• 検索結果がありません。

トヨタ生産システムに整合するトヨタ的コスト低減の考察

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "トヨタ生産システムに整合するトヨタ的コスト低減の考察"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

日本経営診断学会論集20, 32–37 (2020) 投稿論文

トヨタ生産システムに整合するトヨタ的コスト低減の考察

A Study on Toyota s Cost Reduction Consistent with Toyota Production System

今井範行

*

甲南大学ビジネス・イノベーション研究所 (現所属:名古屋国際工科専門職大学)

Noriyuki Imai*

Institute of Business Innovation, Konan University, Hyogo

(Currently International Professional University of Technology in Nagoya, Aichi) *silverstone@mta.biglobe.ne.jp 抄録:本稿では,管理会計論(利益管理論)とトヨタ生産システムの先行研究をふまえ,量産工程を対象に,伝統的な形式のコ スト低減とトヨタにおけるコスト低減の対比をおこなうことにより,トヨタ生産システムに整合するトヨタ的コスト低減の特性 を明確化するとともに,その管理会計的意義について考察する。 Key Words:コスト低減,利益管理,トップダウン,トヨタ生産システム,カイゼン,ボトムアップ 1. 緒言 企業が業績を改善し利益を確保するためには,売上の 増加とコストの低減が必要である。とりわけ,製造業に おいてはコストの低減が重要であり,これまで製造業で は積極的にコスト低減がはかられてきた。 伝統的な管理会計論(利益管理論)では,利益管理の 責任を有する本社がトップダウンで製造現場のコストの 絶対値(absolute value)をコントロールする,という 形式のコスト低減が強調されてきた。すなわち,量産工 程での伝統的な形式のコスト低減は,計数(figures) の管理であった。 一方,一貫して好業績を維持するトヨタにおける量産 工程でのコスト低減は,主としてトヨタ生産システム (Toyota Production System: TPS)によって支えられ ている。しかしながら,TPS には,製造現場のコスト の絶対値をコントロールするという発想はない。TPS の製造現場ではカイゼン(Kaizen)が積極的に展開され, カイゼンという活動から生成するコスト低減の効果額 (delta value)をボトムアップで利益管理システムを通 じて本社に集約する,という独自の形式のコスト低減が 採用されてきた。すなわち,トヨタにおける量産工程で のコスト低減は,計数ではなく,活動(activity)の管 理であるといえる。 本稿では,TPS に整合し活動の管理によりコスト低 減をはかるトヨタ的コスト低減の特性を明確化し,その 管理会計的意義について考察する。 2. 方法

本稿では,最初に,Knoeppel[1, 2],Simon[3],Dean[4] Horngren et al.[5],Simons[6],岡本ら[7],西村・大下[8] など,管理会計論(利益管理論)における主要な利益管 理の概念をたどり,量産工程での伝統的な形式のコスト 低減の属性について考察する。 次に,大野[9]と門田[10]による TPS の先行研究から, トヨタにおける量産工程でのコスト低減の属性を明らか にする。 そのうえで,伝統的な形式のコスト低減とトヨタにお けるコスト低減の対比から,TPS に整合し活動の管理 によりコスト低減をはかるトヨタ的コスト低減の特性を 明確化し,その管理会計的意義についての考察をおこな う。 なお,トヨタでのコスト低減ならびに利益管理につい ては,筆者自身の過去の企業現場における実務上の経験 と理解をもとに,事例としての認識をおこなう。 3. 管理会計論と伝統的なコスト低減 管理会計論(利益管理論)においてはこれまで,以下 にみる主要な利益管理の概念が提示されてきた。 Knoeppel[1]は,1929 年 10 月の株価大暴落により大 恐慌が始まるなか,利益をあげている企業の経営管理者 は,将来の経営環境を予測・調査・研究し,事業を計画 し,予算化することによって,潜在的な問題の発生に備 えるとともに,顕在化した問題の影響を最小限にとどめ ていることを明らかにした。さらに,Knoeppel[2]は, 売上高とコストの差としての利益の所要額を事前に決定 し,利益を確保する方策を工夫し,計画し,統制すると いう意味での利益計画と予算管理の重要性を主張した。 第2次世界大戦後のアメリカにおいては,それ以前の 受付日:2020年3月22日 受理日:2020年8月17日 公開日:2021年6月14日

(2)

日本経営診断学会論集20 (2020) 職能別組織に代わる近代的な経営管理の組織形態とし て,事業部制組織が急速に普及し,確立した。Simon[3] の指摘によれば,多角化により長期的な成長を達成した アメリカ企業において,製品群単位で部門を構成し,関 連する活動や業務を当該部門に一括して権限委譲をおこ なうことにより効果的な事業運営が可能となったことか ら,事業部制組織は複数事業を営む企業に有効な分権的 組織構造として認識され,広く導入された。Dean[4]は, 事業部制組織の導入により,利益センターである事業部 の利益測定の方法が重要な経営課題となったことから, (1)事業部の利益は,純利益ではなく,管理可能利益 で測定するのが適切である,(2)事業部の利益は,投 下資本利益率ではなく,利益の金額で測定するのが妥当 である(前任の事業部長がおこなった投資に対して現在 の事業部長は責任を負えないため),との「コントロー ルのための利益」という概念を提示した。蓋し事業部の 利益測定に関する研究をおこなったDean[4]によって, 利益の絶対値をトップダウンでコントロールするとの利 益管理の概念は先 をつけられた。 Horngren et al.[5]は,利益計画では,販売・生産・ 流通などの下位組織単位での計画が事業計画と付属明細 表という形で要約されるとともに,経営者により定めら れた販売・コストドライバー活動・仕入・生産・純利益 などに関する目標が計数化され,予測損益計算書として その金額が表示されると指摘する。 Simons[6]は,利益の創出が企業の目的である以上, 企業は将来の利益を予測し,利益目標を計画しなければ ならないとしたうえで,利益目標は経営者が事業部に対 してトップダウンで提示する計数化された財務的な努力 目標であると指摘する。 岡本ら[7]は,多くの企業は,継続的な成長と価値創 造を目指して,中長期経営計画をもとに利益を計画し, 統制していると指摘する。ここでの利益統制とは,利益 計画により明確化された予算目標に社員の注意を喚起 し,モチベーションを引きあげ,その実行をトップダウ ンで命令・指導するとともに,予算と実績を比較して差 異を分析し,実施者の業績を評価し,必要があれば是正 措置をとることであるとする。 西村・大下[8]は,多くの企業では一般に,長期安定 的な成長を遂げて経営目的を実現するために,利益計画 と利益統制から構成される利益管理がおこなわれている と指摘する。ここでの利益統制とは損益予算による統制 であり,年度の活動計画を貨幣額で表した予算を用い て,利益計画で決定した利益目標の達成をはかる予算管 理である。すなわち,年度の販売量・生産量・収益(売 上高)・仕入額・製造原価・販売費・財務関係の予算が あり,年度末には予算と実績が比較され,各部門・個人 の業績が評価され,差異の原因究明と責任所在が明らか にされた後,修正行為がとられる一連の経営管理であ る。 さらに,今日,多くの日本企業が依拠する,1962 年 11 月 8 日に大蔵省企業会計審議会が公表した原価計算 基準においては,原価計算の目的の一つとして原価管理 目的があげられている。すなわち,原価管理とは,「原 価の標準を設定してこれを指示し,原価の実際の発生額 を計算記録し,これを標準と比較して,その差異の原因 を分析し,これに関する資料を経営管理者に報告」する こととされている。 以上,管理会計論(利益管理論)における主要な利益 管理の概念をみたが,ここから,伝統的な管理会計論 (利益管理論)では,利益管理の責任を有する経営者・ 経営管理者ないし本社がトップダウンで製造現場のコス トの絶対値をコントロールする,という形式のコスト低 減が強調されてきたと認識することが可能である。すな わち,量産工程での伝統的な形式のコスト低減は,計数 の管理であったといえる。 4. トヨタ生産システムとトヨタにおけるコスト低減 TPS の創始者である大野[9]によれば,TPS とは徹底 したムダ排除の生産方式である。企業のなかからあらゆ る種類のムダを徹底的に排除して生産性を高めることを 目的とするもので,豊田佐吉から豊田喜一郎を経て現在 に至るトヨタの歴史の所産である。製造現場におけるム ダとは「原価のみを高める」生産の諸要素である。たと えば,多すぎる人・過剰な在庫・過剰な設備である。人 も設備も材料も製品も,必要以上にあるものは原価だけ を高めている。さらに,このムダが原因となって2次的 なムダが派生する。すなわち,TPS とは,ムダの排除 により,人と在庫を減らし,設備の余力をはっきりさせ, 2次的なムダを自然消滅させることによって,原価低減 を実現させようとするものである。 大野[9]は,ムダを徹底的に排除するための基本的な 考え方として,次の2点を踏まえておくことが肝要であ ると指摘する。 (1)能率の向上は,原価低減に結びついてはじめて意 味がある。そのためには,必要なものだけをいかに 少ない人間でつくり出すか,という方向に進まなけ ればならない。 (2)能率を一人ひとりの作業者,そしてそれらが集まっ たライン,さらにはラインを中心とする工場全体と いう目で見ると,それぞれの段階で能率向上がなさ れ,そのうえに全体としても成果があがるような見 方,考え方で能率アップが進められなければならな い。 大野[9]によれば,「現状の能力=仕事+ムダ」「作業 =働き+ムダ」である。ムダをゼロにして仕事や働きの 割合を100パーセントに近づけていくことこそ,真の能 率向上である。そこで,TPSを適用する前提として,(1) つくりすぎのムダ,(2)手待ちのムダ,(3)運搬のムダ, (4)加工そのもののムダ,(5)在庫のムダ,(6)動作

(3)

な排除がおこなわれる。これらのムダを徹底的に排除す ることによって,作業能率を大幅に向上させることが可 能となる。ただし TPS では,必要数だけしかつくって はいけないため,余分な人間が浮いてくる。すなわち, TPS とは,余剰人員をはっきりと浮き出させるシステ ムである。経営者にとっては,余剰人員をはっきりとつ かみ,有効に活用することがその任務となる。一方,作 業者にとっても,意味のないムダな作業を除くことは一 人ひとりの働きがいを高めることに通じる。 大野[9]は,TPSとは,人間の能力を十分に引き出し, 働きがいを高め,設備や機械をうまく使いこなして徹底 的にムダの排除された仕事をおこなうというごく当たり 前の,それでいてオーソドックスかつ総合的な経営シス テムであると指摘する。ここでの徹底したムダの排除こ そがカイゼンという活動そのものであり,TPS におけ るコスト低減の効果額を生成する源泉となっているとい える。 次に,門田[10]によれば,TPS は,会社全体としての 利益(経常利益)を生み出すという究極目的に対して効 果的な生産方法であり,この究極目的を達成するため に,TPSはコストを低減させることを基本的な第1の目 標としている。ここでのコストの低減は,生産性の向上 とも換言できる。この基本目標を達成するために,TPS では生産におけるムダな要素(過剰な在庫や過剰な人員 など)を徹底的に排除する。すなわち,TPS の主要目 的は,カイゼンという活動を通じて企業にひそむ種々の ムダ(隠れたスラック)を除去してコストを低減させ, 利益をあげることにある。 門田[10]は,一般にムダがコストの増大に繋がるプロ セスとして,次の第1次的ムダから第4次的ムダに至る ルートを示している。第1次的ムダ=過剰な人・設備・ 在庫(余分な労務費・償却費・利子費)→第 2 次的ムダ =作りすぎのムダ(仕事の進みすぎ)→第 3 次的ムダ= 過剰な在庫のムダ(利子費(機会原価)の増大)→第 4 次的ムダ=余分な倉庫・運搬者・運搬設備・在庫管理 者・品質維持者・コンピュータ利用(設備償却費や間接 労務費などの増大)。これに対し,TPSがコストの低減 に繋がるプロセスとして,次の2つのルートを提示して いる。(1)売れる速度で作る(トヨタシステムの中心 課題)→作りすぎのムダの削減→第 3 次・第 4 次的ムダ の削減→製造間接費の低減,(2)売れる速度で作る(ト ヨタシステムの中心課題)→手待ち時間の顕在化→作業 の再配分による人の削減→労務費の低減。ここで最も重 要なのは,第 1 次的ムダ(特に過剰在庫や過剰労働力) の徹底的な排除であり,これを支えるのが TPS の製造 現場で展開されるカイゼンという活動である。 門田[10]によれば,TPSは生産性の向上と製造コスト の低減を狙いとしているが,他の生産方式とは違い,従 業員の人間的尊厳を損なうことなしにこの目標を達成し ようとするところに特徴がある。つまり,従来の通念で は,生産性を向上させるには,同じ生産水準を維持しな がら労働力を削減するか,現有の労働力でより多くの製 品を生産するか,のどちらかになる。いずれにせよ,人 間として受け入れがたい犠牲,すなわち,従業員の人間 性の喪失は避けられない。しかしながら,TPS では, QCサークルという小集団活動などを通じて,製造現場 の各職場で自主的なカイゼンという活動に取り組ませる 措置を講じ,これによって生産性と人間性の衝突(コン フリクト)という問題を解決している。なお,QCサー クルでは,(1)ムダな動きを除去するための手作業の カイゼン,(2)人的資源の不経済な使用を避けるため の改良機ないし新式機械の導入,(3)材料および消耗 品の節約と利用方法のカイゼン,(4)モノの1個流しを 可能にする機械配置のカイゼン,といった視点を切り口 に,ムダの徹底的な排除が自主的に推進される。そして, 各種提案制度や表彰制度および利益管理システムを通し て,カイゼンという活動が生み出したコスト低減の効果 額が組織的に本社に集約されていく。 以上,大野[9]と門田[10]の先行研究から,TPSないし トヨタにおける量産工程でのコスト低減についてみた が,ここから,TPS の製造現場ではカイゼンが積極的 に展開され,カイゼンという活動から生成するコスト低 減の効果額をボトムアップで利益管理システムを通じて 本社に集約する,という独自の形式のコスト低減が採用 されてきたと認識することが可能である。すなわち,ト ヨタにおける量産工程でのコスト低減は,計数ではな く,活動の管理であるといえる。 5. カイゼンをサポートするトヨタの利益管理システム トヨタにおける量産工程でのコスト低減は,主として TPS の製造現場で展開されるカイゼンという活動にそ の効果額の源泉を有している。一方で,このカイゼンは, 本社の利益管理システムによってサポートされていると いう側面がある。この点について,以下に述べる。 一般の利益管理システムでは,前期までの事業活動か ら想定される標準的な前提条件にもとづき,利益目標を 設定し,利益目標を構成する予算の絶対値をコントロー ルすることによって,利益目標の達成がはかられる。 それに対し,トヨタの利益管理システムでは,前期ま での事業活動から想定されるよりも保守的な前提条件に もとづき,成行き利益を測定し,その社内開示により従 業員の間に危機感を喚起することによって,TPS の製 造現場でのカイゼンを誘発する。そして,カイゼンとい う活動から生成するコスト低減の効果額をボトムアップ で利益管理システムを通じて本社に集約することによ り,恒常的な利益改善を実現して好業績に繋げている。 このような利益管理システムが構築された理由は,ト ヨタの事業がグローバル化し,急激な円高という危機に 直面するなかで,従来は利益計画の想定外にあった急激

(4)

日本経営診断学会論集20 (2020) な円高による期間利益への負の影響を,事前に察知して 想定内に転換し,期初の利益計画に織り込むことによ り,急激な円高という危機にも耐えうる組織体へ進化す ることを志向するに至ったためである。 具体的には,1971 年のニクソンショック(Nixon shock)により外国為替相場が変動相場制へ移行したが, その後,1976 年末の 1 ドル=300 円から 1978 年後半の 1 ドル=180 円へと急激な円高が進行した。また,プラ ザ合意(Plaza Accord)の際には,1985 年初の 1 ドル =250 円 か ら 1986 年 末 の 1 ド ル=160 円,さ ら に は 1988年末の1ドル=120円へと円相場が急上昇した。さ らに,日本のバブル崩壊の際には,1990 年初の 1 ドル =150 円から 1995 年 4 月の 1 ドル=80 円へと円相場は 史上最高値を更新した。その後も 2009 年のリ−マン ショックを経て,ドル円相場は,アメリカの財政と貿易 の双子の赤字の深刻化などを背景として,中長期的には ドル安円高の基調で推移している。 このようななか,トヨタは,急激な円高の進行により, 2度の大きな危機に直面した。 1 度目は,前述のプラザ合意の際の 1985 年から 1988 年にかけての円相場の急上昇である。この危機の際に は,トヨタは,緊急収益対策や海外生産拠点の拡充,海 外生産能力の増強などにより,期間利益の赤字転落を何 とか回避した注1) 2 度目は,前述の日本のバブル崩壊の際の 1990 年か ら1995年にかけての急激かつ大幅な円高の進行である。 この危機の際にも,トヨタは,緊急収益対策や海外での 自動車の販売価格の改定などにより,再び期間利益の赤 字転落を何とか回避した注1) しかしながら,ドル円相場が中長期的にドル安円高の 基調で推移していることから,トヨタとしては今後も同 様の危機に遭遇する可能性がある。したがって,企業と して持続可能性を確保する必要性から,急激な円高とい う危機にも耐えうる組織体へ進化することを志向して生 成したのが,前述のトヨタの利益管理システムである。 一般に,自動車事業の期間利益のドライバーは,(1) 自動車の生産・販売台数,(2)自動車の生産・販売車 種構成,(3)自動車の販売価格,(4)期間平均為替レー ト,(5)自動車の製造原価,(6)販売費および一般管 理費,の6つで構成される。 トヨタの利益管理システムでは,期初に本社の企画部 門と事業部門・職能部門の間で,6つの期間利益のドラ イバーについて,当期の利益計画上の前提条件とすべき 水準についての協議がおこなわれる。そのうえで,前期 までの事業活動から想定される標準的な前提条件にもと づいた利益計画が,本社の企画部門によっていったん策 定される。 次に,当期の利益計画上の前提条件のうち,期間平均 為替レートについて,本社の企画部門が保守的な円高方 向への修正をおこない,当期の利益計画上の前提条件と して再設定される。ここで,期間平均為替レートの修正 幅と為替エクスポージャーの積に相当する金額が,期間 利益への負の影響として生起するが,この金額は期初の 利益計画に織り込まれる。 同時に,上記の期間利益への負の影響をカバーするた めの輸出車の販売価格の値上げ,その影響による海外で の自動車の販売台数の減少と販売車種構成の悪化,円高 の影響による日本での自動車の販売台数の減少と販売車 種構成の悪化が想定されて,当期の利益計画上の前提条 件として再設定され,それらによって生起する期間利益 への負の影響については,同様に期初の利益計画に織り 込まれる。 以上のように,期間平均為替レート,自動車の販売価 格,自動車の販売台数,自動車の販売車種構成といった 当期の利益計画上の前提条件を,前期までの事業活動か ら想定されるよりも保守的な前提条件に再設定したうえ で,それらによる影響を反映した当期の成行き利益が本 社の企画部門によって測定される。この成行き利益に は,上記の期間利益への負の影響が織り込まれているた め,前述の本社の企画部門によりいったん策定された標 準的な前提条件にもとづいた利益計画と比較すれば,利 益水準は相当程度低いものとなる。 このように,保守的な前提条件にもとづき低い利益水 準の成行き利益を測定することの目的は,その社内開示 により従業員の間に自社の業績に対する危機感を喚起 し,TPS の製造現場でのカイゼンによる原価低減活動 をダイナミックに誘発することにある。 これらの期初のステップを経て期中に入れば,本社の 企画部門は,上記の誘発された TPS の製造現場でのカ イゼンによる多数の原価低減活動と,それらの活動によ りどれだけ期間利益への正の影響が生起したかという意 味でのコスト低減の効果額について管理し,ボトムアッ プで利益管理システムを通じて本社に集約することによ り,恒常的な利益改善を実現して好業績に繋げているの である。 6. 伝統的なコスト低減とトヨタ的コスト低減 ここまで,管理会計論(利益管理論)における主要な 利益管理の概念から,量産工程での伝統的な形式のコス ト低減の属性について考察した。また,TPS の先行研 究などから,トヨタにおける量産工程でのコスト低減の 属性について明らかにした。 以上の考察をふまえ,量産工程を対象とした伝統的な 形式のコスト低減とトヨタにおけるコスト低減の対比を 表1と図1に示すとともに,TPSに整合するトヨタ的コ スト低減の特性について以下に明確化する。 まず,伝統的なコスト低減においては,主体は経営 者・経営管理者を含む組織上の本社,客体は製造現場の コストの絶対値で,利益管理に対する責任を動機とし て,トップダウンでのコントロールがおこなわれる。利

(5)

益管理システムは,このコントロールの媒介機能を果た す。 一方,トヨタ的コスト低減においては,主体は製造現 場の従業員,客体は製造現場の現状の能力や作業にひそ む種々のムダ(TPSにおける7つのムダなど)で,TQC をコストの視点から考察すると,QCサークルなどの小 集団活動などを通じた自主的な活動への取り組みを契機 として,ボトムアップでのカイゼンが展開される。利益 管理システムは,従業員の間での危機感の喚起,製造現 場でのカイゼンによる原価低減活動の誘発,カイゼンに よるコスト低減の効果額の本社への集約といった機能を 果たす。 上記の伝統的なコスト低減とトヨタ的コスト低減の差 異にくわえて,TPS に整合するトヨタ的コスト低減の 特性を象徴するのは,そのコスト低減の態様があくまで カイゼンという「活動の管理」であるという点であろう。 伝統的な管理会計論(利益管理論)においては,コスト 低減の態様としての「計数の管理」は,いわば所与の条 件の一つとしてつねに認識されてきたと考えられる。 「計数の管理」ではなく「活動の管理」によって製造現 場でのコスト低減をはかるという点が,本稿が提示する トヨタ的コスト低減の新しい点である。 このようなトヨタ的コスト低減の管理会計的意義とし て,以下の2点を指摘する。 1点目は,トヨタ的コスト低減が,製造現場での自主 的な原価低減活動をダイナミックに誘発するという点で ある。トヨタの利益管理システムでは,保守的な前提条 件にもとづいて低い利益水準の成行き利益を測定し,そ の社内開示により従業員の間に自社の業績に対する危機 感を喚起する。そのことによって,製造現場では,危機 感に裏打ちされた自主的な原価低減活動をダイナミック に誘発することが可能となる。伝統的なコスト低減に は,利益管理システムによるそのようなサポート機能は ない。 2点目は,トヨタ的コスト低減のもとでは,コストの 絶対値をコントロールすることによる弊害を排除するこ とが可能となるという点である。Simons[6]によれば, 一般の利益管理システムには,次のようなリスクがあ る。(1)低い業績目標の設定(設定した業績目標を達 成することが業績として認められる場合,達成確率を高 めるために業績目標を恣意的に低く設定すること),(2) 平準化(業績を良く見せるために,決算期をまたいで取 引のタイミングや記録を偽造するもの),(3)情報バイ アス(良い情報(達成された業績目標など)だけを報告 し,悪い情報(達成されなかった業績目標など)につい ては隠すこと)。トヨタ的コスト低減では,誘発された 製造現場での原価低減活動とそれらの活動によるコスト 低減の効果額を管理し,ボトムアップで利益管理システ ムを通じて本社に集約するため,コストの絶対値をコン トロールすることによるこれらの弊害を,一定程度,排 除することが可能となる。 7. 結言 前述のとおり,伝統的な管理会計論は20 世紀初頭の アメリカで生成し,とりわけ,利益管理論は 20 世紀央 から後半にかけて一貫してアメリカを中心に発展を遂げ てきた。この間,日本を含むアメリカ以外の世界の管理 会計論(利益管理論)も,主としてアメリカの理論から 学ぶことを通して発展してきた。しかしながら,1970 年代後半に至って,アメリカ産業の国際競争力が著しく 低下し,とりわけ,アメリカ製造業の衰退問題が浮上し た。Johnson and Kaplan[11]は,管理会計領域の学術研 究が長期間にわたって企業実務から乖離した形で進めら れ,その結果として,企業実務に適用可能な有効な管理 伝統的なコスト低減 トヨタ的コスト低減 理論的支柱 管理会計論(利益管理論) トヨタ生産システム 対象領域 量産工程 量産工程 コスト低減の主体 本社(経営者・経営管理者) 製造現場(従業員) コスト低減の動機 利益管理の責任 自主的な活動 コスト低減の客体 コストの絶対値 現状の能力や作業のムダ コスト低減のベクトル トップダウン ボトムアップ コスト低減の方法 コントロール カイゼン コスト低減の態様 計数の管理 活動の管理 利益管理システムの機能 コントロールの媒介 従業員の危機感の喚起 カイゼンの誘発 コスト低減の効果額の集約 図1. 伝統的なコスト低減とトヨタ的コスト低減の対比図

(6)

日本経営診断学会論集20 (2020) 会計理論が充分に展開されてこなかった,という意味で の管理会計研究に対する批判を展開した。この批判を契 機として,管理会計領域の学術研究においては,企業実 務への積極的な接近がはかられるようになり,それと連 動して多数の企業の管理会計実務が学術研究の対象とし て取り上げられるようになってきている。近年の管理会 計論的視点からの TPS に対する世界的な注目と学術研 究の興隆は,その典型の一つであるといえる。 本稿では,上記の認識のもと,管理会計論(利益管理 論)の今日までの変遷の経緯と主要な先行研究,ならび に,TPS の先行研究などをふまえ,量産工程を対象と して,伝統的な形式のコスト低減とトヨタにおけるコス ト低減の対比をおこない,TPS に整合するトヨタ的コ スト低減の特性を明確化するとともに,その管理会計的 意義についての考察をおこなった。 そこからみいだし得たトヨタ的コスト低減の特性の一 つは,「計数の管理」を所与の条件とする伝統的な管理 会計論(利益管理論)ではこれまで認識されることがな かった,カイゼンという「活動の管理」にコスト低減の 態様をおく,TPS に整合したトヨタにおけるコスト低 減の独自の姿であった。あわせてこの点が,本稿が提示 するトヨタ的コスト低減の管理会計論的な新しい点であ る。 本稿の今後の課題は,トヨタ的コスト低減の概念の普 遍性の検証である。「活動の管理」を態様とするコスト 低減は,TPSやトヨタに特有のものなのか,あるいは, 類似の事例が存在するのか,存在するとすれば,どのよ うな業種・地域・企業において,どのような条件のもと で,どのような形態や内容で存在するのか,トヨタ的コ スト低減の概念に関する広範な事例検証が不可欠である と考えられる。 21世紀初頭の企業の経営環境は,グローバリゼーショ ンのさらなる深化とともに,企業間でのグローバル競争 の激化が加速度的に進行しよう。また,製造業が国際競 争力を維持し,生き残るためには,従来の発想を越えた コスト競争力の抜本的な再強化が不可欠となろう。その ようななか,本稿が提示するトヨタ的コスト低減の概念 の意義が,今後はより一層大きくなるものと考えられ る。 参考文献

[1] Knoeppel, C. E., Wanted: The Profit Engineer ,

Factory and Industrial Management, January, pp.

37–38, 1930.

[2] Knoeppel, C. E., The Technique of the Profitgraph ,

Factory and Industrial Management, December, pp.

789–791, 1931.

[3] Simon, H. A., The New Science of Management

Decision, Harper & Brothers Publishers, New York,

1960.

[4] Dean, J., Managerial Economics, Prentice-Hall, Inc., New Jersey, 1951.

[5] Horngren, C. T. et al., Introduction to Management

Accounting, 11th ed., Prentice-Hall, Inc., New Jersey,

1999.(渡辺俊輔訳『マネジメント・アカウンティング』 TAC出版,2000.)

[6] Simons, R., Performance Measurement and Control

Systems for Implementing Strategy, Prentice-Hall,

Inc., New Jersey, 1999.(伊藤邦雄訳『戦略評価の経営 学:戦略の実行を支える業績評価と会計システム』ダ イヤモンド社,2003.) [7] 岡本 清ら『管理会計』中央経済社,2003. [8] 西村 明・大下丈平『ベーシック管理会計』中央経済社, 2007. [9] 大野耐一『トヨタ生産方式:脱規模の経営をめざして』 ダイヤモンド社,1978. [10] 門田安弘『トヨタプロダクションシステム』ダイヤモ ンド社,2006.

[11] Johnson, H. T. and Kaplan, R. S., Relevance Lost:

The Rise and Fall of Management Accounting,

Har-vard Business School Press, Massachusetts, 1987.(鳥 居宏史訳『レレバンス・ロスト:管理会計の盛衰』白 桃書房,1992.) 注 1) 松島憲之氏,遠藤功治氏など,日本の証券会社ならび に投資銀行に所属する自動車アナリストの当時の見解 (コンセンサス)にもとづく。

A Study on Toyota s Cost Reduction Consistent with Toyota Production System

Noriyuki Imai*

Institute of Business Innovation, Konan University, Hyogo

(Currently International Professional University of Technology in Nagoya, Aichi) *silverstone@mta.biglobe.ne.jp

Abstract: Based on the prior research on management accounting theory(profit management theory)and Toyota Produc-tion System, this paper compares the tradiProduc-tional form of cost reducProduc-tion with that of Toyota in the mass producProduc-tion process. And this paper clarifies the characteristics of Toyota-like cost reduction consistent with Toyota Production System. In addi-tion, this paper discusses its significance in management accounting.

参照

関連したドキュメント

In this study, a new metering method is presented based on homogeneous and separated flow theory; the acceleration pressure drop and the friction pressure drop of Venturi

Theorem 1.3 (Theorem 12.2).. Con- sequently the operator is normally solvable by virtue of Theorem 1.5 and dimker = n. From the equality = I , by virtue of Theorem 1.7 it

Massoudi and Phuoc 44 proposed that for granular materials the slip velocity is proportional to the stress vector at the wall, that is, u s gT s n x , T s n y , where T s is the

– Classical solutions to a multidimensional free boundary problem arising in combustion theory, Commun.. – Mathematics contribute to the progress of combustion science, in

The purpose of this paper is to apply a new method, based on the envelope theory of the family of planes, to derive necessary and sufficient conditions for the partial

We study the classical invariant theory of the B´ ezoutiant R(A, B) of a pair of binary forms A, B.. We also describe a ‘generic reduc- tion formula’ which recovers B from R(A, B)

Giuseppe Rosolini, Universit` a di Genova: rosolini@disi.unige.it Alex Simpson, University of Edinburgh: Alex.Simpson@ed.ac.uk James Stasheff, University of North

According to the divide and conquer method under equivalence relation and tolerance relation, the abstract process for knowledge reduction in rough set theory based on the divide