九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
健全な地域水循環系の構築に向けた表流水と地下水 の相互作用に関する研究
松本, 大毅
http://hdl.handle.net/2324/1959199
出版情報:九州大学, 2018, 博士(工学), 論文博士 バージョン:
権利関係:
健全な地域水循環系の構築に向けた 表流水と地下水の相互作用に関する研究
2018 年 7 月
松本 大毅
目 次
第 1 章 序論 1
第 1 節 健全な地域水循環系構築の必要性 1
第 2 節 本論文に関する既往の研究 3
第 3 節 本論文の構成 4
第 2 章 研究対象地域の概要 6
第 1 節 対象地域 6
第 2 節 気象 9
第 3 節 地質 10
第 3 章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定 11
第 1 節 緒論 11
第 2 節 幸の神湧水の特性 12
2.1 幸の神湧水の湧水量 13
2.2 幸の神湧水の水質 14
第 3 節 地質境界周辺地下水の特性 16
3.1 地下水位観測及び水質調査 16
3.2 地下水位の長期変動 18
3.3 地下水水質の特徴 22
第 4 節 電気探査調査による地下水賦存状況の推定 24
4.1 電気探査調査位置及び調査方法 24
4.2 調査結果 25
第 5 節 結論 27
第 4 章 地下水流動解析モデル 28
第 1 節 緒論 28
第 2 節 地下水流動解析 29
2.1 基礎式 29
2.2 Lagrangian 粒子追跡の手順 30
第 3 節 地下水流動解析結果 34
3.1 各区間の集水域の推定結果 36
3.2 大原川の集水域の推定 44
3.3 大原川の集水面積の推定 45
第 5 章 放射性同位体を用いた表流水・地下水交流解析 48
第 1 節 緒論 48
第 2 節 表流水・地下水の交流解析 49
2.1 ラドンの特徴 49
2.2 調査・解析手法 51
2.3 大原川における地下水・表流水交流解析 57
第 3 節 結論 66
第 6 章 大原川流域の水循環解析 67
第 1 節 緒論 67
第 2 節 既往解析モデル 68
2.1 モデルの概要 68
2.2 地下水涵養モデル 69
2.3 準 3 次元淡塩 2 相地下水流動モデル 76
2.4 既往解析モデルによる河川流量の推定 81
第 3 節 解析モデルの改良 82
3.1 大原川旧河道の反映 83
3.2 地下水涵養量の反映 85
3.3 改良モデルによる河川流量推定結果 86
第 4 節 結論 87
第 7 章 総括 88
謝辞 91
参考文献 92
付録 95
第1章 序論
第 1 章 序論
第 1 節 健全な地域水循環系構築の必要性
水に関する問題は多岐・多方面にわたっており,量としての側面,質としての側面また は両者を合わせた両面から様々に議論されている.いうまでもなく水は,限りある資源で あり,われわれの生活,産業,生態系の維持に不可欠な物質である.
近年,これまでの都市への人口や産業の集中,都市域の拡大,産業構造の変化,近年の 気象変化等を背景に,平時の河川流量の減少,湧水の枯渇,各種排水による水質汚濁,不 浸透面積の拡大による都市型水害等の問題が顕著となってきている.これらの問題は浸透 機能の低下や地表水と地下水の連続性の阻害等といった水循環系の健全性が損なわれてい ることに起因しており,流域全体を視野に入れた水循環系の健全化への早急な対応が求め られている.
流域における健全な水循環系の構築に関して,河川審議会答申(総合政策小委員会水循 環小委員会:平成10 年7 月),社会資本整備審議会都市計画部会下水道・流域管理小委員 会報告(平成15 年4 月),中央環境審議会意見具申(水質部会・地盤沈下部会:平成11 年 4月)の中でその基本的考え方が示されているほか,行政においても,健全な水循環系構築 に関する関係省庁連絡会議(環境庁,国土庁,厚生省,農林水産省,通商産業省,建設省)
がとりまとめた「健全な水循環系構築に向けて(中間とりまとめ):平成11 年10 月」1)にお いて,その施策の基本的方向性や対応策のイメージが提示されている.
加えて,中央環境審議会意見具申を受けて閣議決定された「新環境基本計画」(平成12 年 12 月)2)においては,「環境保全上健全な水循環の確保に向けた取組」が,今後重点的に 取り組むべき戦略的プログラムの一つとして位置付けられ,流域を単位とした水循環計画 の策定の必要性が示されている3).
しかしながら,地域におけるこれらの具体的な施策の展開に際しては,水循環系の実態 把握や健全性の評価手法の確立,水循環に関する情報の共有化等の検討すべき課題も多い.
ところで,現在,九州大学キャンパスのある福岡市西部地区の元岡・桑原地区一帯は福 岡都市圏有数の農業地帯であり,また,希少種であるカブトガニの生息地として有名な今
第1章 序論
島市での住宅開発のため,干潟の水環境のみならず,農地の減少など自然生態系の生息環 境悪化が懸念されている4).
また,同キャンパスは,2000年6月から造成工事が開始され,林地開発による地下水によ る影響が懸念されている.そのため1996年より,九州大学キャンパス周辺では地下水位の 長期観測が行われている.新キャンパス東南地域は沿岸部に近く,既に地下水の塩水化が 確認されている.桑原地区を流れる大原川には湧水源(幸の神湧水)があり,地域の重要な 農業用水源となっている.また,地質境界(結晶片岩-花崗閃緑岩)が大原川を横切る形 で存在し,それが地下水・表流水相互にどのような影響をもたらしているか,その解明は 地域の健全な水資源利用のため非常に重要である.
以上のような状況を踏まえ,本論文では,九州大学キャンパス周辺の大原川流域を中心 に,地下水流動解析や放射性同位体であるラドン(222Rn)を指標とした地球化学的手法を用 いて表流水(大原川)と地下水の交流について解明を行ったものである.
第1章 序論
第 2 節 本論文に関する既往の研究
ラドンを用いた既往の水文学的研究として,Elsinger ら 5)は,河川の流下に伴うラドン 濃度の減少に関し,河川と大気の間に停滞膜を仮定し,ラドン濃度の減少量から停滞膜の 厚さを評価している.また,Hoehn ら6)は,スイスの
Glatt
川から様々な距離にある観測井 で採水した試料中のラドン濃度から,河川周辺の地下水の平均流速を推定している.Ellins ら7)は,プエルトリコのRio Grande
川の地下水の流入,流出量の評価においてラドンを用い ている.上述のように国際的には,小流域におけるラドンによる水循環機構の基本的な解 析手法は1980
年頃に総括されているようである.一方,日本国内におけるラドンを用いた 水文学的研究の端緒は,濱田・小前8)による,地下水の浸出と河川水の伏流の定量解析が挙 げられる.また,ラドンを用いたさまざまな中小河川の水循環解析は主に,小前9),濱田・宮崎 10),11),濱田・二平ら 12)によって報告されているものの,1995 年以降,研究報告は見 当たらない.
一方,広域の地下水流動の解析にあたっては,
Carroll
ら13)はネバダ州東部において,USGS
が開発した3
次元地下水流動モデルであるMODFLOW
と水素・酸素安定同位体比を組み合 わせて地下水流動を解析し,MODFLOWのような物理モデルのほか安定同位体を組み合わ せた方がより詳細な地下水流動を評価できると提案している.また,横田ら 14)は屋久島で の水循環を水素・酸素安定同位体比と水質から,小宮ら 15)は長野県松本盆地中・南部地域 の広域地下水流動系を同じく水素・酸素安定同位体比と水質特性から評価しているが,国 内では広域地下水流動モデルと安定同位体を用いた研究例は少ないようである.さて,本論文の研究対象地域における数値解析による水循環に関する既往研究としては,
堤ら16)の研究が挙げられる.同研究では,水循環系に関する現状分析から将来予測までの解 析が可能な水循環解析モデルの構築が望まれているという背景のもと,降雨,蒸発散,表 面流出,地下浸透,地下水流出といった一連の水文過程を解析する機能を有する堤・神野 モデルを用いて,大原川流域の水収支解析を行い,実際に水循環解析モデルとして利用で きるかどうか,また,利用する場合の問題点について考察されている.しかしながら,同 研究では,広域な水循環解析という視点においては,概ね精度のよい結果が得られている ものの,特殊な水文環境を反映しきれなかったことに起因すると思われる計算値と観測値 の乖離も見られる.
そこで,本論文では,上記の既往研究において乖離が発生した要因の推定を行うととも
第1章 序論
第3節 本論文の構成
本論文の第2章以下の概略内容は以下のとおりである.
第2章では,研究対象地域である九州大学キャンパスの位置,気象,地質等について整理 している.
第3章では,大原川源流部に位置する幸の神(さやのかみ)湧水や対象領域内に存在する 地質境界周辺の地下水位の長期変動や地下水質特性について整理を行うとともに,電気探 査結果を用いた地下水賦存量の推定を行い,対象地域の地下水特性を解明している.
第4章では,大原川流域の地下水流動モデルを構築し,地下水流動計算を行い,大原川の 各区間の集水域・集水面積の推定を行った.
第5章では,放射性同位体であるラドンを指標として,ラドン収支と水収支とを組み合わ せ,単なる河川流量の観測では推定が難しかった地下水から表流水への浸出量と表流水か ら地下水への涵養量を,同時に推定を行うことで,大原川と地下水の交流現象の解析を行 った.
第6章では,既往の水循環モデルにおいて再現精度の低かった地点の表流水流量の算定に おいて,前章までで得られた水理・地質等の知見をモデルに反映し,実現象をよりよく再 現できるモデルの改良を行った.
第7章では,各章で得られた結果をとりまとめて総括としている.
図-1.1に本論文の構成を示す.
第1章 序論
第4章 地下水流動計算モデル
・地下水流動解析
・地下水流動解析結果
大原川各区間の集水域の推定 大原川各区間の集水面積の推定
第5章 放射性同位体を用いた表流水・地下水交流解析
・表流水-地下水の交流解析 ラドンの特徴
調査・解析手法
大原川における表流水-地下水交流解析
第6章 大原川流域の水循環解析
・既往解析モデル
・解析モデルの改良
第7章 総括
・本論文で得られた結果をとりまとめる
第1章 序論
・健全な地域水循環系構築の必要性
・本論文に関する既往の研究
・本論文の構成
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
・幸の神湧水の特性
・地質境界周辺地下水の特性
・電気探査調査による地下水賦存状況の推定
第2章 研究対象地域の概要
・対象地域、気象、地質
第2章 研究対象地域の概要
第 2 章 研究対象地域の概要
第 1 節 対象地域
本研究の研究対象地域である九州大学新キャンパス(以後,伊都キャンパスと表記する.) の位置を図-2.1に,伊都キャンパス周辺の航空写真を図-2.2示す.九州大学伊都キャンパ スは福岡市西部の糸島半島にあり,福岡市西区と糸島市にまたがっている.総面積は
275ha
であり,造成予定面積は,170haを計画している.造成予定地以外のエリアは保全緑地とし て残すことになっている.この地域の地形は,地表の地形勾配や谷密度などからみて大き く二つの地域に区分される.ひとつの地形区は伊都キャンパスやその西側に広くみられる もので,起伏の少ないなだらかな丘陵地である.伊都キャンパスの西縁は
121m
と最も標高が高く,これより東に向かって標高は低くなっ ていく.稜線は谷頭部がスプーンカット状をなしているために痩せており,直線的な連な りはあまりみられない.もうひとつの地形区は移転用地東部や用地の北側にみられるもので,斜面勾配が急で谷 密度低く小起伏山地ないし丘陵地をなしている.
伊都キャンパス(大原川左岸側)の採石場周辺で標高
150m
を超えており,ほぼ東西に稜 を連ねている.標高の低いところでは孤立丘状をなす.谷の入り方は直線状で規則性のあ る地形をしており,前者の地形区に比べると谷幅は狭く深い.九州大学新キャンパス移転 用地外側の東側及び南側は低平な沖積低地部である.沖積低地部は主に水田として利用さ れているが,所々畑や施設園芸としても利用されている.なお,南側の山裾部~低地部に かけての漸移部には民家が立ち並び元岡地区の集落となっている17).第2章 研究対象地域の概要
図-2.1 九州大学伊都キャンパス 福岡県
第2章 研究対象地域の概要
図-2.2 九州大学伊都キャンパス周辺の航空写真
(2001 年撮影 国土地理院の航空写真に加筆)
0 1km
九州大学伊都キャンパス 標高 121m
大原川
第2章 研究対象地域の概要
第 2 節 気象
伊都キャンパス近傍の前原観測所地点(伊都キャンパス南南西約
4km)における 1981
年~2010年の30
年間における月平均降水量と月平均気温は表-2.1及び図-2.3のとおりで ある.降水量が最も多いのは
7
月で約285mm/月であり,6
月,7月の2
ヵ月が年間総雨量の約1/3
の雨量を占める.気温については,月平均気温が最も高いのは
8
月で約27℃,最も低いのは 1
月で約6℃
であり,月平均気温の差は約
21℃である.
表-2.1 前原地点の月平均降水量・月平均気温(1981 年~2010 年の 30 年間)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 合計※
(平均)
降水量
(mm) 75.9 78.2 121.7 120.8 137.8 248.9 285.2 174.6 193.2 79.3 92.0 67.6 1,677 平均気温
(℃) 5.9 6.6 9.5 14.0 18.4 22.2 26.3 27.1 23.4 18.0 12.8 8.1 16.1
※降水量は年合計、平均気温は年平均
0 5 10 15 20 25 30 35 40
0 100 200 300 400
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平 均 気 温
(℃)
月 降 水 量 (mm)
第2章 研究対象地域の概要
第 3 節 地質
糸島半島の地質は,図-2.4 に示すとおりであり,主に古生代二畳紀~石炭紀の三郡変成 岩類及び中生代後期白亜紀の糸島花崗閃緑岩よりなり,これら基盤岩の上位には新生代第 四紀完新世~更新世の未固結な堆積物が分布している.
三郡変成岩類は主として結晶片岩(緑色片岩,泥質片岩,苦鉄質片岩)からなり,九州 大学伊都キャンパス北部を幅
1.0~1.5km
で帯状に分布しており,その両側は糸島花崗閃緑 岩と接している.図-2.4 地質区分18)
0 1km
凡例
人口改変地 花崗閃緑岩 苦鉄質片岩 1342
1672 1
九州大学伊都キャンパス
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 3 章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 1 節 諸論
福岡市西区元岡・桑原地区のある伊都キャンパスは,2000年
6
月から移転のための造成 工事が開始され,林地開発による地下水への影響が懸念されている.そのため1996
年より,伊都キャンパス周辺では地下水位の長期観測が行われている.
九州大学伊都キャンパス周辺の地下水に関する課題・特徴は概ね以下のとおりである.
伊都キャンパス東南地域は沿岸部に近く,既に地下水の塩水化が確認されている.桑原 地区を流れる大原川には幸の神(さやのかみ)湧水があり,地域の重要な農業用水源とな っている.また,地質境界(結晶片岩-花崗閃緑岩)が大原川を横切る形で存在し,それ が地下水・表流水相互にどのような影響をもたらしているか,その解明は地域の健全な水 資源利用のため非常に重要である.
本章では, 本論文の研究対象地域である伊都キャンパス周辺の地下水特性の整理及び大 原川上流の幸の神湧水の水質・湧水量の整理を行った.
また,対象領域内には,花崗岩と結晶片岩の地質境界が存在し,同境界が地下水の流動・
滞留に影響を与えることも考えられることから,地質境界周辺の井戸の地下水位・水質特 性を分析するとともに,地層境界付近で行った電気探査の結果から,対象領域内の地下水 賦存状況の推定を行った.
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 2 節 幸の神湧水の特性
九州大学伊都キャンパス内には準用河川(一部,普通河川)である大原川が流下してお り,大原川の上流の九州大学伊都キャンパス内には幸の神湧水が湧出している(図-3.1 参 照).
本論文の主題である表流水と地下水の交流解析において,解析対象領域内の主要な表流 水(大原川)に湧出している地下水である幸の神湧水の水質・湧水量変動等を把握するこ とが重要であるため,本節では,幸の神湧水の特性について整理を行った.
図-3.1 幸の神湧水及び大原川
N
九州大学伊都キャンパス 地層境界
大原川
0 500m 幸の神湧水
結晶片岩
花崗岩
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
2.1 幸の神湧水の湧水量
1997
年~2004 年までのアメダス前原地点(湧水地から南南西約4km)の月降水量と幸の
神湧水の湧水量を図-3.2に示す.この図から幸の神湧水の湧水量は約100~200m /day
で あり,伊都キャンパス造成工事着工前とそれほど変化はない.図-3.2 降水量と湧水量の変化19)
造成工事開始
0 200 400 600 800 1,000 1,200
0 50 100 150 200 250 300
月 降 水 量 (mm) 湧
水 量
(m3/day)
月降水量 湧水量
平均
約170m3/day 平均 約155m3/day
1997/1 1998/1 1999/1 2000/1 2001/1 2002/1 2003/1 2004/1
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
2.2 幸の神湧水の水質20)
幸の神湧水の水質をヘキサダイヤグラム上に示したものを図-3.3 に,トリリニアダイヤ グラム上にプロットしたものを図-3.4に示す.
なお,幸の神湧水の採水・分析は
2001
年7
月から合計で24
回おこなっているが,両図 には2002
年7
月11
日の値をプロットしている(同調査日以外の結果については付録として 整理).これらの図より,幸の神湧水は,アルカリ土類炭酸塩型の水質に分類され,浅層地下水 であることが示された.
図-3.3 ヘキサダイヤグラム
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
Ⅰ:アルカリ土類炭酸塩型, Ⅱ:アルカリ炭酸塩型 Ⅲ:アルカリ土類非炭酸塩型,Ⅳ:アルカリ非炭酸塩型
図-3.4 トリリニアダイヤグラム
(補足)
・アルカリ土類炭酸塩型では浅層地下水に多くみられる水質組成で,日本では最も一般的 にみられる水質組成.
・アルカリ炭酸塩型では滞留時間の長い深層地下水でよくみられる水質組成.
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
Ⅳ
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 3 節 地質境界周辺地下水の特性
21)図-3.1 に示した解析対象領域には,大原川を横切るように結晶片岩と花崗岩の地層境界 が存在する.
ここでは,同地質境界が周辺の地下水へ与える影響を把握するために地層境界周辺の井 戸の水位及び水質の変動状況を整理・分析した.
3.1 地下水位観測及び水質調査 調査地点を図-3.5に示す.
WL1, WL21, W3
は自記式地下水位計によって1
時間に1
度,地下水位を記録する観測井であり,24時間分の地下水位データを平均して日平均地下水位とした.
Q1,Q2,Q3,Q4
は地下水水質を調査した地点である.Q1,Q4 は民家所有の井戸で,採水は家庭用ポンプによる汲み上げで,約
5
分間放流後に採水した.Q2, Q3
の地下水の採 水は2008
年1
月25
日にベーラー採水器を用いて行った.Q2
は地質調査のための掘削され た井戸,またQ3
とWL2
は同一地点の観測井である.地下水位観測井である
WL1,W3
は水位計の固定および井戸の構造上,採水できなかっ たため井戸深度が同程度で直近の井戸(それぞれQ1,Q4)で水質を評価した.
井戸のストレーナー構造については
Q2,Q3
以外は民家所有の井戸で詳細は不明であっ た.Q2は地表面から5m
以深に,Q3は地表面から50cm
程度以深にスリットが施されて いた.第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
図-3.5 地下水位及び水質観測地点
0 500m
N
九州大学伊都キャンパス
地層境界 大原川
0 500m
WL1
WL21 W3 Q 1
Q2
Q3 Q4
結晶片岩
花崗岩
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
3.2 地下水位の長期変動
図-3.6((a)~(c))には地下水位観測井
WL1,WL21,W3
の1996
年4
月から2005
年3
月までの約9
年間の地下水位変動と本調査地域より約5km
離れた前原アメダス調査地点に おける日降水量を示している(W3のみ地下水位調査開始は1998
年7
月から).WL1, WL21
の地下水位は多雨年,少雨年に関係なく変動している.また,W3
はWL1,
WL21
より孔口標高が低く低地部に位置し,地下水位の変動幅が小さい.一方,WL1と
WL21
の地下水位変動は似た傾向を示しており,WL21はWL1
より変動 幅が大きくなっている.WL1
とWL21
の直線距離は約1000m
であり,WL1
とW3
のそれは約
1200m
である.地質境界上にあるのはWL1
とW3
であるが,両者の間に地下水位変動の類似性は見られない.
地下水位変動の特徴から,
WL1
とWL21
は地下水の応答が連動する同じ水脈と考えられ る.第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
WL1 WL21 W3
1996/1 1996/4 1996/7 1996/10
1996年(年降水量:1,275mm)
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
1997/1 1997/4 1997/7 1997/10
1997年(年降水量:1,900mm)
100 200 300 400 500
4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
1998年(年降水量:1,706mm)
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
図-3.6(b) WL1,WL21,W3 における地下水位変動(1999 年~2001 年)
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
1999/1 1999/4 1999/7 1999/10
1999年(年降水量:1,678mm)
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
2000/1 2000/4 2000/7 2000/10
2000年(年降水量:1,359mm)
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
2001/1 2001/4 2001/7 2001/10
2001年(年降水量:2,036mm)
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
2002/1 2002/4 2002/7 2002/10
2002年(年降水量:1,359mm)
0 100 200 300 400 500
0 4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
2003/1 2003/4 2003/7 2003/10
2003年(年降水量:1,598mm)
100 200 300 400 500
4 8 12 16 20
日 降 水 量 (mm) 地
下 水 位 標 高 (T.P.m)
2004年(年降水量:1,831mm)
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
3.3 地下水水質の特徴
Q1,Q2, Q3,Q4
の水質をヘキサダイヤグラム上に示したものを図-3.7に,トリリニアダイヤグラム上にプロットしたものを図-3.8に示す.
図-3.7のヘキサダイヤグラムから,Q1と
Q2
においてQ2
がQ1
より溶存化学種濃度が 若干低いものの,両者は相似形を示している.Q3
はQ1, Q2
とNa+K
とMg
で異なった形 状を示している.また,Q4はQ1,Q2,Q3
と異なった形状であるが,Q1とQ3
のヘキサ ダイヤグラムを合わせた形状となっている.図-3.7 Q1,Q2,Q3,Q4 地点のヘキサダイヤグラム
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
次に,トリリニアダイヤグラムから,Q1,Q2,Q3,Q4ともに陰イオンはほぼ同一箇所 にプロットされたが,陽イオンにおいて違いがみられた.
これはヘキサダイヤグラムで示されたように
Q1,Q2,Q4
ではNa+K
濃度が高く,Q3,Q4
ではMg
濃度が高かったためである.以上,地下水水質結果より
Q1,Q2
はほぼ同一の水質,Q3,Q4はQ1,Q2
と異なって いるものの,Q4はQ1
とQ3
を合わせた水質を示していることから,アプライト岩脈が複 雑に発達した地質境界に沿って地下水が流れているものと推察される.図-3.8 Q1,Q2,Q3,Q4 地点のトリリニアダイヤグラム
Q1
Q2
Q3
Q4
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 4 節 電気探査調査による地下水賦存状況の推定
22)4.1 電気探査調査位置及び調査方法
図-3.9 に示す九州大学伊都キャンパス北東部地域を対象に,A-A’及び
B-B’測線にて
電気探査を行った(A-A’測線:600m,B-B’測線:400m).本研究では,比抵抗二次元探査の電極配置の一種である二極法(ポール・ポール配置)
を用いた.
本手法は,受信信号が大きく,同じ電極展開距離では他の電極配置より可探深度が大き く広範囲の測定が可能であり,遠電極設置後は移動電極が二つのため測定効率が高いなど の特徴がある.
図-3.9 電気探査調査測線
結晶片岩 N
九州大学伊都キャンパス 地層境界
大原川
0 500m
A
A ’
B
B ’ 結晶片岩
花崗岩
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
4.2 調査結果
本探査によって得られた比抵抗断面を図-3.10に示す.
A-A’測線では 0~140m
付近の区間において深度GL-15m
程度から深部へかけて550Ω
-m
以上の高比抵抗分布が確認できる.当区間は,地質図より花崗閃緑岩が分布しているこ とが確認されているが,比抵抗値は新鮮な花崗岩(数千Ω-m以上)ほど高くなく,亀裂や 風化が影響していると思われる.一方,140~280m 付近の区間では,低比抵抗層(100~350Ω-m)が分布している.この区間は地質図で示された花崗閃緑岩と結晶片岩の境界に相
当している.表層は伊都キャンパス建設造成面などの人工的な整地である.250~430m付 近の区間では,横長楕円形状の高比抵抗(350~650Ω-m)の分布が確認でき,結晶片岩の 一般的な値(200Ω-m 以上)を示している.なお,比抵抗値は楕円形状にプロットされて いるが,探査深度をより深く設定すれば岩盤の形状がある程度確認できると推測される.440~600m
区間では,表層に60Ω-m
以下の低比抵抗分布が確認できる.これは,保水・遮水機能を有する沖積粘性土層によるものと考えられる.また,当区間の北側には大原川 が流れており,伏流の可能性も示唆される.
図-3.10(a) 比抵抗断面(A-A’測線)
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
B-B’測線では全体に比抵抗値が小さく(400Ω-m
以下),花崗岩より結晶片岩の比抵抗が低いという一般特性を示している.その中で,およそ
140~210m
区間の深部に300~400
Ω-mの周囲に比べてやや高比抵抗の分布域が確認できる.これは近接する山体の弱風化~未風化岩盤の芯にあたり,測定範囲の条件から楕円形状にプロットされているが,
A
測線(0~140m,
250~430m)と同様に測線を起点側に若干延長し,探査深度をより深く設定すれ
ば深部へ向かって徐々に比抵抗値が上昇する現象が確認できると推測される.また,概ね300~終点 400m
付近の表層に見られる低比抵抗は,A
測線終点側と同様に沖積層の粘性土層と思われる.
図-3.10(b) 比抵抗断面(B-B’測線)
第3章 大原川周辺の地下水賦存状況の推定
第 5 節 結論
大原川源流部に湧出している幸の神湧水は,造成工事開始後,3 年程度までは,湧水量へ の影響は見られていない.また,幸の神湧水の水質は,アルカリ土類炭酸塩型に分類され,
一般的な浅層地下水の水質であることが分かった.
地層境界付近の地下水位の長期変動からは,
WL1
とWL21
の地下水位変動は似た傾向を 示しており,同じ水脈であると考えられたが,地質境界上にあるWL1
とW3
の間に地下水 位変動の類似性は見られなかった.地下水水質結果から,この地域の地下水は地質境界に沿った向きに流れがあることが示 唆された.
また,電気探査結果から,地質境界付近は低い比抵抗であることが確認でき,地下水が 賦存しやすい状況にあり,地質境界付近に地下水の流れがあることが推測された.
九州大学伊都キャンパス周辺は農業用水の逼迫した地域である.地元の貴重な農業用水 源である幸の神湧水をもつ大原川周辺の地下水位の長期変動の把握や地下水賦存量の定性 的評価は,今後の持続可能な水資源利用のための有用な知見であると考えられる.
第4章 地下水流動解析モデル
第 4 章 地下水流動解析モデル
第 1 節 諸論
第1章で述べたとおり,水循環系の健全化に対する取り組みが始められるようになって,
水循環系を解析対象とするモデルの構築が望まれるようになっている.また水循環系を考 える際に,地下水は,目視で確認することが困難であり,かつ滞留時間も一般的に非常に 長い.地下水流動については,特に精度のよいモデルの構築と,そのシミュレーションの 実施が,水循環メカニズムの現状把握及び将来予測には重要である.
本章では,九州大学伊都キャンパスを対象に構築した地下水流動モデルを用いて,地下 水流動とともに移動する粒子の軌跡を追跡することで,大原川の各区間の集水域及び集水 面積の推定を行った.
第4章 地下水流動解析モデル
第 2 節 地下水流動解析
23),24)2.1 基礎式
本章の解析に用いた地下水流動モデルの基礎式を以下に示す.
t y x EVT t
y x q
y y x x t y m Q x
y v b h x
u b h t
b n h
w
m m
m
f f
f f
f e
, , ,
, , ,
2
(4.1)
ここで,
n
e:有効空隙率,b
hf, :基準面から上方にとった淡水面,基盤面の高さ Qm
:
井戸の揚水量,(
xm,ym):
井戸の位置:デルタ関数
f f v
u , :地下水の水平方向流速成分,
qw:地下水への涵養量
EVT2:地下水面からの蒸発量 である.
第4章 地下水流動解析モデル
2.2 Lagrangian 粒子追跡の手順
堤ら 16)の既往研究の条件及び式
(4.1)
を用いて九州大学伊都キャンパス周辺を50m(x
軸方向
)×25m(y
軸方向)
に分割し,各格子点上における25
年間分(1979
年~2003
年)のダルシー流速を求め,有効間隙率で除し時系列毎の実流速を求めた.解析対象領域は,図-4.1 の オレンジ色の線に囲まれた領域である.
図-4.1 解析対象領域
第4章 地下水流動解析モデル
本研究では,地下水の大原川までの到達時間およびその移動経路を算定するために,各 格子点内に流れと共に移動する粒子を
4
つ配置した(Lagrange 粒子).粒子の初期配置を図 -4.2に示す.4つの格子点内の任意の点(x,y)における流速は以下の式で表される.
xy y
x v
xy y
x u
8 7
6 5
4 3
2
1
(4.2)
ここで,
α
1~α
4は係数である.また,4つの格子点における
x
軸方向の流速は以下のように表すことができる.y u
y x y
x u
x u
u
3 1
4
4 3
2 1
3
2 1
2
1 1
(4.3)
さらに式
(4.3)
より, α1~α4 を得ることができる.y x
u u u u
y u u
x u u u
4 2 3 4 1
1 3 4
1 2 2
1 1
(4.4)
式(4.4)を,粒子を囲んでいる
4
つの格子点上の流速を用いると以下のように表すことができ る.第4章 地下水流動解析モデル
4 } ) 3 (
) 2 (
) (
) 1 1 {(
p u p y x p x y u y x p u
p y x p y x
p u p y x p x y p y x y x y p x
U
(4.5)
次に,y軸方向に関しても同様に
Lagrange
粒子の流速を下記のように表すことができる.4 } ) 3 (
) 2 (
) (
) 1 1 {(
p v p y x p x y v y x p v
p y x p y x
p v p y x p x y p y x y x y p x
V
(4.6)
図-4.2 粒子の初期配置
第4章 地下水流動解析モデル
今回,式(4.1)に示した解析手法は一般的には
Euler
的手法と呼ばれ,地下水流速を時間と の関数として論じ,地下水の流れを全体的に概観する手法である.一方,Lagrangian
的手法 は,流体中のある粒子が時間とともにどう移動するかを論ずるもので,流体粒子の歴史を 軌跡するものである.式
(4.1)
の計算結果をもとに,図-4.2に示した格子点に25
年間分の地下水流速データが蓄積されている.この格子点の地下水流速から
Lagrangian
粒子追跡法によって格子点内に配 置した粒子の流速を式(4.5),(4.6)を用いて計算する.これにより個々の粒子の歴史を遡って
追跡することにより,25
年前にはどこに存在したかを明らかにすることで25
年間分の集水 域とした.粒子追跡の概念を図-4.3に示す.
下段に配置されていた粒子が,例えば 1 日前にはどこに存在していたかを追跡すること で,第 3 節に示すような粒子の軌跡を追跡することができる.
図-4.3 集水域推定に用いた粒子移動の概念
第4章 地下水流動解析モデル
第 3 節 地下水流動解析結果
第2節の考え方により,図-4.4に示すような大原川の各区間に流入する粒子の移動軌跡を 追跡した.
また,図-4.5は図-4.4をメッシュに分割した模式図である.図中の赤枠が各代表地点で あり,青枠は大原川を表すメッシュである.
計算時間ステップは1日とし,計算期間は25年とした.最初に,大原川を表すメッシュに 到達する粒子を特定し,それらの粒子の初期位置の最遠点を結び,大原川の25年間の集水 域の推定を行った.
図-4.4 集水域を推定した地点
幸の神湧水
S3
オコナ
神楽田 S6
0 300m
大原川
第4章 地下水流動解析モデル
図-4.5 対象地点メッシュ分割
(m) 4
3 5
1 7
8 9
10 11
12 13
14 15 21 22 23
16 19 20 24
17 18 25
26 27 28
29 30 31
32 0
(m) 1,400
200 400 600 800 1,000 1,200
200
400 2 6
S3 オコナ
神楽田
S6 幸の神湧水
第4章 地下水流動解析モデル
3.1 各区間の集水域の推定結果
3.1.1 幸の神湧水~S3 間
幸の神湧水~
S3
間に到達する粒子の移動軌跡を図-4.6(a)に,それらの粒子の初期配置を 図-4.7(a)に示す.図-4.6(a)における粒子線は,メッシュ番号1に到達する粒子は青,2に到達する粒子は黄 緑,3に到達する粒子は青(以降繰り返し)というように表記している.
また,図-4.7(a)において,同一色のメッシュは同一メッシュに到達する粒子の初期配置 を表現している.
同図より,幸の神湧水~
S3
区間では,左岸の集水域が右岸よりも広く,粒子の移動軌跡 も左岸側のほうが長い(左岸からの地下水の滞留時間が長い)ことがわかる.図-4.6(a) 幸の神湧水~S3 間に到達する全粒子の軌跡
1737.5 1937.5 2137.5 2337.5 2537.5
1518.8 1718.8 1918.8 2118.8 2318.8
0 200 400 600 800 (m)
800
600
200 400 (m)
幸の神湧水