Kobe Shoin Women’s University Repository
Title 坪内逍遥著作年表稿(四)
Tubouchi Shoyo Bibliography (4)
Author(s) 青木 稔弥(AOKI Toshihiro)
Citation 文林(BUNRIN),No.27:179-237
Issue Date 1993
Resource Type Bulletin Paper / 紀要論文
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坪
内
遣
遙
著
作
年
表
稿
(
四
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青
木
稔
弥
坪内迫遙著作年表稿(四) 前 回 ま で と 同 様 に 、 ﹃ 坪 内 適 遙 事 典 ﹄ ( 平 凡 社 % ・ 5 ・ 22 ) 所 収 の 大 村 弘 毅 ・ 小 川 智 子 ・ 梅 沢 宣 夫 編 ﹁ 著 作 年 表 ﹂ を 増 補 す る 形 で 稿 を 進 め る 。 全 く 逸 し て い る か 、 記 述 に 不 十 分 な 部 分 が あ る も の の み を 対 象 と し 、 再 録 物 に つ い て は 、 ひ と ま ず 除 外 す る 。 明 治 19 年 ( 閏 八 八 六 ) 増 補 論 理 学 は し が き 戸 田 欽 堂 訳 述 ﹃ 惹 穏 氏 論 理 学 ﹄ 顔 玉 堂 迫 遙 遊 人 坪 内 雄 蔵 明 19 ・ 6 ﹃ 坪 内 迫 遙 事 典 ﹂ 所 収 の ﹁ 著 作 年 表 ﹂ に は 明 治 20 年 6 月 の 項 に 配 さ れ て お り 、 ﹃ 坪 内 迫 遙 醐 轡 第 二 集 所 収 の 大 村 弘 毅 編 ﹁ 迫 遙 序 践 集 一 ﹂ (物 ・ 3 ・ 20 ) で は 、 以 下 の よ う な 注 記 を つ け て 、 明 治 二 十 年 十 二 月 出 版 の 第 五 版 よ り 翻 刻 さ れ て い た 。文林 二十七号 本 書 は 、 明 治 十 二 年 一 月 三 十 一 日 版 権 免 許 、 同 十 九 年 五 月 二 十 七 日 改 題 、 同 十 九 年 六 月 八 口 製 本 換 届 、 東 京 顔 玉 堂 発 行 の も の 。 第 五 版 に 掲 げ ら れ た 序 文 で 、 表 紙 に も ﹁ 第 五 版 ﹂ と 明 記 さ れ て い る の も 珍 ら し い 。 改 版 本 で は な い と 思 わ れ る 。 四 六 判 、 紙 装 。 定 価 金 一 円 二 十 銭 。 明 治 二 十 年 六 月 出 版 の ﹃ 惹 穏 氏 論 理 学 ﹄ は 第 四 版 で あ る 。 第 四 版 掲 載 の ﹁ 論 理 学 は し が き ﹂ 末 尾 に は 以 下 の よ う に あ り 、 か ∼ る 有 益 の 良 薬 書 が 益 々 世 に 出 る は 嬉 し か ら す や 以 て 第 四 版 は し が き と な し ぬ 明 治 二 十 年 五 月 下 溝 坪 内 雄 蔵 識 第 五 版 の そ れ に は か ∼ る 有 益 の 良 薬 書 が 益 々 世 に 出 る は 嬉 し か ら す や 以 て 第 五 版 は し が き と な し ぬ 明 治 二 十 年 十 一 月 下 溝 坪 内 雄 蔵 識 の よ う に あ る 。 迫 遙 の 文 章 が 改 変 さ れ て い る の は 動 か し よ う も な い 事 実 で 、 そ れ は 、 例 え ば 、 迫 遙 訳 の ﹃ 朗 蘭 夫 人 伝 ﹄ (明 19 ・ 10 ) が 改 題 出 版 し て ﹃ 融 徽 交 際 之 女 王 ﹄ (明 20 ・ 5 ) と な る の に 伴 い 、 冷 々 亭 杏 雨 の ﹁ 女 丈 夫 伝 叙 ﹂ が ﹁ 融 徽 交 際 之 女 王 ﹂ と な り 、 そ の 日 付 も ﹁ 明 治 丙 戌 初 夏 ﹂ が ﹁ 明 治 丁 亥 初 夏 ﹂ と 改 変 さ れ て い る の と 軌 を 一 に し て い る と い え よ う 。 だ が 、 第 三 版 以 前 に 迫 遙 の 序 文 が あ る か ど う か が 、 よ り 大 き な 問 題 で あ る 。 第 三 版 を 閲 見 す る 機 会 に 恵 ま れ て い ハよ な い が 、 ﹁ 校 正 大 字 再 版 ﹂ と 内 表 紙 上 に 記 す 明 治 十 九 年 十 月 刊 の 再 版 と 同 年 六 月 刊 の 初 版 に は 、 迫 遙 の 序 文 は 存 在 す る 。 再 版 は 、 初 版 そ の ま ま と い う わ け で は な い が 、 内 容 的 に 、 一 ペ ー ジ の 行 数 、 字 数 ま で 一 致 さ せ て い る 。
坪 内迫遙 著作年 表稿(四)
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文林 二十七号 か 、 る 有 益 の 良 薬 書 が 益 々 世 に 出 る は 嬉 し か ら ず や 以 て は し が き と な し ぬ 明 治 十 九 年 五 月 下 溝 遣 遙 遊 人 坪 内 雄 蔵 識 ﹃ 惹 穏 氏 論 理 学 ﹄ は 、 明 治 十 九 年 五 月 二 十 七 日 に ﹁ 改 題 ﹂ ( 奥 付 ) さ れ て い る わ け で あ る か ら 、 改 題 前 の こ と に つ い て も 一 言 し て お く べ き だ ろ う 。 巻 之 一 を 明 治 十 二 年 六 月 、 巻 之 中 を 十 六 年 三 月 、 巻 之 下 を 十 六 年 九 月 に 出 版 し た ﹃ 論 事 矩 ﹂ が そ れ で あ る 。 戸 田 欽 堂 訳 は 共 通 だ が 、 巻 之 一 の み ﹁ 鈴 木 信 校 正 ﹂ 、 巻 之 中 、 下 は ﹁ 伴 新 三 郎 補 訳 ﹂ で あ る 。 迫 遙 の 序 文 の 掲 載 は 全 く な い 。 明 治 24 年 ( 一 八 九 一 ) 増 補 け 文 苑 の 創 刊 号 ( 明 24 ・ 7 ・ 5 ) の ﹁ 訪 問 ﹂ 欄 に 坪 内 適 遙 氏 を 訪 ふ (六 月 十 七 日 ) さ 、 の 舎 み ど り が 掲 載 さ れ て い る 。 迫 遙 の 発 言 部 分 を 抄 出 し て お く こ と に す る 。 余 は 当 今 三 ケ 所 の 学 校 に 教 授 し 一 週 に 時 を 費 す こ と 三 十 幾 時 間 、 加 ふ る に 読 売 新 聞 に さ へ 関 係 あ り て 殆 ん ど 寸 分 の 余 暇 な き 有 様 な れ ば 有 実 的 に 助 力 い た さ ん こ と 力 に 及 び 申 さ ず 、 但 し 精 神 的 の 応 援 は 必 ず し も 辞 す る 所 に 候 は ね ば 余 が 分 内 の 事 に 就 て は 何 事 な り と も お 尋 ね 下 さ る べ し (持 参 の ﹁ 原 稿 な ど ﹂ に 意 見 を 求 め ら れ て 1 引 用 者 注 ) こ れ ら も く 拝 見 し た る 所 に よ れ ば 此 等 諸 名 家 の 寄 書 の 中 に も 雑 誌 の 諸 欄 の 中 に も 批 評 と い ふ 目 の 見 え ぬ や う な る は 事 欠 け た
坪内迫遙著作年 表稿(四) る心 地 す るな り批 評 は文 学 の最 も 要 用 な る目 な る に 批 評 に関 し て の意 見 は近 頃 の読 売 新 聞 に戯 文 も て ほ ゴ 言 ひ顕 はし お き た れ ば 御 一 覧 下 さ れ た し 余 の考 ふ る所 によ れ ば 方 今 文 学 者 の急 務 は 近 著 を 批 評 す る よ り も 過 去 の 大 作 を精 評 す る に あ る が如 し 而 し て旧 大 家 の作 を 評 す る に は 宜 し く 帰納 的 批 評法 を 用 ゆ べき な り帰 納 的 批 評法 と は 評家 の理想 嗜 好 等 を 標 準 と し て演 繹 的 に批 評す る に ては な く作 其 自 身 を分 析 解 剖 し て源 氏 物 語 は 如 何 な るも の な る か 八犬 伝 は如 何 な るも のな る かを 評 定 す る こと 是 な り即 ち 仏 人 セ ント、 ブ ーヴ の批 評 の如 く あ り た き な り夫 れ批 評 と 一 口 に 云 へども 質 の批 評 も あ れ ば 形 の批 評 も あ り形 にも 言 辞 章 句 の批 評 と 脚 色 の批 評 と の 別 あ り ま た質 の評 と云 ふ中 にも 人 情 を 主 な り と 申 す 人 も あ れ ば 人 物 の性 質 が 広 く 深 く 鋭 く あ ら はれ た るを 肝 要 な りと 申 す 人 も あ り人 情 世 態 が あ ら はれ た る の み に て は小 説 院 本 と は相 成 ら ず 人 間 の運 命 と いふ も のが あ ら は れ ね ば いか ぬと 説 く 人 も あ れ ば 何 か 一 大 原 理 が い ひあ ら はさ れ てあ ら ね ば 不 可 な り と 論 ず る人 も これ 有 り 候 し か し な が ら 斯 の如 く 論 ず る も 尚 ほ是 れ 自 家 の理想 によ り て批 評 す るも のと は い は ゴ謂 ふ べく 候余 な ど は人 間 の運命 と い ふ 事 を 平 生 口 に いた し 候 へ ど も是 れ は 余 が嗜 好或 は 理 想 な ど いふ も の に候 べし科 学 的 批 評 の 眼 を 以 て 申 せば た と ひ人 間 の運 命 あ ら は れ た ら ず と も文 章 は文 章 、 小 説 は小 説 、 美 は美 に 候 べし英 国 に ても は る か昔 し に は希 腫 羅 馬
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文林 二十七号 の 傑 作 を 唯 一 の 標 準 と し て 作 を 批 評 せ し が 後 年 こ の 標 準 に は ま ら ぬ 傑 作 ( 例 へ ば 沙 翁 の 作 ) 出 る に 及 び 古 代 の 作 と 近 代 の 作 と は 標 準 を 別 に す べ し と い ふ 議 論 起 り ダ ブ ル 、 ス タ ン ダ ー ド の 世 と な り 候 ひ き 、 や が て こ の 二 重 標 準 に て も 尚 ほ 不 都 合 の 作 出 来 し け れ ば 終 に は 批 評 家 は 別 段 古 代 の 標 準 に は 係 ら ず し て 唯 美 是 発 揮 す べ し と い ふ 説 起 り ジ ヨ ン ソ ン な り し か ( た し か に は 記 臆 せ ざ れ ど ) ク ラ シ ツ ク ス タ ン ダ ー ド の 外 に ﹁ 自 然 ﹂ と い ふ 標 準 あ り と い ふ に 至 り 今 日 に て は 批 評 と は イ ン タ リ プ リ テ イ シ ヨ ン の 義 な り 標 準 に 拘 泥 せ ず し て 作 の 本 旨 を 発 揮 す べ し と い ふ 事 マ \ 先 覚 者 の 唱 ふ る 所 と な り た る 様 な り 尤 も 作 の 本 旨 と 作 者 の 本 旨 と は 同 一 に あ ら ず 此 事 は 複 雑 な れ ば ロ バ 今 申 し が た け れ ど 兎 に 角 、 我 邦 に は 文 章 脚 色 の 批 評 の み 盛 に し て 帰 納 的 批 評 の 盛 ん な ら ざ る よ り い つ ま で も 古 大 家 の 本 体 を 明 か に す る こ と 能 は ざ る は 残 念 の 次 第 な り 此 た び ﹃ 文 苑 ﹂ の 発 刊 あ る こ そ 幸 ひ な れ 願 く は こ の 帰 納 的 批 評 を 盛 ん に 旧 大 作 の 上 に 施 し た ま へ か し 明 治 28 年 ( 一 八 九 五 ) 増 補 コ 西 洋 中 古 の 武 士 道 文 武 叢 誌 一 九 、 二 〇 、 二 二 、 二 一二 坪 内 迫 遙 口 演 漫 言 二 則 小 文 学 一 坪 内 迫 遙 明 28 ・ 6 ・ 17 明 28 ・ 5 ・ 15 ∼ 9 ・ 15 日 本 体 育 会 事 務 所 を 発 行 所 と す る 文 武 叢 誌 の ﹁ 講 演 ﹂ 欄 に 掲 載 さ れ た ﹁ 西 洋 中 古 の 武 士 道 ﹂ は 逸 文 。 迫 遙 と 文 武 叢 誌 の 関 わ り は 第 四 、 七 号 ( 明 27 ・ 2 ・ 15 & 5 ・ 15 ) の 南 強 子 抄 訳 ﹁ 武 人 か た ぎ ﹂ を ﹁ 春 の や 主 人 閲 ﹂ と い う 形 で 発 表 す
坪 内遭遙 著作年表稿(四) る と い う こ と が 既 に あ っ た が 、 よ り 直 接 的 要 因 と し て は 、 以 下 の よ う な 明 治 二 十 八 年 五 月 付 の ﹁ 文 武 叢 誌 改 良 広 告 ﹂ に 呼 応 す る よ う な 要 請 に 応 じ た 結 果 な の で あ ろ う 。 本 誌 ハ 第 十 七 号 ヨ リ 改 良 ヲ 加 へ 紙 数 及 挿 画 ヲ 増 加 シ 且 ッ 記 事 ヲ 精 良 ニ シ 論 説 、 講 演 等 ニ ハ 諸 名 家 ノ 偉 論 卓 説 ヲ 掲 ゲ 叢 談 ニ ハ 古 今 ノ 逸 話 美 談 等 ヲ 載 セ 以 テ 立 志 ノ 資 二 供 ス 其 他 文 苑 、 軍 事 問 答 、 史 伝 等 ア リ テ 何 レ モ 有 益 ナ ル 事 項 ヲ 記 ス 殊 二 日 清 戦 記 二 至 リ テ ハ 本 誌 独 占 ノ 精 確 ナ ル 詳 報 ヲ 報 道 シ 我 皇 威 ガ 如 何 二 世 界 二 赫 々 タ ル 我 ガ 忠 勇 ナ ル 征 清 軍 人 ガ 如 何 二 勲 功 多 キ カ ヲ 知 ラ シ メ 国 民 ノ 敵 悔 心 ヲ 堅 固 ニ シ 軍 事 二 熱 心 ナ ラ シ メ 専 ラ 忠 君 愛 国 ノ 精 神 養 成 ヲ 勉 メ 元 気 ヲ 鼓 舞 シ 尚 ホ 軍 事 学 及 普 通 学 ノ 研 究 ヲ 助 ケ 以 テ 読 者 ノ 厚 意 二 酬 ヒ ン ト ス 是 レ 実 二 戦 時 平 時 ヲ 問 ハ ズ 我 ガ 軍 人 ハ 勿 論 国 民 ノ 一 読 ヲ 要 ス ベ キ ノ 良 誌 ナ リ 幸 二 愛 読 ノ 栄 ヲ 賜 へ 第 二 十 三 号 掲 載 文 は 、 所 蔵 先 不 明 ゆ え 未 見 で あ る が 、 第 二 十 二 号 掲 載 文 冒 頭 に よ り 、 そ の 全 体 像 は 察 し う る 。 吾 人 は 上 来 、 西 欧 中 古 の 武 士 道 の 本 相 特 質 を 縷 述 し 、 其 の 隆 昌 を 極 め た る 当 時 の 状 態 を 略 々 説 き つ く せ り 、 今 や 其 が 衰 替 の 運 に 向 へ る 折 の 有 様 を 瞥 見 し 、 其 の 廃 頽 に 及 べ る 理 由 を 繹 ね 、 寛 に 士 爵 制 度 が 奈 何 の 影 響 を 近 世 の 欧 洲 に 遺 し ∼ か を 概 説 し て 、 此 の 談 を 終 へ ん と す 、 迫 遙 は ﹁ 敬 神 、 尚 武 、 及 び 淑 女 を 愛 す る の 三 思 想 が 、 始 終 相 纒 綿 し て 、 欧 洲 中 古 史 上 に 換 発 し た る 稀 有 偉 観 ﹂ ( 第 十 九 号 八 頁 ) を 述 べ る の だ が 、 そ の 逐 一 を 紹 介 す る こ と は 、 あ ま り に 引 用 が 長 す ぎ る こ と に な る の で 避 け る こ と に す る 。 た だ 、 そ の 講 演 が 以 下 の よ う な 比 較 と い う 観 点 か ら な さ れ て い る こ と だ け は 指 摘 し て お き た い 。 今 や 我 が 国 武 威 外 に 震 ひ 、 列 国 骸 歎 、 特 に 我 が 士 風 の 善 美 な る を 称 す 、 し か れ ど も 吾 人 が 限 な き 欲 望 の 上 よ り い
文 林 二十七号 へ ば 、 我 が 善 美 な る 士 人 の 風 も 、 い ま だ 絶 対 に 、 円 満 な る に は あ ら ず 、 否 、 若 し 今 の 状 態 に 知 足 し 、 之 れ を 絶 美 な り と し て 安 心 せ ん か 、 我 が 善 美 す る 士 人 の 資 格 も 、 次 第 に 敗 頽 し 燗 熟 し て 、 い た づ ら に 過 去 を 追 慕 す る の 悔 あ る べ し 、 吾 人 は 信 ず 、 総 じ て 人 間 の 事 は 、 他 の 善 を 取 り 他 の 美 を 取 り 、 以 て 益 々 固 有 の 善 と 本 来 の 善 と を 磨 き 、 勇 猛 精 進 、 一 日 も 休 す る こ と な か ら ん を 要 す と 、 す な は ち 以 為 ら く 、 彼 の 欧 洲 の 武 士 道 や 、 我 が 武 士 道 に 比 べ て 、 優 劣 尚 未 だ 明 な ら ず と 錐 も 、 其 の 善 と 美 と の 素 に 富 め る 、 蓋 し 争 ふ べ か ら ず 、 又 其 の 所 謂 善 と 美 と の 我 が 固 有 の に 同 じ か ら ざ る 、 ま た ほ ゴ 察 す る に 足 る も の あ り 、 彼 の 善 や 、 彼 の 美 や 、 或 は 我 が 為 の 他 山 の 石 か 、 然 ら ば 彼 れ が 極 盛 の 当 時 を 知 り 、 現 欧 洲 の 文 武 双 盛 の 由 来 を 究 め 、 古 を 温 め て 今 に 資 し 、 彼 我 の 長 短 を 審 か に し て 鏡 中 に 真 美 の 影 を 認 め 、 よ り て も て 幾 千 歳 の 後 ま で 、 大 和 桜 の か ん ば し き 匂 ひ を 失 は し め ざ ら ん 培 養 の 料 と な す を 得 ば 、 一 見 無 要 げ な る 歴 史 談 も 、 強 ち 益 な き に あ ら ざ る べ き か と 、 (第 十 九 号 五 ∼ 六 頁 ) ハ マ マ ﹁ 漫 言 二 則 ﹂ は 未 見 、 未 調 査 で 、 正 確 な 題 名 が 登 録 さ れ て い な か っ た も の 。 コ 、 文 学 者 の 謙 譲 。 ﹂ ﹁ 二 、 謙 譲 の 不 利 ﹂ の 二 章 よ り な る 。 ﹃ 文 学 そ の 折 々 ﹄ (春 陽 堂 明 29 ・ 9 ・ 8 ) に は ﹁ 文 学 者 の 謙 譲 ﹂ と の タ イ ト ル で 収 録 さ れ 、 ﹁ 謙 譲 の 不 利 ﹂ は そ の 一 部 と し て 目 次 に は 登 録 さ れ ぬ 一 章 と し て の 地 位 を 占 め る に と ど ま る 。 若 干 の 本 文 異 同 は あ る が 、 内 容 に か か わ る ほ ど の も の で は な い 。 明 治 29 年 ( 一 八 九 六 ) 増 補 文 章 の 三 体 を 論 じ て 小 中 学 読 本 の 文 章 に 及 ぶ 東 京 府 教 育 会 雑 誌 八 三 坪 内 雄 蔵 君 演 説 明 29 ・ 8 ・ 30
. (四)
坪内迫遙著作年表稿
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文林 二十七号 冒 頭 に ﹁ 左 ノ 一 編 ハ 坪 内 文 学 士 ガ 東 京 府 教 育 会 常 集 会 に 於 テ 演 説 セ ラ レ タ ル モ ノ \ 速 記 ナ リ ﹂ と あ り 、 ﹁ 坪 内 雄 蔵 君 演 説 ﹂ と 並 ん で ﹁ 納 谷 直 次 郎 速 記 ﹂ と 記 さ れ て い る 。 従 来 、 こ の 文 章 の 初 出 は 名 家 談 叢 所 収 の も の と さ れ て い た が 、 そ の 第 十 五 号 (明 29 ・ 11 ・ 20 ) 掲 載 分 冒 頭 に は 左 に 掲 ぐ る は 坪 内 雄 蔵 君 が 某 地 方 に 於 て 演 説 さ れ た る 速 記 な り 。 曹 に 事 柄 の 有 益 な る の み な ら ず 、 些 の 削 正 を 加 へ ず し て 、 整 然 た る 文 章 を 為 せ り 。 以 て 演 説 の 軌 範 と 為 す べ し 。 同 君 の 承 諾 を 得 て 弦 に 掲 載 す 。 と の み あ り 、 そ の 来 歴 は 明 ら か に さ れ て は い な か っ た 。 わ ず か に ﹁ 坪 内 雄 蔵 述 ﹂ の 冒 頭 か ら そ の 場 を 推 測 さ せ る に す ぎ な か っ た の で あ る 。 先 づ 一 番 先 き へ 御 話 を す る の は 、 文 章 の 三 体 と 云 ふ こ と で あ る 。 其 文 章 の 三 体 を 論 じ て 置 い て 、 そ れ か ら 小 中 学 こ ふ の 読 本 文 章 に 及 ぼ し て 論 じ て 見 や う と 思 ふ 。 幸 ひ 此 所 に 御 出 の 御 方 の 中 に は 小 学 中 学 師 範 な ど と 云 ふ 学 校 の 教 育 事 業 に 御 関 係 あ る 御 方 が 多 い と 云 ふ こ と で あ る か ら 、 此 演 説 が 済 ん で か ら 後 、 其 御 説 を 聞 い た り 、 何 か し た ら 、 ハ マ マ 私 は 大 変 益 を 得 る だ ら う と 思 ふ 。 今 文 章 の 三 体 を 論 ず る に 先 つ て 、 文 章 と 云 ふ も の は 何 か ら 出 来 る か と 云 ふ こ と を 御 話 し て 見 や う 。 ﹁ 此 所 に 御 出 の 御 方 の 中 に ﹂ ﹁ 学 校 の 教 育 事 業 に 御 関 係 あ る 御 方 が 多 い ﹂ の 一 節 か ら 、 ﹁ 東 京 府 教 育 会 常 集 会 二 於 テ 演 説 セ ラ レ タ ル モ ノ ﹂ と 同 一 で あ る と 考 え ら れ そ う な の で あ る が 、 ﹁ 山 本 真 太 郎 速 記 ﹂ と い う 速 記 者 の 違 い で は 片 付 け 難 い 部 分 が あ る 。 東 京 府 教 育 会 雑 誌 掲 載 の 冒 頭 は 以 下 の 通 り で あ る 。 諸 君 、 態 々 当 教 育 会 か ら 御 招 き を 蒙 り ま し た 訳 で ご ざ い ま す か ら 、 一 体 な ら ば 十 分 に 御 参 考 に な り ま す や う な 御
坪 内迫遙著作年表稿(四) よ 話 を 致 し ま す 筈 で ご ざ い ま す が 、 先 達 て 御 依 頼 を 受 け た 後 に 持 病 に 罹 り ま し て 、 も う 快 く な る で あ ら う と 遷 引 し て 居 る 中 に 、 と か く 快 く な ら ぬ で 、 学 校 を 引 籠 つ て 居 つ た 位 で ご ざ い ま す が 、 併 し 一 旦 御 約 束 を 致 し た 以 上 は 、 御 違 約 を 致 す は 相 す ま ぬ 事 で ご ざ い ま す 故 、 今 日 参 上 致 し ま し た が 、 平 生 で す ら 不 弁 説 な 所 へ 、 病 中 で 尚 更 御 聞 ひ げ き 苦 し か ら う と 思 ひ ま す か ら 、 此 段 予 め 御 断 り を 申 し て 置 き ま す 。 そ れ か ら 又 此 通 り 髪 髭 荘 々 の 有 様 で 、 甚 だ 失 礼 な 段 は 御 免 を 蒙 り ま す 。 始 め 御 約 束 を 致 し ま し た 時 に は 、 ﹁ 文 学 の 研 究 法 ﹂ と い ふ 題 を 差 上 げ て 置 き ま し た が 、 是 は 私 の 専 門 で あ り ま し て 、 ま あ 余 り 調 べ な く て も 何 か 御 話 が 出 来 や う と 云 ふ 考 か ら 、 さ う 云 ふ 題 を 上 げ て 置 い た の で す が 、 併 し 是 は 余 り 専 門 過 ぎ ま す の で 、 或 は 斯 う 云 ふ 事 を 教 育 会 の 御 方 に 御 話 を し ま し た な ら ば 、 外 国 に 於 け る 海 囎 の 御 話 で も す る 様 な 訳 に な り は し な い か と 云 ふ 恐 れ が ご ざ い ま す 。 讐 へ ば 他 の 専 門 家 で も さ う 云 ふ 事 は ご ざ い ま せ う け れ ど も 、 只 今 の 御 話 の 様 な 理 化 学 の 事 で あ り ま す る と 、 是 は 実 用 に 密 接 な 関 係 の あ る 学 問 で あ り ま す か ら 、 専 門 外 の 御 方 に も 矢 張 有 益 で あ り ま す が 、 私 の 専 門 の 方 に な り ま す と 、 或 は 出 世 間 と い ふ 形 容 詞 の 付 く も の で 、 世 間 的 で あ り ま せ ぬ か ら 、 教 育 家 の 御 方 に は 縁 が 遠 い の で あ り ま す 。 そ れ こ れ を 考 へ て 、 俄 に 先 刻 演 題 を 改 め ま し た 訳 で あ り ま す か ら 、 是 も 御 断 り を 申 し て 置 き ま す 。 今 日 定 め た 題 と 申 し て も 、 甚 だ 粗 末 な 考 で 未 だ 十 分 纒 つ て 居 り ま せ ぬ か ら 御 参 考 に な る か 、 ど う か 分 り ま せ ぬ が 、 ま あ 一 通 り 申 上 げ て 見 ま す 。 先 づ 先 に 文 章 の 三 体 と い ふ 事 を 御 話 し 致 し ま す 。 当 時 の 迫 遙 の 体 調 、 当 初 の 題 が ﹁ 文 学 の 研 究 法 ﹂ で あ っ た 事 が 判 明 す る と い う 事 も さ る こ と な が ら 、 そ の 話 す 姿 勢 は 、 ﹁ 私 は 大 変 益 を 得 る だ ら う ﹂ と ﹁ 御 参 考 に な る か 、 ど う か 分 り ま せ ぬ ﹂ で は 、 大 き な 違 い が あ る 。 速 記 の 方 法 や 編 集
文林 二十七号 方 針 の 違 い に よ る 差 異 で は な い と 考 え る べ き だ ろ う 。 も う 一 ケ 所 比 較 し て み る こ と に す る 。 左 は 名 家 談 叢 第 十 六 号 ( 明 29 ・ 12 ・ 20 ) 掲 載 分 冒 頭 で あ る 。 そ こ で 小 学 や 中 学 の 読 本 と 云 ふ も の は 、 本 来 ど う 云 ふ 趣 意 で 出 来 て 居 る か と 云 ふ こ と を 先 に 考 へ て 見 な け れ ば な ら ぬ 。 小 学 校 や 中 学 校 の 読 本 と 云 ふ 者 は 、 申 す ま で も な く 幼 少 な る も の の 智 情 意 を 開 発 す る 為 め の も の で あ る 。 其 本 を 読 ま せ る と 云 ふ も の は 、 矢 張 り 人 間 の 智 情 意 を 段 々 開 発 し て 行 か う と 云 ふ 趣 意 に 出 来 て 居 る も の で あ る 。 先 づ 第 一 に 此 小 中 学 の 読 本 で 、 色 々 な 智 識 を 与 へ る 。 初 め て 小 学 へ 這 入 つ た 小 さ い 子 供 に は 、 ま だ 奥 さ ん と お ッ む ロ ロ む か さ ん の 区 別 の 付 か ぬ の が 幾 ら も あ り ま せ う 。 (中 略 ) し て 見 る と 智 識 を 与 へ る ま で に は 色 々 あ つ て 、 理 に 関 す む ロ む む む む む む む む リ ロ む む む む む ロ む む ひ む む む る 智 識 、 物 に 関 す る 智 識 、 事 に 関 す る 智 識 と 云 ふ も の を 与 へ 、 其 上 に 智 に 関 す る 智 識 を 与 へ な け れ ば な ら ぬ 。 東 京 府 教 育 会 雑 誌 掲 載 分 よ り 、 該 当 部 分 を 抄 出 し て み る と 以 下 の よ う に な る 。 さ て 只 今 申 し ま し た 通 り 、 方 今 行 は る 、 小 学 校 中 学 校 の 読 本 に 就 て は 、 私 は 未 だ 感 服 す る こ と が 出 来 な い 、 不 満 足 に 思 ふ て 居 る 事 が 多 い の で あ り ま す 。 是 は 日 本 の 教 育 の 方 法 が 、 大 に 進 ん だ と は 言 つ て も 、 維 新 以 後 未 だ 日 が 浅 い か ら 、 編 纂 法 な ど も 十 分 に 整 理 し な い 、 已 む を 得 な い 結 果 で あ ら う と は 思 ひ ま す が 、 今 迄 私 が 見 た 所 に 依 る と 、 必 ず し も 編 纂 者 の 力 が 足 り な い と 云 ふ の で は な く 、 む し ろ 注 意 が 足 り な い に よ つ て 不 完 全 な 読 本 が 多 い の と 思 は れ ま す 。 そ れ も 私 の 見 聞 の 狭 い の で 、 他 に 良 い 読 本 が 出 来 て 居 る か も 知 れ ま せ ぬ が 、 今 迄 私 の 見 た 所 に 依 る と 、 読 本 は 不 完 全 で あ る 。 不 完 全 と 云 ふ の は 色 々 な 点 に 於 て 不 完 全 で あ り ま す が 、 就 中 文 章 の 上 で 不 服 を 感 ず る 。 何 故 不 服 か と 云 ふ 事 を 説 明 す る 前 に 、 言 ふ 迄 も な い 事 で あ り ま す が 、 読 本 の 目 的 と 云 ふ 事 を 一 寸 考 へ て 見 ま せ う 。
坪 内迫癌著作年表稿(四) 本 来 読 本 と 云 ふ も の は 、 ど う 云 ふ 目 的 で 作 る べ き も の か と 云 ふ と 、 申 す 迄 も な く 、 第 一 に は 学 童 に 智 識 を 与 へ る む む ゆ む む む リ ロ む ロ む む ロ む ロ む む む む む む 為 、 其 智 識 と 云 ふ も の は 色 々 種 類 が あ つ て 、 甲 は 文 学 上 の 智 識 を 与 ふ る 事 、 そ れ か ら 乙 は 事 理 上 の 智 識 を 与 ふ る む 事 、 少 く と も 此 二 つ の 智 識 を 与 へ な け れ ば な り ま せ ぬ 。 色 々 の 文 字 を 教 へ て 往 く と 同 時 に 、 語 法 も 教 へ な け れ ば な ら ぬ 、 文 法 も 教 へ な け れ ば な ら ぬ 、 そ れ と 同 時 に 色 々 の 道 理 を も 教 へ て 往 か な け れ ば な ら ぬ 。 同 題 の 異 な る 日 の 演 説 で あ る 可 能 性 が 高 い と い え よ う 。 最 後 に 、 両 者 の 結 論 部 分 を 抄 出 す る 。 是 丈 で す 。 ま た 探 し た ら あ る か も 知 れ ま せ ぬ が 、 先 づ 是 丈 で す 。 要 す る に 今 の 読 本 は 子 供 に 智 識 を 与 へ 子 供 の 品 性 を 酒 養 し や う と し て 居 り な が ら 、 其 手 段 宜 し き を 得 な い 。 な ぜ な ら ば 子 供 を 教 へ る に は 先 づ 情 に 訴 へ て 参 ら ん け れ ば な ら ぬ 。 子 供 に 異 見 す る に も 先 づ 情 に 訴 へ て 参 ら ん け れ ば な ら ぬ の で あ る に 、 直 ぐ に 一 足 飛 び に 飛 ん で 、 智 に 訴 へ て 子 供 に 教 へ や う と し た り 、 異 見 を し た り す る や う な こ と で 、 是 は 大 い に 方 針 を 誤 つ て 居 る 。 言 葉 を 換 マ マ へ て 云 へ ば 、 重 も に 情 の 文 と 意 の 文 を 基 と す べ き の で あ る 。 少 な く と も 情 の 文 と 云 ふ も の を 本 と す べ き で あ る の に 、 今 日 の 読 本 は 専 ら と は 言 は れ な い ま で も 十 中 の 七 ま で は 智 の 文 を 用 ゐ て 居 る の が 、 甚 だ 間 違 つ て 居 る 所 だ と 思 ふ 。 是 は 私 の 考 へ だ が 、 今 日 教 育 に 従 事 し て い る 御 方 の 御 考 は ど う 云 ふ で あ ら う か 。 若 し 御 賛 成 下 さ れ ば 、 ど う か さ う 云 ふ や う な 読 本 を 日 本 に 布 く や う に し た い も の で あ る 。 是 は 私 が 中 学 を 教 授 し て さ う 云 ふ 感 じ が 起 つ て 来 た 。 も う 一 つ は 宅 に 子 供 が 居 り ま す の で 、 其 子 供 が 小 学 校 中 学 校 へ 行 つ て 教 を 受 け て 帰 つ て 来 て 、 復 習 し て 居 る の を 聴 い て 係 焉 た る 事 屡 々 あ り 、 そ れ か ら 此 御 話 に 及 ん だ の で あ る 。 半 分 は 御 相 談 で あ る か ら 、 其 御 積 り で 御 聴 置 を 願 ひ ま す 。 ( 完 ) (名 家 談 叢 一 七 明 30 . 1 . 20 )
文林 二十七号 マ ダ 色 々 あ り ま す が 、 余 り 長 く な り ま す か ら 止 し ま す が 、 要 す る に 読 本 な ど ㌧ 云 ふ や う な も の は 、 情 に 訴 へ て 而 し て 後 に 意 に 及 ぼ す べ き も の で 、 さ う い ふ 風 に し な い と 、 本 統 の 読 本 の 文 章 に 適 は な い 。 今 の 読 本 の や う に 智 に 訴 へ て 、 さ う し て 直 に ↓ 足 飛 に 飛 ん で 意 に 訴 へ る と 云 ふ 事 は 、 ど う も 当 を 得 な い と 私 は 感 ず る の で あ り ま す 。 マ ダ 色 々 調 べ た な ら ば 、 沢 山 申 上 げ な け れ ば な ら な い 事 が あ り ま せ う が 、 秩 序 も な く 長 々 し く 申 上 げ て は 、 諸 君 が 定 め し 御 退 屈 で あ ら う と 思 ひ ま す か ら 、 今 日 は 是 で 止 し ま す 。 (拍 手 ) ( 東 京 府 教 育 会 雑 誌 ) な お 、 少 年 世 界 ニ ノ ニ ○ (明 29 ・ 10 ・ 5 ) に ﹁ 坪 内 文 学 士 の 読 本 論 大 要 ﹂ (無 署 名 ) が 掲 載 さ れ て お り 、 末 尾 に 以 下 の よ う な 評 言 が 付 さ れ て い る 。 教 育 書 編 纂 者 若 く は こ れ に 該 当 す べ き 教 員 其 他 著 作 者 の 尤 も 服 膚 す べ き 論 旨 に し て 、 少 年 諸 君 が 読 書 静 観 の 際 ま た 大 に 参 酌 す べ き 議 論 な り と す 。 明 治 30 年 ( 一 八 九 七 ) 増 補 勇 猛 精 進 早 稲 田 興 風 会 雑 誌 一 坪 内 先 生 寄 明 30 ・ 10 宮 武 外 骨 が 公 私 月 報 二 七 ( 昭 7 ・ 12 ・ 5 ) の ﹁ 早 稲 田 興 風 会 雑 誌 の 表 紙 ﹂ で 、 ﹁ 稲 束 を 黄 勝 の 草 色 で 印 刷 し ﹂ た ﹁ 石 版 表 紙 ﹂ の 写 真 版 を 掲 げ 、 以 下 の よ う な 紹 介 記 事 を 残 し て い る の が 唯 一 の 指 摘 と い っ て よ い だ ろ う 。 早 稲 田 尋 常 中 学 校 寄 宿 舎 生 徒 が 同 盟 し て 早 稲 田 興 風 会 と い ふ の を 設 け 、 其 機 関 と し て 明 治 三 十 年 十 月 に ﹃ 早 稲 田
坪 内迫遙 著作年表稿(四) 興 風 会 雑 誌 ﹄ 第 一 号 を 発 行 し た 巻 頭 に 大 隈 英 麿 の 題 歌 が あ り 、 同 会 創 立 の 主 意 、 雑 誌 発 刊 の 辞 に 次 で 勇 猛 精 進 ( 新 体 詩 ) 坪 内 先 生 牛 台 十 六 勝 (漢 文 ) 菊 地 先 生 発 会 式 の 歌 ( 新 体 詩 ) 大 和 田 先 生 等 が 載 り 、 そ れ よ り 以 下 は 生 徒 の 作 文 作 歌 、 雑 録 で 填 め 、 全 冊 が 菊 判 四 十 余 頁 の も の で 、 其 本 文 は 洋 紙 に 謄 写 版 の キ タ ナ イ 印 刷 で あ る 、 ( 後 略 ) ﹁ 勇 猛 精 進 ﹂ を 紹 介 す る こ と に す る 。 い と ほ し と 此 の 世 思 は ゴ 此 の 世 を ば い よ 、 よ く せ よ み ぐ る し と 棄 て ら る 、 か は 君 お や の お は し ま す 世 を う つ み く に 愛 く し と 皇 国 お も は ゴ 世 を な べ て 善 く せ ん も と そ い み じ き か な 人 の 力 は 同 胞 を お も ふ 誠 に 怖 ろ し の い な づ ま さ へ も 皇 国 を ば い よ ∼ よ く せ よ こ と て ぷ り 上 も な き 皇 国 の 風 俗 は ま し ら け も の 猿 め く 獣 な り し そ 今 の 世 を 人 ぞ 造 り し 人 の 手 に 糸 と な る 世 ぞ
文林 二 十七号 ほ る か な る 星 の 世 界 も 我 が 足 の ふ ま ぬ も の か は ニ へ 開 け 来 し 昔 思 へ ば 妙 な O や 人 の ち か ら は う り け と 獣 を も 入 と せ し 人 皆 人 を 神 と せ ぬ や は を ち ニ ヰ ゐ く ロ 今 は さ れ ど 獣 は び こ る 還 近 に 皇 国 に だ に も ゆ お り 人 皆 の 神 と な ら ず ば い つ の 日 か 長 閑 か る ら ん う つ い と を し と 此 の 世 思 は ゴ 愛 く し と 皇 国 思 は 甘 つ と く な か さ か ら 力 め よ や 皇 国 の 児 ら 勿 隈 り そ よ お の が 力 を 明 治 31 年 ( 一 八 九 八 ) 増 補 今 日 の 文 壇 太 陽 四 ノ 一 坪 内 迫 遙 君 談 明 31 ・ 1 ・ 1 詩 人 の 二 大 性 格 東 洋 哲 学 五 ノ 九 坪 内 雄 蔵 明 31 ・ 9 ・ 5 ﹁ 今 日 の 文 壇 ﹂ 拡 、 滝 田 貞 治 晶 遡 遙 書 誌 ﹄ や ﹃ 近 代 文 学 研 究 叢 書 ﹄ 35 に 登 録 済 で あ る に も か か わ ら ず 、 何 ゆ え か
坪 内迫遙著作年表稿(四) 脱 落 し て い た も の 。 単 行 本 等 に は 未 収 録 。 抄 出 し て お く こ と に す る 。 ( 圏 点 、 傍 点 の 類 は 、 一 切 、 省 略 し た 。 ) 客 あ り 坪 内 迫 遙 君 を 訪 ひ て 談 今 日 の 文 壇 に 及 び 、 滑 稽 小 説 の 出 で ざ る は 人 心 に 余 裕 な き の 致 す 所 な る か な ど 問 ひ し に 、 君 の 曰 く 第 一 は 作 者 の 性 情 に 滑 稽 小 説 を 作 る べ き 素 因 乏 し き に 由 る べ し 。 萄 も 滑 稽 小 説 を 作 り て 読 者 の 願 を 解 か ん と な ら ば 、 作 者 先 づ 滑 稽 洒 落 の 中 に 安 心 立 命 の 地 を 見 出 さ ゴ る べ か ら ず 。 作 者 先 づ 笑 ひ て 読 者 ま た 笑 ふ の 謂 な り 。 饗 庭 君 の 如 き は 此 傾 向 あ り て 其 戯 誰 中 に 得 意 の 境 を 有 す 。 (中 略 ) 紅 葉 君 は 頗 る ユ ー モ ラ ス な る 処 あ り 。 筆 に 現 れ た る 所 も 頗 る 面 白 し 。 他 人 の は 兎 角 酸 味 苦 味 を 帯 ぶ を 免 れ ず 。 (中 略 ) 一 二 滑 稽 小 説 に 適 す る 作 家 な き に あ ら ず と す る も 、 全 体 に 於 て 滑 稽 作 家 は 農 昆 蓼 々 の 感 な き 能 は ず 。 英 の ヂ ツ ケ ン ス の 如 き 作 家 何 日 か 出 で ん 。 こ れ 併 し な が ら 今 の 時 代 は 此 種 の 作 家 を 生 ず る に 適 せ ざ る に 由 る も の 多 し 。 今 の 時 代 は 安 心 放 念 の 時 代 に あ ら ず 、 大 悟 大 笑 ス ト ラ ツ グ リ ン グ の 時 代 に あ ら ず 、 否 苦 闘 煩 悶 の 時 代 な る も の を 。 近 来 の 小 説 に は 不 義 不 倫 の 恋 愛 な ど を 種 と す る も の 多 し 、 こ れ 如 何 な る 現 象 な り や 一 は 時 世 に 促 さ れ て 強 い て 悲 劇 を 作 ら ん と す る に も 由 る な る べ し 。 一 は 時 勢 の 影 子 な り 。 ( 中 略 ) 概 し て い ふ に 今 日 の 小 説 は 主 観 的 な り 、 又 概 念 を 礎 と し た る も の 多 し 。 例 へ ば 社 会 の 罪 と い ふ や う の 概 念 を 礎 と し て 作 せ る も あ り 。 こ れ も 一 理 な れ ど 通 理 と し て は い か ゴ あ ら ん 。 社 会 に 罪 あ る と 共 に 箇 人 に も 罪 あ る べ し 。 箇 人 を 責 め ず し サ ブ ゼ ク チ て 只 管 に 社 会 の 罪 を い ふ は 、 主 観 的 の 解 釈 に 過 ぎ ず 、 客 観 的 に は 到 底 成 立 し が た き こ と な り 。 所 詮 、 主 観 的 、 エ ゴ イ ス チ ン ク 主 我 的 時 代 な る 十 九 世 紀 に 客 観 的 小 説 の 出 つ る を 望 む は 無 理 な ら ん か 。 ( 中 略 )
文林 二 十七号 ○ 主 観 的 潮 流 は 当 世 紀 の 特 質 な れ ば 今 更 い ふ も お ろ か な れ ど 、 絵 画 界 に も 此 潮 流 注 入 せ る 証 は 、 こ た び の 共 進 会 に 著 明 な り 。 (中 略 ) 思 ふ に 我 国 の 美 術 中 、 割 合 に 尤 も 進 み た る は 小 説 、 次 は 画 か 。 彫 刻 は 規 模 狭 小 、 音 楽 は 今 尚 睡 眠 中 、 劇 は あ の 通 り の 有 様 、 此 う ち 尤 も 奇 怪 な る は 音 楽 な り 。 元 禄 享 保 の 楽 が 今 尚 我 々 の 耳 を 楽 ま す る 唯 一 の 音 楽 と は 何 事 そ や 。 さ れ ど 音 楽 界 に も 遠 か ら ず 一 波 瀾 起 ら ん の 兆 見 え そ め た り 。 我 新 体 詩 の 発 達 は 幾 分 か 此 と 聯 関 す る 所 な か ら ん や 。 ○ 泰 西 の 名 著 を 翻 訳 し て 我 文 壇 に 流 伝 せ し む る は 、 種 々 の 関 係 に 於 て 肝 要 な り 。 第 一 は 作 者 の 作 詩 上 の 理 想 を 高 う し 、 其 向 上 心 を 大 な ら し む る に 必 要 な り 。 (中 略 ) 模 範 を 彼 れ に 取 れ と い ふ に は あ ら ね ど 、 彼 を 知 ら ざ る は 大 勇 猛 心 を 奮 ひ 起 す 時 の 障 害 な ら ず や 。 ( 中 略 ) さ て 翻 訳 の 要 は 尚 別 に あ り 。 世 間 読 書 社 会 の 好 尚 を 高 う す る 為 に 要 あ り 。 今 の 如 き 読 書 社 会 に て は 大 作 家 出 つ る と も 心 細 き こ と な る べ し 。 (後 略 ) ﹁ 詩 人 の 二 大 性 格 ﹂ は 初 出 不 明 だ っ た も の 。 ﹃ 文 芸 と 教 育 ﹂ ( 春 陽 堂 明 35 ・ 6 ・ 4 ) 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ 第 八 巻 ( 春 陽 堂 大 15 ・ 10 ・ 23 ) に ﹁ 詩 人 の 二 性 格 ﹂ と 改 題 し て 収 録 。 初 出 、 単 行 本 ・ ﹃ 選 集 ﹄ 本 間 の 本 文 異 同 は 殆 ど 無 く 、 初 出 で は 句 点 が 皆 無 で あ る こ と 、 後 二 者 で 改 行 箇 所 が 一 ケ 所 増 え て い る こ と 、 圏 点 の 異 同 が あ る 程 度 で あ る 。 単 行 本 の 本 文 の 末 尾 、 ﹃ 選 集 ﹂ の 題 名 下 に は 、 ﹁ (明 治 三 十 一 年 九 月 ) ﹂ と あ る の み だ が 、 初 出 の 本 文 末 尾 に は 、 此 の 一 篇 は 去 る 七 月 六 日 哲 学 館 に 於 て せ ら れ た る 講 演 の 大 要 な り と あ り 、 前 号 第 五 編 第 八 号 ( 明 31 ・ 8 ・ 5 ) の ﹁ 彙 報 ﹂ 欄 ﹁哲 学 館 懇 親 会 ﹂ に は 以 下 の よ う に あ る 。 哲 学 館 に て は 学 年 試 験 結 了 に つ き 、 例 規 に 依 り 去 る 七 月 六 日 午 后 一 時 よ り 館 内 に て 懇 親 会 を 開 く 、 館 主 先 つ 其 主
旨 を 報 告 せ ら れ 、 次 に 文 学 博 士 加 藤 弘 之 翁 は ﹁ 宇 内 統 一 国 ﹂ と 題 し て 斯 る 大 国 は 果 し て 成 立 す べ き も の な る か 否 や に つ き 諸 学 者 の 説 を 列 挙 し 、 後 に 自 説 を 述 べ ら れ た り 、 次 に 来 賓 文 学 士 坪 内 雄 蔵 氏 は ﹁ 詩 人 の 二 大 性 格 ﹂ と 題 し 、 人 々 の 気 質 に 応 し て 品 性 を 陶 冶 す べ き 所 以 を 論 じ 、 気 質 中 殊 に 神 経 性 の 二 種 を 詳 説 し て 例 を 古 今 東 西 の 文 豪 詩 傑 に と り 、 雄 弁 酒 々 真 に 迫 り 、 或 は 円 転 滑 脱 人 の 噸 を 解 か し め 、 或 は 荘 重 の 言 人 を し て 襟 を 正 さ し め た り 、 右 了 り て 庭 前 に て 一 同 及 び 卒 業 生 の 写 真 二 葉 を と り 、 (後 略 ) 坪内迫遙著作年表稿(四) 明 治 32 年 ( 一 八 九 九 ) 増 補 方 今 の 倫 理 教 育 に 就 き て (再 び ) 現 行 諸 倫 理 教 育 法 案 の 根 本 的 誤 謬 現 行 倫 理 教 案 の 根 本 的 誤 謬 ( 承 前 ) 倫 理 教 育 談 日 本 教 育 一 日 本 教 育 四 日 本 教 育 六 日 本 教 育 六 坪 内 雄 蔵 坪 内 雄 蔵 坪 内 雄 蔵 坪 内 雄 蔵 明 32 ● 4 ● 11 明 32 ● 4 ● 11 明 32 ■ 3 ● 8 明 32 , 1 ● 20 前 三 者 は 、 大 帝 国 一 ノ 三 ∼ 五 (明 32 ・ 7 ・ 15 ∼ 8 ・ 15 ) の ﹁ 特 別 寄 書 ﹂ 欄 に 掲 載 さ れ た ﹁ 方 今 の 倫 理 教 育 を 論 ず ﹂ (上 ) (中 ) ( 下 ) と ほ ぼ 同 文 。 形 式 的 に は 、 大 帝 国 所 収 分 は 再 録 で 、 日 本 教 育 所 収 文 が 初 出 と い う こ と に な る が 、 ﹁ 現 行 諸 倫 理 教 育 法 案 の 根 本 的 誤 謬 ﹂ で 都 合 に よ り て 、 本 誌 第 一 号 に 掲 げ た る ﹁ 方 今 の 倫 理 教 育 に つ き て ﹂ と い ふ 論 文 の 続 稿 を 本 題 の 如 く に 改 め た り 、
文林 二十 七号 読 者 、 之 れ を 諒 せ よ 。 と の 断 り 書 き を つ け 、 ﹁ 現 行 倫 理 教 案 の 根 本 的 誤 謬 ( 承 前 ) ﹂ に お け る 諸 徳 行 の 根 本 た る べ き 道 徳 的 端 緒 は 、 必 ず や 最 単 純 な る 情 緒 若 し く は 意 志 た ら ざ る べ か ら ず 。 (中 略 ) 且 や 件 の 情 念 は 力 め ざ る も 自 在 に 発 動 す る 底 の 者 に あ ら ず し て 、 寧 ろ 人 々 が 自 識 自 戒 し て 力 め 修 む る の 必 要 あ る 底 の も の た る を 要 す 。 (中 略 ) 且 つ ま た 、 単 に 善 を 好 み 悪 を 嫌 ふ の 念 、 又 は 、 悪 は な さ じ 善 は な さ ま ほ し な ど い ふ 純 然 た る 形 式 的 情 念 た る に 止 ま る べ か ら ず 。 (中 略 ) 何 事 に も 弊 は 免 れ が た き も の な れ ば 、 如 何 に 穿 墾 し て 発 起 点 を 立 つ る も 、 弊 は 尚 伴 随 す べ き が 、 而 も 其 の 伴 弊 は 、 及 ぶ べ き だ け 砂 く 、 且 つ 予 防 し 易 く 、 且 つ 、 弊 源 の 知 悉 し 易 き も の た る を 要 す 。 (中 略 ) 且 つ ま た 、 及 ぶ べ く ば 、 其 の 所 謂 発 起 点 は 、 単 に 教 訓 上 の 便 宜 た る の み に 止 ま ら ず し て 、 学 理 上 よ り 見 る も 、 真 マ こ に 諸 道 念 の 根 本 と 認 定 す べ き 価 値 あ り て 、 之 を 一 倫 理 学 説 の 基 礎 と せ ん に 。 尚 よ く 深 刻 な る 別 扶 に 堪 ふ る 底 の も の な る を 要 す 。 ( 中 略 ) 按 ふ に 、 凡 そ 教 育 は 、 畢 寛 ず る に 、 主 と し て 現 世 的 事 業 な れ ば 、 第 一 に 当 代 の 弊 害 を 除 き 、 刻 下 の 欠 陥 を 補 ふ に 於 て 、 直 接 な る 殊 効 な く ん ば あ ら ず 。 (中 略 ) 以 上 十 余 条 の 制 約 は 、 苛 も 有 効 な る 教 訓 を 行 は ん と す る 者 の 必 ず 先 づ 精 査 せ ざ る べ か ら ざ る 条 件 な り と 信 ず 。 を 、 大 帝 国 一 ノ 五 で は 、 以 下 の よ う に 整 理 し て い る こ と を 考 え れ ば 、
坪内迫遙著作年 表稿(四) 諸 徳 行 の 根 本 た る べ き 道 徳 的 端 緒 は 、 ( 一 ) 必 ず や 最 単 純 な る 情 緒 若 し く は 意 志 た ら ざ る べ か ら ず 。 (中 略 ) ( 二 ) 且 や 件 の 情 念 は 力 め ざ る も 自 在 に 発 動 す る 底 の 者 に あ ら ず し て 、 寧 ろ 人 々 が 自 識 自 戒 し て (中 略 ) ( 三 ) 且 つ ま た 、 単 に 善 を 好 み 悪 を 嫌 ふ の 念 、 又 は 、 悪 は な さ じ 善 は な さ ま ほ し な ど い ふ (中 略 ) ( 七 ) 何 事 に も 弊 は 免 れ が た き も の な れ ば 、 如 何 に 穿 墾 し て 発 起 点 を 立 つ る も 、 弊 は 尚 伴 随 す べ き が 、 (中 略 ) ( 八 ) 且 つ ま た 、 及 ぶ べ く ば 、 其 の 所 謂 発 起 点 は 、 単 に 教 訓 上 の 便 宜 た る の み に 止 ま ら ず し て 、 学 理 上 よ り 見 る マ こ マ マ マ マ も 、 諸 道 念 の 根 本 と 認 定 す べ き 価 値 あ り て 、 之 れ を 一 倫 理 学 説 の 基 礎 と せ ん に 。 尚 よ く 深 刻 な る 別 扶 に 堪 ふ る 底 の も の な る を 要 す 。 ( 中 略 ) (九 ) 按 ふ に 、 凡 そ 教 育 は 、 畢 寛 ず る に 、 主 と し て 現 世 的 事 業 な れ ば 、 第 一 に 当 代 の 弊 害 を 除 き 、 (中 略 ) 以 上 九 条 の 制 約 は 、 萄 も 有 効 な る 教 訓 を 行 は ん と す る 者 の 必 ず 先 づ 精 査 せ ざ る べ か ら ざ る 条 件 な り と 信 ず 。 日 本 教 育 所 収 文 が 、 大 帝 国 所 収 文 の 草 稿 的 位 置 に あ る と い っ て も 過 言 で は な い だ ろ う 。 実 際 、 単 行 本 ﹃ 文 芸 と 教 育 ﹄ に 収 録 さ れ る 際 の 総 題 が ﹁ 方 今 の 倫 理 教 育 を 論 ず ﹂ で あ り 、 (上 ) 倫 理 教 育 上 の 根 本 問 題 ( 中 ) 現 行 徳 育 方 案 の 根 本 的 欠 陥 ( 下 ) 教 訓 の 発 起 点 を 定 め ざ る べ か ら ず と の 単 行 本 時 の 各 回 の 表 題 に 幾 分 か 日 本 教 育 掲 載 時 の 名 残 が あ る と い え な く も な い が 、 単 行 本 所 収 文 の 末 尾 に ﹁ ( 明
文林 二十七号 治 三 十 二 年 七 月 ) ﹂ と 記 し て い る の は 、 大 帝 国 所 収 文 を 以 て 最 終 形 と 考 え て い た ら し い こ と を 示 唆 し て い る 。 ﹃ 道 遙 選 集 ﹄ 第 六 巻 ( 春 陽 堂 大 15 ・ 8 ・ 18 ) が ﹃ 文 芸 と 教 育 ﹄ 所 収 本 文 を 踏 襲 し て い る こ と は 贅 言 す る ま で も な い だ ろ う 。 ﹁ 倫 理 教 育 談 ﹂ は 、 ﹁ 倫 理 実 験 界 ﹂ 欄 に 掲 載 さ れ た 谷 本 富 、 棚 橋 一 郎 の そ れ と 共 通 の 表 題 。 仮 称 と す べ き も の 。 む む り む む 坪 内 雄 蔵 氏 (氏 は 早 稲 田 中 学 の 教 頭 に し て 同 校 の 倫 理 科 を 澹 任 せ ら る ) 私 は 本 誌 発 刊 以 来 御 紙 面 を 借 用 し て 倫 理 教 育 に 関 す る 卑 見 を 述 べ は じ め て を り ま す こ と ゆ ゑ 、 只 今 重 複 さ せ て 申 す 必 要 も ご ざ い ま す ま い し 、 ま た 二 つ に は 到 底 簡 略 に は 申 か ね ま す 。 現 行 倫 理 教 案 に 関 す る 批 評 だ け は 、 や つ と か た む む む む む む む む 今 回 の 論 文 で 局 を つ け ま し た か ら 、 多 分 此 の 次 の 号 に は 倫 理 教 育 私 議 と か 私 案 と か 申 す や う な 題 で 、 私 が 目 下 試 み て 居 り ま す 教 案 を 述 べ て 見 て 諸 君 の 垂 教 を 乞 ふ 運 び に な る だ ら う と 思 ひ ま す か ら 、 今 日 は 何 も 申 し ま す ま い 。 併 し 折 角 お 出 下 す ッ た の だ か ら 、 若 し こ ん な 物 で も 何 か の お 役 に 立 ち ま す な ら 、 或 は 差 出 し て も よ い が ト 言 ひ か け て 氏 は 此 の 時 座 右 の 手 箱 中 よ り 一 綴 の 原 稿 を 取 り 出 し て 記 者 に 示 し こ れ は 私 の 倫 理 教 育 上 の 原 案 で も 原 則 で も な い が 、 今 度 第 一 年 級 の 倫 理 科 を 外 の 教 員 の 方 ( 金 子 馬 治 -引 用 者 注 ) ヘ ヘ へ に 澹 任 さ せ ま し た に よ ッ て ふ と 思 ひ つ い て 実 地 教 訓 の 参 考 に ま で と 私 が 従 来 の 経 験 を 斯 様 に 一 つ 書 に し て 差 出 し む む む む む む ス タ チ ン グ コ ポ イ ン ト た の で ご ざ い ま す 。 私 の 徳 育 意 見 は 一 貫 の 中 心 点 を 設 く る に あ り 、 即 ち 教 育 の 発 起 点 を 確 立 す る に あ り と い ふ が 眼 目 で す か ら 、 か や う な 聯 絡 の 無 い 枝 葉 の 規 則 は 、 固 よ り 第 一 要 義 で は ご ざ い ま せ ん 。 併 し 、 か う い ふ 枝 葉 の 事 は 論 文 の う ち で は 申 さ れ な い 事 で す か ら 、 却 て 今 御 覧 を 願 ッ て 置 い た は う が よ い か も 知 れ ん 。 こ の ま ∼ で よ ろ し け れ ば お 持 ち な さ い 。
坪 内迫遙著作年表稿(四) 氏 は か く い ひ て 左 の 稿 を 示 さ れ た れ ば 、 こ \ に 仮 に 倫 理 講 話 者 心 得 と 題 し て 其 の 稿 の 有 り の ま 、 を 掲 録 す 。 ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ へ 一 、 知 識 を 与 ふ る よ り も 感 銘 を 与 へ よ 。 感 銘 せ し む る よ り も 実 践 せ し め よ 。 以 下 、 ﹁ 廿 三 ﹂ ま で 続 き 、 末 尾 に ﹁ ( 未 完 ) ﹂ と 記 さ れ て い る 。 こ の ﹁ 倫 理 講 話 者 心 得 ﹂ の 部 分 、 ﹁ = か ら ﹁ 廿 三 ﹂ の み 、 ﹃ 文 芸 と 教 育 ﹄ に 収 録 さ れ て い る 。 末 尾 に は ﹁ ( 明 治 三 十 二 年 四 月 ) ﹂ と あ る 。 読 点 の 有 無 、 思 ← 按 、 也 ← な り 程 度 の 本 文 異 同 が あ る の み で 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹂ 第 六 巻 に も そ の ま ま 収 録 さ れ る 。 日 本 教 育 の 賛 成 員 及 寄 書 家 と な っ た 縁 で あ ろ う 、 迫 遙 は 、 ﹁ 牛 込 大 久 保 の 荘 に ﹂ ﹁ 教 育 に 関 す る 意 見 を 叩 く ﹂ 記 者 の 訪 問 を う け た 。 左 は ﹁ 訪 問 ﹂ 欄 に 掲 載 さ れ た ﹁ 坪 内 迫 遙 氏 を 訪 ふ ﹂ ( 日 本 教 育 一 明 32 ・ 1 . 20 ) の 抄 で あ る 。 倫 理 教 育 と い ふ も の が 、 忠 実 に 研 究 さ れ て ゐ ま せ ん の で 、 学 派 と か 何 と か に は 頓 と 私 は 頓 着 し ま せ ん 。 も 少 し 根 本 的 教 育 に 着 眼 し た い も の だ と 考 へ る 。 一 体 教 育 の 基 礎 を 国 家 主 義 と か 個 人 主 義 と か 狭 ま い 区 域 に 限 る の が 宜 し く な い 。 私 は 少 し ば つ と し て ゐ る か も 知 れ ん が 、 ヒ ユ ー マ ニ チ ー と い ふ 思 想 の 上 に 、 教 育 の 基 礎 を 立 て た い と か う 思 ふ の で す 。 ( 中 略 ) 兎 角 我 が 邦 の 青 年 学 生 は 人 物 崇 拝 の 癖 が あ つ て 可 け な い 。 ( 中 略 ) 善 い 学 風 と い ふ も の は 、 先 人 崇 拝 の 行 は る る 所 に は 発 し な く て 、 結 句 各 自 が 自 修 自 愛 す る 中 に 、 識 ら ず 知 ら ず 作 り 出 さ れ る の で あ る 。
文林 二十七号 学 校 の 修 身 課 の 如 き は 実 に 不 完 全 な も の で す 。 大 抵 勅 語 か 四 書 五 経 の 講 義 で 其 場 々 々 の 責 任 を 塞 い で ゐ る や う で す 。 (中 略 ) 私 の 学 校 で は 形 式 的 の 講 義 な ど は 致 し ま せ ん 。 何 ん で も 不 用 意 で 講 堂 に 臨 む の で す 。 す る と 何 に か 其 場 其 折 に 適 切 な 考 が 浮 ぶ 。 此 の 考 こ そ 日 頃 自 ら 苦 心 も し 、 生 徒 に 対 し て も 希 望 し て ゐ る こ と で す か ら 、 話 に 身 も 入 り 力 も 籠 る の で 、 生 徒 の 方 で も 熱 心 に 聞 い て 呉 れ ま す 。 (中 略 ) 仲 々 四 書 五 経 で は 修 身 課 は 授 け ら れ ま せ ん 。 (中 略 ) 生 徒 は 若 い や う で も 賢 い も の で 、 す ぐ に 教 師 の 弱 点 を 見 て 取 る の で す か ら 、 又 重 ん じ て ゐ る 教 師 の 心 を も よ く 汲 ん で 呉 れ ま す 。 な ん で も な い こ と で す が 、 教 師 が 自 分 で 喫 煙 を 止 め る と 、 生 徒 の 方 で も 感 心 に 喫 煙 を 止 め る と か 、 注 意 を す る と か い ふ こ と に な る 。 此 処 の 関 係 が 大 事 な ん で す 。 貴 君 が た の 方 で は 教 育 雑 誌 を お 出 し に な る に 就 い て は 、 是 非 一 つ 責 め 鼓 を 敲 ひ て 貰 い た い も の で す 。 夫 れ は ど う も こ の 頃 盛 ん に 行 は れ て 実 に 閉 口 の 到 り で す が ね 。 早 稲 田 の 尋 中 の 門 を 出 入 り す る と 、 い つ も 犬 殺 し 棒 大 の ス テ ツ キ を 提 げ 迂 路 つ い て ゐ る 壬 二 の 無 頼 漢 を 認 め る の で す 。 (中 略 ) 殊 に 芝 あ た り が 一 番 旺 ん だ と い ふ 風 評 。 一 体 昔 の 男 色 は 一 種 の 愛 情 を 以 て 成 立 つ た も の な の で 、 柳 か 恕 す べ き 点 も あ つ た で し や う が 、 今 の は 丸 で 獣 欲 を 遂 る に 止 ま る の で 、 年 弱 の 生 徒 は 恐 は が つ て 昇 校 も し え な い や う に な る 。 の み な ら ず 、 彼 等 の 着 目 す る 少 年 は 、 ど ち ら か と 日 へ ば 、 美 少 年 で 才 は ち け た 怜 倒 な 少 年 で す が 、 こ の 少 年 が 一 旦 彼 等 の 犯 す 所 と な る と 、 妙 に 心 機 に 一 転 化 を 生 じ て 、 瞼 な 殺 風 景 な 男 に 成 つ て 仕 舞 ふ 。 現 に 二 三 の 実 例 も あ る の で 、 是 れ は 充 分 教 育 家 の 注 意 を 促 が さ ん け れ ば な り ま せ ん 。 ど う で す 、 責 め 鼓 を お 叩 き な さ つ て は 。 ⋮ ⋮ 夫 れ か ら 、 も う 一 つ 教 課 書 の こ と で す が 、 近 年 尋 常 小 学 の 方 は 非 常 に 進 歩 致 し ま し た 。 進 歩 し た と い ふ の は 、 簡
坪内迫遙著作年表稿(四) 易 平 明 に し て 適 当 の 情 趣 も あ り 、 興 味 も あ る 読 本 の 出 来 た の を 日 ふ の で 、 殆 ん ど 申 分 も あ り ま せ ん 。 成 程 尋 中 や 何 か の 程 度 が 低 く て 、 今 の 学 生 は 昔 ほ ど の 実 力 が な い と い ふ 批 評 も 聞 き ま す が 、 ど う で す か 、 実 際 実 力 が 足 り な い で し や う か 。 私 は 平 均 し た ら ば 1 村 塾 な ど で 過 度 に 勉 強 し た と い ふ 或 例 外 の 人 を 除 い た な ら ば -同 じ こ と だ ら う と 思 ふ 。 併 し 尋 中 の 教 課 書 は ま だ 決 し て 完 全 と は 申 さ れ ま せ ん 。 何 と か 改 良 し た い も の で 。 明 治 33 年 ( 一 九 〇 〇 ) 増 補 中 学 年 齢 の 男 女 に 小 説 を 読 ま し む る の 可 否 に 関 し て 教 員 某 に 答 ふ る 書 教 育 学 術 界 一 ノ 三 ∼ 四 坪 内 雄 蔵 明 3 . 1 ・ 3 ∼ 2 ・ 3 3 倫 理 入 門 講 話 教 育 学 術 界 一 ノ 八 ∼ 一 〇 、 一 二 坪 内 雄 蔵 口 述 明 33 . 6 . 3 ∼ 10 . 3 ﹁ 中 学 年 齢 の 男 女 に 小 説 を 読 ま し む る の 可 否 に 関 し て 教 員 某 に 答 ふ る 書 ﹂ は 、 従 来 、 初 出 不 明 で 、 ﹃ 文 芸 と 教 育 ﹄ 所 収 文 の 末 尾 に ﹁ ( 明 治 三 十 二 年 一 月 ) ﹂ と 記 さ れ て い た た め に 、 ﹃ 迫 遙 書 誌 ﹄ で は 、 初 出 不 明 の ま ま 、 明 治 三 十 二 年 の 項 に 配 さ れ て い た も の 。 本 文 異 同 に つ い て は 、 初 出 に は 句 点 が 皆 無 で あ る こ と 、 単 行 本 時 に 改 行 箇 所 、 傍 点 . 圏 点 . ル ビ が 増 加 し て い る こ と が 目 立 つ の み で 、 他 に は 、 存 ぜ ら る ∼ な り ← 思 は る \ な り 、 疑 ふ 程 な り ← 疑 ふ な り 程 度 の 異 同 し か な い 。 ﹃ 遣 遙 選 集 ﹄ に は 未 収 録 で あ る 。 ハ る ﹁ 倫 理 入 門 講 話 ﹂ は 初 出 不 明 だ っ た も の 。 教 育 学 術 界 第 壼 巻 第 八 号 に 第 一 回 、 第 九 号 に 第 二 回 と 第 三 回 、 第 十 号 に
文林 二十七号 第 四 回 と 第 五 回 、 第 拾 武 号 に 第 六 回 と 第 七 回 を 掲 載 し 、 第 武 巻 第 壼 号 ( 明 33 ・ 11 ・ 3 ) と 第 武 号 ( 明 33 ・ 12 ・ 3 ) の 両 号 に 、 次 号 に ﹁ 続 稿 ﹂ を 掲 載 す る 旨 の ﹁ 予 告 ﹂ を す る 。 後 者 に は 以 下 の よ う な ﹁ 附 記 ﹂ も 掲 げ ら れ て い た 。 前 号 に 予 告 せ る に 拘 ら ず 、 坪 内 博 士 の 高 論 を 載 せ 得 ざ り し は 同 氏 が 時 候 の た め 健 康 を 害 せ ら れ 執 筆 な り が た か り し 所 以 に し て 此 旨 読 者 に 断 り 置 き 呉 れ と の 懇 篤 な る 書 面 を 得 た れ ば 此 処 に 附 記 し て 読 者 に 告 ぐ 記 者 結 局 、 ﹁ 続 稿 ﹂ の 掲 載 は な か っ た の だ が 、 こ こ で 不 審 な の は ﹃ 通 俗 倫 理 談 ﹂ で は 第 八 回 ま で 収 録 さ れ て い る こ と で あ る 。 第 九 回 以 降 が な い こ と は 、 末 尾 に ﹁ ( 此 の 講 話 の 筆 記 故 あ り て 中 絶 せ り ) ﹂ と あ り 、 ﹃ 適 遙 選 集 ﹄ 第 六 巻 収 録 時 に は 此 の 講 話 は 故 あ り て 中 絶 し た が 、 後 段 に 収 載 し た ﹁ 悪 徳 の 解 剖 ﹂ 及 び ﹁ 悪 徳 の 矯 正 法 ﹂ と 題 し た も の と 聯 絡 す る 所 あ れ ば 、 併 せ て 読 ま れ た い 。 と し て い る の で 、 体 調 不 良 で 休 ん で い る う ち に ﹁ 続 稿 ﹂ の 必 要 性 が 薄 れ た が ゆ え 、 第 八 回 の み ﹁ 執 筆 ﹂ し て 中 絶 さ せ て し ま っ た と 解 釈 す べ き な の だ ろ う 。 実 際 、 主 旨 に は 影 響 が な い も の の 、 初 出 、 単 行 本 間 の 異 同 は 多 く 、 そ れ は 、 初 出 冒 頭 の ﹁ 記 者 ﹂ の 付 言 に あ る よ う に 倫 理 入 門 講 話 は 坪 内 博 士 が 東 京 専 門 学 校 高 等 予 科 に 於 て 講 演 し た ま ひ し 所 、 こ た び 強 て 博 士 に 乞 ふ て 其 稿 本 を 毎 号 掲 載 す る 事 を 得 た り 。 蓋 し 予 輩 の 存 意 は 我 が 読 者 諸 君 の 中 博 士 と 共 に 現 時 道 徳 の 頽 廃 を 救 済 せ ん と す る 志 士 あ る を 信 ず れ ば な り 。 世 間 有 識 の 士 予 輩 の 微 衷 を 哀 み 且 つ 博 士 の 音 容 に 接 す る も の あ れ ば 徳 教 の た め 幸 是 に 過 ぐ る も の あ ら ん や 柳 か 記 し て 其 趣 意 を 明 に す 。
坪 内迫遙 著作年表稿(四) ﹁ 講 演 ﹂ の ﹁ 稿 本 ﹂ を 掲 載 し た と い う こ と と 関 係 が あ る の だ ろ う 。 例 え ば 、 第 一 回 初 出 に コ 内 某 ( 早 稲 田 中 学 卒 業 生 )﹂ と あ る 部 分 が 単 行 本 で は ﹁ 丙 某 ﹂ と の み あ り 、 そ の 代 わ り に 以 下 の よ う な 異 同 が 生 じ る こ と に な る 。 併 し 簡 潔 な 言 葉 は 往 々 に し て 意 味 が 他 人 に 分 り に く い 。 (初 出 ) や 、 君 は 早 稲 田 中 学 の 卒 業 生 だ ね 、 私 が 中 学 で 教 へ た 通 り 暗 調 的 に 言 つ て は い か ん よ 。 イ ヤ さ う で な い か も 知 れ ん が 、 兎 角 簡 潔 な 言 葉 は 往 々 に し て 意 味 が 他 人 に 分 り に く い も の だ 。 (単 行 本 ) 編 集 方 針 の 違 い と い う こ と で あ ろ う 。 単 行 本 で は 題 名 下 に ﹁ ( 東 京 専 門 学 校 最 初 の 高 等 予 科 の 為 に ) ﹂ と し て 簡 略 に 処 理 さ れ て い る 当 時 の 事 情 が 、 初 出 で は 、 逆 に 、 以 下 の よ う な 前 置 き が あ る の で 、 よ り 詳 し く 判 明 す る と い う 例 も あ る 。 此 の 高 等 予 科 の 諸 君 は 、 何 れ も 中 学 卒 業 の 資 格 乃 至 は そ れ と 同 等 の 資 格 を 具 へ て 居 な さ る 筈 で あ る か ら 、 生 得 の 差 別 は 暫 く 措 い て 、 学 識 、 学 力 の 上 か ら 言 へ ば 、 ほ ゴ 平 等 で あ る べ き 筈 で あ る 。 英 学 の 力 で あ ら う が 、 歴 史 、 地 理 、 博 物 、 数 学 等 の 力 で あ ら う が 、 大 概 平 等 で あ ら う と 思 ふ 。 こ れ は 誰 も さ う 思 ふ し 、 私 共 も 一 通 り は さ う 思 ふ が 、 併 し そ れ も 皮 相 の 観 察 で 内 実 を 調 べ て 見 る と 、 中 学 を 異 に す れ ば 学 力 、 学 識 の 上 に も 余 程 の 差 を 生 ず る こ と が あ る 。 地 方 の 中 学 と 中 央 の 中 学 と で は 多 少 の 相 違 が あ る 。 必 ず し も 地 方 の 中 学 が 中 央 の 中 学 に 比 し て 劣 る と は 言 は ぬ 、 寧 ろ 或 学 科 に 於 て は 地 方 の 中 学 の 方 が 中 央 の 中 学 よ り も 優 つ て 居 る と 云 ふ 事 も あ ら う が 、 何 れ に も せ よ 、 差 別 は あ る 。 平 等 で は な い 。 就 中 、 外 国 語 の 如 き は 、 中 央 と 地 方 と で は 大 ぶ の 相 違 が あ る に よ つ て 、 そ こ で 本 校 の 専 門 本 科 へ 諸 君 を 入 れ る に は 、 先 つ ど う し て も 此 外 国 語 の 力 の 上 に 関 し て 力 揃 へ を す る 必 要 が あ る 、 そ れ が 即 ち 此 の 高 等 予 科 を 設 け た 所 以 。 此 の 高 等 予 科 に 諸 君 が 前 後 四 ケ 月 程 這 入 つ て 居 な さ る う ち に 諸 君 の 英 語 の 力 を 揃
文林 二十七号 は せ や う と い ふ 主 意 で あ る 、 是 れ 主 と し て 英 学 の 時 間 を 多 く 設 け た 理 由 で あ る 。 多 分 英 学 に 関 す る 力 揃 へ ば 、 こ れ で 一 通 り は 出 来 や う と 思 ふ が 、 今 一 つ 袋 に 手 数 を 要 す る こ と が あ る 。 そ れ は 倫 理 思 想 に 関 し て の 問 題 で 、 私 共 の 考 で は 、 人 間 が 踏 む べ き 道 に 関 す る 教 訓 、 こ れ は 云 ふ ま で も 無 く 、 最 も 大 切 な る も の な れ ど 、 種 々 の 仔 細 あ つ て 今 日 我 が 国 で は 十 二 分 に 行 は れ て 居 な い 、 イ ヤ 一 校 々 々 思 ひ く の 教 訓 を 与 へ 、 其 の 効 果 も 千 差 万 別 、 中 に は ま る で 全 然 徳 育 は 行 う て ゐ ぬ 中 学 も あ る と 云 ふ 有 様 で あ る 。 (中 略 ) 教 授 法 は 種 々 様 々 、 随 う て 皆 平 等 と は 思 は れ ぬ 。 力 は 多 分 揃 ツ て ゐ ま い 。 私 が 五 年 間 の 中 学 教 育 の 経 験 に 依 る に 、 各 学 校 と も 、 倫 理 教 育 は 其 の 根 底 が 定 ま つ て ゐ ぬ ら し い 。 殆 ど い つ れ も 、 不 完 全 で あ る 。 従 つ て 本 級 の 諸 君 と て も 、 其 の 心 立 は 宜 し か ら う と 、 其 の 品 行 は 正 し か ら う と も 、 其 の 倫 理 に 関 す る 観 念 に 至 つ て は 或 は 千 差 万 別 で は な い か 。 よ し や 精 髄 は 同 一 で あ つ て も 、 言 方 は 千 差 万 別 で は な い か 。 若 し 千 差 万 別 で あ つ た 日 に は 、 以 後 我 々 共 が 倫 理 上 の 御 話 を す る に 当 つ て も 、 余 程 そ こ に む む む む む 不 便 が あ ら う に よ つ て 、 予 め 此 の 倫 理 の 観 念 に 関 し て も 、 力 揃 へ 、 見 当 揃 を し て 置 く 必 要 が あ る と 思 ふ 。 如 何 な る こ と が 善 で あ る か 、 如 何 な る こ と が 悪 で あ る か 、 倫 道 の 東 西 南 北 を 明 確 に 弁 へ て 置 い て 貰 ひ た い 。 是 れ 此 の 高 等 予 科 に 倫 理 の 一 科 を 設 け た 所 以 で 、 即 ち 本 科 へ 入 る の 準 備 を な す の で あ る 。 僅 か 四 ケ 月 ば か り で 十 二 分 の 御 話 も 出 来 ま い が 、 時 間 の 許 す 範 囲 に 於 て 、 倫 理 入 門 を 述 べ 試 み や う と 思 ふ 。 で は 、 こ の よ う な 違 い は な ぜ 生 じ た の だ ろ う か 。 初 出 で は 、 回 数 表 示 の み で あ つ た も の が 、 単 行 本 で は 、 ﹁ 第 一 回 悪 の 根 は 何 ぞ ﹂ ﹁ 第 二 回 善 悪 の 標 準 ﹂ の よ う に さ れ て い る こ と な ど と も 照 ら し あ わ せ て み る と 、 或 い は 、 前 出 ﹁ 方 今 の 倫 理 教 育 を 論 ず ﹂ の よ う に 、 両 者 の 間 に 何 ら か の 文 献 が 介 在 す る と 考 え る べ き な の か も し れ な い 。
明 治 34 年 ( 國 九 〇 一 ) 増 補 大 和 魂 の 精 髄 大 和 魂 一 ∼ 四 、 六 ∼ 九 坪 内 雄 蔵 明 34 ・ 4 ・ 3 ∼ 12 ・ 3 表 題 右 に ﹁ 左 の 一 編 は 坪 内 氏 の 某 所 に 於 て 講 演 せ ら れ た る 要 旨 な り ﹂ と あ り 、 後 に ﹃ 通 俗 倫 理 談 ﹄ に 収 録 さ れ る 同 題 の も の の 抄 録 。 再 録 物 は 登 載 し な い 方 針 な の だ が 、 ﹁ 大 和 魂 の 精 髄 ﹂ の 初 出 は 不 明 な の で 、 掲 げ て お く こ と に し た も の 。 ﹃ 通 俗 倫 理 談 ﹂ の ー ∼ 38 頁 掲 載 の ﹁ 大 和 魂 の 精 髄 (或 学 塾 の 生 徒 の 為 に ) ﹂ ( 末 尾 に ﹁ ( 一二 十 四 年 口 述 ) ﹂ と あ る ) と の 対 応 頁 を 記 し て お く こ と に す る 。 第 一 号 、 7 頁 15 行 ∼ 10 頁 9 行 、 第 二 号 、 10 頁 9 行 ∼ 13 頁 8 行 、 第 三 号 、 13 頁 9 行 ∼ 15 頁 13 行 、 第 四 号 、 15 頁 14 行 ∼ 19 頁 2 行 、 第 六 号 、 第 七 号 所 蔵 先 不 明 の た あ 未 見 、 第 八 号 、 27 頁 11 行 ∼ 31 頁 11 行 、 第 九 号 、 31 頁 12 行 ∼ 38 頁 14 行 で ﹁ 了 ﹂ と な る 。 最 初 の 七 頁 弱 と 18 頁 の 図 版 が 省 略 さ れ て い る 。 坪内迫遙著作年表稿(四) 明 治 35 年 ( ︼ 九 〇 二 ) 増 補 将 来 之 宗 教 新 仏 教 三 ノ 六 坪 内 雄 蔵 明 35 ・ 6 ・ 1 ﹁ 将 来 之 宗 教 ﹂ は 、 左 の ﹁ 序 言 ﹂ (新 仏 教 三 ノ 三 明 35 ・ 3 ・ 1 ) の よ う な 趣 旨 で 連 載 し た 談 話 筆 記 の ﹁ ( 七 ) 坪 内 雄 蔵 氏 ﹂ で 、 新 仏 教 徒 同 志 会 出 版 部 刊 ﹃ 将 来 の 宗 教 ﹄ (明 36 ・ 6 ・ 4 ) に 収 録 さ れ た の み の 逸 文 。 教 学 界 に 於 け る 諸 先 輩 の 門 を 叩 き 、 其 の 宗 教 に 関 す る 意 見 の 要 を 聴 き 、 之 を 筆 録 し 、 仮 り に 名 け て ﹁将 来 の 宗 教 ﹂
文林 二十七号 へ を む と し ぶ 其 の 言 往 々 仏 耶 両 教 の 批 評 と な り 、 自 己 信 仰 の 表 白 と な り 、 当 今 教 界 の 問 題 に 触 れ 、 過 去 宗 教 の 功 過 に 及 び 、 而 し て 間 々 ま た 交 ゆ る に 閑 話 雑 談 を 以 て す 、 し か も 期 す る と こ ろ は 将 来 の 宗 教 に 関 す る 結 論 を 得 ん と す る に あ り 、 名 け て ﹁ 将 来 の 宗 教 ﹂ と い ふ 所 以 な り 。 掲 ぐ る と こ ろ の も の 、 固 よ り 傍 聴 筆 記 の 類 に あ ら ず 。 文 は 皆 訪 問 子 の 記 臆 に 任 せ て 成 す 所 、 責 の 帰 す る 所 は 全 く 訪 問 子 に あ り 。 (中 略 ) 訪 問 子 の 用 意 は 、 唯 未 だ 此 の 訪 問 録 の 雑 誌 上 に 掲 載 せ ら れ ざ る に 先 ち 、 唐 突 諸 氏 の 寓 を 訪 ひ て 、 構 想 の 猶 予 あ る 能 は ざ ら し め 、 以 て 平 常 の 所 懐 を 尽 す あ ら ん を 乞 は ん と し た る に あ り 。 こ れ 本 稿 が 廿 余 氏 に わ た り 既 に 二 月 中 に 、 殆 ん ど 其 の 草 を 脱 す る こ と を 得 た る 所 以 な り 。 迫 遙 を 訪 問 し た 時 の 様 子 は 、 訪 問 子 ﹁ 訪 問 余 談 ﹂ (新 仏 教 三 ノ 五 明 35 ・ 5 ・ 1 ) に あ る 。 ハ マ マ 坪 内 雄 蔵 氏 を 訪 ふ 。 氏 日 く 、 ﹁ そ う ゆ ふ 御 注 文 な ら 、 最 初 か ら 御 断 り を す る の で し た 。 遠 方 態 々 の 御 出 で \ 、 ま こ と 御 気 の 毒 な る も 、 こ れ は 堅 く 御 断 り を 致 し ま す ﹂ と て 、 断 じ て 宗 教 上 の 意 見 を 公 に せ ず と 言 は る 。 百 方 弁 解 す れ ど も 容 れ ら れ ず 。 此 に 於 て 、 落 謄 し て 将 さ に 辞 し 去 ら ん と す 。 氏 ソ ロ ノ \ 懐 中 よ り 四 五 枚 の 図 表 を 出 し て 日 く 、 ﹁ 何 、 全 く 私 し も 宗 教 上 の こ と を 考 へ て 居 ら ん の で は あ り ま せ ん の で 、 固 よ り 世 に 公 に す べ き も の で は あ り ま せ ん が 、 此 の 問 題 を 決 し て 忽 に し て 居 ら ん と い ふ し る し ま で に 御 覧 に 入 れ ま す の で す ﹂ と 、 乃 ち 図 表 を 説 明 し て 漸 く 微 に 入 る 。 余 即 ち 其 の 一 葉 を 与 へ ら れ ん こ と を 乞 ふ 、 博 士 直 ち に 快 諾 す 。
坪内迫遙著作年表稿(四) 坪 内 博 士 の 居 は 、 さ す が に 少 し く 異 色 あ り 。 座 敷 は 全 く ﹁ へ り ﹂ な し の 畳 に て 、 床 脇 に 並 べ あ る も の は 茶 の 湯 の 釜 と 楽 器 な り 。 右 も ま た 巻 末 の ﹁ 附 録 ﹂ と し て 単 行 本 ﹃ 将 来 の 宗 教 ﹄ に 再 録 さ れ る 。 ゆ う ← い う 、 将 に ← 将 さ に 程 度 の 本 文 異 同 で あ る 。 で は 、 迫 遙 の 談 話 を 紹 介 し よ う 。 た だ 、 雑 誌 で 六 頁 余 、 単 行 本 で は 十 二 頁 に わ た る も の な の で 、 そ の 一 端 を 抄 出 し う る に す ぎ な い 。 ( 圏 点 は 省 略 し 、 明 ら か な 誤 植 は 正 し た 。 特 記 す る ほ ど の 本 文 異 同 は な い 。 ) 仏 教 界 で は 、 今 の と こ ろ 智 識 を 外 に し た 直 覚 的 信 仰 と い ふ 考 が 、 中 々 盛 だ と い ふ の で あ り ま す か 。 然 し そ う ゆ う 説 は 、 自 分 丈 の 安 心 に は 宜 し い か も 知 れ ま せ ん が 、 今 日 之 を 世 に 弘 め ま す に は 、 矢 張 り 智 識 に よ ら ず に 出 来 ま す で し よ う か 。 (中 略 ) 先 づ 宗 教 に 目 的 ( 本 願 ) と 、 境 遇 ( 時 勢 と の 関 係 ) と 、 態 度 と 、 革 新 案 と を 分 け ま し て 、 目 的 を 更 に 一 身 の 安 立 と 、 済 世 度 生 と し 、 境 遇 を 意 欲 に つ い て の 欠 点 と 、 知 見 に つ い て の 欠 点 と し 、 宗 教 の 目 的 が 唯 利 己 一 辺 の も の で 、 自 分 丈 さ へ 安 心 が 出 来 れ ば そ れ で よ い と い ふ の な ら ば 仕 方 が な い け れ 共 、 其 の 目 的 が 済 世 度 生 に あ る と い ふ な ら ば 、 ど う し て も 其 の 時 代 の 形 勢 を 見 て 、 之 に 応 じ て 行 か な け れ ば な り ま せ ん 。 即 ち 今 日 の 時 勢 は 、 意 欲 上 の 欠 点 か ら 宗 教 が 振 は ず に 居 る か 、 或 は 知 見 上 の 欠 点 か ら 宗 教 が 振 は ず に 居 る か 、 此 の 二 つ を 能 く 見 分 け た 上 で 、 宗 教 宣 布 の 態 度 と い ふ も の が 、 或 は 保 守 に 行 か う か 、 或 は 革 新 に 行 か う か と き ま る の で 、 そ こ で 保 守 的 に や る と い ふ な ら ば 兎 も 角 も 、 之 を 革 新 的 に や ら う と す る に は 、 其 の 革 新 案 は 如 何 と い ふ 問 題 に 進 ん で 来 る の で す 。 ( 中 略 ) マ マ 今 日 の 日 本 は 、 丁 度 昔 し の 希 腫 で 、 ソ フ ィ ス ト な ど の 盛 に 議 論 を し た 時 に 似 て 居 り ま せ ん で し よ う か ア ノ 時 に ソ
文林 二十七号 ク ラ テ ー ス が 、 道 徳 と 智 識 と 一 つ だ と い ふ こ と を 言 ひ 出 し た の は 、 今 日 か ら 見 れ ば 、 勿 論 完 全 な 説 で は あ り ま せ ん で す け れ ど も 、 時 勢 と の 関 係 か ら 考 へ る と 、 あ ア 言 つ た の も 無 理 は な い と 思 ひ ま す 。 矢 張 り 日 本 で も 、 今 日 は 知 見 の 方 を 除 け て は い か ん か と 思 は れ る の で す 。 ⋮ ⋮ 済 世 度 生 と い ふ 方 で は 、 ど う し て も 時 勢 と の 関 係 を 顧 み ん と い ふ わ け に は 参 り ま せ ん で す か ら 今 宗 教 を 説 く に 、 時 代 智 識 に 構 は ず に 説 か う と い ふ の は 余 り ひ ど い で す 。 明 治 36 年 ( 一 九 〇 三 ) 増 補 東 京 専 門 学 校 の 学 風 ( 醐 縮 だ 針 肛 艀 計 朋 甜 卜 ) 説 明 36 ・ 6 ・ 1 山 本 利 喜 雄 編 ﹃魏 細 駄 韓 簸 立 廿 年 紀 念 録 ﹄ 早 稲 田 学 会 坪 内 雄 蔵 氏 演 早 稲 田 学 報 三 一二 (明 32 ・ 11 ・ 25 ) の 再 録 。 再 録 物 は 掲 出 し な い 方 針 な の だ が 、 未 見 ・ 未 調 査 の 記 号 が つ け ら れ 、 か つ 、 題 名 以 下 、 す べ て の 項 目 が 不 正 確 な た め 、 あ え て 取 り 上 げ た 。 ﹁ 附 録 ﹂ の 部 に 掲 載 。 ﹃ 通 俗 倫 理 談 ﹄ に 収 録 さ れ る が 、 ﹃ 迫 遙 選 集 ﹄ に は 未 載 。 明 治 38 年 ( 一 九 〇 五 ) 増 補 第 三 版 序 ﹃ 新 曲 浦 島 ﹄ 訂 正 三 版 早 稲 田 大 学 出 版 部 著 者 明 38 ・ 2 ・ 28