三段なぞ資料、茨城県立歴史館蔵『なぞ』
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(11) . 夫 孝. 見 吉. 飲 み 尽 く せ ぬ 」 ほ ど の大 杯 を 指 し て ま た 、 「野 を 見 尽 く せ ぬ」 こと か ら 「 も いう 。. む か し 上 戸 の の み つく さ ぬ と て名 を 付 し 、 武 蔵 野 と い ふ 大 盃 は な いか . 『 ( 西 鶴 織 留 』 巻 二 「五当 流 のも のず き 」). ま り 、 江 戸 で は 天 明 九 年 (一七 八 九 ) に 始 ま った と あ った 。 し か し 、 「江 戸. には両国広小路 に天明九年 の頃始 てあり」 と いう 記述 には肯えな い。関係資. 一七 〇 四 ) に伝 わ った と あ り 、 こ れ に従 う べき であ る 。 刊 行 地 が 江. 料を博捜 し て いる朝倉鉦坐F 『 見世物研究』 によれば、江 戸には元禄年間 (一. 六八八. 戸 であ っても 天 明 以 降 と す る 必 要 は な い。. 百戯 述略』 所 南京 あ や つり の江 戸 に流行を 及ぼした のは元禄年代 で、 『. 禄年 間版本 『 好色由来揃』に、からくり人形糸 つか ひ の名人 は江戸伝内 、. 載元禄年間江 戸芝居町図中、堺町 に南き ん人形操座とあ る。是恐らく元. 本資料 には刊記がな いので、そ の成立時期、刊行地、刊行書庫など の刊行. とあ る伝内 の興行したも のであらう。其後中絶し てゐた のを安永 五年 に. 四 刊行地 ・刊行時期. に関わ る事 情 は不明としなければならな い。資料 の内部徴証 から推測 し て い. 『 再興され て、中洲新地 で興行 した。 ( 見世物 研究』 「 南京あ や つり」) ②. 切付け鼻緒 は享 保 (一七 一六. 絵 から推測し てみよう 。絵柄 で最も時代を反映 させ て いる のは髪形、特 に. 『 国性爺合戦』 の初演は正徳 五年 (一七 一五) であ る。. いた 。. 浅草広小路 の菜飯屋 「 女川」 は宝暦 五年 (一七五五)年 には名 が通 って ④. ③. 一七 四 一) 以 降 に普 及 し た 。. { “). くしか手 立 てはな い。何 らか刊行地 や成立時期を推す手 がかりとな る記述を 捜 し て み よう 。 刊 行 地 を 推 定 す る ヒ ント と な る の は 次 の諸 点 であ る 。. 上 方 語 の 「イ カ ノ ボ リ」 が 使 用 さ れ て いる 。. 「 淀 の川 瀬 」 が 登 場 す る 。. ② 浅草広 小路 の 「 女 川 」 が 登 場 す る。. ①. ③. ① ② か ら は 京 ・大 坂 で の、③ か ら は 江 戸 で の刊 行 が 推 定 さ れ る 。し か し 「 淀. の川瀬」 は知 られた名所 であり、刊行地を上方 に限定 す べき理由と はならな. る 。櫛 は 一枚 、算 を さ し 、警 は 前 ざ し 一本 、下 駄 は 黒 塗 り の 二枚 歯 、こう い っ. 遊女 のそれ であ る。四丁裏 の遊女、禿 の髪型は宝暦 ・明和期 (一七 五 一年. い。 「 淀 の 川 瀬 の水 車 」 と いう 歌 謡 は 江 戸 を 始 め 各 地 に 伝 わ って いる 。 実 際 に見 た こ と は な く ても 、 存 在 は 知 って いる 。 「イ カ ノ ボ リ」 は 、 前 節 で 見 た ね ざ め のす さ び』 で は 標 準 的 な 語 と 位 置 付 け て お り 、 よう に 『 物 類 称 呼』 『 上 方 語 「イ カ」と は 別 扱 いであ る 。 一方 、浅 草 「 女 川 」は 名 が あ ると は いえ 、. た特 徴も宝 暦 ・明和期 の身 なり にそぐう 。 こ の点 か ら本資料 の刊行 をも宝. て いる のは 、こ れ が 祝 儀 的 な 意 味 を 含 ん で出 版 さ れ た も の であ る と 推 察 す る 。. なお、 こ の 一冊が七福神 の恵 比寿 で始まり、同じく 七福神 の布袋 で終わ っ. く採 っても 一八世紀中期となり、三段なぞ資料とし ては早 い時期と いえ る。. 暦 ・明和期と推 し ても、先 の① 乃至④ の条件とも矛盾 しな い。刊行時期を広. . 返らせる鴎糧が見 られ る。他 の絵 の、遊女 以外 の女性 の髪型も ほぼ同様 であ. 一七 七 二年 ) の特 徴 を 有 し て いる 。 篭 さ し を 使 って、 篭 を 首 筋 か ら 離 し 反 り. 江 戸 以 外 の人 士 に広 く 知 ら れ て いた と は み な し が た い。. 以上、手 がかりとな った諸点をかく整 理す るならば、刊行地は江 戸と推定 す る の が 穏 当 であ る 。 刊 行 時 期 は ど う か 。 本 文 か ら は 次 の四 点 が 手 が か り と な る 。. ① 『 嬉遊笑覧』 には南京 あ や っりは寛文 ・延宝 (一六六 一 一六八 一) に始. ,.
(12) . 三段なぞ資料、 茨城県立歴史館蔵 『なぞ』. 注 一九八 一年十 一月 原版は 一九. 一九九〇年三月). 新版 ことば遊び辞典』 ( ( 1)鈴木栄三 『 東京堂出版 五九 年 十 二月 ). 岩波書店 ( 2) 『 古典籍総合目録 第 二巻』 (. 一九八四年三月). ( 3) 『 嬉遊笑覧』 ( 近藤出版部 一八八七年 一月) ( 大蔵虎明本狂言集 の研究 上』 ( 表現社 一九七二年八月) 4)池田鷹司 ・北原保雄 『 八木書店 一九八四年七月) ( 5)天理図書館善本叢書 『 鷺流狂言伝書保教本 一』 ( ( 続狂言記 の研究』 ( 6)北原保雄 ・小林賢次 『 勉誠社 一九八五年 二月) 7)竹村俊則校注 『 新版 都名所図会』 ( ( 角川書店 一九七六年 一月) ( 8) 『 能狂言 上』 ( 岩波書店 一九四二年七月) 9)天理図書館善本叢書 『 なぞ 狂歌 咽 の本』 ( 八木書店 ( 国書刊行会 一九 一五年八月) m)『 ( 雑芸叢書 第二』 ( n)『 ( 黙阿弥全集 第十 一巻 ( 春陽堂 一九二六年二月) 』 2)土井忠生他編訳 『 岩波書店 一九八〇年五月) ( 邦訳日葡辞書』 ( 1. 第 三期 1』 ( 吉 川弘 文 館. 一九八三年 一月). 一九 七 六年 十 月). 3 本 大系 『 近松浄瑠璃集 下』 ( ( ) 日 古 典 文 学 岩波書店 一九五九年八月) 1 4) 『 婆林舎 一九七二年 一月) ( 物類称呼 ( 』 1 5 『 新 訂 補 故 実 書 斎 随 第 二.安斎雑考』 ( ( ) 叢 安 筆 明治図書 一九五二年十 一月) 増 1 9』 ( 日本随筆大成 第二期 1 吉川弘文館 一九七五年 二月) 節)『 ( 7 ( 1) 『日本 随 筆 大 成. 8 名語記』 ( ( 勉誠社 1)田山方南校閲 ・北野克写 『. 博) 『 ( 類薬近世風俗志』 ( 名著刊行会 一九七九年六月) ( 罰)『 酒落本大成 第 二巻』 ( 中央公論社 一九七八年十 一月). 一九〇四年六月). 新編国歌大観 第 二巻 私撰集編』 ( ( 刀)『 角川書店 一九八四年三月) 近松浄瑠璃集 上』 ( 岩波書店 一九五八年十 一月) ( 潟)日本古典文学大系 『 近藤出版部 ( 漆)『 類薬名物考』 (. 4 『 本 文 仮 ( ) 新 日 古 典 学 大 系 草 子 集 ( 岩波書店 一九九 一年 二月) 名 』 2 5)日本古典文学大系 『 浮世草子集』 ( 岩波書店 一九六六年十 一月) ( 2 6)日本古典文学大系 『 ( 西鶴集 下』 ( 岩波書店 一九六〇年八月) 2 7)朝倉紐坐戸 『 見世物研究』 ( 春陽堂 一九 二八年四月) ( 2 8)遊 女 の髪 型 に つ いては次 の文 献 を 参 照 し た 。 ( 2. 金沢康隆 『 江戸結 史 ( 青蛙房 一九六 一年二月) 髪 』 三谷 一馬 『 江戸吉原図案』 ( 立風書房 一九七八年八月). ( 付記) 本資料 の閲覧、公表 には茨城県立歴史館 の高配を賜 った。記して感謝申 しあ げ る。. ( 札幌校教授). n.
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