新学習指導要領における 「基礎的な知識」の理解と新科目「公共」の授業

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【要旨】

 高等学校では2022年度から新学習指導要領が開始され、公民科においては新科目「公共」

が新設された。「公共」では、特に探究的な学びが重視されているが、その前提として大項目 Aにおいて「基礎的な知識」を習得させることになっている。しかしながら「基礎的な知識」

を「用語の説明」と誤解している現場の教員は多く、「見方・考え方」を育む授業が行われて いないのが実情である。そこでA高等学校で実施した「A公共の扉(3)公共的な空間におけ る基本的原理」における授業実践を通し、「公共」における「基礎的な知識(=見方・考え方)」

はどのように育むべきなのかを提示する。

1.はじめに

 2022年度から成年年齢が満18歳以上に引き下げられること等を踏まえ、日本では新しい学 習指導要領が小・中・高等学校等で順次実施されている。その中で、2022年度に高等学校公 民科の必履修科目として「公共」が設置された。「公共」は従来設置されていた「現代社会」

を廃止し、40年ぶりに公民科に新設された科目である。

 平成20年に告示された学習指導要領から、学校教育法30条2項において「習得した知識を 活用した思考力、判断力、表現力等」の育成を重視する方針に転換されたが、学校現場におい ては「思考力、判断力、表現力等」を育成する授業よりも「知識・理解」を重視する授業が継 続して行われていた実態がある。そのため、学校教育法30条2項に示された「学力の三要素」

を学校は育むことができていないと中央教育審議会等で指摘され、平成30年に告示された学 習指導要領においては「思考力、判断力、表現力等」の一層の育成を重視した改訂が行われた。

具体的には「習得した知識を活用した思考力、判断力、表現力等」の育成を図るために、学習 指導要領において、「習得」項目と「思考力、判断力、表現力等」の項目に分けて示し、また「思 考力、判断力、表現力等」をさらにわかりやすく示すために、「公共」では「事実を基に多面的・

多角的に考察し公正に判断する力」や「合意形成や社会参画を視野に入れながら構想したこと 実践報告

新学習指導要領における

「基礎的な知識」の理解と新科目「公共」の授業

A Study concerning “Basic Knowledge” in New Course of Study and Senior High School Civics Education

宮崎三喜男

MIYAZAKI Mikio 新学習指導要領 公共 概念 見方・考え方

KEY WORDS

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を議論する力」と具体的に明記した(目標2)。また「判断する力」や「議論する力」の育成 の前提として、「習得した知識」を「選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論」(目標 1)と位置付けるなど、網羅的な知識の伝授を行ってきた学校教育を改善させるために、大き な変革がなされたのである。なお「公共」の目標は以下のとおりである。

 (1)現代の諸課題を捉え考察し、選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論につ いて理解するとともに、諸資料から、倫理的主体などとして活動するために必要となる 情報を適切かつ効果的に調べまとめる技能を身に付けるようにする。

 (2)現実社会の諸課題の解決に向けて、選択・判断の手掛かりとなる考え方や公共的な 空間における基本的原理を活用して、事実を基に多面的・多角的に考察し公正に判断す る力や、合意形成や社会参画を視野に入れながら構想したことを議論する力を養う。

 (3)よりよい社会の実現を視野に、現代の諸課題を主体的に解決しようとする態度を養 うとともに、多面的・多角的な考察や深い理解を通して涵養される、現代社会に生きる 人間としての在り方生き方についての自覚や、公共的な空間に生き国民主権を担う公民 として、自国を愛し、その平和と繁栄を図ることや、各国が相互に主権を尊重し、各国 民が協力し合うことの大切さについての自覚などを深める。

2.高等学校学習指導要領における「公共」の内容

 新科目「公共」の内容構成は、大項目と中項目から成り立っており、大項目Aにおいて、他 者と協働した当事者としての国家・社会などの公共的な空間を作る存在であることを学ぶとと もに、古今東西の先哲の取組、知恵などを踏まえ、社会に参画する際の選択・判断するための 手掛かりとなる概念や理論などや、公共的な空間における基本的原理を理解することにより、

大項目B及びCの学習の基盤を養うことをことになっている。その際、大項目Aの具体例とし て、倫理的主体として、行為の結果である「個人や社会全体の幸福を重視する考え方」を用い て、行為者自身の人間としての在り方生き方を探究するとともに、人間の尊厳と平等、個人の 尊重、民主主義、法の支配、自由・権利と責任・義務など、公共的な空間における基本的事項 について学ぶこととなった。また大項目Bでは、法、政治、経済などの主体としての必要な知 識及び技能や、思考力、判断力、表現力等を身に付けさせ、主題としては「法や規範の意義及 び役割/多様な契約及び消費者の権利と責任/司法参加の意義/政治参加と公正な世論の形成/

雇用と労働問題/財政及び租税の役割/など」が示された。そして大項目Cでは、持続可能な 社会形成のために課題を自ら見いだして設定し、それまでに見につけた資質・能力を活用しな がら解決策を考察・構想し、記述・発表するなどの表現を伴う探究活動が想定されている。

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科目 大項目 中項目 主な視点・概念 公共 A 公共の扉 (1)公共的な空間を作る私たち

(2)公共的な空間における人間 としての在り方生き方

(3)公共的な空間における基本 原理

幸福、正義、公正、個 人の尊重、自主・自立、

人間と社会の多様性と 共通性、民主主義、法 の支配、自由・権利と 責任・義務、寛容、希 少性、機会費用、比較 衡量、適正手続き、民 主主義、配分、平和、

持続可能性など B 自立した主体として

よりよい社会の形成 に参画する私たち

(1)主として法に関する事項

(2)主として政治に関する事項

(3)主として経済に関する事項 C 持続可能な社会づくりの主体となる私たち

(高等学校学習指導要領解説公民編より作成)

3.新科目「公共」における「基礎的な知識」

 では新科目「公共」ではどのような授業が行われるのであろうか。社会科系科目は網羅的な 知識を教員が「説明」する授業が多く見られ批判をされてきており、今回の学習指導要領、と りわけ「公共」においても探究的な学びが重要視されている。もちろん「基礎的な知識」を活 用して学びを進めていくことは重要であり、「基礎的な知識」を軽視しているわけではないが、

この「基礎的な知識」とは「用語」を意味している訳ではない。現場の教員は教科書の太文字 を「基礎的な知識」と思い込んでいる節があるが、今回の学習指導要領における「基礎的な知 識」とは「見方・考え方」のことをさし、「公共」における「見方・考え方」とは、「社会に参 画する際の選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論などや、公共的な空間における基 本的原理」を意味する。つまり、「A公共の扉(3)公共的な空間における基本的原理」では、「人 間の尊厳と平等、個人の尊重、民主主義、法の支配、自由・権利と責任・義務」などの「概念 や理論」こそが「基礎的な知識」となるのである。そしてこれらの基礎的な知識(=見方・考 え方)を習得・活用する中で、「事実を基に多面的・多角的に考察し公正に判断する力」や「合 意形成や社会参画を視野に入れながら構想したことを議論する力」を養うことを求めているの である。それゆえ、「教科書の太文字が基礎的な知識」という考えは誤りであり、教師が用語 や制度を説明する、いわゆる「チョーク&トーク」や「プリント穴埋め授業」は想定されてい ないということになる。

 それらのことを踏まえ、「人間の尊厳と平等」、とりわけ「正義」と「公正」および「目的と 手段」を授業のねらいとした「A公共の扉(3)公共的な空間における基本的原理」の授業実 践を紹介したい。

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4.実践報告

単元:A公共の扉(3)公共的な空間における基本的原理 授業の流れ:

①「女性専用車両に『逆差別』主張」(2018年5月6日朝日新聞記事)を生徒に読ませる。

②教師が「女性専用車両に賛成か反対か。その理由は何か」を問う。

③個人で意見を考えた後で、グループに分かれて議論する。

④グループの代表者が意見をクラスで発表し、クラスで共有する。

⑤「法的な見方・考え方」(正義,平等・公平,公正,効率)を提示する。

⑥「候補者男女均等法」成立(2018年5月16日朝日新聞記事)および「オピニオン」(同日 朝日新聞記事)を生徒に読ませる。

⑦教師が「候補者男女均等法に賛成か反対か。その理由を、法的な見方・考え方を踏まえ た上で考察しなさい」と問う。

⑧個人で意見を考えた後で、グループに分かれて議論する。

⑨グループの代表者が意見をクラスで発表し、クラスで共有する。

⑩ゲストティーチャーである弁護士が生徒の発表を講評しながら、授業の総括をする。

 授業では、最初に女性専用車両の新聞記事を読んでもらい、資料を基に自由に議論をしても らった。その上で法的な視点(見方・考え方)の解説をし、正義(justice)、平等・公平(equality)、

公正(fairness)、効率(efficiency)の4つの考え方を提示した。それを基に議員候補者男女同 数推進法案の新聞記事を配布し、再度議論を行わせ、発表、最後にゲストティーチャーである 弁護士の方からの講評をもらう流れである。

 実践授業では、授業開始当初から「女性専用車両に賛成」の立場の生徒が多かったが、その 主張はあくまで生徒の経験知や生活知から導き出されるものであった。しかし法的な視点(見 方・考え方)を提示して以降、議論の質が大きく変化した。具体的には女性専用車両設置の目 的は女性を痴漢被害から守るため、つまり人権の保障であり、正義(justice)の問題であると いうことを理解したのである。それゆえ社会的優位の立場(通勤電車内における多数派)の男 性が「不平等だ」と訴えるのは、問題のとらえ方が本質的に誤っているおり、本議題が平等・

公平(equality)の問題ではないということに生徒は気づいたのである。

 それゆえ、2つ目の課題である「候補者男女均等法」の問題に関しては、目的が男女共同参 画社会の実現ということであり、その方法(立候補者を男女均等にするという法律)が果たし て適切であるのか、つまりこの課題の本質は「公正(fairness)の問題」であることに気づく ことができ、平等や公正の概念をしっかりと抑えた上で社会問題を深く議論することに成功し たのである。

(5)

 以下は生徒のレポートの一部である。このレポートからは生徒自らの意見が「目的と手段」

に分けて考察しており、「目的の合理性と手段の相当性」を意識した意見構成になっているこ とが読み取れる。

 女性の社会進出を実現するという同法案の目的には賛成であるが、手段として、男女の 候補者を同数にすることには「無理矢理観」が強いなあと感じる。現在確かに男性が9割 程度で女性が1割程度(議員比)だけど、男性だって女性のことを考えて、政策を考える 訳だから、いい社会を作っていきたいと思う候補者に投票すれば良いだけのことではない か。それをわざわざ「強制的」に半分にする必要はないのではないかと思う。

 前述した通り新科目「公共」では大項目Aの(3)では、「公共的な空間における基本的原理」

を習得させ、大項目Bにおいてそれらを活用させながら探究させる構造となっている。本実践 では、「目的の合理性と手段の相当性」を理解させることをねらいとしており、正義(justice)、

平等・公平(equality)、公正(fairness)、効率(efficiency)の4つの考え方を提示することで、

その後の大項目Bの探究活動につながるよう意識するなど、単元及び年間を通して目標を達成 できるような工夫を行っている。

5.おわりに

 新科目「公共」で求められていることは、大項目A(公共の扉)にて、「基礎的な知識」を 習得させ、大項目B(自立した主体としてよりよい社会の形成に参画する私たち)において、

大項目Aで獲得した知識や概念を活用させながら探究させる構図となっている。「主体的で対 話的な深い学び」という言葉が先行し、ただ議論をさせることが探究的な学習であると勘違い されている風潮があるが、本授業実践に示した通り、まず知識を習得させる必要がある。しか しながらその知識は単に教科書の用語の解説ではなく「見方・考え方」であることを授業者が しっかりと理解しておく必要がある。

 高等学校において新学習指導要領が開始される目前になり、多くの授業実践が提案されてい る。しかしながら「基礎的な知識は何を意味するのか」と問いかける実践事例は少ない。「見方・

考え方」を育む授業実践を今後も模索していきたい。

(みやざき・みきお 専修大学経済学部兼任講師)

引用文献

橋本康弘編著『高校社会 「公共」の授業を創る』明治図書 2018年

中平一義編著『中等社会系教科教育研究-社会科・地理歴史科・公民科』風間書房 2021年 文部科学省『高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説公民編』2018年 41頁

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