がな いことだと思います 。 それを少しでも遅らせるために私 どもは活動しておりますけれども、それでもやはり人間 は平等に年をとっていきますし、必ず死を迎えるわけで すので、そういう中で少しでもお年寄りにいい環境を提 供したい 。 私どもはデイサービスセンタ ー で す の で 、 帰りでしかご利用いただけません 。 何とか、夜も、 つ ま り泊まったり、住んだりする、そういう支え方もしてい ただきたいという地域の 声 、あるいはご家族の声があり ます 。 それでいま、記事の一番最後にありますグループホ

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ムづくりに遁進しております 。 昨 日 、 一 一 時 半 過 ぎ に 、 やっと県に提出する 書 類を 書 き上げたところであります 。 来週の月曜日に提出してきますけれども、本当にきょう、 来られるだろうかと、タベ、床に入るまで大変に不安で し た 。 一 応、ご報告、以上のようなものであります 。 ありが とうございました 。

青 田先生、どうもありがとうございました 。 青 田先生からは、特に地域における寺院福祉の 実 践者と いうお立場から目下、奮闘されておられますデイサ

l

ビ スセンターの 実 践、あるいはまた、そのセンターを拠点 日 として地域の中 学 生との交流を活発に展開されているご 様子なども伺うことができました 。

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特にこの資料の標題に﹁当たり前で自然なサービスを提 供したい 一 念で﹂とありますように、普通の暮らしが高 齢者にとって何よりも大切で、そうしたセンタ ー 運営の 理念のもとにきめ細かなサービスの提供がなされている ことがよくおわかりいただけたかと思います 。 特にサ l ピス利用者主体、 サービスを提供する側の都合ではなく、 高齢者、サービス利用者主体ということ、さらには利用 者個々の尊厳というものをいかに覚悟していくかという ことなども大変示唆に富んだ実践報告であり、かっ、ご 提 言 であったように思います 。 随所にさきのお 二 方のご発題、﹁寺院、僧侶に期待す るもの﹂と切り結ぶ実践を披涯されましたので、そうい う意味ではお 三 方、それぞれのご発題が相互に切り結ん で、シンポジウムの内容としてとても有議であったよう に思います 。 フロアの皆様方から休憩の後、また、 いろいろご質疑、 ご意見等を伺うことができればと思 っ ております 。 どう ぞ、ひとつ、お手元の質問表に質問、ご意見等をお書き いただければと思います 。 その際に、たとえば小倉先生 へとか、あるいは磯岡先生であるいは青田先生へとい う特定のパネラ

l

の方にご質問の場合には、パネラ

1

の お名前を記してお書きいただければ幸いです 。 それではまもなく 二 時半になりますけれども、 時 四五分まで休憩とさせていただきたいと思い ま す 。二 時 四五分にはぴったり再開させていただきますので、それ までの聞にご質問等を回収させていただきますので、 よ ろしくお願いいたし ま す 。 ひとまず休憩に入らせていた ハ q u だきます 。 ありがとうござい ま した 。 { 暫時休憩 ︼ 長谷川 それではただいまからシンポジユウムを再開さ せていただきます 。 いろいろなご予定で先にお帰りにな られた方もいらっしゃいますが、ただいまはたくさんの ご意見、ご感想をいただきましでありがとうござい ま し た 。

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