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(1)

- 244 -

安 部 公 房

「 空 飛 ぶ 男 」 か ら 見 る 疎 外 の 問 題

山 本

真 帆

はじ めに 安部 公房 の「 空飛 ぶ男

」は

『波

』で 一九 七一 年三

、四 月号 から 一 九七 五年 六月 号ま で四 四回 にわ たっ て発 表さ れた

「周 辺飛 行」 とい うエ ッセ イ連 載の

、第 九回

、一 九七 二年 六月 号に 掲載 され た作 品で ある

。後 に安 部は この

「空 飛ぶ 男」 を含 む一 六篇 を「 周辺 飛行

」の 連載 から 選ん で一 部を 修正 し、 更に

「笑 う月

」と いう 新稿 を加 えて 一九 七五 年一 一月 に短 編集

『笑 う月

』を 新潮 社か ら出 版し てい る。 なお

、修 正さ れた 作品 の中 には

「空 飛ぶ 男」 も含 まれ てお り、 詳し くは 後述 する が、 結末 を含 め大 幅な 改稿 が行 われ てい る。 安部 自身 は「 周辺 飛行

」と いう 連載 タイ トル につ いて

、「 小説 に なら ない よう なこ ぼれ 話で

、ち ょっ とア タリ がく ると いう アタ リの 感覚 みた いな もの

を書 こう とし たと 述べ てい るが

、「 周辺 飛行

」 には その 後、 一九 七三 年三 月に 発表 され た長 編『 箱男

に組 み込 まれ たも のや

、『 笑う 月』 にも 収録 され

、後 に「 イメ ージ の展 覧会

」 およ び「 仔象 は死 んだ

(イ メー ジの 展覧 会Ⅲ

)」 の一 部と して 戯曲 化さ れた

「公 然の 秘密

」の 他、 スタ ジオ の主 宰を 行っ てい た安 部公 房が 演劇 につ いて 語っ てい るも のも あり

、当 時の 安部 の頭 の内 を知

る上 で重 要な 手が かり とな って いる とい える だろ う。 柴垣 武生 は

この 連載 時期 に注 目し

、「 周辺 飛行

」を 次の よう に位 置付 けて いる

。 この 雑誌 連載 には

、長 編小 説『 箱男

』の 執筆

、稿 を経 て、 自ら ス タジ オを 主宰 して 演劇 実験 に傾 倒し てい った 当時 の安 部の

〈飛 行の 記録

〉が リア ルタ イム で刻 まれ てい るの であ る。 もう 少し 具 体的 に言 えば

、こ の〈 記録

〉は

、〈 小説

『箱 男』 の周 辺を 飛行 す る安 部の エッ セイ

〉と いう 性格 と、

〈演 劇の 周辺 を飛 行す る安 部 のエ ッセ イ〉 とい う性 格を 併せ 持っ てい る。 しか し「 空飛 ぶ男

」に 関し ては

「「 空飛 ぶ男

」は

「さ まざ まな 父」 を経 由し て遺 作と なっ た「 飛ぶ 男」 に」 発展 して いる とし

、「 空飛 ぶ男

」以 前、 ある いは

『箱 男』 を含 め「 空飛 ぶ男

」の 初出 と初 刊の 間に 発表 され てき た作 品の 一連 の流 れの 中と いう より は、 その 後の 作品 のプ ロト タイ プと して の「 空飛 ぶ男

」が 意識 され てい るよ うで ある ま 。 た『 笑う 月』 所収 の作 品に つい ては 他に 大き く二 つの 側面 から の評 価が あり

、以 下「 空飛 ぶ男

」を 中心 に紹 介す る。

(2)

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一つ 目は 夢と いう 面で ある

。『 笑う 月』 は帯 に「 著者 が生 け捕 り にし た夢 のス ナッ プシ ョッ ト全 十七 編」 との キャ ッチ コピ ーが ある 他、 表題 作で ある

「笑 う月

」が 夢と 創作 につ いて のエ ッセ イで ある こと や、

「「 緑色 のス トッ キン グ」 最終 日の 夜の 夢で ある

。仔 象の 皮 膚が 緑が かっ てい たこ と以 外、 どう いう 関係 があ るの か、 自分 にも よく 分ら ない

。そ れで も可 能な かぎ り忠 実に 再現 して みた つも りだ

「公 然の 秘密

」と いう タイ トル も、 夢の なか です でに 準備 され てい た。 この 意味 も、 分っ たよ うで

、分 らな い。 タイ トル つき の夢 とい うの も、 考え てみ れば 珍し い

」と 安部 が夢 で見 たと 述べ てい る作 品が 含ま れて いる こと から

、短 編集 全体 が夢 と関 連す るも のと して 論じ られ てい る。 例え ば田 中美 代子 は

『笑 う月

』を

「こ れは

「意 識下 で書 きつ づっ てい る創 作ノ ート

」た る夢 の採 集箱 の公 開で ある

」 とし た上 で、

「作 家は ここ で夢 その もの を語 った

、と いう より

、夢 をま るご とシ ンボ ライ ズす る困 難な 仕事 に成 功し たの だ、 とい って いい かも しれ ない

」と 評し てい るほ か、 久米 博

は「 空飛 ぶ男

」の 冒頭 を例 に挙 げ、

「ど の夢 も物 語的 に筋 がま とま りす ぎて いる

、と いう 印象 が強 い。 作品 化さ れた 夢と いう のだ ろう か。 作品 の中 の

〈私

〉が あま りに 虚構 化さ れて しま って いて

、そ れを 記述 する

〈私

〉 との 関係 が埋 没し てし まっ てお り、 その ため かえ って 夢の もつ 不条 理な 迫真 性が 弱め られ てし まっ てい る」 と批 判し てい る。 二つ 目は 国語 教材 とい う面 であ る。

『笑 う月

』の 中の

「空 飛ぶ 男」

「公 然の 秘密

「鞄

」は 高等 学校 の教 科書 に採 択さ れた こと があ り、 金野 和典 は

教材 とし ての

「空 飛ぶ 男」 を「 日常 に揺 さぶ りを かけ

られ た時 の人 間の 心情 を的 確に 捉え なが らも

、人 物の 心情 の余 韻を 味わ うの では なく

、「 一作 品の 大き な塊 から

、た たき つけ られ る新 たな 世界

」を 見る こと にこ の作 品を 読む 目的 があ る」 と評 価し てい る。 その 他、

「空 飛ぶ 男」 に関 して は二 つの 先行 研究 があ るも のの

、 この どち らも が「 空飛 ぶ男

」を 教材 とし て扱 った 論文 であ る。 この よう に、

「空 飛ぶ 男」 はこ れま で「 空飛 ぶ男

」が 書か れた 前 後の 安部 作品 とは 関係 づけ て論 じら れて はこ なか った

。し かし

「空 飛ぶ 男」 は飛 んで いた 男を

、背 広を 着て ネク タイ を締 めた 男と して 描写 して いる よう に都 市を 舞台 とし た作 品で あり

、一 九六

〇年 代か ら安 部が 絶え ず向 き合 って きた 都市 の中 の人 間関 係と いう 主題 と 決し て無 関係 では ない

。 そこ で本 稿で は、

「空 飛ぶ 男」 が『 砂の 女

』「 他人 の顔

『燃 え つき た地 図

とい った 一九 六〇 年代 の安 部作 品の 後に 発表 され た初 出か ら、

『箱 男』 など を経 て初 刊が 発表 され るに あた って どの よう に改 稿さ れた かを 切り 口に

、当 時の 安部 の都 市に 対す る問 題意 識、 とり わけ 都市 にお ける 人間 疎外 につ いて の意 識が どう 変化 して いっ たか を社 会状 況の 変化 も踏 まえ て考 察し てい きた い。

一 安部 公房 と疎 外

一― 二 疎外 につ いて 辻井 喬

「安 部さ んの 文学 的出 発は

、戦 争と その 結果 によ る権

(3)

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力の 交替 から 生ま れた 人間 疎外 にあ ると 思い ます

」と 述べ るよ うに

、 安部 の生 涯の 作品 テー マの 一つ には

「疎 外」 とい う問 題が ある

。 そも そも 疎外 とは 何か

。当 時刊 行さ れて いた 百科 事典 によ って

、 どの よう な意 味の もの とし てこ の言 葉が 一般 に把 握さ れて いた の か見 てお くと

、例 えば 一九 七三 年の

『万 有百 科大 事典 11 政治 社会

では

「ド イツ 哲学 者ヘ ーゲ ルが 弁証 法的 運動 の一 過程 を示 すた めに 用い た概 念。 自己 疎外 とい うよ うに 用い られ るこ とも 多い

。 その 後フ ォイ エル バッ ハ、 マル クス に受 けつ がれ

、今 日で は、 もと もと 自分 のも ので ある 自分 の活 動や 活動 の成 果が

、自 分に とっ て疎 遠な もの

、自 分と 対立 する もの とな り、 それ によ って 自分 が支 配さ れる こと を意 味す るこ とが 多い

。ま たそ こか ら人 間の 心理 的な 自己 疎外 とよ ぶこ とも ある

」と 定義 され てお り、 さら に〔 現代 的意 義〕 とし て「 現代 資本 主義 社会 にお いて は、 労働 の機 械化

、合 理的 組織 化が すす み、 そこ に働 く人 間の 自発 性、 自由

、連 帯性 など が抑 圧さ れる こと が多 くな った

。( 中略

)都 市化 も人 間の 孤立 化や 孤独 を深 める よう に作 用し

、政 治も 大衆 を操 作す るも のに 化す 傾向 がみ られ る。 この よう に人 間が 自己 と疎 遠と なっ て操 作の 対象 とな る傾 向、 他人 との 連帯 を喪 失す る傾 向が あら われ てい るの で、 現代 社会 では 人間 の自 己疎 外と いう 概念 が重 要な 意義 をに なう よう にな って い ると 考え られ る」 と述 べて いる

。疎 外論 とい うと 資本 主義 社会 にお ける 労働 に疎 外構 造を 見出 した マル クス が有 名で ある が、 他者 との 関係 にお ける 疎外 を考 える にあ たっ ては ジャ ン= ポー ル・ サル トル に注 目し たい

サル トル は一 九〇 五年 に生 まれ 一九 八〇 年に 没し た哲 学者 であ り、 また 小説 家、 劇作 家で もあ る。 サル トル の思 想は 実存 主義 のも ので あり

、サ ルト ルは その 大著

『存 在と 無

にお いて

、存 在の 問 題に 現象 学の 視点 から 対峙 した

。『 存在 と無

』で サル トル は、 物事 の在 り方 を即 自存 在、 人間 の在 り方 を対 自存 在と し、 さら に私 とい う存 在の 構造 を捉 える 上で

、「 他者 の存 在の 問題

」と

「他 者の 存在 に対 する 私の 存在 関係

」の 問題 に答 えよ うと した

。サ ルト ルに とっ て他 者と は「 私で はあ らぬ 私」 であ り、 他者 は私 にま なざ しを 向け るこ とで

「私 を存 在さ せ、 まさ にそ のこ とに よっ て、 私を 所有 する

」 存在 であ った

。則 ち私 は他 者の まな ざし によ って 他有 化、 つま り疎 外さ れる ので ある が、 これ に対 し、

「私 は、 今度 は私 の方 から 他者 に対 象存 在を 付与 する ため に、 他者 の方 へ向 き直 る」 こと で所 有さ れた 私を 否定 する こと がで きる

。こ のよ うに サル トル は「 私」 と他 者の 関係 性は

、見 る、 見ら れる とい うま なざ しが

「相 克 conflit

」 する もの であ り、

「相 互変 動的 な関 係」 であ ると 捉え たの であ る。 では

、こ うし たサ ルト ルの 思想 や作 品は 日本 にお いて どの よう に 受容 され てき たの であ ろう か。 サル トル は人 文書 院と 慶應 義塾 大学 の招 待を 受け て、 伴侶 であ るボ ーヴ ォワ ール と共 に一 九六 六年 の九 月に 来日 した が、 その 際の 新聞 記事 では 以下 のよ うに 報じ られ てい る。 戦後 わが 国に 紹介 され た海 外文 学の なか で、 サル トル ほど 強く

、 しか も長 期に わた って 関心 をひ きつ けて 来た 外国 人作 家は いな

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いと いわ れる

。戦 前、 昭和 十三 年ご ろ、 一部 作品 が紹 介さ れた こ とが ある が、 サル トル の名 がひ ろま った のは

、戦 後ま もな く『 水 いら ず』

、『 呕吐

』な どが 紹介 され てか らだ

。以 来、 最近 の『 弁証 法的 理性 批判

』や

『言 葉』 の翻 訳ま で、 その 難解 さに かか わら ず、 つね に多 くの 読者 を獲 得し て来 た。

(中 略)

両氏 の最 初の 講演 が予 定さ れて いる 慶応 大学 で、 学生 に聴 講希 望を つの った とこ ろ、 たち まち 五千 通の 回答 が寄 せら れた とい う。 あふ れる 聴衆 のた めに 校内 テレ ビで 同時 放送 をす るそ うだ

サル トル の著 書の うち で、 もっ とも 売れ てい るの は、

『呕 吐』

。 人文 書院 版で 十五 万部 とい う話

。ま た同 社の サル トル 全集 は延 べ 百数 十万 部に のぼ る。 サル トル の人 気は

、フ ラン スよ り、 日本 の 方が はる かに 高い よう だ。

この 記事 から は特 に戦 後の 日本 にお いて サル トル 作品 の翻 訳が 進め られ

、一 九六 六年 当時 には サル トル が強 い人 気を 得て いた こと がう かが える

。先 に引 用し た『 存在 と無

』を 含め

、『 サル トル 全集

』 全三 九巻

(欠 巻を 含む

)の うち ほと んど は一 九五

〇年 から 一九 六六 年ま でに 刊行 され てお り、 日本 で一 九五

〇年 に始 まり 一九 六〇 年代 には 盛ん に論 じら れる よう にな った 疎外 の問 題に はサ ルト ルの

「ま なざ し」 に関 する 理論 も前 提と して 含ま れて いた と言 える であ ろう

。 また

「疎 外」 とい う語 には 先に 挙げ た哲 学、 経済 学用 語と して の 疎外 以外 に、

「よ そよ そし くす るこ と。 きら って のけ もの にす るこ

と。 疎遠

。疎 斥

」と いっ た意 味も あり

、一 般的 には むし ろこ ちら の意 味で 用い られ るこ との 方が 多い

。と はい えこ の二 つの

「疎 外」 は決 して 無関 係で はな いだ ろう

。な ぜな ら、 例え ば他 者か ら疎 外さ れる とい うと き、 この 疎外 は「 よそ よそ しく され る」 とい う意 味で ある が、 それ は自 らを 見つ め、 評価 する 他者 のま なざ しか らよ そよ そし さを 感じ ると いう こと であ り、 他者 から 見ら れた 対象 であ ると ころ の自 分、 つま りサ ルト ルが 対他 存在 と定 義す るも のを 自身 で意 識す るこ とが その 前提 とな って いる から であ る。 そこ で本 論で は、 基本 的に

「疎 外」 を、 他有 化と いう 自己 疎外 と他 者や 共同 体か らも たら され る疎 外の 両面 から 考え てい く。

一― 二 安部 公房 にお ける 疎外 では 安部 は疎 外に 対し て具 体的 にど うい った 意識 を持 って いた か。 本稿 で扱 う「 空飛 ぶ男

」が 一九 七〇 年代 初め の作 品で ある こと から

、そ の前 段階 であ る一 九六

〇年 代以 降に つい て詳 しく 見て いき たい

。一 九六

〇年 代の 安部 作品 とい うと

、『 砂の 女』

、「 他人 の顔

」、

『燃 えつ きた 地図

』の

「失 踪三 部作

」が 代表 的で ある

。以 降、 各作 品に つい て簡 単に 概要 を紹 介す る。

『砂 の女

』は 一九 六二 年六 月に 書き 下ろ し長 編と して 発表 され た 作品 であ る。 ある 砂丘 の村 に昆 虫採 集に やっ てき た男 が、 一人 の女 性が 住む 砂穴 の家 に閉 じ込 めら れて しま い、 男は 何と か脱 出し よう と試 行錯 誤を 繰り 返し て一 度は 外へ 出る もの の、 再び 捕ま って 女の

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家へ と連 れ戻 され る。 女と 生活 を営 んで いく 中で 男は 女と 夫婦 のよ うな 関係 とな り、 また 溜水 装置 の開 発に 熱中 して いき

、つ いに は脱 出の 機会 が訪 れて も逃 げる こと を放 棄し てし まう

。 続い て「 他人 の顔

」は 一九 六四 年一 月に

『砂 の女

』の 次の 長編 と して 発表 され た作 品で ある

。こ ちら もあ らす じを 以下 に記 して おく

。 液体 空気 の爆 発で 顔に 重度 のケ ロイ ド瘢 痕を 負っ て自 分の 顔を 喪 失し

、妻 や職 場の 人間 とも うま くい かな くな って しま った 男は

、プ ラス チッ クで 作ら れた 仮面 で他 人に なり すま し、 自己 回復 のた めに 妻を 誘惑 する

。「 顔」 と関 わっ て生 きて いる 人間 と社 会、 他者 との 人間 関係 につ いて 描い た作 品で ある

。 最後 の『 燃え つき た地 図』 は一 九六 七年 九月 に発 表さ れた

。あ ら すじ は以 下で ある

。興 信所 員の

「ぼ く」 は失 踪し たサ ラリ ーマ ンの 捜索 をそ の妻 から 依頼 され る。 しか し「 ぼく

」は 男の 足取 りを 追っ て様 々な 事件 に巻 き込 まれ るう ちに 記憶 を失 い、 自ら を見 失っ てし まう 安 。 部は この 三作 につ いて

、以 下の よう に語 って いる

。 実際

、私 はこ れら を三 部作 と考 えて いま す。 三作 すべ てが 逃げ る 人、 都市 から 逃避 する 人間 の話 です

。あ る人

、ま た失 踪者 を―

― この 人も 逃げ た人 間な ので すが

―― 捜す

。も ちろ ん彼 らは 逃げ お おせ るこ とは でき ず、 元の 場所 に必 ず戻 るの です

。そ して

、三 部 作の もう 一つ の共 通点 が都 市と の関 わり です

。都 市と は、 敵で は ない 他者 と人 が初 めて 関り を持 たな くて はな らな かっ た場 所で

すが

、人 は未 だに 他者 との 完璧 な関 係を 構築 でき ずに いる よう で す。

さら にこ の「 失踪

」と いう テー マに 関し ては

「失 踪と は、 やは り 現在 の共 同体 の中 で疎 外感 をも って いる 者が 逃亡 する こと だと 思 う

と述 べて おり

、都 市に おけ る失 踪と 疎外 は深 く関 わっ てい る こと がわ かる

。 また

『燃 えつ きた 地図

』発 表直 後の 座談 会

中で は、 疎外 をポ ジテ ィブ なも との とし てと らえ るこ とが 現代 の問 題と して 大事 な こと であ るこ と、 実際 に逃 亡し てい ても

、そ の逃 亡を 責め られ てい るよ うな 古い 倫理 観か らく る意 識が ある ため にポ ジテ ィブ なも の もネ ガテ ィブ に見 える のだ とい うこ とを 述べ

、「 永久 革命 じゃ ない けれ ど、 逃亡 を無 限に 反復 する とい うこ と。 つま り逃 亡し ても また 出発 点に 戻る だけ なん だけ ど、 それ でも やは り、 無限 に反 復し 続け ると いう 生活

、ぼ くは やは り未 来に あり 得る と思 うん だ」

、「 失踪 は 何れ かの 共同 体か らの 失踪 だと 思う

。失 踪不 可能 とい うか

、失 踪が 意味 をな さな いほ ど自 由な 共同 体が でき たと きに

、は じめ て次 の次 元の 共同 体に なる と思 うん だ。 失踪 とい う観 念が なく なっ た共 同体

、 これ を共 同体 とい える どう かわ から ない けれ ど…

…」 と、 今後 共同 体に おけ る疎 外か らの 逃亡 が突 き詰 めら れて いく こと に、 絶望 より もむ しろ 共同 体か らの 脱出 とい う希 望を 見出 して いる こと がう か がえ る。

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一― 三 一九 七〇 年代 の安 部公 房 では 一九 七〇 年代 の安 部は どう であ った か。

『燃 えつ きた 地図

』 後の イン タビ ュー

では

、「 現代 にお いて 他人 とは なに か、 とい う テー マは

、こ れで しめ くく りが つい たと いう こと

……

?」 とい う問 いに 対し 以下 のよ うに 語っ てい る。 一応 しめ くく りは つい たわ けで すが

、こ んど は〝 他者 とは なに か〟 から

、〝 他者 の中 で生 きて いか なけ れば なら ない 自分

〟〝 他者 にな った 自己

〟を 描い てい く。 現代 では

、し きり に、 疎外 か らの 回復 とか

、ヒ ュー マン

・リ レー ショ ンズ とか いわ れ目 的・ 手 段は 違っ ても 進歩

・保 守、 左右 いず れも が人 間の 連帯 関係 を強 調 して いる が、 はた して それ は妥 当だ ろう か? こう した 安部 の発 言と

『燃 えつ きた 地図

』の 箱の 表の 下辺 に「 お のれ の地 図を 焼き 捨て て、 他人 の砂 漠に 歩き 出す 以外 には

、も はや どん な出 発も 成り 立ち 得な い、 都市 の時 代な のだ から

……

」と い う言 葉を 掲げ てい るこ とを 鑑み ると

、『 燃え つき た地 図』 以降 の安 部は 疎外 され る共 同体 の中 でど う他 者と 関わ って いく かに 関心 を 抱い てい たと 言え よう

。 実際

、安 部は 一九 七三 年の イン タビ ュー では 次の よう に述 べて い る。

現代 社会 では ぼく たち は新 しい 対人 関係 のも とで 互い に作 用し 合っ てい ます

。そ の一 方で

、内 なる 自己 は依 然古 い価 値観 にし が みつ いて いま す。 つま り新 しい 対人 関係 のあ り方 を模 索す る自 己と

、古 い形 態を 維持 しよ うと する 自己 との あい だに 葛藤 があ るわ けで す。 どち らを 望む かに かか わら ず、 やは り新 しい 関係 性 には 直面 しな けれ ばな らな い。 しか し古 い自 己は それ を拒 否す る。 これ は昔 から つづ いて きた 万国 共通 の文 学テ ーマ だと 思い ます

。( 中略

)現 代文 学を 特徴 づけ てい るの はこ の不 安で ある と ぼく は思 いま す。 新し い人 間関 係の あり 方を 求め る欲 求に 苛ま れた 人間 存在 の不 安で す。 いい 換え れば

、新 しい 関係 性を 求め る こと に意 味が ある のか どう か、 ある いは

、そ もそ も人 間関 係を 求 める こと に価 値が ある のか どう か、 とい う不 安が ある わけ です

。 人間 関係 など 簡単 に根 底か ら崩 れて しま うか もし れな い。 今ぼ くが 取り 組ん でい るの はそ れで す。

つま り安 部は 描こ うと する 他者 との 関係 性は 変化 した もの の、 一 九七

〇年 代に 入っ てか らも 他者 との 関係 性に 向き 合い 続け てい た こと が分 かる

「空 飛ぶ 男」 の改 稿に つい て 以上

、「 空飛 ぶ男

」が 書か れた 当時

、安 部が 都市 にお ける 疎外 を その 文学 テー マの 一つ とし てい たこ とを 踏ま えて

、本 章で は「 空飛

(7)

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ぶ男

」の 改稿 につ いて 疎外 の観 点か ら考 察し てい く。 先に 述べ たよ うに

、「 空飛 ぶ男

」は 初出 から 初刊 にか けて ほぼ 全文 に手 が加 えら れて いる もの の、 両者 の違 いは 大き く次 の五 点に 分け られ る。 一点 目は 空を 飛ん でい た空 飛ぶ 男の 口調 が、 初出 では 荒っ ぽか っ たも のが 初刊 では 丁寧 にな って いる とい う点 であ る。 二点 目は

「ぼ く」 の家 を訪 ねた 空飛 ぶ男 が「 ぼく

」を 問い 詰め る 際の やり 取り の違 いで ある

。初 出で は男 が実 際に やっ て来 さえ しな けれ ば夢 だと 思っ たま まだ った とい う「 ぼく

」の 言い 分に 男が 納得 させ られ るの に対 し、 初刊 では 牛乳 瓶と いう 確実 な証 拠が ある ため に男 が来 なく ても

「ぼ く」 は現 実の 出来 事だ った と気 づい てし まう と男 は主 張す る。 ただ し「 ぼく

」の 牛乳 を飲 むと いう 行為 自体 は初 出、 初刊 で共 通す るも ので あり

、こ こで は男 がそ れに 気づ くか どう かが 異な って いる

。 三点 目は 空飛 ぶ男 が「 ぼく

」の 元を 訪れ る理 由が

、初 出で は単 な る「 ぼく

」へ の口 止め であ った のに 対し て、 初刊 では

「忠 告」 とな って いる 点で ある

。こ の忠 告と は、

「ぼ く」 が空 を飛 ぶ人 間と いう 異端 の存 在を 知っ てし まっ たこ とで 思い つめ

、ま たそ れを 話題 にし てし まう こと で「 ぼく

」が 他者 から 孤立 して しま うの では ない かと いう 心配 から くる 忠告 であ る。 四点 目は 飛べ るよ うに なる 方法 の違 いで ある

。初 出で は褐 色の 丸 薬を 飲む こと で「 二時 間も すり ゃ、 一メ ート ルく らい は軽 く飛 べる よう にな る」 が、 初刊 では

「飛 ぶ人 間を 知っ たこ とに よる

、心 のゆ がみ

」に よっ て飛 べる よう にな ると され てい る。

五点 目は 結末 の相 違で ある

。初 出で は飛 べる よう にな るこ とを 肯 定的 に捉 えて いた はず の「 ぼく

」が 丸薬 を差 し出 した 空飛 ぶ男 の手 を振 り払 い、 錯乱 状態 でア パー トの 他の 住人 へと 助け を求 め、 それ を見 た男 は逃 げ去 って いく

。一 方の 初刊 では

、「 ぼく

」は 最後 まで 男に 対し て恐 怖心 は抱 かな いと 主張 し、 男は それ に安 心し て帰 って いく

。こ こで は「 ぼく

」が この 後ど うな った か、 つま り本 当に

「ぼ く」 には 恐怖 など なく

、こ のま ま飛 ぶこ とも ない のか

、そ れと も本 心で は飛 ぶ人 間に おび えが あっ て飛 ぶ能 力が 伝染 して しま うの か は読 者の 想像 に委 ねら れる 形と なっ てい る。

二― 一 初出 にお ける 疎外 まず 初出 にお いて 疎外 とい う問 題が 現れ てい た部 分に つい て考 えて いく

。先 に初 出、 初刊 にお ける 違い の三 点目 とし て空 飛ぶ 男が 訪ね てく る口 実を 挙げ たが

、こ こに は初 出に おけ る疎 外の 様相 が顕 著に 表れ てい る。 以下

、本 文の 該当 部分 を引 用す る。

「ね え、 しら ばっ くれ ない で下 さい よ」

息を はず ませ なが らの

、ふ るえ 声。 どう やら 見掛 けと は裏 腹に

、 相手 の方 が受 身に 立っ てい るら しい

(中 略)

「ふ ん、 いく ら言 いふ らそ うっ たっ て、 無駄 だか らな

。お れが

、 空を 飛ん でい ただ なん て、 そん な馬 鹿ら しい 話、 誰が 信じ てく れ

(8)

- 251 -

るも んか ね」 ここ で空 を飛 んで いた 男は

「ぼ く」 への 口止 めを しに 来て いる が、 それ は男 の必 死さ を感 じさ せる 態度 から も分 かる よう に、 世間 に飛 んで いた こと がば れて 他者 から 疎外 され るこ とを 恐れ てい るた め であ る。 この 描写 から

、男 は空 を飛 ぶと いう

、他 者が 持た ない 特殊 な能 力を 持っ てい るが 故に 他者 に疎 外さ れ得 る、 ある いは され てき た存 在で あり

、男 は疎 外を 避け るた めに その 能力 を隠 して 生き てい るこ とが わか る。 しか し男 は「 ぼく

」に 見ら れた 時点 では 逃亡 しな い。 現在 の共 同体 から 逃亡 しな いで すむ よう に、 現在 の共 同体 の一 員と して これ から も生 きて いく ため に、

「ぼ く」 が言 いふ らす こと を防 ごう とす るの であ る。 しか し初 出の ラス トで

、「 ぼく

」の

「う らや まし い」 とい う言 葉 を信 じて 飛べ るよ うに なる 薬を 差し 出し た空 飛ぶ 男は

、「 ちり ちり と、 全身 の皮 膚を 焼く

、お びえ の感 覚」 を抱 いた

「ぼ く」 に拒 絶さ れ、

「あ いつ

、飛 んだ ぞ…

…空 を、 飛ん だぞ

……

」と 糾弾 され て逃 げ出 すこ とと なる

。こ の「 ぼく

」が 口に する うら やま しい とい う言 葉は 必ず しも 嘘と いう 訳で はな いだ ろう

。し かし

「ぼ く」 は空 を飛 ぶと いう こと が疎 外の まな ざし を受 ける こと であ ると 知っ てお り、 自分 がそ の立 場に なる こと をた だ恐 れて いる

。そ うし て疎 外さ れる こと を恐 れて いる から こそ

「ぼ く」 はま た男 を疎 外す るの であ る。 さら にこ こで

「逃 げ去 って 行く のも

、ぼ くの 後ろ 姿」 と、

「ぼ く」 は自 身と 自身 の疎 外に よっ て逃 亡す る空 飛ぶ 男の 姿を 重ね 合わ せ

る。

「ぼ く」 にと って 男は

、自 分の あり 得た 未来 の一 つで あり

、切 り捨 てた 未来 の一 つで ある

「ぼ く」 が男 に自 分を 見て しま うの は、 自分 がし がみ つく 共同 体の 立場 が不 確か なも ので あり

、い つ自 分が 疎外 され る側 にな るか 分か らな いと いう 不安 があ るか らで あろ う。

「ぼ く」 にと って 逃亡 は悲 劇で しか ない ので ある

。 しか し安 部は 先に 引い た座 談会 で述 べて いた よう に、 こう した 失 踪を アク ティ ブで 有り 得る もの と捉 えて いる

。こ の「 空飛 ぶ男

」が 都市 を舞 台と して いる 以上

、こ の「 ぼく

」と 男は

、一 度は 農村 から 都市 へと 逃亡 した 人物 であ る。 それ でい て男 を疎 外し た「 ぼく

」も

、 どう にか 疎外 され ない よう に「 ぼく

」を 口止 めし よう とし た男 も逃 亡を ネガ ティ ブな もの だと 決め つけ てい る。 以上 を鑑 みる と、 この

「空 飛ぶ 男」 はこ うし た都 市の 共同 体に しが みつ いて 生き る人 々へ の批 判と して も受 け取 れる ので はな いだ ろう か。

二― 二 初刊 にお ける 疎外 次に

、初 刊で 描か れた 疎外 につ いて 考え てい く。 先程 と同 様に

、 男が

「ぼ く」 の家 にや って 来る 場面 を次 に引 用す る。

「ど うか

、気 にな さら ない で下 さい

。」 男は 目を 伏せ

、肩 をす ぼ めて

、弁 解が まし く言 葉を つづ け、

「本 当に

、あ なた が想 像し て いる 以上 に、 なん でも ない 事な んで す。 いや

、以 上と いう より

、 以下 とい うべ きで しょ うか ね。 まあ

、風 変わ りな 夢だ った くら い

(9)

- 252 -

に考 えて いた だい て…

…」

(中 略)

「だ から

、忠 告し て差 上げ てい るん です

。あ まり 大げ さに 考え す ぎる と、 収拾 がつ かな くな る。 最初 はち ょっ ぴり した 違和 感で も、 その 亀裂 が日 を追 って 深く なり

、あ なた の日 常感 覚を 狂わ し てし まう

。他 人と の間 に溝 がで きる

。人 間関 係が 崩壊 して いく

。 つい には 生き てい るこ と自 体に

、な じめ なく なっ てし まう

」 この よう に初 刊で は、 初出 から 一転

、空 飛ぶ 男は 自分 が疎 外さ れ るこ とで はな く、

「ぼ く」 が男 のこ とを 異端 とし て疎 外す るこ とで 疎外 され てし まう こと を気 にか けて いる

。と はい え、 男が 疎外 され る存 在で ある こと に変 わり はな い。 それ は男 の「 いつ も、 何処 をた ずね ても

、ま るで 怪物 あつ かい でし ょう

」と いう 言葉 から も読 み取 るこ とが でき る。 そし て対 照的 に「 ぼく

」は 疎外 する 立場 とな るは ずだ が、 肝心 の疎 外さ れる 男が

「ぼ く」 を心 配す る態 度を とっ てい るこ とや

、「 浮游 現象

」が

「飛 ぶ人 間を 知っ たこ とに よる

、心 のゆ がみ

」に よっ て伝 染す ると いう 受動 的な もの であ る、 つま り男 に恐 怖を 抱き

、疎 外す る立 場に なっ たと 同時 に強 制的 に自 らも 空を 飛ぶ こと で疎 外さ れる 存在 とな る仕 組み であ るこ とで

、こ こで は「 ぼく

」 が疎 外す る立 場で ある こと より も疎 外さ れる 立場 に陥 るこ とが 強 調さ れて いる

。 だが 実際 には

「ぼ く」 に共 同体 から の疎 外の まな ざし は向 けら れ ない

。な ぜな ら「 ぼく

」は 空を 飛ぶ 男を 疎外 しな いか らで ある

。初

出で はラ スト で「 ぼく

」は 男を 拒絶 した が、 初刊 の「 ぼく

」は 少な くと も表 面上

、最 後ま で「 でも

、ぼ くは

、ぜ んぜ んだ な。 君に 恐怖 感な んて

、想 像も つか ない よ」 と男 をう らや まし がる よう な態 度を 崩さ ない

。深 谷純 一

はこ うし た「 ぼく

」の 態度 の変 化を

、初 出で は「 空飛 ぶこ とを 究極 にお いて 拒否 はし たが

、そ れ以 前ま では

、あ る種 の羨 望を もっ てい た。 つま り、 ぼく 自身 の問 題と して 真剣 に考 えて いた

」の に対 し、 初刊 では

「〝 大げ さな のは

、あ んた の方

〟〝 世間 には

、ま さか と思 うよ うな 事は ざら にあ る〟

〝高 望み すぎ る〟 と自 分と の間 に最 初か ら一 定の 距離 を置 いて いる

」と 分析 した が、 確か に初 刊の

「ぼ く」 は空 飛ぶ 男の こと を他 人事 のよ うに 思っ てお り、 これ は男 の問 題に 対し て無 関心 であ る、 ある いは 無関 心を 装っ てい るか らだ と言 える

。「 ぼく

」は 空飛 ぶ男 とい う異 端を

、見 て見 ぬふ りを する こと でや り過 ごそ うと して いる

。視 界に は入 れて も、 その 男に まな ざし を向 ける こと をし ない から こそ

、「 ぼく

」は 男を 疎外 する こと も疎 外さ れる こと もな いの であ る。 つま りこ こで は疎 外は され ない が真 の意 味で 受け 入れ られ もし ない 都市 の姿 が描 か れて いる と言 える

三 改稿 が行 われ た背 景

三― 一

『箱 男』 との 関連 二章 では

「空 飛ぶ 男」 の初 出と 初刊 でど のよ うな 改稿 が行 われ た

(10)

- 253 -

かを 見て きた が、 こう した 改稿 の背 景の 一つ とし て、 ここ では

『箱 男』 との 関連 につ いて 考察 して いき たい

『箱 男』 は一 九七 三年 に新 潮社 から 出版 され た書 き下 ろし 長編 で あり

、「 見る

」こ とと

「見 られ るこ と」 や、 人間 の帰 属を 描い た複 雑な 語り 構造 の作 品と なっ てい る。 主人 公は 箱男 と呼 ばれ る、 段ボ ール 箱を 頭か ら腰 のあ たり まで すっ ぽり 被っ て覗 き窓 から 他者 を 見つ める 奇妙 な男 であ り、 作品 内に おい て箱 男は

「全 国各 地に はか なり の数 の箱 男が 身を ひそ めて いる らし い痕 跡が ある

。そ のく せど こか で箱 男が 話題 にさ れた とい う話 は、 まだ 聞い たこ とも ない

。ど うや ら世 間は

、箱 男に つい て、 固く 口を つぐ んだ まま にし てお くつ もり らし い」

「べ つに 底意 がな くて も、 本能 的に 眼を そむ けた くな る」 とい った 存在 とし て描 かれ てい る。

『箱 男』 はそ んな 箱男 の一 人で ある 元カ メラ マン の「 ぼく

」が

、箱 を買 い取 りた いと 申し 出る 女と 出会 った こと から 物語 が展 開し てい く。 この

『箱 男』 は「 空飛 ぶ男

」の 初出 と初 刊の 間に 出版 され た作 品 であ り、

『箱 男』 が完 成し た影 響を 受け て「 空飛 ぶ男

」が 改稿 され た可 能性 は十 分に 考え られ る。 した がっ て『 箱男

』と

「空 飛ぶ 男」 の主 に初 刊を 比較 検討 する こと で、

「空 飛ぶ 男」 の解 釈を 深め てい くと 共に

、安 部の 疎外 に対 する 問題 意識 の変 化を 探っ てい く。 まず 注目 した いの は箱 男に なる 条件 と空 飛ぶ 男に なる 条件 の類 似で ある

。『 箱男

』に は一 人の 箱男 を空 気銃 で撃 って 退治 する も、 その 後自 身も 箱男 にな って しま った 男( A) が登 場す るが

、こ のA が箱 男に なっ た原 因に つい て、

「A にも し何 か落 度が あっ たと すれ

ば、 それ はた だ、 他人 より ちょ っぴ り箱 男を 意識 しす ぎた とい うく らい の事 だろ う」 とい う描 写が ある

。A は何 も初 めか ら箱 男に なり たか った わけ では ない

。そ もそ も自 分が 住む アパ ート の窓 のす ぐ下 に住 み着 いた 箱男 を撃 った のは それ を目 障り に感 じた から であ り、 箱男 への Aの 最初 の感 情は

「不 法に 領分 を犯 され たよ うな

、苛 立ち と困 惑、 割り 込ん で来 た異 物に 対す る、 嫌悪 と苛 立ち

」で あっ たは ずだ

。A は他 の住 人や

、箱 男が 店の 商品 を無 銭で 持っ て行 って も何 も言 わな い街 の人 々の よう に、 箱男 を見 て見 ぬふ りす るこ とが 出来 なか った

。そ うし て箱 男を 意識 し、 空気 銃で 撃つ とい う行 動に まで 出て しま った ため に、 Aは 箱男 に囚 われ

、つ いに は自 らも 箱男 とな って 失踪 して しま う。 この

「意 識し すぎ

」る とい う状 態は

「空 飛ぶ 男」 の初 刊の

、空 飛ぶ 男が

「ぼ く」 に向 って 行う 忠告 の中 で「 あま り大 げさ に考 えす ぎる と、 収拾 がつ かな くな る。 最初 はち ょっ ぴり した 違和 感で も、 その 亀裂 が日 を追 って 深く なり

、あ なた の日 常感 覚を 狂わ して しま う」 と表 現さ れて おり

、こ れは

「飛 ぶ人 間を 知っ たこ とに よる

、心 のゆ がみ

」「 世界 がば らば らに なっ てい くよ うな

、 一種 の崩 壊感

」へ と繋 がっ てい く。 つま り初 出で は薬 によ る能 動的 な変 化で あっ たも のが

、初 刊で は「 心の ゆが み」 とな るこ とで

、空 を飛 ぶ能 力を 得て しま う条 件が

『箱 男』 と同 質の もの へと 変更 され たの であ る。 続い て覗 きや

「見 る」

「見 られ る」 とい った

、疎 外と も直 接関 わ って くる まな ざし の類 似と 相違 につ いて 見て いく

。安 部は

『箱 男』 につ いて

「覗 きは 重要 な主 題と なっ てい ます

。箱 の中 の男 には 実体

(11)

- 254 -

とい うも のが あり ませ ん。 ただ 箱の 内側 から 世界 を覗 き見 るだ けで す。 外の 人々 は彼 のこ とを ただ の箱 だと 考え て、 人間 だと は思 って いま せん

。だ から こそ

、こ の作 品で は見 られ るこ とと 見る こと の関 係が 重要 なモ チー フと なる ので す

と述 べて おり

、こ の「 見ら れ るこ とと 見る こと の関 係」 は作 品本 文で は「 見る こと には 愛が ある が、 見ら れる こと には 憎悪 があ る。 見ら れる 痛み に耐 えよ うと して

、 人は 歯を むく のだ

。し かし 誰も が見 るだ けの 人間 にな るわ けに はい かな い。 見ら れた もの が見 返せ ば、 こん どは 見て いた 者が

、見 られ る側 にま わっ てし まう のだ

」と 語ら れて いる

『箱 男』 の「 ナイ フで 削る みた いに 覗く んだ ぞ、 着て いる 服だ っ て、 むし り取 るみ たい に…

…」 とい った 描写 に顕 著に 表れ てい る通 り、 覗き とい う行 為は 他者 が意 図し ない 他者 にま なざ しを 向け よう とす る行 為で ある

。こ の覗 きと は見 るこ との 一種 であ り、 見る 自分 がい るこ とで 見ら れる 相手 が発 生す ると いう こと は、 見る こと

、覗 くこ とは すな わち 他者 を疎 外す るこ とに 繋が る。

「空 飛ぶ 男」 にお いて

、疎 外の 如何 は別 とし て、 空飛 ぶ男 とい う異 端を 疎外 する 要素 を持 つ存 在と は「 ぼく

」で ある

。し たが って まず は「 ぼく

」が 男に 向け る視 線に つい て考 えて いく

。 窓ぎ わに よっ て、 目を こら す。 男は 腹を 下に して

、魚 のよ うに 水 平に なっ て飛 んで いた

(中 略) 男は 飛び つづ ける

。ち ょう ど真 向い の二 階家 の屋 根す れす れに

風に 流れ る風 船の よう な滑 らか さで 飛び つづ ける

。そ れか ら突 然 こち らを 振向 いた

。テ レビ

・ア ンテ ナに 掛け た手 を軸 にし て、 く るり と半 回転 する なり

、さ ぐる よう に首 を傾 げて ぼく を見 た。

油断 して いた

。ど うせ 夢だ と思 って いた ので

、額 を窓 ガラ スに 押し つけ

、上 半身 を相 手の 視線 にさ らし て、 気に もし てい なか っ たの だ。 あわ てて 身を 引い た。 これ は初 刊の 冒頭 部分 で「 ぼく

」が 空飛 ぶ男 を発 見し

、ま た空 飛 ぶ男 も「 ぼく

」を 発見 する 場面 であ る。 初出

、初 刊と もに この 場面 に大 きな 変化 はな いが

、本 章で は先 述の 通り 初刊 を中 心に 考察 する 為初 刊か ら引 用し てい る。 この 時、 自分 の夢 の中 だと 安心 して いた

「ぼ く」 は、 男が 自分 に 視線 を向 けた こと を知 覚す るま で、 自分 もま た見 られ る存 在で ある とい うこ とを 失念 して いた

。ま た人 目を 避け て飛 んで いた 男に とっ て、 この

「ぼ く」 から 男へ の視 線は 意図 しな いも ので ある

。つ まり ここ での

「ぼ く」 が男 に向 ける 視線 は、 箱男 が覗 き窓 から 他者 を一 方的 に見 つめ る視 線と 同じ

、見 る側 が見 られ るこ とを 意識 する 必要 がな く、 かつ 他者 を暴 く覗 きの まな ざし であ る。 しか し男 が「 ぼく

」を 見返 し、

「ぼ く」 がそ れに 気付 いた 瞬間

「ぼ く」 は覗 く立 場を 失っ て見 る側 から 見ら れる 側へ と反 転す る。 これ はど こま でも 見る

、覗 く側 であ る箱 男と は異 なる 点で あり

、見 られ た「 ぼく

」は 匿名 性を 失っ て、 男は

「ぼ く」 の身 元を 突き 止め

「ぼ く」 の元 へ訪 れる ので ある

。つ まり この 部分 では

「ぼ く」 と男

(12)

- 255 -

の間 で関 係性 の逆 転が 起き てお り、 三章 で「 ぼく

」の 疎外 され る立 場の 強調 につ いて 述べ たが

、こ こか らも

「ぼ く」 の疎 外す る立 場と して の危 うさ が読 み取 れる

。 さら に「 空飛 ぶ男

」の 初刊 にお いて

「覗 き」 の問 題は 次の よう に

「プ ライ バシ ーの 盲点

」と して 描か れて いる

「し かし

、プ ライ バシ ーの 盲点 だか らな あ。 窓の 戸締 りに した っ て、 いち おう 飛べ ない 人間 を前 提に した もの でし ょう

。実 用価 値 はと もか く、 その 気に なれ ば、 透明 人間 なみ にい ろい ろと

……

」 確か に「 ぼく

」の 言う 通り

、「 それ ほど スピ ード は出 ない

」と い う飛 ぶ能 力は 飛ぶ こと より もむ しろ 見る こと

、と りわ け覗 きに 特化 した 能力 であ ると 言え るだ ろう

。空 飛ぶ 男が 空か ら他 者に まな ざし を向 ける とき

、そ こに はプ ライ バシ ーの 侵害 が起 きる

。な ぜな ら男 は住 居の 窓か ら自 由に 他者 を覗 き見 るこ とが でき るが

、こ れは 空を 飛ぶ 能力 の存 在を 知ら ない 他者 にと って 想定 し得 ない もの であ り、 他者 が許 した 情報 公開 範囲 の外 に土 足で 踏み 込み

、他 者が 見せ たく ない 部分 を暴 きか ねな い行 為で ある から だ。 この よう に「 空飛 ぶ男

」の 初刊 では

「プ ライ バシ ー」 と「 覗き

」 の問 題は 密接 な関 係に ある

「空 飛ぶ 男」 の初 刊が 発表 され た当 時、 プラ イバ シー に関 する 人々 の意 識は どの よう なも ので あっ ただ ろ うか

。日 本の 裁判 所で 初め てプ ライ バシ ー権 が争 われ たの は、 三島 由紀 夫が 実在 の政 治家 をモ デル にし て書 いた 小説

「宴 のあ と」 を巡

る裁 判で あり

、一 九六 四年 九月 二八 日に 東京 地方 裁判 所は プラ イバ シー 権を 法的 に保 証さ れて いる 権利 とし て認 める 判決 を出 した

。こ の際

、プ ライ バシ ー権 は「 私生 活を みだ りに 公開 され ない とい う法 的保 障な いし 権利

」と して 解釈 され てい る。 この 事件 以降 の日 本に おけ るプ ライ バシ ーに 関す る動 きに つい て、 堀部 政男

以下 の よう に述 べて いる

。 日本 で最 初に 動い たの は自 治体 でし た。 コン ピュ ータ リゼ ーシ ョ ンが 進む 中、 日本 労働 組合 総評 議会 を中 心と して 運動 が繰 り広 げ られ ると いう 状況 が生 まれ まし た。

(中 略) 一九 七〇 年代 の半 ば にな ると 市町 村を 中心 とし て自 治体 で関 心が 高ま って いき ます

(中 略) 一九 七五 年三 月に 東京 都国 立市 で制 定さ れた

「電 子計 算 組織 の運 営に 関す る条 例」 に「 個人 的秘 密の 保護

」と いう 規定 が 一カ 条入 りま した が、 それ が日 本に おけ る最 初の プラ イバ シー 保 護条 例と され てい ます

。そ れに 続き

、一 九七

〇年 代の 後半 にな る と、 各自 治体 で条 例の 制定 が進 んで いき ます

。 この こと から

、「 空飛 ぶ男

」は 丁度 日本 でプ ライ バシ ーに 対す る 注目 が高 まり

、法 制度 がよ うや く整 い始 めた とい う時 期に 書か れた 作品 であ るこ とが 分か る。 また 一九 七〇 年代 は佐 藤幸 治が 後に

『憲 法〔 第三 版〕

』の 中で

「個 人が 道徳 的自 律の 存在 とし て、 自ら 善 であ ると 判断 する 目的 を追 求し て、 他者 とコ ミュ ニケ ート し、 自己 の存 在に かか わる 情報 を開 示す る範 囲を 選択 でき る権 利」 であ ると

(13)

- 256 -

定義 した

「自 己に つい ての 情報 をコ ント ロー ルす る権

」に つい て「 プ ライ ヴァ シー の擁 護

とい う論 題で アメ リカ での 事例 を紹 介し なが ら述 べる など

、プ ライ バシ ー権 の理 論的 解釈 が広 がり つつ あっ た時 代で もあ る。 アメ リカ や西 洋諸 国に 比べ

、日 本に おけ るプ ライ バシ ー保 護に 関す る体 系的 な法 整備 は遅 かっ たも のの

、一 九六 七年 には 民法 二三 五条

「境 界線 から 一メ ート ル未 満の 距離 にお いて 他人 の宅 地を 見通 すこ との でき る窓 又は 縁側

(ベ ラン ダを 含む

。次 項に おい て同 じ。

)を 設け る者 は、 目隠 しを 付け なけ れば なら ない

」に 基づ く「 のぞ き見 訴訟

」が 起き たり

、一 九六

〇年 代後 半か ら建 築と いう 面か らプ ライ バシ ーと コミ ュニ ケー ショ ンの 問題 が論 じら れ たり と、 住宅 が密 集し がち で自 宅で すら 他者 から の視 線を 意識 せざ るを 得な い都 市の 中で

、安 部自 身や 読者 にと って プラ イバ シー の問 題は 十分 身近 なも ので あっ たと 言え るだ ろう

。都 市に 住む 者に とっ て、 覗き に対 する 敏感 さは ある 程度 共通 認識 であ り、

『箱 男』 や「 空 飛ぶ 男」 はこ うし た土 壌が ある から こそ 描か れた 作品 であ ると 言え る。 しか し『 箱男

』が こう した 都市 の中 で箱 を被 って 見ら れる こと を 拒絶 し、 誰で もな い存 在と なる こと で他 者を 覗く 箱と なろ うと した のに 対し

、「 空飛 ぶ男

」の 初刊 にお いて 男が

「ぼ く」 から 覗か れる 存在 であ った よう に、 空飛 ぶ男 は見 られ るこ とを 許容 し、 あく まで 都市 の中 で生 きよ うと する 存在 であ り、 ここ に「 空飛 ぶ男

」の 初刊 と『 箱男

』に おけ る大 きな 違い があ る。

『燃 えつ きた 地図

』を 書い た後

、安 部は イン タビ ュー の中 で次 回

作に つい て「 新し い小 説は

、逃 げ出 して しま った 者の 世界

、失 踪者 の世 界、 ここ に住 んで いる とい う場 所を もた なく なっ た者 の世 界を 描こ うと して いま す

と語 って おり

、こ の次 回作 とは

『箱 男』 に あた ると 思わ れる

。高 山鉄 男

は『 箱男

』以 前の 失踪 三部 作に つい て「 これ ら三 つの 作品 のい ずれ にお いて も、 主人 公た ちは

、他 者た ちの 世界 に別 れを 告げ ると とも に、 べつ の他 者、 一人 の女 のほ うに 向か って 歩き だし て行 く。 他者 から の脱 出は

、同 時に

、新 たな 他者 の発 見の 過程 であ ると も言 える のだ

」と 述べ てい るが

、こ れら 三部 作の 主人 公に 比べ て、 失踪 を突 き詰 めて しま った 状態 とし て描 かれ た箱 男は 箱男 のま まで は他 者と 出会 うこ とは でき ない

。な ぜな ら箱 男は 社会 から 外れ るこ とで 見ら れる こと から 逃れ たの であ り、 箱男 が一 方的 に見 るだ けで は他 者と の関 係性 は構 築さ れな いか らだ

。 安部 が「 見る こと には 愛が ある が、 見ら れる こと には 憎悪 があ る」 と語 るよ うに

、人 間は 見ら れる こと より も見 るこ とを 望む

。し かし どこ にも 帰属 せず

、誰 にも 見ら れな いと いう 箱男 の状 況に 人間 はい つま でも 耐え られ るの だろ うか

。ま た一 方で

、い くら 空飛 ぶ男 が都 市の 中で 生き るこ とを 望ん だと して も、

「見 る」 こと に特 化し てし まっ た存 在を 都市 は許 容で きる のか とい う問 題も ある

。『 箱男

』で Aが 箱男 と出 会い

、箱 を被 るこ とで 誰で もな い存 在と して 都市 に埋 もれ るこ とを 夢見 て自 らも 箱男 とな って しま った よう に、 空飛 ぶ男 もか つて 飛ぶ 能力 を得 る前 に別 の空 飛ぶ 男と 出会 い、

「心 のゆ がみ

」、 つま り飛 ぶ人 間に 対す る恐 怖と ある 種の 希望 を抱 いた ため に空 飛 ぶ男 にな って しま った はず であ り、 空飛 ぶ男 は確 かに 覗く こと を望

(14)

- 257 -

んだ 存在 であ る。 であ れば 空飛 ぶ男 は、 他者 を覗 きた いと いう 願望 を持 ちな がら も、 箱男 のよ うに 他者 との 交わ りで 構成 され る社 会を 捨て て失 踪し きっ てし まう こと はで きず

、か つ自 分で

「と ても 見ち ゃい られ ない でし ょう

。人 間も こう なる とお しま いで すよ

」と 卑下 する よう な発 言を しな がら も覗 くこ とは 止め られ ない とい う身 勝 手な 人物 であ ると 受け 止め るこ とも でき る。 以上

、空 飛ぶ 男の 能力 を覗 きと いう 視点 から 捉え ると

、三 章で 述 べた 空飛 ぶ男 を見 て見 ぬふ りす る「 ぼく

」の 態度 は、 許容 の一 つの 形と 言え るの では なか ろう か。

『箱 男』 にお ける 人々 の箱 男へ の見 て見 ぬふ りは

、見 られ るこ とし かで きな い他 者の 精一 杯の 抵抗

、見 られ てい ると いう 事実 を拒 絶す るも ので あり

、箱 男の 排除 であ った

。 しか し「 ぼく

」が 見て 見ぬ ふり をす るの は男 自身 では なく

、男 の空 飛ぶ 男と して の側 面だ けで ある

。実 際、

「ぼ く」 は部 屋を 訪れ た男 が飛 んで いた 男だ とは すぐ に気 付く こと がで きず

、ま た「 ぼく

」は

「ぼ く」 の前 で宙 に浮 いた 男を

「ま った く別 人に なっ た相 手」 と形 容し てお り、 普段 の男 と飛 んで いる とき の男 はほ とん ど違 う存 在と して 描か れて いる

。つ まり ここ で「 ぼく

」は 空飛 ぶ男 が覗 く存 在で ある こと を見 て見 ぬふ りす るこ とで

、暗 黙の うち に空 飛ぶ 男に 対す る許 容を 示し てい るの であ る。 深谷 は前 掲論 文で

「空 飛ぶ 男」 の初 出か ら初 刊へ の改 稿に つい て、 初出 では 空を 飛ぶ 行為 があ くま で「 プラ スの 評価 を与 えら れて いた

」 のに 対し

、初 刊で は「 空を 飛ぶ 行為 は病 気に 喩え られ

、そ の病 原菌 にあ たる のが

、空 を飛 ぶ人 間を 知っ たこ とに よる 恐怖

、心 のゆ がみ

等マ イナ スの 価値 を与 えら れて いる

」と し、 初刊 を「 管理 と締 めつ けに よっ て異 端を 排除 する 現代 の悪 化し た

..

.. 状況 を寓 意化 した もの

(傍 点は 引用 者) であ ると して おり

、こ こか らは 深谷 が空 飛ぶ 男が 疎外 され る被 害者

、「 ぼく

」を 含む 現代 社会 が疎 外す る加 害者 であ ると いう 構図 を見 出し てい るこ とが 読み 取れ るが

、こ れま で見 てき たよ うに

、空 飛ぶ 男は 決し て単 なる 被害 者で はな く、 疎外 をす る、 され ると いう 立場 も入 れ替 わる もの であ る。

「空 飛ぶ 男」 の初 刊に おけ る都 市で はお 互い が疎 外し 疎外 され る関 係で ある こと に自 覚 的で あり

、一 つの 疎外 が更 なる 疎外 を招 いて しま うこ とも

「ぼ く」 たち は知 って いる

。そ して

「ぼ く」 たち は疎 外さ れな いよ うに とい う自 衛の 意味 でも 他者 の異 端部 分か ら目 を逸 らし て他 者と 関わ り あっ てい る。 他者 を真 の意 味で 受け 入れ よう とし ない 都市 は、 他者 と向 き合 うこ とで 疎外 して しま う初 出の よう な都 市と 比べ て本 当 に悪 化し たと 言い 切る こと がで きる だろ うか

。都 市と は見 知ら ぬ他 人と 常に 関わ り続 けて いな けれ ばな らな い場 であ り、 そん な無 数の 他者 の異 端を

、し かも 覗き とい う自 分に とっ てマ イナ スに なり かね ない 異端 を、 すべ て正 面か ら受 け入 れろ とい うの は土 台無 理な 話で あり

、こ の見 て見 ぬふ りは 悪と は到 底言 えな い。 また 失踪 を望 む異 端者 の側 とし ても

、こ の都 市は 箱男 のよ うに 極端 な失 踪を する 必要 もな く、 かつ 限度 はあ るだ ろう が異 端者 であ るこ とで 疎外 され ない 都市 であ る。

「空 飛ぶ 男」 は、 匿名 性を 突き 詰め

、他 者と 交わ らな いこ とで 異端 者と して 社会 に生 息し てい た『 箱男

』を 経て

、あ くま で他 者の 中で 失踪 を望 む異 端者 とそ れを 取り 巻く 他者 が辿 り着 い

参照

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