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発 現 す る 生 命 │ 新 出 の 尾 竹 竹 坡 作 品 を め ぐ っ て 滝 沢

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Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Feb.-Mar. 2017] 4

竹坡新出作品

  二〇一五年度に東京国立近代美術館が新出の尾竹竹坡の七幅の日本画を収蔵し︑昨年常設展示で一般公開した︒筆者は数年前に知人からその作品の出現につい

て教えられ︑画像を見ていた︒その時点で作品の題名や制作年は不詳だったが︑一九二〇年十月開催の八火社による最初の展覧会である﹁尾竹竹坡八火社併合絵画展覧会﹂︵︶の目録に︑第四室の展示として﹁

示として﹁ 29寶の番人﹂が︑第五室の展 34風精﹂﹁

35銀河宇宙﹂﹁

36火精﹂が記載されており︑それらの題名が喚起す

るイメージと七幅中の四幅に描き出された内容が符合していたことから︑おそらくそれ

らは同一作品だろうなどと考えていた︒さらに︑七幅の作品はサイズも表装も揃ってお

りかつ個々の画面に描写されたイメージには関連性がありそうに思えたことから︑﹁七幅対﹂の作品だろうとも考えていた︒しかし︑出品目録には七幅の当該作品の内容と一致する作品名の連続する記載箇所が見当たらず︑疑問は解消されないままだった︒ま

た絵の内容から︑画題は経典に取材した﹁七難七福﹂だろうか︑などとも推測していた︒

しかしこの点は︑円山応挙が描いた天災・人災・福寿の全

3

からなる︽七難七福図巻︾

とは内容が全く違っている︒現世の難を恐怖に迫るようにリアルに描写し︑福を貴族や庶民の喜びで直接的に表わした応挙の作品とは対照的に︑竹坡の作品は日本古来の超自然観をファンタジックに描き出しているのだ︒

  その後七幅のうちの三幅が︑竹坡八火社併合展出品作品の絵葉書集︵

︶によって︑︽銀河宇宙︾︽火精︾︽風精︾であることが判明した︒さらにその後︑多く の研究者にも未詳の﹃帝国絵画商報﹄という書画の売り立てを目的に発行された雑誌

の﹁尾竹竹坡画伯展覧会号﹂︵︶掲載の図版と作品名の記載から︑残りの四幅のうちの三幅が︽宝の番人︾︽流星︾︽天下廻り持︾であることが判明した︒失題の作品は残りの一幅となるが︑残念ながらそれは現在もまだ不詳のままである︒その理由のひとつには︑先に触れたように︑題名が判明

した作品が展覧会目録に連続して記載されていないことがある︒出品番号順に︽天下廻

り持︾は

25︑︽宝の番人︾は

29︑︽流星︾は

30︑︽風精︾は

34︑︽銀河宇宙︾は

35︑︽火精︾は

36

という具合なのだ︒また︽流星︾までは第四室に︑ほかは第五室にそれぞれ展示という調子である︒この時点で七幅対という見方は適当ではないと考えられよう︒

竹坡八火社併合展

  さて︑今回取り上げている七幅の日本画が出品された竹坡八火社併合展について概観しておこう︒この展覧会は越堂・竹坡・国観の尾竹三兄弟とその一門による八華会に

つづき︑官展や院展への不満を募らせる竹坡が中心となって結成した八火社の旗揚げ

となる展覧会で︑竹坡の個展を併設するという形式で︑帝展に対抗して同時期に上野公園内の常盤華壇で開催された︒目録から判断すると︑階下の第一室から第六室まで

が八火社展︑階上の第七室と八室が竹坡の個展だったと考えられよう︒両者合わせる

と竹坡の総出品点数は五十九点で︑﹃帝国絵画商報﹄の記事によれば︑竹坡はそれらを一か月半ばかりで描き上げたという︒そのほかの出品者は︑竹坡も会員だった巽画会の若手の急先鋒であり未来派美術協会の会員でもあった萩原青紅や木下茂ら7名であっ

た︒ウラジオストクでの活動を経て来日し︑﹁日本に於ける最初のロシア画展覧会﹂を開催したロシア未来派画家の

D・ブルリュークと

合して揮毫したことが新聞報道されてもいる︒ V・パリモフが招かれて来場し︑意気投   展覧会への関心は高く︑ほとんどの主要新聞と数タイトルの美術雑誌が取り上げて

いる︒竹坡の仕事への評価は以後の作画の方向性を戒める評なども見受けられたが︑多くは﹁目醒ましい絵画的生命の躍進を思はしむる﹂︵︶とか﹁思想上の進展は非常なもので︑︵︶或る高い境地から意義ある作品を示して居る﹂︵︶︑﹁腕の冴えに観者を脅かすものがある﹂︵

︶︑﹁驚くべき勢力と熱とが存して居る﹂︵︶︑﹁多年練りに練り鍛へに鍛へた腕が仄見える﹂︵︶︑﹁氏の精神革命に於ける魂の舞踏

発 現 す る 生 命 │ 新 出 の 尾 竹 竹 坡 作 品 を め ぐ っ て

恭 司

尾竹竹坡

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5 Newsletter of The National Museum of Modern Art, Tokyo [Feb.-Mar. 2017]

を現はして観者をしてアツト云はしむべき作品のみである﹂︵

などの称賛の記事が多かった︒また︑出品作品の内容は︑日本画らしい歴史画があれ

ば油彩画風の風景画もありさらに未来派の塁を摩する奇怪な作品もあるといった調子

で︑実に多種多様であったようだ︒その点は︑﹃帝国絵画商報﹄や絵葉書集で確認できる三十五点の不鮮明なモノクロ図版からでもうかがい知ることができる︒そのなかでも宮城県美術館所蔵の︽月の潤ひ︾︽太陽の熱︾︽星の冷へ︾の三幅対の出品作品は︑暢達な画風を見せる未来派的作品として注目された︒

表現系譜

  さて︑新出の七幅の作品について私見を示しておこう︒それらは自我の根幹に置かれ

た生命観を自由に発現した︑大正期特有の生命表現の作例として見ることができよう︒﹃大正生命主義と現代﹄︵︶の編著者である鈴木貞美は︑日露戦争後の一九〇五年から関東大震災が起こった一九二三年にいたる時代に︑芸術︑宗教︑哲学︑科学︑政治︑社会などのあらゆる分野で﹁生命﹂の語が氾濫し︑﹁生命﹂がスー

パー・コンセプトになっていたと論じ︑その現象を﹁大正生命主義﹂と名づけてこの時代

の思想・文化状況を観察する装置とすることを提案している︒そして︑大正期の生命概念は自我を人類や宇宙などの普遍性に開き︑個の生存競争を超え︑機械論的自然征服観を克服し︑文化を創造し社会を改造する思想の原理であったとしている︒︽銀河宇宙︾

や︽流星︾に宇宙 44を︑﹃帝国絵画商報﹄の記事で︑人間が折り重なった千体万状の構図に

よって現代の人生観を皮肉った諷刺画と評された︽天下廻り持︾や世の守銭に見せつけ

た戯画といわれた︽寶の番人︾に個の生存競争や利益追求といった近代の価値を超え 44444444444444444444444

た思想 444を︑そして︽火精︾と︽風精︾に物質文明や機械文明の進展への批判 4444444444444444をそれぞれ表現したと解釈できる竹坡の作品は︑まさしく大正期の生命概念を率直に表したもので

あったと見なせる︒そのことは竹坡が一九二五年の﹃読売新聞﹄に一〇〇回以上連載し

た﹃男と女﹄と題するエッセーにも認められる︒以下はその最初の文︵︶からの引用である︒大にしては宇宙︑小にしては吾々人間の生活︑奇妙不可解なものはそれを司る生命

である︒冷と熱の作用である︒

すべては吾々の上に永久にとざされた不可解

の謎であり約束である︒そしていま此の瞬間に私は此処に生きてゐる︒︵︶﹁陽陰﹂︶ 七幅

  最後に︑旧蔵者もしくは竹坡があえてこれら七幅を選んだ理由について考えてみた

い︒強引な解釈だと批判されそうだが︑七幅には﹃仁王経﹄が説く七難︑すなわち日月失度難︵︶︑二十八宿失度難︵︶︑大火難︑大水難︑大風難︑亢陽難︵ひでり︶︑賊難に通じるイメージが認められないだろうか︒これらの七難に七幅のイメー

ジを当てはめていくと︑順に︽銀河宇宙︾︽流星︾︽火精︾︑水のイメージが浮かぶ︽失題︾︑︽風精︾︽天下廻り持︾︽寶の番人︾となる︒そのうち︽失題︾は︑出品目録掲載の第四室と第五室展示の作品名を参照すると︑︽行衛の悩み︾と推定できる︒もちろん七難と作品

のイメージが完全に符合するわけではないし︑むしろ難とはかけ離れたイメージの作品

さえある︒しかしそうした作品は七難即滅・七福即生のような仏教的観念︑生命主義や普遍主義といった思想︑諷刺や皮肉などによって変形されたイメージを与えられている

ともいえる︒これ以上の想像は控え︑今後の解明に譲ることとしたい︒︵町田

後記  当館で昨年度に購入した尾竹竹坡の七幅は︑伝統と近代との交錯するきわめて

ユニークな日本画であるが︑まさにその交錯する要素のため︑位置づけも一筋縄ではい

かない︒そこで今回は︑お二人の先学にこれらの七幅について考察していただくことに

した︒菊屋吉生氏は﹁大正日本画  その闇ときらめき﹂展︵

で︑滝沢恭司氏は﹁極東ロシアのモダニズム一九一八一九二八﹂展︵

︶で︑それぞれ竹坡を重要な画家として取り上げている︒今回の論考では︑菊屋氏はこの七幅に至るまでの竹坡の展開を︑近年の新発見作品も含めて跡

づけてくださり︑また滝沢氏はこれらが発表された当時の同時代的な評価を紹介しつ

つ︑これらを未来派という狭い括り方ではなく︑より広い﹁大正生命主義﹂の文脈で捉

えるべきことを指摘してくださった︒お二人の論考を併せ読むことで︑これら竹坡の七幅が︑時間的・空間的なさまざまな文脈の交差上にあることが見えてくるだろう︒

そうした複数の文脈を解きほぐしていくことが︑日本近代美術史研究の醍醐味でも

あるわけだが︑お二人の論考はまさにそれを堪能させてくれるものであった︒︵

参照

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