ヘマトポルフィリン系色素のエネルギー移動励起
(昭和60年8月31日受理) 武藤真三 小岩井正浩 萩原真一 中川正人Energy Transfer Excitation of
Hematoporphyrin Dye
ShinzoMUTO MasahiroKOIWAI ShinichiOGIHARA MasatoNAKAGAWA Abstract The energy transfer excitation of Hematoporphyrin・2HCI(Hp・2HCI)in the mixture of organic dyes has been investigated. When the mixture systems of several scintillator dyes as donors and Hp・2HCI as an acceptor were pumped by a UV N21aser with subnosecond pulse width, the sensitized fluorescence of Hp・2HCl was observed. The rate constants of nonradiative transfer in this kinetics were also measured. 1. まえがき 最近,有機色素と種々の生体関連物質の光化学反応
に関する研究が工学的にも注目をあびてきてい
る1・2)。中でも,レーザのME応用に関連した研究は特 に盛んとなっていて,その代表的なものは,DNA連鎖 に入り込んだアクリジン系色素のけい光スペクトル変 化の観測や3・4),生体細胞に取り込まれたポリフィリン 系色素のけい光観測5・6)などを利用した医療診断など である。ヘマトポルフィリン誘導体は特にガン細胞に 対する親和性が強いので,そのレーザ光照射時の光化 学反応によるガンの診断と治療に有効とされてい る7”vgJ。しかし,その際に問題となるのは,これらの染 色色素をいかに効率よく光励起するかである。 本論文では,このような問題に関する基礎研究の一 つとして,ヘマトスポルフィリン2塩酸塩(以後Hp・ 2HCIと略す)をアクセプター色素とする混合色素系 のエネルギー移動励起について検討を加えた。ただし, 適当な生体細胞の入手とその細胞中への混合色素の取 り込みを調べるのは現時点では困難なので,ここでは 上述の混合色素を通常の溶媒などに溶した状態での実 *電気工学科,Department of Electrical Engineering 験を行った。その結果,Hp・2HCI色素のけい光増感 と時間分解スペクトル特性などが明らかにされたので ここに報告する。2,実
験 Hp・2HCI色素の吸収およびけい光スペクトルを図 一1に示す。この図より明らかであるが,Hp・2HCI色 素は380∼400mmの短波長域に強い吸収帯を有する ので,対となるドナー色素としてはこの波長域でけい 光を発するシンチレータ材料を選んだ。また,その溶 媒にはエタノールとエタノール・水混合体を用いた。 この混合色素系の発光特牲の測定系は文献〔10〕と同’ 様であり,サブナノ秒パルスN2レーザ励起と高速応 答の光検出系を用いているので,ナノ秒オーダーでの 時間分解は可能である。これによって得たBBOT−Hp・2HCI混合系におけるBBOT色素けい光の時間
分解スペクトルの測定結果を図一2に示した。ただし, ここではけい光ピーク時を基準としてその後のけい光 減衰過程を示してある。同図より,BBOT色素のみ(a) のときと比較すると,Hp・2HCI混合系(b)でのけい 光減衰割合がわずかに大きいことがわかる。この結果 は,励起BBOT色素分子からHp・2HCl分子への非放一14一
巴 』 § θ o.1 一in EtOH −一一一p 堰kEtOH:H20ニ1:1 Fluores(二ence ( ( \ノ 300 400 500 700 Wavetength(nm) 図一1Hp・2HCIの色素の吸収およびけい光スペクト ノレ Fig. l Absorption and fluorescence spectra of Hp −2HCI dye
1
三 巴 三 誘 5 言 8 ε 8 巴 i∋ ご 射的エネルギー移動があることを表わしている。さら に図一2(b)より,BBOT色素けい光の短波長側成分が Hp・2HCI色素による吸収を大きく受けている(混合 色素系の放射・再吸収過程が生じている)様子も明ら かにみえる。すなわち,放射的エネルギー移動の寄与 も同時に存在するといえよう。同様な特性は図一3に示 すようにαNPO−Hp・2HC1混合系などでも観測され た。 これらの励起エネルギー移動反応の中で,非放射的 エネルギー移動の速度定数〃は次のStern−Volmer の関係式11) 笏。/τb=1十〃吃。Na (1) の実測によって容易に求められる。ただし,Td。, Tdは それぞれドナー色素のみのけい光寿命とアクセプター 色素混合時のその値であり,Naはアクセプター色素の 濃度である。 二 9 ≧・1 ’[月 8 三 巴 s l71 9.5 8 = トo
m
m
0 (q) \t・Ons(P・。k) 4∞ 450 (b) BBOT−Hp・2HCt mixture /ノ/
500 400 Wavetength(nm)∠\t迫時(peak)
\、三ミ愚
450 500 図一2 BBOT−Hp・2HCI混合系 におけるBBOT色素の時 間分解けい光スペクトルFig.2 Time−resolved
fluorescence spectra of BBOT dye in BBOT− Hp・2HCI mixture 二 9 )b1
’di s ξ $ E M 9.5 9 =2
る 0 (Q) 〔xNPO oしone 〆、9 e ・/ ヒ・。 ノ ●\●2 ぺOns(peQk)㍊:こ\
■
1 .5 (b)〔xNPO−Hp2HCI mixture諺/
ノへ,.。ns次〆一
ツ。一・一・x。 図一3αNPO−Hp・2HCI混合系 におけるαNPO色素の時 間分解けい光スペクトル Fig.3 350 400 450 400 WaveLength(nm) 450 5∞Time−resolved
fluorescence spectra of αNPO dye inαNPO− Hp・2HCI mixtureΦ2 言
5
田6
、 }V」1 BBOT−Hp2HQ mixture in EtOH NBBOT・1・IO’3m。1/1 τdo=1.1ns+///
0 2x10−3 4xlO−3 Hp2HCI concentration(moL/t) 図一4 BBOT−Hp・2HCI混合系におけるBBOT色素 けい光寿命のHp・2HCI色素濃度依存性 Fig.4 Fluorescence lifetime of BBOT dye in BBOT−Hp・2HCI mixture as a function of Hp・2HCI dye concentration 表一1donor dye acceptor dye energy transfer 窒≠狽?@k(1・morl・s 1) dimethyl一 Hp・2HCl 0.8×1011
POPOP
PPF
〃 1.0×1011BBOT
〃 1.3×1011 αNPO 〃 1.3×1011 in EtOH αNPO Hp・2HCl 1.0×1011 in EtOH:H20=1:1 Φ2 言8
る6
、 ebV 1 orN PC> 一一 H p・2 HCL mixture in EtOH:H20:1:1 N、、NPO・1・io’3m。Vl Tdoニ1.6ns」///
李/4
0 2xlO−3 4xlO−3 Hp・2HCt concentrution(mot/1) 図一5 αNPO−Hp・2HCI混合系におけるαNPO色素 けい光寿命のHp・2HC1色素濃度依存性 Fig.5 Fluorescence lifetime ofαNPO dye in αNPO−Hp・2HCI mixture as a function of Hp・2HCI dye concentration 三15 量 き1.09
匡 9・ o.s 二 呂 ㌻ 工0
NHp、2HCL・2・IO’3m・L/1 −ctNPO−Hp・2HCI mixture 一一一gp2HC[aLone▲
《:ジぴ
’ 、 図一4,図一5にアクセプターであるHp・2HCI色素の 濃度変化に対するドナー色素のけい光寿命変化の測定 結果を示す。式(1)に対応するこれらの図の直線の傾 きから非放射的移動の速度定数を求め,結果を表一1に 表わした。得られたkの値はいずれも1×10111・ mol−1・s−1程度であり,衝突移動の速度定数が通常 ∼101°1・mol−1・s−1であること12)と比較して大きい。こ の結果から,表一1のドナー色素とHp・2HClの混合系における非放射的エネルギー移動は主に共鳴移
動11),12)によると結論される。 次に,エネルギー移動励起によるHp・2HCI色素の増感けい光観測の結果について述べる。図一6に
550 600 650 700 WaveLength(nm) 図一6 αNPO−Hp・2HCI混合系におけるHp・2HCl 色素の増感けい光スペクトル Fig.6 Sensitized fluorescence spectra of Hp・ 2HCI dye inαNPO−Hp・2HCI mixtureαNPO−Hp・2HCI混合系におけるHp・2HCI色素け
い光のスペクトルを示した。同図において,スペクト ル形状の時間変化はほとんど見られないが,ドナー色 素の混合によってHp・2HCI色素のけい光強度が増加 していることがわかる。このうち,波長660nm成分の けい光強度のαNPO色素濃度依存性を測定すると図 一7を得た。αNPO色素濃度が2×10−4mol/1付近で Hp・2HCI色素のけい光増感が最大(約1.3倍)となっ ている。しかし,さらにαNPO色素濃度を増すとHp・ 2HCI色素けい光強度は減少し始めた。これは濃度消 光を含む他の失活過程も同時に存在し,その影響も相 当大きいことを表しているが,その詳細についてはま だわかっていない。図一8はBBOT−Hp・2HCI混合系 におけるHp・2HCI色素けい光強度のドナー色素濃度 依存性であるが,この場合も図一7と同様なことがいえ る。いずれにしても,このようなシンチレータ材料を ドナー色素として混合して光励起すると,わずかでは一16一
三 』i ctNPO−Hp・2HC[mixture ≧1.5 NH。・2HCt・1・1。−3m。【/1 2 in EtOH:H20:1:1 O 5x10−4 1xlO−3 0rNPO concentration(mot/L) 図一7Hp・2HCI色素けい光強度のαNPO色素濃度 依存性 Fig.7 Fluorescence intensity of Hp・2HCI dye as afunction ofαNPO dye concentration d 1.4 こ ≧ 2 ξi.2 ’u 8 ゆ 8 91.0 9 三 呈 魁 工
0
BBOT−Hp’2HCt mixture NH 2HCF1・1σ3m・L/[ in EtOH/\
。一\
4x10−4 8x10→4 BBO丁concentration(moし/t) 図一8Hp・2HCI色素けい光強度のBBOT色素濃度 依存性 Fig.8 Fluorescence intensity of Hp・2HCI dye as afunction of BBOT dye concentration あるがHp・2HC1色素のけい光増感が図れることが明 らかとなった13)。 以上の溶媒中での実験に加えて,動物性蛋白質の1 種であるゼラチンを用い,その膜中に混合色素系をド ープして固体化したときの発光特性も調べた。これは 混合色素系が生体構成物質中に取り込まれる場合のモ デルと考えられる。実験ではαNPO色素とHp・2HCl 色素を溶かした水にゼラチンを加えて加熱し,これを ガラス基板上に塗布して乾燥させた後,使用した。このとき得たHp・2HCI色素けい光強度のαNPO色素
濃度依存性を図一9に示す。シンチレータ材料は一般に 水に難溶であるためドナー色素の初期濃度(水溶媒中 での濃度)を1×10 6mol/1以上にすることはできな い。それでもHp・2HCI色素のけい光強度が増加する 三 と 言1・3 董 .⊆1.2 巴 ‘ 01.1 8 6 ヨ1.〇 二1
cvO9 壬 αNPO concentr(ユtion in H20(mot/L) 0 1x10−6 2xlO−6 ctNPO−Hp・2HCt mixturein gelQtine mtrix
●λf・610 nm 0 2 4 ctNPO concentrQtion in getatine(reL.) 図一9ゼラチン膜中のαNPO−Hp・2HCI混合系にお けるHp・2HCI色素けい光強度のαNPO色素 濃度依存性 Fig.9 Fluorescence intensity of Hp・2HCI dye in geratine film doped with aNPO−Hp・2HCl mixture as a function ofαNPO dye COnCentratiOn 傾向が見られた。水溶性の有効なドナー色素が存在す れば,このようなモデル系においてもHp・2HC1色素 のさらに大きなけい光増感が得られる可能性もあると いえよう。 3.む す び ガンの診断治療用などに注目されているヘマトポ ルフィン系色素の効率よい光励起を目的とした基礎的 研究を行った。ここでは主に,混合色素系のエネルギ ー移動を利用するHp・2HC1色素(ヘマトポルフィン 2塩酸塩)の励起とその発光特性などについて検討を 加えたが,その結果,数種類のシンチレータ材料がド ナー色素として働き,アクセプターとなるHp・2HCl 色素の励起けい光増感が図れることが実験的に明らか にされた。これらの結果はME応用への可能性を与え る。しかし,ドナーとして用いる色素がヘマトポルフ ィン誘導体などとともに生体組織に取り込まれるの か,あるいはそれが逆に発ガンなどのイニシエータと なり得ないか,など難しい課題はそのまま残されてい る。今後はこのようなin vivo状態での研究が必要と なろう。 文 献 1) 久保宇市:“レーザーの医学応用”,レーザー研究,11,No. 9,pp.66−81 (1983) 2) 武藤,小岩井,大堂,加瀬野,伊藤:“有機色素・葉緑体混 合系のエネルギー移動と発光”,応用物理,50,No.10, pp.
3) 4) 5) 6) 7) 901−903 (1984) A.Ander:“Dye−Laser Spectroscopy of Biomolecules”, Laser Focus,13, pp.38−41(1977) A.Ander:“Energy Transfer in Nucleic Acid−Dye Complexs”, Opt. Commun.,26, No.3, pp,339−342(1978) 佐藤,稲場:66レーザー光励起蛍光の応用”,光学,14,No. 4,pp.270−275(1985) D.R. Doiron, E. Profio, R. G. Vincent and T. J、 Dougherty:“Fluorescence Bronchoscopy for Detection of Lung Cancer”, CHEST,76, No.1, pp.27−32(1979) 加藤大典:“レーザーと癌の光化学”,レーザー研究,10,No. 2,pp.19−26(1982) 8)T.J. Dougherty, J, E. Kaufman, A, Goldfarb,’K R. Weishaupt, D. Boyle and A. Mittlam:“Photoradiation Therapy for the Treatment of Malignant Tumors”, Cancer Reseach,38, pp.2628−2635(1978) 9) 10) 11) 12) 13) J.Moan and P. B. Jacobsen:“Photodynamic Effect on Cell in vitro Exposed to Hematoporphyrin Derivative and Light”, Photochem. Photobiology,37, No.11. pp. 5050−5052 (1973) 小岩井,加瀬野,大堂,武藤,伊藤:サブナノ秒パルスN2 レーザによる有機色素葉緑体混合系の励起発光特性”,山梨 大学工学部研究報告,35,pp.48−52(1984) C.Lin and A. Dienes:ttStudY of excitation transfer in laser dye mixtures by direct measurement of fluorescence lifetime”, J. Appl. Phys.,44, No.11, pp,5050 −5052 (1973) C.H. Wells,大橋守訳:“有機光化学序論”, pp.33−83東 京化学同人(1977) 小岩井,荻原,中川,武藤,伊藤:“ポルフィリン系色素の けい光と電子伝達反応の増感観測”,第32回応用物理関係連 合講演会予講集,pp.770(1985)