小 員 環 化 合 物 の 化 学(そ
の1)
西
田
進
也*・ 辻
孝**
Chemistry of Small Ring Compounds. Part. ‡T
Shinya NISHIDA and Takashi TSUJI
小 員 環 化 合 物 の化 学 は 近 来,新 しい 色 々な 合 成 法 の 開 発 に と もな って,急 速 な 発 展 を とげ つ つ あ り,そ の 全 分 野 を網 羅 す るた めに は,膨 大 な 紙 数 を必 要 とす る。 こ の 総 説 に お い て は,天 然 物 ・多 環 状 化 合 物 な どの 特 殊 な も の を割 愛 し,単 環 化 合 物 を主 体 として,そ の 化 学 の 主 流 とな る基 本 的 な 面 お よび そ れ に 深 い 関 係 を持 った 最 近 の 話 題 を と りあげ た 。 な お,小 員環 化 合 物 に つ い て の 総 説 は 引用 文 献1∼8な ど を参 照 され た い 。 Ⅰ.序 論 脂 環 式 化 合 物 は1880年 代 まで,ベ ン ゼ ンの 還 元 生 成 物 と して の シ ク ロヘ キ サ ン誘 導 体 のみ が知 られ てお り, そ れ以 下 の,あ る い は そ れ以 上 の炭 素 数 の脂 環 式 化 合 物 は存 在 しな い とす ら考 え られ て い た10)。しか し,そ の後 Perkinな どの この問 題 に対 す る研 究 に よ り 四 員 環, 続 い て,三 ・五 員 環 化 合 物 も知 られ る にお よん だ。 と同時 に,異 った大 き さ の環 状 化 合 物 が,そ の安 定 性 に お い て大 き く変 化 す る事 が わか り,こ の違 い の説 明 と してA.von't Baeyerに よ りい わ ゆ る 「張 力 説 」 (Strain Theory)が 提 唱 さ れ た。 こ の説 は,よ く知 られ てい る よ うにvan't-Hoff-Le Belの 正 四面 体 模 型か ら, 無 歪 の場 合 の結 合 角 は,109。28'で あ り,も し環 を構 成 す る原 子 が 同一 平 面 上 に あ る とす れ ば,結 合 角 が109。28' よ りず れ,こ の 角度 の ず れ の大 き い もの ほ ど環 に歪 がか か り,安 定 性 が低 下 す る とい う もの で あ る 。. そ の 後,Baeyerの 張 力説 か らす れ ば 当 然,相 当 に不 安 定 で あ るべ き 大環 状化 合 物 が合 成 され,そ の安 定 性 が 知 られ るに お よび,こ の 張力 説 は 訂 正 され た が,こ こ で 取 り あ げ た 三 ・四 員 環 の 小 員 環 化 合 物 に お い て は, Baeyerの 歪 の 寄 与 が 大 きい と考 え ら れ てい る 。 - CH2一 当 り のStrain Energy(kca1/mol) この 環 の歪 と関 連 して 三 ・四 員 環(特 に 三 員 環)は, そ の物 理 ・化 学 的 性 質 にお い て,他 の脂 環式 化 合 物 に 見 られ な い 特 異 性 を示 し,最 近,こ れ らの 小 員 環 化 合 物 の 研 究 が,多 方 面 にわ た って 行 な わ れ て い る。 三 員 環 は,化 学 的 ・分 光 学 的 に不 飽 和 結 合 と類 似 の 性二 質 を持 つ こ とが古 くよ り知 られ てい る。 た とえ ば,シ ク ロ プ ロパ ン誘 導 体 は,オ レ フ ィン と類 似 に 臭 素,ヨ ウ度 と容 易 に反 応 し て1・3-ジ ハ ロプ ロパ ン誘 導 体 を17),ま た ハ ロゲ ン化 水 素 と反 応 してプ ロ ピルハ ライ ド誘 導 体 を 与 え,こ の際Markownikoffの 法則 に した が う 。 ま た〓 グ ル ー プ はC=C-C=O-nグ ル ー プ と化 学 的性 質 に お い て本 質 的 な 違 い の な い こ とが知 られ て い る 。 さ らに,シ ク ロプ ロパ ンは塩 化 白金 酸 と 反 応 し て,オ レフ ィン 類 に 通 常見 られ るの と同 じ様 な錯 化 合 物 PtC12・C3H6,HPtC13・C3H6・H20,(C5H5N)2PtC12・C3H6を 生 成 す る が,こ れ らの物 は,そ のIRか ら三 つ の炭 素 原 子 にPtが ひ と し く結 合 され た構 造 を取 って い る こ と が推 測 され て い る。 シ ク ロプ ロパ ン環 は,化 学 的性 質 と平 行 して 分 光 学 的 に も興 味 あ る挙 動 を示 す が,ま ず,遠 紫 外領 域 で195mμ *大 阪 大 学 基 礎 工 学 部(大 阪 府 豊 中 市 北 刀 根 山 宇 北 谷) **大 阪 大 学 工 学 部(大 阪 市 都 島 区 束 野 田9-210) ***Brown-Prelogの 分 類 命 名 に よ る もの で あ っ て9),3・4員 環 を 小 環(Small rings),5∼7を 通 常 環(Common rings),8∼12 を 中 環(Medium ring),13以 上 を 大 環(Macro rings)と 呼 ぶ 。 a)す な わ ち,少 な く と も六 員 環 以 上 で は環 は平 面 構 造 で な く,ジ グ
ザ グ形 を して い る。
b)例 え ば シ ク ロブ ロ パ ン の歪 は,3×9.2=27.6kcal/molで あ る。
(33) 小 員 環 化 合 物 の 化 学(そ の1) 付 近 に 吸 収 を示 し,こ れは 飽 和 化 合 物 の 吸 収 よ りい ち じ る し く長 波長 で あ り,か つ ま た シ ク ロプ ロパ ン環 は不 飽 和結 合 と共役 で き る こ とが,紫 外 ・双 極 子 能 率 の 研 究 か ら も明 らか に され て い る 。 これ らの特 異性 は シ ク ロプ ロパ ン環 の炭 素一 炭 素結 合 の電 子 が 通 常 の結 合 よ り も弱 く 結 合 さ れ て い る た め,よ り動 きや す い π-電子 に 類 似 の性 質 を持 つ結 果 と考 え られ て い る 。 こ れ らの特 異 性 を示 す シ ク ロプ ロパ ン環の 構 造 につ い て はCoulsonら に よ って,次 の よ うない わ ゆ る 「バ ナ ナ」 結 合 が考 え られ て い る。 (7a)図 中,A,B,C三 点 は シ ク ロプ ロパ ン環 を構 成 す る炭 素原 子 を,ま た 矢 印 は 混 成 軌道 の方 向 を 示 し て お り,C-H結 合 は省 略 した が,紙 面 に 垂 直 な 面 内 に あ る (7c図)。 シ ク ロプ ロパ ン環 の炭 素 一炭 素 結 合 角 は60。 で あ るが,理 論 的 には90。 以 下 のSP混 成 軌 道 は 存 在 しな い 。 しか し,結 合 は 必 ず し も結 合 軸 方 向 との一 致 を 必要 とせ ず,混 成 と結 合 エ ネ ル ギー の 関 係 か ら計 算 す る と,炭 素 一炭 素 の結 合 軌 道 間 の 角度 は104°(7a),HCHの 結 合 角 度 は116°(7c)に お い て最 も安 定 と な る 。 した が っ て,結 合 軌 道 は(7b)の ご と く外 側 に ふ く らみ,一 般 に 「バ ナ ナ 」結 合 と呼 ば れ て い る ゆ えん で あ る。 ま たHCH の 結 合 角 が116° とな る混 成 軌 道 は,CH結 合 がSP3混 成 よ りも大 きいS性(30%一SP3混 成 は25%)を 持 つ こ と を示 して い る が,こ の こ とは,シ ク ロプ ロ ピル 基 が, アル キル 基 よ り大 き な電 気 陰 性 度 を示 す こ と22,25)と一致 してい る。 こ うい った シ ク ロプ ロパ ン環 の 物 理 ・化 学 的 特 異 性 に 注 目 してWalshは,Coulsonら とは 異 な った(9a.b) の よ うな構 造 を提 唱 して い る 。 この構 造 は シ ク ロプ ロパ ン環 の共 役 で き る性 質,無 歪 の炭 素 原 子 に く らべ て 高 電 気 陰1生度,す な わ ち高S性 を示 す 点,不 飽 和 性 を示 す 点 等 に注 目 して,SP2混 成 の炭 素原 子 が(9a)の よ うに一 平 面 上 で結 合 して お り,CH結 合 は 紙 面 に 垂 直 な面 内 に あ りHCHの 結 合 角 は120° を と って い る とす る も の で, (9b)は,そ の 分 子 軌 道 の概 略 を示 した も ので あ る 。 し か し,こ れ らシ ク ロプ ロパ ンの構 造 に つ い て の説 に は賛 否 両 方 の 批 判27)がな され て お り,シ ク ロプ ロパ ン環 の構 造 は,い ま だ未 解殊 の 問題 が多 く,今 後 の研 究 が ま た れ て い る 。 シク ロブ タ ン環 は,シ ク ロプ ロパ ン環 に比 べ相 当 に安 定 で,化 学 的 に も分 光 学 的 には 不 飽 和 性 は,ほ とん ど示 さ な い 。 ま たハ ロゲ ン,ハ ロゲ ン化 水 素,n-ブ タ ン へ の水 素化 に対 して も相 当の 抵抗 を示 す こ とが知 られ て い る 。 そ の構 造 に つ い て は,シ ク ロプ ロパ ン環 の場 合 と同様, (10a)の よ うに少 し結 合 軌 道 が 外 にふ く らん だ 「バ ナ ナ 」 結 合 類 似 の もの が 考 え られ て い る 。 C-H結 合 のS性 は,計 算 に よれ ば26%でSP3混 成 の 場 合 の25%と ほ とん どか わ らず,こ の こ とは,シ ク ロブ タ ン環 の 物 理 ・化 学 的 性 質 と一 致 して い る。 シ ク ロ ブ タ ン環 は シ ク ロプ ロパ ン環 と異 な り,分 光 学 的 研 究 の 結 果 で は,Pitzer strainの た め,非 平 面 性 を示 し, D2d構 造 を取 っ て い る こ とが知 られ て い る が,こ の こ と は化 学 的 性 質 か らも支 持 され る 。一 例 を あ げ る と, シス ー お よ び トラ ンス ー3-メチ ル シ ク ロブ タ ン カル ボ ン 酸 の メ チル エ ス テル の混 合 物 を,ア ル コ ラ ー トの 存 在 下,平 衡 に させ る。 平 衡 に お い て,シ ス/ト ラン ス=1.6 (55℃)と な り,平面 構 造 で あ れ ば熱 力 学 的 に よ り安 定 な トラ ンス の方 が,多 くな る は ず で あ る が,事 実 は,平 衡 * (8) この よ うなbent-bondは,シ ク ロ プ ロパ ン環 の よ うな 環 状 化 合 物 だ け で な く,CH3Xの よ うな 分 子 で もそ の CH結 合 は,多 少 と もbentし てい る と考 え られ てい る 。 こ の こ とは 後 述 す る13C_Hのcoupling定 数 の 測 定 か ら も確 か め られ て い る。 *こ の考 え方 を,よ り複 雑 な ビ シ ク ロ ブ タ ンの よ うな化 合 物 に あ て は め た 場 合,そ の他 の実 験 事 実 を も含 め て,う ま く説 明 で き る が 否 か の 疑 問 が 残 るの で は なか ろ うか 。 **次 節 を参 照 。
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(11) は シ ス へ か た よ って い る 。 この こ とは,(12)の よ うな非 平 面 構 造 を考 え る こ とに よ り理 解 で き る 。 (12) そ の他,シ ク ロブ タ ノン も非平 面 性 構 造 が推 定 さ れ て い る が,シ ク ロブ テ ン は平 面 構 造 と考 え ら れ て い る31)。 最 近,炭 素 の 混 成 軌 道 のS性 と,13cHのcoupling 定 数 との 間 に 直線 関 係 の あ る こ とが知 られ32),シ ク ロプ ロパ ン32a),シク ロプ ロペ ン 等 の大 き な 歪 を 持 つ化 合 物 で は,そ のC-H結 合 が 異 常 に 大 き なS性 を 持 つ こ とが 知 られ る よ うに な った 。環 状 化合 物 の幾 つか に つ い て の 結 果 は,次 の よ うで あ る 。 そ の結 果,従 来 反 応 性 や 構 造 か ら推 測 され て い た シ ク ロプ ロパ ン環 等 の大 きな 歪 を持 つ 化 合 物 の C-H結 合 の大 き なS性 が確 認 され る にい た った 。 お もな小 環 状 化 合 物 の幾 つ か につ い て,そ の 構 造 をあ げ る 。小環状化合物 の構造
ED電 子 線 回折IR赤 外 線 吸 収 ス ベ ク トル MWマ イ ク ロ ウエ ー ブa) O. Hassel, H. Viervoll, Acta. Chem. Scand. 1 149 (1947) b) A.W. Baker R.C. Lord, J. Chem. Phys. 23 1636 (1955) c) D.F. Eggers Jr., KB. Wiberg, ibid. 30 512 (1959) d) ChJ. Donohue, G.L. Humphrey, V. Schomaker, J. Am .
em. Soc. 61 332 (1945)
e) J.D. Dunitz, V. Schomaker, ibid. 20 1703 (1952) f) E. Goldish, L. Hedberg, V. Schomaker, J. Am . Chem.
Soc. 18 2714 (1956)
g) S.H. Bauer, J.Y. Beach, J. Am. Chem. Soc. 64 1142 (1942) h) W. Shaud Jr., V. Schomaker, JR. Fischer J. Am. Chem.
小 員 環 化 合 物 の 化 学(そ の1) 275 II. I-Strain,小 員 環 化 合 物 の 反 応 性 H.C.Brownは1940年 代 か ら1950年 代 に か け て, F-お よ びB-strainと 共 に 環 状 化 合 物 に 存 在 す る 立 体 歪 をⅠ-strainとい う仮 説 の も と に 整 理 した 。 こ のⅠ-strainに よ れ ば,環 状 化 合 物 の 反 応 性 は 次 の よ う な 因 子 に よ っ て 支 配 さ れ る 。 す な わ ち,3お よ び4員 環 で は 結 合 角 の 歪(Baeyer strain))が 重 要 な 因 子 で あ る 。5 員 環 で は1・2非 結 合 原 子 問 の 反 揆(Pitzer strain), 6員 環 以 上 で は さ ら に,1・3-,1・4-,1・5-,非 結 合 原 子 問 の 相 互 作 用(Transannularあ るU・ はNon-classical strain)も 支 配 的 な 因 子 に な る(定 性 的 に こ れ ら を 図1に 示 し た)。 表2に3か ら6員 環 の相 対 反 応 性 をい ろい ろな 反 応 に つ い て あ げ た。 以 下,3お よ び4員 環 化 合 物 につ い て 若 干 の解 説 を加 え る。 Ⅰ-StTalriに よれ ば,3角 お よび4角 形 の 内 角 は そ れ ぞ れ60° と90° で あ っ て,こ れ らはSP2の120° よ り もSP3の109° に よ り近い 。 した が って反 応 中 心 炭 素 がSP3で あ る よ りもSP3で あ る方 が 歪 が 少 な く,基 底 状 態SP3か ら遷 移 状 態 でSP2に 変 化 す る様 な反 応,た とえ ばSN1,SN2,ラ ジ カ ル反 応 な どで は,遷 移 状 態 に お い て歪 が よ り大 き くな る だ け 活性 化 エ ネ ル ギ ー が大 き くな り,反 応 性 が お ち る。 こ れ に は ん して カ ル ボ ニ ル へ の 付 加 反 応 の よ うにSP2→SP3型 の反 応 は起 こ りや す い 。 こ の傾 向 が 三 員 環 化 合 物 にお い て特 に大 き い こ とは 自 明 の 理 で あ って,事 実,シ ク ロプ ロ ピル 誘 導 体 の反 応 性 に は,例 外 な く これ らが 反 映 され てい る。 しか し,シ ク ロブ チ ル 誘 導 体 に お い て は,予 期 に反 した 反 応 性 を示 す 例 もあ って,後 述 す るnon-classica1中 間 体 の存 在 を主 張 す る人 々 に と って,一 つ の根 拠 とな って い る。 こ の よ うな3・4員 環 化 合 物 のSN反 応 に お け る低 い 反 応 性 は,最 近 の研 究 に よ るC-X結 合 のS性(第1章 参 照)に よ っ て も説 明 さ れ る。 す な わ ちS性 が 大 き けれ ば 大 きい ほ どC-H結 合 のHは プ ロ トン と して 取 れ や す く,cx結 合 のXは アニ オ ン と して取 れ に くい 。 (1) た とえば,(1)の 化 合 物 の1・7位 のC-X 結 合 は 実 に40%,S性 と い う結 果 が得 ら れ,こ の位 置 の 水 素 は エ ー テ ル 中 で,n-ブ チ ル リチ ウ ム に よ っ て,リ チ ウ ム に お きか え られ る 。 単 な る シ ク ロプ ロパ ン に お い て も表2に み られ る よ うに32%S性 で あ り,ふ つ うの SP3の25%に 比 べて,む し ろSP2(33%)に 近い 。 そ の結 果SN型 反 応 に お い て 塩 化 ビニ ル あ るい は ク ロル ペ ン ゼ ン の低 反 応 性 と同様 に シ ク ロプ ロ ピル ク ロ リ ドも反 応 性 に 乏 しい と考 え る こ とが で き る 。 これ に比 べ て シ ク ロブ タ ン で は27%S性 と,特 に 大 表2 シ ク ロア ル キ ル 誘 導 体 の相 対 反 応 性 (a)直 接 置 換 反 応 。(b)ラ ジ カル 反 応 。(c)ケ ト ンのNaBH4還 元 。 (d)Hc1接 触 ブ ・ム 化 ・ た と え ば〓。 (e)メ チ レ ン ・シ クロ ア ル カ ン← メチ ル ・シ クロ ア ル ケ ンの 平 衡 。 、
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き な 変 化 は な く,こ の 考 え方 か らす れ ば 通 常 の 反 応 性 に 近 い と予 想 され る。 な お,表2のVII・IXは 酸 お よび塩 基 接 触 下 で のケ トン の エ ノル 化 速 度 を示 した も ので あ る。(ケトンの プ ロ ム化 の 律 速 段 階 は エ ノル 化 で あ る 。)酸 接 触 で は エ ノル 構 造 の安 定 性 が 重 要 で あ る の に対 し,塩 基 接 触 で は む し ろ α-活性 炭 素上 の プ ロ トン の 酸 性 度 が 問 題 に な るの で あ って 興 味 深 い 。 さて,Ⅰ-stxain仮 説 の 重 要 な 仮 定 の 一 つ は,遷 移状 態 に お い て 開 環 構 造 を と らな い とい うこ とで あ る。前 節 に の べ た 様 に,シ ク ロプ ロパ ンは27.6kcal,/molも の 大 き な ひ ず み エ ネ ル ギ ー を 持 って い るが,こ こで も しSN1 や ラジ カル 反 応 で 協 奏 的 に 遷 移 状 態 で 開環構 造 を と った とす れ ば,次 の様 な 事 が 考 え られ る。 す な わ ち,開 環 遷 移 状 態 は 閉 環 した ま まの そ れ よ りも,歪 エ ネ ル ギ ー の 減 少 だ けエ ネ ル ギ ー 準 位 が 下 り,さ らに ア リル 共 鳴 に よ る 安 定 化 も加 わ って 活 性 化 エ ネ ル ギ ー が 異 常 に 小 さ くな る こ とが 可 能 で あろ う。 〓(2) しか し,事 実 と して は シ ク ロプ ロ ピル 誘 導 体 は 異 常 な 低 反 応 性 を示 し,こ の よ うな 因子 は 重 要 で な い こ と を示 してい る。換 言 す れ ば,Ⅰ-strainの 仮 定 は,こ れ まで の と ころ 正 しい の で あ って,遷 移 状 態 で 部 分 的 に で も開環 構 造 を と って 歪 エ ネ ル ギ ー が 救 わ れ る とい う現 象 は,反 応 性 の 面 か らは 見 られ て い な い 。 しか しな が ら,ほ とん どす べ て の 場 合,シ ク ロプ ロ ピ ル 誘 導 体 は 開 環 生 成 物 を 与 え てい る 。 た とえ ば,シ ク ロプ ロ ピル トシ レー トの加 酢 酸 分 解,あ るい は ア ミ ンの 脱 ア ミノ反 応 生 成 物 は100%ア リル 誘 導 体 で あ る 。 〓(3) 〓(4) ま た,シ ク ロ プ ロペ ニル 誘 導 体 の プ ロ トン付 加 に よ っ て生 ず る シ ク ロプ ロ ピル カ ル ボ ニ ウ ム イオ ン も容 易 に開 環 生 成 物 を与 え る。 こ の他 数 多 くの 例 は 以 下 の 各 章 に 精 しい 。 〓(5)〓(6) 以 上 見 て き た よ うな実 験 事実 は,遷 移 状 態 で は 炭 素 骨 格 を保 持 してい る が,そ の後 の 段 階 に お い て 大 きな 歪 の た め に開 環 して生 成 物 に至 る と解 釈 され る。 果 して,エ ネル ギ ー的 に きわ め て有 利 だ と思 わ れ る協 奏 的 開 環 反 応 が なぜ 起 こ らな い のか は興 味 深 い問 題 で は な い だ ろ う か 。 ま た こ の反 面,シ ク ロプ ロパ ン環 が 大 きな 歪 に うちか って比 較 的 容 易 に生 成 す る こ とも興 味 深 い 。 例 えば,ω-プ ロモ ブ チ ロニ トリル は アル カ リ存 在 下 に シ ク ロえば,ω-プ ロパ ン環 を容 易 に生 成 す る し,1,3-脱 離 型 反 応,ピ ラ ゾ リ ン の 光 あ る い は熱 分解,さ らに は カル ビン のオ レ フ ィ ン へ の付 加 反 応52)な ど数 多 くの シ ク ロプ ロパ ン化 合 物 合 成 法 が あ る 。 興 味 深 い 一 例 は ジ メ チル シ ク ロプ ロ ピ ル カ ル ビ ノ ー ル(6a)で あ って,塩 酸 で環 を開 き,生 成 した ク ロ リ ド(6b)は ア ル カ リ性 下 に シ ク ロプ ロパ ン誘 導 体 を再 生 す る 。 〓(6)(6a)(6b) ま た,n-プ ロ ピル誘 導 体 の反 応 にお い て,シ ク ロ プ ロ パ ン が生 成 してい る とい う事 実 も報 告 され てい る 。 CH2CH2・CH2・H-〓+CHZ=CH・CH3(7) CH3・CH2・CH2・NH2HNO2〓+CH・CH3 (8) この よ うに,特 に シ ク ロプ ロ ピル誘 導 体 は,そ の化 学 反 応 に さい して,や や不 思 議 な挙 動 を示 す の で あ っ て, な お 未 解 決 の 大 き な 分野 を 内蔵 して い る と考 え られ る。 III.熱 転 位 反 応(そ の1)シ ク ロ プ ロ ピ ル 誘 導 体,特 にCope転 位 に つ い て シ ク ロプ ロパ ン環 の 熱 に よ る開 環 反 応 は典 型 的 一 分 子 反 応 と して広 く研 究 され てい る 。 異 陛化 反 応(2),(3) が 開環 反 応(1)よ り速い こ とや,C3D6で 同 位 元 素 効 果 〓(1) *シ ク ロプ ロペ ンは 臭 素 を 付 加 して開 環 しな い ジ ブ ロ ム シ ク ロブ ロパ ン を 生 成 す る とい うよ うな場 合 も知 られ てい る 。 *こ れ ら の 因 子 が 重 要 な 役 割 果 を して い る と 考 え られ てい る場 合 も あ る。 次 節 参 照 。〓(2) 〓(3) が 見 られ る こ とな どか ら,反 応 の律 速 段 階 は 単 純 な 開環 で は な く,む しろ 水 素 の1・2-転 位 の 段 階 で あ る と考 え られ て い る。 ビ シク ロ誘 導 体 に お い て も容 易 に 開環 し て,モ ノシ ク ロオ レフ ィ ン を生 成 す る。 〓(4) ま た,ス ピ ロペ ンタ ン の 熱 転 位 に お い て は,水 素 の か わ りに炭 素 が転 位 して メ チ レ ンシ ク ロブ タ ン を与 え る。 〓(5) ビ シ ク ロプ ロ ピル誘 導体 に つ い て も同様 の転 位 が知 ら れ て い る 。 こ の 場合 に は2つ の シ ク ロプ ロ ピル基 の相 対 的位 置 に よ りそ の程 度 は 異 な る が,2つ の シ ク ロプ ロ パ ン環 の歪 が 同 時 に反 応 に寄 与 し,開 環 を容 易 に す る。 〓(6) 〓(7)〓(8) 〓(9) この 場合,Dを 用 い た実 験 に よっ て(8),(9)の 反 応 は 一 た とえ ば(8)は(10)の よ うな 耳 の1・5転 位 を含 む 過 程 を経 て起 こ る こ とが証 明 さ れ て い る 。 〓(10) さ て こ こに 興 味 深い一 つ の系 は,ビ ニ ル シ ク ロプ ロパ ン構 造 を持 つ 化 合 物 にお け る転 位 反 応 で あ る。 こ の系 の 開 環 反 応 に お い て は,シ ク ロプ ロパ ン環 の歪 エ ネ ル ギ ー 〓(11) と生 成 した ラジ カ ル が ア リル 共 鳴 で き る とい う 因子 が 加 わ る。 この こ とは,た とえ ば(13)の 反 応 にお い て生 成 した シ ク ロプ ロ ピル 誘 導 体 は,そ の 条 件 下 に,こ れ 以 上 転 位 しな い こ と よ りわ か る。 〓(12) 〓(13) 特 に,ビ ニ ル 基 を2つ 持 つ シ ク ロプ ロパ ンで は,2つ の ラジ カル が 共 に ア リル 共 鳴 で安 定 化 す る か ら,反 応 は 極 め て容 易 にな る。 さ らに,生 成 物 の シ ク ロヘ プ タ ジ エ 〓(14) と同 じ立 体 配 置 を と り得 る シ ス ・ジ ビニ ル シ ク ロプ ロパ ン は い ま だ に 単離 す る こ とに成 功 して お らず,そ の合 成 反 応 は直 接 シ ク ロヘ プ タ ジ エ ンを 与 え る 。 これ らは Cope転 位 の一 種 で あ って 機 構 的 に は"no Mechanism reaction"に 分 類 され る 。 〓(15) 〓( 16) こ こで,シ ス の2つ の ビ ニ ル基 を結 合 してCope転 位 を しや す い よ うに 強制 した化 合 物 ホ モ トロ ピ リデ ンで は 出 発物 質 と転位 生 成 物 は同 一 とな る が,N.M.R.の 研 究 〓(17) *Wibergら の シ スーシ クロ プ ロ パ ンーd2の トラ ンス 異 性 体 へ の 反 応 の 研 究 か らは,シ ク ロプ ロ パ ン環 の 歪 の 反 応 へ の 寄 与 は19.1kcal/molと さ れ てい る。(B.S.Ravinovitch,E.W.Schlag,K.B.Wiberg, 丿㌦Chem.Phys28 504(1958) *ラ ジ カ ルの ア リル 共 鳴 に よ る安 定 化 は,1-ブ テ ンの ア リル と メチ ル ラ ジ カル へ の解 離 の 研 究 か ら21.8kcal/molの 値 が 出 さ れ て い る 。 Doeringに よ れ ば 開 環 反 応 へ の シ ク ロプ ロ パ ン環 の歪 の 寄与 との 加 成 性 が,大 凡 な りた つ 。
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に よ って次 の様 な こ とが明 らか に され た 。 ホ モ トロ ピ リデ ン は−50℃ で は,よ り安 定 な トラ ン ス 型構 造A,Dに 相 当す るNMRス ペ ク トル を示 し, 各 ピー ク の 帰属 は表 に示 した 通 りで あ る 。 〓(18) しか し,温 度 をあ げ る と4.3τ の ピー ク を除 い て,し だい に 不 明 瞭 とな り180℃ に達 す る と完 全 に 異 な った ス ペ ク トル を与 え る よ うに な る。 Cope転 位 が起 こ る とH1は 耳7に,H2はH6に,H3 はH5に 変 る。若 し転 位 速 度 が十 分 に早 くなれ ば,こ れ は 相 互 に等 価 とな り,ピ ー ク はそ れ らの平 均 の 位 置 に出 る は ず で あ るが,180℃ 歪 の スペ ク トル は,こ の こ と を明 瞭 に示 して い る 。NMRの 測 定 結 果 では,ホ モ トロ ピ リデ ン は180℃ で 毎 秒 約1000回,−50℃ で 約1回Cope 転 位 を行 な って い る と結 論 さ れ る 。 と ころ で,上 に示 したNMRあ るい はIRス ペ ク トル に よ って は トラ ンス 型構 造 のみ が検 出 さ れ る が,転 位 す るた め に は(18)に 示 した よ うに,ま ず環 が,よ り不 安 定 な シス 型 構 造 を と り,Cope転 位 を行 な って 後,安 定 な トラ ンス 型 構 造 へ も.どる とい う径 路 を と らね ば な らな い 。 した が っ て,2と6を 結 ん で 環 をシ ス 型構 造 に 強制 す れ ば,Cope転 位 は さ らに速 くな る ことが 予想 さ れ る 。 〓(19) 事 実,(19)に 示 す よ うな 化 合 物 が 合 成 され た が,こ の 化 合 物 のNMRは−60℃ に おい て もは やいCope転 位 の た めHaとHC,HbとHdは 区 別 出 来 ず,そ の平 均 値 の位 置 に ピー ク を示 す 。 2Hv4,3τ(triplett) 2Hb-2Hd5.8τ(triplett) こ こで さ らに極 端 な例 と して2と6を エ チ レ ンで む す ん だ化 合 物 ブル バ レン(Bullvalen)を 考 え て み よ う。 こ の化 合 物 は,ま だ 合 成 され てお らず 仮 想 的 な もの で あ る が,き わ め て興 味 深 い 構 造 が 予 想 され る。 こ こに わ ず か の例 を図 示 した が,こ の よ うにCope転 位 が 行 な わ れ る と10個 の炭 素 はす べ て等 価 とな り,そ れ らに つい てい る水 素 も平 均 して1/10橋 頭,3/10シ ク ロプ ロ ピル,3/10ビ ニ ル ー1,3/10ビ ニ ルー2の 性 格 を持 つ よ うに な る。 した が ち て,ブ ルバ レン に お け るCope 転 位 が 十 分 に早 けれ ば,NMRは た だ一 つ の鋭 い ピ ー ク を与 え る と予 想 され る。 この 分子 の前 例 の な い 特 異 性 (21) *H2は 本 来9.7τ で あ る が,、二 つ の 二 重 結合 の影 響 を受 け て8.5τ と な る。 *Schrdderに よ り,最近 合 成 され,転 位 の 活 性 化 エ ネ ル ギ ー はN.M Rよ り11.8Kcal/molと 計 算 され て い る 。 〔G.Schr アider,Angew. Chem.]5722(1963);M.Sounders,Tetrahedron Letters Nv-25 .1699(1963)〕 **12,は シ ク ロ プ ロ パ ン環 に隣 接 した も の と,そ うで な い も の を示 す 。小 員 環 化 合 物 の 化 学(そ の1) 279 は,こ れ のみ な らず,炭 素 原 子 の 可 能 な 配 列 が120万 以 上 もあ る とい うこ とで あ る 。 た と えば つ ぎ に 示 した よ うに(21a)か ら(21c)へCope転 位 を二 度 く り返 せ ば, 外 側 の7つ の炭 素 原 子 を一 つ づ つ 時 計 の針 の方 向 へ動 か した こ と にな る(1-CW,逆 方 向 はCCWと 略 記 。 な お 二 重 結 合 は省 略 して あ る) (21b)と(21d)は 同 じ もの で あ る が,こ の(21d)に つ いて3-CWを 行 な え ば(21g)が 得 られ る。 さ て(21a) と(21g)を 比 較 す れ ば,そ の 違い は7回 のCope転 位 で 8と10の 炭 素 が 入 れ 変 っ た こ とが わ か る(α-r交 換 と 略 記)。 こ の 変 化 は2と4,5と7の 間 の 交 換 に も相 当 す る。 また1と2の 交換(α 。β 交換)はCope転 位 を 47回 行 こ とに よ って で き る 。 〓(22) これ らの こ とは,も しブ ルバ レ ンがNMRに た だ一つ の ピー ク を示 す な らば,い か な る2つ の炭 素原 子 も互 い に結 合 状 態 に止 ま る事 な く,球 面 上 を相 互 の 関係 を変 え な が ら さま よい 歩 く とい うこ とを意 味 す る。 こ の よ うな 流 動 性 の構 造 は有 機 化学 上 前 例 の ない も ので あ る。 こ こ に例 を あ げ た様 に,有 機 分 子 が 「い くつ か の 等 し い構 造 の平 均 値 と して表 され る」 よ うな 分 子 に対 して, Doeringは 揺 動構 造(Fluctuating Structure)と 命 名 し た 。 注 意 す べ き こ とは 低 温 にす る と,そ の 転 位 速 度 が 落 ち て くる こ とな どか らわ か る よ うに,こ れ は共 鳴 とは 違 う とい うこ とで あ る 。 この ビニ ル シ ク ロプ ロパ ン系 に 似 た 転位 反 応 は,C=C 不 飽 和結 合 に限 らず,カ ル ボ ニ ル ・イ ミ ン等 が シ ク ロプ ロパ ン環 に置 換 してい る場 合 に も容 易 に 起 こ る。二 ・三 の例 を示 す と次 の よ うで あ るが(26)の 場 合 に は,反 応 中 〓(26) 間 体 は,イ オ ン 構 造 を と っ て い る と考 え られ て い る67)。
IV.熱
転 位 反 応(そ の2)シ
ク ロ
ブ 卩ペ ニ ル誘 導 体
環 内 に不 飽 和 結 合 を持 つ シク ロプ ロペ ニ ル 誘 導 体 に も 飽 和 化 合 物 と同 型 の 熱 転位 反 応 が 知 られ て い る。 た とえ ば,シ ク ロプ ロペ ンは メ チ ル ア セ チ レ ン を与 え る し,ビ 〓(1) ニ ル シク ロプ ロペ ニ ル 化 合 物 は シク ロペ ンタ ジ エ ン誘 導 体 を与 え る 。 〓(2) 同 じ よ うな熱 転位 反 応 は,次 の よ うな 場 合 に も知 られ てい る 。 〓 (3) 〓 (4)280 有 機合 成 化 学 第22巻 第4号(1964)
(40)
〓(5) 〓(6) 以 上 の よ うな反 応 の他 に,シ ク ロプ ロペ ニ ル 誘 導 体 は, 特 異 な形 の熱 転 位 反 応 を も起 こす 。 ジ フ ェニ ル シク ロプ ロペ ノン は,一 酸 化 炭 素 と トラ ン を生 成 す る し,(9)に 〓(8) 示 した よ うな シ ク ロプ ロピル シ ク ロプ ロペ ンは アズ レ ン 誘 導 体 とス チ ルベ ン を与 え る。 〓(9) ま た,ビ ス ー ト リ フ ェ ニ ル ・シ ク ロ プ ロ ペ ニ ル は 熱 に よ っ て ヘ キ サ フ ェ ニ ル ベ ン ゼ ン に 転 位 す る 。 〓(10) この 転 位 反 応 は,さ らに くわ しく研 究 され た結 果, 中 間 体 は(11b)で は な く,(11c)の プ リズ ム状 の化 合 物 で あ ろ うと結 論 され た 。 〓(11) (11b)は11a)に お い て,a.a´ の 問 が 結 合 し てb.b´ に ラ ジ カ ル ニ つ を 残 し た 構 造 で あ り,(11c)はa.a´ お よ びb.b´ 間 に と も に 結 合 を 生 じ た も の で あ る 。 プ リズ ム 状 中 間 体 が 推 定 さ れ る 根 拠 は,ビ ス ・ビ フ ェニ ル シ ク aプ ロ ペ ニ ル の 熱 転 位 に おい て,生 成 物 は93%が1,2, 4,5-(12c),7%が1,2,3,4一 テ ト ラ フ ェ ニ ル ベ ン ゼ ン (12d)で あ っ た こ と に よ る 。 〓(12) 中 間 体 が(11b)型 を と ってい れ ば,(12c)の 生 成 は考 え られ ず,反 応 生 成 物 は す べ て(12d)で な け れ ば な らな い 。 プ リズ ム型 中 間 体(12b)を 考 え る こ とに よ って,主 生 成 物 が(12c)で あ る こ と を合 理 的 に 説 明 す る こ とが で き る。 V.熱 転 位 反 応(そ の3)シ ク ロ プ タン 誘 導 体 シ ク ロブ タ ンは,熱 に よ って 開 裂 して二 分 子 の エ チ レ ン を生 成 す る 。 〓(1) 〓(2) こ の他,シ ク ロブ タ ン誘 導 体 は シク ロプ ロパ ン と同 様 に,Cope転 位 を始 め とす る 環 拡 大 を 行 な うが81),そ の 特 微 は 上 の例 に明 らか の よ うに,二 つ のオ レフ ィン と同 格 で あ る とい うこ とで あ る。他 の 例 を示 せ ば(3a)は 低 温 度 で(3b)の シク ロオ ク タ ジ エ ン誘 導 体 に 異 性 化 す る。 〓(3) こ のオ レ フ ィ ンーシク ロブ タ ン転 位 反 応 に お い て,全 て の水 素 が フ ツ素 原 子 で 置換 され た場 合,上 の場 合 とは 逆 に シ ク ロブ タ ン誘 導 体 の方 へ反 応 が進 む きわ め て興 味 深 い 事 実 が 知 られ て い る 。 た とえ ば,オ レフ ィン(4a) は熱 に よ って(4b)に 異性 化 し,後 者 は さ らに高 温 で ト リシ ク ロ化 合 物(4c)を 与 え る。小 員 環 化 合 物 の 化 学(そ の1) 281 〓(4) ア レン と無 水 マ レイ ン酸 を175℃ で反 応 させ る と異 常 な 生 成 物(6c)が 得 られ る 。 〓(6) こ の反 応 の機 構 は,次 の よ うで あ る こ とが 明 らか に さ れ た 。 す な わ ち,第 一 段 階 は ア レン が二 分 子 が縮 合 し て ジ メ チ レン シ ク ロブ タ ン に な り,無 水 マ レイ ン酸 と反 応 して ジ エ ン付 加 物 をつ くる 。 〓(7) 生 成 した 付 加 物 の シ ク ロブ テ ン環 が,さ らに 熱 で 開環 し て ジ メ チ レ ンに な り,第2の 無 水 マ レイ ン酸 と反 応 し て 生 成 物 を与 え るの で あ る。 〓( 8) こ の(8)の 段 階 で もわ か る よ うに,シ ク ロブ テ ンは ブ タ ジ エ ン との間 に熱 転 位 を起 こ す 。数 多 くの 例 が知 られ て い る がs3),そ の一 つ はベ ン ゾシ ク ロブ テ ン-o-キ シ リ レン で あ る。(9a)と 〓との反 応 はベ ン ゾシ ク ロブ テ ン を与 え る が, 〓( 9) 中 間 に(9b)のo-キ シ リレ ンが生 成 して い る こ とが,ジ エ ノ フ ィル との反 応 に よ っ て証 明 され た。 また(10a)と (10b)が 高 温 で 熱 平 衡 に あ る こ と も知 られ て い る 。 〓(10) この よ うに見 て く る と,シ グ ロブ テ ノ ン も同 様 に ブ タ ジ エ ン誘 導 体 と平 衡 に あ る は ず で あ る 。 光 学 活性 な 「 (11a)は ラセ ミ化 す る時,エ ノル化 して シ ク ロブ タ ジ エ ン誘 導 体 を径 る よ り もむ しろ(11b)を 通 る もの と考 え ら れ てい る 。 ま た,(11b)の 合成 を 行 な え ば,(11a)を 与 え て 了 う 。 〓(11) また,適 当な位 置 にベ ン ゼ ン核 が 存 在 す る と,核 置 換 反 応 を起 こ し てナ フ トー ル 誘 導 体 を与 え る 。 た とえ ば ジ フ ェニ ル ケ テ ンは1一 エ トキ シ プ ロ ヒ。ン と 反 応 して シ ク ロブ テ ノ ン誘 導 体 を 与 え る が,この シ ク ロブ テ ノ ン を 加 熱 す る とナ フ トー ル誘 導体 が得 られ る 。 〓( 12) これ ら の他,光 に よ るオ レ フ ィ ン の二 分 子 縮 合 で 生 成 す る シ ク ロブ タ ン誘 導 体 に つ い て は,い ろい ろな 反 応 が 知 られ て い るが,こ こで ジ フ ェニ ル ア セ チ レ ン(ト ラ ン) に つ い て 行 わ れ た,興味 深 い結 果 を 紹 介 す る。 トラ ンに ヘ キ サ ン 中15∼30℃ で一 週 間 光 を あ て て (13c)∼(13f)に 示 した様 な 化 合 物 が 単離 さ れ た 。 これ らの 生 成 物 の 中 間 体 と して は,二 分 子縮 合 体(13b)が 考 え ら れ て お り,こ れ が さ ら に,二 分 子 縮 合 し て(13f) (オ ク タ フ ェニ ル キ ュ ー バ ン)91)を 与 え,一 方(13c) (13d)の 生 成 は(139)の よ うな ビ シ ク ロ ブ タ ン 中 間 体 を 考 え る と 説 明 す る こ と が で き る 。
282 有 機合 成 化 学 第22巻 第4号(1964)
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(昭 和38年9月20日 受理)
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