状況を表す名詞「場合」の接続辞化について―<範
列条件関係>を表す接続辞の成立という視点から―
著者
劉 川?
雑誌名
文化
巻
83
号
3,4
ページ
76-96
発行年
2020-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/00128853
令和 2 年 3 月 31 日発行
状況を表す名詞「場合」の接続辞化について
―<範列条件関係>を表す接続辞の成立という視点から―
状況を表す名詞「場合」の接続辞化について
―<範列条件関係>を表す接続辞の成立という視点から―
劉 川 菡
菡
1. はじめに 現代日本語の接続辞には「範列から 1 項目を選択して条件節とする」という 方法で複文を構成するものがある。劉(2020 予定)では、この類の接続辞を <範列条件関係>を表す接続辞と呼び、例として「以上」「かぎり」「あたり」 「点」をとりあげた。ただし、<範列条件関係>を表す接続辞はこの 4 語以外 にも存在し、「場合」という語があげられる。しかも、「場合」は前者の 4 語と 他にも共通点がある。具体的にあげると、a)接続辞用法以外に名詞用法をも ち、b)接続辞用法が語彙的意味の希薄化に伴って名詞用法から変化した、と いう 2 点があげられる。 しかし、名詞用法に注目すると、「場合」は「以上・かぎり・あたり・点」 と同一視できないことが分かる。劉(2020 予定)で述べたように、「以上・か ぎり・あたり・点」4 語は<範囲>を表す名詞である。それに対して、「場合」 の語彙的な意味には < 範囲 > という要素が見当たらない。 そこで、本稿は同じく<範列条件関係>を表す接続辞でありながら、<範囲 >を表さない「場合」が<範囲>を表す「以上・かぎり・あたり・点」とどう 異なるのか、を明らかにすることを目的とする。このことによって<範列条件 関係>を表す接続辞の体系がさらに明瞭にみえてくると考えられる。 2. 先行研究 接続辞としての「場合」を対象として議論する先行研究は数多く存在する。 どのような問題に関心を寄せているのかという点からいえば、それらは 4 つの タイプに分けられる。Ⅰ:接続辞「場合」が条件文の周辺形式として、どんな用法をもつのか。 ex. 仁田(2004)、前田(2009)、アリ・アルダディ(2014) Ⅱ:「場合」文が典型的な条件文と類似性を見せるのはなぜか。 ex. 仁田(2004)、佐野(2008)、前田(2009) Ⅲ:「場合」が「トキ」と言い換え可能である事実は何を意味するのか。 ex. 仁田(2004)、佐野(2008) Ⅳ:その他( 特定な用法をめぐって深い検討を行うなど)。 ex. 工藤(1976)、渡邉(1991)、葉(2010) その中で、本稿にとって特に参考となるのはタイプⅠとⅡである。そこで、 以下では「接続辞用法の在り方」と「典型的な条件文と類似性を見せる理 由」という二つの側面に分けて、接続辞「場合」がどの程度解明されているの かを見る。 2.1 「場合」の接続辞用法の在り方1 仁田(2004)は典型的な条件形式「ば」「と」「たら」「なら」が構成する条 件文(以下、「典型的条件文」と略称)と比較することによって、「場合(には)」の 表す条件文(以下、「「場合」条件文」と略称)の用法を明らかにしている。結果と して、典型的条件文の用法をまとめると、およそ「仮定条件、一般条件、反事 実条件、確定条件、事実的条件」が認められる(仁田 2004: 37)2のに対して、「場 合」条件文は「仮定条件、一般条件、過去の習慣を述べる事実的条件」を表す ことはできるが、「反事実条件、確定条件、発見を述べる事実条件」を表すこ とはできない(仁田 2004: 41)とされている3。この結論を表で示すと表 1 の通 りに示せる。 用法 典型的条件文 「場合」の条件文 仮定条件 ○ ○ 一般条件 ○ ○ 反事実条件 ○ × 確定条件 ○ × 事実的条件 1: 過去の習慣 ○ ○ 事実的条件 2: 発見 ○ × 表 1 仁田(2004)にみられる典型的条件文と「場合」条件文の用法対照
なお、「場合」文の例文として、仮定条件の場合が(1)、一般条件の場合が (2)、過去の習慣の場合が(3)のようにあげられている。 (1) もし、ダマされた場合、その負担が島民の肩にふりかかってくるのだ ということをわすれるなと、島民に対する警告の形を借りて、ほとん ど島長を脅迫するような調子さえこめられており、下手すると、これ は政治問題にさえ発展する兆候を見せている。 (仁田 2004:41) (2) ご予約のないお客様は、空いたお席がある場合、ご利用いただけるん ですが、もう、最後の入れ替えも八時で終わってしまいましたので、 申し訳ございません。 (仁田 2004:41) (3) ふつうの食堂で、なにかのみ食いしなければならない場合、たいて い、これを注文した。炭酸水だって、質は悪いが酸にちがいないから。 (仁田 2004:41) 次に、前田(2009)は前節述語が「る」形をとる場合と「た」形をとるとい う 2 つの場合に分けて接続辞「場合」を考察した。「る」形の場合は仮説的条 件、一般条件や習慣を表すのに対して、「前節述語が「た」形になると、「場合」 は仮定的な条件(ここでは上記の「仮説的条件」に相当:執筆者注)を表しやすくなる (前田 2009:111)」と述べられている。しかし、「る」形と「た」形を合わせて考 えると、前田(2009)の結論は「仮説的条件用法」「一般条件用法」「習慣用法」 の 3 つとなっており、仁田(2004)と一致する。 唯一の相違点としては、前田(2009:111)では「仮説的条件」に対して (4)のように明確な定義を下している点にある。この点で、先行研究に比べ て、「場合」の最も多く使われる用法において関係づけられる事態の特徴がよ り明瞭にみえてきたと言えよう。 (4) 仮説的条件文とは、条件接続辞より前(前件)および後ろ(後件)に述 べられる内容の両方が、「発話時点では実現していないが、将来的には 実現可能性のある事態」である場合をさす。 (前田 2009:63) アリ・アルダディ(2014)は前田(2009)を踏まえて「場合」の接続辞用法 には a)仮説的条件、b)一般条件や c)習慣の 3 用法以外にないのかという観
点から、①「場合」の用法を見直し、その上で②各用法における主節のモダリ ティーを明らかにしたものである。 ①について、「場合」の接続辞用法は基本的に上述 3 つの用法とまとめてい いが、特定の構文を取る場合には、d)既定条件と e)反事実条件を表すこと が可能であるとした4。また、下記の表 2 のように、「朝日新聞」「アエラ」「週 刊朝日」から例文を 1303 例集めて各用法を集計しており、接続辞「場合」の 使用傾向を明らかにした点で重要な貢献をしたと考えられる。 使用傾向については、「典型的な仮定文」「既定条件文」と「反事実条件文」 を合わせて「仮定条件文」と呼び、「一般条件文」と「習慣を表す条件文」を 合わせて「恒常条件文」と呼び、両者の使用率を「仮定条件文は 62.3%で、恒 常条件文は 37.7%(アリ・アルダディ 2014:5)」と明示した点と、接続辞「場合」 が最も多く使われるのは「典型的な仮定」を表す場合である(=(1)や(6))こ とを明らかにした点がポイントとしてあげられる。 2.2 「場合」文が条件文と類似性を見せる理由 上述のように、接続辞「場合」の用法に関しては先行研究で十分な考察が行 われている。特に上記の表 2 が示すように、「場合」文には「典型的な仮定文」 と「一般条件文」と見做せるものが、合わせ 97.5%も存在する。 では、どうして「場合」文が条件文と類似性をもつのだろうか。 前田(2009:109-112)はその理由として、「場合」文にみられる幾つかの特 徴が条件文にも当てはまるという点をあげている。具体的には、以下の 2 点に まとめられる。 分類 用法 数 % % 仮定条件文 典型的な仮定文5(= a)) 806 61.9% 62.3% 既定条件文(= d)) 4 0.3% 反事実条件文(= e)) 2 0.1% 恒常条件文 一般条件文(= b)) 463 35.6% 37.7% 習慣を表す条件文(= c)) 28 2.1% 合計 1303 100% 100% 表 2 アリ・アルダディ(2014)における接続辞「場合」の用法分類
① 前件と後件との関係性は、前件が後件にとって原因となっていて、前件 が後件を引き起こす関係になる場合(= 下記の例(5))と、後件は前件が 完了した後で生じる事態となるというような場合(=例(6))が多い。 ② 特に「した場合」文では後節に推量を表す形が含まれる(例(6)の波線部 参照)傾向をもつ。 (5) 「どういうポストで仕事をしていますか」「社会部のデスクです」「デス クというと」「副部長です。部員が書いた原稿を見て、それを取り上げ て新聞記事にするかどうかを判断し、記事として取り上げる場合は、 その文章を直したり、誤りを訂正したりします」 (前田 2009:111) (6) もし私が何かの事件を経て―人と別れるとか、会うとか―大人になっ たりした場合、私はきっとその歳月と私の年齢にめぐりあうだろう。 (前田 2009:111) 他方、仁田(2004)では、「場合」文が条件文と理解されやすい理由は名詞 「場合」に「対比性」という性質が含まれる点であるとされている。 具体的には、下記の(7)のように「八重の場合」を「八重にとって」に置 き換えると文の意味が変わる。その理由は、「「八重の場合」としたほうが、対 比性が強いと考えられる(仁田 2004:44)」という点であるというように、名詞 「場合」に「対比性」が存在することを指摘している。その上で、そういう対 比性が「場合」が接続辞として複文を作るときにも働き、条件文のもつ誘導推 論を引き起こすのと同じ原理で「P である場合、Q である」から「∼ P(Pでな い)である場合、∼ Q(Qでない)である」を差し出す(仁田 2004:45)というよ うに、「対比性」と「誘導推論」との類似性という観点から「場合」文が条件 文に理解されやすいことを明らかにしている。ただし、「対比性」を具体的に どう理解すればいいかについて仁田(2004)は触れていない。なお、「対比性」 という概念は本稿にとって重要なので、後にもう一度取り上げて議論する。 (7) 敏腕で達者な問屋の者を向うに回しての必死な外交は、八重の場合、 自分の家の生活を楽にしたい一念よりなかった。 佐野(2008)では「対比性」という用語こそ使われていないが、「場合に」
節(下記(8)参照)と「場合」節((9)参照)の相違を分析する際に、「場合」に は「想定される複数の事態のうちの 1 つを表す」特徴があげられると述べてい る。その特徴は仁田(2004)の言う「対比性」と深く関係している。 佐野(2008)によると、「場合」節は本質上、下記の(9)のように、作戦を 立てた当時に想定された「戦争が起こる(p1)」「戦争が起こらない(p2)」とい う 2 つの事態から p1を選んで作ったものであるとされているが、そこにおい て「場合」節に「選ばれた事態」と「選ばれなかった事態」が形成する関係は まさに仁田(2004)の言う「対比性」のことではないだろうか。佐野(2008) を踏まえて仁田(2004)を振り返ると、「対比性」というよりも、「場合」文が 条件文と理解されやすい理由は「複数事態の含意を有する」という特徴にした 方が適切であると考えられる。 (8) 第 19 条診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当 な事由がなければ、これを拒んではならない。 (佐野 2008:149) (9) 軍令部の対米作戦計画というのは、ずいぶん苦しいものであった。(中略) 実際に戦争が起こった場合、よほどの幸運に恵まれないかぎり、そうす らすら行くとは誰にも信じられないようなものであった。 (佐野 2008:148) ここまで、接続辞「場合」の位置付けは、①複数の事態から 1 つを選ぶとい う仕方で複文を作る、②多くの場合実際に作った複文は条件文とみなすことが できる、とまとめられる。興味深いことに、劉(2020 予定)で<範列条件関 係>を表す接続辞と名付けた「あたり」「点」「以上」と「かぎり」も①と②を 同時に満たしている。では、同様に<範列条件関係>を表す接続辞として、< 範囲>を表さない「場合」は<範囲>を表す「あたり」「点」「以上」「かぎり」 とどのように異なるのであろうか。 3. 調査方法と調査対象について 劉(2020 予定)で「以上」「かぎり」「あたり」「点」の接続辞化のプロセス を明らかにする際に、a)前接要素が語や句か、節か、b)品詞性が名詞性か、 副詞性かという 2 点をもって、例文を「名詞句」「名詞節」「副詞句」「副詞節」 に 4 分類するという調査方法を採用した。本稿はその調査方法を受け継ぐ。な
お、名詞性と副詞性の区別は助詞(「は」、格助詞)を伴うかどうかによって判断 した。 また、調査対象については以下の手順で集める。 『現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)』から、検索アプリケーション 『中納言』を利用してデータを収集する。検索は条件を以下のように設定する。 ① 「長単位検索」を指定する ② 前方共起:キーから 1 語―語彙素読み―バアイ キー:キーの条件を指定しない ③ 検索対象を「コアデータ」に限定する 上記の条件で検索した結果、652 件のデータが集められた。「場合によって」 という慣用的表現と関わる 7 件を削除し、残りの 645 件に対して Excel のデー タ分析にある「サンプリング機能」で無作為抽出を行い、抽出した 200 件を今 回の調査対象とした。 200 件の調査対象を分析した結果、「場合」の各用法の量的分布は下記の表 1 のようになった。なお、今回の集計では、「一定の場合」「必要な場合」「ほと んどの場合」のような定形表現と思われる用法を計算しないことにした。表 3 の「合計」欄が「191」となっているのはそのためである。 4. 「場合」の用法分布について 本節は表 3 に基づき「場合」の用法分布を述べる。このことを通して「場 合」の使用傾向がある程度見えてくるだろう。後述の第 5 節をみれば分かるよ うに、使用傾向という点からは「場合」と「あたり」「点」「以上」「かぎり」4 語との相違を解明するための重要なヒントを得られる。 品詞性 用法名 用法別の数 用法別の % 品詞別の数 品詞別の % 名詞 名詞句 45 23.6% 127 66.5% 名詞節 82 42.9% 副詞 副詞句 34 17.8% 64 33.5% 副詞節 30 15.7% 合計 191 100% 191 100% 表 3 「場合」の各用法の量的分布
4.1 名詞句と名詞節用法について 本稿で直接的に問題とするのは「場合」の副詞節用法であるが、表 3 が示す ように半分以上の場合に「場合」は「名詞句」あるいは「名詞節」を構成して 使われていて、品詞上はやはり「名詞」と位置付けるべきものである。名詞用 法の 2 欄に注目すると分かるように、「名詞句用法」が 45 例あるのに対して「名 詞節用法」が 82 例あり、「名詞句」の倍ぐらいの比率で「場合」が「名詞節」 を構成して働くのである。これは一般的な名詞でみられない、特徴的な現象と 思われる。名詞句と名詞節の例文をあげると、それぞれ(10)と(11)(12) があげられる(前接要素を点線で示している)。 【名詞句用法】 (10) eマーケットプレイスとはわかりやすく言えば、企業や個人が物品を 調達するための仮想市場、仮想空間である。e マーケットプレイスは 大きくは、オープンにされているかどうかでプライベートとパブリッ クの二種類に分けられる。プライベートは、ひとつの会社が物品を調 達するために、関連企業と接続したネットワーク上の市場であり、パ ブリックの場合は、多数の売り手と買い手が交易を行う取引所と言え よう。 (21 世紀に勝ち残る IT スピード経営) 【名詞節用法】
(11) この機能は Wake up LAN と言ってモデムからの呼び出し受信や LAN
経由の受信によってシステムが起動する(電源が入る)機能が搭載され ていて、設定が ON になっている場合に起こります。これを OFF に するには通常は「BIOS」より設定しなければなりません。 (Yahoo! 知恵袋) (12) 素材ごとのメンテナンスマニュアルがなければなかなかメンテナンス は難しいと思います。たとえば、十年たって壁が汚れてきた場合にど のような材料を使ってどのようなメンテナンスをしたらよいか。ある いは十五年たってキッチンやトイレなどの設備を交換したいときに、 あなたの家にぴったりで、かつ経済的なリフォームをするにはどのよ うにしたらよいか。 (エコハウスに住みたい) この特徴的な現象を引き起こす理由は「場合」自体の語彙的な意味と深
く関わる。「場合」の語彙的な意味を考察した先行研究は少なくなく、森田 (1980)、グループ・ジャマシイ(1998)、仁田(2004)と佐野(2008)などが あげられる。前 2 者は辞書・文法書類として、「場合」の意味を簡潔に「ある 事柄が生じるにあたっての状況や事情を表す」と括っているのに対して、後者 の 2 者は接続辞用法を分析した後に遡って「場合」の語彙的な意味を考えたも のであり、共通して名詞「場合」には「状況を表す」ファクターがあると同時 に、「複数の事態を想定した上でそれから 1 つを限定して提示する」というファ クターも存在すると主張している。 本稿は後者の仁田(2004)や佐野(2008)と同じ立場をとる。なぜなら、 名詞「場合」において「複数の事態を想定した上でそれから 1 つを限定して提 示する」といったファクターが「状況を表す」ファクターと同じく重要で無視 できないと考えられるからである。例えば、(10)では「場合」は確かに「プ ライベートとパブリック(波線部参照)」の二種類の状況から後者に限定して提 示し、(11)では確かに「設定 ON になっている場合」と「OFF になっている 場合」という二種類の状況から前者に限定して提示していると認められる。な お、このように二つのファクターをもつ「場合」の語彙的意味は、本稿の以下 の論述では<状況>と略して呼ぶ6。 「場合」で名詞節用法が多くみられる理由に戻る。各例文が示すように、実 際の使用において、状況の在り方を具体的に示すのは「前接要素」の部分であ る。(11)と(12)のように、「語や句」で表現し切れない状況が「節」で表現 されなければならないのだろう。言い換えれば、節を受けて名詞節を作る例文 が多くみられるのはそのためである。 4.2 副詞句と副詞節用法について 副詞性用法は、全体用法の約三分の一を占める。その中で、副詞句用法と副 詞節用法は名詞句と名詞節の場合と異なり、表 1 が示すようにそれぞれ 34 例 と 30 例あり、ほぼ同様の比率で使われている。(13)は副詞句用法、(14)は 副詞節用法の例文である。 【副詞句用法】 (13) クルマだったら欲しい車種の値段はすぐにわかる。定価が決まってい るからね。ところがマイホームの場合、相場はあるが定価はない。同
じ物件はふたつとないからね。 (ゼッタイ失敗しないマイホーム購入大満足ガイドブック) 【副詞節用法(=接続辞用法)】 (14) 1ヵ月に百件の契約を取っていただいた場合、1 ヵ月の報酬が約 三十万円から三十五万円になっています。 (週刊現代) (13)では「マイホームの場合」を、(14)では「1 ヵ月に百件の契約を取っ ていただいた場合」を文脈から切り出して、それぞれを独立した句や節として みれば、「場合」は変わらずに「状況」の意味を表しているが、後続文脈と組 み合わせて文を構成すると、構成された文が「条件文に言い換えられる」よう になり、「場合」に条件的意味を表す機能が生じるといえる。 「条件文に言い換えられる」をどう判定するのかについて、「誘導推論の可 否」が大まかに判定基準としてあげられるが、ここでその基準の内実につい て、(13)をもって少し詳しく示しておく。以下のようになる。 (13)は「クルマ」と「マイホーム」を例としてとりあげて定価の有無が商 品ごとに異なる現象を述べる場面である。「マイホーム」を p1、「クルマ」を¬ p1、「定価はない」を Q とすれば、(13)は下記の(15-a)のようになる。もし 前文脈(or 社会常識)によって(15 - b)というような推論ができるなら、「条件 文に言い換えられる」と判定する。このように「条件文と言い換えられる」と 判定されたものは以下で「場合」の「条件文的用法」と呼ぶ。 (15) a) p1の場合、Q。 ⇒ b) ¬ p1の場合、¬ Q。 では、副詞句用法と副詞節用法では「条件文的用法」がどれぐらいの比重で 存在するのか。他方、名詞句用法と名詞節用法には「条件文的用法」が存在す るのか。存在するなら、どれぐらいの比重を占めるのだろうか。 そこで、表 3 の調査にあたって分けた、語や句と共起する名詞句用法 45 例 や副詞句用法 34 例を下記の(16)に、節と共起する名詞節用法 82 例や副詞節 用法 30 例を下記の(17)に当てはめ、その可否を調査することにした。その 結果は第 5 節で示す。
5. 「場合」の各用法にみられる「条件文的用法」の比重 では、「場合」の各用法において「条件文的用法」が占める比重はどうなっ ているのだろうか。その調査結果を表で示すと表 4 の通りになる。 5.1 副詞性用法に「条件文的用法」が圧倒的に多く存在する 表 4が示すように、4 つの用法の中で、最も大きな比重を示すのは副詞句用 法である。用法全体の 70.6%が「条件文的用法」となる。副詞節用法の場合 も、56.7%との高い比重を示している。 しかも、この 2 つの用法で「×」と判定された例文は全て、(18)と(19) のように、後節が疑問の形をとるものである。この類の文は、考え方によって は「条件文と言い換えられる」と考えることもできるので、「場合」の副詞性 用法は 100%の比率で条件性をもつという見方も可能である。 例えば、(19)を工夫して平叙文に加工すれば、「大型バイクで普通のガソリ ンスタンドで給油する場合、バイクに乗ったまま給油できません」となる。す ると「小型バイクで普通のガソリンスタンドで給油する場合、バイクに乗った まま給油できます」というように、(19)の時より誘導推論が容易に思い及ぶ ようになる。この場合で(17)にあてはめてみると、「×」だった検証結果は 「〇」となるのであろう。 条件性〇 条件性× 合計 「条件文的用法」の比重 副詞句 24 10 34 70.6% 副詞節 17 13 30 56.7% 名詞句 21 24 45 46.7% 名詞節 24 58 82 29.2% 表 4 「場合」の各用法において「条件文的用法」が占める比重 (16) a) p1の場合(には / では / は) 、Q。 b) ¬ p1の場合(には / では / は)、¬ Q。 (17) a) p1である場合(には / では / は)、Q。 b) ¬ p1である場合(には / では / は)、¬ Q。 ○?×? ○?×?
【条件性「×」−副詞句用法】 (18) その道路は四十キロの道で、私は、四十五キロくらいで走行していま した。相手の車が一旦停止をせずに出てきて、見えたところでもう避 けきれませんでした。左側から衝突されたようになっているので、左 腕が骨折しました。このような事故の場合、過失割合はどのようにな るのでしょうか ? (Yahoo! 知恵袋) 【条件性「×」−副詞節用法】 (19) 大型バイクで普通のガソリンスタンドで給油する場合バイクに乗った まま給油してもらいますか? (Yahoo! 知恵袋) 5.2 名詞性用法にも「条件文的用法」がみられる理由 表 4のように、「条件文的用法」は「場合」の名詞句用法や名詞節用法にも 存在する。特に名詞句用法の場合では半分近くの例文を「条件文的用法」とみ なせる。劉(2020 予定)によると、実質的名詞として働く際に、名詞句用法 の「以上」「かぎり」「あたり」「点」は物理的な範囲あるいは程度的な範囲を 表して働いていて、構成した文に条件的意味を読み取ることができない。従っ て、名詞句用法における条件文的用法の多さは「以上」「かぎり」「あたり」「点」 「場合」の中で「場合」にしかみられない現象で、注目すべきところである。 本節では、この相違に注目して、上記 4 語と比べて「場合」は名詞としてど こが特異なのかをみる。この手続きを通して、2 者の間に存在する本質上の異 なりが明らかになることが期待される。 前述(= 4.1 節)したように、「場合」の語彙的意味には 2 つのファクターが 存在する。一つ目は「状況を表す」という点であり、二つ目は「複数の項目を 含意する」という点である。2つの点を合わせて言えば、「場合」は「範列意識」 をもちながら「状況」を表す名詞と認められる。まさにこういう「名詞であり ながら範列意識をもつ」点によって、「場合」は名詞句を構成しても条件的意 味を表せるのである。 【条件性「〇」−名詞句用法】 (20) 最近、クジラが海岸に打ち上げられるケースが多く、テレビなどでも 大きく取り上げられています。集団自殺ではありませんが、昔から しょっちゅう起こっていることで、それほど珍しくはありません。日
本の場合は、かわいそうだということでロープなどで引っ張って沖に 戻そうとします。 (鳥羽水族館館長のジョーク箱) 例えば(20)の「場合」は、クジラが海岸に打ち上げられる際に、国によっ て救助方法が違うという場面で使われている。この際に、範列を構成するのは 国の「日本」以外に「イギリス」などが考えられるが、いずれも語レベルの項 目となる。しかし、これらが「場合」と共起すると、(21)のように誘導推論 と類似する理解を成立させるため、「日本の場合」は形式上名詞句であるが、 機能上条件節と相当するとみなせる。表 4 で「〇」と標記される「条件文と言 い換えられる」ものは全てこのような用法となっている。 (21) 日本の場合はロープで戻そうとする。⇒ イギリスの場合はそうではなく別の方法で救助を行う。 ほとんどの「N の場合」は範列意識を有して条件節のように働く傾向にある が、中には、(22)と(23)のように、範列意識が弱いとみられる用法も存在する。 【条件性「×」−名詞句用法】 (22) 新築などの場合に赤色を使うのは避けるのが良いともいいます。これ は、火災の火の連想が理由です。 (四季をよそおう折形) (23) この証明は,第 8 講で,平面から平面への写像の場合に与えた証明と 全く同様にできるので,ここではくり返さない. (位相への 30 講) (22)を例とする。お祝いというと、この文で示す「新築などの場合」以外 に「出産の場合」、「還暦の場合」なども考えられるので、(22)の「場合」に は範列意識が存在する事実は変わらない。しかし、後続助詞が「に」をとって いる点をもって考えると、ここでの「新築などの場合」は、単純にどんな状況 において「赤色を使うのは避ける」という行為をすべきかを提示していると考 えられる。特に(20)のように「は」を後続する用法と比べると分かるよう に、「出産の場合は p1色を避けるべき」、「還暦の場合は p2色を避けるべき」の ように、他の状況を暗示するニュアンスはこの文では弱いといえる。
今回の調査によると、このような用法は全て「条件文と言い換えられない」 ものとなっている7。この点で、助詞「に」と共起して起こったこういう範列 意識の弱化現象は「場合」の名詞句用法を「条件文と言い換えられない」よう にさせる理由ではないかと考えられる。範列意識の弱さによって、項目間に起 こりうる「対比性」が弱くなり、結果的に「誘導推論」を引き起こすことも難 しくなり、条件文と言い換えられないようになったのであろう。 確かに、<範囲>を表す 4 語は、実質的名詞として名詞句を構成する際に構 成した文から条件的意味を読み取れない。例文として、(24)と(25)をあげる。 【「以上」の名詞句用法】 (24) この子を抱くのにあなた以上にふさわしい誰が他にいましょうか。 (私に啓示された福音) 【「あたり」の名詞句用法】 (25) 桜前線ははるか東北のあたりまで進んでいた。 (天保山夢の川さらえ) 例文が示すように、前者の「以上」は「∼より上」という意味を表し、後者 の「あたり」は「∼を中心とする漠然的な範囲」の意味を表しており、いずれ も範囲といった実質的意味しか表していない。それは、劉(2020 予定)で明 らかにしたように、< 範囲 > を表す 4 語での「範列意識(執筆者注:劉(2020 予 定)では「副詞的性格」と呼んでいる)」は、実質的意味の希薄化に従って前景化し た機能であり、実質的名詞用法段階では働いていないからである。 6. 「接続辞化プロセス」からみる<範囲>を表す 4 語との異なり 5.2 節では、「場合」の < 範囲 > を表す 4 語と本質的に異なるところは、実 質的名詞として元々範列意識を有するという点であると明らかにした。本節で は、別の観点、「接続辞化プロセス」という点から「場合」と「あたり」「点」 「以上」「かぎり」4 語の相違をみる。 表 4にみられる、「場合」の名詞節用法における条件文的用法の少なさに注 目されたい。名詞から接続辞へと変化する過程の中で、接続辞用法に近くなれ ばなるほど、当該用法で条件文と類似するものを多く観察できるはずである8。 劉(2020 予定)によると、「あたり」「点」「以上」「かぎり」の接続辞化プ ロセスは図 1 のようになる。図 1 のように、4 語の接続辞用法は形式名詞節用
法によって派生したのである。これを上で述べた考え方に置き換えて解釈すれ ば、「接続辞化にあたって、名詞節用法は接続辞用法に最も近いので、条件文 的用法が多く観察されるはず」ということになる。しかも、実際に「以上」と 「かぎり」の場合、形式名詞節用法は接続辞用法と同一視でき、「条件文と言 い換えられる」ものの比重が 100%に達している9。 もし「場合」が<範囲>を表す 4 語と同じく、図 1 のように名詞節用法に よって接続辞用法を派生したのならば、名詞節用法において条件文的用法の比 重が 29.8%というほど少ないはずがない。それに対して、5.1 節で述べたよう に、4 つの用法の中で、副詞句用法が条件文的用法を最も多く有している。こ の 2 つの現象を合わせて考えると、「場合」では下記の図 2 のように、接続辞 用法は名詞句用法から名詞節用法を経てではなく、副詞句用法を経由して派生 した可能性が高い。 <範囲>を表す 4 語と異なるプロセスによって接続辞化することは、「場合」 に元々存在する「範列意識」と関わりがあげられるだろう。確かに、振り返って 名詞節用法をみると、前述の(11)と(12)のように、範列意識の存在を否定で きないが、同範列にある他項目が暗示されていると考えにくい例文も多い。下 記の(26)もその一例である。「ひとつの病気に対して複数の治療法が存在する 場合」は単純に節をとって最近出た新状況を詳しく述べるものであり、他の状況 を暗示したり、条件的意味を表したりするニュアンスがみられない。それに対し て、副詞句である(27)では「マイホームの場合」と「クルマの場合」との対比 性が強く、名詞句用法から範列意識をそのまま受け継いでいると考えられる10。 「 語 や 句 」 節 」 名 詞 性 副 詞 性 語 彙 的 意 味 が 働 く 基 本 的 用 法 語 彙 的 意 味 が 希 薄 化 し た 派 生 的 用 法 形 式 名 詞 節 用 法 < 範 列 条 件 関 係 > を 表 す 接 続 辞 用 法 前 接 要 素 の 節 化 対 象 と し な い (ex.明 後 日 あ た り 出 来 る ら し い) 実 質 名 詞 節 用 法 前 接 要 素 品 詞 性 「 図 1 <範囲>を表す 4 語の接続辞化プロセス
【条件性「×」−名詞節用法】 (26) 最近の医療技術の進歩により、ひとつの病気に対して複数の治療法が 存在する場合が多くなりました。 (プライベートドクターを持つということ) 【条件性「〇」−副詞句用法】 (27) クルマだったら欲しい車種の値段はすぐにわかる。定価が決まってい るからね。ところがマイホームの場合、相場はあるが定価はない。同 じ物件はふたつとないからね。 ((13)再掲) 7. 「範列の在り方」からみる<範囲>を表す 4 語との関係 劉(2020 予定)によると、「以上」「かぎり」「あたり」「点」4 語は同様に範 列条件関係を表す接続辞となるが、「範列にある項目の数や関係」の異なりに よって 2 つの類型に分けられる。「以上」「かぎり」の 2 語は、範列内に相反関 係にある 2 つの項目しか存在しない点で「相反項目選択類」と呼ばれるのに対 して、「あたり」「点」の 2 語は、同類関係にある項目を複数持つ点で「多項目 選択類」とされた。 また、そういう「範列の在り方」からみられる違いは、構成した複文での条 件性に影響を与えていて、結果的に、多項目選択類と比べて、相反項目選択類 は「以上」を例とすると「P である以上、Q である」を表すと同時に「¬ P で ある以上、¬ Q である」が裏に暗示され、条件文のもつ誘導推論を成立させる 点で、条件性をより強く表せる。このように「範列の在り方」と「条件性の強 「 語 や 句 」 「 節 」 名 詞 性 副 詞 性 名 詞 句 用 法 名 詞 節 用 法 接 続 辞 用 法 品 詞 性 副 詞 句 用 法 前 接 要 素 図 2 「場合」の接続辞化プロセス
弱」との関係性も提示したが、これを表でまとめると、表 5 のようになる。 では、「場合」の場合、「範列の在り方」はどのようになっているだろうか。 今回の調査では(28)のように、状況を複数並べるというような例文が多 くみられた。このような用法が存在する以上、範列の在り方は項目の数が「複 数」となり、項目間の関係性が「同類関係」であると考えならなければならな いだろう。 (28) 一つのセルに複数の割引率を設定できないでしょうか?たとえば百個 の商品購入の場合は 6%引き。二百個の場合は十%引き。六百個の場 合は二十%引きという風にです。 (Yahoo! 知恵袋) 従って、表 5 で示す 2 類型のどちらに入るかというと、「多項目選択類」の 方に属するものとなる。しかし、条件性という面から考えると、先行研究で条 件形式と位置付けられたように、「場合」は「あたり」「点」と異なり、決して 条件性の弱い接続辞ではない。 つまり、表 6 のように、接続辞「場合」は範列の在り方という点で「多項目 選択類」に入るが、構成した複文に強い条件性が読み取れ、「相反項目選択類」 と似通う側面も有する、と位置づけられる。 では、なぜ「場合」が「あたり・点」と異なって強い条件性を表せるのだろ うか。この点について、仁田(2004)が主張する「対比性」がポイントとなる と考えられる。2.2 節で述べたように、仁田氏は「対比性」と条件文のもつ「誘 類型 該当形式 項目の数 項目間の関係 構成した複文の条件性 相反項目選択類 以上・限り 2つ 相反関係 強 多項目選択類 あたり・点 複数 同類関係 弱 表 5 < 範囲 >を表す 4 語からみられる「範列の在り方」や「条件性の強弱」 類型 該当形式 範列の在り方 構成した複文の条件性 相反項目選択類 以上・限り 2 項目−相反関係 強 多項目選択類 場合 多項目−同類関係 強 あたり・点 多項目−同類関係 弱 表 6 「場合」が範列条件関係を表す接続辞体系においての位置づけ
導推論」と類似性を議論の中心としていて、そもそも「対比性」とは何なのか までは追究しなかった。そこで、本稿は仁田(2004)の結論を尊重する立場に 立ちながら、別の観点、つまり「範列の在り方」という観点から「対比性」へ のアプローチを試みてみたい。なお、同じく 2.2 節で佐野(2008)を述べる際 に、本稿における「対比性」とは「場合」節において「選ばれた事態」と「選 ばれなかった事態」が形成する関係であると述べた。以下の検討はそれに基づ いて行う。 下記(29)のように、「対比性」は名詞「場合」にすでに存在すると考えら れる。 (29) 車でお越しの場合は駐車料金二百円が必要。 (広報ながさき) この文での範列は「イベントにお越しの手段」である。項目として、例文で とりあげた「車」以外に、「地下鉄」「自転車」「徒歩」など多くが存在するは ずである。仮にイベントのスタッフが上記 4 つのみ想定していたとすると、い わゆる「対比性」とは「車」と「地下鉄・自転車・徒歩」が形成する関係を指 しており、しかも、関係の内実は「車」を肯定するのに対して他の 3 者を否定 するものと考えられる。つまり、仁田(2004)でいう「対比性」は厳密に示す と、範列の項目を前接要素に取り上げられたか否かによって二分化し、選ばれ た片方を肯定し、選ばれなかった片方を否定するという「是⇔非」の相反関係 と理解すべきである。 この「対比性」は「場合」が接続辞になっても受け継がれる。同類関係にあ る複数の事態を二つの相反関係にあるグループに分けて片方を取り上げるとい うようにその働き方をまとめることができる。相反関係にある 2 つの事態から 片方をとりあげて働く「以上・かぎり」とかなり類似性がみられる。 確かに「あたり・点」にはそういう「対比性」が見当たらない。例えば次頁 の(30)のように、「色流れを起さない(p1)」以外にレーキの特性「p2・p3・ p4」も多く存在するが、文面から「p2・p3・p4」に関しての評価を読み取れな い。その理由はまさに「あたり・点」は「p2・p3・p4」の存在を暗示するだけ であり、「場合」のように「p1」と「p2・p3・p4」を関係づける機能を備えてい ないからである。
(30) レーキは不溶性ゆえ、色流れを起さない点、有利。 (食品加工活用術) 8. まとめと今後の課題 本稿は同じく範列条件関係を表す接続辞でありながら、<状況>を表す「場 合」は<範囲>を表す「以上」「かぎり」「あたり」「点」4 語とどう異なるの かを明らかにした。その結果を示すと、以下の 3 点となる。 Ⅰ 最も大きな相違は語彙的意味に範列意識が含まれるか否かという点にあ る。「場合」は複数の項目から特定の 1 項目をとりあげて状況として提 示する名詞として、語彙的意味に「範列意識」が存する。それに対し て、「以上」「かぎり」「あたり」「点」の語彙的意味は<範囲>の意味し か存在せずに、複数の項目を想定する「範列意識」は語彙的意味が希薄 化してはじめて現れるのである。 Ⅱ 接続辞化のプロセスという観点からも相違点がみられる。「範列意識」 をもつ「場合」では「接続辞用法」が「副詞句用法」によって派生する のに対して、< 範囲 > を示す 4 語では「名詞節用法」によって「接続 辞用法」が派生するとみられる。 Ⅲ 範列条件関係を表す接続辞体系での位置づけとして、「場合」は「以上・ かぎり」と「あたり・点」の中間に位置すべきと考えられる。なぜな ら、範列にある項目の数という点からみれば、「場合」は多項目選択類 に属し、「あたり・点」と類似している。しかし、構成した複文に条件 性の強弱という点からみれば、「場合」は強い条件性を有しており、「以 上・かぎり」と類似している。 今後は<範列条件関係>を表す接続辞には「以上」「かぎり」「あたり」「点」 や「場合」という 5 語以外に他の語があるのかを中心として、<範列条件関係 >を表す接続辞の体系をさらに充実させていきたい。 注 1) 接続辞の定義については、本稿は節を受けて助詞を介せずに主節に直接かかっ ていく「場合」のみを接続辞と認める立場に立つ。しかし、タイプⅠとⅡの先 行研究を見る限りでは、全て本稿と違って「P である場合には / は Q である」
のように「には」「は」と共起する「場合」をも接続辞と認めている。 2) 仁田(2004:31)のあげている各用法の例文を示すと、以下のようになる。 (ⅰ) 明日、天気がよければ、散歩に行く。 (仮定条件) (ⅱ) 水が蒸発すると、体積が増える。 (一般条件) (ⅲ) お金があったら、パソコンを買った。 (反事実条件) (ⅳ) 10 時になったら、仕事をやめよう。 (確定条件) (ⅴ) 箱を開けると、クッキーが入っていた。 (事実的条件) 3) 本稿でいう「場合」文は全て接続辞としての「場合」の文を指す。 4) 「このまま P 場合、Q が起こりうる」という特定の構文をとれば、「場合」は d) 既定条件を表すことが可能であるという。アリ・アルダディ(2014:11)では その証拠として下記の例文をあげている。 市民生活に影響はないというが、このまま雨が降らない場合、9 日ごろには給水制限 などを実施した 99 年の渇水よりも深刻な状況になるという。 (朝日新聞 2007/02/03) 5) アリ・アルダディ(2014)では前田(2009)の「仮説的条件」を「典型的な仮 定文」と呼んでいる。 6) 以下、<状況>と区別して「状況」あるいは括弧をつけないで使う際は、事柄 が生じる際に当該事態を取り巻く環境のありさまという一般的な意味を指す。 7) 「Nの場合に」文は全て「条件文と言い換えられない」のであるが、「条件文と 言い換えられない」名詞句用法には「N の場合に」文しか存在しないとは限ら ない。例えば、以下の 2 つの場合も今回の調査で「条件性×」と判定されてい る((ⅰ)は「N の場合と」、(ⅱ)は「N の場合の」となっている)。 (ⅰ) 隅田川東岸の田園地域をおとずれるというのは、すなわちそういうことであ り、正月の隅田川七福神参りの場合と同じである。 (江戸東京歳時記) (ⅱ) 手持ちタイプの場合の問題は、観光地では徒歩で回る場合が多いので、転倒時 などに備えて両手が空いていたほうがいい。 (Yahoo! 知恵袋) 8) この点で、副詞句、副詞節、名詞句や名詞節用法それぞれにおいて条件文的な 用法が占める比重をみる方法は「場合」の接続辞化プロセスを明らかにする際 に有効であると考えられる。しかし、この方法を通しては「場合」の接続辞化 プロセスの在り方を側面から推察することしかできない。接続辞化プロセスそ のものの解明には至らない。 9) 「以上」の形式名詞節の例文として「我等は世に生れたる以上は、世に対する義 あり。(最後の 「日本人」)」があげられる。「我等は世に生れたるなら、世に対 する義あり」のように、「以上は」を典型的接続辞「なら」に言い換えても意味
がほぼ変わらないと言えるだろう。 10) 「場合」の接続辞化プロセスが実際に図 2 のようになるか否かについてはもう 少し詳しい検証が必要だろう。今後の課題としたい。 参考文献 アリ ・アルダディ(2014)「条件文の周辺形式「場合」の用法と主節のモダリティ について」『語学教育研究論叢』31,pp.1-18, 大東文化大学語学教育研究所 工藤 浩(1976)「「もし線路に降りるときは」という言い方」『言語生活』299,pp.84-85, 筑摩書房 グループ・ジャマシ(1998)『日本語文型辞典』くろしお出版 佐野 裕子(2008)「「場合」に関する考察−接続助辞用法を中心に−」『日本語文法』 8-2,pp.140-155, 日本語文法学会 仁田 円(2004)「条件文の周辺形式「場合(には)」と「かぎり(は)」について− 時間を表す文との関連を中心に−」『大阪大学留学生センター研究論集 多文 化社会と留学生交流』8,pp.37-53, 大阪大学留学生センター 前田 直子(2009)『日本語の複文−条件文と原因・理由文の記述的研究−』くろし お出版 森田 良行(1980)『基礎日本語 2』角川書店 葉懿 萱(2010)「「場合」に関する一試論−一般条件をめぐって−」『東呉日語教育 學報』34,pp.62-84, 東呉大學日本語文學系 劉川 菡(2020, 掲載予定)「<範囲>を表す名詞の接続辞化について―「あたり」「点」 「以上」「限り」を対象として―」『国語学研究』59,国語学研究会 渡邉 文生(1991)「「∼した場合」構文の意味特徴」『計量国語学』18-1,pp.1-8, 計量 国語学会
Inv
estigation of
,
a Noun Indicating Situation,
as a Subordinating Conjunction in Modern Japanese
Chuanhan LIU
In modern Japanese, can be used as both noun and subordinating conjunction. When used as a noun, it means situation,while as a subordinating conjunction, it mainly constitutes conditional sentences. This paper focuses on the following two questions: How does turn from a noun to a subordinating conjunction and Why the complex sentence made of can indicate the grammatical meaning of condition when turns from a noun to a subordinate conjunction?
This paper argues that (noun) semantically can be understood as the meaning of situation, but it is also a process of choice. In other words, when indicates the meaning of situation, it must be the best choice based on a variety of situations, and this is essentially why can constitute conditional sentences.
In modern Japanese, word such as , , , and are subordinating conjunctions as the same as . Also, differences between and the above four words will be further discussed in this paper.