著者 篠ヶ瀬 卓二
雑誌名 静岡地学
巻 72
ページ 9‑12
発行年 1995‑11‑25
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00025225
静 岡 地 学 第
7 2
号( 1 9 9 5 )
士山南麓厚原第 3 穴について
篠 ヶ 瀬 卓 二 *
1 .はじめに
富士市にある厚原第3風穴は、東京電力株式会社沼津支庖の委託した竃カケーブル埋設工事で、住 友電設株式会社が作業中、平成5年3月 2日発見され、富士市役所に通報された。その結果、富士市 の文化振興課が主体となって調査を進め、静岡県地学会の元会長小川賢之輔氏のご指導をいただき、
も調査に加わった。すでに旧聞に属するようなものであるがその様子をお知らせするO
2.摩 原 第3思穴の罵辺の地質につ いて
この地域の地質略図は右図のよう になるO
古 い 方 か ら あ げ る と 、 古 富 士 泥 流 e新富士火山大灘溶岩流@
溶岩流@曽比奈溶岩流上窮状地堆積 物 e笹場溶岩流@入山瀬溶岩流@大
坂溶岩流で、 を除いてい
ずれも約 11 , OOO~8 , OOO 年前の活動 の新富士火山に由来するものと考え
られる。
3風穴のるる地域は、
士火山の大潟溶岩流の分布地域であ るO
大淵溶岩流は、 の噴出
から数千年を経て噴出し
山の最も古い溶崇涜で基良溶岩とも 呼ばれているO この基底溶岩は、新
の頂上噴火の噴出物で、広 に流れだし、瀧居弘漣命名によ る富士市域の大淵溶岩流、
域の浅間神社湧玉池 沼久保 富士 る
*
1 八 鰭 穴 2 不塁手j穴 !J 陣 頭 節1民 穴
ぺ j事h;(第 2民 穴 5 P寧i京 第3旗シミ
大JM前 打 流 麗芸喜連 t月 比 奈 溶 お 流 i 人Ilti較 的 打 流
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,
1.‑'/:' f:泥 流 151比 奈 治 れ 流 1:弱 状 地 巧if段 物図上本欝査地域の地質路国
‑9‑
大瀧溶岩流は、大淵窮状地(富士市北部の曽比奈付近を頂点、として、鷹間と吉原の間に広がる)か ら富士市西部では沖積麿におおわれるが、
I
呂田道 1号線(東海道@現県道由比 富士線)の富士川橋 東河畔の水神の森付近まで分布しているO 富士市内のボーリングの結果によると、由子浦港の駿河湾 底110mのところにも分宿しているO この溶岩の特徴は、大形の 1cmほどの白い斜長石を含んでい るので、他の溶岩と容易に区別できるO流れ下った時代は、富士山JR
東海道線上流の河床に見られる 大淵溶岩流直下の泥層(山崎春雄氏採取、地質調査所)に含まれる有機物の放射年代(木越邦彦氏測 定、学習院大学)がBP13,760土300年と測定されているので、この年代とほぼ同じか、より新しいことになる。また、大淵溶岩流は、溶 岩流の流動にともない表閣に縄白状 の文様が残された縄状溶岩(パホイ ホイ溶岩)であるO 大淵穴原から城 山町にかけての大瀬地区の凡夫川に として河床に標識的に分布してい るところから大淵溶岩流と命名され ているO
3. 3 く
富士市穴原の大淵溶岩流分布地域 には、知られているだけでも
所に溶岩澗穴があるが、不動穴と八 幡穴、厚涼風穴が日本火山潟窟学会
されているO
(1) 八 幡 穴
八幡穴は、大淵溶岩流の中で最も 規模が大きく、内部の様子からいっ ても最もすばらしい溶岩洞穴であ
るO 商事士バイパスの北側@
久 沢 字 大 久 保 の 標 高 155mのとこ ろにあるO
から 4 mほ ど 下 が る と 入 があり、約7mの関は人がやっと伏 せて通れるぐらいの穴になってい る。入口部分が低くなっているので、
雨の降る度ごとに水がたまるの
2万5千分のI地形図使用}
l 八幡穴 2 不 動 穴 3 厚 原 第1風 穴 4 厚!京第2風 穴 5 厚 原 第3風 穴
10
静 岡 地 学 第72号 (1995)
行不能になるO入口より 20mほどで広くなっており、中心部では立って歩げるO床の面に近い壁には、
溶岩期や溝ができているO 入口より 60m進んだあたりに支洞がある。支洞は80mほ ど 進 め る が 天 井が落下したり狭くなっているので通りにくくなっている。中心をなす幹潟も 80m程度であるO
でき方については、中央ホール部分にガスが集結し、レンズ状の空洞ができ、入口に向かつて床面 を溶岩が流れて幹洞ができ、二次溶岩流が流れ下って支洞をいくつかっくったと考えられている。近
くに、八幡神社があるので八幡穴の名前がつけられているO (2) 不 動 穴
大潟の穴原地区の標高201mのところの熔の中にある溶岩洞穴で、全長約100mあるo 2本の洞穴 がずれて重なる 2階建@接合混穴で、入口から約60mで狭い通洞で2本の穴がつながっているO 入口 から 15mほど下りると、床面に雨水が流れこんで、いて、常にぬかるんでいるO 入口より 60mのとこ ろは、落石が多くなっていて高さ 1 m内外の天井が続く。
2本の穴の連結部付近は、比較的広く、不動明王の石像が祭られているので、不動穴といわれてい るが、入口付近に馬頭観音が祭られているところから、観音穴とも呼ぶことがあるO
(3) 厚 原 風 穴 (厚原第1風穴)
昭和53年に富士市の防火水槽 に発見された。
富士市厚原北@日本フィルコン kkの工場西北角の市道直下、 98mのところにあるO 混穴は、
北東にあるM氏宅の6m ユているO
幹洞はほぼ東西90mにのび、一番高いところでは立って歩けるO 幅は広いところで5 mあるo 2 階建構造になっているのが特徴。はじめに、一次洞穴ができ、洞穴内へ流れこんできた溶岩流が再び 溶岩洞穴をつくって二階建になった大変めずらしいものであるO 床面には、きれいな縄状の溶岩の流 れが見られ、天井からは、つ
ららのようになっ
石が垂れ下っていて見事であ るO また、壁面に
きているO
4.摩原第3風穴について 1風穴から北北西に 約300mの 茜 富 士 バ イ パ ス の南側の側道(富士市久沢浅 ケ久保の市道@久沢大久保2
の地下で見つかった。
き尺とクリノメー タ ー を 頼 り に 溺 量 を し た 結 幹 洞 は 約51mの長ざが あり、鱈は広いところの中心 部で7.2m、先端に近いとこ
入籍穴
N
N
不動穴
00 200m
図3.溶岩濡穴の実湖国{小]1
日 一
珪酸華@炭酸華も多少見られたが~きれいなものは見られなかった。溶岩概も高さ 10~20
cm
の も の が あ っ た が 、 八i播 穴 の よ う な も の は 見 ら れ な い 。 特 徴 の な い 溶 岩 洞 穴 で あ る が 幹 洞 を 見 る か ぎ り 、 支 洞が無いのが特徴であるO全 体 の 溶 岩 の 厚 さ は ど ん な に 薄 く 見 積 も っ て も5 m
以上で、おそらく10m
以上はあるだろうと推定されるO
5.まとめ
厚 原 第3風 穴 に つ い て の 調 査 結 果 は 次 の ようになるO
(1)幅
10m
以 下 の ほ ぼ 南 北 に 横 た わ る 総 延 長51m
の溶岩洞穴であるO( 2 )
周 囲 が 大 変 き れ い で 、 溶 岩 鍾 乳 石 が あ る と こ ろ か ら 、 中 央 部 に ま ず ガ ス が 集 結 し、レンズ状の空洞ができたと考えられ、構造が簡単な潟穴であるO
(3) 珪 駿 華 @ 炭 酸 華 も 多 少 あ っ た が 、 特 徴 のない普通の洞穴であるO
(4) 洞穴の北半分をしめる部分は、
ノてイパスにかかっている関係で、溶岩の 天井の落盤が多く、入るのは危険であるO
道路の構造上、西富士バイパスは盛り 部 分 の た め 陥 没 の 危 険 は 無 い も の と み ら れるO
(5) 内部を保存することは、すでに半分つ ぶれたような状態であるため、配慮する 必 要 は 感 じ な い 。 市 や 県 の 天 然 記 念 物 指 定には、 しない。
断面図
の O F
平顕関
N
e
r n
国4.摩顔第3鹿穴の実測図
〈参考文献〉
(1) 小Jl
I
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富 士 市 の 自 然J
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富 士 文 化 財 愛 好 会( 1 9 8 6 ) r
富 士 市 の 石 造 文 化 財j( 3 )
宮 地 誼 道( 1 9 8 8 ) r
新 富 士 火 山 の 活 動 史j 地 質 学 雑 誌 、 第9 4
巻 第6
P433~‑12‑