鬥本 管 理 会 計 学 会 誌
管理会 計 学 1998 年 第6巻 第 1号
事例研究
大 手 ス ー パ ー の 構造変 革 と
マ ネジ メ ン ト ・ シ ス テ ム の 再 構 築
竹内 祐二 *
〈研 究 要旨〉
戦 後の 日本 経 済の復 興 期に小 売 業の 新 興 勢 力 として登 場 し た大 手ス ーパ ー各社は, 高 度 成 長の波に乗っ てま た た く まに大 企 業の仲間入 りを果た し た.し か し, 1980 年代 前 半に な る と, 景 気 後 退の影 響や新た な業 種 との競 合な どに より, 業 界 全 体の業 績は 急 速に悪 化 し,い わ ゆ る “
ス ーパ ー冬の時 代”
を迎 えた.
大手ス ーパ ー各社は,環境変化に対応 する た め に業務改革 (通称 業 革”
)と呼ば れ
る構造 改革運動へ の取 り組み を開始し,危機的 状況 は 回避 するこ とがで きた.し か し, 業 革 後の各 社の業 績を見る と, イトーヨーカ堂だ けが ずば抜 けて高 収 益体質となっ て
い るが, 例 えば ダイエ ーは イ トーヨーカ堂ほ どの成果は得 ら れてい ない .
本 稿は,業 界を代 表 する イ トーヨーカ堂と ダイエ ーの 2社 を 対 比 させ る こと によ っ て ,大 手ス ーパ ーの 業革運動の経 営 的な位 置づ けと,高 収 益 を可 能にするマ ネジメ ン
ト ・シ ス テム の解 明 を目的 とし てい る.
第 1節で, 問 題 意 識 を明 確に した う えで ,第 2節で は,大 手ス ーパ ーの 急 成 長 を可 能に し た環 境条件と経営戦略, お よ び戦 略 実 行の ため の マ ネ ジメ ン ト ・シ ス テ ム を分 析して い る.第3節で は , 大手ス ーパ ーの 収益 力を直 撃 した環 境 変 化を整理する.第 4節で は , 計 数モ デ ル を 使っ て, 業 績 低 迷の メ カニ ズム を 解 明 する.そ し て,第 5 節及
び第6節で は,イ トーヨ ーカ
堂の高 収 益 体 質は どの よ うに構 築 され たの か を 分 析 し,
大手ス ーパ ーの 業革運動の本 質に迫っ てい る.
〈キ ーワー ド 〉
荒利益率 (粗利益率),大手スーパー,オペ レーシ
ョ ナル ・コ ン トロ ール,業 績 評 価, 業 務 改 革,在 庫 管 理,単 品 管 理,中 央集権型組織 ,マ ネジメ ン ト ・シス テ ム
1997年 6月 受 付 1997年 7月 受 理
寧株 式 会 社 ジェ ム コ 日本 経 営 経 営 戦 略 事 業 部
管理会 計学 第6巻 第1号
1. は じ め に 一間題提起 一
「業務改 革」 とい う言葉は今日で は, 般 的な経営用語として使わ れてい るが ,筆者の 知る限 りで は, こ の 言葉を掲 げて , 本 格的な構造改 革運動に取 り組ん だの は イ トー ヨ ーカ 堂 (以下 ヨーカ堂)が最 初で ある.1982年 か ら開 始 され た ヨーカ堂の 業 務 改 革は め ざま
しい成 果 を 上げ, 小 売 り業界の み な らず, 産 業 界の 話 題 と な っ た,低 成 長期 を迎 えて ,利 益が低 迷 してい た各企業 は, ヨ ーカ堂の 成 功事例に注目 し,ヨ ーカ堂 に続け とばか りに社 内 改革運動を展 開 し たの で ある。
し か し, そ もそ も業務改革とは 一体 何だろうか ? 業務改革とは , 仕事の や り方 を抜本 的に 変え るこ と だ, とい うような概 念 論や, POS シス テ ム な どの 情 報技術の 手法論 と し
て 見る限 り, その 本質をと らえるこ と は難 しい の で は ない だろうか ?
本稿の 第1の 目 的は,大手ス ーパ ー各社が取 り組んだ業 務改革運動を経 営 戦 略の 次元 で
とらえる こ と によ っ て , その 本 質 を 明 らかにする こ とで ある.
そ して , 第 2の 目的は, 大 手ス ーパ ーにお ける有 効 なマ ネジメ ン ト ・シ ス テ ム と は何か を ,業績不振と回復の メ カニ ズム の解明に よっ て明 ら か にするこ とで ある. ヨ ーカ堂 に続
い て 業務 改革運動を展 開し た, ダ イエ ー など その 他の大 手ス ーパ ー各社の 成果は, 必ずし も大 き くな か っ た.これ を分 析 ・検 討 した小 売 関係 の専 門誌 に は, ヨーカ堂 と他 社を比 較 して , 店 舗立 地や 規 模 , 商 品構成の 違い ,マ ーチ ャ ン ダ イ ジ ン グ (商品仕入 れ)の 違い 等々 が指 摘 さ れ て い る が, 十分 に 説 明 しきれて い ない の で は ない だろ うか .
なお, 本稿で は , 問題の本 質を浮か び 上 が らせ る た めに, 大手ス ーパ ーの 中で特 徴の 際 だっ てい る ヨーカ堂とダ イエ ーを比較しな がら, 分析を進め る方法を採用 して い る.
2。 大 手ス ー パ ー の誕 生と高 度成 長 期の経 営戦 略
大 手ス ーパ ーの 成長の 背 景には,購 買意欲 に富んだ消費者の 支持と, 大 量生 産の受け 皿
として新 しい 小 売 り形 態 を 求め たメ ーカーの 期 待があっ た. 本 節で は, 大 手ス ーパ ーの 急 速な成 長 を 可能に し た時 代背景 と経 営 戦 略, お よ びマ ネ ジメ ン ト・シ ス テ ム の特 徴 を整 理 する.
2.1 大手ス ーパ ー の登 場
ス ーパ ーマ ーケ ッ トは, 1930 年代 の 米 国で , 食 品 を低価格でセ ル フサ ービス 方式に よ
り販 売す る小 売 り業 態と して 開発さ れ た.日本 に も1945 年以降, 「ス ーパ ーマ ーケ
ッ ト理 論」が紹 介さ れ,1953 年に紀伊国屋が東 京 青 山に 開店 した店が 日本の ス ーパ ーマ ーケ ッ
トの 第 1号店だ と言わ れ てい る.
大 手ス・一パ ー一の搆 造 変 革 とマ ネ ジメ ン ト・システム の再構 築
昭 和 30年 代 (1955 年〜)に 人 る と, 日本経済は 「もは や戦後で は ない 」 (1956 年経 済 白 書 ) とい う言 葉に象 徴 され る よ うに , 1人 当た り所得, 1人 当た り消費は戦 前の 水 準 を 回復 した. その 後, 神武 景気,岩戸景気を迎 えて, 日本経済は はっ きりと高成長の 軌跡 を 辿る ように なっ て い っ た.
メ ーカーの 生産 力 と, 消 費 者の購 買 力が高 まっ て い る に も か か わ らず, 昭和 30 年 代の 小 売 業は, 肉屋, 魚 屋, 八百屋 , 酒 屋 ,… とい うような 町の 零 細 小 売 店と, 特 別な 日に 買
い 物 に行 く都 会の百 貨店が 主流で あ り, 消 費 者を十 分 に満 足 さ せ る もの で は な かっ た.零 細 小 売店 と百貨店は, い ずれ も対面方式の 販 売で あ り,お客に よっ て値 引 き額が変わ る こ
ともあっ た.
そうし た中で , 店 員に煩わ さ れず に自由に商 品を選べ , どの 客 も公 平 な値段で購 買で き
るス ーパ ーマ ーケ ッ トは, 消 費 者に新鮮に映っ た. し か も, 価 格が従 来の小 売 店よ り も安
か っ た の で , ス ーパ ーマ ー
ケッ トは消 費 者 に支 持 さ れ, 新 規 参入 が相 次い だ.
その 中で ダ イエ ー, イ トー ヨ ーカ堂 (以 下 ヨ ーカ堂 ), ジャ ス コ , 西 友, ニ チ イ (現マ
イ カル)な どの 大 規模企業群 は, 当初 か ら多店 舗 に よ る 全国展 開を指向してお り, 商圏を 淀 地 域 に限定したロ ーカル ・ス ーパ ーマ ーケ ッ ト と は一線 を画 した企 業 群で あっ た.こ
こ で は, 前 者の企 業 群を 「大手ス ーパ ー」と呼ぶ こ とにす る.
大 手ス ーパ ーは, 昭 和40 年 代の 高度成長 経 済を背 景 に,人 口 の都 市 集 中化 とモ ータ リ
ゼ ーシ ョ ン 化に対 応 する 形で , 衣 料 品, 耐 久 消費財 へ の 品揃 え拡 大 ,店舗の 大 型 化 ,出店地 域の 拡 大によっ て 急 成 長を果た した. 図 1に前述の大 手ス ーパ ー5社の成 長推 移 を示 す .
40,000
士 30,000
窒
高
億 20,000 巴
10,000
0
800
600 店 舗
400
数
200
0 1960年 1965年 1970年 1975年 1980年 図1. 大手スーパ ーの成 長 規模 推 移
出典)文献 [2]か ら集 計 注 :合併 前の ジャ ス コ の 売上高 ・店舗数は オカ ダ ヤの 数値を採用
管理 会計 学 第6巻 第1号
2.2 量追求の成長 戦略
高 度 成 長 時 代の大 手ス ーパ ーは, 経 営 手 法の 多 くを米 国か ら学んで い た. すな わ ち, 日
常品の 大量仕入に よっ て仕入れコ ス トを削 減すると と もに,セ ル フ サ ービス の販売方式に
よ っ て 販売コ ス トも抑え, その コ ス ト削減 効果を売 価 に反 映 さ せて , 集 客 力 を強 化する こ
と を基 本 的な考 え方 と して い た. 当 時の成 長 戦 略を総 括す る と,マ ス ・マ ーチャ ン ダ イ ジ
ン グ と大量 出店の 2本柱だ と言 えよ う.
マ ス ・マ ーチ ャ ン ダ イ ジン グ とは,単品 を大量に仕入 れ る こ と によ っ てメ ーカーに対 す
るバ イ イ ン グ ・パ ワ ー を強め, 仕入 れ価 格の 低 減 を図 ろ うとす る もの である .新興 勢 力で ある大手ス ーパ ーが メ ーカーに対 する価 格 交 渉 力 を強める に従 っ て , メ ーカー との 軋轢 も
生 じて い る. その 典 型 的な例が,1967 年に ダ イエ ーが ナ シ ョ ナル 製 品の プ ラ イシ ン グ
(価格設定)を ヤ ミ再販 だ と し て松下電器 を訴 えたこ とで ある. こ の 出 来 事は, 大 手ス ー
パ ーの メ ーカーに対 する発 言 力が強 まっ た こ との証だ と報 じら れ た,
店 舗 を増やせ ば増やすほ ど大 量 仕 入れの メ リッ トが 大 き くなる た め, 大 手ス ーパ ーは積 極 的に店 舗の 数 と規 模 を拡大 してい っ た, 周 辺の 中小 小売店 を保護する た めの 「大規模小 売 り店舗 法」 (1973 年制定 )に よ り, 出店の 規制を受 けは した もの の , 大手ス ーパ ー各社
の 出店の 勢い は落 ちな か っ た.
多店 舗 展 開をス ム ーズ に行 うた め に は, 店 舗の標 準 化 と店 内作 業の 標準化が不 可 欠で あ
っ た.店舗の標 準化を行 うこ と に よっ て , 店 舗建 設 を短期間に行 うこ と が 可 能に な り,店 内 什 器 ・備 品の ま とめ買い によ る コ ス ト ダ ウン も期待で きた. また, 店内 作 業の標準化に
よっ て ,店長や管理職の ス ピー ド育成や配 置転換を容 易にする とと もに,パ ー ト タ イマ ー
へ の 作業の 置き換え を可能に した の で ある,
一方,新規出店に は資金 も必 要であっ た.大手ス ーパ ーの 中では , ダ イエ ーの 資金調達
の方 法が特徴 的である. ダイエ ー
は, 出店候補地 を地価が安い う ちに購入 し て お き, 出店
に よっ て 店舗 周 辺の地 価の 上昇に よる 「含み 資 産」を増や して きた. その 含み資 産 を担 保
に銀 行か ら資 金 を調 達 し, 新たな出 店 候 補 地 を確 保 して きたの で ある.
こ の 時 代の 成長 戦 略の基本で あ るマ ス ・マ ーチ ャ ン ダ イ ジン グ と大量 出店は “
量の 追 求”
に他な らず, その 前提 条件は大量仕入 れ を大量 消 費が支える図式が成立する こ とで あっ
た.
2.3 中央集権型の マ ネ ジメ ン ト ・ シス テ ム
高 度成 長 期 は売上の増 大に努め さ えすれ ば全て が うま く循 環 し て い た 時代で あっ た か ら, マ ネジメ ン ト・シ ス テ ム も, それ にマ ッ チ し た集 権 型の もの で あっ た.米 国で 誕生 し