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斉藤茂吉『万葉秀歌』と竹西寛子の散文に見られる、

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はじめに 斎藤茂吉『万葉秀歌』と竹西寛子の名詞表現 本稿の目的は、作家竹西寛子(1929〜)の評論や随筆 に多用される、幾種類かの特異な「名詞を用いた表現」

の中の一つが、斎藤茂吉『万葉秀歌』(1938)に散見され る表現に似通うことを指摘し、竹西の表現が斎藤茂吉の 表現をヒントとして生まれたのでは、と示唆することで ある。

 両者に共通する「特異な表現」の一例を示す。

・『豊旗雲』は、『豊雲野神(とよくもぬのかみ)』『豊 葦原』、『豊秋津州(とよあきつしま)』、『豊御酒』(と よみき)、『豊祝』(とよほぎ)などと同じく『豊』

に特色があり、古代日本語の優秀を示してゐる一 つである。(斎藤茂吉『万葉秀歌』上巻 P21)(ゴシッ ク体筆者、以下同様)

・実生活の苦しみは苦しみとして生きながらも、歌 の堂々には疑心暗鬼のかげはなく、歌人晶子は自 信も矜(ほこ)りも美しい。(竹西寛子『日本の恋 歌』(1987)P88)

「古代日本語の優秀を示してゐる」は「古代日本語が優秀 であることを示してゐる」の意であり、「歌の堂々には疑 心暗鬼のかげはなく」は「歌が堂々としていることには 疑心暗鬼のかげはなく」である。

本稿の流れは次の通りである。

1.竹西の特異な「名詞表現」の概観 2.大岡信、馬場あき子の表現との比較

3.斎藤茂吉『万葉秀歌』に見られる、特異な「名 詞表現」

4.まとめ

斉藤茂吉『万葉秀歌』と竹西寛子の散文に見られる、

≪名詞立て≫に関するノート

奥   浩 昭

A Note on the Foregrounding of Nouns or Noun Phrases as a Literary Style

― Based on the Prose by SAITO Mokichi, a celebrated Tanka poet, and TAKENISHI Hiroko, a novelist, literary critic and essayist ―

OKU Hiroaski Abstract

This paper suggests the possibility that some uses of nouns and other expressions in a prose work by SAITO Mokichi, a celebrated Tanka poet, might have influenced the literary style of the prose of TAKENISHI Hiroki, a distinguished novelist, literar y critic and essayist. Among the typical examples is:

 kodai nihonngo no yushu (= excellence of the ancient Japanese lanuguage) (M.SAITO) uta no dodo (= magnificence of the song) (H.TAKENISHI)

The above suggestion comes from two observations:

1) The foregrounding of nouns shown above has seldom been used by most writers.

2) TAKENISHI wrote several times that she has been influenced by SAITO’s analysis of ancient Japanese poems and by his literary style.

key words: foregrounding, a verbal noun, various uses of nouns, literary style, rhetoric

Received on September 5, 2007.

人間コミュニケーション学科 

(2)

1.竹西の特異な「名詞表現」の概観

佐藤信夫「名詞による思考」(1987)の示唆した、「名詞」

を用いた表現の新たな可能性(これを、佐藤は「名詞立て」

と呼んだ)という論に基づき、奥(2006)は竹西の散文 に見られる≪名詞立て≫を、竹西の文体を構成する重要 な要素としてとらえた。同論文で抽出した≪名詞立て≫

を以下概観する。 例は、同論文で参照しなかった『日本 の恋歌』から採る。

1)名詞の増設

 古典詩歌に惹かれるようになったのは、気ままな 読みあさりを続けるうちに文字通り惹かれるように なったのであって、反芻していると快い、ただそれ だけのことである。同じ歌でも長い間快さの外にあっ た歌は数えきれないし、快さそのものは当然理屈や 論理を超えている。

 ただ、なぜ快いのか、それを多少分析機能して 考えてみたい欲望もなくはないので、時に応じて そういう欲望にしたがった文章も何程かは書いて きた。その過程で教えられたことは言い尽くせな い。さし当って一つだけを言うと、現在の私たち の日常の言葉の運用も、古典詩歌に対する馴染み と学びをないがしろにしたのでは、よくは果され ないらしいということである。(P2-3)

太字の部分前後を名詞を用いずに表現すれば、「気ままに 読み進めるうちに」、「快いと感じられなかった」、「日常 の言葉づかいも」、「古典詩歌に馴染み、学ぶことなしには」

となろう。

2)二語漢字の前景化:漢字表現を際立たせる表現  人生の半ばを疾(と)うに過ぎて振り返られた若 い日の一刻が、まるで他人事のように述べられてい ながら、事の選択と接続が適切であるため、歌はか えって活発に発言することになった。(P180)

 類例:教導(P15)

3)爽快さ → 爽快、多様性 → 多様:「さ」や「性」

の削ぎ落とされた、引き締まった表現

 この一首の爽快は、来し方行く末の混濁、低迷、

難渋、軋轢を拒否していない。拒否していないどこ ろか、それらをまるごと溶解するもの特有の清澄感 にあふれている。(P86)

4)「AのB」という形の名詞句

 漠然とした大人の人生を予感しながらも、景の大 きさと、歌の清澄だけははっきりと心にとめた。(P85)

類例:理性の優越(9)・心の動きの自然、言葉の自 然(12)・万葉集の「率直」とか「素朴」(45)・沈黙 の自制(51)・人間の明晰と神秘(61)・女のあわれ(67)・ この一首の爽快(86)・清澄ならぬ濁りの不快(86)・

歌の堂々(88)・夫婦の親密(88)・権力文化の孤高(93)・

人の心の自然(95)・言葉選びの巧み(96)・額田王 の情欲の奔放(103)・前三句の流暢(182)・表現の 冷静(203:二ヶ所) これに「歌を詠む者の必要と 肝要との認識(14)」(次の5)で取り上げる)を合わ せ、20箇所。

5)AのBのC

 この父子が、歌を詠む者の必要と肝要との認識か らひろく古典を尊重したことは、二人の歌作や歌論 によくあらわれている。(P14)

6)「気づき」のような、動詞の名詞形

 古代の社会、ことに宮廷社会における男性の権力 行使は、女に有無を言わさぬ一面をもっていたので はなかろうか。賢い、心ある女は、その中で、精一 杯の自分の使い分けをしたのではなかろうか。(P103)

7)対照をなす語の並列

もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる 魂(たま)かとぞみる

は、忘れられてなお消えぬ恋心の、身ひとつへのと どめ難さを言葉にした秀歌で、人も我も鏡にしなが ら、人間の明晰と神秘、あるいは情理の共存と乖離に、

言葉で分け入ってゆくこの詩人の特色がよく示され た代表歌と言えるだろう。(P61)

8)(〜 に)・・・がある

 「万葉秀歌」には、読み返すたびのおどろきがあり、

いつも新しい説得がある。自分のものになりきって いない作品については言うなと、暗にたしなめるよ うな力があり、詩心を呼んで詩心に伝わる美しい共 鳴がある。誠実で自由な読みへの快い刺激がある。

(P25)

9)形容詞節を伴う名詞

 恋に擦れていない稚さを自嘲にまではおとしめず、

嶮しい恨み顔を見せるでもなく、自分の愚かさとし て自得する素直が一首の後味をよくしている。(P81)

10)竹西の多用する名詞

 人の情が幅広く深く行使されるその「ほど」にお いて、恋の情は他の情を凌ぐというのが宣長の見方 であった。(P5)

以下の論で特に着目するのは、4)AのBという形の名詞 句である。

2.馬場あき子、大岡信の表現との比較

 上述の名詞表現が竹西に「特異」なものである、と主 張するためには、それが他の文章家には見られないこと を示す必要がある。ここでは、馬場あき子『歌の彩時記』

(1996)と大岡信『万葉集』(1985、引用は1996)に同種 の表現(2)二語漢字の前景化、3)爽快さ → 爽快、多様 性 → 多様、4)AのBという形の名詞句)が見られるか を調べた。

(3)

大岡(1996)

・私は何よりもまず、小学校時代に読んだ『少国民 万葉集』といったたぐいの万葉入門書以来の『万 葉集』渉猟の中で、私自身にとってとにかく面白 かった歌、興奮させられた歌、くりかえしおのず と口ずさまずにはいられなくさせられた歌、疑問 を投げかけてきた歌、言葉に対する興味や事柄に 対する探究心をそそられずにはおかなかった歌を、

いわば私の感受性の責任においてとりあげ、鑑賞 しようと思う。(P26)

・私自身が閑暇を得て本をひもとく単なる鑑賞者の 立場で『万葉集』を読む場合なら、私の好みは、

たとえば大伴旅人の気品、たとえば長意吉麿(な がのおきまろ)の機知、たとえば志貴皇子の清純、

穂積皇子の闊達、あるいは山上憶良の思弁癖、高 橋虫麻呂の浪漫性、あるいはまた大伴坂上郎女や 笠女郎における女性的なるものの多彩性、そして 大伴家持の歌日記といったものに、いくらでも楽 しみの材料を見出すことができる。(P28)

・この歌を読むと、広漠たる原野から音もなく去っ てゆく霊の幻影が立ちのぼるような思いがする。

そこには上句に相ついで現れる二つの枕詞のもた らすリズミカルな効果と切り離すことのできない、

詩の言葉の不思議がある。(P169)

・人麻呂は旅情をうたっても万葉有数の詩人だった。

一首や二首旅の名歌を残したという程度の歌人なら 集中にその数も多いが、人麻呂の場合は、さまざまな 機会に詠んだ旅の歌が、どれをとっても土地の風光を 鮮明に浮かびあがらせる技術の安定と、風物を詠んで おのずとそこに人情を流露させる手腕の巧妙におい て、群を抜いていたという点で別格なのである。

馬場(1996)

・だが、被害は受けっ放し、報復は任せっきり、とい うわけにもいかない。何より、心が納得しない。昔の 人は、そんな時「心を鬼」にしたり、もう一歩すすん で、人間であることをやめ「鬼」そのものとなって報 復の完璧を期したりした。(P11)

・中城の志向は今日ほとんど一般の常識になり、その 歌いぶりも充分に血肉化され吸収されつくした。

 しかし、その先駆としての試行の苦痛は何度でも思 い出されていいだろう。(P225)

・あるいはこれは、夢の虚妄ではなく、私たちの日常 に潜在する本質的な不安であるかもしれない。(P249)

・人匙すくったメロンの果肉に、晩夏の熟成の甘美は あり、その明日に老熟の憂いをふと思う。・・・老熟 に向かうメロンの果肉に、終りの夏をみつめる感傷の 思いがある。(P297)

・五十年も昔のことだが、敗戦の焦土に来た秋の感銘

は忘れがたい。

「AのB」の表現は、竹西(1987)に20例見られるのに 対し、大岡(1996)で4例、馬場(1996)で6例を数え るのみである。「AのB」を多用する文章家として竹西が 際だっていることは明らかだろう。

3.斎藤茂吉『万葉秀歌』に見られる、特異な「名詞表現」

 古歌を論ずる中で竹西は何度か斎藤茂吉『万葉秀歌』

に言及している。

・「万葉秀歌」の中で、「歌詞」と「声調」との使い分 けがあり、いずれも歌の大事とされていることへの気 づきは以前からあった。(『哀愁の音色』(2001)P47)

・この鑑賞(=斉藤茂吉の『万葉秀歌』)を読み返すた びの新たな感銘は、直感感受の明晰に示された上質の とその一般化にあると思われる。(同上 P49)

・死を賜わる。

 私がこの言葉を初めてはっきりと心にとどめたの は、斎藤茂吉の「万葉秀歌」上巻だった。事実はすで に「日本書紀」の記すところだが、茂吉の文中で記憶 したことが私には重い。茂吉の、この岩波新書の秀歌 鑑賞には、読み込みに独特のリズムがあり、特有の雰 囲気がある。茂吉に聞かせてもらう「万葉集」が、茂 吉の作品を読んでいる感銘のうちに、古人の心の動き や振舞まで呼吸の通ったものとして浮び上らせてく れる。

 「万葉秀歌」には、読み返すたびのおどろきがあり、

いつも新しい説得がある。自分のものになりきってい ない作品については言うなと、暗にたしなめるような 力があり、詩心を呼んで詩心に伝わる美しい共鳴があ る。誠実で自由な読みへの快い刺激がある。(『日本の 恋歌』P24-25)

《名詞立て》という竹西の文体の一特徴があるいは『万葉 秀歌』にあるのではと思い、調べた結果を以下に示す。

AのB

・ここは同じことを繰返してゐるので、古調の単純素 朴があらはれて来て、優秀な歌となるのである。(上 75)

・『実の照るも見む』は美しい句で、家持の感覚の鋭敏 を示すものである。(下174)

・堅香子(かたかご)は山慈姑(かたくり)で薄紫の 花咲き、根から澱粉の上品を得る。(下170)

・『明日きせざめや』を契沖は、『明日著セザラメヤ』

と解いたが、それよりも『明日来せざめや也。明日 来といふは、凡て月日の事を来歴ゆくと言ひて、明 日の日の来る也』といふ略解(宣長説)の穏当を取 るべきであらう。(下135)

・万葉歌人の写生力・観入態度の雋敏に驚かざるを得

(4)

ない。(下87)

・全体が民謡風で、万人の唄ふのにも適ってゐるが、

はじめは誰か、女一人がかういふことを云つたもの であらう、そこに切にひびくものがあり、愛情の連 綿を伝へてゐる。(下54)

・鏡王女の歌も情味あつていいが、鎌足卿の歌も、端 的で身体的に直接でなかなかいい歌である。身体的に 直接といふことは即ち心の直接といふことで、それを 表はす言語にも直接だといふことになる。(上78)

・この反歌一首の意は、かう吾々は貧乏で世間が辛い の恥かしいのと云つたところで、所詮吾々は人間の赤 裸々で、鳥ではないのだからして、何処ぞへ飛び去る わけにも行くまい、といふのである。(上201)

・此歌は帝都の盛大を謳歌したのであるから、もつと 内容が複雑宏大となるわけである。(上152)

・今現在山中の笹の葉がざわざわ乱れてゐるのを、直 ぐ取りあげて、それにも拘はらずただ一筋に妻をおも ふと言ひくだし、それが通俗に堕せないのは、一首の 古調のためであり、人麻呂的声調のためである。(上 90-91)

・この御歌の方が、額田王の歌に比して、直接で且つ 強い。これはやがて女性と男性との感情表出の差別と いふことにもなるとおもふが、恋人をば、高貴で鮮麗 な紫の色にたぐへたりしながら、然かもこれだけの複 雑な御心持を、直接に力づよく表はし得たのは驚くべ きである。そしてその根本は心の集注と純粋といふこ とに帰著するであらうか。(上30)

・かう簡潔につめていふから、感傷の厭味に陥らぬと も謂ふことが出来る。(下45)

「はじめに」の項で取り上げた例を含め、上下二冊に13 個の用例を確認した。馬場(1996)に見られる頻度に近く、

多いとは言えない。さらに斎藤茂吉の他の散文に当って もいない現時点で、竹西の文体への影響を論じることは できず、ここではその可能性を示唆するにとどめざるを えない。

 ただ『万葉秀歌』には、上の可能性を支持するかもし れない表現がほかに四種ある。

1)二語漢字の前景化;  爽快さ  →  爽快、多様性  →  多様

・一首に主格も省略し、結句に、『印南国原』と だけ云つて、その結句に助詞も助動詞も無い ものだが、それだけ散文的な通俗を脱却して、

蒼古とも謂ふべき形態と響きとを持つてゐる ものである。(上19)

・事象としては『天の時雨の流らす』だけで、

上の句は主観で、それに枕詞なども入つてゐ るから、内容としては極く単純なものだが、

この単純化がやがて古歌の好いところで、一

首の総合がそのために渾然とするのである。

(上69)

・飽くまで実感に即して執拗に歌つてゐるから 軽妙に滑って行かないのである。(上91)

・内容は極めて単純で、ただこれだけだが、そ の単純が好いので、そのため、結句の、『船ち かづき』に特別の重みがついて来てゐる。(上 128)

・さういふ珍重と親愛があるために、おのづか ら感覚的語気が伴ふと見え、女体と関連する 寓意があらうといふ説もある、(上156)

・王女は額田王の御姉であつたから、額田王の 歌にも共通な言語に対する鋭敏がうかがはれ るが、(下5)

・『らし』といふのは、推量だが、実際を目前に しつついふ推量である。(上35)

・かういふ実際を幾たびも経験して(下61)

・人間の実際が出てゐるのである。(下83)

・和へ歌の方はどうしても間接になりがち(上 88)

・文学的に間接に堕ち却って悪くなつた。(下 100)

・心持が稍間接だが、先づ万葉の歌の一体とし て珍重していいだらう。(下103)

・毛詩に『死則同穴』とあるのは人間共通の合 致であるだらう。(下152)

「間接」という語を竹西も愛用する。

・今、「宮島」と前書された「薫風や」(=薫風やとも したてかねつ厳島)を読むと、自然の一部のような 海の社を、磯松の間を、そして波の上を、吹きめぐっ ている風の音とともに潮の香が立って、一句の中に 自然の動きをよくおさめている作者に感嘆する。「と もしたてかねつ」に、間接の風がなんとよくよまれ ていることか。 (『竹西寛子の松尾芭蕉集・与謝蕪 村集』P209)

・しかし二人(=柿本人麻呂や額田王)の儀礼歌に「私」

が無いのではない。「公」の歌としての稀有の力は、

ありあまる「私」を内にこめ、表に「私」を消す力 をばねにして得たものと思われる。さし当っては、

私人の顔や声を消すことでより全的に生かされた二 人の儀礼歌を読んでいると、「公」の歌の間接は、い つのまにか必然に転じてもどかしさにはいたらず、

その大きさは、直接で訴え通そうとする歌の窮屈さ を思わせて、二人の歌が次第にひろがってゆくのに しばしば救われる。 (『古今和歌集』P9)

2) 。。を表すのに → 。。を表すに

・その綿が真綿だといふのは、三代実録、元慶 八年の條に、『(略)』とあるによつて明かであ

(5)

る。(上156)

・今は京址となつて寂れた明日香に来て、その 感慨をあらはすに、采女等の袖ふりはへて歩 いてゐた有様を連想して歌ってゐるし、(上 49)

竹西(1987)にも同種の表現がみられる。

・俊成には複数の女性があって、系図を見ただけでも わが目を疑いたくなるほど多くの子をもうけている が、鳥羽天皇皇后の女房として仕えていた加賀と結 ばれるについては、格別の執心がったらしい。(P16)

・和泉式部が冷泉天皇の皇子、為尊親王、敦道親王兄弟 に愛されたについては、9 の項ですでにふれた。(P100)

3)いられる:尊敬表現

・一首の意は、夫はいま何処を歩いてゐられるだらうか。

今日ごろは多分名張の山あたりを越えてゐられるだら うか、といふので、(上44)

尊敬の表現として竹西は、一貫して「いられる」を用 いる。

・どういう住職がいられるのか分からないし、声をかけ る気にもならなくて、本堂らしいところで頭を下げた あと、その縁にただ寄りかかっていたのだが、(『京の寺・

奈良の寺』(P7)

尊敬表現に「いられる」を用いる現代の文章家は、そ れほど多くはない。

4)「切実」という語

「切実」という語自体は広く用いられるが、その頻度は文 章家によりさまざまである。『万葉秀歌』で茂吉はこの語 を27回用いている。『日本の恋歌』に現れる「切実」は 4個にすぎないが、竹西の他の著作ではよくこの語を目 にする。

4.まとめ

 以上、斎藤茂吉『万葉秀歌』に見られる幾種類かの

「名詞立ての表現」や他の表現を取り出し、それらが竹 西の表現に影響を与えた可能性があることを示唆した。

しかし、示唆は可能性の示唆にすぎない。斎藤茂吉の散 文に広く当った上で、示唆の妥当性が検証されなければ ならない。

 奥(2006)の最後に、竹西の《名詞立て》表現の由来 を探るには、竹西が長く親しんできた古典(和歌、源氏 物語、蜻蛉物語、俳句、本居宣長等)にあたる必要を記 した。斎藤茂吉も含め、明治以降の文章家も加えなけれ ばならない。

1 奥(2006)では他に「体言止めの連続」を取り上げた。

しかし体言止めは広く用いられる表現なので、ここ

では触れない。

2 例えば、折口信夫と窪田空穂。

斎藤茂吉の「万葉秀歌」への敬愛はすで記した通り であるが、いま二つ、私には特別に献じている席が あって、それは窪田空穂と折口信夫のためのもので ある。(竹西寛子『日本の恋歌』(P46)

参考文献

大岡信:万葉集,岩波書店,1996 [1985]

奥浩昭:「文体としての《名詞立て》――作家竹西寛子氏 の散文を手がかりに――」,電気通信大学紀要,2006 斎藤茂吉:万葉秀歌,岩波書店,1938

佐藤信夫:「名詞による思考」(『レトリックの消息』

所収),白水社,1987

     わざとらしさのレトリック,1994 竹西寛子:日本の恋歌,岩波書店,1987

――――:竹西寛子の松尾芭蕉集・与謝蕪村集,集英社,

1996[1987]

――――:古今和歌集,岩波書店,1997

――――:哀愁の音色,青土社,2001 馬場あき子:歌の採事記,読売新聞社,1996

参照

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