第
5章:環境質の経済学の補足
寺脇 拓
∗http://www.taku-t.com/
2008
年
6月
4日
1
限界便益関数と限界削減費用関数
テキストは、水平軸に「排出量」をとる限界被害曲線と限界削減費用曲線を用いて効率的な「排出水 準」を説明していましたが、一方で、水平軸に「排出量」ではなく「排出削減量」をとって、その削減に よる限界便益曲線(Marginal Benefit:MB)と限界削減費用曲線を描き、それらを用いて効率的な「排 出削減水準」を説明する方法もあります。ここでの限界便益は、排出量を削減することによって回避でき る限界被害を意味することになるため、限界便益曲線は限界被害曲線と左右対称な形で描かれます(図
1)。また、この場合の限界削減費用曲線も、追加的な削減費用を右からみるか、左から見るかの違いだけなので、水平軸に排出量を取った場合のそれと左右対称になっています(図
2)。このとき、効率的な排出削減水準は、限界便益と限界削減費用が等しくなる
r∗で表されます(図
3)。なぜならその水準において、削減便益(0abr
∗)から削減費用(abr
∗)を差し引いた純便益(社会余剰:0ab)が最大になる からです。
このように「排出量」ではなく「排出削減量」を基準に考えることの利点は、図の水平軸を通常の財 と同じように解釈することができるところにあります。通常の財の場合、水平軸はその数量を表し、右 へ行けばいくほどそれを生み出すのに費用がかかりますが、一方で社会に豊かさを与えます。 「排出削減 量」も同じです。その量が大きくなるほど、削減にかかる費用(よりより環境を生み出す費用)は大きく なりますが、それはよりよい環境を作り出し、社会をより豊かにします。財の効率生産が需要曲線(限 界便益曲線)と供給曲線(限界費用曲線)の交点で表されるのと同様に、効率的な排出削減水準もまた、
削減の限界便益曲線と限界費用曲線の交点で表されるのです。
0
限界被害
M D限界便益
M B排出量
e 0排出削減量
r図
1:限界被害曲線と限界便益曲線
∗研究室:アクロスウイング5F 515号室,電話番号:077-561-4974(内線7415)
1
0
限界削減費用
M AC限界削減費用
M AC排出量
e 0排出削減量
r削減費用
削減費用
図
2:限界削減費用曲線
0
限界削減費用
M AC排出削減量
r限界便益
M BM B
M AC
r∗ a
b
図
3:効率的な排出削減量
2
集計的限界削減費用曲線の作図
テキストで説明されているように、ある一定量の排出削減を行うのにかかる費用を最小化するために は、限界削減費用がその削減を行う主体間で均等化されるように各主体の汚染削減量を決めてやる必 要があります。そしてそのときの集計的限界削減費用曲線は個別的限界削減費用曲線を「水平方向に」
足し合わせることによって描かれます。このことを、水平軸に「排出削減量」をとる限界削減費用曲線
(Marginal Abatement Cost:MAC)を用いて説明します。
まず、排出削減を行う二つの企業があるとして、ある一定量の排出削減にかかる費用を最小化するた めに、各企業がどれだけ排出削減を行うべきかという問題を数学的に考えます。企業
1の排出削減量を
r1、企業
2の排出削減量を
r2、そしてそれぞれの削減費用関数(限界削減費用ではない)を
AC1(r1)、AC2(r2)
で示します。総排出削減量は
r(=r1+r2)で表されます。いま、社会全体で
rtだけ排出削減 を行うことが考えられているとしましょう。このとき、削減費用の最小化問題は次のように表されます。
rmin1,r2
AC1(r1) +AC2(r2) (2.1)
s.t. rt=r1+r2 (2.2)
2
このときのラグランジュ関数は次式で表されます。
L=AC1(r1) +AC2(r2) +λ(rt−r1−r2) (2.3)
λ
はラグランジュ乗数です。最小化のための一階の条件は次式で表されます。
∂L
∂r1 =M AC1(r1)−λ= 0 (2.4)
∂L
∂r2 =M AC2(r2)−λ= 0 (2.5)
∂L
∂λ =rt−r1−r2= 0 (2.6)
M AC1
は企業
1の限界削減費用(dAC
1/dr1)、M AC
2は企業
2の限界削減費用(dAC
2/dr2)を表して います。(2.4) 式、(2.5) 式より、次の費用最小化の条件式を導くことができます。
M AC1=M AC2 (2.7)
これは限界費用均等化条件に他なりません。すなわち、費用が最小になるように
r1と
r2を決めてやる ためには、両企業の限界費用が均等化されなければならないのです。
次に、集計的限界削減費用曲線を描くために、これらの条件式((2.6) 式と
(2.7)式)を満たすような 両企業の削減量を図で表しましょう。M AC
1と
M AC2が図
4のように描かれるとします。このとき、
全体で
rtだけ削減する際に、企業
1と企業
2はそれぞれどれだけその削減を負担すべきでしょうか?
両方の限界費用が等しく((2.7) 式)、かつ
r1と
r2の合計が
rtになる((2.6) 式)ためには、企業
1は
0a、企業2
は
0bだけ削減する必要があります。なぜならそのときのみ両企業の限界費用は
λで等しく、
0a+0b=rt
になるからです(0a=br
t)。もし企業
1と
2がともに
0cだけ削減する(ac=cb)ならば、そ の合計は
rtになりますが、限界削減費用はそれぞれ
λ1、λ
2となり、均一にはなりません。企業
1が
0a、企業
2が
0bだけ削減する場合と、ともに
0cだけ削減する場合とで総削減費用を比較してみてください。
前者は
0da+0eb、後者は0gc+0hcとなり、前者の方が小さくなることがわかります。
0
限界削減費用
M ACa b
g
rt
排出削減量
rd e f
λ
M AC1 M AC2
c λ1
λ2
h
図
4:排出削減量の配分
それでは、企業
1が
0a、企業2が
0bだけ削減するとき、その総削減量
rtにおける集計的限界削減費 用はどれくらいになるでしょうか?ここでは両企業の限界費用は
λで等しいため、どちらの企業が追加 的な削減を行ってもその限界削減費用は等しく
λになります。それゆえ、r
tに対応する限界削減費用は
λとなります。したがって、集計的限界削減費用曲線は、個別的限界削減費用曲線を水平方向に足し合
3
わせることによって描かれることになります。集計的限界削減費用曲線の下側の面積(0fr
t)と各企業の 限界削減費用曲線の下側の面積の合計(0da+0eb)が等しくなっていることを確認してください。
0
限界削減費用
M AC排出削減量
r M AC1 M AC2a b
d e f
rt
λ
集計的限界削減費用曲線
図
5:集計的限界削減費用曲線
なお、水平軸に「排出量」をとる場合には、企業
1と企業
2の総排出量が同じでも、その総量は倍に なるため、集計的限界削減費用曲線の出発点は個別的限界削減費用曲線よりも右側に位置することにな ります。図
6はその一例です。この図では
rtは
e1−et、0a、0b はそれぞれ
e2aと
e2bに対応します。
0
限界削減費用
M AC排出量
e M AC1M AC2
b a et
集計的限界削減費用曲線
e1 e2
λ
図
6:排出量を水平軸にとった集計的限界削減費用曲線
4