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(1)

から見た意味変化とSET(Semantically Expanded Text)の概念

著者 龍城 正明

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 89

ページ 65‑88

発行年 2012‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012719

(2)

―コンテクストから見た意味変化と SET(Semantically Expanded Text)の概念

龍 城 正 明

1.はじめに

 近年,語や文という小さな単位のみならず,それらを越えたテクストとい う,より大きな単位における言語分析が盛んになってきている。確かに通常 の言語による話し手と聞き手のやりとりは決して単文で終わることはなく,

より多くの情報を含んだ一連の流れの中で理解されるのが普通である。その 意味で,談話分析とかテクスト分析といわれる分析が言語の本質を明らかに するひとつの手段として用いられるのは正鵠を得ていると言えよう。しかし,

一語であれ,単文であれ,それもコンテクストという概念が適切に機能しな ければ意味をなさない。同様にテクストといわれる少し長めの文の集合体,

例えばパラグラフとか,もっと量的には多くの情報を含む文の集合体であろ うと,そこにも同様にコンテクストがなければ意味はなさないのは当然のこ とである。要はテクストのサイズにかかわらず,話し手と聞き手の相互作用 からなる言語活動においては,コンテクストを介在して真の意味が理解され ると言ってよい。言い換えれば,コンテクストさえ備わっていれば,サイズ にかかわらず意味理解が可能なテクストという概念で捉えることが可能であ るといえる。

 そこで,まず「テクスト」という術語をどのように理解するのが適 切 か を 確 認 し て お き た い。 選 択 体 系 機 能 言 語 学(Systemic Functional

(3)

Linguistics=SFL)の創始者であるHallidayによれば,テクストの定義は以下 のように述べられている1

(1)

a. Language has to provide for making links with itself and with features of the situation in which it is used. We may call this the textual function, since this is what enables the speaker or writer to construct “texts,” or connected passages of discourse that is situationally relevant; and enables the listener or reader to distinguish a text from a random set of sentences. (1970: 143) b. The word TEXT is used in linguistics to refer to any passage, spoken or

written, of whatever length, that does form a unified whole (Halliday and Hasan, 1976: 1)

 要するに,話し言葉であれ,書き言葉であり,そのサイズには関係なくそ れが単文であれ,パラグラフであれ,「一つのまとまりのある全体として理 解されれば」それは「テクスト」と呼ぶことができる。言い換えれば,テク ストとして理解するには話し手と聞き手が関わっている中で,文化的,社会 的なコンテクストを十分に考慮した上で成り立つ社会的相互作用ということ ができるのである。

 さらに言うなら,テクストという単位がそのサイズに関係なく理解され,

ただ一つの完結されたテクストという概念を越えて,複数のテクストの集合 体であってもそのコンテクストが同一であれば,それは一つの拡張されたテ クストと言うことができそうである。

 そこで,本稿では,単一テクストのみならず,一連の複数のテクストに見 られるコンテクスト,即ち「文化的・社会的コンテクスト」と「状況のコン テクスト」の一貫性を分析することにより,それらを通してテクスト内に意 味的な結束性が具現されている場合は,複数からなるテクストの集合体を「拡

(4)

張テクスト」として取り扱う。その結果,一連の複数のテクストからなる集 合体を「意味拡張テクスト=Semantically Expanded Text=SET」という新しい 概念で捉えることを提唱することにしたい。

 その点に鑑み,先ずはテクスト理解における2つのコンテクストの重要性 をHallidayの枠組みによって概観し,次にこれら2つのコンテクストが共通 する複数のテクストからなる一連の新聞記事に関して,共通のトピックとさ れる対象の表示である語彙変遷を分析することにより,意味拡張テクスト

=SETの概念について見ていくことにする。

2.コンテクストと意味解釈

 Hallidayが提唱するSFLの枠組みでは,コンテクストが2つ存在することに なるが,一つは「文化的・社会的コンテクスト(=Context of Culture)」であ り,いま一つは「状況のコンテクスト(=Context of Situation)」2である。特 に第1の文化的・社会的コンテクストが欠落していると言語のもつ正しい意 味理解を導けない例を見てみよう。

(2) a. 太郎の新しい車はレモンだ。

b. Tom’s new car is a lemon.

 (2a-b)ともに社会通念的な意味理解は可能である。しかし,よく考えて みると(2a)の日本語文から解釈できるのは,「太郎の最近購入した車の色 はレモンイエローである。」という意味以外にたいした意味はないと言える。

勿論日本文化という社会的背景からは,レモンそのものの味覚の「酸っぱい けどさわやか」なことから「初恋の味」などで象徴されるようにさわやかな イメージがある。もしそうなら,(2a)は当然ながらプラスイメージとして 捉えられることになろう。一方,英語の方はどうであろうか。日本語と同様に,

(5)

トムが購入した新しい車の色を述べているに過ぎないのであろうか。英語で はlemonという語彙が(2b)のようなコンテクストで使用されると,「欠陥車,

故障が多い」などというマイナスイメージを伴うことが多い3。その結果,「ト ムの最近購入した車は,欠陥車である。」という意味で,決して色のことを 話題にしているのではないことが分かる。以上より,日本語でのプラスイメー ジと英語でのマイナスイメージという2つの相反する意味が文化的コンテク ストにより成立することになる。さらに,(2a-b)の文を単純に捉えるなら,

「太郎もしくは,トムはレモンで(のような)新しい車を作った。」という解 釈が成立し,これは写真のようなレモンカーの誕生ということになるのかも 知れない。

(http://lemonlawoakland.com/About_Us.html)

 このように,単に「レモン,lemon」という語彙が具現する観念構成的意 味は文化的,社会的背景によって,その解釈が以下に示すように大きく異な ることがわかる。

(3) 文化と言語の関係

a. ‘lemon’のもつ文化的背景:

(6)

「酸っぱくてさわやか」=「清純な感じ」(日本語)

「酸っぱくてやわらかい」=「故障が多い」(英語)

b. 太郎の新しい車はレモンだ。

「太郎の新しい車はレモン色(黄色)でさわやかだ。」(プラスイ メージ)

c. Tom’s new car is a lemon.

「トムの新車は欠陥車だ。」(マイナスイメージ)

d. しかし,日英語ともに

「トム/太郎は車をレモンで作った。」

 以上のように,ある語彙はその文化的,社会的背景によって様々に変化す る。(2a-b)の場合は,単文における一語彙のもつ文化的,社会的コンテク ストに起因する意味理解であったが,この意味解釈は決して単文に具現する 語彙のみならず,上でみたテクストとしてまとまりのある集合体の中でも,

もしそれが同じ概念をもつ語彙なら,その変化していく状況についても分析 する必要がある。

3.単一テクストから「シリーズ」としてのテクストへ

 通常新聞で取り上げられる記事は,ある事件が起こればその内容を読者に 報道することでその使命は終わる。したがって,あるトピックを何日も連続 して記述することは極めてまれなケースである。しかし,テクストとは文化 的・社会的コンテクストにより成立した意味・内容を伝えるものであるとす れば,それは,決して一つの記事内で完結するものでもなかろう。特にその 記事内容が刻々と変化していき,それにつれて,そこで用いられる語彙が変 化していくとなれば,最初は一日の完結した記事であっても,それに続く一 連の連続記事として,即ち,連続した集合体の一連のテクストとして捉える

(7)

ことが可能である。そうすることによってこそ,一つの話題,トピックのま とまり(cohesion)あるテクストして分析する意義があるといえる。

 本節では2010年8月25日〜10月15日までに静岡県でおきた「サル被害」につ いて,この事件の主人公である「野生ザル」がどのように変化して捉えられ,

それにより記者がどのように記事として報道していくかを一連の記事を通し て,語彙変化という観点から見ていくことにしたい。語彙が変化するという ことは,当然そこにはその語彙がもつ文化的・社会的コンテクストの意義も 含まれることになるので,文化的コンテクストにおける,意味的変化による 語彙の使用変化という興味深い結果が得られることになる。

 そこで,2010年8月25日に,静岡県三島市の住宅地に出没した野生ザルが 街中で大暴れして,3日間で23人が噛まれたという『朝日新聞』に掲載され た事件について,まずは,その内容を確認しておこう。

(4)  野生サル,大暴れ 三島の住宅地に出没 3日間で23人かまれる/静 岡県

 三島市は24日,同市沢地,徳倉,富士ビレッジ,芙蓉台の4地域に 猿が出没し,24日夕までの3日間で23人がかまれるなどの被害に遭っ ていると発表した。野生のニホンザルと見られているが,網戸を自ら 開けて家に入り込むなどしているため,同市は広く注意を呼びかけて いる。

 最初の被害は22日午前7時ごろ。同市沢地の女性が台所にいたとこ ろ,勝手口の網戸を開けて侵入してきたサルに太ももをかまれた。同 日午前11時ごろには,近くの民家で庭に面した網戸からサルが侵入し,

部屋にいた男性が右腕をかまれるなどした。2階にいた女性が窓から 入ってきたサルに襲われた例もあるという。

 被害者らの話ではサルは2匹いるらしいが,性別や大きさは不明。

(8)

同市農政課の担当者は「以前にもサルが出て食物を盗んだようなこと はあるが,人にこれほど被害が出たのは初めて。暑いとは思うが網戸 にしているのは危険」と注意を呼びかけている。

 同市は24日,危機管理対策本部を立ち上げ,警察や消防と協力しな がらパトロールにあたるとともに,わなの檻を2カ所に設置し,捕獲 を目指している。

『朝日新聞』,8月25日(太字筆者)

 ここで用いられている主人公と目される「野生サル」は,この時点では一 貫して「サル」と表現されている。サルという表現からうける観念構成的意 味は中立で,そのサルが危害を加えているにもかかわらず,サルという表現 からは,対人的意味の上ではそれがマイナスイメージなのかプラスイメージ なのかを判断することはできない。単なるサルが出没して住民に被害を与え たという中立の記事である。しかし,次の9月14日付けの記事では,単なる サルであったものが,「噛み付きサル」として表現され,そのサルが住民に 噛み付くことで被害が拡大し,被害者が91名にのぼったことを報じている。

この時点で,「野生サル」は「噛み付きサル」という語彙に語彙変化が生じ ており,これは次の新聞記事の表題にあるように「噛み付きサルの対策会議」

なるものが招集されたことによる名称変化と見ることができる。

(5)  噛み付きサルの対策会議,捕獲方針で一致 三島,3市1町と警察/

静岡県

県東部でサルが相次いで住民を襲っている問題で,被害が出ている3 市1町と地元警察署による「噛(か)み付きサル対策会議」が13日,

三島市で開かれた。会議では,「サルは人に飼われていた可能性が高く,

山に帰る可能性は低い」として,捕獲を目指す方針で一致した。

(9)

 参加したのは,三島,沼津,裾野,長泉各市町と地元警察署の関係者。

会議では「人を恐れずに家の中に入ってきて,野生のサルは知らない まんじゅうやアメなどを食べるケースもあった」などを理由に,人に 飼われていた可能性が高いと判断。わなの設置のほか,麻酔銃を持っ た業者を巡回させて捕獲を目指すことになった。県に財政支援を求め ることも決めた。

 13日も三島市内で女性2人がかまれ,被害者は3市1町で計91人に なった。

『朝日新聞』,9月14日(太字筆者)

 これ以後の9月23日に発行された記事には表題に「かみつきザル」(この 時点で「噛み付きサル」は「かみつきザル」に変化した)という表現が用い られ,本文には「サル」という表現が用いられているにもかかわらず,表題 と最初に用いられている「かみつきザル」という語彙が一貫してその記事の 内容を表していると捉えることができる。即ち,最初の記事にあった「サル」

は単なる「野生ザル」であったものが,この時点で「サル」というのは「か みつきザル」であることを表しているのである。

(6) 「かみつきザル」100人目の被害者 富士宮で60代女性/静岡県

県東部に出没している「かみつきザル」の被害者が,22日朝についに

100人に達した。8月22日に三島市で初めての被害が確認されてから,

ちょうど1カ月。行動範囲は次第に西部に移っており,100人目の被害 は富士宮市でおきた。

 同市によると,この日午前7時20分ごろ,市内大岩に住む60代の女 性が散歩から帰宅したところ,「右足が重たい」と感じた。気になって 振り返ったところ,サルが抱きついていた。サルは太ももをかみ,す

(10)

ぐに逃げたという。

 同市の担当者は「100人も被害にあってしまい残念」と疲れ切った様 子で話した。

『朝日新聞』,9月23日(太字筆者)

 さらに,興味深いのは,静岡から遠く離れた岩手県の北上に出没したサル にも「かみつきザル」という表現が用いられている点である。サルが危害を 加える場合は,民家や店舗に入り,そこの商品やものを盗り去って行く場合 が多いが,今回の事件では特に人に危害を加える点を重視し,「かみつきザル」

という特有の表現が生まれたものと見ることができる。このような特定のサ ルに対し一般的に「かみつきザル」という語彙があてられるようになった語 彙的共通性が伺える例であろう。

(7)  北上にもかみつきザル 8日間で11人被害 市はワナで捕獲作戦/岩 手県

9月の金ケ崎町に続いて,北上市郊外で人がサルにかまれる被害が相 次いでいる。13日も2人がかまれ,被害者は8日間で11人にのぼってい る。北上市ではワナによる捕獲作戦を始め,「目撃してもむやみに近寄 らないように」と注意を呼びかけている。

 被害が出ているのは北上市和賀町岩崎新田の付近。北上署によると,

13日午前中に男性が左ひざをかまれ,午後には北上市内の76歳の女性 が左手をかまれて1週間のけがを負い,病院で手当てを受けた。

 北上署や北上市生活環境課によると,最初の被害者が出たのは6日。

サルはそれから毎日のように出没し,8日には写真を撮ろうとした人 がカメラを準備していたところ背中をかまれた。11日には1日で最多 の4人がかまれたり,ひっかかれたりした。

(11)

 サルは体長が約60センチで,ニホンザルの成獣と見られている。複 数でいるところは目撃されておらず,単独で行動していると見られて いる。

 同課では対策に乗り出し,花火で追い払う一方,リンゴやバナナに サツマイモを入れた捕獲用のワナを3基しかけた。関係者によると,

被害が出た周辺ではサルが多くの人に危害を加えた例はこれまでにな いという。(但木汎)

『朝日新聞』,10月14日(太字筆者)

 以上,異なった日時に掲載された新聞記事が同じ「サル」を扱い,そのサ ルを単なる「野生ザル」ではなく,「かみつきザル」という語彙を用いて表 現している点。さらに異なる場所で生じた事件にも,それが既出の同じ内容 と見ることができれば,「かみつきザル」という語彙を適用している点から,

これらは一連の拡大テクストと見ることができよう。

 では,同じトピックを報じている英語の場合にはどのような語彙変化が生 じるのかを以下の英文記事(日本語の翻訳)で見てみよう。

(8) Mischievous monkey snared in Shizuoka after biting more than 100 people

MISHIMA, Shizuoka -- A monkey believed to have bitten more than 100 people in eastern Shizuoka Prefecture since August was captured Oct. 10 after being cornered in the home of a resident here.

A Mishima official said there was no doubt that the captured macaque monkey was the one that had been attacking people, as it was snared shortly after three people were attacked nearby and there had been no other sightings or reports of injuries afterwards.

(12)

“We’re just relieved that we’ve caught it,” the official said.

Municipal government officials said the monkey was spotted on the second- floor balcony of the home of 33-year-old resident Yuki Yoneyama at about 12:30 p.m. on Sunday. His 36-year-old wife opened the window to their children’s room, and when the money went inside, Yoneyama shut it from the outside, trapping the animal.

The Mainichi Daily News: Shizuoka Edition, October 14 (italics mine)

 ここでもmonkeyがmischievous monkey や日本語からの翻訳記事よろしく

「かみつきザル」として a monkey believed to have bitten と表現されている。さ らに捕獲後はcaptured macaque monkeyとなり,それをうけての代名詞はすべ てitである。もし,このサルが愛玩用の可愛いサルであったなら,英語では その性別によってhe / sheでうけるであろうことは容易に想像できる。これに よってもこのサルが危害を加えるものとして扱われているのがその代名詞用 法からも察することができる。さらに最終でmonkeyはanimalに変化しており,

この時点でmonkey はすでにペットや無害のサルではなく,animalなのだと いう点が強調されている。

 これに続く,以下の記事ではmischievous monkeyがmarauding monkeyに変化 し,「かみつきザル」は同じくa monkey suspected of biting several peopleと表現 されているのが分かる。さらに捕獲後はcaptured monkey ではなく,captured

animalとしてanimal という語彙が危害を加える存在であるとして警鐘をなら

している点も同様である。

(9) Marauding monkey caught

A monkey suspected of biting several people over a two-month period in Japan’s eastern Shizuoka has been captured, police said October 11.

(13)

The macaque monkey bit three residents at around 10 am on October 10 and then apparently sneaked into a man’s house at about 1 pm and hid in the closet of a child’s room.

The owner of the home spotted the monkey and called police. City workers and police drove the monkey out with a spray and then forced it into a cage.

Since August 22, 117 people have reported being attacked by monkeys in the prefecture.

Police believe several of the animals are involved, but the captured animal is the most aggressive of the bunch.

Japan Times, October 18 (italics mine)

 以上から,英語の語彙も一連のテクストの中で以下のように変化したこと がわかる。

(10) 「かみつきザル」の英語表現(語彙)変化 a. mischievous monkey

いたずらザル b. marauding monkey

襲撃ザル

c. monkey believed to have bitten … かみついたと考えられるサル d. captured animal

捕獲された動物(=サル)

 一方,先でみた『朝日新聞』では以下のようにサルの呼称が変化していく 様を見てとることができる。以下では「サル」という実体についてグレース ケールを用いて,「サル」を無標とし,その後,呼称が「暴れザル」,「かみ

(14)

つきザル」(有標)と変化する様子を徐々に色を濃くして表示してある。

(11a) 『朝日新聞』のサル呼称変遷

8月25日 野生サル,野生のニホンザル,サル

8月26日 サル,野生のニホンザル

8月27日 サル,野生猿危機管理対策本部

8月28日 サル,野生のサル

8月30日 暴れザル,人にかみつくサル,サル

9月5日 かみつきザル,サル 9月8日 暴れザル,サル 9月9日 暴れザル,サル

9月9日 サル

9月14日 噛み付きサル,サル,噛(か)み付きサル対策会議

9月14日 サル,噛(か)み付きサル対策会議

9月22日 かみつきザル,サル

9月23日 かみつきザル

9月24日 サル,かみつきザル

10月11日 かみつきザル,サル

10月13日 サル

10月13日 かみつきザル,サル

10月15日 かみつきザル,サル

他方,『読売新聞』の同じサル呼称について,『読売新聞』では以下の表のよ うに変遷しているが,これを見る限り同様の変化をたどっていることが見て とれる。

(15)

(11b) 『読売新聞』のサル呼称変遷

8月25日 サル

8月25日 サル

8月25日 サル

8月26日 暴れザル,サル

8月28日 サル

8月30日 暴れザル,サル

8月31日 サル

9月1日 サル

9月2日 サル

9月5日 暴れザル,サル

9月8日 サル

9月9日 サル

9月10日 サル,野生のニホンザル,かみつきサル対策会議

9月14日 暴れザル,サル

9月22日 ニホンザル,サル,暴れサル,野生サル

9月23日 サル,ニホンザル,子ザル

10月11日 サル,ニホンザル

10月11日 かみつきザル,サル,ニホンザル

10月13日 かみつきザル,サル

10月15日 かみつきザル,サル

 ところで,今話題になっている「かみつき」という語彙がもつ語感とはど のようなものであろうか。これはかつて「噛み付きガメ」という極めて危険 な亀が生息していたところからとられた表現であると思われるが,この「噛 み付きガメ」には,英語にもsnapping turtleという語彙が存在する。そこで,

今回の「かみつきザル」にも*snapping monkeyという語彙が存在するのかと いうと,そうではない。したがって,英語表現ではmonkey believed to have bittenやA monkey suspected of biting several peopleなどが用いられたと考えら れる。しかし,一連の「噛み付き・・・」という表現が「人間に害を及ぼす」

(16)

という意味で用いられたのは想像に難くなく,それが極めて危険な危害を及 ぼす動物であるという意味拡張として用いられた語彙であると言うことがで きる。さらに,日本語語彙の「噛み付き」は「噛み付くサル」という動詞表 現を用いた一過性の行動を表しているのではなく,この特定のサルは基本的 には人に「噛み付く」から「かみつきザル」という名詞化(nominalization)

された表現であることから,動詞を伴う語彙と比較して,それが一つのまと まった独特の表現であるということも伺える。

4.テクストクラスターからなる意味拡張テクスト(SET)

 前節で見たように,同じトピック(この場合はサル)がテクスト毎に語彙 変化を生じて報道されていることから,この語彙変化を含む一連のテクスト の構成は以下の図(12)のように捉えることが可能である。

(12)

 図(12)から,「サル,野生ザル」という語彙で表現されたテクストAが 次に「暴れザル」という語彙を用いたテクストBに変化し,さらにそれが「か みつきザル」と変化したテクストCは,当然ながら各々が単一のテクスト(=

テクストクラスター)でありながら,実は結束性(cohesion)をもった一つ のテクストと解釈することができる。このような一連の結束性をもったテ クストクラスターのまとまりを本稿では「意味拡張テクスト」(Semantically

(17)

Expanded Text=SET)と呼ぶことにする。

 このSETを一つのテクストと解釈し,その内容を踏まえた展開構造を分析 すると,以下のようになる。

(13) SETの展開構造 (サルの行動様式の解説)

a. 中立(neutral)(サル)

b. 特定(specification)(野生ザル)

c. 評価(evaluation)(暴れザル)

d. 判定(judgement)(かみつきザル=有害)

ここでのテクストの展開構造とはSFLでいうgenre analysisを応用した概念で,

テクスト内に認識される一つのトピックがどのような意味判断で構成されて 行くかを示したものである。ジャンルとはテクストの内容から判断して分類 されるひとつの分類基準であるが,どのようなテクストでも,そのテクスト は内容により段階的に展開されていくと言える。これがそもそもジャンル分 析と言われるものであるが,例えば一般的なテクストとして開始される内容 はすべて「中立(neutral)」な判断基準で開始される。それがそのコンテク ストの内容に伴い,そこでのトピックは「特定(specification)」化されてい くことになる。本稿でのテクストでは,サルの形態により,ペットとして飼 われているサルか,野生のサルかが特定されることになる。次にその特定化 されたトピックに対し,評価が下されることになるが,本テクスト例ではサ ルの所行や性質によりその評価は「暴れザル」という評価が与えられること になる。その結果,最終的な「判定(judgement)」としては有害な「かみつ きザル」という判定が与えられることになるのである。

 Egginsによると,ひとつのgenre analysisの例として,テクストはorientation から開始され,complicationといわれる段階を経てevaluationへと続き,さら にその内容を発展させた形で,complication 2とevaluation 2があり,その結果,

(18)

resolution から codaという結末部へと段階を経て構成されていくと言う4。 本稿ではこのモデルを簡潔に修正したモデルとして(13)に提示したテクス ト展開構造を提案した。

 このように,テクストとはサイズにより,決定されるのではなく,一連の 結束性もった意味的につながった,テクストクラスターからなるSETでさえ,

ひとつのテクストと解釈することが可能である。また,SETによるテクスト 解釈は「文化にとってどのような効果が認められるのか」,さらに,「ジャン ルがテクスト理解にどのような効果を及ぼすのか」という観点からみること により,テクストの文化的意義が明確になる。即ち,本テクストでは「日本 ザルの行動」が,あるサルは人間にとって「有害」であるという認識を与え る効果があった。またジャンル構造では(13)で見たように,その展開構造 から同じトピックが中立→特定→評価→判定という構造を有していることが わかった。

 Hallidayのいうメタ機能としての3つの意味5のひとつである観念構成的意 味としては,本稿でのSETは「ひとつの動物=サル」であるが,それが,対 人的意味としては「評価」という観点から変化を生じていることがわかる。

即ち「中立」→「間接有害」→「直接人的被害」となり,その評価は害を及ぼさ ない「無害」のサルから極めて危険な噛み付き被害を及ぼす「有害」なサル に対するマイナス評価という変化が生じているのである。

 さらにこのテクストを通時的な観点からみると,日付が変化する新聞記事 によって,同じく「サル」が時間の経過とともに「かみつきザル」として具 現されていることが(14)に見るような語彙変化によって捉えられる。

(14) テクストの通時的解釈

サル → 野生ザル → 暴れザル → かみつきザル

 さらにSETを第2のコンテクストである「状況のコンテクスト(context of

(19)

situation)」即ち,言語使用域(register)の観点からも分析することが必要で ある。これは,Halliday(1976: 23)もテクストを談話の流れから分析するに あたり,言語使用域及びテクストそれ自体について意味的にそれぞれ首尾一 貫(coherent)し,結束(cohesive)している必要があると述べている6。こ の点からも,SET分析では首尾一貫性という観点から言語使用域を用いた分 析が重要な要因となるが,これは(15)に見られるような分析となる。

(15) 言語使用域(register)による分析 活動領域(field): サルの行動 役割関係(tenor): サル対人間

サル 人間: 野生ザル

暴れザル かみつきザル 伝達様式(mode): 書き言葉

 Hallidayの言うレジスター分析によると,活動領域は同じ「サルの行動」

という中で,役割関係だけが顕著に変化している。これは役割変数(tenor variable)が変化していることを如実に表しているが,言い換えればテクス トのトピックは同じながら,異なる数種のテクストが具現していることを表 していることとなる。このような一連の異なるテクスト(=テクストクラス ター)が存在する中で,活動領域の首尾一貫性が保たれていることから,各々 のテクストに意味拡張が生じていると見ることができるのである。

5.おわりに

 本稿では,テクストとはどのようなものかを定義するにあたり,サイズ

(20)

にかかわらず,意味的結束性(semantic cohesion)と首尾一貫性が認識され れば,それは大きな意味でのテクストと見なすことができる点を重視した。

Hallidayはテクストの定義において,伝達様式やサイズに関係なく「一つの まとまりのある全体として理解されれば」,即ち,意味的な結束性が見いだ せればそれを「テクスト」と呼んだ。しかしながら,それはあくまでも一つ の完結したテクストにおいて考察されたもので,複数のテクストからなる一 連の意味的結束性や語彙拡張については論じられてこなかった。この点に鑑 み,複数のテクストからなる一連のテクストを本稿では「意味拡張テクスト

(=SET)」と呼ぶことを提唱したのである。これにより,今後のテクスト分 析の方向性は下記の図(14)に提示する如く,単一テクスト分析から同じト ピックを持つ一連の意味的結束性のある意味拡張テクストへの拡大を考慮し て,テクスト分析が行われるべきである。

(16)

 ところで,この「かみつきザル」の後日談として,このサルが10月に捕獲 後,静岡県の観光施設「楽寿園」で飼育されていたが,2011年1月24日に脱 走したとの記事が『読売新聞』に掲載された。この捕獲後の飼育期間,この サルは「らっきー」と名付けられていた由だが,逃走劇を報じる新聞には,

「かみつき猿 脱走」(この時点で,また「かみつきザル」から「かみつき猿」

へと表記が変化した)と,この時点でも「かみつき猿」の呼称は変化してい ない。しかしながら,「らっきー」と名付けられた経緯から,新聞記事本文 では「メスの日本ざる,『らっきー』」という呼称が掲載されていた。このよ

(21)

うに,時間の経過があったとはいえ,一連のテクストとしての結束性はここ でも保たれていることが伺え,さらに,名前がつけられた時点で,「らっきー」

という新しい呼称が誕生し,本テクストがまた拡張されたという観点からも 意味的結束性は同じトピックが継続する限り,一つのSETとして分析され得 るということが言えよう。

 本稿ではHallidayが言うテクストの概念を用い,新しい概念である意味拡 張テクスト=SET(Semantically Expanded Text)の提唱を試みた。テクスト の本質を見極める為にも単一のテクスト分析にとどまらず,複数のテクスト を用い,それらの意味拡張を追跡するという本分析が,SFLのテクスト分析 を行う上で,新しい視点として研究の一助となり,テクスト分析の進展にい ささかでも寄与できればと,筆者の望むところである。

1 その他テクストに関しては,以下に示すように様々な角度から説明がなされてい る。例えば,Eggins (2004)では“Underlying all these very varied application is a com- mon focus on the analysis of authentic products of social interaction (texts), considered in relation to the cultural and social context in which they are negotiated.”。また,Hallidayは,

“The term text refers to a complete linguistic interactions (spoken or written), preferably from beginning to end. In order to begin semantic analysis we have assumed that we can identify a text: that we know when a piece of language is a text and when is not (a non- text)”とも“A text is best regarded as a SEMANTIC unit: a unit not of form but of mean- ing” (1976: 2)とも言っている。

2 Context of Situationとは活動領域(field),役割関係(tenor),伝達様式(mode)

つからなるもので,言語使用域(register)とも呼ばれ,言語使用の場でどのよ うな内容をどのような話し手と聞き手により,どのような伝達方法(書き言葉か 話し言葉か)を特定する方法である。

3 しかし,この解釈はAmerican Englishのみに適用され,British English では「欠陥 車」などのマイナスイメージはないということである。これも英語圏の中でも文 化的コンテクストが異なっているという好例と言うことができよう。

4 ジャンル分析としての展開構造については,Eggins(2004: 70)以下にその説明

(22)

が詳しく,彼女は色々なテクストを提示し,その展開構造について分析している。

5 観念構成的意味(ideational meaning),対人的意味(interpersonal meaning),テク スト形成的意味(textual meaning)のつのメタ機能。詳しくはHalliday (1985) しくは龍城(2006)を参照のこと。

6 言語使用域とテクストの意味的首尾一貫性については,Hallidayの以下の説明を 参照のこと。“A text is a passage of discourse which is coherent in these two regards: it is coherent with respect to the context of situation, and therefore consistent in register; and it is coherent with respect to itself, and therefore cohesive.” (Halliday and Hasan, 1976: 23).

参 考 文 献

Eggins, S. (2004) An Introduction to Systemic Functional Linguistics (2nd ed.). London:

Continuum.

Halliday, M. A. K. (1970) ‘Language Structure and Language Function’. In J. Lyons (Ed.), New Horizons in Linguistics (pp. 140-165). Harmondsworth, England: Penguin Book.

Halliday, M. A. K. (1978) Language as Social Semiotic. London: Arnold.

Halliday, M. A. K. (1985) An Introduction to Functional Grammar. London: Arnold.

Halliday, M. A. K. & Hasan, R. (1976) Cohesion in English. London: Longman.

Halliday, M. A. K. & Matthiessen, C. M. I. M. (2004) An Introduction to Functional Grammar (3rd ed.). London: Arnold.

龍城正明(1997)「選択体系機能言語学における基本概念と主要術語:transitivityの解 釈を中心に」『月刊言語』月号,86-97.

龍城正明(2000)「テーマ・レーマの解釈とスープラテーマ:プラーグ言語学派から 選択体系機能言語学へ」.小泉保(編)『言語研究における機能主義:誌上討論会』(pp.

49-73).東京:くろしお出版.

龍城正明(編)(2006)『ことばは生きている:選択体系機能言語学序説』.東京:く ろしお出版.

龍城正明(2009)「感情とコンテクスト:言語活動の核心」『月刊言語』月号,6-7.

龍城正明(2010)「コンテクストから見るテクスト解釈―同一トピックの異なる具現 をめぐって―」シンポジウム「言語機能からとらえた語用論の展開」.日本語用論 学会第13回大会,大阪,関西大学.

(23)

Synopsis

On Lexical Changing

and a Semantically Expanded Text =SET

Masa-aki Tatsuki

Recently, an analysis of linguistic structure is not confined to a sentence or a group, but goes beyond them, i.e., a much larger size or so-called “text”

can be considered its target.

Accordingly, the purpose of this paper is to explore the concept of TEXT in the framework of Systemic Functional Linguistics, advocated by M.A.K.

Halliday. I shall analyze several articles from two Japanese newspapers, The Yomiuri Shinbun and The Asahi Shinbun, both of which deal with the same topic, a marauding monkey. My analysis shows that a series of articles treating the monkey may allow for semantic cohesion within each article.

In other words, it seems that a series of several texts can be considered as a single text or as an “expanded text”.

Regarding this point, this paper proposes a new concept of Semantically Expanded Text (=SET) for a series of texts dealing with the same topic that therefore share a strong semantic cohesion.

First, consider the following definition of a “text” presented by Halliday.

(1) a. Language has to provide for making links with itself and with features of the situation in which it is used. We may call this the textual function, since this is what enables the speaker or writer to construct “texts,” or connected passages of discourse that is

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situationally relevant; and enables the listener or reader to distinguish a text from a random set of sentences. (1970: 143)

b. The word TEXT is used in linguistics to refer to any passage, spoken or written, of whatever length, that does form a unified whole (Halliday and Hasan, 1976: 1)

As Halliday stated above, a text can be regarded as any semantically unified unit, irrespective of size. He, however, does not mention multiple texts that are contextually coherent and semantically cohesive. Accordingly, by making use of the concepts of lexical cohesion as well as two contexts, i.e., the context of culture and the context of situation the effective analysis of a new concept of SET will be maintained.

One of the analyses concerns how the article describes a process whereby a mischievous monkey goes wild and bites several people and is finally caught by the police. Here, the newspapers employ a variation of several lexical items pertaining to the monkey according to its behavior as illustrated below.

(2) A mischievous monkey > marauding monkey > monkey believed to have bitten people> captured animal

As can be seen in (2), the lexical item “monkey” is gradually changed and finally is described as a “captured animal”, which is supposed to mean a wild and untamed living creature.

The other treatment is taken from the concepts of two contexts (the context of culture and the context of situation). Although the lexical item,

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“monkey”, has been changed in several ways, the series of articles certainly treats the same topic, i.e., a mischievous monkey, so that the two contexts of several articles can be said to be the same; hence, the semantic cohesion can be well established across this series of texts. Viewed from this angle, it is thus appropriate to postulate the concept of SET, since both contexts are the same and only the main topic, a monkey, is described throughout the several articles by employing different lexical items. In other words, semantic cohesion is well maintained even as several lexical items change.

Accordingly, not only a single text but also a series of texts, which maintain sound semantic cohesion both contextually and lexically, can be considered as a TEXT, and especially a series of texts containing the above properties will for to prepare of this paper, be called “Semantically Expanded Text = SET”.

参照

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