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東京家政大学附属臨床相談センター新棟設立記念講 演 「思春期の光と影」

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演 「思春期の光と影」

著者 町沢 静夫

雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要

巻 6

ページ 1‑11

発行年 2006

出版者 東京家政大学附属臨床相談センター

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010029/

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東京家政大学附属臨床相談センター新棟設立記念講演

「思春期の光と影」

町 沢 静 夫

 私は主に思春期・青年期を治療・研究の対象と してきました。元々、精神分裂病を研究していた のですが、1983年の渡米をきっかけにボーダーラ イン研究にも携わるようになりました。当時のア メリカは人格障害研究が盛んで、Kernberg, Otto F.

やMahler, Margaret S.、 James F. Mastersonなどが

アメリカの学会を牛耳っていました。その頃の私 は普通の人と同じように、ボーダーラインを神経 症と分裂病の真ん中だと思っていたわけですから、

今からみたら笑いものであります。アメリカに行 ってみてすぐにわかったことですが、ボーダーラ インというものは人格障害という独自のものであ って、何かと何かの真ん中ということはないので す。従ってボーダーラインという言葉は不適切な わけであります。しかし、そうかといってそれに 代わる言葉が見つかりません。例えば、不安定人

格障害と言ってみたところで、みな不安定なので すからこれも妥当ではありません。もっとも ICD−10では、不安定な人格障害とボーダーライン 人格障害とを分けておりますが、不安定といえば 皆、不安定であって人格障害と言わずとも不安定 なわけで、やはりあまり妥当な言い方ではないよ

うに思われます。結局、ボーダーラインはボーダ ーラインにしておこうという形でおさまったよう であります。それなりの歴史を持っているのだか

ら、ボーダーラインを独自でユニークなもの、つ まり何かと何かの間というわけではないと、その

町沢メンタルクリニック

うちに認知されるだろうといった形でDSMにお けるボーダーラインパーソナリティディスオーダ ーが定着したわけであります。

 私は最初、ボーダーラインというものを一つの 立派な人格障害として認めていいものか疑問を持 っておりました。日本に帰ればこのようなものは ない。アメリカの一時的な流行であると思ってい たわけであります。そこで、ボーダーラインとい う人格障害を証明するべく研究を始めました。多 変量解析を使い、ボーダーラインとその他の人格 障害、うつ病、分裂病などと区別できるかどうか を調べました。すると私の当ては外れまして、確 かにきれいに証明されたのです。こうなると私も ボーダーラインというものを認めざるを得なくな ってしまうわけでございます。当初、私はボーダ

V−一・一・

宴Cンを認めておりませんでしたから、これを

否定してやろうと思って研究した結果、認めざる を得ない数値が出てしまったのですね。まず

Conte,H.R.のボーダーラインスケールを和訳、ア レンジしまして、そこから信頼性の高い項目を選 び、様々な障害の患者に実施しました。ボーダー一・

ラインだけでなく、分裂病、うつ病、さらに神経 症圏の患者を対象としてこれを実施した結果、ど のような結果が出たかと言いますと、きれいに分 かれたわけであります。もしも、ボーダーライン が分離される疾患でないのならば分かれないこと になります。しかし、私が実施した結果はボーダ

V・・−L

宴Cンの中にうつ病が一人いたくらいで、あと

はきれいに分かれたのです。このことからボーダ

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一ラインはある程度判別できる、つまり独立した 疾患であると証明されたわけであります。

 このようにボーダーラインという人格障害が 浮き彫りにされたわけでありますが、それでは正 常群と分裂病群、神経症群などの違いは何なので しょうか。これを調べることによってボーダーラ インの性格が浮き出てくるように考え、私は判別 分析を行いました。その結果、ボーダーラインを よく表すキーワードとして「虚無感」や「見捨て られ感」が挙がってきたのであります。James F.

Mastersonの提唱した「見捨てられ感」いうもの があります。私は最初、文学のようなこの考え方 を否定しておりましたが、これがどうしてボーダ ーラインをよく分ける項目だったのであります。

 「見捨てられ感」とはどういうことかと申します と、依存性が高く孤独に弱い。また虚無感という のはボー…ダーラインの一番の特徴であります。ボ ーダーラインにもうつ気分がありますが、うつ病 のうつ気分とはニュアンスが違います。うっ病患 者は、いかにもうつという感じで下を向いており ますが、ボーダーラインのうつというのはへらへ

らとみんな遊んでいるようです。「お前、最近元気 だなあ」と言いますと、彼らは一様に「先生、そ う見えるでしょう。でもこれはそんな風に見える ブリをしているんです。私は今でもこの場で死ね って言われたら死ねる人間なんです。だから先生、

よく診なきゃだめだよ」などと教えられたことも あります。死にたいという時の気が滅入る内容が、

うつ病とボーダーラインとで相当違うのでありま す。もちろん分裂病とも違うわけです。このよう なことからもボーダーラインを独立した疾患とし て認めざるを得ないわけであります。

 さて、また別の障害に自己愛性人格障害が挙げ られます。これは今、非常に注目されております。

特にアメリカで注目されています。ご存知のよう

に自己愛というものは「自分と同じような知性・

美貌を持っている人でなければ私は相手にしない。

そうでなければ私は無視する、もし私を褒めなけ れば私はその人を断罪する」といったものであり ます。っまり、褒めてくれという合図を非常に多 く出しています。また、自分と付き合える人は自 分と同じくらい才能がなければとならないと思っ ていることに代表されるように、非常に自尊心が 高く共感性がないのです。共感性がないので、す

ぐに自分が一番立派であるとか頭がいいとかえら いとか、そのようなことを勝手に主張できるわけ です。共感性がないというところがボーダーライ ンと一番違うところと言えるでしょう。ボーダー ラインも共感性がないと言ってもいいような人も いますが、自己愛とは違うようであります。その ため、自己愛性人格障害のほうが犯罪性が強いよ うです。また、日本人のボーダーラインというの は人とよく比較します。うつ病であれボーダーラ インであれ分裂病であれ、人と絶えず張り合い、

比較します。これが日本人の特徴であります。こ の特徴が強すぎると対人恐怖ということになるの でしょう。対人恐怖というのは最近になってまた 増えてきています。昔の対人恐怖は、いわゆる世 の中のいろんな儀式や礼儀iなどをきちんと守るこ

とができるかどうか、そこに自信がないから人と 会うのが怖いというものでした。最近の対人恐怖 は自分がその人に受け入れられるか受け入れられ ないかが分からないから怖いのです。家族の人は よく知っているから怖くない、反対に自分とかけ 離れたほとんど接したことのない人はどう思おう が勝手であるから怖くない。怖いのは半分知って いて半分知らないという半見知りの状態の人です。

こういう状態で一番緊張してしまうのです。これ

は日本独特なもので、対人恐怖という言葉を英訳

することはできないようです。よってローマ字で

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Taijin kyofushoと書いています。この対人恐怖は、

日本の場合どの疾患においても大体見られますが、

アメリカでは当てはまらないのです。アメリカ人 に対人恐怖はおりません。むしろじ一っと見られ て不気味なくらいです。背が高いですから、上か ら見下ろされてこちらが侮辱感を持ってしまった りしてね。このように日本と諸外国では、症状に おける内容が同じとは限りません。うつ病におい ても同様であります。私は、うつ病の認知スケー ルというのを作りました。というのも、ベックの うっ病スケールというものがありますが、アメリ カ人に見られるうつ病の特徴を日本人に当てはめ ることができるでしょうか。これは奇妙なことで す。私はアメリカに行きましたから本当に奇妙な ことだと思います。認知のゆがみというものは日 本とアメリカとでは違う、それをきちんと調べる

ことなくベックのうつ病スケールを治療に用いる のはおかしいと考えまして、私は日本人のうつ病 やうつ病圏の人の考え方の特徴を取り出そうとし たのであります。つまり、いろいろな形容詞を病 気の人やら普通の人やらにやって比較したのです。

そして、うつ病特有の因子を取り出したのです。

そうやって第一に分かったことは「否定的自己認 知」という当たり前のことだったのです。自分は だめな人間だ、という否定的な認知が日本人には 非常に強いのです。うつ病でなくても強いのです。

日本人はお土産を渡すときによく「これ、つまら ないものですみませんけれどもらっていただけま すか」などと言いますが、こんなふうに始めから うつみたいなことを言っていますよね。「そんなに っまらないものならくれなくていいんですよ」っ てお返しすればいいんですよ、皆さん。そんなこ とは当然しないでしょうけれど。しかし、このよ うな言い方も少し言いすぎですよね。「うちの馬鹿 息子が東大に入りましてね、本当に困ったもので

すよ」なんて言ったりする。困れば行かなければ いいんですよ、なんて怒ったりしてね。「すごいで すね〜」と言ってもらえることを期待してこんな 言い方をしているわけです。この日本人の嫌味な 言い方というのは、悪く言うことが一つの癖にな っているわけです。礼儀だと考えている。だから 非常に否定的な自己認知が強いのですね。私はよ

く言っているのですが、「こんなつまらないもので も受け取っていただけると」などと言われたら「あ、

っまらないものならいりませんのでどうぞ持って 帰って下さい」なんてね。「うちの息子は馬鹿なの に東大の大学院に入りまして」と言われれば、「馬 鹿だったら行かなきゃいいじゃないですか」と言 ってやるわけです。そうすると相手はびっくりし て目覚めますよ。どうも言いすぎたのではないか とね。特に奥様方がそうでしょう。「いや〜、私な んて馬鹿なものですからしようがないです」など と言われれば「馬鹿だったらそれなりの生活すれ ばいいじゃないか」って言ってやればいいのです。

そうすると相手はむっとしますよね。本当は自分 のことを馬鹿だなんて思っていないのですから。

馬鹿だと思っていないのなら自分を馬鹿だと言わ なければいいのです。正直に表現するということ に欠けていますよ。謙遜とか謙譲の美徳だなんて 言いますけど、それで相手を圧倒するという非常 に嫌味な対人関係の持ち方ですよね。それはさて おき、うつ病の特徴を調べていくと最初に出てき たのがこのような「否定的自己認知」で、その次 に出てきたものが「対人過敏」だったのです。こ れはまさに日本の対人恐怖をよく表しております。

これなしでは日本人ではないです。やはり、対人

恐怖めいた傾向を多かれ少なかれ我々は持ってい

るのです。それが日本人なのです。「あの人は移を

認めてくれるだろうか、認めてもらえなかったら

どうしようか」「孤立するなあ」と思ったり、ある

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いは「あの人は自分を認めてくれているから堂々 としていよう」「温かく迎えてくれるに違いない」

と堂々としていたり。このように、対人関係にお ける過敏性が非常に強かったのであります。そし て第三に、完全癖だったのです。これこそ日本人 特有のものです。完全癖が強いのが日本人。つま り公務員性格と言われているものです。完全癖が 強くて秩序や規則が大好き。仕事が大好き、けち で捨てることを嫌い、仕事が第一で遊びというも のは馬鹿な人間がやるものだと考えている。アメ リカではこのような性格を公務員性格と呼んでお ります。このような人は遊ばないことこそ立派だ と思っている。これはアメリカ人とは違いますよ ね。やはり、ほどよく遊んでユーモアを理解する というのが健全な人間のあり方ですよね。以上の ようなことから、日本人のうつになりやすい3つ の因子は、否定的自己認知と対人過敏、そして完 全癖であるということを導き出してうつ病スケー ルを作成したのであります。これを使いましてう つ病になりやすい、なりにくいの判断をしたとこ ろ、ボーダーラインの患者はうつ病患者よりも各 項目が高かったのでびっくりしました。ボーダー ラインはうつ病の病理より深いと考えられます。

この時、ボーダーラインというのはとんでもない 連中だな、と思いましたね。否定的な感情も強い

し人を意識する対人過敏も強い、その上完全癖も 強いのがボーダーラインだったのです。いい加減 で暴れてばかりのボーダーラインと完全癖など似 合わないような気が致しますが、よく見れば完全 癖が満たされないからこそ荒れるのであって、彼 女や彼らは彼らなりの完全とされる規則を持って いるのです。そういうことで、ボーダーラインは うつ病患者よりもうつであるという言い方を私は しています。そう考えているのは私だけかと思っ ていたら、つい先日アメリカの雑誌に「ボーダー

ラインはうつ病よりもうつ得点が高い」と書いて ありまして、私はびっくりしました。私はもう10 年も前にそのことを発見したわけですから、私の 勝ちですね。そんな冗談は置いておいて、とにか くこのことは治療においては重要であります。ボ ーダーラインのうつ気分はうつ病患者にみられる 型にはまったうつ状態よりも、ずっと強くてどこ に飛んでいくのか分からない強さを持っていると いうわけです。

 こうやって今までお話しましたように、私はう っ病やボーダーラインなど色々な研究をやってき ました。中でもボーダーラインは精神医学的にき っい疾患であることは分かっていただけたかと思 います。さて、うつ病の話が出てきましたが、今 こうやって「うつ病」と日本では言っております が、普通は「大うつ性障害」というのが妥当なの であります。現在、「病」という言葉を当てはめる ことができるのは分裂病だけです。しかしそれも 統合失調症と名称が変わってしまったのですから、

わけが分からないですよね。そもそも分裂病の特 徴を最初に描き出したEugen Bleulerが「分裂病」

と言ったのです。その功績を無視して日本だけが

「統合失調症」としていいのでしょうか。統合失 調症は「統合されていない」という、これ以上の 意味があるのでしょうか。5年も経てば分裂病と 同じように差別用語になるだけです。ともかく、

ここで私が言いたいのは分裂病だけが精神病であ るということです。「病」とつけることができるの は分裂病だけなのです。それ以外は全て「障害」

なのです。大うつ性障害、双極性障害、パニック 障害…。全部「障害」なのです。「病」と「障害」

とどこが違うかというと、「病」というものはある

意味で器質的な裏づけがあり、器質的な損傷があ

るのです。そして現実と非現実の区別ができない

状態を精神病というわけです。ですから、分裂病

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の妄想や幻覚は現実にはあり得ない事なのです。

そして今や、脳の中の萎縮、っまり前頭葉と側頭 葉の萎縮が明白になっておりますので、「病」でよ

ろしいわけであります。統合失調症では一体どち らなのか分からないわけです。例によって分裂病 の脳をCTスキャンで見てみますと側脳室の拡大

が見られ、これによって前頭葉と側頭葉が萎縮す ることが証明されております。ただし、アルツハ イマーもそうですけれど、状態がよくなると萎縮 がかなり改善いたしますよね。しかし器質的に証 明されるということで「病」でよろしいわけです。

逆に「障害」というのは、器質的な障害が証明さ れていないがその年齢相応の能力を持っていない

ものであります。その年齢相応の対人関係や社会 的な能力、働く能力、勉強する能力などを持って いないというだけのことで器質的なものは何も証 明されていないのであります。アルツハイマーを

日本では痴呆症(認知症)と呼んでいますが、デ ィジーズですからアルツハイマー病です。和訳も 気をっけないといけませんね。「病」をつける場合 と「障害」をつける場合では、器質的な裏づけが あるかないかということが大きいわけですから。

日本はそういう意味で本当にいい加減ですね。専 門家ですらいい加減なのですから。全てをアメリ カに従えとは言いたくありませんが、やはりアメ リカのほうが論理的です。ですから私は精神分裂 病という言葉を使っているのです。

 さて、ここで皆さん考えてください。この図(図 1)において、現代はどちらの方面の病気が多いと 思うでしょうか。どちらの軸のどこの図面上に病 気が多いのか。こちらの軸で最近目立つのは拒食 症です。拒食症というのは、自分の痩せた体型が 認知できていないのですから分裂病に極めて近い のです。小さくて肉や脂肪が全然なくても「これ でも太っているのです」と、認知の異常があるわ

けです。正常な認知ができないわけですから、精 神分裂病に非常に近いというわけです。しかも彼 らは確信を持っているのですから妄想的です。そ ういったことから治療が難しい。さらに最近多い のは身体醜形障害です。「自分の身体や顔が醜いか ら何としてでも美容整形しなくてはいけない」と 言うのです。私は「君は結構美人だよ」と言うの ですけれども「不細工です」と答えるのです。身 体醜形障害の患者が外来に来ますと、まず下を向 いております。そして帽子をかぶっていたりサン グラスをかけたりして顔が見えないようにしてき ます。さらに帽子を深く下げているものですから 女だか男だか全然分かりません。彼らは「顔が醜 いものですから、みんなに嫌われて、どこにも行 けないのです」と言ってきます。ですから引きこ もりの中にとても多いのです。以前は醜形恐怖と 言っていたものですが、最近は身体醜形障害と言 っております。DSM−IV−TRでも、Body Dysmorphic Disorderとなっていますね。なぜ「身体」がつい ているかというと、顔だけではないからです。醜 いとか美しいとか判断する部分に身体も入るので すね。身体全体に対して醜いと思い込んでいる人 もおります。こうなると妄想に等しいです。私が

「あなたは結構、美しいよ」というと、患者は「先 生、そんなお世辞はやめようよ、本当のことをち ゃんと言って下さればいいのです。先生なんかさ っきから私のことを全然見ていません。この顔を 不細工だと確信していらっしゃるのでしょう」と 言ってきます。「本当に美人だよ」と言っても、も

う遅いのです。ですから美人と言ってはいけない のでしょうね。めちゃめちゃに言い返されてしま うのですから。「そんなお世辞はやめて下さい。お だてられてそれに乗るほど馬鹿じゃないんです」

などと言われたら、次からもう言わなければいい

のです。自分の顔が醜いという考えが妄想なので

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すが、自分の顔は醜いかもしれないという恐怖の 段階から次に強迫観念となり、やはり醜いといわ ざるを得ないという段階になると妄想なのです。

こうなると是正することは難しいのです。醜形恐 怖の人には美形が多いようです。なんで美人なの に自分の顔が不細工だと言うのだろうと不思議に 思いますよね。こちらがまじめに「かわいいです よ」と言っても「やめて下さい、そんなことを言

うのは!」と怒ってしまうものですから、顔や身 体と関係のないこと、例えば日常生活の話や対人 関係、親子関係の話をしてそちらを探ろうとする ことが多いのです。その方が患者も話しやすいよ うです。顔が醜いか美しいかの議論などやってい られないものです。

余談ですが、身体醜形障害の患者によって私は自 分が途方もない不細工であることが分かりました。

まず、髪の毛がチリ毛です。患者に「先生もすご いチリ毛ですねえ」と言われて「チリ毛でなんか まずいの?」と聞いたら、「先生、それで外を歩く のですか?」と言われてしまいました。さらに、

えらが張っていますね。私のえらが張っていよう

がいまいが、そんなことは勝手だと思いますけど ね。私はこれでもちやんと外を歩いているのです から「あなたには関係ないじゃないか」と言いま

したら、患者に「勇気があるんですね」なんては っきり言われてしまいました。自分ではどうでも いいと思っていても、こうもはっきり言われると なんだかむっとしますよね。「唇が厚い、首が太い、

そんな人がよくぞ外に出られるものだと感心しま すよ」と褒められるものですよ。「ありがとう」と 答えておきますけど、ここまで言われてしまうと 私もさすがに外を歩くのは失礼なのかな、と思っ てしまいました。ところが、私にはいいことが2 つあります。たぶん皆さん気づかないでしょうけ

ど、まずすね毛がないことです。これが患者に褒 められるのです。「先生、すね毛がないんですね、

すごい!」と。自分ではそんなことをすごいと思 っていませんでしたけど、患者には「それだけで 価値がある」と言われたものです。それからもう 一っは、肌が白いと言われたことです。私は肌が 白いとは思っていませんけれど、これでも白いと 言われるのです。そして、「先生、この二点だけは

分裂病圏

拒食症(身体像の妄想)

身体醜形障害

(恐怖→強迫観念→妄想)

強迫性障害(強迫観念→妄想)

自己愛性人格障害,反社会性人格障害(共感性の欠如)

境界性人格障害

感情病圏

(双極性障害,大うつ性障害)

図1精神分裂病のスペクトラム

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一応誇ってもいい」と言うのです。そんなことを 言われる筋合いか、とも思いますけどね。身体醜 形障害は治すのが非常に難しい。自殺する率も結 構高いのです。「自分の好きなことをやっていれば いいじゃないの」と言ったところで「先生、好き なことやってればいいじやないかとおっしゃいま すけど、この顔で好きなことやればいいとどうし て言えるのですか。この顔をさらしながら楽しい ことをやれと言ったって、楽しいことをやれると 思っているのですか」と怒られてしまうのです。

身体醜形障害は妄想の可能性が一番多いのです。

ですから分裂病圏に近いということです。これを はっきりお伝えしたい。治療に際して私は理屈で のやり合いはやめています。むしろ、外へ出るよ

うにさせています。朝5分でも10分でもいいから 家の外に出てみる。外に出られなくなったら窓を 開けて外を見てみる。そしてだんだん外に出るよ

うにしてみる。人にさらされるのが耐えられるよ うになることを狙うのです。つまり暴露療法です。

これを使うしか手がないのです。それ以外の治療 法でうまく治るということはないんですよね。ア メリカではSSRI、例えばルボックスなどがよく効 くとされていますが、全然効かないですね。です から私は暴露療法という行動療法に一抹の望みを 託すわけです。これで外に出られる範囲がある程 度広くなって、自分の趣味や仕事がある程度認め られるようになると、ようやく人の中に出られる ようになります。それまでに2〜3年かかるのです。

それでもそうやってうまくいけば大成功と言える でしょう。ある女性患者が「自分の目がきつい」

「みんなが自分の顔を醜いと言っている」と言っ て私のところを受診したことがあります。彼女は どちらかというと美形なのですが、彼女に絵を描 かせてみて初めて私にもわかりました。彼女の描 いた絵(図2)を見て納得したのです。彼女が「目

が細くて下に落ちている感じがするんです」と言 っていたことは憶えていたのですが、彼女のイメ ージがこんな目だったとは分からなかったのです。

実際とこれだけ違ってしまうとは、と驚きました。

ですから私は皆さんに言っているのです。「自分は 身体醜形障害である」と言うことは、それはもう 美形だということなのです。「私は美人です」など

と言うよりもよっぽど客観的な根拠がありますよ。

「私は顔が醜いから昨日銀座のホステスをやめて きたんです。この顔じゃ通用しません」と言って やって来たすごい美人もいました。みなさん、自 分と身体醜形障害の人とを比べてはいけませんよ、

劣等感が強く残ってしまいます。

図2 身体醜形障害の女性の描いた自画像

 こういった面で身体醜形障害と拒食症とはよ

く似ていると思いませんか。拒食症の方はどんな

に痩せていても「私は痩せていない、こんなに肉

がある」と言うのですから。拒食症の患者は体型

を見られたくない気持ちからガウンを着てくるこ

とが多いです。診察で体重をたずねると「43kgで

す」などと答える。その返事にだまされてはいけ

ません。大体、嘘をついていますからね。ですか

ら私は「じゃあ、あそこの階段を昇ってみてくれ

る?」とお願いするんですね。そうすると患者は

すぐに息切れしてしまって、手すりにっかまった

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って上にはいけないのです。そこでガウンを脱が せると肋骨の辺りは紫色をしていますよ。少し触

っただけで、それも洋服が触れたくらいで出血す るのですから。栄養失調状態ですから、肝臓の機 能が低下してプロトロンピンという血液凝固作用 のあるたんぱく質が減少し、少し打ったくらいで 出血してしまうのです。全体的に紫色なので最初 は紫色の肌なのかとも思われましたが、よく見る

と出血斑であることがわかります。あばら骨も浮 き出ていますから骨が折れやすいですよね。さら に吐きますからカリウムが低下して、このことも 出血しやすい状況を作っていますし、筋肉の調節 がうまくいきません。このような状態になってい てもまだ患者は痩せたいと言うのですから、これ はもう妄想ですよね。ですから分裂病に近いので

す。

 ほかにも分裂病に近いものとして強迫性障害が ありますね。これも様々なものがありますが、例 えば歩いていて「フロアの線を3つ越えなければ いけない」などという規則を作ってしまうのです。

「あ、間違えちゃった、もう一回やり直し」なん て言いながら一日中やっています。洋服を着ると きにも自分流の着方があったりして家を出るのに 一時間半もかかってしまうこともあります。こう いう時には理屈でやりとりしよう、心理療法を試 みようという気は私の場合には失せてしまいます ね。ですから、これもやはり行動療法を実践いた します。上半身裸にさせて、そして「さあ、上か ら着てくださいよ、よ一い、スタート!」と言っ て10秒、20秒、30秒…と時間を計るのです。最 初のうちは2分くらいかかってようやく下着を着、

上着を着るのですが、着ては脱ぎ、着ては脱ぎの 繰り返しなのです。腕を通してはまた戻す、また 戻す…この繰り返しなんですよね。私は、患者に 時間内に着なければ何か罰を課すのです。そうす

ると患者は「時間内に着ないと先生がまた廊下に 立てって言うだろうな」などと思って一生懸命や

りますから、早くなると1分以内にできるように なるんですよね。手洗いも同じで、1時間も2時 間も洗っている人がいたら、「じやあ3時間やりな さい」という手もあります。2時間の人が3時間

もやるとなると疲れてしまうんですよね。「先生、

もう勘弁してください」と言うのを狙うわけです。

しかし、これは時間を取りすぎますから、反応抑 制という方法を使います。患者が洗っているとき に突然、大きな声で「ストップ!」と言うのです。

そうするとびっくりしてやめてしまうんですよね。

そうしたら「それでいいんだよ、やめて」という わけであります。ですから、これは怖いお母さん でなければ効果はないですよね。猫なで声で「は い、○○ちゃん、そろそろやめましょうね」なん て言うのではだめですよね。「うるさいな一、オレ が洗いたいんだから洗わせろよ」なんて言って洗 い続けるでしょうね。お母さんが「やめなさい!」

って怒ってしまえばいいのです。ですから恐怖も

時には役に立つのですよね。非常にきついけれど

そのきつさを利用するのです。最近はお父さんの

ほうが優しいですからね、「お母さんそんなにきつ

く言わなくてもいいんじゃないか」なんて言うか

もしれませんね。しかし、きっく言わなければ治

りませんよ。強迫性障害も分裂病に近いです。「こ

の手に触ったらここには誰かが触ったに違いない

し、その誰かはきっと不潔である」といった考え

は妄想に近いですから。「ここには大腸菌がついて

いるに違いない」と勝手に推論して、「私は大腸菌

に感染したくない」と言って触ろうとしない患者

を説得するのは大変なことですよ。水をおしっこ

だと考えるような人もいます。私が「単なる水だ

よ!」と言っても、「いや、おしっこの可能性もあ

るじゃないですか、おしっこじゃないとどうして

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言えますか」と反論してくる。「こんなところにお しっこするわけがないじゃないの」と言っても「犬 という可能性はないんですか」とか、「子どもがト イレに間に合わなくてするってことはないんでし ょうか」と続くわけです。そうすると私も「う〜

ん、それは…滅多にないよ」と言うしかなく、相 手は「滅多にでしょう!ということはたまにはあ るから。どうするんですか!ほとんどないという ことは私にとってはあると同じことなんですよ」

と言いますよ。そうなったら私も「水がおしっこ だとしたら何だっていうんだ!」と開き直りまし たけどね。しかし患者は「エイズウイルスが入っ てる」と言って感染を恐れていました。「知らない

うちに女の人が水、というかおしっこを踏んでし まって、自分のスカートの中、性器の中までまっ すぐとび上がる」と言うのです。「そんなことある かな一」と言っても本人は「ある!」と言うので すよね。このやり取りを他人が見たら面白いので

しょうけど、本人には必死です。私も大変です。

ですから、こういったやりとりはとめどなく続き ます。妄想に近いですよ。そういうわけで分裂病 に近いというわけです。

 ほかには自己愛性人格障害が挙げられます。こ れは「自分は偉い」「自分は美人だ」「金持ちだ」

「オレに並ぶものはいない」「オレと対等にしゃべ れるものはいない、そうでなければ私を褒め称え ろ」といったものです。こういった人たちは立派 な人としか付き合わないのですよね。そして共感 性が全くありません。共感性がないために犯罪性 にも近いのです。反社会性人格障害にも近いと考 えられます。大阪教育大付属池田小学校児童殺傷 事件で死刑となった宅間も自己愛が非常に強かっ たようですよね。「オレみたいに精神医学の知識を 知っているやっなんていないじゃないか」などと 威張ったり、「オレが精神科医のまねをしたら誰も

見抜けることできないよ」などと言っていたよう ですから。あれは自己愛性人格障害でしょうね。

彼の場合にはクラスターB全てが当てはまりそう ですよね。ボーダーライン、反社会性人格障害…。

実際、精神科医がだまされたというのですから。

「私は分裂病だと思います」と言ってやって来た 宅間容疑者を入院させてしまったのですから、一 体どういう思いでそんな話を聞いているのかと思 いますけれども、実にだますのがうまいのですよ。

ですから、反社会性人格障害に特有なことは、人 をだますのがうまいということです。自己愛性人 格障害は、「自分の能力を褒め称えよ」というくら いですから精神科医ほど十分に精神医学の知識を 持っていたりする。そして、反社会性人格障害も また共感性がない。共感性がないということは、

どうしても分裂病に近いと言わざるを得ない。分 裂病は共感性が低いのです。

 こうやってみると、分裂病、拒食症、強迫性障 害…と共感性が低いという共通項が見えてくる。

ボーダーラインはというと、これが少し難しい。

確かにうつ的でもあります。しかし、「これが達成 しないのなら死んでもいい」というような白か黒 かの極端な考えがとても強いということも言えま す。このような考え方は、分裂病であれば「王様 になれなかったらこじきでいい」、自己愛性人格障 害であれば「自分はビッグになれなければこじき になっても構わない」というふうになるわけです から、こう見てみますと、今はやっている精神障 害のほとんどが孤立性の強い分裂病圏に近いと考 えられるわけです。現代の我々の病は分裂病圏の 障害が多すぎる。こちらに偏った精神障害が多く 発生しているということになるわけです。分裂病 圏精神障害というのは、先ほど言いましたように 共感性がなくて唯我独尊ですから、「自分は自分、

他人なんてどうなったっていい」ということです

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から、自分の考えでどんどん進んでいってしまう わけです。うっ病や躁うっ病の人たちは一応、他 人のことを気にしますよね。他人のことを気にし て自分のことも考えて、その中でバランスを保と

うとして、それが崩れてうつ病になってしまった りするので、そういう意味では現代というのは分 裂病圏の時代であると言ってもおかしくはないと 思うのです。では、なぜこのようになってしまっ たのか、というところが大きな社会問題になるわ けです。これを考えてみると、やはり犯罪者とい うのは共感性がないという点が大きなポイントに なると思うのです。共感性がない、私は一人でい たい、邪魔されたくないという傾向が顕著である

といえるのです。自分は一人で結構、自分独自で 結構、人と共同して何かやろうということは大嫌 いだということが非常に顕著であるといえるので す。携帯電話で誰かとメールしていても住んでい るのは一人。携帯電話で話をするけれども直接顔 をあわせて話をすることはしないのです。みんな 一人になりたい。一人で自分はピックであると思 っていたいのです。こういう自己愛的な時代なん ですよね。自己愛的な時代というのはある意味で 競争社会なのです。競争ということはみんな敵で す。敵を追っ払っちゃって自分は一番、という立 場を築きたいのですよね。ですから自己愛性人格 障害も多くなるわけです。アメリカでは今や自己 愛性人格障害がとても増えていて、これをどうし たらいいかということで議論を巻き起こしており ます。小さいときから躾をきちんとしなければ共 感性を見につけることができずにとんでもない人 間になってしまうのではないかと話されているわ けです。自分が信じたら誰が何と言おうとそれで いくという妄想傾向は、小さいときの一つの信念 です。癖ですね。いろんな考えがある中で妥当な 考えを持とうではないかという、いわゆる多くの

価値観を考えるゆとりのある民主的な考えがない のです。自分が一番、みんなが競争相手で、その 上共感性がないものだから親しくなれるはずがあ りません。団体行動が取れないのですよね。まと まりのないバラバラな社会。これは言うなれば分 裂的な世界であり、また自己愛的な社会と言える でしょう。そしてボーダーライン的と言ってもい いでしょう。そういうわけで私たちの文化の病と いうのはこのように自分さえよければいい、他人 は知りませんというもので、それ故当然犯罪が多 くなるわけです。「ああ、その人死んじゃった、他 人なんだから死んでしまってもいいんじゃない」

と、人を殺しても平気なんですよね。先日もタリ ウムを飲ませて母親を殺そうとした高校1年生で すか。あの人の顔といったら無表情ですよね。書 いてある言葉も無感覚、無感性、無感情、あれは 本当に強烈な無感性で、彼女の世界には他に誰も いないのでしょうね。自分しかいない。それが自 己愛性人格障害の典型的な例と言えるでしょう。

いや、もう自己愛ともいえないのかもしれません

ね。無味乾燥で、人間をロボットや植物のような

ものとしか思っていないのかもしれません。何し

ろ感情がなく共感性が全くないのですから。私た

ちはこの共感性のない社会にいる限り犯罪から免

れることはないのです。ですから私たちはいかに

子どもたちに共感性を与えるかを大切に考えるわ

けです。そして躾をどうきちんとするか、という

ことが課題となるわけです。それにはどうしたら

いいのか。一番簡単な答えになりますが、徒党に

入り、遊ばせればいいのです。最近では、徒党で

遊ばせることなくすぐに勉強、勉強となっていま

すよね。例えば学校の先生が生徒に家でトイレ掃

除をさせようとすると、生徒の母親は「そんな汚

いことはやめなさい、あなたは勉強さえしていれ

ばいいんですよ」などと言って勉強させたりして

(12)

いる。そんなこととんでもないことでしょう。こ ういうことは言わば犯罪の前駆状態ですよ。トイ レ掃除をきちんとすることで子どもは自分のやっ たことに誇りも持てますし、これだけのことをや ったという誇りが成長してからそれなりの感情の 幅、共感性につながると思われますよね。労働は

自分の行為を映し、自己確認ができるのです。生 きる基本ですね。特に子どもが子ども同士で一緒 に遊ぶこと、共感性を気にしながら母親が子ども を育てる、しつけるということがなければ犯罪は 絶えることがないのです。分裂病圏に向かってい

く現代社会において青少年犯罪を少しでも減らす

ためには、共感性を身につけなければいけないこ と、唯我独尊の考えを捨てさせるということが重 要なわけです。皆さんに、この唯我独尊、共感性 のなさがいかに危険かということを知っていただ ければ今日の話は多少なりとも意味があったかな、

と思います。

〔付記〕本論文は2005年11月25日に行なわれた、

  東京家政大学附属臨床相談センター新棟設

  立記念講演会の記録です。質疑応答に関して

  は枚数の都合上割愛させていただきました。

参照

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