磁気共鳴イメージング装置の安全性
荒 木 力 山梨医科大学放射線医学教室 磁気共鳴イメージング(magne£ic resonance imaging.MRめは核磁気共鳴(nuclear magne− tic reso照nce−NMR)を利用した画像診断であ る。1970年代末期から開発が進み,本邦でも1982年に始めて臨床MRI装置が認可され
だ}2>(図1)。その後,信号雑音比(S/N), 空問分解能,時間分解能の追及に伴って,静磁場や傾斜磁場強度も上がってきた。MRIは
CTのように電離放射線を使用する装置ではな いので,いわゆる“放射線被爆”は存在しない が,磁気に関しては放射線ほどに研究が進んで おらず,その生物に対する影響については不明 な点も少なくない。ここでは,日常的にMRI 装概で患者の検査を施行している立場から,そ の安全性についてまとめることにする。 MR1装置は,静磁場用磁石,傾斜磁場コイル, 高周波発生装置および送信用コイル,受信用ア ンテナ(送信用コイルと同じでもよい),これ らの制御と画像構成のためのコンピュータシス テム,さらに患者用寝台などから構成されてい る(図2)。静磁場用磁石には永久磁石,常伝 導電磁石および超伝導磁石がある。一般に0.3 T以上の静磁場強度を得るには超伝導磁石が必 要である。ちなみに山梨医科大学付属病院放射 線部に設置されているMR王診断装置は超伝導 磁石によって,静磁場!。5Tに保たれている。 このようなMRI装置の構成から, MRI検査の 安全性に関しては,1)静磁場,2)傾斜磁場, 3)高周波,4)その他,について考える必要が ある。 〒409−38 山梨県中巨摩郡玉穂町下河東1110 受付:1995年7月13懸 受理:1995年7月28日 1)静磁場 静磁場(sta挽ma即etlc 6eld)の人体に対す る影響は,a)静磁場自体の生物学的効果とb) 物理的効果に分けられる。 a)生物学的効果(biologlcal e{fect) 静磁場が生体にどの様な生物学的影響を及ぼ すかに関しては,様々な生物を使ってDNAや 染色体異常から心機能や行動異常まで,多くの 研究がなされているが,もっとも意見の分かれ る分野である。培養リンパ球の染色体異常の増 加3>,鶏や蛙の胎児奇形の増加4陶,膵島から のインスリン分泌異常6>や心拍間隔の変化7)な どの報告はあるが,現在認可されている範囲(厚 生省:1.5T, FDA:2.OT)で人体に対し確 固たる再現性のある影響は認められていない。 しかし,妊娠初期の胎児(胎芽)に対する影響 は懸念されるため,この時期におけるMR夏は 見合わせるべきと考えられる. b)物理的効果(physical effecの これには,強磁性体(ferromagnetic sub− stance)に静磁場が及ぼす機械的な力と,電磁 気学的な影響とがある。機械的な力は回転力(ト ルク)と吸引力とに分かれる。回転力は,強磁 性体の長軸を静磁場方向(多くの装澱では患者 の長軸方向と一致する)に平行に向けようとす る(例えば,スパナの長軸を静磁場方向に平行 とする)力で,均一な磁場(例えばガントリ∼ 内)でも働く。これに対し吸引力は,磁石が釘 を引き付けるのと同じで,磁場勾配がある部分 だけで働く。ガントリー内(実際に撮像する部 位)では磁場は基本的に均一であるから吸引力 は無視できるが,その周辺では,磁場勾配があ るため,強磁性体をガントリー方向に引き付け1A 1B 図1.MR画像の進歩 A:1982年本邦初の臨床MRI装置によるT1強調像(0.12 T,常伝導), B:1993年の T1強調像(0.5T,超伝導) る。ここで考慮しなければならないのは,自己 シールド型や永久磁石のMRI装置である。こ れらは静磁場用磁石周囲の漏洩磁場を低く押え てある。一見極めて安全のようである。事実, 静磁場用磁石から,ある程度離れた所ではほと んど吸引力は働かない。しかし,近いところで
傾斜磁場コイル 静磁場コイル RF:コイル 穰.・難 欝 霊 鍵,v鞭.
細
図2.MRI装置の構造 は(静磁場強度が同じであれば),それだけ強 い磁場勾配が存在することになるから,より強 い吸引力が働くことに注意すべきである。 このような静磁場が強磁性体に働く機械的な 力は,体内に埋め込まれたもの(動脈瘤クリッ プ,人工関節,眼内異物,金属コイルなど)を 移動させたり,脱落させる危険性があるため, MRI検:査前に,これらが強磁性体か否かを確 認、して置く必要がある。 また,MRI室でも,他の検査室と同様,患 者の急変に迅速に対処できなければならない。 MRI室で,気管切開,気管内挿管,点滴,な どの救急医療が行えるように機器を用意して置 く必要がある。もちろん,これらはすべて,ア ルミニウム・セラミックなどの非強磁性体でな ければならない。 もう一つの静磁場による物理学的影響は電磁 気学に敏感な医療機器に対するものである。こ の中で最も問題となるのは,心臓ペースメイ カーである。とくにこれに組み込まれている リードスイッチ(reed.switch)は, MRI装置 に近づくとユ00%誤作動するとされており8), 十分な注意が必要である。MRI装置周辺には 静磁場が5ガウス(0.0005T)をこえる境界を 線で明示して注意を喚起することになってい る。また,リード線がアンテナとして働き,高 周波に反応して頻回の刺激を送ってしまうこと も実験的に知られている9)。同様の高周波に対 する反応は,体内埋め込み式除細動装置や体内 に取り残されたペースメーカーリード線でも知 られている。また患者に対する直接の影響では ないが,静磁場内では心電図等の機器が正しく機能しない(例えばT波の上昇)ことも知られ ている。さらに,最近急速に普及しているクレ ジットカード,プリペイドカードなどの磁気 カードやフロッピーディスクの記憶が消去され てしまうから,患者,医療従事者ともに,これ らをMRI室に持ち込まないように注意が必要 である。 2)傾斜磁場 MR王では高速に傾斜磁場の℃n−offを繰り返 す。これは導体(人体もその一つ)に誘導電流 を発生させる(Faradayの電磁誘導)。誘導電 流による人体への影響は,発熱作用と直接作用 に分けられる。傾斜磁場のon−offによる熱エ ネルギーは低く,発熱の作用は無視できる。直 接作用としては,神経細胞や筋細胞刺激,心室 細動や癩廟および網膜または視神経刺激による 閃光(磁気閃光)誘発などがある。これは,磁 場変化率(dB/dt),導体断面積,電気伝導度 が大きいほど強くなる。現在使用されている MRI装置の傾斜磁場強度は0.01−0。015 T/m で,0.ひ1msでon−offされるから,静磁場の 中心点から25cm地点における磁場変化率は 2.5−7.5T/sとなる。また,人体における誘導
電流はLOT/sにつき1μA/cm2程度とされ
るlo>から,通常のMRIにおける傾斜磁場の on−offに伴う誘導電流は,10μA/cm2以下と考 えられる。神経細胞活動電位誘発には約3,000 μA/cm2,心室細胞誘発には約!00−1,000 μA/cm2は必要とされるから10>,現在認可され ている範囲(表!)で撮像している限りまず問題にはならないであろう。磁気閃光は!7
μA/cm2で誘発されるという報告もあり,実際 に4Tの実験装置で経験されている。しかしな がら,MRIの現時点での限界(例えば時間分 解能の低さ)を克服し,より有効な診断法とす るために,傾斜磁場強度をあげ,echo−planar 法のように,さらに高速に傾斜磁場のon−offを切り換える方向にMRI技術は向かってい
る。こうなると,体内に誘導される電流が一段 と高くなり,十分に安全といえる範囲を逸脱し かねない。人体に対する影響を十分に認識し, 責任を持ってMRIを施行しなければならない (第1次水準管理操作モードとして表!とは別 の基準がある)。磁気閃光は,MRIが生体に重 大な影響を与える前のよい警告になるであろう。 3)高周波 MRIで利用される電磁波の周波数は, MHz のレベル(lH.MRIの場合,静磁場強度鷲1.O Tで42。6MH:z)で,無線,ラジオ,テレビに 利用されている領域と同じで高周波と呼ばれる。 X線やγ線はもとより,紫外線,赤外線,可視 光線と比べても,著しく周波数が低い(波長が 長い)ため,電離作用はなく,いわゆる(電 離)放射線被爆はない。しかし,瞭offされる 傾斜磁場と同様,磁場が変化するから,そのた めの直接作用と発熱作用を考慮する必要がある。 傾斜磁場の変化は,多くても2,000Hz程度で あるが,高周波の周波数は(電磁波としては低 いが)これより遙かに高い。逆に高周波の磁場 としての強度は,傾斜磁場より遙かに低い。こ のため,傾斜磁場では,直接作用が問題で,発 熱作用は無視できたのと反対に,高周波による 生体への直接作用は傾斜磁場におけるよりも, 小さく,明瞭ではないが,その発熱作用が問題 となる。高周波により蓄積される電力は比吸収 率(SAR.speci丘。 absorption rate)によって表 され,その単位はW/kgである。通常のMRIにおけるSARは平均して2W/kg以下とされ
るが,局所的には3W/kgをこえることもあ る。SARは高周波の周波数,振幅,印加時間, コイルの種類,組織の電気抵抗などによって複 雑に影響される。また体内では温度調節機構が 働いているから,これがそのまま体温上昇に繋 がるわけではない。また体温調節機能も,外界 の条件(温度,湿度,通風)によって影響され る。このため,実際にどの程度の熱量が体内で 発生し,どの程度が体温調節機構によって処理 されているのか算出するのは困難であるが,こ れまでのMRIによって,臨床的に有意な発熱 があったという経験はない。しかし,体温調節 機能の低い幼児や,熱に弱い精巣や水晶体の検 査には注意する必要があろう。急性症状は経験表1.厚生省およびFI)AのMRI安全基準(通常操作モード)*4 !)静磁場強度 2)磁場強度変化率 3)RF発熱(SAR) 4)騒音 5)“使用上の注意”の 記載(磁場区域) 0.15T以上,!.5丁以下*1 以下の3項目のいずれかに該当するもの (1)装置の最大dB/dt値が,6T/秒以下であるもの (2)軸方向の変化率が γ≧120μsにおいて*2 dB/dt値く20 T/秒 または !2μs<γく120μsにおいて dB/dt値く2400/γ(μs)T/秒 または γ≦12γsにおいて dB/dt値〈200 T/秒 でありなおかつ 横方向の変化率が 上記の軸方向についての数値の3倍を超えないもの (3>最低3倍以上の安全係数を見て,その装置の単位時間あたり磁場強度変化 率が末梢神経の刺激を引き起こさないことを示すこと。この場合の磁場強 度変化率(dB/dt値)の計算上十分な根拠に基づいた最大予測値が上記の 2つの制限値のどちらかを下回ることを明示できるもの. 以下の3項目のいずれかに該当するもの (1)全身で SAR≦0.4W/kgさらに 体内のいずれの場所でも組織!g SAR≦8.OW/kgさらに 頭部で SAR≦3.2W/kg(平均) または (2>RF磁場による映射が体幹部に於いて1℃以上の温度上昇を招かないこと. 及び局部的な体温が頭部で38。C,体幹部で39℃,四肢で婆OQCをそれぞれ 超えないこと. または (3>上記のいずれにも該当しない場合には,インタロック機能を具備するか, または計算上十分な根拠に基づいて,実際の想定値が安全上問題無いこと を示さなければならない. 該当の装置によって発生する騒音の制限値はOSHA(Occupation Safety and Health Administrat玉on)が設定している勧告値(エ日8時問平均で90 dBA, 1時間平均で105dBA,ピーク値で104 dBA)を下回っていなければならない. 騒音が上記の制限値を超える場合には,機器の申請者は患者の感じる騒音の レベルを削減もしくは軽減する手段を示さなければならない. 10ガウス以上の磁場区域内に入る心拍ペースメーカーもしくはその他の体内 埋込型電子機器装着者の危険性.*3 *1:FDAでは2T以下 *2:γは立ちあがり時間 *3:5ガウスに訂正される予定 *4 この他に第i次水準管理操作モードと第2次水準管理操作 モードがある されていないが,慢性的な影響(不妊・白内 障〉は否定できないからである。また,傾斜磁 場の項でも述べたように,傾斜磁場とともに高 周波も短時間のうちに何回も照射する撮像法が 発表されている。これらの導入にあたっては十 分な配慮が必要である。 電気伝導度の高い金属線(心電図,プレシス モグラフィ,表面コイルなどのリード線)には, 高周波によって大きな電流が誘導され,高熱を 発生することがあり,実際に撮像中の患者が直 接触れて火傷を負った例が報告されている11)。 裸の金属が患者に触れることのないように注意 しなければならない。 4)その他 a)超伝導磁石のクエンチ 超伝導装置では,静磁場磁石コイルを極めて
低温に保たなければならない。このために,液 体ヘリウムが使われ,補助的に液体窒素を利用 する装置が多い。これらがコイルとともに低温 保持装置(cryostat)内に密封され,コイルを 超伝導状態に保つ。何らかの原因で温度が上昇