商業登記の一般的効力と外観保護規定
著者
吉本 健一
雑誌名
法と政治
巻
63
号
1
ページ
45(300)-70(275)
発行年
2012-04-20
URL
http://hdl.handle.net/10236/9565
Ⅰ は じ め に 商法9条1項は,「この編の規定により登記すべき事項は, 登記の後で なければ, これをもって善意の第三者に対抗することができない。登記の 後であっても, 第三者が正当な事由によってその登記があることを知らな かったときは, 同様とする。」と定め, また会社法908条1項は同様に, 「この法律の規定により登記すべき事項は, 登記の後でなければ, これを もって善意の第三者に対抗することができない。登記の後であっても, 第 三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは, 同 様とする。」と定める。本稿は, この商業登記の一般的効力を定める規定 と外観保護規定(主として表見代理に関する民法109条, 112条, 表見支 配人に関する商法24条および会社法13条, 表見代表取締役に関する会社 法354条ならびに表見代表執行役に関する会社法421条を想定する)との 関係を検討するものである。 論 説
本 健 一
商業登記の一般的効力と
外観保護規定
Ⅰ は じ め に Ⅱ 問題の所在 Ⅲ 検 討 Ⅳ お わ り に周知のようにこの問題については, 判例を巡って学説上多くの議論がな されてきたが, なお通説的見解の形成には至っていない。したがって, 本 稿における考察が, さらにこの問題に関する議論の進展に, なにがしの寄 与をする余地があるのではないかというのが執筆の動機となっている。ま た, その過程において, 加藤徹教授がこの問題の解明に学問上果たしてき た貴重かつ先駆的な貢献を明らかにしたいと考える。 Ⅱ 問題の所在 1 この問題の発端は, 最高裁第2小法廷昭和49年3月22日判決(民 集28巻2号368頁)である。同事案は, Y株式会社の代表取締役を解任さ れたAが, その代表取締役退任および代表権喪失の登記後に, 会社代表印 および取引銀行から入手した手形帳を利用してY会社名義を冒用して約束 手形を振り出したケースで, 当該手形を白地裏書により取得した原告Xが Y会社を被告として, 手形金の支払を訴求したものである。原審が (1) , 本件 手形の受取人Bは商法上代表権喪失の登記を対抗される善意の第三者であ り, かつ民法112条の善意の第三者に当たるとし, その過失を認め得る証 拠がないと (2) して, 代理権消滅後の表見代理(民112条)によるY会社の責 任を認めたことに対し, Y会社が原判決には論理の転倒がありその理由に 齟齬があるとして上告した。 最高裁は,「商法は, 商人に関する取引上重要な一定の事項を登記事項 と定め, かつ, 商法12条において, 商人は, 右登記事項については, 登 記及び公告をしないかぎりこれを善意の第三者に対抗することができない 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (1) 大阪高判昭和47年10月31日民集28巻2号381頁。 (2) 手形取引は迅速を要するものであり, その都度, 商業登記簿を調査し なかった一事をもって過失があるものとするわけにはいかない, とする。 民集28巻2号383頁。
とするとともに, 反面, 登記及び公告をしたときは善意の第三者にもこれ を対抗することができ, 第三者は同条所定の「正当ノ事由」のない限りこ れを否定することができない旨定めている(もっとも, 昭和24年法律137 号「法務局及び地方法務局の設置に伴う関係法律の整理に関する法律」附 則10項により,「商法12条の規定の適用については, 登記の時に登記及び 公告があったものとみなす。」こととされている。)。……ところで, 株式 会社の代表取締役の退任及び代表権喪失は, 商法188条及び15条によって 登記事項とされているのであるから, 前記法の趣旨に鑑みると, これにつ いてはもっぱら商法12条のみが適用され, 右の登記後は同条所定の「正 当ノ事由」がないかぎり, 善意の第三者にも対抗することができるのであっ て, 別に民法112条を適用ないし類推適用する余地はないものと解すべき である。」と判示し, 本件Xは, BがAより本件手形の交付を受けた際, 右代表権の喪失につき善意であり, かつ商法12条所定の「正当ノ事由」 があったことを主張立証することによってのみY会社に右手形金を請求す ることができるにとどまり, Bの善意無過失を理由に民法112条を適用な いし類推適用してY会社の表見代理責任を追及することは許されないと判 断し, 原判決を破棄し, 右「正当ノ事由」があったか否かを審理させるた めに事案を原審に差し戻した。 (3) しかし, この判決は, 株式会社において共同代表の定め(平成17年改 正前商法 (以下「旧商法」という) 261条2項) および登記 (旧商法188条 2項9号, 15条)がある場合に, 共同代表取締役の一人が単独代表権が あるかのような外観をもって取引を行った場合に, 旧商法262条を類推適 論 説 (3) 本判決は, 実質的に見るとそれ以前の最高裁判例の立場とは異なると 思われる。代表取締役退任登記後の取締役の手形振出に関し, 民法112条 の主張があるものと認め, 原判決に判断遺漏があるとして破棄差し戻した ものとして, 最判昭和29年3月23日判タ39号54頁がある。
用して会社の責任を認めた最高裁判例(最判昭和42年4月28日民集21巻 3号796頁および最判昭和43年12月24日民集22巻13号3349頁))と矛盾す るのではないかとの疑問を生じさせることとなり, 学説上多くの議論がな されてきた。 (4)(5) 2 この問題に関する従来の議論が錯綜し, 帰一するところを知らない という状況は, 本稿の立場によれば, 関連する3つの論点が明確に意識さ れることなく, 渾然一体的に議論されてきたことにその原因の一つがある と考えられる。それらの論点とは, ①商業登記の一般的効力に関する商法 9条1項・会社法908条1項の意義ないし把握の仕方, ②商業登記の一般 的効力と外観保護規定の関係, ならびに③商業登記事項の意義, の3点で ある。このうち, ②の論点こそが本稿の主題であるが, ①はその前提とな る論点であり, また③は②の論点を考えるに当たって欠くことのできない 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (4) もっとも, 昭和49年最高裁判決は, 事例的に見ると, むしろ代表取締 役の退任登記後の手形振出行為に関して, 旧商法12条の主張を退け同法 262条の適用により振出人の責任を認めた最判昭和39年6月12日金判529号 234頁との関係が問題となると思われる。 (5) 商業登記の効力と外観保護規定の関係とは別に, 当該事案の解決の妥 当性という観点から昭和49年最高裁判決を見た場合には, その結論は必ず しも不当とはいえないように思われる。本件Y会社は, Aの行為は代表取 締役の僣称・冒用行為であり, Y会社には帰責事由がないと主張している からである(Y会社は, Aの解任後当該解任の無効を主張するAに対し, 本件手形振出前に, 会社手形帳および代表取締役印等を執行官に保管させ ることを命じた帳簿等占有移転禁止仮処分決定に基づき執行を行ったが, Aがこれを隠匿したために徒労に終わったという)。本件において, Xが 旧商法262条(会354条)の適用を主張した場合には, Y会社に帰責事由が ないとされる余地もあると思われ, Xが同条ではなく, 民法112条の適用 を主張しているのは, そのような事情があったからかも知れない。浜田道 代「商業登記制度と外観信頼保護規定(2)」民商81巻1号72頁以下(1979), 9192頁参照。
重要な論点である。 ところが, 従来の学説は, とくに①の論点と②の論点を一緒に取扱い, さらに③の論点を独立した論点として意識することなく, これらを一体的 に議論してきた。そのために議論が混乱し, あるいは錯綜してきたところ がある。たとえば落合誠一教授は, ①の論点につき悪意擬制説に対立する 見解(後述する対抗力制限説)を異次元説と呼んでおられる (6) が, 適切とは 思われない。また, ②の論点につき異次元説を採る浜田道代氏(名古屋大 学名誉教授)は, ①の論点に関する絶対的探知義務と悪意擬制説を廃棄す れば, ②の論点に関する他の学説は不要になる, と説かれるが, (7) 必ずしも そうでないことは後に見るとおりである。本稿の立場からすれば, これら の見解は前記3つの論点の区別が十分意識されていない嫌いがある。以下 では, これらの論点を順次検討する。 Ⅲ 検 討 商業登記の一般的効力 1 商業登記の一般的効力については, 従来, 登記前の効力を消極的公 示力(善意者に対する登記前の対抗不能), 登記後の効力を積極的公示力 (正当事由のない善意者に対する登記後の対抗力)と呼び, 積極的公示力 の根拠につきいわゆる悪意擬制説と呼ばれる立場が通説的見解であった。 (8) 論 説 (6) 落合誠一「商業登記の効力」法教287号38頁以下(2004), 41頁。 (7) 浜田道代「商法12条と外観信頼保護規定」北沢正啓=浜田道代編『商 法の争点Ⅰ総則・会社』12頁以下(1993), 13頁, 同「会社代表と商法12 条・14条」竹内昭夫編『特別講義商法Ⅱ』1頁以下(1995), 8頁参照。 (8) 竹田省「商業登記の効力」 商法の理論と解釈』3頁以下(初出 1910), 大隅健一郎『商法総則』(新版, 1978)269頁, 田中誠二『全訂商 法総則詳論』(1976)434頁, 鴻常夫『商法総則』(新訂第5版, 1999)230 頁, 喜多了祐 「商業登記の対抗力と公信力」 法学教室 (第2期)4号120
これに対しては, 近時2つの立場からの批判がある。第1は, 積極的公 示力は文字通り商法9条1項・会社法908条1項の条文解釈から認められ る効力であり, これをことさら善意の第三者につき悪意を擬制するもので あると見る必要はないとする立場である(本稿では仮に「対抗力説」と呼 んでおく) (9) 。第2は, 積極的公示力は商法9条1項・会社法908条1項に 定める効力ではなく, むしろ同条項は非登記事項が善意の第三者に対して も有している事実の対抗力を登記事項について制限したものであるとの見 解である(以下,「対抗力制限説」という) (10) 。悪意擬制説および対抗力説が 登記後の効力(いわゆる積極的公示力)を重視するのに対し, 対抗力制限 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 頁以下(1974), 121頁, 龍田節「判批」民商57巻5号148頁以下(1968), 152頁, 上村達男「判批」ひろば28巻1号76頁以下(1975), 77頁, 田尾桃 二『最高裁判所判例解説民事編昭和49年度』(1977)23頁, 福瀧博之「商 業登記の効力についての覚え書」関法36巻3・4・5号199頁以下(1986), 205頁, 近藤光男『商法総則・商行為法』(第5版補正版, 2008)45頁など。 (9) 大塚龍児「商業登記(および公告)の対抗力について」鴻常夫先生還 暦記念『80年代商事法の諸相』149頁以下(1985), 171頁, 船越隆司『実 定法秩序と証明責任』436437頁(初出1988), 鷹巣信孝「商業登記の一般 的効力〔上 」佐賀大学経済論集23巻5号135頁以下(1991), 156頁, 山田 純子「商業登記制度」法教216号23頁以下(1998), 25頁, 落合・前掲注 (6)43頁, 関俊彦『商法総論総則』(第2版, 2006)275頁, 森本滋編『商 法総則講義』(第3版, 2007)155頁〔小林量 , 青竹正一『特別講義改正 商法総則・商行為法』(第2版, 2008)42頁。なお, 松崎岳生「商業登記 と外観信頼保護規定との関係について」法政法学19号1頁以下(1994), 14頁参照。 (10) 服部栄三『商法総則』(第3版, 1983)479頁, 浜田道代「判解」鴻常 夫=竹内昭夫編『商法(総則・商行為)判例百選』30頁以下(1975), 同・ 前掲注(3)民商80巻6号8頁・81巻2号202頁, 池田耕三「判批」島大法 学24号55頁以下(1975), 62頁, 加藤徹『商業登記の効力』138頁・154頁 (初出1983), 大塚英明=川島いづみ=中東正文『商法総則・商行為法』 (第2版, 2008)112頁,山本為三郎『会社法の考え方』(第8版,2011) 231232頁。
説はむしろ登記前の対効力制限に焦点を合わせているという相違がある。 2 その沿革的経緯はともかく, 商法9条1項・会社法908条1項を文 言通り素直に読めば, 同条項前段は善意の第三者に対する登記前の対抗不 能(いわゆる消極的公示力)を定めているのであるから, その点にこそ当 該規定の存在意義があると見るのが自然である。そして同条項後段は, 登 記後の対抗力を暗黙の前提に, その例外を定めていると解すべきことにな る。悪意擬制説は, 商法9条1項・会社法908条1項の反対解釈から積極 的公示力(正当事由なき善意者に対する登記後の対抗力)を導き, しかも その根拠を同条項前段の別の反対解釈(悪意者に対する登記前の対抗力) に求めている点において, 巧妙ではあるがかなり技巧的な解釈であると評 し得る。 (11) また, 登記後は登記事項の探知義務を前提に, その義務履行の懈 怠の効果として善意者にも悪意を擬制するが, (12) そのような一般的な登記探 知義務を認めることには疑問がある。 (13) さらに, 悪意を擬制するというその ことゆえに, 外観保護規定との関係につき硬直的解釈に結びつきやすいと いう難点がある。 (14) 一方, 対抗力説は, 積極的公示力の根拠を悪意擬制に求めない点では評 価できるが, それでも商法9条1項・会社法908条1項の意義を積極的公 示力を定めていることに求める点では, 外観保護規定との関係において, 同様の批判を免れないと思われる。 商法9条1項・会社法908条1項の意義が積極的公示力にあるとする立 場(悪意擬制説および対抗力説)は, その前提として登記事項はほんらい 悪意者のみに対抗できるのが原則であるとし, 同条項の意義は, 登記後は 論 説 (11) 加藤・前掲注(10)132頁。 (12) 竹田・前掲注(8)1718頁。 (13) 浜田・前掲注(3)民商80巻6号682頁, 大塚・前掲注(9)170頁。 (14) 落合・前掲注(6)43頁。
正当事由がない限り善意者にも対抗できるとした点にあるとするが, なぜ 登記事項は善意者に対抗できないのであろうか。その理由は, 商業登記制 度の趣旨から導くほかはない。そうすると, 商業登記制度がなければ, 登 記事項に相当する事項でも善意者に対抗できるはずであるから, 結局商業 登記制度の創設により, 登記事項となる事項は, 本来有していた対抗力を 制限されたと解するのが自然であろう。もしこれらの説が, 登記事項に相 当する事項は, 商業登記制度の有無にかかわらず, 善意者に対抗できない と解するのであれば首尾一貫するが, そのような解釈が取り得ないことは 明らかである。 (15) 3 対抗力制限説は, 服部栄三博士により提唱されたが, その後に浜田 氏により異次元説と結びつけられて発展し, 加藤教授もこの立場を採られ ている。すなわち, 加藤教授は, 詳細なフランス法の比較法的研究に基づ 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (15) 事実は事実をもってほんらい善意者にも対抗できるのが原則であると 見る対抗力制限説に対し, 落合教授は, 詐欺による意思表示の取消と強迫 による意思表示の取消の善意の第三者への対抗可否の違いを例に挙げ(民 96条3項参照), ある事実を善意者に対抗できるかどうかは基本的に当該 事実の性質によって決まるのであって, 同様に商業登記制度においてある 事実が登記事項とされるのは, その事実の性質を考慮すれば, 基本的に商 人の取引の相手方が善意である場合にはその者を保護するのが妥当である と判断されたからであり, 未登記事項に妥当するとされる原則の例外を定 めたわけではないと反論されている。落合・前掲注(6)41頁。しかし個別 の事項を商業登記事項とすべきか否かの判断は, まさにそのような考慮に 基づくとしても, 制度としての商業登記事項の善意者に対する対抗不能は, 非登記事項が善意者に対抗できる原則の例外である, と位置付けることが 商業登記制度の趣旨の理解としては説得力がある。民法96条3項の規定に ついても, 意思表示の瑕疵の問題を商業登記事項の問題と同一に扱うべき かを別にして, 善意者に対抗可能という原則の例外であり, 当該規定がな ければ原則通り善意者に対抗できるところ, その特則を定めたものと解す ることができる。
き, (16) 積極的公示力を直接定めた条文のないわが国の商業登記の一般的効力 については, 対抗力制限説が妥当することを説得的に主張された。 (17) また, 加藤教授は, 対抗力制限の性質を登記義務不履行に対する民事制裁である とされるとともに, 商法9条2項・会社法908条2項の不実登記の効力を 真実登記義務の不履行に対する民事制裁ととらえ, 両者を統一的な民事制 裁という概念で説明する点に, 体系的一貫性を有するという特色がある。 (18) 商業登記の効力と外観保護規定 1 さて, 商業登記の効力と外観保護規定の関係については, 両者の衝 突・矛盾が生じる場面があることを前提に, そのいずれの保護法益を優先 すべきかについて活発な議論がなされてきた。学説上は, 大きく2つの立 場がある。第1は, 商業登記の積極的公示力を重視し, 登記後は正当事由 のない善意の第三者への対抗力を認め, 外観保護規定の適用を否定する立 場である。 (19) この立場は, 上記の商業登記の効力について悪意擬制説または 論 説 (16) 加藤・前掲注(10)1頁以下(初出 1970∼1989)参照。 (17) 加藤・同書128頁以下参照。 (18) 加藤・同書127頁・160頁。もっとも, 不実登記の効力はそうであって も, 商法9条1項・会社法908条1項の対抗力制限の性質を, 民事制裁と までいう必要はないのではないだろうか。なぜならば, 制裁を課すために は, 登記義務者による登記がないことに帰責事由がある(すなわち登記を しようと思えばできたはずであるにもかかわらず登記をしなかった)こと が必要であろうが, 同条項は, 帰責事由(故意または過失)の有無を問わ ず, 登記前の対抗不能という不利益を登記義務者に課しているからである。 鷹巣・前掲注(9)経済論集23巻6号99頁。したがって, 同条項は, 単純に 登記義務の履行を促すために, 登記義務者に対する登記前の対抗不能とい う効果を定めたものであると解することで十分であると考える。浜田・前 掲注(3)民商81巻2号35頁, 同・前掲注(7)商法の争点13頁参照。 (19) 上村・前掲注(8)80頁, 田尾・前掲注(8)23頁, 大塚・前掲注(9) 168169頁, 脇坂明紀「商業登記と外観保護規定」法学ジャーナル51号1
対抗力説を前提としている。第2は, 取引の度ごとに登記簿を閲覧するこ とを期待することは困難であるという認識の下, 外観保護規定を優先し取 引の安全を図る立場である。この第2の立場が学説上は多数といってよい であろうが, (20) その理論構成としては, ①例外説, ②正当事由弾力化説, な らびに③異次元説, がある。上記における悪意擬制説は, ①例外説また (21) は③異次元説と (22) 結びついており, 対抗力説の立場も①例外説と結びつく。 (23) 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 頁以下(1988)22頁, 鷹巣・前掲注(9)経済論集23巻6号103頁, 松崎・ 前掲注(9)35頁, 落合・前掲注(6)45頁(もっとも落合教授は, 登記事項 である法律関係の商人が, 登記事項である事実と矛盾する行動をとり, そ の行動が相手方の取引の意思決定に影響を与えた場合には, 商人は登記事 項である事実を積極的公示力の内在的な制約として相手方に主張できなく なるものとすべきであり, これを商法9条1項後段・会社法908条1項後 段の「正当な事由」に該当するとされる), 落合誠一編『会社法コンメン タール(8)』(2009)4647頁〔落合誠一 。また, 酒巻教授は, 共同代表 取締役に関し, 旧商法262条の適用を排除しつつ, 手形行為についてはそ の流通性保護の観点から「正当な事由」に含められる。酒巻俊雄「共同代 表取締役単独の手形振出と会社の責任」 取締役の責任と会社支配』93頁 以下(初出 1966), 102103頁。 (20) この立場でも, 会社法354条については商業登記の効力に優先すると しつつ, 民法112条との関係については商業登記の効力を優先させる見解 も少なくない。前田庸「判解」 ジュリスト増刊昭和49年度重要判例解説』 89頁以下(1975), 9091頁, 服部栄三「判批」判評231号28頁以下(1978), 30頁, 福瀧・前掲注(8)222頁, 宮島司「代表取締役の退任登記と民法112 条」倉沢康一郎教授還暦記念『商法の判例と論理』191頁以下(1994), 206頁, 山田・前掲注(9)25頁, 小林・前掲注(9)153154頁, 青竹・前掲 注(9)43頁。 (21) 龍田・前掲注(8)153154頁, 同 「判批」 論叢97巻2号81頁以下 (1975), 84頁, 布村勇二「判批」民商61巻5号91頁以下(1970), 97頁, 安倍正三 『最高裁判所判例解説民事編昭和42年度』209頁以下(1971), 215頁, 田 邊光政「共同代表制度と代表権の行使」本間輝雄先生=山口幸五郎先生還 暦記念『企業法判例の展開』117頁以下(1988), 124125頁, 関・前掲281 頁, 前田庸『会社法入門』(第12版, 2009)482頁。
これに対し, 対抗力制限説は, ②正当事由弾力化説ま (24) たは異次元説と (25) 結び つく。 (26) 論 説 (22) 山口幸五郎「表見代表取締役」大隅健一郎=鈴木竹雄編『商法演習Ⅰ』 146頁以下 (1960), 150頁, 同『注釈会社法(4)』(1968)388頁, 同『新版 注釈会社法(6)』(1987)183184頁, 木内宜彦「判解」鴻常夫ほか編『商 法(総則・商行為)判例百選』(第2版, 1985)2829頁。単に異次元説を 採る見解として, 蓮井良憲「表見代表取締役について」ひろば18巻6号18 頁以下(1965), 21頁, 井上治行「判批」判タ318号104頁以下(1975), 109頁, 上田明信「代表取締役」商事法務研究会編『取締役ハンドブック』 92頁以下(1975), 131頁参照。 (23) 山田・前掲注(9)24頁, 小林・前掲注(9)154156頁, 青竹・前掲注 (9)42頁。単に例外説を採る見解として, 星川長七「表見代表取締役の手 形行為」 株式会社法の論理と課題』37頁以下(初出 1962), 4142頁, 江 頭憲治郎「判批」法協87巻5号111頁以下(1970), 114頁, 渋谷達紀「判 解」 会社判例百選』(新版, 1970)148頁以下, 喜多了祐「共同代表と表 見代表取締役」 商法の判例』(第3版, 1977)79頁以下, 82頁, 本間輝雄 「判解」矢沢惇=鴻常夫編『会社判例百選』(第3版, 1979)90頁以下, 久留島隆「共同代表取締役と表見代表取締役」倉沢康一郎教授還暦記念 『商法の判例と論理』211頁以下(1994), 221222頁参照。 (24) 服部・前掲注(10)486頁。 (25) 浜田・前掲注(3)民商80巻6号 89 頁, 池田・前掲注(10)62頁, 加藤・ 前掲注(10)137138頁, 吾妻民子「商業登記の効力と外観信頼保護規定」 愛知学院大学大学院法研会論集11巻1号1頁以下(1993), 23頁, 山本為 三郎「判解」鴻常夫ほか編『会社判例百選』(第6版, 1998)94頁以下, 95頁, 同・前掲注(10)232頁,大塚=川島=中東・前掲注(10)114頁。 (26) ただし, これらの結びつきが論理必然的なものであるとはいえないよ うに思われる。悪意擬制説や対抗力説によりつつ正当事由弾力化説を採る 見解として, 塩田親文「判批」民商72巻3号109頁以下(1975), 119頁, 喜多了祐「判批」判評190号35頁以下(1974), 3738頁, 加藤勝郎「表見 代表取締役と商業登記」鈴木竹雄先生古稀記念『現代商法学の課題』下巻 1273頁以下(1975), 1290頁, 米沢明「代表取締役の退任登記と表見代理 の成否」 商法の判例』(第3版, 1977)243頁以下, 247頁, 田邊光政『商 法総則・商行為法』(第3版, 2006)131134頁参照。
2 ①例外説は, ストレートに外観保護規定の優先という結論を導くこ とができる点で簡明である。しかし,この説はその理論的根拠が不明であ り, その結果この説は, 単に利益衡量の結果を表現したに過ぎないと評し 得るのではないだろうか。どのような意味において, 外観保護規定が商業 登記の効力を定める原則の例外と位置づけられるのであろうか。外観保護 規定一般を例外と見るのであれば, 結局商業登記の効力は大きく減殺され, 例外という概念で説明できなくなるのではないかという疑問も生じる。 (27) 他 方, 会社法354条を例外規定としつつ, 民法112条は例外と認めないので あれば, その理論的根拠は何かという疑問がある。 (28) 法理論的には, たとえ ば一般法と特別法による優劣関係や (29) 先法と後法による優劣関係も (30) 示唆され るが, このような形式的な根拠によって妥当な解決が得られるか甚だ疑問 である。 (31) ②正当事由弾力化説(服部説)は, その前提として商業登記の効力も一 種の外観保護の現れであるとするが, 登記前の効力についてはそのような ことがいえるとしても, 登記後の効力についてはいえない。外観保護は, 事実と外観が相違する場合に, 外観を信頼して行動した者を保護するもの であるのに対し, 積極的公示力は登記外観と事実が一致する場合の効力で あるからである。 (32) 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (27) 佐藤庸「表見責任と商業登記」成蹊法学12号79頁以下(1978), 8384 頁, 浜田・前掲注(3)民商81巻1号95頁。 (28) 龍田・前掲注(21)85頁, 浜田・前掲注(3)民商81巻1号9394頁参照。 (29) 服部・前掲注(20)判評30頁, 船越・前掲注(9)436頁, 宮島・前掲注 (20)206頁, 関・前掲注(9)281頁。 (30) 塩田・前掲注(26)121頁, 関・前掲注(9)281頁。 (31) 落合・前掲注(19)44頁参照。 (32) 小橋一郎「商業登記の積極的公示力と表見責任」民商78巻臨時増刊号 (2) 168頁以下(1978), 169頁注(1), 浜田・前掲注(3)民商81巻2号15 頁, 牧真理子「商業登記制度と信頼保護」東北法学30号133頁以下(2007),
最後に, 異次元説は, 商業登記の効力と外観保護規定はそれぞれ別個の 次元の問題であるとするが, それ自体は正しい認識を示している。しかし, 次元が異なるというだけでは, 商業登記の効力と外観保護規定が衝突する 場面において, どちらが優先するのかを決めることができない。次元が異 なるとしても, それぞれの次元において法律要件を満たせば, それぞれの 法律効果が生じるからである。 (33) この点につき, 浜田氏が, 商業登記の効力 に関する対抗力制限説と異次元説を結びつけたことは卓見であった。 (34) これ によって, 初めて外観保護規定が優先することの理論的根拠が示されたと 評し得る。また, 加藤教授も, 登記前の対抗不能を民事制裁と性格づけて, 登記後の対抗力回復は外観保護規定の適用に何ら障害とならないことを明 らかにされた。 (35) 商業登記事項の意義 1 さて, 以上見たように, これまでの議論は, 商業登記の効力と外観 保護規定との衝突が生じることを前提に, 様々な法律構成による解決が主 張されてきたわけであるが, しかしこの問題の解決には, さらにその前提 となる論点として, 登記により対抗できる事実すなわち登記事項の意義を 検討しなければならない。すなわち, 商法9条1項・会社法908条1項に いう「登記すべき事項」の意味である。商業登記の効力の意義に関し上記 のいずれの見解をとっても, 登記後は正当事由のない善意の第三者に対 論 説 139頁。 (33) 安倍正三「共同代表と表見代表」松田判事在職40周年記念『会社と訴 訟』上巻343頁以下(1968), 349頁, 服部・前掲注(20)30頁参照。 (34) 佐藤・前掲注(27)88頁は,「12条の意義に関する服部理論を基礎とす る浜田理論が無難であるのみならず, 恐らく可能な唯一の理論であろう」 とされる。 (35) 加藤・前掲注(10)130153頁。
する対抗力が認められる点では変わりがない。そこで, そこにおける対抗 可能な登記事項とは具体的に何を意味するかが問題となる。かつて議論さ れたケースでは, 次のような事例があった。 【ケース】甲株式会社において取締役A, B, Cのうち, Aにつき代 表取締役としての登記がある場合に, Bが代表取締役でないにもかかわら ず代表取締役であることを示す名称を使用して取引をしたときは, 商業登 記の効力(会社法908条1項)と外観保護規定(会社法354条)との衝突 が問題となるという認識がかつては少なくなかった。 (36) これは, Bが代表取 締役でないことは, Aの代表取締役として登記により善意者に対抗できる 事項であるとの認識が前提となっていたからである。 しかし現在では, Bが代表取締役でないことは, その事実をもって対抗 する事項であって, 商業登記の効力(Aの代表取締役としての登記)とは 関係がないことに異論はない。 (37) 要するに,「代表取締役でないという事実」 は登記事項ではないので, 登記により対抗する問題ではなく, 事実をもっ て対抗する問題に過ぎないことになる。 (38) 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (36) 代表取締役の登記(公告)により他の取締役の代表権の有無に関し第 三者の悪意が擬制され対抗できるとする見解は少なくなかった。星川・前 掲注(23)42頁, 藤井昭治・法時38巻11号109頁以下(1966), 110頁, 安倍・ 前掲注(33)352頁, 米沢明「共同代表取締役と表見代表取締役」西原寛一 先生追悼記念『企業と法』上巻(1977)187頁以下, 199頁参照。 (37) 佐藤庸「表見代表取締役制度と商業登記」成蹊法学11号25頁以下 (1977), 33頁, 浜田・前掲注(3)民商81巻1号85頁, 加藤・前掲注(10) 144頁, 大塚・前掲注(9)216頁, 木内・前掲注(22)28頁, 鷹巣・前掲注 (9)経済理論23巻6号86頁, 吾妻・前掲注(25)20頁, 松崎・前掲注(9) 4950頁。 (38) また, このような「Bが代表取締役でないこと」を登記簿を見れば分 かる事項であるとする見解もあるが(たとえば浜田・前掲注(3)民商81巻 1号85頁・88頁, 大塚・前掲注(9)216頁, 福瀧・前掲注(8)224頁), 加 藤教授が正当に指摘されたように, 登記簿上にAが代表取締役として登記
上述のような認識は, 昭和25年改正前商法の下で, 株式会社の取締役 は原則として単独会社代表権があり, とくに代表取締役を定めた場合のみ 代表権を失うという制度であったことが影響を与えていたと思われる。 (39) し かし, 昭和25年改正商法により, 株式会社の取締役は取締役会の構成員 にすぎなくなり, 代表権を有しないのであるから, 上述のような理解は成 り立ち得ないことになる。 (40) 平成17年制定の現行会社法の下でも, 非取締役会設置会社では, 取締 役が単独代表権を有するのが原則であるが, 代表取締役を定めたときは, 代表取締役以外の取締役は代表権を有しないこととなる(会349条1項但 書)。そうすると, このような場合には, 昭和25年改正前商法の下での法 状況と同様の状況が生じているともいえる。しかし, 現行会社法の下では, 代表取締役は株式会社において常に(代表取締役の定めの有無を問わず) 登記事項であり(会911条3項14号), 非取締役会設置会社において代表 取締役の定めがない場合には, 取締役全員が代表取締役となり(会47条 1項第1括弧書き参照), 当該全員につき代表取締役としての登記が必要 となる( (41) 昭和25年改正前商法188条9号10号と異なり, 取締役としての登 記のみで代表権があるとはいえない)。したがって, 非取締役会設置会社 において複数の取締役のうちの特定の者が代表取締役として登記されてい ても, 他の取締役が当然に代表取締役でないことにはならず, 当該登記は 論 説 されていても, Bの代表権の有無とは何の関係もなく, Bが代表取締役で あるか否かは不明としかいいようがない。加藤・前掲注(10)145頁。 (39) 佐藤・前掲注(37)30頁参照。もっとも, 昭和25年改正前商法の下でも, 特定の取締役だけを代表取締役として登記した場合に, 他の取締役の代表 権の有無は断定できないとする見解が有力である。加藤・前掲注(10)144 頁。なお, 大塚・前掲注(9)197頁注(60)・212頁も参照。 (40) 佐藤・前掲注(37)33頁。 (41) 吉本健一『会社法』(2010)187頁。
他の取締役の代表権の有無とは関係がないことに変わりはない。 2 そこで, 次に昭和49年最高裁判決のような事案が問題となる。 【ケース】甲株式会社の代表取締役であったAが退任し, 当該退任登 記後に, 代表取締役であることを示す名称を使用して取引をしたケース (Aが退任支配人または退任代表執行役の場合も同様である)。時間的に は, 代表取締役退任時 (t 1), 代表取締役退任登記時 (t 2), そして取引時 (t 3) という経過になる。この場合に, 商業登記の効力と外観保護規定と の衝突が生じるとの認識は広く共有されていると思われる。 しかし, このケースでも状況は, ケースとまったく同じではなかろう か。すなわち, 当該取引時点 (t 3) においてAが代表取締役でないことは 登記によって対抗する問題でなく, 事実をもって対抗する問題に過ぎない といえる。なぜならば, 退任登記により対抗できるのは, 退任時 (t 1) に 退任したという事実のみであり, その後の取引時点 (t 3) においてAが代 表取締役でないという事実ではないからである。ここでも,「代表取締役 でないという事実」は登記事項ではないので, 登記により対抗する問題で はないという命題が妥当する。この点を初めて明確に指摘されたのは, 加 藤教授であろう。 (42) 非常に鋭い指摘であり, 本稿もこの考えを支持する。 (43) 従 来の学説はそのほとんどが, Aが取引時点 (t 3) において代表取締役でな いことは, 退任登記の効力によって正当事由のない善意者に対抗できる問 題であるとの理解に立っているが, 商業登記の効力(t 1 時の効力)を暗 黙裏に取引時 (t 3 の時点)まで拡張するという誤りを犯していると思わ 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (42) 加藤・前掲注(10)146頁。なお, 佐藤・前掲注(27)92頁も参照。 (43) もっとも, 加藤教授は, その理由としてAが退任後に再び代表取締役 に選定される可能性を挙げておられるが, ここでの問題は, 代表取締役へ の再就任の可能性の有無ではなく, 登記により対抗できる退任という事実 発生の時点 (t 1) と代表取締役でないという取引の効力を否定すべき事実 が問題となる時点 (t 3) とが異なる, という点である。
れる (44) 。 もっとも, Aが取引時において代表取締役でなかったことは, 退任登記 によってではなく, 事実をもって対抗する問題であるとしても, それでは Aが取引時において代表取締役でなかったことを甲会社が主張するうえで, Aの退任登記がまったく意味がないかというと, そうではない。もし甲会 社が故意または過失により退任登記をしていなければ, 取引時においても 登記簿上Aの代表取締役としての登記が残存することになり, 不実登記 (会908条2項) (45) として善意の第三者に対抗できなくなるからである。そ の意味では, 退任登記は, 取引時においてAが代表取締役でなかったとい うことを, 甲会社が事実として対抗するための(障害を取り除く)必要条 件となるが, 十分条件ではないといえる。十分条件は, あくまでAが取引 時において代表取締役でなかったという事実であり, これは事実をもって 対抗すべき事項である。 3 しかしながら, ケースの場合には, さらに検討すべき要素が残さ れている。それは, 取引時においてAが代表取締役であるような外観を有 していたとして, その外観の実質的内容はどのようなものかという点であ る。すなわち, その外観が代表取締役退任後に, 新たに発生したものであ る場合には, 当該外観は代表取締役退任とは無関係に, むしろ退任後の事 情によって発生したものであって, 退任登記と何ら矛盾するものではない。 したがって, このような場合には, そのような外観に基づく取引につき, 新たな代理権付与の表示に基づく民法109条や新たな代表権を有するもの 論 説 (44) いわばケースでは, 商業登記の効力の対象となる主体を拡張してい るのに対し, ケースでは, 商業登記の効力の対象となる時点を拡張して いることになろう。 (45) これについては, 会社法908条1項により善意の第三者に対抗できな いと解する余地もあるが, 後述する。
と認められる名称付与に基づく会社法354条を適用することに, まったく 問題はない。 (46) これに対して, 問題となる外観が, 代表取締役退任にもかかわらず, 代 表取締役として引き続きその地位にとどまっているような外観である場合 には, そのような外観の発生が退任時に遡るとすると, 取引時に存在する 外観ではあっても, 発生時点では代表取締役退任という退任登記により対 抗できる事実と矛盾する外観であるともいい得る。 (47) その限りにおいては, 商業登記の効力の外観保護規定との衝突が生じることは否定できないであ ろう。ここで問題となる外観保護規定は, 代理権消滅後の表見代理に関す る民法112条が典型であるが, しかし会社法354条についても同様に問題 となり得る (48) 。したがって, この場面では, 上記で検討した諸学説がその 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (46) このような結論は多くの論者により認められている。佐藤・前掲注 (27)92頁, 加藤・前掲注(10)147頁, 大塚・前掲注(9)218頁・220頁, 福 瀧・前掲注(8)222223頁, 船越・前掲注(9)437頁, 鷹巣・前掲注(9)経 済論集23巻6号84頁, 松崎・前掲注(9)50頁, 星野豊「判批」法協112巻 6号107頁以下(1995), 116頁, 大内俊身『最高裁判所判例解説民事編平 成6年度』297頁以下(1997), 312頁(注10)参照。 (47) 民法112条の適用について, 相手方は取引時における代理権の存在を 信頼していればよいか, それとも過去の代理権の取引時における存続を信 頼していることが必要かに関して議論があり, 相手方が過去に代理人との 取引経験があることは, 相手方の保護要件ではないとするのが判例(最判 昭和44年7月25日判時574号26頁)・多数説である。川地宏行「民法112条 の表見代理」椿寿夫=伊藤進編『代理の研究』476頁以下(2011), 478 479頁参照。しかし, いずれにしても実際には代表権・代理権の存続に対 する信頼が問題となるケースが多いであろう。 (48) 加藤教授は, 民法112条の適用については退任登記が障害となること を認めつつ, 会社法354条については障害とならないとされる。加藤・前 掲注(10)147頁。しかし, 会社法354条は民法109条の適用場面だけでなく, 民法112条の適用場面をもカバーし得る包括性を有する規定であるから (山口・前掲注(22)注釈会社法389頁参照), 代表権消滅の場面ではやはり
限りで再登場することになるが, 外観保護規定を優先すべきであるとすれ ば, やはり対抗力制限説を前提とする異次元説の立場が, 理論構成として 優れているといえよう。 (49) 4 ところで, 登記事項の意義という観点からは, 代表取締役の登記は ある者が代表取締役であるという事実が登記事項であるのか, それとも当 該者の代表取締役への就任および退任という個別の事実が登記事項である のかということが問題となる(代表執行役・支配人の場合も同様である)。 論 説 両者の衝突が生じると解される。 (49) 学説の多くが, 会社法354条の適用を認めながら, 民法112条の適用を 否定するのは, 民法112条の要件として, 第三者の善意・無過失だけで, 本人側の帰責事由が挙げられていないことを問題視することによると思わ れる。退任登記があるにもかかわらず民法112条の適用を認めると, 商人 は包括的・定型的な代理権・代表権を有して多数の者と大量継続的な取引 を行う支配人や代表取締役・代表執行役の退任に際して, 個別に代理権・ 代表権喪失の措置を執ることを要することが危惧され, このことは商業登 記を認めた趣旨に反するからである。大塚・前掲注(9)218頁, 山田・前 掲注(9)24頁, 関・前掲注(9)282頁, 小林・前掲注(9)154頁, 青竹・前 掲注(9)43頁参照。しかし, 民法112条も外観保護規定である以上, 本人 の帰責性が問題とされることは当然である。民法学説上も, 民法112条に 関し, 本人の帰責事由を問うべきであるとの見解が有力である。佐久間毅 『代理取引の保護法理』(2001)271272頁, 四宮和夫=能見善久『民法総 則』(第8版, 2010)339340頁,中舎寛樹「表見法理における帰責の構造」 名法242号1頁以下(2011),2頁・38頁参照。少なくとも, 商業登記制度 が対象とする代表取締役・代表執行役や支配人の外観保有者との取引につ いては, 本人に帰責性がなく無権代理人が勝手に僣称しているような場合 まで, 本人に責任を負わせるべきではないが, それは民法112条の不適用 というカテゴリカルな構成から導かれるものではない。民法112条の適用 にも本人の帰責性を要件とするならば, 同法112条が機能する場面はほと んど会社法354条によりカバーされ, 事実上民法112条を適用する余地はあ まりないことになろうが, それは決して代表取締役の退任登記後は会社法 908条1項のみが適用され, 民法112条の適用ないし類推適用の余地はない ということを意味するものではない。
これは, 代表取締役退任後, 退任登記未了の場合に, 会社が善意の第三者 に当該代表取締役の退任を対抗できないのは, 会社法908条1項前段によ るのか, それとも908条2項によるのか, という問題である(個人商人の 支配人については, 商法9条1項前段か9条2項か)。学説は, 一般に908 条1項説に立っているようである。 (50) しかし, 判例は退任登記未了の取締役 の対第三者責任に関する最判昭和62年4月16日(判時1248号127頁)が 908条2項説を採っている。 (51) 会社法908条1項と908条2項(商法9条1項と9条2項)とでは, 登 記義務者の帰責事由(故意・過失)や善意の第三者の善意の対象などの要 件が異なるから, 純粋に理論的な問題にとどまらず, 実際にも違いが生じ る余地がある。 (52) 形式的に見ると, 一方では株式会社の登記事項は会社法 911条3項が規定するところであるから, 代表取締役の氏名・住所が登記 事項となる(会911条3項14号)(代表執行役の場合は, 会社法911条3項 22号ハ, 支配人の場合は商業登記法43条1項または44条2項)。そして, 会社法908条(商9条)所定の登記事項は, 同法911条3項(商業登記法43 条1項または44条2項)所定の登記事項であると解するのが自然である とすると, (53) この問題は同法908条2項(商9条2項)の適用問題と解すべ 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (50) 浜田・前掲注(3)民商81巻1号84頁, 江頭憲治郎「判批」法協90巻10 号103頁以下(1973), 106頁, 青竹正一「登記簿上の取締役の対第三者責 任」 続小規模閉鎖会社の法規整』129頁以下(初出1986), 137頁など参照。 (51) この判例は, 登記義務者(会社)ではなく, 退任登記未了の取締役の 責任を対象とするものであるが, この者に会社法908条2項を類推適用す る余地を認めていることからすると, 会社に対しても同法908条2項を適 用することが前提となっていると解される。その後の最判昭和63年1月26 日金法1196号26頁も同様である。これに対して, 最判昭和37年8月28日集 民62号273頁は, 908条1項説を採っている。 (52) 加藤・前掲注(10)234頁。 (53) これに対して, 浜田氏は, 商法9条1項・会社法908条1項は, 登記
きでことになる。しかし, 他方では, 会社法909条(会918条, 商22条) の変更または消滅の登記が, 同法908条(商9条)所定の登記事項である との解釈も可能であろう。 (54) そこで, 実質的な観点から見ると, 登記義務者の帰責要件の有無に着目 すべきであると考える。会社法908条1項(商9条1項)の問題ととらえ ると, 登記義務者に帰責事由(故意または過失)がない場合(たとえば登 記義務者が適正な代表取締役退任登記の申請をしたにもかかわらず, 登記 事務処理のミスで登記簿への記載がなされなかったために代表取締役とし ての登記が残存した場合など)にも, 善意の第三者に対抗できないことに なるが, これは妥当ではないように思われる。 (55) したがって, 代表取締役と しての登記に関する商法9条・会社法908条所定の登記事項は, 911条3 項14号所定の「代表取締役の氏名及び住所」であると解すべきであり, これによれば, 代表取締役としての就任・退任登記がある場合には, 就任 時から退任時まで当該者が会社の代表取締役であったという事実が登記に 論 説 すべき事実があるのに登記がないことで登記と事実とが不一致する場合の 規定であり, 商法9条2項・会社法908条2項は, 登記すべき事実がない のに登記がされたことにより不一致が生じた場合の規定であるとされる。 浜田・前掲注(3)民商81巻2号17頁。関・前掲注(9)267頁・286頁も同旨。 (54) もっともこの立場では, 代表取締役の就任登記についても, 登記によっ て対抗できるのは選定時における就任という事実のみであって, 代表取締 役在任中の取引行為時において代表取締役であることは, 事実をもって対 抗することになるのではなかろうか。 (55) 田邉・前掲注(26)140頁。なお, 森本滋「判例紹介」民商98巻1号146 頁以下(1988), 154頁注(4)も参照。このような考えに対しては, 代表取 締役の就任登記の場合でも, 登記がなければ登記義務者の帰責事由を問わ ずに対抗できないのであるから(会908条1項前段), 異とするに当たらな いとの反論が考えられるが, この場合には, 登記当事者は, 個別に相手方 に代表取締役である旨を告知するであろうから(相手方は悪意の第三者と なる), 問題となることは通常考えられない。
より対抗すべき事項となる。 もっともこのような見解は, 上述した本稿の考察に影響を与えるもので はない。代表取締役退任登記により対抗できるのは, 退任時点まで代表取 締役であったという事実であるが, それは反面その時点で代表権を喪失し たことを意味するからである。 5 最後に, 商業登記の効力と外観保護規定が衝突・矛盾する場面とし て, 他にどのようなケースが想定されるであろうか。昭和42年最判や昭 和43年最判のような共同代表の登記がなされている場合に, 共同代表取 締役の1人が単独代表権があるかのような外観をもって取引をしたケース は, 文字通り商業登記の効力と外観保護規定が衝突する場面であるといい 得るが, (56) 平成17年改正商法および会社法では, 共同支配人や共同代表取 締役の制度は廃止された。 個人商人Aが甲という商号をBに譲渡しその登記がなされた場合(商15 条2項)に, (57) 甲という商号がAを表示するものと誤認してBと取引したC に対し, 商法14条の類推により, Aが名板貸責任を負う余地があるかと いう問題がある。本稿の立場からは同条の類推は必ずしも否定されない。 (58) しかし商号の譲渡自体は, 商法14条にいう商号使用の許諾に相当するよ うな帰責事由とはいえないと思われる。したがって, 結論としては, 他に 特段の事情がない限り, Aの名板貸責任は認められないと考える。また, 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (56) 加藤・前掲注(10)141146頁, 大塚・前掲注(9)211頁, 浜田・前掲注 (7)商法の争点21頁, 福瀧・前掲注(8)222223頁参照。 (57) この場合にも, 当該商号の下でなされる取引の帰属に関しては, 商法 9条1項の適用があると解すべきである。大隅・前掲注(8)275頁。 (58) 名板貸責任は, 名板貸人が当該商号の使用者ではないという事実を取 引の相手方に対抗できることが前提であると解される。したがって, 商号 譲渡の登記がなければ, Aは取引当事者として責任を負う余地がある。反 対, 米沢明『名板貸責任の法理』(1982)78頁。
Aが営業とともに甲という商号をBに譲渡し, Bがこれを続用している場 合において, Aの営業によって生じた債権について, 債務者が善意で重過 失なくBに弁済をしたときは, 有効な弁済として免責される(商17条4 項)。これも, 商号譲渡の登記があり商号が譲渡されたことを善意者に対 抗できるにもかかわらず, 商号を続用するBの債権者としての外観を信頼 する者の保護が優先する例として挙げることができる。 (59) さらに, 代表取締役の就任登記後に, 当該代表取締役が株式会社を代表 する意思をもって第三者と取引をした場合には, たとえそれが代表取締役 の個人名義であっても, 会社は取引の相手方に対し代表行為の会社への帰 属を主張できるが(商504条本文), 相手方が善意無過失であれば, 相手 方は代表取締役個人との取引であることを選択することができる(同条但 書, 最大判昭和43年4月24日民集22巻4号1043頁)。この場合も, 商業登 記の効力とこれに反する外観保護規定が衝突する例として挙げることがで きると思われる。 (60) ただし, この場合は, 商業登記の効力による効果帰属と 外観保護規定によるその例外が, 同じく商法504条で規定されている点に 特徴がある。 (61) Ⅳ お わ り に 本稿は, 商業登記の一般的効力と外観保護規定の関係を検討し, 以下の ような主張を展開した。すなわち, 第一に, 代表取締役が退任し, 退任登 記後に代表取締役のような外観をもって第三者と取引をした場合に, 従来 論 説 (59) 商号譲渡の登記がなければ, 商法17条4項を俟つまでもなく, 善意の 債務者による弁済は有効となるのではなかろうか。 (60) 商法504条は, 本人が相手方に対し, 代理行為者が代理人であること を対抗できることが前提である。 (61) この場合に, 代表取締役としての就任登記がなければ, 商法504条自 体が適用されないことになるであろう。
の学説は, 商業登記の登記後の対抗力と外観保護規定が衝突・矛盾する場 面として多くの議論をしてきたが, この場面は, 基本的に商業登記の登記 後の効力と外観保護規定が衝突する場面ではない。なぜならば, 商業登記 の登記後の効力として対抗できるのは, 代表取締役を退任したという事実 であり, 取引時において代表取締役でないという事実ではないからである。 「代表取締役でないという事実」は登記事項ではない以上, 取引時におい て代表取締役でないという事実は, 登記による効力ではなく, 事実をもっ て対抗する事項である。したがって, 取引時において代表取締役でないと いう事実を対抗すべきところ, これと異なる外観の存在につき善意の取引 者を保護する外観保護規定は理論上何らの障害なく適用することが可能で ある。しかしながら第二に, 当該外観が代表取締役退任という事実にもか かわらず, 代表取締役の地位を継続しているという外観である場合には, 当該外観の発生と退任登記の効力として対抗できる代表取締役退任という 事実とは衝突することになるから, この限りでは外観の存在と商業登記の 効力とが対立する。そして, この問題の処理については, 登記により事実 が本来有する対抗力が回復するという対抗力制限説を前提にした異次元説 の立場が, 理論的に最も優れている。 ところで, 商業登記についても, コンピュータを利用した電子情報化が 進展し, 現在では商業登記情報の確認も, コンピュータによるオンライン での確認が可能となっている。 (62) このことが本稿が扱った問題に及ぼす影響 は大きなものがある。すなわち, 商業登記の効力よりも外観保護規定を優 商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定 (62) これに関しては, 杉浦直紀「商業・法人登記事務をめぐる情報化につ いて」登記研究745号71頁以下(2010), 江原健志「商業・法人登記制度お よびその関連制度をめぐる最近の動向」商事1954号51頁以下(2012),53 頁など参照。現在,「電気通信回線による登記情報の提供に関する法律」 に基づき, 財団法人民事法務協会が登記情報提供サービスを行っている (http://www1.touki.or.jp/)。
先して善意の取引者を保護すべきであるとの立場は, その実質的根拠とし て, 大量の取引が継続・反復的になされる商取引の世界では, 取引の度ご とにいちいち登記簿を確認することは煩雑で, 取引の実際に耐え難いもの があるという政策的考慮があった。ところが, 登記情報がオンラインによ り一挙手一投足で確認できるのであれば, そのような立場の前提が大きく 崩れることになるからである。したがって, 現在では本稿のような考察の 重要性は著しく低下している可能性も否定できない。しかし, 仮にそうだ としても, この問題は, 商業登記の効力によって外観保護規定が全面的に 排除されるのではなく, 外観保護規定の適用を前提としつつ, 登記情報を 確認しないことが善意者保護の主観的要件としての(重)過失の認定に影 響を与えるという形で処理すべきことになると考えられる。その限りでは, なお本稿における考察の意義は失われないと解される。 論 説
商 業 登 記 の 一 般 的 効 力 と 外 観 保 護 規 定
The Effect of Commercial Registration and the
Apparent Authority of Managing Directors and Officers.
Ken-ichi YOSHIMOTO
By the Japanese Commercial Code, article 9(1), the fact which is obliged to register is in force to the bona fides third person after its registration. On the other hand, corporation cannot deny the effectiveness of acts by the per-son acting in apparent authority. The theme of this paper, “The Effect of Commercial Registration and the Apparent Authority of Managing Directors and Officers” has been the subject of intensive controversy by many scholars in commercial and corporation law. Professor Toru KATO has been having the leading position on this topic in many years.
He argues that the effect of commercial registration is not the additional effect to the bona fides third person, but just recovery of the effect which the fact which is obliged to register has originally. After registration of the repre-sentative resignation, the fact that the ex-reprerepre-sentative resigned and he has no power of representation for the corporation any more, is in force to the bona fides third person as a mere fact. Therefore, the bona fides third person can still insist the protection by the rule of apparent authority even after the registration.
Only this argument, called “different dimension theory”, I believe, can pro-duce the most appropriate solution of the theme.