会計システムとコミュニケーション ルーマン理論を視座として
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(2) とルーマン理論研究者のボルフは指摘する。さら. ナとヴァレラによって提唱されたオートポイエ. にルーマンの社会システム理論には「二次観察」. ティック・システムという概念を一般化し、継. という新たな分析装置が導入されており、本稿の. 承・発展させながら社会学に応用している。ルー. 考察に適している。一次観察が、観察者が「何」. マンは、「システムが自分を構成している要素. を観察しているのかに関わるのに対して、二次観. によって、自分を構成している要素を生み出す. 察は、一次観察者が「どのように」観察したり説. オートポイエティック・システム」として捉え. 明したりしているのか、ということに焦点があて. る(Luhmann, 1988=1991, 38 頁 )。 オ ー ト ポ イ. られる(観察の観察) 。ルーマンが二次観察を優. エティック・システムとは、「オート」とは自. 先する理由の一つは、それが、いかなる観察にも. 己、 「ポイエーシス」とは制作を意味する「オー. つきまとう盲点の問題を扱う術を提供することで. トポイエーシス」 (自己創出:autopoiesis)という. ある(Borch,2011=2014,129 頁) 。ルーマンは法シ. 概念によって成り立つシステムである。つまり、. ステム、経済システム、政治システム等、多く. オートポイエーシスとは、システム自体にとっ. の機能システムが存在するとしているが、 “会計. て、システムの要素によるシステムの要素の生産. システム”という直接の言及はなされていない。. の終わりえない継続を意味している(Luhmann,. しかし、ボルフはたとえルーマンが論じなかっ. 1988=1991, 58 頁) 。. たとしても確認しうるシステムが他にないのか. ルーマン理論による考察の出発点は、 「システ. という問題は経験的な問いであるとする(Borch,. ム/環境」の区別に遡ることになる。社会の複. 2011=2014,154 頁)。. 雑性を対処可能なものにするために、システム. また、ボルフ(2011)は、 「彼の理論化に対す. を「全体社会の中で、かつ全体社会に対して、一. る態度が示唆しているのは、システム理論によっ. つの特定の機能を果たすもの」とし、自らに属す. て理論活動を行うということは、誰もが自由に彼. る要素(システム)とそうでない要素(環境)と. が展開した理論に新たな理論的知見を結合して、. に区別して、特定のシステムを分析対象として理. それをいっそう発展させつづけるように誘うこと. 論の俎上にのせる。その例として、法、経済、政. を意味するということであり、社会学的想像力を. 治、芸術、教育、科学、宗教、マスメディアの各. 強化するために、さまざまな知見を摂取しながら. 機能システムを確認できるとしており、それぞれ. 理論をいっそう精緻に展開しつづけること、これ. が全体社会に対しての一つの特定の機能を果たす。. こそがルーマン自身の精神にかなうことであろう. すなわち、ルーマンは、因果的な方法論や統計学. (Borch, 2011=2014, 299 頁 )」と言及する。. 的な方法論の代わりに、考察対象の概念を分析す. 以上より、本稿では、第一にルーマン理論の視. るにあたり反対概念を用いて区別し、明らかにし. 座から会計を捉えるべく、会計をシステムとして. たい一方の側面を指し示すという「観察」の概念. 記述し、統合報告の会計システムにおける位置づ. を用いて考察する(Luhmann, 1984)。ルーマンに. けを検討する。第二に、会計システムのコミュニ. とってまさに問題なのは、それぞれのシステムが. ケーションにおける「統合報告の投資決定有用. 「いかにして問題を収縮させ、それによって複雑. 性」について考察し、統合報告に潜む問題を浮き. 性を処理しながら、そのシステムにとって解決し. 彫りにすることを課題とする。. うる問題へと変換しているのか」を観察し、場合. ⒉ ルーマン理論におけるシステムとコミュ ニケーション概念. によっては、そうした問題構成/それへの解決策 の案出という技法それ自体を比較し相対化するこ と、なのである(小松 , 2003, 111 頁) 。. 2.1 オートポイエティック・システム ルーマンは 1970 年代に生物学者のマトゥラー 会計システムとコミュニケーション 75.
(3) 2.2 コミュニケーション. グラムの概念について整理し、会計システムに. ルーマンは、システムの構成要素を「コミュニ. 迫っていくことにしたい。. ケーション」として捉える。ルーマンのいう「コ ミュニケーション」とは、送り手がメッセージを. ⒊ 経済システムと組織の相互浸透. 発信し、それを受け手が受け取るときにコミュニ. 3.1 システム特有のバイナリー・コードとプログラム. ケーションが生じる伝達行為という意味ではない. (1) バイナリー・コード. (Borch,2011=2014,86 頁) 。ルーマンは、コミュニ. ルーマン理論による考察の出発点は「システム. ケーションを三つの選択と綜合であるとする。す. /環境」の区別にあると先述したように、特定の. なわち、コミュニケーションは情報、伝達および. システムを分析対象とする際には、システムとシ. 理解から成り立っており、これらの構成要素のど. ステム以外(環境)とに区別をして、明らかにし. れもが、それ自体として偶発的な出来事なのであ. たい一方のシステムの観察を行う。すべての機能. る(Luhmann,1997=2009,55-56 頁) 。三つの選択と. システムにおいても共通して、機能システムに属. 綜合によって創発するコミュニケーションは基本. するコミュニケーションかそれ以外を区別するた. 的に一瞬で終わってしまう「出来事」であるから、. めのコードを持っている。コードとは、より正確. システムが成り立つためには、コミュニケーショ. には、バイナリー・コードと呼ばれ、経済システ. ンが絶えず生み出されなければならない。コミュ. ムであれば、 「支払う/支払わない」 、法システ. ニケーションが次のコミュニケーションを生成し、. ムであれば「合法/不法」 、科学システムであれ. システムは止まることなく、絶えず生成過程にあ. ば「真/偽」というように、相反する二つの値に. ると言える(井庭 ,2011,4-5 頁) 。. 振り分けられるようになっている。コードは必. 例えば、経済システムであれば、構成要素であ. ず「A /非 A」というかたちになっており、A/B. るコミュニケーションとして「支払い」を挙げ. という区別にはなっていない(井庭 , 2011, 25 頁) 。. ている(Luhmann, 1988=1991, 5 頁) 。支払いとは、. A /非 A ということが意味しているのは、コー. 束の間の、ないし時点に結びついた「出来事」で. ドの一方の側であることが否定されたら、必ずも. あり、それは始まるそばから終わってしまう。し. う一方の側が選ばれるということである。システ. たがって、究極的でそれ以上に分解できない要素. ムのコミュニケーションは必ずシステム特有の. としての「支払い」を基礎にしてつくられている. コードに従ったものとなっている。. 経済システムは、何よりも常に新しい支払いのこ. (2) プログラム. とを気にかけねばならない。経済はそれゆえ、自. ルーマンはシステムの構造分析において二つの. らを構成する「支払い」というコミュニケーショ. 次元を区別することが必要であると言及する。す. ンを自ら作り出し、かつ再生産しなければならぬ. なわち、上述したコミュニケーションを区別する. 「オートポイエティック」なシステムなのである. バイナリー・コードのコード化の次元と、その. (Luhmann, 1988=1991, 5 頁) 。. コードの割り振りを判断するための適切な作動の. 以上より、ルーマン理論をもとに、本稿の研究. 条件であるプログラム化の次元である(Luhmann,. 対象である会計を考察するならば次の二つが論点. 1986=2007, 86 頁) 。経済システムでいうならば、. となろう。会計はオートポイエティック・システ. 何が支払いの側になり、何が非支払いの側になる. ムとして認識することができるか。さらに、その. のかの配分を決めるものを「プログラム」と呼ぶ。. 構成要素であるコミュニケーションは何であると. 機能システムは、それぞれが独自のプログラムを. 言及することができるか。その点についてより詳. 発展させている。例えば、経済システムの基本的. 細に検討すべく、次からは、ルーマンのシステム. プログラムは価格のプログラムであり、価格に. 構造分析に必要となるバイナリー・コードとプロ. よって経済システムのコミュニケーションである. 76 .
(4) 支払いが適切か否かを、たちどころに判断できる (Luhmann, 1986=2007, 86 頁) 。. ログラムを特定することが必要となる。詳細の考 察を次節で行うために、次項では全体システムに. 他の経済プログラムとしては、投資プログラ. おける会計システムの位置づけを考察すべく、会. ムと流動性評価プログラムがある。前者は、た. 計と密接な関連がある経済システムと企業につい. とえばどの株に投資(支払い)すべきかを判断. て確認していく。. するための前提を定める。後者は支払いが流動性 と信用の流れにどのような影響を与えるかを見. 3.2 経済システムと企業. 通して、支払いを制御する(Borch,2011=2014,187. 経済システムにおける具体的な支払いは「組. 頁) 。ルーマンは、バイナリー・コードはシステ. 織」を通じて実行される。ルーマンが直接言及し. ムにとって不変のものであり、その一方でプロ. ている組織の例は、企業、国家行政組織、銀行、. グラムは、環境の変化に応じて変更できるとす. 労働組合などである。高度な複雑性を示す社会で. る(Luhmann, 1988=1991, 354 頁)。この点につい. は、知識や情報の限界から、経済システムの全支. て、コードとプログラムの結合によって、機能シ. 払いを単一の組織で引き受けることはまず不可能. ステムに安定性と柔軟性、閉鎖と解放を同時に与. であり、組織は多数にならざるをえない(春日 ,. えるとボルフ(2011)は言及する。つまり、バイ. 1996, 27 頁) 。. ナリー・コードは変化しないことによって安定性. 組織の代表例の一つである企業は経済システム. を確実なものとし、機能システムの作動における. の「参加システム」と言われている(Luhmann,. 閉鎖が実現するのに対し、プログラムは環境の変. 1988=1991, 121 頁)。参加システムとは、企業が. 化に適応する方法を提供するために、修正されう. 経済システムへ「相互浸透」という形でのみ参加. るし、新しいプログラムに取って代わられるもの. していることを意味する。ルーマンの定義では、. も あ る(Borch, 2011=2014, 163-164 頁 )。 そ の 例. 「互いに相手の環境の一部になっているふたつの. として、科学システムであれば、プログラム(理. オートポイエティック・システムが、相互に自己. 論と方法)は常に変化にさらされており新しい理. の複雑性を相手側のシステムに提供することに. 論(方法)が台頭して古い理論(方法)に取って. よって互いの存立を可能ならしめるとき、このふ. 代わることや、新しいタイプの科学プログラムの. たつのシステムは相互浸透関係にある。 」(春日 ,. 登場により、既存の理論と方法が並存することさ. 1996, 28 頁)とされる。つまり、あるシステムが. えあると指摘される(Borch, 2011=2014, 163 頁) 。. 経済システムの参加システムであり続けるために. したがって、システムにおけるコードの硬直性は. は、支払い理由(動機)を絶えず再生産しなくて. プログラムの次元での高度な柔軟性によってシス. はならない。. テムに開放性が与えられており、機能システムが. 組織は、 「決定」というコミュニケーション. 環境の変化に適応することができるのである。ま. を作動上の基礎とするオートポイエティック・. た、もしそうしたプログラムがうまくいかなけれ. シ ス テ ム と し て 性 格 づ け ら れ う る(Luhmann,. ば、あらためてプログラムが調整されることにな. 1997=2009, 1125 頁) 。つまり、経済システムの参. る。このようにして、ルーマンは「環境複雑性と. 加システムである組織は、 「支払いの意思決定」. いうもともとの問題は解消され、プログラム調整. が行われる場として、支払いの適切性ないし正し. の問題とか『誤謬』回避の問題へと縮小されてい. さを示すプログラムを作成し、貸借対照表や予算. く(小松 , 2003, 110-111 頁) 」という論理を展開. にもとづいてそのプログラムを実行している(春. する。. 日 , 1996, 27 頁)。特に、企業はプログラムの実. 会計システムがオートポイエティック・システ. 施とチェックのために貸借対照表を用いるとさ. ムと認識するには、そのバイナリー・コードやプ. れ、予算と貸借対照表は、プログラムの作成とそ 会計システムとコミュニケーション 77.
(5) の変化(学習)のレベルで、その時その時の参加. ログラムとして貸借対照表や予算にもとづいて実. システムのまとまりを表現している(Luhmann,. 行している)とを結びつけると、会計システムは. 1988=1991, 251 頁)。 以上より、ルーマンは、直接「会計システム」. 「組織(企業)のプログラムを制御する貸借対照 表等を作成する規制装置」として存在すると捉え. とは言及してはいないが、貸借対照表は言うまで. ることができよう。さらに、規制装置である会計. もなく、会計の専門技術によって生成されるもの. 自身も貸借対照表等を作成するために「経済的活. であり、会計システムのようなサブシステムがあ. 動を測定・記録・伝達」するという「複式簿記の. るとルーマンが考えていたと類推することは可能. 原理」という独自の論理を有している。したがっ. ではないか。. て、会計システムは経済システムの参加システム. 以上を鑑み、次節からは会計をコミュニケー. である組織を規制するために内部分化した「会計. ション、バイナリー・コードおよびプログラムの. ディスクロージャー」というコミュニケーション. 観点から検討したうえで、オートポイエティッ. を再生産するオートポイエティック・システムと. ク・システムとして記述を試み、それをもとに会. いうことができるのではないか。. 計システムのコミュニケーションの課題である 「統合報告の投資決定有用性」について二次観察 し、潜む問題を究明する。. ⒋ 会計とオートポイエティック・システム. 4.2. バイナリー・コード 次に、会計システム特有のバイナリー・コード およびプログラムについての記述を進めていく。 コードとプログラムの関係を理解するための最. 4.1 コミュニケーション. もわかりやすい例として、井庭(2011)はマスメ. 先行研究に会計をオートポイエティック・シス. ディアシステムを挙げている。内容としては次の. テムとして捉え、会計規制の課題について研究. とおりである。. を行っているものとして Power(1994)および堀. マスメディアシステムは、情報/非情報という. 口(2003)がある。Power(1994)は、経済シス. コードで働いており、言い換えるならば、情報価. テムに内部分化した参加システムである組織(企. 値がある/情報価値がない、あるいは発信する意. 業)に経済的環境世界を映し出すための「媒体」. 義がある/発信する意義がない、という区別に. として会計を説明している。つまり、会計は組織. よってコミュニケーションが組織化される。ここ. (企業)の自律性を前提としながら、 「決定」とい. で、どのような内容に情報価値があるかどうかを. うコミュニケーションを自己再生産するプロセ. 判断する基準がプログラムである。マスメディア. スを促進するために間接的な影響を与える「規. の典型的なプログラムは、まだ多くの人が知らな. 制装置」として特別な潜在能力をもつものとし. い最新の話題にこそ情報価値がある「ニュース/. て捉えられる(Power, 1994, p.375) 。堀口(2003). ルポタージュ」 、面白い内容こそ情報価値がある. も、組織に会計のフィルターを通じることによっ. 「娯楽」 、スポンサーがより多くの人に知らしめた. て、組織内部に会計情報や会計的現実が構成され. いと思う内容を発信することに意味がある「広. ることになり、会計には「規制対象組織にとって. 告」である。いずれの場合も、コードとしては、. 外部的なものではなく、内部化されやすいものと. 情報/非情報という区別が用いられるが、その振. 捉えられ、新しい規制的役割が授けられる(堀. り分け、つまり、どのようなものに情報価値があ. 口 , 2003, 29 頁)」と指摘している。したがって、. るのかということは、プログラムに従って決定さ. この先行研究の内容と、前節で整理したルーマン. れる(井庭 , 2011, 26 頁) 。. の記述(組織が「支払いの意思決定」が行われる. では、会計システムの場合どう記述することが. 場として、支払いの適切性ないし正しさを示すプ. できるだろうか。会計システムは企業の規制手段. 78 .
(6) として機能することになるが、企業のコミュニ. 式簿記の原理」であるが、環境変化に適応するた. ケーションである「決定」には必ず「情報」が必. めに「国際統合報告〈IR〉フレームワーク」がプ. 要となる。その中でも、会計情報は、一定期間の. ログラムとして追加・調整が行われようとしてい. 経済状態の把握や予測の貨幣的数量情報を提供す. ると記述することができよう。. ることから、組織行動のコントロールには欠かす ことのできない情報として扱われることになる (涌田 ,1993,42 頁)。つまり、組織活動のあるとこ. ⒌ 統合報告による 「非知」のコミュニケーション 5.1 会計システムとコミュニケーション・メディア. ろには情報が存在し、会計情報が一体となって関. ルーマンによると、全体社会を構成する各シ. 連することから、会計システムは組織の過去から. ステムは、コミュニケーションを自己に属する. 未来にわたって実績と可能性とを記述する「情報. ものとそうでないものとに区別し、その接続を. システム」の一つとして考えられる(涌田 ,1993,42. 確保するための媒体物として象徴的に一般化され. 頁)。したがって、会計システムにおける不変の. た「コミュニケーション・メディア」(Luhmann,. バイナリー・コードは「会計情報/非会計情報」. 1988=1991, 55 頁)を有しているとされる。この. であり、言い換えるならば、会計情報価値がある. メディア概念に依拠すれば、会計システムのコ. か否か、あるいは会計情報として発信する意義. ミュニケーション・メディアを想定すると、基本. があるか否か、という区別によってコミュニケー. 的には、会計システムの会計ディスクロージャー. ションが組織化されているといえよう。. というコミュニケーションの媒体物(メディア) は、企業の経済活動を記述した財務諸表を中心と. 4.3 プログラム. する「会計報告書」ということができよう。財務. 会計システムの規制対象である組織(企業)は、. 諸表は、簿記技術という会計の独自の論理に基づ. Borch(2011) が言及するように、組織は必ずしも. き、企業の一年間の経済活動、すなわち取り引き. ただ一つの機能システムと結びついているわけで. 活動の内容を映し出す鏡として機能しているとい. はなく、経済的なコミュニケーションも、法的. えるからである。この点については、情報会計論. なコミュニケーションもその他のコミュニケー. として武田(1971)および河﨑(1997)によって、. ションもできなければならない特殊なシステムで. 会計システムの伝達メディアは財務諸表等の「会. ある。そのため、Power(1994) および堀口(2003). 計報告書」として明示していることとも符合する。. が指摘するように、どのシステムのコードに重き. 会計情報は情報利用者の意思決定に必要でなけれ. をおくかによって、会計が様々な形で制度化され. ば有用ではありえないし、また、情報利用者がそ. ることになる。したがって、会計情報か否かとい. れを理解できなければ意思決定に役立てることは. うコードに振り分ける基準であるプログラムがそ. できない(河﨑 , 1997, 25 頁) 。そのため、どのよ. の重点度合いによって複数必要となる。すなわち、. うな会計情報を会計報告書によって開示し、その. 上述のとおり、システムのコードは不変であるが、. 理解可能性を高めるかが、会計システムにおける. 環境の変化に適応するために、既存のプログラム がうまくいかなければ、あらためてプログラムが 調整されることになる。 . 「会計ディスクロージャー」というコミュニケー ションの課題となる。 統合報告では、財務諸表に記載されている財務. 以上より、近年の統合報告の開示動向の高ま. 情報のみならず、非財務情報をも統合した媒体と. りについて、会計システムは会計ディスクロー. して統合報告書を作成することが求められる。統. ジャーのコミュニケーションを行う上で、会計情. 合報告という会計システムのコミュニケーション. 報か否かの判断基準となる基本プログラムは貸借. に影響を与えるプログラムの登場は、会計システ. 対照表等を作成するための固有の原理である「複. ムが「会計情報/非会計情報」というコードに区 会計システムとコミュニケーション 79.
(7) 別するためのプログラムとして、今後、 「複式簿. 捉えることは、ルーマン理論を視座にすると「盲. 記の原理」と「国際統合報告〈IR〉フレームワー. 点」となる。. ク」とでプログラム調整をし、コミュニケーショ. ルーマンは、組織が非知という状況下でコミュ. ン・メディアについても検討する必要がでてくる. ニケーションを続行していくためには、組織の問. であろう。. 題を実際に解決して見せることよりも、むしろ問. 国際統合報告〈IR〉フレームワークでは、組. 題は解決されえているのだという、問題と問題. 織(企業)の中長期的な価値創造のために、どの. 解決との差異をシステム固有のかたちで作り出し. ように 6 つの資本(財務、製造、自然、人的、知. ていくことが重要となると言及する(Luhmann,. 的、社会・関係)を活用しているのか、7つの内. 1992=2003, 158 頁)。しかし、組織のオペレーショ. 容要素(組織環境と外部環境、ガバナンス、ビジ. ン続行のために「問題」が「解決されたもの」と. ネスモデル、リスクと機会、戦略と資源配分、実. して解釈され、外部に呈示されることがシステム. 績、見通し)を示し、説明を求めている。 「複式. の「盲点」となるとルーマン理論研究者の小松. 簿記の原理」プログラムにより導き出された財務. (2003)は指摘する(小松 ,2003,101 頁) 。この点. 情報のみでは明らかにすることのできなかったこ. に関して、小松 (2003) はルーマンは「説得され. れまで「非知」であった非財務情報が統合報告に. ずに進捗する意思疎通」の成熟に期待をつないで. よって開示されることになる。つまり、会計ディ. いると言及する(小松 , 2003, 79 頁) 。したがって、. スクロージャーのコミュニケーションを区別する. ルーマン理論に依拠すれば、企業レポーティング. ためのコードとなる「会計情報/非会計情報」の. による企業と投資家との意思疎通の目的は説得に. 会計情報の領域に、従来まで非会計情報とされて. よる同質性の確保というコミュニケーションの終. きた企業の長期的価値創造や企業成長力の潜在的. 着点という意味での意思疎通ではない。重要なの. 可能性を示す指標が統合報告プログラムによって. は、投資家が意思疎通の根底にあった未来の想定. 浸透してきていると会計システムを再記述すると. が少しでも疑わしいものになれば、新しく交渉を. こができるのではないか。. 要求することが正当なものとされる、引き続くコ ミュニケーションの出発点として「説得されずに. 5.2「非知」をめぐるコミュニケーションの盲点. 進捗する意思疎通」にあるということができよう。. 現在、各企業によって多様な統合報告がなされ. 以上をもとに、会計システムのコミュニケー. ている。果たして、会計システムのコミュニケー. ションにおける統合報告プログラムの「投資決定. ションである「会計ディスクロージャー」のプロ. 有用性」の課題としては次のように観察すること. グラムとして統合報告は投資家にとって投資意思. ができよう。現行の統合報告では、企業レポー. 決定に有用なものとなるのか。この点について、. ティングによる「非知」の意思疎通は組織の内部. ルーマンの二次観察の分析装置を用いて考察を進. 者(企業)と外部者(投資家)の二つの立場を和. めていく。. 解させるための手段とはならず、統合報告の投資. 会計システムに新たなプログラムが構成され、. 決定有用性を高めるためには、企業が統合報告を. 会計ディスクロージャーというコミュニケーショ. 行うだけにとどまらず、意思疎通を成熟させてい. ンを行ううえで、会計情報として価値があると判. くための投資家が企業に「新しく交渉を要求する. 断される条件が増えることになった。「国際統合. 場」が必要となる。このルーマン理論からの新た. 報告〈IR〉フレームワーク」のプログラム化は、. な示唆は、第 1 節にて言及した統合報告の課題の. 会計システムの環境変化に適応したプログラムの. 一つである「企業の内部組織への変革」とも符合. 調整の一環であるが、これによって企業と投資家. してくる。つまり、統合報告は財務情報と非財務. との溝が埋まり、投資意思決定有用性が高まると. 情報とを技術的に統合するだけのデザイン原型に. 80 .
(8) おける変化(第一オーダーの変革)を内容とする. 第二に、会計をオートポイエティック・システ. ものなのか、それとも組織の信念や価値等の根幹. ムと位置づけ、ルーマン理論の俎上にのせた上で、. 的な解釈スキームの変化(第二オーダーの変革). 会計システムのコミュニケーションの観点からみ. をなすのかである。統合報告プログラムが新しい. た「統合報告の投資決定有用性」という問題につ. 意思疎通の形態として機能し、さらに投資決定有. いて考察を行った。統合報告の開示動向が高まる. 用性を高めていくためにも、企業の内部組織へ第. ことで、従来の財務情報を中心とする会計ディス. 二オーダーの変革が求められることになるのでは. クロージャーのコミュニケーションでは知りえな. ないか。今後、この点についてさらに精緻化した. かった企業の「非知」の情報を投資家に伝えるこ. 分析を行うことを課題としたい。. とが可能となった。このことは一見、企業と投資. 6.おわりに. 家との溝を埋める手段とも取られることが多いが、 ルーマン理論をもとにその「盲点」を指摘した。. 本稿は、企業を取り巻く時代環境が大きく変化. すなわち、会計ディスクロージャーの拡充化を説. している状況に鑑み、会計ディスクロージャーの. 得による同質性の確保としてコミュニケーション. 新たな形として台頭してきた統合報告を研究対象. の終着点とするのではなく、投資家はより積極的. とし、統合報告の投資決定有用性について焦点を. にこれからも意思疎通を図るコミュニケーション. あてたルーマン理論に基づく社会学的分析を進. の出発点として立ち、 「説得されずに進捗する意. めてきた。第一にルーマン理論の視座から会計. 思疎通」を成熟させていくべきだという警鐘であ. を捉えるため、会計を会計システムとして記述を. る。今後、さらに統合報告の投資決定有用性を高. 試み、統合報告の会計システムにおける位置づけ. めるためには、企業が統合報告を行うだけにとど. を検討した。その結果、会計システムは経済シス. まらず、意思疎通を成熟させていくための投資家. テムの参加システムである組織を規制するために. が企業に「新しく交渉を要求する場」が必要とな. 内部分化した「会計ディスクロージャー」とい. るのではないか、という新たな示唆を得た。. うコミュニケーションを再生産するオートポイエ. ルーマン理論からの新たな示唆は、統合報告の. ティック・システムであると考察した。さらに会. 課題の一つである「企業の内部組織への変革」と. 計システムは組織の過去から未来にわたって実績. も符合している。統合報告は財務情報と非財務情. と可能性とを記述する「情報システム」の一つと. 報とを技術的に統合するだけのデザイン原型にお. して考えられ、会計システムにおける不変のバイ. ける変化(第一オーダーの変革)を内容とするも. ナリー・コードは「会計情報/非会計情報」と捉. のなのか、それとも組織の信念や価値等の根幹的. えられる。言い換えるならば、会計情報価値があ. な解釈スキームの変化(第二オーダーの変革)を. るか否か、あるいは会計情報として発信する意義. なすのかである。統合報告プログラムが新しい意. があるか否か、という区別によって「会計ディス. 思疎通の形態として機能し、さらに投資決定有用. クロージャー」というコミュニケーションが行わ. 性を高めていくためにも、企業の内部組織へ第一. れている。統合報告の位置づけとしては、会計シ. オーダーにとどまることなく、第二オーダーの変. ステムのコミュニケーションを行う上で、会計情. 革が求められるというこれからの方向性をルーマ. 報か否かの判断基準となる基本プログラムは会計. ンの示唆より学ぶことができた。今後は、この内. 報告書を作成するための固有の原理である「複式. 容を踏まえ、統合報告による会計システムのプロ. 簿記の原理」であるが、近年の環境変化に適応す. グラム調整の進展とその課題をより具体的に吟味. るために統合報告のフレームワークが会計システ. し、より精緻化した研究を進めていくことを課題. ムのプログラムの一つとして追加・調整が行われ. としたい。. ようとしていると記述した。 会計システムとコミュニケーション 81.
(9) 【参考文献】 Alexander, D. and V. Blum(2016) “Ecological economics: A Luhmannian analysis of integrated reporting”. Ecological Economics, 129, pp.241-251. Borch, C.(2011)Niklas Luhmann, Routledge.( 庄 司 信 訳『ニクラス・ルーマン入門-社会システム理論 とは何か』新泉社 , 2014 年。) Hopwood, A. G and P. Miller(1994)Accounting as Social and Institutional Practice, Cambridge University Press.(岡野浩・國部克彦・柴健次監訳『社会・組 織を構築する会計-欧州における学際的研究』中 央経済社 ,2003 年。) International Integrated Reporting Council(2013)The International <IR> Framework, International Integrated Reporting Council. Luhmann, N.(1984)Soziale Systeme: Grundrib einer allgemeinen Theorie, Suhrkamp.( 佐 藤 勉 監 訳『 社 会 システム理論』上・下 恒星社閣 , 1993-5 年。) ––––(1986)Ökologische Kommunikation, Westdeutscher.. 会を捉える知の技法』慶應義塾大学出版会。 春日淳一(1996) 『経済システム-ルーマン理論から 見た経済-』文眞堂。 河﨑照行(1997) 『情報会計システム論』中央経済社。 古賀智敏(2014) 「新たな時代認識と会計研究の多様 化・学際化」『経理研究』第 57 巻 ,pp.35-44。 –––(2019) 『会計研究の系譜と発展』千倉書房。 小松丈晃(2003) 『リスク論のルーマン』勁草書房。 近藤汐美(2017) 「会計システムと信頼性-ルーマン 理論を視座として」 『経済社会学会年報』, 第 39 巻 , 92-100 頁。 武田隆二(1971) 『情報会計論』中央経済社。 福井康太(2002) 『法理論のルーマン』勁草書房。 堀口真司(2003) 「オートポイエシス・システム論に 基づく会計研究の可能性」『六甲台論集』第 50 巻第 3 号 ,17-34 頁。 –––(2018) 『会計社会学 –– 近代会計のパースペク ティヴ ––』中央経済社。 –––・新井康平・鈴木新・北田皓嗣・嶋津邦洋・田中. (庄司信訳『エコロジーのコミュニケーション』新. 利太(2008) 「学際的会計研究の軌跡」『國民經濟. 泉社,2007 年。 ) ––––(1988)Die Wirtschaft der Gesellshaft, Suhrkamp.. 涌田宏昭(1993) 「会計情報力と情報システム」『企. (春日淳一訳『社会の経済』文眞堂 , 1991 年。) ––––(1991)Soziologie des Risikos, Walter de Gruyter. (小松丈晃訳『リスク社会学』新泉社 , 2014 年。) ––––(1992)Beobachtungen der Moderne, Westdeutscher Verlag.(馬場靖雄訳『近代の観察』法政大学出版 局 , 2003 年) ––––(1997)Die Gesellschaft der Gesellschaft, Suhrkamp. (馬場靖雄・赤堀三郎・菅原謙・高橋徹訳『社会の 社会』法政大学出版局 , 2009 年) ––––(2005)Einführung in die Theorie der Gesellschaft, in Dirk Baecker (ed.), Cael-Auer-Systeme.(土方透監 訳『社会理論入門 ニクラス・ルーマン議事録 2』 新泉社 , 2009 年) Miller, P. and Power, M.(1992) “Accounting, Law and Economic Calculation”, in M. Bromwich and A.G. Hopwood, (eds.), Accounting and the Law, Prentice Hall. pp.230-253. Power, M.(1994)“Constructing the Responsible O rg a n i z a t i o n : A c c o u n t i n g a n d E n v i r o n m e n t a l Representation.”, Chapter16 in G. Teubner, L. Farmer and D. Murphy (eds.), Environmental Law and Ecological Responsibility: The Concept and Practice of Ecological Self-organization, pp.370-392. 井庭崇編(2011) 『社会システム理論――不透明な社 82 . 雜誌』第 168 巻第 5 号 ,47-61 頁。 業会計』第 45 巻第 7 号,42-48 頁。 與三野禎倫(2012) 「国際的なリスク・エクスポー ジャーと財務報告の課題」『國民經濟雜誌』第 206 巻第 2 号 , 101-115 頁。.
(10) Accounting System and Communication from Luhmann's Perspective Shiomi Kondo (Kyoto College of Economics) Integrated reporting (IR) emerged as a new form of corporate reporting that calls for consistent disclosure of financial and non-financial information. In 2013, the International <IR> Framework was released with the aim of stabilizing global finance and rebuilding a sustainable economy and society. Previous corporate reporting focused on short-term decision-making by investors and other stakeholders. However, this framework calls for“communication with companies on the creation value process based on the medium- to long-term perspective through integrated reports with stakeholders”(IIRC, 2013, p.8). We focus on the“investment decision usefulness of integrated reporting”as an issue in IR research. Previous accounting studies concentrate on“value relevance”to examine the usefulness of investment decisions in financial reporting. However, research on the value relevance of integrated reports is still inadequate, and further research is needed for IR to function as a corporate report in line with financial reporting. In this study, we consider the usefulness of IR for investment decisions from sociology perspective, with the assumption that it is difficult to obtain a new suggestion. We advance the theoretical research based on sociological methods by the German sociologist N. Luhmann. First, we capture accounting from Luhmann’s theoretical perspective by re-describing accounting as an accounting system, and confirm the position of IR in the accounting system. Second, we consider the problem of“investment decision usefulness of integrated reporting”from the perspective of communication in the accounting system, and investigate the problems hidden within integrated reports. Keywords: Autopoiesis,Communication,Integrated Reporting. 会計システムとコミュニケーション 83.
(11)
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