天然物の抗菌性
(1)ハ ラ ン根 茎 の 抗 菌 性 に つ い て
高野三郎
Antimicrobial
Activity
of Natural
Substance
Part 1. Antimicrobial
Activity
of the Root-
stock
obtained
from
the Cast Iron Plant.
Saburo Takano
緒
言
ハ ラ ン(AspidistraelatiorBlume)は ユ リ 科 植 物 に属 し、 中 国 原 産 の 常 緑 多 年 生 草 本 で あ り、 ヒマ ラヤ 、 台 湾 、 琉 球 、 中 国 、 日本 な ど にみ られ る。 日本 で は 暖 地 に 多 く、 しか も 湿 地 で 、 余 り肥 沃 で な い所 に 適 す と され 、 屋 敷 の 庭 や 寺 の 境 内、 公 園 な どの 陰 地 に栽 培 さ れ て い る 。ハ ラ ン は葉 、根 、 種 子 いず れ の 部 位 も薬 用 と され 、 葉 が 食 品 の 包 装 材 料 や 料 理 用 装 飾 品 と観 賞 用 と して も利 用 され 、 ま た 根 や 種 子 は漢 方 薬 で は主 に利 尿 剤 、 強 心 剤 、 鎮 咳 剤 な ど と して 用 い られ て い る1)。 し か し、 ハ ラ ン の如 何 な る成 分 が 鎮 咳 剤 な ど に有 効 で あ るか は不 明 で あ る。 こ こで は 、従 来 の 抗 菌 剤 研 究 の主 な テ ー マ で あ るア ミ ノ酸誘 導 体2)を よ り広 め て 、 天 然 物 の ハ ラ ン に 着 目 し、 そ の 抗'菌性 と成 分 の 解 明 を試 み た と こ ろ 、 若 干 の 知 見 を得 た の で 報 告 す る。実験方法
1.供 試 試 料 ハ ラ ン は千 葉 県 長 生 郡 一 宮 町 の寺 の 境 内 で 採 取 した も の を使 用 した。 2.試 料 調 整 法 採 取 し たハ ラ ン は よ く洗 浄 し、 細 断 し、 根 茎 部 を凍 結 乾 燥 粉 末 と して 用 い た。 ま ず 、 根 茎 粉 末 を メ タ ノー ル で抽 出 し、 濃 縮 乾 固 し た。 しか し、 この 乾 固物 は粘 性 を帯 び 以 後 の 操 作 を 困難 に した。 そ こ で根 茎 粉 末 を エ タ ノー ル 抽 出 し、 その 抽 出 液 を濃縮 す る 際 に 白色 物 質 を生 じ るの で 、 こ の 白色 物 質 を 生 じ る時 点 で 一20℃ 一 夜 放 置 した。 次 に 白色 物 質 を濾過 し て集 め 、 白色 物 質 の 単 離 精 製 を ワ コ ー ゲ ルC-100を 用 い た カ ラ ム ク ロマ トグ ラ フ ィ ー で 行 っ た 。 ク ロ ロ ホル ム:メ タ ノー ル:水(65:25:4)で 溶 出 し、 得 られ た0 ∼110m1の 画分 をC-1 、110∼190mlの 画 分 を C-2、190∼210mlの 画 分 をC-3と し た。 こ れ ら を濃 縮 後 、バ ナ ナ の 炭 そ病 菌 で抗 菌 性 を検 討 す る一 方 、抗 菌 性 の 強 いC-2画 分 を キ ーゼ ル ゲ ル60Gを 用 い た 薄 層 ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー で精 製 し、 得 られ た 活 性 画 分 をTと し た。分 析や抗 菌 試験 の際 は 、このTを メ タ ノー ル で再 結 して 用 い た 。 3.糖 とス テ ロ イ ドの 定 性 分 析 Tを 水 に 溶 解 して攪拌 す る と、泡 だつ の が観 察 さ れ た と こ ろか ら、 植 物 の根 な ど に含 まれ る ス テ ロ イ ド系 の サ ポ ニ ン が考 え られ た。 そ し て これ らは 配 糖 体 と して 存在 が知 られ て い るの で 、 糖 と ス テ ロ イ ドの 反 応 を行 っ た 。 糖 は ア ン ス ロ ン 反 応4)を 、ス テ ロ イ ド は リ ー ベ ル マ ン ・ブ ル ハ ル ド反 応5)に よ っ て 調 べ た 。 4.Tの 加 水 分 解 試 料 のTは2N硫 酸 一50%エ タ ノ ー ル 溶 液 で 水 解 し、 ク ロ ロ ホ ル ム で 抽 出 さ れ る ア グ リ コ ン の 部 分(Tノ)と ク ロ ロ ホ ル ム 不 溶 の 糖 部 分 に 分 け た(T")。 5.融 点 測 定 融 点 は 島 津 製 作 所KK製MM-2で 測 定 し た 。 6.抗 菌 試 験 凍 結 乾 燥 粉 末 を メ タ ノ ー ル で 抽 出 し た も の に つ い て は 従 来 の 方 法 で 測 定 し た2)。 エ タ ノ ー ル 抽 出 し 白 色 物 質 を 得 た 画 分 と 、 そ の 後 の シ リ カ ゲ ル カ ラ ム や 薄 層 ク ロ マ トグ ラ フ ィ で 得 たC-1、C-2、Tお よ びT'画 分 に つ い て は 、以 下 の 方 法 で 行 っ た3)。 す な わ ち 、 あ ら か じめ ペ ト リ皿 で 平 板 培 養 し た バ ナ ナ 炭 そ 病 菌 体 を 径6mの コ ル ク ボ ー ラ ー で 打 ち 抜 き 、 こ れ を 試 料 添 加 し た ペ ト リ 皿 の 寒 天 培 地 上 に 接 種 し て 試 験 し た 。27℃ 、96時 間 後 の コ ロ ニ ー 径 を 対 照(無 添 加 培 地)と 比 較 し て 示 し た 。 な お 、メ タ ノー ル 抽 出 で の 抗 菌 試 験 に は 以 下 の 稲 い も ち 病 菌Pyriculariaoryzae,バ ナ ナ 炭 そ 病 菌GloseosPoriummusarum,バ ナ ナ 軸 腐 病 菌Fusariumsp・,キ ュ ウ リ斑 点 細 菌 病 菌 Pseudomonaslachrymans,ソ ラ 豆 赤 色 斑 点 病 菌Bo惚 δ8fabae,レ モ ン 緑 か び 病 菌 Geo爾C肋 ηcandidum,な ど の'菌 株 を 用 い た 。
実験結果および考察
1メ タ ノ ー ル 粗 抽 出物 の 抗 菌 性 ハ ラ ン の 葉 と根 茎 につ い て バ ナ ナ 炭 そ 病 菌 に よ る抗 菌 性 を調 べ た とこ ろ、 根 茎 に よ り強 い 活 性 が み られ た の で 、 根 茎 を凍 結 乾 燥 粉 末 と して そ の 抗 菌 性 を調 べ た 。稲 い もち 病 菌 や レ モ ン の緑 か び病 菌 な どに 抗 菌 性 が認 め られ た。 特 に バ ナ ナ 炭 そ病 菌 に は 強 い 抗 菌 性 が み られ た(Table.1)Table 1. Inhibitory Action of the Methanol Fraction of Aspidistra elatior BLUME
on Plate Cultures of Fungi and Bacteria
Colony diameter Concentration compared with F
ungi and Bacteria (
mg/mi) the control (/) Gloeosporium musarum 200 24.4** Pyricularia oryzae 250 36.7** 500 18.1** Fusarium sp. 500 76.9** 1,000 50.8** Pseudomonas lachymans 500 96.4 1,000 90.8 Botrytis fabae 500 81.0 1,000 41.3** Geotrichum candidum 500 82.0** 1,000 78.9** ** indicates a significant growth inhibitory effect at
the 1% level of probability as estimated by t-test.
2.抗 菌 物 質 の 単離 と精 製 メ タ ノー ル 抽 出物 は粘 性 が 強 く着 色 が み られ るの で 、 ハ ラ ン根 茎 の粉 末 をエ タ ノー ル 抽 出 し、 濃 縮 す る 際 に生 じる 沈 澱(白 色 物 質 、W) を 一20℃ で 一 夜 放 置 して集 め た 。 こ の 白色 物 質 は ワ コー ゲ ルC-100に よ る カ ラ ム ク ロマ トグ ラ フ ィー で ク ロ ロ ホ ル ム:メ タ ノー ル: 水(65:35二4)で 溶 出 さ れ る0∼110mlを C-1、110∼190m1をC-2、190∼210mlを C-3と し、 抗 菌 性 で 強 い活 性 を示 したC-2を 薄 層 ク ロマ トグ ラ フー(キ ー ゼ ル ゲ ル60 G塗 布)で 精 製 しTを 得 た。(Fig.1) Tは 水 に 溶 解 し攪 拌 す る と泡 立 つ とこ ろ か ら 植 物 の根 な ど に 存在 す る ス テ ロ イ ド系 サ ポニ ン の可 能 性 が 示 唆 され た の で 、 ス テ ロ イ ドの 反 応 を リー ベ ル マ ン ・ブ ルハ ル トの 反 応 で 調 べ た と こ ろ、 紅 色 → 紫 色 → 緑 色 → 暗 緑 色 とな り、 こ の 反 応 は 陽性 で あ っ た 。 一 方 サ ポ ニ ン は配 糖 体 と して 存在 が し られ て い るので 、糖 の 反 応 を ア ンス ロ ン法 で 調 べ た とこ ろ、 緑 色 の
Powdered Root-stock of Aspidistra e la tio r Blume (200 g) Extracted with ethanol at 55°C for 2 hours (2 times)
Residue Ethanol solution Evaporated in vacuo Left at —20°C overnight Super-natant C-1 (0-110 ml)
Precipitate (White substance) 447 mg Silicagel column chromatography Wako-gel C-100 (CHC13—CH3OH—H20=65 :25:4, 1 fraction=3 ml)
C-2 (110-190
ml) 34.4
mg
Pre-TLC kieselgel 60 G (CHC13—CH3OH—H20=65 :25:4) T 2.5 mgRecrystallized with methanol M. P. 265°C Fig.-1:IsolatedProcedureofAntimicrobialSubstance (T)fromRoot-stockofAspidistraelaRiorBlume 呈 色 が み られ 、 これ も陽性 を示 した 。 そ こでTは ス テ ロ イ ド系 サ ポニ ン 配 糖 体 とす れ ば 、ス テ ロ イ ド系 サ ポニ ン の ア グ リ コ ン(非 糖 部 分)は ど うい う もの か 、また配 艚体 の糖 部 分 は 如 何 な る もの か検 討 す るこ とに して、Tの 加 水 分 解 をす る こ とに し た。 3.Tの 加 水 分 解 と確 認 Tを2N硫 酸 一50%エ タ ノー ル 溶 液 で水 解 し、 そ れ に含 まれ る ア グ リコ ン を ク ロ ロ ホ ル ム で 抽 出 し(T')、 ク ロ ロ ホル ム不 溶 の 糖 部 分(T") と に分 け た 。TノとT"は 薄 層 ク ロマ トグ ラ フ ィ ー をT"は 濾紙 ク ロ マ トグ ラ フ ィ も行 っ た 。 抗 菌 性 の 強 さ と薄 層 ク ロマ トグ ラ フ ィー の 結 果 よ り白色 物 質WはC-1.、C-2、C-3 の う ちC-2に 精 製 され 、さちに単 一 な 区分T とな っ た 。 Tを 酸 加 水 分 解 し薄 層 クロマ トグラ フ ィー で そ の ア グ リ コ ン を調 べ て み る とシ ョ ウ ジ ョウ バ
Fig. 2. Thin Layer Chromatogram of Extracts from Aspidistra e la tio r Blume
Kieselgel 60 F254 Solvent ; CHC13— CH3OH 65 : 25 : 4 5% H 2504 Sprayed W ; White substance D ; Commercial diosgenin T'; Extracted diosgenin
カ マ に 存 在 す る ア グ リ コ ン の ジ オ ス ゲ ニ ン (D)とRfが 酷 似 し て い た 。 そ こ でT'と ジ オ ス ゲ ニ ン の 融 点 を調 べ た と こ ろ 、T'は204℃ で ジ オ ス ゲ ニ ン は204∼207℃ と な り 、 明 ら か に 似 て い る こ と が 判 っ た 。 一 方 、 糖 部 分 に つ い て は 薄 層 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー を 行 っ た 。 そ の 結 果 、D一 キ シ ロ ー ス の ス ポ ッ トは 明 確 に 現 れ た が 、 重 な り合 う ス ポ ッ ト はD一 グ ル コ D-galactose D-xylose
Fig. 3. Thin layer chromatogyam of 'rand Free Sugar
Avicel SF TLC plate
Solvent, Isopropanol : H20= 160 : 40 (v/v) Aniline nhthalate Snraved
一 ス とD一 ガ ラ ク トー ス の もの と考 え られ る が 、両 者 の分 離 は な されて い な い。(Fig.2.第3 図) 4.Tの 抗 菌試 験 ハ ラ ンの 凍 結 乾 燥 粉 末 をエ タ ノー ル抽 出 し、 白 色物 質 を得 た 。 こ れ をカ ラム ク ロ マ トにか けC-1、C-2画 分 を得 、 さ ら にC-2画 分 を薄 層 ク ロ マ トに て精 製 し たT画 分 をバ ナ ナ炭 そ 病 菌 を雨 い た新 しい 抗 菌 試 験 法 で 検 討 した とこ ろ、C-2画 分 とT画 分 に 強 い抗 菌 性 が 認 め られ た。(Fig.4) し か もTを 加 水 分 解 して 得 られ た ア グ リ コ ンのT(Diosgenim,ジ オ ス ゲ ニ ン)に は12μ 9/mlの 濃 度 で 抗 菌 性 が み ら れ な か っ た 。 (Table.2) 以 上 よ り、 ユ リ科 植 物 ハ ラ ンの 根 茎 に は 抗 菌 物 質 ス テ ロ イ ド系 サ ポ ニ ン配糖 体 、Tが 存 在 し、 この も の は12μ9/mlで バ ナ ナ炭 そ 病 菌 に抗 菌 性 を示 した 。 こ の 濃度 で は、ア グ リコン の ジオ ス ゲ ニ ン に 抗 菌 性 が み られ な い こ とか ら、 ア グ リコ ン に糖 が つ くこ とよ り抗 菌 性 が 高 ま る もの と考 え られ た 。糖 部 分 に つ い て は 加 水 分 解 後 の薄 層 ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー の 結 果
Slant medium, Gloeosporium musarum (PDA at 27°C for 4-5 days)
0.85% NaC1 contained 0.001 % Tween 80 Spore suspension
Plate culture (for 4-5 days) Antifungal test
Medium (PDA 195 ml)
HSample
5
ml
(soluble
in
70%
ethanol)
Distributed to 10 petri dishes
Inoculated agar discs from plate cultured medium by cork borer (6 mm) Cultured at 27°C for 96 hrs.
Determined the diameter of colony Fig. 4. Bioassay procedure on extracts
from Aspidistra elatior Blume
Table 2. Antimicrobial Effects of Extracts from Aspidistra elatior Blume on the Growth of Gloeosporium musarum
Concentration (gg/m1) Diameter of Colonya),b) (mm) Colony diameter compared with the control (%) a) Control C-1 C-2 T 30 30 30 41.4 41.8 7.8 7.6 ± 0.49 ± 1.32 ± 0.15 ± 0.15 100.9 18.8** 18.4** b) Control White substance Diosgenin T 12 12 12 45.6 44.4 44.0 38.0 ± 0.50 ± 0.24 ± 0.98 ± 0.76 97.3 96.4 83.3**
Mean ± SE, Colonies were cultured at 27°C for 96a) and 120b) hrs. ** Significantly different from the Control (p<0 .01)
よ り、一 つ はD一 キ シ ロー ス で あ る こ とが 確 認 され た 。 残 りはD一 グ ル コー ス とD一 ガ ラ ク トー ス の 存在 が 示 唆 され たが 確 認 され て い な い 。今 後 さ ら に検 討 して み た い と考 え て い る。
