『大盗ジョナサン・ワイルド傳』 の宗教性 ‑教誨 師の扱いをめぐって
著者 能口 盾彦
雑誌名 言語文化
巻 5
号 1
ページ 27‑49
発行年 2002‑08‑20
権利 同志社大学言語文化学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004380
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』の宗教性
―教誨師の扱いをめぐって
能 口 盾 彦
序
ワイルド (Jonathan Wild) はロンドンを中心とする大盗賊団の首領であっ た。1682年にイングランドはスタッフォード州に生まれ、17、8歳頃にロン ドンに上京し、留め金細工職人となる。その後当地でメアリ・ミリナーなる 女掏りと出会い、二人して売春宿を営むうちに次第に裏社会に通じるように なった。盗品故買にも手を染めたワイルドは、司直にも誼を通じ、「盗賊の 大捕方」(thieftaker General)として暗黒街を牛耳るに至った。さしも悪業、悪 運を誇るワイルドだったが、遂に司直の御縄を受け、ニューゲート刑務所に 収監された後、1725年5月24日にタイバーンでブランコ往生を遂げた。
この無法者を雛形とする『大盗ジョナサン・ワイルド傳』(The Life of Mr.
Jonathan Wild the Great) 執筆で、作者のフィールディング (Henry Fielding) の 狙いは一体何か。耳目を集めた盗賊とはいえ、一介の偸盗を主人公に据えた ことから、当時流行の怪盗一代記執筆一途にフィールディングが意欲を燃や し続けたのであろうか。そうした解釈に蓋然性を抱くむきもあろうが、ワイ ルド断罪と『大盗ジョナサン・ワイルド傳』発刊との時間的経緯を考察する と、論者は疑念を抱く。ワイルドの処刑直後から、他者による伝記発行が相 次いだことを考えれば、18年弱の歳月の経過は座視し難く、フィールディン グに明確な執筆意図が無くては説明がつかない。
ワイルドが刑場の露と消えた直後から、ワイルド伝が相次いで公表された。
小冊子の類から本格的な伝記の類まで千差万別だが、史実に忠実な伝記とし て抜きんじた存在がデフォー (Daniel Defoe) の『ジョナサン・ワイルド傳』
「言語文化」5-1:27−49ページ 2002.
同志社大学言語文化学会©能口盾彦
(True and Genuine Account of the Life and Actions of the late Jonathan Wild) であ ろう。1 一方、フィールディングの『大盗ジョナサン・ワイルド傳』は『雑 文集』(Miscellanies) に編纂され、1743年4月12日に発刊された。2 詩あり、
劇あり、小説ありの文字どおりの寄せ集め集全3巻中、同物語は第3巻全編 を占めている。第2巻の小説『あの世への旅』(A Journey from this World to the Next) と比べてユーモアに事欠くが、この模擬英雄伝が笑劇へと転化する アイロニーに、スウィフト(Jonathan Swift)はさて置き、無視しがたい評価を 得ている。3
この種の一代記とは、読者の興奮が冷め遣らぬ間に刷られる瓦版如き類で ある。ところがフィールディングの作品は前段にも示したように、ワイルド の処刑直後に日の目を見た訳ではなかった。1725年5月にワイルドが刑場の 露と消えるも、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』が刊行されたのは1743年の 春である事実が厳然として存在する。好奇心旺盛なフィールディングのこと、
ワイルド処刑の報に並々ならぬ関心を寄せたものと推測される。4 才筆の持 ち主たるフィールディングであれば、ワイルド傳の草稿を即刻認めたとして も不思議ではない。だがいかんせん、知己も無き母方の祖母宅での居候の身 分では、出版の機会が得られる筈も無かった。
それではフィールディングは何を目論んだのであろうか。そこには小説家 としての自負心や社会諷刺の一端としてだけでは説明し尽くされぬ意趣が込 められているのではなかろうか。刑場に引かれた罪人を、物見高い数多の見 物人が取り囲むタイバーンの様子はホガースの絵が示す通りだが、5 単なる 物盗りや冷酷無比な殺戮者ではフィールディングの間尺に合わない。極悪非 道の殺人者では読者の全面的な共感を得るのは至難の業であろう。極悪人の 処刑直後に逸話の類を掲載した小冊子が乱立し得たのは、読者の低俗な好奇 心に訴えたが為であって、それらが標榜する読者啓蒙、道徳教化に世人が心 酔した謂れで無い事は断わるまでもない。ピカロ小説の土壌をなすイギリス の読者といえども、単なるアウト・ローの非道な犯行の連続では、彼らの共 感を得るのは難しかろう。まして予約講読者を募っての出版である。6 一方、
脱獄で名を馳せたシェパード (Jack Shepard) 如き怪盗も、これまたフィール ディングの関心を繋ぎ止めることは難しい。デフォーはシェパードの伝記執
筆にも手を染めたが、7 フィールディングにとって、個人的手腕、技能に依 存する単独犯は魅力に欠け、小者では悪の権化とはなり得ない。ワイルドの 神髄は殺人に関与すること無く、法律の網の目を潜り抜けては手下を操り、
金銭を掠め取る業にある。狡猾な彼の犯行は容易に捕捉されず、実態解明に 至らない。故買商としてのワイルドの行為に胡散臭さを感じつつも、謝辞の 念を呈する顧客も少なくなかったと言う。反社会的行為にもかかわらず、必 要悪として存続する あこぎさ がワイルドには不可欠で、実態を暴き、彼 に天誅を下すことこそ、フィールディングの真意ではなかったか。その為に は泥棒や恐喝男では勤まり得ず、無情で沈着冷静な冷血漢とは一線を画す。
人を殺めず、自らの手を決して汚さぬワイルドの罪状が、フィールディング の興味を呼んだのであろう。故買商に勤しむ傍ら、窃盗団の首領かつ配下の 者が脅える盗賊の捕手役を任じるワイルドこそ、フィールディングの創作意 図に適う人物であった。
フィールディングが描出するワイルドの行為に芝居受けする面が見られな くもないが、如何にも人間的所作に満ちている。『大盗ジョナサン・ワイル ド傳』第4巻第4章で明らかにされる、ワイルドの動揺振りがその典例だろ う。ニューゲイトに収容されたワイルドは、典獄の口から、自ら陥れた幼友 達のハートフリーが数日中にも処刑されると聞き、顔から血の気が失せる。
前日にはハートフリーの許から子供達が泣きながら退去させられる子細を見 て、少なからず心を動かされたワイルドの姿を読者は知る。フィールディン グはそこに何らかの力の介在を示唆する。さらに『ジョナサン・ワイルド傳』
第4巻第14章で、教誨師から夕べは良く眠れたかと尋ねられたワイルドは、
“D––N’Dill, Sir. I dreamt so confoundedly of hanging, that it disturbed my Sleep.”8 と告白する。こうした冷徹さに徹しきれぬワイルドの甘さと、暗黒街と官憲 と市民社会を繋ぐフィクサーとしての役回りをフィールディングはワイルド に課している。
―Ⅰ―
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』が悪党一代記故に、神或いは神的存在と 全く無縁と定めることは出来ない。運命の女神である“Fortune”(186) がワイ
ルドを、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第15章で処断するが、神的 存在が仰々しく語られるのも、18世紀小説の因果応報、勧善懲悪をモティー フとする物語の特徴と言えよう。洋上追放処分を受けたワイルドが自暴自棄 の挙句、入水自殺を試みるが未遂に終わるのも、偉大な慈母たる自然、或い は女神の如き大いなる自然たる“the Great Alma Mater Nature” (87) の働きかけ の御蔭である。こうした事例は主人公だけに止まらない。ワイルドに騙され て洋上の人となったハートフリー夫人は激しい嵐に翻弄されると、全知全能 の神である“the Almighty’s Favour” (79) に祈りを捧げる。そこに特定の宗派、
守護神が介在するのではなく、普遍的な神が彼等の命運を司るとフィールデ ィングは定めるのである。
神と現実世界の相克を思わせる物語の展開だが、フィールディングが描く ワイルドを取り巻く作中人物で特に重要な役割を演ずるのは、彼の妻となる リティシア・スナップ嬢 (Laetitia Snap)、ワイルドの賭博仲間の伯爵 (Count La Ruse)、手下のファイアブラッド (Fireblood)、幼なじみのハートフリー (Heartfree) とその妻、並びに手代のフレンドリー (Friendly) 等の名が挙げら れよう。マイナーな役回りから、従来殆ど顧みられることが無かった教誨師 (the Ordinary of Newgate) に論者が着目するのも、同師の言動に作者の意が少 なからず込められていると考えたからである。英国における教誨師とは、
OEDの説明にもあるように、ニューゲート等の獄内にある重刑犯に死への 心構えを説き、徳性を育成する宗教教育活動を実践する牧師である。本論の 論拠は、ワイルドと教誨師の出会いはそれまでの伝記では殆ど無視され、両 者の出会いを重視したのはフィールディングの創案という事実に則ってい る。9 ニューゲート内での教誨師との接見は、処刑を前にした囚人全てに与 えられた権利だが、実際には便宜的かつ形式的に執り行なわれてきた。デフ ォーその他の作品でも処刑囚と教誨師の対面は半ばセレモニー化されてい る。ところが『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第14章におけるワイル ドと教誨師との会話から、両者に意志の疎通らしきものが読み取れ、ワイル ドの揺れ動く心理状態を読者は窺い知る事が出来る。そこに作者はリアルな 効果を期待している。極悪人と比べて、ワイルドには救いが在ると教誨師は 説く。
It is true, you are a Sinner; but your Crimes are not of the blackest Dye: You are no Murtherer, nor guilty of Sacrilege. (183)
ワイルドを無神論者 (an Atheist) (182) とし、飲酒を共にせずとした教誨師で はあるが、殺人や神聖冒涜罪(教会などの聖所侵入、聖物窃取等の罪)の罪 を犯さぬワイルドには救いがあると諭す。貴方の教えを信じたら、絶望に脅 えて死ぬ事になるとのワイルドの弁に、“DESPAIRis sinful.”(181)と教誨師に 返答させる事から、フィールディングは教誨師の存在全てを否定している訳 ではない。ワイルドの居眠りに気付く事無く、自己陶酔に耽るかの如くに説 教を語り、心的交流がはかられたと錯覚する教誨師の愚鈍さ、浅薄さが露呈 し、そこに教誨師批判が込められていると解釈するのが至当ではないか。
史実によると、ワイルドと実際に接見した教誨師は1710年から1727年まで その任に当たったパーニィ(Thomas Purney) と考えられている。前任者のロ レイン(Paul Lorrain<1700-19>)及び後任者のガシュリ (James Guthrie<1727- 46>) 同様、パーニィもワイルドと前後して処刑された犯罪者達の最期をThe Behaviour Confession and last dying Speechesと題して刊行している(135 n.)。
そうしたことから、フィールディングが『大盗ジョナサン・ワイルド傳』執 筆に際し、パーニィの小冊子に目を通したことはほぼ間違いない。
次に18世紀前半の英国の出版事情を考えてみたい。読者は『ジョウゼフ・
アンドリューズ』(Joseph Andrews)で説教集出版を目論んでロンドン上京の 途、原稿不携帯に気付くアダムズ牧師の失態を思い起こすであろう。さらに 同物語に“I (the surgeon) used to read one Tillotson’s Sermons”10とあるが、ティ ロットソンとはカンタベリー大主教 (1691-94) を勤め、ドライデン等の称賛 を得た説教師 John Tillotson (1630-94) その人で、同師の説教集が広く刊行さ れている事が窺われる。当時の説教集印刷ブームと同列に扱われぬが、門前 市をなすタイバーン処刑場周辺の有り様から、教誨師が執筆意欲を燃やした としても可笑しくない。死刑囚との得難き遣り取りを歴代の教誨師達は小冊 子に纏め上げては、役得を享受したらしい。そうした出版物から垣間見られ る教誨師達の資質は単に説教の不備に止まらず、精神的支援を担う重責感の 喪失が顕著で、フィールディングは義憤を禁じ得なかった様である。それが ワイルドの反応に具に集約されていると推断しても良いだろう。
教誨師の訓戒を否定するかの如き行動を、作者はワイルドにとらせている。
即ち、“FAITH, Doctor, I remember very little of your Inferences; for I fell asleep soon after your naming your Text:” (179)という件がそうである。ワイルドが居 眠りを決め込むのは、教誨師達の説教、訓戒が適正さを欠き、場当たり的で あるとするフィールディングの批判精神の反映で、教誨師達への不信の念が 込められている。資質に欠けた聖職者達が教誨師の地位を得て、魂の救済と 称する教誨とは名ばかりの説教をなすが、御粗末極まりない。得難き立場を 捉えて、世人の好奇心を満たすべく、執筆活動に勤しむ不埒な輩の存在がフ ィールディングは我慢ならなかった。作品末に登場するのも一代記の末路を 飾る役目柄ゆえで、マイナーな人物として固有の姓名が無いのは当然だろう。
だが同じマイナーな人物でも、ワイルドの懐中物をする女擦りには、ストラ ドル嬢 (Straddle) と名が付されている。同じ脇役とはいえ、総称としての教 誨師に意が込められ、教誨師全体への言及が意図されている。特定されれば 興味は半減、不特定の教誨師として描出されるところが味噌である。現代な らともかく、当時の読者には教誨師を特定する事は可能で、彼の説教振りが 想像され得たのではなかろうか。小冊子等から教誨師の素養が測られ、聖書 を引いて教誨と称するが、魂が込められずとフィールディングは断定する。
―Ⅱ―
ワイルドを悔い改めさせようと、教誨師が先ず引くのは、『新約聖書』「マ タイによる福音書」25章41節、 罪をなす者は、悪魔とその使徒に用意され た永遠の火に入らん を拠とする、“Those who do Evil shall go into everlasting Fire, prepared for the Devil and his Angels,” (178)の一節である。これに対して、
眠りこけて全く覚えが無いとワイルドは返答するが、これは教誨師に聞く耳 持たぬとの意志表明に他ならない。聞く者の心を打つ説教とは程遠く、聖句 が空ろに響くばかりで、教誨の意をなさぬが故の顛末と作者は記す。教誨師 の言葉が紛れも無く実効的であれば、ワイルドを眠りに誘うことは有り得な い筈である。さらに教誨師は聖書を言い換えて、“Ear hath not heard, nor can
Heart conceive.” (179) と説くが、この一節は『新約聖書』「コリント人への第
一の手紙」2章9節、 目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮か
びもしなかった事を、神は、御自分を愛する者達のために備えられた (Eye hath not seen, nor ear heard, neither have entered into the heart of man, the things which God hath prepared for them that love him) を典拠とする。口先で聖書を操 る衒学者の極みと、フィールディングは揶揄する。教誨師の無能さが示唆さ れるのは、魂の救いを求めるワイルドへの説教に集約される。 ギリシャ人 には愚説 (To the Greeks FOOLISHNESS) (184)と教誨師が述べる件は、『新約聖 書』「コリント人への第一の手紙」1章22-3節の “Seeing that Jews ask for signs, and Greeks seeks after wisdom: but we preach Christ crucified, unto Jews a stumblingblock, and unto Gentiles foolishness;” に由来し、聞き手のワイルドの 反応を一切無視して長々と語る教誨師の姿に、独善性、教条主義が象徴され るのではないか。ギリシャ哲学の弊害をあげつらう同師の教誨行為はパンチ 酒が持ち込まれて中断されるが、1754年の改訂版では、11 熟睡していたワ イルドがこれを契機に目覚めるという、アイロニー極まりない設定で幕引き となる。説教が突然中止される理由として、“Nor could we obtain of Mr. Wild any further Account of the Conversation which past at this Interview.” (185)とする 古典的手法の踏襲が指摘されるが、説教の無益さ、罪人の魂の救済に力及ば ぬ教誨師の力量の無さが見事に表象されている。
教誨師の無学さはキケロがTully (179)と同一人物とは知らず、全く別人と する彼の認識の程に象徴される。同師の判断能力の欠如、狭量さは単にワイ ルドとの係わりだけではない。ニューゲイトに収容されたハートフリーの言 動から、“he was a cursed Rogue, but no Conjurer” (135)と評価するのは他なら ぬ教誨師である。ワイルドと接見する教誨師と同一人物であるかここでは定 かでないが、教誨師の判断であることには間違いない。ワイルドは事あるご とに、教誨師を“Doctor” (179, 182, 183)と連呼する。教会関係者の呼称とし て登用される ドクター とは、初期キリスト教の学徳の高い聖父、教師等 の称号である “Doctor of the Church” に代表される権威者を指し、“a learned
divine” の意であろう。しかしながらワイルドの連呼には、明らかに軽侮の
意が込められている。教誨師の訓示が始まれば忽ち居眠りを始め、目覚める と ドクター を連発するワイルドに、教誨師への尊敬の念は微塵も感じら れない。『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第1章で教誨師自身が“The
Ordinary himself, a very sagacious as well as worthy Person” (135) として紹介さ れるが、たちまち嘲弄の辞であることが明白となる。
That he[Heartfree] believed a sincere Turk would be saved. To this the good Man, with becoming Zeal and Indignation, answered, I know not what may become of a sincere Turk, but if this be your Persuasion, I pronounce it impossible you should be saved. No, Sir, so far from a sincere Turk's being within the Pale of Salvation, neither will any sincere Presbyterian, Anabaptist, nor Quaker whatever, he saved. But neither did the one nor the other Part of this Character prevail on Friendly to abandon his old Master…(136)
即ち、誠実であればトルコ人でも救われるとのハートフリーの言葉を捉えた 教誨師の偏狭さは、ハートフリーの忠実な僕、フレンドリーとも好対照を成 している。異邦人と同列に扱われる長老派、非洗礼派、クェイカー派の各会 派は、18世紀前半にも英国国教会とは宗教論争を繰り返していた史実がある。
従って、英国国教会広教会派を信奉するフィールディングが自作で嘲弄の対 象として例を引くのも首肯できる。12
―Ⅲ―
教誨師の任命権はロンドン市評議会 (the Court of Aldermen of the City of London) にあったが、13 英国国教会の意向も無視出来なかったものと推測さ れる。人選を巡って物言うのは矢張り人脈で、聖職界も例外ではなかったよ うだ。但し、教誨師の職官は決して高くない。この辺りをフィールディング はワイルドと教誨師の語らいの中で明らかにしている。
. . .if Men were preferred in the Church by Merit only, would have long since been a Bishop. Indeed, it might raise any good Man’s Indignation to observe one of your vast Learning and Abilities obliged to exert them in so low a Sphere, when so many of your Inferiors wallow in Wealth and
Preferment. (182)
資質を欠く教誨師本人に、世渡りさえ上手ければ高位に就けたお方だろうに と慰藉するワイルドの言葉は意味深い。これに対し、出世し得た筈だが、お 陰で 忍耐と諦観 (Patience and Resignation) (183) を学んだと教誨師は答え る。教誨の対象たる処刑を間近に控えた者から、逆に教誨師が自らの浮世の 世渡り下手を慰められる逆転に、アイロニーが込められている。否、教誨師 に就き得た事さえ幸運でありながら、自己の無能を恥じること無く、責任を 他に転嫁する教誨師の厚顔無恥さが揶揄されているとも解釈可能だ。それは 職務にそぐわぬ聖職者の任用が如何にまかり通っている現況への、フィール ディングの警鐘と考えるのが道理であろう。
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』のタイトルに示される如く、ワイルドの 偉大さ が友人ハートフリーに象徴される 善良さ (goodness) と共に擬 人化され、二人の顛末に作者の意向が反映されている。フィールディングは これまでにも偉大さや善良さの定義を試みてきた。例えば、パトロンである ドディントン (George Dodington) には『真の偉大さについて』(Of True Greatness)と題する詩を献じ、その中で人間の偉大さの精髄は高位高官や 征服者の名声に相伴するのではなく、当の人物の職種や地位に関わらず、
高貴な精神 (the noble Mind) に宿ると説く。14 フィールディングは自ら主 宰する『チャンピオン紙』(1739年11月から1741年6月まで係わった週3回 発行の新聞の類)においても、 人間の真の偉大さは偉人の名声に宿らず、
崇高な精神にある と結んでいる。『大盗ジョナサン・ワイルド傳』ではワ イルドの 偉大さ が友人ハートフリーに象徴される 善良さ (goodness) と共に擬人化され、二人の顛末に作者の意向が反映される。ワイルドは暗黒 街のボスで、巧みに蓄財する狡猾さに 偉大さ (greatness)が要約されてい ると言えよう。ラインハート (Hollis Rinehart) が指摘する様に、“Great man”
とは当時の支配者階級のメンバーを指す場合に広く用いられた用語である。15 だが現実世界ではフィールディングが定義するような人物は希有な存在で、
支配階級のメンバーを示す為に広く用いられた用語として“Great Man”が意 味を持つ。16
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第15章には死の恐怖を克服するワ イルドの姿、“FROM the Time he gave over all Hopes of Life, his Conduct was
truly GREATand Admirable.”(186)が見られる。死を恐れぬ境地に達したワ
イルドの変貌に対し、積極的貢献とは言えないまでも、教誨師の存在が無縁 とは言い切れないのではないか。この解釈が可能なのは、ワイルドの変身が 余りにも唐突で不自然と考えられるからだ。上記の例文から、ワイルドが生 の望みを断念した時点より、其の名に相応しい偉大な存在と化したとあるが、
その経緯がいささか説得力に欠けるきらいがある。『大盗ジョナサン・ワイ ルド傳』第4巻第1章ではロンドンの中央刑事裁判所(the Old Baily) (137)内 で、手下のブルースキンにナイフで切り付けられるワイルドだったが、持ち 前の頑健さで回復を果たす。ニューゲイトに収監されるや、新天地でワイル ドは忽ち頭角を現し、頭目のロジャー・ジョンソンと張り合い、遂には彼を 追い落として獄内の領袖の地位に就く。意気軒昂なワイルドは生気溢れ、死 の恐れにたじろぐ素振りは全く見られない。一方、『大盗ジョナサン・ワイ ルド傳』第4巻第2章で擦りの容疑で収監された妻リティシアの来訪を受け たワイルドは、自己の状況を認識させられるのも事実である。妻の言葉
“There goes she whose Husband was hanged:” (142) から自らの命運をワイルド は察知させられる。しかしながら、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻 第11章で、ファイアブラッドと妻の不倫現場に遭遇したワイルドの憤怒の声 は獄中の者を恐れ戦かせ、余りの喧騒にハートフリー夫人の脱線話が中断さ れるほどである。決別はしたものの、妻の不貞に怒り心頭、打ち震えるワイ ルドの姿から、現世への未練在りと解釈可能ではないか。生への固執があれ ばこそ、執着心が一層募り、死の恐怖がいやがうえにも増すのである。物語 の構成はハートフリー夫人の話が再開され、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』
第4巻第14章のワイルドと教誨師の会見へと展開する。ワイルドが不眠を教 誨師に訴えるのも、死の恐怖の成せる業である。教誨師の説教が不眠症のワ イルドを眠りに就かせる作者の帰納法に、痛烈なアイロニーが込められてい る。ところがフィールディングの意図とは別に、不安な情緒障害を抱えるワ イルドが安堵を覚えるのは、皮肉な事には教誨師の面前となりはしないか。
即ち、教誨師と愚にもつかない言葉の遣り取りから、自らの処遇を改めて再
確認させられたワイルドであればこそ、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第 4巻第15章の 彼が生の望みをすっかり断念した時、彼の行動は真に偉大で あり称賛すべきものであった (FROMthe Time he gave over all Hopes of Life, his Conduct was truly GREATand Admirable.) (186)、 に示される如きの達観の 域に達し得るのである。こうした心境変化と相矛盾するかのワイルドの自殺 未遂事件が処刑前夜に生じるが、これはあくまで史実挿入をはかる作者の意 向が強く働いている。アヘンチンキ (Laudanum) の服用は実在のワイルドに よる自棄的行為に裏打ちされ、処刑を泰然と受け入れるだけの剛毅を欠いた 一偸盗の実態を示唆する例に過ぎないのではないか。フィールディングが描 くワイルドとは一線を違えている。
And whether she (Fortune) hath determined you shall be hanged or be a Prime Minister, it is in either Case lost Labour to resist. Laudanum, therefore, being unable to stop the Breath of our Hero, . . .he was at the usual Hour attended by the proper Gentlemen appointed for that Purpose, . . .On this Occasion he exerted that GREATNESS of Courage, which hath been so much celebrated in other Heroes; (187)
ワイルドの生死を司る運命の女神の定めにより、現実世界に引き戻されたワ イルドは再び偉大さを取り戻す。この推移こそ、史実とフィクションの狭間 の解消を図るフィールディングの解決方法で、神と称される運命の女神が今 回も介在するのである。こうした経緯を考察すると、教誨師こそワイルドが 新境地を極めるに貢献した唯一の人物と定められなくもない。少なくともそ うした機会を与える現世の人物として介在する。 作者はこれまでも主人公 の変身を神の成せる業としてきたが、今回も以下の如き解決法を読者に示す。
. . .when Fortune, like a lazy Poet, winds up her Catastrophe aukwardly, . . . But she [Fortune] was resolved to commit no such Error in this Instance. . . FROMthe Time he gave over all Hopes of Life, . . (186)
従前通り、 運命の女神 の裁量により死の宣告が下されたと作者は結論づ けるのだが、その役を担うのは、その任に在らずと揶揄され続けた教誨師で あろう。従って、彼の存在こそ、ワイルドの化身に逆に大いに係わることに なるのではないか。
―Ⅳ―
ワイルドと教誨師の語らい全てが収録されていないのも、如何にも作為的 である。ワイルド夫妻や他の人物の会話が逐一記されているのに反し、ワイ ルドと教誨師の遣り取りのみが欠損扱いなのが目を引く。原文注“This Part was so blotted that it was illegible.” (179) とあるように、キーワードが意図的に 挿入され、会話の展開に辻褄が整えられるが、星印が3頁に渡って断続的に 点在する。汚損の為に判読不可との処置が、物語に一層の信憑性を生む。
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第14章末で教誨師の説教はパンチ酒 がもたらされることで中断されるが、続編は“Nor could we obtain of Mr. Wild any further Account of the Conversation which past at this Interview.” (185) として 幕が引かれる。破損が甚だしいとの説明から、読者に迫真性を募らせるかも しれぬが、二人の遣り取りを記した文書の入手ルートが明らかにされていな いのは不備と申せよう。
『雑文集』の第2巻に収められている『あの世への旅』では、文具店に置 き忘れられた古い原稿を作者が見出し、友人のアダムズ牧師の点検を受けて 漸く日の目を見たという。『あの世への旅』第2部はユリアヌスの流転に満 ちた遍歴話から構成されている。次いで意図的な欠落部があり、直後の一章、
同物語の第3部となる第19巻第7章が挿入される。同章を占めるのはアン・
ブリンの身の上話で、次章に展開する事無く、急転直下、物語は終末を迎え る。欠落部が生じる原因は文具商が包み紙として使用した為とか。こうした 欠落や脱稿、伏せ字といった植字作為は18世紀当時の物語ではしばしば用い られた手法である。その典型がスターン (Laurence Sterne) の『トリストラ ム・シャンディ』(Tristram Shandy)であろう。大理石模様や渦巻き模様、黒 塗りの頁等に活版術が駆使される同作品には、ダッシュや星印が効果的に挿 入されている。『トリストラム・シャンディ』第5巻第1章や同巻第32章等、
意味深な場面の随所に星印が散りばめられている。それが読者の連想、想像 力を駆り立てることを作者が認識しているからだ。
ところが、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』ではフィールディングは星印 の効用を違えている。スターンの意図とは異なり、キーワードを星印で隠蔽 すること無く、前後を削除する事によって論題を明確となす。関連する語句 を列記する事により、ワイルドと教誨師の会話が途絶えることは無い。星印 の部分が文字化されなくとも、作者と読者の意志の疎通がはかられ、『トリ ストラム・シャンディ』とは趣の違った星印の効果がそこにある。フィール ディングによる星印の運用を読者は探る必要は無いかもしれない。だが文字 化する事によって、二人の会話が緊張を呼び、無用な軋轢も生じかねない。
特に宗教の扱いにおいてはなお更である。『大盗ジョナサン・ワイルド傳』
第4巻第14章で教誨師が信仰を持たぬ者の末路をワイルドに説く場面で、星 印は実に効果的である。
*are**Atheist.***Deist****Ari****cinian**hanged**burnt*roiled*oasted.
******** Dev***his An*******ell Fire*****ternal Da**tion. (180)
教誨師の切れ切れの言及に、ワイルドは脅して狂わせようとされる云々と反 論するが、全てを記すこと無く、全貌を暗示する方が遥かに効果的となる一 例である。陳述に際して星印を使用しないと、作者の姿勢が問われる恐れ、
例えば、作者の宗教認識が読者の反発を呼ぶ恐れも無きにしも在らず。星印 を配することによって、曖昧だが全体の意向を伝えることに、フィールディ ングは成功していると言えよう。
―Ⅴ―
ニューゲイトの歴代の教誨師は英国国教会が推挙する牧師である。その事 は『大盗ジョナサン・ワイルド傳』第4巻第14章で本来なら主教にも云々と して、教誨師の不運な処遇にワイルドが同情の念を表明している事からも推 断できる。さらにはハートフリーとの面談から、同師が国教会派遣牧師であ ることが明白となる。
. . .Heartfree one day disclosed in Conversation, and which we, who are truly Orthodox, will not pretend to justify, viz. That he believed a sincere Turk would be saved. To this the good Man, with becoming Zeal and Indignation, answered, . . . neither will any sincere Presbyterian, Anabaptist, nor Quaker whatever, be saved. (136)
文中の“the good Man” は教誨師を指し、長老派や非洗礼派、クエイカー各派
を異端のトルコ人と同列に処することから、同師が属した英国国教会高教会 派の対外姿勢が反映されている。この箇所は『ジョウゼフ・アンドリューズ』
第1巻第17章でのアダムズ牧師の台詞、“that a virtuous and good Turk, or Heathen, are more acceptable in the sight of their Creator, than a vicious and wicked Christian, tho’ his Faith was as perfectly Orthodox as St. Paul’s himself.”17と符合 する。ホードリの説教集(Bishop Hoadly’s sermon “The Good Samaritan”) (136 n.) をフィールディングは典拠となす、とのバテスティン (Martin Battestin) の指摘は示唆に富む。ホードリ (Benjamin Hoadly) とは本論1章で言及した ティロットソン同様、当代屈指の敬虔な神学者で英国国教会広教会派の人 (Latitudinarian) であった。ポウプ (Alexander Pope) やスウィフト等に嘲笑さ れたが、ソールズベリーやウィンチェスターの主教を歴任した。『トム・ジ ョウンズ』第2巻第7章にあって、“a Hoadley, or to some other of great Reputation in the Science”18と記されていることから、フィールディングのホ ードリ師評価の程が分かろう。
ワイルドと教誨師の対話で宗旨が問題となる箇所がある。懺悔と恩顧に希 望を寄せ、絶望に陥ること無く希望を捨てぬようにと訓戒する教誨師に、先 生 (doctor) は上手いこと仰しゃる、まあ葡萄酒を一本やりましょうとワイル ドは申し出る。これに対し、教誨師は“I will drink no Wine with an Atheist.”
(182) と答えてその申し出を断わるが、ワイルドのさらなる誘いに、“let us
have a Bowl of Punch; a Liquor I the rather prefer, as it is no where spoken against in Scripture, and as it is more wholsome for the Gravel; a Distemper with which I am grievously afflicted.” (183)と応諾する。無神論者とは酒席につかないと言
い張るが、パンチ酒なら聖書の教えにそむかず、自らの健康にも良いと返答 する教誨師の無節操振りが際立つ。19 自己の体質に合致すると教誨師は自 己弁護に終始し、ワイルドの誘いを拒む様子は窺えない。異端者として、教 誨師の攻撃の矢面に立つのは前章にも示した如く、無神論者や理神論者であ る。フィールディングの時代にあって、英国国教会高教会派の聖職者が無神 論者や理神論者を執拗に攻撃・批判した事実から (180 n.)、教誨師は高教会 派の牧師と推定して間違いなかろう。
断わるまでもなく、フィールディングは英国国教会広教会派 (Low Church) に帰依している。20 いわゆる“Latitudinarian” と呼ばれる宗教人を、フィー ルディングが自己の宗旨に照らして、重視するのも当然であろう。既出のホ ードリ、ティロットソンに加え、バロウ (Issac Barrow) やクラーク (Samuel Clarke) 等の広教会派の高位聖職者や学者を、フィールディングは高く評価 している。バロウはかのニュートンの師で、数学者であると同時に説教者と して評判は高い。フィールディングが主宰した『コヴェント・ガーデン紙』
の1752年3月24日号では“the excellent and truly learned Dr. Barrow”21として紙 面を飾っている。またクラークは神学者かつ哲学者として高名で、『アミー リア』(Amelia)第1巻第3章には“as Dr. Clarke observes”22として、作者の同 師への心服の程を偲ばせる記述を見出せる。
英国国教会高教会派の権化として、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』に描 出されるのが教誨師である。無神論者のワイルドと掛け合い漫才よろしく言 葉を交わす教誨師だが、聖句や罪、煉獄と言葉を弄す同師の所業に魂の欠如、
欠損は否めない。魂の救いこそ教誨師に求められるのだが、同師の偏狭さは 高教会派の教義の硬直さを示唆する。ワインを巡る二人の遣り取りから、罪 人と杯を交わして治してやるのが教誨師の勤めではないかとのワイルドの弁 に、出来ぬから悪魔に委ねるのだと教誨師は即答する。職責放棄ととられ兼 ねない教誨師のこの言葉に、ワイルドは“You are more unmerciful to me than the Judge, Doctor. He recommended my Soul to Heaven; and it is your Office to shew me the Way thither.” (182)と反論する。これに対し、教誨師は“No: The Gates are barred against all Revilers of the Clergy.” (182) と反駁する始末で、無 慈悲なことこの上ない。詭弁と教条主義の権化としての教誨師の姿が露呈さ
れるのである。囚人に現世と来世の運命を語る問答に、教誨師個人に止まら ず、教誨制度その物への批判が込められていよう。そうした視点から、教誨 師が最期の祈りを唱える最中に、ワイルドは冥途の土産とばかり、教誨師の ポケットからコルク抜きを盗み去る場面は着目に値する。
. . .in our Hero to his last Moment, which was, that whilst the Ordinary was busy in his Ejaculations, Wild, in the midst of the Shower of Stones, &c.
which played upon him, applied his Hands to the Parson’s Pocket, and emptied it of his Bottle-Screw, which he carried out of the World in his Hand. (188)
ワイルドのこの行為が果たして偉大に相応しいかは別として、冥途の土産作 りを盗人の悲しき性と解釈すべきでない。バレスクの手法と解釈する事も可 能だろう。クロスは次のように解釈する。
Barring a few misadventures and an unhappy marriage, Jonathan Wild’s career was one long triumph from the first pocket that he picked down to the last when he relieved the Ordinary of a concealed corkscrew. There was no flinching; he met his fate with the careless fortitude of the martyrs, certain that he would soon be among the ancient heroes, with Caesar and Alexander of Macedon.23
論者はコルク抜きの場面での用語法や状況設定に注目したい。教誨師がいそ
しむ “ejaculations” とは、カトリック教会での「射祷」を意味するが、矢継
ぎ早に聖句を口にする教誨師の忘我の境地を暗示する。我を忘れた同師が 常々隠し持っていたコルク抜きをワイルドは失敬する。そこにはワインを痛 飲する教誨師の実態が晒されるわけだ。ニューゲートの教誨師達の泥酔振り は衆知の事実で、『モル・フランダーズ』(Moll Flanders) にも、朝には囚人 に罪の告白を説きながら、昼にはブランディーで酔っ払う教誨師の実態が記 されている。24 ワインは飲まないとする教誨師の信条に反する事は申すま でも無く、仮面を剥ぎ取るフィールディングお得意の場面である。
―結―
ワイルド処刑直後ならいざ知らず、既存のワイルド伝をフィールディング が踏襲するには余りにも時が経過していた。『雑文集』の序文で、『大盗ジョ ナサン・ワイルド傳』を史実に忠実な伝記とする意図はない、25 と明言し たフィールディングは、ワイルドへの人々の関心が希薄となる中、犯罪史を 踏まえつつ、ハートフリーを含む創作部を書き加え、『大盗ジョナサン・ワ イルド傳』を発行したのは1743年4月のことであった。その結果、デフォー を始めとする既成のワイルド像とは異なる、人情味溢れた人物像形成がはか られた。と同時に、怪盗一代記の形式を踏まえつつ、フィールディングが敢 えて創作人物の一人として、ニューゲートの教誨師を登場させた事は、教誨 制度への問題惹起の意が込められているのではなかろうか。
その最たる理由は、教誨師がワイルドは無論のこと、ハートフリーとも接 見している点が肝要である。前者の最期を看取り、粗略だが後者の人物評を 下す役割を教誨師は演じている。『大盗ジョナサン・ワイルド傳』で教誨師 以外に二人と相前後して接見する作中人物を他に見出せない。教誨師とワイ ルドを従来の枠組みを外して対面させる便法に、論者は作者の意図をみたい。
教誨師の処遇に関し、本論3章末に提示した作者の目算外れが生じるが、ワ イルドやハートフリーとの対話から教誨師の偏狭な宗派性が示唆され、フィ ールディングは自己の広教会主義と拮抗させている。ワイルドとの遣り取り から、教誨師に集約される独善性、欺瞞、偽善、教条至上主義、偏狭さ、便 宜主義等から、当代の下層牧師の堕落した実態が巧みに描出されている。そ こには『ジョウゼフ・アンドリューズ』のトラリバー牧師やバーナバス牧師、
『トム・ジョウンズ』のスワッカム等に通じる悪徳僧、破戒僧の原型がある。
『大盗ジョナサン・ワイルド傳』にあって、教誨師は巻末の僅か数章にしか 登場せず、見過ごすされてしまう存在だが、同作品にあって、教誨師こそ英 国国教会高教会聖職者の権化として描出されているのである。
注
1 Wilbur Cross, The History of Henry Fielding (New York: Russell & Russell, 1963) 1:
415; P. N. Furbank & W.R. Owens, Defoe De-Attributions (London: The Hambledon Press, 1994), 136-9; John Moore, Daniel Defoe (Chicago: Univ. of Chicago Press, 1958), 269, 323; Paul Dottin, The Life and Strange and Surprising Adventures of Daniel Defoe, trans. Louise Ragan (New York: Octagon Books, 1971), 238.
2 政治諷刺でやり玉に挙がったウォルポール (Robert Walpole) は1742年1月の選挙 の敗北で翌月には失権し、『雑文集』出版当時にはかっての権勢は無かった。従 前から、『大盗ジョナサン・ワイルド傳』の狙いは、権力者ウォルポールを諷刺 するのが第一と解釈されてきたが、『雑文集』発刊は宰相の失脚後であった。
3 Cross, 1: 403-4. ワイルド傳の評価は以下にも見られる。
cf. Homes Dudden, Henry Fielding: His Life, Works, and Times (Oxford: the Clarendon Press, 1952), 1: 80-3; Wilbur Cross, 1: 409-12; Andrew Wright, Henry Fielding: Mask and Feast (Berkeley: Univ. of California Press, 1966), 55-6: Henry Fielding, The Life of Mr. Jonathan Wild the Great (Oxford: Basil Blackwell, 1926), 243.
4 薄れ行く人々の記憶の中で、敢えて一白波家業の渡世人の生き様を再現する至 当性をフィールディングは認識していたのであろう。 フィールディングが実際に ワイルド伝を執筆した時期とワイルド処刑時とはかなり隔たりがある事から、デ フォーその他のワイルド伝を参照したことはほぼ間違いなかろう。参考文献とし て、デフォーの『ジョナサン・ワイルド傳』は無論のこと、ダイシー (Dicey) の
『英国及びアイルランドの盗賊の大捕方たるジョナサン・ワイルド傳』(The Life of Jonathan Wild, Thief-Taker General of Great Britain and Ireland. . . .In which all his Intrigues, Plots, and Artifices are accounted for and laid open)を忘れてはならないだろ う (Dudden, 1: 452-3.)。さらにスミス (Alexander Smith) の『名うての悪党達の回顧 傳』(Complete History of the Lives and Robberies of the most notorious Highwaymen, Footpads, Shoplifts, and Cheats of both Sexes in and about London and Westminster,1714)や『迷信論』(Vulgar Errors, 1643)で知られるブラウン (Tom Brown) の諸作品やウォード (Ned Ward) の『ロンドン・スパイ』(The London Spy) 等から、フィールディングは盗賊達が暗躍する暗黒街の知識を学んだようである (Dudden, 1: 492.)。
5 公開処刑が執り行なわれた日のタイバーン周辺は見物人で溢れかえる賑わいを 見せていた。ロンドン地域では1703年から1772年にかけて1242名の男女が処刑さ れ、年に3、4回、多いと8回程度実施されたらしい。いわゆる タイバーン・
フェア の活況の様子は、ホガース (William Hogarth) による『勤勉と怠惰』第11
図の「怠惰な従弟、タイバーンで処刑」と題される版画等からもしのばれる。
cf., Peter Linebaugh, The London Hanged: Crime and Civil Society in the Eighteenth Century (London: Penguin Books Ltd., 1991), 91-111; Ronald Paulson, Hogarth: His Life, Art, and Times (New Haven: Yale Univ. Press, 1971), 2: 70.
6 1742年6月に予約講読者が募られ、最終予約購読者数は427名を数え、556セッ ト、その内214セットがロイヤル・ペーパー版で購入額は770ギニーにのぼったと いう。購入者の中には時の皇太子を始めとする上流階級の人々や、フィールディ ングのかっての劇場仲間達の名を見る事ができる。中でも突出したのが法曹関係 者で、予約者の半数以上が弁護士達で、新進気鋭の弁護士フィールディングの門 出を祝する意味もあったと考えられる。さらには政界の大立者、ウォルポールの 名を見出すことは少なからぬ驚きで、十セットが注文された。大人の余裕かそれ とも風格か、政界でのウォルポールの世渡り振りが察せられる一コマである。
cf., Cross, 1: 381-2; Dudden, 1: 413.
7 P. N. Furbank & W.R. Owens, 137-8.
8Henry Fielding, Miscellanies, ed. Hugh Amory, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Middletown, Conn.: Wesleyan Univ. Press, 1997), 3: 178.以下、頁数 は全て同版により文中に記す。同書の序文には、ワイルドは1725年5月25日に処 刑されたとある(xxii)。
9 Dudden, 1: 457.
10Henry Fielding, Joseph Andrews, ed. Martin Battestin, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Middletown, Conn.: Wesleyan Univ. Press, 1997), 76.
11 フィールディングが『大盗ジョナサン・ワイルド傳』の改作を目指した最たる 理由は、ウォルポールが1742年2月に失脚し、1745年に亡くなっている事から、
作品本来の政治諷刺が喪失したと考えた故であろう。最晩年を迎え、満身創痍の フィールディングではあったが、改作作業に取り組み、1754年3月に改訂版が刊 行された。
12 拙論「Tom Jonesの宗教性をめぐって」『同志社大学英語英文学研究』43 (同志 社大学人文学会、1987)、34-8。
13 Peter Linebaugh, “The Ordinary of Newgate and his Account,” ed. J.S. Cockburn, Crime in England 1550-1800 (Princeton: 1977), 248.
14 Henry Fielding, Miscellanies, ed. Henry Miller, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Oxford: the Clarendon Press, 1972), 1: 28.
15 Bertrand Goldgar, “Jonathan Wild,” ed. Albert Rivero, Critical Essays on Henry Fielding (New York, G.K. Hall & Co., 1998), 41.
16 Bertrand Goldgar, “Jonathan Wild,” 41.
17 Joseph Andrews, 82.
18 Henry Fielding, The History of Tom Jones, A Foundling, ed. Fredson Bowers, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Middletown, Conn.: Wesleyan Univ.
Press, 1975), 105.
19 版によって教誨師の扱いが異なる。1743年版では教誨師の説教がパンチ酒の搬 入で中断されるが、1754年の改訂版ではワイルドが教誨師の説教の途中で居眠り し、パンチ酒が持ち込まれて目覚める云々となっている。
20 拙論「Tom Jonesの宗教性をめぐって」、38-41, 43。
21 Henry Fielding, The Covent Garden Journal, ed. Bertrand Goldgar, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Middletown, Conn.: Wesleyan Univ. Press, 1997), 158.
22 Henry Fielding, Amelia, ed. Martin Battestin, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” (Middletown, Conn.: Wesleyan Univ. Press, 1983), 30.
23 Cross, 1: 425.
24 Daniel Defoe, Moll Flanders (Dent & Sons Ltd.: London, 1966), 239.
25 “A Second Caution I would give my Reader is, that as it is not a very faithful Portrait of Jonathan Wild himself, so neither is it intended to represent the Features of any other Person. Roguery, and not a Rogue, is my Subject; and as I have been so far from endeavouring to particularize any Individual, that I have with my utmost Art avoided it; so will any such Application be unfair in my Reader, . . . (Henry Fielding, Miscellanies, ed.
Henry Miller, “The Wesleyan Edition of the Works of Henry Fielding” 1: 9.)
Of Religious Elements in Jonathan Wild the Great : the Role of the Ordinary
Tatehiko NOGUCHI
Key words:fielding, wild, ordinary, newgate
In the Preface to the Miscellanies published in 1743, Fielding’s proclamation reads that the author has no intention of “a very faithful portrait of Jonathan Wild himself” who was well known as a fence and a thieftaker general in the underground of London and was hung at Tyburn on 24 May, 1725. This means that the author warns his readers not to expect a
criminal biography, however there may be a few actual biographical facts, such as Blueskin’s assault on Wild. To set his work free from the historical Wild, Fielding lets his imagination run free at will in presenting new scenes and characters like Heartfree, Wild’s childhood friend, and his wife's adventures.
What did Fielding attempt to do in his Jonathan Wild the Great, if he follows no historical model? As is generally supposed, the author makes it his chief aim to direct an effective satire against Robert Walpole, the former prime minister who arrogated power to himself for more than twenty years, but lost his political power as the result of the election held just before the publication of Jonathan Wild the Great. As the result of the fall of Walpole, it would seem that the political satire would no longer be effective; however Jonathan Wild the Great may be characterized well.
One of the reasons why Fielding thus revised the work in 1753 is that Walpole losing his power no longer plays a satirical role at all. Near the end of life, when his old political animosities were but a memory, Fielding thoroughly revised his fiction.
The aim of this paper is to show Fielding’s intention hidden in his satirical allusions. Some references to religion which may be incompatible with a criminal biography are in Fielding’s Jonathan Wild the Great. It is either the Almighty’s Favour or Nature that the hero or other main character relies upon in case of emergencies, especially in the voyage scenes.
Another religious reference is shown in the existence of the Ordinary of Newgate. To give relief to condemned criminals before their executions is an important role for an Ordinary. Fielding’s Ordinary has no proper noun, but his contemporaries might know who was responsible at Newgate, that is, Thomas Purney, a member of the Anglican High-Church clergy. As is suggested by the name of his position, the Ordinary refers to the Bible, especially the New Testament, but he never means what he says in his preaching. Wild who would become drowsy over the Ordinary’s
exhortations, proposes a bottle of wine as a surer antidote than religious conversation. The Ordinary, refusing to drink wine with an atheist, makes his suggestion of punch instead of wine for two reasons; one is that punch is nowhere spoken against in Scripture, and the second is that it agrees best with his constitution. Thus, a bowl of punch is ordered, and punch takes the place of religious instruction as a preparation for the gallows. When the bowl of punch is brought in, the Ordinary’s sermon is interrupted in the first version, while the hero is awakened from his doze in the second version of Jonathan Wild the Great.
To be sure, Fielding is called a Latitudinarian, and is well known to be critical, not only of non-conformists but of High-Church priests. Thus, the dialogue between Wild and the Ordinary is of great importance as for their religious sects. Furthermore, to satirize the ordinary system, Fielding represents the Ordinary as being incompetent in his duty. It may be a bitter irony for the Ordinary to see the interruption of his sermon, when the bowl of punch is brought in. Another example is shown in an episode in which Wild picks the Ordinary’s pocket on the gallows and carries his bottle screw. This episode should not be examined as revealing the nature of being truly born a thief but sharp criticism against the habit of drunkenness of Newgate Ordinaries. Fielding is quite successful in dealing the Ordinary as a satirical object but his explanation of Wild’s change may be insufficient; this is partly due to the facts that Wild, who used to be worth the name of greatness, becomes timid enough to commit suicide at Newgate, but suddenly regains his courage once more just before his execution, and that the destiny of Wild is entirely controlled by such God as Fortune, the Great Alma Mater Nature or Almighty’s Favour.
Therefore, there is a good reason to take a fresh look at the role of the Ordinary. The Ordinary is bitterly criticized by Fielding, but ironically enough, there is none but the Ordinary being responsible for the metamorphosis of Wild. It is only in the face of the Ordinary that Wild who
is suffering from insomnia, can enjoy sound sleep. There may be none but the Ordinary that contributes substantially to the reformation of Wild from a person being fearful of death to a person deserving of the appellation
“Great.”