《論 説》
スミスは富の原因がいくつあると考えたか
―『法学講義』行政論と『国富論』の理論構成の比較―新 村 聡
(岡山大学特命教授) (要旨) スミスの主著のフルタイトルは『諸国民の富の性質と諸原因の研究』であり,かれが富の諸原因の考察 を自著の中心主題としていたことは明らかである。しかしスミスが何を富の原因と考えたか,そもそも富 の原因がいくつあると考えたかについては,これまで十分に明確にされていない。本稿は『国富論』の母 体となった『法学講義』(Bノート)の行政論と『国富論』の理論構成を比較考察することを通じて,『法 学講義』行政論で論じられている富裕の5原因が『国富論』第1∼5編の各編に継承されたことを明らか にする。 (構成) 1 はじめに 2 『法学講義』の理論構成と富裕の5原因 2.1 『法学講義』Bノートについて 2.2 富裕の原因―分業 2.3 富裕の遅い進歩の原因⑴―資本の不足 2.4 富裕の遅い進歩の原因⑵―司法と軍備の不十分性 2.5 富裕の遅い進歩の原因⑶―農業の抑圧的政策 2.6 富裕の遅い進歩の原因⑷―商業の抑圧的政策 2.7 重商主義論の位置の謎 2.8 富裕の遅い進歩の原因論における歴史と論理 2.9 商業の影響 3 『法学講義』から『国富論』への発展 3.1 『国富論』の理論構成 3.2 『国富論』第1編と富の原因⑴―分業 3.3 『国富論』第2編と富の原因⑵―資本蓄積 3.4 『国富論』第3編と富の原因⑶―所有権 3.5 『国富論』第4編と富の原因⑷―自由貿易 3.6 『国富論』第5編と富の原因⑸―政府 4 むすび1 はじめに
スミスの主著『国富論』のフルタイトルは『諸国民の富の性質と諸原因の研究(An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations)』である。この書物の中心主題は「富の性質」と「富の諸原因」 であった。スミスは富の性質について,貨幣を富とみなす重商主義を批判して生活必需品と便益品が富で あると主張した。ではスミスは,何を富の原因と考えたのか,そもそも富の原因はいくつあると考えてい たのか。この点について確定した解釈は存在していない。 スミスは分業を労働生産力を改善する原因として述べており,分業が富の原因の1つであることは疑い ない。しかしかれは「富の諸原因」という複数形を用いており,分業以外に富の原因があると考えていた ことは確かである。では,分業以外の富の原因とは何か。そもそもスミスは,富の増加を促進する主要な 諸原因がいくつあると考えていたのだろうか。従来の研究ではこの点が十分に明らかにされているとはい えない。 本稿の結論を先に述べるならば,スミスが富の増加を促進する主要な諸原因とみなしたものは5つあっ たと考えられる。主要な5原因とは,分業,資本蓄積,所有権,自由貿易,政府である。スミスはこれら 5原因を『国富論』各編で1つずつ考察しており,『国富論』は全5編の構成となっている。 このように富の増加を促進する5原因を『国富論』各編で1つずつ考察する叙述方法は,『道徳感情論』 と共通していることに留意すべきであろう。『道徳感情論』は道徳感情の4源泉の考察を主題としている。 道徳感情の4源泉とは,適正の感覚,功績と罪悪の感覚,道徳の一般諸規則の顧慮,効用の知覚であり, スミスはこれら4源泉を『道徳感情論』第1∼4部で1つずつ考察している(新村 1994:125)。同様にして, スミスは富の5原因を『国富論』第1∼5編で1つずつ考察していると考えられる。 ではスミスは,なぜ富の主要原因が5つ存在すると考えるようになったのであろうか。この疑問を解明 する上で有力な手がかりを与えてくれるのが『法学講義』である。というのも,スミスはすでに『法学講 義』において富裕(opulence)の5原因について考察しており,それが『国富論』へ継承され発展したと 考えられるからである(1)。 これまで『国富論』形成史についてはさまざまな資料に基づいて研究が重ねられ,『法学講義』と『国 富論』の関係についてもさまざまな側面が検討されてきた(新村 1994, 2012, 2016, 2018)。しかし『法学 講義』行政論と『国富論』の理論構成を全体として比較考察した研究は田中正司『経済学の生誕と自然法 学』(田中 2003)だけであり,同書も富裕の原因論にはそれほど注意を払っていない。 『国富論』には,自由放任論(小さな政府論)を基調とする部分(第1編,第2編第1,3,5章,第3, 4編)と政府介入論(大きな政府論)を基調とする部分(第2編第2,4章,第5編)とが混在している(新 村 2018, 2021)。このうち第2編第2,4章の金融規制論の成立過程については,ゲラティの考証などでか なり明らかになっている(新村 2002)。しかし『国富論』第5編第1章の政府支出(経費)論で主題となっ ている政府の3大義務(軍備・司法・公共事業と公共制度)の形成史の検討は不十分であり,この問題を 考察する上で『法学講義』と『国富論』の比較は非常に有益と思われる。というのは,『国富論』第5編 の政府論は『法学講義』の論述を主要な源泉としており,両著の比較によって理論の形成過程を理解する ことが容易になるからである。 (1)スミスは『法学講義』では「富裕(opulence)」を,また『国富論』では「富(wealth)」を用いることが多い。前者は豊か な生活状態を,後者は生活必需品や便益品などの客観的な財を意味している。しかし本稿のように富の原因を考察するとき には,両者の差異をとくに考慮する必要はないであろう。opulence, wealth, wealfare, richesなどのスミスにおける使用頻度と 意味の差異については,(新村 2011:38)を参照。
本稿の第2節と第3節で,『法学講義』と『国富論』の理論構成を比較して富の原因論の発展過程につ いて考察する。スミスの叙述の細部を検討するときに全体的な構成を見失わないために,以下で『法学講 義』の理論構成の大枠について確認しておきたい。 『法学講義』の理論構成は,形式的には「4部−4項−4原因」という3層構造になっている(数字は 筆者が付加)。スミスは「法の4大目的は,正義(司法)(Justice),行政(Police),歳入(Revenue),軍備(Arms) である」(LJB, 398/訳23)と述べて,講義全体を4部に分けている。そして第2部行政論の冒頭で富裕の 原因(分業)について考察したあと,続けて価格,貨幣,商業史を考察している(LJB, 494/訳284)。つま り第2部行政論は,⑴富裕の原因(分業),⑵価格,⑶貨幣,⑷商業史,の4項に分かれている。そして スミスは,⑷商業史で,富裕の遅い進歩の4原因について論じている(図1参照,筆者作成,以下の図も 同様)。 (図1 『法学講義』の「4部-4項-4原因」の3層構造) 1 正義(司法) 2 行政 ⑴富裕の原因(分業) ⑵価格 ⑶貨幣 ⑷商業史(富裕の遅い進歩の4原因) 3 歳入 4 軍備 以上の3層構造は,当初は「2部−2項−4原因」であったと推測される。というのは,4部のうち歳 入と軍備は当初は行政の一部分であり,法学講義は正義と行政の2部構成だったと考えられるからである (新村 1994:256)。さらに初期の講義を記録した「アンダソン・ノート」を参照すると,行政の中の価格 と貨幣がある時点で正義から行政へ移されたものであり,初期の行政は富裕の原因と商業史の2項から構 成されていたと推測できる(新村 1994:258)。このように整理すると,法学講義行政論の本来の主題が, 富裕の進歩を促進する1原因と富裕の進歩を遅らせる4原因を合わせた富裕の5原因の考察であったこと は明らかである。これらが『国富論』第1∼5編へ発展する。以上をまとめると図2のようになる。 (図2 法学講義の富裕原因論と『国富論』の関係) 法学講義(初期) 1 正義 2 行政 ⑴富裕の原因(分業) 富裕の5原因 →『国富論』全5編 ⑵商業史(富裕の遅い進歩の4原因) | | 以下,本稿第2節ではスミスの最後の講義を記録した『法学講義』Bノートにおいて富裕の5原因がど のように論じられているかについて検討し,第3節では5原因が『国富論』でどのように継承され発展し たかについて考察する。
なお,『法学講義』と『国富論』の細部にわたる比較は膨大な考察を必要とするので,本稿は『法学講義』 については富裕の5原因を確認することに焦点を絞り,『国富論』については『法学講義』との継承関係 が理解しやすい第1∼3編は要点だけ述べて,継承関係が複雑な第4∼5編について詳細に検討する。
2 『法学講義』の理論構成と富裕の5原因
2.1 『法学講義』Bノートについて 『法学講義』の理論構成はかなり複雑である。これまで『法学講義』の理論構成について検討した研究 は少なく,そのことが『国富論』の理解を制約してきた。本節では,スミスがグラスゴウ大学で教えた最 終年度に当たる1763 64年冬学期の法学講義を記録したと推定されている『法学講義』Bノートの内容を 中心に検討する。 Bノートを発見して刊行したキャナンは,学生が講義を速記で記録して要約したと推定した。そのため 以後長期にわたり,Bノートの資料としての信頼性はスミス自身が刊行した著書に比べて低いと考えられ てきた。 しかし近年,訳者の水田洋は,「LJBの文体はverbatim〔言葉通り〕であって,書きなおしされたもので はない」(水田 2007:92)と述べて,Bノートが学生によって要約された可能性に疑問を呈している。実際, Bノートの文体はかなり洗練されており,学生や一般人が簡単に書ける文章ではない。さらにBノートの 内容を子細に検討すると,Aノートに比べてかなり短縮されている一方で,ジョン・ローの体系などの説 明は非常に詳細であり要約されているようには見えない。講義を筆記した学生が,ジョン・ローの体系の 説明は要約せず他の部分を要約したとは考えにくい。 スミスは,バックルー公の旅行付き添い教師になるために,1763 64年冬学期の期末以前に大学を辞職 する可能性を考慮して,要約した講義ノートを早くから準備していたらしい。実際にはスミスの辞職はか れが希望した64年4月以降ではなく,タウンゼントが要望した63年12月末になった。そこでスミスは,残 りの講義について,MAをとったばかりの青年トマス・ヤングに講義ノートを渡して代講を依頼したと伝 えられている(水田 2007:191)。若いヤングがどのように講義したかは不明だが,スミスから渡された 講義ノートを音読した可能性が高いように思われる。聴講する学生はヤングがスミスの講義ノートを利用 して講義していることを当然知っていたはずであるから,講義を忠実に記録したであろう。学生が,ジョ ン・ローの説明だけは要約せず,その他のヤングが代講した部分とスミス自身が講義した部分だけを要約 したとは考えにくい。したがってわれわれが現在読むことのできるBノートは,スミス自身の講義ノート に非常に近いものと推測されるのである。 2.2 富裕の原因―分業 スミスは,『法学講義』行政論の冒頭で,富裕の原因としての技術(arts)と分業について述べている。 スミスは最初に人間の諸欲求を充足する生活必需品と便益品の生産に直接間接に寄与するさまざまな技術 を列挙し,次に分業の考察へ進んでいる。技術と分業はどのような関係にあるのだろうか。スミスが列挙 している農業,工業,商業などの技術は別面から見れば社会的分業であるから,技術と分業は実体として は同一であって富裕の異なる2原因ではない。しかし両概念の理論的抽象度は異なっており,農業や工業 などの技術はいわば生産の表面的な把握であるのに対して,分業は深層の把握である。 『法学講義』Bノートでは,スミスの技術と分業に関する理論的説明が二重構成になっていることに注 意すべきである。まずスミスは,富裕の原因として農業,工業,商業などの技術を考察し,それに対応する形で,農業,工業,商業などの発展を抑圧する制度や環境を富裕の遅い進歩の原因として論じている。 さらにかれは,富裕の進歩の原因として分業を考察し,それに対応する形で,分業の発展を抑制する資本 の不足を富裕の遅い進歩の原因として論じている。 このように富裕を促進する原因と抑制する原因を,技術と分業のそれぞれについて二重に論ずる構成は 『法学講義』Bノートの大きな特徴である。こうした二重構成が当初からあったのか,あるいは当初は技 術論だけがあり,やがて分業論が追加されて技術論と分業論の二重構成が成立したのかは確言できない。 とはいえ,理論的抽象度の違いを考慮すると,当初は技術論だけがありその後分業論が追加されて二重構 成が成立した可能性が大きいように思われる(新村 1994:254)。そして『国富論』では,技術論と分業 論の理論的統合が進み,農工商の分業論が『国富論』第2編と第3編の基礎理論となっている。 2.3 富裕の遅い進歩の原因⑴ ―資本の不足 スミスは,行政論の⑷商業史という項目で,富裕の遅い進歩の4原因と,商業の好影響と悪影響および 悪影響の是正策について論じている。富裕の遅い進歩の諸原因は,「自然的障害(natural impediments)」(LJB, 521/訳353)と「市民的統治の性質(nature of civil government)」(LJB, 522/訳353)とに二分され,前者は 1原因,後者は3原因を含むので全体として4原因が論じられている。 スミスが富裕の遅い進歩の4原因を考察する方法は非常に歴史的である。かれは,以下で詳しく述べる ように,4原因の歴史的起源を経済発展の4段階(狩猟・牧畜・農業・商業)に対応させるだけでなく, 4原因のそれぞれについても歴史的に説明している。 あらかじめスミスの説明方法を整理しておくと,かれは富裕の遅い進歩の諸原因を論ずるときに,⑴富 裕の進歩を妨げる原因が成立した歴史的事情,⑵その原因が富裕の進歩を妨げる理由,⑶その原因が長期 間継続してきた歴史的事情,⑷その原因がしだいに弱まってきた歴史的事情,を説明している。以下,か れの説明を聞こう。 富裕の遅い進歩の第1原因は,もっとも初期の社会から存在する資本(stock)の不足である。この原 因が富裕の進歩を妨げる理由について,スミスはインディアンを例にあげて次のように述べている。「イ ンディアンは,つるはし,すき,シャベルのようなものさえなく,自分自身の労働のほかには何も持たな い。このことが,あらゆる国における富裕の進歩が遅い一大原因であって,いくらかの資本が生産される までは分業はありえないし,分業が行われる前には資本の蓄積はほとんどありえない。」(LJB, 521/訳355) つまり資本が不足すると,道具を作る期間の生活を維持できないために道具を使用できず,また労働の 成果が得られるまでに時間を要する農業などに従事できないために分業が発展せず,労働生産力は低い水 準にとどまる。そして分業が発展せず労働生産力が低い社会では資本の蓄積が進まないので,資本不足と 分業未発達の悪循環が生じて,富裕の進歩が遅いのである。スミスは,資本不足と分業未発達の悪循環が 未開社会だけでなく文明社会を含むどの社会にも存在することを指摘している(LJB, 521/訳354)。 では,資本の不足が「自然的障害」と呼ばれるのはなぜであろうか。以下で述べる第2∼4原因が「市 民的統治の性質」に基づくのに対して,資本の不足はインディアンのように市民的統治が成立する以前の 未開社会から存在している。したがって「自然的障害」の「自然的」という形容詞は,市民的統治の有無 にかかわらずどんな社会にも存在することを含意しているように思われる。 2.4 富裕の遅い進歩の原因⑵ ―司法と軍備の不十分性 続いてスミスは,「市民的統治の性質」に基づく富裕の遅い進歩の原因として,次の3つをあげている。 ⑴初期社会における富裕の遅い進歩の原因(政府の弱体,司法と軍備の不十分性)
⑵農業の遅い進歩の原因(大土地所有,長子・限嗣相続法,耕作者の所有権の未確立など) ⑶商工業の遅い進歩の原因(商業の諸規制,良い道路の不足による輸送の困難など) スミスは⑴について,次のように説明する。初期社会(スミスの例ではタタール人,アラブ人,ローマ 帝国没落期のゲルマン人などの牧畜民)では政府が弱体無力であり,「その権威が諸個人の勤労〔の成果〕 を隣人たちの貪欲から保護できるようになるまで長くかかった」(LJB, 522/訳355)。つまり政府が弱体で 勤労の成果の所有権を保障する正義(司法)が確立されていないと,勤労の動機が生まれず,資本が蓄積 されず,富裕の進歩が遅いのである。それに加えて近隣諸国民による侵略と略奪があることによっても, 勤労や資本蓄積は行われず,分業が進展せず,富裕の進歩が遅いとスミスは説明している。 ここで注意したいのは,上述したスミスの論理を反転させるとどうなるかということである。もし市民 的統治が十分に確立されているならば,正義(司法)が確立されて勤労の成果が隣人の侵害から保護され, さらに軍備も確立されて勤労の成果が近隣諸国民の侵略と略奪からも保護されるようになるであろう。正 義と軍備が確立されれば,勤労の動機が生まれ,資本が蓄積され,分業が進展して労働生産力が上昇し, 富裕が実現するであろう。これこそスミスが『国富論』第5編で示す論理である。 しかし『法学講義』では,スミスは市民的統治の弱体が富裕の遅い進歩の原因であることを指摘するだ けにとどまり,市民的統治の強化による正義と軍備の確立が勤労と資本蓄積によって富裕を進歩させる原 因となることまでは述べていない。この点こそ富裕の遅い進歩の原因に注目する『法学講義』と,その論 理を反転させて富裕を促進する原因に注目する『国富論』との基本視点の違いを示すものである(詳しく は後述)。 2.5 富裕の遅い進歩の原因⑶ ―農業の抑圧的政策 スミスは,市民的統治による抑圧的政策の効果を,農業と商工業のそれぞれについて順に考察している。 農業の進歩に対する最大の障害は大土地所有である。その歴史的起源は未開民族による占有であり,ロー マ時代のケルト人やサクソン人のブリテン移動が例として述べられている。 スミスは『法学講義』正義論の公法論で,自由保有地的統治や封建的統治のもとで大土地所有が維持さ れてきたことを述べ,また私法論では大土地所有を維持するために長子相続法と限嗣相続法が導入され継 続してきたことを説明している。さらにスミスは行政論で,正義論の叙述を前提とした上で,大土地所有 における耕作者の歴史的変遷を,奴隷,農奴,分益小作農,小作農について説明している。これらの人々 は勤労の成果や土地改良に投下した資本の所有権が保障されず,勤労と改良への動機を持てなかった。し かしやがて小作農の借地権が安定して定額貨幣地代を支払うようになると勤労と改良への動機を持つよう になり,農業が進歩するようになる。スミスの見解では,耕作者自身が土地を所有する自作農がもっとも 望ましい。しかしそれが実現しない歴史的条件のもとでも,耕作者の地位がしだいに向上して自作農へ近 づいてきたと考えるのである。 2.6 富裕の遅い進歩の原因⑷ ―商業の抑圧的政策 次にスミスは,商業の遅い進歩の原因をさまざまな観点から検討している。スミスが商業という場合に は,狭義の商業つまり農業や製造業と並ぶ1つの職業だけでなく,しばしば広義の商業すなわち商品交換 一般または市場経済を意味している。したがってスミスがここで論じている商業を抑制する政策や制度は, たんに狭義の商業だけでなく市場経済の発展を妨げる要因を含んでいる。スミスは,中世以来の商業の発 展を抑制してきた制度や政策として次の7点を列挙している。 第1は,製造業における奴隷制である。スミスによれば,農業と同様に手工業においても,奴隷は自由
人とは異なり改良の動機も手段(資本)も持たず,それゆえ手工業の遅い進歩の原因となった(LJB, 523/ 訳367)。 第2は,商人や交易への軽蔑である。「商人たちはつまらぬ卑しむべき者であるという人々のこの観念 は商業の進歩を大いに妨害した」(LJB, 527/訳370)。商人への軽蔑のために,交易の自由(liberty of trade) にしばしば重税が課せられたことも商業の遅い進歩の原因となった(Ibid.)。 第3は,「契約に関する法律の不完全さ」(LJB, 528/訳371)である。 第4は,輸送の困難である。「商業の改良に対するもう1つの障害は,1つの場所から他の場所への輸 送が困難であったことである」(LJB, 528/訳373)。その原因は,領主に依存する従者の暴力や無秩序のた めに通行の安全が保障されなかったことと,交通インフラに大きな制約があったことである。スミスは「そ のころは良い道路(good highways)がなかった。多くの場所で,船が使える河川(navigable rivers)がな いことも不便であった」(LJB, 528/訳372)と述べている。 第5に,「定期大市(fairs)」や「指定物資集散町(staple towns)」も自由な交易を制約した(LJB, 528 529/訳373 374)。 第6は,関税である。「商品の輸出入に対するすべての課税もまた商業を妨げる。商人たちは自分たち の商品にその税を追加しなければならず,商品の価格は引き上げられる。売り上げは減少し,製造業は妨 げられ,分業は阻止される。」(LJB, 529/訳376) 第7は,同業組合の独占と排他的特権および徒弟条例である(Ibid.)。 2.7 重商主義論の位置の謎 スミスは『法学講義』行政論の2カ所で重商主義に言及している。第1は貨幣論と商業史の中間であり (第3節の図3参照),スミスは貨幣の2大機能の説明を終えた直後,そして商業史で富裕の遅い進歩の諸 原因を論じ始める直前に重商主義について詳しく説明している。スミスが重商主義に言及する第2の場所 は,商業の遅い進歩の原因論の最後である。前節で引用したように,スミスは関税について簡潔に説明し ている。 これら2カ所の言及はどのように関係しているのであろうか。スミスは富裕の遅い進歩の諸原因を歴史 的順序で説明しており,重商主義はスミスと同時代の政策つまり最新の政策であるから,本来ならば遅い 進歩の原因論の最後(第2の場所)で説くことがふさわしい。しかし実際には,スミスは重商主義の説明 の大部分を貨幣論の直後(第1の場所)で行っている。スミスはなぜそうしたのであろうか。ここで1つ の仮説を検討したい。スミスが当初は重商主義の説明を第2の場所で行っていたが,ある時点で大部分の 説明を第1の場所へ移動させ,痕跡だけが第2の場所へ残った可能性である。これは以下で述べる価格論 と貨幣論の移動方法から類推できる。 ミークが考証したように,スミスは価格論と貨幣論をある時点で法学講義の正義論から行政論へ移動さ せたと推測される。というのは初期の法学講義を記録した「アンダソン・ノート」では,価格論と貨幣論 は自然法学者やハチスンと同様に正義論の契約論で説明されているのに対して,最後の時期の講義を記録 した『法学講義』AB両ノートでは行政論で説明されているからである(新村 1994:168)。スミスが価格 論と貨幣論を移動させたのは,両者を基礎理論として重商主義を批判するためであったと考えられる。 ただしスミスは,価格論と貨幣論のすべてを行政論へ移動させたわけではない。『法学講義』において, スミスは価格論と貨幣論の大部分を行政論で説明するだけでなく,正義論でも短く説明している(LJA, 101/訳103)。つまり価格論と貨幣論は,移動前(正義論)と移動後(行政論)の2カ所で説明されている のである。重商主義についても同様のことがなされたのではないかという推測が,上述した仮説の1つの
根拠である。 スミスはグラスゴウ大学で法学を講義しながら,終生の課題である重商主義の理論的批判をどのように 遂行することがもっとも説得的であるかを考え続けたと思われる。その結果として,価格・貨幣論に基づ いて重商主義を批判するという方法を着想したのであろう。スミスは,『法学講義』行政論において,重 商主義政策が市場価格を自然価格から乖離させて労働・資本・土地の最適配分を妨げており,また重商主 義の貿易差額説は貨幣が価値尺度および交換手段であるという認識に反すると批判している(新村 1994: 9章)。 重商主義論は,おそらく当初は富裕の遅い進歩の原因論の最後に置かれていたのであろう。しかしスミ スは,価格論と貨幣論を重商主義を批判する基礎理論として用いるために正義論から行政論へ移動させた のとほぼ同じ時期に,批判の対象となる重商主義論も当初置かれていた商業の遅い進歩の原因論の最後か ら貨幣論の直後へ移動させたと推測される。なぜなら価格・貨幣論と重商主義論との間に他の議論が介在 すると両者の関係がわかりにくくなるからである。スミスは,価格論と貨幣論に基づいて重商主義を批判 するという基本論理を講義を聴く学生にわかりやすく伝えるために,重商主義論を富裕の遅い進歩の原因 論の最後から価格・貨幣論の直後へ移したのではないだろうか。 しかしスミスは『国富論』で重商主義論を再び後方へ移動させて,元の位置つまり富の遅い進歩の原因 論の最後へ戻すのである。その理由については第3節で検討する。 2.8 富裕の遅い進歩の原因論における歴史と論理 上述した富裕の遅い進歩の4原因論には歴史的説明と論理的説明が混在している。スミスは『法学講義』 の私法論や公法論では4段階論に基づいて説明しており,同様に行政論でも4段階論に基づいて説明しよ うと努めている。すでに述べたように,スミスが示している歴史的事例は,第1原因ではインディアン, 第2原因ではタタール人,アラブ人,ローマ帝国没落期のゲルマン人,第3原因ではケルト人,サクソン 人などであり,かれが4原因の考察で4段階論を念頭に置いていたことは間違いない。しかし同時に,4 段階論だけですべてが説明されているわけではないことにも注意しなければならない。というのは,富裕 の遅い進歩のそれぞれの原因は特定の歴史段階だけに限定されないからである。たとえば第1原因の資本 不足と分業未発達の悪循環は未開社会だけでなくどんな社会にも存在するし,牧畜社会の富裕の遅い進歩 の原因である所有権の侵害や外国による侵略と略奪も他の社会に存在する。同様に農業や商業を抑圧する 統治も特定の歴史段階だけに限定されず,スミスの時代にも残存していた。スミスは遅い進歩の諸原因を しだいに非歴史的・論理的に考察するようになり,『国富論』第2編の資本蓄積論などの一般理論を形成 したと考えられる。 2.9 商業の影響 スミスは『法学講義』で商業の好影響と悪影響および後者の是正策について検討している。商業の好影 響には勤勉や倹約などの徳の普及があり,悪影響には判断力や勇気などの徳の衰退がある。スミスは,商 業の発展によって分業と単純作業への特化が進む結果として下層階級の人々の判断力が衰退し,さらに児 童労働の拡大によって教育が放置されることを指摘している。その是正策は学校である。「われわれは農 村の学校(country schools)の便益を認めることができるし……それらが卓越した制度であることを承認 しなければならない」(LJB, 540/訳405)とスミスは述べている。 このほかにスミスは,商業の発展によって人々の軍事的精神が衰退することへの対応策として常備軍に ついて論じている。商業の悪影響の是正策としての学校と常備軍の考察は,以下で述べる『国富論』第5
編へ継承される。
3 『法学講義』から『国富論』への発展
3.1 『国富論』の理論構成 『国富論』の理論構成は非常に複雑である。一般的には,『国富論』の概要として,第1 2編は経済理論, 第3編は経済史,第4編は経済政策,第5編は財政として説明されることが多い。しかしこの説明だけで は,『国富論』全体の理論構成や基本論理を十分に理解することはできない。では『国富論』全体の理論 構成をどのように考えるべきであろうか。 前節で考察したように,スミスは『法学講義』行政論で富裕の5原因について述べている。富裕の進歩 の原因が1つ,富裕の遅い進歩の原因が4つである。 このような富裕の5原因をいっそう深く考察したのが『国富論』である。以下の図3に示されているよ うに,『法学講義』行政論で論じられていた富裕の5原因が『国富論』全5編へほぼ継承されている。以 下では両者の継承と発展の関係をより詳しく考察する。 (図3 『法学講義』と『国富論』の理論構成と対応関係) 『法学講義』 『国富論』 1 正義 →第5編第1章(司法) 2 行政 ⑴富裕の原因(分業) →第1編第1 3章(分業) ⑵価格 →第1編第6 7章(価格) ⑶貨幣 →第1編第4 5章(貨幣) (重商主義) →第4編(重商主義) ⑷商業史 (a)富裕の遅い進歩の4原因 ①自然的障害(資本の不足) →第2編(資本蓄積) ②国内統治の性質 (ⅰ)初期社会の遅い進歩の原因 →第5編第1章(司法,軍備) (ⅱ)農業の遅い進歩の原因 →第3編(生産者の所有権) (ⅲ)商業の遅い進歩の原因 →第5編第1章(道路・運河) 3 歳入(税と公債) →第5編第2章(税,公債) (b)商業の影響(教育放置など) →第5編第1章(学校) 4 軍備 →第5編第1章(軍備) 3.2 『国富論』第1編と富の原因論⑴ ―分業 『法学講義』行政論の分業・価格・貨幣論が『国富論』第1編の分業・貨幣・価格論へ発展したことは 明らかである。ここでは両者の重要な差異について要点だけ述べる。第1は価格論と貨幣論の叙述順序の 逆転である。『法学講義』では価格論から貨幣論へという順序だったのに対して,『国富論』では逆に貨幣 論から価格論へという順序になっている。さらに貨幣論における価値尺度論と交換手段論の順序も逆転し, 『法学講義』では価値尺度論から交換手段論へ,他方『国富論』では逆に交換手段論から価値尺度論へという順序で叙述されている。これら二重の逆転はスミスの重商主義批判の理論的発展がもたらしたと考え られる。(新村 1994:268,田中 2003:94)。 さらにもう1つ重要な差異がある。『法学講義』行政論では賃金・利潤・地代の長期的動態論が述べら れていないのに対して,『国富論』第1編 第8∼ 11章では詳しく考察されている。とくに賃金率の長期的 上昇と利潤率・利子率の長期的下落の認識は,スミスの文明社会観が『法学講義』における不平等容認論 から『国富論』の平等主義へ転換する重要な契機になったと考えられる(新村 2016)。 3.3 『国富論』第2編と富の原因⑵ ―資本蓄積 『国富論』第2編には,『法学講義』から発展した理論と,『法学講義』ではほとんど述べられず『国富論』 で新しく追加された理論とがある。前者には,資本蓄積論(第1章),銀行券論(第2章),利子・為替論(第 4章),資本用途論(第5章)などがあり,後者には,生産的労働論(第3章)や金融規制論(第2,4章) がある(2)。 第2編の中核となる第1章の資本蓄積論は,『法学講義』行政論で富裕の遅い進歩の第2原因として述 べられていた資本不足論が発展したと考えられる。ここで注目したいのは,基本視点の転換である。一般 的に言って,何かの要因の不足がマイナスの結果をもたらしている場合に,その要因の不足の解消はプラ スの結果をもたらす。『法学講義』では資本不足が富裕の進歩を遅らせる原因とされたが,『国富論』では 視点を変えて,資本蓄積が富裕の進歩を促進する原因とされている。このようなマイナスからプラスへの 視点の転換は,資本不足だけでなく,司法・軍備の不十分性,良い道路の不足,教育の不足などにも当て はまる。後述するように,『国富論』第5編では,富裕の抑制原因から促進原因への基本視点の転換が大 きな理論的転換をもたらすのである。 『法学講義』から『国富論』第2編への理論的発展で注目すべきもう1つの点は,前者にあったさまざ まな資本理論の萌芽が後者で総合されたことである。この点は,以下で第4編を検討するときに詳しく述 べる。 3.4 『国富論』第3編と富の原因⑶ ―所有権 スミスは,『法学講義』では,農業の遅い進歩の原因を3カ所で論じている。第1は正義論の公法論に おける自由保有地的統治と封建的統治の説明,第2は私法論における長子相続法と限嗣相続法の説明,第 3は行政論における大土地所有の経済的悪影響の考察である。スミスは『国富論』第3編では『法学講義』 の3カ所の説明を統合しており,『国富論』第3編第2章の農業の発展抑制原因論と第4章の農業発展原 因論の中に『法学講義』の見解はほぼ忠実に継承されている。 スミスが『法学講義』行政論と『国富論』第3編のいずれにおいても重視している富裕の原因は,農業 において耕作者の勤労や改良の成果を保障する所有権の確立である。歴史的には自由保有地的統治や封建 的統治のもとで長子相続法と限嗣相続法が導入され,農業の発展をさまたげてきた。そして社会の安全が 保障されて大土地所有が不要になったあとも長子相続法と限嗣相続法が存続して小土地所有が確立するこ とを妨げてきた。スミスは『法学講義』と『国富論』のいずれにおいても,生産者の労働成果や改良に投 下された資本に対する所有権が,奴隷,農奴,分益小作農,小作人(定額貨幣地代)としだいに改善され てきた経過を述べている。労働成果と投下資本に対する所有権の確立こそスミスが考える富の主要原因で あり,この認識は『法学講義』から『国富論』第3編へ変わることなく継承されている。 (2)第2編第2章の銀行規制論や第4章の高利禁止論は,60年代の為替危機や72年の金融恐慌を経験したスミスの資本主義観 の転換を示している(新村 2002)。
このほかに『法学講義』から『国富論』第3編への発展で重要なのが富裕進歩論である。スミスは『法 学講義』の富裕原因論で農工商などの技術について述べ,価格論では諸部門への最適資本配分を論じて いる(新村 1994:282)。こうした理論が『国富論』第2編第5章の資本用途論と第3編第1章の資本投 下順序論へ発展して,第3編第3章の都市商工業優遇政策起源論や第4編の重商主義批判の理論的基礎に なっている。 3.5 『国富論』第4編と富の原因⑷ ―自由貿易 スミスが,重商主義の理論と政策に対する認識を,『法学講義』行政論から『国富論』へどのように継 承し発展させたかは非常に重要な問題である。考察すべき点は多いが,以下では富の原因論に関連する理 論構成の問題に焦点を絞って検討する。 前節で考察したように,スミスは『法学講義』で,重商主義論の大部分を価格・貨幣論の直後に置いて いる。もしスミスが『国富論』で『法学講義』の理論構成をそのまま継承したならば,重商主義論は貨幣・ 価格論を述べた第1編の直後の第2編で述べられたはずである。しかしスミスは実際には『国富論』第1 編の直後に重商主義を論ずることはせず,第2編の資本蓄積論と第3編の富裕進歩論のあとの第4編で論 じている。その理由は何であろうか。 前節で述べたように,スミスは当初の法学講義では,重商主義を富裕の遅い進歩の原因論の最後に述べ ていたのに対して,ABノートでは価格・貨幣論の直後に移動させたと推測される。その理由は,前節で 述べたように,価格・貨幣論に基づいて重商主義を批判するためであった。 ではスミスは,『国富論』において重商主義をどのように理論的に批判しているだろうか。重商主義が 貨幣と富を同一視していることを貨幣論に基づいて批判する論理は,『法学講義』と『国富論』でほとん ど変わらない。他方,重商主義を価格論に基づいて批判する論理は『国富論』で大きく変化している。ひ とことでいえば,スミスは『国富論』では価格論よりもむしろ資本理論に基づいて重商主義を批判するの である。 スミスは,『法学講義』Bノートの価格論でも資本配分論に言及している。しかし『法学講義』では資 本理論は確立されず,理論的萌芽がいろいろな箇所で分散して述べられるにとどまっている。第1は分業 論に先立つ技術論である。スミスはそこで農業,工業,商業などの技術を列挙しており,『国富論』第2 編第5章の資本用途論の一源泉になったと思われる。第2は『法学講義』価格論である。スミスは重商主 義の政策が市場価格を自然価格から乖離させることによって労働・資本・土地の最適な配分を妨げること を指摘している(新村 1994:279 283)。第3はインディアン以来のすべての社会に存在してきた資本不 足と分業未発達の悪循環の認識である。スミスは『法学講義』では,これらのさまざまな資本理論に基づ いて重商主義を批判している。しかしその全体が1つの資本理論に統合されていない。 一方,『国富論』第2編では『法学講義』のさまざまな資本理論が統合されており,第5章で資本用途 論が述べられて,第3編第1章の資本投下順序論の基礎になっている。そしてこれらの資本理論が,第4 編の重商主義批判の基礎とされるのである。これこそスミスが,『国富論』の重商主義批判を,第1編の 貨幣・価格論の直後ではなく,第2∼3編で資本理論を述べたあとの第4編で遂行した理由である。 ここでいわゆる「見えざる手」についてひとこと述べたい。スミスはなぜ「見えざる手」を『国富論』 第1∼3編や第4編第1章ではなく,第4編第2章で述べたのであろうか。『国富論』の理論構成を考慮 すれば,その理由を推測することは困難ではない。スミスは第4編で,貨幣・資本理論に基づいて重商主 義を批判している。それゆえかれは第4編冒頭でそれまでに述べてきた基礎理論の要点を再説する必要が あった。スミスはまず第4編第1章で,第1編で述べた貨幣論の要点を再説し,それに基づいて重商主義
の富観念を批判している。さらに第4編第2章では,第1∼3編で述べた資本理論の要点を再説して(そ こで「見えざる手」に言及し),それに基づいて重商主義を批判するのである。 3.6 『国富論』第5編と富の原因⑸ ―政府 『法学講義』行政論と『国富論』の理論構成を比較すると(図3参照),両者の密接な関係を見出すこと ができる。ただし内容的な類似の度合いは各編によって異なっている。『国富論』第1∼4編は『法学講義』 行政論とほぼ同じ主題が同じ順序で論じられているのに対して,『国富論』第5編は,『法学講義』に多く の源泉があるとはいえ,理論構成と内容が大きく変更されている。スミスはなぜ第5編を大きく変更した のであろうか。 この謎を解くかぎは,スミス政府論の転換にある。くりかえし述べたように,スミスの政府論の特徴を ひとことで表現するならば,『法学講義』行政論と『国富論』第1∼4編は自由放任を基調とする小さな 政府論であるのに対して,『国富論』第5編は政府介入を基調とする大きな政府論である。そのために,『法 学講義』行政論から『国富論』第1∼4編への発展では,理論内容と構成の変更が限定されているのに対 して,『国富論』第5編への発展では,基本となる政府観が大きく転換した結果として,理論内容と構成 が大きく変更されたと考えられる。 『法学講義』と『国富論』第5編を比較すると,前者から後者へ継承され発展した主内容として以下の 6点をあげることができる。 ⑴正義論の公法論(市民的統治の歴史) ⑵富裕の第3原因(初期社会の富裕の遅い進歩の原因としての司法と軍備の不十分性) ⑶富裕の第4原因(商業の遅い進歩の原因としての良い道路と河川の不足) ⑷商業の悪影響の是正策(学校) ⑸歳入論(租税と国債) ⑹軍備論(常備軍) 以下では,スミスがこれら6源泉をどのように組み合わせて『国富論』第5編を構成したかについて考 察する。最初に問われるべき問題は,第5編が形成されるときに何が理論的中核になったかである。本稿 第2節で考察したように,スミスは『法学講義』行政論で富裕の5原因について論じていた。そして本稿 第3節で述べたように,5原因のうちの第1原因(分業),第2原因(資本),第4原因(生産者の所有権), 第5原因(商業の遅い進歩の原因,重商主義)の4原因と『国富論』第1∼4編との対応関係は明白であ る。したがって富裕の5原因のうちで『国富論』1∼4編で論じられていない富裕の第3原因(司法と軍備) が『国富論』第5編の中核になったと考えてよいであろう。スミスは,『法学講義』で富裕の遅い進歩の 原因の1つとして初期社会(とくに牧畜社会)における司法と軍備の不十分性(その結果としての,労働 成果に対する所有権の保障の欠如と勤労・改良の動機の欠如)をあげていた。スミスは『国富論』第5編 を形成する過程で,以下の3つの点で司法・軍備論を拡充していく。 まずスミスは『法学講義』に述べられていた2つの軍備論を統合している。1つは上述した富裕の遅い 原因としての初期社会の軍備論であり,もう1つは『法学講義』第4部門の軍備論(常備軍と民兵の比較 考察)である。両者を統合することによって,スミスは軍備の歴史的発展を未開社会から商業社会まで通 史として論じることができるようになり,『国富論』第5編第1章第1節「軍事費」が成立した。 またスミスは,『法学講義』で述べられていた2つの正義(司法)論を統合している。1つは富裕の遅 い進歩の原因としての初期社会の司法論であり,もう1つは『法学講義』正義論の公法論における市民的 統治の歴史論である。この統合によって,スミスは正義(司法)の歴史的発展を通史として論じることが
できるようになり,『国富論』第5編第1章第2節「司法費」が成立した。 スミスが『国富論』第5編の形成過程で最大の理論的革新を遂行した主題は,政府の第3の義務として の「公共事業と公共制度」の考察であったように思われる。どのような理論的革新であったかについて以 下で説明する。 スミスが『法学講義』で列挙している商業の遅い進歩の諸原因の大部分は,商業が未発達の時代に形成 された制度や政策であった。その多くは定期市や指定物資集散町のようにすでに廃止されており,また重 商主義のようにスミスの時代に残存する制度や政策も廃止が最善の問題解決策であることを示すのは容易 であった。 しかしスミスが列挙している商業の遅い進歩の諸原因の中には,有害な制度の廃止が解決策にならない ものがあった。スミスは前述のように輸送の困難が商業の発達の障害になったことを指摘したさいに,良 い道路と船が使える河川がないことを述べていた。このような障害を解決するには,たんに有害な制度や 政策を廃止するだけでなく,道路・橋・運河などの交通インフラの建設と維持つまり公共事業が必要である。 またスミスは,『法学講義』で商業の悪影響の是正策として学校に言及していた。しかし『法学講義』 では学校の有益性を指摘するだけで,政府が学校を建設し維持するべきであるとまでは述べていなかった。 スミスは,商業の悪影響の1つである軍事的精神の衰退に対して常備軍の維持を救済策として認めるので あるから,政府による学校の建設と維持を承認しない理由はなかった。こうして『国富論』第5編第3章 では,小学校という公共制度の建設と維持が政府の義務とされている。 道路・橋・運河などの公共事業も小学校という公共制度も,いずれも有害な制度の廃止で問題が解決さ れるわけではなく,税収に支えられた政府の活動が欠かせない。スミスは,『法学講義』で,司法と軍備 を政府の主要な活動として認めていた。両者に加えて,『国富論』第5編第3章では,公共事業と公共制 度を政府の第3の義務とするのである。こうして成立する政府の3大義務論は,スミスの政府機能論が『法 学講義』の消極的政府論から『国富論』の積極的政府論へ転換したことを象徴している。 最後に『法学講義』行政論の『国富論』第5編への発展におけるもう1つの転換について指摘しておこ う。スミスは,『法学講義』から継承し拡大した政府の積極的機能論を『国富論』では政府の3大義務と してまとめ,経費論という形式で論述している。これは『国富論』第5編第1章の政府機能論が第2章の 租税論や第3章の国債論と統合されて第5編全体が財政論になったことの結果である。そのために,軍備, 司法,公共事業,公共制度などの政府の諸機能は,『国富論』第5編では,軍事費,司法費,公共事業経費, 公共制度経費などの諸経費として叙述されている。
4 むすび
本稿は,スミスが何を富の原因と考えたか,また富の主要原因がいくつあると考えたかについて,『法 学講義』行政論と『国富論』を比較して考察した。明らかになったのは,次の諸点である。 第1。スミスは『法学講義』行政論において,富裕の原因と富裕の遅い進歩の4原因とを合わせた富裕 の5原因について論じている。富裕の原因は,農工商などの技術と分業である。またスミスは富裕の遅い 進歩の4原因について,4段階論(狩猟・牧畜・農業・商業)を基礎にして考察している。第1原因はイ ンディアンなどの狩猟社会に典型的に見られる資本不足と分業の未発達であり,第2原因はタタール人な どの初期社会以来のものであり,政府が弱体で司法と軍備が不十分であるために労働成果に対する隣人の 侵害と近隣諸国民の侵略・略奪に晒されることである。 富裕の遅い進歩の第3原因は,封建的統治のような農業社会で,長子・限嗣相続法によって大土地所有が維持され,耕作者の労働成果と投下資本に対する所有権が十分に保障されないために勤労と改良への動 機が生じにくいことである。富裕の遅い進歩の第4原因は商業に対する抑圧的政策であり,商業への蔑視, 定期市,重商主義,同業組合などがある。 スミスは,『法学講義』行政論で示された以上の富裕5原因論を,『国富論』第1∼5編で基本的に継承 し発展させている。『国富論』第1編では,『法学講義』で述べられていた富裕原因論としての分業論を発 展させ,貨幣・価格論を拡充している。『国富論』第2編では,富裕の抑制原因から促進原因へ基本視角 を転換し,資本蓄積を富裕の原因として論じている。 『国富論』第3編では,『法学講義』の議論を基本的に継承しつつ,富の原因である生産者の所有権の確 立過程を自然的進歩として論じている。『国富論』第4編では,『法学講義』以来の重商主義批判を継承発 展させて,富の原因としての自由貿易が主張される。 『法学講義』と比較して富の原因論がもっとも拡充されたのは『国富論』第5編である。スミスは『法 学講義』で富裕の進歩の原因として論じていた司法と軍備を中核にして,『法学講義』でも必要性が指摘 されていた道路や学校を公共事業と公共制度としてまとめて,政府の3大義務論を確立する。 スミスは『法学講義』では富裕の進歩を遅らせる制度・政策に注目しており,それらを廃止することが 中心的主張であった。しかしかれは『国富論』では,有害な制度や政策を廃止するだけでなく富裕の進歩 に寄与する政府の有益な制度や政策を重視するようになる。 スミスにとって,富の諸原因の探求こそ生涯変わらぬ中心主題であった。かれは『法学講義』で示した 富裕の5原因の考察を進化発展させて,『国富論』第1∼5編に体現されている富の5原因に関する経済 理論を確立したのである。 参考文献
Smith, A. [1776]1976. An Inquiry into the Nature and Causes of the Wealth of Nations (abbreviated as WN), Clarendon Press, Oxford.(大 河内一男監訳『国富論』Ⅰ∼Ⅲ,中央公論社,1976年)
Smith, A. 1978. Lectures on Jurisprudence, Meek R.L., Raphael, D.D., and Stein, L.G. (Eds.), Clarendon Press, Oxford, containing Report of 1762 63 (abbreviated as LJA), Report dated 1766 (abbreviated as LJB). (水田洋他訳『アダム・スミス法学講義 1762 ∼ 1763』 名古屋大学出版会,2012年,水田洋訳『法学講義』岩波文庫,2005年,前者がAノート,後者がBノートの訳) 田中正司(2003)『経済学の生誕と《法学講義》―アダム・スミスの行政原理論研究』御茶の水書房。 新村聡(1994)『経済学の成立―アダム・スミスと近代自然法学―』御茶の水書房。 ―(2002)「金融システム安定化の古典理論―アダム・スミス銀行論の成立過程―」『岡山大学産業経営研究会研究報告書』 (37):1 25。 ―(2011)「アダム・スミスにおける貧困と福祉の思想」,小峯敦編著『経済思想のなかの貧困・福祉』ミネルヴァ書房, 34 63。 ―(2012)「アダム・スミス『法学講義』行政論の主題と構成」,中村浩爾・基礎科学研究所編『アダム・スミス《法学講義Aノー ト》Police編を読む』文理閣,3 18。 ―(2016)「アダム・スミスの平等論と分配的正義論」『立教経済学研究』69(4):49 67。 ―(2018)「アダム・スミスにおける大きな政府論の形成過程に関する一考察―『法学講義』から『国富論』への租税論の 発展―」『岡山大学経済学会雑誌』49(2):1 15。 ―(2021)「アダム・スミスの平等論」,新村聡・田上孝一編著『平等の哲学入門』社会評論社,71 85。 水田洋(2007)「アダム・スミスの法学講義LJB―幻の第三の主著」『日本学士院紀要』62(2):173 198。
How many causes of wealth did Adam Smith think there were? Comparing the
theoretical structures in Wealth of Nations with Lectures on Jurisprudence
Satoshi Niimura
AbstractThe causes of wealth are central topics in Adam Smith’s masterpiece, An Inquiry into the Nature and Causes of Wealth of Nations, popularly known simply as, Wealth of Nations. However, to date, not enough research has been done to explain what Smith thought the causes of wealth were or how many causes there were. This paper compares the theoretical structures in Wealth of Nations with Lectures on Jurisprudence, which is the prototype of Wealth of Nations.
The cause of opulence and four causes of slow progress of opulence described in Lectures on Jurisprudence were refi ned and developed into the fi ve causes of wealth argued in Wealth of Nations. The fi ve causes are: division of labour, capital accumulation, property rights, free trade, and civil government. Smith explains these fi ve causes in each book of Wealth of Nations. It should be noted that the descriptive method employed in Wealth of Nations is very similar to that of Smith’s fi rst book, The Theory of Moral Sentiments, in which Smith describes the four sources of moral sentiments in each part of the book.