支え合う町、川根本町
~超高齢社会での暮らし~
土井沙織
はじめに
1 高齢化する社会 1.1 定義と背景
1.2 超高齢社会の出現と政策の対応 2 川根本町の場合
2.1 高齢化率の比較
2.2 総人口と高齢化率の推移
2.3 川根本町全世帯数と高齢者のいる世帯数の推移 2.4 川根本町の合併問題
3 公的機関からみた川根本町 3.1 行政からの視点 3.1.1 町長 3.1.2 生涯学習
3.1.3 福祉課
3.1.4 行政と住民のつながり 3.2 施設からの視点
3.2.1 特別養護老人ホーム あかいしの郷 3.2.2 社会福祉協議会
3.2.3 施設と住民のつながり 4 住民からみた川根本町
4.1 住民の 1 日
4.1.1 家族とのつながり 4.1.2 老人会とのつながり
4.1.3 住民と住民のつながり 5 考察
おわりに
参考文献・資料・HP
はじめに
第2次世界大戦後日本では平均寿命が延び、総人口に対する
65歳以上の人口比率が増加 し続けた。その結果、今日日本は超高齢社会となっている。ここに至るまで、政府は法改 正、種々の福祉政策の施行、さらには市町村合併など様々な取り組みを行って対応をして きたが、高齢化は確実に進んできた。そしてその過程で高齢者をめぐる様々な文化現象が 明らかになっている。それらの多くは日本社会が過去に経験していたことがない事象であ り、行政も含めて人々は依然として手探り状態に置かれている。
こうした現状を目の前にして、本研究では、静岡県内で高齢化率が最も高い川根本町に 住む高齢者がどのように日常生活をおくっているのかに着目する。その際には、行政や施 設などの公的機関、そして住民の視線を踏まえて、当の高齢者の人々の語りを文化人類学 的手法を用いて検証していく。そして、彼らの日常を検討することによって、超高齢社会 での高齢者の在り方を考えるというのが本論文の目的である。採用した方法の性質から、
川根本町での現地調査中はインタビューを中心に行う。
今回は主に高齢者の
1日の生活の仕方を調査するため、なるべく多くの地域での調査を 実施する。そこで今回は水川・尾呂久保地区だけでなく、近隣の徳山や上長尾を含む
4地 区の施設や住民を主な調査対象とする。
本論文では総務省の定義にしたがって、前期高齢者は
65~74歳を指し、後期高齢者は
75歳以上を指す。尚前・後期を特に指定しない場合は、65 歳以上を指す。
1 高齢化する社会 1.1 定義と背景
そもそも高齢化社会、高齢社会、超高齢社会とはどのような社会を指すのだろうか。
国際連合の定義によると、高齢化社会というのは総人口に対しての高齢化率が
7.0パーセ ントを超えた社会を指す。同様に高齢社会は
14.0パーセント、超高齢社会は
21.0パーセン トを超えた社会のことをいう。また、内閣府の調べによると、現在世界では先進国の日本、
イタリア、ドイツの順で高齢化率が高い
(内閣府 高齢社会白書 2005)。
日本がこのようになった背景にはいくつかの要因がある。
1つ目の要因は、医療技術の発 達に伴って寿命が延びたことである。そして
2つ目の要因は、女性の社会進出に伴った晩 婚化による少子化が挙げられる。
グラフ
1は、日本の平均寿命の変化を示したものである。ここから、全国の総人口の平 均寿命、全国の男女別の平均寿命が全て年々長くなっていることが分かる。どれも昭和
45(1970)
~平成
12(2000)年までの
30年間で、約
10年も平均寿命が延びている。また、どの
年も男性より女性の方が
5年程長生きしている。
グラフ 1 日本の平均寿命の推移 総人口・男性・女性別
(ふじのくに長寿社会安心プラン 2006 参照)
グラフ
2は日本の
100歳以上の長寿者推移を表している。このグラフから、100 歳を超 えて長生きする人も増加傾向にあるといえる。平成
11(1999)~平成
17(2005)年の
6年間で、
男性は約
2.3倍、女性は約
2.6倍にも増加している。各年の
100歳以上の長寿者の男女比で いくと、女性は男性の
5.0~6.0倍であることが分かる。
グラフ 2 日本の 100 歳以上の長寿者推移
(ふじのくに長寿社会安心プラン 2006 参照)
グラフ
3は我が国の総人口を男女・年齢別に示したものである。男女共に人口が最も多 いのは第
1次ベビーブーム世代の
58~60歳であることが分かる。次いで多いのは、第
2次 ベビーブーム世代の
33~36歳である。
反対に
33歳以下の人口は、年齢が下がるに伴って人数も減少している。人数が最も少な い
0歳児の人口は、人口が最も多い
58~60歳の人口の約半数でしかない。
このまま人口推移が進むと、現在
0歳児である子どもたちが働きだす
20年、30 年後の 日本では、彼ら労働人口
1人に対して高齢者
2人を支えていくという計算になる。
グラフ 3 我が国の総人口 男女・年齢別
(総務省統計局統計調査部国勢統計課 人口推計年報2007 参照)
以上の分析から、日本は着実に長寿の道を歩んできたといえるし、これからも歩んでい くだろうと予測できる。
1.2 超高齢社会の出現と政策の対応
日本は超高齢社会になるまでの間、どのような対策をいつ頃から行ってきたのだろうか。
ここでは超高齢社会で重要な点の
1つである介護や福祉面に焦点を当て、日本が初めて 介護を制度化した昭和
38(1963)年から、超高齢社会になるまでの約
40年間に起こった、高 齢者に関わる法律や政策の変遷の歴史をたどる。
初めて介護が制度化されたのは、高齢化率が
6.7パーセントだった昭和
38(1963)年である。
この時特別養護老人ホームが設置された。その
7年後の昭和
45(1970)年に高齢化率
7.0パー
セントを超え、高齢化社会に突入した。そして高度経済成長が終わった翌年の昭和
48(1973)年に、老人医療費支給制度
(無料化)が定められた。だが高齢化率
9.7パーセントの昭和
57(1983)
年に、老人保護法が制定され、医療費一部負担に変更された。
平成に年号が変わる頃には高齢化率がついに
10.7パーセントにまで達した。この時ゴー ルドプランという高齢者福祉推進十カ年戦略が始まった。これは介護を社会サービスから 社会福祉事業へと移行させたものである。この取り組みは、高齢化率
14.6パーセントの平
成
7(1995)年にニューゴールドプランという老人福祉保健計画に改められるまで続いた。翌
年の平成
6(1994)年には高齢者介護対策本部が設置され、さらに
2年後の平成
9(1997)年には
介護保険制度が確立された。
話は多少前後するが、平成
6(1994)年についに日本は高齢化率
14.0パーセントを超え、高 齢社会に突入した。グラフ
4にも示したように、昭和
45(1970)年に高齢化社会となってから 高齢社会になるまで、実に
24年間の年月しか要さなかった。他国と比較してみても、イタ リアは
61年間、ドイツは
40年間、最も長い年月がかかったフランスでは
115年間という ことであるから、日本は世界的に驚異のスピードで高齢社会に達したといえる
(岡村・長谷川 1997、浜口 1997)(グラフ4)。
さらに日本は平成
17(2005)年に高齢化率が
21.5パーセントとなり、ついに超高齢社会に 突入した。
グラフ
4からも分かるように、今後日本は年々高齢化率増加のスピードが速まると予測 されるため、将来的な見通しが他国と比べて困難とされている。このことから、日本は今 後超高齢社会での取り組みに関して世界に範を示す存在になるべきである。同時に高齢者 就業や雇用拡大の新たな立案や政策を世界に先駆けて実行すべきである
(古川 1989、宮島1997)
。さらに国に任せるだけではなく、各都道府県、各市町村、そして国民一人ひとりの
高い意識も必要であると考えられる。
グラフ 4 日本・イタリア・ドイツ・フランスの高齢化率推移
(総務省情報通信白書 2003、国立社会保険 人口開発「人口統計資料」 参照)
2 川根本町の場合
こうした日本の特徴を踏まえて、今回調査をした川根本町の実態をみてみよう。川根本 町の実態を調べるために日本全体、各自治体の現状を比較して、川根本町の高齢化の現状 を把握していく。
ここでは全国・静岡県・静岡市・川根本町のデータを参考にする。調査項目は次の
3点 とする。①高齢化率の比較、②総人口と高齢化率の推移、③川根本町全世帯数と高齢者の いる世帯数の推移である。
2.1 高齢化率の比較
2008
年の統計によれば、全国・静岡県・静岡市・川根本町の高齢化率比較の結果は表
1の通りである。高齢化率を具体的な数値に置き換えてみると、全国では
4.5人に
1人が高齢
者である。一方川根本町では
2.5人に
1人が高齢者である。つまり、全国では
10人のうち
2人より少し多い位が高齢者ということになる。だが川根本町では
10人のうち
4人が高齢
者である。以上のことから、川根本町の高齢化率が高いということが分かる。
表 1 高齢化率の比較
全国 静岡県 静岡市 川根本町
総人口
1億
2769万
6000人
387万
5271人
71万9236 人
8975人 高齢者数
2828万
9000人 84 万
1902人
16万3085 人
3543人
高齢化率
22.2% 21.7% 22.7% 39.5%(統計局HP 2008.1、静岡県国勢調査 2008.4、静岡県厚生部HP 2008.6 参照)
2.2 総人口と高齢化率の推移
さらに静岡県全体と川根本町に絞って総人口と高齢化率の推移を作成すると以下の通り
になる
(静岡県全体 グラフ5、川根本町 グラフ6)。
静岡県全体のグラフにおいて、平成
22(2010)年以降は推計である。だがもしこの通りに人 口推移が起こるとすると、少子化の影響もあり、総人口は減少し続ける。その反面、人々 の寿命は延びているので、結果として高齢化率は増加し続ける。
具体的な数値で考えると、6 年後の平成
27(2015)年には約
4人に
1人、約
20年後の平成
42(2030)
年には約
3人に
1人が高齢者になると予想されている
(ふじのくに長寿社会安心プラン2006)
。
川根本町のグラフにおいては、静岡県全体のグラフよりも総人口の減少と、高齢化率の 増加の差が著しい。静岡県全体で将来的な予測とされている高齢化率の具体的な数値も、
川根本町では何年も前に現実となっている。高齢者が約
4人に
1人となったのは、今から 約
20年前である。また、高齢者が
3人に
1人となったのは、今から約
10年前である。
つまり川根本町の実態は日本の将来像ともいえる。それだけに川根本町での住民生活を
調査することは、将来日本が直面するであろう事柄を知り、またそれに対しての対策を考
える機会にもなり得ると考えられる。
グラフ 5 静岡県全体の総人口推移と高齢化率推移
(ふじのくに長寿社会安心プラン 2006 参照)
グラフ 6 川根本町の総人口推移と高齢化率推移
(川根本町役場資料 2007 参照)
2.3 川根本町全世帯数と高齢者のいる世帯数の推移
川根本町の全世帯と、そのうち高齢者のいる世帯の世帯数はどのように変化してきたの だろうか。
グラフ
7は平成
7(1995)~平成
17(2005)年の最近
10年間の動向をまとめたものである。こ
の
10年間で全世帯数は
3414世帯から、
3056世帯に減少している。だがその傾向とは反対 に、高齢者のいる世帯数は、1993 世帯から
2269世帯に増加している。その割合は、全世 帯数の
58.4パーセントから
76.2パーセントまでに上昇している。この
10年間で高齢者同 居世帯数は
5.6パーセント増加し、高齢者夫婦世帯数は
3.9パーセント増加した。高齢者単 身世帯数においては
8.4パーセントも増加している。
グラフ 7 川根本町全世帯数と高齢者のいる世帯数の推移
(国勢調査 1995~2005 参照)
以上が日本全体や川根本町の高齢化の実態である。また、川根本町の高齢化率が今後さ らに高まると予測される理由である。
2.4 川根本町の合併問題
2005
年に旧本川根と旧中川根が合併し、川根本町となった。
2008年には旧川根町が島田 市に合併された。しかし川根本町は町民の
1票差の反対意見によって島田市とは合併をせ ず、川根本町という町として存続してきた。
町村合併が普通のこの時代に独立した自治体として存在していくことを決めた背景には、
様々な議論があったようだ。
例えば、町という小さな単位だったからこそ、住民一人ひとりの意見を町づくりに反映 させることができ、解決策を立てることができるという考えがある。しかし市という大き なまとまりになってしまったら、行政の平等性によって利便性が強調されてしまうため、
本来重点的に行っていた、住民生活に即応した取り組みができにくくなってしまうと懸念
した人もいる。
行政の人々は住民と連携し、川根本町に住む人々の手で町づくりを行っていきたいと言 う。だからこそ合併には反対だったようだ。今後も他地域と合併するのではなく、従来通 り町にこだわっていきたいと述べていた。
この種の考え方は別の所でも耳にした。例えば老人ホーム・社会福祉協議会・住民から である。川根本町では行政・施設・住民のそれぞれのつながりが強いので、合併をして市 になってしまったら、今までのような人間関係が薄れてしまうのではないかと心配してい たようだ。合併とは同じ価値観や文化を共有するために行うべきであると話してくれた人 もいる。
つまり合併に反対する人の多くは、生活環境の改善よりも、従来通りの人と人とのつな がりを重視した生活をおくりたいと考えているようだ。
逆に合併賛成意見もある。主に住民から出たもので、こちらの理由も大きく分けて
2つ ある。
1
つ目は主に若い人が就ける仕事が少ないことである。川根本町を支えてきた茶業と林業 も以前と比べて停滞気味なため、若い人々が後を継ぐことは少ない。そのため自分の子ど もをはじめ、若い人々は次々に町外に出て行ってしまう。家族と別々に暮らすことを寂し いと感じる高齢者が多かった。だがいくら寂しいと感じても、仕事がないという現実は避 けられないため、若者の移動をひきとめることはできないという。だからこそ合併をして、
行政に企業誘致に力を入れてほしかったと言っていた。
2
つ目は移動手段が少なく、日常生活がおくりにくいということだ。川根本町には買い物 をする場所が少なく、病院もない。そこで人々は他地域
(主に島田市)へ買い物に行ったり、通 院したりしている。だが車をもっていない人は移動手段が少なく、近所の人々の協力を得 ないと遠出ができないため不便だと感じている。バスの本数も少なく、新たに設けられた 予約制のバスも緊急時には利用しにくいようだ。こうしたことからもっと気軽に他地域に 行けるよう、合併をして移動手段を増やしてほしかったとのことだった。
以上が住民から出た合併賛成への主な理由である。川根本町内だけで取り組むことがど うしても難しいものは、他地域と協力をしてより豊かな生活環境を築くべきだと考えてい るようだ。ただし、あくまでも川根本町に住む人の生活環境をより良くすることを願った 意見であり、合併後も川根本町らしさは損ないたくないと言う人が多かった。
3 公的機関からみた川根本町
川根本町の公的機関に勤める人々にインタビューを試みた。そして彼らがどのような想
いで町づくりを行っているかを明らかにする。以下では行政、施設
(老人ホーム・社会福祉協議 会)からの視点の順でまとめていく。
3.1 行政からの視点 3.1.1 町長
(*注)2001
年に町長に就任し、2009 年までの約
8年間職を務めた当時の町長によれば、川根 本町で住みやすいと思う点や良さは
3つに分けられるようだ。
まず1つ目は川根本町の地域文化の中で育まれる人々の温かい人間性にあるという。自 分自身が安心して生活をおくられるのは、町民がつくり出す、ゆったりとした心癒される 雰囲気のおかげだそうだ。
2つ目は高齢者が元気なことである。高齢者を「宝物の老人」と表現しており、子育て や地域づくり、伝統の継承の主役だと考えている。これらの理由は、単に川根本町には若 い人々が少ないからということではなく、高齢者だからこそ頼れる存在、と考えているか らだそうだ。若年層から高齢者まで、住民全員の力で町をつくっていきたいとも話してく れた。
3
つ目は川根本町には本当の豊かさがあるということだ。町長の考える本当の豊かさとは、
自然の恵みを実感でき、自然と共に生きていける暮らしことである。お金のみに目的を向 けるのではなく、町民一人ひとりが本来ある川根本町の良さに気付いてほしいとのことだ った。
町の先頭に立ち、行政を指導しているからだろう。地域を良くしたいという想いが強い ことが、町長との面接から感じられたし、故郷であるがために、余計に川根本町の町づく りにかける想いが強いようだ。
3.1.2 生涯学習
川根本町は住民一人ひとりが生徒の対象となる生涯学習にも力を入れている。この生涯 学習には、千年の学校という全地区が連携した町全体の取り組みと、地区ごとの取り組み の
2つがある。これらの生涯学習を通じて
3世代が交流できるようにもなっている。
内容は伝統文化・地区の歴史・環境・教育の講座や自然体験など様々なものを取り上げ、
多くの人の興味をひく工夫をしているそうだ。当時の町長の話によると、このように生涯 学習を住民が地域や伝統を見つめ直すきっかけにしていきたいとのことだった。さらに、
新たに見つけた地域資源、良さを今後どう活かしていくかも重要だと言っていた。
また、川根本町の生涯学習は他の市町村とは大きな違いがあるらしい。その違いとは、
他地域では行政主導で住民は受け身になりがちであるが、川根本町では住民が主体となっ て積極的に参加しているということだ。今後はより実践的な活動も行っていく方針である。
3.1.3 福祉課
川根本町役場の福祉課では高齢者が心も体も元気になるよう、また知恵や技術を発揮し
ながら安心して暮らせるような地域一体の町づくりを目指している。そのために、高齢者
の必要性に合った介護保険サービスや高齢者保健福祉サービスを実施し、高齢者の自立を
支援している。
ここでは具体的な内容を
3つ挙げる。
1つ目は地域の特色を活かした生きがいサロンとい う活動である。これは高齢者向けにお花見・お茶摘み・おじさんキッチン
(男性向けの料理教 室)などを企画し、高齢者の地域参加を促すというものだ。
2
つ目はシルバー人材センターの促進である。現在川根本町全体で約
210人の高齢者が登 録している。彼らが安心して仕事ができるよう、福祉課では彼らに支援の心構えを指導し たり、家事介護の教育を施したりもしている。シルバー人材センターに登録している高齢 者は主に、児童クラブにいる小学校
1~3年生の子どもたちの面倒をみたり、男性の
1人暮 らしの家事を手伝ったりしている。時には前期高齢者が後期高齢者の支援をすることもあ る。このように川根本町の高齢者には、退職後も何かしらの形で町に貢献しようという積 極的な姿勢がみられる。
そして
3つ目は約
3000戸の全戸訪問である。職員
3人で
1日に
15戸程訪問をし、住民 一人ひとりの生活に触れ、各人の自立度や病気の症状などを把握していく。時には高齢者 の家族とも話し合うこともあるそうだ。その際には、高齢者やその家族との信頼関係を築 きながら時間をかけて見守っていくことが大切である、と話してくれた。
このように福祉課では常に住民目線での町づくりを意識し、さらに住民と行政全体をつ なぐパイプの役割も担っている。
3.1.4 行政と住民のつながり
行政の人々は、誰もが住みよいと思える環境づくりに励んでいる。もし住民から行政に 対して要請が出た場合は、それに応える努力もしている。それと同様に住民の多くは、自 分たちも町づくりの一員なのだという意識をもって、地区ごとの様々な自主活動に参加し ている人が多い。このように行政と住民は支え合うことで、互いに刺激を受け合っている。
ただし、両者の間には問題点もあるようだ。住民からの要望に関して、行政は全てを受 け入れられるわけではない。住民の自主自立につながるものか、または将来を見通して本 当に必要かどうかをじっくり検証してから実行している。
だがこうした行政に住民全員が納得しているわけではなかった。時間をかけて慎重に策 を打ち出すことも大切だが、目の前の問題を早急に解決してほしいと訴えている人もいた。
実際私が住民から聞いた意見の中で多かったのは、合併賛成意見とも少し重なるが、新た な移動手段を設けること、猪や猿のように畑を荒らす動物に対してさらなる策を打ってほ しいということだった。
反対に、行政から住民に対しての願いもあるそうだ。上記でも少し触れた、生きがいサ
ロンで地域参加を呼び掛ける企画を打ち出したとしても、全員が参加してくれるわけでは
ない。不参加者にどうにか皆と交流をもってほしいと思っても、強制はできないため難し
いようだ。特に
1人暮らしの人、地域との関わりが苦手な人に来てもらえたら嬉しいとの
ことだった。
3.2 施設からの視点
3.2.1 特別養護老人ホーム あかいしの郷
川根本町には在宅での介護が困難な高齢者が利用できる、あかいしの郷という特別養護 老人ホームがある。
あかいしの郷は平成
13(2001)年に開設した。現在では入所する人以外に、ショートステイ という短期間高齢者の世話をするサービスや、食事や入浴、レクリエーションなどが中心 のデイサービスも行っている。利用者の
90.0パーセントは川根本町民で、まさに町民のた めの施設とも過言ではない。施設入所数は
50人、ショートステイ利用者数は
20人、デイ サービス利用者数は
35人で、さらに入所希望者は
70人以上もいる。
あかいしの郷の職員は、利用者に対していつまでも変わらない思いやりと慈しみの心を もって接している。また、介護をしているという気持ちではなく、利用者と共に助け合っ て互いに成長していこうという気持ちを大切にしているとのことだった。
そのために様々な工夫を行っている。その内の1つ目として、10~15 人の小規模制介護 の実施がある。従来の集団介護から移行することで、一人ひとりの生活リズムに合わせた 温もりのある介護ができるようだ。
2
つ目として地域交流スペースの整備と生活リハビリテーションの充実がある。快適に過 ごしてもらえる環境づくりにも力を入れている。
3
つ目として行事の計画がある。季節ごとの催し物や誕生日会、毎月のお楽しみ会など、
皆が参加できる活動を行っている。行事を通して利用者が特技を発揮したり、生活の知恵 を職員が教えてもらったりすることもあるそうだ。
今後は職員間の連携をさらに強め、地域に開いた活動をしていきたいと、約
1年半勤め ている職員の
1人は述べていた。
3.2.2 社会福祉協議会
社会福祉協議会は日本で最大級のネットワークをもった民間の福祉組織で、全国に組織 されている。地域福祉の推進のために、福祉啓発運動・相談事業・ボランティアの育成な ど多くの活動に力を入れ、地域福祉の拠点となっている。このように地域に密着した活動 ができるのは、会員からの会費・共同募金配分金・国や県や町からの補助金・助成金・委 託金などを財源として運営されているからだそうだ。
川根本町には旧本川根地区に社会福祉協議会の本部があり、旧中川根地区に川根本町高 齢者デイサービスセンターがある。この川根本町高齢者デイサービスセンターに、社会福 祉協議会中川根事務所・介護保険事業所・在宅介護支援センターが入っている。今回はこ の旧中川根地区の社会福祉協議会中川根事務所の方々に調査を依頼した。
この施設では、デイサービス・訪問介護・居宅サービスの
3つに重点を置き、地域の人々
の生活支援を行っている。あかいしの郷の方と同じように、利用者が無理をせずにその人
らしく、楽しく過ごせるように職員は配慮をしているとのことだ。
今回はデイサービス利用者の
1日の過ごし方を取り上げ、紹介していく
(表2)。
朝は職員と利用者で
1日をどう過ごしたいかについて話し合うことから始まる。特にデ イサービスでは全体支援と個別支援の両立に力を入れている。全体支援では、皆で楽しめ るお祭りや誕生日会などのレクリエーションを行っている。個別支援では、個人の能力・
特技に合わせて裁縫やぬり絵などが行われている。
昼食時には刻み食やミキサー食など、個々人の体調に合わせた食事提供を実施する工夫 をしている。また、利用者に安心して過ごしてもらえるよう、体調管理にも注意を払って 検査を欠かさない。そして昼食後に帰宅する人も何人かおり、各々が自分の調子に合わせ て過ごせることができる。その後はお茶をしたり、テレビを見たり、カラオケをしたりと 帰宅までの時間を楽しんでいる。
表 2 デイサービス利用者の 1 日の過ごし方 9:30~ 各家庭に迎えに行く、話し合い 10:00~ 看護師による器官検査(血圧・体温)、入浴
全体支援 レクリエーション 個人訓練(裁縫、ぬり絵) 11:30~ 昼食(各人に合わせた食事の提供)
口腔検査、歯磨き、肺炎予防 13:30~ 午前の部だけで帰宅する人の支度手伝い
テレビ、睡眠
14:30~ お茶会
職員による日誌作成 15:00~ カラオケ
15:30~ 帰宅準備
トイレ誘導 15:45~ 各家庭に送りに行く
(職員の話より)
このような支援内容は利用者や地域の方とも話し合い、計画の見直しを何度も繰り返す。
時には役場と連携することもあるようだ。
また、ある職員は、今日来て良かったと利用者に笑顔で言ってもらえるのが
1番嬉しく、
励みになると述べていた。職員と利用者は学び合いながら、助け合いながら日々の生活を
おくっているのだ。
3.2.3 施設と住民のつながり
あかいしの郷からも社会福祉協議会からも、住民が施設に頼り切る、施設スタッフが利 用者を患者として接する、というような関係がみられなかった。このことから、施設と住 民は対等な関係を築き、互いに成長し合っているということが分かる。
さらに施設利用者以外の住民の中にも、ボランティア員として利用者や施設職員と関わ っている人がいる。川根本町ではボンティア精神を小さい頃からもてるよう指導を行って おり、現在も小・中学生がボランティアを行っている。社会福祉協議会ではこのようなボ ランティア員の受け入れもしており、地域との連携を図っている。
住民の中には、住民と施設が協力し合って、互いの持ち味を生きがいづくりに活かせる のが川根本町の良さでもある、と話してくれた人がいる。また、施設に頼り切ることで親 子間の絆が薄れてもいけないとも言っていた。親子間の絆を深めるために施設の方の協力 を得るという考え方が大事だそうだ。
4 地域住民からみた川根本町 4.1 住民の 1 日
住民は毎日をどのように過ごしているのだろうか。
今回は尾呂久保・水川・徳山地区で話をしてくれた高齢者からの情報をもとに考えてみ る。様々な立場の方の意見を参考にするため、高齢者の同居世帯・夫婦世帯・単身世帯の
男女
(60~80歳代)、計
6世帯
8名の方にインタビューを行った。ここでは
8名の方の中で、
生活パターンが特に異なった
4名の方の暮らしを取り上げてみよう。
・A さん
(80歳代後半 男性 高齢者夫婦世帯)朝
5時に起床し、1 時間程度大井川周辺を散歩することから
Aさんの
1日は始まる。そ の後
6時に奥さんの手作りの食事を、奥さんと一緒に食べる。
8~12時までは老人会
27の活 動に参加している。
A
さんは主にグランドゴルフやゲートボールが好きらしい。そのわけは、川根本町に住む 様々な人と交流をする良い機会になるからだと述べていた。練習の合間の休憩時間には、
仲間とお菓子を食べながら雑談も楽しんでいる。また、地区を超えて
100人以上の人が顔 合わせをする大きな大会もあるようだ。こうしたところからも友人が増え、仲の良い友人 は
100人位いると自慢げに話してくれた。仲間と共に過ごす時間が最も楽しいとのことだ。
友人が体調を崩した場合には、必ず見舞いに行っている。相手のことも自分のように大切 にし、徹底的に面倒を見たいという気持ちは昔から変わらないという。
そして
12時に
1度帰宅し、奥さんと昼食をとる。午後からは百姓の仕事を行っている。
自宅で栽培しているものにはナス・シシトウ・トウキビ・ネギなど様々な種類が立派に育
27 老人会:現在は地区ごとに「長寿会」のような名前があるが、本論文では全地区ともに老人会で統一す る。
っていると話してくれた。また、A さんはとても活動的な方で、ホタルの育成に励んだり、
荒廃地の再生に尽力を尽くしたりしたこともあった。そのような家族・友人・地域の様子 を
50年間毎日欠かすことなく日記に書き続け、敏感に川根本町の変化を感じ取っているの だと教えてくれた。
・B さん
(70歳代後半 女性 高齢者夫婦世帯)7
時に起床に、旦那さんと一緒に食事をする。9~17 時まで、週
3~4日は婦人部の仕事 として近所の工場に茶の小売をしに行く。ここは地域の人とも、町外から来た知らない人 とも交流ができる貴重な場だと言っていた。この仕事がない日には、畑業や林業の仕事を 行う。昔は暗いうちから見えるまで仕事に従事していたらしい。
12
時に
1度帰宅し、旦那さんと食事をとる。午後は再び仕事に向かったり、近隣の徳山 や島田市まで買い物に行ったりする。この際には旦那さんの車で送ってもらい、買い溜め をする工夫をしている。
18
時に夕食をとる。基本的には旦那さんと
2人で食べるが、たまに近所の人と食事を共 にすることもある。以前
Bさんは老人会の民生委員として地区のために活動をした経験を もつ。そのためもあって、家から
1歩外に出れば必ず知人に会うらしい。彼らとよく雑談 をしたり情報交換をしたりしている。 「近所の人たちと深いつながりがあるっていうことは 嬉しいことだね」と笑顔で語ってくれた。
夕食後は旦那さんと一緒にテレビを見て、23 時頃に就寝している。
・C さん
(70歳代後半 女性 高齢者単身世帯)7
時に起床し、
1人で食事をとる。食事は毎回自分で作るが、冷凍食品に頼ることも多い。
8~19
時は生茶を売る仕事に行ったり、茶畑で仕事をしたり、草刈りをしたりと多忙である。
だが老人会には入っていないため、地区の行事への参加はしていない。理由を尋ねてみ ると、以前は子育と仕事が忙しくて加入できなかったと言っていた。それならば子育てが 落ち着いた今、加入する気はないかと尋ねてみた。すると、「今さら入りにくいよ」と少し 悲しそうな表情で答えてくれた。
買い物に行ったり病院に行ったりする際には、足がないため不便なことが多い。そんな 時助けてくれるのは近所の人々だそうだ。毎回頼むのはなんとなく気がひけるとのことだ ったが、近くに助けてくれる人がいるというのは心強いと述べていた。
Cさんもまた、近所 とのつながりが
1番強く、大切にしたいとのことだった。皆と共にゆったりと暮らせるこ とが
Cさんには合っているらしい。
また、週末には息子が
Cさんの家を訪れる。多いときには孫も入れて
10人程集まる。 「そ の時は世話をする大変さよりも、嬉しさの方が大きいんだよ」と笑顔を交えてとても嬉し そうに話してくれた。
20
時頃
1人で夕食を済ませる。その後は
Bさん同様、テレビを見て
23時頃に就寝する。
・D さん
(60歳代後半 男性 高齢者同居世帯)D
さんは奥さん、末の息子さん、D さんの母親
(90歳代前半)との
4人暮らしである。
彼は朝
5~6時に起床し、神様にお供え物をすることを欠かさない。そして家族全員で、
奥さんの手作りの朝食を食べる。
8時からは茶業や林業の仕事を行いに出かけている。時に は奥さんと協力して行うこともある。また、D さんの母親は介護が必要なため、奥さんと 交互に介護も行っている。以前はデイサービスを利用したこともあったが、今は利用する のをやめた。その理由を尋ねると、大変でもやはり介護は家族の手で行いたいという想い が強かったからだそうだ。
お昼御飯は
12時頃に家族全員で食べる。その後は自主的に地域の草取りをしたり、公園 の清掃を行ったりしている。
D
さんもまた、地域の人との交流が最も楽しいと言っていた。近所間の付き合いが濃く、
話題はすぐに筒抜けになるし、夜に近所の家の電気が点いていないと何かあったのかと心 配してしまうこともあるらしい。
その後
18時頃に家族全員で夕食をとる。ただし、茶の収穫期には
21時頃になることも ある。夕食後はテレビを見て、22 時半に就寝する。
以上が
4名の方の普段の暮らしである。彼らの生活から見出せる共通点があると思われ る。それらを以下にまとめていく。
4.1.1 家族とのつながり
彼らの話の中では必ず家族の話が出てきた。今一緒に住んでいる
Aさん、B さん、D さ んはもちろん、違う場所に住んでいる
Cさんも家族の話題になった時には嬉しそうに語っ てくれた。
彼らが家族をどれくらい大切にしているかというのは、彼ら生活の様子からもよく分か る。高齢者夫婦世帯や同居世帯の方は皆、毎食家族揃って食事をとっている。また、仕事 であったり、買い物であったり、介護であったり、何にしても夫婦の共同作業が多い。単 身世帯の方も、町外に住む家族に会えるのをとても楽しみにしていたことから、家族との 結びつきが強いことが窺える。
4.1.2 老人会とのつながり
今回インタビューをした
8人のうち
6人は老人会に所属していた。川根本町では戦後か ら地区ごとに老人会が組織され、活動を続けている。
老人会は
65歳以上の人が参加可能で、強制参加のところもあれば、自由参加のところも
ある。今回調査をした地区は全て自由参加だった。各老人会では会長を筆頭に、副会長や
会計などの役員にそれぞれが就いており、婦人部や園芸部などの部も形成されている。メ
ンバーはどの部の活動にも参加が可能で、主な活動内容は以下の通りである。
・総会
・グランドゴルフやゲートボールの練習・大会
・お楽しみ会
・食事会
・草木の手入れや奉仕作業
・高齢者対象の生涯学習
(すこやか大学)への参加と学習
・1 年毎の旅行
(日帰りや1泊2日が多い)などである。
このように老人会は年間を通して活動しており、メンバーは何かしらの活動を通して毎 日顔を合わせているようだ。ただ、中には老人会の強制役割を嫌い、老人会自体に参加し ない方もいる。しかし老人会に参加していないと、近所以外の人と触れ合う機会が少なく なってしまい寂しいと感じている人もいるようだ。
4.1.3 住民と住民のつながり
先述の
8名に川根本町で住みやすいと思う点や良さは何かと尋ねた。
最も多かった答えは、地区内での人間関係が濃く、安心して生活をおくることができる ということだった。彼らの
1日の様子からも分かるように、日頃の生活の中で常に助け合 い、互いに気にかけ合っているという。誰かが病気になれば見舞いに行き、仕事が忙しい 時は手伝いに行く。A さんの「1 度でも一緒に酒を呑んだら、例え赤の他人でもさん付けな んかしないねぇ」という話からも、つながりの強さを大切にしていることが窺える。義理 と人情を大切にしたつながりが、彼らにとっては当たり前のようだ。
また、家から
1歩外に出れば、どこに行っても老若男女・年齢を問わず必ず知り合いに 会う。その時は近況を報告し合ったり、昔話や雑談をしたりするそうだ。そんな一時が
1日の中で
1番楽しいと全員が揃って言っていた。このようなつながりを、 「地区が
1軒の家 のようになっているんだよ」と
Dさんは表現してくれた。
次に多かった回答は、自分のもっている知識や技術を活かせる場があるということだっ た。話をしてくれた人の中には、過去に区長を務めた方が何人かいた。皆地区のために力 を尽くしたと、誇らしげに話してくれた。また、老人会の役員にしろ、生涯学習にしろ、
茶業や林業のような農作業にしろ、自主的な活動にしろ、のんびりとした町で楽しく頑張 れることが元気の素でもあるそうだ。
本論文では高齢者の定義を
65歳以上としているが、実際川根本町では
65歳はまだまだ 若いとされ、何歳になっても皆現役と考えられている。実際敬老会という高齢者を敬う行 事が年に
1度催されるのだが、皆元気なため、 「高齢者」の対象年齢も徐々に上がってきて いる。C さんは、「川根本町には老後という考え方はないよ」と笑って話してくれた。
以上のように、それぞれが町の一員としての評価される存在であり、必要とされている
存在であるという実感を得ているようだ。
5 考察
行政や施設は高齢者が毎日を生き生きと暮らせるよう、様々な取り組みを行っている。
それに呼応するように、高齢者は地区や町全体、そして施設の行事に参加することを毎日 の楽しみにし、元気に過ごしていた。また、多くの高齢者は日常生活の中で何かしらの役 割を担って町に貢献をしている。つまりどの立場の町民も、一人ひとりのことを、町のこ とを想いながら日々の生活を送っているということが、今回の調査で明らかになった。
このように行政・施設・住民が互いに助け合っているからこそ、皆で町全体を支えてい るという実感をそれぞれが得られるのかもしれない。また、そうした実感が人々の生きが いにもなっているのだと感じた。だからこそ川根本町には元気な人が多く、町全体の雰囲 気も温かいのだろう。誰もが皆故郷を愛し、ずっとこの地に住み続けたいと願っていた理 由もここから読み取れる。川根本町に対して熱い想いをもつ人が多いからこそ、彼らは町 と共に生きる道を選び、町として歩み続ける努力を怠らなかったのではないだろうか。
以上の結果からも分かるように、川根本町では高齢者も地域を担う重要な存在であると 考えられている。だが川根本町以外の日本の他地域では、高齢者に対してどのような見方 がされているのだろうか。古川
(1989)は、高齢者に対しての
2つの見方を示している。
日本の高齢化率が高い地域では、今まで家庭内で行われてきた家族による介護も、施設 に頼り切る介護に移行しているところがある。このような地域では、高齢者のためにさら なる医療技術の向上や福祉政策に取り組まなければならないとされている。古川はこのよ うな考え方を、高齢者を救済すべき対象として、後ろ向きに捉えがちであるという。
同時に古川は、高齢社会にしかない魅力を引き出そうとする前向きな考え方もあるとい う。それは高齢者に、次世代を育てる文化創造のスポンサーになることを期待したもので ある。長い人生経験や技能、生活の知恵を地域に与え、投与し、役立てる。そのようなこ とは高齢者以外にできる人はいないという考え方である。今後は高齢者の就業促進と雇用 機会の拡大を如何に行うかが重要である。
この
2通りの見方からも分かるように、高齢者をどのように受け止めるかによって、高 齢者の在り方が大分変わってくる。私は古川が述べているような、地域ごとに高齢者の自 立と社会参加を促す前向きな考え方を基にした社会にしていくことが望ましいと思ってい る。そしてこのような前向きな考え方は、まさに川根本町の人々の生き方に当てはまって いるといえるだろう。つまり川根本町での高齢者の在り方は、さらに高齢化率が高まるだ ろうと考えられる日本において、見本となり得る将来像であると言っても過言ではない。
また、高齢者がより元気に生活をおくるためには、川根本町のように老人会や生きがい サロンに類似した交流の場を設けることも必要不可欠である、と私は考える。なぜならば、
川根本町の高齢者は近隣に限らず多くの人々と触れ合うことを
1日の中で最も楽しみにし ていたからだ。さらに彼らの知識や経験を発揮し、刺激し合う良い場にもなっていたから である。それだけに、老人会や生きがいサロンのような会を継続・発展をさせることは、
川根本町だけに止まらず、各地域においても今後の重要な課題になると言っても良いだろ
う。
今後超高齢社会の日本において、高齢者が社会とどのように関わっていくかは注目すべ き点である。そのような中、各々が川根本町に住む高齢者のような魅力ある生き方をおく るためには、住民全員で支え合う環境を築いていくことが何よりもまず大事である、と今 回の調査から強く感じた。
おわりに
川根本町の人々のように、互いに必要とし、信じ合える仲間というのは、いくら物質的 に豊かであっても決して得ることができない貴重な存在だと思う。だからこそ川根本町で はこれからも人と人との結び付きを大事にしていってほしい。地域一丸という変わらない 形で、川根本町が今後さらなる発展をしていくことを期待する。
謝辞
川根本町での調査を無事終えることができたのは、たくさんの方のご協力のおかげです。
貴重な体験ができて感謝の気持ちでいっぱいです。川根本町で過ごした
1週間はとても楽 しく、忘れられない思い出になりました。
お忙しい中にも関わらずインタビューを快く引き受けて下さった方々をはじめ、川根本 町に住む皆様方、熱心にご指導して下さった先生方、共に頑張ってきた文化人類学コース 皆、本当にありがとうございました。
参考文献
岡村清子・長谷川倫子
1997『エイジングの社会学』日本評論社
浜口晴彦
1997『エイジングとは何か~高齢社会の生き方~』早稲田大学出版部
古川俊之
1989『高齢者社会の設計』中公新書
宮島洋
1997『高齢社会へのメッセージ』丸善ライブラリー
参考資料
川根本町役場資料
(2007 川根本町役場提供)ふじのくに長寿社会安心プラン
(2006 川根本町役場提供)参考 HP
川根本町役場
HPhttp://www.town.kawanehon.shizuoka.jp/ (2009/07/20現在)
静岡県 厚生部
HPhttps://www2.pref.shizuoka.jp/all/file_download1040.nsf/04ADEF50DE098D2F49257 5E1001EC612/$FILE/21koureikaritsu.pdf (2009/07/20現在)
静岡市役所
HPhttp://www.city.shizuoka.jp/ (2009/07/20現在)
総務省 情報通信白書
HPhttp://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/whitepaper/ja/h15/ (2009/07/20現在)
統計局
HP(2009/07/20現在)http://www.stat.go.jp/data/jinsui/ (2009/07/20現在)
内閣府 高齢社会白書
HPhttp://www.nissui.co.jp/academy/eating/05/index.html (2009/07/20現在)
(*注)