-「自得」、「自己化」、「自覚」

Download (0)

Full text

(1)

はじめに

西谷啓治は、その思索の道行において、基本的に 西洋(宗教)哲学と禅を根拠としてきた。真にその 哲学の価値が理解され、吟味されているわけではな いとしても、たとえばオットー・ペゲラーが、西谷 の行ったハイデガーの議論へ言及しているのも、西 谷がドイツ哲学を禅仏教と交えるような仕方で思索 を展開していったという文脈を考慮してこそであろ う1)。しかしながら、西谷の宗教哲学を西洋と東洋 のアマルガムと単純に割り切ってしまうのには、何 か言い足りなさを感じてしまうところがある。とい うのも、そこにはこうした二分法に還元できないよ うな独自性をかいま見ることができるからである。

このとき考察しなければならないのは、西谷による 西田哲学への解釈ではないだろうか。西洋的でも東 洋的でもなく、さらには禅とも異なる特異な哲学を 講じたのが、まさしく西谷の先達であった西田幾多 郎であったからである。洋の東西を問わず様々な思 想を受容した西谷哲学の根幹には、やはり西田哲学 の影響が何より強大であったに違いない。ところ

で、大峯顕がすでに論及しているように2)、西谷は 自身がそれまでドイツ哲学や禅の思想に依拠しなが ら論じてきた「自己と無」という論点に関して、不 徹底な部分があると感じていた。そしてそのときに 彼が立ち返ったのが西田哲学であった。西谷はその 解釈から「自己化」なる概念を導出する。しかも後 述するように、それは西田のライバルであった田辺 哲学への批判にもなっている。したがって、本稿は こうした問いを基本として西谷による西田哲学の読 みを論じていく。

第一節 「自得」から「自己化」へ

西谷がまずもって西田哲学の核心にあるとするも の、それは「哲学思想というものにおいても、思想 体系という形をとったものの背後に形なき創造的な ものがあり、それがその思想家の真実在である」3)

ということ、および「思想と人格とは別ものではな い」4)ということの二点である。思想は学的な客観 的対象性には縮減されず、それを語る者が形成し、

磨き上げてきた人格と不可分であるということが、

西谷啓治による西田哲学の継承と田辺哲学への批判

-「自得」、「自己化」、「自覚」

桑原旅人

帝京科学大学(非常勤講師)

Keiji Nishitaniʼs Inheritance of Nishidaʼs Philosophy and Criticism of Tanabeʼs Philosophy:

“self-acquisition,” “self-actualization,” and “self-awareness”

Tabito KUWAHARA

Teikyo University of Science (Part-time lectuer)

Abstract

In his contemplative path, Keiji Nishitani has basically grounded himself in Western religious philosophy and Zen. However, there is something unspeakable in simply dividing Nishitaniʼs philosophy of religion into an amalgam of Western and Eastern philosophies. This is because there is a uniqueness in Nishitaniʼs philosophy that cannot be reduced to such a dichotomy. What must be considered at this point is Nishitaniʼs inheritance of Nishidaʼs philosophy. Nishitani derives the concept of “selfification”

from his interpretation. Moreover, it was also a criticism of Tanabeʼs philosophy. Therefore, this paper will discuss Nishitaniʼs reading of Nishidaʼs philosophy based on these questions. As a result, it is clarified that Nishitani developed the concept of

“selfification” from Nishidaʼs “self- acquisition” and “self-awareness,” he reached a position of independent and self-sufficient consciousness that does not depend on others, which is opposed to the “absolute other” in Western philosophy and

“repentance” in Tanabeʼs philosophy.

キーワード:西谷啓治、自得、自己化、自覚、西田哲学、田辺哲学

Keywords:Nishitani Keiji, self-acquisition, self-actualization, self-awareness, Nishidaʼs Philosophy, Tanabeʼs Philosophy

(2)

(西谷自身もそうであるような)西田哲学の根本的 態度である5)。誤解してはならないのは、西田と西 谷における人格が、デカルト的な〈私Je〉の明証 性、あるいは自己意識としてのカント的な超越論的 統覚といった西欧的普遍主義の文脈における自己性 のあり方とは異なるということである。なぜなら西 田と西谷における人格とは自己自身のもつ一般化さ れえない特異性のことを指す示すからだ。そしてこ の特異性としての人格は、思索という超越論的なも のと実地において学ぶ様々な経験とを重ねる合わせ ることによって、多様性と深みを増していく。いず れにしても、創造性と人格という二つの要素は、西 田から西谷へと純度を損なわないまま継承されてい る。そしてこの連結から演繹される問いこそが、自 己への問いなのだ。西谷は「『善の研究』について」

と題された論において、西田の「自得」へと立ち返 りながら「思想の「自己化」」なる造語によってこ うした事態を説明している。

  要するに、思想や見地が身についたものにな り、自己自身に化せられねばならないという要 求は、人間という存在の深い根基に触れた問題 意識から起る[…]哲学の場合でも、その理論 における基本の立脚地、哲学としての思考の出 発する「初め」が、同様な性質のものであても 不思議ではない。むしろ、哲学の本質というも のからいえば、そうなるのが当然とも見られう る。というのは、如何なる問題や解答も根本に おいてはすべて自己自身に係わる問いであり答 えであるということが、哲学というものの本質 の少なくとも一面でなければならないからであ る。いわば思想を自己化する要求である。しか し、もしそうならば、そういう哲学の思想の理 解に、或る特有な困難が伴うことも、また当然 のことになる。思想の「自己化」は、思想の知 解のむつかしさとは全く別種のむつかしさを含 むからである。6)

実証的な学問のみを学知として盲信してしまうよ うな者たちに、西田哲学を理解することなど不可能 であろうし、人間性のもつ深層に触れる体験をした ことのない者たちにもそれは知られえないだろう。

西谷が重要視するのは、こうした主張が禅だけでな く、学としての哲学にも適用しうるということであ る。なぜなら、哲学においても理論の起点に自己自 身がなくてはならないからだ。しかし、ここで西谷

がこの事態を「自己化0」という造語によって名を与 えているということは、自己自身が自己自身として あるという「自己性」に留まっていてはならないこ とを意味してもいる。だからこそ、西谷における自 己化とは自己にのみ繋留されることではなく、他の 超越論的思索の影響を受けながらの主体化を指示す ることになる。

ところで西谷は、この自己化の問題を考えるにあ たって、『善の研究』のなかで西田がよく用いる

「独立自全」という用語に目を向けている7)。この 語は主客未分の「純粋経験」を指すのであるが、肝 要であるのは、ここで使われる「自」という語彙を

「他」の対立物として理解してはならないというこ と、すなわち「独立自全」は他者を参照、比較する ことによって生じる自己ではなく、自らですべてで ある自己のことを指すということである。そしてこ の「独」という言葉も、相対的な意味合いをもつの ではなく、あくまで「全」であるものとして機能す る。だが、それは矛盾や対立を含まない無限ではな く、差異と非差異をことごとく含み込んだ「対立な き統一でもない統一」8)という仕方で自発的に発展 していくものなのであり、それこそが「自己化」の 実相を示している。

こうした種類の統一は、シェリングの「絶対的同 一」やヘーゲルの「概念」(Begriff)に近いように 思えるが、それらと西田哲学の相違は、統一を可能 にする「同一の理」と西田において呼ばれる力が、

あくまでも「自」の立場において成り立っていると いうところにある。神や無限のように絶対の「他」

なるものにおいてではなく、絶対の「自」であるも のにおいて同一性が成立するということに、西田哲 学の西洋哲学との根本的な差異がある。すべては

「独立自全」たる「自」において自存する。結局の ところ西洋哲学の問題点は、すべてを他者へと解消 してしまうことにあった。いまだ絶対他者への渇望 を振り払えない西洋哲学に対し、「自己」をキー ワードに西田の哲学を受け継ぐ西谷もまた批判の眼 を向ける9)。ニーチェ以後、幾度となく問いに付さ れながらも亡霊のように回帰してくる「他」なるも のは、「主観性」を排さない限り超克できないもの であるが、それは形而上学的な方法、すなわち経験 の外へと出るという仕方では不可能である。じじつ 西谷は、「普遍的理性」のような主知主義的な経験 の超出を論難しつつ、経験に留まりながら経験を超 出するという「経験の域における逗留の純化」が必 要である述べ、それこそが西洋哲学とは位相を異に

(3)

する西田哲学の独自性であると主張する9)。 それではどのようにして経験のなかに内属しなが らそれを超越し、なおかつ主観性を排するというよ うな芸当が実現しうるのか。それは先に指摘した

「理」の力によってであり、物事を自己から切り離 された客観的対象物として見ること、すなわち事物 を見えるものとしての「表象」へと切り下げるのを 止めることによって実現する。西谷が、不可視なも のを見るためには、「我々自身がそれに「なりきり」、

それに「即して働く」こと以外に道はない」10)と断 言しているように、見ることなしに見るということ は、表象へと対象化することなく、自己自身が存在 であるような没入を体得することである。要するに、

存在そのものに「なりきる」ことが、純粋経験の現 出なのである*1。一方で、こうした経験において自 己は、むしろ滅却されていくという視点もとり逃が すことはできない。じじつ、西谷は日常的な水準に おいて思考する自己の主観性を「脱却」するときに 本来的な「真の自己」が露出するとしている11)。「真 の自己」は、主観性を失うときに逆説的な仕方で立 ち現れてくるものなのだ。このような観る自己と観 られる自己の分裂に依拠する主観的自己からの覚醒 とは、自己と実在との統一の意識において、万物の 住う対象的な世界と思考を自己自身のうちに合成し、

まとめ上げていく「自己化」によって表現される。

こうした総合としての自己化は、それ自体で独立に

「自発自展」しつつ際限なく創造的に上昇を遂げて いくのと同時に、絶えずその源泉へと還帰していく ように動く矛盾的な挙動をする。このように変転し ながらも根源をもつ、理想と現実の共時的な表示に こそ、いわば他者なき自己の体系化0 0 0 0 0 0 0 0 0 0としての自己化 を認めることができる。

自然のうちにおいていまだ潜在的なものに留まっ ている自己が、現実的に生起するのは、「精神」に おいてである12)。自然そのものを自己として捉え、

それを統一する場所こそが精神と言われる。万物の 自己化を自覚することにおいて、自己自身は「真の 自己」、すなわちデカルトの「私」やカントの「超 越論的統覚」のように対象的世界を自己自身から分 離するのではなく、それを自己自身に包含するよう な自己になる。押さえておく必要があるのは、この 統一的自己が絶対的な他者のような超越的外部性で はなく、「直接経験において直下の現実」であり、

「動即静」、「静即動」としての「独立自全なる唯一 実在」であるという点である13)。真の自己は理想を 内包しつつ、現実に実在する。すなわち、理想と現

実とが分離せずそのまま共示される実在こそが、真 の自己の場所としての「精神」なのだ。したがって、

実在とは何か、現実とは何かを知るということは、

畢竟、自己自身を知るということにつながる。知識 や実践、そして情意も、すべては一致してその内奥 から湧出するものであって、けっして他なるものに は寄りかかることのない絶対的な「自」において現 働化する。そしてこのような事態ゆえに、自己から すべてが始まるという自己原因性が問題となってく る。

  我々は、「善とは理想の実現であり、要求の満 足である」と言われていることから出発した。

そしてその要求や理想とは何から起ってくる か、善とは如何なる「性質」(すなわち本性ま たは本質)のものであるかとの問いに対して、

意志の「原因」となる本来の要求あるいは理想 は、自己そのものの「性質」より起る、すなわ ち自己そのものの「力」である、と答えられて いることを問題に取り上げた。その場合、意志 とは、意識の最深なる統一作用であり、すなわ ち自己そのものの「活動」である。つまり、こ こでは要求や理想は、かかる自己そのものの

「活動」としての意志が現実に成立して来る

「力」、自己そのものの「力」である。意志の

「原因」である。意志は「最も能く此力を発表

〔発現または表現〕したもの」であり、それ故 に最深の意識統一作用である。[…]自己その ものの「活動」と自己そのものの「力」と自己 そのものの「性質」――この三つの概念のうち に、我々はアリストテレスの哲学の基本概念で あるエネルゲイア(energeia)またはエンテレ ケイア(entelecheia)、デュナミス(dynamis)、

およびピュシス(physis)を認めることができ る。14)

自己そのものに内在する力は、アリストテレス的 な意味でのデュナミスに相当し、意志の原因とな る。そこから自己は、ピュシスとしての性質を現働 化(エンテレケイア)していく。自己自身が自己の 潜在的な原因となっているということがここで確認 できるのだ。また西谷は西田がライプニッツの言葉 を借りながら、発展とは内展であると述べている箇 所に着眼してもいる15)。このように発展とは自己展 開していくものなのであるが、そこで肝要となるの は自知、ないし自覚である。西谷はこの自知ないし

(4)

自覚が意志と一体化したものを精神としての自己で あるとし、さらにこうした自己を「人格」と言いか えた上で、意志が理想とするものを人格の満足にお き、こうした充足を「善」であるとする16)。たしか にそれは他者の排除ではなく両者の一致であるのだ が、西田の「善」とはあらゆる他者に対しての奉仕 や施しを行うのような慈善的なものではなく、独立 する個としてありながら全体を内包する自己として の人格の求める理想成就を念頭においたものである ということが、強調されねばならないであろう。

第二節 田辺哲学への批判

西谷は、『善の研究』の第四編の三章と四章で西 田がアウグスティヌス、エックハルト、ベーメと いった神秘思想家の名前を多く挙げていること取り 上げ、分析してもいる17)。ただ『善の研究』は、神 秘主義に西田が傾斜していた時期であり、まさしく 田辺元らによる批判の淵源となった部分でもある。

そうであるならば、西谷はこの種の批判をどのよう に見ていたのであろうかという疑問が生じてくる。

こうした問題を西谷は、『根源的主体性の哲学』に 収められた「西田哲学をめぐる論点――山内、高 橋、田辺諸博士による批判の考察――」においてす でに検討していた。この論で西谷は、個人の情念の 根底には普遍的な世界理性が働いているとするヘー ゲルにおける「理性の巧緻」と比較しつつ、西田哲 学の根本的な思想として「世界の自己限定」を取り 上げている18)。両者は世界から自己を見るという点 においては一致しているが、ヘーゲルの「理性の狡 智」は、「個人の自主性と自由とを内的必然性へ解 消するもの」19)として西田による批判の矛先となる。

すなわち、ヘーゲルにおいて個人は超越的な他者性 へと還元され、普遍の方が個に対して優先されてし まうことを西田と西谷は問題視しているのである。

世界を主軸にするという発想は、必ずしもヘーゲル のように個の価値を貶めることではない。西田にお ける「個人の自己限定」は世界によって個を高める ということでなくてはならない。それは個人を駆動 するものを普遍に解消してしまうヘーゲル的「世界 理性」とは異なる。なぜなら、個体とは普遍に従属 するものではなく、自発性によって独立しているか らである。したがって、世界と個体とは明瞭に区別 されることになる20)。だが、ヘーゲルのように普遍 者が個物を内在化するということはないのだとして も、それは互いに無関係であるというのではなく、

相互に貫入しあう。ところがそれだけでは、個体が

個別的にあるという様態の十分な説明とするに足り ない。あくまでも個体は、他の個体に対して別であ るということがその基本だからである。私はあなた ではない私であるというその単独性は、あくまで他 者を否定し、自己を自己として限定する自己化とい う生成によってのみ実現する。

西谷によれば、西田哲学においてこの状態は、

「非連続の連続」とされるのだが、諸個体は相互に 干渉しあいつつ限定されていき、そのなかで「独立 的非連続的なる個体」へと生成し、逆説的な個体化 を実現する21)。別の言い方をすれば、個体は相互に 否定しあうという切断の作業によって非連続である 一方で、その差異を保持し続けることによって自己 限定を連続させていくのだといえよう。もちろんこ の個体は、「場所」をもつがゆえに、一般性を保持 しないというわけではないが、ここで注意しなけれ ばならないのは、西谷は山内得立が西田の「場所」

を静的な完了性と捉えていたことに反論していると いう事実である22)。西谷いわく山内は、『体系と展 相』に収められた「哲学の出発」と題された論考に おいて、体系の立場を完了性に位置づける一方で、

存在の現象学を過程的なものとしていた。彼は西田 哲学を前者に位置づけることによって批判したので ある。だが場所はたしかに共立可能な一般性をもち うるとしても、それは自己自身を限定する場所であ るがために、対象としての客観的世界としてのみ定 立されるのではない。なぜなら、それはあくまで

「事実」(Tat-Sache)に立脚した「現実乃至実在

(但し主客相即の)の世界」23)に依拠するものであ るからだ。つまり場所は表象として客観的な対象物 となった世界ではなく、自己自身を内包し、かつ自 己自身でもある両者が互いに他の事物を飲み込み合 いつつ成立する混濁したものなのであり、表象に依 存した固定的な「場所」の解釈は主知主義的な観念 論の域を出ないヘーゲル主義者の戯言にすぎないと いうことになる。さらに付言するならば、動的な構 造を西田の場所論は前提としているのであり、ゆえ に山内の主張は西田への論駁という意味においては 失当なのである。ただし西谷は西田哲学の過程的な 弁証法が、未だその徹底性において不十分であると いうことを認めてもいる24)

このような指摘は、よく知られた高橋里美による 西田批判に通じるところがある。高橋が行った西田 批判の要諦もその哲学の不徹底性、とりわけ絶対無 の無が絶対的ではないということに係るものであっ た25)。高橋は西田哲学を無による存在するものの限

(5)

定とする一方で、彼自身は存在するものが無を限定 するという立場をとる。しかし、西谷によれば西田 哲学における絶対無はそのどちらの立場にも還元で きない。とくに西谷が問題視するのは、高橋が絶対 無の絶対性を体系と統一し、それを絶対無のなかに 入れ込んでしまう点である26)。このような論理で は、体系との相互運動として第三、第四の絶対無が 登場し、各々の無が相対的になってしまう。結果的 にそれは無限に進んでいってしまい、無同士が互い に無化しあうような事態にまで行き着く。たしかに 無が存在するものを包むのであるから、具体的なも のが考えられていないわけではないとしても、やは りこうした論理の進行では最終的に存在するものは 消滅してしまう。過程的な弁証法論理の優位は、自 己限定という役割を閑却してしまう可能性すらある ということだ。

このような誤謬の原因を西谷は、「個体のノエシ ス性乃至主体性(個物の自己限定)」27)への配慮が 十分ではないことに起因するのではないかと推測し、

高橋を批判する。ここには西谷自身が、西田の自己 限定の方法から受け継いだ根源的主体性の立場が表 明されている。絶対無は実践的な境位との相関にお いて思索されるべきものであって、主体を脆弱に し、消滅させるような帰結へと導くものではない。

限定された自己とは、他と完全に区別されるような 個別性をもつのと同時に、外なるものを自らに内在 させる。たしかに個体は存在そのものと一続きでは あるのだが、この受容する身体としての主体性が消 え失せることはない。なぜなら、絶対無は自己が存 在するという事態からは切り離しえないからであ る。自己は、「初めは「他に見入って」いてそこか ら翻って我を見る」28)のであって、他との相即の関 係においても、つねに自己自身へ還帰する。独我論 とは異なり、他者の存在を認め、それを有効活用し ながらもアルファであり、オメガであるのは自己自 身であって、すべてが自己へと収斂していく0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0という 部分にこそ西田=西谷哲学の根幹があるのだ。

ならば西田哲学の最大の好敵手である田辺元の批 判を西谷はどのように捉えたのだろうか。ここで西 谷は、国家や歴史の問題に対する田辺の西田批判の 正当性は認めつつも、より大胆に田辺哲学そのも の、とくに代表的論文のひとつ「種の論理と世界図 式」を議論の俎上に載せる。田辺の西田批判におい て西谷が着目したのは(西田哲学に種の論理がない という点を瑕疵として認めているのだが)「場所的 一般者への批判」29)に関してである。西谷の言うに、

田辺は西田における場所的一般者の直接無媒介的な 独立性が、弁証法の媒介物たりえないことを理由と してその非論理性を論難した30)。それに対し西谷 は、田辺の「種の論理」における「自力即他力」の 論理、および「絶対否定の肯定」という主張が、

「絶対否定自身の自己0 0実現、自己0 0肯定性」31)をしり ぞけている点に疑問を投げかける。たしかにそれを 認めてしまえば、弁証法の外部の無性を措定してし まうことになるが、西谷はそうした無媒介的な媒介 とでも呼ぶべき関係がありうるのではないか、すな わち現実の出来事の原因となりながらも、それ自体 は非物体的で無媒介に自己肯定的に存在する一般者 は想定しうるのではないかと反論するのだ32)。別な 言い方をするのなら、西谷は無の無性をたんに存在 の欠如としてではなく、潜勢態と読みかえることに よって西田を擁護し、田辺の批判を斥けようとして いるのだ、といえるかもしれない。

もっともこの無媒介の媒介が具体的にどのような かたちで現実に関与するのかを西田が明確化してい るわけではないが、その一方で、西谷が両者を比較 した論稿「西田哲学と田辺哲学」において、西田哲 学と田辺哲学は「絶対無」という概念において共通 している述べていたことも再確認しておく必要があ る33)。西洋哲学が西田と田辺の哲学に移植されたと きに生じたのは、たんなる受容ではなく「哲学」と いう営為そのものの変容であった。どういうことか と言えば、このときから哲学は知性主義と縁を切り、

対象的な真理ではなく生存の真理を求めるものへと 移行したということである。言うまでもなく、この 点に関してキルケゴールやニーチェ、ウィリアム・

ジェイムズなどの先達が西洋の哲学者にも存在する が、彼らは絶対無が自己自身の生存の根底に関わる という京都学派の思索の最良の部分にまで達するこ とはできなかったのだ。

また京都学派の思索の根幹をなすひとつの支柱と して、「自覚」という概念があることに疑いはない が、それは、「自己が自己において自己を限定する ということ」であり、「自己を無にして見るという 所に至って透徹」し、究極的には「絶対無の自覚」

となるもののことを指し示す34)。自己が作用するの は、この絶対無においてなのである。よく知られて いるように田辺は、昭和五年に「哲学研究」誌上で 発表された「西田先生の教を仰ぐ」のなかで西田の

『一般者の自覚的体系』を批判した。それは宗教的 体験の範疇にある絶対無の自覚を哲学に内包させよ うとする西田の努力が、全体の無制約性を認めるよ

(6)

うな発出論的な体系に陥りかねないとするもので あった。すなわち、哲学と宗教の混同に対する警戒 が田辺にあったのである。絶対無の自覚はあくまで も宗教的体験であり、哲学とは歴史の微分作用にお いて自己否定を媒介とすることによって、弁証法的 に捉えられるべきものなのである。だが後年の

『ヘーゲル哲学と絶対弁証法』の序文において、田 辺は当時の彼自身の理解が不十分だったことを認め てもいる。したがって、たしかに絶対無の自己にお ける自覚という立場を鑑みれば、両者は接近して いったものの、結局のところ、田辺は自己否定の優 位をけっして廃棄しないがゆえに、両者の哲学は最 後まで折り合わない。じじつ西谷は、冗談と留保し ながらも、「絶対無の自覚が一切を包もうとするの に対してあくまで対抗し、これを拒む、といわれる 否定原理には、西田先生に包まれることをあくまで 拒もうとされる田辺先生その人の姿さえ髣髴され る」とさえ言い、「この否定原理を原点として、そ こから、有にして見るという行為的自己の立場をあ くまで中心に置こうとする動機も、あくまで歴史の 現実存在に即して哲学しようとする動機も出てく る」と主張する35)。マルクス主義からの影響やヘー ゲル哲学への没入と対決といったことに引きずられ てしまうことによって意識する主観の実体化という 罠から抜けきらず、田辺は西田哲学の本質からは、

ずれていってしまったのである。

しかし一見すると、「超越即内在、内在即超越」と しての「自己ならぬ自己」という点において西田哲 学における「絶対矛盾的自己同一」と田辺哲学にお ける「死復活」の懴悔道も相違ないように思える36)。 ところが、西谷はむしろここに対立点を見出そうと する。西谷が田辺哲学の欠陥と考えるのは、彼の過 剰に道徳的な部分、すなわち「懺悔」である。田辺 の「懺悔」における罪性は、個々人において様々で あり、誰しもに当てはまるものではない。それは特 定の分別的意識に枠づけられた自己にのみ妥当す る。それに対し、西田の「自覚」は自己の自己性の すべてに無差別的な関与をする。自覚によって獲得 された所与の事実を糸口に深く掘り進め、やがては 分別的自己を突破していくことにこそ自覚の本領が あり、この自己突破においては、懺悔のような自己 否定は必要とされない37)。西田哲学においては、悟 性を駆使する近世的な自己が退けられるのに対し、

田辺哲学はこのような種類の自己意識に真理を当て 込んでしまう。西田は意識的自我と対象を根拠にす る表象の主語的論理に対置させて、「徹底的現実主

義」としての「場所的論理(或いは述語的論理)」

を打ち立てたのであるが、それは分別知に寄りかか る自己を突破し、事実そのものになりきる0 0 0 0ことに よって思索していく立場である38)

一方で西谷は、田辺哲学をそれと正反対なものと 考える。すべての理性のありようを否定する「絶対 否定」の立場をとる田辺は、西田のような哲学を

「賢者智者」によるある種のエリート主義のような ものとして捉え、凡愚にまで至らない不徹底なもの として解釈するのである39)。そこで原動力とのなる のは、「絶対他力」である。したがって、そのよう な立場から翻ってみるならば、徹底的に自己へと還 帰しようとする西田哲学は、「自力妄執」を抜け切 れていないという評価になる。しかし、西谷によれ ば西田における「絶対現在の自己限定、絶対無の自 己限定」は、プロティノスの場合におけるような特 殊な神秘体験を必要とするものではなく、我々が平 常時において思考したり行為したりすることのすべ てが含まれている40)。この絶対無の自覚は、選別さ れた者だけがたどり着く究極の境地といった類のも のではなく、聖者であれ凡夫であれ、誰しもが拘束 されている日常のなかで働くのであって、むしろ反 省的な思考ばかりを優先させる知性主義者が見落と してしまうようなありふれた雑事にこそ見出しうる ものである。特殊な懺悔の改心による「死復活」で はなく、日常において無心となるその瞬間にこそ、

絶対無の場所的自覚によって自己が本来のものにな るのだ。

くわえて、西谷は田辺が西田の「絶対矛盾的自己 同一」を、「抽象的な同一性の論理」として一蹴して しまっている点にも疑問を持っている41)。じじつ西 谷は、「西田哲学において、一即多、多即一として 矛盾的自己同一的に無限に創造的な世界が、「無基 底的」に創造的であると強調されている意味が出て 来ない」と田辺の理解を論難した上で、「それが無 基底的に創造的なるゆえに、絶対矛盾的自己同一と いうことは同一性的論理の立場ではなくして、むし ろそれと対蹠的に反対な立場である」と続ける42)。 アリストテレス以来の伝統的論理学において基礎づ けられ、ライプニッツにおいては真理認識の根拠と された「A=A」という同一律は、西田の「絶対矛 盾的自己同一」とは似て非なるものである。なぜな ら、それは真理の自同性を根本から否定する無底を 前提としており、そこから生じる無の無化としての 存在生成の創造性を全面的に肯定するものだからで ある。すなわち、潜在的無底の創造性を認める西田

(7)

の自己矛盾的自己同一とは、固定された自同的真理 の保証ではなく、差異による特異的創造を称揚する ものなのだ。そしてなにより、「自覚ということが、

自己が世界の自己表現点となること」である以上、

「同一性的論理の立場では成り立ち得ないはずのも の」であるということは確かである43)。したがっ て、田辺による西田哲学への批判は、西谷から見れ ば、正鵠を射たものではないのである。

おわりに

我々は以上のように、西谷における「自己化」の 問題を彼による西田哲学の解釈、および田辺哲学へ の批判という観点から論じてきた。その結果として、

西谷が西田の「自得」から「自己化」なる概念を練 り上げ、そのことによって西洋哲学における「絶対 他者」や田辺哲学における「懺悔」とは対立する他 に依存しない独立自全の「自覚」という西田哲学の 立場を継承0 0していたことを明らかにした。しかしな がら、あくまで我々は、西谷哲学そのものではなく、

西田哲学の解釈からそれを敷衍したにすぎない。し たがって、西谷が自らの哲学を十全に展開した著作 群から、その本質を詳にすることが必要となるであ ろうが、そうした作業に関しては今後の課題とした い。

【注】

* 1  この点に関して水野友晴は、一見すると「な りきる」という様態は、日本的「禅」と相関し ているように思われるが、そこには西洋的な形 而上学の影響も十分に伺えると指摘している。

Cf. 水野友晴:「此方」への「超越」による新し い形而上学の樹立―西田哲学の思想的土壌につ いて西谷啓治はどのように語ったか,

西田哲学 会年報

, 14, 100-114, 2017, p. 114.

文献

1 . 「六〇年代になってからドイツでは、ハイデガー の仕事は直接議論されることがほとんどなく なったが、他の国々ではやはりなお生き生きと した影響力を保ち続けていた。日本では、固有 の日本哲学を――部分的には禅仏教の経験に立 ち戻るという形で―ドイツ観念論やハイデガー に取り組みながら作り上げていこうとする努力 が続いた(こうした類の試みを比較的大きな著 作の形でドイツの読者が読めるようになったの

は、ずいぶん後になってからのことだった。た とえば一九八二年に出た西谷啓治の『宗教とは 何か』はそうした著作の一つである)。」(オッ トー・ペゲラー, 伊藤徹監訳:

ハイデガーと解 釈学的哲学

, 法政大学出版局, 2003, p. 24)。

2 . 大峯顕:「無の問題」,

渓聲西谷啓治 下(思想 篇)

, 燈影舎, 1992, p. 162.

3 . 西谷啓治:

西谷啓治著作集〈第9巻〉―西田哲 学と田辺哲学

, 創文社, 1987, p. 96. 以下、西谷 からの引用は著作集の巻号で略記する。なお、

西谷の著作からの引用にあたっては、旧仮名遣 いおよび旧字体を現代仮名遣いおよび新字体に あらためた。

4 . 9, p. 97.  

5 . 9, p. 134.

6 . 9, p. 137.

7 . 9, p. 138.

8 . 9, p. 143.

9 . 9, p. 144.

10. 9, p. 146.

11. 9, p. 150.

12. 9, p. 152.

13. 9. p. 155.

14. 9, p. 161.

15. 9, p. 164.

16. 9, p. 172.

17. 9, p. 181.

18. 9, p. 192.

19. 9, p. 193.

20. 9, p. 194.

21. 9, p. 195.

22. 9, p. 200.

23. 9, p. 201.

24. 9, p. 202.

25. 9, p. 205.

26. 9, p. 207.

27. 9, p. 209.

28. 9, p. 211.

29. 9, p. 217.

30. 9, p. 215.

31. 9, p. 220-221.

32. 9, p. 221.

33. 9, p. 226.

34. 9, p. 227.

35. 9, p. 231.

36. 9, p. 237.

(8)

37. 9, p. 240.

38. 9, p. 243.

39. 9, p. 243.

40. 9, p. 245-246.

41. 9, p. 245.

42. 9, p. 246.

43. 9, p. 246.

Figure

Updating...

References

Related subjects :